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_2017.02.21  GALLERYを更新しました(シオン1枚)
_2016.11.11  GALLERYを更新しました(綾2枚)
_2016.11.06  いただいたイラストを公開しました
_2016.10.03  新作の短編を公開しました

お題:JKサンドバッグ、大量の水を飲ませて吐かせる、マグロになってからも続く水袋打ち


リクエストをいただいて書いてみましたが、薄めな内容になってしまいました。
文中、意図的に空欄を設けておりますが、仕様です。
皆さんの憧れの人の名前を入れてみてください。

では、どうぞ。


追記:nnSさんのイラストを追加しました


「嫌な男な厭な話」



 僕は就職と同時に故郷を離れたから、ごく僅かながら存在した地元の知人との縁は、それで全て切れてしまった。もともと根暗で人付き合いが苦手だから、新天地では新しい友人が一人も出来なかった。当然、恋人などいた事は無い。時々、昔好きになった女性を思い出して、ありもしない妄想を繰り広げては暗く汚い部屋でのたうつことが唯一の楽しみだ。特に高校の頃に好きになった  さんとの妄想は格別だ。一目惚れの初恋。都内から転校してきた彼女は、田んぼの真ん中にある田舎の学校の、芋臭い生徒達の中でひときわ輝いて見えた。
   さんが転校してきたのは忘れもしない九月一日。夏休みが開けたばかりのまだ暑い頃だ。親の都合で時期外れの転校をしてきた  さんは、夏服の白いセーラー服を着て(僕の母校は制服の評判だけは良かった)、教壇の上で自己紹介をした。大人しそうな雰囲気だったが、体つきは都会の人らしく大人びていた。
 その日から、僕の妄想は始まった。
 妄想の中では、クラスで孤立している僕と  さんは秘密のうちに付き合っており、学校では目を合わせることも無いが、毎日下校後に秘密の場所で合流し、僕か  さんどちらかの家に行く……というストーリーが多かった。妄想の中で  さんは僕だけに微笑み、僕の話題に相槌を打ち、僕に抱かれた。  さんには実に様々なことをした。普通の性交、変態度が強いもの、奉仕、野外、殴る蹴る、殴られ蹴られ、時には暴漢に  さんが犯されている様子を僕が成す術もなく見守るという内容もあった。
 現実では結局卒業まで挨拶すらろくにしなかったというのに、  さんとの妄想は十年以上経った今でも日課になっており、いまだに強く興奮する。
 だから、高校を卒業して  さんと会うことが出来なくなってからは、単調な日々だった。
 そこそこの大学に入り、そこそこの会社に就職したが、  さんのいない生活は全く張りが無い。
 僕だけが淡々と歳を取っていく中で、妄想の中の  さんは永遠に高校生のままだった。
 平日は仕事に行き、家に帰り、妄想をしてから眠る。休日は妄想をしながら一日寝ている。
 仕事には全く身が入らず、人付き合いもせず、日々が川の流れの様にゆるゆると過ぎていった。
 そしてある時、僕は発作的に勤めていた会社を辞めた。
 年末に最後の賞与を貰い、手続きを全て終え、僅かな荷物と全盛期が過ぎた身体を引きずって数年ぶりに故郷に戻った。


「ねぇ?」
 呼びかけられて、僕は我に返った。
 アスファルトとタイヤの擦れる音。
 十人乗りのハイエースは運転席と助手席以外の全ての座席が取り外され、大人の男三人が楽に横になれるほど広い後部座席のあった部分には、ブルーシートが被せられた薄いマットレスが床一面に敷かれている。車の振動で体が動くたびに背中にむき出しの鉄板が当たり、がさがさとビニールシートが擦れる音が尻の下から聞こえた。車は曲がりくねった傾斜のある道を登っている。どうやら山に入ったらしい。ささやかな市街地の灯りはだいぶ前に無くなり、古めかしい街灯が時折窓の外に映った。
 芳香剤の匂いがやけに強い。
「ねぇ?」返事をしなかった僕に、僕の対面に胡座をかいて座っている男が少し大きな声で言った。豊かな白髪を七三に分け、型の古い四角い眼鏡をかけている。中肉中背で、大学教授だと言われればそうかなと思う風貌だ。「このヒトと、どういう関係なの?」
 男の指が、男と僕の間に横たわる女の子を指した。男の声は穏やかだが、有無を言わさない凄みを感じて僕は押し黙ってしまった。
「……さっきから聞いてるんだけど?」
「は……いえ……全く知らない人です……」
 女の子は気を失っている。夏服のセーラー服を着て、足首と、後手に回された手首にはガムテープが巻かれていた。口にもガムテープが当てられ、目はきつく閉じられている。汗で額に貼り付いた前髪や、短めのスカートから覗く脚が嫌でも目に入った。そしてこの名前も知らない女の子は、見れば見るほど  さんとしか思えなかった。顔や髪型、身体つきも全く同じだし、着ているセーラー服も僕の母校のものだ。
 十年以上前の、僕の初恋の人が今、僕の目の前にいるのだ……。
「知らない? 名前知ってるのに、知らない訳ないよね?」
「ほ、本当に知らないんです……ただ……昔の知り合いに似ていて……」
 男は不審そうな目で僕を見ながら眼鏡を直した。
「嘘言っちゃあいけないよ。僕逹がこの子を拉致した時、『  さん!』って大声で叫んで飛び出してきたじゃない」
「ストーカーなんじゃないですか?」運転席の男がバックミラー越しに僕たちを見ながら言った。ハンドルを握っている腕が太い。バックミラーに映った目はやけに大きく、爬虫類の様にぎょろぎょろしている。この男は、目の前の教授風の男よりもひと回り程度は若いようだ。「今思い出したんですが、こいつ女の子が店を出た時に後をつける様にこそこそと出てきたんですよ。彼氏って訳でもなさそうだし、もしかしたら同業かもしれないっすよ」
「ち、違います……僕はやましいことは……」
「いいから知ってることを言いなさいよ。コトが終わったらなるべくわからないようにして棄てたいんだ。そのためには、この娘の個人情報は多ければ多いほどいい。協力しないと、屍体が増えることになるよ」
 教授風の男が静かに凄んだ。
「ほ、本当に知らないんです! たまたま店で見かけただけで、その……昔好きだった人に、あまりにもそっくりだったから、思わず後をつけてしまって……」
「……昔? 結構歳が離れているように思うけどね」
「は、初恋の人です。高校の頃の転校生に一目惚れして……以来ずっと好きなんです。だから、思わず本人が目の前に現れたのかと……」
「苦しい言い訳だね……」教授風の男は笑みを消し、腕組みしながら僕を睨んだ。あまりセンスの良くない柄のシャツの裾がぱんぱんに張っている。歳は五、六十代に見えるが、爬虫類の様な男と同様にかなり鍛えているらしい。「君がいくつだか知らないけれど、高校生の頃なら十年……もしくはそれ以上前の話だよね? どう考えてもおかしいでしょ。タイムスリップを本気で信じているのならともかく、普通はそこまで思いが続かないか、間違えるにしてもせいぜい君と同い年くらいに成長した彼女を想像するでしょ? 目の前に高校生の頃好きだった人が制服のままそっくりそのまま現れたから、思わず後をつけて、危険な目に遭いそうになったから名前を叫んで飛び出した? 僕たちをあまり馬鹿にしちゃあいけないよ」
「本当なんです……ずっと……ずっと妄想していて……」
「妄想?」
 教授風の男が腕組みをしたまま話の続きを促した。
「高校の頃から……ずっと彼女で妄想しているんです。忘れたことなんか一日もありません。僕たちが付き合っている設定で、いろんな妄想をしていました。本人は今どこで何をやっているのか全くわかりませんが、僕の頭の中では、まさに目の前のこの娘と……いやこの娘で!」
 僕が言い終わると同時に、運転手の男が笑い出した。
「つまりズリネタにしてたってこと? 十年以上も一人の女を? ふはははは! すごいよあんた、本当だったら完璧に変態だ」
 教授風の男の腕が唸りを上げて、拳骨が僕の顔に飛んできた。僕は一瞬で吹っ飛ばされ、スライドドアの内壁に頭をしたたかに打ち付けた。痛みは感じないが、視界が船酔いした様にぐらぐらしている。口の中が鉄っぽくなり、吐き出すと血にまみれた歯が二本出てきた。
「あまりふざけていると、僕も怒るよ」
 教授風の男が女の子をまたいで僕の髪の毛を掴む。腰が抜けて立てない僕の頭を、そのまま力任せに壁に叩きつけた。殺される、と僕は思った。無意識に小便を漏らしていたらしく、太ももの内側に嫌な生暖かさが広がって行く。遠くでくぐもった声が聞こえた。教授風の男が僕の頭を叩きつけるのを止める。ほとんど見えなくなった視界の隅に、頭だけ起こして目を見開いている女の子の姿が見えた。
「んー! んんー!」
 女の子は必死に首を振っている。口元は隠れれいるが、表情は恐怖に引きつっていた。教授風の男は僕の顔を女の子の前に突き出すと。女の子の口元を覆っていたガムテープを外して、「この人……知り合い?」と聞いた。女の子は僕の顔と男の顔を何回も交互に見ながら、震える声で「……いいえ」と言った。
 その声はまさに  さんの声だった。

