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_2017.02.21  GALLERYを更新しました(シオン1枚)
_2016.11.11  GALLERYを更新しました(綾2枚)
_2016.11.06  いただいたイラストを公開しました
_2016.10.03  新作の短編を公開しました

コミックマーケット86にて配布される
腹責め小説合同誌:「H!」
に参加させていただきました。


・タイトル
 「H!」

・配布イベント
 コミックマーケット86

・配布日時
 8月17日(日)

・配布場所
  東ナ 54b M.M.U.様スペースにて委託販売

・内容
 文庫サイズ
 512ページ
 フルカラー表紙、カバー付き(カバーと表紙は別イラストとなります)

・あらすじ
 タンクトップとホットパンツという露出の高い衣装が特徴的なカジュアルレストラン
 「ROOTERS(ルーターズ)」
 そこで働く真里亞とツグミ、アルバイトとしてやってきたはすみ、沙楽。
 衆人環視の中で突如として始まったキャットファイトショーと、その後の腹責めショー。
 熱狂と興奮の中、彼女たちは……。

・執筆者(以下、人物名の敬称略)
 ヤンデレない
 宮内ミヤビ
 ミスト
 number_55

・主催
 さるみあっき(ヤンデレない)

・表紙およびカバーイラスト
 スガレオン

・表紙およびカバーデザイン
 有沢めぐみ

・予定配布価格
 2500円

・表紙、カバーサンプル
hyoshi


cover



ちなみに自分は表紙左から2番目、一人だけバーテン服で浮いている「ツグミ」というキャラクターで書かせていただきました。
初めての無口無表情無感動キャラです。
ご期待下さい。

 美樹は境内裏の車庫の中で、養父の軽自動車に寄り添う様に停めてあるバイクに跨がり、エンジンをスタートさせた。身体の中心を震えさせる振動が心地よかった。美樹は数回スロットルを回してエンジンを吹かすと、境内裏のスロープから街道へ乗り、S区を目指してスピードを上げた。
 夜でも明るい市街地から郊外へ。一時間も走ると、等間隔に道路を照らしてた街灯の数も徐々に少なくなり、次第に木々が目立つ様になってきた。美樹は軽快にスロットルを上げて、あらかじめ調べておいた孤児院のある丘を登り始める。山道で不安ではあったが、幸い雪はほとんど積もっていない。美樹は右へ左へとハンドルを切りながら、蛇行する山道をスピードを上げて登り続けた。
 十五分ほど登ったところで、山道を塞ぐ様にそびえる大きな門が目に入った。美樹はスピードを緩め、門の側でバイクを降りる。
 三メートルを軽く超える赤錆びた門は、手前まで来ると威圧する様に美樹を見下ろした。
 鉄の一枚板で出来た門には「CELLA特別児童教育施設」と掘られた、緑青の浮いた銅製のプレートがはめ込まれていた。門は外界を拒絶する様に林道を塞いでいる。門のすぐ横には同じ高さのレンガ造りの壁が森の中の遥か奥まで続いていた。壁の終わりは闇に溶けていて見えない。
「まるで刑務所だな……」
 美樹は施設の壁と平行に移動し、林道の端の森の中へバイクを停めようとハンドルを切った。
 不意に破裂音が響いた。
 美樹のバイクの前輪が何かに掴まれた様に自由が利かなくなり、勢い余って後輪が持ち上がった。慌てて体勢を立て直して倒れない様に持ちこたえる。バイクを降りて前輪を見ると、タイヤの空気が完全に抜けていた。
 美樹はスタンドを立ててバイクの前輪周辺を見ると、目を疑った。レンガ造りの壁の下には、鉄製の剣山がまるで絨毯の様に敷き詰められていた。それは何処まで続いているか分からないが、おそらく壁の下全体に達しているだろう。
 その一本を触ってみた。
 錆び付いてはいるが、針の部分は禍々しいほど鋭利で、殺傷力は十分にあるように思えた。先ほど勢い余って前方に放り出されていたら、背中から串刺しになっていただろう。異様な光景に、しばし呼吸を忘れた。
 美樹は手近の気の側にバイクを停めると、ヘルメットを脱ぎ、ライダースをハンドルに掛ける。戦闘服の乱れを直すと、門を真下から見上げた。門からは、あらゆるものの侵入を拒絶する確かな意志が感じられる。門の上には、壁の下に敷かれた剣山と同様の針状の突起物が見えた。美樹はシオンの言葉を思い出した。『家庭環境や様々な事情により、精神的に深い傷を持つ子供達。その中でも反社会的行動をとる恐れのある子供と、反社会的行動をとってしまった子供達』を収容した施設。
「いくら問題のある子供だからといっても、これはやり過ぎだろう……。いや、本当に『それだけ』なのか? この施設はここまでして、一体何を外に出したくなかったんだ?」
 美樹は鉄の塊で出来た門に触れた。
 冷たい。
 閉鎖された異様な施設。
 そこへ呼び出した蓮斗。

「そんな所にいたら寒いよ。中に入った方が良い」

 不意に声がかかり、美樹は反射的に後方に飛び退いて身構えた。
 門が悲鳴を上げながら開き、中から真っ黒い服装をした蓮斗が現れた。
「バイクの音が聞こえたからさ……会えて嬉しいよ」
 美樹は飛びかかりたい衝動を堪えながら、無言でゆっくりと蓮斗に近づく。蓮斗は美樹から視線を離さずに後退りすると、門の中へ入る様に促した。
「寒いから早く中へ入ろう。その服はアンチレジストの戦闘服かい? ミニスカートの巫女装束に、インナーは競泳用水着みたいだね。美樹ちゃんらしくて良いと思うけど、とても寒そうだ。とりあえず中へ……」
「お前が先に歩け。後ろから不意打ちでもされたら面倒だ」
 蓮斗はやれやれとジェスチャーすると、門の中へ入って行った。数メートルの距離を置いて、美樹も後に続いて門をくぐる。
 門をくぐると、そこは、静かな庭だった。
 雪は庭のほぼ全てを覆い、それを切り裂く様に赤茶色の煉瓦道がかろうじて顔を出している。煉瓦道の脇には等間隔にガス灯が設置され、赤味を帯びた光を雪の上に落としていた。煉瓦道の続く敷地の奥には、うっすらと二階建ての建物のシルエットが浮かび上がっている。
 煉瓦道を慣れた様子で進む蓮斗に美樹が続いた。足下を見ると干涸びる様に枯れた芝が煉瓦にへばりついていた。歩きながら施設奥に目を凝らすと、鎖だけが垂れ下がっているブランコや、葉が一枚も無い立ち枯れになった楡の樹が風雪にじっと耐えている。
 建物の手前まで来ると蓮斗が歩きながら美樹を振り返る。
「今はもうボロボロだけど、遺棄される前はキリスト教系の結構立派な施設だったんだぜ。庭は柔らかい芝生で覆われてさ、あの二つの尖塔の上の十字架が夕日を浴びるとキラキラ輝いたもんさ。生活圏以外の窓のほとんどはステンドグラスだしね」
 美樹は蓮斗の言葉には応えず、黙って建物を見上げた。
 荒れはじめた庭と違い、建物の方はあまり痛んではいなかった。人が住む分には全く困らないだろう。
 蓮斗の言う通り、なかなかに洒落た感じだ。入り口のドアや、大きく二つ突き出た尖塔は見事なシンメトリーに配置されている。規模は比べ物にならないが、建築様式がどことなくアナスタシア聖書学院を思い出させた。ダークレッドを基調とした屋根や、外壁に使われているくすんだ漆喰の色。暗めな配色のステンドグラスに、建築家独特の癖の様な物が感じられた。
「さぁ着いたよ。汚い所だけど遠慮なくくつろいで……」
 蓮斗がテラスに上がり、真鍮のドアノブを捻りながら振り返った瞬間、美樹が後ろから強烈な掌底を見舞った。蓮斗は顎をしたたかに打ちぬかれ、観音開きの扉をたたき壊すほどの勢いで建物内に転がって行った。
 美樹が注意深く中に入る。
 玄関ホールは広い。
 手入れがされていないため所々痛んではいるが、見事な黒檀の床材が敷き詰められている。大きいがシンプルな装飾のシャンデリアが暖色系のガス灯の明かりを四方に振りまきながら、すきま風に晒されて微かに揺れている。玄関ホールのほぼ中央から伸びている階段は中央の踊り場で二手に別れて二階へと続いていた。
「げほっ……ふ……せっかちだなぁ。本番に入る前は、まず気の効いたトークで雰囲気を盛り上げるのが常識ってものだろう?」
 美樹は階段の側でうずくまっている蓮斗に無言で近づくと、横腹を蹴り上げた。爪先に鉄板の仕込まれた堅牢なコンバットブーツは蓮斗の腹筋を破壊し、内蔵に強烈なダメージを与える。
「ぶごっ!? ふ……ふひゃっ、ひゃっははは! 巫女さんとは思えない暴力っぷり……げぼっ……。大好きだよ、そういうギャップはね! あはははははは!」
 胃をやられたのか、蓮斗は粘ついたどす黒い血の塊をニスの剥げたフローリングの床に吐きながら笑った。立ち上がろうとするが、足元がおぼつかずに尻餅をつく。
「この程度で終わりだと思うなよ。久留美にどのような仕打ちをしたか知らんが、それなりの報いを受けてからアンチレジストへ突き出させてもらう。私は弱いもの虐めをしている奴が一番嫌いなんだ。早めに久留美を開放した方が、病院の天井を眺める退屈な時間が短くて済むぞ」
 瞬間、蓮斗のにやついた表情が消えて無表情になる。あまりの表情の変化に美樹は怪訝な顔をした。その顔には見覚えがあった。アナスタシア聖書学院の生徒会長室で見た写真。昔の太っていた頃の蓮斗のそれだった。
 蓮斗の顔にはすぐに表情が戻り、よろよろと立ち上がる。部屋の中に再び甲高い笑い声が響いた。
 美樹は僅かに乱れた上着の胸元を直すと、幽鬼の様にゆらゆらと蓮斗に近づきノーモーションで爪先を蓮斗の腹に埋めた。
 ぐちゅりという嫌な音がして、蓮斗が呻き声を上げながら前屈みになる。下がった顎をすかさず掌底で跳ね上げた。蓮斗の身体がふわりと浮き、背中から床に落ちる。美樹は蓮斗の逆立てた金髪を掴んで立たせると、額を中央の階段の真鍮で出来た手すりに打ち付けた。額が割れて、蓮斗の金髪が赤く染まる。
「いぎっ! ひ、ひひ……容赦ないなぁ……」
「口がきけるうちに喋れ。久留美はどこにいる?」
 美樹が蓮斗の髪を掴んだまま、耳元で囁く様に問いつめる。
「あははは、こ……こんな場面、前にもあったよね……あのプールの時さ」
「思い出したくもないがな。あまり深手を負わせるのは好きではないが、このまま久留美の居場所を吐かないのなら、腕くらいは折らせてもらうぞ」
「ははは……やさしいなぁ。案内してあげてもいいけど、このままじゃ動けないよ……どうする? 僕を倒した後、一部屋一部屋調べて行くかい……?」
 美樹は少しの間思案した後、蓮斗の身体を投げ捨てる様に解放した。蓮斗はよろけながら立ち上がると、美樹の前で両腕を広げる様なポーズをする。抵抗する気はないという意味に取れた。
 美樹は乱れた髪を手櫛で梳くと、戦闘服の襟を直す。レオタードの様なアンダーウェアが若干汗ばんで肌に貼り付いているが、戦闘服の繊維がすぐに蒸散させるだろう。
「……連れて行け」
 蓮斗はおどけた様子でわざとらしくお辞儀をした後、背中を向けて歩き出した。
 階段の裏手にまわる。くすんだ銀色の観音開きの扉がある。蓮斗がそのアルミで出来たやや周囲から浮いた印象の扉を開けると、地下へ下りる階段が現れた。壁や床はコンクリート打ちっぱなしで、天井には古ぼけた蛍光灯が埋め込まれている。美樹は一定の距離を保ったまま蓮斗の後に続いて階段を下りた。中腹まで降りたあたりで、背後で自動的に扉が閉まった。
 階段を降りきり、突き当たりにある扉を開けると、地下特有の湿気が美樹の身体を包んだ。真冬の外気で乾燥した美樹の長い髪がわずかに重くなる。水はけが悪いのか、廊下の隅に僅かに黒いカビが生えていた。
 地下にはふたつのドアがあり、蓮斗は奥のドアの鍵を開けて中に入った。注意深く美樹も室内に入る。蓮斗は入り口から遠くの壁に背中を付けて腕を組んでいる。部屋の壁には用途不明の様々な器具が置かれ、それらに取り囲まれる様に久留美が制服のまま仰向けに寝ていた。美樹が駆け寄り、抱え上げて呼びかけると、うっすらと目を開ける。
「久留美? 久留美! 大丈夫か? 気をしっかり持て!」
「あ……せ、先輩……?」
「迎えに来た。もう大丈夫だぞ……」
 美樹は静かに言うと、久留美の髪をそっと撫でた。
 久留美はまだ朦朧としているようだが、幸い外傷は無さそうだった。髪を撫でる心地いい感触に久留美の顔がふっと緩む。
 メキリと音を立てて、美樹の右腕に衝撃が走った。鉄パイプが二の腕に食い込んでいた。
「ぐうっ!?」
 美樹は痛みに耐えながらも無事な左手で久留美を寝かせると、片膝を着いたまま蓮斗に向き合う。右肘から先の感覚が無い。鉄パイプが地面を走る様に美樹に向かって唸りを上げ、直角に曲がった継手部分が美樹の腹ににずぶりと食い込んだ。
「ごぶぅっ!? んぐっ……お……っ」
 レオタードむき出しの部分が痛々しく陥没すると、固く冷たい金属の感触が美樹の腹部を中心に全身を駆け巡った。
「何でてめぇはそんなに弱ぇんだよ……」
 美樹が振り返ると、何の感情も読み取れないほど無表情になった蓮斗と目が合った。

