細かい破片が、仰向けに倒れたシオンの顔にパラパラと降ってきた。
 階上から落ちた衝撃でショートした脳を回復させるために、シオンは目を瞑ってこめかみを揉む。ロング手袋やトップスなど、戦闘用メイド服は所々が破れて素肌が見えていたが、大きな怪我や傷は負っていない。頭上を見上げると、高い天井からは旧式の無影等が三本のアームを伸ばしていて、その奥のシオンの落ちてきた穴からは何かを叩きつけるような籠もった音が聞こえてきた。壁や床は薄い青緑色の樹脂で、まるで広い手術室のようだ。
 廊下の奥から、カツカツというパンプスの音が聞こえてきた。誰が向かって来ているのかは、もうわかっている。シオンは身構え、その人物が現れるのを待った。
「懐かしいわね……ここはグループホーム『CELLA』の実験室よ」と、言いながら冷子が部屋に入ってきた。ジャケットは既に脱いており、両方の袖が破れてノースリーブのようになったワイシャツが肌に貼り付いている。冷子自らが捥いだ左腕は既に触手が同じ形に再生させており、灰褐色の色でなければ普通の腕と見分けがつかなかった。「ここで被験者の子供たちに様々な薬物を与えて、人妖へ変化する過程を見ていたの。拒絶反応で暴れたり、蓮斗みたいに身体が変化してしまう子もいたから、実験室とは言えちょっと物々しい内装になっているけれど……」
 冷子が壁の所々に設置されている、拘束具を取り付けるためのフックを指差した。
「ホールに行く途中でここを通り、いろいろな資料を見ました……。孤児達を集めていたのは、人間を人妖化して増やす実験のためだったんですね」
「そうよ……。普通の孤児も少しはいたけれど、家庭に問題があって、犯罪者になる可能性が高い子供達を主に集めていたわ。世の中には自分の子供と縁を切りたがっている親は結構いるもので、貴女には想像もつかないでしょうけど、そういう子達は実験の失敗で死んでも誰も気がつかない、便利な存在だったわ」
「そこまでして……」と、シオンが言った。
「なぜ人妖を作ったのか……かしら? 簡単よ。前も言ったけれど、『食物を必要としない人間を作りたかった』。ただそれだけよ。人間の活動は様々だけど、その大部分が食糧を得るための活動であることは有史以前から続く真理でしょう? では、もし人間に食物を摂取しなくても活動ができるようになったらどうなると思う? 人間が最も恐れる飢えが無くなり、食物を奪い合うこともなくなる。人間は生物としての枷が外れて知識のみを追求する、より高次の存在になれるかもしれない……と、研究をスタートさせた人間は考えた。詳しいことは省くけれど、この研究の発端は先の大戦よりも前に遡るわ。各国が表の関係とは無関係に、人妖に関しては秘密裏に手を組んだり裏切ったりしながら、様々な実験を繰り返していた。そして、数十年前に異性の人間からであれば、粘膜接触で養分を吸収できる人妖の開発に成功した。私や、涼がそうね。彼はもういないけれど……」
「あなたも……元は人間だったんですか……?」
「馬鹿言わないでよ」と言いながら、冷子は苛立ったようにサイドの髪を後ろに梳いた。「私や涼は、試験管の中で人口受精させたばかりの卵細胞を遺伝子操作して、代理母に戻して造られたオリジナルの人妖……。人妖としての能力の他に、容姿や頭脳も遺伝子操作の際にイジられる。当時の最終目標のひとつである、人間から人妖に改造する手段を確立させたのも、研究を乗っ取った私たち人妖達よ。上の階で暴れている蓮斗みたいに、意図的に失敗させることもできるけれど」
「乗っ取った……?」と、シオンは息を飲みながら聞いた。
