Яoom ИumbeR_55
LAST COLLECTION
[ NOIZ ] _ノイズ

[PLASTIC_CELL]の最後に少しだけ出ましたが、新章で登場する新キャラクターを紹介させていただきます。シオンさんの妹、スノウです。ちょっと生意気ですが根はいい子なので、可愛がってあげてください
イラストはスガレオンさんに協力いただきました。
スノウ立ち絵のコピー

NOIZ立ち絵のコピー

NOIZ

「キリがないな……」と、美樹がポツリと言った。額や口の端が切れ、白衣(びゃくえ)には赤い花弁の様に血の赤が点々と落ちている。
 美樹は肩で息をしながら、ホールの中央に立っていた。片手で調度品の燭台を三叉槍のように持ちながら、空いた方の手でポケットを探った。そして、タバコを久留美に渡したことを思い出して溜息をついた。
 燭台の先端は赤黒い血で濡れ、周囲には蓮斗の肉片が散らばっている。
 玄関ホール中には、蓮斗が階下から吸い上げたガソリンの匂いが充満していた。ガソリンを養分にすることはかなりの負担らしく、蓮斗は定期的に身悶えするように苦しみ、油の匂いのする吐瀉物を吐き続けた。蓮斗の身体は膨張を続けて、もはや触手が不規則に生えた卵形の肉塊になっていた。目や口は完全に埋没し、血管が透けて見える灰色のぶよぶよとした肉の塊は、悪い夢に出てくる異世界の怪物を思わせた。美樹が切断しても切断しても蓮斗の触手は何回も生え変わり、本体の所々は美樹の攻撃によって破れ、赤茶色の汁が漏れ出ていた。
「……死ねないのか?」と、美樹は言った。おそらく冷子も持ち合わせていた再生能力が暴走し、無秩序に新陳代謝を繰り返しているのだろう。こちらも体力も限界が近く、集中力や技の精彩を欠いているのが自分でもわかった。
 攻防の後、疲労から美樹の意識が一瞬抜けた瞬間、触手が美樹の胴体に巻きついた。そのまま野球ボールのように投げられ、玄関付近の壁に叩きつけられる。背骨が軋み、身体中の空気が強制的に吐き出された。
「かは……ッ!」
 美樹の身体が崩れ落ち、床に頬を付けてうつ伏せに倒れた。視界の隅に映り込んだ開け放たれたドアからは、相変わらず雪が吹き込んでいる。音や痛みといった感覚は、まるで幽体離脱してしまっにように遠く感じた。
 ふと、シオンは大丈夫だろうかと思った。実力でいえば、シオンは間違いなくアンチレジストのトップだ。仮想敵とのトレーニングでは、難易度が最高レベルの相手でも難なく倒してしまう。しかもその明晰な頭脳で、敵の弱点把握と、どこをどう攻めれば効果的にダメージを与えられるかを瞬時に把握する才能も備えている。しかし持ち前の優しい性格から、敵に対しても無意識に手加減してしまう癖があった。弱点や、効果的にダメージを与える方法を瞬時に把握できるからこそ、その才能を逆に使い、相手にとって最も苦痛の無い方法で攻撃するスタイルになっている。そのため、時として攻撃は決め手を欠き、思わぬ苦戦を強いられることも多かった。冷子が階下に降りてから、どれくらいの時間が経ったのだろう。いつもの癖で下手に手加減をして、窮地に立っていなければいいのだが。
 触手が伸びて、美樹の首と胴体に巻き付いた。そのまま足が床から離れるほどの高さに持ち上げられる。蓮斗の中心が、縦に割れたザクロの様に大きく開いた。褐色の粘膜の中に、人間の歯が無数に生えている。無理やり口を開けているせいで、蓮斗のどこかの骨がパキパキと音を立てた。食べる気か……と美樹は思った。身体はまともに動きそうもない。
「……まぁいい。食え」
 美樹は微かに笑いながら、燭台を床に捨てた。
「お前は私だ、蓮斗。私も少し道を間違えていたら、お前みたいになっていたのかもしれない。私が全てを恨んで、お前みたいな化物にならなかったのは、無数にある未来の可能性のひとつに過ぎない。施設に入って今の親に拾われていなければ、どうせ子供の頃に死んでいたか、”そう”なっていただろう。元から私には、何も無いのだから……」
「そんなことありません!」
 不意に大声が聞こえ、美樹は雪が吹き込んでいるドアに視線を移した。桃色の髪の毛に、白いリボンが見える。
「……久留美?」
