Яoom ИumbeR_55

Яoom ИumbeR_55は「男性→女性への腹パンチ」を主に扱う小説同人サークルです。

2011年08月

harapa2 cut




腹パンオンリーイベント、HARA☆Pa!2。
本日主催者側に参加申請をしまして、当日の飛行機も往復で押さえました。
自分が会社勤めをしている関係上「急遽仕事が入って不参加!」という可能性も無きにしも非ずですが、全力で参加出来る様に努力します。

シャーさんもブログで仰っていますが、なんといいますかね、楽しいだけじゃないんですよ。あのイベント。
大げさに言うと「自分の存在を許された感覚」というか、今までただただ後ろ向きに隠し続けて来た嗜好が肯定された時の感動は、お金では買えないと思います。

交流会みたいな感じで、気軽に参加して頂きたいと思います。
もし参加出来たら、色んな方とお話出来ればと思いますので、よろしくお願いします。

続きです。


 あの忌々しい日から二週間が経とうとしていた。
 組織から支給されているマンションの一室。部屋の中に降り注ぐ光は徐々にオレンジから濃紺に変わりはじめ、昼間は蒸し暑かった気温も今では肌寒いくらいに下がっていた。
 綾はパジャマ姿のまま、部屋のベッドの上でお気に入りのぬいぐるみを抱え、呆然と虚空を見ていた。
 検査を含めた二週間の入院の後、退院してからも綾は組織に顔を出す以外はほとんど外出せず、学校も休学していた。
「はぁ……」と、無意識に綾の口からが溜息が漏れる。
 綾の退院を待って開かれた会議の雰囲気は、まるで重油で会議室全体を満たしたかの様に重いものだった。
 いつも冷静な綾専属のオペレーター、紬が珍しく沈痛な表情で、誠心学園で更に二人の行方不明者が出たと報告した。涼による犯行であることは明白であり、報告を聞いた綾はまるで崖から突き落とされた様な気持ちになった。
「私の……せいだ……」
 綾がぽつりとつぶやいた言葉は曖昧に部屋の中に溶けて消えた。
 綾だけが、自分を責めていた。
「あの時、私が涼を止めていれば……」
 誰も綾を責めなかったし、むしろ無事に帰還したことを喜んでくれた。病院の検査ではチャームは少量しか吸収されておらず、精神を完全に支配されるレベルには至っていなかった。
 奇跡的な帰還であったし、組織としても綾ほどの逸材を失わずに済んだことは大きかった。
 だが綾の気持ちは、むしろあの場で堕とされていた方が良かったと思えるほど落ち込んでいた。上級戦闘員である綾が敗北した以上、一般戦闘員を向かわせるわけにはいかない。しかし、決して多くはない上級戦闘員は全て他の人妖討伐に向かっており、やむを得ず誠心学園の件は野放しの状態になっていた。
「私が……やらなきゃ……」
 綾が呟くと、あの夜の出来事が脳裏にフラッシュバックした。口内にねじ込まれた、ゴムを巻いた鉄棒の様な涼の男根の感触と、それが全て溶け出したと錯覚するほど大量に放出された熱くて濃いチャームの味が蘇る。
「うぷっ!?」
 反射的に吐き気がこみ上げ、左手で口元を押さえる。しかし、なぜか下腹部の辺りが徐々に熱くなってくるのを感じた。
(なんで……? 好きでもない人に、無理矢理されたのに……)
 散々腹を責められ、ファーストキスを奪われ、大量に白濁を浴びせられた。その後は朦朧としていたとはいえ、フェラチオをしてしまった。
 今までの生活の中で、将来出来るかもしれない恋人にならまだしも、自分があの様な行為をするとは考えてもいなかった。
 しかし、わずかに吸収されたチャームの影響か、帰還してから綾自身も自らの身体の中に僅かに疼く熱を感じずにはいられなかった。あの日から毎晩の様に夢に見るあの夜の出来事と、その続き……。口での奉仕の後、涼に犯され、嬌声を上げる自分自身……。目が覚めた時にいつも襲ってくる嫌悪感と、否定出来ない身体の疼き。
 綾は強く頭を振ると、ぬいぐるみを枕元において立ち上がった。
「倒さないと……。あいつを倒さないと、私は前に進めない!」
 綾はパジャマと下着を洗濯カゴへ放り込み、シャワーを浴び終えるとクローゼットを開け、戦闘服のセーラー服とグローブを身につけて誠心学園へと向かった。




