Яoom ИumbeR_55

Яoom ИumbeR_55は「男性→女性への腹パンチ」を主に扱う小説サークルです。未成年の方、現実とフィクションの区別のつかない方は閲覧しないでください。

りょなけっと vs ABnormal Comic Day!
開催日 :2021/10/31(日) 11:30〜16:00
会場  :横浜産貿ホール マリネリア
スペース :な-12

上記の内容でイベントスペースをいただくことができました。
私事ですが11月上旬に大きめの手術を受けることになり、体調面での不安はありますが、現時点では参加予定となります。
新刊を用意することが体力と時間の関係で厳しいため、無料配布ペーパーと既刊を用意する予定です。来られる方はよろしくお願いいたします。
※遊びに来られる場合は体調面やリスク管理など十分に配慮してお越しください。


最後に、最近シオンさんの登場がめっきり減ってしまったので、新規にイラストを用意させていただきました。
新衣装で膝枕をお願いしているシチュエーションになります。
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NOIZ最終決戦のコピー


 豚がホテルを出ると、玄関前に停まっていた黒塗りの高級車から男性の老人が降りてきた。年齢にしては豊かな髪を彫像のように撫で付けているので、男が小走りに向かってきても髪は少しも動かなかった。
「失礼ですが、豚様でよろしいですかな?」
 男は豚の前まで来ると、少し言いづらそうに聞いた。
「見ての通りでございます」と豚は顔に表向きの笑みを貼り付けたまま、自分の腹を数回叩いた。この男はノイズの関係者だ。邪険にしては後々面倒なことになるかもしれない。男は少しどぎまぎとしながらも「私は山岡と申します。ノイズ様の元へご案内いたします。こちらへ」と言って豚を車に導いた。世間話もしないとは随分と余裕のない男だなと豚は思ったが、山岡の用意した車は飛行機のファーストクラスを思わせるシートで、走行中も車内は恐ろしく静かだった。前方の座席とは完全に仕切られているので山岡の姿は見えないが、「二十分ほどで到着します」と車内のスピーカーを通じて伝えてきた。
 しばらく走ると、対向車線を数台のパトカーと救急車が通り過ぎて行った。マイクロバスのような護送車も後に続いている。豚はそれをめざとく見つけ、反射的に運転席との通話ボタンを押した。
「おい、今のはアンチレジストの護送車じゃないのか?」
「あ……失礼、運転に集中していたもので細部までは見ておりません」
「……いえ、こちらこそ失礼しました」
 豚は通話を切り、シートに深く腰を沈ませて長く息を吐いた。
 剃り上げた頭を手のひらで叩き、両手で顔をゴシゴシと擦る。
 なにをやっているのだ俺らしくもない。
 ノイズに呼ばれているというのに、それを無視して護送車を追えなどと言えるわけがない。そもそも山岡は俺の部下ではないのだ。命令などできるはずもない。
 スノウと朝比奈に出会ってからどうも調子が狂っている。
 腹の中を見せずに道化を演じるのだ。それが俺の渡世術のはずだ。
 顔も整形で醜く変えたし、本来必要のない食事を摂って肥満体型も維持している。あえて舐められ、豚と呼ばれてもヘラヘラし、油断した相手からしっかりと美味しいところをいただくのだ。
 対向車線をまた数台の緊急車両が通り過ぎて行った。豚は顔を覆っていた手を離すと、いつもの笑みを浮かべた表情に戻した。
「いやはやまた『人間卒業オフ』ですかな。物騒な世の中になったものだ」と豚は山岡に向かって言ったが、返事はなかった。まあいい、運転に集中させてやればいい。ネットで調べると、やはり数ブロック先のクラブで多数の負傷者が出ているようだ。護送車もアンチレジストのもので間違いない。「人間卒業オフ」で回し飲みされるレイズモルトは偽物ばかりだが、仮にも人妖が関わる可能性のある事件だ。警察は周囲の警護と負傷者の救護を担当し、現場に入るのは政府から秘密裏に依頼されたアンチレジストの仕事になっている。
 ネットを見ていると、イベント内部の様子をスマートフォンで録画した動画が早くもアップロードされていた。
 クラブの階段から逃げるように飛び出してきた参加者を、自警団のような集団が殴りつけている。半裸の女同士が髪の毛を引っ張り合いながら汚い言葉を言い合い、その奥ではクラブの客同士が殴り合いをしている。アスファルトの上に血を流した男女が浜辺に打ち上げられたイルカのように倒れていて、奥から下半身を露出した男が走ってきて撮影者に殴りかかった。この世の終わりのような映像に、豚はため息を吐いてスマートフォンの画面を消した。相変わらず世の中は馬鹿ばかりだ。
 車は首都高に乗り、都心にしては緑の多い場所で降りた。しばらく走ると赤茶色の煉瓦造りの建物が数棟見え、車はその敷地の門をくぐった。バロック様式の建物が立ち並ぶ間を縫って、車は周囲の建物とは浮いている近代的な建物の前で停まった。建物には「研究棟」と書かれたプレートが嵌め込まれている。
 豚が腕時計を確認すると、山岡の言った通りホテルを出てからちょうど二十分が経過していた。山岡が素早く後部座席のドアを開けた。長い間繰り返しているうちに無駄が削ぎ落とされた所作だ。
「お待たせいたしました。アナスタシア聖書学院です」と、山岡が豚の目を見て言った。
「おお、ここが。日本屈指の名門校らしいですな。私には一生縁が無い場所だと思っておりました」
 豚が両手を広げてわざとらしく感心した様子で言ったが、山岡は押し黙ったまま研究棟の入り口に向かって歩き出した。豚は肩をすくめてその後に続く。
 エントランスホールは大した装飾は無いが、大理石の床にナチュラルな木目の壁と、シンプルだが趣味の良い内装だった。やけに扉の大きいエレベーターが五台あり、そこから通路のようにステンレスの化粧板が嵌め込まれている。台車などを転がす際に床に傷がつかないようにするためだろう。「研究棟」という名前の通り、大型の装置や計器などを運び込むこともあるのかもしれないと豚は思った。
「これをお持ちください」と言って、山岡が無地の赤いカードと、車のスマートキーを豚に手渡した。
「申し訳ありませんが、ここからはお一人で行っていただきます」と山岡は言った。相変わらず思い詰めた顔をしている。「ここのエレベーターには押しボタンがひとつも付いておりません。かわりにそのカードを扉にかざせば、自動的にノイズ様のいらっしゃるフロアまでエレベーターが動きます。逆に言えばそれ以外のフロアには行くことができません。私がいなくても迷うことはありませんので、どうぞご安心ください」
「この車の鍵は?」と豚が首を傾げながら聞いた。
「先ほど我々が乗っていた車の鍵です。私にはもう必要はありませんので」と、山岡は表情を変えずに言った。「お手数ですが、帰りは豚様ご自身で車を運転していただきます。帰り道のナビもセットしてあります。ナビ通りに運転して、目的地で車を放置してください。私の身体はトランクにでも適当に詰めていただければ結構です」
「意味がわかりませんな」と、豚が低い声で言った。「私の勘違いでなければ、まるであなたがこれから死んでしまうように聞こえますが」
「ええ……その通りです」
「なぜ? ノイズ様がそうしろと?」
「違います。ノイズ様はいつも選択肢をくださるだけです」
「選択肢」と豚は目を細めて山岡の言葉を繰り返した。
 山岡は話を続けた。
「数日前にノイズ様と直接お会いして、最後の指示をいただきました。今日あなたをここにお連れすれば、あとは好きにしていいと……。そして小切手と薬を渡されました。小切手には余生を過ごすには十分すぎるほどの大金がサインされていて、薬は安楽死のものでした。生きるのも死ぬのも好きにしろということです」
「それならなにも死ぬことはない。いや、別に止めているわけではないんですよ。むしろ好きにすればいいと思っている。正直に言って、二、三十分前に知り合ったあなたが今からその薬を飲んで死のうが、帰り道に交通事故を起こして死のうが、私にとっては大差のないことです。ただ、単純に興味はある。大金と自殺。私にとっては選択肢でもなんでもない。本当は無理やり選ばされているのでしょう?」
「……いえ、これは正真正銘、私の意思です」
「ではなぜそんな不思議な選択をするんです? いや、繰り返しますが別に止めているわけではないんですよ。私もノイズ様に協力している端くれだ。あなたとは仲間と言えなくもないし、私にも今後ノイズ様から同じ選択肢が提示されてるとも限らない。私だったら迷わず大金を選びますがね」
 山岡はなにも答えず、ただ豚の顔を見つめるだけだった。豚は諦めたように首を振った。
「なら質問を変えましょう。どうせ死ぬのなら少し教えてはくれませんか? たとえばあなた達は──ノイズ様の部下という意味でですが、結構大きい組織なのですかな? 私は個人的に協力させていただいているだけなので、全体像が全く掴めんのですよ」
「私も同じです。十五年前から一人でお仕えしています。おそらくノイズ様は特定の組織というものはお持ちではないはずです」
「十五年も前から?」
 豚が驚いて眉を吊り上げた。
「ええ……十五年前、私はロシアで精神科医をしていました。その時にノイズ様と知り合ったのです。詳しい理由は言えませんが、ノイズ様に家族を人質に取られ、協力するように脅迫されたことがきっかけです。命じられるまま顔を整形手術で変え、日本に来ました」
「ちょっと待ってください。情報量が多すぎる。十五年前? ノイズ様はいったい今いくつなんです? 見た目からしてまだ二十歳前後でしょう。もしかしたらもっと若いのかもしれない。それに家族を人質に取られて日本に来た? あなたはいったい何者なんです?」
「……すみませんが、ノイズ様の出生に関することは私の口からは申し上げられません。ある方を守るためには、私は秘密を抱えたままこの世を去るしかないのです」
「ある方?」
「ノイズ様から与えられた任務は、ある方にお仕えすることでした。その任務は私の予想に反してとても幸せなものでした。人質に取られた家族はノイズ様とは無関係な理由で病死してしまい、私はノイズ様の命令を聞く理由がなくなったのですが、自主的に任務を続けました。その方に人生を賭けてお仕えしたいと思ったからです。しかし、その方はいなくなってしまった。ノイズ様の任務も解かれ、私には生きる理由が無くなったのです」
「よくわかりませんが、ノイズ様とその方の関係が世に出ると、その方に迷惑がかかるみたいですな」
 山岡はゆっくりとした動作で上着の内ポケットからオレンジ色のピルケースを取り出し、「失礼、喋りすぎました」と言いながらその中の小さな錠剤を飲んだ。山岡の唇が小さく動いたようが気がしたが、言葉が形になる前に山岡は眠るように床に崩れ落ちた。その死はまるで蛍光灯のスイッチを切るように、あまりにもシンプルで洗礼されていた。苦痛は全く無かったのだろう。豚は肩をすくめて首を振ると、山岡の身体を担いで車のトランクに押し込んだ。

 エレベーターは山岡の言った通り、カードキーをかざすと自動的に上昇を始めた。時折下降するような挙動をして、階数の推測すらさせないような徹底さだ。もちろん内部にも押しボタンはおろか階数表示すら無い。
 やがてエレベーターの扉が開くと、廃墟のようなフロアに出た。
 緑色の非常灯が頼りなく点灯していて、見たこともない計器や機械にわずかな光を落としている。
「なんだここは……?」と豚がつぶやいた。
 こんな所にノイズがいるのか?
 机の上や壁のあちこちが荒れていて、まるで強盗にでも入られたみたいだ。試しにデスクトップパソコンの電源を入れても反応がない。
 不意に、フロアの奥から微かな物音が聞こえた。
 配線につまづかないように注意しながら音のした方へ歩くと行き止まりで、黒いつるりとした壁があるだけだ。ゴムボールがコンクリートの壁に当たるようなくぐもった音はその壁の向こうから聞こえてくる。
 豚が壁に顔を近づけた。
 磨き上げられたような黒い壁は豚の顔を鈍く反射している。向こうから壁を叩く音がまた聞こえた。壁の向こうになにかいる。豚がさらに顔を近づけると、突然壁が透明になった。
 ガラスのようになった目の前の壁に、内臓のような物体がへばりついていた。
 一瞬、それが何なのか理解できなかった。
 やがて内臓のような物体が壁をずるりと伝って落ちると、向こう側が鮮明に見えた。
 強い照明に照らされた正方形の部屋に、二メートル近い肉塊が蠢いている。
 それは豚の姿に気が付いたらしく、全身から触手のような物を次々と生やして豚に放った。
 透明な壁に触手が当たる度に、ぼっ、ぼっ、と鈍い音が聞こえた。触手は壁に当たってグロテスクに広がる。目の前の光景に反して異様に音が小さいことがかえって不気味だった。
「うわああああぁッ!」
 あまりのおぞましさに、豚は腹の底から叫び声を上げて尻餅をついた。
 強い吐き気も込み上げてきて、豚は反射的に床に向かって胃の中身をぶちまけた。
「大丈夫ですか?」
 えずいている豚の頭にノイズの声がかかった。いつの間に現れたのだろう。豚は口周りを汚したまま反射的に顔を上げた。毒の花のような赤いジャケットを身に纏ったノイズが豚を見下ろしている。
「ノ、ノイズ様……!」
 豚は慌てて立ち上がろうとするが、膝が笑ってしまい再び尻餅をついた。
「そのままで構いませんよ。この特殊樹脂が破られることはありませんので安心してください」
「こ、この化け物はいったい……?」
「まぁ化け物だなんて。ご挨拶してはいかがですか? 二ヶ月ぶりの再会なんですから」
 豚が目を見開いて化け物に視線を移した。
 よく見ると、肉塊だと思っていたものはうずくまった人間のような形をしている。
「……三神?」と、豚の口から声が漏れた。
「ええ。脳の組成がかなり変質しているので、もはや自分が人間だったことも覚えていないでしょうけれど」
「……こ、この姿は? 三神になにがあったんです?」と、豚が絞り出すように言った。変わり果てた三神はまだ中で蠢いている。確かに意思があるとは思えないし、むしろ無い方が幸せなのだろう。
「拒絶反応です。レイズモルトに混ぜた薬剤の拒絶反応を意図的に起こしてみました」とノイズが折り曲げた人差し指を唇に当ててクスクスと笑いながら言った。「面白いでしょう? 人間を人妖に造り替える薬剤は効果が不安定で、一定数このような拒絶反応が発生していたようです。調整して完全に無くすことも出来たのですが、なかなか興味深いのでコントロール可能にした状態で残してみました。著しい変貌と筋力の異常増加、意思や思考の喪失、攻撃性の増幅……。役に立つこともあるかもしれませんよ。たとえば彼のように全国に指名手配されてしまっても、この姿では誰も彼だとは気が付きませんし」
 豚は不意に笑いが込み上げてきた。豚は顔を歪めて狂ったように笑い、なぜ自分が笑っているのかもわからないまま笑い続けた。自分の笑い声が壁に反響して豚の耳に届き、その笑い声で豚はさらに笑った。理解の範疇を超えた大きな脅威を前にした際には──たとえば地球が割れるほどの隕石が目の前に迫ってくる瞬間には、あるいはこのように笑うのかもしれない。
 ノイズが神なのか悪魔なのかはどうでもいい。
 想像以上だ。
 理解の範疇を超えた存在だ。
 絶対に離すまい。
 なにがあっても、とにかくこの恐ろしい存在に取り入っていれば、自分自身が脅かされることはないと豚は思った。意地でも取り入って、道化を演じながらこぼれてくる美味い汁を啜るのだ。
「す、素晴らしいッ!」
 豚は床に両手をついて唾を飛ばしながら叫んだ。
「先の電波ジャックで人妖になった人間どもが一斉にこのように変異すれば、社会は更に大混乱になるでしょう! ノイズ様が目的とされている混沌は早くも現実のものとなります。今後ともぜひ、私めにお手伝いさせてくださいませ!」
「まぁ心強い。では、そろそろ計画を最終段階に進めましょう」
 ノイズは豚に視線の高さを合わせるようにしゃがみ込み、豚の頬を両手で包んだ。「それと、あなたにご褒美を差し上げなければ」
「ご、ご褒美ですか?」
「ええ、今までよく働いていただいたので、二つのご褒美を差し上げます」と言いながら、ノイズは口の端を吊り上げた。「アンチレジストに随分とご執心の方がいらっしゃるようですので、次の段階で出会いのチャンスを作って差し上げましょう」
「そ、それは願ってもない!」と豚が声を張った。スノウと朝比奈の顔が浮かぶ。「それで、次の段階というのは……?」
「具体的な方法は後ほどお伝えしますが、準備はもう整えてあります。あなたはただ役割を演じていただければ結構です。決行は三日後。仲間を集めておいてください。アンチレジストにも情報を流しておくので、必ず邪魔をしに来るでしょう。ちゃんとあなたの目当ての子がそちらに行くように仕向けますので、楽しんでくださいね」
 豚は激しく頷いた。朝比奈とスノウを蹂躙している光景が脳裏に浮かぶ。豚の男性器が激しく勃起していることがスラックスの上からでもわかった。
「あともうひとつ──」と言いながらノイズが人差し指を立てた。そのままジャケットの内ポケットを探り、透明な液体の入った試験管を豚の目の前に取り出した。「レイズモルトに混ぜた、人間を人妖に造り替える薬。差し上げますので飲んでください」
「な……」
 豚は絶句した。
 背後ではまだ三神の成れの果てが蠢いている。ノイズはまるで耳まで裂けたかのように口の端を吊り上げた。
「安心してください。人妖のあなたが摂取してもあのような拒絶反応は起こりませんし、効果は肉体の強化のみです。アンチレジストの方とより楽しめると思ったのですが、不要であればこのまま捨ててしまいます。どうなさいますか?」
 ──ノイズ様はいつも選択肢をくださるだけです。
 不意に豚の脳裏に山岡の言葉が蘇った。
 拒否などできるはずがない。
 なにがあっても取り入ると、ついさっき決めたはずだ。
 豚は両手を上に向けてノイズの前に差し出し、恭しく試験管を受け取った。