「なんでそんな悲しいこと言うんですか! 自分には何も無いなんて……私や、水泳部や学院のみんなが、どれほど先輩に憧れているのか、なんでわからないんですか! 見た目は少し怖いですけれど、悩みにも親身に相談に乗ってくれて、いつも助けてくれて、すごく格好良くて……そんな先輩が好きだって、私さっき言ったのに、もう忘れちゃったんですか!」
 久留美は目を瞑って叫ぶと、美樹の元に走った。ドアの外には、思い詰めたような顔をしたシオンの運転手、山岡の姿が見えた。蓮斗が久留美の方を向く。触手の何本かが、久留美に向かって伸びた。
「やめろ!」
 美樹が叫んだ。胴体に巻き付いた触手をまさぐるが、緩む気配はない。美樹は本能的に右腕に嵌っている金属製の手甲を外した。
「うおぉぉぉぉ!!」
 美樹は絶叫し、渾身の力で手甲を蓮斗の口内に投げつけた。
 突如体内に侵入した異物に蓮斗が怯む。拘束が緩んだ隙に美樹は触手から抜け出し、久留美の元に走った。
「馬鹿! なぜ戻ってきたんだ!?」
「ごめんなさい……でもこれを見ていたら、もう先輩と会えない気がして……山岡さんに無理を言って……」
 久留美が震える手で、美樹のショートホープとジッポーライターを取り出した。美樹は何回かタバコと久留美の顔を見た後に、そうか、と言って久留美の頭をくしゃっと撫で、タバコとライターを受け取った。美樹の背後から、蓮斗がゆっくりと近づいてくる。
「……走れるか?」と、美樹は蓮斗に背中を向けたまま言った。
「大丈夫です。見た目よりも体力があること、先輩も知ってますよね?」
 久留美が小さくガッツポーズを作った。美樹が微かに笑いながら頷く。
「よし、行くぞ」
 美樹は久留美の手を引きながら、アーチ状の階段を駆け上がった。蓮斗の触手が伸びてくるが、美樹は蹴りで捌きながら吹き抜けの二階部分へと移動する。美樹と久留美はバルコニーから階下の蓮斗を見下ろした。
「先輩……いったい何と戦っているんですか……?」
 久留美の身体が小刻みに震えている。落ち着いてようやく事態を把握したのか、異形の怪物に少なからずショックを受けてるようだ。
「あれは……蓮斗だ。信じられんと思うが」
「……えっ? 蓮斗……さん?」
 久留美が両手で口を覆った。
「詳細は省くが、奴はもう元には戻れない……。気の毒だとは思うが、楽にしてやろう」
 久留美が美樹を見上げながら、少し不安げな表情で頷く。キィンという鋭い金属音を立てて、美樹は片手で器用にジッポーに火をつけた。ショートホープを口に咥え、火を灯す。長い時間をかけて吸い込み、天井に向けて煙を吐いた。久留美はそれを、いつまでも見つめていたいと思った。
「合図をしたら、すぐに私に掴まれ」と、美樹が言った。
 蓮斗がバルコニーの二人に向かって、ゆっくりと触手を伸ばしはじめた。
 美樹が紫煙を長く吐きながら、火のついたタバコを人差し指と中指で弾いた。タバコはまるで意志の強い蛍のように、赤い残像を残して蓮斗に向かってまっすぐ降りていった。
「掴まれ!」
 美樹が言うと同時に、低い着火音が響いた。
 蓮斗から滲み出たガソリンにタバコの火が引火し、火柱が天井に向かって伸びる。
 久留美は夢中で美樹の胸に飛び込んだ。美樹はそのまま久留美を抱き抱え、背後の窓を破って屋外に飛んだ。
 金属を擦り合わせたような蓮斗の悲鳴が、ホールに反響する。
 美樹が久留美を庇ったまま、屋外の地面に背中から落下した。分厚く積もった雪がクッションになり、思ったほど衝撃は強くなかった。
 建物内部は真っ赤に燃え上がり、割れたガラスから蓮斗の悲鳴が外まで響いてきた。美樹と久留美は炎に照らされたまま、しばし茫然とその光景を眺めていた。
 しばらくすると蓮斗の悲鳴は徐々に小さくなり、炎が建物を舐める音だけが残った。
「……あれ? 山岡さんは?」と、言いながら久留美が周囲を見回した。どこかに避難したのか、姿が見えない。火はホールの天井に燃え移り、太い梁が燃える音が聞こえてきた。
「少し待っていてくれ」と、美樹が言った。「シオンがまだ中にいる。建物が崩れる前に連れ出さないと危ない」
 すぐに戻ると言いながら、美樹は燃え盛る建物の中に入った。幸い、シオンの落ちた穴の周囲の炎は薄く、美樹は迷うことなく飛び込んだ。

