※過去作を読んでいなくても楽しめます。
※ラフの状態ですので、製本時には内容が変わっている可能性があります。

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 夜ノ森メルルの配信が終わった。
 時計の針は夜九時を指していた。
 葵はいつものように汗で濡れたヘッドフォンを拭き、冷めたコーヒーを一息で煽ると机に突っ伏した。五分ほどじっとした後、むくりと起きて洗面所で身支度を整える。
 以前なら配信後はたっぷり三十分は動けなかったはずなのに、最近は消耗度合いがかなり減ってきた。喋りも心なしか滑らかになってきた気がする。瑠奈にもどんどん喋れるようになってきたと言われたばかりだし、いよいよブイチューバー活動の効果が出てきたのではないだろうか。
 瑠奈といえば、今日はやけに来るのが遅い。
 沙織のとこで凍矢の人相確認をすればいいだけなので、そこまで時間はかからないはずだ。お互いの合鍵を持っているので、いつもなら葵が配信中に静かに入ってきてリビングで待っていることが多いのに。

 リビングを覗いてみたが、やはり瑠奈の姿は無かった。
 なにかのはずみで倒れたのか、テーブルの上のパキラの鉢が倒れて土がこぼれている。
 ふと、強い胸騒ぎのようなものを感じた。
 瑠奈に電話をかけようとしたとき、スマートフォンのディスプレイに表示されたニュースアプリの通知が葵の目に止まった。

『新宿区、未成年保護ボランティアのテントで通り魔? 複数人が緊急搬送』

 葵は考える間もなく通知をタップした。

『本日午後七時ごろ、東京都新宿区の路上で「複数の人が倒れている」と警察や消防署に連絡があった。場所は家出した未成年が多数集う通りで、警察によると被害者の五人はいずれも現地で保護ボランティアとして活動しているメンバーだという。被害者は頭や体を強い力で殴られたとみられ、代表の牧村沙織さん(十七)は重体で集中治療室に入っている。凶器は見つかっておらず、警察は話ができる被害者から事情を聞くなどして詳しい状況を調べている』

 葵は瑠奈に電話をかけたが、数回コールした後に留守番電話になってしまった。
 一瞬躊躇ったが、凛にも電話をかけた。
 凛はワンコール目の途中で電話に出た。
「もしもし、あおっぴ? 珍しいね電話なんて」
「あ……う……る、瑠奈……」
「え? 瑠奈ちがどうしたの?」
「れ、連絡……いってないですか?」

 電話の向こうで、凛が思案する気配があった。
「私のところには何も来てない。そっちにも帰ってないってことだよね?」
「あ、さ、沙織さんのテ、テントが、お、襲われたみたいで……」
「……え?」電話の向こうでキーボードを叩く音が聞こえた。「本当だ……。ここ、瑠奈ちが裏取りしに行った場所だよね? あおっぴ、まずは落ち着いて。まだ瑠奈ちが巻き込まれたって決まったわけじゃないから。こっちで情報収集して、なにかわかったらすぐに連絡する。それまでは動かずに自宅待機でお願い」
「は、はい……」

 電話を切ると、耳が痛くなるほどの静寂が葵を包んだ。
 葵はひとまず倒れたパキラの鉢を元に戻し、こぼれた土を集めて捨てた。テーブルを拭いた後、ぼうっとしたままダイニングチェアに座る。目の前の椅子に、いつも通り胡座をかいて座る瑠奈の幻が見えた気がした。
 世界から自分以外の人間が死に絶えたような気がした。
 時計は凛との電話を切ってから五分しか進んでいなかった。
 居ても立ってもいられず、葵は合鍵を持って瑠奈の部屋に向かった。エレベーターを三階分降りて、「真白」と書かれたプレートの嵌っているドアの前に立った。呼び鈴を押しても返事がない。念のためにドアに耳を押し当てても、物音がしない。そもそもこのマンションは室内の音がほとんど外に漏れ出ないのだ。
 鍵を開けて中に入る。

