Яoom ИumbeR_55

Яoom ИumbeR_55は「男性→女性への腹パンチ」を主に扱う小説サークルです。未成年の方、現実とフィクションの区別のつかない方は閲覧しないでください。

skebでありがたいご依頼をいただきました。

スクリーンショット 2022-05-14 21.46.57


「これが次のターゲットって、マジですか?」
 黒いレザーライダースを着た男が、スマートフォンに転送された写真を食い入るように見ながら興奮気味に言った。男の向かいに座るベージュのスーツを着た男が頷く。
 写真は望遠レンズで盗撮されたもののようだ。学校の制服らしき深紅のブレザーを羽織った白人の女が写っている。まったく癖の無い完璧なストレートの金髪に、エメラルドを埋め込んだような瞳。アジア系とは骨格そのものが異なるのか、顔も小さく腰の位置も高い。身体に余分な脂肪が付いていないのに、胸は一般的なそれと比べても明らかに大きい。
「周りの女が完全に引き立て役じゃないですか……。それに、やっぱり天然物の金髪は違うな。ハードブリーチだと髪が痛んで仕方がないんすよ」
 レザージャケットの男が自嘲するように自分の爆発したような金髪を掻いた。対面の男が低い声で笑う。
「蓮斗(はすと)くんなら気に入ると思ったよ。ターゲットは如月シオンという名前だ。アナスタシア聖書学院で生徒会長を務めている」
「アナスタシア? 名門中の名門じゃないっすか。入学自体がめちゃくちゃ難しいって聞いたことありますよ」
「そうだ。その中で彼女の成績は主席。もちろん特待生だ。しかも実家は大手製薬会社の創業家。単身で来日後、学生生活をしながら色々とビジネスもしているらしい。そして我々の仲間を少なくとも六人は倒している。実際はもっと多いだろうがね」
 ひゅうと蓮斗が口笛を吹いた。「なんかアニメの世界から迷い込んできたような人っすね。たぶんトイレも行かないはずだ」
 スーツの男がまた低く笑う。蓮斗が続けて言った。
「で、なんでそんな完璧超人が、わざわざ自ら進んで危険なことしているんですかね? 一見人間と見分けがつかないのに、人間を養分にする怪物──人妖(じんよう)討伐期間『アンチレジスト』の戦闘員なんてやってるんだろう。金に困っているどころかむしろ余ってそうだし」
「怪物などと言わないでもらいたいな。我々人妖は進化した人類だ。それとも殺されたいのか? 旧型人類の蓮斗くん?」
 桧垣は顔色を変えずに足を組んだ。蓮斗は必要以上に慌てた様子で両手を前に突き出して振る。
「いやいやいやとんでもない! 今のはただの軽口ですよ。僕と桧垣さんの仲じゃないですか」
「先ほども言ったが、彼女は我々にとって脅威だ。冗談を聞く余裕がないのだよ。やるのかやらないのか、すぐに答えてくれ」
「もちろんやりますよ。俺みたいな人間──いや、旧型人類の方が向こうも油断するでしょうし、今までだって上手くやってきたじゃないですか。報酬と、いつもの『つまみ食い』の許可さえもらえれば文句はありません。というか、この写真見せられたらやらない選択肢はないですよ」
「なら交渉成立だ。前金は今日中に口座に振り込んでおく。『つまみ食い』として君の好きな腹パンプレイとやらをするのは構わんが、本番と顔を傷つけるのはダメだ。彼女はあくまでも私の栄養源なのだからな」
 桧垣はアンプルケースとパッキングされた白い粉を取り出してテーブルの上に置いた。白い粉を見つめたまま蓮斗の喉が鳴る。ヤク中が、と桧垣は心の中で吐き捨てた。
「知っていると思うが、アンプルの中身は強力な催淫剤だ。いつも通り君のプレイを手助けするための一味も加えてある。トリップ中に間違って自分に打つなよ」
「大丈夫ですよ。じゃあ、成功したら連絡しますんで……」
 早く出ていけという雰囲気を隠そうともせず、落ち着きのない声で蓮斗が言った。桧垣は鼻を鳴らすと部屋を出る。閉めたドアの向こうから早速ビニールを破く音が聞こえた。

「あら? もうこんな時間……」
 生徒会長室で黙々とキーボードを叩いていたシオンは、時刻が二十時を過ぎていることに気がついて手を止めた。立ち上がってグッと伸びをした後、ふぁ……と小さくあくびをする。窓の外を見ると、夕方から本降りになった雨は上がったようだ。アンティークのティーカップを小さなシンクで丁寧に洗い、水滴の残らないようにクロスで磨く。自然と鼻歌がこぼれた。
 今日は一日平和だったなとシオンは思った。最近は人妖の活動も活発になり、出動のない日の方が少なかったくらいだ。幸いにして強力な人妖に出くわすことはなかったが、疲労やダメージは自分でも気がつかないうちに蓄積されている。帰宅して身体のケアに努めようと思った矢先、スマートフォンが警告音を発した。アンチレジストが作ったアプリが人妖の被害の発生を知らせている。シオンはシンクから飛び出すようにしてスマートフォンを手に取った。近場の現場なら応援に駆けつけられる。
「発生元は……アナスタシア聖書学院?」
 近場どころか、自分がいる場所が現場だった。
 シオンはクローゼットの隠し扉を開け、バトルスーツを取り出して素早く着替えた。バトルスーツと言っても、その服は一見して痴女と見間違えるほどの露出の激しいものだった。ベースはメイド服なのだが、肩や腹部が大きく露出している。ビキニのような胸のみを隠すトップスに、小さなエプロンを巻いたミニスカート。白いシルクのロンググローブを身につけ、同素材のサイハイソックスにはガーターベルトまで付いている。
 普段の凜とした生徒会長としてのシオンを知る者が見たら目を疑いそうなデザインだが、当のシオンは真剣そのものだ。と言うのも、このバトルスーツはほどんど全てシオン自身がデザインしたものだ。バトルスーツは各戦闘員の士気向上や特性に合わせてデザインやカスタマイズが施されている。シオン自身も大好きなメイド服の意匠を取り入れながら、稼働部には極力布を少なく、蹴り技を主体とするためにパンツではなくミニスカートを取り入れ、結果としてこのデザインになった。彼女自身の羞恥心が一般のそれとはややズレがあることも、この奇抜なデザインが完成した要因のひとつだが。

 シオンが外に出ると、黒づくめの服を着た男がずぶ濡れで立っていた。
 極端な痩身に青白い肌。雨に濡れているにもかかわらず爆発したような金髪。鼻が詰まっているのかぐずぐずと鼻を鳴らしながら、薄ら笑いを浮かべてシオンを凝視している。
 異様な雰囲気の男だった。しかも違法な薬物を常用していることは明らかだ。
 シオンの視線が男の右手に移る。男は右手でトートバッグを持つように女子生徒の上着を掴んでいた。女子生徒はぐったりと脱力し、手足が力なく地面へと伸びている。
「おいおいマジかよ」と、その男は爛々とした目でシオンを見ながら叫んだ。叫ぶと同時に手を離したため、女子生徒の身体が足元の水たまりに落下する。「それシオンちゃんの戦闘服? 痴女かと思ったよ。今までアンチレジストの戦闘員は何人か倒したけれど、そこまでエロい格好の奴は初めてだ。それとも誘ってんの?」
 シオンは男の軽口に乗らず、冷静に倒れている女子生徒を観察する。肩が上下しているので息はある。周囲に男の仲間が隠れている様子もない。そして名乗る前からシオンの名前を知っていることから、突発的な行動ではない。人妖の中には敵であるアンチレジストに恨みを持ち、戦闘員自身がターゲットにされることも珍しくない。自分を釣るために女子生徒を人質にしたつもりなのだろう。それなら甘いと言わざるを得ない。
「……お名前を」と、シオンが静かな声で言った。同時に身体がゆらりと横に傾く。「私の名前はご存知のようですので、お名前を教えていただけますか?」
「名前? ああ、蓮斗って言うんだ。ハスの花の蓮に、北斗七星の斗。本名じゃないけどな」
 蓮斗が言い終わる直前に、シオンは身体を傾けて体重をかけた軸足で思い切り踏み切った。一気に距離を縮めて対処する間も与えず、次の瞬間には蓮斗の腹部にシオンの膝が深々とめり込んでいた。
「ぐぼぇッ!?」
「ダメですよ蓮斗さん。最初から切り札を相手に見せては」
 蓮斗の耳元でシオンが囁く。衝撃で蓮斗の身体がスローモーションのように浮き上がると同時に、シオンは高速でスピンしてスカートが翻るのも気にせず後回し蹴りを放った。長い脚に遠心力を最大限に乗せ、トップスピードで踵が蓮斗の顔面に叩きつけられた。蓮斗は悲鳴を上げる暇もなくトラックに撥ねられたように弾き飛ぶ。
 まさに瞬殺だった。
 蓮斗は十数メートル弾き飛ばされ、地面に仰向けに倒れた。十分に距離が取れたことを確認すると、シオンは女子生徒に駆け寄った。女子生徒は硬く目を閉じたまま動かない。濡れた髪が額に貼り付いているが、大きな怪我はしていないようだ。シオンが肩を貸して女子生徒を担ぎ上げようとした瞬間、腹部に噛みつかれたような衝撃が走った。同時にシオンの身体が電撃に打たれたように跳ねる。なにが起こったのかわからない。シオンは腰から下の感覚が無くなり、女子生徒を抱えたまま崩れ落ちた。視界の隅に、女子生徒が自分の腹部にスタンガンを押し付けているのが見えた。