 男二人は雑木林の中に車を駐めると、  さんの足首を縛っていたロープを外して、僕と一緒に車の外に出した。両手足を縛られた僕は土の上に転がされ、夏の湿った土の匂いが強烈に鼻を突いた。
「全部話すとだね……」教授風の男が黒い手袋を嵌めながら言った。「僕たちはいわゆる強姦魔なんだ。それも、少し特殊な……ね。女性がいたぶられ、苦しむ様子に異様に興奮を覚える……。普段は同好同士がネット上のコミュニテイ内で同意の元に擬似的なプレイを楽しんでいるんだけど、たまには本物を味わいたくなるのが人間だ。今日は、いわゆるオフ会だね」
 教授風の男は爬虫類似の男に聞こえないように僕に耳打ちした。爬虫類似の男は  さんの手首を縛っていたロープを解くと、  さんの背中を自分の胸に押し付けるようにして羽交い締めにしている。白目と、剥き出しになった歯が、暗闇で異様に光っていた。
「さて……始めようか?」
 教授風の男が  さんに歩み寄る。爬虫類似の男の口角がつり上がり、  さんの歯がカチカチと鳴った。
「な……何をするんで––––」
   さんが言い終わらないうちに、教授風の男の拳がずぶりと  さんの腹部を抉った。
「––––うぶぅッ?!」
 僕は目を見開いてその光景を見ていた。背中を逸らされ、スカートとめくれ上がったセーラー服の上着の間には白くしまった生腹が見えていた。そこに男の黒い拳が一切の容赦無くつき込まれたのだ。  さんは一瞬で目を倍以上見開いたかと思うと、自分の腹部を覗き込むように首を下に折った。
「……うぇっ。『管理人』さん、ちょっと手加減してくださいよ。俺にまで衝撃が来たじゃないですか……」
 爬虫類似の男が顔をしかめながら管理人(男のハンドルネームか?)に言った。  さんは顔を下に向けたまま、びくびくと痙攣している。たった一撃で失神したのだろう。あの爬虫類似の男の身体から考えて、腹筋もかなり鍛えているはずだ。その男が華奢な  さんの身体越しに受けた衝撃に顔をしかめている。では、その衝撃をまともに受けた  さんのダメージは、どれほどだったのだろうか……。
「『ヒスイ』さん、顔を上げさせて……」管理人がヒスイに命じた。興奮しているのか、声が少し上ずっている。
「あ……ぁ……」
 ヒスイに顎を掴まれ、無理やり上を向かせられた  さんの顔は正視に耐えなかった。口は喘ぐように大きく開き、両目は大粒の涙を流しながらどこを見ているのかわからないほど虚ろになっている。口の周りは泡立った唾液でべとべとになって、ナメクジの背のように光っていた。
 どぶん……と砂袋を地面に落としたような音が響いた。
「ゔぅッ?!」
 幼さが残る  さんの悲痛な声が絞り出される。管理人がまた  さんの華奢な腹に拳をめり込ませたのだ。今回は先程に比べて大分手加減したようだが、それでも  さんは身体を仰け反らせて苦痛に身体を震わせていた。
「うッ……ッ…………うぐッ……あぁ…………」管理人は  さんの生腹から拳を引き抜かずに、嬲るような苦痛を与え続けていた。ヒスイも今回は身体への衝撃が無かったのか、  さんの反応を楽しむように覗き込んでいる。
「おッ……うぐッ…………おぶぅッ!?」
 管理人は突き込んでいた拳を、力任せに  さんの腹の奥に押し込んだ。  さんはびくりと身体を跳ねさせると、一際大きな悲鳴をあげた。だが、管理人の責め苦はそれで終わらなかった。教授が奥に突き込まれた拳を引き抜くのとほぼ同時に、  さんの鳩尾を突き上げたのだ。
「んごぉッ?!」
 先程までとは質の違う悲鳴が  さんの口から発せられたかと思うと、  さんの全身から力が抜けた。再び失神したようだ。  さんはヒスイの羽交い締めによって、皮肉にも顔から倒れ込むのを防がれている。
「うーん……かなり良いね。ちょっと交代だ。やっぱり歳だねぇ」
「何言ってるんですか。ものすごい衝撃で、俺ごとやられてるのかと思いましたよ。というか、今回はかなり良いんですか?」
「良いなんてもんじゃない。たいていは泣くわ喚くわで大騒ぎだし、酷いといろいろ垂れ流しで大変なんだ。向こうも必死だから、下手するとこっちも怪我するしね。今日みたいに綺麗なプレイは滅多に無いよ」
「そ、そうなんすか……かなり迷ったんすけど、思い切って申し込んで良かったぁ……」
 管理人がタオルで汗を拭き終わると、ヒスイと同様に女の子を羽交い締めにした。
   さんの制服は上着やスカートが汗で肌に張り付き、胸や太ももの付け根の身体のラインがしっかりと出ている。そしてその顔は、やられていることは暴力なのだが、まるで激しい性交の直後に絶頂に打ち震えている様にも見えた。
 憧れの  さんが、目の前で全身汗だくになりながら、快楽に身悶えている……。
 両手足を縛られていた僕は無意識のうちに、股間を地面に擦り付けていた。
 ヒスイの攻撃の最中、僕のその様子を目ざとく見つけた管理人は「そろそろ第一ラウンド終了だから、一発だけやらせてあげるよ」と僕に言った。
 ヒスイが満足した後、管理人の言葉通り僕は縄を解かれて  さんの前に立たされた。ヒスイに羽交い締めにされ、虚ろな目で喘いでいる  さん……。おそらくヒスイが拘束を解いたら倒れ込んでしまうだろう。その  さんの腹に、僕は恐る恐る拳を埋めた。蚊の止まる様な一撃だったと思うが、力なく弛緩した  さんの腹部に僕の拳はずぷりと吸い込まれていった。それはなんとも言え無い感触だった。他の何にも例えようの無い感触。僕の拳が湿って熱を持った腹部の皮膚にめり込み、筋繊維をかき分けて内臓に僅かながらに触れる。  さんの”中身”に、僕は一瞬触れたのだ。
 ヒスイが手を離し、  さんを乱暴に仰向けに寝かせた。失神した  さんは目を閉じ、乱れた髪を直すことも出来ずに体を投げ出している。めくれ上がったセーラー服の上着からは、痛々しく赤く腫れあがった腹部が見えていた。僕は強烈な快感を感じて、無意識のうちに  さんを殴った手で男性器をしごいていた。見ると、教授やヒスイも同じように自らの男性器をしごいている。僕たち三人はほぼ同時に達し、  さんの制服に染みを作った。

 いくら広いハイエースの後部座席とはいえ、四人も入ればかなり狭い。隅には未開封のミネラルウォーターのペットボトルが五本置かれている。その脇には漏斗と、大量のタオル。そして中央には、失神した  さんが寝かされていた。  さんは仰向けの状態で丸めた布団を腰の下に入れられている。自然と背中を反らされてた格好になる。そして両手は丸めた布団の中に入れられ、手首には手錠を嵌められていた。
 その手錠は、僕が嵌めたものだ……。
「水ってのは不思議だね……」管理人がボルヴィックを飲みながら言った。「無くなっちゃうと動物も植物も生きてはいけないけれど、大量にありすぎると洪水やら長雨やらでみんなダメにしてしまう。命を育んだり奪ったり……気まぐれなやつなんだよ、水ってやつは」
「僕は……」僕は異様に喉が渇き、渡された水を一気に飲み干していた。股の間がぬるぬるして気持ち悪い。「僕は……どうなるんですか?」
「どうもしないさ。ここまで来たら僕たちはもはや同類だ。仲良くしよう。君はあの娘が苦しむ様を見て興奮しただろう?」
「それは……」
「恥ずかしがるなよ。わかるさ。自分が異常だって認めるのは辛いよな」ヒスイが携帯をいじりながら言った。「でも、同じように異常なやつらが百人もいれば、それは異常じゃあない。俺も管理人さんが運営してるコミュニテイサイトに出会うまでは独りで悶々としてたもんさ。それからは、人生が随分と楽になったよ。今までは生きているのか死んでいるのかわからないような人生だったけれど、仕事にも精が出るし、半年かけて 今回のオフ会の参加費を稼ぐこともできた。管理人さんは俺の命の恩人さ」
 管理人は満足そうに頷いた。
 狂っている……と僕は思った。
 なにが命の恩人だ。
 やっていることは拉致監禁暴行の立派な犯罪じゃないか。確かに僕はあの時強い興奮を覚えたが、今では強く後悔している。なんでこいつらは薄ら笑いを浮かべているんだ。
「逃げたければ逃げればいいさ」管理人が言った。「それで通報でもなんでもすればいい。でも、よく覚えておくことだ。君はあの娘の制服に大量に射精している。鑑識が調べれば、僕達以外に君の体液も間違いなく検出される。言い逃れはできないよ。よく考えることだ。さっきも言った通り、君が望むにしろ望まないにしろ、君は僕達と同類だ」
 空が白み始めていた。
 管理人が目配せをすると、ヒスイがペットボトルの水を  さんの顔にかけた。  さんはむせながら目をさますと、仰向けに拘束された自分の姿に驚いていた。管理人が  さんの口に蛇のような速さでプラスチック製の漏斗を押し込む。それと同時にヒスイが水を一気に漏斗に流し込んだ。
「んぐッ……?! んんんんんん?! がぼッ?!」
 水責め。
 強制飲水。
 水と、簡単に拘束できる道具があれば、相手に死の恐怖を感じさせるほど猛烈な苦痛を与えることが出来る凄惨な拷問だ。
 ごぼごぼと音を立てながら、何度も  さんの喉が蠢いた。意思に関係無く、無理やり水が飲まされている。  さんは目を大きく見開いて足をばたつかせながら、必死に漏斗を外そうとしている。
 二リットルの水が数十秒で空になった。  さんの胃のあたりがわずかに膨らんでいる。
「げほっ! げほっ! は……うえっ……あ……ああぁ……」  さんは漏斗を外されると、焦点の定まらない目で虚空を見回した。
 ぼじゅん……という水袋を殴るような音が、ハイエースの車内に響いた。
 管理人がハンマーで杭を叩くように、  さんのわずかに膨らんだ腹部に拳を叩き込んだのだ。
「ひゅぐッ?! うぶえぇぇぇぇぇ!!」
   さんは殴られた瞬間、かっと目を見開くと、喉を蠢かせたまま噴水のように水を吐き出した。管理人は何度も何度も、最後の一滴まで絞り出すように  さんの腹に杭打ちを続けている。その度に  さんは痙攣しながら吹き出させた。呼吸ができていないのだろう。目を覚ましたばかりの  さんの瞳はすでに裏返っている。
「がっ……あっ……あぁ……ああぁ…………」
   さんは全身を濡らしたまま、声にならない声を発している。ばちゅん……ばちゅん……と湿った袋を打つような音が一定の間隔で響いた。  さんは空っぽになった胃を責められ続け、虚ろな顔を晒している。


