本日無事に印刷所から受注完了の連絡が来ましたので、トラブルがなければ無事に本が出せそうです。
当日お越しいただける方はよろしくお願いいたします。


_日時
 2018年2月25日(日)

_スペース
 りょなけっと_O3
 
_新刊タイトル
 COLLECTION_017: [DOPE]

_仕様
 B5サイズ
 モノクロ22ページ(表紙4ページ含)

_内容
 先日投稿したサンプルをご覧ください

_文章
 上下2段組み

_イラスト
 5シーン(モノクロ)
 イラストレーター:スガレオン
 ※今回は印刷の関係でモノクロですが、カラー版はなんらかの形でお届けできればと思います
 
_配布価格
 800円(予定)

sampleのコピー

短いですが、りょなけっと新刊サンプルのラストです。
この後延々腹責めパートが続きますので、興味がありましたらよろしくお願い致します。
金額や詳細などは印刷所さんから入稿OKが出ましたら紹介させていただきます。





「被害者がいないわけないでしょ! 養分を吸収したり、そんな怪しい薬を使ったりなんかしたら影響があるに決まってるじゃない!」と、綾が叫ぶ。アリスは鼻で笑いながら、バカにしたように首を振る。
「だからそれも了承済みだって言ってんの。もちろん私が養分を吸収したらこいつらの活力や生命力は無くなっていく。薬だって必要以上の男性機能を無理やり引き出しているんだから、反動も副作用もある。でもそれも含めて私は説明したし、全部こいつらは理解しているってわけ」
「その通りさ」と、りっぴーが笑顔を貼り付けた顔で言った。「さっきも言ったけど、僕達は全てを了承している。月に一度のこのオフ会の後は一週間はベッドから起き上がれないし、それが過ぎた後もやる気や活力は戻らない。肌は荒れて髪は抜けて、一日の大半は寝て、起きていても頭がぼーっとして何も考えられなくなる。ようやく体調が戻ってきた頃にはまたこのオフ会だ。そんな状態だから僕は大学を退学になったし、一匹蛙さんは教師の、紅の探求者さんは大手企業で研究の職を失った。でも、それの何が問題だっていうんだい? こんなに素晴らしい体験が月に一度約束されていることに比べれば、仕事や家族を失ったり家を追い出されたりすることなんて些細な問題じゃないか。そうですよね?」
 りっぴーが振り返りながら聞くと、他の男二人が頷いた。狂っている、と綾は思った。一時の欲望や快楽を満足させるために一生を台無しにするなんて考えられない。この男達に他の選択肢は無かったのだろうか。
「ま、そう言うわけだから。これ以上痛い目を見ないうちに帰った方が身のためだと思うけど?」
「アリス! それは無いだろう」一匹蛙がアリスの話を遮った。「帰すわけないじゃないか。女子高生はストライクゾーンだ。それにこんな上玉なかなかおらんぞ。心配せんでも、アリスは真っ先に犯してやる。だがこの娘ともやらせてほしい。薬を二本三本と打てば、一日と言わず、二日でも三日でも動けるだろう? その後に死んだって儂は満足だ」
 他の二人から賛同の声が上がる。
「……別にいいけど、これ以上は無理だから。上限は二本。三本以上の量を吸収したら効果が切れなくなって、何が起こるかわからないわよ」と、アリスは呆れた顔をしながら三本の注射器を取り出して手渡した。
 綾が反射的に飛び出す。背後の入り口から逃げる手もあったが、人妖を前にして逃亡することは自分自身が許さなかった。せめて注射器を破壊してから組織に通報して応援を呼びたい。飛び出した綾に対して、りっぴーと紅の探求者が覆いかぶさるように襲いかかる。多勢に無勢とは言うが、綾はなんとか二人の腕をかいくぐり、りっぴーと紅の探求者の注射器を奪って壁に叩きつけて破壊した。まだ筋弛緩剤の効果が残っているが、即効性なだけあって抜けも早いらしく、先ほどに比べて身体はかなり動くようになった。男達へのダメージも通るようになり、りっぴーと紅の探求者の顎先を狙って殴り倒す。
「ぶっふ!?」と、綾に鳩尾を突かれた一匹蛙が呻いて、膝を折って崩れた。その隙に最後の注射器を奪って床に叩きつけた。
 綾はふらふらと襲いかかってきた紅の探求者を後ろ蹴りで蹴り飛ばし、立ち上がろうとしたりっぴーの顎にフックを放った。アリスをどうしようか迷ったが、感情のない表情で睨んでいるだけで襲ってくる様子は無い。綾はうずくまる男達に背中を向けて入り口まで走り、気合いと共にドアノブを殴ってひしゃげさせた。これでドアは壊さなければ開かない。自分も一緒に閉じ込められることになるが、今の状態であれば救援が来るまでもつだろう。綾がリビングに戻る。男達は殴られた苦痛からか、呻きながらのたうっている。りっぴーと紅の探求者は殴られた箇所を押さえながら部屋の中心あたりで仰向きに、一匹蛙は自分の腹を抱えて土下座をする様に壁際に倒れていた。アリスは相変わらずベッドルームの中に立ったまま綾を睨みつけている。
「こちら綾、人妖と戦闘中──」と、綾がイヤホンを耳にはめて話す。相手からの返事を待たずに用件を言う。「ちょっと複雑な状況で、人妖が一体と、一般人の協力者が三人。応援を要請し……」
 綾が目を見開き、言葉が詰まった。
 壁際にうずくまっていた一匹蛙の身体が、更に膨らんだのだ。
「……え?」
 綾が呟くと同時に、一匹蛙が体を起こす。
 手と口の周りが血で汚れている。
 ぶふっ、と一匹蛙が咳をすると、鮮血が壁に散った。ぱらぱらと音がして、ガラス片が床に落ちる。
 綾の顔が青くなった。一匹蛙が何をしたのか気がついたのだ。床と壁に血の跡がある。
 飲んだのだ。
 おそらく舐め啜る様にして。
 あの薬液を。
 破壊された注射器ごと。
 三人分も──。
 ズンッ! と、自動車と衝突した様な衝撃が綾の体に走った。
「──えっ?」
 何が起きたかわからなかった。
 目の前が暗い。視界を一匹蛙の膨れ上がった巨体が塞いでいた。一瞬のうちに距離を詰められ、綾の鼻が一匹蛙の胸に付くくらいまで接近を許していた。綾は目だけを動かして、衝撃のあった自分の腹部を見下ろした。
 一匹蛙の太い腕が、自分の剥き出しの腹に手首まで埋まっていた。
「──え? あ……ぐぷッ……ゔッ……ぶぐッ?! ぐぇあぁぁぁぁああッ!!」
 自分の体に何が起きたのかを理解した瞬間、凄まじい苦痛が綾の脳の中で弾けた。内臓を吐き出してしまいそうな苦痛に綾は濁った悲鳴をあげながらえずく。
「ぶふふふふ……か、帰さんと言っただろう?」
 崩れ落ちる綾の身体を、一匹蛙がセーラー服の奥襟を掴んで支える。がくんと綾の頭が振れた衝撃で、イヤホンが耳から外れて落ちた。イヤホンの中からオペレーターが何かを言った気がしたが、今の綾にはそれを理解するほどの余裕が無い。一匹蛙が目ざとくそれを見つけて踏み潰した。
「ゔぁッ……がはっ……」
 ガクガクと痙攣する綾の身体を満足そうに見下ろしながら、一匹蛙が綾の腹を露出させるようにセーラー服の裾を掴んでまくり上げた。綾は強引に身体を起こされ、頭ががくんと後ろに倒れる。綾はくの字から一気に仰け反る様な姿勢にされ、腹部から胸までが大きく露出して滑らかな肌色が一匹蛙に曝された。
「ほほぅ……やはり美味そうな身体をしているな。年増女が君みたいな身体をしていても下品なだけだが、若い娘のそれはギャップがあって堪らん。そんないやらしい身体で大人を誑かしおって実にけしからん。先生がたっぷりと個人指導をしてやらんといかんな……」
 顔や身体の大部分に血管が浮き出た一匹蛙が歯を見せて笑う様はまさに怪物だった。
 ぼぢゅん! と湿った音が部屋に響いた。

サンプルは以上となります。
こちらで全体の半分ちょいでしょうか。
この後も結構腹責めが続くので、興味のある方はイベントでお買い求めください。
※推敲前なので製本版とは内容が異なる場合があります。

詳細は入稿後にあらためて発表させていただきます。




 男達は路地の奥にあるラブホテルに入って行った。
 入口のそばの小さな看板には周囲の同種のホテルに比べ三割ほど高い料金の他に「予約可」「撮影OK」「パーティールームあり」と書いてあった。綾はどうしたものかと思い、オペレーターを呼び出した。
「こちら綾。男達は『プレジデント』というホテルに入って行ったわ」
「はい、確認しました。その辺りでは高級なホテルみたいですね」
「どうしよう……この手のホテルって、一般のホテルに比べてセキュリティが厳しいって聞いたことがあるんだけど」
「そうですね、事件や事故が起きないように監視カメラは一般のホテルに比べて多いです。特に入室と退室はモニターでしっかり監視されています」
「何か方法はありそう?」
「……ホテルのパソコンに侵入して確認したら、男達はパーティールームに入ったみたいですね。フロントには追加で呼び出されたと伝えて下さい。そこはアダルトビデオの撮影でもよく使用されているので、綾さんが出演する女性のフリをすれば入れると思います」
「全く自信無いけど頑張る……」
「そうして下さい。合鍵がもらえればいいのですが、ダメな場合は一度出て下さい。他に方法を考えます」
「了解、フロントと話した後にまた連絡するから」