「──あ、目が覚めた?」
 遠くで蓮斗の声がした。
 気がつくと、シオンは固いコンクリートの床に寝ていた。微かにカビの匂いも感じる。学院内のどこかの倉庫だろう。
 粘つくような水音も聞こえてくる。
 視界が徐々に鮮明になるにつれ、シオンは目の前の状況に息を呑んだ。
 倉庫には使われなくなった備品に混じって古いソファが置かれ、蓮斗はそこに足を大きく開いて座っている。そして蓮斗の足の間では、先ほど助けようとした女子生徒が一心不乱に蓮斗の男性器にしゃぶりついていた。女子生徒は背後でシオンが目を覚ましたことなど全く気にせず、派手に水音を立てながら頭を前後に揺すっている。
「な、なにをして……!」
「おっと、変な気を起こさない方が良いよ」
 立ち上がったシオンを蓮斗が手で制した。
「この子は完全に洗脳が済んでいてね。今からシオンちゃんが俺に危害を加えたら自殺するように命令してある。シオンちゃんがこの子の命なんてどうでもいいって思うんだったら、さっきみたいに俺を蹴っ飛ばしてもいいけどね」
 蓮斗が立ち上がると、じゅぽんと音を立てて女子生徒の口から男性器が抜けた。女子生徒はまるで海に宝物を落としてしまった子供のような顔をした後、恨めしそうにシオンを睨んだ。シオンも動くことができず、拳を握ったまま直立不動になる。
「そうそう、それでいいんだよ」
 蓮斗は勃起した男性器をしまうこともせず、ゆっくりとシオンの背後に回った。背後からシオンの首筋を舐め上げ、露出した腹部を撫でる。撫でられた箇所からピリピリと軽い電流が駆け上がるような不思議な感触があった。
「名前も知らない女なんて気にしなきゃいいのに、優しいんだねシオンちゃんは。あれはもはや自分の意志の無い奴隷さ。繰り返し人妖達が作った媚薬を打っているから、もう元には戻らないよ」
 蓮斗が背後からシオンの大きな胸を餅を捏ねるように揉みしだいた。かなりの巨乳だが弾力と張りがあり、蓮斗の指を心地よく押し返す。蓮斗はますます硬くなった男性器をシオンの尻に押し付けた。
「……最低ですね。それに『人妖達が開発した』って……」
「そう、俺は人妖じゃない。あいつらに協力して甘い汁を啜っているただの人間さ」
 布ごしに固くなってきた乳首を摘むと、シオンの食いしばった歯の隙間から声が漏れた。自分の意に反し、徐々に身体の奥が熱くなってくるのを感じる。好意を抱いていないどころか、こんな下衆な男に身体を弄られているというのに不思議と嫌悪感が少ない。何かがおかしいとシオンが思った瞬間、蓮斗はいきなりシオンの顎を掴んで背後を向かせると、強引に唇を吸った。
「んむうッ?!」
 突然のことにシオンが目を見開く。強引に舌を吸われ、甘噛されるのを抵抗なく受け入れた。
「ぎこちないなぁ、もっと舌出せよ」
 囁くような蓮斗の声に、シオンは小さく口を開いて舌を出した。はっと気がついた時には再び蓮斗の舌がシオンの口内に侵入して、蛇のように舌の裏側や口蓋を嬲った。初めてのキスがこんな男に……と思ったが、心とは裏腹に興奮を覚えていることも確かだった。シオンはようやく顔を背けて蓮斗の口を強引に離した。肩で息をしながら、上気した顔で蓮斗を睨む。
「よし、だいぶ効いてきたみたいだな」と、蓮斗が言った。「シオンちゃんが寝ているうちに、そこの女と同じ特製の媚薬を注射させてもらったのさ。本当は少し楽しんだ後にシオンちゃんは人妖共に渡さなきゃいけないんだけど、気が変わった。あれだけ強かったら人妖相手でも勝てるだろうし、なにより最高のオナホになりそうだ。ガンガン薬使って俺の奴隷にしてやるよ」
「なっ?!」
 シオンが蓮斗の腕を振り解いた瞬間、腹部に衝撃が走った。胃が強制的に収縮したことを感じ、「ぐぷッ……」と口から空気が漏れる。恐る恐る衝撃のあった自分の腹部を見ると、蓮斗の拳が完全に隠れるほど自分の剥き出しの腹にめり込んでいた。
「な……? ぐぶッ!?」
 生腹を殴られたことを自覚し、時間差で苦痛が脳に伝達する。しかし、同時にゾクゾクとした快感も下腹部のあたりから迫り上がっていた。
「んぐぅぅぅッ?!」
 シオンが叫び声を抑えるように両手で口をおさえたまま、脊椎を駆け上がる苦痛と快楽に耐えた。苦痛と快楽という正反対の感覚が濁流のように脳を満たし、未知の感覚と混乱でビクビクと身体が震える。シオンの混乱を尻目に再び蓮斗は拳を引き絞り、まだ腹の凹みが戻らないシオンの生腹を突き上げた。
「ゔぶぇッ?! がッ……ああああッ!」
 不意打ちのような状態で背中が盛り上がるほどの衝撃を受け、シオンの大きく開けた口から唾液がほとばしる。しかし強烈な快感も同時に脊椎を駆け上がり、シオンは思わず仰け反った。
「気持ち良いだろ? あの媚薬は催淫と同時に、腹パンされるとオーガスムと同じ快感を得られるようになる。つまり今のシオンちゃんは、腹パンされるとチンポ突っ込まれた時と同じ快感を感じる変態になっちゃったってこと」
 蓮斗は連続してシオンの華奢な腹を殴った。シオンは本能が快楽を求めるためか、ガードはおろか腹筋を固めることもせず蓮斗の拳を受け入れる。シオンはやがて四角いコンクリート製の柱にまで追い詰められ、これ以上後退できない状態で腹に連打を浴びた。
「ゔあッ……! うぶッ!? ゔぐぇッ! おぐッ?! ゔッ?! ああああッ!」
「おい、誰が倒れていいって言ったよ? 俺がまだ満足してないのに勝手にイクんじゃねぇ」
 蓮斗はズルズルと尻餅をつきそうになるシオンのトップスを掴んで強引に立たせると、ずぶりとシオンの腹に拳を埋めた。
「ゔッ?!」
 白い肌がゴツゴツした拳で痛々しく陥没し、シオンの身体がくの字に折れた。腹に埋まっている蓮斗の腕にシオンの巨乳が触れる。
「倒れるなよ? 一人でヨガってんじゃねぇぞ変態が」
 蓮斗はシオンの腹に埋まったままの拳を抜かず、そのままキリのように捻って押し込んだ。胃を潰され、シオンから「ぎゅぶぇッ?!」という聞いたことのないような悲鳴が漏れる。蓮斗は構わずシオンの胃や腸を捻り、鳩尾部分まで突き上げるようにして体内を掻き回した。経験したことのない苦痛に加え、快楽も先ほどとは性質の違う強烈なものが駆け上がってくる。シオンは大粒の涙を流したまま、悲鳴とも嬌声ともつかない声を上げながら蓮斗の責め苦に身を任せた。
 蓮斗が「おい」と声を上げると、それまで床に座り込んでいた女子生徒がバネのように立ち上がった。蓮斗が目配せし、顎をしゃくる。女子生徒は鞄からロープのついた手錠を取り出し、慣れた手つきでシオンの手首を柱を巻き込むようにして後ろ手に拘束した。おそらく過去に何回もやらされているのだろう。蓮斗はシオンに見せつけるようにして両手にメリケンサックを嵌めた。
「そろそろ本番だ。ピストンしてやるよ」
 ぐりゅっ……とゴツい音を立てて、シオンの生腹にメリケンサックを付けた蓮斗の拳が埋まった。「ゔぶッ?!」とシオンは口を窄めたまま悲鳴をあげる。綺麗な緑色の瞳が点のように収縮した。ズンッ! ズンッ! ズンッ! ズンッ! ズンッ! ズンッ! と、今までの生腹を打つ音とは明らかに違う重い音が倉庫内に響いた。
「あぐッ! うぶッ! ぶぐッ! ゔッ! ごぶッ! ごえッ! ぐあッ!?」
「おら、ガン突きしてやるよ。ピストン気持ちいいだろ? まだ倒れるんじゃねぇぞ」
 サンドバッグのように腹部をめちゃくちゃに殴られ、しかも一発一発が先程の比ではないほどの苦痛をシオンに与えている。そして苦痛の増幅に比例して快楽も増幅されていった。
「あぶッ?! ゔああああッ! あぐッ!? ああああああああッ!」
 シオンは自分が叫んでいることすら認識しないほど絶叫した。強烈な苦痛と快楽の濁流で脳の処理能力が飽和に達し、頭がおかしくなるほどの感覚をただの叫びとして放出するしかなかった。瞳は半分以上が瞼の裏に隠れ、大口を開けてだらしなく伸ばした舌から唾液が噴き出すことも構わず叫び続けた。
「ひっでぇ顔。普段済ましてるくせに腹パンされてイキまくりやがって。そのアヘ顔撮影して学校中に貼り出してやろうか?」
 痴女のような際どいメイド服を着た巨乳の金髪少女が、薄暗い倉庫の柱に後ろ手に拘束されて、男に生腹を何発も殴られて絶頂している──。普段の凜としたシオンを知る者がこの痴態を見たら頭を抱えて卒倒するだろう。
 蓮斗はへそのあたりからやや下腹部の子宮あたりに狙いを変えた。「ぶぎゅッ?!」とシオンの反応も変わる。違う快楽が駆け上がったのか、シオンは前屈みになって崩れ落ちそうになるのを蓮斗がトップスを掴んで引き上げた。
「なんだここがイイのか? え? ここか? ここが気持ち良いのか? おい? ここが弱いのか?」
 蓮斗は連続してシオンの子宮のあたりに膝を打ち込んだ。筋肉が少なく柔らかい下腹部が痛々しく陥没し、シオンは完全に白目を剥いて叫んだ。苦痛と快楽でもうわけがわからなくなっているのだろう。シオンの痴態に蓮斗の男根も痛々しく勃起している。
 蓮斗は狙いを変え、シオンの鳩尾に貫手を放った。ずぶりと指先が鳩尾に埋まり、シオンの身体がびくりと跳ねる。蓮斗はそのまま手首を捻り、抉るようにシオンの鳩尾を責めた。
「ひゅぐッ?!」
 急所を突かれ、シオンの身体が大きく跳ねる。シオンは汗と涙と涎で顔をぐちゃぐちゃにしたまま、意識が途切れて全身が弛緩した。蓮斗はがくりと落ちたシオンの頭を覗き込む。
「最高だ……絶対人妖なんかに渡さねぇぞ……」
 蓮斗はシオンの頬を伝う涙を舌で舐め上げると、ゆっくりと腹を撫でた。最上のシープスキン以上に柔らかく滑らかでキメの細かい肌だった。汗ばんだ生腹の中は散々殴られたために内臓や腹筋が痙攣し、グルグルと音を立てて蠢いている。シオンは眉間に深く皺を寄せて「んっ……」と呻いた。まだ苦痛と快感を感じているのだろう。腹を撫でながら、蓮斗はシオンのトップスの中に手を入れて直接胸を弄(まさぐ)る。出来立てのマシュマロのようなシオンの胸は、今まで何人も女性と関係を持ってきた蓮斗をして、この世にこれほど柔らかく滑らかなものがあったのかと思うほど感動する手触りだった。中心の固い突起は胸の大きさに比べて控えめであり、むしろ品の良さまで感じるほどだった。
「っあ……んっ……」
 苦痛の無い純粋な性的刺激で、シオンは失神したまま微かに声を漏らした。蓮斗は腹や胸を堪能した後、ふたたびシオンの腹に拳を埋めた。
「うっ……ぐっ……うぐっ……」と、シオンは目を閉じたまま声を漏らす。意識がある時ほどの派手な悲鳴は上げず、むしろ快楽の方が勝っているように見えた。失神したシオンを俯かせたまま、蓮斗はサンドバッグのようにシオンの腹を連続で殴った。
「うっ……うぁっ……んふっ……んぅっ……んふぅッ……」
 シオンの腹は完全に弛緩し、まるでつきたての餅を殴っているような感覚だった。失神したまま喘ぐような声を発し、涙を流して身体をよじる。「えうっ……!」とシオンの身体がびくりと跳ね、透明な胃液が口から溢れた。まるで快感から逃げようとするような様子に、蓮斗はさらに興奮を高めていった。弛緩したシオンの腹に手を埋め、内部を楽しむように掻き回す。シオンは眉間に皺を寄せながらも、愛撫を受けているように吐息を声を漏らした。
「くそッ……! 限界だ……」と蓮斗は歯を食いしばりながら言った。男の理想を現実にしたような女が自分の欲望を全て受けてとめ、腹を責められながら喘いでいる。蓮斗の露出した男性器は限界まで昂っており、風が触れた程度ですぐに射精してしまいそうなほど達している。
 蓮斗はシオンの胃を掴むと、強引に鷲掴みにした。「んぶぅッ?!」とシオンは一瞬目を見開く。窄めた口から胃液が弧を描いた。蓮斗はシオンのスカートをずり下げ、下腹部を露出させると鼠蹊部の間の子宮を目掛けて拳を打ち込んだ。
「んおおおおおッ?!」
 子宮や卵巣に与えられた衝撃は、強烈な快感と苦痛となってシオンの脊髄を駆け上がる。女性として最重要な器官を責められ、シオンは一気に現実に引き戻された。シオンはゆっくりと下腹部に視線を落とす。蓮斗のゴツい拳がまるでレイプするようにシオンの滑らかな下腹部に手首まで埋まっていた。認識した瞬間、さらに強烈な快感と苦痛が子宮から全身に広がった。脳内にバチバチと電気的な刺激が走り、歯を食いしばって叫ぶのを堪えたままビクビクと痙攣する。その様子を見た蓮斗は唾液を飲み込むのも忘れ、シオンの子宮にさらに強烈な一撃を埋めた。
「あがあああああああッ!!」
 とどめていた理性が決壊し、シオンは叫び声を上げて絶頂した。白目に近いほど瞳が裏返り、だらしなく舌を出した先から唾液が糸を引いて突き出た胸に垂れる。拘束している紐が緩んだのか、シオンは腰が抜けたようにその場に座り込んだ。限界は蓮斗も同じだった。座り込んだシオンの視線の先に天井を向いて反り返る蓮斗の男根がある。シオンがそれを直視した瞬間、蓮斗はシオンの頭を掴んで半開きになったシオンの口に強引に男根をねじ込んだ。
「むぐッ?! んんんんんッ?!」
 勃起した男性器を口内に無理矢理ねじ込まれるという今までの人生で想像すらしてこなかった行為に、シオンは涙を流したまま蓮斗の顔を見上げた。だがそれは蓮斗の興奮をさらに高めるだけだった。
「ああクソッ! もう出るッ!」
 ただ咥えさせただけで、蓮斗の男根は暴発した。溜まりに溜まった精液のマグマが高圧で尿道を駆け上がり、壊れた水道のようにシオンの口内に噴き出した。
「んぶうッ?! むぐぅぅぅぅぅッ!? 」
 突然熱い粘液が口内に溢れ、シオンは目を見開いた。必死に首を振って蓮斗から逃れようとするが、蓮斗はシオンの頭を掴んで逃がさない。蓮斗は強すぎる快感に腰が抜けるのを必死に堪え、歯を食いしばって失神しないように耐えた。
 長い放出が終わり、ずるりとシオンの口から男根が抜かれる。シオンは出された精液で頬を風船のように膨らませたまま、大粒の涙を流しながらどうしていいのかわからず蓮斗を見上げて震えている。大量に口内射精されたまま座り込んで許しを乞うようなシオンの姿に、蓮斗の男根は瞬く間に硬度を取り戻した。
「全部飲め。せっかく出してやったんだから吐き出すなよ?」
「んぶッ……んぐッ……ごきゅッ……ごきゅッ……ぷはッ……はぁ……はぁ……」
 ぼうっとした頭でシオンは素直に従った。
 喉を鳴らして精液を飲み干した後、きちんと飲んだことを示すように小さく舌を出す。舌や唇、頬には白濁した粘液の残滓が残っていた。蓮斗の背中を加虐心が駆け上がる。
「……エロ過ぎだろお前? 俺の精液は美味かったか? 他の男と比べてどうだったんだよ?」
「わ……わか……りません……変な……味で……」
 夢を見ているような様子でシオンが答えた。その視線は再び反り返っている蓮斗の男性器に釘付けになっている。女性としての本能なのか、熱い息を吐きながら、とろけるような視線を送っていた。
「あ? わかんねえわけねぇだろ? 物欲しそうに俺のチンポ見つめやがってこのドスケベメイドが。ほら、メイドらしく射精してくれたチンポに感謝のご奉仕をしろ。まだ尿道に精液が残ってるだろ」
 蓮斗はシオンの手錠を外すと、シオンの眼前に腰をぐいと突き出した。シオンは蓮斗の腰に手を当てたまま、困惑したような表情で蓮斗を見上げている。早くしろと言いながら蓮斗はさらに腰を突き出したが、シオンはどうしていいのかわからない様子で恐る恐る男根を触った。
「……お前、まさか本当に処女なのか?」
 蓮斗が低い声で笑った。凄まじい征服感が麻薬のように脳内に噴き出している。
「しかたねぇな。じゃあまずはそのスケベな胸の使い方を教えてやるよ。どうやったら男が悦ぶかをな──」
 蓮斗の指示でシオンはおずおずと胸を持ち上げて、トップスの下の隙間から蓮斗の男根を胸の谷間に挟み込んだ。暖めたゼリーを詰めたマシュマロに包み込まれるような感触に、蓮斗は「おおおッ?!」と叫びながら仰け反る。シオンは恐る恐ると言った様子で眉をハの字にしながら蓮斗を見上げているが、その乳圧は凶悪そのもので油断したら一瞬で射精してしまいそうなほどの快感だった。
 蓮斗が命じると、シオンは拙いながらもゆっくりと蓮斗の男根を挟んだまま胸を上下に動かした。シオンの吸い付くような肌が蓮斗の男根の根元から先端までを隙間なく擦り上げ、蓮斗はシオンに悟られないように歯を食いしばったまま強烈すぎる快感に耐えた。
(これ……本当は好きな人にしてあげることなんですよね……?)
 敵であるこの男に自分はいったい何をしているのだと心の底で思ってはいても、強力な催淫剤と本能が男性に射精を促すように動いてしまう。
 シオンはコツを覚えはじめたのか、次第に上下運動がリズミカルになっていく。ぐっちゅ、ぐっちゅ、ぐっちゅ、ぐっちゅ、と粘つくような水音がシオンの胸の谷間から響き、蓮斗の先走りとシオンの汗が混ざり合って潤滑油となり更に快感の度合いを高めていった。
「ぐッ……?! クソッ……もう出るッ!!」
 どくん……と強く男根が脈打ち、シオンの谷間に大量の精液が溢れた。
「あっ……やぁッ?!」
 シオンは粘液が胸の間に広がる感覚に嫌悪感を覚え、谷間からわずかに噴き出した精液に顔を背けた。
「おら、なに逃げてんだよ? お前がそのスケベな胸使って俺に出させたんだからな。責任持って全部舐めろ」
「うっ……うぅ……」
 シオンは微かに抗議の混じった視線を送るものの、おずおずと舌を伸ばして鎖骨と胸の間に溢れた精液を掬い取った。わずかに顔を出している男根の先端も舌先でくすぐり、尿道に残っているものも吸い出していく。射精後の敏感な鈴口を責められ、蓮斗はシオンに悟られないように腰を浮かせた。