 猛烈な感情が腹の底からこみ上げ、気がついたらドアの影に隠しておいた鉄パイプを掴んでいた。
 美樹が苦し気に蓮斗を見上げてくる。
 久留美を背に庇いながら、左手で鉄パイプで殴られた腹を押さえ、しきりに右手を握ったり開いたりして自分の怪我の状態を確かめていた。
 蓮斗は自分が痛いほど勃起していることに気がついた。
 ああそうか、これは『あれ』と同じ場面だ。
 確か十歳よりも前の頃。
 あの頃の自分はまるでサンドバッグだった。
 毎日毎日、何人もの人間に打ちひしがれ、ひたすら頭を抱えてうずくまっていた。そうしていればいつかは終わるのだ。どんなに痛くても、反応すれば向こうは調子に乗る。殴られても蹴られても、髪の毛を引き抜かれても反応をしないただのサンドバッグになっていれば、いつかはこの仕打ちは終わるのだ。
 その日もそう思って、ひたすら心を殺して、何人もの上履きの底を腕と後頭部に感じながら、ひたすら教室の隅で頭を抱えていた。
 気がつくと、腕にぶつかる靴底の感触が無くなっていた。耳を澄ます。高い声で静止する声が聞こえた。
 恐る恐る顔を上げる。
 女の子が自分を庇っていた。
 何と言っていたのかは憶えていないが、数人の男子生徒に向かって必死に止める様に説得している。
 蓮斗は無性に怖くなり、そっと女の子の背後から逃げた。
 教室の入り口まで逃げても、まだ女の子と男子生徒は口論していた。
 不意に、一人の男子生徒が怒声を上げながら女の子の腹を殴った。
 女の子は大きく「うっ」と呻くと、両手で腹を押さえてうずくまった。その声はとても良く通り、自分の耳から脳にダイレクトに届いた。うずくまる女の子は下を向いたまま、時折背中をびくつかせている。長い綺麗な黒髪が揺れて綺麗だ。
 その様子がなぜかとても印象的に思えて、家に帰ってから何度もその場面を思い出して自慰をした。
 久留美の弱々しい姿は、あの頃の自分に似ていた。しかも自分の様に無様に逃げなかったことが、更に苛立たせた。

「ごめん、ちょっと嫌なことを思い出したんだ」
 蓮斗が逆立てた金髪を弄りながら、鉄パイプで凝りをほぐす様に自分の肩を叩く。
「せ……先輩……?」
「大丈夫だ……」
 久留美は朦朧とした意識の中でも美樹を気遣い、立ち上がろうとする素振りを見せる。美樹は久留美に手で「寝ていろ」と指示を出した。
 美樹は左手でまだ痛む腹を押さえて立ち上がる。強打を受けた右腕は幸い折れてはいないようだったが、まだ痺れて感覚がなく、自分の意志に反してだらりと垂れ下がったままだ。
 蓮斗はポケットの釦を外し、中から栄養ドリンクの様な小さめの瓶を取り出すと、キャップを開けて中身を一気に飲み干した。
「おえっ……まっず。ったく、冷子さん少しは味にも気を使ってほしいなぁ」
 蓮斗は顔をしかめて口元を拭いながら、空になった瓶をちり紙でも捨てる様に背後に放り投げた。瓶は固い音を立てて二、三回バウンドした後、壁に跳ね返って止まった。
「冷子……シオンを襲った女性タイプの人妖か。なぜ貴様が人妖と関係を持っている知らんが、後でじっくり聞かせてもらう……何を飲んだ?」
「今にわかるよ」
 蓮斗がゆっくりと美樹に近づくと、大きなモーションで鉄パイプを振り下ろした。美樹は素早くそれを避け、流れる様にバックナックルを放つが、蓮斗がしゃがんでそれをかわす。拳が空気を切る音が、美樹の繰り出す拳の速さを示している。美樹がバックナックルの勢いを殺さずに回し蹴りを放と、蓮斗のこめかみにヒットした。蓮斗は一瞬ぐらつきながらも、美樹の脚を掴み、鉄パイプを捨てて美樹の腹部に拳を埋めた。ぐじゅりと音がして、美樹の腹に拳が陥没する。
「ぐぷっ?!」
 美樹の目が見開き、「う」の言葉を発する様に開かれた口から粘度の高い唾液が飛び出る。
 普段の美樹であれば難なくガードが出来たであろうが、片腕が言うことを聞かず、片足立ちでバランスを崩した今の状況では蓮斗の攻撃をガードすることは難しかった。美樹は足首を掴んでいる蓮斗の手を振りほどくと、呼吸を停めて腹の底からこみ上げて来る吐き気を押さえながら、蓮斗の鳩尾に拳を放つ。
「…………」
 美樹の拳は確実に蓮斗の鳩尾に深々と食い込んでいた。人体急所を突かれ、その身体には恐ろしい苦痛が駆け巡っているはずだが、当の蓮斗は涼しい顔をしている。
 美樹は一瞬顔をしかめると、続けざまに顎先、鼻先、果ては金的まで攻撃するが、蓮斗は鼻から血を流しながらもニヤニヤとした笑みを崩さなかった。
「お前……なぜ……」
「ああ、いいね。その混乱した表情、そそるよ」
 ずん……という重い衝撃が美樹の全身を駆け抜けた。この感覚には覚えがある。美樹はおそるおそる視線を下に移すと、自分の鳩尾に蓮斗の拳が半分ほど埋まっていた。急所を突かれた後のことは予想がついた。苦痛。嗚咽。凄まじい吐き気。
「うぐっ!? ぐあぁぁぁぁ!」
 一瞬置いて美樹の身体を苦痛が駆け巡る。
 たまらずに両膝を着き、口内に大量に溢れた唾液を吐き出した。唾液は口から糸を引いて床に垂れ、コンクリートの床に染みを作った。
「冷子さんに頼んで、痛覚を遮断する薬を作ってもらったんだ。コールドトミーとか言ってたかな? なんでも、脳の痛覚を感知する器官を壊死させるとか何とか……。これで俺は一生痛みを感じなくなるんだってさ」
「けぽっ……く、狂ってるな……。痛みは身体の危険を伝えるための大切な信号だ。それに、たとえ痛みを消してもダメージは残るぞ……」
「だから? 俺は今を楽しめればそれで良いんだ。昔からずっとそうだった。我慢して我慢して……ずっと我慢してたんだから、そろそろ好き勝手してもいいだろ?」
 蓮斗は美樹の奥襟を掴んで立ち上がらせると、抉る様に美樹の腹部を突き上げた。レオタードが薄い生地を巻き込む様に陥没し、温かく水っぽい感触が蓮斗の拳を包んだ。心地よさに蓮斗の顔には笑みが浮かび、変わりに美樹の顔は苦痛に歪んだ。
「うあっ!? ぐ……あぁ……ぐぷっ!?」
 腹部に拳を突き込んだまま、更に美樹の奥へと押し込む。美樹が歯を食いしばって蓮斗の突き飛ばし、ようやく動く様になった右手の掌底で顎を突き上げる。腰を落とした重い一撃。蓮斗の顔が仰け反り、切れ長の顎が天井を向きながら身体が宙に浮く。一瞬の滞空の後、背中から地面に落下した。ダメージを感じている様子は無い。顎を跳ね上げられている直前まで、蓮斗の視線は一瞬も美樹から離れなかった。
 蓮斗の攻撃自体は単調だ。決して苦戦する相手ではない。しかし、ダメージが通らずに長期戦になればこちらも消耗してくる。ダメージによる戦意喪失が望めない以上、確実に失神させるほか無い。頭への衝撃では効果が薄いことは先ほどの回し蹴りで実証された。頸動脈を締めて落とす方法が確実だ。
 蓮斗がネックスプリングの要領で首を支点に跳ねる様に起き上がると、凝りをほぐす様に首を鳴らした。蓮斗が血の塊を吐き出す。血塊はかつんと固い音がをたてて床に跳ね返る。赤黒く染まった蓮斗の奥歯が美樹の足下に転がった。
「厄介なものだな……とんだ相手に好かれたものだ」
 美樹が軽口を言うと、蓮斗も血に染まった前歯を剥き出しにして笑う。
「俺は一途なんだ。惚れた女の為なら死んでも尽くすさ……」


「到着しましたが……本当によろしいのですか?」
 シオンはドアを開ける運転手に「ええ」と短く返事をすると、後部座席から降りて分厚い鉄製の門を見上げた。運転手は他にも何か言いたげに口を開いたが、諦める様にシオンの背中を見つめたまま、黙って後部座席のドアを閉めた。
 雪はほとんど止んでいた。孤児院の門や塀の上には錆の浮いた剣山が、氷の様に冷えたまま微動だにせずに立ち尽くしている。
 光沢のあるきめの細かいメルトン地のロングコートを脱いで運転手に手渡すと、さっと風が吹いてシオンのツインテールに纏めた金髪がなびいた。見てるこちらが寒くなりそうなメイド服を基調としたセパレートタイプの戦闘服が露になり、初老の運転手は目のやり場に困り視線を足下に落とした。
「では山岡さん、終わりましたら連絡しますので」
「あの、本当によろしいのですか? 老人の勘と言いますか、何やら厭な予感がするのです。出来ることならこの場で待たせていただいても……ッ!?」
 シオンが白い手袋に包まれた人差し指の腹を山岡の唇に当てて言葉を遮る。シオンは片目を閉じて、穏やかな笑みを浮かべている。現実感の欠如した美しい顔が間近に迫り、山岡はどぎまぎと視線を泳がせた。
「本当に大丈夫です。それに、今日は任務ではなく、いうなれば私のただの暴走……。すぐに解決して帰りますので、ご心配なさらずに」
 山岡はただ頷くしか無く、オールバックに撫で付けた髪を掻きながら運転席に戻って行った。
 シオンは走り去るレクサスを見送ると、門の正面に立った。灰の塊の様な雲が、早足に門の上の空を滑っている。
 それは門というよりは、壁に近かった。あらゆるものの侵入を拒む様な、また、あらゆるものの脱出を許さない様な鉄の一枚板を見ていると、自由という言葉が遠い異国の少数民族の言語の様に思えた。閂が外されて僅かに門が開いている。
「CELLA……神聖な場所……子供達にとっての聖域という意味で付けられたのでしょうか?」
 シオンが門に嵌め込まれているプレートを読んでつぶやいた。自分のシオンという名前にも、聖域という意味がある。この施設を作った人は、どのような思いを込めてセラという名前を付けたのだろうか。
「美樹さん……久留美ちゃん……」
 シオンは自分にしか聞こえない声量で呟くと、扉を僅かに押して施設の中へと入って行った。

 薄暗い蓮斗の部屋。テーブルを挟んだ対面のソファに座った冷子の目の前。蓮斗は小さなビニールパックから微かにピンクがかった細かい結晶を取り出してスプーンの上に載せた。滅菌袋を破って注射器を取り出し、テーブルの上の生理食塩水を慎重に吸い上げる。スプーンの上の結晶に垂らすと、結晶は一瞬の討ちに溶けた。
 蓮斗の喉がごくりと音を立てる。
 一滴も残らない様にスプーンの中の液体を吸いあげ、注射器の針の根元を爪で弾いて中の空気を抜くと、左腕の静脈に慎重に突き刺した。部屋中に病的なまでに設置された多数のキャンドルに照らされ、蓮斗の彫の深い顔には濃い陰影が浮かんでいる。腕を圧迫していないため、注射器内に血液が勢いよく逆流した。蓮斗は落ち着いて自分の血液と混ざり合いどす黒く変色した液体を静脈へ押し込んだ。
 蓮斗が止めていた息を一気に吐き出すと、冷子が溜息まじりに呆れた様に声をかけた。
「何度見ても分からないわ。そんなモノのどこがいいのか」
「こんなモノでしか手に入らない快楽もあるんですよ……」と言いながら蓮斗はソファの背もたれに身体を預けながら天井を見上げた。
「快楽ねぇ……ねぇ、あなた達って何でそんなに快楽を求めるの? 快楽なんて脳内物質の一時的な増減に過ぎないのに。あなたみたいに薬に頼ってまで快楽を求める人間を見ると、真性のマゾヒストじゃないかって本気で疑うわ」
「僕たち人間はコンプレックスの塊なんですよ。人間は生物学的に見れば、おそらくこの地球上で最も弱い部類に入ります。生身で本気でやり合ったとしたら、自分の飼っているペットの犬にすら勝てないんじゃないかな。そのコンプレックスを埋めるためには、必要以上に『持たなければ』ならないんです。服とか、金とか……毛皮や牙の替わりに……」
「ふぅん」
 興味が無さそうに冷子が立ち上がる。いや、事実全く興味がないのだろう。蓮斗は終点の定まらない目で天井に向けてなにかを呟いていた。
「ところで、 鷹宮美樹は本当に来るんでしょうね? あなたの面倒くさい作戦に乗ってやってるんだから、ヘマは許さないわよ。こっちは早急に事を運んで、邪魔なアンチレジストを潰したいんだから。鷹宮美樹を捕まえて、拷問でも何でもしてアジトの場所を吐かせて乗り込む。トップの正体を突き止めて処分する。涼の仇を取る為にね……。トップさえいなくなれば、後は烏合の衆よ。残った戦闘員や職員は一人ずつ殺せばいい」
 蓮斗は開いた口から垂れている涎を手の甲で拭うと、テーブルの上のコーラを一息に飲んだ。
「その点は……抜かりなく……。今朝、鷹宮神社に手紙を置いておきました。美樹ちゃんが律義な人間であれば、あと数時間で乗り込んでくるはずですよ。そのためにこんなクソッタレな薬まで使って体力を絞り出しているんです。いつだって、例えば今日死んでも悔いが無いように生きたいですからね」
 冷子は鼻を鳴らすと、胸ポケットから栄養ドリンクの様な茶色い瓶を取り出し、蓮斗に投げて寄越した。中にはとろりとした液体が入っている様だ。
「今日新でも悔いが無いのなら、これをあげるわ。あなたが欲しがっていた経口摂取タイプの薬剤。飲めば数秒で特定の神経のみを壊死させる事が出来る」
 蓮斗は礼を言うと、瓶をカーゴパンツのポケットに仕舞った。
 冷子はソファから立ち上がり、クローゼットを開けて自分の着ているジャケットを丁寧に掛けた。スカートとシャツも脱いで別のハンガーに掛け、蓮斗の頭を正面から抱く様に跨がった