 冷子が言った。「不完全とはいえ人妖を生み出すことに成功した少し後に、人間同士で内紛が起きたのよ。人妖には人間と同じく自我があるし、ただでさえ身体能力や頭脳が高く、おまけに異性の人間さえいれば食事の必要は無い。もし人妖達が自分達に牙を剥いたらどうなるか……。そうなる前に、人妖達は全員廃棄して研究を止めるべきだという意見が出始めた。自分達はとんでもない怪物を生み出してしまったのかもしれないと恐れたのね……。もちろん、人妖を兵器や労働力として研究していた他国の組織は人妖の破棄に猛反発し、研究方針をめぐる争いは各地に飛び火して収集がつかなくなった。それと同時に、人妖研究に多大な援助をしていた最大手のパトロンからの資金が突然ストップしたことも、混乱に拍車をかけた。そして、多くの研究機関が自滅したり解散したりしているうちに、多くの人妖が研究所から逃げ出した……。私もその時に逃げた。勝手に造られて、研究所の人間から養分提供だとか言いながら酷い扱いをされて、挙句勝手に殺されそうになるなんて……我ながら随分と酷い人生だったと思うわ」
「冷子さん……あなたは……」
 シオンが半歩進み出ると、突然冷子の左腕が伸びてシオンの身体に巻き付いた。不意打ちでシオンの上半身は完全に簀巻きの様な状態にされ、勢いよくシオンを自分の身体に引きつけると、額が触れ合うほど顔を近づけながら言った。
「あうっ?! くっ……」
「言っておくけれど、同情なんかするんじゃないわよ……? 同情というのは関係の無い人間がするものよ。貴女、まだ自分が関係無いとでも勘違いしているんでしょう? なんで私達が研究を乗っ取ることが出来たのか、まだ言っていなかったわよね?」
 冷子が聞いたことがないような低い声で言った。シオンは、初めて冷子の本当の声を聞いた気がした。
「人妖の研究には莫大な資金が必要なの……。ねぇ? わかるでしょう? ラスプーチナ家のお嬢さん? 成果の出ていない段階の研究には、優秀なパトロンが必要不可欠なの。貴女のご先祖は薬作りが得意で、一族は今でも世界規模の大手製薬会社として富を築き続けている。貴女の家は代々、人妖研究に莫大な資金を投じてきた。もちろん、研究が結実すればその何倍もの利益が返ってくることを見越してね。さっきも言ったけれど、十年ほど前に貴女のお父様が亡くなってから一時的に融資は途絶えた。でも数年前から突然、何があったか知らないけれど、貴女の家は大きな融資を再開した。私達はそのタイミングで頭の悪い人間に取って代わって過去の研究を引き継ぎ、人間を人妖化する方法を確立した。そして、アンチレジストの創設と運営についても、ラスプーチナ家はかなり絡んでいる。まるで死の商人みたいね? 一方では人妖研究を進めさせ、一方では人妖を悪しきものとして処理しているんだから。どちらに転んでも、貴女の家は更なる名声を手に入れられる」
 シオンの頭にジリッとした痛みが走った。脳裏に、数日前にハッキングして手に入れたアンチレジストの受取金リストが浮かぶ。自分がかつて住んでいた家の名前がトップに記載されていた。冷子はシオンの身体を物のように投げ捨て、シオンはしたたかに背中を壁に打ち付けた。倒れる寸前で、かろうじて壁を背にして立っている。
「資金の流れを見てから……私の家が人妖研究に絡んでいることは想像がついていました」と、シオンが痛みを歯を食いしばって耐えながら言った。「だからこそ……私には、私の使命を果たす責任があるんです。人妖を……人間に戻す方法もあるはずです。そのためには、人妖を一時的に捕獲するしかない……」
「それが身勝手だと言っているのよ……。誰が人間に戻してくれなんて頼んだの? 貴女も味わってみればわかるわ。嬲り倒して瀕死にしてから、人妖に改造してあげる。貴女はとびきり綺麗な人妖になるわよ……?」