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 反応が完全に無くなった頃、ヒスイが漏斗を  さんの口に押し込んだ。されるがままだった  さんの顔が恐怖に引きつる。先ほど受けた苦痛がトラウマになっていたらしい。必死の抵抗も虚しく、ふたたび二リットルのペットボトルは空になり、水袋打ちが始まった。ペットボトルは、あと三本あった……。

 管理人とヒスイが交代で仮眠を取った後、僕たち四人は車の外に出た。  さんは呼吸はしているものの自分の力では動くことも出来ず、管理人に抱えられるようにして車内に出ると地面に寝かされた。顔色は、そこまで悪くないようだ。
 管理人とヒスイはコンビニで買ったらしいパンを齧っている。
 二人は僕にも一つくれようとしたが、断った。物を食べられる心境ではなかったし、こいつらの僕に対して馴れ合うような気持ちを受け入れることが出来なかったからだ。
 じわじわと気温が上がっている。
 木々を見上げると、昨日の夜から今までのことが幻のように感じられた。だが、視線を下に戻すと、現実の  さんが倒れていた。
 絶対に通報してやる。
   さんをこんな目に遭わせたた男どもに制裁してやる。
 もう捕まろうがどうだっていい。
 おそらくどこかの場所で、僕と  さんは解放されるだろう。そしたら二人で警察に行くんだ。全て正直に話をして、さらなる被害者が出ないようにしなければ。
 ヒスイがどうしても眠いと言い、その場に座り込んでしまった。
 管理人は  さんを起こしている。
 ふらふらだが、なんとか立つことが出来るまでには回復したらしい。
   さんは管理人に腰と手首を持たれて、僕に背中を向けて抱えられるようにして立っていた。
 頭をはっきりさせようとしているのか、嫌々をするように首を振っている。
 嫌ぁ! という声がはっきりと僕の耳に届いたと同時に、ぱんと破裂音が木々の間に響いた。
 ヒスイの身体がビクリと跳ね、ガクガクと痙攣した後に動かなくなった。
 なんだ……何が起きているんだ……?
 管理人と  さんが僕の方を振り向いた。
 背後にはヒスイが頭から血を流して、身体を地面に投げ出している。
   さんは歯を食いしばり、両目からは大量の涙を流していた。
 その右手には……管理人が掴んでいる手首の先には、ピストルが握らされていた。
「通報するならすればいい……この人殺しが……」管理人が言った。引き金に乗っている  さんの人差し指に、管理人の指が重なる。「次はあの男だ……」

こんばんは。
今回はシャーさんのキャラクターをお借りして短編を書いてみました。
現在、病気で三十分程度しか机に座ることができない状態なので、かなりの突貫作業となっております。設定や描写などグダグダになっていますが、暇潰しに読んでいただけると幸いです。

では、どうぞ↓













「本物みたいね……」カスミ・F・ミカーニャがスチールラックから抜き取ったファイルをパラパラとめくりながら言った。明るい紫の瞳は細かく書かれた化学式や、人名のリストを素早く追っている。「『ヴェノム』に関する資料……合成方法や流通経路が書かれている……でも妙ね……化学式が既存の『ヴェノム』と少し違う……」
 薄汚れた小さな部屋だ。
 生活感は無い。
 三人掛けのソファに、広い作業机。天井から吊るされた裸電球がオレンジ色の光を放っている。外界と繋がるものは、ドアと開け放たれた窓だけだ。そこから隣接した工場が発する騒音と、不快な湿気が部屋の中に流れ込んでいる。
「やっぱり! じゃあ情報は正しかったんですね!」ミリィが両手を胸の前で握りしめながら言った。黄色い目が輝いている。初めての任務が成功しそうなので、興奮しているのだろう。ミリィのショートカットに切りそろえられた癖の強い金髪の一部が跳ね上がり、まるで猫の耳のように見えた。
「そうね……」カスミがファイルを作業机に置くと、顎に指を当てて足元を見た。紫色の長い髪が頬の横からさらさらと垂れる。
「早く報告しに帰りましょうよ! 証拠は十分ですよ」
「待って……おかしいと思わない?」
 カスミはミリィに背を向けて壁際に移動すると、破れた壁紙を人差し指でなぞった。
「『ヴェノム』は今、世間で大きな問題になっている合成麻薬よ。人間の脳のリミッターを解除して、人を怪物に変えてしまう恐ろしい薬物……。『ヴェノム』があれば、人は武器無しでも殺人や犯罪がたやすく行えるし、たとえ逮捕したとしても、専用の檻でなければ簡単に破壊されてしまう。人間の肉体が武器なのだから、もちろん探知機にもかからない……」
「先日起きたハイジャック事件も、『ヴェノム』を服用した上での犯行でしたね……」
「そう……そんな大問題を起こしている合成麻薬が、こんな小さな場所で作られていると思う? 工場とまでは言わないけれど、ここには試験管一本無いのよ」
 カスミがいつもの静かな口調で言うと、身につけているレオタードのような『ヴェノム特捜班』の制服の肩口から指を入れて、たるみを直した。つられてミリィも腰からお尻にかけての布を引っ張った。
「嫌な予感がする……」カスミがぽつりと言った。「今回のタレコミは誰が……?」
「それが……よくわからないんです」
「……よくわからない?」
「はい……私が午前のパトロールを終えて帰ると、机の上に指令書の入った封筒が置かれていて……装備を整えて、カスミさんと一緒に今夜ここへ出動するようにと……。極秘任務と書かれていて、カスミさん以外の人への口外を禁ずるとも書いてあって……」
 瞬間、金属質な音が部屋に響いた。
 開け放たれた窓が鉄板で塞がれている。
 窓と壁の間に仕掛けがあったのだろう。
 部屋を満たしていた工場の稼動音が極端に小さくなった。
 がちゃり。
 ドアが開く。
 見上げるような男が部屋の中に入ってきた。
 国籍がわからない異様な男だ。ジーンズにタンクトップというラフな格好だが、筋肉が盛り上がり、白目が見えないほど充血している。典型的な『ヴェノム』中毒者の症状だ。
「シシシシ……」と男は笑うと、ドアノブを手で引きちぎった。部屋は、完全に外界から遮断された。
「あ……う……うあぁぁぁぁ!」
 ミリィが男に向かって突進した。
「ミリィ、待って!」
 カスミが慌てて止める。しかしミリィは天性の瞬発力で男との距離をぐんぐんと縮めた。
「にゃあッ!」
 ミリィがジャンプしながら男に拳を放った。
 肉のぶつかる音。
 ミリィの拳は男のグローブのような手で受け止められた。
「あぅ?!」ミリィが驚愕の表情を浮かべる。次の瞬間、ミリィの拳から枯れ枝が折れるような音が響いた。
「あああああぁッ?!」
 ミリィが右手を抑えてうずくまる。男に握りつぶされた拳が、ありえない形に変形していた。
「あぁぁ…………ん…………んぎぃッ!」
 ミリィが大粒の涙を浮かべながらも、立ち上がって左手で男の顔面めがけて拳を放った。男の丸太のような腕がそれを止める。ミリィの表情が絶望に変わったと同時に、巨大な噴石が地面に落ちる様な思い音が響いた。
「んぶうぅぅッ?!」
 男は、一瞬のうちにミリィの鳩尾と下腹部に、ほぼ同時に拳を埋めた。それは恐るべき速さと重さだった。ミリィのレオタードは殴られた部分がそのままクレーターの様に陥没し、男の指の形がくっきりと分かるほどその形状を維持していた。
「ごぶッ?! ふッ……んぐ……ぉ……」
 ミリィは自分の腹を抱く様に両膝を着くと、しばらく焦点の合わない目で地面を見て、そのまま顔から床に崩れ落ちた。ごん……とミリィの額と床がぶつかる大きな音が、しんと静まり返った部屋に響く。ミリィは尻をカスミに向けて突き上げたまま、ピクリとも動かなくなった。
「ミ……リィ……?」
 カスミは理解不能な手品を見せられた様な表情で、男とミリィを交互に見た。ミリィは経験こそ浅かったが、その優れた運動神経で格闘術は常に優秀な評価を受けていた。そのミリィが、たかだか三十秒ほどで無様に失神させられたのだ。男に傷一つ付けることなく。
「くっ……!」
 カスミが身構える。
 男が薄笑いを浮かべたまま、ゆっくりとカスミに近づいた。
「ふっ……ふっ……ふうっ……」カスミの呼吸が速くなる。やれる……と自分に言い聞かせた。『ヴェノム』は筋肉のリミットを麻痺させるが、身体の痛みや反射までは麻痺させることはで出来ない。急所を突けば効果はあるはずだ。そのための訓練も受けてきた。いけるはずだ……と。
 男がカスミの目の前に迫った。カスミが見上げるほどの体格差だ。男は明らかに挑発している。ノーガードで薄笑いを浮かべていた。
 カスミは歯を食いしばり、ふッ! と短く強い息を吐くと、男に攻撃を繰り出した。狙いは鳩尾。カスミの小さな拳は正確に男の鳩尾を突き刺した。いける……と思った。男が油断しているうちに、一発でも多くの攻撃を当てる。腰をひねり、威力を乗せた一撃を何発も……。
無呼吸で十数発放ったカスミの突きは、すべて男の鳩尾に突き刺さった。それは常人であれば、一撃で失神させるに十分な威力を持っていた。
 男は、変わることなく薄笑いを浮かべていた。
 カスミは荒い息を吐きながら、みるみる表情が青ざめていった。
「くはッ……! はぁ……はぁ……」
「シシシ……」男は笑いながら、カスミの身体を血走った目で舐める様に見回した。「ココ……殴ラレると……苦しイよなァ……鳩尾……シシ……ナァ?」
 ぐずん……という不気味な音が部屋に響いた。男が言い終わると同時に、男の右腕が空気を切るような音を放った。次の瞬間、丸太の様な男の腕の先にある、暴力的に角張った鉄塊の様な拳。それが半分ほど、カスミの鳩尾にめり込んでいた。
「ふぅッ?!」
 カスミのすぼめられた口から、肺の中の空気が全て、強制的に吐き出された。