 フロントには仕切りがあり直接顔が見えないことが幸いしたのか(監視カメラでは見られているのかもしれないが)、それともこの様なケースが多いのか、フロントの男は綾が撮影の都合で急遽追加で呼び出されたと言うと、ほとんど疑わずにホテル内に綾を入れてくれた。最初はノックして中から鍵を開けてもらうようにと言われたが、もう撮影が始まっているからと咄嗟に嘘をつくと、あっさりと合鍵を渡された。
 綾はオペレーターに侵入成功の報告をし、通信を切った。
 これからおそらく戦闘になる。
 相手は三人だが、見た目や発言からして賎妖……人妖よりも劣る部類だろう。人妖であればわざわざ群れる必要もなく、餌が取れないなどど発言することも無いからだ。力や戦闘能力も文字通り怪物並みの人妖と比べ低く、一般戦闘員でも倒すことは十分に可能だ。ましてや上級戦闘員になれた自分なら三体でも倒すことは出来るだろうと、綾は自分を鼓舞した。
 エレベーターを上がり、一番奥の部屋に向かう。
 徐々に心拍数が上がる。
 防音が行き届いているのか、各部屋に人の気配はするのものの、声や音は全く聞こえなかった。
 おそらく廊下にも設置されているであろう監視カメラを気にしながら、綾は不自然にならない様に静かに部屋の鍵を開ける。
 男の調子外れな歌声と、やたらと明るい音楽が廊下に流れ出た。靴を脱ぐための入口と部屋は引き戸で仕切られている。ドアを開けたらいきなり部屋で男達と鉢合わせすることも考えていたので、綾は溜めていた息を吐き出した。脱ぎ散らかされた汚いコンバースやノーブランドのワークブーツの中に、小さいサイズのエナメルの靴があった。靴を踏まないようにして、綾は素早く部屋の中に入ると、引き戸の側で身を隠しながら部屋の様子をうかがった。
 部屋は思ったよりもかなり広い。
 手前の部屋はリビングになっており、その奥はベッドルームになっている。リビングの中央にガラス製の大きなテーブル。それを扇状に囲む真っ赤なソファ。そこに三人の男達が座っている。ソファーの正面に設えたモニターにはアニメの映像が流れ、りっぴーと呼ばれる男がカラオケに興じていた。癇癪を起こして叫んでいる子供の様な酷い歌声だが、綾の立てる音が消えるので好都合だ。他の二人は携帯電話をいじりながらビールを飲んでいた。三人で飲み直したのか、空き缶が乾き物と一緒にテーブルの上に雑然と並んでいる。アリスはどこに行ったのだろう。
 歌が終わり、ぱらぱらと取って付けた様な拍手が起こった。
「いやぁ、いつ聞いてもすごい声量だな」と、一匹蛙が半ば呆れる様に言ったが、りっぴーは満足げだ。
「ははは、やはり身体がスッキリすると、声の出も良くなりますよ」
「そりゃあスッキリしただろう。入るや否やアリスに玄関で即尺なんてさせれば」と、一匹蛙が汚い歯を見せて笑った。
「ものすごい征服感だったでしょう? 三人の真ん中に跪かせて、洗っていないチンポで取り囲む……。思い出しただけでまた勃起してきましたよ」
 綾は急激に気分が悪くなった。自分が今いる場所で既に行為に及んだらしい。
「それにしても……」と一匹蛙がゲップをしながら言った。「あの女子高生は惜しかったなぁ……生意気そうだが美人だったし。もう少しで胸が揉めるところだったのに、意外と力が強くて抵抗されてしまったが……」
「本当に一匹蛙さんがダッシュした時はマジかよって思いましたよ。酔っ払うと見境が無くなるの、少しは自覚してくださいよ。あれ絶対あの娘にワザとだってバレてますからね」
 三人が笑い合う。一匹蛙は美味そうにビールを飲みながら続けた。
「ちんちくりんな割に胸は結構デカかったし──もう一度会ったら絶対にどこかに連れ込んで、チンポ突っ込んでヒィヒィ言わせて、あの強気そうな顔にたっぷりと精子ぶっかけてやる……」
「わ、私もしたいですよ……。じじ、実はさっきアリスとしてる時に、あ、あの女子高生のことを思い出しながら、だだ、出したんですよ。む、むしゃぶりつきたくなる様な、ふふ、太ももしやがって……くそッ……」
 綾は自分のことまで話題になるとは思わず、本当ならすぐにでも飛び出して男達のにやけた横っ面をぶん殴りたかった。男達は聞くに耐えない下衆な内容の会話を続けているが、アリスの姿を確認するまでは我慢しようと思い耐えた。
 ふと、男達が色めき立つ。
 部屋の奥のバスルームからアリスが姿を表した。男達の視線がそれに集まる。綾もそれにつられて部屋の奥を見て、目を疑った。
 アリスはほとんど紐と言える様な水着を着ていた。
 凹凸の乏しい薄い身体に、かろうじて胸の先端と局部を隠す黒い布。同じ素材でできた二の腕までを覆う長手袋と編み込みの入ったニーソックスが卑猥さに拍車をかけている。男達は興奮した様子でソファを立ち、アリスの元に向かった。
「いやぁ眼に毒だねこれは!」と、一匹蛙がわざとらしく目頭を抑えながら言った。「まったく、そんなけしからん格好をして大人を誘うとは! アリスには徹底的な教育的指導が必要みたいだな!」
「一匹蛙先生の言う通りだよ。アリスみたいないやらしい子供には、正しい大人が矯正してあげないとね」
「わわ、悪い子だなあり、アリスは! みみみみ、見てごらん? ぼぼ、僕のおちんちんが、こ、こんなになっちゃったじゃないか!」
 男達の声は興奮のために震えている。紅の探求者は早くも下半身を露出していた。
 アリスは虚ろな目で男達を見上げている。
 一匹蛙が膝立ちになって醜く唇を突き出し、アリスにキスをしようとしたところで、綾が猛然としたスピードで飛び出した。
 突然床を蹴る大きな音が聞こえ、男達とアリスが入り口の方を見る。次の瞬間、一匹蛙がリビングの奥のベッドルームにまで吹っ飛んだ。綾はアリスを巻き込まないように一匹蛙の左頬を殴り飛ばしていた。一匹蛙の巨体がベッドに落ちる。綾は床と摩擦音を響かせながら止まり、男達と対峙するようにベッドルームに背中を向けて片膝と片手を床に着くようにして構えた。
「な……なんだ?」
 突然のことにりっぴーが綾とアリスを交互に見る。ふッ、と綾が鋭く息を吐きながら床を蹴り、呆気にとられている紅の探求者との距離を一気に縮めて腹に拳を埋めた。紅の探求者はまったく動けず、「おぶッ?!」と濁った悲鳴をあげながらその場にうずくまる。
「……え? ち、ちょっと待って! ちょっと待ってよ!」と、りっぴーが手の平を見せながら叫んだ。突然侵入してきたセーラー服の女子高生に仲間が殴り倒されるという事態に思考が追いついていないのだろう、その顔は今にも泣き崩れそうだった。「一体なんなんだよ! ぼ、僕達が君に何をしたんだ?! け、警察を呼ぶぞ!」
「呼べるもんなら呼んでみなさいよ! さっきの会話全部聞いてたから。わざと人に抱きついてきた挙句、こんな小さな女の子を集団で襲っておいて、よくそんなことが言えるわね!」
 綾がありすを背後に隠すように庇いながら叫んだ。りっぴーは一瞬身体から力が抜けたような表情になり、すぐに激しくかぶりを振った。
「き、君はさっきの……? ち、違う! 誤解だ! その子は──」
「何が誤解なのよ! 詳しくは連行してから組織で聞かせてもらうから」
 綾が胸の前で自分の指の関節を鳴らしながら距離を詰める。りっぴーは壁際まで追い詰められ、どすんと尻餅をついた。綾は反撃を警戒しながら、男の顎先に正確に狙いをつける。賤妖とはいえなるべく最小のダメージで捕獲したい。綾は息を吸いながら腰を捻って拳を引き絞った。
 どん、と背中に軽い衝撃があった。同時に、チクリと腰のあたりに痛みが走る。
「んッ?! な、何?」
 綾が振り返る。
 アリスの整った顔が見えた。
 体当たりをしたらしい。
 そっとアリスの身体が離れる。
 手に光るもの……注射器だ。
「……てめぇ、余計なことしてんじゃねぇぞ」
 小さいがドスの効いた声が、アリスの薄く開かれた唇から溢れた。
 次の瞬間、ありすの左手が残像が残るほどのスピードでうねった。
「ぐぅッ?!」
 衝撃が綾の脇腹を貫いた。綾の歯の隙間から鋭い悲鳴が漏れる。それはアリスの小さい身体と細い腕からは想像できないほど重い衝撃だった。綾は思わず膝を着いてうずくまる。
「補給の邪魔しないでよ……こっちは命かかってんだからさ」
 アリスが空になった注射器を背後に放り投げながら言った。膝立ちになったため、アリスの顔と綾の顔が同じ高さになる。正面から見たアリスの顔は表情がほとんど無く、唇もほとんど動かない。まるで人形が体の中に埋め込んだスピーカーから話しているみたいだ。
「ほらぁ……だから誤解だって言ったじゃないか」
 りっぴーが立ち上がり、うずくまっている綾を見下ろしながら言った。綾は体に力が入らず、視界がわずかに歪むのを感じる。脇腹を殴られた衝撃と、打ち込まれた薬液のせいだろう。吐き気やめまいは無いが、身体が酷くだるい。即効性の筋弛緩剤的なものだろうか。