お待たせして申し訳ありません。
短いですが、こちらの続きとなります。




 蓮斗の背中から伸びた触手が数多の蛇のように縦横無尽にうねり、美樹に向かって振り下ろされた。速くはない。美樹は攻撃をジグザグに躱しながら、徐々に距離を詰める。横に薙ぐような触手の攻撃を跳躍で回避し、蓮斗の顔に回転で勢いをつけたトンファーを叩き込んだ。トンファーはぐにゃりと蓮斗の肉に埋まるが、ダメージは無い。ならばと美樹はトンファーを握り直し、本体の短い部分で蓮斗の目を突いた。途端に蓮斗から、油が切れた機械のような悲鳴が上がる。すかさずもう一方の目も突き、さらに眉間だった場所に一撃を打ち込んだ。ぶよぶよとした軟体動物のような肉の奥に、硬い骨の感触があった。
「肉の増殖に対して、骨が追いついていないようだな」と、美樹は距離を取りながら言った。トンファーを勢いよく振り、まとわりついた粘液を振り切る。「頭蓋骨の大きさや厚さは元のままか? それ以外もおそらくは……無茶なことを。その重量では脚の骨は今頃粉々だろう」
 蓮斗は触手を槍のようにして美樹に放った。美樹は最小限の動きで躱し、蓮斗の様子をうかがう。蓮斗のへの字に垂れた口から、苦しそうな喘ぎにも似た声が漏れている。蓮斗は何度か美樹に触手を飛ばしたが、いずれも力が無く、躱すのに苦労はしなかった。美樹が妙に感じていると、美樹から逸れた触手は奇妙な動きを見せた。美樹の後方の壁を探るように動き、火の消えた蝋燭を毟るように取ると、ビニールシャッターの様になった唇を押し上げるように蝋燭を口に運んだ。
「なるほど……」
 美樹は蓮斗に向かって突進した。美樹は巫女装束の袖を翻しながら、勢いを殺さないまま重い音を立ててトンファーの柄を蓮斗の喉元に抉りこむ。まるで美樹自身が一本の槍になったような一撃に、蓮斗は悲鳴をあげて飲み込んだ蝋燭を吐き出した。
「ここまで増殖し、動き回るには膨大なカロリーが必要だ。腹が減って仕方がないんだろう? 貴様ら人妖は異性との粘膜接触で養分を得るらしいが、もはや動けないその身体ではな。放っておけば勝手に餓死する運命だ」
 触手が力の無い動きで美樹の足に絡まろうとし、それを美樹がブーツの底で踏みつけた。
「そして生憎、私は貴様に養分をやるつもりはない。せめてこの場で殺してやる」
 美樹はトンファーを持ち替え、柄の長い部分で蓮斗の目を突くと、渾身の力で押し込んだ。耳を塞ぎたくなるような甲高い悲鳴が蓮斗の口から放たれる。
「最期に教えてやる……もう聞こえていないかも知れんがな」と、美樹は歯を食いしばってトンファーを押し込みながら言った。トンファーが蓮斗の脳に達するまでは、まだ距離がある。「蓮斗……お前はさっき私やシオンのことを、生まれや育ちが恵まれていたから博愛主義でいられて、アンチレジストのような人助けが出来ると言ったな? 違うぞ。私もシオンも家が少し複雑でな。私はだいぶ小さい頃から施設に入っていたし、産みの親の顔もよく覚えていない。同じ頃にシオンも事情があって故郷のロシアに居られなくなり、たった独りで日本に来た。貴様も色々と気の毒だったとは思うがな……何でもかんでも人や環境のせいにして、中身を磨かずに見た目だけを整えたり、薬物に頼ったりしていても何も解決はしないぞ。もっとも私も、シオンのようにいつもニコニコしていられるには、まだ時間がかかりそうだがな……!」
 ぐちゅり……と音がして、蓮斗の腹のあたりから太い触手が生え、獲物を狙うように鎌首をもたげた。美樹が気がつくと同時に、まるで蛙が獲物を捕らえるような速さで美樹の腹に埋まる。ぼぐんッ……という音とともに、美樹の黒いインナー部分が陥没した。
「ゔッ?! ぶぐぇッ……?!」
 美樹は後方に吹っ飛び、仰向けに倒れた。不意打ちを喰らいった美樹の霞む目には天井のシャンデリアがぼやけて映っている。それを隠すように極太の触手が美樹の身体の真上に伸びてきて、そのまま先端が垂直に落ちて美樹の腹を潰した。
「ごぎゅうッ!? ゔぁッ……! げろぉぉっ……」
 美樹は身体をよじり、背中を丸めて胃液を吐き出した。弱り切った数分前とは明らかに動きが違う。再び振り下ろされた触手を転がりながら避け、肩で息をしながら立ち上がった。蓮斗は目に刺さったままのトンファーを触手で引き抜き、フローリングの床に捨てた。
「なんだ……なにをした?」と、美樹が肩で息をしながら言った。すぐさま先ほどとは比べ物にならないスピードで触手が飛んできて、美樹は身体を落として避ける。別の触手が美樹の足首に絡まり、蓮斗本体に向かって引きずられた。美樹は歯を食いしばり、触手を解こうとするが、粘液で滑って指を立てることすらできない。やがて美樹の身体に何本もの触手が絡まって、太い柱に縛り付けられるように蓮斗の身体に絡め取られた。
(この匂い……)
 蓮斗の身体に背中をつけたまま美樹は思った。バイクが趣味の美樹にとっては、親しみのある好きな匂いだ。
「……ガソリンか?」
 見ると、蓮斗の背中から伸びたミミズの様な細い触手が、板張りの床の隙間に入り込んでいる。おそらく、地下にある非常用発電機か何かの燃料を吸い取っているのだろう。ガソリンや石油を分解し、養分にする微生物がいると美樹は過去に聞いたことはあったが、いくら飢餓状態とはいえガソリンさえも養分にするとは。
 触手が伸び、美樹の顔の前に来た。先端が皮の剥けた男性器の様な形をしている。次の瞬間、触手が伸びて美樹の半開きになった口から侵入し、喉奥まで押し込まれた。
「んぐぅッ?!」
 触手は素早く前後運動を繰り返し、美樹の口内と喉を嬲った。触手からは生臭い匂いとガソリンの匂いが染み出し、美樹は猛烈な吐き気に襲われる。美樹は失神しないように全身を硬直させて耐えた。やがて触手の先端が膨らみ、重油の様な粘液が美樹の口内に大量に放出された。美樹の頬が膨らみ、涙が溢れる。蓮斗の口から溜息に似た音が聞こえた。一瞬拘束が緩み、美樹はスカートの中に忍ばせている小ぶりなナイフを取り出して触手を切りつけた。拘束が解け、美樹は転がるようにして距離を取ると、口内の粘液を憎々しげに吐き出す。
「もっと長い得物を持ってくるべきだったな……さて、どうしたものか」