 既に日は完全に落ち、透明感のある清涼な風が、澱の様にこびり付いた昼間の熱気を押し流す様にグラウンドを吹き抜けていた。
 この時間でもまだ練習を続けている野球部やラグビー部のかけ声が、綾のいる裏口まで響いて来た。
 綾は自転車を漕いで誠心学園の裏門へ到着すると、非常口から校舎内に侵入した。母校なのに侵入というのも妙な話だが、戦闘服に着替えた今の姿を部活動を終えたクラスメイトや友人に見られると厄介なことになる。誰にも会わずに涼を倒さなければならない。
 グラウンドとは違い、校舎内は生徒もほとんど残っておらず静かなものだった。教師が残務処理をしている職員室を身を屈めて横切り、突き当たりのT字路を曲がって重厚な扉が構える校長室の前まで来ると、綾は深く深呼吸をした。
 自然と身体が小さく震えて来るが、意を決して扉をノックする。一瞬間を置いて、中から涼の「どうぞ」という声が帰って来た。綾は息を止めてドアを開けた。

 水音が部屋を満たしていた。
 聞いたことのある水音だ。
 部屋の中は、その部屋の主のものである年代物のデスクとチェアが威圧する様に鎮座し、入り口のそばには磨き上げられた応接セットが設置されていた。
 ダークブラウンのカーペットとコーディネートされた趣味のいいアンティークのそれらはおそらくかなり高価なものだろうが、真っ先に綾の目に飛び込んで来たのは涼の姿と、その足下に跪いて一心不乱に涼の男根にしゃぶりついている行方不明になった親友、上代優香の姿だった。
「やぁ、そろそろ来る頃だと思ってましたよ」
 デスクの横に立っている涼が、まるで数年ぶりに再会した友人に話しかける様に、穏やかな口調で綾に言った。綾は涼の言葉など耳に入っておらず、視線は友香に釘付けになっていた。
「……ゆ…………友香………何……して……?」
「ああ……『これ』ですか? 少し待っていて下さい。もう少しで……」
 涼が友香の頭を掴んで激しく前後に揺すると、水音が更に激しくなる。
「ん!? んぅっ! んんんぅ!」
 じゅっぷじゅっぷじゅぷじゅっぷ……。
「や、やめろ!」
 綾が本応的に涼に飛びかかり、右の拳を顔面に向けて放つ。
 涼は素早く対応して綾の拳を捌くと、布地に守られていない腹部に裏拳を埋めた。
 我を忘れていたためか、綾は衝撃に対して何の防御も出来ず、綾は悲鳴を上げることも出きずに嘔吐いた。 
「!? か……ッはっ……」
「そうやってすぐに熱くなるのが貴女の悪い癖だ。すぐに終わるからそこで見ていなさい」
 綾は両手で腹部を押さえながら、両膝をカーペットに突いて苦痛に耐える。本当はすぐにでも反撃に出たかったが、的確に肝臓を貫かれていて身体の自由が利かなかった。
「ゆ……友香……」
 綾は祈る様な目で友香を見るが、友香の視線に綾の姿は入っておらず、ただ涼の男根を猫じゃらしを目の前にぶら下げられた猫の様に目で追っていた。
「ああぁ……先生……は、早く、ご奉仕させてください。それ……友香にしゃぶらせて下さい……」
「いや、ちょっと急用が出来たのでね。先にご褒美を上げましょう。親友の前でその堕ちた姿を存分にさらけ出しなさい。さあ、舌を出すんだ」 
「あ……ご、ご褒美……ぇあ…………」
 友香は言われた通りに舌を出して、薄目を開けて嬉しそうに涼を見上げている。親友のあまりの痴態に綾はただ首を振ることしか出来なかった。
「くっ……いやらしい顔をして……綾、見えますか? いまからこのだらしない友香の顔を、どろどろに汚しますよ。よく見ておきなさい」
 涼は友香の顔を狙って勢いよく男根をしごくと、何の躊躇いも無く友香の顔中に白濁をぶちまけた。
「くッ……ふっ……! 出るぞ……おぉっ!」
「ぷあっ!? あぶっ、えあぁ……」
「くぅッ! おおっ……」
 白濁は勢いよく飛び散り、友香の顔は見る見るうちに真っ白に染まっていた。口の周りを中心に目も開けていられないほど大量にかけられ、重力によって垂れた粘液は顎から床のカーペットにゼリーの様に溜まって行った。
「ふぅぅっ……ははっ、二週間前の君みたいだな。なぁ、綾?」
「友香……お前は……お前だけは、絶対に許さない!」
 綾は震える膝を押さえてようやく立ち上がると、涼に対して身構えた。涼はやれやれと首を振ると机の引き出しからタオルを出して友香の頭にかける。
「熱くなるなと言っているでしょう? ここは職員室も近いですし、大声を出すと他の教師や生徒に気付かれかねない。どうですか、体育倉庫に移動してみては? 貴女にとっても因縁の場所だと思いますが」
「望むところよ……」
 綾が力一杯拳を握りしめると、グローブがギチギチと音を立てて軋んだ。涼が唇だけを歪ませる嫌な笑みを浮かべると、机の引き出しから学校のマスターキーを取り出し、ドアの方へ歩いて行った。
「では、行きましょうか。この時間なら体育館は施錠されていますから、もう生徒は外の男子運動部しか残っていないはずです。時間はたっぷりありますから、楽しみましょう」
 涼が意味ありげな笑みを浮かべて部屋を出ると、綾もそれに続く。振り返ると、虚ろな目をして床に座り、カーペットにしみ込みつつある白濁を何ともなしに眺めている友香の姿が目に入った。
「待ってて友香……絶対に助けるから……」
 その声に友香はピクリと反応したが、すぐにもとの虚ろな表情に戻って行った。