 りっぴーが綾のセーラー服の裾を掴み、強引に綾を立ち上がらせた。
「んー? ブラしてないの? なんだ、もしかして期待してたのかな? 心配しなくてもたっぷり可愛がってあげるから安心していい……よっ!」
 ぐずり、と綾の腹部に衝撃が走った。
「ゔぶぅッ?!」
 りっぴーのごつい拳が、綾の脱力した腹部にめり込んだ。ごつい拳が剥き出しの腹に埋まり、綾の滑らかな皮膚を巻き込んで痛々しく陥没する。
「ほらほら、なに倒れようとしてるの? あんな大立ち回りしたんだから、反撃されても文句言えないよね?」
 どずん……どずん……とりっぴーは全く手加減せずに容赦無く綾の腹部に拳を打ち込んだ。りっぴーは体格が大きいため筋力もあり、小柄な綾は腹部を突き上げられるたび身体が浮き上がる。
「あ……んぶッ?! ごぶッ?! ゔッ! ゔぐッ! ぐあッ!?」
 無抵抗な綾を散々嬲り、りっぴーが満足そうに溜息を吐いてセーラー服から手を離す。綾はたまらず糸の切られた操り人形の様に床に崩れ落ちた。通常であればこんな雑な攻撃などまったく問題ではないのだが、体が思う様に動かないため全てまともに食らってしまう。
 綾は膝立ちになり、呼吸がままならずに腹部を押さえたまま、苦しさと悔しさが混じった表情でりっぴーとありすを見上げる。
「そうだ。アリスちゃん、ちょっと予定と違うけれど、今日はもうアレちょうだい」と、りっぴーが綾を見下しながら言った。
 アリスはふんと鼻を鳴らすと注射器を取り出し、りっぴーに投げてよこす。りっぴーは慣れた手つきでそれを腕に刺した。血液が注射器内に逆流し、薬液と混ざり合ってどす黒く変色する。りっぴーは「ほーっ」と間抜けな声を出しながら、薬液と混じった血液を自分の体内に注入した。
「あ……ああぁ……あはぁ……」りっぴーが虚空を見上げながら口を開け、不明瞭なことをもごもごと言い出した。「お……おおぉ……きたきたきた……」
 綾は背筋が寒くなるのを感じ、思わず身体を後ろに引きながら「な……何を打ったの……?」と独り言の様に言った。
「あぁ……男性ホルモンを超強化するやつ……みたい」と言いながら、りっぴーは片手で口を押さえ、呻いた。両方の鼻の穴から血が吹き出している。額の血管も浮き立ち、吐き気に耐えている様に見えた。
 ふん、と、りっぴーが吠える様に唸った。身体が一回りほど膨らんだ様に見える。いや、事実膨らんだのだろう。汚いフリースの袖や胸、ジーンズの太腿部分がパンパンに張っている。りっぴーは毟り取る様に身につけている衣服を全て脱いで、下着のみになった。異様に筋肉が膨れ上がった身体の中心に、勃起した男性器が下着の布を押し上げて天井に向かって脈を打っている。
 あまりの光景に、綾は自分の背中にムカデが這い上がっている様な悪寒を感じ、「ひっ」と小さい悲鳴を上げる。だが、それも一瞬だった。綾は頭を振り、気持ちを奮い立たせる様に地面を蹴った。身体の動きが鈍くても、これ以上状況を悪化させるわけにはいかない。
 右手に出来る限り渾身の力を込めてりっぴーの鳩尾を撃ち抜く。だが、りっぴーはほとんど効いていないらしい。
「ダメダメ、女子高生がこんな乱暴なことしちゃあ……」りっぴーが自分に打ち込まれている綾の右手を掴む。「不良JKには、大人がお仕置きをしなきゃね」
 どぎゅる……というすさまじい音と共に、りっぴーの鈍器の様な拳が綾の鳩尾に突き込まれた。
「ゔぶッ! ん……んぐおぉぉぉぉぉおお!!?」
 悪夢の様な衝撃に、綾は限界まで目を見開き、口から唾液を吹きながら地獄の様な悲鳴を上げた。あまりの威力に綾の身体は背中が天井に付くくらいまで跳ね上げられ、全く受け身が取れない状態で床にうつ伏せに落下した。りっぴーがしゃがみ込み、綾の髪の毛を掴んで無理やり顔を上げさせる。
「わかったかい? 殴られる方はこんなに痛いんだよ? ま、僕はあまり痛くなかったけれど」
「ゔぁッ……がふっ……くっは……」
 鳩尾を強かに射抜かれたため、綾はまともに呼吸ができず、涙と涎を垂れ流しながらりっぴーの顔を焦点の合わない瞳で見つめた。その顔を見たりっぴーは興奮度を益々高めたらしい。
「ぐっ……ふぅッ!」綾は力を振り絞り、りっぴーの顔を平手打ちにした。乾いた破裂音が響き、りっぴーの身体が僅かにぐらつく。その隙に転がる様にしてりっぴーから離れ、リビングへ移動して体制を立て直す。「くはッ! はぁ……はぁ……」
 ベッドルームの暗がりの奥から男二人がのっそりと歩いてきた。一匹蛙と紅の探求者だ。二人ともりっぴーと同じ薬を打ったのだろう。すでに服を脱ぎ捨て、垂直に勃起させた男根を見せつけるようにしている。二人とも筋肉が一回りほど膨れ、血走った目で綾を睨みつけていた。
「おお! これは驚いた!」一匹蛙が大げさに両手を広げて言った。だらしなく垂れ下がった腹に薬液で筋肉が膨らんだ手足のその姿は本当に蛙のように見えた。「すわ警察が殴り込んできたのかと思ったら、君はさっきの女子高生じゃないか。こんなに早く再会できるとは思わなかったよ。わざわざ儂にブチ犯されに来たのか? 今なら明日の朝まで抜かずに腰を振り続けてやるぞ! ぐははははは!」
「な……なんなの……?」と、綾が腹を押さえながら言った。男達三人の背後からありすが姿を表す。「どういうこと……? あんた達、人妖じゃないの?」
「ジンヨウ……? 何だいそれは?」と、りっぴーが不思議そうに言った。
「なんだ……お前あの組織の戦闘員か」と、アリスが言った。男達と綾の視線がアリスに集まる。「本当にムカつく組織だな。こっちはこっちで好きにやってんだから放っておいてくれない?」
「じじじ、ジンヨウって言うんだ。に、人間じゃないってことは前に聞いたけれど」と、紅の探求者が言った。「ア、アリスがまだ『アイス』って名乗っていた頃……じ、冗談だと思っていたよ」
「おお、そういえば言っていたな。なんでも寿命が縮むとか、英気が失われるとかいうやつだろ?」
 一匹蛙の言葉に、りっぴーが手を叩いて「思い出した」と言った。
「『アイス』時代の頃か。そう言えばそんなこと言ってたな。セックスして養分を得るだとかなんとか……あまり気にしていなかったからすっかり忘れてた」
 綾が信じられないという様子で首を横に振る。人妖と知りながら、この男達は関係していたというのだろうか。
「僕達、あるアングラサイトでね……いわゆるロリコン掲示板で知り合ったんだよ」と、綾の引きつった表情に気が付いたりっぴーが手を広げながら語り出した。「最初は持っている写真や動画をその掲示板にアップして仲間内で見せ合うのが主な活動でね。だいたいは規制がそんなに厳しくなかった頃の写真集やビデオの一部だったり、海外のものだったりするんだけど、そういうのって既にみんな持っていたり見飽きたりしているものばかりでね。供給が極端に少ないから仕方がないんだけど、みんな新ネタに飢えていたんだよ。だからそのうち、ネタを自分でこしらえる奴が出てきた。学校の運動会を盗撮したり、更衣室にカメラを仕掛けたりしてね。生々しい新ネタに興奮したし、悔しかったよ。リアルでもパッとしないし、ロリコン掲示板でも乞食みたいな存在だなんて我慢できなかった。だから僕も色々やった。バイト代をはたいて中学生と援助交際してハメ撮りをアップした時は、神だ、なんて呼ばれて崇められたよ。あれは気持ちいいもんさ。自分が特別な存在になったみたいだ。普段の生活では後ろ暗い思いをしているロリコン野郎が、勇者だの神様だのってね……。一度やると止められないし、他の神と競うようになる。その当時競い合っていた神々が、一匹蛙さんと紅の探求者さんさ」
「そ、そんな時に管理人からメールが来たんだよ。いいい、良い話があるから直接会わないか? お、オフ会しようってね」と、紅の探求者がどもりながら言った。一匹蛙が話に割って入る。
「少し遅れて待ち合わせ場所に行ったら、いやぁ驚いたね。この御二方の他に、天使みたいな女の子がいるじゃないか。高校生や中学生までなら金か脅しでどうにかなるが、小学生となるとさすがに難しくてな。誰かどうやって調達したのかと思ったら、管理人の『アイス』だって名乗られてひっくり返ったわ! まさかロリコン掲示板の管理人がロリだったなんて夢にも思わんだろう。しかも自分を抱いてくれる男を探すために掲示板を立ち上げたって言うじゃないか。まさに願ったり叶ったりだ。その後はこの男性機能を強化するとかいう薬を打ってもらって、朝までぶっ続けでやりまくりよ。いやぁ、儂の人生はこの為にあったと言っても過言ではないな。アリスとの出会い以外のことは、人生のオマケみたいなもんだ」
「そういうこと」と、アリスが面倒臭そうに言った。「つまり、ここには被害者はいないってわけ。私はこの男達から養分を得られて、こいつらは私とセックスできて満足してる。誰も困っていないの。だから邪魔しないでくれる?」