 階下まで炎が回っていないのは幸いだった。レトロな作りの上物に比べて、穴の真下の部屋は遺棄された広い手術室のような作りで、不気味に静まり返っていた。
「……なんだ、これは?」
 着地した瞬間、美樹は目の前の光景に戸惑い、そのままの姿勢で静止した。
 リノリウムの床に、内臓のようなものがぶちまけられている。それはぬらぬらと光って、今まさに動物から引きづり出したかのように新しかった。
 美樹は注意しながら近づくと、それは内蔵ではなく、灰色の触手の塊だった。死んでいるのか、ぴくりとも動かない。先端の一部が肌色に変色し、人の頭ほどの大きさに膨らんでいる。それは、なにか硬いものを何回もぶつけられたように全体がボコボコと落ち窪んで、酷く歪な形をしていた。
 肉塊のそばにはハンカチほどの大きさの白い布が落ちている。美樹はそれを拾い上げた。上質なシルクで、細かいフリルと織り模様が施されている。
 シオンのヘッドドレスだった。
「これは……冷子か?」
 美樹が触手の塊を見ながら、呟くように言った。
 直後、天井が崩れる音が聞こえた。
 美樹はヘッドドレスをスカートのポケットにしまい、落ちてきた穴を通って地上に急いだ。ホールには動かなくなった蓮斗がいた。炎は勢いが止まらず、中心の蓮斗は真っ黒に焦げた泥団子のように見えた。火が回った床の一部が崩れ、先ほどまで美樹がいた部屋の真上の床が崩落する。炎は天井に延焼し、建物全体がいつ崩れてもおかしくない状況だ。
 建物を出ると、美樹は久留美の手を引いて、自分のバイクが止めてある門まで急いだ。
「寒いと思うが、少し我慢してくれ」と、言いながら美樹はバイクに掛けてあった自分のライダースジャケットを久留美に着せた。
「でも、先輩が……」
「大丈夫だ。私の服は特殊繊維で、一般的な高機能繊維よりも保温性が格段に高い。しっかり掴まっていろ」
 久留美はバイクに跨った美樹の後ろに座り、しっかりと美樹の腰に腕を回した。バイクのエンジンが低音の唸りを上げる。美樹は久留美にヘルメットを被せると、雪煙を巻き上げながらバイクを走らせた。

 長い金髪が吹雪に踊っている。
 エンジンのかかったレクサス。
 後部座席のドアに手をかけながら、山岡が腰を九十度に曲げて待機している。
「……お待ちしておりました」
 山岡が言った。その声は寒さと緊張で微かに震えている。
「ノイズ・ラスプーチナ様……」
 山岡がタイミングを見計らって後部座席を開け、細心の注意を払いながら静かにドアを閉めた。自分も素早く運転席に乗り込む。
「……実際にお会いするのは、初めてかしら?」
 運転席の座席を足先でなぞられている感触があり、山岡の背中がぞくりと粟立った。震える手でギアを入れ、アクセルを吹かす。
「行き先は……そうね──」
 氷の上を流れる冷気のような声だった。
 かしこまりました、と山岡は絞り出すように言った。背後で孤児院の建物が崩れ落ちる音が聞こえた。