通常のGALLERYとは別に、描いていただいたR-18関連のイラストを徐々にまとめていきます。
※こちらの記事は後日トップからは削除し、上段のメニュー(ABOUTやCHARACTERがある所)に掲載させていただきます。

zulishion_汁なしのコピー


zulishion_無修正のコピー


お品書き


27

りょなけっと11にて配布させていただいた「リョナ作家インタビュー本」のDL販売が開始されました。
今回は都合によりDL.site様のみでの配布となります。
興味のある方は下記リンクより、よろしくお願いいたします。


リョナ作家インタビュー本【UIGEADAIL】_019

2017年に配布した[CASE: YUKA_2] のDL販売が始まりました。
今回は当時挿絵をお願いしたスガレオンさんに加え、シャーさんにもご好意で描き起こしイラストをいただだくことができました。興味のある方はよろしくお願いします。


[CASE: YUKA_2] _016


_サンプル
サンプルSUのコピー


サンプルSH1


サンプルSH2

りょなけっと11にて、ずっと温めていた企画の「リョナ作家インタビュー本」を配布させていただきます。
今回11名のリョナ作家さんにご協力いただき、リョナに目覚めたきっかけから子供時代のお話、創作を始めたきっかけやこだわりについてお話を聞かせていただきました。

りょなけっと11の両日共に配布できる予定ですので、よろしくお願いいたします。


_タイトル
 [ UIGEADAIL ]

_ページ数
 52ページ

_配布価格
 1,000円以内を予定

_配布場所
 2/16:R11 / Яoom ИumbeR_55
 2/17:T18(委託) / 電脳ちょこれーと様(@awa7_cat)

スクリーンショット 2019-02-03 22.15.55

3

サンプル1

サンプル2

本文サンプル

サンプル3

2018年10月21日追記

ウニコーン様からイラストをいただきました!
該当シーンに貼っておりますので、お楽しみください。
ありがとうございました!