 冷子との情事が終わると、蓮斗は地下へと降りて行った。湿った空気が鼻につく。黴と、微かに混じった汗の匂い。通路にはくぐもった悲鳴が響いていた。蓮斗は虚ろな表情を浮かべて悲鳴の聞こえるドアを開けた。
 部屋の中の二人が蓮斗の立っているドアに視線を向ける。蓮斗は気にせず部屋の真ん中に座った。
 目の前には破れかかったブラジャーとショーツのみを身に着け、ほとんど全裸になった木附由羅が壁に張り付けられていた。口からだらしなく舌を垂らして荒い息を吐いている。身体は大の字に開かれ、手首と足首はそれぞれ鎖でXの形をした鉄製の器具に固定されていた。
 由里の拳が唸りを上げて由羅の腹部を貫通する様にめり込むと、ぐちゅりという嫌な音が蓮斗の耳にも届いた。
「ゔうっ?! ぐあぁぁっ! あ……ぁ……由里ぃ……」
「由羅……好きだよ……もっと苦しくしてあげるから……」
 双子はお互いの唇を吸い合うと、由里は由羅の下腹部を狙って拳を埋めた。
「うぐぅっ! が……そご……弱いぃ……」
「知ってるよ……由羅はここが一番苦しいものね……。そして次はここ……」
 ごぎりという音と共に、由里の拳が由羅の子宮から抜け、鳩尾に埋まる。由羅は目を限界まで見開いて悲鳴を上げる。息が継げなくなったのか、口からはひゅうひゅうというふいごの様な音が漏れた。
 蓮斗喉がごくりと蠢く。由里が気配を察して、ゴミを見る様な目で蓮斗を振り返った。
「……楽しいですか?」
「最高だよ……」
「まぁ、人の趣味にとやかくは言いませんが、そんなに食い入る様に見られると居心地悪いというか……」
「げぷっ……くふぁ……。アンタ、廃工場にアンチレジストが仕掛けた防犯カメラの映像も……ぐぷっ! こ……こっそり見てるでしょ? どうやって入に手れたか知らないけれど、女の子がいたぶられる姿を見て興奮するなんて、救い様の無い変態よね」
「……君達に言われたくないなぁ。由里ちゃんは加虐、由羅ちゃんは被虐でお互いの愛情を感じ合うなんて、普通じゃないと思うけど」
 由里と由羅はきょとんと蓮斗を見つめた。まるで宇宙人に話しかけられたような表情だ。
「うぐっ……くぁ……何言ってるの? 普通の愛情表現じゃない」
「パパとママも、私達を愛してるって言いながらたくさん殴ったり蹴ったりしてくれたんだよ? 臭いからって言って、熱いお風呂にずっと入れられたり……」
「くっ……はぁ……私も学校の友達と遊んだりすると、階段から突き落とされたりしたっけ。他人を家の中に入れる子は悪い子だって言われて……。だから由里としか遊べなかったものね」
「愛情だから仕方ないよね……」
「でも由里、パパはママが何日か帰って来ない時に、知らない女の人をを家の中に入れてたじゃない?」
「うん……。だから私達が愛情を与えないと、パパは悪い子になっちゃうから……」
「パパと知らない女の人が布団でぐっすり寝てる時に……ね」
「だんだんパパが臭くなってきたから、熱いお風呂に入れてあげたんだよね。何日か後にママが帰ってきて……」
「もの凄く騒いだから二人掛かりでパパの入ってるお風呂に頭を浸けてあげたっけ。いつも私達にママがしてくれたみたいに」
 蓮斗は肩をすぼめると部屋を出て行った。部屋の中からはまた由羅の悲鳴が聞こえ始めた。
 蓮斗は左右のポケットに両手を突っ込んだ。冷たいアンプル瓶の感触。右手には冷子に作ってもらった人間の腹部を性感帯に変える作用をプラスした合成チャームだ。効果は久留美で実証済み。久留美は今ではすっかり快楽に溺れ、人工チャームを使わなくても自分から蓮斗に腹部を痛めつけるようねだってくる。そして左手には数時間前に冷子から貰った「新作」が入っている。
「さて、もうすぐ時間か……。お姫様を助けにきた美樹ちゃんをお迎えに上がりますかね」
 蓮斗が地下室から玄関ホールへと通じる階段を上ると、遠くから唸りを上げるバイクのエンジン音が微かに耳に響いた。

 鷹宮神社の境内にはうっすらと湿り気の無い粉雪が積もり、時折拭く風で頼りなく舞い上がっていた。二十二時。日が落ちてから数時間経ち、昼間に僅かながらに暖められた空気も、今では死に絶えた様に冷えきっている。
 微かに水を打つ音と祝詞の声。音は鷹宮神社の奥、竹薮のそばの井戸から聞こえた。髪を結い上げた美樹が白襦袢一枚の姿で黙々と祝詞を唱えながら、井戸の底につるべを落としては引き上げ、桶いっぱいに溜まった氷の様な水をかぶっている。
「高天原に神留座す神魯伎神魯美の詔以て……」
 見ているだけで皮膚に痛みを覚えるような光景だったが、美樹は顔色一つ変えることなく黙々と水行をこなした。祝詞を唱えながら冷水を浴びること十数回。終えると美樹は丁寧に井戸に蓋をし、桶を直すと両手を合わせた。
「行くか……」
 身体は芯まで冷えきっている。声は震え、消え入る様に小さい。しかし、頭は未踏の地の水源の様に澄み切っている。美樹は井戸に背を向けると、本殿横の離れにある自室に向かった。あらかじめ踏み石に置いておいたバスタオルで襦袢の上から身体を拭き、草履を揃えて部屋に入る。行水の一時間ほど前に火鉢に炭を入れていたため、柔らかい温かさにほっとする。行灯から橙色の灯りが弱々しく広がる十畳ほどの和室。多くの文庫本が入った本棚と、大きめの箪笥と姿見以外は、生活感があまり無い。食事は別室で摂ることが多かったし、好きなバイクや整備道具はまとめて車庫に置いてある。勉強も箪笥に立てかけてある書生机を必要に応じて出した。
 美樹は付書院の戸棚を開け、天板にテープで張り付けてある鍵を取り出すと、箪笥の一番下の施錠された引き出しを開けた。
 丁寧に畳まれた服を取り出す。
 美樹専用の、アンチレジストの戦闘服だ。
 アンチレジストの戦闘服は、季節を通して同じ服で戦うために特殊な繊維が用いられている。伸縮性や対衝撃性は一般的な高機能繊維と同じだが、特筆すべきは温度と湿度の調節効果だ。
 その生地は周囲の温度を感知し、身体から発散される水蒸気をエネルギーとして生地の無い場所も含め身体全体をヴェールで包む様に適正温度に保つ。そのため一見露出の多い戦闘服でも真冬でもコートを着ている様に温かく、真夏は裸でいるよりも涼しい。この繊維を用いてアンチレジストは戦闘員各々の戦闘スタイルや衣服の好みに合わせてカスタムメイドされたものを支給している。
 好みにもよるが、基本的に一般戦闘員のものは防御に特化した戦闘服が多い。関節部分などの急所の保護を目的としたサポーター類をはじめ、素材自体も厚手で露出の少ないものが好まれる。中にはフルフェイスのヘルメットを選択する者もいる。逆に上級戦闘員は極力自分の戦闘能力を高める為に、関節部分は露出、もしくはサポーターの無い薄手の素材を選択する場合が多い。当然、美樹は後者である。
 美樹は襦袢を脱いで全裸になり、あらためて丁寧に身体を拭くと、結っていた髪を解いて姿見の前で丁寧に梳いた。均整の取れた身体だ。女性らしい体つきだが、無駄な脂肪は一切付いていない。適切な運動により腕や脚、腹にはしなやかな筋肉が付いている。
 ふふ……と美樹は笑った。鷹宮の養子になってもう七年が経つ。あらためて見ると、あの頃に比べ自分の身体も変わったものだ。人の為に使おうと決めたこの身体は、美樹の意志に応える様に成長してくれている。
 美樹は児童養護施設で過ごした後に鷹宮家の養子に入った。今の家族は宮司を務める養父だけだ。実の母親は他界し、実の父親にはもう会う事も無いだろう。母親が存命の頃は、美樹の家は裕福とは言えないが、ごく普通の家だった。父親は工場で決まった時間に働き、母親も美樹が学校へ行っている間にパートに出た。よほどの事が無ければ、夕食は家族三人揃って食べた。しかし美樹が八歳の頃に両親が離婚し、美樹の親権と監護権は母親に定められた。離婚の理由は美樹には知る由もないが、幼い美樹でもおそらく父親に原因があることはなんとなく解った。簡単な裁判が終わり、美樹と母親は少し離れた土地へと引っ越し、美樹も転校を余儀なくされた。
 美樹の母親が体調を崩して入院したのは引っ越してから半年後の事だ。病状は重く、美樹は急遽父親の元に戻された。元の家から距離のある転校先の学校に通い続ける事は大変だったが、それ以上に美樹を苦しめたのは父親の変化だった。家には既に美樹の知らない女性が居た。異分子である美樹に女性は辛く当たり、父親も女性の肩を持った。時には美樹に何も持たせずに一晩外に放り出す事もあった。美樹の存在は、父親の第二の人生に対しては邪魔者でしかなかったのだ。しかし関係は長続きしないらしく、短期間で何人もの女性を部屋に連れ込み、その度に美樹は疎まれた。
 母親が他界したのは入院してから半年後、離婚してから一年後のことだ。電話の受話器を戻すと父親は無表情で、美樹に向かって「死んだぞ」と言った。「誰が?」と震える声で美樹が聞くと、母親の名前を言った。
 父親は母親の死により、何かの「たが」が外れたのだろう。父親は美樹に対して性的な暴力を振るうようになった。一線は越えなかったと思うが、母親が他界してから養護院に入れられるまでの記憶を美樹はほとんど持っていない。何かのきっかけによりフラッシュバックする事も無いが、自分が男性に対してあまり興味を抱けなくなったのはその事が原因だろうと思っている。
 美樹が十歳の頃、父親は強姦罪で逮捕され、美樹は養護施設に預けれた。その頃の美樹は全てに於いて無感動になり、特に男性に対しての敵意は凄まじかった。施設に入所してから一年後、美樹が十一歳の時に鷹宮神社の宮司に引き取られても敵意は変わらず、たびたび脱走を試みた。
 美樹の養父は六十代の独り身だった。父親から鷹宮神社を受け継ぎ、数人の通いの職員を遣う以外は境内の裏の離れで一人で暮らしていた。養父は美樹を養子にすると、まずは名前を「美樹」に改名した。鷹宮神社の力強く美しい神木の様に育つように、そして、過去を忘れ、一から人生を歩めるようにと。そして離れの一室を美樹の部屋として与えた。美樹も最初こそ抵抗したものの、養父の「楽に生きればいい。私に心なんて開かなくてもちゃんと食べさせるし、好きな事は出来るだけさせてやる。だから、出来るだけ楽に生きるんだ。そして、出来るだけ人の為に生きるんだ。そして人には優しくしてやれ。人間どうしたって生きて行かなきゃならないんだ。人に優しくしていれば、それだけ優しさが帰って来る。そうすりゃ楽に生きられる。楽に生きられるってことは、楽しく生きられるってことだ。本当だよ」と言う言葉は美樹の乾き切った心にじんわりと染み込んで行った。
 あれから七年。豊かな表情を作るのはまだ苦手だが、養父のお陰で人並みの生活を送れている。まだ恩を返し切れていないのだ。久留美の救出を諦める事は、養父の教えを裏切る事だ。ここで立ち止まるわけにはいかない。
 美樹は綺麗に畳まれた巫女装束を基調とした戦闘服に手を合わせた。
 まずは身体にフィットした光沢のある黒いノースリーブレオタードを身に付ける。水泳部で着用している水着に似たそれも、組織の開発した特殊繊維で作られている。肩紐に指を入れてレオタードのたるみを直すと、白地で太腿の途中まである長いソックスを穿いた。ゴム口には緋色のリボンがスティッチ状に縫われている。
 緋色の短いプリーツスカートを履き、緋色の裏地の付いた白い襦袢を羽織る。襦袢は胸の下あたりまでのショート丈。美樹は作務衣を着る要領で内側と外側に付いた紐で裾を留めた。帯は用いない。激しい戦闘においては締め付けは邪魔になるからだ。袖口は巫女装束や振袖の様に袋状になっており、袖口にはソックスと同じように緋色のリボンが縫われている。
 美樹は姿見の前に立つと、両手で襦袢の中に入った髪の毛をふわりとかき出した。自然と身体が昂揚してくる。髪をポニーテールに結い上げると、全身の着衣の乱れを直した。
 姿見の中の自分はまるで巫女と「くのいち」を足して割ったような姿だ。昼間にこの格好のまま出歩くわけにはいかないが、美樹はなかなか気に入っていた。上級戦闘員の戦闘服にしては身体を覆う部分が多かったが、防御にやや不安のある自分には合っていると思った。
 太腿に黒い革製のレッグホルスターを装着し、握り部分が折りたたみ式になっている樹脂製のトンファーを挿す。同じく革製のオープンフィンガーグローブを装着すると、軽くその場でジャンプしてみた。
 衣服を身に付けていることが不安になるほど軽い。そして生地に使われた特殊繊維の効果で、先ほどまで感じていた寒さが嘘の様に消えていた。
 目を瞑り、足の裏から空気を吸う様にゆっくりを息を吸い込む。そして吸い込んだ空気の塊を丹田に押し込む様に意識を集中し、吸った時の倍近い時間をかけてゆっくりと息を吐き出す。数回繰り返した後、静かに目を開く。
「行くか……久留美、待っていろ。すぐに助ける」
 美樹は箪笥からライダースジャケットを取り出して羽織ると、編み上げのコンバットブーツを履いて外に出た。
 雪は止んでいた。境内の石畳には足跡一つ無い雪が一面降り積もっている。
 暗くて静かで、美しい光景だった。
 美樹はライダースのポケットから潰れかけたショートホープとジッポーを取り出して火をつけた。養父のいるもうひとつの離れを見る。早寝の養父らしく部屋の灯りは消えていた。美樹はゆっくりと煙を吸い込み、蜂蜜に似た甘さを楽しむ様に長い時間をかけて吐いた。空気が冷えきっているため、自分の吐く息の白さと合わせて普段よりも煙量が多く感じる。時間をかけて短い煙草を吸い終わると、美樹は少し迷った後に養父の寝ている離れの踏み石に火の消えた煙草を置き、自分にしか聞こえない声で「行ってきます」と呟いた。