 一週間後。
 モスクワからの飛行機は、定刻を少し遅れて成田空港に到着した。
 ビジネスクラスの優先対応を受けながら、ゴシックアンドロリータのワンピースを着た少女がゲートを通過した。つまらなそうにチュッパチャプスをコロコロと咥えながら、黒いスカートのポケットに両手を突っ込み、ジト目で周囲を見回しながら歩いている。厚底の靴を履いているが背は低く、まだ子供と言っても差し支えない雰囲気だ。
「……国は狭いのに、空港は大きいのね」と、少女はロシア語で呟いた。
 赤いリボンでツーサイドアップに結ったプラチナブロンドの髪が歩くたびに揺れ、エメラルドグリーンの瞳は強気な印象を放っている。その目立つ姿に、すれ違う乗客の多くが振り返っている。上から下まで西洋人形のような完璧な格好だが、なぜか片方のリボンだけがやけに古ぼけていた。
「待っててね……お姉様」
 少女は自分にしか聞こえない声で囁くと、タクシー乗り場に向かって足を速めた。


[Plastic_Cell]






新章、春ごろに開始します。
キャラクタービジュアルは、早ければ明日1月26日に公開できるかもしれません。
→すみませんが、色々と思うところがあり後日とさせてください。
NOIZ

次回が最終話となります。
最終話は1月25日(土)に更新予定です。





 上階から、重いものを床に叩きつけているような音が断続的に響いてくる。美樹と蓮斗の戦闘はまだ続いているのだろう。大部分がひび割れてしまった天井の石膏ボード。破片が断続的に降り落ちてくる。そのうち全体が崩落するのではないかと、シオンはわずかに不安になった。冷子を拘束してからオペレーターに回収の依頼をして、自分はできるだけ早く美樹の応援に行かねばならない。
 シオンは自分の太ももの間から顔を出している、虚な目をした冷子から視線を外し、ゆっくりと前を向いた。
 瞬間、息を飲んだ。
 状況が理解できなかった。
 冷子が右肩を押さえた姿勢のまま立っている。
 頭は?
 確かに私の下にあるのに……?
 冷子の首の部分が、灰色の細長いホースのように伸びて、シオンの肩越しに股の間の頭と繋がっている。視線を正面に戻した。冷子の身体が、早回ししたビデオ映像のようにブルルッと震えた。タイトスカートから覗く脚や、胸元の肌の色が徐々に灰色になる。ぞわりとした悪寒がシオンの背中に走った。咄嗟に視線を下げ、冷子の顔を見る。すでに顔全体がナメクジのようなマダラな灰色になっていた。瞬間、巣穴に逃げむ海蛇のように、一瞬でシオンの尻の下に引っ込んだ。冷子の頭は伸び切ったゴムが戻るように棒立ちの身体の方に吸い込まれていき、粘度の高い水面に投げ込まれた石のように「どぷん」と肩の間に沈んだ。
 まずい。
 シオンが危機を察知して立ち上がろうとした瞬間、冷子のシャツを突き破って触手の群れがぞるるっと湧き出た。
「ひっ!? きゃああッ!」
 蛇の大群のような触手が、無茶苦茶な動きでシオンに襲いかかった。冷子の身体は跡形もなく崩壊して、主人を失ったスーツだけがボロ切れのように床に残されている。触手の塊は粘液を撒き散らしながらシオンの腕や足に絡みつきながら、ものすごい力でシオンの背中を壁に叩きつけた。
「あぐッ?! な……なんですかこれ……?」
 両手足にまとわりついている触手を見ながらシオンが言った。右脚を締め付けている触手の一部がカタツムリの目のように伸びて、シオンの顔の前で先端が膨らんだ。先端は徐々に卵形の球体になると、次第に冷子の顔のような形になった。しかし形を保っているのが難しいらしく、目や鼻の形が泥のように流動的で定まらない。
「これだけは……使いたくなかったのよ……」と、冷子の顔のようなモノが言った。粘液の湖に湧き出る泡のような酷く不明瞭な声だった。「こうなると、元の姿に戻るのが大変なの。人体というのは不思議なものでね、自分の身体のことを自分以上にとてもよくわかっている。脳の記憶以上に、身体の記憶というのはとても強いのよ。だから腕や脚みたいな、身体の末端を触手化しただけだったら、その部分は脳が意識せずともすぐに元に戻る。身体の記憶を辿ってね。でも、元の身体が『コレ』だったらどうなると思う? 身体の記憶が書き換えられ、いくら脳が人間の姿を記憶していても、身体のほうが拒否してしまう。お前の元の身体は人間ではなく『コレ』だ、とね……」
 触手が寄り集まり、ボディビルダーの腕のような太さになった。シオンの瞳に怯えの色が浮かぶと同時に、撞木が鐘を突くようにシオンの腹部に突き刺さった。
「ゔっぶぅッ?! が……ごおぉぉぉぉッ!!」
 あまりの威力に胃液がこみ上げ、温かい液体がシオンの喉を逆流して床に落ちた。
 腕はさらに何本も増え、ガトリングガンの様にシオンの剥き出しの腹に埋まった。複数の極太な触手による一撃一撃が強烈なボディーブローを高速で喰らい、シオンの腹部が餅のように歪に潰れる。
「がぶッ!? ぐぇあッ!? おぼッ! ぶぐッ?! ごぇッ!」
 シオンの身体はガクガクと痙攣し、一瞬攻撃が止んだと思いきや鳩尾に強烈な一撃が突き刺さった。
「ゔっぶ!?」
 磔の状態になっているシオンは当然防御などできるはずもなく、電気ショックを受けたように身体が跳ねた。同時に触手の拘束が解かれ、シオンの身体は投げ捨てられたマリオネットのように床に崩れ落ちた。
「がっ……! ゔッ……ごぇっ……」
 シオンは亀のように身体を縮こませ、内臓からこみ上げてくる苦痛の波に耐えている。歯を食いしばってなんとか顔を上げると、霞んだ視線の先に、猫の死骸に集まった蛆虫のように蠢く触手が見えた。徐々に触手は境目を無くしてスライム状になると、床を滑るようにシオンに急接近した。スライムはそのままシオンの身体を飲み込む。温かい粘液のプールに溺れているような状態になり、シオンは一瞬天地がわからなくなった。息をすることもできず、顔から血の気がひいてくるのがわかる。