皆様ご機嫌いかがでしょうか、number_55です。
まだ参加出来るか定かではありませんが、イベントの出し物やらIFストーリーの製作やらでてっきり更新が滞ってしまいました。
その間も毎日100を超えるアクセス、本当にありがとうございます。

さて、DL販売用に作成している綾編バッドエンドですが、文章はこちらで全て公開したいと思います(販売用は多少変更する可能性があります)。
文章のみでOKの方はこちらでお楽しみいただき、イラスト付きで読みたい方は後ほどDL販売にて購入して頂ければと思いますので、よろしくお願い致します。

基本的に正規ルートの綾編の途中から始まりますので、未読の方はそちらを読まれてからの方がいいかと思います。

ではどうぞ〜。







 涼は恍惚とした表情で綾の腹部に連続で拳を埋める。呼吸は既に獣の様な荒々しいものになり、トドメの一撃が綾の身体をビクリと跳ねさせると短い呻き声を上げた。
「うぅっ! くうぅぅぅ……たまらん……一回出すぞ……」
 涼は文字通り人間離れした力で綾の腕を拘束していた縄跳びを引きちぎり、目の前にひざまづかせた。そしておもむろにスラックスのファスナーを下ろすと一般男性の二周りほど大きい男根を取り出し、綾の顔の前で勢いよくしごきたてた。体勢的に真正面からそれを直視してしまった綾は、一瞬で何が起こるか、自分が何をされようとしているのかを理解する。
「えっ……? うそ……まさか……いや、いやぁぁ!」
「くぅぅ……たまらんな……その顔……。ほら、たっぷり出すぞ! 受け止めろっ!」
「あぶっ! なっ……ああああっ!」
 涼は何の躊躇いも無く綾の顔を目掛け、男根から信じられないほど大量の白い粘液を浴びせかけた。
 綾は本能的に嫌悪感を感じ顔を逸らそうとするが、涼は一瞬早く綾の頭を掴み正面を向かせたまま固定すると、どくどくと脈打つ様に異常なほど大量な白濁を浴びせ続けた。
「ほら、まだ止まらないですよ。ちゃんと舌を出してたっぷりと受け止めなさい」
「あ……あうっ……ぅぁ……えぅ……まら……れてる……」
 涼が命じると、度重なったダメージで朦朧とした意識の中、綾は素直に舌を出して多量の粘液を受け止めた。あどけなさの残る顔でうっとりと涼を上目遣いで見上げ、舌で白濁の粘液を受け止める様子はこの上なく背徳的で、涼の興奮は最高量に達していた。
 涼の放出は数十秒続き、綾の髪や顔中、口内や上半身までもどろどろに染め上げていった。
「えぅ……ああぁ……はっ……はぁあ……」
「ううっ……く……。こんなに大量に出るとは……興奮し過ぎましたか……。どうですか? 一番強力な特濃チャームの味は? たとえ貴女でも、もう身体の制御が効かないはずですよ?」
「あ……あぅ……あぁ……」
 綾はとても男性一人で放出したとは思えない量の白濁を顔で受け止め、真っ白にコーティングされた舌を出しながら光を失った目で涼を見上げ続けた。胸の前に差し出した両手にもなみなみと白濁が溜まり、口からこぼれて来る白濁を受け止めていた。
「さぁ、その口に溜まったものを飲みなさい」
「うぅん……ごくっ……ん……んふぅぅぅ」
「くくくく、素直で良いですよ。おいしいですか?」
「はぁっ……はぁぁ、う……わ……わからない……へ……変な味……」
「じきに虜になりますよ。さぁ、あなたが出させたのですから、責任を持ってこれを綺麗にしなさい。口いっぱいに含んで、尿道に残っているチャームも一滴残らず吸い出すんだ」
 涼は一歩前に出ると、放出したばかりだというのに硬度を保ったままの男根を綾の前に突き出した。綾は吸い寄せられるように涼の足下に跪くと、うっとりとした表情で男根を見上げる。
「こ……これ……口に……?」
「そうですよ。さぁ、早くしなさい」
 涼が綾の頭をそっと掴むと、ゆっくりと綾の顔を自らの下半身へと導いた。綾は戸惑いながらも小さく口を開けると、おずおずと男根を根元までくわえこんだ。
「んっ……んぐっ……じゅっ……じゅるっ……ごくん……んんぅ……じゅぶぅっ……ごくっ……」
 綾は戸惑いながらも必至に舌を絡め「これでいいの?」と訪ねる様に涼を上目遣いで見つめながら、言われた通りに男根に吸い付き、ストローでミルクシェイクを飲む様にチャームを吸引した。自然と舌や頬の密着度が高まり、放出したばかりで敏感になっている男根を締め上げた。
