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_2017.02.21  GALLERYを更新しました(シオン1枚)
_2016.11.11  GALLERYを更新しました(綾2枚)
_2016.11.06  いただいたイラストを公開しました
_2016.10.03  新作の短編を公開しました

 窓際に置かれた観葉植物には、うっすらと埃が積もっていた。冬の弱い朝日中で、それはまるで薄く積もった雪のように見える。
 壁に掛けられた時計は丁寧に時を刻んでいた。 一秒一秒、確実に現在を過去へと押しやっている。
 出窓から外を覗くと、灰色の雲が強い風に押されて北へと流されてゆくのが見えた。枯れた芝生と高い塀。
 僕はメガネを外してTシャツの裾でレンズを拭くと、部屋の中央に目をやった。ピッ……ピッ……という定期的な電子音は、この小さく白い部屋には不釣り合いに思えた。姉を乗せたベッドのシーツは、今朝取り替えた時と同じく皺ひとつ付いていない。それは、姉が身動き一つしていないことの証拠だった。部屋は独特の匂いがした。漂白剤のような匂いに、かすかに排泄物の匂いが混ざっている。中央のベッドには、異様なほど小柄な姉が寝ていた。
 小柄?
 首から下のブランケットは正方形に膨らんでいる。
 姉はどちらかといえば、女性にしては大柄だった。身長は百七十センチを超えている。その姉が小柄だと?
 姉は無表情で目を瞑り、少しだけ開いた唇からわずかに白い前歯が覗いている。
 その首から下は正方形。
 姉には、四肢が無かった。
 あの日、僕が発見した時、姉の四肢は失われていた。あのすらりと伸びた脚や、優しいぬくもりを感じる腕が無くなっていた。失われてしまっていた。傷口からは生暖かい血が未開の地の水源の様に流れていた。僕はそれを必死に押さえ、目を閉じた姉の名を呼び続けた。
 その表情は一ヶ月たった今でも変わらなかった。身体中を管まみれにして、姉は静かに眠っていた。鼻から通されたチューブにつながる人工呼吸器からは、定期的に空気の漏れる音が聞こえた。

「延命治療?」と僕が聞いた。医者は神妙な顔をして頷いた。
「お姉さんはもはや自力で生命維持活動を行うことはできません。私達にできることは、その命を伸ばす手段を提供するだけです。残念ながら……」医者は目を逸らしながら僕に言った。「身体的な損傷に加え、精神的なショックも相まって、お姉さんの容態は深刻です。原因はわかりませんが、身体が生き続けることを諦めているような……」
「……詩的な表現ですね」
「そうとしか思えません。手の施せるところは施しました。あとは……お姉さんの生きるための意志にかけるだけです」医者は壁にかかっているレントゲンを見た。「両手足の欠損以外は、目立った外傷はありません。壊死や感染症は見受けられず、栄養状態も良好です。しかし、自発呼吸は止まっており、心臓もペースメーカー無しではすぐに細動を起こしてしまう」
「生きるのではなく……生かされていると?」
「……そうです。緊急で人工呼吸器を取り付けた時に説明しましたが、あれは本人の意思に関係なく、強制的に肺に空気を送り込むものです」
「……つまり?」
「意識のある人間なら、そのすさまじい苦痛からすぐに外してしまいます」
「そんなもの……」僕は言った。視線の先には力なく握られた僕の手があった。「機械と同じじゃないですか」
 医師は何も言わず、軽く咳払いをするとシャウカステンの電源を切った。僕の嗚咽を遮るように部屋から出て行くと、代わりに看護婦が僕の肩に手を置いた。見事な役割分担だ。おそらくこの様な状況は過去に何千、何万と繰り返されてきたのだろう。僕はその中の不特定多数のひとつに過ぎないのかもしれない。

 僕は迷った末、医師に延命治療の延長を依頼した。少しでも姉が回復するのであれば、その望みに賭けたかったからだ。施設で育った僕と姉は、お互いたった一人の肉親だ。離れられるわけがない。そんなこと……想像すらできない。まだ僕と姉が物心つく前、雪が降りしきる真冬に僕たちは施設の入り口に棄てられた。僕たちを産んだ人間は、安物のベビーカーに僕たちを折り重ねるように押し込み、申し訳程度の毛布をかぶせて何処かへと消えた。職員が見つけた時は、僕たちは瀕死だったらしい。僕はともかく、僕に覆いかぶさっていた姉は凍傷で右足の小指と薬指を切断した。もっとも、その足ももう無いのだけれど。
 姉は、完璧だったはずだった。
 指さえ失わなければ、姉は完璧に美しいままでいられたはずなのに。
「いいのよ」と姉が言った。僕ははっとして姉を見る。姉の口は閉じられたままだ。「いいのよ。好きにしても」
「出来ないよ」
 姉は相変わらず口を閉じたまま僕に語りかけた。その声は人工呼吸器の音に混じって消え入りそうなほど小さかった。
「我慢が出来ないのでしょう? 私が美しくないことが。何を迷っているの? 私たちはずっと一緒だったじゃない。また元のようにひとつになるだけよ」
「でも、そしたら姉さんが……」
「私は構わないわ。だって、本当ならあの冬の日に死んでいたんですもの」
「でも……」
「なら言い方を変えるわ。返してちょうだい。私の美しい身体を。見て。今ではこんなに不完全になってしまった」姉は相変わらず身体のどの部分も動かさず、美しい屍体の様にベッドに横たわっている。人工呼吸器の音が嫌にはっきりと僕の耳に届いた。「もう一度綺麗になりたいのよ。それが目的だったのでしょう? あなたもそれを望んでいるのなら、こんな中途半端なことはやめなさいよ」
「…………わかったよ」
 僕は自分にしか聞こえない声で呟くと、仰向けで姉のベッドの下に潜り込んだ。そこには、あの日姉の四肢を切断したノコギリがガムテープで貼り付けてある。ベリベリと音を立ててそれを外す。ベッドの下から這い出て、あらためてそれを見た。丁寧に姉の血を洗い流していたため、錆などは浮いていない。
「本当にいいの?」僕は聞いた。姉の目と口は閉じられたままだ。
「いいと言っているでしょう?」
 僕は姉の首にノコギリの刃を当てると、首に押し付けるように力を入れて引いた。ぶち……ぶち……という繊維の切れる音。姉は美しく痩せていたが、それでも女性特有の皮下脂肪がある。僕は何度かTシャツで刃を拭きながら、ごりごりと姉の首の骨を削った。
「がんばって、もう少しよ。ほら、また切れなくなってきたわ」
 姉が応援してくれる。
 僕は三十分以上かけてようやく姉の首を切断した。人工呼吸器は相変わらず強制的に姉の口から空気を送り込んでいる。赤い喉元からぶくぶくと気持ちの悪い血泡が溢れていた。姉は血塗れの顔で目を見開き、口元に管を通されたまま行き場のない空気を送り込まれている。まるで破れたボールに一生懸命空気を送り込んでいるような滑稽さを感じて、僕はそれが姉の頭部でなければ笑い転げていたかもしれない。
 死んだ瞬間から、姉からは、美しさの名残すら失われていた。
 美しさの名残……。
 凍傷で右足の小指と薬指を失った姉には、まだ美しさの名残があった。
「だからバランスをとったのよ」僕が言った。その声は不思議と姉と同じ声だった「指がなければ、足が無ければいい。でも、右足を切断すると、左足が邪魔になった。左足を切断すると、今度は腕が邪魔になった。シンメトリーにならなかったのよ」
 僕は姉の声で姉に話し続けた。姉は「その通りだわ」と言った。
「でもやっぱりダメだったじゃない! 首を切断しても、やっぱり美しくないわ! もう……最後の手段しかないじゃない! 姉さん一人でシンメトリーになれないのなら、僕が手伝ってあげるわ。最初に戻るだけよ。初めから、僕たちはひとつだったのだから……」
 僕はベッドに登り、姉の横に座った。ベッドは姉から流れ出た液体で暖かかった。僕はノコギリの刃を自分の左腕に当て、力を込めて引いた。
 ごり……ごり……ごり……とすん。
 左腕がベッドの上に力無く落ちた。次は左脚に取り掛かる。姉は相変わらず「がんばって、がんばって」と声をかけてくれた。僕は次第に朦朧としてきた意識を頭を振ってごまかし、なんとか左脚を切断した。
 ごり……ごり……ごり……ごり……。
 それはとても、文字通り骨の折れる作業だったが、なんとかやり遂げることができた。姉の応援のおかげだ。僕は準備していた針と糸を取り出すと、震える手で姉の左肩と左の股関節に僕の左腕と左脚を縫い付ける。僕の右手は氷のように冷たくなっていた。それは僕に棄てられた日の寒さを思い出させた。霞む頭と震える手で姉に僕の手足を縫い付ける作業は過酷を極めたが、大好きな姉のために気持ちを奮い立たせた。
 僕は短く速い呼吸をしながら、姉の右隣に仰向けで横になった。姉の失った右手脚に僕の左側の傷口をくっつける。傷口を通して姉の血液と僕の血液が混ざり合い、ようやく本当にひとつになれた気がした。今の僕たちの姿を想像する。お互いが失った部分同士を補い、その姿はとても美しく完璧に見えるはずだ。僕は安堵からか、とても眠くなった。
「まだよ」と姉が言った。「わかってるよ」と僕が言った。
 僕は最後の力を売り絞って、僕の喉にノコギリの刃を当てた。