「Боже мой…………Боже мой!!」
 固い音を立てて、カップが漆喰の塗られた壁に叩き付けられた。ブルーの絵が入った薄造りのカップはドライフラワーが崩れる様に簡単に四散し、漆喰の壁には蜂蜜を塗った様に紅茶の垂れる跡が残った。
「……か……б……бо……か、神様……」
 シオンは両手で頭を抱え、会長室の執務机に両肘を着いた。白に近い金髪にディスプレイの青みがかった光が反射している。悪い夢から覚めようとする様に首を振る。一瞬でカラカラに乾いた喉の粘膜が貼り付き、思わず咳き込んだ。
「はっ……はぁ……は……」
 呼吸を乱しながらディスプレイを見ないように立ち上がる。ふらつきながら深紅のブレザーと自分で墨染めしたグリーンチェックのスカートを脱ぎ捨てた。給湯スペースの奥のシャワー室に向かいながら下着を取り、シャワーコックを全開にした。冷たい水がレインシャワーから飛び出し、思わず身体が跳ねた。
 吐水が徐々に水から湯に変わる。混乱していた精神が湯に溶かされる様に、徐々に平静を取り戻して行くのがわかった。
 シオンは久留美の捜索と蓮斗の調査をする傍ら、アンチレジストについての調査も進めていた。自分も所属しているとはいえ、あの組織はあまりにも謎がありすぎる。豊潤な資金源や構成員の正確な人数、そしてトップであるファーザーの素性。アンチレジストに対する調査は警察の内部資料を盗み出す以上に大変だった。しかし今日、ハッキングソフトがひとつの答えを出した。そしてそれはシオンを大きく混乱させた。
 頭からシャワーを浴びながら、こめかみを揉んで乱れた心を落ち着かせる。まだ調査が必要だ。自分はまだ氷山の一角を見ただけだ。今は久留美の救出を第一に考えなければ。
 シオンはシャワーから出るとタオルで全身を押さえる様に水を拭き、部屋の姿見で自分の身体を点検した。異常は無い。肌はつるりとキメが細かく、左右のバランスも良好だ。怪我や手術の跡も無い。しかし、シオンは自分の身体があまり好きではなかった。大嫌いというわけではないが、どちらかといえば好きではないという程度に。胸は同年代のそれよりも大きく育ち過ぎて、まるでフィクションの中に登場する娼婦の様だと思っていた。髪の色も肌の色も色素が薄過ぎてどこかに消えてしまいそうだ。そして日本人の要素が全く見られない。自分はどこか間違った存在ではないかと、シオンは常に思っていた。
 新しい下着を付け、髪にタオルを巻き付けたまま割れたカップを片付ける。汚れた壁を拭きながら、カップを叩き付けるなんてどうかしていると思った。ここまで心が乱れた事は今まであっただろうか。まだ、そうと決まった訳ではないのに。偶然の可能性の方が高いはずだ。改姓した人が多いとはいえ、元々はありふれた姓であり、まだその姓のを名乗る人は多く残っている。アンチレジストの送金者リストのトップに記載された姓。ラスプーチナ。まだあの国にはその姓の人は大勢いるはずだ。自分の生家と同じ姓を持つ人は、何人もいるはずだ。しかし、自分の生家と同じ姓で、同様かそれ以上の財力を持つ家系を、シオンは思いつく事が出来なかった。

イベントレポ当日編です。
ちなにみ事実の歪曲多めです。
明日からは通常営業に戻ります。






 イベント当日。
 日暮里にある友人(ブルジョワ)のマンションで目が覚めた。午前七時。外はもう明るい。友人はまだ寝ている。とりあえず友人に
「俺、先週誕生日やったで」
 と声をかけた。卑しくも、あわよくば朝飯を奢ってもらおうという魂胆である。しかし友人は眩しそうに片目を開けると
「そうか」
 と、言いってごろりと寝返りを打った。まるで付き合いの浅い知人から昨日の夕飯の献立を聞いた時の様な反応である。僕は友人の冷蔵庫を開けると、開封していないミネラルウォーターを取り出し、部屋の中の観葉植物に水をやった。植物もたまには贅沢をしたいだろう。
 軽い倦怠感を覚える。初期の二日酔いの症状だが、幸い頭痛は無いようだ。
 会場まで電車で十五分という好立地に泊まったため、のんびりとシャワーを浴びる。髪を洗いながら、昨日の前夜祭のことを思い出そうとしたが、所々記憶が飛んでいる。ここまで痛飲することはめずらしい。なにか迷惑をかけていないといいのだが……。
 昨日は主催のやんでれないさんの計らいで事前に新橋で合流し、少し遅れはしたものの店まで辿り着いた。ちなみに遅れた原因は僕が新宿の改札を出た瞬間にやんでれさんとはぐれたためだ。流石は魔都新宿。よそ者には容赦なく牙を剥く街である。
 用事のあるAwAさん以外は無事に集合場所に到着していた。個室に通され、幹事なので一番下座に座る。
 初めての店なので、常連のたいじさんに注文を見繕ってもらう。それにしても、なかなかこだわりのありそうな店である。なんでも店の料理に合わせて、浦霞の蔵元に日本酒を特注しているらしい。軽く乾杯を済ませ、運ばれてきた料理に箸を付ける。名物はクジラだ。初めて食べたが、魚というより肉……特に馬肉に近い。たいじさんに食べ方を指導してもらいながら次々に口に運び、特注の日本酒をあおる。これがとてつもなく合う。日本酒は濃厚でどっしりとした旨味で、動物的なクジラの脂に負けないパワフルな逸品だった。お互いを補い合う相性。もう結婚してしまえ。
 AwAさんが合流し、あらためて乾杯を済ませて宴は佳境に。
 時間が経つにつれ「拷問」とか「内臓」とか「ホモ」とか不穏な発言が増えてきたが、端から見れば楽しい飲み会である。周りで飲んでいる客や店は、まさかここで飲んでいる男女が猟奇的集団であるとは気がついていまい。
 頻繁に顔を出している店員さんが、「これはクジラの小腸です」と料理の説明をした際に、
「へぇぇ……小腸かぁ……」
「わぁい、小腸さんだぁ!」
「これだけ太かったら巻き取るの大変ですね」
 と、参加者の目が怪しく光った事もおそらく気がついていないだろう。
 終盤、記憶が曖昧になってくる。
 たしかミストさんと腹パンチについて話をして、あおさんの学生証でクリームチーズを食べたことはなんとなく覚えているが、それ以外の記憶が殆ど無い。というかどうやってこのマンションに来たのか覚えていないのだ。迷惑をかけていなければいいのだが……。
 シャワーから出ると、友人はまだ寝ていた。
「あのさ」
 と、僕は声をかけた。
「今日イベントなんだ。売り子手伝っておくれよ」
「……なんのイベントさ?」
 友人は眩しそうに顔をしかめたまま上半身を起こした。
「ほら、俺がいつも書いてるやつ」
「ああ……あの、腹を殴るやつか……。悪いけど、全然興味が無いんだ」
「そう言うなよ。座ってお金を管理してくれるだけでいいからさ。一人だと何かと大変なんだ。もちろんお礼はするし、交通費も出すよ」
「本当に興味が無いんだ。それに、今日は荷物が来るし……」
 そう言うと、友人は話を遮って部屋を出て行った。なんて薄情な奴だろう。僕はトイレのドアが閉まるのを確認すると、友人が大切にしている「まどか☆マギカ ブルーレイディスクボックス」を開けてディスクをシャッフルした。
 いつの間にか出発の時間になった。僕は、「あれ? ミネラルウォーターが無いぞ?」という友人の声を無視してマンションを出る。
 浅草橋。
 初めて訪れる場所である。
 駅の階段を上がって地上に出ると、警察が厳戒態勢を敷いていた。真っ黒い格好に大荷物を抱えたまま目を白黒させている僕に、三名ほどの警官の視線が刺さる。その中の一人がゆっくりと近づいてきた。
 やられた。
 どうやら主催に二重スパイをかけられたらしい。
 国家権力の目をかいくぐってイベントを主催したと見せかけて、実はそれ自体がリョナラーを一網打尽にする罠だったとは!
「向こう側へ行きたんですか?」
「え? は、はぁ……まぁ……」
 目的地を聞いてくる。どうやら尋問が始まったらしい。仲間(ほかのサークル)を売る事だけは避けなければ。
「あー、今日はですね。東京マラソンをやってまして、地上からだとずっと向こうの歩道橋からしか渡れないんですよ。すぐ行きたいなら一度戻って地下道を……」
 警察は普通に道案内をしてくれた。どうやら情報は流れていても、まだ面は割れていないらしい。僕は礼を言うと、足早に来た道を戻って地下に潜った。
 それにしても、危ない所であった。鞄の中にはキャラクターのアレなシーンをプリントした紙が沢山入っている。ボストンマラソンの爆発事件からもうすぐ一年。東京マラソン当日にあまりに場違いな大きなバッグを抱えて歩いていたら、中身を確認されてもおかしくはない。中身を見られたら、良くて任意同行だろう。
 受付を済ませ、主催や以前イベントでご一緒させていただいたTOMさんに挨拶を済ませる。TOMさんは相変わらずイケメンで、今日はスタッフらしい。心強い。
 自分のスペースに移動。先に来られていたお隣の黒羽ユウさんに挨拶をする。大きな身体にサングラス。強そうだ。おそらく腹パンされたら背骨が砕けるだろう。失礼が無いようにしなくては……と緊張したが、気さくな方であった。
 テーブルの下には印刷所から届いた段ボールがあった。緊張しながら本が詰まった段ボールを開ける。「おお」と声が出た。エンボスマット加工を指定した表紙に、インパクトを付けるために一頁目からぶち込んだカラーイラスト。素晴らしい。グレースケールにした他のイラストや文章も問題が無い。そして本の厚みがこれまでの三年間を思い出させる。
 準備を進めていると、何やら外が騒がしくなってきた。どうやら列が長くなってしまったため、開始より少し前であるが参加者を中に入れるらしい。
「フライング販売厳禁でーす」
 と、黄色いサングラスを掛けた主催が叫ぶ。
 なんとなくテーブルの上を見る。開いていたカタログの一頁目に書いてある「りょなけっとの掟その壱……スタッフの指示に従わない者は、殺す」の文字がいやに濃く見えた。
 ありがたいことに、ブースの前に列が出来る。ここまで色々なサークルが参加している中で、真っ先に自分のブースに来てくれるなんて本当にありがたい。他のブースを見ると、どのサークルにも列が出来ていた。ここは世界で最もリョナラー密度が高い場所なのだと思うと不思議な気分になる。
 開始から一時間。人口密度がかなり低くなってきた。この手のイベントは開始から一時間が過ぎると急に暇になる。今のうちに挨拶をしておこうと思いブースを離れた。
 一番遠いスペース。僕のスペースから対角線上には冬コミの打ち上げで一緒だったHAAさん、キュリーさん。イベント開始前にわざわざ挨拶に来て下さった原崎さんやスガレオンさん。昨日前夜祭に参加したたいじさん、AwAさんがいるはずだ。
 総集編を小脇に抱え、心躍らせながら足早にスペースに向かう。しかし、うっかりしていた。自分は生まれついてのコミュ障。相手の前に立つと、何を喋ったらいいのかわからなくなってしまうのだ。
「あ……あの……あの……」
 とりあえず吃りながら総集編を差し出す。お前は何をやっている。何故自己紹介をする前にいきなり本を渡しているんだ。これじゃあ「俺の本やるから新刊寄越せ」と言っているみたいじゃないか。
「あ、ああ、どうぞ……」
 ほら見ろ。本を渡された。早く何か喋れ。
「あの……あの……イラスト好きです……。あの……ツイッターに上げてたやつ……」
「え? どのイラストのことですか?」
 馬鹿野郎! 主語を言わずに会話が成立するものか!
「あのほら……あの、あれです! あの……頑張って下さい……」
「はぁ……ありがとうございます……」
 挨拶するつもりが、ふしぎなおどりで相手のMPを下げてしまった。イベントはまだ三時間も残っているのに、はた迷惑な野郎である。順調に参加者のMPを下げながらスペース巡りをしていると、なぜかAwAさんのスペースに誰もいない。AwAさんも挨拶周りかなと思っていると、隣のたいじさんが
「あのババァ寝坊しやがった!」
 と悪態をつきながら本を捌いている。合体サークルが合体していないとは何とも面妖である。そういえば昨日たいじさんはどうやって帰ったのだろう。記憶の片隅に「今日AwAんちに泊めろ!」と言っていた様な気がするが……。
「あーなんか電車乗りたくなかったから、新宿で適当に知り合った外国人とおっちゃんに一人でも泊まれるホテル教えてもらった」
 なんと豪快な方であろうか。おそらく生物としての強さが自分とは根本的に違うのだろう。AwAさんもあと数分で到着するとのことで、とりあえず自分のブースに戻ることにした。
 ご近所のあおさん、mosさん、高菜さん、シャーさんOGWさんに挨拶(ふしぎなおどり)を済ませた。全員気さくな方で、そして個性的である。一目でその人の作ったものとわかる作品を作れる事は素晴らしいと思う。イベント中、ツイッターでお世話になっている黒buchiさんにもお会い出来た。
 さて、隣は自分と同じ文章サークルの宮内ミヤビさんである。宮内さんは惜しげもなく、自分が実戦されているトレーニング法や作り方等を伝授してくれた。
「この特定の単語が書いてあるカードをシャッフルしてから五枚取り出して並べるんです。左から過去、現在、未来、味方、敵対……。それぞれ対応した単語を元にストーリーを組み立てるんです……」
 普段考えなしに書いている自分とは大違いの、正統派の方法に感心するばかりである。やはり継続と積み重ねが一番大事なのだなと実感した。
 しかし途中、問題が起きた。話が盛り上がり過ぎてしまい、僕が今書いている今後の展開をネタバレしてしまったのだ。許可を取る前にネタバレするとは阿呆の極みである。言った瞬間しまったと思ったが、時既に遅し。宮内さんも「はぁ?!」と驚いている。
 まぁ言ってしまったものは仕方が無い。展開に悩んでいた事もあり、そのまま相談に乗っていただいた。
 あっという間に時間が過ぎ、アフターイベントに突入。
 主催の思惑通り、気合いの入った色紙や切絵などのガチな物の他、「よく分からないもの」が次々に出品される。リョナとは関係無い「けいおん」の時計。プレステ用の空手ゲーム。ハイエースのモデルカー。ロンドン土産のボールペン。結構本格的な拘束具セット。「主催を腹パン出来る権利」などなど……。
 熾烈な拳の戦い(じゃんけん)が終わり、一段落したあたりで主催がマイクを取った。
「えー、第一回りょなけっとお疲れさまでした。今回は予想以上の盛況で、三十サークルの定員をオーバーしてしまい、参加出来なかったサークルさんもいました」
 おお、と会場内からどよめきが起きる。
「で、ですね。九月二十八日の第二回はここのスペースに加えて、隣のスペースも押さえてあります。全部で百サークルは入るかなー?」
 ん? と会場が静まり返る。主催を囲んでいたスタッフさんもマイクを持ったまま固まっていた。主催はテーブルに置かれていたMacBookを操作し始める。
「は……? 何言ってんだお前?」
「はい、今サイトを更新しました。第二回りょなけっと、開催決定です!」
 スタッフさんの一人の声を遮り、主催が叫ぶ。なんというサプライズ、なんという演出、なんという出来る男であろうか。アフターイベントは主催の予想外の朗報により興奮が最高潮に達したところで閉幕となり、会場が拍手に包まれた。
 第一回りょなけっと、無事終了。
 本当に楽しい、楽しい一日でした。