「このまま窒息させてもいいけれど……少し話をしましょうか?」と、不明瞭な冷子の声が聞こえた。直後、シオンは再び背中を壁に叩きつけられ、顔周辺の粘液が引くと同時にシオンは激しく咳き込んだ。シオンの両手足には太い触手が巻きつき、再び磔のような格好にされている。
「私がまだアナスタシアに保険医として勤めている頃、よく男子学生と話をしたわ。養分補給のための相手だったけれど、みんな良い子だった……。そして話を聞いてみると、全員が貴女のことが好きだった。酷いと思わない? 私を抱いた後にもかかわらず、貴女に対する好意や憧れを話すのよ? 貴女のことを高嶺の花だとか、別世界の存在だとか言われて……私達人妖は完璧な人間として造られたはずなのに、なんで不完全な人間の貴女の方が優れていると皆思うの? なんで私じゃなくて、貴女なの?」
 溶けたような灰色の顔がシオンに言った。表情は読み取れない。シオンは灰色の顔から目を逸らさず、黙って話の続きを待った。
「……それにね、私達試験管で造られた人妖の性器は、養分補給と、チャームや老廃物を排出することのみを目的とした器官に作り替えられているから、生殖能力を持っていないの……。ねぇ、わかる? 私は涼が好きだったし、彼の子供が欲しかった。でも、彼が生きていようと死んでいようと、その願いが叶うことはない……完璧な人間として造られた代償としてね。貴女はいいわね、子供が産める身体で……」
 細い触手が、シオンの鳩尾から下腹部までをなぞった。冷子の背後で、天井の大きな石膏ボードが落下した。
「なぜ……なぜ私達が、人間が勝手に掲げた完璧な人間などという身勝手な目標のためにこんな身体で造られて、貴女みたいなただの人間が……私達以上に……!」
「完璧な人間なんて、存在しません……」と、シオンは言った。緑色の瞳で、灰色の泥のような冷子の顔の中央にある、眼窩らしい二つのくぼみを真っ直ぐに見つめている。「生きる人は全員、なにかを抱えながら生きているんです。とても重い、その人にしか見えない荷物を背負って、みんな必死に坂を登っているんです。生きていて苦しくない人間なんていません。生まれながら完璧な存在なんて──」
 シオンの身体に巻き付いていた触手が一瞬で解け、そのままシオンの首に巻き付いた。
「がッ?! あがッ?!」
 シオンの両足が完全に浮き、絞首刑のように首に全体重がかかる。シオンは両手で首に巻き付いている触手を掴むが、密着した触手は全く解ける様子がない。
「自分への言い訳のつもり? ねぇ……知っているのよ? 貴女のお父様……ラスプーチナ家の当主を殺したのは、貴女なんでしょう?」
 ジリッ、とシオンの頭に痛みが走った。
「な……? な……にを……?」
 シオンは微かに首を振る。
「忘れたの? 全部調べたのよ。不幸な事故だったらしいわね? 国際的製薬グループの総帥として、世界中を飛び回っていた貴女のお父様が久し振りに帰ってきた。家族と使用人へのお土産をたくさん抱えてね。喜んだ貴女は勢いよく、玄関ホールの階段の踊り場で抱きついた。そして、お父様は階段から落ちてしまった……。お父様は自分の身体をクッションにして貴女を守ったけれど、打ち所が悪くて命を落とした。そして、貴女は無傷で生き残った。表向きは一人で階段を踏み外したことによる事故ということになっているけれど、ロシアにいる私達の仲間が当時の関係者から聞き出したのよ。父親殺しとはまた、随分と重い荷物だこと」
「な……? ち……がっ……」
 気道を塞がれているため、シオンは声を出すことができない。
「その様子だと、本当に覚えていないのかしら? 目の動きで嘘をついていないとわかるわ。随分と都合のいい頭をしているわね?」と言いながら、冷子はシオンの首を締める力を強めた。「でもね、この状況を作ったのは全部貴女のせいなのよ? さっきも話したけれど、貴女がお父様を殺してくれたおかげで、人妖研究最大のパトロン、ラスプーチナ家からの融資が一時的にストップした。内紛が起こっていた各国の人妖研究機関は混乱を極め、融資再開と同時に私達人妖が研究の主導権を握ることができた。本来なら貴女には感謝しなきゃいけないでしょうね? 我々人妖に多大な貢献をしてくれた一族の長女様だもの。その立場でよく人妖退治なんてやってられるわね? メイドだとか奉仕だとか博愛だとか、気持ち悪い愛想を振りまいているのは罪滅ぼしのため? 貴女を好きだった人達が貴女の正体を知ったら、なんて思うかしら?」
「く……あ……ぁ……」
 シオンは涙を流しながら、歯を食いしばって小さく首を振る。シオンの思考はすでにマッチ箱のように小さくなり、視界はやけに明るく狭くモヤがかかっている。冷子の声は聞こえているが、頭の中で言葉と意味が結びつかない。言葉はシュレッダーにかけられたようにバラバラの断片になり、ノイズの洪水となってシオンの頭の中を満たした。
 かくん……とシオンの身体から力が抜けた。
 両手はだらりと床に伸び、目は半開きになったまま光が消えている。口はだらしなく開けたまま、唾液が頬を伝って喉から胸へと垂れた。
「あ……う……くふぅっ……」
 シオンが肺の中の残りの空気を吐き出すような咳をした。
「……さようなら」と、冷子が言った。その声はもはや聞き取れないほど不鮮明だった。
「くふっ……くふ……くふふふふふふふふ……」
 突然、シオンの右手が別の生き物の様に自分の頭に伸びた。ヘッドドレスを毟るように掴み取ると、それを獲物に襲い掛かる蛇のような速さで冷子の顔に突き刺した。油断していた冷子が金属を擦り合わせたような悲鳴をあげる。ヘッドドレスの中に仕込まれていた細長い棒状の金属が、冷子の左の眼窩だった部分に突き刺さっている。冷子の顔全体が、左目を中心に肌色に変色した。シオンの両手が冷子の顔を掴む。直後、ぐしゃり……と音がして、冷子の鼻のあった部分にシオンの膝がめり込んだ。