 シオンが錆び付いた施設の門をくぐると、風の音が止んだ。施設に続く煉瓦道には雪がうっすらと降り積もっている。建物の窓からはかすかに明かりが漏れていた。視線を煉瓦道に落とす。雪が積もり始めた煉瓦道には二人分の足跡がかすかに残っていた。
「……ん?」シオンは二つに結った長い金髪を手櫛で梳きながら首をかしげた。「何でしょう……この違和感は……?」
 シオンはしばらく建物を睨む。特殊繊維で出来た戦闘服のおかげで寒さはほとんど感じないものの、建物が近づくにつれ、シオンは背中に甲虫が何匹も這い上がっている様なちくちくとした嫌な錯覚を感じていた。何か妙な感じがしたが、正体がわからない。
 特別養護孤児院「CELLA」は写真で見た通り、シンメトリーの美しい外観だった。建物自体の痛みもほとんど無い。
 殺人か、それに準ずる罪を犯した十歳前後の子供のみを保護観察していた施設。社会の暗部を凝縮したようなこの施設は、数年前まで世間から隠されるようにこの森の中で確かに運営されていたのだ。誰の目にも触れることなく。幼くして殺人という罪を犯した蓮斗や木附姉妹、その他の子供達と一緒に。
 シオンは美樹と別れた後も、様々な手法や、時にはそれなりの金を使って蓮斗の犯行やCELLAについて調べた。
 CELLAの運営は専門に設立された国営企業が管理していた。
 表向きは孤児院としていたが、里親の募集や内情の公開は全くされず、近隣住民との接触は皆無だった。そして数年前に閉鎖した後、職員や住人の子供達はほぼ全員が行方不明になっていた。
 すべての物事には理由がある、という言葉をシオンは信じていた。どのような些細な現象も、すべてその結末に至るまでの原因と理由があり、偶然というものは突き詰めていけばあり得ないことなのだと。CELLAも、その特異な運営方法や閉鎖に至る理由があり、何らかの目的のもとに建設されたはずだ。
 シオンは周囲を見回した。
 庭の隅ではブランコの鎖が風に吹かれて金属質の音を立てている。その奥では葉の落ちた楡の木が無言で立っていた。
 ぴたりとシオンの足が止まる。門をくぐってからずっと感じていた違和感の正体を探るように建物を見上げた。小さめの教会のような外観と大きさ。シオンは白い手袋に包まれた人差し指と親指で細い顎を挟むように持ちながら考えた。
 特別養護孤児院「CELLA」。
 小さめの教会のような建物……そう、小さいのだ。
「やはり」シオンがポツリとつぶやいた。「小さ過ぎますね……」
 シオンは「CELLA」に収容されていた孤児のリストを思い出し、そこから同時期に住んでいたであろう人数をざっと計算した。建物の大きさからして、部屋数は決して多くはないはずだ。それに養護している子供の性質から考えて、対応に当たる職員はそれなりの数が必要になる。
 入りきるとは思えなかった。
 この小さな施設に。
 きぃ……と背後でブランコが鳴いた。
 シオンが振り返る。
 さくさくと雪を踏みながら、ブランコのそばまで移動した。
 簡素なブランコだ。
 地面に直接支柱を打ち込み、巨大な鉄棒の様な形をしている。
 支柱から渡された横木からは五本の鎖が垂れ下がり、風に揺れていた。
 ……五本?
 シオンは頭を振り、震える息を吐くと、楡の木のそばへと移動した。
 根元には木製の大きな箱が三つ、楡の木に寄りかかる様に置かれていた。その一つを開けてみる。底板は無く、直接地面が見える。中身は空だったが、木屑の様な匂いに混じってかすかに腐敗臭がした。
 堆肥を作るコンポストだろうか。
 三つある箱の中の一つには、小さな鍵が付いていた。シオンはペンライトを出して鍵を見る。見た目は簡素だが、どうやらカード式らしい。蓋の隙間を覗くと、内側にも同様の鍵が設置してあるのが見えた。
 シオンは周囲を確認し、両手を軽く開いて肩の位置に上げ、右足を一歩分後ろに引いて構えた。両足を捻るように動かし、つま先に鉄板の入ったストラップシューズで地面を踏みしめる。右肩を勢い良く後方に引き、捻ったゴムが元に戻るように反動をつけて体全体を回す。防御を考えないため、右足を蹴り上げるのと同時に右手を後方へ一気に引いた。
「ふッ!」とシオンがすぼめた唇から力強く息を吐き出す。
 木の砕ける重い音が凍てついた空気を震わせた。シオンの蹴りは正確に鍵の付いた蓋を跳ね上げ、留め金は紙のように宙を舞った。
 シオンは構えを解いて箱の中を覗き込む。
 取っ手の付いた鉄製の板が見えた。
 箱の中に入り、取っ手を掴む。板は簡単に持ち上がった。