「よし、立て。壁に背中を付けろ」
 蓮斗は肩で息をしながらシオンに命じた。
 シオンはまるで輪姦された後のように胸や顔を精液で汚されたまま夢を見ているような恍惚とした様子で立ち上がり、命じられた通りに壁に背中を付けた。蓮斗はシオンを支えるように股の間に膝を入れる。湯煎して溶けたゼリーのような感触が太ももに伝わってきて、蓮斗は自分でも驚くほどの量を射精したにもかかわらず男根に血液が集まるのを感じた。
 蓮斗は恋人にするようにシオンの大きな胸を両手で転がした。シオンは催淫剤が回って思考が鈍化しているのか、身体を捩って快楽に身を任せている。「んっ……ぅあ……んぅっ……」と、シオンは悩ましげな表情を浮かべながら吐息を漏らした。蓮斗がシオンの唇を吸うと、シオンも遠慮がちに舌を絡める。蓮斗の太ももに当たる温度はますます上がり、シオンの感じている快楽が蓮斗にも伝わってくる。
 蓮斗はシオンのトップスに手をかけ、一気に引きちぎった。ぶるん、という音が聞こえてきそうな勢いで締め付けられていたシオンの胸が解放され、大きく揺れる。
「あっ……? やあッ?!」
 一瞬正気に戻ったのか、シオンは両手で胸を隠した。蓮斗はそれを待っていたかのように、油断しきったシオンの腹に強烈な一撃を食らわせた。蓮斗の拳は背骨に届きそうなほど深くシオンの生腹に埋まり、シオンは「ゔっぶ?!」と呻きながら大きく目を見開いた。衝撃で指が食い込むほど自分の胸を鷲掴みにしている。蓮斗はシオンの腹に埋まっている拳を抜かず、もう一方の拳をシオンの鳩尾に打ち込んだ。
「ひゅぐッ?!」
 ビクン、とシオンの身体が跳ねた。そのまま身体が硬直し、窒息した金魚のように口をパクパクと動かすと、がっくりと頭を落として失神した。蓮斗がシオンを支えていた両方の拳を抜くと、拳が埋まっていた箇所がクレーターのように陥没していた。
 げぷっ……という音と共にシオンの口から大量に飲まされた精液が逆流する。シオンは支えを失い、青白い顔をしたまま床に膝を着いて、そのまま倒れ込んだ。蓮斗はシオンの肩を蹴って仰向けにすると、胸の上に座るように腰を落として男根を扱いた。今まで大量に放出したにもかかわらず、蓮斗はさらに大量の精液をシオンの青白い顔に放った。シオンは一瞬顔をしかめたが、目を覚ますことなく大量の射精を顔に浴びた。
「くそッ……腰に力が入らねぇ。サキュバスかよこいつ……。絶対に人妖には渡さねぇ」
 蓮斗はふらふらになりながら難儀して立ち上がると、スマートフォンで失神しているシオンを写真に収めた。壁に手をついて支えながら倉庫の出口に向かうと、視界の隅に女子生徒の姿が入った。女子生徒は絶望したような表情を浮かべて、蓮斗をじっと見つめながら胸や股間を弄っている。
「なんだお前、まだいたのかよ? しかもオナってたのか?」と、蓮斗は心の底から嘲笑するように言った。「もうお前用済みだわ。どこへでも行っちまえ。二度と俺の前に姿見せんじゃねぇぞ」
「え……? そ……んな……。その女を捕まえるのに協力すれば、この後たくさんご褒美くれるって……」
「うるせぇな。見りゃわかんだろ」と言って、蓮斗は振り返ってシオンを一瞥した。「お前じゃもう勃たねぇって言ってんだよ」
「ま……待ってください! 私、蓮斗さんがいないと生きていけません! どんなことでもしますから!」
「あ? 知らねぇよ。ゴミが騒いでんじゃねぇぞ。生きてけないならどこか見えない所で死んどけ」
 蓮斗が出ていくと、倉庫内は水を打ったように静まり返った。
 女子生徒は能面を被ったように表情を無くしてしばらく硬直していたが、やがて這うようにしてシオンに近づくと、胸や顔にへばりついた蓮斗の精液をじゅるじゅると音を立てて啜り始めた。空いた手で自分の性器をぐちゅぐちゅと乱暴に弄りながら、まるで妖怪のような必死の形相で蓮斗の精液を舐める。
 青ざめた表情で失神しているシオンの顔は、女性の自分が見ても心底美しいと思えた。それがなおさら彼女を腹立たせた。
「ふざけんなよ……どうやったらこんな風に生まれてくるんだよ……」
 女子生徒はシオンの口内に強引に舌をねじ込んで胃液混じりの精液を啜り、剥き出しになった胸を鷲掴みにした。乳首も捩じ切れる勢いで摘み、青痣のできている腹を乱暴に弄る。シオンは苦痛と快感を感じているのか、眉間に皺を寄せながら悩ましげな吐息を漏らした。その様子に女子生徒は頭の中で糸の切れる音が聞こえた気がした。握りしめた拳を力任せにシオンの腹部に叩きつける。
「ぶぐうッ?!」と、シオンは悲鳴を上げながら一瞬で覚醒した。シオンの視覚に入ったものは、鬼の形相で鉄槌を振り上げている女子生徒の顔だった。
「んぐッ?! ぐぇッ!? うぐッ! ぐぶぅッ!」
 女子生徒は女性とは思えない力で憎しみを込めた鉄槌を振り下ろす。シオンは最初こそ苦悶の表情を浮かべていたが、薬剤の効果で徐々に快楽の色が浮かび始めた。
「てめぇなに感じてんだよ!? 蓮斗さんの腹パンセックス受けていいのは私だけだろうが!」
 女子生徒は杭を打つようにシオンの腹に拳を叩きつけ、中指を臍に刺して乱暴に掻き回した。シオンはその度に叫び声を上げて悶える。
「この下品な乳で何人の男誘惑したんだよ?! カマトトぶりながら媚びたパイズリなんかしやがって! そんなに男に媚び売りてぇのかよこの淫売!」
 シオンは首を振りながら両手を前に出して微かに抵抗するも、正気を失っている女子生徒には何の意味の成さず更に怒りを買うだけだった。女子生徒は千切れるほどの勢いでシオンの胸を掴み、生腹に拳を叩きつけ、脇腹を蹴り、ジャンプして膝をシオンの腹に落とした。シオンはその度に激しく嘔吐し、女子生徒はシオンが吐き出した精液混じりの胃液を啜った。呼吸困難になりながら嘔吐している最中も女子生徒の攻撃は止まず、シオンはエビのように背中を丸めたまま悶えた。シオンはやがて吐くものがなくなり、白目を剥いたまま透明な胃液が自分の意思に反して逆流することに身を任せた。
「んッ?! んんんんんんんーッ!」
 女子生徒の絶叫が倉庫内にこだまする。
 シオンと蓮斗の体液を舐めながら、女子生徒は何度目かの絶頂に達した。ようやく満足したのか、シオンの身体に覆いかぶさるようにして絶頂の余韻にぐったりと肩を上下させている。やがてゆらりと起き上がると、蓮斗の名を譫言のように呟きながらボロボロの状態で気絶しているシオンを気にも留めずに倉庫から出ていった。

スクリーンショット 2022-03-27 21.06.25


 首都高からでも、アナスタシア聖書学院の礼拝堂が空を焼く灯がかすかに見えた。
 ノイズはそれを横目に見ながら、車内のインターコムを使って数人の相手と連絡をとった。アナスタシア聖書学院に残った者からは、美樹が凍るような表情でバイクを駆って行ったと報告が入った。その他の細かい準備も順調に進んでいるようだ。
 何よりだ。世界は順調に崩壊と再構築に向かっている。
 ラジオをつけてみると、世の中は相変わらず混乱していた。三神が人妖の存在を明るみにして以来、疑心暗鬼による傷害事件や殺人事件が増えていた。小規模な略奪も発生しており、店舗に営業時間を短縮するよう政府が求めていた。その裏番組では若手の芸能人が呑気に高校生の恋愛相談に応じていた。誰も自分が当事者になるなんて想像すらしていない。だからこそ気がついた時にはもう遅いのだ。
 ノイズはあらかた指示を出し終えると、深く息を吐いて包み込まれるようなシートに身体を預けた。
 とろけるようなレザーシートの感触が心地良い。
 あと三日だ。
 あと三日で世界が変わる。
 シオンが人間以上の存在だと、ようやく世界が認めるようになる。
 ノイズが口角を上げた瞬間、突然激しい頭痛に襲われた。まるで脳の中心に無数の針が出現したような痛みだった。ノイズはシートから跳ね起きて、両手で頭を抱えてうずくまる。運転手と助手席に座る秘書はすぐに異変に気がついた。見かねた運転手が車を止めるか聞いてきたが、ノイズは必要ないと吐き捨てるように言った。 
「……シオン?」と、自分の意図に反して口が動いた。
 いや、あり得ない。シオンが私を認識することはないはずだとノイズは思った。シオンが私を認識するということは、お父様の死をシオン自身が認識するということだ。それだけは何があっても避けなければならないし、そうならないように、あの日、精神科医を脅してシオン側からは不可侵の壁を築かせたではないか。シオンは私を知らない。そしてお父様の死は私が全て持っていく。だからこの頭痛は、決して親友の美樹に対して行った自分の仕打ちに、シオンが抗議しているわけではない。
 潮が引くように頭痛が消えて行ったと思ったら、今度は胃を締め上げられるような感覚があり、ノイズは目を見開いて反射的に口を抑えた。
 胃の中は空っぽのはずなのに、胃そのものが喉から飛び出してきそうな激しい吐き気だ。
 前席からの視線に気がつき、ノイズは手探りでアームレストのスイッチを押して前席との間のパーテーションガラスを不透明にした。
 運転席との通信も切れ、エンジン音すら聞こえないほどの静寂に包まれる。
 しばらく彫像のように動かないでいると、発作の嵐が去ったのか徐々に感覚が戻ってきた。額と口元を押さえていたレースの手袋が脂汗でぐっしょりと濡れている。
 時間が無いのかもしれない。
 もし自分が主人格のうちに消滅してしまったら、シオンの人格はどうなるのだろうとノイズは思った。都合よくシオンが目覚めてくれればいいが、もし目覚めなかったとしたら人格の無い空の器になってしまう。それだけはダメだ。
 ノイズは初めて恐怖を覚えた。
 あと三日……三日で全てを終わらせなければならない。世界も、自分も。

 豚はシャワーを浴び終えると、鼻歌を歌いながらゲランの香水を首筋と股間に吹きかけた。
 深紅の絨毯が敷き詰められた広い室内を全裸で横切りながら、腹や胸の肉の間に残った汗をタオルで拭いている。部屋の隅には三毛猫柄のマイクロビキニを身につけた年端も行かない少女が控えていて、豚のためにペリエをグラスに注いだ。豚はそれを一息で飲み干すと中央の朝比奈を一瞥した。
「ブランデーや葉巻でも嗜めば格好がつくのだろうが、あいにく私は自ら進んで毒物を体内に入れるマゾ的な趣味は持ち合わせていなくてね。酒やタバコなんぞをやる奴は自殺願望があるか、それとも致命的なバカのどちらかに違いない。そうは思わないかね?」
 豚の粘つくような視線を朝比奈が睨み返す。
「まぁそう睨まずに再会を喜ぼうじゃないか。どうかくつろいでおくれ。ここは私が趣味で持っているラブホテルで、この部屋は私専用のプレイルームだ。何棟か他にも持っているが、ここが一番気に入っている。もちろん間違っても従業員や部外者が勝手に入ってくることはない。ああ、この子のことは人間と思わなくていい。『ティッシュ』みたいなものだ」と言うと、豚がビキニ姿の少女の頭をぽんぽんと叩いた。少女は豚に触られると発情したような表情になった。
 室内の照明はダウンライトのみで薄暗い。奥に設置されたキングサイズのベッドには黒いシルクの寝具で完璧なベッドメイクが施されている。そして部屋の中央には場違いなほど本格的なサンドバッグが置かれ、朝比奈はそこにロープで拘束されていた。
 さてとと言いながら豚が朝比奈に近づくと、バトルスーツに包まれた朝比奈の身体を舐めるように見回した。全裸なので男性器が限界まで勃起していることがわかり、朝比奈はたまらず目を逸らした。
「今まで神はいないと思っていたが、どうやらノイズ様がそうであったらしい。こうして二度も朝比奈ちゃんと巡り合わせてくれたのだからね」
 ぐいと近づけた豚の顔に、朝比奈が唾を吐いた。豚は満面の笑みで顔についた唾液を舐め取ると、朝比奈の腹に鈍器のような拳を埋める。数十キロはあるかというサンドバッグが大きく跳ねた。豚の拳に挟まれた朝比奈の身体がくの字に折れる。
「うっぶぇあ゙ッ?!」
 朝比奈の華奢な身体に鈍器のような腕が痛々しく埋まり、苦痛に目と口が大きく見開かれた。
「おっと、少し強かったかな? すぐに壊さないように注意しないと長く楽しめないからねぇ」
 朝比奈は激しく咳き込みながらも、気丈に豚を睨み上げる。
「げほっ……卑怯者。女の子一人拘束して、恥ずかしくないんですか?」
「卑怯? 勘違いしてはいけないよ朝比奈ちゃん。卑怯とは勝負に勝つために汚い手を使うことだ。これは勝負ではない。朝比奈ちゃんをサンドバッグにして一方的に蹂躙したいという私の欲望を満たしたいだけだ。頑張って私にご奉仕して気持ちよくしておくれ」
 豚は腕を引き絞り、朝比奈のへそのあたりの腹部に鈍器のような拳をぶち込んだ。当然防御など出来るはずがない。どっぶ……という聞いたこともないような重い音が響き、朝比奈を括り付けたサンドバッグがくの字に折れる。もちろん豚の拳とサンドバッグの間に挟まれた朝比奈の腹部は大きく陥没し、逃げ場の無いダメージが容赦無く朝比奈の小さな体を襲った。
「ゔぶぇッ?! お……うぐぇああああああああ!!!」
 普段のしゃんとした朝比奈からは想像できないような濁った悲鳴が反響した。たった一撃で朝比奈の瞳は点のように収縮し、限界まで開いた口から大量の唾液が飛び散った。
「力の加減が難しいな。ノイズ様の薬を飲んでから身体に力が漲りすぎてね。華奢な朝比奈ちゃんのお腹に合わせて、少し軽くしてあげよう」
 ずぷん……と朝比奈の下腹部に拳が埋まる。「ゔッ?!」と朝比奈の口から搾り出すような悲鳴が漏れ、サンドバッグが振り子のように大きく振れた。そして戻ってくる勢いを生かして豚が朝比奈の鳩尾を貫く。ぼんっ、という音と共に、朝比奈の鳩尾が陥没した。
「おぎゅぅッ?!」
 身体の中心が破壊されたような感覚があり、朝比奈の意識が飛んだ。かくんと頭が落ちそうになる朝比奈の髪の毛を豚が掴む。
「ダメだよ朝比奈ちゃん。ちゃんとエッチな顔を見せてくれないと」
 豚が強制的に持ち上げた朝比奈の顔を覗き込んだ。朝比奈は朦朧とする意識の中で唾液を垂らしながらも、まだ豚を睨んでいる。
「良い顔だねぇ。これは私の経験だが、お腹を殴られた時の顔はセックスで絶頂してる時の顔と同じだ。朝比奈ちゃんはどんな顔でイっちゃうのかよく見せておくれ」
 朝比奈の顔を上げさせたまま、豚が重い拳の連打を朝比奈の腹に埋めた。ズンッ! ズンッ! ズンッ! ズンッ! ズンッ! ズンッ! と衝撃が響くたびに、苦痛に歪んだ朝比奈の顔が豚の前に晒される。
「ぐぷッ! ぐぇッ! ごぇあッ! ゔッ! ゔぁッ! ごぶッ!」
「んーいいね。なるほど、朝比奈ちゃんはこんな顔でイっちゃうんだねぇ。普段の澄ました顔とは大違いだ。後でレイプして確かめるのが楽しみだよ」
「げぼッ……ゔッ!? うぐぇッ! おぐッ!」
 腹を殴られるたびに、朝比奈のバトルスーツが激しく引き攣れて陥没した。朝比奈の痛々しい悲鳴が部屋に響くが、豚は朝比奈の感じている苦痛など意に介さず、まるでおもちゃを弄ぶように朝比奈の腹を殴ち続けた。大きな肉ダルマのような豚が小柄な朝比奈をサンドバッグに拘束して、抵抗はおろか防御すら不能にした状態で腹を殴り続けるという、常人であれば目を背けたくなるような光景が目の前に広がっている。だが止める者は誰もいない。朝比奈は文字通りサンドバッグのように、ただ豚の攻撃を受け入れるしかなかった。
 豚はフルコースの料理を楽しむように、的確に殴り方を変えた。
 ズンッ! ズンッ! ズンッ! と下腹部、腹、鳩尾と連続して殴ったと思ったら、脇腹を殴り、再び腹に拳を埋めると数十秒抜かないようにした。
 的確な残酷さで与えられる苦痛に朝比奈も様々な悲鳴を上げ、ただ無様に苦しむ顔を豚に晒すしかなかった。そしてその顔を見て豚はさらに興奮した。
「最高だよ朝比奈ちゃん。こんなに興奮したのは久し振りだ。スノウちゃんとどっちが具合が良いか、確かめるのが楽しみだよ」
「げぼっ……く……くた……ばれ……ッ……!」
 気丈に返す朝比奈に、豚は満面の笑みを浮かべた。バトルスーツの下腹部のあたりを掴むと、そのまま強引に引っ張る。かなりの伸縮性のある生地で豚の力を持ってしても容易には引きちぎれない。
「なるほど、衝撃吸収スーツだとは聞いていたがここまで高性能だとはな」と言いながら、豚はさらに力を込める。
 とうとう生地が耐えきれなくなり、引き攣れるような音を立てて腹部のあたりが大きく破り取られた。朝比奈の顔に今まで以上に絶望感が濃く浮き上がる。
 豚が朝比奈の生腹に狙いを定めて拳を埋めると、どぷん……という重い音が響いた。スーツ越しに殴っていた時とは明らかに違う水っぽい音だ。
 そしてその一撃で、朝比奈の瞳がグリンと裏返った。
「えぐぁッ?!」
 叫ぶような悲鳴が朝比奈の喉から漏れた。明らかに感じているダメージが今までの比ではない。豚は壊さないように注意しながら、容赦のない攻撃を続けた。
「おぶッ?! ごぇッ?! ぐぇあぁッ!」
 朝比奈は白目を剥きながら舌を限界まで伸ばし、苦痛に歪む無様な顔を豚に晒している。何も守るものが無くなった生腹に豚のゴツゴツとした拳が埋まるたび、電気ショックを受けたように朝比奈の身体が跳ねた。
「ええぃクソッ!」  豚が控えていたビキニ姿の少女の髪を掴み、雑巾のような扱いで自分の男根を少女の口に捩じ込んだ。
「むぐッ?! んんんんッ?!」
 少女は突然の衝撃に目を見開き、自分を支配している豚を上目遣いで見る。豚の男根を咥えている時は絶対に豚の顔を見るように教え込まれているのだ。
 豚は両手で少女の頭と顎を挟むように持つと、少女の後頭部を男根で貫通させるような勢いで激しく前後に揺すった。喉奥を顎が外れそうな極太で突かれ、少女の口からは地獄のような嗚咽と悲鳴が漏れるが、豚は意に介さずに恍惚とした表情を浮かべた。やがて歯を食いしばったまま呻くと、常人の男性の数回分はあるほどの量の白濁液を放った。
「ごぼッ?! んぶッ?! ごぶぇッ?!」
 少女の口や鼻から白濁液が逆流するが、豚はさらに少女の顔を自分の腹に押し付けた。食道までねじ込んだ男根から直接胃に粘液を吐かれ、呼吸もままならない少女はすぐに白目を剥いて痙攣し始める。
「ふぅぅぅぅぅ……あぁ……出る出る出る……」
 死にそうな少女の顔とは対称的に豚は恍惚の笑みを浮かべた。長い放出が終わると、失神した少女の髪を掴んでゴミのように床に投げ捨てた。そのまま腹を蹴飛ばして部屋の隅に転がす。少女は失神したまま口から噴水のように白濁液を吐き出した。  朝比奈も項垂れたまま意識が飛びかけているようだ。
 豚は朝比奈の鳩尾を軽く弾いた。
「ひゅぐッ?! ぐぁッ!」
 電気ショックを受けたように朝比奈の身体が跳ねる。そして目の前の豚の顔を見ると、さっと顔から血の気が引いた。
「ダメだよ朝比奈ちゃん。夜は長いんだから勝手に居眠りなんかしちゃあ……」と、豚が朝比奈の耳元で囁くように言った。「それじゃあ早速、第二ラウンドといこうか?」