「シオンVS冷子」も佳境なので、攻撃中のシオンさんをスガレオンさん描いていただきました。
文章のイメージとして活用いただければ幸いです。
[Plastic_Cell] はあと3~4回で最終回となりますので、最後までよろしくお願いします。


シオンさん飛び蹴りのコピー2
55シオンさん飛びカカト

「私は人妖にはなりません……。たとえそれが、どんなに優れた存在であったとしても」と、シオンが静かに首を振った。「他の人を犠牲にしなければ成り立たない存在には、私はなりたくはありません。廃人のようになってしまった人妖事件の被害者の姿を何人も見てきました。そして、私の生家が人妖研究に関わっていて、人妖事件の一端を担っているのなら、私の手でそれを終わらせます。人助けになるのならと始めたアンチレジストの活動ですが、思えば最初から神様が導いてくださったのかもしれません。贖罪なのか、試練なのか……」
 シオンが右のツインテールを手櫛で梳いた。冷子がギリっと歯を噛み締める。
「詭弁を……。いつまでも自分だけは正義の味方でいられるなんて思わないことね」
 冷子の左腕が別の生き物のように伸びた。先端がソフトボールほどの大きさに膨らんだ触手が、壁を背にしたシオンを目掛けて矢のように走る。シオンは直前で回避し、元いた場所の壁が大きく陥没した。冷子のもう一本の腕も触手化して、シオンを追うように伸びる。シオンは壁に向かって走った。追いかける触手がシオンの腰に触れる直前、シオンは壁を蹴って後方に宙返り、自分を追い越した触手に真上から膝を落とした。床とシオンの膝に挟まれた触手は灰褐色から一瞬冷子の肌の色に戻る。冷子が舌打ちする音が聞こえた。その間にシオンは冷子との一気に距離を詰めた。体勢を低くしたまま走り、振り下ろされる鞭のような触手を躱しながら十分に近づくと、そのまま駒のように回転して冷子に足払いをかける。冷子の身体がぐらりと傾くと同時にシオンは上体を起こすと、冷子の頭と腰を抱えるようにして右膝を冷子の腹に突き込んだ。
「ゔぶぇッ?!」
 冷子は濁った悲鳴をあげながら前屈みの体勢になる。シオンは冷子の頭と腰から手を離さず、反動を利用して冷子の身体を持ち上げた。冷子の身体がフッと宙に浮く。シオンはそのまま裏投げの要領で冷子を後方に投げ、背中を地面に叩きつけた。
「ぐえぁッ?! ぐ……ぎ……ぎいぃぃぃぃぃッ!」
 冷子は歯を食いしばったまま、両腕の触手でシオンの身体を抱きすくめた。シオンが冷子に覆いかぶさったまま抱き抱えられるような格好になり、お互いの鼻が触れそうな距離で身体が密着する。
「まともに戦えば強いじゃないの……顔を狙わないところにまだ甘さがあるけれど」と、冷子が苦痛に顔を歪めたまま言った。そのまま触手を解こうと踠(もが)ているシオンに自分の顔をぐいと近づけ、強引にシオンの唇を吸う。
「んぅッ?!」
 突然の感触にシオンは目を見開いた。冷子は触手でシオンの後頭部を押さえつけて舌を強引に吸うと、混ざり合った唾液を舌で強引にシオンの口内に押し込んだ。
「ぐぷっ……?! んむぅッ!」
 合わさったシオンと冷子の唇から、混ざり合った唾液が溢れる。不意に、シオンの背中をぞくりと寒気が駆け上がった。違和感。なんだろう? 自分の口が、麺棒を突っ込まれているように大きく開けられている。冷子の舌だ。自分の口内に侵入している冷子の舌が肥大化している。突然、ずりゅ……と冷子の舌が伸び、シオンの喉奥まで冷子の舌が突き込まれた。
「ぐぇッ?!」
 まるで剣飲みの曲芸だった。
 シオンはすぐさま強引に頭を押さえつけている触手を振り解き、身体を冷子の足下まで抜くと後転して立ち上がった。激しくむせるシオンを眺めながら、冷子は人形のようにゆっくりと上体を起こす。冷子の口から触手化した舌が、五十センチほどダラリと伸びていた。あのまま突き込まれていたら窒息していたかもしれない。
「ひふははひれへらっはろ?(キスは初めてだったの?)」と、バケモノのような形相になった冷子が首を傾げながら言った。舌がぢゅるりと音を立てて、ゴムが収縮するように冷子の口内に収まる。「残念だわ。もう少し味わっていたかったのに……」
「そんな所まで触手化できるなんて……」と言いながら、シオンが汗で貼りついた前髪を直した。「でも……無敵という訳ではないみたいですね」
「……どういう意味?」
 冷子は触手をしならせながら、シオン目掛けて横に払った。シオンは屈んで回避し、次の攻撃に備える。もう一本の触手が自分目掛けて伸びてきた。これを待っていた。シオンは横にずれて回避しながら、小脇ににかかえるようにして触手を掴む。シオンは抱えた触手目掛けて、「ふッ!」と気合を入れながら渾身の力で膝を蹴り上げた。ぐにゃりと変形した触手の色が、一瞬だけ灰褐色から肌色に戻る。シオンはその肌色の部分を目掛けて、すかさず第二撃を加えた。
「がぁッ!」と、冷子が悲鳴をあげた。
「さっき気がつきました……。強い衝撃を受けると、その部分だけ触手化が一瞬解除されるみたいですね。ダメージを与えるには、間隔を開けずに同じ箇所を攻撃するしかないみたいですが……」
 シオンが蹴り上げた部分は軟体動物のような感触ではなく、肌色になった部分には確かに骨の感触があり、シオンの膝にはそれが折れる感触が伝わった。触手は逃げ帰るように冷子の右腕の形に戻る。折れた部分が真っ赤に腫れていていた。冷子は左手で右肩を掴んでいる。
「その腕を捥いで、また新しい腕を生やしますか?」と、シオンは冷子に向かって走りながら言った。「ですが、生えるタイムラグの間に、終わらせます」
 シオンは高く跳躍し、前方に宙返りした。何が来る? 得意の踵落としか? 冷子が身構える。腕を抜くのが先か? 攻撃を受けるのが先か? 受けるのが先だ。避ける時間は無い。冷子は無事な左手を頭上に上げた。振り下ろされる踵を受けて、バランスを崩したところで反撃する。おそらく左腕も折れるだろうが、頭に食らったら確実に失神する。シオンの背中。エプロンを止めている腰のリボン。黒く短いスカートから伸びる太ももの裏側。エナメルの靴が振り下ろされる直前に、シオンと一瞬目が合った。
 衝撃。
「がぁッ!?」と、冷子が叫んだ。
 右肩?
 頭を狙うシオンの右足はフェイントで、シオンの左足が冷子の右肩に振り下ろされた。当然防ぐことはできず、無防備な右肩の骨が砕ける音が聞こえた。冷子の頭上で、シオンが長く息を吸った。何だ? 次は何をする気だ? いつの間にか、シオンの右足が冷子の左肩に乗っている。逆向きの肩車のような体勢だ。シオンが冷子の頭を両手で押さえる。シルクの手袋の感触。シオンはそのままの体勢で、冷子の頭を太腿で強く挟んだ。まずい! 冷子がもがく。シオンはふっと息を鋭く吐くと、冷子の頭を挟んだまま海老反りのように後方に回転した。
 冷子の視界が回転し、頭が引っこ抜かれるように前方の地面に吸い込まれ、激しい衝撃が冷子の脳天を叩いた。
「……終わりです」
 シオンが肩で息をしながら言った。正座をしているような体勢のシオンの太腿の間には、目を見開いた冷子の顔があった。