(なにこれ……? すごく濃い味……。でも……頭がぼうっとして……ドキドキする……)
 強すぎる快感に、涼が綾の頭を撫でる。綾は一瞬だけ戸惑った様な表情を見せると、頬を上気させたまま、教わってもいないのに吸引しながら舌先で尿道をチロチロとくすぐった。涼は身体を仰け反らせながら快感に喘ぐ。
「くっ!? くおぉぉぉ! す……すごいじゃないですか……くおおっ!? 天性のものがあるな……いつもそうやって彼氏を喜ばせているのですか?」
「ぷはっ……こ……こんなこと初めてに決まってるでしょ……か、彼氏なんて……出来たこと無いし……。で、でも……止められない……はむっ……じゅるっ……じゅぅぅっ……」
 綾は頬を赤くしながらも、一心不乱に頭を動かし、涼の男根に奉仕を続けた。顔からはいつもの強気で自信ありげな表情は消え失せ、目がとろんと蕩けただらしのない顔を涼にさらしている。
「うむっ……うむぅぅっ……。お……おいし……。あむっ……あ……ま、また……味が濃くなってきた……」
 涼は綾の奉仕を受け続け、歯を食いしばって放出を堪えていた。
 学校でもトップレベルの容姿を持つ綾が自分に対してかしずき、初めてだというフェラ奉仕を行っている。しかもその技量はかなりのものであり、栄養補給以外にも食物を摂取する様に日常的に女性と性交し、経験人数は千を超える涼であっても、少しでも気を抜けば途端に果てさせられてしまうほどのものであった。
「くうぅッ……くぉぉ……。いやらしくしゃぶりついて……そんなに俺のチャームが欲しいのか? 欲しければ……くれてやるぞ……」
「むぅっ……んふうぅ……ほ、欲しい……。い……いっぱい出して……濃くて熱いの……たくさん……あむっ……」
 最後のプライドだろうか、涼が綾に放出をねだらせる。涼は左手で綾の頭を掴んで乱暴に前後に揺すってスパートをかけると、背中に電気が走るのを感じて男根を一気に口元まで引き抜いた。
「むっ!? んぐっ!? んぐっ! んぐっ! んぐっ! んんんんっ!?」
「望み通り……出してやるっ! その小さな口に入り切らないほどたっぷりとな……くおおおおっ!!」
「むぅ? ん……んぅ? うぐっ!? うぶぅぅぅぅぅぅ!!」
 涼は放出の瞬間に一度口元まで男根を引き抜くと、尿道を綾の舌先に付け、喉を突き破りそうな勢いで白濁を放出した。粘液は綾の舌を舐める様に流れ、濁流は勢いよく食道を滝の様に落下して行った。綾は白濁のあまりの勢いに一瞬本能的に逃げようとするが、頭をがっしりと押さえつけられているために叶わず、両目を見開き、涙を浮かべながら放出に耐えるしかなかった。
 しかし、すぐにその表情は恍惚としたものに変わり、うっとりとしながら熱い白濁を嚥下し続けた。
「んんんんっ!? ごくっ! ごくっ! ごきゅっ! んふぅ……んんんっ……。ごくっ……じゅるっ……じゅるるっ!」
「ぐぅっ!? い……言ってもいないのに飲み干すとは……それに……また吸い込んで……くぅっ!」
 ちゅぽんと音を立てながら、強すぎる快楽のために涼はたまらず綾の口から男根を引き抜く。綾はまだ呆然と涼の男根を目で追っていた。
「はぁ……はぁ……ここまで私を責め立てるとは……。よく頑張りましたね。これはご褒美ですよ」
 涼はセーラー服のリボンを掴んで綾を立たせると、ピンポイントで胃を狙いを付け、下腹から鳩尾へ突き上げる様に拳を埋めた。拳によって収縮させられた胃から大量に飲まされた白濁が食道を駆け上り、滝の様に綾の口からこぼれ落ちる。
「ぐぶっ!? ぐぇぁああああああ!! ごぼぉっ!?」
 綾は両手で腹を抱えながら、生まれたての子鹿の様に膝を笑わせて腹部から襲って来る激痛と、嘔吐の苦痛に耐えていた。
 びちゃびちゃと綾の足下に白濁の水たまりが出来る。綾の意識は既に途切れかけ、最後の力を振り絞り顔を上げた瞬間に涼の膝が綾の腹部を突き上げた。
「ゔうっ!? あぁ…………」
「くくく……チャームが完全に身体に回り切る前に全て吐かせて差し上げましたよ。若干影響は残るでしょうがね。しばらく泳がせてあげますから、気が向いたらまた私の所に来なさい。女性としての屈辱を最大限与えてから、快楽の海へつき堕としてあげましょう」
 涼が背中を向けて去って行く姿を最後に、綾の意識は完全に途切れた。