 ──寒い──寒い──。
 俺は一体どうなっちまったんだ……?
 人妖になれたら、全てが上手くいくはずじゃなかったのか?
 冷子が裏切ったのか?
 やはり、人妖に取り入ったのが間違いだったのか?
 いや、それしか方法が無かったじゃないか。
 施設を放り出されてから、ヤクザの下働きでクソみたいな仕事をしているただのヤク中だった俺は、あのまま生きていても野垂れ死ぬだけだった。
 人妖……ジンヨウ……施設で大人達が話していた聞きなれない言葉だ。
 施設にいた頃は何のことか分からなかったが、薬の売人をしている時、偶然客から人妖の噂を聞いた。
 人妖は見た目は人間で、そいつとセックスするとクスリ以上の快楽が得られるが、依存性がハンパない……と。
 俺たちは生きた麻薬にされるための実験をされていたって訳だ。
 苦労して冷子と接触して、殺されるのを覚悟で取り入ったのに……。
 寒い……。
 くそ……寒いな……。
 何も見えないし、何も聞こえない。
 身体が上を向いているのか、下を向いているのかすらもわからない。
 酷い寒さだ……。
 あの時よりも寒い。
 俺がデブだった頃。
 集団で虐められ、泣きながら家に帰ったら「やり返すまで帰ってくるな」と家を追い出された。
 雨の降る中、屋根の無い公園のベンチで途方に暮れた。
 あの時は世界の全てから裏切られたように感じた。
 寒い。
 寒い。
 寒い。
 やり返すまで帰ってくるなだと……?
 やってやったさ!
 親に「やり返せ」って言われたから、俺はそいつらの腹を、そいつの親の目の前で掻っ捌いて中身を掻き回しながらマス掻いてやった……。
 今まで俺が受けた苦痛をまとめて一括返済してやったのさ!
 テメェらがやれって言ったくせに、たかが腹ん中ミンチにしてぶっ殺してやった程度でぐちゃぐちゃ喚きやがって!
 クソが! 死ね! みんな死ね! 死なねぇなら俺が殺してやる!
 まだ三人しか「やり返して」ねぇんだ! ふざけやがって! 死ね! 全員死ね! 苦しんでもがいて死ね!
 クラスの奴ら全員と担任を殺す──いや、唯一庇ってくれたあの女の子だけは見逃すつもりだったが……その前に取っ捕まって、少年院ではなくこの施設に入れられた。
 思えば施設に入る前も出た後も最悪だった……。
 施設では訳の分からない薬打たれたり検査や実験をされたりして、ゲロとクソを垂れ流しながら一晩中のたうち回ったことも何回もある。
 少し後に入ってきた双子の姉妹となんとなく話すようになって……。
 ……畜生。
 俺はいつも食い物にされてきた……。
 何年か経って、突然施設の中が慌ただしくなって、大人たち全員がバタバタと荷物や資料をまとめて出て行きやがった。
 スポンサーだか経営者だか、とにかく一番偉い奴が急死して、権利者の間で揉めはじめたとか言っていたが……。
 ──双子とははぐれちまったが、俺はヤバい雰囲気を感じてどさくさに紛れて逃げ出した。
 大人達のあの慌てよう……俺たちをそのまま生かしておく筈が無い。
 まぁ、双子も上手く逃げ延びたってわかって少しホッとしたがな……。
 真冬の山の中を、手術着みたいな薄い服一枚と裸足で必死に逃げた。
 なんでそこまでして生き延びようとしたんだろうな……。
 その時も寒かった……。
 今も……。
 寒い。
 寒い。
 なんだ、今も寒いじゃないか……。
 誰か暖炉に火を入れてくれよ……。
 俺の部屋の暖炉だ。薪は暖炉の横に置いてあるから……。
 誰か火を……。
 誰か……。
 高価な服も、豪華なメシも、肝心な時に役に立たないじゃないか……。
 誰か、俺の味方をしてくれ……。
 俺に大丈夫だと言ってくれ……。
 誰か……。