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「う……ぅ……あ……?」
 鳩尾を突き込まれた衝撃で、カスミの長い紫色の髪が跳ね上がり、はらはらと背中に降り注いた。一瞬の出来事だった。カスミは何が起こったかわからず、収縮した瞳で男の拳が埋まっている自分の鳩尾を成す術なく見ていた。
「苦しイよなァ? 鳩尾……殴られルと……?」
「う…………んぐぅッ!?」
 男に自分がされたことを言われた瞬間、猛烈な苦痛がぞわぞわと足元から脳天に駆け上がった。カスミは腰から下が無くなった様な感覚を覚え、糸の切れたマリオネットの様に両膝を地面に着いた。
「がふッ……ふっ……んぐあぁぁッ……」
 ずるずると力なくお尻を着いて座り込みながら、ボールを抱える様にしてうずくまる。普段は冷静で物静かなカスミがここまで濁った悲鳴を上げるのは初めてだった。
 男はカスミのレオタードの胸元を掴むと、強引にカスミを立ち上がらせた。わずかに背中を反らされ、小さな臍と、うっすらと割れた腹筋がレオタードに浮かんでいる。
 男は口の端を釣り上げると、その臍を目掛けて拳を突き込んだ。どん……という大砲を撃った様な重い音が響き、カスミの身体が電気ショックを受けた様に跳ねた。
「ゔッ?! う……うぐぅあぁッ?!」
 カスミは全くガードすることが出来ず、男の慈悲の無い一撃を腹部に受け入れざるを得なかった。男は拳のモーションが全く見えない速さでカスミの腹をえぐり、すぐに引き抜く。カスミのレオタードには男の骨ばった拳の跡が隕石が落ちた跡の様にくっきりと残り、痛々しく陥没していた。
「が……かふッ……ッは……あぁ……」
「手カゲン……タらなかったか……?」
 男は痙攣するカスミを見下ろす。カスミは男に抱きかかえられる様に背中を支えられ、半分以上瞳がまぶたの裏に隠れている。口元からはだらしなく舌が飛び出し、唾液が糸を引いて地面に落ちていた。
 ずぶり……という水っぽい音が嫌に長く響いた。
「んぐうぅぅぅッ?!」
 男はカスミの腹にスタンプを押す様に、ゆっくりと拳を埋めた。ずぶ……ずぶ……と一定の速さでカスミの鳩尾、臍、下腹部、子宮へと拳が突き込まれる。そのスピードは決して早くはなかったが、想像を絶する圧力だった。プレス機の様な力で何度も何度もカスミの腹にピストンが打ち込まれ、その度にカスミの腹は痛々しく陥没した。
「ゔあぁっ! ぐぶぅッ! ゔえぇ……んぐぅぅッ!」 
 既にカスミのレオタードは胸から下がボロボロに破れ、素肌が露出している。もともと色白な肌には痛々しく痣が浮かび、汗や唾液が裸電球の光を反射していた。
 男は満足したのか、カスミを支えていた腕を離すと、空を切る音と共に見えない速度でカスミの鳩尾をえぐった。ずどん……という炸裂音を、カスミは遠のく意識の淵で聞いた。
「ふぐぅッ?!」カスミの目が限界まで見開かれる。すぼまった口が、そのまま何かを伝えるように何回か開いたが、ついに声は発せられずに床へ崩れ堕ちた。既に意識が飛んでいたのか、受け身を取ることなく頭蓋骨と床がぶつかる音が部屋に大きく響いた……。



 
「先輩! 大変です! これ見てください!」
 ぱたぱたと駆けてくる足音に、呼ばれた捜査員が振り返った。
「どうしたの? そんなに慌てて?」
「ご……極秘の指令書が、私の机の上に置かれていて」
「極秘……?」
「はい、行方不明になったカスミ捜査官とミリィ捜査官が、工業地帯の民家に捕らえられているとの情報があるそうです。情報漏えいを防ぐために、先輩と二人だけで捜査せよとのことで…………」

 窓際に置かれた観葉植物には、うっすらと埃が積もっていた。冬の弱い朝日中で、それはまるで薄く積もった雪のように見える。
 壁に掛けられた時計は丁寧に時を刻んでいた。 一秒一秒、確実に現在を過去へと押しやっている。
 出窓から外を覗くと、灰色の雲が強い風に押されて北へと流されてゆくのが見えた。枯れた芝生と高い塀。
 僕はメガネを外してTシャツの裾でレンズを拭くと、部屋の中央に目をやった。ピッ……ピッ……という定期的な電子音は、この小さく白い部屋には不釣り合いに思えた。姉を乗せたベッドのシーツは、今朝取り替えた時と同じく皺ひとつ付いていない。それは、姉が身動き一つしていないことの証拠だった。部屋は独特の匂いがした。漂白剤のような匂いに、かすかに排泄物の匂いが混ざっている。中央のベッドには、異様なほど小柄な姉が寝ていた。
 小柄?
 首から下のブランケットは正方形に膨らんでいる。
 姉はどちらかといえば、女性にしては大柄だった。身長は百七十センチを超えている。その姉が小柄だと?
 姉は無表情で目を瞑り、少しだけ開いた唇からわずかに白い前歯が覗いている。
 その首から下は正方形。
 姉には、四肢が無かった。
 あの日、僕が発見した時、姉の四肢は失われていた。あのすらりと伸びた脚や、優しいぬくもりを感じる腕が無くなっていた。失われてしまっていた。傷口からは生暖かい血が未開の地の水源の様に流れていた。僕はそれを必死に押さえ、目を閉じた姉の名を呼び続けた。
 その表情は一ヶ月たった今でも変わらなかった。身体中を管まみれにして、姉は静かに眠っていた。鼻から通されたチューブにつながる人工呼吸器からは、定期的に空気の漏れる音が聞こえた。