「綾さん! 正門に車が来ていますから! もう大丈夫ですから!」
 暗闇に溶けてしまいそうなほど黒いウェットスーツの様なものを着た綾専属のオペレーター、衣笠 紬(きぬがさ つむぎ)は、綾に肩を貸してグラウンドを対角線状に横切っていた。
 時折防犯灯に照らされて浮かび上がる綾の姿は悲惨なもので、腹部には無数の痣が拳の形で痛々しく浮かび上がり、全身は白濁した粘液を頭から浴びせられた様にどろりと濡れていた。綾の性格を表した様な明るい茶色の髪の毛もべっとりと濡れ、まるで水死体のそれの様に綾の顔に貼り付いていた。
 ぼろぼろになった綾を半ば引きずる様に正門へと連れて行きながら、紬は血が滲むほど下唇を噛んでいた。
 綾との通信が途絶えて二時間ほど経過した後、居ても立ってもいられなくなった紬は綾の安否を確認するために誠心学園へ侵入した。身を隠しながらの偵察の後、不自然に灯りのともっていた体育倉庫の中で、散々酷使された後に打ち捨てられたぼろ雑巾の様に、うつ伏せになって倒れている綾を発見した。
 思わず叫びだしそうになった。
 綾は組織の階級、上級か一般か、戦闘員かオペレーターかの区別無く、誰とでも友達の様に接してくれた。もちろん紬にもだ。
 こんなに素晴らしい人がなぜこんな酷い目に遭わなければならないのかと思うと、涙と、人妖に対する怒りがふつふつと身体の底から沸き上がって来た。
 ようやく正門前まで到着すると、停まっている車から別のオペレーターが飛び出して来た。
「綾さん!? あぁ……なんて酷い……」
「相当ダメージを受けた後に、大量にチャームを飲まされてる。早く病院に運ばないと!」
 二人は綾の肩と脚を持って後部座席に寝かせると、アナスタシア総合病院へと車を走らせた。