 階段。

「ああ……やはり」シオンが言った。階段から建物までの距離は約五十メートル。地下空間がどの程度まで広がっているかわからないが、おそらく児童を全員収容できるだけの空間が設けられているはずだ。もしくはそれ以外の施設もあるかもしれない。
 階段の下に蛍光灯の明かりが見えた。
 おそらく隠し扉を開けると自動的に点灯する仕組みなのだろう。
 シオンは前髪を掻き上げると、慎重に階段を下り始めた。こつこつと自分の足音が冷たい壁に反響する。この先に何が待ち受けているのかわからないが、すべて受け入れようと思った。どのような形であれ、それが真実なのだから。

りょなけっと3、無事に終了しました。スタッフの方、参加者の皆様、お疲れさまでした。
こちらは新作、総集編共に多くの人に手に取っていただき、嬉しい限りです。
感想、ダメ出しなどいただけると励みになります。
今後はイベント参加の予定も無いため、また少しずつ物語を進めていく作業に専念したいと思います。
ではでは、あともう少しだけお付き合いください。
ありがとうございました。

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2月22日に開催されるりょなけっと3について、本日正式に印刷所様から受理の報告を受けました。
よほどの問題が起こらない限り当日に新刊が出せますので、興味のある方はよろしくお願いいたします。


[PLASTIC_CELL]

総ページ数44ページの新刊になります。
オリジナルキャラクターの鷹宮美樹と水橋久留美メインの腹パンチ本。今回は戦闘員の鷹宮美樹ではなく、非戦闘員の水橋久留美にスポットを当てました。ごく一般的な女の子が理不尽な責め苦に遭う様をお楽しみ下さい。
内容はいつも通り小説メイン、フルカラーイラスト4枚込み。
800円で配布予定です(高額ですが相変わらず原価が1000円を超えておりますので、ご了承下さい)。

サンプル



[GHØSTS]

総ページ数100ページ超えの総集編、既刊になります。
今まで出版した「レジスタンス」を1冊にまとめました。
新規で書き起こしたイラストを含むカラーイラスト4枚と、モノクロイラスト16枚が入っております。
1500円で配布いたします。

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では、当日はよろしくお願いいたします。

現在鋭意制作中です。
このブログにUPしている本編とは細部が少し異なりますが、より良いものが出来ると確信しています。
詳細が決定次第連絡いたしますので、今しばらくお待ち下さい。

MxuCie9E

2月開催のりょなけっと3 に参加します。
新作として[PLASTIC_CELL]の上巻と、既刊をいくつか持って行く予定です。
新キャラの鷹宮美樹と水橋久留美の初お披露目となります。
詳細が決まり次第当ブログにて発表しますので、よろしくお願いします。

サークルカット

 卯木 紗絵(うつぎ さえ)について

 卯木紗絵の最も新しい写真は、失踪から半年前に撮られた大学の研究室の集合写真である。暗いブラウンに染めたショートヘアに切れ長の目。体つきは定期的にジムに通っているためスレンダーに引き締まっており、整った顔立ちと相まって中性的な印象だ。あまり写真が好きではないらしく、不満そうな表情でカメラのレンズから目を背けている。
 以下は、発見された卯木絵理の日記、テープレコーダーに録音された音声、およびフィールドワークの報告書から要点を時系列順に抜粋したものである。
 後半に行くにつれ、不明確、不可解な表現、音声が散見されるが、原文ママ記載する。また、音声については携帯式のテープレコーダーを使用している。一部相手の許可を得ないで録音したもの、沢井絵理が意図せずボタンを押して録音された音声も含まれている。




・昭和五十九年十二月十八日
 明日のプレゼンテーションで私の将来が決まると思うと、準備はいくらしてもし足りない。まだまだ新しい学問である民俗学。民俗学はオカルト趣味の延長であり、学問ではないと揶揄されたことは何度もある。家族からは一般企業に勤めて、早々に結婚して子供でも作って……とプレッシャーをかけられている。
 冗談じゃない!
 民俗学は自分達のルーツを知るための重要な学問だ。
 私は、私達がどこから来て、どこへ行くのかを知りたい。そしてその答えにつながるヒントは、日本中の歴史や伝承にある。私は生涯をかけて、この永遠のテーマを追求していきたい……。
 そのためには、何としても鷺沢教授の助手にならなければならない。鷺沢教授は最も将来を期待されている民俗学者だ。スポンサーも多く、教授自身も裕福だ。多くの民俗学者達のように、研究の時間を割いて資金集めのためにスポンサー集めに奔走し、頭を下げてまわる必要はないのだ。
 現在、鷺沢教授のゼミには十八人が所属している。
 明日のプレゼンテーションは卒業試験も兼ねているが、それ以上に上位五人に入れば、鷺沢教授の大学院のゼミに入ることができる(大学院に進めばの話だが、当然ゼミ生は全員それを望んでいる)。
 そして鷺沢教授の元で、必ず成果を出し、ゆくゆくは独立する。
 私は自分のしたいことをして生きたい。絶対に。

・昭和五十九年十二月十九日
 最悪な一日だった。
 私はもうダメかもしれない。

・昭和五十九年十二月二十日
 何もする気が起きない。
 撞舞(つくまい)。
 関東地方に伝わる雨乞いや無病息災を祈る神事が現代にも残っている。今では祭りの一部になっているが、以前は飢饉の折、神に捧げられた人柱の名残だったという説がある。その説を裏付ける……まぁ、仕方がない。却下されてしまったという結果は変わらないのだから。

・昭和五十九年十二月二十二日
 昨日は日記をサボってしまった。
 午後五時半。鷺沢教授から電話があった。食事の誘いだった。
 研究室に行くと、呼ばれたのは私だけだとわかり少し狼狽えた。他愛もない話をしてから二人でタクシーに乗り、普段なら入るのを躊躇うほどの高級なレストランに着いた。

