「くくく…許さないのはこちらも同じですよ…」
涼が脇腹の刺し傷を撫でながら綾に微笑みかける。しかし、それは「これが自分のスタンスだ」と言いたげに、ただ口元だけで微笑みを表現しただけで、目は決して笑ってはいなかった。
「こちらはあなた方のおかげで結構大変な目に遭いましてね…。ここへ向かう途中に行き倒れて、使役している賤妖に助けられるなどと無様な醜態を晒し、挙句の果てに蘇生までの間胸くそ悪い人間の身体を借りなければならないとは…いやはや、生き恥を晒すとはこういうことを言うのでしょうね…」
「自分で撒いた種でしょう?なに人のせいにしてるのよ。こっちだってあなたに…その…色々されたんだから…お互い様でしょう?」
「いえいえ…あなた方下賎な人間が、高貴な存在の人妖に良いようにされるのは自然の摂理でしょう?」
涼がゆっくりと綾とシオンに歩み寄る。綾はわずかに身体をシオンの前に移動して、庇うように涼に対峙する。
「どこまで思い上がっているの?生き物に優劣なんて無いわよ!」
「ははははっ!あなた方はいつもそうだ。自分のしていることは棚に上げて、他の人が同じことをすれば我慢が出来ない。時々ニュースで見ませんか?例えば人里に熊が出た場合、観光地に猿が出た場合。たいてい結末は決まっているでしょう?」
「そ…それは…」
「違います!」
突如響いた声に、一瞬場の空気が動かなくなった。綾の足下に座り込んでいたシオンがゆっくりと立ち上がって涼に向かい合う。
「確かに私達は自分勝手に動く生き物かもしれませんが、それでも様々な生き物と共存をしようという動きも少なからずあります!浜辺に打ち上げられたイルカやクジラを助けたり、さっき貴方がおっしゃった人里に出た動物だって、麻酔で眠らせて山に返すことだってあるんです!全てが最悪の選択ではないんです!」
シオンの頭の中に、隣の部屋のケージに入れられた、ぼろぼろになった動物達の死体が浮かび、涙がこみ上げてきた。それを振り払うかのように強く頭を振る。金髪のツインテールが揺れ、弱々しい蛍光灯の光を浴びてキラキラと輝いた。
「……まぁいいでしょう。こちらの計画も順調に進んでいます。今はあなたにお礼をすることに集中しましょうか?」
涼の目がギラリと光を放つと、2人に向かって、いや、綾に向かって突進を始めた。一気に距離が縮まり、綾の顔面を目掛け拳を放つ。
「あ、綾ちゃん!?危ない!!」
「うぁっ!?」
紙一重でよけるが、風圧で綾の右頬がヒリヒリと痛んだ。まともに食らっていれば、鼻の骨どころか頬骨や眼底の骨にまで深刻なダメージがあっただろう。綾は涼は一切手加減をする気がないことを、この一撃で悟った。
「くっ…このっ!!」
空いた涼の腹部を狙い、裏拳を放つ。ごぎゅりという音がして、オープンフィンガーグローブを付けた綾の拳が埋まる。
「ぐぶっ!?」
「やあああっ!!」
裏拳が入ると同時に、降りてきた顔面に向かってストレートを放つ。綾は考えるより先に身体が最善の選択をして相手に攻撃する。その選択が間違うことはほとんど無い。綾をアンチレジストの上級戦闘員たらしめる素質だ。
ガシッ!!
「くぅっ!」
綾の右手首を、涼ががっしりと掴んだ。綾の細い手首に、両の手はあまりに暴力的に見えた。
「ふぅ…ふぅ…効きましたよ…今の一撃は…。やはりまだ身体の能力は完全には戻っていないようだ…。しかし、貴女ごときに負けるはずが無い!」
ドグッ!!
「うぐっ!?ぐぅぅ……」
「綾ちゃん!?」
涼の右の拳が、綾のショート丈のセーラー服からむき出しになった腹部目掛けて放たれる。綾は咄嗟に腹筋を固めてダメージを堪えるが、全くのノーダメージという訳ではない。
「ほぅ…強くなりましたね…。よろけながら打ったとはいえ、私の一撃を耐えるとは…」
「うくっ…あ…当たり前でしょ?アンタと違って…黙って寝てた訳じゃないんだから…」
涼は綾の手首を解放し、一旦距離を取って構える。
「くくく…これはお言葉ですねぇ…。強がっているようですが、もともとあなた達人間の身体とはスペックが違うというのに…。そう言えばシオンさんのお相手をした時も、私は鑑とかいう人間の身体を借りていましたね。いやはや、あの時はまるで身体が鉛になったみたいで、歯がゆい思いをしましたよ。早く私自信の攻撃でのたうち回るあなた達が見てみたいですね…」
鑑の名を聞いて、シオンがピクリと反応する。後ろからわずかに拳を握る気配が綾にも伝わった。鑑という名は綾にとって初耳だったが、シオンとは何らかの関係があることは分かった。
「シオンさん、悪いけど、ここは私に任せてくれる…?」
「えっ…?で、でも…」
「こいつとの決着は私自身でつけたいの。それに、残念だけどシオンさんは今までの戦闘で疲労がたまってるから、無理しても結果は見えてるわ…。詳しくは知らないけど、鑑さんの分も、あいつには身体で払ってもらう。もちろんシオンさんの分もね!」
そう言うと綾はシオンにニッと歯を見せて笑い、拳と手のひらをパシッと合わせた。
「100パーセントあり得ないけど、もし私があいつに負けそうになったら助けにきて。だから、今は休んで私に任せて欲しいの。気持ちを無視するようだけど、どうかお願い…」
「綾ちゃん…分かったわ。その代わり、危なくなったらすぐに助けに入るから。それは了承して」
綾は力強くうなずくと、涼に向き合い再び拳と手のひらをパシッと合わせた。