「くそっ……一足遅かったか」
 美樹がバイクを駆ってアナスタシア聖書学院の門をくぐった時、研究棟の中腹から火の手が上がっているのが見えた。火元はおそらく冷子の研究室がある階だろう。スノウの話を聞いてから先遣隊としてすぐに出動したが、ノイズが感づいて火を放ったようだ。
 他の者は護送者で来ているため、渋滞に巻き込まれて到着まであと二十分はかかる。ひとまずバイクを停めて後続の綾たちに連絡しなければと美樹が思った瞬間、バイクの側面に強い衝撃が走った。バイクが横転し、美樹の体が車道脇の芝生に投げ出される。なにが起きた? 受け身をとったためダメージは少ない。視界を確保するために素早くフルフェスのヘルメットを取った。
「やっと二人きりになれましたねぇ。『悪い子』の美樹さん?」
 ぞくりとする声が聞こえた。
 倒れた姿勢のまま、声のする方に視線を向ける。
「……ノイズ」と美樹が静かに言った。だが次の瞬間、美樹はノイズの足元に釘付けになった。両手足を拘束された小柄な女の子が倒れている。目と口も布で塞がれているが、呼吸はしているようだ。その女の子はアナスタシア聖書学院の制服を着ていて、特徴的な桃色の髪の毛をしていた。
「久留美……?」と美樹は呟くように言った。目の前の状況が理解できない。
「ええ。シオンのふりをして連絡したら、すぐに来てくれました。健気にもシオンと美樹さんの役に立ちたいと言って、何の疑いもなく」
「貴様、久留美になにをするつもりだ!?」
「まぁ怖い。随分とこの子を気にかけているみたいですねぇ」
 美樹がノイズに飛びかかるが、ノイズは美樹の視界から消えていつの間にか背後に回っていた。
「もっと素直になってください。もう『良い子』のフリをするのはやめにしませんか? 本当のあなたを解放してあげます」
 ノイズが美樹の背中を蹴った。美樹の体が転がる。ノイズが久留美の頭を足で軽く踏み、赤色と金色の混ざったツインテールを手櫛ですいた。
「もしもこの子が死んでしまったら、さぞショックを受けるでしょうねぇ、美樹さん?」
「……なんだと?」と、美樹が低い声で言った。紫色の瞳が暗く光る。
「そう、その目です。この世の全てを憎んでいる目。あなたが養父と出会う以前は、きっとそんな素敵な目をしていたんでしょうねぇ」と言いながら、ノイズは折り曲げた人差し指を口に当ててクスクスと笑った。「すみません、少し美樹さんのことを調べさせていただきました。もう無理しなくていいんですよ? あなたはきっかけが欲しいだけ。あなたの奥に流れる暗い血が表に出たがっている」
「意味のわからないことを言うな!」
「これでも親近感を抱いているんです。美樹さん、過去は決して消えないんですよ。いくら油絵具を厚く塗り重ねても剥がせばちゃんと元絵が存在しているように、画家ですら忘れている元絵であっても決して消えるということはないんです。上からどんなに綺麗で優しい思い出を塗り重ねても、凄惨な過去は決して消えることはないんです。シオンにとっての私のように、幼少期の頃の美樹さんのように」
「あいにく私は今の状況に満足している。昔のことを今さら蒸し返して何をするつもりもない。それはシオンも同じはずだ。とっとと引っ込んでシオンにその身体を返せ。久留美の頭から足をどけろ!」
「もちろん全てが終わったらシオンに身体は返します。もうすぐ全ての計画が終わりますので」
「……計画? シオンの身体を乗っ取ることが目的じゃないのか?」
 とんでもない、とノイズは肩をすくめて言った。「でもその前に、本当の美樹さんを開放してあげます。たとえばこの子を殺した私を恨むなんてどうです? あなたはきっと私を殺しに来る。『良い子』の仮面を外して、怒りと復讐に塗りつぶされた『悪い子』の素顔のままでいられますよ?」
 美樹が恐るべき速さでノイズに向けて走った。レッグホルダーから折り畳み式のトンファーを抜いてノイズに迫る。ノイズは避ける素振りが無い。顔付きは全く違うが、やはりシオンと同じ顔だ。ノイズの顔面を目掛けて突くが、直前で狙いを胴体に変える。伸ばしかけた美樹の腕にノイズの脚が蛇のように絡み、美樹の完全に動きが止まる。こんなガードは今までされたことがない。ノイズは軸足を蹴って飛び、美樹の頭に巻きつくような跳び回し蹴りを放った。
 衝撃に美樹の脳が揺れる。視界が歪んだ瞬間、ノイズが太ももで美樹の頭をがっしりと挟み込んだ。
 美樹がしまったと思った瞬間には遅かった。
 ノイズが身体を捻り、美樹の頭頂部が地面に叩きつけられた。
 脚だけで、ものの数秒で制圧されたと美樹が思った瞬間、ふと視界が暗くなった。跳躍しているノイズが月を隠している。羽が生えたようにふわりと、ノイズの身体が空中で回転している。シオンと同じ、思わず見惚れてしまうような動きだと思った。直後に、ぞわりとした感覚が美樹の背骨を駆け上がった。あの跳躍はシオンの攻撃の前段階だ。濡れた闇のような真っ黒いドレスを翻したまま、口が耳まで裂けたように笑うノイズと目が合った。
 ノイズの膝が、仰向けに倒れている美樹の腹に落下した。
「うぐぇあッ?!」
 ノイズの膝と地面に挟まれ、美樹の身体が電気ショックを受けたように跳ねた。
 跳躍と回転の勢いで数倍の衝撃になったノイズの全体重が美樹の腹に落ちてきたのだ。
「ダメですよ手加減なんかしたら。本気になっていただくには、やはりあの子を使うしかなさそうですねぇ」
「ま、待て……」
 去ろうとするノイズに美樹が倒れたまま手を伸ばす。身体が彫像になってしまったように動かない。
 ノイズの前の車道にはいつの間にか大型の高級車が停まっていて、スーツを着たロシア人の男性が久留美を後部座席に押し込んでいる。
「──三日後、クラシックでも聴きに行きましょうか?」とノイズが美樹を振り返って言った。
「……クラシック?」
「それまで大人しくしていることです。あの子にも手は出しません」
 美樹を呼ぶ声が背後から聞こえた。綾が走りながら叫んでいる。その後にスノウや朝比奈の姿も見えた。そのまま美樹の意識は深く沈んでいった。

NOIZ最終決戦のコピー


※こちらの文章はラフ書きになりますので、製本時には大きく内容が変わる可能性があります。

朝比奈 スノウ 2


 豚は都内の歴史と格式のあるホテルの一室にいた。
 照明が落とされた室内は薄暗く、強烈な精臭と葉巻の香り、そして重い湿気がべっとりと漂っている。
 クイーンサイズベッドに、豚は全裸で足を投げ出した状態で座っている。タイヤのように巻きついた腹肉の上には玉の汗が光り、細かい葉巻の灰が所々に貼り付いていた。
 豚の足の間で、同じく全裸になった年端も行かない少女が、土下座をするような格好で豚の汚れた男性器を一心不乱にしゃぶっている。少女の顔は涙と唾液と鼻水、そして豚の放出したであろう白濁した粘液でどろどろに汚れている。何回も絶頂させられ、失神しては起こされ、また犯された痕跡だった。少女は自分の無様に汚れた顔を豚に見てもらえるように上目遣いの視線を送るが、豚は一瞥もくれることなく葉巻をふかしながらタブレットを覗き込み、スノウと朝比奈の写真を交互に表示させていた。
「くそっ!」と豚は吐き捨ててタブレットをベッドの上に放り投げると、男根にしゃぶりついている少女の後頭部を掴んで思い切り自分に引きつけた。
「ぐぶぇっ?! んぶッ! んぐッ! んぶッ! んぶぇッ!」
 突然喉奥を突かれ、小さい身体が震える。豚は脳内で少女を朝比奈に変換しようと試みた。だが、意識すればするほど朝比奈を取り逃した事実が、煮えたぎる真っ黒いタールのように腹の底から湧き上がってくる。豚は少女の苦痛など意に介さず強引に頭を揺すって、今日何度目かの粘液を放出した。そして少女が粘液を飲み干すと同時に少女の頬を張った。小柄な少女の身体が人形のようにベッドに転がる。
 豚が壁掛け時計を見ると午後九時を回ったところだった。
 ため息を吐きながら、乱暴に葉巻を灰皿で揉み消す。
 この少女をはじめ、豚にはお気に入りの養分が何人もいたはずだった。今日は特にお気に入りのこの娘を昼過ぎからひっきりなしに犯したが、渇きは募る一方だ。
 原因はわかっている。
 女は嗜好品と同じだ。
 嗜好品は一度高級品を嗜むと、それ以下の品質のもでは満足できなくなる。以前は満足していたものが楽しめなくなり、無理に満足しようとすると自分がひどく惨めに思えてくるのだ。上昇するエスカレーターと同じで下降することはできないし、無理に降りようとすると怪我をする。
 スノウと朝比奈はまさにそれだ。
 そのうちの朝比奈が手に入りかけたのだ。
 あの時は本当に興奮した。
 あどけなさが残るが生真面目で凛とした雰囲気。友人が人妖に攫われたと言っていたが、おそらくそれが朝比奈を実年齢以上に精神的に成長させたのだろう。学校ではどういう生徒なのだろうか。真面目な生徒なのだろう。友人の数は多くはないが、気の許せる親友が何人かいるタイプなのかもしれない。その親友たちは朝比奈が競泳水着のような格好で闘っているとは知らないだろう。目の前で朝比奈をレイプしてやったら、親友たちはどんな顔をするのだろうか。朝比奈はどんな絶望顔を晒すのだろうか。
 豚の男性器がまた天井を向いて反り返ってきた。
 豚はベッドから立ち上がると、頬をおさえたまま床で放心している少女を強引に起こした。粘液で鼻や口がドロドロに汚れ、豚が大量に放出した粘液を飲まされたことで腹が膨らんでいる。豚は少女の腹をサンドバッグのように殴った。ぼぢゅん! という水袋を殴ったような音が室内に響き、少女の目が見開かれた。
「えぼぉッ?! ぐぷッ!? おぶえろろろろぉ……」
 突然腹を襲った衝撃に少女の身体は電気に撃たれたように跳ね、白濁した液体を滝のように吐き出した。
 こんな風にスノウや朝比奈の腹を殴ったらさぞ興奮するだろうなと豚は思った。
 できることならスノウと朝比奈を同時に縛り上げて自由を奪い、腹を交互にめった打ちにしたい。顔は殴ってはダメだ。その後レイプする時に楽しみが減ってしまう。二人とも最初は激しく抵抗するだろう。スノウは酷い言葉で罵るのかもしれない。いいことだ。抵抗が激しいほど屈服させた時に興奮する。
 二ヶ月前、無能な部下どもがヘマさえしなければ、あったかもしれない未来だ。
 もちろんその日のうちに全員殺した。
 ついでに用済みになった三神も殺してやろうかと思ったが、奴は事件直後に姿を消してしまった。
 ノイズからの連絡も途絶えた。
 三神は事件の日はノイズと一緒にいたはずなので、もしかしたらノイズが直々に手を下したのかもしれない。そうでなくとも、そもそもあの無能な男が全国的な指名手配から逃れられるはずがないのだ。いずれは死ぬしかない。
 事件直後、三神は連日のようにテレビやネットを賑わせた。もともと注目度の高かったベンチャー企業の社長が前代未聞の事件を起こしたということで、生い立ちから現在の派手な生活ぶりが広くメディアで紹介された。三神の旧友や元恋人を自称する何人かの人間がテレビや週刊誌のインタビューに応じ、昔から自己愛が強く誇大妄想をする癖があったと語った。耳目を集めるという意味では、三神は無能な男だがアイコンとしては優秀だったのだろう。わかりやすい成功者を演じ、中身が無いにもかかわらず、さも自分と自分に関わるものに価値があると群衆に錯覚させる能力に長けていた。
 電波ジャック事件は三神のそのような特性を生かした素晴らしい手法だった。
 当然のことながら社会は大きく混乱した。
 電波ジャック直後、過去にレイズモルトを口にした者の何割かがパニックになった。いきなり聞き覚えのない「人妖」などという怪物に変異させられる可能性があると聞かされたのだから無理もない。パニックによる発狂で暴れる者や、恋人や配偶者に襲いかかる者が少なからずいて、しばらくの間は昼夜問わず救急車や警察車両のサイレンが鳴り響き、外出を控えるように政府から通達が出された。数日が経つと、ネットを中心にデマが広がり始めた。夫の全身に熊のような体毛が生えてきた、狼のように犬歯が発達した人間に襲われたなどという突拍子もないものを中心に、さまざまな噂が飛び交った。しかし、結局誰が人妖に変化したのか、人妖に変化するとどのようになるのかは誰もわからず、専門家を名乗る何人かの人間の懐が温まっただけだった。
 二週間もすると、各地で強姦事件が相次いで発生するようになった。社会の混乱に乗じた卑劣な犯行と報道されたが、豚には養分が尽きそうになった人妖の犯行であることが直感的にわかった。人妖は食事でもある程度活動することが可能だが、根本的には異性の人間との粘膜接触なしには十分な養分補給ができず、やがて活動できなくなる。電波ジャックで人妖になった人間が本能に基づいて人間の異性を襲ったのだろう。
 そしてレイズモルトを飲んだと周囲に吹聴していた学生が殺害された事件を皮切りに、全国で「人妖狩り」と称する傷害事件、殺人事件が散発した。ある家の者がレイズモルトを飲んだと噂が広がれば、翌日には不審火で家が全焼した。社会全体が疑心暗鬼に包まれていき、この年の離婚率は記録的な数値を叩き出した。
 政府は人妖の存在について頑として認めなかったが、レイズモルトは違法薬物に指定されて所持と使用が禁止された。
 レイズモルトの価格はすぐさま暴騰し、ダークウェブでの複数人で購入して回し飲みする非合法なイベントが各地で開かれた。
 通称「人間卒業オフ」と言うらしい。
 豚が初めてそのイベントの話を聞いた時、もう少しまともなネーミングを誰も思いつかなかったのかと本気で思った。いや、そんな知能の連中だからこそ、こんな馬鹿なイベントを思いつくのだろう。何の努力もせずに手軽に自分以外の何者かになりたい欲求がある連中にとって、レイズモルトは金と多少のコネがあれば欲求を満たすことができる便利な道具になった。道具が便利になることに反比例して、群衆はどんどん馬鹿になっているのではないかと豚は思う。ある時テレビカメラが「人間卒業オフ」に潜入したこともあった。厚いモザイクの向こうで下品なスーツやドレスに着飾った男女がプラカップに入ったレイズモルトをひと舐めし、三神の電波ジャックの映像が流れると熱狂した。目が痛くなるような青いスーツを着た男がマイクに向かって「生まれ変わった気分だ」と興奮した様子で言い、直後に背後から別の男に殴られて昏倒した。それをきっかけに会場内は乱闘騒ぎになり、結局カメラが壊されて映像が終わった。酷い内容だった。「人間卒業オフ」はドラッグパーティーというよりは、新興宗教団体の集団トランスのように豚には見えた。
 やがて自衛隊が投入され、時間の経過と共に世の中の混乱は表面上は収まったように見えた。
 しかし電波ジャック事件の前と後では社会は大きく変わってしまった。
 人間と姿形が変わらない怪物がいるのかもしれない、もしかしたら自分も怪物になっているのかもしれないという不安の棘は、錆びた釘のように人々の心に突き刺さったまま抜けることはなかった。
 ノイズの思い通りになったな……と豚は思った。
 目的は「混沌」だとノイズは言っていた。人妖を利用し、人々に”ほどよく”疑心暗鬼を植え付ければ、簡単にそのような状態になると。「混沌」をもたらした後にノイズが何をしようとしているのか豚は知らないが、人妖の──自分達の存在を明るみにすることは豚の望みでもある。その頂点に自分が立つことができれば尚のこと良い。当面の間の利害関係は一致している。ノイズは何を考えているのかわからず正直に言って不気味だが、異様に頭が良く、財力や技術も十二分に持ち合わせていることは確かだ。三神のアイコンとしての才能を見いだし、レイズモルトもあっという間にブームにさせ、人妖への変異薬もいつの間にか開発してレイズモルトに混ぜ込んでいた。ノイズは豚の好みで言えばババアと呼んでいる年齢だが、取り入っていて損は無い。ノイズに気がつかれないように増えた人妖を配下に置けば、これからも甘い汁が啜れるはずだ。
 不意に豚の携帯電話が鳴った。
 知らない番号が表示されている。
 直感的にノイズからだと豚は察した。
「はい、豚でございます」
 豚は腹を殴られ続けてガクガクと痙攣が始まった少女を投げ捨て、目の前にノイズがいるかのように平身低頭して通話ボタンを押した。
「お久しぶりです。お食事は楽しめましたか?」
 通話口からノイズの柔らかい声が聞こえた。
 豚は頭を床と水平に下げたまま、反射的に周囲に視線を送った。
 ──どこから見ているんだ?
 四方からノイズの視線を感じるような気がして、豚は背中に虫が這うのを感じた。