「問題なくテープが回っているな。これを持って行きなさい。会話の録音は基本的に相手の許可を取ってからするように。旅費や調査費はこの封筒に入っている。十分な額だとは思うが、足りなくなった場合は連絡をしなさい」
「……本当に、私でよろしいんですか?」
「何がだね?」
「……私は、試験で上位に入れませんでした。これ以上研究室にいられないものだとばかり」
「正直言って、迷っている。確かに研究室には定員があり、君の『撞舞』に関する研究は上位の生徒に比べてやや稚拙ではあった。しかし、フィールドワークは良く出来ていた。将来的に伸びしろがあるとも感じてる」
「……実技試験という訳ですか?」
「そういうことだ」
「でも……一体どのような儀式なのでしょうか? その……『りよなのかね』という奇祭は……?」
「それを確かめるのが君の役目だ。『離れた世の為に撞く鐘』と書いて、『離世為の鐘』。その儀式が今でも行われていたことは間違いないが、実態は全くわからない。奇祭が行われている十二月三十一日、その村は完全に閉鎖される。部外者は村に入れず、村人は村から出ることが出来ない。どのような儀式で、どのような意味があるのかは誰もわからないのだ。もちろん、撮影や取材は全て断られている。しかし、今回は村の内通者と接触が取れた。それなりの金も払った。君はその人の孫という名目で、儀式中の村に入ることになる」
「……責任重大ですね」

 今回の調査は明らかに非公式なものだろう。
 鷺沢教授からは、録音は「基本的に」許可を取ってから行えと言われた。つまり、例外があるということだ。プロ用の超小型カメラを貸してくれたことからも、今回の調査は盗撮、盗聴をしてでも調査を成功させろという指示と受け取っていい。よくある話だ。取材NGの儀式や遺跡などは全国にごまんとある。そして一人に許可が出された場合、他の研究者がこぞって「うちにも許可を出せ」と詰め寄る。あとはスピード勝負だ。少しでも有利になるために、事前に調査を進めておくことは珍しく無い。
 そして……今日は正直言って、教授に抱かれるのではと思った。
 ある種の特別待遇を受けるためには、それなりの代償がいるのは理解している。私自身経験は無かったが、「離世為の鐘」話を聞いた時、覚悟は決めていた。
 しかし、教授にそれとなく話を振った時、教授にその気がないことがわかった。教授は、自分は不能者だと言った。


・昭和五十九年十二月三十日
 東京から仙台駅まで行き、仙台駅から更に電車を乗り継いで二時間半。お尻の痛みが限界になる頃、ようやく目的地の駅に着いた。
 何も無い所だった。目的地の村には、ここからバスでまた長時間揺られることになる。
 鷺沢教授の指示通り駅前の喫茶店に入ると、店の奥に厚手のウールのジャケットを羽織った身なりの良い七十代と思われる男性が座っていた。他の客は五十代と思しき作業着を着た男性。作業着の男性は、私が入っても視線を新聞に落としたままだった。ウールジャケットの男性が、「卯木さんですか?」と聞いてきた。この男性が、鷺沢教授から教えられた「案内役」の鳥巣(とす)氏だった。目的地のバスを待つ間、目的地の村のことを大まかに聞くことができた。

(中略)

「録音ボタンを押しました。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。鳥の巣と書いて、鳥巣と申します。鷺沢さんから話は聞いています。卯木紗絵さんでしたね」
「はい」
「こんな遠くまで、よく来られましたね。お疲れでしょう?」
「ええ、まぁ……。鳥巣さんは、今日私が行く『けうど村』のご出身だと聞いているのですが……」
「そうです。何もない村ですよ。働き口も無ければ、これといった産業も無い。昔は各家が炭を焼いたり、牛を飼ったり、畑を耕したりしてなんとか家族の食う分くらいは賄っておりましたが、私の子供の頃……もう六十年も前ですが、その頃からは若い衆のほとんどが街に出稼ぎに行くようになりました。私も十六歳の頃に親戚のツテを頼って、仙台の工場で働くようになりました。二年前に妻を亡くして……子供も授からなかったので、死ぬなら生まれた村でと戻ったのです。何もなくても、故郷は故郷ですからね」
「わかるような気がします。いかがでしたか? 村に戻られて」
「相変わらず何もなかった……。いや、更に何も無くなってしまっていた。まるで人が過去の記憶を徐々に忘れて行くように……。村の中心にある寺や、古くからの家は残っていましたが、細々としながらも主要産業だった炭を作る炭焼き小屋は一つも残っていませんでした。牛も各家に一頭か二頭いるだけで、以前のように街に売る分まで飼っている家は一軒もありませんでした。今でも、村が残っているのが不思議なくらいです。もしかしたら、あの祭りのご利益かもしれません……」
「離世為の鐘」
「ええ、そうです。離世為の鐘の儀式……あなたが調べたがっている祭りです。鷺沢さんからお話は聞かれていますか?」
「教授も詳細は知りません。それを調べる為に、私が来ました」
「結構……では……おっと、バスが来たみたいですね。詳しくは村に行ってから、住職から話があると思います。宿も住職にお願いして、離れの一室を借りております。あいにく私の家には客間が無いものですから……。あくまでも私の孫ということになっておりますので、ひとつよろしくお願いします」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」

 村には街灯がほとんど無く、道路も舗装されていなかった。薄暗がりの中に浮かぶ家は土壁で、屋根は茅葺き。まるでタイムスリップしてしまった様な錯覚を覚える。村は現在では三十数世帯しか住んでおらず、また、そのほとんどが六十歳以上の高齢者だという。もはや過疎という言葉が生易しいほどの、消滅寸前の集落だった。
 バスを降りると、運転手は「また来年」と言った。明日の大晦日から元旦にかけて、離世為の鐘のために村が閉鎖される。当然、バスの運行もストップになる。
 鳥巣さんに案内された寺は、その粗末な村に不釣り合いなほど大きく、そして、奇妙だった。
 門をくぐると、本堂を隠すように大きな梵鐘が目に入った。奇妙な配置だ。参拝する人々はこの梵鐘を迂回しなければ本堂にたどり着けない。また、撞木は本堂に背中を向けて撞く様な配置になっていた。つまり鐘を撞くためには、本堂に尻を向けなければならない。私は何回もポケットから小型カメラを取り出して、鳥巣さんに気付かれないように写真を撮った。
 本堂は村人全員が入れるのではないかと思うほど広かった。そして仏像の代わりに、高さ二メートル、横三メートル程の長方形のガラス板の様なものが安置されていた。
 ここは、寺院なんかではない。
 便宜上「寺」と呼んでいるだけで、全く独自の宗教が信仰されているのだと私は確信した。
 鳥巣さんが本堂で住職の名前を呼ぶと、神経質そうな初老の住職が顔を出した。事情を手短に話すと、鳥巣さんは祭りの準備があるからと言って自転車で帰宅してしまった。
 私は離れに案内され、荷物を置くと例のガラス板が安置されている本堂に来るように指示された。私はあらかじめ準備しておいた予備のカセットレコーダーの録音スイッチを押してから、本堂へと向かった。