2月25日(日)のりょなけっとに参加させていただきます。 新刊はまだ制作途中ですが、下記のような雰囲気で綾が上級戦闘員になりたての頃の話を書きたいなと思いますので、興味がありましたらよろしくお願いいたします。

サークルカット



 ガソリンと排気ガスの混ざった匂いがした。
 その匂いは歩道を歩いている神崎綾のすぐ脇に連っている、渋滞した車から吐き出されている。
 車は酷い渋滞で歩行者が悠々と追い越せるほどの速度でしか進んでおらず、乗っている人達は皆険しい顔をしていた。
 綾はそれらを横目に見ながら、厚手のダッフルコートのポケットに手を入れて歩道を歩いている。さっきから何回も肩がぶつかり、小柄な綾はその度に身体がよろけた。
 二月の夜の冷たい空気に綾の吐く息が白く溶けていく。
 イヤホンからはオペレーターの定期的な指示が飛んでくる。現場は近いらしい。
「その横断歩道を渡ったら右手に見える路地に入ってください。綾さんから見て二時の方向の、薬局とアイスクリーム屋の間の路地です」
「なんだか……ものすごく暗いんだけど……」眉をハの字に下げながら綾が言った。その路地は綾が言う通り人工的な光に包まれたメイン通りとは対照的に闇が深く、奥には青や赤の毒々しい光がうっすらと浮かんでいた。「これ、任務以前に私補導されないかな? あきらかに未成年が入っちゃいけないところだよね……?」
「まぁ……綾さんみたいな人は、普通はあまり入らないですね」と、イヤホンからオペレーターの少し困った声が響く。
「いや、わかってるよ。ここまで来て引き返すつもりなんて全く無いし。上級戦闘員になって初めての任務だから絶対成功させたいし。ただ、今日ばかりは他の服にした方が良かったかなぁって……」
 と言いながら、綾は路地と自分の服装を交互に見た。ダッフルコートの裾からは茶色いプリーツスカートが覗いている。明らかに学校の制服のそれで、綾は誰が見ても部活か塾を終えた下校中の生徒に見えた。実際、綾はダッフルコートの下に白と茶色を基調としたセーラー服を着ている。それも半袖の夏用だ。これは制服ではなく自分の所属する組織の戦闘服なのだ、と言っても誰も信じないだろうし、そもそも戦闘服とは何かと聞かれたら返答に困る。仮に本当のこと……自分は人間を糧にする怪物、人妖(ジンヨウ)と戦う組織の戦闘員であり、これから人妖退治を遂行しに行くのだ。この格好は動きやすさとモチベーションを上げるために自分の好みで選んだものであり、決して自分の学校の制服ではない。そもそも自分の母校はブレザーなのだと言ったところで状況は悪化するばかりだ。そして目の前の暗い路地の奥にはラブホテルや性風俗店のネオンが怪しく光っている。セーラー服を着た女子生徒が夜中に通る道ではない。
「援助交際している不良女子高生みたいな雰囲気出していけばいいのかなぁ。誰か適当な男の人捕まえて……」
「綾さん、そんなことできるんですか?」
「……たぶん無理。逆ナンなんてしたこと無い」
「そもそも彼氏居たことも無いですもんね。モテそうなのに」
「それは余計なこと。まぁ、思い切って行くしかないか。いざとなったら走って逃げ……あっ」
 突然、綾にスーツを着たサラリーマン風の男がぶつかってきた。不意のことで、綾は小さな悲鳴を上げてよろけた。
「おーっと、ごめんよ!」
 男はわざとらしくふらつきながら、よろける綾を追いかけて覆いかぶさるように抱きついた。近距離で吐かれた男の息は、酒と生臭い食物が混ざり合った堪え難い臭いがした。
「ちょッ?! 何すんのよ!」
 身体を駆け上がってきた不快感から、綾は反射的に男を突き飛ばした。男は酷く酔っ払っているらしく、バランスが取れずに壊れた玩具の様に足をばたつかせながら後方に下がり、尻餅をつく直前に仲間らしき男二人に支えられた。
 もともと強気な顔つきの綾が歯を食いしばって噛みつきそうな表情をするとそれなりに凄みがある。突き飛ばされた男と仲間にさっと緊張が走った。
「まぁまぁまぁ! 本当にごめんなさい。この人ちょっと酔っ払っちゃって」と、汚い眼鏡と汚いフリースを身につけた学生風の男が駆けてきた。体格はラグビー選手のように大きかったが、表情は怯え切っており、両方の手の平を綾に向けながら必死に謝罪や言い訳の言葉を早口でまくしたてている。ぶつかってきたサラリーマン風の男は濁った目で綾をじっと見続けている。サラリーマン風の男の中年太りと言う言葉では片付けられないほど病的に突き出た腹が、スラックスからだらしなくはみ出たワイシャツを押し広げている。よく見るとそのスーツは季節に合っていない春夏用の薄い生地のもので、ところどころ擦り切れていた。その男を、頭の側部と後方以外の髪の毛が無くなった中年の男が支えている。目をぎょろりと見開き、血色が悪い焦げ茶色の唇が醜く窄まっていた。思わぬ反撃に遭い驚愕しているのかもしれないし、最初からこんな顔なのかもしれない。
「本当にすみません! この通り謝りますから、酔った出来事として勘弁して頂ければ……。さ、もうすぐ待ち合わせ時間ですから行きましょう。『紅の探求者』さん、『一匹蛙』さんを起こしてあげて下さい」
 紅の探求者と呼ばれたハゲ頭が、一匹蛙と呼ばれたサラリーマン風の男を抱える様に立ち上がり、綾が向かう予定の路地に向かって歩き出した。一匹蛙は濁った目で綾を睨む様に見続けている。学生風の男はその背中をさする様にしながら、綾を振り返って何度か頭を下げた。
「何あれ……」綾は眉を寄せたまま、誰に言うでもなく呟いた。ぶつかった衝撃か、イヤホンからは小さなノイズが流れている。やがて霧が晴れる様にノイズが消え、「大丈夫ですか?」とオペレーターが心配そうに言った。
「あ、うん、ちょっとトラブル。少し絡まれただけだから。ただ、変な男達が先に路地に入って行っちゃった。この後私が行くと後をつけてるいみたいでやだなぁ……」
「変な男達?」
「三人組で、若い男が一人と、オジサンが二人。ハンドルネームみたいな名前で呼んでいたから何かのオフ会の帰りかも……」
 お世辞にも華やかとは言えないし、そもそも繋がりが全く見えない連中だった。相当酒も飲んでいる様子であったし、路地の奥に消えて行ったことからこの後の行動が容易に想像できる。酒を飲みながらどの様な会話をしていたのか、あまり内容を想像したくない。
 綾は一呼吸置くと、気持ちを入れ替えて路地に向かった。
 わかっていたとはいえ、客引きや通行人が不思議そうな顔で綾を見る。綾はなるべく通りの端を、家に帰るための近道なのだという風を装って歩いた。思いの外帰宅が遅くなったので、普段は通らないこの道を仕方なく歩いているのだという様に。幸い、声をかけられることは無く、警察の姿も見えなかった。
 ふと、自動販売機の前にたむろしている先ほどの三人の姿が見えた。三人は飲み物も買わず、輪になって談笑している。てっきりどこかの店に入ったとばかり思っていた綾は心の中で舌打ちをして、携帯電話を弄るふりをして電柱の陰に隠れた。適当に電話帳を開き、早くどこかへ行けと念じながら男達を見る。三人は笑みを貼り付けたまま、身振り手振りで大げさに話している。何をそんなに嬉しそうに話しているのか。
 綾はオペレーターに断ってから通信を切ると、男達の近くの塀に向かって集音マイクを投げた。それはビー玉程度の大きさで、スポンジの様な素材に包まれているので何かにぶつかっても音がしない。そして衝撃が加わると粘着質のゲルが出て壁や地面に貼り付く。集音マイクは無事に男達の近くの塀に貼り付き、周波数を合わせた綾のイヤホンから声が聞こえてきた。
「いやぁ……それにしても今だに信じられないですよ。一匹蛙さんや紅の探求者さんと出会うまでは、ずっと独りで苦しんでいましたから」
「そ、それはこちらも同じですよ『りっぴー』さん。ここ、この出会いはまさに奇跡です。同じ苦しみを抱えるもの同士、そ、相互補助の精神は欠かせない。た、ただ、残念ながら我々の様な存在の母数は少ない……。大っぴらに正体を明かすことは、ままま、まず出来ないですからね」
「失礼、吐いてスッキリしました。再会が嬉しくてつい飲みすぎまして……。へへ、紅の探求者さんが言った通り、同じ問題を共有するこの同志達の結束は何よりも強いものです。エリートどもは難なく欲望を満たし、餌を採れるというのに、我々はその『おこぼれ』にあずかることも出来やしない。持って生まれた者と、何も持たずに生まれた者の差のなんと悲しく残酷なことか……」
「まぁまぁ、暗い話をしても始まりません。とにかく今は相互補助できる幸運に感謝しましょう。これから仲良く『餌』を分け合うんですから……」
 何の話をしているのだろうと綾は思った。
 話し振りから何か後ろ暗い内容であることは理解できたが、どうにも回りくどい言い方で気持ちが悪い。ただ、「餌」という単語に嫌な予感が湧き上がった。人妖は人類の異性との粘膜接触によって養分を得る。そして人妖の中には人類を「餌」と呼称する個体が少なくない。
「おっと、噂をすれば餌が来ましたよ……」と、りっぴーと呼ばれた学生風の男が小声で言った。
 他の二人の男と綾がその視線の先を追う。
 暗い路地から女の子……おそらく十代前半と思しき少女が男達に向かって歩いてきた。
 少女は肩に着くくらいの長さの綺麗な黒髪で、黒づくめのロリータファッションを見に纏っている。顔つきは整っているが、怯える様な表情で俯いたまま歩いていた。唇をキュッと結び、どこか悲壮感を漂わせている。
「やあやあ『ありす』ちゃん! また会ったね」
 りっぴーが走ってくる我が子を受け止める時の父親の様に腕を広げたが、「ありす」と呼ばれた少女はそれを無視して、俯いたまま男達の輪の中に入り「あまり見られると……」と消えるような声で言った。綾の表情に不安の色が浮かぶ。
「あああ、相変わらずせっかちだなぁ。ま、わわ、私達もこんな所で、きき、君みたいな女の子連れ回していたら、い、いつ職質されるかわからないから別にいいんだけどどど……」
「最終的にはどうせ”する”んだから早めに行きますか。本当はありすちゃんとの再会を祝して二次会でも行きたいところですが、コンビニで酒を買って部屋で飲んだ方が何かと楽そうだ」
 男達が「ありす」を囲む様にして路地の奥へ移動し始めた。綾はイヤホンの周波数を切り替えると、気がつかれない様に男達を尾行しながらオペレーターに簡潔に状況を伝えた。