鷹宮美樹の新規ビジュアルを追加しました。
ノイズの新ビジュアルも制作中でのすので、完成したら公開させていただきます。


美樹のコピー


ビジュアル2のコピー

45645646


 建物の三階分はあろうかという吹き抜けの天蓋から、ステンドグラスを通した月明かりが虹色の影を落としている。
 等間隔に並んだ長椅子のうちのひとつで美樹は目を覚ました。
 正面にキリストの磔像がある。
 場所はすぐに把握できた。
 アナスタシア聖書学院の礼拝堂。美樹にとって馴染み深い場所だ。日曜礼拝にはよくシオンと一緒に参加して、帰りにショッピングやカフェに寄ることが常だった。他宗教の礼拝に関して養父に相談したこともあったが、神道はそもそもが八百万の神を相手にしているので今さらキリストひとり増えたところで大した影響はあるまいと養父は笑って許してくれた。
 昼間とは違い、灯のない礼拝堂のなんと寒々しいことか。
 そして久留美はどこに行ったのだろう。
 綾たちも駆けつけたはずだが、姿が見えない。
 まるで生物が全て死に絶えたように、物音は全く聞こえない。
 長椅子から起き上がると、美樹は白く息を吐いた。
 冷え切った空気が、まるで巨大な生物が静かに眠りについているように礼拝堂の中に横たわっている。
 お目覚めのようで、と磔像のあたりから声が聞こえた。キリストの左腕にノイズが座っている。咄嗟に美樹が身構えた。腹部にはまだ鈍い痛みがあるが、それ以外に身体に異常は無い。やろうと思えば失神している間に腱や骨を断つことができたはずだ。
「……意外だな。てっきり手錠でも嵌められているのかと思ったぞ」
「必要ありません。手錠など嵌めなくても、美樹さんは既に多くの枷に拘束されているのですから」
 ノイズがドレスの裾を翻して、ふわりと床に降りた。羽が地面に落ちるが如く無音だった。
「なんの話だ?」
「自覚はあるのでしょう?」
「私は枷など嵌められていない」
「嘘です。現に私に対して本気を出せていない。私がシオンと身体を共有しているからでしょう? そんな状態で誰かを守るなど、寝言にもなりません」
 ノイズは手を後ろに組み、前屈みになって値踏みするようにクスクスと笑っている。
「美樹さんが気を失っている間に、私は何回久留美さんを殺せたと思っているんです? お姫様がピンチの時にすやすやと寝ているナイトなど……」
 美樹の身体から剣呑な雰囲気が湧き上がってきた。
「返す言葉もない。だがお前が久留美に手を掛けるメリットは無い。相手なら私がする。すぐに久留美を解放しろ」
「メリットならあるじゃないですか。美樹さんの枷を壊すために、久留美さんはとても役に立ちます」
 正面からノイズの姿が消え、背後からすっと伸びてきたノイズの爪が美樹の首をなぞる。
「ほら、こうして簡単に後ろが取れる。今の美樹さんを相手にしてもなにも面白くありません。私を止めたいのなら、私を殺すつもりで来ていただかないと」
 ノイズが人差し指で美樹の顎を持ち上げ、磔像の方に視線を向けさせる。美樹の喉が鳴った。キリストの裏で久留美が磔になっている。顔や身体はよく見えないが、特徴的な薄桃色の髪が見える。
「……なぜ私に固執する?」
「人の価値は等しくはないからです。人の価値は経験の蓄積。良い経験にしろ悪い経験にしろ、振れ幅が大きいほど人間として深みが生まれます。その点、美樹さんは素晴らしい。幼少の頃に実の親に捨てられ、孤児院を出た後はそれは酷い生活をしていました。綾さんやシオンが昔の荒れていた頃の美樹さんを知ったら、怖くて泣いてしまうかもしれません。ですが養父に迎え入れられてからはたくさんの愛情を受け、今の『良い子』の美樹さんになりました」
「何が言いたい?」
「『良い子』はシオンだけでいいんです」と、ノイズが底冷えするような低い声でささやいた。「美樹さんも今のままでは窮屈でしょう? 私は本当の美樹さんが見てみたい。私が目の前で久留美さんを殺せば、本気で私を殺しにきてくれますよね?」
「きさ……!」
 美樹が振り返る寸前にノイズが手に力を込める。長い爪が喉笛に食い込み血が滲んだ。だが美樹は気にせず手甲をはめた拳を繰り出した。ノイズがしゃがみ、美樹の裏拳は空を切る。美樹は攻撃をやめない。素早く太もものホルダーからトンファーを抜き取り、ノイズのこめかみに向けて振り下ろした。その腕にノイズが飛びつく。プロペラのように美樹の腕を支点に回転し、逆に美樹のこめかみに踵を叩き込んだ。
 美樹の視界がぐらりと揺れるが、強引にノイズを抱き抱えるようにして掴むと、そのまま裏投げの要領で肩越しに投げた。
 くふっ、とノイズが笑う。
 投げられる瞬間に床を蹴ってバク宙の要領で投げを躱して着地すると、バランスを崩した美樹の喉に噛み付いた。
「がぁッ?!」
 予想不可能のノイズの動きに美樹が悲鳴を上げる。ノイズはそのまま美樹の上着を掴むと、自分に引き寄せるようにしながら膝で腹を突き上げた。
「ゔぶぉッ!?」
 完全な形で膝蹴りを決められ、美樹の視界が歪む。だがノイズの攻撃は止まらなかった。美樹に喉輪を食らわせると壁まで滑るように移動して美樹の背中を叩きつけた。礼拝堂全体が揺れるような衝撃が響く。ノイズは美樹の体を壁から引き剥がすと、同じように反対方向の壁まで移動する。再び礼拝堂全体が震えた。
 ノイズが甲高く笑ながら美樹の腹に連続して膝を埋めた。
 壁に磔にされた状態で、何発も何発も腹を抉られる。
 しかもその一撃一撃が的確に美樹の急所を貫いた。
 たまらず美樹の口から胃液が飛び出した。ふと、美樹の頭上に細長い影が伸びる。ノイズが長い脚を頭上に掲げていた。しまったと美樹が思った瞬間に、ノイズの踵が杭を打つ槌のように美樹の脳天に振り下ろされた。
 床に崩れ落ちながら美樹は必死に身体を起こそうとするが、脳震盪を起こしているのだろう、自分の身体が銅像になったかのように動かない。
 美樹の脳裏に、走馬灯のようにシオンとの思い出が浮かんだ。
 美樹が入学したての頃、まだ他人を信用しきれていない時に声をかけてくれたこと。
 徐々に打ち解けてシオンの家に招かれた時、実は自分も人付き合いが苦手で同じような雰囲気を感じた美樹に声をかけたと打ち明けてくれたこと。
 アンチレジストの訓練でばったり会ってお互い驚いたこと。
 カフェやテーマパークで遊んだこと。
 数えきれないほどの思い出があり、今の美樹を形作っているものとして養父の次に影響があった人物は間違いなくシオンだった。
 そのシオンと同じ顔をしたノイズが、床に崩れ落ちた美樹を邪悪な笑みを浮かべたまま見下している。
「久留美さんもさぞ喜ぶことでしょう。美樹さんが解放される礎になれるのですから」
 ノイズが指を鳴らした。
 乾いた音が響くと、それが合図だったかのように磔像の台座付近に何かが蠢いた。
 ぶよぶよとした肉塊のようなそれは、這うようにして磔像をずるりするりと登っている。その動きは巨大なナメクジを思わせると同時に、美樹の脳裏に変わり果てた蓮斗の姿を想起させた。それは変わり果てた三神の姿だったが、美樹には知る由もない。
「……やめろ」と美樹が小さく言った。脳は必死に動けと命令するが、身体との伝達回路が切れてしまったかのように動かない。
「受け入れてください。これは美樹さんが解放されるための洗礼です」と、ノイズが笑みを崩さずに言った。ノイズの声は遠くで鳴り響く鐘塔のように、ひどく現実感が欠落して聞こえる。「神は乗り越えられる試練しか与えません。美樹さんにとっては二度目の絶望でも、必ず乗り越えられますよ」
 肉塊はゆっくりと、しかし着実に十字架を上り、キリストのつま先に迫った。その先には桃色の髪の少女が磔にされている。
「やめてくれ……もう失いたくないんだ……かわりに私を……」
 肉塊の先端が割れ、大きな口吻があらわれた。その先端が久留美のつま先から膝まで達すると、ぢゅるんと音を立てて久留美の全身が一気に肉塊の中に吸い込まれた。
「やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 美樹が絶叫すると同時に、ノイズが美樹の鳩尾に爪先を打ち込んだ。そのまま美樹の意識は暗転した。

 パチパチと爆ぜる音が聞こえる。
 遠くからサイレンの音も聞こえてくる。
 ゆっくりと目を開けた美樹の視界の先に、オレンジ色の光がすりガラスを通したように映った。
 キリストの磔像が燃えている。
 炎の勢いが強い。
 台座のあたりで、肉塊がじゅうじゅうと音を立てながら黒焦げになっている。
 火勢が強いのは肉塊の脂が燃えているためか。
 蓮斗の時と同じ光景だ。
 あの時は久留美を救えたが、今、久留美は肉塊の腹の中で一緒に燃えているのだろう。
 上体を起こした美樹の顔からは全ての表情が消えていた。
 膝立ちの姿勢のまま、放心状態でしばらく燃える磔像を見つめていた。
 表情のない美樹の顔をオレンジ色の光が焼く。
 すっと美樹の両目から涙が流れたが、美樹は自分が泣いていることにも気がついていない。
 やがて立ち上がり、ふらふらと磔像に歩み寄った。
「……なぜ救わなかった?」
 誰にも聞こえないような声で言った。
 磔像は燃えながらも表情を変えない。
 その顔は悲しんでいるようにも見えたし、諦めているようにも見えた。
「そうか……」と美樹が言った。「私が間違っていたんだな。もっと早くノイズを殺していれば……」
 美樹は相変わらず表情が消えたまま、淡々とした様子で自分に語りかけた。
「そんなに死にたいのなら殺してやる……あいつはもうシオンではない……」
 美樹の口角が耳まで裂けたかのように吊り上がった。