次回は約2週間後に更新予定です。
※こちらの文章はラフ書きになりますので、製本時には大きく内容が変わる可能性があります。

名称未設定-5のコピー



 ノイズが冷子の後頭部の髪を鷲掴みにして、その顔面をコンクリートの壁に叩きつけた。何度も打ち付けられたのだろう、コンクリートの壁は血まみれだ。冷子はダメージによる神経系の混乱が起きているのか、手足の形状が触手になったり人型を取り戻したりと目まぐるしく変形し続けている。頭部はかろうじて人型を保ったままだが、それはあくまでも人間の頭部と同じシルエットを保っているとうだけで痛々しいほどに原型をとどめていない。
 壁から冷子の顔が引き剥がされる。歯は全て折れ、鼻を中心として顔面が陥没し、左目はシオンのヘッドドレスの金属芯が刺さったままだ。
 ノイズが笑みを浮かべたまま冷子のボロボロになった顔を覗き込むと、冷子もかろうじて開いている目でノイズを見た。
 目の前のこの女は誰だ……と冷子は思った。さっきまでシオンだったはずなのに。死にかけていたはずなのに……。
「──なるほど、とても興味深い。なぜ人体が軟体動物のように変異できるのか、骨格がどのように変化しているのか、とても気になります。なによりこのビジュアルが素晴らしい。まさに化け物と言って差し支えない醜悪さ。不安と恐怖と嫌悪感を与えるには最適な姿ですね」
 目の前で行われている暴力をまるで意に介さないように、ノイズが笑みを浮かべたまま穏やかな口調で言った。
「ねぇ、少し剥がして中身を見てもいいですか? この頑丈さなら皮膚や筋肉の半分くらい失っても問題ないですよね? どの程度のダメージが致命傷になるのかも気になります。色々ゆっくりと調べて──」
 ノイズが言い終わる前に、上階の孤児院からひときわ重い衝撃が響いた。天井の欠片がノイズと冷子のすぐそばに落ち、壁にも大きなひびが入た。
「残念ながら、時間はあまり無さそうですね……」と、ノイズが言った。
 階上の轟音は巨大な蛇が暴れている様子を思わせた。
 原因はわからないが、崩落は時間の問題だろう。
「ぁ……あ……」と、冷子が声にならない声を出した。
「ん? なんですか?」
 ノイズが笑みを浮かべながら、冷子の口元に耳を近づけた。
「……あなた……誰なの? 如月さんは……?」
 冷子の瞳にノイズの姿が映る。ボロボロになったシオンのメイド服を着ているが、赤い毛がまだらに混ざったツインテールは両方とも解け、綺麗な緑色の瞳は下半分に血のような赤色が迫り上がっている。こんな人間は知らない。少なくとも先程まで対峙していたシオンではない。
 ノイズはくふっと静かに笑った。「ダメですよ。私の大切な人を傷つけるような『悪い子』には、教えてあげません──」
 ノイズは再び冷子の顔面を壁に叩きつけた。そして冷子の後頭部を目掛けて思い切り膝をぶち当てた。壁とノイズの膝に挟まれ、ベキリという音を立てて冷子の頭頂部が割れた。一瞬置いて、風船の空気が抜けるような音が冷子の喉から漏れ、そのままズルズルと床に倒れて動かなくなった。
「あら? 死んでしまったんです? 脳の破壊には耐えられないみたいですね」
 ノイズは動かなくなった冷子の身体をゴミをどかすように部屋の中央に蹴飛ばした。受け身も取らず、反応も無い。完全に絶命している。かろうじて人型を保っていた冷子の身体は溶けるように崩れ、とうとう内臓の寄せ集めのような形になった。頭部だった場所も今ではどこが目鼻だったのかもわからない。
 まぁ気持ち悪いとノイズが言い、かたわらに落ちていた冷子のボロ切れのようになった衣服を拾い上げた。擦り切れたポケットから数枚のカードキーが落ちる。この地下研究所の、冷子の個人的な研究室のようだ。
 その研究室は小さいながらも、建物に比べれば近代的な設備を備えていた。ノイズは棚のファイルに目を通し、デスクトップパソコンのスイッチを入れてデータをどこかへ送信した。ノイズはまるで料理を作るように鼻歌を歌いながらファイルを数冊見繕い、保管庫の中の試験管を保冷バッグに入れた。そして部屋を出る時には数種類の薬品を選んで部屋の角に投げた。瓶が割れて薬液が反応すると一瞬強く発光し、瞬く間に部屋全体が炎に包まれていった。


「アスクレピオスから分析結果が届いたわ」
 会議室に入ってくるなり、スノウは険しい顔をしながら言った。
 三神の電波ジャック事件から二ヶ月。スノウは来日予定を無期限に延長して日本に留まっている。ホテルに滞在しながらリモートで本業の仕事をこなし、空いた時間はアンチレジストで戦闘訓練に参加したり、アスクレピオスに協力を仰いでサンプル分析の協力を行なったりしている。電波ジャック事件にノイズが関わっていることは間違いない。訓練を積んで来たるべき戦闘に備えながら、アンチレジストに全面的に協力することがノイズにたどり着く近道だとスノウは判断した。
 会議室にはスノウが気を許す面々──美樹と綾、鷺沢と朝比奈が座っている。特に朝比奈とは歳が近いためか気が合うらしく、しばしば言い合いになりながらも朝比奈がスノウの訓練に付き合ったり、スノウが朝比奈を食事に誘ったりしているようだ。
 スノウがタブレットを操作すると、大型ディスプレイに電子顕微鏡で撮影した映像が映し出された。
 四人がディスプレイに注目する。
 月面着陸船のような形状の物体が液体内をゆらゆらと漂っている。人工物のように見えるが、電子顕微鏡で見なければならないほどの人工物などあるわけがない。
「なんだこれは? バクテリオファージか? こんなものがレイズモルトの中に入っていたのか?」
 美樹の言葉にスノウが頷いた。
「ええ。ただ、見た目は近いけれど、こいつは全くの別物よ」
「あの……」と、綾が言いづらそうに小さく手を挙げていった。「ごめん、バクテリオファージってなに?」
「ああ、バクテリオファージというのは、細菌にのみ感染するウイルスみたいなものよ」と、スノウが言った。「見ての通り人工物のような不思議な形状をしているけれど、自然界にはごくありふれた存在で、食べ物や私たちの皮膚にもたくさん付着しているわ。細菌専門なだけあって人間には無害。食べたり飲んだりしても全く問題はないし、むしろ食品添加物として抗ウイルス効果も期待されているの」
「へぇ、初めて知ったわ」と、綾が自分の手のひらを見ながら感心したように言った。「じゃあ、ウイスキーの中にいても問題はないの?」
 スノウが首を振った。
「本来はアルコール濃度の高い蒸留酒の中では生存できないはずよ。アルコール耐性のある微生物もいないわけではないけれど、まだ発見数も少ないし。それにさっきも言ったけれど、これは形状は似ているけれどバクテリオファージとは全くの別物。これを見て」
 スノウが動画を再生した。
 それまではゆらゆらと漂っていただけの微生物が突然痙攣したように震えると、一瞬で全身に棘のようなものが無数に生えた。頭部もドリルのように変形し、先ほどとは打って変わって活発に動きはじめた。会議室の中にいる全員が息を飲んだ。
 スノウが話を続けた。「この微生物はバクテリオファージに酷似しているにも関わらず、細菌には全く関心を示さない。それに特定の条件を与えるとこのような攻撃的なフォルムに変形して活性化するわ。各所に手配して入手した数十本のレイズモルトを全部分析して、人工チャームが入ったものが約三分の一。そしてこのバクテリオファージみたいな微生物が入ったボトルは一本だけ。三神が電波ジャックで言っていた、人妖に変異できる、いわゆる『当たり』のボトルがこれでしょうね。そしてこの微生物は活性化した状態でも細菌には全く関心を示さず、試しに人間の細胞を投入したら恐ろしい速さで飛び付いて、細胞壁に穴を開けて何らかの遺伝子情報を投入したわ。投入した遺伝子情報は解析中だけれど、この微生物が人間を人妖に作り替える鍵だと思って間違いない。活性化の条件はもう気付いていると思うけれど、電波ジャック事件の時に流れたあのノイズ混じりのラフマニノフ、ピアノ協奏曲第二番。あのノイズの中の特殊な周波数が、おそらくは活性化のスイッチになっていると思うわ」
「まるでリモコン爆弾ですね」と鷺沢が淡々とした声で言った。「この微生物もノイズが造ったんですか……?」
「リモコン爆弾、まさにその通りね」とスノウが言った。「ただ、いくらお姉様の頭脳とはいえ、さすがにこんなものを数ヶ月でイチから造るのは不可能よ。ベースとなる微生物が既に存在していて、ノイズはそれをリモコン爆弾化したんだと思う。人体実験するわけにはいかないから、この微生物が一匹でも体内に入れば人妖に変異するのか、それともボトル一本分飲まないと効果がないのかはまだわからないけれど、もし私が同じものを造るとしたらウイスキーの常識的に考えて、約三十から六十ミリリットルの飲用で作用するように調整するでしょうね。私達の目の前で人妖に変異した男性隊員達も、おそらくそれくらいの摂取量だったはず。いずれにせよ、ノイズ自身は全く表に出ることなく人妖を増やすことに成功しているわ。チャーム入りのレイズモルトで多くの人を中毒に近い状態にさせて、この微生物入りのボトルも混ぜておく。そして電波ジャック事件を起こして一斉に発動させた。恐ろしいことよ……」
「ベースは冷子が造っていた薬かもしれないな。薬と称していたが、正体はこの微生物か」と、美樹が言った。「シオンと入れ替わったノイズが孤児院の地下研究所で冷子の研究を見つけていたとしたらタイミングが合う。地下研究所は孤児院と一緒に全焼しているが、その前にデータを持ち出して研究を続けたとしたら……」
「問題はどこで研究を続けたのかよ。それなりの設備が必要だし、こんな重要な研究は冷子も絶対にバックアップを取っているはず。ひとつあるでしょ? お姉様と冷子それぞれに縁があって、それなりの設備が揃っている場所が」と言いながら、スノウが真剣な顔をして身を乗り出した。
「──アナスタシア聖書学院の研究棟か」と、美樹が真剣な顔をして言った。
 突然警告音が鳴り、室内全員の腰が浮いた。人妖関連の事件が発生したときに鳴るブザーだ。綾がスマートフォンに表示された内容を見て、「また『人間卒業オフ』か……」と呆れたようなため息をついた。


次回は約2週間後に更新予定です。
※こちらの文章はラフ書きになりますので、製本時には大きく内容が変わる可能性があります。

本日7月21日でサークル活動11年目に突入しました。
何回も言っていると思いますが、まともに書いた文章が読書感想文程度だった自分が、まさか文章の創作活動を10年も続けられるとは思ってもいませんでした。
「腹パンチというわけのわからない性癖なんて自分しかいないよな……気持ち悪い奴だと思われるだろうな」と思いながら、ブログ公開ボタンを押した時の高揚感と不安感は今でも覚えていますし、いただいたコメントや感想は(今でもですが)ひとつひとつ覚えているほど大切にしています。
ここ数年は世界的な情勢もあり、なかなか表立った活動ができない日々ですが、新作の本作りも進めております。
10月31日に開催予定の「りょなけっと vs ABnormal Comic Day! 延長戦」には応募していますので、スペースがいただければですが現在製作中のNOIZ編を持っていこうと思います。
文章の推敲やイラスト制作も進んでおりますので、お会いでいたらよろしくお願いします。
では、11年目もよろしくお願いします。

001のコピー2

NOIZ立ち絵反転のコピー


 机の下は暗く狭い。
 それに床は硬い。
 吹雪が窓を打つ音が微かに聞こえてくる。
 白衣を着た男が車輪の付いた皮張りの椅子に座っている。私は机の下で膝を抱えて座っているから、白衣の男の腰から下しか見えない。男の正面に座っている女の姿も見えない。
「問題はありませんよ」と、男が言った。
 声は籠っているが、よく聞こえる。
 女は男の言葉を聞き、すするように泣きだした。女の背後にいる数人の男達が、よかった、よかったと呟く声も聞こえる。
「お嬢様に多重人格の症状は残っておりません。確かにあのような非常に強いショックはお嬢様のような年齢の子供……つまり自我がまだ未発達の状態では受け止めきれるものではありません。ですが、お嬢様は立派でした」
 当たり前だ。
 シオンは立派なのだ。
 お前などに評価されなくても私はよく知っている。
 早く話を進めろ。
 こんな狭い場所から一秒でも早く出たいんだ。
 私は軽く男の椅子を蹴った。
 男の身体が小さく跳ねる。
「今後についての提案なのですが……お嬢様へは外国へ行かれることを強くお勧めします。それもなるべく遠い国の方がよろしいでしょう」
 男はやや早口で言った。
「外国?」と、女が困惑した様子で言った。「なぜです? シオンは治ったはずでは?」
「ええ、確かに治りました。奥様が言われているノイズという人格は完全に消滅しています」
 白衣の男は低い気温の室内で汗を拭いている。
「あくまでもフラッシュバックを防ぐ保健的な処置です。テレビでは連日、事件のニュースが流れています。それに御実家はまさに事件の現場です。ほとぼりが冷め、お嬢様の人格が完成するまではこの国から離れていた方がよろしいでしょう。もちろんご家族の方とも」
 女が連れていた小さな女の子が声を上げて泣き出した。お姉様お姉様と泣きじゃくっていて、背後の男達が慰めている。
「……いつ頃まででしょうか?」と、女が暗い声で言った。
「少なくとも十八歳程度までは離れた方が良いでしょう」
「そんな……」
 早くしろ。
 私はまた男の椅子を蹴った。
 交渉は難航したが、女はようやく「私の祖母の家が日本にあります……。なるべく寂しい思いはさせたくなのいので……」と絞り出すように言った。小さい女の子はまだ泣いていた。
 女達が帰ると、私は思い切り男の椅子を蹴飛ばした。
 派手な音を立てて椅子が倒れ、男が床に投げ出される。
 私は机の下からようやく抜け出すと、スカートの埃を払って身体を伸ばした。
 壁には額装された証書が数多く飾られ、この男が精神科医の権威であることを伝えている。私は床の上に投げ出された老眼鏡を踏み潰した。
「……ノイズ様」と男が怯えた声で、両手を床についたまま言った。「これで……私の孫は助けていただけるんですね……?」
「ええ、もちろん」と私は笑顔を作って、この哀れな男に言った。男の髪の毛を掴み、目を覗き込む。「これからも『良い子』にさえしていれば──」


 シオンは暗い部屋の中で目を覚ました。
 夢?
 なにか怖い夢を見たような気がするが、よく思い出せない。
 シオンは上半身を起こして、周囲を見回した。
 そこは部屋と言うよりは、大きな箱のような空間だった。
 床も壁も黒い樹脂でできていて、窓は無い。
 とても高い天井の隅から、蓋をずらしたように一筋の光が差し込んでいる。
 どこか遠くから空調のファンのような低音が微かに聞こえてくる。
 頭を振ると、長い金髪がさらさらと床に流れた。いつのまにかツインテールに結った髪が解けてしまったらしい。
 赤い色が視線の先をちらつく。
 なんだろう……。
 違和感を感じて自分の髪の毛を掬う。
 髪の毛の一部がマダラに赤く変色していた。
「……えっ?」
 思わず絶句し、金と赤の混ざった髪をじっと見つめる。
 鮮血のような赤い髪だ。ためしに赤い毛を引っ張ってみると、頭皮に痛みを感じた。紛れもなく自分の頭皮から生えている髪だ。こんな風に染めた覚えはもちろん無い。そもそもシオンは髪を染めたことすら一度も無い。
 身体を触ると、服装はメイド服を模した戦闘服のままのだった。露出した部分の肌に傷や痣は無く、服に破れや汚れも無い。頭はすっきりと冴え、空腹も、暑さや寒さも感じなかった。
「ここは……?」
 注意深く立ち上がる。
 天井から差し込む光で部屋全体がうっすらと見えた。
 広くはない。せいぜい十畳ほどの広さだ。
 装飾や家具らしきものも一切ない。
 シオンは注意深く壁に触れてみた。
 不思議な材質の壁だ。木でもなければコンクリートでもなく、少しだけざらついた樹脂だ。
 なぜ自分はこんな所にいるのだろう。
 冷子との戦闘はどうなったのだろう。
 劣勢になった冷子の全身が触手化し、自分に絡みついてきた。そして絞首刑のように首を絞められたところまでは微かに記憶がある。
 頸動脈が締まり、徐々に意識が遠のいていき、死が迫っていることを感じた。
 ……その後は?
 もしかしたら自分は死んでしまったのだろうか。
 シオンはため息を吐いた。
 ここは何かを待つ場所なのだろうか。例えば神の審判を受け、天国と地獄に振り分けられる前の魂の待機場のようなものなのかもしれない。神の前であらゆる罪が暴かれ、それに対する罰が与えられる。あるいは善行が認められ、永遠の命を与えられる。自分はどちらなのだろう、とシオンは思った。
 不意に、誰かがシオンを背後から抱きすくめた。
 驚いたが、恐怖はなかった。背後の気配は確かな温かさを持っていた。
 ──大丈夫。
 背後の気配が言った。言葉はシオンの脳内に直接届いた。
 ──あなたは何も心配する必要は無いわ。あなたは今でも『良い子』のままよ。ねぇ、シオン? 私が全部やってあげる。辛いことや悲しいこと、苦しいことや嫌なこと、全部私が受け止めてあげる。全てが終わったら、あなたはこの世界で唯一の『良い子』になっているわ。
「でも、私は……」と、言いかけた瞬間、シオンの頭に激しい痛みが走った。まるで太い釘を打ち付けられたような痛みに、シオンは頭を押さえてその場にしゃがみ込んだ。「この状況を作ったのは全部貴女のせいなのよ?」と、冷子が自分に放った言葉が蘇った。「貴女がお父様を殺してくれたおかげで──」「父親殺しとはまた、随分と重い荷物だこと──」「我々人妖に多大な貢献をしてくれた一族の長女様だもの。その立場で人妖退治なんて笑わせるわ──」「メイドだとか奉仕だとか博愛だとか、気持ち悪い愛想を振りまいているのは無意識な罪滅ぼしのため?」「貴女を好きだった人達が貴女の正体を知ったら、どんな顔をするかしらね──」
 ──シオン、大丈夫よ。私がやったの。お父様を殺したのはあなたではなく、私がやったこと。
 見えない手がうずくまるシオンの頭に乗せられた。気配の主もシオンの正面にしゃがみこんでいるようだ。頭痛が激しすぎて、シオンは目を開けることができない。
 ──あなたは何もしていない。ねぇ? だってそうでしょう? シオンみたいな『良い子』が、お父様を殺すわけがない。そんなことありえない。大丈夫。もうすぐ全部うまくいくわ。もうすぐ全ての人間が『悪い子』になるの。だからもう少し我慢していてね。
 シオンはなにかを言おうとしたが、頭痛はますます激しくなり言葉は呻き声にしかならなかった。やがて暗幕が垂れてくるように意識が遠のいていった。

※こちらの文章はラフ書きになります。製本時には大きく内容が変わる可能性があります。

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この作品はウニコーンさんに有償依頼をいただき、二次創作として製作したものです。
ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、ストーリーの大部分をお任せいただきました。
今後作品としてウニコーンさんが挿絵を付けて完全版として発売する予定ですが、今回私が書いた文章と制作中のイラストの掲載許可をいただきましたので、サンプルとしてお楽しみください。

第1話

第2話

第3話

第4話

第5話



今回珍しく本番シーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
また、挿絵を追加した完全版は後ほどウニコーンさんがDL販売される予定となります。