短いですが、久しぶりの腹責めパートです。清書(製本)時にはもっと腹責めシーンのボリュームを増やしたいですね。




 地下室の空気は淀んでいた。
 窓は無く、微かに汗や体液の臭いが混じった湿気が汚れた床すれすれの高度に滞留している。天井には大型の換気扇が埋め込まれていたが、今は稼働していないらしい。
「ん……ぅ……」
 話し声が聞こえて、美樹は目を覚ました。身体が動かないのは、おそらく拘束されているからだろう。漆喰を目の前に押し付けられた様な曖昧なグレーの視界の隅に、久留美の薄桃色の髪の色が浮かんだ。
「ゔぁッ……あ……はずと……さん……ッ……」久留美の声が聞こえ、美樹は顔を上げた。次第に明瞭になってきた視界の隅で、久留美は釣り針にかかった魚の様に顎を上げ、天井を見ながら呻いた。「も……無理……でず……ッ」
 ひび割れた白いタイルと薄汚れたコンクリートで造られた地下室には、久留美と蓮斗、そして美樹がいた。地下室はそれなりの広さがあったが、所狭しと拷問器具が置かれている。久留美は拘束は自ら壁に背中を付けて立ち、自分からシャツを捲り上げて、白魚の様に滑らかな身体のラインを晒している。そしてその久留美の華奢な腹部を、蓮斗は握った拳で嬲る様にグズグズとこね回していた。
 久留美の苦しそうな息遣いには少なからず女としての悦びの色が混じっていた。
 美樹は先刻、蓮斗に浴びせられた人工チャームにより苦痛が快楽に変わる感覚を味わった。不意のことで一時はその感覚に流されそうになったが、時間の経過とともに効果が薄れていることと、普段からの精神鍛錬の賜物で今では何とか正気を保っていられている。だが、久留美は自分とは違いごく一般的な年端もゆかない少女だ。数日間の監禁による恐怖は耐え難いものだっただろう。監禁や誘拐などの被害者は、閉鎖空間で長時間に渡り緊張状態や恐怖を味わうと、しばしば加害者に対して好意を抱いたり、加害者に気に入られたりするような行動をとることがある。少しでも犯人に気に入られて自分に危害を加えられる可能性を少なくするための生存本能に基づいた合理的行動だ。その心理に加え、薬物に似たチャームの効果で久留美が正気を失ってしまうのも無理はない。蓮斗のサディスティックな欲望を満足させるためのマゾヒストとして……。
 いつ終わるとも知れない恐怖と苦痛に耐え続けるよりは、偽りでも……たとえ正気を失ってでも快楽に押し流されてしまった方が良い。人間とはそういうものだと美樹は思った。そしてその行動は悪ではない。
 美樹は顔を上げる。
 蓮斗も久留美も、まだ美樹が目覚めたことに気がついていない。
「久留美ちゃん……まだ頑張れる?」
 気怠るそうな声で蓮斗が久留美の耳元で囁いた。久留美は立っているのもやっとな様子で膝をガクガクと震わせながら頷く。まるで二回戦目の性交に挑む恋人同士の様だ。
 蓮斗は久留美の肩を抱いて拷問器具が置かれている部屋の隅に連れて行くと、久留美の肩を押して座るように促した。久留美は不安そうな表情を浮かべたまま素直に従う。蓮斗は久留美を背後から抱きしめる様な格好で自分も床に腰を下ろすと、近くにあった器具を手にとって久留美に見せた。
「ひ、ひぃッ?!」
 その禍々しい器具を見た瞬間、久留美は思わず喉の奥で悲鳴を上げた。
 それは羽の様な取っ手の付いた、黒いエナメルを巻きつけた馬の男根にような形をしていた。
 怒り狂った様な亀頭は子供の頭ほどもあり、久留美を睨みつける様に反り返っている。
「は……蓮斗さん……ま、まさか……」恐怖のあまり久留美の歯がガチガチと鳴る。久留美は性行為の経験は無いが、一般的な男性器の大きさは把握しているつもりだった。だが、蓮斗の持つ凶暴すぎる器具は明らかに規格を超えていた。こんなもので貫かれたら命に関わるのではないか。
「大丈だよ。アソコには入れないから」蓮斗が久留美の耳を舐める様にして囁く。「でも、こっちには挿れちゃうけどね」
 蓮斗が久留美のヘソにディルドの亀頭をあてがう。久留美の肩が恐怖からびくりと跳ねた。蓮斗は取っ手を両手で握ると、力を込めて自分の身体に向けて引き付ける。ぐぽりと音がして、蓮斗の身体とディルドに挟まれた久留美の腹部に凶悪な鬼頭が埋まった。
「ぐぷッ?! がッ?! あああッ!」
 蓮斗がディルドを引く力を強めると、華奢な久留美の腹部に黒光りしている暴力が更にめり込む。胃を潰され、久留美の喉の奥から濁った悲鳴が漏れた。
「げぅッ?! げあぁッ! ばずど……ざんっ……おなが……ぐる……じ……」
「いいよ……もっと気持ちよくなって……」
 久留美が限界だと訴える様に必死に首を振るが、蓮斗は興奮をますます昂らせている様だ。蓮斗は押し込んでいたディルドを一瞬引き抜くと、リズミカルに久留美の腹部にディルドを押し込み始めた。まるで性交の時のピストン運動の様に、久留美の腹部にぐぽぐぽと黒い先端が埋まる。M字型に足を開いてめくり上がったスカートから覗く久留美のショーツが、分泌液で徐々に透けていく。
「ゔあッ!? ごッ! がぁッ! やらッ! はずどさん……はすと……さんッ!」
 久留美の久留美が背後を振り返り、蓮斗に向かって舌を突き出した。蓮斗はその唇を吸う。久留美も蓮斗もお互い目を閉じて、貪る様に舌を絡ませている。
 その隙を、美樹は見逃さなかった。
 美樹は頭を素早く横に振る。後ろで一つに縛った黒髪が揺れ、さらりと顔にかかる。その中の一本を美樹は素早く咥えた。ぐいと引っ張る。再びさらさらと髪の毛が元に戻った時、美樹は一本の細長い黒い針金を咥えていた。全身に隠した武器のうちのひとつで、緋色のリボンで留めて髪の毛の中に隠していたものだ。美樹はそれを器用に咥え直すと、手首を拘束している腕輪に付いた南京錠の鍵穴に差し込んだ。無骨な鍵ほど仕組みは単純だ──人間と同じ様に。
 美樹はものの数秒で片手を自由にすると、一分かからずに全身の拘束を解いた。
 二人はまだ唇を吸いあっている。
 美樹は素早く飛び出し、蓮斗に向かって突進して行った。

先日見事に完結した宮内ミヤビさんに書いていただいたレジスタンスシリーズ二次創作の後日談を書いてみました。
本編の息抜きとして書いていたのですが、先に書きあがってしまったので公開します。
セルフ二次創作みたいな感じになりますので、キャラクターのイメージを損なう可能性がありますが、本編とは別物として楽しんでいただければと思います。
また、特に推敲などせすにかなりラフに書いてしまったので、本当に息抜きとして呼んでいただければ幸いです。

ミヤビさんの二次創作はこちらから。
今回書いたのはこちらの後日談となります。




 目抜き通りから少し入った通りには洒落た飲食店が建ち並んでいて、その日はちょうど暑くも寒くもない土曜日だったから、日付が変わったにもかかわらず通りを歩く人の数は多かった。ほとんどの人は晴れ晴れとした顔をしていて、日頃の疲れを癒す様に友人や恋人と連れ添って歩いている。
 一軒だけ入口のカーテンが降ろされたレストランには「本日貸切」の札がかかっていた。
 その店は雑誌やテレビで何回も取り上げられ、アジアの料理店ランキングに載ったこともある有名店だ。ここを貸し切れるなんてどんな人物なのだろうと通りを歩く人々の何人かは思った。

 店の中の凄惨な状況など想像もせずに。

「あの……シオンさん……?」
 赤いチェックのスカートにライダースジャケットを羽織った綾が心配そうに声をかけるが、相手からの返事は無い。テーブルの上にはワインやウオッカの瓶が並んでいる(数本は倒れたままになっていた)。綾はオロオロとうろたえ、黒いスーツを着た美樹は諦めたように天井を見ていた。
「あの……」
 再び声を掛けようとした綾の肩に、美樹が手を置いて諦めたように首を振る。
「もう無理だ。私が残るからお前も帰れ」
「でも……」
「掃除も片付けも済んでいるから、あとはこいつが目を覚ますのを待つだけだ。二人もいらんさ」
 屍累々となったシオンの祝勝会が開かれたイタリアンレストランには、綾と美樹、そしてシオンだけが残っていた。シオンの料理を食べたアンチレジストの面々は、ある者は椅子ごと後ろに倒れ、ある者はテーブルに額を打ち、ある者は口を押さえたまま固まった。シオンはその様子を見て悲鳴を上げ、すわ敵の襲撃かと能天気にも原因が自分にあるとは知らずに泣きながら介抱した。
 まずかったのは唯一の男性である鑑を介抱した時に「この馬鹿!」と罵られたことだ。「味見くらいしろ! 冗談は目のやり場に困るメイド服だけにしておけ!」
 無論、鑑は本心から言ったわけではない。普段の彼は心の底からシオンの人柄や仕事ぶりを尊敬しており、彼女の右腕として生徒会の運営やアンチレジストの任務において陰から日向からシオンをサポートしている。今回彼が発した暴言は、いわば生存本能が発した心にも無い暴言だった。自分の命を脅かす敵がとどめを刺そうと近づいてきた時に威嚇する動物的行為。問題だったのは、その防御反応の対象が自分が憧れるシオンであったこと、そして、その威力は彼女にとって効果抜群だったことだ。普段の彼からは想像もつかない暴言にシオンの心は砕け、ギャグ漫画の様に白眼になり、ピシッという音と共にガラスのように固まった。
 数刻が経った後、正気に戻った鑑は固まっているシオンを見て困惑し、続々と目を覚ました組織のメンバーに的確に片付けの指示を与え、最後まで残ると言った綾と美樹を除いた他のメンバーを率いて帰路に着いた。