 嗅ぎ慣れたルームフレグランスの優しい香りが出迎えた。
 間取りは葵の部屋と一緒だが、ウォルナットとグリーンを基調とした葵の部屋とは違い、瑠奈の部屋は白とステンレスにナチュラルウッドを用いた極力生活感を排したインテリアでまとめられている。
 整理整頓は行き届いていた。
 リビングとダイニングのそれぞれの壁には、白く塗られた大小さまざまな木のブロックがランダムに配置された板が一枚ずつ掛けられていた。光の当たる角度でブロックが陰影を生み出す立体アートで、瑠奈がアメリカで買い付けてきたものだ。食器やカップも全て白で、同じものが二つずつ揃えられていた。
 もちろん瑠奈はいない。
 勉強部屋や洗面所もいつもと変わらない様子だったが、葵が最後に寝室に入ると、ようやく異変が見つかった。
 クローゼットが開けっ放しで、別れた時まで瑠奈が着ていた制服や下着が床に投げ捨てられていた。
 瑠奈が脱いだ服を床に放置したまま出かけるなどありえない。そして、葵はクローゼットの中の何がなくなっているのかすぐに理解した。
 アンチレジストのバトルスーツがなくなっている。
「凍矢のところに行ったんだ……」と、葵はつぶやくように言った。
 ベッドのヘッドボードには、葵と二人で撮った写真が何枚も置かれていた。
 葵は写真の中の瑠奈の笑顔をしばらく見つめた後、部屋を飛び出した。自室に戻って服を全て脱ぎ、バトルスーツに着替えてから大きめのスポーツウェアを重ね着した。外に出てタクシーを拾い、あらかじめスマートフォンに表示しておいた住所を運転手に見せた。
 一瞬、凛に連絡しようと思ったが、昼間の凛の言葉が蘇り思い止まった。

『縁起でもないけど、敵が強力すぎて上級戦闘員が二人同時に欠けるのは避けたいし』

 瑠奈と自分のどちらかが欠けるのなら、自分が欠ければいい。
 自分の人生は、瑠奈がいなかったら、死んでいたも同然なのだから。

 ジム全体を揺らすような衝撃が響いた。
「ゔぐッ?!」
 チンニングマシンが軋んで悲鳴のような音を立て、それに拘束されている瑠奈の身体がくの字に折れた。
 ぐぽっ……と音を立てて、瑠奈の腹に深々と刺さった拳が抜かれると、瑠奈は全身の力が抜けたようにがっくりと項垂れた。両手足を大の字に開いた状態で拘束されているので倒れ込むことができず、ただ苦しそうに肩を上下させている。
「おら、そろそろ限界だろ? 素直に抱いてくださいって言えよ」
 凍矢が瑠奈の髪を掴んで顔を覗き込んだ。積み重なったダメージでボロボロになりながらも、瑠奈は鋭い視線で凍矢を睨む。
「へぇ……まだそんな顔ができるのか。まぁいい。生意気な女は嫌いじゃないからな」
 凍矢はマシンをいじり、背当てパットを瑠奈の腰にあてがった。凍矢の意図を理解した瑠奈の顔から血の気が引く。
 ずぐんッ……! という重い音が室内に響いた。
「お゙お゙ッ?!」
 瑠奈の瞳孔が一気に収縮し、大きく開けた口から唾液が噴き出した。凍矢の拳は瑠奈の背骨に触れるほど深くめり込み、拳とパットに挟まれた瑠奈の腹は目を逸らしたくなるほど痛々しく陥没している。
「どうだ? 背中に衝撃が抜けないからかなり効くだろ?早く仲間を裏切って僕の女になれよ」
「ゲホッ……は? バカじゃないの? あんたみたいなキモいナルシストの女になるくらいなら、死んだ方がマシなんだけど」
 ズブンッ……! という水っぽい音と共に、瑠奈の腹がまた陥没した。
「ゔッ?!」
「調子に乗るなよ? 自分の立場わかってんのか?」
 凍矢は瑠奈の頭を自分の腹を覗かせるように押さえつけ、そして固めた拳を瑠奈の腹に連続で打ち込んだ。一撃一撃が重い攻撃をピストンのように連続で打ち込み、瑠奈の腹は陥没がおさまらないほどの速さで潰れた。
「ゔッ! んぶっ!? お゙ッ?! ゔぐッ?! がッ!?ゔあッ?! あぐッ! んお゙ッ!!」
「おらおら、自分がどんな風に腹ブッ潰されてんのかちゃんと見ろよ。ガキができねぇ身体になっても知らねぇぞ」
 両手足を拘束されているため、もちろん瑠奈は攻撃を躱すどころか防御することもできない。そのうえ背中もパットに押し付けられているため、衝撃は逃げることなく全て瑠奈の腹に集約された。
 凍矢の容赦の無い腹責めがようやく終わると、瑠奈は全身を脱力させて崩れた。両手首を拘束具で吊らているため倒れ込むことはないが、両足は内股になり体を支えきれていない。
「焦らしてんのか知らねぇが、そういうのは相手を選んでするんだな。俺の女になれるチャンスなんて滅多にねぇぞ?」
 凍矢が朦朧としている瑠奈の顎を持ち上げ、徐々に顔を近づける。唇が触れそうになった瞬間、瑠奈は反射的に顔を引き、凍矢の眉間に唾を吐いた。
「……てめぇ」