 グールーは瀬奈の回復を待つと、瀬奈をベッドに座らせて自分も背後に座った。瀬奈は身体に力が入らず、背後のグールーにしなだれかかるような姿勢になった。瀬奈の甘い汗の匂いがグールーの鼻腔をくすぐり、再び股間に血液が集まってくる。グールーは瀬奈の大きな胸を背後から揉みしだき始めた。
「さっきは酷いことをしてすまなかったね。今まで実に多くの者に拒まれてきたせいか、最近は拒まれたり逆らわれたりすると、つい昔を思い出して頭に血が上ってしまうんだ。悪い癖だとは思うのだが……」
 グールーが瀬奈の耳を舐め、ジュルジュルとわざとらしく音を立てて首筋を舐め回す。瀬奈は目を瞑って下唇を噛んだ。グールーの技術は大見得を切った通りかなり熟達しており、瀬奈の胸の敏感な場所を、まるで水源を探っている熟練した井戸掘り人の様に的確に探り当てて執拗に責めてくる。瀬奈は歯を食いしばって呼吸が荒くなるのを耐え、下腹部がじんわりと温かくなってくるのを小刻みに身体を震えさせながら堪えた。
「こっちを向け」と、グールーが瀬奈の耳元で囁くように低い声で言った。瀬奈が睨みつけようと顔を上げたところを、強引に唇を奪う。口内を弄られながら、瀬奈の腰に焼けた鉄パイプの様なグールーの分身が押し付けられる。グールーは舌を絡めたまま、ジリジリとじれったく瀬奈の黒いビキニをたくし上げ、ぷるんと大きくも形の良い乳房を露出させる。二つの突起をねちっこくしごきながら、必死に快楽に耐える瀬奈の表情を楽しんだ。
「さてと、私のも気持ちよくしてもらおうか? このスケベな乳でな」
 グールーは瀬奈を仰向けに押し倒すと、馬乗りになって胸の間に男根を挟み込んだ。瀬奈の胸を押し潰すように中央に寄せ、乳圧を楽しみながら乳首をしごき続ける。
「おふっ! おおぉ……なんて凶悪な乳だ。精子を搾り取ろうとチンポに吸い付いてくるわ……。この淫乱め、そんなに私の精液が欲しいのか?」
 うわごとのように呟いながら、グールーは一心不乱に腰を振り始めた。瀬奈の滑らかな肌は滑らかにグールーの男根を包み込み、ローションなど無くともグールーに極めて的確な摩擦を与えている。
「い……いやっ! いやぁッ!」
 シャンデリアの明かりを背負ってシルエットになっているグールーは、まるで盛りのついた豚の化物のように見えた。瀬奈は与えられる快感とおぞましさのカオスに必死に首を振った。パイズリという行為は知識としてはあり、いつか自分に恋人ができたら、相手にしてあげることもあるのだろうかと想像したこともあった。しかし、こんな風に自由を奪われた状態で、好きでもない男に馬乗りになられ、一方的に胸を犯されることになるなんて想像すらしていなかった。恐る恐る目を開けると、胸の間をゴリゴリとした剛直が上下し、谷間から赤黒い亀頭が自分の顎を貫こうとするかのごとく出し入れされている。あまりの現実に瀬奈の目からは自然と涙が溢れた。
 グールーは不意に馬乗りを止め、瀬奈に覆いかぶさるようにして左の乳首に吸い付いた。「ぢゅるっ、ぢゅるるっ」と、わざとらしく音を立てて吸い付きながら、右手で瀬奈の左胸を転がすように揉む。
「ひッ!? ひぃぃッ! ひぃぃぃぃぃッ!」
「んむふぅ……ぢゅるるるッ! ぢゅるッ! んー、美味い乳だな。私のためにここまで育ったことを褒めてやろう」
 別の生き物のようなグールーの舌に容赦無く弱点を責め立てられ、瀬奈は背中を仰け反らせたまま腹の下からゾクゾクと痺れるような感覚が湧き上がるのを感じた。その感覚は自分の子宮のあたりに集まり、太ももの付け根や胸のあたりにも発生し、やがて脳にまで達した。
「あっ……がッ……な……なに……? あぁッ!」
「んん? なんだ、もうイクのか? 随分と感度が良いな。まだチンポも突っ込まれていない状態で、これくらいでイッていたらこの先耐えられんぞ? まぁ仕方ない、軽くイッておけ」
 グールーは乳を責めながら、右手を素早く瀬奈の下半身を覆っているビキニの中に差し込んだ。慣れた手つきで割れ目の中にある硬い突起を摘み、電気刺激のような小刻みな刺激を与える。「ひあッ?!」と瀬奈は自分でも聞いたことがないような声を出し、身体を弓なりに反らして絶叫した。
「がッ?! あがッ?! あがあぁぁぁ!!」
 ガクガクと瀬奈の腰が痙攣し、ぷしゅっと股間から潮を噴いてグールーの右手を濡らした。白目を剥いたまま舌を出して絶叫する瀬奈をグールーは満足げに見下ろし、再び馬乗りになって瀬奈の胸に男根を挟む。
「ふははは! 下品なイキ顔晒しおって、君の親が見たら失神するぞ」
「はへっ……あふ……あへぁ……」
「おまけに潮まで吹いて派手にイキ狂いおって……。処女の分際でそんなに気持ちよかったかね? さて、次は私の番だ」
 汗ばんだ瀬奈の胸の間を、ぐちゅぐちゅと男根が上下する。グールーは自分の快楽を優先し、瀬奈を見下ろしながら夢中で腰を振った。徐々に呼吸に獣の匂いが混じりはじめ、射精が近いことを瀬奈も悟る。
「あ……やだ……やだぁ……」
「おおおおおっ……チンポが擦れて……出る……出るぞ……こっちを見ながら舌を出せ……」
「やっ……いやぁッ! 顔はいやぁッ!」
「ほほ……嫌がる顔もそそるな……! 嫌がってもこのまま顔に出すぞ……ぐっ……出るッ!!」
「あっ……んぶッ?! ぷぁッ?! いやあぁぁぁ!」
 グールーの男根が脈打ち、大量の粘液が放出される。射精は二回目とは思えないほど大量なもので、どくどくとポンプを押し出すような勢いで濃度も臭いも強烈さを保ったままの精液が瀬奈の顔に降り注いだ。瀬奈は必死に顔を逸らせようとするが、身体の重心をグールーの重い体重で押さえ込まれているため逃げることができず、熱い白濁した粘液を顔で受け止めることしかできなかった。
「何を惚けておる? ほれ、しゃぶって綺麗にしろ。中に残っている精子も全部吸い出すんだぞ」
 グールーは精液がまとわりついた亀頭を、瀬奈の顔の前にぐいと突き出した。瀬奈は当然拒否を訴えるが、グールーが強引に頭を掴んで無知やり男根を口に含ませる。
「むぐッ!? んぐぅッ!?」
「おおぉ……いいぞ。舌が当たって……そのまま吸い出せ……」
 瀬奈は意を決して、ストローを吸う感覚でグールーの男根を吸った。濃厚な精液が尿道から口内に溢れ、猛烈な吐き気が込み上げる。瀬奈は目に涙を浮かべて堪えたままグールーの鈴口を舌で擦り上げると、グールーの身体が電気ショックを受けたように跳ねた。
「ぐッ?! おおおッ!? やるではないか……ようやく乗り気になったかね?」
 グールーが泣き笑いのような表情で瀬奈を見下ろす。その隙を瀬奈は見逃さなかった。瀬奈が渾身の力でブリッジをする。グールーが体勢を崩すと同時に、瀬奈はグールーの身体から脱した。すぐさま立ち上がってシーツの上に口内のものを吐き出す。グールーが振り返ると同時に、その横っ面を強烈な回し蹴りで薙いだ。「ぐげあ!」と、グールーが悲鳴を上げてベッドに倒れる。ベッドは柔らかくて足が取られたが、瀬奈は注意深く跳躍し、倒れたグールーの顔面に膝を落とした。
 汚い悲鳴を上げながらグールーが動かなくなったことを確認すると、瀬奈は出入り口のドアに向かって走った。まだ手錠が嵌ったままで、ショーツしか身につけておらず、全身痣と体液にまみれた状態だが、構ってはいられない。グールーが気を失っているうちにここから抜け出して、少なくとも施設のどこかに隠れなければ。アスカは無事に外に出られたのだろうか? 仮に捕まっていたとしても、いずれ自分たちの帰還が遅いことを理由に組織が動いてくれるはずだ。それまで身を隠して応援を待つしかない。
 ひゅん……を風邪を切る音が聞こえた。
 透明な巨大な壁が目の前にあるかのように、瀬奈の身体が急停止する。まるで巨大な突っかい棒が腹に刺さったような感覚があった。
 苦痛はまだ無い。今のうちは……。
「……え?」
 瀬奈が恐る恐る自分の腹部を見る。太い血管が浮いた丸太のような腕が腹にめり込み、肉を巻き込んで陥没していた。
「あ……え……? う、ゔぐぇッ?!」
 時間差で腹部を襲った恐ろしい衝撃に、瀬奈は膝から一気に崩れ落ちた。両手が後ろに回っているため顎をしたたかに床に打ち、溢れる唾液を飲み込むこともできずに悶絶する。
「がッ?! ぐあぁッ!? おえぇぇッ!?」
 瀬奈は限界まで舌を伸ばしてもがき苦しんだ。すぐさま髪の毛を掴まれて強引に身体を起こされると、にやけ顔のサジと目が合った。
「見せつけやがって……随分楽しんでたみてぇじゃねぇか? え? こら?」
 ぼぢゅん! という音が部屋に響き、弛緩しきった瀬奈の土手っ腹にサジの拳がえぐりこむ。「ゔぼぉッ!?」と、瀬奈が汚い悲鳴を発し、再び床に崩れ落ちた。
「おら、寝てんじゃねぇぞ」
 サジは強引に瀬奈を起こし、鳩尾に拳をめり込ませる。瀬奈が身体を折って苦痛に喘いでいる最中、休む暇も無く二撃、三撃が下腹部とヘソのあたりに打ち込まれる。サジの太い腕に腹を撃ち抜かれ、瀬奈は後方に吹っ飛んで背中から落下すると、ダンゴムシの様に身体を曲げて苦痛にのたうった。
「がっ……げぁっ……ぐあぁッ……!」
「いい格好だなぁ、瀬奈ちゃんよ? スケべな身体しやがって……もう少しでマス掻いちまうところだったぞ?」
「ゔぶッ……な……なんで……あんたが……?」
「サエグサさんに隠れて見張っとけって言われたんだよ。万が一お前が変な気起こして逃げちまわないようにな……もちろんグールーには内緒でだが」と、言いながらサジは横目でベッドの上を見た。天蓋の下で、グールーはまだ大の字で伸びている。しばらく目を覚ましそうもないことを確認すると、瀬奈に視線を戻した。「おい、俺のもしゃぶれや。お前とグールーのやつ見てたから、ずっと勃ちっぱなしなんだ。歯立てたらぶっ殺すからな」
 サジはビキニパンツを脱いで男性気を露出させた。瀬奈の目の前で反り返ったサジの男性器は長さは一般的だが、異様に太い。よく見ると、幹には人工的な丸い突起が等間隔にいくつも並んでおり、まるでイボの付いた芋虫の様な醜悪な見た目をしていた。あまりの禍々しさに瀬奈の顔が真っ青になり、無意識に歯の間から「ひぃぃ」という声が漏れる。
「な……なに……? なんなの、これ……?」
「あぁ、コレか? シリコンボールっつってな、手術でチンポに玉埋め込んでんだ。このイボイボが女のイイトコにゴリゴリ当たって、ションベン漏らすくらいイキ狂わせちまうんだよ。試してみるか? 二度と普通のチンポじゃイケなくなっちまうぜ?」
 瀬奈が震えながら首を振る。サジはサディスティックな笑みを浮かべながら瀬奈を見下ろすと、両手で瀬奈の髪の毛を後ろにまとめ、頭をがっしりと固定した。
「へへへ……グールーがこのまま起きなかったら、俺が先にブチ込んでやるよ。早く口開けろ。それともいきなりマンコがいいのか? 俺はどっちでも構わないんだぜ?」
 瀬奈は怯えた顔でサジを見上げ、震えながら小さく口を開けた。サジはその隙間に強引に腰を突き出して男根をねじ込み、一気に喉奥まで突き込んだ。瀬奈が「おごッ?!」と悲鳴を上げる。今まで味わったことのない、異形な突起が口内を擦り上げる不気味な感触に、瀬奈の全身が粟立った。
「おぉ……いいじゃねえか。グールーが起きる前に手早く済ますぜ」
 サジはオナホールの様に瀬奈の頭を前後に揺すり、自分の男根を擦り上げた。ぐっぽぐっぽと口をモノの様に扱われ、瀬奈は涙を浮かべながらサジを見上げる。
「ぐぷッ! ぐぷッ! ぐぷッ! ぐぷッ! ごぇッ! ぐぶぇぇッ!」
「おおおッ! いい顔するじゃねぇか? お前みてぇな生意気な女を征服するのはたまんねぇな……。おぉ……出る……出るぞ。このまま口の中に出してやるよ。グールーのとどっちが美味いか試してみろや」
「んぐっ! ぐぷッ! んぶぅッ! ぐむぅっ! ん……ぶぐぅッ?! んぶぅぅぅぅッ?!」
 サジは瀬奈の喉奥を犯していた男根を口元まで引き抜くと、精液を舌の上に流し込むように放出した。瀬奈の頬は一瞬で風船のように膨らみ、口内がサジの精液で一杯になる。
「あぁ、いくいくいく……お……おおっ! まだ出る……。全部飲めよ……?」
「んぶっ……ん……ごきゅ……ごきゅ………ぐむっ……ぷはッ! はぁ……はぁ……」
 瀬奈はなんとかサジの精液を全て嚥下し、口の周りを白濁液の残滓で汚しながら、放心した状態でサジを見上げた。許しを請うような視線に、サジの背中を征服感と嗜虐心がゾクゾクと駆け上がる。
 サジは屈んで瀬奈の口を強引に吸った。瀬奈は数秒間なにが起こったのかわからなかったが、自分の舌を吸われる感覚に気がつき慌ててサジから離れようとする。サジは瀬奈の頭を両手で押さえ込み、口内のさらに奥に舌をねじ込んだ。乱暴で獣のようなキスに、瀬奈の目に涙が浮かぶ。舌が抜かれるかと思うほど強引に吸われ、口内のあらゆる場所を蹂躙されてから、ようやく瀬奈の唇は解放された。
「……ったく、エロい顔しやがって。もう我慢ならねぇ……ブチ込んでやるから股開けや」
 サジが瀬奈の脚の間に腰を落とし、割って入るように脚を開かせた。瀬奈の顔から血の気が一気に引く。
「ひッ?! やっ! やだぁッ!」
「大人しくしろ! 安心しろ……さっき言った通り俺のブツはめちゃくちゃ気持ちいいぞ? 女なんて何人もレイプしてきたし、処女も何人も食ってきた。お前もそいつらみたいに、最後には泣きながら抱いてくれって言うようになるぜ?」
 サジは瀬奈のビキニ越しに男性器を押し付け、のしかかるように上半身を密着させた。サジの厚い胸板に瀬奈の胸が潰され、そのまま瀬奈の唇を吸い、首筋に舌を這わせる。瀬奈は必死に抵抗したが、サジは慣れた手つきで瀬奈のビキニをずらすと、男性器を瀬奈の入り口に当てがった。瀬奈の顔から血の気が引く。サジは瀬奈の肩を下から抱えるようにして、瀬奈の身体を引き付けるようにしてジリジリと挿入を始めた。
「やだッ! やだぁッ! やめてぇぇぇ!!」
 サジが徐々に自分の中に入ってくる感触に、瀬奈は必死に首を振る。しかし、泣き叫ぶ瀬奈の声はさらにサジを昂ぶらせる効果があった。
「へへへ……処女は毎回泣き叫ぶから面白くてたまらねぇな……。おら! 一気にいくぜ!」
 サジが力任せに腰を打ち付ける。瀬奈の身体はわずかな抵抗を見せるも、圧倒的なサジの暴力には歯が立つはずもなく、男根を最深部まで受け入れるしかなかった。
「おぅッ?! お……おぐッ……?! あ……あああああァァッ?!」
「へへへ……流石にキツイな……こりゃ犯し甲斐があるぜ……」
 サジがゆっくりと腰を引き、複数の人工的な突起と大きく張ったカリで瀬奈の中身を擦り上げながら入り口付近まで後退し、次の瞬間一気に奥まで突き込む。ゴリゴリとした極太に強烈に突き上げられ、瀬奈の口から「ごひゅッ!?」と強制的に空気が吐き出された。サジの腰と瀬奈の尻が何回もぶつかり、乾いた音が広い室内に響く。瀬奈は不思議と痛みはあまり感じず、それ以上に全身を駆け巡る快感に耐える方が必死だった。子宮を豪柱で突き上げられ、敏感な内部を的確に配置された突起で擦られ、庇(ひさし)のようにエラの張ったカリ首で掻き分けられる快感が洪水のように瀬奈の頭に流れ込んでくる。
「あっ! いッ!? ああぁッ! や、やだッ! ああああああッ!」
 瀬奈は限界まで仰け反って矯正を上げた。サジは腰を打ち付けるスピードを速め、パンパンと乾いた音を立てながら瀬奈の中を擦り上げる。
「おらッ! おらッ! チンポ気持ちいいか? え? 俺のチンポが気持ちいいんだろ? おら! どうなんだ!?」
 瀬奈は必死に首を振って快楽の洪水に耐えるが、当然耐えられるはずもなく、嬌声は自分の意思に反して勝手に漏れ、尻のあたりから電気ショックのような強い快感が絶え間なく背骨を通って脳髄に駆け上がる。サジが泣き叫んでいる瀬奈の唇を乱暴に吸うと、瀬奈は本能的にサジの男根を締め付けた。
「おおぉ……締まる……! よし、おらトドメだ! いっちまえ!」と、サジは言いながら覆いかぶさっていた上体を起こすと、瀬奈の太ももを抱え上げ、今まで以上のスピードで機械のように高速で腰を打ち付けた。
「いぎッ……あ……う……ゔあぁッ!? や、やああぁぁぁッ!? む、無理ぃッ! い……いくッ……! こ、ごんなの無理ぃぃッ!!」
「おらおらおらッ! 死ね! イキ死ね!」
「い……いぐぅッ! い、いぎいイィィィィィ!!」
 瀬奈は絶叫し、全身に電気ショックを浴びたように痙攣しながら絶頂した。顔は涙と鼻水と涎まみれになり、白目を剥いて舌を出したまま意識が半分飛んでいる。
「あ……あひぇ……あひゅぁ……」
「へへへ……汚ねぇ声で派手にいきやがって……。ま、アスカちゃんよりは締まりが良かったぞ」と、言いながらサジは再び瀬奈に覆いかぶさった。「俺はまだイッてねぇからな。この後は泣き叫ぼうが失神しようが好きなように楽しませてもらうぜ」
 瀬奈が余韻に浸る間もなく、密着した状態で高速ピストンが再開される。瀬奈は朦朧とした意識の中でさらに強い快楽が流し込まれ、自分の魂が抜け出すような感覚を覚えた。自分の身体で別の誰かが必死に矯正を上げている。すぐさま瀬奈が二回目の絶頂に達してもサジは腰を振るのを止めず、瀬奈が失神する寸前にようやく瀬奈の顔に大量に射精した。しかし、全く萎えない男根はすぐさま瀬奈の中に突き戻され、その後は対面座位や後背位をはじめ様々な体位で犯され、瀬奈は何十回も強制的に絶頂し、その途中で何回も失神し、いつしか現実か夢かわからなくなった。どこか遠くでドアが破られるような音を聞いた気がしたが、それすらも現実かどうかはわからなくなっていた。