遅れましたが、りょなけっと、無事に終了致しました!
そしてスペースに来ていただいた方、本当にありがとうございます。
参加者全ての皆様、お疲れさまでした。

総集編も、当初の予想を遥かに上回る方々の手にとっていただけました。
毎回高額ですみませんが、本当にありがとうござます。


下記に前日までのイベントレポを書きましたので、お時間のある時にどうぞ。
気が向けば当日編も書いてみます。






 マンションに着いたのは日付が変わる頃だった。ここ数日で爆発的に増えた業務に疲れきり、僕は親の仇の様にスーツをソファに投げつけた。仕方が無い。金を稼がなければ本が作れないのだ。カーテン替わりに下がっている茶色のブラインド。その上の壁には善意で描いていただいた自分のキャラクターの絵がフレームに入れて飾られている。
 命が吹き込まれた様なその絵に向けて親指を立てるのは僕の日課だ。明日も頑張ろう、そんな気分にさせてくれる。
 簡単にシャワーを浴び、パソコンのスイッチを入れるのと同時にビールをグラスに注ぐ。飲みながら明後日のイベントの参加要綱を見て、僕は、溜息を吐いた。
「(アフターイベント用の)景品として何かあればぜひお持ち下さい。(中略)リョナ関係の景品、リョナ関係ない景品。その他よくわからないものなどお待ちしております」
 見え見えのフリだ。
 今回の首謀者。
 ヤンデレない。
 あの男が考えそうなことだ。
 おそらく参加者を試すつもりなのだろう。
 製作に必死な奴らは全力で作品を作れ。そして時間的経済的に余裕がある奴はアフターイベント用の景品を持ってこい。ところで、貴様はイベントに参加する以上エンターテイナーの端くれなのだろうな? たった一人でも、自分以外の人間を楽しませることが出来るのだろうな? もう一度言おう……よくわからないものを持って来い……。
 僕は畜生と毒づきながら机を叩いた。壁に飾ってある絵がずれて、慌てて直した。
 九州を駆け回り「よくわからないもの」を探したはいいものの、僕には何も見つけることが出来なかった。候補に挙げていた「灰汁巻き(餅米を竹の皮で包んで不穏な黒い汁に付けたお菓子。お菓子と名乗りながらも味は無い)」や「鯖寿司」が賞味期限の関係でボツになり、必死に駆け回ったにもかかわらず結局何も見つけることが出来なかった。
 まぁいい。諦めよう。
 二本目の缶ビールを開けた所で、僕はイベントで使うポップや値札を作っていないことに気がついた。ブログで告知したとはいえ、新規の方も来る。僕は半泣きになりながら画像編集ソフトを起動した。
 時刻はすでに深夜一時を過ぎている。
 もう値段だけわかればいいや……と、投げやりな気持ちでチラシとポップを作る。酔いの為か途中操作を誤り、シオンさんの顔がえらいことになってしまった。極めて温厚な彼女も、おそらく日頃腹を殴られて続け、彼女なりにかなり不満が溜まっていたのだろう。結構本気で怖かったので慌てて消した。

02


 床に着いた時は三時を大きく過ぎていた。遅刻したらどうしよう……という不安をよそに、七時前にはすっきりと目が覚めた。これが遠足効果なのだろうか。やはり楽しいことに疲労は無縁である。途中職場に寄り、昨日残した仕事を片付けた。サービス残業ならぬサービス出勤である。社畜ここに極まれり。まぁいい。金を稼がなければ本が(略)。
 空港に着くと、早めに手荷物検査を済ませて土産屋へと向かった。景品の「アタリ」である博多通りもんを購入。だめだ。これでは主催者の御眼鏡(黄色いサングラス)に適わない。半ばヤケクソになって「あごだし(飛び魚から取った出汁。意外と高い)」でも買おうかと思った頃、陳列棚の隅で肩身の狭そうに佇んでいるあるものが目に飛び込んで来た。
 「替玉」である。
 替玉……福岡在住の人々にとって、「こんにちは」に並ぶ頻度で発言される言葉である。替玉。袋にでかでかと書かれた力強い筆跡。そして几帳面に揃えて入れられた博多細麺。素晴らしい。これぞまさに「どうしようもないもの」だ。なにせこれは「麺」ではなく「替玉」。おかわり用の麺なのだ。
 おかわり用であれば、当然一杯目に入れることは許されない。しかも博多細麺は醤油ラーメンに致命的に合わないのだ。
 当選者はりょなけっとで手に入れた替玉を握りしめて福岡に行き、店でラーメンを頼んで麺のみを平らげ、店員に東京から持参した「替玉」を差し出しながら、「あの……これ……茹でて下さい」と言わなければならないのだ(そこまで本当にするのかはともかく)。
 これはもはや景品ではなく、地獄への片道切符だ。
 せいぜい当選者はパスポートを持って福岡に向かい、飛び交う銃弾をかいくぐりながら豚小屋の様な匂いをまき散らすラーメン屋に向かうがよい。運が良ければ店主に頭を打ち抜かれずに、帰り道に薩摩芋の如く埋まっている手榴弾に片足を吹っ飛ばされるくらいで済むだろう。
 荷物と「替玉」を抱えながら無事に東京に着いた。
 前夜祭に参加するために主催のヤンデレないさんと量産型ねこさんと合流し、たいじさん行きつけのクジラ料理の店がある新宿に向かう。主催は何やら長い棒を持っていた。すわ仕込み杖かと警戒して距離を取る。主催はポスタースタンドだと誤摩化しているが、どうせ不当な手段で入手した物騒な物だろう。幸い、さすがの主催も山手線の中で抜刀(もしくは爆破)して事を起こす訳にも行かず、至極平和に新宿に着いた。
 参加者全員は前夜祭の店につつがなく合流した。リョナラーは頭の中は地獄絵図だが本人は至って真面目である。席は自分から見て左回りにたいじさん、ミストさん、量産型ねこさん、AwAさん、ヤンデレないさん、藤沢金剛町さん、あおさんであった。
 店は名物のクジラをはじめ、出て来るもの全てが美味であった。酒へのこだわりは強く、有名な酒蔵に料理に合わせたオリジナルの日本酒を依頼する気合いの入れ様である。
 気がついたらその店限定の日本酒の空瓶四本が転がっていた。日本酒を飲んでいたのは四名。一人一本ペースである。
 自称東大生のあおさんに会計を任せ、その日はお開きとなった。出来れば二次会へという気持ちもあったが、本日泊めてもらうブルジョワの友人から「眠いから早く来い」というメッセージがひっきりなしに来ていたため泣く泣く駅に向かった。
 明日はリョナラーが一度に集うりょなけっと本番である。
 果たして無事に帰ることが出来るのだろうか。

名称未設定-1




印刷所から「発送完了」連絡をいただきましたので、どうやらりょなけっとにて無事に本が出せそうです。

繰り返しの内容が多いですが、あらためてイベントや配布物について連絡します。


イベント概要

開催日:2014/02/23(日)
日程 :即売会 11:00〜15:00(終了後アフターイベント有り)
会場 :東京卸商センター3F展示場
    ※18歳未満入場禁止です。入場の際に年齢が確認可能な身分証明書を持参下さい。
ЯИR :No.28


Яoom ИumbeRの配布物

・タイトル
 [GHØSTS]

・ページ数
 116ページ(表紙込み)

・内容
 RESISTANCE CASE: AYA
 RESISTANCE CASE: TWINS
 RESISTANCE CASE: ZION -THE FIRST REPORT-
 RESISTANCE CASE: ZION -THE FINAL REPORT-
 ※一部加筆修正(詳しくは先日更新した「AYA1」「AYA2」等のサンプルをご覧下さい)

・文章
 上下二段刷(基本30文字×30行×2段)

・再録イラスト
 モノクロ16枚(CASE: AYA_4枚/CASE: TWINS_4枚/CASE: ZION_8枚)

・新規イラスト
 フルカラー4枚(シオン中心。腹責め×2枚、その他×2枚)

・価格
 2000円

・注意事項
 18歳未満の方は購入出来ません
 ※イベントそのものが18歳未満入場禁止です。入場の際に年齢が確認可能な身分証明書を持参下さい。

では、当日はよろしくお願いします。

りょなけチラシ2

総集編チラシ3




Яoom ИumbeR_55


Collection_011


[GHØSTS]



Яoom ИumbeR_55初の総集編、昨日入稿が完了しました。
まだ印刷所から正式な「製本可能」の連絡が来ておりませんが、このまま問題が無ければ来週2月23日(日)のりょなけっとにて配布となります。

手探りで恐る恐る進んで来た三年間の一部を一冊にまとめてみました。
よろしければ、手に取っていただけるとありがたいです。



配布物概要

・タイトル
 [GHØSTS]

・ページ数
 116ページ(表紙込み)

・内容
 RESISTANCE CASE: AYA
 RESISTANCE CASE: TWINS
 RESISTANCE CASE: ZION -THE FIRST REPORT-
 RESISTANCE CASE: ZION -THE FINAL REPORT-
 ※一部加筆修正(詳しくは先日更新したサンプルをご覧下さい)

・文章
 上下二段刷(基本30文字×30行×2段)

・再録イラスト
 モノクロ16枚(CASE: AYA_4枚/CASE: TWINS_4枚/CASE: ZION_8枚)

・新規イラスト
 フルカラー4枚(シオン中心。腹責め×2枚、その他×2枚)
 ※詳しくは投稿済みのサンプルをご覧下さい。

・価格
 2000円前後を予定

・注意事項
 18歳未満の方は購入出来ません(イベント自体18歳未満入場禁止です)



総集編チラシ2

「うぷっ?! ぐえぇぇぇぇ……」
 びちゃびちゃという粘ついた水音が体育館に響いた。
 悪夢の様な責め苦を数十分受けた後、ようやく涼は綾の身体を解放した。その場で崩れ落ち、急激に体勢を変えた衝撃で胃液が逆流したのだろう。両手で腹を抱えたまま、床に両膝を着いて胃液を吐き出している。
「げぷっ……はっ……はぁ……」
「よく頑張りましたね。これだけ痛めつけられても降参しなかったアンチレジストは初めてですよ。普通ならものの数分で泣きながら命乞いをするものですが」
 綾は苦しげな表情をしながらも顔を上げ、強さを失っていない瞳でにらみ返した。
「当たり前でしょ……げほっ……。あんたみたいな最低な奴に……屈するわけないじゃない……」
「くくくく……いいですね。そういう女性ほど、屈服させる甲斐があるというものです……。あなたと同じクラスの友香さんは、すぐに折れてしまって歯ごたえがありませんでしたからね」
「やっぱり友香は……けほっ……あんたの仕業だったのね……。デタラメ言わないでよ……友香は簡単に降参なんてする訳無い」
 綾が片膝立ちになり、歯を食いしばって涼を睨みつける。
 綾と友香は同じタイミングで組織に入隊した同期だった。
 お互い同じ学校、同じ一人暮らしという似通った境遇で意気投合し、互いに切磋琢磨したが、すぐさま才能を開花させて上級戦闘員に昇格した綾とは違い、友香は具体的な欠点は無いがあまり目立たない一般戦闘員のひとりになっていた。しかし立場こそ変わっても二人の仲は変わらず、しばしば買い物や旅行に出かけて行った。
 友香の未帰投の知らせが入ったのは一週間前だ。
 クラスメイト達は騒然となったが、ファーザーの手引きで情報操作が行われ、急病のため入院したことになっている。綾と同じく友香も家族とは疎遠になっており、ことが大きくならずに済んでいる。
「ちょうど今日のような晴れた夜でした。綾さんと同じ様に私を捜していたので、自分から名乗り出たらいきなり攻撃されましてね。すこし痛い目に遭ってもらいました。もっとと、綾さんとは違い、すぐに降参しましたが……」
「嘘言わないで。友香は……友香はそう簡単に屈服しない!」
「友人を信じたい気持ちはわかりますが、事実ですよ。心が折れたと同時にチャームを使ったので、今ではすっかり素直になりましたが」
「……チャーム?」
「あなた達も少しは知っているでしょう? 私達の分泌する体液には人間を魅了する力があるのですよ。例えば唾液とか……。まぁ麻薬みたいなものです。精神に作用し、我々のチャームが欲しくてたまらないように精神依存を発症させる」
「どこまで下衆なのあなた達は!? そんな卑怯な手を使っ友香を……」
「卑怯とは人聞きの悪い。私は友香さんにキスをしただけですよ。今では自分から望んで私の性器をねだってきますが……」
「黙りなさいよ!」
 綾は怒りに我を忘れ、正面から涼に突進した。
 顔面に向けて殴打を放つ。
 単純な攻撃は涼に軽く躱され、腕を掴まれたまま抱きかかえられる体勢になった。
「くっ……この……離せ……んむッ!?」
 涼は強引に綾に唇を重ねた。唾液を流し込もうとするが、綾が咄嗟に口を閉じ、歯を食いしばってそれを拒む。初めての、しかも敵対する相手に唇を奪われ、嫌悪感から全身に鳥肌が立った。
「んぅ……なかなか強情ですね。おとなしく口を開けなさい」
「んぶッ! んむッ!? んうぅ!」
 涼は抱き合ったまま、綾の下腹部に拳を突き込んだ。衝撃で開いた綾の口内に強引に舌を侵入させる。舌は意志を持った生き物の様に的確に綾の舌に絡み付いた。綾はドアをノックする様に涼の胸板を拳で叩いたが、その程度の抵抗で涼が口を話す訳も無い。綾の顔は完全に天井を向き、絡み付いた涼の舌を伝って、綾の口内に唾液が流し込まれる。
「んむッ?!」
 涼の唾液は糖蜜の様に甘かった。抵抗空しく唾液の注入は続き、徐々に綾の頭はぴりぴりと微かに痺れるような感覚を覚えた。微かに体温が上がった気がする。瞼がぼうっと熱くなり、目がとろんと蕩けてきた。
「ん……んぅ……んあうっ!?」
 不意に涼は綾の胸を鷲掴みにした。左胸をこね回され、唇を吸われ、舌を嬲られ続ける。初めて体験する感覚の連続に、綾の思考は徐々に温かい泥の中に沈んで行く様に曖昧になっていった。
「んふぅっ……あ……んぅ……んむっ……んん……ぷはっ……はぁ……はぁ……」
 ようやく涼は綾の唇を解放した。二人の唇からは粘度の高まった唾液の橋が架かり、月の光を反射しながら崩落した。
「かなり効いてきたみたいですね……。それにしても、本当に良い反応だ……このまま堕とすのが惜しい。もう少し楽しませてもらいましょうか」
 ずぐん……ぐじっ……。 
「ぐぶっ?! ゔあぁっ! あ……あぁ……」
 涼は綾の緩み切った腹部に拳を埋め、そのまま鳩尾まで捩じり上げた。意識が飛びかけていた綾は突然の苦痛に悲鳴を上げる。しばらく空気を求める様に口をぱくぱくと開閉した後、失神して涼の身体に倒れ込んだ。涼は綾を軽く肩に担ぎ上げると、体育倉庫に向かって歩き出した。