「もう一度言うぞ」と、美樹が眉間に皺を寄せながら冷子に言った。シオンも見たことが無いような恐ろしい表情だった。「こいつを治す方法を教えろ」
 美樹が指を指した先には、異常に脂肪が増殖した蓮斗が四つん這いで頭を抱える様にしてうずくまっている。肌の色は青白く変色し、所々に青や紫の欠陥が透けて見えた。塞がれた口腔の奥からモゴモゴとくぐもった不明瞭な声が聞こえる。何か言葉を発しているのか、ただ単に呻いているだけなのかはわからない。
 この様な姿になって、蓮斗は今何を思っているのだろうかとシオンは思った。いや、何も思っていなければいいのに。そうであってほしい……。肥満を理由に酷い虐めを受けた蓮斗にとって、脂肪に覆われた今の姿は発狂するほど堪え難いものだろう。それならば、いっそ何も考えられなくなっていた方が幸せなのかもしれない。
「そうねぇ、私なら出来なくもないわね」
 冷子が静かに言った。美樹とシオンが固唾を呑む。背後では蓮斗が微かに身じろぎした。
「でも、こうなったらもう私でも無理よ」
 冷子が再び指を鳴らす。
 背後の蓮斗が硝子を引っ掻く様な悲鳴を上げ、美樹とシオンが同時に耳を塞いだ。蓮斗は芋虫の様な指で頭を強く抱える。脂肪でぶよぶよになった頭皮に指が埋まり、一部が破れて血が滲む。
 美樹とシオンはなす術も無く呆然とその様子を見守るしかなかった。
 蓮斗はもがき苦しむ様にしばらく頭を振っていると、やがてぴたりと動かなくなる。
 少しの沈黙。
 突如、蓮斗の背中に無数の瘤のようなものがぼこりぼこりと発生した。瘤は盛り上がり、数を増やしながら独立した生き物のように蠢いている。布の破れる音。蓮斗の伸び切った赤いカットソーが破れ、中から角材のように太いカタツムリの目の様なグロテスクな触手がわらわらと溢れた。シオンが「ひっ」と小さな悲鳴をあげる。
「治験は成功ねぇ。皮膚の下にあるうちは脂肪に見えるかもしれないけれど、こいつに注入したのは私の触手の細胞に手を加えたもの。人妖になれる薬と称して、拒絶反応が起こらないように少量ずつこいつの体内に蓄積させておいたの。今、私の合図でこいつの脳に完全に浸透したわ。思考はもはや見た目通りナメクジやカタツムリと変わらない。あとは本能の赴くまま、食欲や性欲に従って暴れるだけ暴れる醜い肉塊として、自滅するまで動き続ける。今は時間をかけて複数回細胞を注入することでしか変異させることはできないけれど、いずれ粘膜から吸収可能な噴霧式で即効性を持たせることができれば、一度に大量の人間を変異させることができる。理想は感染性を持たせたウイルスタイプね……完成すれば最後の一匹になるまで人間同士で勝手に共食いを始めてくれるわ」
「そんなことさせるか!」
 顎に指を当てて満足そうに状況を分析する冷子に対して、美樹が吠えると同時に突進した。今の冷子には左腕が無い。右手に嵌めた手甲の金属部分が当たるように拳を突き出す。左手を失った冷子の、防御の薄い左側へ。手応え。蒟蒻を殴った様な異様な手応え。冷子の左肩からズルリと灰色の太い触手が生え、美樹の攻撃を受け止めていた。
「な……に……」
 美樹が歯を食いしばる。
「急ごしらえさせるんじゃないわよ……」
 冷子は右手で美樹の上着の裾を掴むと、強引に身体を引きつけて触手の砲丸の様な先端を美樹の腹に埋めた。ずぷんと鈍い音がして、美樹の背中が僅かに盛り上がる。
「ゔぶぅッ?!」
 美樹の両足が地面から浮き、腹を支点に体重が支えられる。
「無駄よ。人間が私達に勝てるわけないでしょう?」
 冷子が美樹の腹に埋まった左手の先端を捻る。ただ苦痛を与えるだけの行為に、美樹の身体は悲鳴を上げた。
「ぐぶぁッ……! ぎぃッ……」
 苦痛に耐える様に美樹が歯を食いしばる。次の一瞬、その顔が笑った。両手で冷子の腕を掴む。怪訝な顔をした冷子の視界が一瞬暗くなった。シオンが美樹の背後から飛び上がり、シャンデリアの灯りを遮る。シオンは羽のようなふわりとした優雅な動作から、フィギュアスケートのジャンプの様に勢いよく錐揉みに状に回転して冷子の首に巻き付く様な回し蹴りを放った。頚椎をしたたかに打ち抜かれ、冷子の身体が大きく傾く。人間であれば吹き飛ばされてもおかしくない威力だったが、人妖の冷子にはどれほどのダメージがあったのかは分からない。冷子の左手から解放された美樹が、無呼吸のまま右手で冷子の顎を跳ね上げる。冷子の顔が完全に上を向く。
「シオン!」
 美樹が叫ぶ。シオンが頷く。美樹がシオンに向かってバレーボールのレシーブの様に手を伸ばした。シオンが軽く跳んで美樹の手のひらに足を乗せると、そのまま美樹の押し上げる力を利用して飛び上がる。羽の生えた様な跳躍だった。シオンは膝を抱えたまま前方に宙返りを繰り返して勢いをつけると、天地が逆転した姿勢のまま落下点を確かめる。一瞬、無表情の冷子と目が合った。
 宙返りの勢いを殺さず、そのまま脚を伸ばして踵を冷子の顔面に振り下ろした……つもりだった。
 シオンの靴底は天井を向いたまま、逆さ吊りの体勢で固定された。一瞬事態が飲み込めず、無意識にスカートを手で押さえる。下を見た。にやりと笑っている冷子と目が合う。逆さ吊りのまま天井を見下ろす。視界の隅に巨大なシャンデリアが目に入った。自分の足首にカタツムリの目の様な触手が巻き付いている。
 これは……蓮斗の……。
「シオン! 危ない!」
 美樹が叫び、視線を移す。風を切る音。蓮斗の触手が猛烈な勢いでシオンの腹に埋まった。
「え……おぶぅッ?!」
 ドッヂボールほどの黒ずんだ先端がぐじゅりと腹に埋まった。体がくの字に折れ、思わず自分の腹を見る。天井の灯りを反射した触手はぬらぬらと不気味に光っていた。
「かはっ……! ぁ……」
 シオンがなんとか呼吸をしようと口を開けた瞬間、再び不気味な風切り音が耳に届いた。背中にぞくりと悪寒が走る。次の瞬間、数本の触手がシオンの腹に連続して埋まった。
「ゔッ?! ゔぁッ!? あああぁぁぁぁ!!!」
 シオンの顔に自分の吐き出した唾液が降り掛かった。一瞬失神し、スカートを押さえていた手がだらりと地面に向けて伸びる。