 後日、警察組織のトップの会見を、瀬奈は病院のベッドの上で聞いていた。「かつてないほど恐ろしい効果を持つ新型麻薬、WISHの製造元への突入は、半年以上前から準備をしておりました」と、還暦前後の痩せ型の男が多数のマイクに向かって喋っている。瀬奈の組織の名前が発せられることはないだろう。手柄が大々的に発表されない代わりに、矛先が向かないようにするための配慮だ。「当該組織はMOTPと名乗り、WISHを開発したグールーと呼ばれるリーダーを中心に、宗教団体的な要素を持ちながら、一部の狂信的な組員が中心的となって活動を広めておりました。また、組織には多数の行方不明になっている児童も軟禁されており、全員無事に保護されました。この度、任務遂行において命を落とされた我々の同僚、関係者の方々には、深くお悔やみ申し上げます」
 長官が頭を下げ、多数のフラッシュが焚かれる。
 それにしても、よく助かったものだと瀬奈は思った。あの日のことはよく覚えておらず、気がついたら病院に搬送される救急車の中だった。サジに犯され、失神と覚醒を繰り返したことは覚えているが、どのように自分が助かったのか覚えていない。その後、救急車の中で麻酔をかけられ、丸二日間眠った。重度の打撲だが、内臓や脳に異常は無く、あとは回復を待つばかりだと医者は言った。念のための避妊処置なども、眠っている間に済ませたらしい。同じ病院に入院していたアスカも一命を取り留め、先に退院して行った。
「なお、当麻薬組織のリーダーであり、通称グールーと呼ばれていた『佐治 誠一郎(さじ せいいちろう)』に関しましては、突入時に激しく抵抗し、突入部隊に対して数発発砲したため、止むを得ずその場で射殺いたしました。本来であれば無事に確保し、動機やWISH開発の経緯を捜査するところではありますが、隊員の生命の安全を第一優先とし、やむを得ない場合は私の責任で発砲の許可を事前に出しており──」
「え……?」と言ったまま、瀬奈は言葉を失った。サジ……? 佐治誠一郎とは、あの元ボクサーのサジのことだろうか。サジはグールーではない。本物のグールーはあの時ベッドで失神していたはずだ。それ以降の姿は見ていない。そもそも正規警察は愚かではないから、サジがグールーではないことくらいすぐにわかるはずだ。なぜ事実を発表しない。本物のグールーは確保されたのか? サエグサはどうなった? サジに一人で部屋の警備を命じた後、サエグサはどこに行ったのだ? 
「教えてあげようか……?」と、頭の後ろで声が聞こえた。振り向いても誰もいない。佳奈の声に似ている気がして、瀬奈はため息をついて頭を抱えた。ふと、もし今ここにWISHがあったら、使わずにいられるのだろうかと考えた。WISHの中の佳奈は、きっと変わらずに優しく微笑んでくれるのだろう。それが瀬奈の望みなのだから。

この作品はウニコーンさんに有償依頼をいただき、二次創作として製作したものです。
ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、ストーリーの大部分をお任せいただきました。
今後作品としてウニコーンさんが挿絵を付けて完全版として発売する予定ですが、今回私が書いた文章と制作中のイラストの掲載許可をいただきましたので、サンプルとしてお楽しみください。

第1話

第2話

第3話

第4話


「ああ、申し遅れてすまないね。君のいう通り、ここではグールーと呼ばれている。サンスクリット語で導師という意味だ。本名はあまり良い思い出が無いので、名乗るのは控えさせてもらうよ。あなたは瀬奈さんだったね。サエグサから優秀な人だと聞いている。このクズと違ってな」と言いながら、グールーはサジの背中に唾を吐いた。「こいつは腕力しか取り柄がない分際で、君に負けたらしいじゃないか。まったく、とんだ買いかぶりだったとはな……私は存在価値の無い人間が一番嫌いなんだ。こいつから腕力を取ったら、残るのはバカな頭と猿みたいな性欲だけだ。このゴミめ……生きていて恥ずかしくないのか?」
 瀬奈の視線の隅で、サエグサが目を伏せる。サジは震えているように見えたが、それが怒りなのか悔しさなのかはわからなかった。
 グールーが瀬奈を見て言った。「ところで使い古された表現だが、君は覚めない夢は現実と区別がつくと思うかね? 例えば植物状態の人間が延々と夢を見ているとしたら、その人間は自分が植物状態だと認識するだろうか? そして仮に君がその立場になったとしたら、夢と現実どちらの世界に幸福を感じると思うかね?」 
「夢の世界……」と、瀬奈は静かに言った。
「そうだろう。言うまでもないことだ。だがこれは健常者にも言える。下世話な話で申し訳ないが、憧れの相手との淫夢が中途半端に目覚めてしまった時の悔しさは、誰でも経験しているはずだ。君にもあるだろう?」
「なにが言いたいの……? こんな立派な施設作って、小さい子供達まで働かせて、やっていることはみんなでジャンキーになって変な夢見ましょうって言うの? 情けなくて涙が出そうね」
 瀬奈の言葉に、グールーは目を伏せて笑った。そしてリードを乱暴に引きながらサジに向かって顎をしゃくり「おい、やれ」と短く言った。サジが弾かれたように立ち上がり、瀬奈の正面に仁王立ちになった。瀬奈の顔に緊張が走る。サジは自分の今の扱いを逆恨みしているのか、憤怒の表情を浮かべて瀬奈を睨みつけている。サジはそのまま、瀬奈の腹部に鈍器のような拳を埋めた。素肌を打つ「ぼぢゅん」という水っぽい音が広い室内に響き渡る。
「げぶぅッ?!」
 瀬奈は電気ショックを受けたように身体を跳ねさせた。強引に直立させられた状態のため腹筋が伸びきり、サジの拳の威力がそのまま瀬奈の内臓を襲う。
「テメェのせいでな……!」と、サジは小声で言いながら連続して瀬奈の腹部を打った。拘束されて防御ができない状態に、元プロボクサーのパンチは背骨に届きそうなほどの威力で瀬奈の生腹をえぐり、成人男性でも一発で失神しそうなショックを瀬奈に与え続けた。
WISH_pic_08