「ん……んん……、んぁ……」
 綾が目を覚ます。裸電球に照らされた黒くザラザラした地面が目に入った。顔を上げる。かごに入った様々な球技のボール。バスケットの得点板。その他、所狭しと押し込められた様々な用具。
「やっとお目覚めですか? 待ちくたびれましたよ」
 涼が積み上げられた白いマットの上に座っていた。綾が目を覚ましたのを確認すると、ゆっくりとした動作でマットから降りる。
「くっ……え? な、何これ?」
 ぼうっとした意識を頭を振って回復させる。思考が回復して来ると同時に、綾は自分の置かれている状態に気がついた。綾の身体は体育倉庫の壁に背中をつけられ、両腕は頭の上で交差させた体勢で、手首を縄跳びで壁の金具に固定されていた。足首にもそれぞれ縄跳びが剥き出しの鉄骨と結ばれ、僅かに身じろぎするくらいしか身体の自由が効かなかった。強制的に無防備に身体を開いた状態になり、ショート丈のセーラー服はもう少しで胸が見えそうなくらいまくれ上がっていた。
「な……なっ……?」
「ふふふ……いい格好ですよ」
「嘘……くっ! この……ッ!」
 必死に身体を揺さぶるが、縄跳びの拘束は緩みそうも無い。涼は笑みを浮かべながら綾に近づく。
「あなたの苦しむ顔があまりにもそそるものでしたから、もう少し堪能しようと思いましてね。さっきまではまだ自由に抵抗できましたが、これからはどうでしょう……避けることも、防御することも出来ない……」
 綾の表情から血の気が引いてゆく。
「さて……どうしたものか……。痛めつけるだけでは芸が無いので……そうですね。尋問でもしましょうか。アンチレジストの本部の場所と、この学校に他にもアンチレジストの構成員がいるのか教えていただけますか?」
「な……そんなこと……い……言う訳ないでしょ! こんなことしても無駄……ゔぐぅッ!?」
 綾が言い終わらないうちに、涼の拳がむき出しの綾の腹部にめり込み、滑らかな肌を巻き込んで手首まで痛々しく陥没した。
「ふふ……そう、口を割らない方がこちらも楽しめますよ。頑張って耐えて下さいね」
 ずぶ……ずぶ……ずぶ……と一定の感覚で、涼の拳が綾の腹部に突き刺さる。攻撃を受けるたび、綾の身体が跳ね上がった。
「がッ!? ごぶッ! うぐッ! ぐぶッ!」
「どうですか? 背中を壁に着けていると、威力が逃げずにそのまま受け止めるしか無いでしょう? もっと苦しんで下さい」
 壁と拳に挟まれ、綾の腹は痛々しくひしゃげた。上着が捲れ上がり、微かに赤く染まった肌が痛々しい。綾は目に涙を浮かべながらも歯を食いしばって耐え、涼の拳を受け入れ続けた。
「おぐぅッ! ゔあッ! ぐぶっ!? ぐッ……けほっ……こ……こんなの……効かない……から…………」
 歯を食いしばりながら、必死に涼を睨みつける。
「はっ……はぁ……どうしたの……もう……終わり?」
 綾は必死に強がって見せるが、膝は力が入らずガクガクと笑っている。苦痛の連続で下あごが震え、歯が僅かにカチカチと音を立てていた。綾の様子に涼は満足そうな笑みを浮かべ、綾の肩に手をかける。
「これは大変失礼を致しました。お詫びに、死にたくなるほどの苦痛を味わわせて差し上げます。どうぞご勘弁を……」
「くっ……あぅ……」
 涼の手に、綾の肩が小刻みに震えている感触が伝わる。涼は綾の下腹に拳を埋めると、柔らかな胃の感触を確かめる様にゆっくりと埋めていった。
「あ……ぐぷっ!?」
 ぐりっ……という嫌な音が狭い空間に木霊する。
 涼は綾の胃を正確に探り当てると、それを潰す様にさらに拳を突き込んだ。
「げぽっ?! うぶ……おぉぉぉ……」
 胃を完全に潰され、綾の口から透明な胃液がこぼれ落ちる。今までの苦痛とは明らかに違う内蔵へのダメージに、綾の瞳孔は一気に収縮した。涼は拳を抜かず、嬲る様にぐぢぐぢと拳で掻き回す。
「ふふ……壁との間に胃を挟まれて、さぞ苦しいでしょうね」
「あ……うっ……ぬ……抜い……て……」
「これはどうでしょう?」
 涼は膝を引き絞って綾の両肩を掴むと、背骨の感触が分かるほど深く綾の腹に突き込んだ。臍から鳩尾の下までの広い面積が一気に陥没し、とてつもない苦痛が綾を襲った。
「ぐ!? ぐあぁぁぁぁぁ!」
「いかがですか? 拳とは比にならない威力だと思いますが」
「げぼッ……う……ぐぷッ……や……やめ……赤ちゃん……出来なくなっちゃう……」
 この世のものとは思えないほどの苦痛に、綾は口を大きく開いて喘いだ。心が折れそうになるが、強い使命感と友香を助けたいという気持ちが、ぎりぎりで屈服しそうな心を支えてい。
「……いい顔だ。たまらない……一回……出すぞ……」
 涼は文字通り人間離れした力で綾の腕を拘束していた縄跳びを引き千切った。崩れる様に綾が地面に両膝を着く。涼は綾の頭を押さえて仰向けに倒れるのを防ぐと、おもむろにスラックスのファスナーを下した。一般男性の二周りほど大きい性器を取り出し、綾の顔の前でしごきたてる。体勢的に真正面からそれを直視してしまった綾は、一瞬で自分が何をされようとしているのかを理解した。
「あ……えっ……? うそ……まさか……嫌、嫌ぁ!」
「くっ……出る……くおぉッ!」
「うあッ?! ああああっ!」
 涼は何の躊躇いも無く綾の顔を目掛け、信じられないほど大量の粘液を浴びせかけた。綾は本能的に顔を逸らそうとするが、涼に頭を掴まれて逃げることが出来ず、どくどくと溢れでる粘液を浴びるしかなかなかった。
「くあぁ……まだ……止まらないですよ。ちゃんと舌を出してたっぷりと受け止めなさい」
「あ……あうっ……ぅぁ……えぅ……まら……れてる……」
 ダメージで意識が朦朧としているのか、涼が命じると綾は素直に舌を出して放出を受け止めた。あどけなさの残る顔でうっとりと上目遣いで見上げ、舌全体で濁った粘液を受け止める様子はこの上なく背徳的で、涼の興奮は最高量に達し、放出は数十秒続いた。
「えぅ……あぁ……はっ……はぁ……」
「くふぅ……かなり出ましたね……。どうですか? 一番強力なチャームの味は? もう身体の制御が効かないはずですが」
「あ……あ……あぁ……」
 綾はバケツをひっくり返された様な量の粘液を浴びせられ、真っ白にコーティングされた舌を出しながら恍惚とした表情で涼を見上げた。胸の前に差し出した両手にもなみなみと白濁が溜まり、口からこぼれて来る白濁を受け止めている。
「さぁ……口に溜まったものを飲みなさい」
「うぅん……ごくっ……ん……んふぅ」
「くく……素直で良いですよ。さぁ、これを舐めて綺麗にしなさい」
「はぁ……はぁ、う……あ……」
 涼は一歩前に進むと、放出したばかりだというのに硬度を保ったままの性器を綾の前に突き出した。綾は吸い寄せられるように差し出された性器を咥えようと小さく口を開ける。しかし、性器の先と綾の唇が触れようと舌直前、微かに綾の目に光が戻った。
「だめ……友香……友香を……助けるまで……負けられない……」
「……何だと? 私の最も強力なチャームを飲んだはず……。既に精神が侵され、チャームを求めるだけの存在になってもおかしくはないというのに……まぁいい、なら死ぬ寸前まで痛めつけてやる」
 涼は倉庫の壁から新しい縄跳びを取ると、綾を再び壁に拘束した。綾の目からは、恐怖と苦痛と悔しさで自然と涙が溢れた。このままでは殺されるかもしれない。友香の救出を断念し、組織のことを話して助かろうかという考えが浮かんだ。なぜ自分が顔も知らないファーザーや、見ず知らずの他人の為にこんな目に遭わなければならないのかと。しかし、その考えはすぐに消えた。家族とは疎遠になっている綾にとって、友香は境遇の似ている、何でも打ち明けられるかけがえの無い親友だ。その友香が、この男に弄ばれたのだ。絶対に敵を討ちたい。たとえ討てなくても、屈服だけは絶対したくない。
「殺すなら……殺しなさいよ。絶対に……絶対に! お前なんかに屈しないから!」
「……なら、望み通りにしてあげましょう。殺すのは惜しいですが、替わりは探せばいくらでもいますからね……」
 涼は拳が軋むほど強く握り、弓を引き絞るような動作で綾の腹部に狙いを定める。
「内臓を潰し、背骨を粉砕してあげましょう……のたうち回って死に……ぐぅっ!?」
 急に涼の顔つきが変わり、握られた拳がゆっくりと開かれた。一瞬のことに、綾は何が起こったか分からなかった。涼が背を向ける。後ろには綾の親友、友香が立っていた。
「お前……なぜここに? わ……私に何をした……?」
「綾をひどい目に合わせたからよ。目を覚ましたら、先生が居なかったから、探したら声が聞こえて……。よくも綾に酷いことを!」
 涼の背中に包丁が突き刺さっている。グレーのスーツがみるみる赤く染まっていく。涼は包丁をつかみ引き抜くとその先をまじまじと見つめた。
「馬鹿な……お前は完全に私のチャームに侵されていたはずだ……。正気に戻ることなど……」
 涼の手から包丁が落ちる。大きな音を立てて、コンクリートの床の上で跳ねた。涼は信じられないものを見る様に、床に落ちた包丁を見つめた。
「お前みたいな出来損ないが……一番強力なチャームに打ち勝っただと? おとなしく私のチャームを求めるだけの存在になっていればいいものを……」
「……友香……本当に友香なの?」
「綾、待ってて。すぐに助けるから」
 涼は先ほどまでの余裕の表情が消え、憎悪の表情でゆっくりと友香に近づく。
「出来損ないが……お前のような落ちこぼれに私が負けるはずが無い! せめてお前だけでも殺してやる!」
「たとえ出来損ないだって、ちゃんと生きて存在しているのよ! 人妖のチャームがどれだけ強力か知らないけど、綾のことを忘れる訳無いでしょ!」
 涼が友香に近づく瞬間、背後で綾が叫んだ。ほんの一瞬、涼の気が削がれる。友香はその瞬間を見逃さず、もう一本の包丁を取り出すと涼に突進し、それを左胸に突き刺した。包丁は滑るように涼の身体に吸い込まれていった。
 涼がくぐもった悲鳴を上げる。何かを呟きながらよろよろと友香の脇をすりぬけ、扉に向かって歩き出す。友香は綾に駆け寄り、床に落ちていた包丁を拾って綾を拘束している縄跳びを切った。綾は崩れ落ちる様に友香に倒れる。ほとんど身体に力が入らなかったが、両手は友香をしっかりと抱きしめていた。
「友香……ありがとう……怖かった……。それに、友香も無事で良かった……」
 二人の瞳からは自然と涙が溢れ、友香も綾の頭をなでながらうなずいた。背後から涼の低い声が聞こえた。
「二人とも、覚えておけ……ごぶっ……今日は油断したが、私にここまで深手を負わせたことを後悔させてやる……」
 涼は体育館の中央で唸る様に言うと、そのまま暗闇へと消えて行った。友香が急いで追いかけるが、既に涼の姿はどこにも無かった。


「あーあ、身体が鈍っちゃった。早く訓練したいなぁ」
 綾は青空に向かって伸びをしながら病院の玄関を出た。横には友香が並んで歩いている。
「もう訓練するの? 一週間の入院で済んだことが奇跡的なのに」
 友香が綾の横をお歩きながら呆れた様に呟いた。
「結局、校長……誠心学園の人妖は行方不明。その後は組織が後処理して、綾がいない間に表面上は海外の教育機関へヘッドハンティングってことで話がついてる」
「うわ、嘘くさい。この時期にそれはかなり無理があるんじゃない?」
「仕方ないわよ、緊急だったし。でもやっぱりファンが多かったのね。相当数の女子が悔しがってた。その後に派遣された校長がまた普通の太ったおじさんでね……今までのとギャップがあり過ぎてみんなヘコんでる」
「人妖の可能性は?」
「無いでしょ? 普通に結婚して子供もいるみたいだし。時々家族で買い物をしている所を見られてるって」
 ふふ、と二人で笑い合い、駅に向かって歩く。
「組織に行く前に、何か食べて行く?」
 友香が綾に聞いた。綾の顔が満面の笑顔になる。
「ジ……」
「ジェラート! でしょ? それも塩キャラメルのダブル」
「さっすが!」
 清々しいハイタッチの音が青空に抜ける。
 脅威は消えた訳ではないが、今はつかの間の平和を味わいたかった。
 おそらくそう遠くないうちに、再び涼と対峙するだろう。その時は、今度こそ助からないかもしれない。今回のように運が良かったということは無く……。今生きていることが確立の高い偶然であることを二人は噛み締めていた。だからこそ、今を楽しみたい。
 今、生きているということを。