綾ちゃんの新ビジュアル、スノウの私服姿などを作成していただきました。
キャラクターページも同時に更新しております。
本編の続きも制作中で比較的早い段階で公開できそうですので、よろしくお願いいたします。

aya


ZqRgPEHt.jpg-large

対決のコピー


「美樹さん! しっかりしてください! 美樹さん!」
 綾が美樹の肩を揺り動かしながら叫ぶと、かすかにうめき声を上げた。スノウが一瞬心配そうな視線を送るが、振り切ってノイズの方に走った。綾が叫ぶが、スノウは止まらない。ノイズと単独で対峙させるわけにはいかないので、綾は朝比奈に美樹を託してスノウを追いかけた。
「お姉様!」
 スノウが息を切らしながらロシア語で叫ぶと、ノイズは振り返って口元だけで笑った。
「あらスノウ、やっと私のことも姉だと認めてくれたの?」
 ノイズもロシア語で答えた。スノウが首を振りながらなおも叫ぶ。
「お姉様……! お願い、目を覚まして! そんな奴に負けないで!」
 スノウの悲痛な叫びに呼応するかのように一瞬強い風が吹いた。震える手を必死に押さえながらノイズを睨みつける。
「……いい加減にしてよ。お姉様の身体を乗っ取って人妖の味方をして……いったい何が目的なの?!」
「人妖の味方だなんてとんでもない」と言いながらノイズが首を傾げた。「私はただシオンを『良い子』にしたいだけ。人妖を利用しているのは単に都合が良かっただけよ。シオンが『良い子』になったら、ちゃんと起こしてあげる」
「お姉様はもともと『良い子』でしょ。あんたの手助けなんか必要ない!」
「でも完全ではないわ。可哀想なシオン……私がお父様を殺してしまったばかりに、シオンの完全さは失われてしまった」
 スノウが激しく首を振る。
「だからそれは事故として解決済みなのよ! とても悲しい出来事だったけれど、私も家族も全員納得しているわ」
「納得していない子が一人だけいるでしょう?」と言って、ノイズは自分の頭を人差し指でトントンと叩いた。「この私が存在していることが何よりの証拠……。私がいるからこそシオンは自分を保つことができている」
 ノイズの姿が消え、一瞬でスノウの眼前に現れた。
 瞬間移動をしたかのような動きにスノウは肩を震わすことしかできず、蛇に睨まれた蛙のように体が硬直する。
 ノイズがスノウの震える顎を人差し指と親指で挟んだ。
「シオンの意味は古代ヘブライ語で聖域……。それは賛美歌で満ちる一切の汚れの無い空間でなければならない。聖域の内部や外部のノイズは、全て私が持っていく」と言いながら、ノイズはスノウの目を上から覗き込むように顔を近づけた。「あなたたち家族は罪の意識に苛まれているシオンになにをしてあげたの? ラスプーチ家を名乗らせず、家を追い出して遠い日本に追いやっただけでしょう? だから私が救ってあげることにしたの。大好きなシオンを、父親殺しという罪を背負ったシオンを救うのは簡単。救世主にすればいいのよ。世界中の人間がシオンを崇拝するようになれば、父親殺しなんて取るに足らない些細なことになる」
「救世主……? あんたまさか……そのために人妖を使ったテロを……?」
「さすがスノウ。シオンに似て聡明だわ」と言いながら、ノイズは笑って首をかしげた。「救世主を作る材料はふたつ。恐怖による混沌と、それに対する救済。人間と見た目で区別がつかない怪物なんて、混乱と恐怖をもたらすには最適な材料。あの孤児院の地下で人妖たちが中途半端に研究を続けていたおかげで、人間を人妖に作り替えるレシピは簡単にできた。もちろんその逆の薬もね──」
 風を切る音が聞こえ、綾が弾丸のように飛び込んできた。一瞬早くノイズの姿が消え、綾の拳は空を切った。

「落ち着いて。何を言われたの?」と、綾が囁くように聞いた。肩に手を置くとスノウの身体がビクッと跳ねる。蒼白の顔色だ。綾の手にはスノウの震えが伝わってくる。
「……ノイズはお姉様を救世主にするために、無差別に人妖を増やしていたの」
「救世主? どういうこと?」
「ノイズは人妖を増やすことが目的じゃない……誰が人妖かわからない状況を作り出して、世の中の混乱が頂点になったところで、人妖を人間に戻す薬をお姉様に発表させるつもりよ……。お父様の事故を覆すために……。ノイズは無関係な人間をたくさん……私たち家族のせいで……!」
 うっとスノウがえずき、口を押さえてうずくまった。
「まぁ綾さん。お腹の怪我はもういいんですか?」少し離れた場所でノイズの声がした。顎をさすりながらクスクスと笑っている。「内臓が破裂しないように手加減して差し上げたのですが、もう少し強くしてもよかったみたいですね」
 綾がノイズを睨んだ。
「あんた、そんなことのために無差別なテロを起こしたの? 人妖だと疑われた人間が殺される事件だって起きているのよ!?」
「そんなことだなんてとんでもない。人間の価値は等しくはありません。価値の低い大衆が多少犠牲になることでシオンの価値が回復できるのであれば安いものです。亡くなった方も喜んでいることでしょう。ほんの僅かでもシオンの役に立ったのですから」
「お姉様はそんなこと望んでない!」
 スノウがうずくまったまま叫んだ。
「お姉様が人の死を望むわけない! たとえお姉様が私たち家族を恨んでいたとしても、あんたのふざけたやり方でお姉様が喜ぶわけない!」
 スノウの絶叫に、その場の全員が押し黙った。
 ノイズの背後のスーツを着た男性は久留美をトランクに押し込んだ後は彫像のように動かない。ノイズから命じられるまでは微動だにしないロボットのような男なのだろうか。しばらくしてようやくノイズがふふ……と笑うと、それなら本人に直接聞いてみたらと言って顔を手で覆った。
 スノウが目を丸くした。
 ノイズの身体がびくんと大きく震え、糸が切れたように首から上の力が抜けた。そのままの姿勢で五、六秒静止した後、ゆっくりと顔を上げる。ノイズの雰囲気や表情がまるっきり変わっていた。長い麻酔から目が覚めたように、ここがどこかわからないといった様子で周囲を確認する。瞳は下半分の赤い部分は無くなっていた。
「えっ……? ここ……は?」
 シオンの声だった。黒いレースの手袋に包まれた自分の手を、まるで新しく手渡された未知の道具のように見つめている。状況が飲み込めない様子で、手のひらを口に当てたままキョロキョロと周囲を見回している。
 スノウが震えながら息を吐くと、大粒の涙が溢れた。
「お……お姉……様……? お姉様なの?」
 スノウが震える声で言った。よろよろとシオンへ足を進める。
 シオンもこちらを見て「……スノウ?」と言った。
 スノウが声を上げながらシオンに駆け寄った。まるで母親を見つけた迷子の子供のように、普段の強気なスノウからは想像もできないほど感情を露わにした姿だった。背後で綾が止まるように叫ぶ。シオンが状況を飲み込めないまま、駆け寄ってきたスノウを抱きとめた。
「ど、どうしたのスノウ? なんでここに……?」
「お姉様! お願い……! このまま目を覚まして!」
「なに言ってるの? ちゃんと起きてるから──」
 困り笑いのような表情を浮かべるシオンに対して、スノウは激しく首を振った。
「違う! お姉様、私たちを許して!」
 スノウが叫ぶようにしながらシオンの胸に顔を埋めた。
「私たち家族は誰もお姉様を責めていない! 私たちが悪かったの! だからあんな奴に頼らないで──!」
「スノ──」
 カチッと音がしてスイッチが切れたように、シオンの表情が消えた。能面のような無表情になり、瞳だけが人形のようにぐりんと裏返える。瞼の裏から瞳が戻ると、綺麗なエメラルドグリーンの下部から血のような赤色がぶくぶくとせり上がってきた。能面が外れて残虐な笑みが貼り付く。まるでホラー映画の演出だ。ノイズに抱きしめられたままのスノウの喉からひいっという悲鳴が漏れる。
 時間切れです──とノイズが言った。
 ぐぢゅり……という嫌な音が響く。
 ノイズの膝が密着していたスノウの腹部を容赦なく潰していた。
「おね……さ……うぶおえぇッ?!」
 発作が起きたようにスノウの身体が跳ね、額を地面に打ちつけた。
「安心していいのよ」と、土下座をするような姿勢で呻いているスノウの後頭部に向かってノイズが言った。「シオンは優しいから、誰かを嫌いになることはないわ」
 綾が高速でノイズに突進し、脇腹を目掛けて拳を放つ。
 ノイズは膝で綾の拳を受け止めた。そのまま脚が蛇のように綾の腕に絡みつこうとするが、綾はギリギリで振り解く。ノイズの姿が綾の視界から消えた。どこだ? また死角の中を移動しているのか? 綾の足元から噴き上がるようにノイズの腕が伸びてきた。綾の喉ががっしりと掴まれる。ノイズの長い爪が頸動脈に食い込み、グッと綾の喉が鳴った。気温の低さに反して綾の頬を一筋の汗が伝う。おそらく数センチでも動けば爪が皮膚を破り、血管を切り裂くだろう。
「これでも感謝しているんですよ? シオンと仲良くしてくれて」
 鋭い緊張が走る中、鼻が触れるほどの距離で綾の目を覗き込みながらノイズが言った。
「シオンは友人が少ない子でした。周囲と能力が違い過ぎて自然と距離を置かれてしまう宿命だったんです。でもあなたや美樹さんは他の人と変わらず友人として接してくれた」
「だからこそよ……。暴走を止めるのも友達の役目なんだから、絶対にシオンさんを人妖を使ったテロリストなんかにさせない」
 綾が言い終わる前に、ノイズの膝が綾の腹に埋まった。内臓が迫り上がるような苦痛が綾を襲い、回し蹴りで脇腹を横に薙がれる。綾は樹木に強かに背中を打ちつけた。
「おぐッ!? がッ!」
 悲鳴を上げ、ずるずると尻餅をついた。
 ノイズが綾に近付き、セーラー服のリボンを掴んで強引に身体を引き起こす。そのまま剥き出しの腹部に再度膝を埋めた。
「うっぶぇッ?!」
「勘違いしないように。世の中を混乱させるのは私。シオンは関係ありません」
 笑みの奥に確かな怒りを感じる。ノイズは狂っているわけではない、歪んでいるだけだと綾は確信した。ノイズから社会に対する敵意や悪意は感じない。ただ純粋に──それがどんなに歪んでいようとシオンのことのみを考えて行動している。だからこそ他者や社会に対して容赦がないのだ。そしておそらく自分自身にすら興味がないのだろう。狂っているのであれば多少なりとも自分の欲が出てくるはずだが、ノイズからはそれが感じられない。だからこそ厄介だ。悪意だと気がついていない悪意ほど恐ろしいものはない。
「へぇ……あんたにも感情あるんだ。シオンさんを悪者にすることが目的の悪党だと思ったわ」
 鳩尾にノイズの膝が飛んできた。
 重い鈍器のような衝撃に綾の意識が一瞬飛ぶ。
「勘違いしないようにと言ったはずです。シオンは関係ないと」
「げほっ……! 関係ない訳ないでしょ? あんたがシオンさんの身体を利用している以上、結果的にはシオンさんがやったことには変わりないのよ。世の中の混乱も、人間同士の殺し合いも、全部シオンさんが──うぐぇッ?!」
 背骨に達するほどの衝撃で膝を埋められ、綾は濁った悲鳴を上げた。そのまま二発目、三発目が綾の腹を抉る。容赦の無い一撃に綾はたまらず胃液を吐き出した。内臓が痙攣し、太ももから下が無くなったような感覚に陥る。ノイズがセーラー服のリボンをつかんでいなければ顔面から崩れ落ちていただろう。ノイズが長く息を吐きながら、舌を伸ばして綾の頬を舐め上げた。蠱惑的でありながら肉食獣を思わせる動作で、綾の背中を電流が駆け上がる。
「──好きな花を教えていただけますか? 墓前に供えてあげます」
 ノイズが綾の耳元で囁く。だが次の瞬間、朦朧とした表情でされるがままになっていた綾の口角が上がった。
 ノイズが訝しむが、ハッと気がついて背後を振り返る。
 スノウが跳躍して前方に宙返りしていた。
 綾が渾身の力でノイズの身体に抱きついた。スノウが叫びながらノイズの脳天に踵を落とす。「ぐぅっ」という低い声でノイズが呻いた。頭を押さえたまま距離を取るが、綾が追いかけて気合と共に渾身の力でノイズの腹部に拳を突き込んだ。
「おッご!?」
 初めてノイズの悲鳴を聞いた。ぬめりを帯びた闇のようなドレスの裾が翻り、白色のレオタードがそれを切り裂くようにスノウが突進した。ノイズの姿が消え、スノウの蹴りが空を切る。上空で葉擦れの音。いつの間に移動したのか、ノイズが大型の鳥のように樹木の枝に留まっている。
「……ノイズ」とスノウが辛そうな表情をしたまま静かに言った。ノイズの攻撃によるダメージと無理に動いた反動が小さな身体に負担をかけているが、懸命に留まっている。「お願い、こんなことはもうやめて。あんただってお姉様が好きなんでしょ? お姉様に喜んでもらうために行動してるんでしょ? でもこんなやり方は間違ってるし、お姉様は絶対に喜ばない。一番近くでお姉様を見ていたあんただったらわかるでしょ?」
 ノイズは微かに眉間に皺を寄せた後、耳まで裂けるように口角を吊り上げた。
「──いいでしょう。どちらにせよシオンと私の関係を知っている人間は全員始末するつもりでしたし、美樹さんには予定を変更して少し早く壊れてもらいます」
「美樹さんを……? どういうことよ」
 綾が歩み出た。風が枝葉を揺らしている。「ノイズ!」とスノウが悲痛な声で叫んだ。
「マーラーの交響曲第九番。ゆっくりと死に向かうような、とても美しい楽曲があります。三日後のサントリーホールで演奏されますので、美樹さんと会いたければ来ることです。もっともその頃には美樹さんは元の『悪い子』に戻っているでしょうけれど」
 はっとしてスノウが背後を振り返った。表情がみるみるうちに絶望に塗りつぶされる。美樹と朝比奈の姿が無い。アンチレジストの護送者ごと消えている。スノウが綾の上着の裾を引っ張ると、綾も事態を把握した。
 では三日後……という声が聞こえ、スノウと綾が頭上を見るとノイズの姿は消えていた。

※こちらの文章はラフ書きになりますので、製本時には大きく内容が変わる可能性があります。

りょなけっと vs ABnormal Comic Day!
開催日 :2021/10/31(日) 11:30〜16:00
会場  :横浜産貿ホール マリネリア
スペース :な-12

上記の内容でイベントスペースをいただくことができました。
私事ですが11月上旬に大きめの手術を受けることになり、体調面での不安はありますが、現時点では参加予定となります。
新刊を用意することが体力と時間の関係で厳しいため、無料配布ペーパーと既刊を用意する予定です。来られる方はよろしくお願いいたします。
※遊びに来られる場合は体調面やリスク管理など十分に配慮してお越しください。