「ごぇッ!? がッ!! ぐぼッ?! ゔっぶ!! ぶぇッ?! げぉッ!!」
 地獄のような責め苦を受ける瀬奈を、グールーは笑みを浮かべながら、サエグサは直立したまま無表情で見ている。途中、サジの黒いビキニパンツが山のように盛り上がりっているのをグールーが見て、「猿め」と吐き捨てた。瀬奈はあまりの威力にすぐさま意識が飛び始め、思考が鈍って視界も狭まりはじめた。腹責めはものの数十秒だったが、瀬奈には永遠のように感じられ、失神寸前でようやくグールーが「やめろ」と言った。
「ぶげぇッ! ごぶッ……おぐ……うぇ……」
 拷問が終わった後も、瀬奈はしばらく身体をよじってもがき苦しんだ。サジが二人の後方に下がり、再び四つん這いになる。
「少しは口を慎んだ方がいい……。グールーの崇高な使命を愚弄することは許されん」と、サエグサが言った。
「まぁいい。新しいものは、誰でも最初は受け入れられぬものだ。それがどんなに素晴らしいものであってもな。瀬奈さん、君も私の考えを理解すれば、きっと協力したくなるはずだ。いや、ぜひ協力してほしい。これから私の使命を君に話そう」
 グールーがサエグサに目配せをすると、サエグサはサジを連れて部屋から出て行った。広い部屋にはグールーと瀬奈だけが残され、わずかな沈黙が流れた。見えないように部屋の中に設置された空調が稼働し、瀬奈への拷問によって生じた湿度が徐々に下がっていく。グールーは一旦瀬奈から離れると、壁に設置されたバーカウンターの棚から高級そうなブランデーを取り出し、大きめなグラスに注いて演技っぽく飲んだ。瀬奈は一連の動作を見守っている。グールーは何かの儀式のようにブランデーを半分ほど飲むと、さて、と言いながら瀬奈に近づいた。
「あまり言いたくはないのだがね、少し私の話をしよう。私は生まれてから最近まで、ずっと不当な扱いを受けていた。グールーになったのもここ五年ほど前からで、それまではただの会社員だった。会社員と言っても大したものではなく、地方のキノコ製造会社の契約社員だ。毎日毎日汚い作業着を着て、カビ臭くて蒸し暑い栽培場を歩き回り、生育状況を記録したり、腐ったキノコを取り除いたり、温度や湿度の管理したりしていた。少し覚えれば誰にでも出来る仕事だ。待遇も悪く、同僚にもろくな奴はおらず、毎日辛い思いをしながら、狭く汚い家とカビ臭い職場を往復していた。いつ死のうかと、いつも考えていたよ」
 そこまで言うと、グールーは残ったブランデーを一息に空け、新しくグラスに注いだ。
「……子供の頃から、私はいつか大きいことを成し遂げる人間だと信じていた。この酷い状況は何かの途中で、いつか事態が好転して周囲がうらやむ状況になるのだと……。しかし四十歳を過ぎる頃になってようやく、どうやら私は大した人間ではないのかもしれないと薄々思うようになってきた。一般家庭の生まれで、昔から勉強は出来たが気が弱かった。世の中で気が弱いということは致命的だ。頭の中に知識はあっても、それを発信する勇気がないのだからな。誰も助けてはくれない。子供の頃からずっといじめられ、社会に出ても爪弾きにされた。ダラダラと月日が流れた。そして五十歳の誕生日の前日に、私はいよいよ自殺しようと決心した。何者にもなれないまま、四十代を終えたくはなかったんだ。そして、どうせ死ぬのなら会社も道連れにしようと思い、栽培場の地下に潜ってガソリンを撒いて火をつけようと考えた。建物の基礎が燃えれば、うまくいけば社屋は倒壊するだろうし、倒壊しないにしても心臓部である栽培場に壊滅的な被害は与えられるはずだと考えた。深夜に私はガソリンの入ったポリタンクを抱えて地下に潜ったのだが、そこで予想外のものを見つけた……」
「……オリジン」と、瀬奈が言った。
「そうだ……。栽培場の地下には、薄く発光する緑色の不気味なキノコが足の踏み場もないほど群生していた。とても気持ち悪かったよ。まるで蛆虫の化け物のように見えた。おそらく直上の栽培場から降ってきた様々なキノコの菌糸や胞子が混ざり合って、突然変異したんだろう。ヤコウタケの一種かと思ったが、そのキノコは幹が太くて、傘の形が明らかに違っていた。そして、自暴自棄になっていた私は、無性にそれを食べてみたくなった。どうせあと一時間と経たぬうちに自分は死ぬのだし、誰にも知られず、誰にも見られない場所で光っている名前も付いていないキノコに親近感を覚えたのかもしれん。キノコはカビと泥の混ざったような酷い味がした。そして猛烈な吐き気に襲われた。私はたまらずポリタンクを放り投げて嘔吐したよ。緑色に光るゲロが出た。それが可笑しくてね、笑いながら吐き続けたよ。情けないやら訳がわからないやら……自分に似合いの最期だと思ったらとても可笑しくてね。そして、世界が一変した。自分の笑い声が何重にもなったエコーの様に頭の中で鳴り響き続け、視界がぐにゃりと歪んだかと思ったら、私は上等なスーツを着て会社の社長室の椅子に座っていた。私がなにが起こったのかわからず戸惑っていると、足元で何かがもぞもぞと動いている。机の下を見ると、職場で一番の美人が私のモノにしゃぶりついていた。訳がわからなかったが、それはとてもリアルな感触と快感だった。しかも気がつくと、周りには子供の頃から今まで生きてきた中で気に入っていた女達が私を取り囲んで、奪い合う様に私にキスをしたり、抱きついたりしてきた。彼女達の舌の感触はおろか、一人ひとり違う肌の匂いまではっきりと感じることができたよ。私は射精し続け、いつの間にか失神した。何時間か経った後、気がついたら最初にいた地下で、不気味に光るキノコに囲まれながら自分の出した精液の中に浸かっていた」
 グールーが三杯目のブランデーを飲み始めた。酒に強いのか、顔色には全く変化がない。瀬奈は黙って話の続きを待った。
「私はそのキノコを持ち帰り、家でも食べてみた。大体似たような効果が出て、数時間後にゲロと精液に塗れた状態で目が覚めた。そして私は自分を実験台にして、そのキノコの最も効果的な摂取方法を見つけ出した。乾燥させて粉末にした状態で鼻粘膜から吸収すると、激しい吐き気が起こらずに効果が出ることがわかった。そして摂取前に念じることで、まるでこれから遊ぶゲームを選ぶかのように、ある程度夢の内容を内容を具体的に決めることができることもわかった。願いを具現化する奇跡の物質……私はWISHと名付けた。くだらない宗教や薬物で得られる”ちゃち”な幸福感を超える、まさに新たな神の誕生だ」
「ずいぶん大袈裟な話になったわね……。そんな幻覚剤で何が解決するっていうの?」
「解決するさ。私はダークウェブを使って、狭い部屋で作ったWISHを少しずつ売り始めた。WISHはたちまち評判になり、転売が相次いで末端価格はとんでもない額になった。私の作ったもので私以外の人間が儲けることは我慢ができんので、私はすぐに購入者の会員制度と売人の公認制度を作り、強固な偽造防止技術を使って直販システムを作り上げた。会社員での経験が役に立ったよ。そのうち水道の蛇口をひねるように金が流れ込んでくるようになって、程なくして私はこの施設を作り上げて、今に至るわけだ。一番WISHを使っている人間は誰だと思うかね? 金のある政治家や財界人でも、ましてやゴロツキ共でもないぞ。むしろその逆で、気が弱くて日の目を見ない人間達の間で評判になった。彼らが少ない給料を切り詰めて、高価なWISHを買ってくれているのだ。しかもWISHによって願いが叶ったことで、現実世界でも前向きになり、またWISHを買うために頑張る気持ちになることができたという感謝の言葉も何件も届いている。私はハッとしたよ。私もそうだったと。そして、これこそが私の使命だと気がついた。私は間違っていたんだ。私は『大きいことを成し遂げる人間』などという小さな存在ではない。私こそがキリストのように不当な受難を乗り越え、WISHという奇跡をこの世界にもたらすために地上に降り立った、救われない者達を救う神だったのだと……気がついたのだ」
 グールーは大仰に手を広げ、天井を見上げた。自分の言葉に酔っているのか、瞳を閉じて、口元には笑みが浮かんでいる。
「さて……」と、グールーが言った。「ここからが本題だ。君に協力してほしいと言ったね? なに、簡単なことだ。サエグサのように前線に立つ危険な仕事をさせるつもりはない。君にしかできないことをしてほしい。具体的に言うと、私の子供を産んでもらいたい」
「なっ……!?」
「WISHを創ってから女に困ったことはない。いや、抱いてほしいと群がる女達を選別するのには少し困っているがな……。毎日違う女を抱いたが、私の子供を産むに相応しい女性は一人もいなかった。当然だ、神の子供を産むわけだから、並大抵の女では務まる訳が無い。だが、君にはどうやらその資格がありそうだ……あの筋肉猿を倒す強さ、その容姿の美しさ、そしてなによりWISHで淫欲な効果を出さない清楚さ。君こそ、私の子を産む資格がある女性だ」
「ふざけないで! 誰があなたの子供なんか!」と言いながら瀬奈が身をよじった。鎖が擦れる硬い音が部屋に響く。
「なにを言う? これ以上無い名誉だぞ。君のことは無理やり犯すこともできるが、子供に影響が出たら台無しだ。君は私を愛し、私の子供を産めることを涙を流して喜ばねばならん。その魅力的な身体で私に奉仕して、私に快感を与え、私が褒美として与える精液を喜んで受け入れるのだ。まぁ、最初は反抗的でも面白いかも知れんな。どうせ肌を重ねるうちに私の虜になるのだから……」
 ゴリッ……という感触が、瀬奈の体内に広がった。グールーの拳が、正確に瀬奈の鳩尾に食い込んだのだ。
「ゔッぶ?!」と、瀬奈の口から聞いたことがないような悲鳴が漏れた。
 グールーのパンチは威力こそ強くはないものの、肥満体の身体を生かした体重を乗せた一撃は重いものだった。グールーは無防備に身体を開いた状態の瀬奈の鳩尾を正確に何発もえぐり込み、瀬奈の意識を途切れさせる寸前まで痛ぶる。息をつかせないようなタイミングで嬲り、効率的に瀬奈の意識を体外に弾き飛ばしていく。瀬奈がグロッキーになると、グールーは瀬奈の手足の拘束を解いた。崩れ落ちる瀬奈の身体を抱きかかえ、慣れた手つきで後ろ手に手錠を嵌めると、そのまま瀬奈の身体を肩に担ぎ上げてベッドの中央に放り投げる。滑らかな黒いシルクのシーツはまるで粘液に濡れているようにシャンデリアの淡い光を反射していて、瀬奈の身体をほとんど摩擦なくふわりと受け止めた。瀬奈は呻きながら、ぐらつく視界の隅でグールーが近づいて来るのをなす術なく見るしかなかった。
「さて……たっぷり可愛がってやろう」と言いながらグールーが瀬奈の近くに屈み込み、顔を覗き込んだ。「期待していいぞ。毎日違う女を抱いているうちに性技とスタミナが付いてきてな、今では一晩で最低六回は出来るようになったわ。ま、私が六回射精する間に女は何十回とイカされることになるから、最後の方になると全員泣き叫んで失神してしまう。人形を抱いているみたいでつまらんもんだ。それに私は一度抱いた女をもう一度抱くことはほとんど無い。可哀相に、私に抱かれた女はもう他の男では満足できなくなるから、いつもWISHで慰めることになる。君は幸せだぞ? 孕むまで何回でも私に抱いてもらえるんだからな」
「……一回だって、絶対に嫌」と、瀬奈は歯を食いしばってグールーを睨みつけた。
「ほっほ……まぁそう言うな。君が白眼を剥いてヨガリ狂うのが楽しみだよ」
「絶対にそんなこと……んむぅッ?!」
 グールーが獲物を襲う蛇のような素早さで瀬奈の唇を奪った。驚いている暇もなく、瀬奈の口内にグールーの粘ついた舌が侵入し、瀬奈の舌や口内を捕食する別の生き物のように蹂躙し始める。ブランデーの香りと生臭い唾液の味が頭蓋骨の中に充満し、頭がおかしくなりそうだった。
「んぶぅッ……! んむっ……んんんんん!!」
 瀬奈は必死に目を見開いて首を振って抵抗したが、グールーにがっしりと頭を押さえられて動けず、吸われるままに舌を吸われ、唇や唾液を味わわれた。
「んんむ……んふふふふ……ほれ……飲ませてやろう」
 グールーは口内で瀬奈と自分の唾液を混ぜ合わせると、舌で一気に瀬奈の口内に押し込んだ。ごぷッ……と瀬奈の口の端から唾液が溢れる。さらに唾液を押し込まれ、無理やりそれを嚥下するしかなかった。グールーは瀬奈の喉が鳴るのを満足げに聞くと、糸を引きながらようやく瀬奈の唇を解放した。
「んぶはぁぁぁ……ふぅ……なかなか美味かったぞ。どうだ? 愛し合う恋人同士のキスは? 他の男よりも濃厚だったろう?」
「あ……ぁ……私……こんな……」
「んん? なんだ、まさか初めてだったのか? そうかそうか! 私で女になれるとは、それは良かったな! はははは! 初物とは、ますます気に入ったぞ」
 グールーが放心して震えている瀬奈の唇を再び奪い、そのままベッドに押し倒した。瀬奈を押しつぶすようにのしかかり、必死に逃げる瀬奈の顔を両手で挟むように固定しながら、一回目よりも念入りに瀬奈の口を愛撫する。瀬奈はたまらずに涙を流しながら必死に口を閉じようとするが、グールーの太いナマコのようなおぞましい舌は、白魚の様な瀬奈の舌を逃さずに絡みついて締め上げた。瀬奈の舌は喉から抜かれるのではと思うほど強く吸引され、再び大量の唾液を流し込まれる。瀬奈はおぞましさに背中を泡立たせながら耐え、グールーが口を離すと同時にシーツの上に唾液を吐き出した。
「なんだその態度は……? まだ私を受け入れんと言うのか!?」
 さっきまでの余裕のあるグールーの顔つきが一気に険しくなり、仰向けになっている瀬奈の土手っ腹に力任せに拳を突き込んだ。
「ゔッぶぇぇ!? ごぶッ! ごぇッ! ゔッ?! ゔぇッ!!」
「誰に! 抱いて! もらえると! 思っとるんだ! えぇ?! クソが! クソアマが! 調子に! 乗るな! 私を! 拒否! するな!」
「がぶッ!? ぐぇッ! ゔぐッ! ごぇッ!」
 大きなベッドがギシギシと音を立てて軋み、ヒステリックに叫ぶグールーの声と瀬奈の悲鳴を後押しした。グールーは散々殴り終えると、肩で息をしながら瀬奈の上半身を起こしてベッドの上に座らせる。瀬奈は後ろ手に手錠を嵌められ、ダメージで膝が笑って立ち上がることができず、涙と唾液で濡れた顔で憎々しげにグールーを睨みつけことしかできない。
「ほぉ……まだそんな顔ができるのか。コイツを見ても同じ態度でいられるか見ものだな……」
 グールーがゆっくりと白いローブを脱ぐと、女性向けの黒いレースの下着が瀬奈の目の前に現れた。腹の肉が乗った小さい面積の下着は生地が破れそうなほど持ち上がり、かろうじて亀頭を隠しているだけで男性器の大部分が露出している。あまりのおぞましさに瀬奈の身体が強張った。グールーはもったいぶるように腰紐に手をかけると、ジリジリと瀬奈の顔の前で下着を下ろした。ある瞬間、ぶるんと弾かれるように勃起しきった男根が跳ね上がり、グールーの突き出た腹にバチンと音を立てて当たった。
「ひ、ひぃッ?!」と、瀬奈が悲鳴をあげた。傘がせり出した赤黒い男根はまるで凶悪な毒キノコのように見えた。瀬奈の想像よりも何割も増して太く長いそれは、強さを誇るように天井を向いて瀬奈を見下ろしている。
「ふふふふ……気に入ったかね?」と言いながら、グールーは自分の男根を瀬奈に見せつけるようにしごきあげた。男根はますますボリュームを増し、発する熱が瀬奈の顔にも届いている。「さて、この極太で君のをほじくりまくって、子宮の中まで精液漬けにしてやろう。まずは挨拶がわりにコイツをしゃぶってもらおう。フェラチオくらい知っているだろう? これから自分を失神するまで気持ちよくしてくれる魔羅だ。愛情を持って奉仕するんだぞ」
「で……できるわけないでしょ……こ、こんなの、無理……」と、瀬奈はカチカチと歯を鳴らしながら震える声で答えた。
「何が無理だ。最初は私が手伝ってやろう」
 グールーは瀬奈の頭を掴むと、強引に亀頭を瀬奈の唇に押し当てた。「いやぁッ!」と言いながら瀬奈が必死に顔を逸らす。
「大人しくせんか!」
「いやッ! やだぁッ!」
 グールーが右手を振り上げ、瀬奈の頬を張る。パァンと言う破裂音が響き、瀬奈は顔を横に向けたまま、虚を突かれたように動きが止まった。その隙にグールーは、半開きになった瀬奈の口に、強引に極限まで勃起した男根を突っ込んだ。
「ぶぐッ?! んむぅッ!? んぐうぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「歯を立てるな! また殴られたいのか?!」
 まるで肉の巻かれた熱した鉄棒を口の中にねじ込まれた感覚だった。瀬奈は今まで味わったことのない強烈な嫌悪感に全身に鳥肌が立ち、限界まで目を見開きながら首を振る。その度に瀬奈の歯が男根を擦り、グールーの眉が吊り上がった。
「んぶぅぅぅッ?! んぶッ! おぐぇぇッ!」
「えぇぃ、歯を立てるなと言っているだろうが!」
 グールーは瀬奈の口から男根を引き抜くと、激しくむせる瀬奈の髪を掴んで力任せに横顔を張った。両手を後ろ手に拘束されている瀬奈は当然ガードすることは出来ず、頬を貼られた衝撃で頭からベッドに倒れこんだ。グールーはすぐさま瀬奈の髪の毛を掴み、口に無理やり男根をねじ込むと、瀬奈の喉を突き破らん勢いで腰を打ち付けた。瀬奈が呼吸困難で白目を剥き始めると、一方的に男根を引き抜き、力任せに数発頬を張る。そしてまだ男根をねじ込む。何回も。何回も。
「むぐぅッ!? ごっ……ゔぐッ……ごえぇぇぇッ! ぷはぁッ! あ……ぎゃんッ! 痛ッ! やぶッ! やだッ! あ……んぐぅッ!?」
「誰に逆らっとるんだ?! ガキを孕むだけの穴袋の分際でフェラチオもまともに出来んとは、今ここで歯を全部ブチ抜いてやってもいいんだぞ!?」
「おえぇぇッ!? ぎゃあッ! あがッ!?」
 首がもげる程の勢いで何発も頬を張られ、瀬奈が勢いよくベッドに倒れた。グールーも肩で息をしながら、瀬奈の髪を掴んで引き起こした。瀬奈は涙と汗で顔をグシャグシャにしながらも、気丈な顔でグールーを睨む。
「まだ自分の立場がわからんのか? 私は拒まれるのが一番嫌いなんだ。おとなしく私を愛したほうが身のためだぞ?」
 瀬奈はグールーの男根に唾を吐いた。
 グールーの顔色が一気に変わり、張り手のように瀬奈の顔を正面から平手で打った。瀬奈はそのまま仰向けに倒れこむ。グールーは自ら腕立て伏せの体勢になると、脳震盪を起こしている瀬奈の口に杭を打ち込むように男根を突き入れた。何をされるか察した瀬奈は瞬時に顔色が真っ青になる。
「まったく、素直になっておればいいものを……。自分がただのチンポを擦るだけの穴だということ教えやろう」
 グールーが体重をかけて腰を瀬奈の顔に打ち付けると、ゴリュッ……という音とともに男根が喉奥まで一気に突き込まれた。「ゔぶぇッ!?」と、瀬奈の喉から蛙が潰れたような汚い音が漏れる。そのままズルズルと男根が引き抜かれると、再び杭を打ち込まれるように喉が犯された。男根の根元と隠毛が瀬奈の鼻に触れるたび、瀬奈の喉がボコボコと膨らむ。グールーは何の躊躇いもなく、通常の性交を行うように瀬奈の口にピストンを繰り返した。
「ぎゅぶぇッ!? えごろおぉぉぉぉぉっ?! ぼぎゅぇッ! ごげぶッ!!」
「吐くなよぉ……そのまま喉を締めてチンポを擦りあげろ」と、言いながらグールーが腰の動きを早めた。轢かれた猫のような悲鳴を上げる瀬奈のことなど何もかまわず、瀬奈の口と喉をモノのように扱って快楽を貪る。
「ぶぇぼごぇええ?! うぐげぁぁ!! ごろぇげぉおぐぇ!! ぎょぐゔぇぇぇえぇ?!!」
「おっほ! 痙攣してるのか? 良い締め付け具合だな……その調子だぞ」
 グールーは瀬奈の味わっている地獄のような苦痛など全く意に介さず、自らの快感だけを優先して瀬奈の喉壁を擦り上げていく。瀬奈は猛烈な吐き気と呼吸困難を同時に味わい、普段の彼女を知っている人間でも瀬奈だと判別がつかないほどの汚い声を漏らしながら、白目を剥いて全身を痙攣させた。そして、皮肉にもその痙攣は絶妙な快感をグールーに与えることになった。グールーの足がピンと伸びたまま浮き、全体重が瀬奈の顔にかかる。
「お……おぉ……いいぞ……おほッ! 出すぞ……精子出すぞ……一滴残らずありがたく飲むんだ……おほぉッ……おぉッ!」
「ごぶげっ……! ぐむぐぶぇッ……! ごッ……ぎょぼッ!? ごぶえぇぇぇぇ!!」
「おぉ……出る出る……止まらん……まだ出る……」
 グールーは瀬奈の喉の一番奥まで男根を突き込むと、まるで蛇口を捻ったかのように精液を一気に放出した。
 失神寸前だった瀬奈は喉奥という危険領域で大量の粘液をぶちまけられ、不幸にも瀬奈の脳は死ぬまいと身体中に覚醒を命じた。意識は一気に現実に引き戻され、瀬奈はクリアな状態で自分の喉奥で男根が脈打ちながら大量の生臭い粘液を放出している感覚を味わった。凄まじい嫌悪感に、瀬奈は今まで感じたことのない猛烈な嘔吐感に支配される。
「う……ゔぶ……ぶぎゅッ!? ぶべぇろろろろろろろろ……! おうげぇ……! げぼッ……!」
 グールーの男根が逆流してきた精液に押し返され、瀬奈の口から抜ける。瀬奈は痙攣して身悶えながら、白目を剥いて大量の精液を黒いシーツの上に吐き出した。グールーは嘔吐している瀬奈を蹴り飛ばし、瀬奈は悲鳴をあげながらベッドの上を転がった。
 瀬奈は仰向けに身体を開いた状態でひゅうひゅうと喉を鳴らして喘いでいる。視線は定まらず、身体は弛緩しきって小刻みに震えていた。グールーは瀬奈の緩みきった腹部を、体重をかけた足全体で容赦無く踏みつける。
「ぶッぎゅえッ!? うぶぇろろろろろ……」
「一滴残らず飲めと言っただろうが! 私の高貴な精液を汚い胃液まみれで吐き出しおって! そんなに吐きたいのなら好きなだけ吐かせてやる!」
 ごぢゅ、ごぢゅ、ごぢゅ……とグールーは気が触れたように瀬奈の腹を踏みつけた。その度に瀬奈の腹は痛々しく潰れ、ベットに沈没する様に身体がくの字に折れ曲がる。
「ぼぎょッ?! ごぶぇッ! べぐぉッ!」
 踏まれるたびに瀬奈の口から精液が噴水の様に吹き上がり、黒いシーツにシミを作った。
 部屋の温度と湿度が上がったため、自動調整された空調はフル稼働している。グールーは肩で息をしながらベッドから降り、バーカウンターから瓶に入った水を持って再びベッドに上がった。仁王立ちであおるように自分が水を飲み、そのまま口に含んだ水を瀬奈の口に押し込む。敵に口移しで水を飲まされるという屈辱は本来の瀬奈なら意地でも回避するはずだが、朦朧とする意識の中で噎(む)せながらも押し込まれた水をなんとか飲み込んだ。グールーはゴミの様に瓶をベッドの外に放った。

この作品はウニコーンさんに有償依頼をいただき、二次創作として製作したものです。
ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、ストーリーの大部分をお任せいただきました。
今後作品としてウニコーンさんが挿絵を付けて完全版として発売する予定ですが、今回私が書いた文章と制作中のイラストの掲載許可をいただきましたので、サンプルとしてお楽しみください。