「延命治療?」と僕が聞いた。医者は神妙な顔をして頷いた。
「お姉さんはもはや自力で生命維持活動を行うことはできません。私達にできることは、その命を伸ばす手段を提供するだけです。残念ながら……」医者は目を逸らしながら僕に言った。「身体的な損傷に加え、精神的なショックも相まって、お姉さんの容態は深刻です。原因はわかりませんが、身体が生き続けることを諦めているような……」
「……詩的な表現ですね」
「そうとしか思えません。手の施せるところは施しました。あとは……お姉さんの生きるための意志にかけるだけです」医者は壁にかかっているレントゲンを見た。「両手足の欠損以外は、目立った外傷はありません。壊死や感染症は見受けられず、栄養状態も良好です。しかし、自発呼吸は止まっており、心臓もペースメーカー無しではすぐに細動を起こしてしまう」
「生きるのではなく……生かされていると?」
「……そうです。緊急で人工呼吸器を取り付けた時に説明しましたが、あれは本人の意思に関係なく、強制的に肺に空気を送り込むものです」
「……つまり?」
「意識のある人間なら、そのすさまじい苦痛からすぐに外してしまいます」
「そんなもの……」僕は言った。視線の先には力なく握られた僕の手があった。「機械と同じじゃないですか」
 医師は何も言わず、軽く咳払いをするとシャウカステンの電源を切った。僕の嗚咽を遮るように部屋から出て行くと、代わりに看護婦が僕の肩に手を置いた。見事な役割分担だ。おそらくこの様な状況は過去に何千、何万と繰り返されてきたのだろう。僕はその中の不特定多数のひとつに過ぎないのかもしれない。

 僕は迷った末、医師に延命治療の延長を依頼した。少しでも姉が回復するのであれば、その望みに賭けたかったからだ。施設で育った僕と姉は、お互いたった一人の肉親だ。離れられるわけがない。そんなこと……想像すらできない。まだ僕と姉が物心つく前、雪が降りしきる真冬に僕たちは施設の入り口に棄てられた。僕たちを産んだ人間は、安物のベビーカーに僕たちを折り重ねるように押し込み、申し訳程度の毛布をかぶせて何処かへと消えた。職員が見つけた時は、僕たちは瀕死だったらしい。僕はともかく、僕に覆いかぶさっていた姉は凍傷で右足の小指と薬指を切断した。もっとも、その足ももう無いのだけれど。
 姉は、完璧だったはずだった。
 指さえ失わなければ、姉は完璧に美しいままでいられたはずなのに。
「いいのよ」と姉が言った。僕ははっとして姉を見る。姉の口は閉じられたままだ。「いいのよ。好きにしても」
「出来ないよ」
 姉は相変わらず口を閉じたまま僕に語りかけた。その声は人工呼吸器の音に混じって消え入りそうなほど小さかった。
「我慢が出来ないのでしょう? 私が美しくないことが。何を迷っているの? 私たちはずっと一緒だったじゃない。また元のようにひとつになるだけよ」
「でも、そしたら姉さんが……」
「私は構わないわ。だって、本当ならあの冬の日に死んでいたんですもの」
「でも……」
「なら言い方を変えるわ。返してちょうだい。私の美しい身体を。見て。今ではこんなに不完全になってしまった」姉は相変わらず身体のどの部分も動かさず、美しい屍体の様にベッドに横たわっている。人工呼吸器の音が嫌にはっきりと僕の耳に届いた。「もう一度綺麗になりたいのよ。それが目的だったのでしょう? あなたもそれを望んでいるのなら、こんな中途半端なことはやめなさいよ」
「…………わかったよ」
 僕は自分にしか聞こえない声で呟くと、仰向けで姉のベッドの下に潜り込んだ。そこには、あの日姉の四肢を切断したノコギリがガムテープで貼り付けてある。ベリベリと音を立ててそれを外す。ベッドの下から這い出て、あらためてそれを見た。丁寧に姉の血を洗い流していたため、錆などは浮いていない。
「本当にいいの?」僕は聞いた。姉の目と口は閉じられたままだ。
「いいと言っているでしょう?」
 僕は姉の首にノコギリの刃を当てると、首に押し付けるように力を入れて引いた。ぶち……ぶち……という繊維の切れる音。姉は美しく痩せていたが、それでも女性特有の皮下脂肪がある。僕は何度かTシャツで刃を拭きながら、ごりごりと姉の首の骨を削った。
「がんばって、もう少しよ。ほら、また切れなくなってきたわ」
 姉が応援してくれる。
 僕は三十分以上かけてようやく姉の首を切断した。人工呼吸器は相変わらず強制的に姉の口から空気を送り込んでいる。赤い喉元からぶくぶくと気持ちの悪い血泡が溢れていた。姉は血塗れの顔で目を見開き、口元に管を通されたまま行き場のない空気を送り込まれている。まるで破れたボールに一生懸命空気を送り込んでいるような滑稽さを感じて、僕はそれが姉の頭部でなければ笑い転げていたかもしれない。
 死んだ瞬間から、姉からは、美しさの名残すら失われていた。
 美しさの名残……。
 凍傷で右足の小指と薬指を失った姉には、まだ美しさの名残があった。
「だからバランスをとったのよ」僕が言った。その声は不思議と姉と同じ声だった「指がなければ、足が無ければいい。でも、右足を切断すると、左足が邪魔になった。左足を切断すると、今度は腕が邪魔になった。シンメトリーにならなかったのよ」
 僕は姉の声で姉に話し続けた。姉は「その通りだわ」と言った。
「でもやっぱりダメだったじゃない! 首を切断しても、やっぱり美しくないわ! もう……最後の手段しかないじゃない! 姉さん一人でシンメトリーになれないのなら、僕が手伝ってあげるわ。最初に戻るだけよ。初めから、僕たちはひとつだったのだから……」
 僕はベッドに登り、姉の横に座った。ベッドは姉から流れ出た液体で暖かかった。僕はノコギリの刃を自分の左腕に当て、力を込めて引いた。
 ごり……ごり……ごり……とすん。
 左腕がベッドの上に力無く落ちた。次は左脚に取り掛かる。姉は相変わらず「がんばって、がんばって」と声をかけてくれた。僕は次第に朦朧としてきた意識を頭を振ってごまかし、なんとか左脚を切断した。
 ごり……ごり……ごり……ごり……。
 それはとても、文字通り骨の折れる作業だったが、なんとかやり遂げることができた。姉の応援のおかげだ。僕は準備していた針と糸を取り出すと、震える手で姉の左肩と左の股関節に僕の左腕と左脚を縫い付ける。僕の右手は氷のように冷たくなっていた。それは僕に棄てられた日の寒さを思い出させた。霞む頭と震える手で姉に僕の手足を縫い付ける作業は過酷を極めたが、大好きな姉のために気持ちを奮い立たせた。
 僕は短く速い呼吸をしながら、姉の右隣に仰向けで横になった。姉の失った右手脚に僕の左側の傷口をくっつける。傷口を通して姉の血液と僕の血液が混ざり合い、ようやく本当にひとつになれた気がした。今の僕たちの姿を想像する。お互いが失った部分同士を補い、その姿はとても美しく完璧に見えるはずだ。僕は安堵からか、とても眠くなった。
「まだよ」と姉が言った。「わかってるよ」と僕が言った。
 僕は最後の力を売り絞って、僕の喉にノコギリの刃を当てた。

 シオンが錆び付いた施設の門をくぐると、風の音が止んだ。施設に続く煉瓦道には雪がうっすらと降り積もっている。建物の窓からはかすかに明かりが漏れていた。視線を煉瓦道に落とす。雪が積もり始めた煉瓦道には二人分の足跡がかすかに残っていた。
「……ん?」シオンは二つに結った長い金髪を手櫛で梳きながら首をかしげた。「何でしょう……この違和感は……?」
 シオンはしばらく建物を睨む。特殊繊維で出来た戦闘服のおかげで寒さはほとんど感じないものの、建物が近づくにつれ、シオンは背中に甲虫が何匹も這い上がっている様なちくちくとした嫌な錯覚を感じていた。何か妙な感じがしたが、正体がわからない。
 特別養護孤児院「CELLA」は写真で見た通り、シンメトリーの美しい外観だった。建物自体の痛みもほとんど無い。
 殺人か、それに準ずる罪を犯した十歳前後の子供のみを保護観察していた施設。社会の暗部を凝縮したようなこの施設は、数年前まで世間から隠されるようにこの森の中で確かに運営されていたのだ。誰の目にも触れることなく。幼くして殺人という罪を犯した蓮斗や木附姉妹、その他の子供達と一緒に。
 シオンは美樹と別れた後も、様々な手法や、時にはそれなりの金を使って蓮斗の犯行やCELLAについて調べた。
 CELLAの運営は専門に設立された国営企業が管理していた。
 表向きは孤児院としていたが、里親の募集や内情の公開は全くされず、近隣住民との接触は皆無だった。そして数年前に閉鎖した後、職員や住人の子供達はほぼ全員が行方不明になっていた。
 すべての物事には理由がある、という言葉をシオンは信じていた。どのような些細な現象も、すべてその結末に至るまでの原因と理由があり、偶然というものは突き詰めていけばあり得ないことなのだと。CELLAも、その特異な運営方法や閉鎖に至る理由があり、何らかの目的のもとに建設されたはずだ。
 シオンは周囲を見回した。
 庭の隅ではブランコの鎖が風に吹かれて金属質の音を立てている。その奥では葉の落ちた楡の木が無言で立っていた。
 ぴたりとシオンの足が止まる。門をくぐってからずっと感じていた違和感の正体を探るように建物を見上げた。小さめの教会のような外観と大きさ。シオンは白い手袋に包まれた人差し指と親指で細い顎を挟むように持ちながら考えた。
 特別養護孤児院「CELLA」。
 小さめの教会のような建物……そう、小さいのだ。
「やはり」シオンがポツリとつぶやいた。「小さ過ぎますね……」
 シオンは「CELLA」に収容されていた孤児のリストを思い出し、そこから同時期に住んでいたであろう人数をざっと計算した。建物の大きさからして、部屋数は決して多くはないはずだ。それに養護している子供の性質から考えて、対応に当たる職員はそれなりの数が必要になる。
 入りきるとは思えなかった。
 この小さな施設に。
 きぃ……と背後でブランコが鳴いた。
 シオンが振り返る。
 さくさくと雪を踏みながら、ブランコのそばまで移動した。
 簡素なブランコだ。
 地面に直接支柱を打ち込み、巨大な鉄棒の様な形をしている。
 支柱から渡された横木からは五本の鎖が垂れ下がり、風に揺れていた。
 ……五本?
 シオンは頭を振り、震える息を吐くと、楡の木のそばへと移動した。
 根元には木製の大きな箱が三つ、楡の木に寄りかかる様に置かれていた。その一つを開けてみる。底板は無く、直接地面が見える。中身は空だったが、木屑の様な匂いに混じってかすかに腐敗臭がした。
 堆肥を作るコンポストだろうか。
 三つある箱の中の一つには、小さな鍵が付いていた。シオンはペンライトを出して鍵を見る。見た目は簡素だが、どうやらカード式らしい。蓋の隙間を覗くと、内側にも同様の鍵が設置してあるのが見えた。
 シオンは周囲を確認し、両手を軽く開いて肩の位置に上げ、右足を一歩分後ろに引いて構えた。両足を捻るように動かし、つま先に鉄板の入ったストラップシューズで地面を踏みしめる。右肩を勢い良く後方に引き、捻ったゴムが元に戻るように反動をつけて体全体を回す。防御を考えないため、右足を蹴り上げるのと同時に右手を後方へ一気に引いた。
「ふッ!」とシオンがすぼめた唇から力強く息を吐き出す。
 木の砕ける重い音が凍てついた空気を震わせた。シオンの蹴りは正確に鍵の付いた蓋を跳ね上げ、留め金は紙のように宙を舞った。
 シオンは構えを解いて箱の中を覗き込む。
 取っ手の付いた鉄製の板が見えた。
 箱の中に入り、取っ手を掴む。板は簡単に持ち上がった。

