※過去作を読んでいなくても楽しめます。
※ラフの状態ですので、製本時には内容が変わっている可能性があります。

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 アンチレジストのミーティングルームには葵と瑠奈と凛、そして春香の四人がいた。
 プロジェクターには防犯カメラの映像が投影されている。
 八台のカメラがいずれも新宿の同じ通りをそれぞれ別の角度から映していた。地面に座って話し込む多く若者や、それを遠巻きに監視する警察官。興味本位で覗きにくる通行人、沙織の運営するボランティアのテントも見えた。
「凍矢、たぶんこいつだね」と凛が言うと、椅子の上で胡座をかいていた瑠奈が身を乗り出した。
「マジ? もう見つかったの?」
「裏取りはまだだけどね。あおっぴと瑠奈ちが聞いてきてくれた条件に合う人はこいつ」
 凛がパソコンを操作すると、家出少女たちに囲まれた男性がアップになった。なるほど沙織の言う通り整った顔をした男性だ。艶のある豊かな黒髪にグレーのダメージデニム。黒い無地のティーシャツからは太い二の腕がのぞいている。ゴツいシルバーのネックレスやバングルは全て同じ高級ブランドのものだ。野生的な雰囲気を醸し出すその男性に、家出少女たちは明らかに羨望の眼差しを向けていた。
「凍矢の本業は会員制高級スポーツジムの経営者。ジムの情報はネット上にはほとんど出てなくて、会員にならないと連絡先や場所すらわからない。そして会員になるには会員からの紹介が必要。まぁジムは表向きで、実態は例の人妖が言った通り家出した未成年を使った違法な風俗店だけどね。客の希望に合わせて女の子はおろか、希望があれば男の子まで斡旋してるみたい」
 瑠奈が呆れ顔で頬杖をついた。
「マジで疑問なんだけどさ、なんで合法的なお店がたくさんあるのにあえて違法なことするわけ?」
「本物思考ってあるじゃない? プロじゃない人とか、本当の未成年とか、そういうのに価値を見出す人もいるんだと思うよ。たぶんだけど」と言って、凛が肩をすくめた。
「凍矢の画像データとジムの場所はみんなに共有しておくから、瑠奈ちとあおっぴは念の為に凍矢の面取りをお願いできる?」
「葵は今日予定があるから、この後私だけで沙織の所に行ってくるよ。突入は裏が取れ次第って感じ?」
「いや、万全の体制で挑みたいからもう少し時間をちょうだい。凍矢はかなり戦闘力があるみたいだし、汎用性を高めたヘッドパーツの試作品ももうすぐ試験運用ができそうだから、できればそれに適性のある一人をバックアップとして付けたいんだよね」
「バックアップなら葵でよくない? ヘッドパーツ付けなくても十分強いんだしさ」と、瑠奈が言った。「そういえば葵と一緒に任務したことなかったから、いい機会じゃん」
「いや、上級戦闘員同士が同一の任務に就くのは避けたいんだよね。縁起でもないけど、敵が強力すぎて二人同時に欠けるのは避けたいし。もちろん一人でも欠けることがないように支援することが私たちオペレーターの仕事だから」
「もしよかったら、私に行かせてください」と言って、春香が手を挙げた。「私みたいな一般戦闘員が、上級戦闘員のチームに入れていただけることは異例だと聞きました。色々と勉強させていただき、私も上級戦闘員を目指したいんです」
「私はヘッドパーツ頼みだからあまり参考にならないと思うけど、じゃあ春香ちゃんにお願いしようかな。私もバックアップがあった方が心強いし」

「よし……じゃあまとまったところで本日の最重要議題に移るよ」と言って、凛はテーブルの上で組んだ手に顎を乗せ、全員をゆっくりと見回した。物々しい雰囲気に他の三人が息を呑む。
「春香ちゃんの歓迎会をどこでやりますか!? それぞれ食べたいものを言ってください!」

 新宿の例の通りに着いた瑠奈は、思わずカバンを地面に落とした。
 ボランティアのテント周辺で複数の赤色灯が回転している。テント周りには立入禁止のテープが張られ、多くの野次馬が取り囲んでいた。通りの住人らしき女の子が何人か泣き崩れている。
 瑠奈がテープを越えようとすると、走ってきた警察官に止められた。
「離してください! 沙織の友人なんです!」
「だめです! 現場検証が終わるまで当事者以外は入れません!」
 押し問答を聞きつけて、テントから瑠奈と同じ制服を着た女の子が出てきた。ミルクティーのような色に染めた髪がほとんど包帯で隠れている。沙織の友人で、ボランティアメンバーの絢香(あやか)だった。絢香は瑠奈の姿を見ると、顔をくしゃくしゃにして駆け寄ってきた。
「瑠奈ち……。沙織が、沙織が……」
「……沙織がどうしたの?」
 非常線越しに絢香の手を握りながら、瑠奈は声の震えを必死に抑えた。
「わかんない……。ミーティング中にいきなり倒れて……頭から血が出て……他の子も次々と……」
「ちょっと待って……まさか……」
 最悪の事態が頭をよる。だが、絢香は口を結んで首を振った。
 絢香によると、沙織は意識が無い状態で集中治療室に入っているものの、なんとか踏ん張っているらしい。他のメンバーも病院で治療中だが命に別状はなく、絢香は最も軽症だったため応急処置のみ施され、搬送はこれからだそうだ。

「いったい何があったの?」と、瑠奈が聞いた。
「昼間にトーヤさんが来たの……。沙織と話をさせろって」
「……凍矢が?」
 絢香は頷いた。
「久し振りだったから沙織も喜んで対応したんだけど、二人きりで話をした後に、めっちゃ怒って帰ってきたの……。トーヤさん、自分が運営している家出した未成年の自立プログラムが軌道に乗ってきたから、私達が保護している子を定期的に連れて来いって沙織に言ったみたい。でもよく聞いたらただの売春斡旋で、沙織も怒ってすぐに追い返したって……。このボランティアを出来るようにしてやったのは誰のお陰だって言われたみたいだけど、それとこれとは話が別じゃん!」
 絢香は涙を拭って話を続けた。
「沙織が運営メンバーに緊急招集かけて、トーヤさんがまた来た時の対応マニュアルを作ってたんだけど、いきなり沙織が椅子から弾き飛ばされた様に倒れたの。たくさん血が出てたし、何が起きたのかわかんなかったし……ほかの子や私も……」

「凍矢にやられたの……?」
「わかんない……何も見えなかった。でも、殴られたんだと思う……すごい力だったけど……」
 瑠奈の表情がすっと変わった。
 普段はあっけらかんとした瑠奈の変化に、絢香も思わず戸惑いの色を浮かべる。
 瑠奈がスマートフォンの画面を絢香に向けた。
「……凍矢ってコイツで間違いない?」と、瑠奈が感情を抑えた声で聞いた。
「え? う、うん……この人がトーヤさん……」
「そっか。今から凍矢の所に行ってくる」

「え……瑠奈ち、なに言ってんの?」

「場所はわかってるから」

「まって……意味わかんない……」
「沙織が目を覚ましたら伝えて。仕返ししとくから、って」
 その時救急車が到着して、中から素早く隊員が降りて絢香を呼んだ。
「絢香もお大事に。後でお見舞いに行くから」と言って、瑠奈は踵を返した。背後で絢香が何か言った気がしたが、瑠奈は振り返らずに野次馬していたタクシーの後部座席のドアを強引に開けた。



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