第1話

第2話

第3話



 瀬奈がドアを潜ると、雰囲気が一変した。
 高価な伽羅香が焚かれているらしく、空気の重量が増したように感じた。天井の中心部分からは大型のシャンデリアが吊り下げられ、その周囲に埋め込まれたダウンライトが光の筋を床に落としている。壁には草食動物の頭骨が等間隔に飾られ、その下に埋め込まれた燭台がそれらを不気味に照らしていた。正面には簡素な祭壇のようなものが設えてあり、そこから出入り口に向かって木製の長机が伸びている。その長机の左右には向き合うように椅子が並んでいて、まるで広い会議室のようなレイアウトになっていた。
 雰囲気はアスカが言った通り教会のようだが、おそらく幹部達がグールーを交えて打ち合わせをする場所なのだろう。西洋式で調度品は高価なものを使っているようだが、ちぐはぐな印象が拭えず、雰囲気づくり以上の意味を汲み取れなかった。そもそも西洋系の教会が主に使う香は伽羅ではなく乳香である。
 瀬奈は祭壇に近づいてみた。
 杢の出たマホガニーの一枚板の小さなテーブル。その上には十字架も仏像も無く、二本の燭台の間に、キログラム原器のようなドーム型のガラス容器が置かれているだけだ。中には一握りの土と、干からびたエノキタケのようなものが入っていた。
「それには触れないほうがいい」と、瀬奈の背後で低い声がした。
 瀬奈が驚いて振り返ると、黒いローブを着た男が立っていた。元ボクサーの男と一緒にいた警備隊の男だ。入り口にはずっと注意を払っていたのに、どこから入ってきたのだろう。
「瀬奈さん……だったかな。私はサエグサという者だ。ここの警備隊長をしている。君が先ほど倒した男の上司みたいなものだ」と、男は落ち着いたよく通る声で言った。「それと、祭壇の上のそれはとても神聖なものでね。グールー以外、触れることを許されていないんだ」
「……これは何? それにグールーって……」と、瀬奈が言った。
「グールーは我々の指導者であり、この地上にWISHをもたらされた聖人だ。今でもその祭壇の奥の部屋で休まれている。ここはグールーのお言葉を聞き、その聖櫃の中に入っている『オリジン』を崇めるための聖域だ。オリジンは偉大なるグールーが発見されたWISHの原種でね、我々人類を未来永劫の救済に導く、奇跡の証なのだ」
「笑わせないで……この干からびた小さなキノコが救済だって言うの?」
「そうだ。WISHはその名の通り、人々の願いを具現化する効果があることは知っているだろう? 君が先ほど戦った元ボクサーの男……サジも、WISHに出会うまでは、それはそれは酷い状態だった。彼は確かに粗野な男だが、ボクシングにかける情熱に嘘は無かった。それまでは好きなように暴れて、人からは感謝されることよりも恨まれることの方が圧倒的に多かった人生が、ボクシングと出会ったことで目標が見つかったのだから。しかし、大切な試合前の厳しく辛い減量をこなす最中、彼に恨みを持っている人間にハメられた。試合前というタイミングを狙い、金で雇われた人間に理不尽な喧嘩を吹っ掛けられたんだ。まぁ、彼のそれまでの行いを鑑みれば、自業自得と言えなくもないが……。最初も彼は我慢していたようだが、もともと沸点が低い性格に減量中の鬱憤が重なり、絡んできた人間を返り討ちにしてしまった。もちろん試合は白紙になり、挙句プロ資格も剥奪され、彼は元の荒れた生活へと戻っていった。あちこちのヤクザや犯罪組織の用心棒をしながら、自らも犯罪まがいの行為を繰り返すようになってしまった。我々の組織に入るまではな」
「今と大して変わらないじゃない」と、瀬奈は身構えながら言った。
「断じて違う。我々『March Of The Pigs』は反社会的勢力ではなく、人々の救済を目的としている。サジも間接的とはいえ、MOTPを守ることで人類の救済の手助けをしているのだ。私も偉大なるグールーと出会い、このMOTPに入るまでは、彼と似たような生活をしていたから、よくわかる。もともと私は正規警察の機動隊だったが、その時の警察内部は腐敗しきっていた。今も大して変わらないだろうがな。当時から我々の部隊は、犯罪組織から金や女をあてがわれ、捜査の情報を外部に流す者が多かった……。そして、朱に染まれば赤くなると言う通り、私も似たようなことをして稼ぐようになった。世の中のためにと警察官になったはずなのに、常に心には矛盾を抱えていたよ。そのような中、MOTPに情報を横流しした際に、少しだけWISHを使わせてもらったんだ。WISHの奇跡は、それはそれは素晴らしい経験だったよ。そして、偉大なるグールーに謁見させていただき、人類救済というその崇高なお考えを知り、私はMOTPに協力するために、すぐに警察の職を辞した。私は警備隊を統べる幹部として迎えられ、そのすぐ後にサジが入ってきた。彼もWISHで、世界チャンピオンになる瞬間を何回でも味わっている。彼もまた、WISHに出会って救われたのだ。もちろん君の仲間のヤタベという男も、君が指切りをした工員の少年もな……」
「ふざけないで! 妄想の世界に逃げ込んで、なにが救いなのよ! 目が覚めたら虚しさしか残らない行為が救いだなんて間違ってる……。WISHのせいで幻覚と現実の区別がつかなくなって、錯乱して現実でも犯罪を犯してしまう人が後を絶たないのを知っているでしょう?! あんな小さな子供まで使って……あなた達は救済どころか、不幸な人を増やしているだけじゃない!」
「WISHの救済を受けていない者は、最初は皆そう言うのだ。怪しい薬物だ、所詮は麻薬だ、とね。少しは考えてもみたまえ……全ての人間に効く薬は存在しないし、ごく一部の副作用のせいで多大な効能を手放すのは愚かなことだ。そして、ここで働く子供達は全員虐待やいじめを経験し、居場所の無かった子供達だ。不登校や引きこもり、自殺未遂をした子だってたくさんいる。むしろ我々は彼らに場所と存在価値を提供しているのだ。君もWISHを使えばわかるはずだ」
 サエグサはローブのポケットから、透明なビニール袋に入った緑色の粉──WISHを取り出した。「特別に君にあげよう。一度WISHの救済を受けてみるといい。そして、我々に協力してほしい。君の戦闘力と耐久力は見せてもらった。まだ荒削りだが伸び代がある。警備隊の一員として、私の下で働く気はないかね?」
「全く無いわ」と、瀬奈はきっぱりと言った。
「……残念だな」とサエグサがゆっくりと身構えながら言った。
 室内の空気が更にずっしりと重くなるのを瀬奈は感じた。背中の皮膚ににピリピリとした感覚が駆け上がり、緊張を沈めるために瀬奈は大きく息を吐いた。サエグサはゆったりとしたローブを羽織っているが、それでも肩や腕が大きく発達していることがわかる。ナイフのような視線は、確かに危険な任務にあたる軍人や機動隊のそれだった。
 サエグサは長机の端を掴むと、まるで手についた汚れを振り払うように横に凪いだ。何十キロあるのかわからない長机はいとも簡単に横倒しになり、壁際まで滑っていく。瀬奈とサエグサの間にぽっかりと空間が広がった。瀬奈は素早く室内を見回す。机に巻き込まれなかった椅子が四脚。まだ障害物は多い。サエグサに力では敵うとは思わないし、正規警察が来るまでの時間稼ぎとして戦闘を長引かせることも必要になるから、遮蔽物が多いこの状況は瀬奈にとって有利だ。瀬奈は手近な椅子をサエグサに投げつけた。同時にポケットから取り出した試験管からアドレナリンを増やすガスを吸う。サエグサが椅子をガードすると同時に、瀬奈は側面に回り込んで脇腹を蹴った。ヒットアンドアウェイの戦法ですぐさま距離を取る。サエグサとの距離が……離れない。え? なんで、と瀬奈が思った瞬間。目の前が暗転した。柔らかい布の感触。サエグサの脱いだローブが、瀬奈の頭から被せられていた。
「動きは悪くないが、やはりまだまだ荒削りだ」
 ぐずん……という衝撃と圧迫感が、瀬奈の腹部から全身に広がった。
「ぐっぷ?!」と、瀬奈の口から濁った音が漏れる。ローブがはらりと瀬奈の頭から落ちると、瞳の焦点が定まらず、ブロワを止められた水槽の中にいる金魚のように口を開けている瀬奈の顔が現れた。
「え……げぼっ……」
「ほう、耐衝撃繊維か。しかもかなり質が良いな。圧迫以外の感覚があまり無いだろう」
 サエグサは瀬奈の背中に手を回すと、力任せに拳を瀬奈の腹に押し込んだ。ものすごい力で瀬奈の柔らかい腹部を掻き分け、拳の先が背骨に触れる。
「ぎゅぶぇッ?!」と、瀬奈が身体を跳ねさせた瞬間、サエグサは拳を上に捻じ上げた。鳩尾を内部から押しつぶさえれ、喉の奥に石を詰め込まれた様な感覚に陥る。「えぶッ?! ぐ……ごぇあぁぁぁぁ!」
 べしゃりと瀬奈の身体が床に崩れる。汚い音を立てながら嘔吐き、身体が震えてコントロール不能に陥った。
「ふむ、ここまで力を入れてもこの程度しか押し込めないとは。本当に良いスーツだ」と、サエグサは無様な声を上げて苦しむ瀬奈を見下しながら、顎に手を当てて努めて冷静に分析している。「どうだろう、気は変わったかね? 不必要な暴力を振るうのは趣味ではないんだ。できれば降参してもらえれば、私としてもありがたいのだが」
 うずくまりながら、レベルが違い過ぎると瀬奈は思った。今まで何回も突入任務をこなし、それなりの敵とも対峙してきた。危ない目には何回も遭ったが、厳しい鍛錬の成果や仲間のサポートでいずれもくぐり抜けてきたのに……。だが、今回は逃げるわけにはいかなかった。アスカが身を呈して自分を守ってくれた。今度は自分がアスカを守る番だ。
 瀬奈は笑っている膝を抑えながら、よろよろと立ち上がった。肩で息をしながら、格闘の構えをとる。時間だけでも稼がなけ──。
 どぶり……という衝撃が瀬奈の鳩尾に響いた。
 瀬奈が思考している最中、サエグサが瞬間移動のように瀬奈の正面に移動し、瀬奈の鳩尾を奥深くまで正確に貫いたのだ。
「ひゅごッ?!」
 突然襲って来た衝撃に、瀬奈の身体が糸が切れた人形のように崩れ落ちる。サエグサは土下座をしているような格好の瀬奈の奥襟を掴み、そのまま軽々と瀬奈の身体を持ち上げた。瀬奈の足が地面から浮く。
「うっ……ぐ……ああぁッ!」
「グールーに会わせよう。その前に、粗相をしないように教育をしなければいかんな……」
 サエグサは瀬奈の首元のジッパーを掴むと、一気に下半身まで引き下ろした。スーツの前部分がはだけ、弾けるように瀬奈の大きな胸と、適度に筋肉がついた腹部が露わになる。サエグサは瀬奈のスーツを大きく広げ、上半身を自分に向かって無防備に開かせた。瀬奈の汗ばんだ滑らかな肌が現れ、サエグサは目を細める。
「う……嘘でしょ……?」
 瀬奈は歯をカチカチと鳴らしながら、力無く首を振った。これから自分が何をされるのか想像し、顔から血の気が引く。身体はまだまともに動かない。
 次の瞬間、ぐずり……という音とともに瀬奈の土手っ腹は潰された。耐衝撃性スーツに守られていない滑らかな肌を巻き込んで、サエグサの鈍器の様な拳は瀬奈のはらわたを掻き分け、奥深くまでめり込んだ。
「ごびゅぅッ?! ぐぷッ……ぐ……ぐぶえぇぇえぁぁ!!」
 まるで大型トラックがぶつかった様な衝撃だった。今まで格闘訓練で腹を殴られたことは何回もあったが、ここまでの衝撃は受けたことがない。たった一撃で瀬奈の胃は無残に潰れ、意識は脳外にはじき出された。
「げぉッ?! げッ……ぐげぁっ……」と、瀬奈は限界まで舌を出し、白目を剥いたまま唾液を撒き散らかして喘いだ。普段の明るく綺麗な顔は無残に崩れ、瀬奈と親しい者が見たら失神しそうなほどの醜態をサエグサに晒している。
「おっと……少し強かったか?」と、サエグサは何ともなしに瀬奈に聞いたが、それに答える余裕はもちろん瀬奈には無い。「これくらいなら耐えられるか?」
 ぱん、ぱん、ぱん、ぱん……と、乾いた音が室内に響く。瀬奈の何にも守られていない下腹部、胃、みぞおちに、まるで一定のリズムを刻むように連続で拳が突き込まれ、その場所が深く痛々しく陥没した。
「ゔッ?! ゔぶッ! げゔッ! ごッ!? ぶふッ! がッ?! ごぶッ?! ぐッ! あぐッ! あッ! あぁッ! ゔああぁぁぁぁぁッ!」
WISH_pic_07

 呼吸をする暇もないほどの連打に、瀬奈は身体を反らせて悶えた。サエグサは的確に殴る場所を変え、最もダメージがあるように瀬奈の腹を嬲る。瀬奈は胃液と涎と涙を撒き散らしながら、吊るされたサンドバッグのように力なく揺れた。
 死ぬ。
 殺される。
 明確な死の恐怖が瀬奈の脳内を駆け巡る。
 どぶぅッ! という音と共に、瀬奈の身体が海老の様にくの字に折れた。
 サエグサのは瀬奈の奥襟を放して、正確に瀬奈のヘソのあたりを貫いた。意識が朦朧としていた瀬奈は腹筋を固めることも出来ず、その衝撃の全てを受け入れるしかなかった。瀬奈の身体は後方にロケットの様に吹っ飛び、背中を壁に激突させて、派手な音を立てて床に倒れた。壁にかかっている頭骨が衝撃で瀬奈の近くに砕け落ち、瀬奈の身体に降り注ぐ。
「がッ……?! おッ……?! がぶッ……!」
 瀬奈は両手で潰れた腹を押さえて、白目を剥きながら芋虫の様に身体を捩った。意識はすでに途切れかけていて、暗幕が降りる様に視界が狭くなる。音が遠くなり、失神する瞬間、微かにキノコの様な匂いを感じた。

「ちょっとお姉ちゃん! いつまで寝てるの?!」
 突然身体の上に重石を乗せられたような感覚があり、瀬奈は「ぐぇっ」と呻きがなら目を覚ました。羽布団をはねのけて体を起こすと、漬物石がゴトンと床に落ちる。どうやら本当に重石を身体の上に乗せられたらしい。寝ぼけた目で正面を見ると、黒髪をセミロングに伸ばした女の子が腰に手を当てて瀬奈を睨んでいる。
「佳奈?!」と、瀬奈が驚いて声をかけた。
「なに言ってんの? お姉ちゃんまだ寝ぼけてるでしょ? もう、片付かないから早く顔洗って朝ごはん食べちゃってよ」
 それだけ言うと、佳奈はパタパタとスリッパの音を立ててダイニングに引っ込んでいった。太陽はすっかり登っていて、ベッドサイドの時計は九時三十分を指している。少し開いた窓からは爽やかな風が部屋の中に流れ込み、瀬奈の頬を優しく撫でていた。
 瀬奈は洗面所に移動して、うがいと洗顔を済ませてから鏡で自分の顔を見た。血色もよく、肌も荒れていない。なぜ佳奈がここにいるのだろう。佳奈は瀬奈のたった一人の妹で、二年ほど前に行方不明になってから、手がかりが全く無かったはずだ。ここは自分が一人暮らしをしているマンションだが、なぜ行方不明になった佳奈がエプロンを着けて自分を起こしに来たのだろう。確かMOTPのアジトに潜入して、サエグサと交戦して……どうなったんだっけ……? 
 瀬奈がダイニングに入ると、佳奈がペーパードリップでコーヒーを淹れながら、背中越しに「なんで私がここにいるのか……って思ってるんでしょ?」と言った。瀬奈はそれには答えず、ダイニングの椅子に腰を下ろした。佳奈はテーブルに自分と瀬奈の分のコーヒーカップを置くと、瀬奈の前にだけトーストとサラダ、焼いたベーコンとオムレツが乗った皿を置いた。よく磨かれたナイフとフォークも用意されている。理想的な朝食だ。瀬奈の胃が、早くよこせと脳に指令を出している。
 佳奈は瀬奈の正面に座ると、コーヒーを飲みながら瀬奈の胸元を指差した。瀬奈の着ているライトブルーのパジャマが、首から胸にかけて水に濡れて色が変わっている。
「お姉ちゃん、相変わらず顔洗うの下手だよね。子供の頃から全然変わってない」と、佳奈が言った。
「あの……」
「早く食べちゃって」
「……はい」
 完全に主導権を握られている、と瀬奈はサラダを口に入れながら思った。佳奈は申し訳なさそうに食べている瀬奈をジト目で見ながら、椅子に横向きに座り、足を組んでコーヒーを飲んでいる。
「さっきの話だけど」と、佳奈が言った。「お姉ちゃん、なにも気にしなくていいからね。ちょっと混乱してるだけで、もう全部解決してるから」
「……解決?」と、瀬奈がトーストを齧る手を止めて言った。
「そう。一時的なショック状態なんだって。この前の任務が結構大変だったみたいで、ちょっとだけ記憶が混乱しているみたいなの。なんで私がここにいるのかってもう十回くらい聞かれてるから。たぶん今日も聞く気でしょ?」
 瀬奈は黙って頷いた。記憶が混乱?
「今は無理に思い出さないほうがいいよ……」と佳奈が言った。
「でも私は任務で、ある組織に潜入していて……。佳奈だって、ずっと行方不明だったはず……」
「だーかーら、それもお姉ちゃんの記憶がごちゃまぜになってるだけなの。私は見ての通り無事で、この通り元気だから」
「そう……なんだ。でも、任務はどうなったの?」
「それも全部終わったの。お姉ちゃんが気にすることなんてなにも無いんだから。全部元どおりで、誰も不幸になんてなっていないの。ねぇ、そんなことよりも、朝ごはんを食べ終わったら散歩にでも行かない?」
「……うん。行く」と言いながら、瀬奈はベーコンを口に運んだ。良い感じの生焼け具合だ。
「じゃあ決まりね」と言いながら、佳奈は瀬奈の背後に回って両肩に手を置いた。ふわりと柔らかく、懐かしい香りがした。「ねぇ、ゆっくりでいいからね。お姉ちゃんは昔から頑張りすぎちゃうから、たまには息抜きしたって誰もなにも言わないから……。これからは自由に生きていいんだよ? 今までよく頑張ったよね。お姉ちゃん本当はすごく優しいのに、無理して頑張って、危険な任務をしてさ……。私がいなくて寂しい思いもさせちゃったし、本当にごめんね。今はゆっくり休んで、一緒に楽しいことをいっぱいしよ?」
 じわりと、瀬奈の目に涙がせり上がってきた。胸が締め付けられ、喉の奥が締まり、瀬奈は無言で椅子から立ち上がって佳奈をきつく抱きしめた。
 ずっと、瀬奈が望んでいたこと。
 佳奈……と瀬奈が言うと、佳奈は瀬奈の背中に手を回した。
「お姉ちゃん……この流れも五回目くらいだからね」と、笑う佳奈の目にも涙が浮かんでいる。
「ごめんね……佳奈……ごめん……」と言いながら、瀬奈がきつく目を瞑る。閉じた瞼の間から涙が頬を伝った。
「いいんだよ……これからはずっと一緒にいようね。お姉ちゃ……」
 瀬奈がハッと気がつくと、赤黒い絨毯が目に入った。戸惑いながら周囲を見回すと、そこは高級ホテルのスイートルームのような部屋だった。漆喰で塗り固められた高い天井からはバカラのシャンデリアが下がり、壁は上質なマホガニーが贅沢に使われている。部屋には礼拝堂と同じく伽羅が焚かれ、中央には四人が寝てもまだ余るような大きさの豪奢なベッドが置かれていた。枕やシーツは全て光沢のある黒いシーツで、シワひとつ無く完璧にベッドメイクされている。当然だが自分のマンションでもなく、佳奈の姿も無い。
「えっ……え……?」と、瀬奈が周囲を見回しながら戸惑う。身体に違和感があり、ほとんど自由に動かない。見ると、瀬奈は壁にはめ殺しになったX型の拘束具に両手両足を固定されていた。ボディスーツは脱がされ、下着のみを身につけた状態で磔になっていた。
「なに……これ……?」
「お試し期間は終了だ」
 サエグサが瀬名の近くに置かれたソファに座ったまま、無機質な声で言った。サエグサは瀬奈を見ず、膝の上で組んだ自分の手を珍しい部品を点検するように角度を変えて見ている。
 サエグサは言った。「どうかな? 君のWISH(願い)は叶ったかな? 叶ったのだろう? 何を見て、何を体験したのかは私にはわからない。だが、おそらく君が望み、真実であってほしいと常日頃願っているものが具現化したはずだ。そうだろう?」
「……佳奈? 佳奈は……どこ?」と、瀬奈は首を振りながら、呆けたようにサエグサに言った。手にはまだ佳奈の髪の感触が残っている。
「佳奈? ああ、失踪している君の妹の名前だったな。残念ながら、我々はなにも知らん。WISHが君の願いを叶えただけだ」
「なに……それ……? 幻だったの……?」
「幻ではない。現実だ。君にとってのな……。使ったWISHの量は通常の三分の一程度。正規の量を使えば、最後まで幸せな『現実』に浸ることが出来るぞ」
 部屋の奥から低い笑い声が聞こえた。瀬奈が視線を向ける。部屋の奥に蝋燭の灯がともり、玉座の様な椅子に座った男の姿が浮かび上がった。サエグサが訓練された軍人のようにソファから立ち上がり、定規で測ったように玉座に向かって頭を下げる。玉座の男はでっぷりとした肥満体で背が低く、髪を剃り上げていて顔色も悪い。年齢は五十歳を過ぎているだろうか。男の着ている光沢のある白いローブが、血色の悪い顔と突き出た腹を悪い意味で目立たせていた。玉座は床から一段高い位置にあり、足元には踏み台の代わりに、がっしりとした男が四つん這いになっていた。屈辱的な姿の男はビキニのような黒い下着を履き、首輪から伸びるリードの先を玉座の男が握っている。瀬奈がよく見ると、その四つん這いの男はサジだった。玉座の男が難儀そうに立ち上がって、サジの背中を踏みつけて床に降りる。踏まれた時、サジは「ぐっ」と苦しげな声を漏らした。
 瀬奈は理解が追いつかず、黙って首を横に振った。男が床に降りて瀬奈に近づくと、リードを引かれたサジが悪さをした犬の様に四つん這のまま着いてくる。
「説明も無しにすまなかったね。見ての通り、ここは私の寝室だ。自分の部屋だと思ってくつろいでもらって構わないよ。ま、その格好じゃ難しいとは思うがね」
 男は下着姿で拘束されている瀬奈を見ながら低い声で笑った。「初めてのWISHはどうだったかな? WISHの正しい効果を知ってもらうためには体験してもらうことが一番早いと思って、サエグサに命じて使ってもらった。WISHは刺激が強すぎるから、初めて体験した時は、最初はみんな君のように戸惑う。あとは素晴らしい現実として受け入れるか、くだらない幻だと否定するかの二択しかない」
 男は鷹揚に両手を広げて見せた。口元は笑みを浮かべているが、目は全く笑っていなかった。
「あなたが……グールー?」と、瀬奈が言った。目の前の男は、お世辞にも高尚な人物だとは思えなかった。怠惰な生活が体型に出ていて、顔つきにも精悍さが無く、駄々っ子がそのまま大きくなったような、どことなく子供っぽい印象があった。