最後に、最近シオンさんの登場がめっきり減ってしまったので、新規にイラストを用意させていただきました。
新衣装で膝枕をお願いしているシチュエーションになります。
497320-12

NOIZ最終決戦のコピー


 豚がホテルを出ると、玄関前に停まっていた黒塗りの高級車から男性の老人が降りてきた。年齢にしては豊かな髪を彫像のように撫で付けているので、男が小走りに向かってきても髪は少しも動かなかった。
「失礼ですが、豚様でよろしいですかな?」
 男は豚の前まで来ると、少し言いづらそうに聞いた。
「見ての通りでございます」と豚は顔に表向きの笑みを貼り付けたまま、自分の腹を数回叩いた。この男はノイズの関係者だ。邪険にしては後々面倒なことになるかもしれない。男は少しどぎまぎとしながらも「私は山岡と申します。ノイズ様の元へご案内いたします。こちらへ」と言って豚を車に導いた。世間話もしないとは随分と余裕のない男だなと豚は思ったが、山岡の用意した車は飛行機のファーストクラスを思わせるシートで、走行中も車内は恐ろしく静かだった。前方の座席とは完全に仕切られているので山岡の姿は見えないが、「二十分ほどで到着します」と車内のスピーカーを通じて伝えてきた。
 しばらく走ると、対向車線を数台のパトカーと救急車が通り過ぎて行った。マイクロバスのような護送車も後に続いている。豚はそれをめざとく見つけ、反射的に運転席との通話ボタンを押した。
「おい、今のはアンチレジストの護送車じゃないのか?」
「あ……失礼、運転に集中していたもので細部までは見ておりません」
「……いえ、こちらこそ失礼しました」
 豚は通話を切り、シートに深く腰を沈ませて長く息を吐いた。
 剃り上げた頭を手のひらで叩き、両手で顔をゴシゴシと擦る。
 なにをやっているのだ俺らしくもない。
 ノイズに呼ばれているというのに、それを無視して護送車を追えなどと言えるわけがない。そもそも山岡は俺の部下ではないのだ。命令などできるはずもない。
 スノウと朝比奈に出会ってからどうも調子が狂っている。
 腹の中を見せずに道化を演じるのだ。それが俺の渡世術のはずだ。
 顔も整形で醜く変えたし、本来必要のない食事を摂って肥満体型も維持している。あえて舐められ、豚と呼ばれてもヘラヘラし、油断した相手からしっかりと美味しいところをいただくのだ。
 対向車線をまた数台の緊急車両が通り過ぎて行った。豚は顔を覆っていた手を離すと、いつもの笑みを浮かべた表情に戻した。
「いやはやまた『人間卒業オフ』ですかな。物騒な世の中になったものだ」と豚は山岡に向かって言ったが、返事はなかった。まあいい、運転に集中させてやればいい。ネットで調べると、やはり数ブロック先のクラブで多数の負傷者が出ているようだ。護送車もアンチレジストのもので間違いない。「人間卒業オフ」で回し飲みされるレイズモルトは偽物ばかりだが、仮にも人妖が関わる可能性のある事件だ。警察は周囲の警護と負傷者の救護を担当し、現場に入るのは政府から秘密裏に依頼されたアンチレジストの仕事になっている。
 ネットを見ていると、イベント内部の様子をスマートフォンで録画した動画が早くもアップロードされていた。
 クラブの階段から逃げるように飛び出してきた参加者を、自警団のような集団が殴りつけている。半裸の女同士が髪の毛を引っ張り合いながら汚い言葉を言い合い、その奥ではクラブの客同士が殴り合いをしている。アスファルトの上に血を流した男女が浜辺に打ち上げられたイルカのように倒れていて、奥から下半身を露出した男が走ってきて撮影者に殴りかかった。この世の終わりのような映像に、豚はため息を吐いてスマートフォンの画面を消した。相変わらず世の中は馬鹿ばかりだ。
 車は首都高に乗り、都心にしては緑の多い場所で降りた。しばらく走ると赤茶色の煉瓦造りの建物が数棟見え、車はその敷地の門をくぐった。バロック様式の建物が立ち並ぶ間を縫って、車は周囲の建物とは浮いている近代的な建物の前で停まった。建物には「研究棟」と書かれたプレートが嵌め込まれている。
 豚が腕時計を確認すると、山岡の言った通りホテルを出てからちょうど二十分が経過していた。山岡が素早く後部座席のドアを開けた。長い間繰り返しているうちに無駄が削ぎ落とされた所作だ。
「お待たせいたしました。アナスタシア聖書学院です」と、山岡が豚の目を見て言った。
「おお、ここが。日本屈指の名門校らしいですな。私には一生縁が無い場所だと思っておりました」
 豚が両手を広げてわざとらしく感心した様子で言ったが、山岡は押し黙ったまま研究棟の入り口に向かって歩き出した。豚は肩をすくめてその後に続く。
 エントランスホールは大した装飾は無いが、大理石の床にナチュラルな木目の壁と、シンプルだが趣味の良い内装だった。やけに扉の大きいエレベーターが五台あり、そこから通路のようにステンレスの化粧板が嵌め込まれている。台車などを転がす際に床に傷がつかないようにするためだろう。「研究棟」という名前の通り、大型の装置や計器などを運び込むこともあるのかもしれないと豚は思った。
「これをお持ちください」と言って、山岡が無地の赤いカードと、車のスマートキーを豚に手渡した。
「申し訳ありませんが、ここからはお一人で行っていただきます」と山岡は言った。相変わらず思い詰めた顔をしている。「ここのエレベーターには押しボタンがひとつも付いておりません。かわりにそのカードを扉にかざせば、自動的にノイズ様のいらっしゃるフロアまでエレベーターが動きます。逆に言えばそれ以外のフロアには行くことができません。私がいなくても迷うことはありませんので、どうぞご安心ください」
「この車の鍵は?」と豚が首を傾げながら聞いた。
「先ほど我々が乗っていた車の鍵です。私にはもう必要はありませんので」と、山岡は表情を変えずに言った。「お手数ですが、帰りは豚様ご自身で車を運転していただきます。帰り道のナビもセットしてあります。ナビ通りに運転して、目的地で車を放置してください。私の身体はトランクにでも適当に詰めていただければ結構です」
「意味がわかりませんな」と、豚が低い声で言った。「私の勘違いでなければ、まるであなたがこれから死んでしまうように聞こえますが」
「ええ……その通りです」
「なぜ? ノイズ様がそうしろと?」
「違います。ノイズ様はいつも選択肢をくださるだけです」
「選択肢」と豚は目を細めて山岡の言葉を繰り返した。
 山岡は話を続けた。
「数日前にノイズ様と直接お会いして、最後の指示をいただきました。今日あなたをここにお連れすれば、あとは好きにしていいと……。そして小切手と薬を渡されました。小切手には余生を過ごすには十分すぎるほどの大金がサインされていて、薬は安楽死のものでした。生きるのも死ぬのも好きにしろということです」
「それならなにも死ぬことはない。いや、別に止めているわけではないんですよ。むしろ好きにすればいいと思っている。正直に言って、二、三十分前に知り合ったあなたが今からその薬を飲んで死のうが、帰り道に交通事故を起こして死のうが、私にとっては大差のないことです。ただ、単純に興味はある。大金と自殺。私にとっては選択肢でもなんでもない。本当は無理やり選ばされているのでしょう?」
「……いえ、これは正真正銘、私の意思です」
「ではなぜそんな不思議な選択をするんです? いや、繰り返しますが別に止めているわけではないんですよ。私もノイズ様に協力している端くれだ。あなたとは仲間と言えなくもないし、私にも今後ノイズ様から同じ選択肢が提示されてるとも限らない。私だったら迷わず大金を選びますがね」
 山岡はなにも答えず、ただ豚の顔を見つめるだけだった。豚は諦めたように首を振った。
「なら質問を変えましょう。どうせ死ぬのなら少し教えてはくれませんか? たとえばあなた達は──ノイズ様の部下という意味でですが、結構大きい組織なのですかな? 私は個人的に協力させていただいているだけなので、全体像が全く掴めんのですよ」
「私も同じです。十五年前から一人でお仕えしています。おそらくノイズ様は特定の組織というものはお持ちではないはずです」
「十五年も前から?」
 豚が驚いて眉を吊り上げた。
「ええ……十五年前、私はロシアで精神科医をしていました。その時にノイズ様と知り合ったのです。詳しい理由は言えませんが、ノイズ様に家族を人質に取られ、協力するように脅迫されたことがきっかけです。命じられるまま顔を整形手術で変え、日本に来ました」
「ちょっと待ってください。情報量が多すぎる。十五年前? ノイズ様はいったい今いくつなんです? 見た目からしてまだ二十歳前後でしょう。もしかしたらもっと若いのかもしれない。それに家族を人質に取られて日本に来た? あなたはいったい何者なんです?」
「……すみませんが、ノイズ様の出生に関することは私の口からは申し上げられません。ある方を守るためには、私は秘密を抱えたままこの世を去るしかないのです」
「ある方?」
「ノイズ様から与えられた任務は、ある方にお仕えすることでした。その任務は私の予想に反してとても幸せなものでした。人質に取られた家族はノイズ様とは無関係な理由で病死してしまい、私はノイズ様の命令を聞く理由がなくなったのですが、自主的に任務を続けました。その方に人生を賭けてお仕えしたいと思ったからです。しかし、その方はいなくなってしまった。ノイズ様の任務も解かれ、私には生きる理由が無くなったのです」
「よくわかりませんが、ノイズ様とその方の関係が世に出ると、その方に迷惑がかかるみたいですな」
 山岡はゆっくりとした動作で上着の内ポケットからオレンジ色のピルケースを取り出し、「失礼、喋りすぎました」と言いながらその中の小さな錠剤を飲んだ。山岡の唇が小さく動いたようが気がしたが、言葉が形になる前に山岡は眠るように床に崩れ落ちた。その死はまるで蛍光灯のスイッチを切るように、あまりにもシンプルで洗礼されていた。苦痛は全く無かったのだろう。豚は肩をすくめて首を振ると、山岡の身体を担いで車のトランクに押し込んだ。

 エレベーターは山岡の言った通り、カードキーをかざすと自動的に上昇を始めた。時折下降するような挙動をして、階数の推測すらさせないような徹底さだ。もちろん内部にも押しボタンはおろか階数表示すら無い。
 やがてエレベーターの扉が開くと、廃墟のようなフロアに出た。
 緑色の非常灯が頼りなく点灯していて、見たこともない計器や機械にわずかな光を落としている。
「なんだここは……?」と豚がつぶやいた。
 こんな所にノイズがいるのか?
 机の上や壁のあちこちが荒れていて、まるで強盗にでも入られたみたいだ。試しにデスクトップパソコンの電源を入れても反応がない。
 不意に、フロアの奥から微かな物音が聞こえた。
 配線につまづかないように注意しながら音のした方へ歩くと行き止まりで、黒いつるりとした壁があるだけだ。ゴムボールがコンクリートの壁に当たるようなくぐもった音はその壁の向こうから聞こえてくる。
 豚が壁に顔を近づけた。
 磨き上げられたような黒い壁は豚の顔を鈍く反射している。向こうから壁を叩く音がまた聞こえた。壁の向こうになにかいる。豚がさらに顔を近づけると、突然壁が透明になった。
 ガラスのようになった目の前の壁に、内臓のような物体がへばりついていた。
 一瞬、それが何なのか理解できなかった。
 やがて内臓のような物体が壁をずるりと伝って落ちると、向こう側が鮮明に見えた。
 強い照明に照らされた正方形の部屋に、二メートル近い肉塊が蠢いている。
 それは豚の姿に気が付いたらしく、全身から触手のような物を次々と生やして豚に放った。
 透明な壁に触手が当たる度に、ぼっ、ぼっ、と鈍い音が聞こえた。触手は壁に当たってグロテスクに広がる。目の前の光景に反して異様に音が小さいことがかえって不気味だった。
「うわああああぁッ!」
 あまりのおぞましさに、豚は腹の底から叫び声を上げて尻餅をついた。
 強い吐き気も込み上げてきて、豚は反射的に床に向かって胃の中身をぶちまけた。
「大丈夫ですか?」
 えずいている豚の頭にノイズの声がかかった。いつの間に現れたのだろう。豚は口周りを汚したまま反射的に顔を上げた。毒の花のような赤いジャケットを身に纏ったノイズが豚を見下ろしている。
「ノ、ノイズ様……!」
 豚は慌てて立ち上がろうとするが、膝が笑ってしまい再び尻餅をついた。
「そのままで構いませんよ。この特殊樹脂が破られることはありませんので安心してください」
「こ、この化け物はいったい……?」
「まぁ化け物だなんて。ご挨拶してはいかがですか? 二ヶ月ぶりの再会なんですから」
 豚が目を見開いて化け物に視線を移した。
 よく見ると、肉塊だと思っていたものはうずくまった人間のような形をしている。
「……三神?」と、豚の口から声が漏れた。
「ええ。脳の組成がかなり変質しているので、もはや自分が人間だったことも覚えていないでしょうけれど」
「……こ、この姿は? 三神になにがあったんです?」と、豚が絞り出すように言った。変わり果てた三神はまだ中で蠢いている。確かに意思があるとは思えないし、むしろ無い方が幸せなのだろう。
「拒絶反応です。レイズモルトに混ぜた薬剤の拒絶反応を意図的に起こしてみました」とノイズが折り曲げた人差し指を唇に当ててクスクスと笑いながら言った。「面白いでしょう? 人間を人妖に造り替える薬剤は効果が不安定で、一定数このような拒絶反応が発生していたようです。調整して完全に無くすことも出来たのですが、なかなか興味深いのでコントロール可能にした状態で残してみました。著しい変貌と筋力の異常増加、意思や思考の喪失、攻撃性の増幅……。役に立つこともあるかもしれませんよ。たとえば彼のように全国に指名手配されてしまっても、この姿では誰も彼だとは気が付きませんし」
 豚は不意に笑いが込み上げてきた。豚は顔を歪めて狂ったように笑い、なぜ自分が笑っているのかもわからないまま笑い続けた。自分の笑い声が壁に反響して豚の耳に届き、その笑い声で豚はさらに笑った。理解の範疇を超えた大きな脅威を前にした際には──たとえば地球が割れるほどの隕石が目の前に迫ってくる瞬間には、あるいはこのように笑うのかもしれない。
 ノイズが神なのか悪魔なのかはどうでもいい。
 想像以上だ。
 理解の範疇を超えた存在だ。
 絶対に離すまい。
 なにがあっても、とにかくこの恐ろしい存在に取り入っていれば、自分自身が脅かされることはないと豚は思った。意地でも取り入って、道化を演じながらこぼれてくる美味い汁を啜るのだ。
「す、素晴らしいッ!」
 豚は床に両手をついて唾を飛ばしながら叫んだ。
「先の電波ジャックで人妖になった人間どもが一斉にこのように変異すれば、社会は更に大混乱になるでしょう! ノイズ様が目的とされている混沌は早くも現実のものとなります。今後ともぜひ、私めにお手伝いさせてくださいませ!」
「まぁ心強い。では、そろそろ計画を最終段階に進めましょう」
 ノイズは豚に視線の高さを合わせるようにしゃがみ込み、豚の頬を両手で包んだ。「それと、あなたにご褒美を差し上げなければ」
「ご、ご褒美ですか?」
「ええ、今までよく働いていただいたので、二つのご褒美を差し上げます」と言いながら、ノイズは口の端を吊り上げた。「アンチレジストに随分とご執心の方がいらっしゃるようですので、次の段階で出会いのチャンスを作って差し上げましょう」
「そ、それは願ってもない!」と豚が声を張った。スノウと朝比奈の顔が浮かぶ。「それで、次の段階というのは……?」
「具体的な方法は後ほどお伝えしますが、準備はもう整えてあります。あなたはただ役割を演じていただければ結構です。決行は三日後。仲間を集めておいてください。アンチレジストにも情報を流しておくので、必ず邪魔をしに来るでしょう。ちゃんとあなたの目当ての子がそちらに行くように仕向けますので、楽しんでくださいね」
 豚は激しく頷いた。朝比奈とスノウを蹂躙している光景が脳裏に浮かぶ。豚の男性器が激しく勃起していることがスラックスの上からでもわかった。
「あともうひとつ──」と言いながらノイズが人差し指を立てた。そのままジャケットの内ポケットを探り、透明な液体の入った試験管を豚の目の前に取り出した。「レイズモルトに混ぜた、人間を人妖に造り替える薬。差し上げますので飲んでください」
「な……」
 豚は絶句した。
 背後ではまだ三神の成れの果てが蠢いている。ノイズはまるで耳まで裂けたかのように口の端を吊り上げた。
「安心してください。人妖のあなたが摂取してもあのような拒絶反応は起こりませんし、効果は肉体の強化のみです。アンチレジストの方とより楽しめると思ったのですが、不要であればこのまま捨ててしまいます。どうなさいますか?」
 ──ノイズ様はいつも選択肢をくださるだけです。
 不意に豚の脳裏に山岡の言葉が蘇った。
 拒否などできるはずがない。
 なにがあっても取り入ると、ついさっき決めたはずだ。
 豚は両手を上に向けてノイズの前に差し出し、恭しく試験管を受け取った。

