時間の感覚が無くなっていく。私がここで目覚めてから何日、いや、何週間経過しただろうか。ほぼ毎日、様々な人妖が私を散々責め立てた挙句、濃厚なチャームを浴びせていった。人間とは不思議なもので、そんな極限状態ともいえる生活にも私の身体はすっかり順応し、逃げ出したいという気持ちは今でもあるものの、彼らが部屋に入るたびに私は自然と彼らのチャームを期待するようになっていった。

 

 

 

「おら!もっと奥までくわえ込むんだよ。喉奥でしごくんだ!」

 

「うぶぅぅぅっ!!?うぐぇっ!!ごえぇぇぇっ…!!」

 

マッチョなこの男はいつもは太った別の男と一緒に来るのだが、今日はなぜか1人だ。でも、やることは大体同じ。散々私のお腹を責め立て、胃の内容物をすっかり吐き出させた後のイマラチオ。お決まりのパターンだ。

喉が男の巨根の形に合わせて、まるでカエルのように大きく膨らむ。もの凄い吐き気と呼吸がままならない死への恐怖が私を襲うが、この行為の結果を思うと自然と身体の奥が熱くなる。

 

「ぐぅぅぅぅっ……!!メス豚へ餌を恵んでやる!こぼすんじゃねぇぞ!!」

 

どびゅぅぅぅっ!!ぶびゅっ!!ぶびゅるぅぅぅぅっ!!!

 

喉奥へ突き込んだまま、熱い樹液が直接胃へ流し込まれる。味なんて分からない。ただ、これを飲まされるたびに、私の身体は否応無しに悦びを感じる。しかし、放出が終わり男が男根を一気に引き抜く一瞬前、さらに奥にそれを突き込んだ。

 

「うぎゅう!!?うげぇぇぇぁぁぁぁ!!」

 

それが私の限界を超えさせ、たった今流し込まれた大量のチャームをびちゃびちゃと床に吐き出した。白濁した水たまりが、床に着いた私の膝の間に広がる。

 

「ちっ!!何やってんだよ!?」

 

男が私の髪を掴んで顔を上げさせ、覗き込んでくる。男の顔は無精髭が生え、髪はやや伸びすぎているが、それでも元々の顔が野性的で整った顔をしているので、不思議と魅力的に写った。

私達はしばらくそのままの姿勢で沈黙した。静寂が足下から私達の間に霧のように広がる。ふと、私の髪を握っている男の手が小刻みに震えているのに気付いた。不思議に思って顔を覗き込むと、その目が赤い。いや…泣いてる……?

 

「クソッ!!」

 

吐き捨てるようにそう言うと、男は私を突き飛ばすように髪を離した。床に倒れたまま男を振り向くと、背中を向けて小刻みに震えている。

 

「……あ…あの……いつも一緒の人は…?」

 

当然の疑問を口にすると、男の背中が小さくビクリと跳ねるのが分かった。しばらく男は何かを考えるかのようにその場に静止していると、やがでふぅっとため息をついて私に振り返った。

 

「お前…帰りたいか…?」

 

私の質問を無視した意外な一言に、私は即答することが出来なかった。

 

「家に帰りたいかって聞いてんだよ?」

 

「えっ…!?あ…は、はい。も、もちろんです。帰りたいに決まってます!」

 

男は自分の足下に視線を落とすと、小さく「だよな…」と呟いた。帰れる?私、ここから出れるの?男は相変わらず足下を見ながら、つま先で小さな図形を描いていた。やがて、意を決したように視線を上げて、私に向き直った。

 

「いいぜ、出してやるよ。俺が出た後に逆方向の扉が開くようにしておく、そのまま真っすぐ行けばやがて出口だ。見張りなんかもいねぇから安心しな。そのかわり、途中どの扉も開けるんじゃねぇ」

 

突然言い渡された解放宣言に私は事態を飲み込むことが出来ず、呆然と男を見つめた。

 

「なんだよその目は…?言っとくが、罠じゃねぇぞ。俺は乱暴だし、お前にも色々酷いことをしたが、人間みたいに嘘は言わねぇ…」

 

「な…何故急にそんなこと…」

 

「理由なんてねぇよ。俺の気が変わらないうちにとっとと消えな」

 

それだけ言うと、男は私に背を向けて自分が入ってきたドアに向かって歩き出す。私はただ呆然とするしかなかった。男の言うことが本当なら、彼がドアを開けると後ろのいつも閉まっているドアが開くはずだ。そして、おそらく彼は嘘は言ってないだろう。

 

「ああ…あのよ…」

 

男がドアノブに手をかけながら、私を振り返った。

 

「お前、アンチレジストに帰るのか?」

 

どこか諦めた様な、まるで解体工場に送られて行く家畜を見る様な表情だった。

 

「え…?あ…と、当然です!人妖を倒すのが私の使命です!たとえ上級戦闘員になれなくても、オペレーターとしてバックアップは出来るはずです!」

 

「ふぅ…やめておけ。おとなしく家に帰って、そして普通の生活をしろ。金輪際俺達やアンチレジストに関わるんじゃねぇ」

 

「な…何故ですか!?あなた方にそんなことを言われる筋合いは…!!」

 

「どこの世界も、全てを知っているのは上の一部だけで、それ以外の奴らは訳も分からず利用されてるだけなんだよ!」

 