 階段。

「ああ……やはり」シオンが言った。階段から建物までの距離は約五十メートル。地下空間がどの程度まで広がっているかわからないが、おそらく児童を全員収容できるだけの空間が設けられているはずだ。もしくはそれ以外の施設もあるかもしれない。
 階段の下に蛍光灯の明かりが見えた。
 おそらく隠し扉を開けると自動的に点灯する仕組みなのだろう。
 シオンは前髪を掻き上げると、慎重に階段を下り始めた。こつこつと自分の足音が冷たい壁に反響する。この先に何が待ち受けているのかわからないが、すべて受け入れようと思った。どのような形であれ、それが真実なのだから。

りょなけっと3、無事に終了しました。スタッフの方、参加者の皆様、お疲れさまでした。
こちらは新作、総集編共に多くの人に手に取っていただき、嬉しい限りです。
感想、ダメ出しなどいただけると励みになります。
今後はイベント参加の予定も無いため、また少しずつ物語を進めていく作業に専念したいと思います。
ではでは、あともう少しだけお付き合いください。
ありがとうございました。

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2月22日に開催されるりょなけっと3について、本日正式に印刷所様から受理の報告を受けました。
よほどの問題が起こらない限り当日に新刊が出せますので、興味のある方はよろしくお願いいたします。


[PLASTIC_CELL]

総ページ数44ページの新刊になります。
オリジナルキャラクターの鷹宮美樹と水橋久留美メインの腹パンチ本。今回は戦闘員の鷹宮美樹ではなく、非戦闘員の水橋久留美にスポットを当てました。ごく一般的な女の子が理不尽な責め苦に遭う様をお楽しみ下さい。
内容はいつも通り小説メイン、フルカラーイラスト4枚込み。
800円で配布予定です(高額ですが相変わらず原価が1000円を超えておりますので、ご了承下さい)。

サンプル



[GHØSTS]

総ページ数100ページ超えの総集編、既刊になります。
今まで出版した「レジスタンス」を1冊にまとめました。
新規で書き起こしたイラストを含むカラーイラスト4枚と、モノクロイラスト16枚が入っております。
1500円で配布いたします。

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では、当日はよろしくお願いいたします。

現在鋭意制作中です。
このブログにUPしている本編とは細部が少し異なりますが、より良いものが出来ると確信しています。
詳細が決定次第連絡いたしますので、今しばらくお待ち下さい。

MxuCie9E

2月開催のりょなけっと3 に参加します。
新作として[PLASTIC_CELL]の上巻と、既刊をいくつか持って行く予定です。
新キャラの鷹宮美樹と水橋久留美の初お披露目となります。
詳細が決まり次第当ブログにて発表しますので、よろしくお願いします。

サークルカット

 卯木 紗絵(うつぎ さえ)について

 卯木紗絵の最も新しい写真は、失踪から半年前に撮られた大学の研究室の集合写真である。暗いブラウンに染めたショートヘアに切れ長の目。体つきは定期的にジムに通っているためスレンダーに引き締まっており、整った顔立ちと相まって中性的な印象だ。あまり写真が好きではないらしく、不満そうな表情でカメラのレンズから目を背けている。
 以下は、発見された卯木絵理の日記、テープレコーダーに録音された音声、およびフィールドワークの報告書から要点を時系列順に抜粋したものである。
 後半に行くにつれ、不明確、不可解な表現、音声が散見されるが、原文ママ記載する。また、音声については携帯式のテープレコーダーを使用している。一部相手の許可を得ないで録音したもの、沢井絵理が意図せずボタンを押して録音された音声も含まれている。




・昭和五十九年十二月十八日
 明日のプレゼンテーションで私の将来が決まると思うと、準備はいくらしてもし足りない。まだまだ新しい学問である民俗学。民俗学はオカルト趣味の延長であり、学問ではないと揶揄されたことは何度もある。家族からは一般企業に勤めて、早々に結婚して子供でも作って……とプレッシャーをかけられている。
 冗談じゃない!
 民俗学は自分達のルーツを知るための重要な学問だ。
 私は、私達がどこから来て、どこへ行くのかを知りたい。そしてその答えにつながるヒントは、日本中の歴史や伝承にある。私は生涯をかけて、この永遠のテーマを追求していきたい……。
 そのためには、何としても鷺沢教授の助手にならなければならない。鷺沢教授は最も将来を期待されている民俗学者だ。スポンサーも多く、教授自身も裕福だ。多くの民俗学者達のように、研究の時間を割いて資金集めのためにスポンサー集めに奔走し、頭を下げてまわる必要はないのだ。
 現在、鷺沢教授のゼミには十八人が所属している。
 明日のプレゼンテーションは卒業試験も兼ねているが、それ以上に上位五人に入れば、鷺沢教授の大学院のゼミに入ることができる(大学院に進めばの話だが、当然ゼミ生は全員それを望んでいる)。
 そして鷺沢教授の元で、必ず成果を出し、ゆくゆくは独立する。
 私は自分のしたいことをして生きたい。絶対に。

・昭和五十九年十二月十九日
 最悪な一日だった。
 私はもうダメかもしれない。

・昭和五十九年十二月二十日
 何もする気が起きない。
 撞舞(つくまい)。
 関東地方に伝わる雨乞いや無病息災を祈る神事が現代にも残っている。今では祭りの一部になっているが、以前は飢饉の折、神に捧げられた人柱の名残だったという説がある。その説を裏付ける……まぁ、仕方がない。却下されてしまったという結果は変わらないのだから。

・昭和五十九年十二月二十二日
 昨日は日記をサボってしまった。
 午後五時半。鷺沢教授から電話があった。食事の誘いだった。
 研究室に行くと、呼ばれたのは私だけだとわかり少し狼狽えた。他愛もない話をしてから二人でタクシーに乗り、普段なら入るのを躊躇うほどの高級なレストランに着いた。

「問題なくテープが回っているな。これを持って行きなさい。会話の録音は基本的に相手の許可を取ってからするように。旅費や調査費はこの封筒に入っている。十分な額だとは思うが、足りなくなった場合は連絡をしなさい」
「……本当に、私でよろしいんですか?」
「何がだね?」
「……私は、試験で上位に入れませんでした。これ以上研究室にいられないものだとばかり」
「正直言って、迷っている。確かに研究室には定員があり、君の『撞舞』に関する研究は上位の生徒に比べてやや稚拙ではあった。しかし、フィールドワークは良く出来ていた。将来的に伸びしろがあるとも感じてる」
「……実技試験という訳ですか?」
「そういうことだ」
「でも……一体どのような儀式なのでしょうか? その……『りよなのかね』という奇祭は……?」
「それを確かめるのが君の役目だ。『離れた世の為に撞く鐘』と書いて、『離世為の鐘』。その儀式が今でも行われていたことは間違いないが、実態は全くわからない。奇祭が行われている十二月三十一日、その村は完全に閉鎖される。部外者は村に入れず、村人は村から出ることが出来ない。どのような儀式で、どのような意味があるのかは誰もわからないのだ。もちろん、撮影や取材は全て断られている。しかし、今回は村の内通者と接触が取れた。それなりの金も払った。君はその人の孫という名目で、儀式中の村に入ることになる」
「……責任重大ですね」