「鳥巣さんのお孫さんでしたかな? 名前は何と?」
「鳥巣……紗絵と申します。本日はお泊めいただき、ありがとうございます」
「構いません。このように広い寺ですし、離れは元々客間として造られたものです。昔はあなたの様な村人の家族や親戚が訪ねて来られた際に、離れを使っていただくことは珍しくありませんでした。最近はすっかり減ってしまいましたがね」
「ご自分の家には泊まらずに?」
「ここは貧しい村です。広い家を建てる余裕のある家は一軒もありません。この寺は、村の守り神を祀る為の施設であると同時に、昔の村人達が集会場や共用の宿泊場も兼ねて、金銭を出し合って建立されたと聞いております」
「守り神? その……仏像ではなく?」
「見ての通りです。この透明な板……これが御本尊です。まぁ、とても透明とは言い難いですがね。まるで何年も海の底に沈んでいた難破船の窓ガラスの様に燻んでいますが、大切なものです」
「あ、その……突然で申しわけありませんが、お話を録音させていただいてもよろしいでしょうか?」
「録音ですか?」
「ええ。実は東京の大学で民俗学を学んでおりまして、このような神社仏閣に興味があるんです。このように貴重なお話を聞ける機会がいつあるかわからないので、常にテープレコーダーを持ち歩くようにしています」
「民俗学と言いますと?」
「各地方に残っている伝統や伝承、祭りや儀式等から、現在の生活文化のルーツを考察しようという比較的新しい学問です。祖父からこの村の話を聞いて、ぜひ儀式を観てみたいと思い、伺いました」
「……離世為の鐘を?」
「そうです」
「…………申し訳ありませんが、録音は遠慮していただきたい。儀式のことをあなたに個人的にお話しすることは構いませんが、たとえば録音をされて、それが何らかの方法で不特定多数に広まることは、私はあまり好ましいとは思っていません」
「……わかりました。では、これはスイッチを押さずに置いておきます」
「ありがとうございます。儀式は神聖なものなのです。村人の中にはこのまま村が無くなるなら離世為の鐘で町興しならぬ村興しを……という意見もありますが、私は反対です。不特定多数の者に晒し者にしていいことはあまりありません。儀式は村人と『離世様』の為に粛々と行われれば良いと考えています」
「離世様……ですか」
「御本尊……その板のことです。離世為の鐘は、文字通り離れた世に住まう神様や御仏……我々はまとめて離世様と呼んでいますが……その為に撞く鐘のことです。もっと正確に言えば、離世様に我々の存在を忘れさせないために撞く鐘です」
「忘れさせないため……」
「そうです。今では平仮名表記になっておりますが、元々この村は穢れた人の村と書いて穢人村(けうどむら)と呼ばれていました。穢人村は昔、様々な理由で世間から疎まれ、島流しのような形で各地方から流れてきた人々が集まって作った集落です。今でこそ、わずかな畑や家畜がありますが、昔の穢人村は極貧を極め、毎年のように餓死者が出ていました。当然の話です。穢人村の村人達は何も持っていなかった。祈るべき神や仏も……。あるのは荒れ放題の土地と厳しい気候だけです。しかし村人達には帰る場所がない。穢人村の村人達は雑草を食みながら必死に農地を開拓し、壮絶な苦労をしながら何とか生き残ってきました。その中で自然発生的に生まれたのが、離世様です。神も仏も自分たちを忘れ、見放した。ならばせめて離世様にだけは、自分達の存在を忘れずに覚えておいてほしい。自分達を見捨てないでほしい。だから毎年、年末に鐘を撞いて、離世様に自分達の存在を示すのです。自分達はここにいるぞと……」
「それで……あんな場所に鐘が置かれているのですね」
「そうです。離世様はあの板を通してこちらの世界を見ると言われています。こちらに背中を向けて鐘を撞く奇妙な配置ですが、ちょうど離世様が正面から見られる様に、あの様な配置になっています。正直言って、私には離世様が居るのかどうかなんてわかりません。ですが、離世様の存在が今でも村人達の精神的主柱であることは変わりない。私はそれを……見世物にしたくないのです」

 住職の言う通り、この寺は確かに村人から大切に扱われている。境内の掃除や建物の手入れは隅々まで行き届いている。各村人が当番制で、毎日掃除に来るそうだ。また、住職自身も世襲制ではなく、毎年村の中から選ばれるらしい。次代の住職も決まってはいるが、まだ街へ出稼ぎに行っており当分帰れないだろうと話していた。
 私は、この話を鷺沢教授にどのように伝えようか迷っている。
 現在では貴重な土着信仰が、今でも村人の中心として脈々と受け継がれている。学会でこの話題が知られれば、間違いなく民俗学者はおろか考古学の関係者まで調査に乗り出すだろう。それを歓迎する村人はいると思うが、住職の話す様に信仰を持つ者だけで、静かに信仰を深められればと考える村人も多いはずだ。
 私にその均衡を破るこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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「今…………………………森の中に隠れてる……。    ふふふふ………………。  ふー…………ふー……………。     ひ」


「ふっ……ふっ……ふっ……。嘘でしょ?何であんなにいるの?今までどこに隠れていたの?はっ…はっ…はっはっ…………。怖い……怖い……」
「いたぞ!」
「ひっ!?」


 少しおちついた。かきとめる。もしものことがあるかもしれないから。昭わ5九ねん十二月三目。はなれでかいてた。日記。とびらあいて人人ってきた。たいまつ。ながいぼう。(解読不能)。若い入いっぱいいた。どこかにかくれてたんだ。わたしをみこだと言った。りよなのみこ。かこまれた。にげた。いような(解読不能。雰囲気?)だった。みんな目が光ってた。ギラギラしてた。おそらく、つかまったら、ぎしきに何らかの形で使われるはずだ。りよなのかねのぎしきがどんなものかわからない。たぶんじょ夜のかねと同じだと思っていたけど、ちがうみたい。私はどうなるんだろう。もしつかまったら。(解読不能)。ーーーーーー。(解読不能)。(解読不能)。おちついて。ゆっくりかくの。あたりはまっ暗だし、夜明けもあと何じかんあるかわからない。朝にさえなれば、森にかくれながら逃げられるかな。バスで何時間もかかったけど、二日、三日も歩けば町に出られるかも。けいさつに行かないと。その前に、きょじゅに電語しないと。何かかかないと。おちつかないと。
(以下、同様の内容が繰り返されたため省略)