 細かい破片が、仰向けに倒れたシオンの顔にパラパラと降ってきた。
 階上から落ちた衝撃でショートした脳を回復させるために、シオンは目を瞑ってこめかみを揉む。ロング手袋やトップスなど、戦闘用メイド服は所々が破れて素肌が見えていたが、大きな怪我や傷は負っていない。頭上を見上げると、高い天井からは旧式の無影等が三本のアームを伸ばしていて、その奥のシオンの落ちてきた穴からは何かを叩きつけるような籠もった音が聞こえてきた。壁や床は薄い青緑色の樹脂で、まるで広い手術室のようだ。
 廊下の奥から、カツカツというパンプスの音が聞こえてきた。誰が向かって来ているのかは、もうわかっている。シオンは身構え、その人物が現れるのを待った。
「懐かしいわね……ここはグループホーム『CELLA』の実験室よ」と、言いながら冷子が部屋に入ってきた。ジャケットは既に脱いており、両方の袖が破れてノースリーブのようになったワイシャツが肌に貼り付いている。冷子自らが捥いだ左腕は既に触手が同じ形に再生させており、灰褐色の色でなければ普通の腕と見分けがつかなかった。「ここで被験者の子供たちに様々な薬物を与えて、人妖へ変化する過程を見ていたの。拒絶反応で暴れたり、蓮斗みたいに身体が変化してしまう子もいたから、実験室とは言えちょっと物々しい内装になっているけれど……」
 冷子が壁の所々に設置されている、拘束具を取り付けるためのフックを指差した。
「ホールに行く途中でここを通り、いろいろな資料を見ました……。孤児達を集めていたのは、人間を人妖化して増やす実験のためだったんですね」
「そうよ……。普通の孤児も少しはいたけれど、家庭に問題があって、犯罪者になる可能性が高い子供達を主に集めていたわ。世の中には自分の子供と縁を切りたがっている親は結構いるもので、貴女には想像もつかないでしょうけど、そういう子達は実験の失敗で死んでも誰も気がつかない、便利な存在だったわ」
「そこまでして……」と、シオンが言った。
「なぜ人妖を作ったのか……かしら? 簡単よ。前も言ったけれど、『食物を必要としない人間を作りたかった』。ただそれだけよ。人間の活動は様々だけど、その大部分が食糧を得るための活動であることは有史以前から続く真理でしょう? では、もし人間に食物を摂取しなくても活動ができるようになったらどうなると思う? 人間が最も恐れる飢えが無くなり、食物を奪い合うこともなくなる。人間は生物としての枷が外れて知識のみを追求する、より高次の存在になれるかもしれない……と、研究をスタートさせた人間は考えた。詳しいことは省くけれど、この研究の発端は先の大戦よりも前に遡るわ。各国が表の関係とは無関係に、人妖に関しては秘密裏に手を組んだり裏切ったりしながら、様々な実験を繰り返していた。そして、数十年前に異性の人間からであれば、粘膜接触で養分を吸収できる人妖の開発に成功した。私や、涼がそうね。彼はもういないけれど……」
「あなたも……元は人間だったんですか……?」
「馬鹿言わないでよ」と言いながら、冷子は苛立ったようにサイドの髪を後ろに梳いた。「私や涼は、試験管の中で人口受精させたばかりの卵細胞を遺伝子操作して、代理母に戻して造られたオリジナルの人妖……。人妖としての能力の他に、容姿や頭脳も遺伝子操作の際にイジられる。当時の最終目標のひとつである、人間から人妖に改造する手段を確立させたのも、研究を乗っ取った私たち人妖達よ。上の階で暴れている蓮斗みたいに、意図的に失敗させることもできるけれど」
「乗っ取った……?」と、シオンは息を飲みながら聞いた。
 冷子が言った。「不完全とはいえ人妖を生み出すことに成功した少し後に、人間同士で内紛が起きたのよ。人妖には人間と同じく自我があるし、ただでさえ身体能力や頭脳が高く、おまけに異性の人間さえいれば食事の必要は無い。もし人妖達が自分達に牙を剥いたらどうなるか……。そうなる前に、人妖達は全員廃棄して研究を止めるべきだという意見が出始めた。自分達はとんでもない怪物を生み出してしまったのかもしれないと恐れたのね……。もちろん、人妖を兵器や労働力として研究していた他国の組織は人妖の破棄に猛反発し、研究方針をめぐる争いは各地に飛び火して収集がつかなくなった。それと同時に、人妖研究に多大な援助をしていた最大手のパトロンからの資金が突然ストップしたことも、混乱に拍車をかけた。そして、多くの研究機関が自滅したり解散したりしているうちに、多くの人妖が研究所から逃げ出した……。私もその時に逃げた。勝手に造られて、研究所の人間から養分提供だとか言いながら酷い扱いをされて、挙句勝手に殺されそうになるなんて……我ながら随分と酷い人生だったと思うわ」
「冷子さん……あなたは……」
 シオンが半歩進み出ると、突然冷子の左腕が伸びてシオンの身体に巻き付いた。不意打ちでシオンの上半身は完全に簀巻きの様な状態にされ、勢いよくシオンを自分の身体に引きつけると、額が触れ合うほど顔を近づけながら言った。
「あうっ?! くっ……」
「言っておくけれど、同情なんかするんじゃないわよ……? 同情というのは関係の無い人間がするものよ。貴女、まだ自分が関係無いとでも勘違いしているんでしょう? なんで私達が研究を乗っ取ることが出来たのか、まだ言っていなかったわよね?」
 冷子が聞いたことがないような低い声で言った。シオンは、初めて冷子の本当の声を聞いた気がした。
「人妖の研究には莫大な資金が必要なの……。ねぇ? わかるでしょう? ラスプーチナ家のお嬢さん? 成果の出ていない段階の研究には、優秀なパトロンが必要不可欠なの。貴女のご先祖は薬作りが得意で、一族は今でも世界規模の大手製薬会社として富を築き続けている。貴女の家は代々、人妖研究に莫大な資金を投じてきた。もちろん、研究が結実すればその何倍もの利益が返ってくることを見越してね。さっきも言ったけれど、十年ほど前に貴女のお父様が亡くなってから一時的に融資は途絶えた。でも数年前から突然、何があったか知らないけれど、貴女の家は大きな融資を再開した。私達はそのタイミングで頭の悪い人間に取って代わって過去の研究を引き継ぎ、人間を人妖化する方法を確立した。そして、アンチレジストの創設と運営についても、ラスプーチナ家はかなり絡んでいる。まるで死の商人みたいね? 一方では人妖研究を進めさせ、一方では人妖を悪しきものとして処理しているんだから。どちらに転んでも、貴女の家は更なる名声を手に入れられる」
 シオンの頭にジリッとした痛みが走った。脳裏に、数日前にハッキングして手に入れたアンチレジストの受取金リストが浮かぶ。自分がかつて住んでいた家の名前がトップに記載されていた。冷子はシオンの身体を物のように投げ捨て、シオンはしたたかに背中を壁に打ち付けた。倒れる寸前で、かろうじて壁を背にして立っている。
「資金の流れを見てから……私の家が人妖研究に絡んでいることは想像がついていました」と、シオンが痛みを歯を食いしばって耐えながら言った。「だからこそ……私には、私の使命を果たす責任があるんです。人妖を……人間に戻す方法もあるはずです。そのためには、人妖を一時的に捕獲するしかない……」
「それが身勝手だと言っているのよ……。誰が人間に戻してくれなんて頼んだの? 貴女も味わってみればわかるわ。嬲り倒して瀕死にしてから、人妖に改造してあげる。貴女はとびきり綺麗な人妖になるわよ……?」