AYA2

 室内に月明かりが差し込んでいる。
 銀色の光は、少女の身に纏っている白と濃紺の体操服に似たコスチュームや、それに包まれた滑らかな肌をうっすらと輝かせていた。少女は分厚い木製のドアに背中を押し付けている。男の顔が触れ合うほど近づく。両手首は男の大きな左手によって頭の上で交差されたまま固定されていた。
 緊張しているのだろう。少女の早い呼吸が部屋に響く。
 男が右の拳を脇の下まで引き絞る。少女が「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、恐怖心から瞼が大きく見開かれた。捻れたバネが戻る様に拳が突き出される。柔らかい化学繊維の生地に包まれた少女の腹に、岩石の様に固く骨張った男の拳が深く埋まった。杵で突かれた餅の様にずぶりと腹部が陥没すると、少女の瞼が限界まで開かれた。
「ひゅぐッ?! う……げぷ…………ッ!」
 その一撃は、華奢な身体の少女にとってはあまりにも残酷だった。
 体操服の様な上着は男の拳によって捻れ、今にも裂けてしまいそうなほどギチギチと悲鳴を上げている。少女の口からは無理矢理押し出された唾液が糸を引いて床へと垂れた。
「ゔぶッ……うぐ……ぬ……抜い……て…………」
 男は少女の反応を楽しむ様に、少女の腹部にめり込んだ拳をピストン運動の様にリズミカルに押し込む。少女の項垂れていた頭が反動でビクリと跳ね上がり、天を仰いだ。
「あっ! あゔッ……! おぐ……うむぅッ……!」
「ふふ……良い反応ですね。上代友香(かみしろ ゆうか)。普段の姿よりよっぽど素敵だ」
 ダークグレーのスーツを着た男は、蛇を思わせる切れ長の目を細めながら口の端を釣り上げた。友香の腹に埋まった拳をゆっくりと引き抜くと、オールバックに纏めた髪を掻き上げる。口調は丁寧だが、どこか相手を嘲笑う様な狡猾な質感を孕んでいた。
 男が友香の顎を掴む。
 力が入らず、床を向いた友香の視線が強制的に男に向けられた。
 男は口の端を舐めると、先ほど散々責めた友香の腹部に再び容赦の無い一撃をめり込ませた。友香の目が大きく見開かれ、悲鳴と共に大粒の涙がこぼれる。
「おぐぅぅっ……! な、何で……何で……先生が…………」
 男は友香の両手首を解放する。まるで膝から下が無くなった様に、友香はその場に崩れ落ちた。両腕で腹を抱えながら女の子座りでうずくまる友香の胸元を掴んで、無理矢理立たせる。上着が引っ張られ、滑らかな腹部と縦長の臍が露になった。男はまだ脚に力が入らず、中腰の姿勢の友香の髪を掴み、強引に唇を吸う。
「んむっ? んんぅ! ん……んぅ……」
 友香は最初は激しく抵抗したものの、男の舌が生き物のように口内を嬲り、唾液が流し込まれると、不思議と痺れる様に全身の力が抜けていった。
「んん……んふぅ……ふぅっ……あむっ……」
 次第に友香の目が蕩ける。痺れが徐々に口内から脳へと移動し、不思議な恍惚感に包まれる。目の前を白黒のノイズが明滅し、ゆっくりと瞼が閉じて行く。
 ぐずり……と重い衝撃が友香の腹部を襲った。
「ぐぶっ?! んゔっ……ッ!!」
 友香の思考が白くとろりとした恍惚感から、コールタールの様な真っ黒い苦痛に転落した。一瞬何が起こったか分からずパニックになる。
「ぐっ! ぐむっ!? んぐっ! んんっ! んぐぅっ! ん……ぷはっ! あ……ああぁ……」
 男は口を付けたまま友香を攻撃し続けた。生腹を拳で抉り、殴られた箇所が痛々しく陥没する。
 悪夢の様な攻撃を止めると、友香は崩れ落ちる様にしゃがみ込んだ。男は倒れ込もうとする友香の髪の毛を掴むと、半開きになった口に硬直した性器をねじ込んだ。
「んぐぅうううう!?」
「くぅぅっ……限界だ……。ほら……溺れなさい……」
 男は友香の頭を両手で固定すると、友香が苦しむのも意に介さずに強引に前後に揺すった。大きくエラの張った先端が友香の喉を擦り上げ、猛烈な嘔吐感がこみ上げる。友香が両手で男の腰を突き飛ばそうとした瞬間、通常の男性の射精量の数倍はあろうかという粘液を友香の口内に放出した。
「んぐっ?! んゔぅッ! んんんぅ…………ぐぶッ!? んんんっ! ごくっ、ごくっ……んふぅうううう!?」
 友香は目を白黒させながら突然の放出を受け止めた。
 思わず飲み込んでしまった粘液は唾液と同様に食道や胃を痺れさせ、不可解な快感となって友香の脳へと登って行った。
 男の放出は壊れたポンプの様に定期的に脈打ちながらも弱まること無く、開かないドアの前で癇癪を起こした様に友香の口内を叩き続けた。口内や喉が多量の粘液で塞がれ、口の端から滝の様に溢れる。
「お……おぉ…………最高だ……」
 友香は気道までも粘液で塞がれ、まともに呼吸が出来ない。窒息寸前で徐々に黒目が瞼に隠れる。男は苦しむ友香を気にすること無く、自らの快感に任せて放出を続けた。
「ぐ……ぐぶっ……げぇ……」
「おっと……そろそろ危ないか……」
 ワインのコルクを抜く様な音を立てて、喉を塞いでいた性器を抜き取る。
「げほぉっ! うぶっ……ゔえぇぇぇぇッ…………あぁ…………」
 性器が抜かれると同時に、友香は背中を丸めて白濁した粘液を吐き出した。床の上に粥をこぼした様な水溜りが広がる。友香は内臓全てを吐き出す様な激しい嘔吐の後、自らの吐瀉物の上に顔から倒れ込んだ。
『こちらアンチレジスト本部、アンチレジスト本部。神崎綾(かんざき あや)上級戦闘員、神崎綾上級戦闘員へ。聞こえますか?』
「はいはーい、聞こえまーす」
 綾と呼ばれた少女が独り言を呟く様に答える。左耳に納まっているインナーイヤホンの感度は今日も良好だ。個人の耳の形を型取りして成形しているため、装着感は殆ど無い。
 夜の公園のベンチ。明るく透き通る様なセミロングの茶髪に、ややオレンジがかったブラウンの瞳。気の強そうな吊り目がちの目を細めながら、ベンチの背もたれに身体を預ける様に上体を反らして星空を見る。少し遠くの空の、水面に浮かぶ油膜の様な都心の光は、綾の真上に浮かんでいる郊外の夜空までぼんやりと霞ませていた。綾は胸や腹の筋肉を伸びるのを意識してふぅっと長く息を吐いた。背中を反らしてもなお、その童顔にアンバランスな大きさの胸は茶色と白を基調としたセーラー服を押し上げ、その存在を誇示している。
『こちらも良好です。予定通り、誠心学院に棲み付いた人妖討伐の任務を遂行して下さい。反応を見る限り、まだ中にいます……どうか気をつけて……』
「りょーかい。で、今日も友香から連絡は無かった?」
『……はい……残念ながら……』
「そっか……。やっぱり、捕まったんだね……」
『…………』
「至急現場へ向かいまーす! 通信終了っと……。はぁ……上級戦闘員になって最初の任務が、まさか自分が通っている学校の人妖退治とはね」
 ジンヨウ……という聞き慣れない単語が綾の口からこぼれる。
「人間の様な妖怪」と名付けられたそれは、十数年前から、人間社会の脅威として水面下で調査、対策がとられてきた。そのひとつが、綾の所属する組織、人妖討伐機関アンチレジストである。
 人間の様で、妖怪の様な存在の人妖。妖怪は人を喰う。人妖もまた、人を喰う。
 この場合の「人を喰う」とは、頭からばりばりと食べることではない。調査の結果、人妖は食事をほとんど必要とせず、人間との粘膜の接触、いわゆる性行為に類似した行為により活動エネルギーを得ているということが解明された。そのため、人妖の分泌する汗や体液には特殊なフェロモンが含まれており、人間の精神に作用して魅入らせる効果がある。男性型の人妖は人間の女性を、女性型の人妖は人間の男性を魅入らせ、喰うのである。
 綾の所属しているアンチレジストは、その人妖の脅威を消し去る何らかが発見、開発されるまで、対症療法的に人妖を退治する戦闘集団である。
 綾は両手を組んで伸びをすると、そのまま背もたれに両手を着いて、バク転をする様にベンチの背もたれを飛び越えた。
 乱れた衣服を直し、ポケットからオープンフィンガーグローブを取り出して両手に嵌める。何回か装着具合を確認した後、パシッと乾いた音を立てて自分の拳と手の平を合わせた。
 綾はセーラー服に似た戦闘服に身を包んでいた。全組織から支給される戦闘服は、各戦闘員に合わせてオーダーメイドされている。どの程度まで個人の好みを優先出来るかは戦闘員のランクに拠る所が大きい。また、防御性、機動性、デザイン等、どの項目を重視するかは各戦闘員の好みに拠るが、とかく上級戦闘員に近づくほど、相手の攻撃を受け流し自分の攻撃を当てやすくするために軽装になる傾向が強い。綾もその例に漏れず、母校の夏服の制服を基調としたセーラー服をオーダーしていた。白地に茶色のラインがあしらわれた、通常の制服よりも丈が短く詰められた上着に、茶色の短いプリーツスカート。肘や腰、股関節や膝の動きを阻害しないため動きやすいが、なかなかに際どい格好だ。昼間に街中を歩けば格好と綾のプロポーションが相まって、かなり目立つだろう。
「無事に帰ったら塩キャラメルのジェラートをダブルで奢ってもらうからね! 友香!」
 綾は軽くジャンプして気合を入れると、公園の母校に向かって駆け出した。

 防犯カメラを避けながら、グラウンドの外周を回り込む様に進む。湿った雑草を踏むがさがさという音がいやにはっきりと耳に届いた。
 昇降口を照らす灯りの死角を通ってドアの前まで来ると、綾は定期報告をするためにイヤホンの通話ボタンを押した。
「オペレーターへ。こちら綾。昇降口に到着しました。応答願います……。もしもし? 応答願います…………あれ?」
 砂漠に吹く風の様なホワイトノイズが微かに聞こえるが、聞き慣れたオペレーターの声は微塵も聞こえて来ない。綾は耳孔にすっぽり納まったイヤホンを耳から取り出して通信機を再起動させた。ホワイトノイズ。再び取り出して乱暴に振ってみた。通信機能が回復する気配は無い。
「あれ? おかしいなぁ……今まで故障なんかしたこと無いのに……」
 綾は諦めてイヤホンを耳に戻すと、胸ポケットから針金を適当に捻った様な形のキーピックを取り出して、昇降口横の非常口の鍵を開けた。
 靴箱の壁をすり抜け、左右に分かれた廊下に出る。月明かりが廊下を照らしていた。人工的な灯りは非常口を表す緑色のランプと、非常ベルの赤い光のみ。暗いが、普段から通い慣れている為、慣れればライトが無くても困らないだろう。
 耳を澄ましても物音ひとつしない。
 本能的に身体が緊張する。
 まるで異世界に紛れ込んだみたいだと、綾は思った。昼間の活気溢れる様子は微塵も無い。綾はごくりと喉を鳴らすと、校内の調査を開始した。この建物のどこかに、人妖がいるはずだ。おそらく友香もそこに……。


「んっ……んむっ……はぁ、すごい……」
 湿った淫らな音が部屋の中に響く。革張りのゆったりした椅子に座る男と、その足の間に跪き一心不乱に男の性器に奉仕を続けている女子学生。友香が男の性器を口に含んだまま、頭を男の腹に何度も打ち付ける様に上下に激しく動かす。動かす度に、ショートカットの黒髪が揺れる。
「んっ、んっ、んっ、んっ、んっ……ごくっ……ごくっ……。んふぅう……」
 口の中にたまった唾液を音を立てて飲み干し、興奮の為に潤んだ瞳で男を見上げる。額には汗が滲み、吐息には熱っぽい感情が溶け込んでいる。
「くっくっく……ずいぶんと積極的になって……。ろくに教えてもいないのに、ますます上手くなっていますよ」
 男が頭を優しく撫でると、友香はうっとりと満足げな視線を向け、肉棒から口を離した。
「ぷはっ! だ、だって、先生のこれ……逞しくて素敵で……放したくないんです……はあぁ……はむ……っ……」
 友香は熱に浮かされたように男性器に頬ずりすると、それを再び深くくわえ込んだ。
「んふぅぅっ……。んくっ、んくっ、んくぅぅぅ……」
 頷くように頭を動かし、下の歯を軽く立てながら性器を擦りあげる。軽い痛みと激しい快感から男の顔から余裕が無くなり、蛇の様に縦に切れた瞳孔に暴力的な光が宿った。
「くぅぅぅぅッ! く……ぐッ……そんなに……私のが欲しいのか……?」
 友香は男を見上げながら、激しく頷く。男は友香の頭を両手で掴むと、激しく上下に動かした。喉奥を幾度と無く突かれ、友香は激しく嘔吐いた。目を見開き、大粒の涙を流しながら男の責めに耐える。
「んゔッ?! んっ! んぐッ! んゔッ! んむうぅッ!」
 セーラー服の上着は汗で貼り付き、白い下着が透けている。友香は抵抗の為に必死に手の平で男の内股を叩くが、男は責めを緩めず友香の喉を擦り続けた。徐々に友香の意識が遠のいてゆく。
 男は天を仰ぎながら友香の喉を気が澄むまで堪能すると、性器を一気に引き抜いた。友香の口内と男の性器に粘液の橋が架かる。
「ゔぁっ?! げほっ……げほっ!」
「ぐぅっ……よく頑張ったね……。ほら、ご褒美をあげるから、舌を出しなさい」
「あっ……けほっ……はぁ……えあぁ……」
 友香は本能的に命令に従い、舌を限界まで伸ばした。男は何回か性器を扱くと、ポンプで圧縮した様な粘液を友香の舌目掛けて放出した。
「えおぉっ?! んあぁ!」 
 突然の大量放出に驚き、友香は一瞬顔を引いた。しかしすぐに舌を足したまま、恍惚とした表情で放出を受け止める。自分のために、男性が達したという満足感。通常の男性では放出しきれない量の粘液を浴び、友香はうっとりと目を細めた。