「……すこし明るくなってきた。まだ村の方が騒がしい……。今のうちに逃げないと……。少しずつ……足音を立てないように……。テープはスイッチを入れっぱなしにして…………(以下、森を進む音がしばらく続く)。大丈夫みたい。だいぶ村から離れた。ひっ!? …………車? ワゴン車? 鳥栖さんが乗っていたみたい……。え? 止まって……? え? え? なんで? なんで一斉にこっちに来るの!?」
「いたぞ! 巫女だ!」
「ひッ!? やっ!? ひッ!?」
「大人しくしろ!」
「やめて! お願い! ゔッ!?」
「気絶させろ。村まで運ぶぞ」
「うぶッ……やめ……ゔぅッ!? お……うぐッ! ごぶッ! ゔッ! んぶッ!? んぐ……ごぶぅッ! あ……ぁ……」
「…………手こずらせやがって」
「まさか逃げられちまうとはな……。しかしまぁ、今年のは特に別嬪さんですね? 鷺沢さん」
「まぁ、私も迷ったがね……。全く将来性の無い学生なら躊躇なく送るんだが、この子は優秀で手放すのが惜しかった。ただ、離世様への捧げ物だ。中途半端な供物は送れんよ……念のためにテープレコーダーに発信機を仕掛けたのは正解だったな」
「流石は、次期住職ですね」
「いつ戻って来られるかわからんがね……。一応薬品を嗅がせておけ。夜まで眠らせておくんだ。また逃げられたら、それこそ取り返しがつかないぞ」



・昭和五十九年十二月三十一日
 私の生徒、卯木紗絵は少しトラブルもあったが、無事に離世の巫女としての責務を果たしてくれた。鐘に縛り付けられ、冷水を浴びせられた彼女は覚醒と同時に悲鳴をあげた。私はテープレコーダーの録音ボタンを押して、その様子を眺めていた。住職が
「これより、離世為の鐘を執り行う。撞き手、前へ」
 と宣言すると、若者が鐘撞堂に上がり、手綱を握った。いつもながら、この瞬間は興奮するものだ。彼女の、普段の強気な表情が、今では恐怖に震えている。自分がこれから何をされるのか理解しているのだろう。そして、それをされるとどうなるのか。それはどの程度続けられるのか。果たして自分は生き残ることが出来るのか……。その全てが表情に表れている。
「やっ……やだっ……やだ……」
 恐怖に引きつった表情の彼女の腹目掛け、撞木が酷くめり込まれた。
「ふぶッ?! ごぉえぇぇぇ!」
 ぼぉんという、重く、くぐもった独特な鐘の音だ。そして、巫女の絶叫が響き渡る。ああ、そうだ。これこそ離世為の鐘の音だ。何度聞いても、魂を揺さぶられる音だ。
「んぶぅッ!? ぐあぁ! や……だぁ……おぼぉッ!?」
 ぼぉん、ぼぉんと撞かれるたびに、巫女の顔は苦痛に歪み、涙と涎にまみれてゆく。さぞ理不尽に思っていることだろう。撞き手が交代し、新たな撞き手が撞木を後ろに引き絞る。
「おぼぉッ?! うぶっ……おおぉぉぉ……」
 巫女の喉が微かに膨れ、胃の内容物がびちゃびちゃと粘ついた音を立てて鐘撞堂の床に落ちた。巫女はこの気温の中脂汗をかいているらしく、額に束になった髪の毛が張り付いている。寝ているうちに着替えさせられた巫女装束は前がはだけ、色白の腹には青黒い内出血の跡がいくつも付いていた。
「ゔぅッ!? ぶぐッ!? や……やめ……お腹…………壊れちゃう…………えぶッ!? おゔッ!?」
 時間にして一時間ほど。巫女の声が徐々に弱くなる。壊れた人形の様に頭を無意味に左右に揺らしながら、うわ言のようなものをつぶやいている。そろそろ限界だろう。住職が指示を出し、数人がかりで撞木を後方に引いている。巫女は朦朧とする意識でもその光景が目に入ったらしく、微かに首を振っている。住職の合図で、限界まで引き絞られた撞木が、巫女の腹にずぶりと突き刺さった。
「や……やめ…………ごぼおぉッ!?」
 鐘の音に混じり、ミシミシという音が聞こえた。巫女の背骨が砕ける音だ。巫女はしばらく天を見上げるように顔を向け、ぷつりと何かが切れたように全身を弛緩させた。住職が巫女に対して経を唱える。首に手をやって脈を確認すると、若い衆を促して巫女を鐘から降ろした。
 住職が儀式の終わりを宣言し、拍手に包まれた。
 私はようやく握りしめたテープレコーダーが汗で濡れていることに気がつき、ハンカチで拭いた、同時に、今年も自分が儀式を観て昂ぶっていることにも気がついた。下着の中が濡れている。下着を二枚重ねで履いてきたことは正解だったようだ。
 興奮が治まるのを待って、私は住職に労いの言葉をかけた。住職は首を振った。
「何度やっても慣れないものですな……見ていた時分にはよかったのですが、いざ自分が主導で執り行うとなると……」
「何を言っておりますか。今回も無事に、離世様に鐘の音を届けられた。同時に、我々の存在も示すことが出来たでしょう」
「しかし鷺沢さん。私が言うのも何ですが、他に方法は無いものですかな。何も命まで……」
「生贄とはまさにそういうものです。『人柱』をご存じでしょう? 僅かな代償を払うことにより、大きな利を得る方法です。昔から行われてきた、いわば文化です」
「ではせめて一思いに……」
「残酷な儀式を好む神々は世界中に見受けられます。何もおかしなことではない。かつて残酷な処刑や拷問が人々の娯楽の一部であった様に、神々も例外ではないのです。むしろ今回は、撞き方が甘かったくらいですよ。こう言っては何ですが、とどめを刺すのがいささか早すぎた」
「あなたは……自分自身この儀式を楽しんでいる……そうでなければそのような発言はしないはずだ」
「否定はしません」
「それで、撞き方が甘かったと……?」
「私にとっては」
「では、離世様も満足されてはいないということでしょうか?」
「それは私にもわかりません。しかし先も申し上げた通り、鐘の音は確かに届けられた」
「……鐘の音に満足されたかは、直接聞いてみないとわからないということですか」
「まぁ、そうなりますな。聞くことが出来ればの話ですが……



