「Ужас!!!」
 突然シオンがテーブルに突っ伏したまま叫んだ。綾の肩がビクッと跳ねる。
「え……なに……? ウジャ……?」
「ロシア語だな。最悪だ、とか畜生とでも訳しておけばいい」
「……つまり、結構汚い言葉ってこと?」
「まぁ、あまり綺麗ではないな」
 ガバリとシオンが顔を上げる。白い肌が赤くなって目が据わっていた。
「なんですか……?」シオンが頬を膨らませながら言った。「私の料理がそんなに汚いって言うんですか?」
「え……誰もそんなこと……」綾がオロオロしながらフォローを入れる。
「いいんですよ……どうせ私は料理下手で、破廉恥なメイド服を喜んで着ている露出狂ですから。露出狂のロシア人ってなんか語呂が良くて素敵じゃないですか……はは……」シオンが床に視線を泳がせたまま、半笑いで器用にグラスにワインを入れる。「いいんですよ別に……アンチレジストや学院の皆さんから自分がなんて言われているかくらいちゃんと知っているんですから。いやらしい身体をしているから遊びまくっているはずだとか、完璧に振舞っているけれど根はエロいとか、ドスケベメイドとか……男性とは手を握ったこともないのにですよ!」
 シオンが両手で作った握りこぶしで机を叩いたから、新しくワインの瓶が倒れた。もう何本空けたのだろうかと綾は思った。
 鑑の暴言でフリーズから溶けたシオンは虚ろな目をしたままフラフラと勝手に店のワインセラーを開け、棚からウオッカの瓶を取り出し、無言のまま飲み始めた。美樹の付き合いでグラス一つくらい付き合うことはあったが、ここまでしっかりと飲酒しているシオンを綾が見たのはこれが初めてだった。
「なんで自分が可愛いと思う服を着ただけで笑われなきゃいけないんですかぁ……それにこの身体だって好きでこうなったわけじゃないのにぃ……。私だってスレンダーな身体に憧れてもいるんですからぁ……」
「重傷だな」美樹が頭を掻きながら言った。「いいかシオン、片付けはもう済ませたから、あとは何も心配せずに家に帰って寝るんだ。タクシーの手配をしよう。そして朝起きたら熱いシャワーを浴びて、いつもみたいに紅茶を淹れて飲め。心配するな、これくらいで誰もお前を嫌いになんかならないさ」
 殺されかけたことは「これくらい」とは言えないんじゃないかなぁと綾は思ったが、黙っていることにした。
「まだ飲みたいです……」
「ダメだ、もう帰るんだ。一応入口のカーテンは閉めてあるが、巡回に来た警察に見つかったら補導だぞ。アナスタシア聖書学院の生徒会長が未成年飲酒で補導なんてシャレにならん」
「ロシアでは十八歳から飲酒が認められていますからセーフです……」
「アウトに決まっているだろう。ここは日本だぞ。郷に入れば郷に従え」
「うぅ……わかりました……」と、シオンは残念そうに頷いた。
「タクシーは一時間後に来てもらうように手配するからな」美樹がタバコを咥え、スマートフォンを耳に当てながら店を出て行った。
 美樹がいなくなり、店内は水を打ったように静かになった。はぁ……とシオンが深いため息を吐く。
「ねぇ……綾ちゃん……」とシオンがグラスの縁を指先でなぞりながら言った。「私って……そんなに変なのかなぁ」
「へ、変じゃないよ。私は好きだよ……シオンさんのこと」と綾は本心からそう言った。
「ありがとうございます……私も綾ちゃんのことが好きですよ」
 とろんとした目をしたままシオンが言った。上気した顔で上目遣いで見つめられ、綾は同性ながらどきりとした。ビスクドールが動き出した様な見た目は怖いくらい美しかった。その顔はずっと眺めていられるほど整っている。まるで吸い込まれるようにシオンの顔を近くに感じた。今ではシオンの吐息まで感じられる。
「好きですよ……」
 目の前でシオンが言った。
 目の前?
 綾がはっと気付いた時にはもう遅かった。
 シオンはいつの間にか綾とゼロ距離の間合いに移動していた。しまった、と綾は思った。そうだ、この人は私以上に戦闘に長けて……。
 ふにゅっと唇にマシュマロの様な柔らかいものが触れた。
「んぅッ?! ゔぅッ?!」
 キスされた! と思った瞬間に綾は負けていた。シオンは一瞬のうちに綾の腰に片手を回し、同時にもう片方の手で綾の後頭部をがっしりと固定していた。身長差もあり、綾は上から押さえつかられるように押さえ込まれていた。
「んぅッ?! んんー! んふぅッ?!」
 一瞬のうちにシオンの舌が綾の口内に侵入し、綾の上唇や舌の裏側をなぞった。ぞわりという刺激が綾の背骨を駆け上がり、腰から力が抜けるのを感じる。軽いアルコールに花とミルクを混ぜ合わせた様な甘く蠱惑的な香りが綾の鼻をくすぐった。その間にもシオンの舌は綾の口内の弱いところを的確にさぐり当て、容赦のない暴力的な愛撫を続けていた。
「ん……んふぁ……んぅっ……」
 全身の骨を抜かれてしまった綾が蕩けきった表情でシオンの腰に手を回したと同時に、美樹が店に戻ってきた。そしてそのまま何も見なかった様に店から出て行った。

短いですがこちらの続きです。
今年中には完成させたいですね。



 シオンはコンポストの中に隠された階段を降り、アルミ製のドアを開けた。かすかなカビと湿気の匂い。キン、キン、と死にそうな音を立てる蛍光灯に照らされて、白い壁や薄い緑色の樹脂で出来た床が浮かび上がった。
 まるで遺棄された病院の様だ。
 美樹や久留美は無事だろうか……とシオンは廊下を進みながら思った。随分と時間が経ってしまった気がする。孤児院の地下にあるこの奇妙な施設の調査も進めたいが、まずは二人と合流しなければならない。それに、人妖と行動を共にしている蓮斗の目的や経緯を、できれば本人から直接聞かねばならない。どの様な理由から人妖に協力しているのか。他にも協力者はいるのか。また、かつて対峙した冷子も蓮と共にこの施設にいるはずだ。やらねばならないことは多い。
 シオンは蓮斗のことを思った。
 蓮斗がこの施設に収容されることになったきっかけの凄惨な事件。十歳の子供があの様な恐ろしい犯行を行えるものだろうか。
 凄惨な現場写真や調書を調べている間、シオンは何度も嘔吐き、頭痛を覚えてソファに倒れ込んだ。物心がついた……ちょうど父と死別した頃から、死を連想させる事象に対して生理的な嫌悪感を感じるようになった。だから、蓮斗の犯行を記録した資料は、シオンにとっては目を覆いたくなるほど耐え難いものだった。
 資料によると、蓮斗は太った体型を理由に六歳の頃から虐められ始めた。蓮斗は何度か教師に相談をしたが、教師は首謀者の家が生活保護を受けていることを理由に首謀者に同情し、肩を持ったという。両親と蓮斗の仲も良好とは言えず、蓮斗が八歳になる頃には虐めはクラス全体を巻き込んだ大きなものへとエスカレートしていった。味方のいない蓮斗はあるとき鬱憤を晴らすように学校で飼育していたウサギを生きたまま焼却炉に放り込み、教師から厳しく叱責される。また、知らせを聞いた蓮斗の両親はその日、雪が降る夜に蓮斗を家から放り出した。
 蓮人は自分を虐めていたクラスメイト達が大した咎を受けず、ウサギを殺した自分だけが糾弾されたことに納得がいかなかった。また、ウサギを殺したことを弱いもの虐めだと教師や両親から罵られたが、それでは今自分が受けている仕打ちは何なのだろうか。
 蓮斗が身体の奥から黒いものが湧き上がるのを感じながらショッピングセンターで途方に暮れていたところ、目の前を虐めの首謀者が家族と共に通った。家族と楽しそうに笑う首謀者を見た瞬間、蓮斗は「口から内臓が飛び出すほどの憎悪」を感じたと調書に書いてあった。
 蓮斗は公衆トイレで凍えながら一夜を明かすと、自宅に忍び込んで包丁と金属バッドを持ち出して学校へと向かった。授業には出席せず、放課後に首謀者が一人になったところを見計らって背後からバットで殴り昏倒させると、グラウンドの隅にある体育倉庫の中に主謀者を監禁、拘束した。学校から完全に人がいなくなったことを確認すると、蓮斗は首謀者を裸にし、腹部を内臓が破裂するほどバットでめった打ちにし、首から性器の辺りまでを包丁で裂いて殺害した。警察の調査で首謀者の露出した内臓に付着している蓮斗の精液が検出された。
 蓮斗は首謀者の身体をゴミ捨て場に棄てると、血まみれのまま、学校の近くに住む虐めに加わっていた母子家庭の生徒の家に侵入。バットで殴り昏倒させると、母子の手足をロープで縛り、母親の目の前で生徒の腹部を滅多刺しにして殺害。母親の狂ったような悲鳴を聞いて近所の住人が警察に通報した。警官が駆けつけた時には生徒は四方に内臓を飛び散らせた無残な姿になり、蓮斗は一心不乱に母親の裂いた腹部の中を掻き回していた。後の調査で、蓮斗は下着の中で何度も射精した跡が発見された。
「ゔっ……げほっ……」
 シオンは眩暈を覚えて、口元を押さえて床に片膝を着いた。フラッシュの様に明滅する凄惨なイメージを頭を振って払拭する。なぜ幼い子供がここまで歪み、凶行に及んだのか。原因は酷い虐めによると調書には記載されていたが、蓮斗の感じた憎悪はそれほどのものだったのだろうか。
 シオンはふらふらと立ち上がり、髪の毛を手櫛で梳いてから目を閉じて大きく息を吐いた。しっかりしなければ。まずは目の前の状況に集中するべきだ。
 ここ数日はほとんど寝ていない。
 アンチレジストともほとんど連絡を取らず、この孤児院……CELLAのことも報告していない。通常任務であれば当然受けられる組織からのバックアップは無く、危機が迫っても自分のみの力で解決しなければならない。解決できなければそれまで……それは先にこの施設に侵入しているはずの美樹も同じだ。
 シオンは慎重に薄暗い廊下を進んだ。
 おそらく孤児院の敷地全体にこの地下施設が広がっているのだろう。廊下は細かく枝分かれしており、廊下から中を覗けるように大きな窓が嵌まっている部屋が続いている。ほとんどの部屋の中には数台のパイプベッドが置かれていた。しばらく歩くと、コンピューターが置かれたナースステーションの様な部屋があった。中に入る。強盗にでも入られたかのようにファイルや紙の資料が散乱していた。シオンは足元に落ちているファイルを手に取って中を見る。顔写真付きの履歴書の様な紙が多くファイリングされていた。
 シオンは手早くファイルをめくる。
 いた。
 蓮斗だ。
 おそらくこの施設に来てしばらくしてから撮影されたのだろう。十歳前後の頃の、脂肪で膨れた頬と顎をした蓮斗が、どんよりと地を這う様な視線で写真の中からシオンを睨みつけている。書類には神経質そうな細かい文字がびっしりと書き込まれていた。
「な……え……?」シオンは思わずファイルをぐいと顔に近づけた。「人妖……適性……?」
 書類には蓮斗の細かい身体情報や経歴、蓮斗の起こした事件の調書の他に「人妖適性」なる見慣れない所見が書かれていた。