NOIZ立ち絵反転のコピー

スノウ立ち絵 2

朝比奈のコピー



 スノウが短い悲鳴を上げた。
 ただならぬ気配を感じて、男性戦闘員がお互いの顔を見合わせ、若年の男性戦闘員が気が触れたように叫んだ。縦に裂けた瞳孔の赤い瞳が激しく動揺している。
「落ち着け!」と、年上の方の男性戦闘員が宥めたが、パニックは収まらなかった。頭を掻きむしり、訳のわからないことを言いながら地団駄を踏んでいる。綾が素早くパニックを起こした戦闘員に近づき、「ごめんなさい」と言いながら腹部に強烈な突きを放った。男性戦闘員の体が地面に崩れ落ちる。
「彼ら二人がここに来ると、ノイズ様は事前に私に申されました」と豚が両手を組み、まるで神に祈るような仕草で言った。「この状況で『最も役に立たない人員』だからだそうです。おそらくあなた達はノイズ様がアンチレジストの本部に姿を現し、我々人妖が直接出向いて宣戦布告したので、本部は放棄せざるを得なくなったのでしょう? 新設の本部へ人員やデータの移行も速やかかつ確実に行わなければならない。しかし朝比奈ちゃんは連れ去られた。幸い我々の車に発信機を取り付けることに成功し、居場所は掴んでいる。だが優先度は本部移転の方が高いため、我々の追跡に割ける人員は限られる。ならば一部の精鋭と、失礼ながら戦闘しか出来ることの無い人員を派遣する方法が一番効率が良い……と、ノイズ様はおっしゃられました。ノイズ様がアンチレジストの人員リストを見て、そちらのお二人に白羽の矢を立てたのです。私は事前に部下に命じて、そちらのお二人にウイスキーを一杯ご馳走して差し上げました。喜んで飲まれていましたよ、『蜜』入りのレイズモルトを。これで我々の行いがハッタリではないとご理解いただけたと思います」
「下がっていろ。大丈夫だ」と、美樹が振り返って男性戦闘員に言った。男性戦闘員は頷き、失神している仲間に肩を貸して後ずさる。
「ほら、それですよそれ。あなたがここに来た理由です」と、豚が男性戦闘員を指さした。「その立場で、あなたはなぜ満足しているのです? 十歳以上も歳が離れている娘に命令されて、なぜ何の疑問も抱いていないのです? あなたはノイズ様のお導きによって生まれ変わったのです。人妖の強靭さはよくご存知でしょう。あなたがその気になれば、そちらのセーラー服や巫女装束を着た上級戦闘員の方々を栄養源にすることも可能なのです。栄養源の意味はもちろんお分かりでしょう? いやはや、アンチレジストの上級戦闘員様は美人揃いでうらやましい……。あなた方は仲間です。後ほどこちらから連絡しましょう」
 綾が男性戦闘員の肩にそっと触れながら、「落ち着いて。大丈夫よ」と諭した。男性戦闘員は目を泳がせたまま頷いた。
 美樹が鋭く息を吐き、豚に向かって駆けた。
 駆けながら太腿のバンドに取り付けた樹脂製のトンファーを抜き取り、回転させながら豚のスキンヘッドに向かって打ち落とす。豚はためらうことなく腕でトンファーを受け止めた。人間であれば骨折してもおかしくない衝撃であったが、豚はまだ笑みを浮かべている。豚が美樹を蹴飛ばし、美樹の身体が後方に吹っ飛ぶ。美樹の背後からスノウが飛び上がった。スノウは空中で前転し、豚の頭に踵落としを放つ。豚はスノウの足首を掴むようにして受け止めた。
「なんだスノウちゃんも悪い子だったのかい? 朝比奈ちゃんと同じように教育してあげなきゃいけないねぇ……」
 豚はスノウの身体を引きつけ、腹部に鈍器のような拳をめり込ませた。スノウの身体がくの字に折れる。華奢な腹部は豚の脂肪で膨らんだ拳に全体を潰され、内臓の位置が変わるほどの衝撃がスノウの身体を駆け巡った。
「ゔぶぇぁッ?!」
 おそらく人生で初めて腹を殴られたのだろう。スノウのいつもの自信ありげな表情が崩れ、苦悶に歪む。
「ぐぷッ……!」
 豚の放った拳のダメージは凄まじく、スノウは白目を剥き、唾液が口から弧を描いて吹き出した。スノウは受け身も取れずに地面に落下し、腹を抱くように抑えながら亀のように丸まった。
「わかったかなスノウちゃん。大人に逆らうとどうなるか」
 涙目になり、口から唾液を垂らしながらもスノウは豚を睨んだ。
 綾も豚に向かって駆けた。
「……ババァどもめ」と、豚が誰にも聞こえないような声量でつぶやいた。邪魔をするババア共には興味は無い。腹でも殴って気絶させてから、スノウちゃんだけを連れてアジトに帰ればいい、と考えた。
 突然、豚の視界が激しく揺れた。まるで後頭部を木製バットで思い切り振り抜かれたような衝撃だった。
 視界の隅に、グレーと白の戦闘服が見えた。
「……朝比奈……ちゃん?」
 豚が驚愕の表情を覗かせた。視界の隅で朝比奈と目が合った。朝比奈は豚の後頭部を膝で打ち抜いた姿勢のまま険しい表情で豚を睨んでいる。戦闘服は所々破れ、身体のあちこちに殴られた痕が見えたが、表情には強い意志が見て取れる。はっとして豚が正面を向いた。綾が雄叫びをあげながら、レザーグローブに包まれている拳を繰り出した瞬間だった。
 首が折れるほどの衝撃が豚を襲った。
 スローモーションで見たら豚の顔面は激しく歪んでいただろう。それほどの衝撃で綾の拳は豚の頬を撃ち抜いた。弾き飛ばされた豚は転がるようにしてバルクコンテナに突っ込んで行き、破裂したコンテナから大量のウイスキーが漏れ出した。鼻を突くアルコールの臭いが倉庫内に充満する。
 綾が構えを解き、フッと鋭く息を吐くと、朝比奈の元に駆け寄った。
「朝比奈ちゃん?! 大丈夫なの?」と、綾が朝比奈の肩を抱きながら言った。
「大丈夫です。こう見えても一般戦闘員の中ではランクは上の方なんです……。あの太った男の部下はそこまで強くはなかったので、不意打ちで隙を作って脱出しました。本来であればあの男の部下を制圧しなければならなかったのですが、おそらく皆さんに対して罠を貼っているだろうと思い、ここに戻ってきました」
 朝比奈はダメージがかなり残っている様子だったが、綾に対して気丈にも笑顔を作って敬礼した。綾は小さな朝比奈の身体を抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、今は豚に追撃することが優先だ。綾は豚が突っ込んだコンテナのあたりを調べた。豚の姿は見えなかった。どこかに隠れているのだろうか。それとも逃げ出したのか。
 美樹が綾を呼んだ。スノウを背負っている。意識はあるが、ダメージが重く動けないようだ。
「今は撤収しよう。街の様子も気になる」と、美樹が言った。そのまま朝比奈に身長を合わせて「あの状況でよく頑張ったな。偉いぞ」と真剣な顔で言った。朝比奈は歯を見せずに笑い、美樹にも敬礼を返した。
 ふと、男性戦闘員の姿が見えないことに気がついた。
 一人は失神していたはずだ。
 倉庫の外に出ると、男性戦闘員の乗ってきた車も消えていた。「愚かな……」と、美樹が小声でつぶやいた。おそらく戻っては来ないだろう、と残された美樹達は思った。「あなた達は仲間です」という豚の言葉を間に受け、連絡を待つつもりなのかもしれない。
 四人で輸送車に乗り込み、美樹が朝比奈にチャームの解毒薬と回復薬を注射した。スノウが簡易ベッドに横になりながら「あんた……すごいわね……」と朝比奈に言った。自動操縦をアンチレジストの本部に設定する。おそらく鷺沢はまだ残っているはずだ。雨のカーテンの中、車は静かに走り出した。


 三神の視界の先、赤い絨毯が敷かれた部屋の奥の暗がりから、笑みを浮かべたノイズがスポットライトの下に歩いていきた。ぬめるような黒いドレスに深紅のジャケット。所々に赤い毛がまだらに混ざった長い金髪。年齢は若そうだが、誰も逆らえないような雰囲気を纏っている。
「ご苦労様でした」と言って、ノイズは一秒間に一回というゆっくりとしたテンポで手を叩いた。黒いレースの手袋をしているので、音は響かない。
「光栄です」と言って、三神が軽く頭を下げた。そして見ないフリをしながら、ノイズの大きく開いたドレスの胸元を盗み見た。
 この人からの融資を受けて半年以上が経つが、実際に顔を合わせたのはつい先日のことだ。そして初対面の時、三神はその若さと美貌に驚いたものだ。
 半年前、レイズ社の口座に突然見たこともないような大金が振り込まれた。そして三神が融資に気がついて困惑したまさにその時、まるで見ているかのようにノイズから電話がかかってきた。
 電話口でノイズは、自分の指示に従うのであれば今後も融資を続ける、断れば融資はこの一回のみで今後連絡はしないと告げた。そして自分の指示に従えばレイズ社と三神自身をすぐにでも世界的なブランドにしてやるとも告げた。
 正直に言って気味が悪かった。
 しかし当時のレイズ社は背に腹は変えられない状況だった。
 レイズ社は粗悪な海外ウイスキーを日本的な名前を付けて主にアジア向けに販売している零細企業に過ぎず、ウイスキー愛好家からはレイズ社にも三神自身にも白い目を向けられている状況だった。ブランド価値など無いに等しく、銀行からの融資もいつ打ち切られてもおかしくない経営状態で、まさに綱渡りの状態だった。ノイズからの融資は喉から手が出るほどの魅力があり、それに加えて功名心の高い三神にとって「世界的なブランド」という言葉の響きは抗い難い効果があった。
 三神はノイズの申し出を了承すると、翌日には豚のような見た目の男(その男は自分のことを「豚」と呼べと言ってきた)が秘書として派遣された。そして豚が抱えてきたアタッシュケースの中身をウイスキーに混ぜろを言ってきたのだ。アタッシュケースの中身は試験管に入った得体の知れない薬液だった。白濁したものと透明なものの二種類があり、いずれも無臭で粘性があった。毒ではないと豚は言ったが、詳細を聞いてもはぐらかされるだけだった。ノイズの融資を受け入れた時点で三神に拒否権は無い。三神は郊外に構えたレイズ社の小さな瓶詰め工場で、自らの手で試験管の薬液をタンクの中に入れ、数千本のウイスキーをボトリングした。豚はプロモーションはお任せくださいと言い、ボトリングしたうちのかなりの数をバーや飲食店に無償で配った。あんな気持ち悪い男が持ってきた悪名高いレイズモルトなど誰も見向きもしまいと三神は心の中で思っていたが、しかし程なくしてサンプルを配った店から捌き切れないほどの注文が舞い込んできた。無償でサンプルを飲んだ客が翌日の開店直後に店に現れて、また飲みたいからすぐにボトルを入れろと言ってきたらしい。中身は従来と同じく粗悪な海外原酒のブレンドなので、明らかに異様な事態だった。アタッシュケースに入っていた薬液の効果であることは三神もすぐに察した。しかし一度勢いがついた人気は止まらず、レイズモルトは噂が噂を呼び、すぐさまボトルの奪い合いやプレミア価格での転売が起きるほどの爆発的人気銘柄となり、三神はたちまちクラフトウイスキーの寵児として祭り上げられた。
 多くの取材依頼が舞い込んだ。いずれも肯定的なものであり、中にはウイスキーとは関係ない三神自身の生活ぶりや人となり、ビジネス成功論やカリスマ性についての取材もあった。
 三神は高揚感に包まれていった。もともと容姿には自信がある方だし、話術にも長けている。メディアへの露出も増え、三神自身を特集するテレビ番組や雑誌も日に日に増えた。レイズモルトも薬液を混ぜなくても作った側から羽が生えたように売れるようになり、有名無名に関わらず苦労して飲んだ連中が「日本の繊細な風土が育んだ、これぞモノづくり大国日本を象徴するジャパニーズクラフトウイスキーである」などと滑稽で的外れな盲目的絶賛をする様子も楽しかった。成功者の社交会のようなものに呼ばれ、一般庶民との明確な違いを実感した。こちらから呼ばなくても、男でも女でも群がるように寄ってきた。まさに絶頂の只中に自分はいると三神は思っていた。そしてノイズからの指示に従っていれば、これからも自分は安泰なのだ。
 だから今日の中継も、三神は承諾した。
 人妖という生物については当日聞かされ、人妖になる薬というものも先ほど飲んだばかりだ(無味無臭のとろりとした液体だった)。
 この中継で自分の信用はおそらく無くなるかも知れないが、このノイズという女がいれば大丈夫だ。
「あなたのおかげです」と、三神は左胸に手を当てたまま絨毯に片膝をついた。求婚するような仕草だった。
 ノイズは三神の顔を両手で挟み、首を傾げるようにして三神の瞳を覗き込んだ。エメラルドのような瞳に吸い込まれそうだ。ノイズは三神の目を見ると、満足げに口角を吊り上げた。
「ちゃんと変化しています。痛くなかったでしょう?」と、ノイズが蠱惑的な響きのある声で言った。三神は窓際に移動し、ガラスに自分の顔を写した。茶色だった瞳が、鮮血のような色に変化していた。
「おお……これが人妖! 人間を超越した存在!」
 三神の高笑いが響いた。
「これでようやく、あなたに見合う存在になれましたな」と、三神がスーツの襟を直しながら言った。ノイズはわずかに口角を上げたまま、首を傾げた。「あなたのお力添えのおかげで、十分な地位が築けました。もはや私は時代の寵児であり、今や人間という存在すら超越した。これからも良きパートナーとして、二人で歩んで行きましょう」
「……何を言っているんです?」と、ノイズが嘲笑するような口調で言った。「あなたの役目はこれで終わりです。あとは好きにしていただいて構いません。今後二度と会うこともないでしょう」
 三神の顔から表情が消えた。
「な……ちょっと待ってください……。私は十分な地位に上り詰めました。あなたのお力添えで、レイズモルトも私自身も、今や世間の耳目を集めるブランドです。あなたに相応しいパートナーとして、これ以上の男はいませんよ」
「お気持ちは嬉しいのですが、私には心に決めた人がいるので」と、ノイズは笑いながら背を向けた。赤いジャケットが翻り、三神を馬鹿にするように裾がはためいた。そして顔だけをこちらに向けた。緑と赤の混ざった目がやけに光って見えた。「あなたは私の指示通りによく動いてくれました。私の狙い通り、あなたは一般人よりも少しだけ有名になり、あなたの作るウイスキーは人気になった。そして『ちょうど良い範囲に』薬剤をばら撒く良い道具になった。ありがとうございます。お礼として人妖にして差し上げましたので、あとは整形で顔を変えて好きに暮らしてください。すぐに世界中に指名手配されるでしょうから、顔は全く別物にしたほうがよろしいかと思います。そうですね……たとえばあなたの秘書の豚さんのような顔などよろしいかと思います」
 クスクスと笑うノイズに、三神が「……おい、ちょっと待てよ」と低い声で言った。眉間にシワが何本も走っている。
「ふざけんなよ! 利用するだけ利用して、後は好きにしろってどう言うことだよ!?」
 三神が椅子を蹴り、撮影用のカメラを蹴飛ばした。
「まぁ、利用したなんて人聞きの悪い。あなたの無為な人生に意味を与えて差し上げたのに。あなたも状況を楽しんでいたでしょう?」と、ノイズが首を傾げて小指を舐めながら、トロリとした口調で言った。「あのまま後ろ指を刺される人生の方が、もしかしてお好みでしたか? 余計なことをして申し訳ありません」
「……人妖ってのは身体能力も人間より数段上なんだよな?」と、三神が地鳴りのようなドスの効いた声で言った。「お高く止まってんじゃねぇぞクソアマ! 下品な身体見せびらかせやがって……ブチ込んで泣き喚かせてやるよ!」
 三神がノイズに飛びかかった。
 それは三神の人生において最も愚かな行為だった。
 ノイズは「くふっ」と笑うと、一瞬で三神の前から消えた。次の瞬間、三神の鼻は潰れていた。ノイズは丁寧にセットされている三神の髪の毛を掴み、一ミリの躊躇いも無く三神の顔面が陥没するほどの勢いで膝を打ち込んだ。「ぶぎゃ!」という間抜け悲鳴が響き、ぐちゃっという音と共に三神の高い鼻が埋没した。白いスーツは赤いペンキをぶちまけたように真っ赤になり、三神は絨毯の上でのたうち回った。ノイズは三神の身体を蹴飛ばして仰向けにさせると、口の端を吊り上げながら靴のヒールを三神の右の眼窩に突き刺した。卵が潰れるような音の後に、地獄のような悲鳴が室内を震わせた。
「まぁ、大丈夫ですか? 正当防衛とはいえ、ここまで大袈裟に痛がられると気の毒に感じてしまいます……」
 眼窩に押し込んだヒールをグリグリとねじりながら、ノイズは他人事のように心配そうな声を出した。
 悲鳴を上げ続ける三神の顔面を踏み続けながら、ノイズは好みの音楽を探すようにスマートフォンを弄った。やがてスピーカーから音楽が流れ始めた。先ほど三神が流した音楽とは違うが、やはり機械的なノイズが所々に混ざっている。
 三神の身体が大きく痙攣した。
 腹部や頭部が膨張し、スーツのボタンが弾け飛ぶ。
「整形手術の手間が省けましたねぇ……」と、ノイズがクスクスと笑いながら言った。悲鳴を上げ続ける三神に背を向け、まるで最初からそこにいなかったかのように、音もなく部屋から去った。



[ NOIZ ] 前編は以上になります。次章更新までは今しばらくお待ちください。
次週からは以前ウニコーンさんに依頼いただいて執筆した[ WISH ]の続きを投稿します。

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