 凍矢の眉間に、まるで縦に裂けたようにシワが寄った。次の瞬間、大砲を打つような重い音が部屋を揺らした。
「ひゅぐッ?!」

 凍矢が瑠奈の鳩尾を、両足が完全に浮くほどの威力で突き上げた。凍矢が手早く瑠奈の拘束を解くと、瑠奈はビクビクと痙攣したまま崩れ落ちるように床に倒れ、腹を抱えるようにして悶絶した。
「がはッ……?! ゔあッ……! あがッ……!」
「手加減無しの鳩尾、かなり効くだろ? 格闘技やってる男でも十分はまともに動けねぇ」と言いながら、凍矢は悶絶する瑠奈を見下ろした。「ま、今回は俺の負けだ。そんなスケベな格好でスケベな身体を見せつけられたらさすがに我慢できねぇ。無理矢理は俺のガラじゃねぇんだけどな」
 凍矢は瑠奈の腕を掴んで無理やり引き起こすと、見せつけるようにじりじりとトレーニングショーツを下ろした。やがて常人のふた周りほど太い男根が勢いよく跳ね上がり、ベチッと音を立てて瑠奈の頬に当たった。
「……は? え? ひ、ひぃっ!」
 瑠奈はしばらく何が起きたのか理解ができない様子だったが、頬に触れている現実を理解すると顔色がみるみる青ざめた。
「こんなにバキバキになったのは久し振りだ。朝までには今までの男、全員忘れさせてやるよ」
「やっ、やだっ! 来ないで!」
「おいおいビビり過ぎだろ。ま、こんなにデカいチンポは初めてかもしれねぇがな」
 瑠奈は身体が思うように動かない中、必死に顔を背けて逃れようとする。しばらく揉み合いが続いたが、男性器を見ないように必死に目を瞑って逃れる瑠奈の様子に、凍矢にある疑問が湧き上がってきた。
「……おい、お前まさかとは思うけどよ、その見た目で処女とか言うんじゃねぇだろうな?」
 凍矢の一言に、瑠奈の肩がビクッと跳ねた。
 それが無言の回答になっていると気がつき、瑠奈もしまったと思ったのか、二人はしばらく無言のまま動かなかった。
「おいおいマジかよ」凍矢がせせら笑いながら髪を掻き上げた。「そうかそうか。ならビビんのも仕方ねぇな。じゃあ特別に俺がパーソナルトレーニングしてやるよ。どういう風にお前の身体使えば男が喜ぶのか、イチから全部教えてやる」
 きぃ……という金属が擦れる音がして、凍矢と瑠奈はジムの入口に視線を向けた。
 ピンク色に白いラインの入ったプリーツスカートにショートジャケット。チアガールを軽量化したようなバトルスーツに身を包んだ葵が静かに入ってきた。
 カツン……と音を立てて、葵のつま先に瑠奈の壊れたヘッドパーツの破片が当たった。葵は廃墟で古い写真立てを見つけたように、そっと手に取った。
「葵……? なんで……?」と、瑠奈が目を丸くしながら言った。
 葵はボロボロになって座り込む瑠奈の姿を認めると、息を呑むような表情になった。
「ったく、今日は妙な客が多いな。バニーガールの次はチアガールかよ」
 凍矢は不快感を隠さずにトレーニングショーツを乱暴に引き上げると、瑠奈の腹を蹴飛ばした。瑠奈は壁に背中を強打し、くぐもった悲鳴をあげてうずくまる。
 葵が歯を食いしばり、凍矢に向かって床を蹴った。

11月12日のイベントに参加します。

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