私の言葉を遮って発せられた諭す様な男の言葉に、私は二の句が継げず黙り込んだ。

 

「お前が思っているよりも、俺たちを取り囲んでいる輪は遥かに大きい。状況が変わったんだ。今に暴走がはじまる…」

 

「暴…走…?ど、どういうこと……?」

 

「…………気になるんなら、出口の途中、右側にあるボイラー室のドアを開けてみな。後悔しない自信がありゃあな…俺が言えるのはそれだけだ。じゃあな……あと、今まで悪かったな」

 

バタンとドアが閉まった後も、私はしばらく男の出て行ったドアを見つめ続けていた。何か大きな出来事が、私の周りで起こっていると彼は言っていた。まるで大海原に放り出され、巨大な渦巻きに飲み込まれる前の静けさの中に居るような感覚だった。

しばらく呆然とした後、はっと気付いて後ろのドアを開ける。ドアは今まで固く口を閉ざしていたのが嘘のようにすんなりと開いた。

途中、いくつかのドアを通り過ぎた。更衣室や機械室の他、大きなベルトコンベアが設置された部屋もあった。いくつかの部屋を通り過ぎた後、赤いライトの下に照らされたボイラー室はあった。

 

「ここがボイラー室…。中に何があるのかしら…?」

 

震える手でドアノブを回す。想像よりも大きな音がして、ドアは開いた。開けた瞬間に、様々な臭いが私の鼻を突き刺し、思わず口と鼻を手で覆う。

 

「ううっ……ひどい…何、この臭い…?チ…チャームと…血?」

 

臭いの1つは間違いなくここに来て何度と無く嗅がされたチャームの臭いだった。それが汗や体臭の臭いと混じり合い、酷い臭いがこの部屋を塗りつぶしていた。プールの更衣室をずっと掃除せずに放置すればこのような臭いになるのだろうか?いや、プールの更衣室をいくら放置しても、錆びた鉄が腐った様な、ぬめりつく様な血の臭はするはずが無い。

私は逃げ出したい気持ちを抑えながらも、口元を覆いながら慎重に部屋の奥へと進む。奥に行けば行くほど、次第に血の臭いは濃くなっていった。そして、ボイラーに「ソレ」はあった。いや、へばりついていた。

 

「一体何がこの部屋で……ひぅっ……!!!?」

 

悲鳴はそのまま身体の中にかき消えていった。部屋の奥に設置されたボイラー。最初、ボイラーの中心にぼろぼろの黒い布がかかっているのかと思った。しかし、近づくとそれはまぎれも無く人だった。いや、よく見れば見覚えがある。あの頻繁に私を襲ってきた2人組、さっき逃がしてくれた人妖の相棒。肥満体の人妖がボイラーの中心に、まるで前衛芸術の作品のように貼り付けられていた。

 

「うぐっ…!!うげぇぇぇぇぇ…!!」

 

胃の中に吐くものなんて残ってなかったが、ともかく吐かずにはいられなかった。いくら嘔吐いても何も出て来ないが、とにかく吐いた。目の前にある「太っちょ」の変わり果てた姿は自分の想像の範疇を超えていた。身体の中の空気を全て吐き出した後、少し落ち着いて恐る恐るソレを見上げる。

身体の至る所に五寸釘かアンカーの様なものが打ち込まれ、ボイラーにまさに「貼り付け」られていた。胴体と首が分かれていた。首は胴体の右側に貼り付けられ、さらにその右隣には根元から抜き取られたのか、異様に長い舌が貼付けられていた。顔中は切り刻まれ唇は無く、むき出しの歯は笑っているように見えた。両目はくり抜かれ、黒い穴が過去そこに目が存在したことを主張していた。身体は解剖したカエルの標本の様だった。両手足は大の字にした状態で固定され、胴体まるで巨大な絨毯のように、喉仏の下からヘソの下まで大きく切り開かれた皮膚が左右対称に貼付けられ、包むものが無くなった臓腑がこぼれて床にまで垂れ下がっていた。

 

「おうぐっ!?うごぇぇぇぇ!!」

 

再び強い吐き気に教われ、嘔吐きながらボイラー室を出て一目散に出口まで走る。転がるようにドアを出ると、そこは見慣れない夜の町だった。私が閉じ込められていたのは、どうやらこの町の工場だったらしい。しかし、稼働している様子は無く、所々朽ち果てている。こういうのを廃工場と言うのだろうか。私はほとんど無意識に当ても無く歩き、駅を見つけて実家へと帰った。どのように乗り継いで帰ったかは覚えていないので、当然あの廃工場のあった場所は今でも分からない。

私はこの一件をファーザーに報告しようと思ったが、結局組織には戻らなかった。引き止める両親には悪いと思ったが、念のために色々と理由をつけて現在は遠い町で一人暮らしをしている。心配した組織との関係も、私が不要になったのか、死んだものとして扱われているのか、いずれにせよ特に接触は無かった。

今でも時々マッチョが言っていた「状況が変わった」という言葉の意味を考えるし、あの太っちょの末路が時々夢に出てきて飛び起きることがある。しかし、今の私はあの場所からずいぶん遠くまで来てしまった。私がマッチョの言っていた「取り囲んでいる輪」の外に出ることが出来たのか、それともただ輪の中心から離れただけで、未だに輪の中にいるのかは分からない。

 

 

レジスタンス「外伝:cage」

 

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