シーン選別にご協力いただき、ありがとうございました。

コメントやメールにて頂いたご意見の中から多い順に選ばせて頂きして、次の4シーンをイラスト化させようと思います。


1:野球部員の腹パンチ(血的遊戯さん他)
2:うずくまり(ルイさん他)
3:冷子の直接攻撃(血的遊戯さん他)
4:冷子の連撃(シャーさん他)


また、バイスさんはじめメールにて複数頂いた「性描写追加」ですが、次回に性描写が複数あるため今回は申し訳ありませんが見送らせて頂きました。


では改めましてコメント、メールにてご意見を頂いた方々、ありがとうございました。

number_55です。

さてさて、イマイチ盛り上がっているかどうかわからない腹パンオンリーイベント「HARA☆Pa!2」ですが、個人的に場所や時間の関係で参加出来るかどうかまだ分かりません。

飛行機で日帰りなら何とか行けそうなんですが。。。

とは言いながらも、いざ参加出来ることになっても出し物が無ければ泣くに泣けないので、

CASE:ZION「前編」を作ります

いっぺんに出せよボケ!
と言われそうですが、前編のみをざっと編集したら本文だけで双子編よりも6ページ増えて17ページになってしまいました。
ここに表紙やらイラストやらが付きますので、ページ数や原価の都合上ご容赦下さいです。


で、ですよ。
今回は幸い時間もありますので、ちょっと趣向を変えて



イラストで見てみたいシーンを募集します





よろしければ、以下に推敲中のCASE:ZIONを載せますので、
イラストで見たいシーンを4枚選んで、コメントにて教えて下さい。
見たいシーンをコピペしたり、「腹パン3枚、膝蹴り1枚」と書いて頂いてもOKです。
非公開コメント希望の方は上記メールアドレスへ直接送って頂いても可です。
上位4シーンを、今回イラスト化したいと思います。