いかがでしたか? 離世様?」

 美樹の放った回し蹴りが綺麗に弧を描いて蓮斗の顔面をしたたかに打った。どろりとした鼻血がミミズの様に蓮斗の鼻から這い出る。蓮斗は鼻を押さえることもせずに美樹に向き合い、大振りの前蹴りを放った。重そうなブーツが空を切る。美樹は難無く蓮斗の蹴りを躱すと、背後に回って素早く蓮斗の首に腕を回した。
 美樹の腕が蛇の様に蓮斗の首に巻き付く。綺麗に頸動脈のみを締め上げられ、蓮斗の視界に銀色のオーロラが降りてくる様な明滅が起こった。顔が徐々に膨張する様な錯覚。耳の奥できいんと耳鳴りが鳴り響いている。
 あと数秒で失神すると蓮斗は思った。
 蓮斗は痙攣の始まった手でカーゴパンツのポケットに手を突っ込んだ。硬い感触が指先に触れる。栄養ドリンクに似た瓶のキャップを片手で器用に開けると、中身を背後にぶちまけた。美樹が驚いて手を離す。残りの薬剤を口に含み、霧状にして美樹の顔に吹きかけた。
 美樹は反射的に蓮斗の首から腕を離し顔を手で覆った。呼吸と一緒に霧状になった薬剤を吸い込んでしまい、軽く咽せる。南国の花の様な重く甘い香りが鼻腔の奥に残る。瞬間、チリッとした刺激が脳の表面を駆け巡った。美樹が顔をしかめてこめかみを押さえる。
「先輩……」
 美樹の背後から久留美の声がする。振り返ると、美樹の上着の袖を久留美が掴んでいた。
「先輩……蓮斗さんを傷つけちゃ……嫌です……」久留美は甘えるような声を出すと、背後から美樹の胸のあたりに腕を回して抱き着いた。突然の事に美樹が狼狽する。
「く、久留美? 何を言っている……手を放せ!」
「大丈夫ですよ先輩……。蓮斗さん、とても良い人ですから……。それに、蓮斗さんがお腹を殴ってくれると、すごく気持ち良くなれるんです……」久留美は熱に浮かされた様に上気した顔で呟く。「こんな感情……私、初めてなんです……。先輩も早く、蓮斗さんに気持ち良くしてもらいましょう。大丈夫です、痛いのは一瞬ですから」
「馬鹿なことを言うな! 久留美! 目を醒ませ!」
 美樹が身じろぎしている最中、蓮斗が音も無く近づいた。
「……ッ、貴様! 久留美に何を……」
 美樹が言い終わる前に、ぐじゅっ、と水っぽい音が美樹の身体を通って鼓膜に届いた。蓮斗の拳が、美樹のレオタードに包まれた腹部に埋まっている。
「ぐぼっ!」美樹が悲鳴を上げる。不意打ちを受けた腹は蓮斗の拳を柔らかく包み、温かい粘液の様に絡み付いた。美樹の視界がぐらつき、猛烈な吐気がこみ上げる。同時に、拳を打ち込まれた場所からどくんと脈打つ様な感覚がこみ上げて来た。
「……ッくあぁっ?!」
 美樹がびくりと痙攣しながら、上体を反らして仰け反った。叫んだ瞬間に粘度の増した唾液の飛沫が舞う。
 下腹部の脈動は定期的に続き、まるで下腹部にもうひとつ心臓が発生した様に定期的に信号を脳に送っている。
 それは温かく、柔らかくて甘い泥の中を裸でのたうつ様な信号だった。体全体を泥で汚しながら、甘い香りと優しい温かさに包まれたそれは紛れも無く背徳的で官能的な信号。
 美樹は焦点のズレた目で下腹部を見下ろした。
 アンダーウェアの生地を巻き込んで、蓮斗の骨張った拳が深くめり込んでいた。それを認識した瞬間、どくん……と拳のめり込んでいる腹部のあたりが脈打った。雷の様な快感が美樹の背骨を駆け上がり、頭蓋骨の中で破裂する様子がはっきりとイメージ出来た。
「んぅッ?! くはぁぁぁッ!」美樹は訳もわからずに沸き上がって来た快感に身体を捩らせた。腹部を殴られた苦痛と同時に発生した快感。頭の中を沸騰した嵐が吹き荒れている中、二発目の鉄槌が鳩尾に撃ち込まれた。
「んぶぅッ?! んぶ……ッ……んあぁぁぁぁ!」
「あははは……頬染めちゃって、可愛いなぁ」
「ぎ……ぐぅッ……ぎざま……」美樹がびくびくと痙攣しながら、涙の溢れる目で蓮斗を睨みつける。食いしばった歯の隙間から荒い息が漏れていた。「何を……んくッ……私に……何をした……?」
「あはぁ……美樹先輩……すごく気持ち良さそう……。気持ち良いですよね? 蓮斗さんにお腹殴られると……」久留美がとろんとした笑みを浮かべながら美樹の首筋に舌を這わせると、美樹の身体がビクリと跳ねた。堪えていた息を美樹が吐き出すタイミングで、蓮斗の膝が撃ち込まれる。
「ぐぼぉっ?!」
 膝を腹に打ち込まれた衝撃で美樹の目が見開かれ、舌が口から飛び出す。
 美樹は戸惑っていた。
 臍や鳩尾、胃の辺りを責められる度に、じんわりと熱を持った葛湯の様な甘くとろみのある液体が子宮のあたりに沸き上がるのを強烈なイメージとして感じていた。その液体のイメージは腹部周辺を責められる度に子宮の中に溜まってゆく。
 ぐじゅり……ぐじゅり……と蓮斗は容赦なく美樹の腹を責めた。久留美は美樹の背後から抱き着きながら、苦痛と快感に耐える美樹の顔をうっとりと眺めている。
 美樹の中で無意識な感情が芽生えていた。
 子宮を殴られたい。
 この子宮に溜まった液体を、どうにかして欲しい。
「くぅッ……! 蓮……斗……」美樹が泣きそうな顔になりながら蓮斗を睨んだ。「うッ……はぁ……ぐぅッ……!」
 子宮を殴って欲しい。その骨張った拳で潰して欲しい。
 自分の意志に反した逆らいようの無い欲求。美樹は必死に頭を振ってその甘い欲望の濁流に飲まれない様に耐えた。
「へぇ……頑張るんだな。早く久留美ちゃんみたいに堕ちちゃえばいいのに」
「そうですよ先輩……一緒に気持ち良くなりましょう? 私も最初は痛かったけど、すぐに慣れますから」
「くっ……もう一度聞くぞ……私に何をした……?」
「俺がオーダーメイドした一点物の『チャーム』を使ったのさ。人妖の分泌するチャームを培養して、腹部が性感帯になる様にカスタムした特製のね……。俺に殴られて気持ちよかったでしょ? もうすぐ美樹ちゃんも、久留美ちゃんみたいに自分からお腹を殴って下さいってお願いするようになると思うよ?」
「ふざけろッ! そんなものに……私が屈するものか!」
 美樹は自分に言い聞かせる様に叫んだ。
 蓮斗はその様子を鼻で笑うと、軽い動作で拳を引き絞った。
 ぐぽんッ……と蓮斗の拳が、美樹の子宮を抉った。
 美樹は次の瞬間、熱を持った子宮に溜まった甘い液体が、まるで水風船が破裂した様に体内にまき散らされるのを感じた。それは細胞の隙間を強烈な快感の爪で引っ掻きながら体中に広まった。爪先から脳天まで快感が広がり、美樹の視界は星が散った様に明滅した。
「ふぐあぁぁぁぁッ! はぐッ……くふッ……あああッ!」美樹は身体を仰け反らせ、絶叫しながら快感に耐えた。絶頂の波が絶えず身体を駆け巡り、痙攣する身体を歯を食いしばって必死に抑えた。「んぐぅッ……ぐ……はぁ……はぁー……」
 蓮斗が美樹に近づき、再び拳を引き絞った。拳が腹部に当たる瞬間、美樹は自分が無意識に腹筋を緩めたことに気がついた。自分は、快感に負けてしまったのかと、美樹は底の無い暗い穴に落ちる様な気持ちになった。

遅れましたが、りょなけっと2お疲れさまでした!