 ──施術に対する身体的適性は中からやや低と思われる。しかし、虐めに起因する自信の喪失、躁鬱的な心理障害及び他者を無価値なものと認識する性質は人妖化した後の栄養源補給においては有利に働くものと思われる。また、自己嫌悪に起因する自傷的行為、および自身の身体への無価値観、自愛の喪失は、被験者への追加実験や何らかの改造を施す際に抵抗なく受け入れられると思われる。

 なんだ、これは?
 人妖化?
 施術?
 どういう意味だろう?
 人妖は人為的に造り出されたものだとでもいうのか?
 ならば、人妖とは未知の生物などではなく、何者かが何らかの理由と意図の元に生み出したものなのだろうか。では、それを命懸けで追い、調査し、戦っている自分達やアンチレジストという組織は何のために存在しているのか。アンチレジストはこのことを知っているのか? 自分達は一体何と戦っているのだろうか……。
 不意に、虫の羽音のような音とともにブラウン管のモニターが点いた。粗いノイズ混じりの画面に、見慣れた顔が映る。
「何をぐずぐずしているの? 早こっちに来なさいな」
 うねるような画面の中に、スーツを着た女性の胸から上が映っている。女性は退屈そうに椅子に座っているらしく、アームレストに片肘をついたまま呆れたような視線を送っていた。
「冷子……さん……」
「私の庭を荒らさないでくれるかしら? この施設は古いけれど、まだまだ利用価値があるの。学園の研究棟以上にね」
「……この施設は何なんですか?」
「結論を急ぐんじゃないわよ、貴女らしくもない……あまり私を失望させないでくれる? 貴女みたいな奴が涼の仇だと思うと情けなくなってくるわ。それよりも、積もる話は直接会って話してあげるから早くロビーまで来なさい。そこの廊下をまっすぐ進んでドアを開ければ出られるから。決着が着いてから好きに調べればいいわ。貴女が生きていられたらだけど……」
 ブツンと言う音と共にモニターが切れた。モニターは青い顔をしたシオンの顔を嘲る様に反射していた。

いさあき(http://isaaki.web.fc2.com)さんの描かれたイラスト、「端境さん」で二次創作させていただきました。

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こちらの絵はいさあきさんが描かれるイラストの中でも特に好きなものです。
「和服とマスク」「彼岸花と向日葵」「和傘と傷跡」など、どこかアンバランスで不穏な空気感。「端境さん」自体の美しいけれど虚ろでどこを見ているのかわからない表情。どのようにでも解釈ができるとても懐の深い絵なので、書いていてとても楽しかったです……。

今回は初めて文庫本サイズで書いてみたのですが、やはりイラストが無ければこちらの方が読みやすい気がしますね。
後半にいつも通りテキストを載せますが、文庫本サイズのPDFもダウンロードできるようにしてありますので、お好きな方でお読みください。
いさあきさん、ありがとうございました!


_PDFはこちらから
※リンクが開けない場合は下記URLをそのままコピーしてブラウザでお読みください
http://roomnumber55.com/端境.pdf







_テキストは「続きを読む」からご覧ください。


続きを読む

ありがたいことに、普段仲良くしていただいている宮内ミヤビさんが二次創作をして下さっています。
現在物語が佳境であり、自分としても続きが本当に楽しみです。
是非こちらからご覧下さい。


また、自分としてもキャラ動かしの練習を兼ねて前日譚的なものを書いてみましたので、お時間があればご覧ください。
※腹パンやリョナはありません







 レイズ・バーは東京駅に直結している会員制の店で、その好立地に反して客の入りはまばらだった。人気が無いのかと思いきやどうやら完全予約制で、他の客との距離にゆとりを持たせるために一日の客数を制限しているらしい。
 サンローランの黒いタイトスーツを着た鷹宮美樹はソルティードッグのグラスを傾けながら店内を見回した。
 豪奢なテーブル席がメインで、一面ガラス張りの眼下には東京駅が見える。
 一人客は自分しかいないようだ。
 ほとんどが二人連れか四人連れで、年齢層は高め。男性も女性もかなり身なりが良い。騒いでいる客は皆無で、客たちは静かに話をしたり声を出さずに笑ったりしている。
 どうにも居心地が悪い、と美樹は思った。
 任務とはいえ、年齢を偽ってバーで酒を飲むなど今までしたことがない(もっとも酒を飲めとは言われていないのだが)。店の雰囲気を見るに、紹介さえあれば誰でも入れる名ばかりの会員制ではなく、料金でもふるいをかけているのだろう。いきがった勤め人や学生は一人もいなかった。
 空になったソルティドッグのグラスをコースターの上に置きながら、美樹は任務を頭の中で思い返した。
 ある男が人妖ではないかとの疑いをかけられている。
 人妖とは人間を栄養源とする怪物だ。恒久的に栄養源を得るため、目立った行動を嫌う性質がある。しかしその男は他の人妖とは違い、日本のウイスキーメーカーの代表を務めている。当然おいそれと会える人物ではなく、疑う材料はあるものの決定的な証拠に欠けるため、最終手段として囮として近づき人妖の特徴である「獲物を見つけた時に縦に裂ける瞳孔」を直接目視することになった。人妖でなければそれでめでたし。だが仮に人妖であった場合、当然至近距離で対峙することになるため今回の任務では美樹に白羽の矢が立った。
「失礼致します。例のものをお持ちしました」店の中央で丁寧にアドリブを弾いていたピアニストが交代すると同時に、疲れた表情のバーテンダーはうやうやしく一本のウィスキーボトルをカウンターの上に置いた。ラベルにはタロットカードの「皇帝」の絵柄が描かれている。バーテンダーは愛おしそうにそのボトルを撫でると、慣れた手つきで栓を抜き、足つきのショットグラスに慎重に注いでコースターの上に置いた。そして投げ込んだ石が作った池の波紋が落ち着くのを待つようにじっとウイスキーを見つめてから、隣のコースターに置かれたグラスに水を注いだ。「こちらがレイズモルトのタロットシリーズ、『皇帝』になります。当店にいらっしゃるお客様の中でも、オーナーからのご指示がなければお出しすることはありません。特に貴女の様な若い方でこれを口にできるのはかなり幸運なことかと思います。正規のルートではない、いわゆるプレミア価格では数十万円に達することもあります。それでも、飲みたいという方が多いのです」
 バーテンはそう言うと、カウンター越しに座っている美樹を見た。綺麗に梳かれた艶のある長い黒髪が凛とした顔つきと見事に調和している。ソルティードックを二杯ほど飲んだ後のせいか、その顔はわずかに赤みを帯びていた。美樹はアメジストの様な瞳で少量注がれた琥珀色の液体をじっと見つめる。
「なるほど……」美樹はグラスをそっと持ち上げて、チューリップの様に口の窄まった縁に鼻を近づけた。「素晴らしい香りだ。すまないが、一人でゆっくりと楽しみたい。申し訳ないが……」
「もちろんです。私もできることなら味わってみたいものです。では、ごゆっくり……」
 バーテンが静かに美樹の前から離れると、音楽が少し大きくなった様に感じられた。美樹は少し迷ったが、ウィスキーを少量口に含んだ。飲まない方がいいと言われてはいたが、そこまで絶賛されるほどのものであれば味わってみたい。舐めるような量だったが、プレミア価格で何十万というそのワインはアルコールの刺激が舌を刺す荒々しいもので、香りや甘みは影に隠れてしまっている。美樹はかすかに眉間に皺を寄せ、チェイサーを流し込んだ。
 なんだこれは。
 バーテンを追い払うために香りが良いと世辞を言ったものの、香りも味も好みでは無い。美樹はどちらかといえば下戸な方で、ウイスキー自体にそもそも明るくないが(そもそも未成年なのだが)、これなら数千円で売っているスコッチの方が好みだと思った。こんなものを有難がって数十万の金を払って手に入れる物好きがいるとは信じ難い。
 美樹は自分にしか聞こえない大きさで溜息を吐くと、軽くグラスを押しやった。バッグからショートホープを取り出す。一瞬スーツにタバコの匂いをつけるのもどうかと思ったが、そうせずにはいられなかったのだ。スーツは今日の任務のために組織から支給されたものだし(任務が終われば美樹のものになる)、バーのカウンターに座って目の前の酒に手をつけずにぼうっとしているわけにはいかない。何よりさっきのバーテンに飲まないのかと言われるのも面倒臭かった。
 ターゲットが現れる様子は無い。
 本当に居心地が悪い。
 任務でなければすぐにでも帰りたかったし、自分一人では到底上手くこなせるとは思えない。頼みの綱の助っ人の到着も遅れている。美樹は短くなったタバコを灰皿に押し付けると、続けざまに二本目を取り出した。