応募締め切りは8月6日(土)までとさせて頂きますので、よろしくお願い致します。









 目の前の痴態に思わず固まってしまったシオンだったが、はっと我に帰り冷子に向かって叫ぶ。注射を打たれた三人は再びシオンに向かって歩き出していた。
「うふふ……大丈夫よ。肉体的には何も問題ないもの。さぁ、如月さんを取り押さえなさい。手は出しちゃダメよ」
「なっ……こ、来ないで! 来ないで下さい!」
「だめよぉ……この子達はあなたを捕まえるまでは止まらないわ。どうしても止めたかったら殺すか、さっきみたいに気絶させるしかないわよ?」
 冷子は喜劇舞台でも見ているような様子で首を傾げ胸の下で腕を組みながら呟く。その間にもシオンと三人の距離は徐々に詰まっていく。
「くっ……し、仕方がありません……。なるべく傷つけずに……」
 眼鏡が抱きつくようにシオンに両手を広げて迫る。相変わらず隙だらけだ。シオンは相手が迫る勢いを利用し、右手を眼鏡の腹部に突き出す。
ドギュウッ!
「が……が………」
「ごめんなさい……どうか眠って……」
「が……が……へへ………へへへへへ………」
「!? な、なに……?」
「会長ぉ……会長がこんな近くにぃ……」
 シオンの攻撃は確かにクリーンヒットした。しかし、相手は怯むどころかまるで攻撃など無かったかのように抱きつこうとするのを止めない。
 残りの二人もシオンのすぐ側まで迫っていた。
「な…なんですかこれは……どうして……?」
「ちょうどあなたの裏に建っている研究棟。そこには最新鋭の設備があることはあなたも知っているでしょう? 私はそこで様々な薬を開発したの。チャームの効果を爆発的に上昇させたり、ここにいる子達みたいに大脳新皮質の働きを弱めたり。痛覚神経と脳を遮断したり……ね。身体能力も少しだけ強化してあるわ」
「そ……そんな……そんなこと……。あっ、や……やめ……くっ……」
 冷子が話をしている間も、三人の野球部員はシオンを押さえ込もうとその身体にまとわりついてくる。シオンも必死に抵抗するが、顎を跳ね上げようが脇腹に膝を入れようが相手は全く怯まず、ついには両足をひげ面と眼鏡に、両腕を後ろから帽子に羽交い締めにされ、全く身動きが取れない状態になる。
 三人はそれぞれ荒い息を吐きながら、眼鏡とひげ面は抱きすくめたシオンの太ももに頬擦りしたり、帽子はシオンの胸をこね回したりと思い思いの行動をとる。
「やめ……んあぁっ! や……やめて下さい! あうっ……! う……動けな……い」
「あらあら、愛されているわねぇ……顔が真っ赤よ。うふふふ……そういう顔はとても好き……。でもね、私は美しい女性が苦しんでる顔の方が、もっと好きなの……」
 気がつくと、冷子はシオンの目の前まで来ていた。男子部員は冷子の命令通り手は出してこないが、がっしりと体を押さえ込まれ振りほどくことができない。
「うふふふ……今度は直接だからもっと苦しいわよ? 頑張って耐えて、私を楽しませてねぇ……?」
「な……何を……うぐうっ!!」
 シオンの腹部には、手首まで冷子の拳が埋まっていた。
 先ほどの腕を鞭のようにした攻撃でも十分な威力であったが、今回のは桁が違いすぎる。シオンのなめらかな腹部は無惨につぶれ、内蔵が悲鳴を上げていた。
「げぶっ……!? あ……あぁ……うぐっ……」
「あらあら……まだ一発しか殴ってないのに瞳孔が収縮しちゃって……あはぁ……とっても素敵。美しい顔が苦痛に歪むのはね……。でも、まだまだいくわよ?」
ズギュウッ!! ドギュッ!!
「ごぶっ!? ぐふあぁぁ !! あ……す……すごい…力……」
「うふふ……私も身体強化の薬を使っているの。なかなかの威力でしょう? それにしても如月さん、綺麗な足してるわねぇ……汚い虫が二匹付いてるのが気になるけど……私の足も見てくれる?
グギィィィッ!!
「うぐうっ!!? は……はうぅ……」
 冷子の膝が、シオンの華奢な鳩尾へ吸い込まれるように突き刺さった。肺の中の空気が強制的に排出され、一瞬窒息状態に陥る。
「が……かはっ……! あ……はぁっ……!!」
「どうかしら? 私のもなかなかでしょう? ほらぁ……もっとよく見て……」
グギュッ! グギュウッ!! ドギュウッ!!
「ごふうっ!? あぐうっ!! うぶあぁぁっ!! え……えぅ……」