当日はラッシュこそ無かったものの、コンスタントにスペースまで訪問して下さり、予告編でありながら50冊以上という予想以上の冊数を配布することが出来ました。
また、「本編期待しております」との激励の言葉も多くいただけました。
改めまして、当日はありがとうございました。
一撃さんとの合作、HYBRIDはこれからものんびりと温めながら創っていきますので、よろしければお付き合い下さい。



ではでは、参加者視点のレポを書かせていただきますので、よろしければどうぞ


9月28日(土)

【15:00】
福岡空港で前回好評(?)だった「替玉」を仕入れる。奮発して2玉。その後、無事に羽田空港に降り立つ。
友人(ブルジョワ)から「福岡は暑いかもしれんが、東京は半袖だとキツい」とのアドバイスを受けて長袖にウールのハットを被って上京するも、気温は27℃。友人を恨む。

【19:00】
友人とダーツをしてから前夜祭会場へ向かう。
あおさん、原崎さん、はあばあどさん、ひらひらさん、量産型ねこさん、JJJさん、AWAさん、ミストさん、ヤンデレないさんとつつがなく合流。たいじさんは原稿の関係で残念ながら欠席。

【20:00】
独断と偏見で「プレミアム飲み放題」を付けたため、日本酒を飲みまくり、スパークリングワインをボトルで数本頼む。
記憶が曖昧になってくる。
隣のJJJさんと盛り上がり、ヤンデレないさんとアッー!な展開をし(よく憶えてない)、あおさんに日本酒を押し付ける。
ミストさんがヤンデレないさんに「明日スタッフやれよ。9時集合な」と無茶振りされ、何故かミストさんが快諾する。
途中、女性同士が腹パンしあうという俺得な展開に。

【22:00】
二次会突入。
ほとんど憶えていないが、あおさんの東京大学の学生証を酒の中に入れたり何かを食べたりした気がする。そのままの流れであおさんと帰宅した気がする(うろ覚え)。

【22:30】
友人(ブルジョワ)のマンションに移動。ビールを押し付けて「三次会しようぜ」と誘うも、「俺が酒飲めないの昔から知ってるだろ」と返され、早々に風呂に入られる。とりあえず勝手に友人の冷凍庫を開けて、冷凍食品をすべて冷蔵室へ移す。解凍の手間が省けてさぞ喜ぶだろう。
友人は風呂から上がると「最近部屋の観葉植物がよく枯れるんだ」と、至極どうでもいい相談を始める。よく見ると病気になっているっぽい葉っぱが結構ある。「枯れた葉っぱ取り除いとけよ」と適当なアドバイスを返す。
イベントの売り子をお願いするも、予定があるとつれない返事。トイレに行っている間に観葉植物の健康な葉も数枚毟る。


9月29日(日)

【6:30】
イベント当日である。
友人共々中年らしく早朝に目が覚める
前日の酒が全く抜けておらず、フラフラになりながらも出発の準備。
幸い友人宅の立地が良いため、9時半に出発しても十分に余裕があるため、のんびり過ごす。
昨日相談を受けた観葉植物が目に見えて元気が無い様子であるが、気にしないことにする。

【10:00】
会場到着。
前日無茶降りされたミストさんに会場まで案内してもらう。
設営準備中も暑過ぎて汗が止まらない。
参加者の複数名から「だ、大丈夫ですか……」と本気で心配される。絶対何人かは「ああ……たぶんクスリが切れたんだな……」と思われていることだろう。
昨日の打ち上げメンバーの他、高菜さん、mos/¥さん、藤沢さん、シャーさん、かむいさん、スガレオンさんと挨拶。
忙しい中シャーさんに色紙を描いていただき、小躍りする。

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【11:00】
開場。
ラッシュこそ無いものの、コンスタントに手に取っていただける方が耐えない。
「一撃さんの大ファンなんです!」とコメントする方多数。下手な文章かけねぇなと燃える。
Twitter上でしかお話ししていなかった黒葉さんとアクセレイさんが訪問して下さる。特にアクセレイさんには「腹パン好きですか?」と変質者的な質問をする。ドン引きしなかったことを祈りたい。
アフターイベントは参加サークルが100オーバーのため2時間超えの長丁場。
早々に福岡から持参した「替玉」が取り上げられる。

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「しょーもねーモンねーかな?」
「あ、替玉」
「コイツまたかよ!」
「しかも2つに増えてるよ!」
「アホかよ?」
「アホだな」
と楽しい紹介をされ、無事に人手に渡って行った。
次回参加出来れば3つ持って行くことを決意する。
シャーさんの色紙を取り損ねて崩れ落ちる。
アフターイベント終了直前、主催のヤンデレないさんが「例のモノを!」と叫ぶ。なんと「りょなけっと3 2月22日開催」の案内とポスター。飛行機を予約する。


【18:00】
打ち上げ開始、同好の趣味同士盛り上がる。
隣のテーブルに移動すると、全員が一心不乱にチ◯コを描いている。
「55、テメーも描け!」とたいじさんとAwAさんに脅される。

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【21:00】
ミストさん主催のカラオケオフ。
よく憶えていないが23時頃まで歌って飲んでいた気がする。



さてさて、終始ぐだぐだな感じで当日を過ごしてしまったため、失礼のあった方は申し訳ありません。
最後になりますが、あらためて来ていただいた方、ありがとうございました。
やはりイベントは「お祭り」であるということが再認識できました。お祭りとは楽しいもので、娯楽の少ない時代では「自分をさらけ出すストレス発散の場」といういわゆる無礼講な宴の意味合いが非常に強かったのではと思います。表向きに出来ない趣味が許される場。それがオンリーイベントの醍醐味ではないでしょうか。
ではでは、次回はHYBRIDの第1章をお届け出来るべく、今後も頑張ります。

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