「くそっ……一足遅かったか」
 美樹がバイクを駆ってアナスタシア聖書学院の門をくぐった時、研究棟の中腹から火の手が上がっているのが見えた。火元はおそらく冷子の研究室がある階だろう。スノウの話を聞いてから先遣隊としてすぐに出動したが、ノイズが感づいて火を放ったようだ。
 他の者は護送者で来ているため、渋滞に巻き込まれて到着まであと二十分はかかる。ひとまずバイクを停めて後続の綾たちに連絡しなければと美樹が思った瞬間、バイクの側面に強い衝撃が走った。バイクが横転し、美樹の体が車道脇の芝生に投げ出される。なにが起きた? 受け身をとったためダメージは少ない。視界を確保するために素早くフルフェスのヘルメットを取った。
「やっと二人きりになれましたねぇ。『悪い子』の美樹さん?」
 ぞくりとする声が聞こえた。
 倒れた姿勢のまま、声のする方に視線を向ける。
「……ノイズ」と美樹が静かに言った。だが次の瞬間、美樹はノイズの足元に釘付けになった。両手足を拘束された小柄な女の子が倒れている。目と口も布で塞がれているが、呼吸はしているようだ。その女の子はアナスタシア聖書学院の制服を着ていて、特徴的な桃色の髪の毛をしていた。
「久留美……?」と美樹は呟くように言った。目の前の状況が理解できない。
「ええ。シオンのふりをして連絡したら、すぐに来てくれました。健気にもシオンと美樹さんの役に立ちたいと言って、何の疑いもなく」
「貴様、久留美になにをするつもりだ!?」
「まぁ怖い。随分とこの子を気にかけているみたいですねぇ」
 美樹がノイズに飛びかかるが、ノイズは美樹の視界から消えていつの間にか背後に回っていた。
「もっと素直になってください。もう『良い子』のフリをするのはやめにしませんか? 本当のあなたを解放してあげます」
 ノイズが美樹の背中を蹴った。美樹の体が転がる。ノイズが久留美の頭を足で軽く踏み、赤色と金色の混ざったツインテールを手櫛ですいた。
「もしもこの子が死んでしまったら、さぞショックを受けるでしょうねぇ、美樹さん?」
「……なんだと?」と、美樹が低い声で言った。紫色の瞳が暗く光る。
「そう、その目です。この世の全てを憎んでいる目。あなたが養父と出会う以前は、きっとそんな素敵な目をしていたんでしょうねぇ」と言いながら、ノイズは折り曲げた人差し指を口に当ててクスクスと笑った。「すみません、少し美樹さんのことを調べさせていただきました。もう無理しなくていいんですよ? あなたはきっかけが欲しいだけ。あなたの奥に流れる暗い血が表に出たがっている」
「意味のわからないことを言うな!」
「これでも親近感を抱いているんです。美樹さん、過去は決して消えないんですよ。いくら油絵具を厚く塗り重ねても剥がせばちゃんと元絵が存在しているように、画家ですら忘れている元絵であっても決して消えるということはないんです。上からどんなに綺麗で優しい思い出を塗り重ねても、凄惨な過去は決して消えることはないんです。シオンにとっての私のように、幼少期の頃の美樹さんのように」
「あいにく私は今の状況に満足している。昔のことを今さら蒸し返して何をするつもりもない。それはシオンも同じはずだ。とっとと引っ込んでシオンにその身体を返せ。久留美の頭から足をどけろ!」
「もちろん全てが終わったらシオンに身体は返します。もうすぐ全ての計画が終わりますので」
「……計画? シオンの身体を乗っ取ることが目的じゃないのか?」
 とんでもない、とノイズは肩をすくめて言った。「でもその前に、本当の美樹さんを開放してあげます。たとえばこの子を殺した私を恨むなんてどうです? あなたはきっと私を殺しに来る。『良い子』の仮面を外して、怒りと復讐に塗りつぶされた『悪い子』の素顔のままでいられますよ?」
 美樹が恐るべき速さでノイズに向けて走った。レッグホルダーから折り畳み式のトンファーを抜いてノイズに迫る。ノイズは避ける素振りが無い。顔付きは全く違うが、やはりシオンと同じ顔だ。ノイズの顔面を目掛けて突くが、直前で狙いを胴体に変える。伸ばしかけた美樹の腕にノイズの脚が蛇のように絡み、美樹の完全に動きが止まる。こんなガードは今までされたことがない。ノイズは軸足を蹴って飛び、美樹の頭に巻きつくような跳び回し蹴りを放った。
 衝撃に美樹の脳が揺れる。視界が歪んだ瞬間、ノイズが太ももで美樹の頭をがっしりと挟み込んだ。
 美樹がしまったと思った瞬間には遅かった。
 ノイズが身体を捻り、美樹の頭頂部が地面に叩きつけられた。
 脚だけで、ものの数秒で制圧されたと美樹が思った瞬間、ふと視界が暗くなった。跳躍しているノイズが月を隠している。羽が生えたようにふわりと、ノイズの身体が空中で回転している。シオンと同じ、思わず見惚れてしまうような動きだと思った。直後に、ぞわりとした感覚が美樹の背骨を駆け上がった。あの跳躍はシオンの攻撃の前段階だ。濡れた闇のような真っ黒いドレスを翻したまま、口が耳まで裂けたように笑うノイズと目が合った。
 ノイズの膝が、仰向けに倒れている美樹の腹に落下した。
「うぐぇあッ?!」
 ノイズの膝と地面に挟まれ、美樹の身体が電気ショックを受けたように跳ねた。
 跳躍と回転の勢いで数倍の衝撃になったノイズの全体重が美樹の腹に落ちてきたのだ。
「ダメですよ手加減なんかしたら。本気になっていただくには、やはりあの子を使うしかなさそうですねぇ」
「ま、待て……」
 去ろうとするノイズに美樹が倒れたまま手を伸ばす。身体が彫像になってしまったように動かない。
 ノイズの前の車道にはいつの間にか大型の高級車が停まっていて、スーツを着たロシア人の男性が久留美を後部座席に押し込んでいる。
「──三日後、クラシックでも聴きに行きましょうか?」とノイズが美樹を振り返って言った。
「……クラシック?」
「それまで大人しくしていることです。あの子にも手は出しません」
 美樹を呼ぶ声が背後から聞こえた。綾が走りながら叫んでいる。その後にスノウや朝比奈の姿も見えた。そのまま美樹の意識は深く沈んでいった。

NOIZ最終決戦のコピー


※こちらの文章はラフ書きになりますので、製本時には大きく内容が変わる可能性があります。

朝比奈 スノウ 2


 豚は都内の歴史と格式のあるホテルの一室にいた。
 照明が落とされた室内は薄暗く、強烈な精臭と葉巻の香り、そして重い湿気がべっとりと漂っている。
 クイーンサイズベッドに、豚は全裸で足を投げ出した状態で座っている。タイヤのように巻きついた腹肉の上には玉の汗が光り、細かい葉巻の灰が所々に貼り付いていた。
 豚の足の間で、同じく全裸になった年端も行かない少女が、土下座をするような格好で豚の汚れた男性器を一心不乱にしゃぶっている。少女の顔は涙と唾液と鼻水、そして豚の放出したであろう白濁した粘液でどろどろに汚れている。何回も絶頂させられ、失神しては起こされ、また犯された痕跡だった。少女は自分の無様に汚れた顔を豚に見てもらえるように上目遣いの視線を送るが、豚は一瞥もくれることなく葉巻をふかしながらタブレットを覗き込み、スノウと朝比奈の写真を交互に表示させていた。
「くそっ!」と豚は吐き捨ててタブレットをベッドの上に放り投げると、男根にしゃぶりついている少女の後頭部を掴んで思い切り自分に引きつけた。
「ぐぶぇっ?! んぶッ! んぐッ! んぶッ! んぶぇッ!」
 突然喉奥を突かれ、小さい身体が震える。豚は脳内で少女を朝比奈に変換しようと試みた。だが、意識すればするほど朝比奈を取り逃した事実が、煮えたぎる真っ黒いタールのように腹の底から湧き上がってくる。豚は少女の苦痛など意に介さず強引に頭を揺すって、今日何度目かの粘液を放出した。そして少女が粘液を飲み干すと同時に少女の頬を張った。小柄な少女の身体が人形のようにベッドに転がる。
 豚が壁掛け時計を見ると午後九時を回ったところだった。
 ため息を吐きながら、乱暴に葉巻を灰皿で揉み消す。
 この少女をはじめ、豚にはお気に入りの養分が何人もいたはずだった。今日は特にお気に入りのこの娘を昼過ぎからひっきりなしに犯したが、渇きは募る一方だ。
 原因はわかっている。
 女は嗜好品と同じだ。
 嗜好品は一度高級品を嗜むと、それ以下の品質のもでは満足できなくなる。以前は満足していたものが楽しめなくなり、無理に満足しようとすると自分がひどく惨めに思えてくるのだ。上昇するエスカレーターと同じで下降することはできないし、無理に降りようとすると怪我をする。
 スノウと朝比奈はまさにそれだ。
 そのうちの朝比奈が手に入りかけたのだ。
 あの時は本当に興奮した。
 あどけなさが残るが生真面目で凛とした雰囲気。友人が人妖に攫われたと言っていたが、おそらくそれが朝比奈を実年齢以上に精神的に成長させたのだろう。学校ではどういう生徒なのだろうか。真面目な生徒なのだろう。友人の数は多くはないが、気の許せる親友が何人かいるタイプなのかもしれない。その親友たちは朝比奈が競泳水着のような格好で闘っているとは知らないだろう。目の前で朝比奈をレイプしてやったら、親友たちはどんな顔をするのだろうか。朝比奈はどんな絶望顔を晒すのだろうか。
 豚の男性器がまた天井を向いて反り返ってきた。
 豚はベッドから立ち上がると、頬をおさえたまま床で放心している少女を強引に起こした。粘液で鼻や口がドロドロに汚れ、豚が大量に放出した粘液を飲まされたことで腹が膨らんでいる。豚は少女の腹をサンドバッグのように殴った。ぼぢゅん! という水袋を殴ったような音が室内に響き、少女の目が見開かれた。
「えぼぉッ?! ぐぷッ!? おぶえろろろろぉ……」
 突然腹を襲った衝撃に少女の身体は電気に撃たれたように跳ね、白濁した液体を滝のように吐き出した。
 こんな風にスノウや朝比奈の腹を殴ったらさぞ興奮するだろうなと豚は思った。
 できることならスノウと朝比奈を同時に縛り上げて自由を奪い、腹を交互にめった打ちにしたい。顔は殴ってはダメだ。その後レイプする時に楽しみが減ってしまう。二人とも最初は激しく抵抗するだろう。スノウは酷い言葉で罵るのかもしれない。いいことだ。抵抗が激しいほど屈服させた時に興奮する。
 二ヶ月前、無能な部下どもがヘマさえしなければ、あったかもしれない未来だ。
 もちろんその日のうちに全員殺した。
 ついでに用済みになった三神も殺してやろうかと思ったが、奴は事件直後に姿を消してしまった。
 ノイズからの連絡も途絶えた。
 三神は事件の日はノイズと一緒にいたはずなので、もしかしたらノイズが直々に手を下したのかもしれない。そうでなくとも、そもそもあの無能な男が全国的な指名手配から逃れられるはずがないのだ。いずれは死ぬしかない。
 事件直後、三神は連日のようにテレビやネットを賑わせた。もともと注目度の高かったベンチャー企業の社長が前代未聞の事件を起こしたということで、生い立ちから現在の派手な生活ぶりが広くメディアで紹介された。三神の旧友や元恋人を自称する何人かの人間がテレビや週刊誌のインタビューに応じ、昔から自己愛が強く誇大妄想をする癖があったと語った。耳目を集めるという意味では、三神は無能な男だがアイコンとしては優秀だったのだろう。わかりやすい成功者を演じ、中身が無いにもかかわらず、さも自分と自分に関わるものに価値があると群衆に錯覚させる能力に長けていた。
 電波ジャック事件は三神のそのような特性を生かした素晴らしい手法だった。
 当然のことながら社会は大きく混乱した。
 電波ジャック直後、過去にレイズモルトを口にした者の何割かがパニックになった。いきなり聞き覚えのない「人妖」などという怪物に変異させられる可能性があると聞かされたのだから無理もない。パニックによる発狂で暴れる者や、恋人や配偶者に襲いかかる者が少なからずいて、しばらくの間は昼夜問わず救急車や警察車両のサイレンが鳴り響き、外出を控えるように政府から通達が出された。数日が経つと、ネットを中心にデマが広がり始めた。夫の全身に熊のような体毛が生えてきた、狼のように犬歯が発達した人間に襲われたなどという突拍子もないものを中心に、さまざまな噂が飛び交った。しかし、結局誰が人妖に変化したのか、人妖に変化するとどのようになるのかは誰もわからず、専門家を名乗る何人かの人間の懐が温まっただけだった。
 二週間もすると、各地で強姦事件が相次いで発生するようになった。社会の混乱に乗じた卑劣な犯行と報道されたが、豚には養分が尽きそうになった人妖の犯行であることが直感的にわかった。人妖は食事でもある程度活動することが可能だが、根本的には異性の人間との粘膜接触なしには十分な養分補給ができず、やがて活動できなくなる。電波ジャックで人妖になった人間が本能に基づいて人間の異性を襲ったのだろう。
 そしてレイズモルトを飲んだと周囲に吹聴していた学生が殺害された事件を皮切りに、全国で「人妖狩り」と称する傷害事件、殺人事件が散発した。ある家の者がレイズモルトを飲んだと噂が広がれば、翌日には不審火で家が全焼した。社会全体が疑心暗鬼に包まれていき、この年の離婚率は記録的な数値を叩き出した。
 政府は人妖の存在について頑として認めなかったが、レイズモルトは違法薬物に指定されて所持と使用が禁止された。
 レイズモルトの価格はすぐさま暴騰し、ダークウェブでの複数人で購入して回し飲みする非合法なイベントが各地で開かれた。
 通称「人間卒業オフ」と言うらしい。
 豚が初めてそのイベントの話を聞いた時、もう少しまともなネーミングを誰も思いつかなかったのかと本気で思った。いや、そんな知能の連中だからこそ、こんな馬鹿なイベントを思いつくのだろう。何の努力もせずに手軽に自分以外の何者かになりたい欲求がある連中にとって、レイズモルトは金と多少のコネがあれば欲求を満たすことができる便利な道具になった。道具が便利になることに反比例して、群衆はどんどん馬鹿になっているのではないかと豚は思う。ある時テレビカメラが「人間卒業オフ」に潜入したこともあった。厚いモザイクの向こうで下品なスーツやドレスに着飾った男女がプラカップに入ったレイズモルトをひと舐めし、三神の電波ジャックの映像が流れると熱狂した。目が痛くなるような青いスーツを着た男がマイクに向かって「生まれ変わった気分だ」と興奮した様子で言い、直後に背後から別の男に殴られて昏倒した。それをきっかけに会場内は乱闘騒ぎになり、結局カメラが壊されて映像が終わった。酷い内容だった。「人間卒業オフ」はドラッグパーティーというよりは、新興宗教団体の集団トランスのように豚には見えた。
 やがて自衛隊が投入され、時間の経過と共に世の中の混乱は表面上は収まったように見えた。
 しかし電波ジャック事件の前と後では社会は大きく変わってしまった。
 人間と姿形が変わらない怪物がいるのかもしれない、もしかしたら自分も怪物になっているのかもしれないという不安の棘は、錆びた釘のように人々の心に突き刺さったまま抜けることはなかった。
 ノイズの思い通りになったな……と豚は思った。
 目的は「混沌」だとノイズは言っていた。人妖を利用し、人々に”ほどよく”疑心暗鬼を植え付ければ、簡単にそのような状態になると。「混沌」をもたらした後にノイズが何をしようとしているのか豚は知らないが、人妖の──自分達の存在を明るみにすることは豚の望みでもある。その頂点に自分が立つことができれば尚のこと良い。当面の間の利害関係は一致している。ノイズは何を考えているのかわからず正直に言って不気味だが、異様に頭が良く、財力や技術も十二分に持ち合わせていることは確かだ。三神のアイコンとしての才能を見いだし、レイズモルトもあっという間にブームにさせ、人妖への変異薬もいつの間にか開発してレイズモルトに混ぜ込んでいた。ノイズは豚の好みで言えばババアと呼んでいる年齢だが、取り入っていて損は無い。ノイズに気がつかれないように増えた人妖を配下に置けば、これからも甘い汁が啜れるはずだ。
 不意に豚の携帯電話が鳴った。
 知らない番号が表示されている。
 直感的にノイズからだと豚は察した。
「はい、豚でございます」
 豚は腹を殴られ続けてガクガクと痙攣が始まった少女を投げ捨て、目の前にノイズがいるかのように平身低頭して通話ボタンを押した。
「お久しぶりです。お食事は楽しめましたか?」
 通話口からノイズの柔らかい声が聞こえた。
 豚は頭を床と水平に下げたまま、反射的に周囲に視線を送った。
 ──どこから見ているんだ?
 四方からノイズの視線を感じるような気がして、豚は背中に虫が這うのを感じた。