お待たせして申し訳ありません。
短いですが、こちらの続きとなります。




 蓮斗の背中から伸びた触手が数多の蛇のように縦横無尽にうねり、美樹に向かって振り下ろされた。速くはない。美樹は攻撃をジグザグに躱しながら、徐々に距離を詰める。横に薙ぐような触手の攻撃を跳躍で回避し、蓮斗の顔に回転で勢いをつけたトンファーを叩き込んだ。トンファーはぐにゃりと蓮斗の肉に埋まるが、ダメージは無い。ならばと美樹はトンファーを握り直し、本体の短い部分で蓮斗の目を突いた。途端に蓮斗から、油が切れた機械のような悲鳴が上がる。すかさずもう一方の目も突き、さらに眉間だった場所に一撃を打ち込んだ。ぶよぶよとした軟体動物のような肉の奥に、硬い骨の感触があった。
「肉の増殖に対して、骨が追いついていないようだな」と、美樹は距離を取りながら言った。トンファーを勢いよく振り、まとわりついた粘液を振り切る。「頭蓋骨の大きさや厚さは元のままか? それ以外もおそらくは……無茶なことを。その重量では脚の骨は今頃粉々だろう」
 蓮斗は触手を槍のようにして美樹に放った。美樹は最小限の動きで躱し、蓮斗の様子をうかがう。蓮斗のへの字に垂れた口から、苦しそうな喘ぎにも似た声が漏れている。蓮斗は何度か美樹に触手を飛ばしたが、いずれも力が無く、躱すのに苦労はしなかった。美樹が妙に感じていると、美樹から逸れた触手は奇妙な動きを見せた。美樹の後方の壁を探るように動き、火の消えた蝋燭を毟るように取ると、ビニールシャッターの様になった唇を押し上げるように蝋燭を口に運んだ。
「なるほど……」
 美樹は蓮斗に向かって突進した。美樹は巫女装束の袖を翻しながら、勢いを殺さないまま重い音を立ててトンファーの柄を蓮斗の喉元に抉りこむ。まるで美樹自身が一本の槍になったような一撃に、蓮斗は悲鳴をあげて飲み込んだ蝋燭を吐き出した。
「ここまで増殖し、動き回るには膨大なカロリーが必要だ。腹が減って仕方がないんだろう? 貴様ら人妖は異性との粘膜接触で養分を得るらしいが、もはや動けないその身体ではな。放っておけば勝手に餓死する運命だ」
 触手が力の無い動きで美樹の足に絡まろうとし、それを美樹がブーツの底で踏みつけた。
「そして生憎、私は貴様に養分をやるつもりはない。せめてこの場で殺してやる」
 美樹はトンファーを持ち替え、柄の長い部分で蓮斗の目を突くと、渾身の力で押し込んだ。耳を塞ぎたくなるような甲高い悲鳴が蓮斗の口から放たれる。
「最期に教えてやる……もう聞こえていないかも知れんがな」と、美樹は歯を食いしばってトンファーを押し込みながら言った。トンファーが蓮斗の脳に達するまでは、まだ距離がある。「蓮斗……お前はさっき私やシオンのことを、生まれや育ちが恵まれていたから博愛主義でいられて、アンチレジストのような人助けが出来ると言ったな? 違うぞ。私もシオンも家が少し複雑でな。私はだいぶ小さい頃から施設に入っていたし、産みの親の顔もよく覚えていない。同じ頃にシオンも事情があって故郷のロシアに居られなくなり、たった独りで日本に来た。貴様も色々と気の毒だったとは思うがな……何でもかんでも人や環境のせいにして、中身を磨かずに見た目だけを整えたり、薬物に頼ったりしていても何も解決はしないぞ。もっとも私も、シオンのようにいつもニコニコしていられるには、まだ時間がかかりそうだがな……!」
 ぐちゅり……と音がして、蓮斗の腹のあたりから太い触手が生え、獲物を狙うように鎌首をもたげた。美樹が気がつくと同時に、まるで蛙が獲物を捕らえるような速さで美樹の腹に埋まる。ぼぐんッ……という音とともに、美樹の黒いインナー部分が陥没した。
「ゔッ?! ぶぐぇッ……?!」
 美樹は後方に吹っ飛び、仰向けに倒れた。不意打ちを喰らいった美樹の霞む目には天井のシャンデリアがぼやけて映っている。それを隠すように極太の触手が美樹の身体の真上に伸びてきて、そのまま先端が垂直に落ちて美樹の腹を潰した。
「ごぎゅうッ!? ゔぁッ……! げろぉぉっ……」
 美樹は身体をよじり、背中を丸めて胃液を吐き出した。弱り切った数分前とは明らかに動きが違う。再び振り下ろされた触手を転がりながら避け、肩で息をしながら立ち上がった。蓮斗は目に刺さったままのトンファーを触手で引き抜き、フローリングの床に捨てた。
「なんだ……なにをした?」と、美樹が肩で息をしながら言った。すぐさま先ほどとは比べ物にならないスピードで触手が飛んできて、美樹は身体を落として避ける。別の触手が美樹の足首に絡まり、蓮斗本体に向かって引きずられた。美樹は歯を食いしばり、触手を解こうとするが、粘液で滑って指を立てることすらできない。やがて美樹の身体に何本もの触手が絡まって、太い柱に縛り付けられるように蓮斗の身体に絡め取られた。
(この匂い……)
 蓮斗の身体に背中をつけたまま美樹は思った。バイクが趣味の美樹にとっては、親しみのある好きな匂いだ。
「……ガソリンか?」
 見ると、蓮斗の背中から伸びたミミズの様な細い触手が、板張りの床の隙間に入り込んでいる。おそらく、地下にある非常用発電機か何かの燃料を吸い取っているのだろう。ガソリンや石油を分解し、養分にする微生物がいると美樹は過去に聞いたことはあったが、いくら飢餓状態とはいえガソリンさえも養分にするとは。
 触手が伸び、美樹の顔の前に来た。先端が皮の剥けた男性器の様な形をしている。次の瞬間、触手が伸びて美樹の半開きになった口から侵入し、喉奥まで押し込まれた。
「んぐぅッ?!」
 触手は素早く前後運動を繰り返し、美樹の口内と喉を嬲った。触手からは生臭い匂いとガソリンの匂いが染み出し、美樹は猛烈な吐き気に襲われる。美樹は失神しないように全身を硬直させて耐えた。やがて触手の先端が膨らみ、重油の様な粘液が美樹の口内に大量に放出された。美樹の頬が膨らみ、涙が溢れる。蓮斗の口から溜息に似た音が聞こえた。一瞬拘束が緩み、美樹はスカートの中に忍ばせている小ぶりなナイフを取り出して触手を切りつけた。拘束が解け、美樹は転がるようにして距離を取ると、口内の粘液を憎々しげに吐き出す。
「もっと長い得物を持ってくるべきだったな……さて、どうしたものか」

通常のGALLERYとは別に、描いていただいたR-18関連のイラストを徐々にまとめていきます。
※こちらの記事は後日トップからは削除し、上段のメニュー(ABOUTやCHARACTERがある所)に掲載させていただきます。

zulishion_汁なしのコピー


zulishion_無修正のコピー


お品書き


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りょなけっと11にて配布させていただいた「リョナ作家インタビュー本」のDL販売が開始されました。
今回は都合によりDL.site様のみでの配布となります。
興味のある方は下記リンクより、よろしくお願いいたします。


リョナ作家インタビュー本【UIGEADAIL】_019

2017年に配布した[CASE: YUKA_2] のDL販売が始まりました。
今回は当時挿絵をお願いしたスガレオンさんに加え、シャーさんにもご好意で描き起こしイラストをいただだくことができました。興味のある方はよろしくお願いします。


[CASE: YUKA_2] _016


_サンプル
サンプルSUのコピー


サンプルSH1


サンプルSH2

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