 今回の調査は明らかに非公式なものだろう。
 鷺沢教授からは、録音は「基本的に」許可を取ってから行えと言われた。つまり、例外があるということだ。プロ用の超小型カメラを貸してくれたことからも、今回の調査は盗撮、盗聴をしてでも調査を成功させろという指示と受け取っていい。よくある話だ。取材NGの儀式や遺跡などは全国にごまんとある。そして一人に許可が出された場合、他の研究者がこぞって「うちにも許可を出せ」と詰め寄る。あとはスピード勝負だ。少しでも有利になるために、事前に調査を進めておくことは珍しく無い。
 そして……今日は正直言って、教授に抱かれるのではと思った。
 ある種の特別待遇を受けるためには、それなりの代償がいるのは理解している。私自身経験は無かったが、「離世為の鐘」話を聞いた時、覚悟は決めていた。
 しかし、教授にそれとなく話を振った時、教授にその気がないことがわかった。教授は、自分は不能者だと言った。


・昭和五十九年十二月三十日
 東京から仙台駅まで行き、仙台駅から更に電車を乗り継いで二時間半。お尻の痛みが限界になる頃、ようやく目的地の駅に着いた。
 何も無い所だった。目的地の村には、ここからバスでまた長時間揺られることになる。
 鷺沢教授の指示通り駅前の喫茶店に入ると、店の奥に厚手のウールのジャケットを羽織った身なりの良い七十代と思われる男性が座っていた。他の客は五十代と思しき作業着を着た男性。作業着の男性は、私が入っても視線を新聞に落としたままだった。ウールジャケットの男性が、「卯木さんですか?」と聞いてきた。この男性が、鷺沢教授から教えられた「案内役」の鳥巣(とす)氏だった。目的地のバスを待つ間、目的地の村のことを大まかに聞くことができた。

(中略)

「録音ボタンを押しました。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。鳥の巣と書いて、鳥巣と申します。鷺沢さんから話は聞いています。卯木紗絵さんでしたね」
「はい」
「こんな遠くまで、よく来られましたね。お疲れでしょう?」
「ええ、まぁ……。鳥巣さんは、今日私が行く『けうど村』のご出身だと聞いているのですが……」
「そうです。何もない村ですよ。働き口も無ければ、これといった産業も無い。昔は各家が炭を焼いたり、牛を飼ったり、畑を耕したりしてなんとか家族の食う分くらいは賄っておりましたが、私の子供の頃……もう六十年も前ですが、その頃からは若い衆のほとんどが街に出稼ぎに行くようになりました。私も十六歳の頃に親戚のツテを頼って、仙台の工場で働くようになりました。二年前に妻を亡くして……子供も授からなかったので、死ぬなら生まれた村でと戻ったのです。何もなくても、故郷は故郷ですからね」
「わかるような気がします。いかがでしたか? 村に戻られて」
「相変わらず何もなかった……。いや、更に何も無くなってしまっていた。まるで人が過去の記憶を徐々に忘れて行くように……。村の中心にある寺や、古くからの家は残っていましたが、細々としながらも主要産業だった炭を作る炭焼き小屋は一つも残っていませんでした。牛も各家に一頭か二頭いるだけで、以前のように街に売る分まで飼っている家は一軒もありませんでした。今でも、村が残っているのが不思議なくらいです。もしかしたら、あの祭りのご利益かもしれません……」
「離世為の鐘」
「ええ、そうです。離世為の鐘の儀式……あなたが調べたがっている祭りです。鷺沢さんからお話は聞かれていますか?」
「教授も詳細は知りません。それを調べる為に、私が来ました」
「結構……では……おっと、バスが来たみたいですね。詳しくは村に行ってから、住職から話があると思います。宿も住職にお願いして、離れの一室を借りております。あいにく私の家には客間が無いものですから……。あくまでも私の孫ということになっておりますので、ひとつよろしくお願いします」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」

 村には街灯がほとんど無く、道路も舗装されていなかった。薄暗がりの中に浮かぶ家は土壁で、屋根は茅葺き。まるでタイムスリップしてしまった様な錯覚を覚える。村は現在では三十数世帯しか住んでおらず、また、そのほとんどが六十歳以上の高齢者だという。もはや過疎という言葉が生易しいほどの、消滅寸前の集落だった。
 バスを降りると、運転手は「また来年」と言った。明日の大晦日から元旦にかけて、離世為の鐘のために村が閉鎖される。当然、バスの運行もストップになる。
 鳥巣さんに案内された寺は、その粗末な村に不釣り合いなほど大きく、そして、奇妙だった。
 門をくぐると、本堂を隠すように大きな梵鐘が目に入った。奇妙な配置だ。参拝する人々はこの梵鐘を迂回しなければ本堂にたどり着けない。また、撞木は本堂に背中を向けて撞く様な配置になっていた。つまり鐘を撞くためには、本堂に尻を向けなければならない。私は何回もポケットから小型カメラを取り出して、鳥巣さんに気付かれないように写真を撮った。
 本堂は村人全員が入れるのではないかと思うほど広かった。そして仏像の代わりに、高さ二メートル、横三メートル程の長方形のガラス板の様なものが安置されていた。
 ここは、寺院なんかではない。
 便宜上「寺」と呼んでいるだけで、全く独自の宗教が信仰されているのだと私は確信した。
 鳥巣さんが本堂で住職の名前を呼ぶと、神経質そうな初老の住職が顔を出した。事情を手短に話すと、鳥巣さんは祭りの準備があるからと言って自転車で帰宅してしまった。
 私は離れに案内され、荷物を置くと例のガラス板が安置されている本堂に来るように指示された。私はあらかじめ準備しておいた予備のカセットレコーダーの録音スイッチを押してから、本堂へと向かった。

「鳥巣さんのお孫さんでしたかな? 名前は何と?」
「鳥巣……紗絵と申します。本日はお泊めいただき、ありがとうございます」
「構いません。このように広い寺ですし、離れは元々客間として造られたものです。昔はあなたの様な村人の家族や親戚が訪ねて来られた際に、離れを使っていただくことは珍しくありませんでした。最近はすっかり減ってしまいましたがね」
「ご自分の家には泊まらずに?」
「ここは貧しい村です。広い家を建てる余裕のある家は一軒もありません。この寺は、村の守り神を祀る為の施設であると同時に、昔の村人達が集会場や共用の宿泊場も兼ねて、金銭を出し合って建立されたと聞いております」
「守り神? その……仏像ではなく?」
「見ての通りです。この透明な板……これが御本尊です。まぁ、とても透明とは言い難いですがね。まるで何年も海の底に沈んでいた難破船の窓ガラスの様に燻んでいますが、大切なものです」
「あ、その……突然で申しわけありませんが、お話を録音させていただいてもよろしいでしょうか?」
「録音ですか?」
「ええ。実は東京の大学で民俗学を学んでおりまして、このような神社仏閣に興味があるんです。このように貴重なお話を聞ける機会がいつあるかわからないので、常にテープレコーダーを持ち歩くようにしています」
「民俗学と言いますと?」
「各地方に残っている伝統や伝承、祭りや儀式等から、現在の生活文化のルーツを考察しようという比較的新しい学問です。祖父からこの村の話を聞いて、ぜひ儀式を観てみたいと思い、伺いました」
「……離世為の鐘を?」
「そうです」
「…………申し訳ありませんが、録音は遠慮していただきたい。儀式のことをあなたに個人的にお話しすることは構いませんが、たとえば録音をされて、それが何らかの方法で不特定多数に広まることは、私はあまり好ましいとは思っていません」
「……わかりました。では、これはスイッチを押さずに置いておきます」
「ありがとうございます。儀式は神聖なものなのです。村人の中にはこのまま村が無くなるなら離世為の鐘で町興しならぬ村興しを……という意見もありますが、私は反対です。不特定多数の者に晒し者にしていいことはあまりありません。儀式は村人と『離世様』の為に粛々と行われれば良いと考えています」
「離世様……ですか」
「御本尊……その板のことです。離世為の鐘は、文字通り離れた世に住まう神様や御仏……我々はまとめて離世様と呼んでいますが……その為に撞く鐘のことです。もっと正確に言えば、離世様に我々の存在を忘れさせないために撞く鐘です」
「忘れさせないため……」
「そうです。今では平仮名表記になっておりますが、元々この村は穢れた人の村と書いて穢人村(けうどむら)と呼ばれていました。穢人村は昔、様々な理由で世間から疎まれ、島流しのような形で各地方から流れてきた人々が集まって作った集落です。今でこそ、わずかな畑や家畜がありますが、昔の穢人村は極貧を極め、毎年のように餓死者が出ていました。当然の話です。穢人村の村人達は何も持っていなかった。祈るべき神や仏も……。あるのは荒れ放題の土地と厳しい気候だけです。しかし村人達には帰る場所がない。穢人村の村人達は雑草を食みながら必死に農地を開拓し、壮絶な苦労をしながら何とか生き残ってきました。その中で自然発生的に生まれたのが、離世様です。神も仏も自分たちを忘れ、見放した。ならばせめて離世様にだけは、自分達の存在を忘れずに覚えておいてほしい。自分達を見捨てないでほしい。だから毎年、年末に鐘を撞いて、離世様に自分達の存在を示すのです。自分達はここにいるぞと……」
「それで……あんな場所に鐘が置かれているのですね」
「そうです。離世様はあの板を通してこちらの世界を見ると言われています。こちらに背中を向けて鐘を撞く奇妙な配置ですが、ちょうど離世様が正面から見られる様に、あの様な配置になっています。正直言って、私には離世様が居るのかどうかなんてわかりません。ですが、離世様の存在が今でも村人達の精神的主柱であることは変わりない。私はそれを……見世物にしたくないのです」