シオンさん腹責め


 蓮斗の触手はシオンの身体をハンマー投げの様に振り、壁に向かって叩きつけた。
「あぐッ! かはっ……ぐっ……」
 したたかに背中を打ち付けられた衝撃でシオンは覚醒こそしたものの、肺の中の空気が一気に押し出されて呼吸がままならない。足に力が入らず、背中で壁をこするようにズルズルと尻餅を着いた。
 ふっ……と視界が暗くなる。シオンが顔を上げると、蓮斗の太い触手がハンマーの様に振り下ろされようとしていた。
 シオンは無理な姿勢から転がるように横に逃れる。蓮斗の触手はそのまま振り下ろされロビーの床に大穴を開けた。
「あっ……!」
 シオンが短く叫んだ。
 触手の直撃すら免れたものの、穴に下半身が落ちかけている。
「シオン!」と、美樹が叫んだ。シオンの元に駆け寄ろうとするが、蓮斗の触手に阻まれた。
 風切り音。
 冷子の左肩から生えた触手が鞭のように伸びてシオンの手に当たり、シオンはそのまま地下に落ちていった。
 再び美樹がシオンの名を叫んだ。
 蓮斗はターゲットを美樹に変えたらしく、数本の触手を束にして美樹の腹部を狙って放った。
 美樹は舌打ちしながらサッカーボールを蹴るようにしてその触手を弾く。
「そんな姿になってまでも、お前は腹を狙うんだな……」
 美樹が呆れるように言った。
 シオンは無事だろうか。いや、無事だろう。一瞬だが、空いた穴からは病院か研究所のような空間が見えた。なぜ地下にそんなものがあるのかはわからないが、危険そうなエリアには見えなかった。落ちた程度で致命傷を負うほどシオンはヤワではない。
 冷子の姿も見えない。おそらくシオンを追ったのだろう。
「二対一の最悪の状況にならなくて良かったと言いたいところだが……」
 美樹が蓮斗に視線を移す。蓮斗は触手を使って大きな上半身を起こした。
 上着は完全に裂けて失われ、胴体の肉がスカートの様に垂れ下がって足元を覆っている。脚部が完全に肉で隠れ、座っているのか立っているのかもわからない。両手は先ほど頭を抱えた状態で肉に取り込まれ、まるで耳を塞いでいるような格好のまま固定されている。顔は二倍以上の大きさに膨れ上がり、額や頬の肉が垂れ下がって目と口がへの字型の裂け目のように見える。裂け目の中に赤い瞳が見えた。思考は読み取れない。仮にあったとしても、もはや自分自身の変化に発狂しているのかもしれない。
「蓮斗……」と、美樹がポツリと言った。「お前のことは大嫌いだし、お前の考えには全く同意できない。それに久留美を誘拐し、暴行したことは許せん。だが、そんな目に逢う運命は少しむご過ぎるな……」
 蓮斗からは汚水が泡立つような音が聞こえた。肉に阻まれた呼吸音なのか、唸り声なのかはわからない。
「辛いだろうな。太っていたことが嫌だったんだろう? それをもう一度同じ目にな……だが」
 美樹が上着の中に手を入れ、油性マジックほどの大きさの棒状のものを二本取り出す。美樹が強く振ると収納されていた中身が飛び出し、長さが三倍ほどに伸びた。折り畳まれていた取っ手も飛び出し、トンファーの形になる。美樹は慣れた手つきでトンファーを回転させながら構えた。
「人間であったら救うために最大限の努力をしたが、人妖か、それに準ずるモノになってしまったのなら私達アンチレジストの討伐対象だ。観念しろ」