「すみません、遅くなりました」
 美樹が四本目のショートホープを灰にした頃、軽く息を弾ませながらようやくシオンがバーの中に入ってきた。肩を出したディオールの黒いワンピースドレスに、真っ白い肌と腰まである長い金髪が映えていた。バーの入口に立ってる店員がずっとシオンを目で追っている。シオンも普段とは違うやや濃いめのメイクをしているため、二十代前半には見えた。
「遅かったじゃないか」と、美樹が灰皿にタバコを押し付けながら言った。
「無茶を言わないでください。許可を取るのが大変だったんですから」美樹の隣に座りながら、シオンが軽く頬を膨らませた。「そもそも今回の任務は美樹さんが受けたものではないですか。複数の上級戦闘員が同一箇所の任務を遂行するのは基本的に禁じられているのはご存知ですよね?」
「ああ、確かターゲットが思わぬ強敵だった場合や、なんらかの事故があった場合に犠牲を最小限にするためだろう。任務以外でも、移動や宿泊は全て個別に行うことが原則だったな」
「そこまでわかっているのなら、今回の許可を取り付けるのがどんなに大変だったかわかりますよね?」
 シオンがぐいと顔を近づけ、美樹の鼻の頭を人差し指で軽く押しながら言った。どうやら本当に大変だったらしい。美樹がわかるさ、と言いながら鼻を押しているシオンの人差し指を握ってテーブルの上に下ろした。
「悪かった。だが、来てくれて助かった。今回の任務はどう考えても私は適任じゃない。どうせ見た目や雰囲気だけで選ばれたんだろう」
「任務の振り分けはコンピューターも関与していますから、適性が無いということは無いはずですが……」
「だがどう考えてもお前の方が適任だ。支配系の人妖の調査にはオペレーターではなく戦闘員が行うことは珍しくない。私も何回か駆り出されたことがある。だが、今日の様に接触が伴う調査は苦手だ。お前みたいに愛想を振りまいたり、誰とでも話を合わせられる豊富な話題を持ち合わせていたりしたのなら、バーテンひとりあしらうのに気を揉む必要もなかった。そしてそもそも私は酒に強くはない。お前は国柄的におそらくザルだろう。たぶん」
「それは人種的偏見というものです。私の国の人でもウオッカを飲めば酔っ払います」
 再びシオンが唇と尖らせながら美樹の鼻を押した。
「すまない、酒が入っているんだ。少し口が軽くなっている。私が下戸なのは知っているだう?」
「えっ? 飲んだんですか? もう、任務中だというのに……あら?」
 シオンがカウンターの奥に目をやった。バーテンダーがおしぼりを持ったまま会話が途切れるタイミングを待っている。シオンがにこりと笑って会釈をすると、バーテンダーはようやくゼンマイを巻かれた人形のように動き出した。やたらと動きが硬い。
「……失礼致します。先ほどおっしゃっていた御連れ様ですね。メニューはこちらになりますので、お決まりになりましたら……」
「ありがとうございます。すみません騒いでしまって……まぁ、これは」シオンがおしぼりを受け取りながら、カウンターの上のボトルに目をやった。ふっ、と一瞬シオンの目が細くなる。それは美樹がなんとか気付くくらいの僅かな変化であり、それがシオンの仕事の顔であることを美樹は知っていた。「レイズモルトのタロットシリーズ! 実物を見たのは初めてです!」
「ご存知ですか。おっしゃる通り、レイズモルトのタロットシリーズの一本。世界で二百本ほどしかありません。天才醸造家、薊冷士(あざみ れいじ)氏の産み出した傑作モルトです。卓越した類稀なる技術により、一度飲んだだけではその魅力に気がつくことは難しいですが、まるで麻薬のように虜になる人も多く、数少ないボトルは世界中で奪い合いになっております」
 まるで自分の手柄のようにバーテンダーが言った。シオンの見た目と仕草を見て、心なしか得意げになっているようだ。シオンも自分の口の前で手の平を合わせながら、ウイスキーの製法について話をしている。本当にこいつを呼んで良かったと美樹は思った。おそらくバーテンダーの目にシオンは、日本語が上手くて酒に詳しく、美人で愛想の良い外国人に映っているのだろう。
 シオンが未成年で普段は全く酒を飲まず、レイズモルトの存在を知ったのも美樹が調査同行を頼んだ数日前で、ウイスキーの知識もおそらくそのタイミングで調べたものだと知ったらどんな顔をするだろうか。
「では、レイズモルトの製法はほとんど秘密なのですか?」と、シオンが驚いたような表情で言った。
「そうです。糖化や発酵、蒸留までは社員が行いますが、熟成から瓶詰め直前の段階において薊氏は醸造所から自分以外の社員全員を締め出して一人で醸造所に篭ることがあるとか。一般的な製法であれば熟成の段階で何らかの手を加えることは本来無いのですが、このステップが薊氏の作るレイズモルトがレイズモルトたる所以であると言われております。いやはや、醸造所の中で一体何が行われ、どのような魔法が使われているのか……」
「魔法だなんて、なんてロマンチックなのでしょう……」
 シオンの目が輝いている。バーテンダーの得意顔を見て、美樹はタバコが吸いたくなった。
「そろそろ召し上がってはいかがですか? せっかくの機会です。魔法を味わってみては……」
「……ええ、いただきます」シオンが宝物を抱くようにグラスに口をつけた。少量を口に含み、上品な仕草でハンカチで口元を押さえながら舌の上で転がしている。「はぁ……なんて個性的で素晴らしいのかしら。男性的で逞しく芯がある力強さがありながら、魔女の悪戯の様なスパイスも感じられる……こんなウイスキーが存在したなんて」
「一口ではその癖の強さから全てを理解するのが難しいですが、そのグラスを飲み終えることにはきっと虜になっていると思います」
「魔法にかかってしまうわけですね……薊冷士さんの。一体どんな方なのかしら。出来ることならお会いしたいものですね。きっと素敵な方なんでしょう……」
 シオンが胸の下で手を組みながらうっとりと言うと、バーテンダーが思わせぶりに咳払いをした。
「……もしかしたら、お会いできるかもしれません」
「まぁ、本当ですか?」
「ええ、このバーの名前の通りと言いますか……オーナーが薊冷士氏その人なのです。本日も奥のプライベートルームにいらっしゃいます。内密にしていただけるとお約束していただけるのなら、お時間があるか聞いてみますので……」
「もちろんです! ぜひよろしくお願いいたします」
 バーテンダーが店の奥に引っ込むと、シオンはグラスの水を飲んだ。
「どうだった? そのお高いウイスキーは?」と、美樹が聞いた。
「お酒のことはよくわかりませんが、好みではないですね……。ただ、味のバランスが崩れているような気がします。絶賛されるほどのものでは……」
「だろうな」
「美樹さんも?」
「ああ、良くはない思う。他の一般的なウイスキーの方が好みだ。バーテンも言っていただろう? 癖はあるが、なぜか虜になる……と。美味くはないって言っている様なものだ」
「……とんだ魔法使いもいたものですね。予想が当たっていないことを祈っていたのですが」シオンが先ほど口元を押さえていたハンカチを取り出す。中心が薄い青色に染まっていた。「おぞましいことを考えるものですね」
「それは?」
「開発途中のチャームの検査薬です。正確さはまだ確かではありませんが、一応黒ですね……」
 シオンは飲んだふりをして口の中のウィスキーをハンカチに染み込ませていた。そこにあらかじめ塗られていた試作品のチャーム検査薬は、ウィスキーにチャームの成分が含まれていることを表していた。
「……似たような話があったな。ラーメンに麻薬を入れて通い詰めさせるという」
「やめて下さい。チャーム入りのウイスキーに比べたら、麻薬入りのラーメンの方がマシかもしれません」
「違いないな。今更だがチャームっていうのは人妖の体液のことだろう? それがウイスキーの中に混ぜ込まれている……全く、社員を全て追い出した蒸留所の中で一人でナニをやっているのか、あまり想像したくないな。悲しい映画を見ておいおい泣いて涙をウィスキーにでも入れているのなら多少は絵になるんだろうが……。おっと、白黒はっきりしたから早く帰りたかったんだが」
 美樹の視線の先をシオンが振り返って追う。上等なスーツに身を包んだ男が足音も無くこちらに歩いてきた。両手で大事そうに一本のボトルを持っている。
「失礼。私のウイスキーを気に入っていただけたようで、ありがとうございます」男が恭しく頭を下げた。「薊冷士と申します。あなた方のような若く、そして美しい方々に気に入っていただけるとは光栄です。この『逆位置ラベル』はいわゆるプライベートストックで、私が個人的に親しい関係の方にしかお譲りしていません。本日の素晴らしい出会いを記念して、一本差し上げましょう」
 薊は目つきが鋭く常に笑みを浮かべ、自他共に自分の能力を認めているという雰囲気の男だった。上品な香水の香りと共に差し出したボトルには、逆位置になったタロットカードの法王の絵柄が描かれている。
「まぁ、そんな貴重なものいただけません……」シオンが立ち上がり、軽くスカートの裾をつまんで頭を下げた。
「気にしないで下さい。特にと思った方には必ず差し上げるようにしているのです。よろしければ奥に自室がありますので、この出会いに乾杯しませんか?」
「すみません。パートナーと部屋を取っていますので、これで失礼します。あいにく二人とも下戸なものですから」
 美樹がシオンの肩を抱きながら言った。美樹に身体をぐいと引き寄せられ、シオンがダンスを踊る様に美樹に抱かれる。シオンは少し目を大きく開いて美樹を見た。
「おっと、これは失礼。お二方の関係を邪魔するつもりはありません。では、このボトルはお持ちください。このボトルを飲んでまた私を思い出していただけたら、いつでもお越し下さい」
「ええ、おそらく近いうちに……」
 美樹の言葉に薊は笑みを浮かべると、カウンターの上にボトルを置いて踵を返した。カウンター横の扉を開けて、バーの奥のプライベートルームに戻った。
 プライベートルームの中は豪奢な調度品の他に、クイーンサイズのベッドやバーカウンターまで備えられている。室内には上品な葉巻の香りが漂い、間接照明が効果的に使われた趣味のいい部屋だ。薊は新しい葉巻に火をつけると、携帯電話を取り出した。
「ああ、私だ。次のターゲットだが……」

お礼がかなり遅れてしまい申し訳ありませんが、先日のりょなけっとでは弊スペースまで多くの方にお越しいただき、ありがとうございました。
サークル活動を始めて2回目のイラスト無しの文章のみの本ということで、正直当日までお手にとっていただけるかかなり不安だったのですが、蓋を開けてみると本当に多くの方に手にとっていただけて本当に感謝しております。
さて、今回は先日のりょなけっとで配布させていただいた「COLLECTION_016 RESISTANCE CASE: YUKA_2」について、普段から仲良くしていただいているスガレオンさんがご厚意でイラストを描いてくださいました!
衣装などかなりスガレオンさんらしいアレンジが施されており、またシーンイラストもとても魅力的なものとなっております。
ぜひとも先日の本と一緒に楽しんでいただければと思いますので、よろしくお願いいたします。

_閲覧方法
ブログの「続きを読む」をクリックしていただき、指示に従って「COLLECTION_016 RESISTANCE CASE: YUKA_2」の裏表紙に記載されているPINコード(表記の通り大文字)を入力してください。

※今回のイラストは「COLLECTION_016 RESISTANCE CASE: YUKA_2」を手にとっていただいた方へのお礼となっておりますので、全体公開は控えさせていただきます。申し訳ありませんが、ご了承ください。

友香立ち絵

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