 住職の言う通り、この寺は確かに村人から大切に扱われている。境内の掃除や建物の手入れは隅々まで行き届いている。各村人が当番制で、毎日掃除に来るそうだ。また、住職自身も世襲制ではなく、毎年村の中から選ばれるらしい。次代の住職も決まってはいるが、まだ街へ出稼ぎに行っており当分帰れないだろうと話していた。
 私は、この話を鷺沢教授にどのように伝えようか迷っている。
 現在では貴重な土着信仰が、今でも村人の中心として脈々と受け継がれている。学会でこの話題が知られれば、間違いなく民俗学者はおろか考古学の関係者まで調査に乗り出すだろう。それを歓迎する村人はいると思うが、住職の話す様に信仰を持つ者だけで、静かに信仰を深められればと考える村人も多いはずだ。
 私にその均衡を破るこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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「今…………………………森の中に隠れてる……。    ふふふふ………………。  ふー…………ふー……………。     ひ」


「ふっ……ふっ……ふっ……。嘘でしょ?何であんなにいるの?今までどこに隠れていたの?はっ…はっ…はっはっ…………。怖い……怖い……」
「いたぞ!」
「ひっ!?」


 少しおちついた。かきとめる。もしものことがあるかもしれないから。昭わ5九ねん十二月三目。はなれでかいてた。日記。とびらあいて人人ってきた。たいまつ。ながいぼう。(解読不能)。若い入いっぱいいた。どこかにかくれてたんだ。わたしをみこだと言った。りよなのみこ。かこまれた。にげた。いような(解読不能。雰囲気?)だった。みんな目が光ってた。ギラギラしてた。おそらく、つかまったら、ぎしきに何らかの形で使われるはずだ。りよなのかねのぎしきがどんなものかわからない。たぶんじょ夜のかねと同じだと思っていたけど、ちがうみたい。私はどうなるんだろう。もしつかまったら。(解読不能)。ーーーーーー。(解読不能)。(解読不能)。おちついて。ゆっくりかくの。あたりはまっ暗だし、夜明けもあと何じかんあるかわからない。朝にさえなれば、森にかくれながら逃げられるかな。バスで何時間もかかったけど、二日、三日も歩けば町に出られるかも。けいさつに行かないと。その前に、きょじゅに電語しないと。何かかかないと。おちつかないと。
(以下、同様の内容が繰り返されたため省略)


「……すこし明るくなってきた。まだ村の方が騒がしい……。今のうちに逃げないと……。少しずつ……足音を立てないように……。テープはスイッチを入れっぱなしにして…………(以下、森を進む音がしばらく続く)。大丈夫みたい。だいぶ村から離れた。ひっ!? …………車? ワゴン車? 鳥栖さんが乗っていたみたい……。え? 止まって……? え? え? なんで? なんで一斉にこっちに来るの!?」
「いたぞ! 巫女だ!」
「ひッ!? やっ!? ひッ!?」
「大人しくしろ!」
「やめて! お願い! ゔッ!?」
「気絶させろ。村まで運ぶぞ」
「うぶッ……やめ……ゔぅッ!? お……うぐッ! ごぶッ! ゔッ! んぶッ!? んぐ……ごぶぅッ! あ……ぁ……」
「…………手こずらせやがって」
「まさか逃げられちまうとはな……。しかしまぁ、今年のは特に別嬪さんですね? 鷺沢さん」
「まぁ、私も迷ったがね……。全く将来性の無い学生なら躊躇なく送るんだが、この子は優秀で手放すのが惜しかった。ただ、離世様への捧げ物だ。中途半端な供物は送れんよ……念のためにテープレコーダーに発信機を仕掛けたのは正解だったな」
「流石は、次期住職ですね」
「いつ戻って来られるかわからんがね……。一応薬品を嗅がせておけ。夜まで眠らせておくんだ。また逃げられたら、それこそ取り返しがつかないぞ」



・昭和五十九年十二月三十一日
 私の生徒、卯木紗絵は少しトラブルもあったが、無事に離世の巫女としての責務を果たしてくれた。鐘に縛り付けられ、冷水を浴びせられた彼女は覚醒と同時に悲鳴をあげた。私はテープレコーダーの録音ボタンを押して、その様子を眺めていた。住職が
「これより、離世為の鐘を執り行う。撞き手、前へ」
 と宣言すると、若者が鐘撞堂に上がり、手綱を握った。いつもながら、この瞬間は興奮するものだ。彼女の、普段の強気な表情が、今では恐怖に震えている。自分がこれから何をされるのか理解しているのだろう。そして、それをされるとどうなるのか。それはどの程度続けられるのか。果たして自分は生き残ることが出来るのか……。その全てが表情に表れている。
「やっ……やだっ……やだ……」
 恐怖に引きつった表情の彼女の腹目掛け、撞木が酷くめり込まれた。
「ふぶッ?! ごぉえぇぇぇ!」
 ぼぉんという、重く、くぐもった独特な鐘の音だ。そして、巫女の絶叫が響き渡る。ああ、そうだ。これこそ離世為の鐘の音だ。何度聞いても、魂を揺さぶられる音だ。
「んぶぅッ!? ぐあぁ! や……だぁ……おぼぉッ!?」
 ぼぉん、ぼぉんと撞かれるたびに、巫女の顔は苦痛に歪み、涙と涎にまみれてゆく。さぞ理不尽に思っていることだろう。撞き手が交代し、新たな撞き手が撞木を後ろに引き絞る。
「おぼぉッ?! うぶっ……おおぉぉぉ……」
 巫女の喉が微かに膨れ、胃の内容物がびちゃびちゃと粘ついた音を立てて鐘撞堂の床に落ちた。巫女はこの気温の中脂汗をかいているらしく、額に束になった髪の毛が張り付いている。寝ているうちに着替えさせられた巫女装束は前がはだけ、色白の腹には青黒い内出血の跡がいくつも付いていた。
「ゔぅッ!? ぶぐッ!? や……やめ……お腹…………壊れちゃう…………えぶッ!? おゔッ!?」
 時間にして一時間ほど。巫女の声が徐々に弱くなる。壊れた人形の様に頭を無意味に左右に揺らしながら、うわ言のようなものをつぶやいている。そろそろ限界だろう。住職が指示を出し、数人がかりで撞木を後方に引いている。巫女は朦朧とする意識でもその光景が目に入ったらしく、微かに首を振っている。住職の合図で、限界まで引き絞られた撞木が、巫女の腹にずぶりと突き刺さった。
「や……やめ…………ごぼおぉッ!?」
 鐘の音に混じり、ミシミシという音が聞こえた。巫女の背骨が砕ける音だ。巫女はしばらく天を見上げるように顔を向け、ぷつりと何かが切れたように全身を弛緩させた。住職が巫女に対して経を唱える。首に手をやって脈を確認すると、若い衆を促して巫女を鐘から降ろした。
 住職が儀式の終わりを宣言し、拍手に包まれた。
 私はようやく握りしめたテープレコーダーが汗で濡れていることに気がつき、ハンカチで拭いた、同時に、今年も自分が儀式を観て昂ぶっていることにも気がついた。下着の中が濡れている。下着を二枚重ねで履いてきたことは正解だったようだ。
 興奮が治まるのを待って、私は住職に労いの言葉をかけた。住職は首を振った。
「何度やっても慣れないものですな……見ていた時分にはよかったのですが、いざ自分が主導で執り行うとなると……」
「何を言っておりますか。今回も無事に、離世様に鐘の音を届けられた。同時に、我々の存在も示すことが出来たでしょう」
「しかし鷺沢さん。私が言うのも何ですが、他に方法は無いものですかな。何も命まで……」
「生贄とはまさにそういうものです。『人柱』をご存じでしょう? 僅かな代償を払うことにより、大きな利を得る方法です。昔から行われてきた、いわば文化です」
「ではせめて一思いに……」
「残酷な儀式を好む神々は世界中に見受けられます。何もおかしなことではない。かつて残酷な処刑や拷問が人々の娯楽の一部であった様に、神々も例外ではないのです。むしろ今回は、撞き方が甘かったくらいですよ。こう言っては何ですが、とどめを刺すのがいささか早すぎた」
「あなたは……自分自身この儀式を楽しんでいる……そうでなければそのような発言はしないはずだ」
「否定はしません」
「それで、撞き方が甘かったと……?」
「私にとっては」
「では、離世様も満足されてはいないということでしょうか?」
「それは私にもわかりません。しかし先も申し上げた通り、鐘の音は確かに届けられた」
「……鐘の音に満足されたかは、直接聞いてみないとわからないということですか」
「まぁ、そうなりますな。聞くことが出来ればの話ですが……



























いかがでしたか? 離世様?」

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