次回は約2週間後に更新予定です。
※こちらの文章はラフ書きになりますので、製本時には大きく内容が変わる可能性があります。

名称未設定-5のコピー



 ノイズが冷子の後頭部の髪を鷲掴みにして、その顔面をコンクリートの壁に叩きつけた。何度も打ち付けられたのだろう、コンクリートの壁は血まみれだ。冷子はダメージによる神経系の混乱が起きているのか、手足の形状が触手になったり人型を取り戻したりと目まぐるしく変形し続けている。頭部はかろうじて人型を保ったままだが、それはあくまでも人間の頭部と同じシルエットを保っているとうだけで痛々しいほどに原型をとどめていない。
 壁から冷子の顔が引き剥がされる。歯は全て折れ、鼻を中心として顔面が陥没し、左目はシオンのヘッドドレスの金属芯が刺さったままだ。
 ノイズが笑みを浮かべたまま冷子のボロボロになった顔を覗き込むと、冷子もかろうじて開いている目でノイズを見た。
 目の前のこの女は誰だ……と冷子は思った。さっきまでシオンだったはずなのに。死にかけていたはずなのに……。
「──なるほど、とても興味深い。なぜ人体が軟体動物のように変異できるのか、骨格がどのように変化しているのか、とても気になります。なによりこのビジュアルが素晴らしい。まさに化け物と言って差し支えない醜悪さ。不安と恐怖と嫌悪感を与えるには最適な姿ですね」
 目の前で行われている暴力をまるで意に介さないように、ノイズが笑みを浮かべたまま穏やかな口調で言った。
「ねぇ、少し剥がして中身を見てもいいですか? この頑丈さなら皮膚や筋肉の半分くらい失っても問題ないですよね? どの程度のダメージが致命傷になるのかも気になります。色々ゆっくりと調べて──」
 ノイズが言い終わる前に、上階の孤児院からひときわ重い衝撃が響いた。天井の欠片がノイズと冷子のすぐそばに落ち、壁にも大きなひびが入た。
「残念ながら、時間はあまり無さそうですね……」と、ノイズが言った。
 階上の轟音は巨大な蛇が暴れている様子を思わせた。
 原因はわからないが、崩落は時間の問題だろう。
「ぁ……あ……」と、冷子が声にならない声を出した。
「ん? なんですか?」
 ノイズが笑みを浮かべながら、冷子の口元に耳を近づけた。
「……あなた……誰なの? 如月さんは……?」
 冷子の瞳にノイズの姿が映る。ボロボロになったシオンのメイド服を着ているが、赤い毛がまだらに混ざったツインテールは両方とも解け、綺麗な緑色の瞳は下半分に血のような赤色が迫り上がっている。こんな人間は知らない。少なくとも先程まで対峙していたシオンではない。
 ノイズはくふっと静かに笑った。「ダメですよ。私の大切な人を傷つけるような『悪い子』には、教えてあげません──」
 ノイズは再び冷子の顔面を壁に叩きつけた。そして冷子の後頭部を目掛けて思い切り膝をぶち当てた。壁とノイズの膝に挟まれ、ベキリという音を立てて冷子の頭頂部が割れた。一瞬置いて、風船の空気が抜けるような音が冷子の喉から漏れ、そのままズルズルと床に倒れて動かなくなった。
「あら? 死んでしまったんです? 脳の破壊には耐えられないみたいですね」
 ノイズは動かなくなった冷子の身体をゴミをどかすように部屋の中央に蹴飛ばした。受け身も取らず、反応も無い。完全に絶命している。かろうじて人型を保っていた冷子の身体は溶けるように崩れ、とうとう内臓の寄せ集めのような形になった。頭部だった場所も今ではどこが目鼻だったのかもわからない。
 まぁ気持ち悪いとノイズが言い、かたわらに落ちていた冷子のボロ切れのようになった衣服を拾い上げた。擦り切れたポケットから数枚のカードキーが落ちる。この地下研究所の、冷子の個人的な研究室のようだ。
 その研究室は小さいながらも、建物に比べれば近代的な設備を備えていた。ノイズは棚のファイルに目を通し、デスクトップパソコンのスイッチを入れてデータをどこかへ送信した。ノイズはまるで料理を作るように鼻歌を歌いながらファイルを数冊見繕い、保管庫の中の試験管を保冷バッグに入れた。そして部屋を出る時には数種類の薬品を選んで部屋の角に投げた。瓶が割れて薬液が反応すると一瞬強く発光し、瞬く間に部屋全体が炎に包まれていった。


「アスクレピオスから分析結果が届いたわ」
 会議室に入ってくるなり、スノウは険しい顔をしながら言った。
 三神の電波ジャック事件から二ヶ月。スノウは来日予定を無期限に延長して日本に留まっている。ホテルに滞在しながらリモートで本業の仕事をこなし、空いた時間はアンチレジストで戦闘訓練に参加したり、アスクレピオスに協力を仰いでサンプル分析の協力を行なったりしている。電波ジャック事件にノイズが関わっていることは間違いない。訓練を積んで来たるべき戦闘に備えながら、アンチレジストに全面的に協力することがノイズにたどり着く近道だとスノウは判断した。
 会議室にはスノウが気を許す面々──美樹と綾、鷺沢と朝比奈が座っている。特に朝比奈とは歳が近いためか気が合うらしく、しばしば言い合いになりながらも朝比奈がスノウの訓練に付き合ったり、スノウが朝比奈を食事に誘ったりしているようだ。
 スノウがタブレットを操作すると、大型ディスプレイに電子顕微鏡で撮影した映像が映し出された。
 四人がディスプレイに注目する。
 月面着陸船のような形状の物体が液体内をゆらゆらと漂っている。人工物のように見えるが、電子顕微鏡で見なければならないほどの人工物などあるわけがない。
「なんだこれは? バクテリオファージか? こんなものがレイズモルトの中に入っていたのか?」
 美樹の言葉にスノウが頷いた。
「ええ。ただ、見た目は近いけれど、こいつは全くの別物よ」
「あの……」と、綾が言いづらそうに小さく手を挙げていった。「ごめん、バクテリオファージってなに?」
「ああ、バクテリオファージというのは、細菌にのみ感染するウイルスみたいなものよ」と、スノウが言った。「見ての通り人工物のような不思議な形状をしているけれど、自然界にはごくありふれた存在で、食べ物や私たちの皮膚にもたくさん付着しているわ。細菌専門なだけあって人間には無害。食べたり飲んだりしても全く問題はないし、むしろ食品添加物として抗ウイルス効果も期待されているの」
「へぇ、初めて知ったわ」と、綾が自分の手のひらを見ながら感心したように言った。「じゃあ、ウイスキーの中にいても問題はないの?」
 スノウが首を振った。
「本来はアルコール濃度の高い蒸留酒の中では生存できないはずよ。アルコール耐性のある微生物もいないわけではないけれど、まだ発見数も少ないし。それにさっきも言ったけれど、これは形状は似ているけれどバクテリオファージとは全くの別物。これを見て」
 スノウが動画を再生した。
 それまではゆらゆらと漂っていただけの微生物が突然痙攣したように震えると、一瞬で全身に棘のようなものが無数に生えた。頭部もドリルのように変形し、先ほどとは打って変わって活発に動きはじめた。会議室の中にいる全員が息を飲んだ。
 スノウが話を続けた。「この微生物はバクテリオファージに酷似しているにも関わらず、細菌には全く関心を示さない。それに特定の条件を与えるとこのような攻撃的なフォルムに変形して活性化するわ。各所に手配して入手した数十本のレイズモルトを全部分析して、人工チャームが入ったものが約三分の一。そしてこのバクテリオファージみたいな微生物が入ったボトルは一本だけ。三神が電波ジャックで言っていた、人妖に変異できる、いわゆる『当たり』のボトルがこれでしょうね。そしてこの微生物は活性化した状態でも細菌には全く関心を示さず、試しに人間の細胞を投入したら恐ろしい速さで飛び付いて、細胞壁に穴を開けて何らかの遺伝子情報を投入したわ。投入した遺伝子情報は解析中だけれど、この微生物が人間を人妖に作り替える鍵だと思って間違いない。活性化の条件はもう気付いていると思うけれど、電波ジャック事件の時に流れたあのノイズ混じりのラフマニノフ、ピアノ協奏曲第二番。あのノイズの中の特殊な周波数が、おそらくは活性化のスイッチになっていると思うわ」
「まるでリモコン爆弾ですね」と鷺沢が淡々とした声で言った。「この微生物もノイズが造ったんですか……?」
「リモコン爆弾、まさにその通りね」とスノウが言った。「ただ、いくらお姉様の頭脳とはいえ、さすがにこんなものを数ヶ月でイチから造るのは不可能よ。ベースとなる微生物が既に存在していて、ノイズはそれをリモコン爆弾化したんだと思う。人体実験するわけにはいかないから、この微生物が一匹でも体内に入れば人妖に変異するのか、それともボトル一本分飲まないと効果がないのかはまだわからないけれど、もし私が同じものを造るとしたらウイスキーの常識的に考えて、約三十から六十ミリリットルの飲用で作用するように調整するでしょうね。私達の目の前で人妖に変異した男性隊員達も、おそらくそれくらいの摂取量だったはず。いずれにせよ、ノイズ自身は全く表に出ることなく人妖を増やすことに成功しているわ。チャーム入りのレイズモルトで多くの人を中毒に近い状態にさせて、この微生物入りのボトルも混ぜておく。そして電波ジャック事件を起こして一斉に発動させた。恐ろしいことよ……」
「ベースは冷子が造っていた薬かもしれないな。薬と称していたが、正体はこの微生物か」と、美樹が言った。「シオンと入れ替わったノイズが孤児院の地下研究所で冷子の研究を見つけていたとしたらタイミングが合う。地下研究所は孤児院と一緒に全焼しているが、その前にデータを持ち出して研究を続けたとしたら……」
「問題はどこで研究を続けたのかよ。それなりの設備が必要だし、こんな重要な研究は冷子も絶対にバックアップを取っているはず。ひとつあるでしょ? お姉様と冷子それぞれに縁があって、それなりの設備が揃っている場所が」と言いながら、スノウが真剣な顔をして身を乗り出した。
「──アナスタシア聖書学院の研究棟か」と、美樹が真剣な顔をして言った。
 突然警告音が鳴り、室内全員の腰が浮いた。人妖関連の事件が発生したときに鳴るブザーだ。綾がスマートフォンに表示された内容を見て、「また『人間卒業オフ』か……」と呆れたようなため息をついた。


次回は約2週間後に更新予定です。
※こちらの文章はラフ書きになりますので、製本時には大きく内容が変わる可能性があります。

↑このページのトップヘ