【2018年10月10日追記】
BOOTH、DL.siteでDLが可能となりました。



あらためまして、昨日は多くの方にスペースまで来ていただきありがとうございました。
今回はいつもより少なめの部数で向かったのですが、目測を誤り開始30分そこそこで売り切れてしまうという失態を犯してしました……。
せっかく来ていただいたのにお渡しができなかった方には大変申し訳ありません。
現在DL.site、BOOTHにて作品の登録が完了しましたので、興味がある方はよろしくお願いいたします。


_内容
腹パンチを中心とした小説付きイラスト集になります。
初めて挑戦した東方Project様の二次創作に、オリジナル作品2本をまとめた短編集になります。

_仕様 / 収録作品
文章37ページ(文章上下2段組)
フルカラー挿絵16枚(差分含む)

_あらすじ
[PERSONA]
世界的ファッションブランドで生地探しの職に就いている木附悠は、仕事も順調で美しい恋人にも恵まれているが「女の腹を殴ることでしか性的に興奮できない」という悩みを抱えていた。
ある時、特殊な性癖が元で恋人の瑞樹から別れを切り出される。落ち込んだまま深夜に職場に戻ると、コレクションの出来に不満を抱える同僚の販売員で同性愛者の西方が残っていた。西方は憂さ晴らしと称して悠を「何をしてもいい」という会員制の風俗店に誘うのだが……。

[PARTY_PILLS]
小早川小春は背も小さく身体も華奢だが、空手では全国大会常連の選手だった。小春は帰宅時に柄の悪い男から「全国大会を辞退しろ」と脅される。当然断る小春だったが、卑怯な手で実力行使に出る男に小春は思わぬ苦戦を強いられる。

[昔話をしようか-CARBON COPY SYNDROME-]
東方Project二次創作。吸血鬼レミリアは生贄の男を前に昔話を始めた。弾幕ルールが無く妖怪と人間が殺し合いで決着をつけていた先代の博麗の巫女の話と、その娘「霊夢」の秘密を。

[昔話をしようか-DAHLIA-]
危険度激高の妖怪、風見幽香はなぜか子供と妖精には優しい。今日もチルノは幽香の家に遊びに来て、遊び疲れて幽香の家に泊めてもらうことになった。チルノにせがまれて幽香は昔話を始める。自分自身の秘密の話を……。


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Lest we Forget : short stories

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本日は当スペースにお越しいただき、また、本を手に取っていただき本当にありがとうございました。

特典の挿絵イラスト16点は下記リンクの「続きを読む」から閲覧、DLをお願いいたします。



パスコード:パンフレット内側の左上に記載されている「u」から始まる文字を入力してください。
※文字は全て小文字で入力してください続きを読む

あらためまして、10月7日開催のりょなけっと10に参加させていただきます。
過去に単発で発表したり寄稿したりして個人的に気に入っている短編3本をまとめた短編集に、挿絵16枚のDLコードパンフレットを付けた状態で配布します。
既刊も数冊ですが持って行きますので、興味のある方はよろしくお願いします。

※イラストのDLはイベント終了後にこちらのHPにて行います。

_スペースNo.
 「R1」

_配布物
 COLLECTION_018
 [ Lest we Forget : short stories ]

_内容 / 収録作品
 B5サイズ、44ページ(文章上下2段組)
 COLLECTION_007: [PARTY_PILLS]
 COLLECTION_008: CARBON COPY SYNDROME/DAHLIA
 PERSONA

_イラスト
 フルカラー16枚(差分込み)
 ・ [PARTY_PILLS]
  10枚
 ・CARBON COPY SYNDROME/DAHLIA
  4枚
 ・ゲスト原稿(スガレオン様 新規描き下ろし作品)
  2枚

nefudaのコピー


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