 綾は音が鳴らない様に注意しながら、重い体育館の扉を開けた。月明かりがワックスを何層も塗り固めた床に反射している。バスケットゴールは床と平行になるように折り畳まれ、床にはボールひとつ落ちていない。綾は周囲に注意を向ける。動くものは何も無い。意識を張りながら、対角線状に体育館を横切る。自分の履いているブーツの底が床を擦る音しか聞こえない。注意してステージの袖、体育倉庫の中をうかがうが、誰もいない。緊張をほぐす様にその場で伸びをして深呼吸をした。半ば諦め気味にイヤホンのスイッチを入れるが、相変わらず反応は無い。
「ここも怪しい所は無いか……。一階は粗方見たから、あとは二階の職員室と図書室……専門教室の準備室と、校長室……」
 額に手を当てて頭の中に学校の地図を思い浮かべ、人妖が潜んでいそうな場所に目星をつける。
 侵入してから一時間。このまま学校の外に逃げられれば、再び人妖の反応がキャッチ出来るまで待つしかない。
 綾は体育館を出ようと入り口を振り返る。
  人影。
 心臓が跳ね上がり、綾は思わず両方の拳を顎の高さに構えた。
 入り口側のバスケットゴールの下に男が立っている。男はコツコツと硬質な足音を立てながら綾に近づいた。徐々にシルエットが露になる。
「え? 校長先生?」
 綾は虚を突かれた表情をしながら無意識に呟いた。
「ええ、神崎綾さん。こんな時間にお会いするとは珍しい」
 男は自分の顎を撫で摩りながらゆっくりと綾に近づく。
 男の名は、桂木涼(かつらぎ りょう)。
 昨年、綾の通う誠心学園へ三十代後半という異例の若さで校長の職制で赴任してきた人物だ。三十代後半と言えば、誠心学園の教職員の平均年齢とほぼ同じである。若い教師達はともかく、保守的な考えを持った高齢の教職員達の中にはあからさまに鼻白んだ態度を取る者もいたり、創立者の縁故や何らかの権力の影響と根も葉もない噂を流す者もいたりしたが、三ヶ月もすると教師達は皆一様に涼に従う様になった。
 とにかく、仕事が出来た。
 普段は校長室に籠もり、表に出ることは少なかったが、対外的な交渉術に長け、内部の問題解決能力も高かった。古かった設備は一新され、定期的に外部講師を招いての特別授業も好評だった。入学希望者も増え、元々偏差値の高い学校であったが、来年はさらに上がることは間違いなかった。また、生徒全員の顔と名前を記憶しており、廊下ですれ違った時は必ず生徒一人一人の名前を呼んで挨拶をした。
 当然、生徒からの、特に女生徒からの人気は高かった。
 長身痩躯だが、脂肪を削ぎ落とした筋肉質な体つき。墨の様な黒髪をオールバックに撫でつけた髪型は野性的で彫の深い顔によく似合っていた。また、切れ長でどこか加虐的な光を宿した瞳も人気があった。
「止まって下さい」
 綾が左の掌を涼に向ける。涼が肩をすくめながら歩を止めた。
「先生、こんな時間に何をされているんですか?」
 綾は威嚇する様に両方の拳を腰に当て、首を傾げながら刺のある声で訪ねた。吊り目がちの目で相手を睨む。迫力があると言うよりは、背伸びをした子供の様な可愛らしい仕草だった。
 涼は綾の身体を舐め回す様に眺めた。透明感のある明るめの茶髪。気の強そうな童顔に不釣り合いな大きさの胸。ショート丈のセーラー服からはくびれた腹部と可愛い臍が覗き、健康的な太腿が短いスカートから伸びている。
 思わず生唾を飲み込む。その身体は近くで見ると、増々魅力的に見える。教員同士の宴席の際には酒の勢いもあって、生徒を下劣に値踏みする教師もいた。その中で必ず名前が挙がる生徒の一人が綾だった。
「ふふふ……私も同じ質問をしてもよろしいですか?」
 涼が右の拳を口に当てながら近づく。
「確かに私は普段個室に籠っているため、生徒達にとって暇そうに見えるかもしれませんね。その暇人がこのような時間に学校内を徘徊している。確かに怪しいと思うでしょう。しかし、校長という役職はなかなか忙しいものです。生徒や教師全員の管理から教育委員会をはじめとした外部機関への折衝。予算や経費のチェックや新しい教育プログラムの企画など……。それに、最後まで残っていた教員は学校内全ての施設の見回りをした後、施錠して帰宅することになっています。生徒達の安全を守ることは我々の最も重要な使命のひとつですからね。さて、私がこの時間に学校をうろついていることに、何か問題でもありますか?」
「いえ……それは……」
「よろしいですか? ではこちらの質問です。神崎さんこそ、このような遅い時間に何をしているのですか? 二十一時を過ぎると誠心学園はオートロックがかかり、外部からの侵入は不可能なはずです。神崎さんは確か部活動に所属していませんでしたね? この時間まで残って何をしているのですか? もしくは、何らかの方法で鍵を開けて侵入したのですか? 疑う訳ではありませんが、もし後者の場合、不法侵入ということになりますが……」
「あ……いえ……その……」
 綾は咄嗟に嘘がつけない性格のため言葉に詰まった。顎を汗が伝う。
「それにその格好は何ですか? どこかの制服のようですが、誠心学園のものではありませんね。ずいぶんと露出が多いみたいですが……。しかも土足で校内を歩き回るとは何事ですか?」
「あ……いえ……その……探し物を……」
「何を探しているのですか? よろしければ手伝いますが?」
 涼がずいと綾に歩み寄る。その顔には笑みが浮かんでいた。綾が探し物等していないことなど百も承知なのだろう。言い訳が出来ない状況に綾は焦った。状況的に見て、学校のものではないセーラー服を身に纏い、土足で鍵のかかった校内を徘徊している綾の方が異質だ。この時間に教師が残っているはずが無いと捜索を優先した判断が裏目に出た。軽く長いパニック。その隙を見逃さず、涼が音も無く綾の眼前に近づいた。
「……え?」
「実は私も探し物をしていましてね……」
 ズグン……という重い衝撃が、綾の腹部から全身に水面を伝う波紋の様に広がった。
「誠心学園に忍び込んだ、アンチレジストの戦闘員を探しているのですよ……」
「あ……? え……? ぐぷッ?!」
 綾の腹部……ちょうど布の無い剥き出しの生腹に、骨張った涼の拳がめり込んでいた。綾の身体がくの字に折れる。無意識に拳を抜こうと涼の手首を掴んだ。着弾の直後は無痛だった。ただ悪意を持った石塊を腹に埋められた様な不思議な感覚があり、その直後、粘つく様な激しい苦しみが脊椎を伝わって脳天に達した。
「がふッ?! ッぁ……うぐっ……」
 完璧な不意打ちを喰らい、綾は嘔吐いた。涼が拳を抜き、綾の身体からふっと力が抜ける。涼は膝から崩れ落ちそうになる綾の身体
を支える様に、鳩尾を突き上げた。
「ひぐぅっ?!」
 ごりっ……という硬質な振動。心臓を石臼ですり潰される様な激痛に、綾は悲鳴を上げた。
 綾は一瞬目の前が暗くなり、涼の腕に倒れ込む様に身体を預けた。大粒の涙が頬を伝い、口内には粘度の増した唾液が溢れる。
 拳を抜かれると、綾はつっかい棒を外された様に膝から崩れ落ちた。涼はセーラー服のリボンを掴んで強引に立たせる。いや、掴み上げるという表現が近い。綾の足は完全に地面から浮いてる。衣服で首が絞まるり、必死に涼の手首を掴んで抵抗する。上着がめくれ上がり、形の良い下乳が覗く。綾は任務中は締め付けられる感覚を嫌い、ブラジャーを身に付けていない。涼は満足そうにそれを眺めると、拳を握って腹部に狙いを定めた。程よく鍛えた筋肉と僅かな脂肪を包む様な滑らかな肌。すっと縦に切れた臍。その中心に拳を突き込む。
「ぎぅッ……くっ……!」
「ほぉ……」
 予想外の硬い感触に、涼は目を少しだけ見開いた。
 涼の拳は僅かに綾の腹筋を凹ませただけで止まった。綾は腹筋を固めて攻撃に耐えた。歯を食いしばり、涼を見下ろす体勢で睨みつける。涼が掴んでいたリボンを解放する。綾は着地と同時にバックステップで距離を取ると、呼吸を整えた。
「げほっ! けほっ! はぁ……はぁ……んくっ……まさか……先生が……」
「こちらも驚いていますよ。貴女の様な魅力的な生徒がアンチレジストの戦闘員だったとは。当面は栄養補給に困らなくて済む」
「……知ってたの? 私がアンチレジストの戦闘員だって……」
「ふふ……以前から貴女には目を付けていましたよ。その魅力的な身体は近いうちに栄養源としていただくつもりでした。どのように犯してやろうかと考えるのは、とても楽しかったですよ」
 綾は背筋に冷たいものを感じ、無意識に後ずさりした。
 涼の瞳は、人妖特有の蛇の様に縦に割れた瞳孔に変化していた。微かに赤く光りながら、綾の身体を足先から頭まで嬲るように見回している。綾は肩幅に足を開き、左足を一歩前に出すと、両方の拳を上げて構えた。
「不意打ちが当たったくらいで、いい気にならないでよね……」
 両足を踏みしめる。ブーツのゴム底が光沢のある床と擦り合い、甲高い音を立てた。
「もう先生が……いや、お前が人妖だって分かったからには容赦しないから! 今から謝っても無駄よ!」
「ふふ……お手柔らかに」
 涼は両手を床にだらりと垂らすと、挑発する様に顔をずいと前に出した。綾の表情がさっと険しくなる。
「この……なめるなぁ!」
 とん、と軽い音を立てて綾の脚が床を蹴った。その音からは想像出来ないほど速く、綾の顔が涼の近くまで迫る。涼はその顔を掴もうと手を出した。綾の顔が消える。「ここよ……」という静かな声が涼の足元から聞こえた。綾が地面にしゃがみ込んでいる。綾の右手に嵌めているグローブが音を立てて軋むほど強く握られている。立ち上がると同時に、右手を突き上げた。涼の細い顎が跳ね上がり、一瞬身体が浮く。綾は右アッパーを放つと同時に、身体を捻りながら左の拳を脇の下に引き絞っていた。捻れた胴体が戻る勢いを利用して、涼の鳩尾を目掛けて拳を突き抜く。
 涼の大柄な身体が後方に弾け、背中から体育館中央の床に落下する。綾はふっと息を吐くと、警戒しながら涼に近づいた。距離を取りつつ、両方の拳を腰に当てて涼を見下ろす。
「油断して挑発なんかするからよ……。どうする? まだやる? 抵抗せずに大人しく拘束されるなら、これ以上危害は加えないけど? イエスだったら、両手を頭の後ろに組んでうつ伏せになりなさい」
 両方の拳を腰に当てながら首を傾げて、涼に問いかける。この仕草はどうやら綾の癖らしい。
 涼の目が開く。
 両足を上げ、反動を利用して跳ね起きる。
「……まだやるの? 後悔するわよ……?」
 綾は訝しんで距離を取り、構え直す。自分の攻撃は完璧に決まったはずだった。得意の殴打技。しかも持ち前の瞬発力を生かして相手の懐に潜り込んでの一撃は必勝の技だ。この技で綾は今まで参加した実戦において、ほとんど一撃で人妖を倒してきた。多くは賤妖と呼ばれる、人妖に比べて能力的に劣る相手であったが、それでも不覚をとり再起不能になる戦闘員も少なくない。
 くっくっと涼が笑いながら、首を左右に傾けた。ぱきぱきという音が綾の耳に届く。
「一方的な展開では面白くないでしょう? 私は自信に充ち溢れていた顔が絶望に変わる瞬間がたまらなく好きなもので……丁度今の綾さんの様な顔がね……」
「大した自信じゃない……。それなら鏡で自分の顔でも見てなさいよ!」
 綾が地面を蹴る。正面からの突進。そして、突進からの急激な方向転換。かがみ込みながら、涼の後方右四十五度の位置に移動する。一瞬で死角に入るため、常人であれば綾が消えた様に見える。
「やあっ!」
 気合いと同時に放つ、脇を締めたボディーブロー。涼の右脇腹上部、肝臓の位置を正確に貫く。ごつッ……という重い音の後、異様に固い感触が綾の拳から肩に抜ける。
 涼は薄笑いを浮かべながら綾を見下ろした。
「…………え?」
「惜しかったですね。今のはなかなか響きましたよ……。もう少し威力が高ければかなり効いたでしょう」
「嘘……まともに入ったのに……」
「綾さんは他の戦闘員とは違うみたいですね。今まで私に挑んできた戦闘員とは、スピードや威力が段違いだ。しかし、生憎私は友人の強力の元、身体強化を施しています。あなたの攻撃では傷が付かない程度に……」
「くっ……このッ!」
 正面からの攻撃。鳩尾、喉、腹へ無呼吸での乱打を叩き込む。涼は防御すること無くすべてを身体で受け止めたが、ダメージはありそうも無かった。
「ぷはッ! はぁ……ふぅッ!」
 大振りの顔面への殴打。綾のセミロングの髪の毛から汗の飛沫が舞い、月明かりに反射して輝く。綾の拳は唸りを上げながら涼の鼻へと向かうが、まるで時が止まった様にピタリと動きが止まった。
「ああっ?! 嘘……」
「そう……良い表情になってきましたね……」
 涼の腕が獲物に襲いかかる蛇の様に動き、綾の手首をがっしりと掴んでいた。そのまま力任せに上へと持ち上げる。身長差のある綾がつま先立ちの姿勢になった。涼は腹部ががら空きに鳴った瞬間を見逃さず、鈍器の様な拳を綾の腹に突き込んだ。
「うぐぅッ?!」
 腹筋が伸び切っていたため、拳はまるで餅を突く様にずぶりと綾の腹にめり込んだ。衝撃で綾の目が大きく見開き、大粒の涙が溢れる。
「さて、そろそろ反撃しましょうか?」
 涼は綾の手首を話すと、セーラー服のリボンを掴んで力任せに綾の身体を引き寄せた。引き寄せる勢いを利用し、再び拳を腹に埋める。
「ぐぶッ?! げぼぉッ! あ……あぁ……」
 まるでバットのフルスイングを受けた様な衝撃が腹から脳天へ突き上がった。崩れ落ちそうになる身体を涼が支え、綾の腹に連打を叩き込む。
「ゔッ! うぐッ! ごぶッ! ゔぅッ! あぐぅッ!」
 皮膚を打つ音とは違う、重いものが内部に埋まる湿った重い音が体育館に響き渡る。綾は口を開けっ放しで腹を突き上げられる度に悲鳴を上げた。意識が飛びかけているため、まともに腹筋を固めることも出来ず、涼の攻撃をほとんど無防備で受け入れた。
 ごりっ……と骨同士がぶつかる音が聞こえた。涼の拳が綾の鳩尾を抉る際に、肋骨と擦れたのだろう。
「んぶぅッ?!」
 綾は口をすぼめて悲鳴を上げた。心臓を突かれ、鼓動を無理矢理乱されたことによる、ぞわりと背中を駆け上がる異質な苦痛。
 綾は顔を上げようとしたが、かくんと糸が切れた様に頭が落ちた。その顎を掴む様に涼が支える。
「あ……ぁ……」
「ほぉ……ギリギリですが、今の攻撃を受けて失神しないとは……。攻撃力もさることながら、タフさも兼ね備えているらしい。今日は本当に楽しめそうですよ」
「はっ……はぁ……はぁ……」
 綾は小刻みに震えながら、焦点の合わない目で涼の顔を見る。磨りガラスの様な視界の先に、満足そうに笑う涼の顔があった。
「本当に良い表情だ……ファーザーもなかなか目が高い……」
「ふ……ファーザーを……知ってる……の……?」
 思わぬ名前が涼の口から発せられ、綾は思わず聞き返した。
 綾の所属している対人妖組織アンチレジストのボス、ファーザー。人妖が出没し始めたタイミングとほぼ同時に、アンチレジストの元となる組織を築いた人物だ。その性質上、素性は明らかにされていない。指示はもっぱら文書か加工された音声のみで伝えられ、姿や年齢は不明。しかし構成員の間では、組織の運営にかかる費用、戦闘服や通信器をはじめとした物資、果ては構成員の給与までファーザーの私財から出ていることから、社会的地位がかなり高い人物か、もしくはその関係者ではないかと噂されている。
「ええ……多少は知っています。それより、もう少し楽しませてもらいますよ。失神しない様に加減しますが、気をしっかり持って下さい。夜はまだ、長いですから……」
 涼は拳を握りしめ、綾の腹部に狙いを定めた。


AYA

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