「うふふ……いい……いいわぁ……凄く感じちゃう……」
 冷子はうっとりとした表情でシオンを責め立てる。 
 シオンは何とか反撃の隙を探るものの、度重なる重い攻撃に一瞬で意識が飛ばれされ、小さな失神と覚醒を繰り返す。
「あらあら、顔色が悪いわよ? 悪いものが溜まっているときは、一度全部出すとスッキリするわよ」
スブウッ!!
「ごぶうっ!! ああぁ……そ……そこはぁ……」
「あらぁ……如月さん、ずいぶん胃が小さいのねぇ……? それじゃあ………治療してあげるわぁ!」
グギュウゥッ!!
「うぶぅっ!? う……うう……うぐぇぇぇぇぇぁぁ!!!」
 冷子が力任せにシオンの胃を握りつぶすと、シオンの口から強制的に逆流させられた胃液が勢いよく飛び出し、地面にびしゃりと落ちた。あまりのサディスティックな猛攻にシオンはビクビクと痙攣し、慎ましげな口からは舌が垂れ下がり、瞳は半分が上まぶたに隠れ白目を向いている。
「あははははは! 最高よぉ、あなた! 凄くいい顔してるわぁ! 私ももう感じすぎて……。死なないように頑張るのよ!」
 冷子が、もう何度目分からないが拳を脇に引き絞り、シオンの華奢な腹部に狙いを定める。シオンは薄れ行く意識の中で、諦めに近い感情を抱いていた。
「ほらほらぁ……いくわよぉ……スゴいのがいくわよぉ……」
 冷子はギリギリと拳を引き絞り、シオンの引き締まった腹部に狙いを定める。冷子のサディスティックな満面の笑みとは正反対に、シオンの顔は青ざめていた。
「あ…ああ……や……やめ………」
 胃を握りつぶされ、鳩尾を膝で突き上げられ、未だに痙攣の収まらない腹部に更なる打撃を加えられれば、一体自分はどうなってしまうのか。
 不妊、内臓破裂、最悪……死亡。まだまだ若いシオンにとっては残酷すぎる現実が、目の前の冷子の拳から自分の身体に突き入れられようとしていると思うと、恐怖と絶望でいっぱいになった。
「ほらぁ……どこを狙ってほしいの? 鳩尾? お臍? それとも子宮のあたりかしら? あはぁ……どこを攻撃しても、もしかしたらイっちゃうかもぉ……」
「わ………私は………」
「んぅ? なぁにぃ?」
 度重なる衝撃によって、口内には唾液が通常よりも多くあふれるが、シオンはそれを飲み込むことが出来ず、唇の端を伝って地面や豊満な胸に落ちる。
 ただ喋るだけでも内蔵が悲鳴を上げるが、シオンは力を振り絞って冷子に語った。
「私は……げふっ……こ……この学校が好き……学校の…皆も……先生も。も……けほっ……もちろん……篠崎先生だって……」
「ふぅん……それで?」
「せ……先生と……この人たちを……す……救えなかったことが……心残りです……。絶対に……綾ちゃんや……他のみんなが……来てくれるはずですから……げほっ……先生も……酷いことはやめて……改心して下さい……」
「ふふ……ふふふ……あははははは! それがあなたの最期の言葉!? 私を救いたいって? 人妖の私を!? どこまでお人好しなのかしらぁ!?」
「お……お人好しでもいい……それでも……私は……皆に……幸せになってほしい……から……」
 絞り出すようなシオンの言葉。
 もはや声は途切れ途切れの弱々しいものになっていたが、その目には意思の光が宿っていた。
「ふぅん……。おめでたい人ね。そんな考えではこの先利用されるだけされて、捨てられるだけよ? まぁ、ここで死んじゃえば関係ないけど……。それじゃあ……さようなら」
 唸りを上げて冷子の拳がシオンの下腹に向けて放たれる。
 シオンは無表情で自分の腹部に吸い込まれて行く拳を見つめた。 骨同士がぶつかり、軋む音が石畳の上に響く。
メギィィィィ!!

「が……が……」
「!? お……お前!?」
 シオンの太ももに頬擦りしていた眼鏡が、瞬間的に頭を持ち上げ、冷子の拳をその頭で受け止めていた。ミシミシという音が眼鏡の頭からシオンの耳に届く。
「くっ……はぁっ!」
「あうっ!?」
 脳が考えるよりも先に、瞬間的にシオンの体が反応した。自由になった右足で冷子の顎を蹴り上げ、振り上げた足が戻るのを利用し、背後から羽交い締めにしている帽子の金的を蹴り上げた。自由になった手で手刀を作り、未だに左足に頬擦りをしているひげ面の首に振り下ろし、悶絶している帽子の鳩尾を突き上げた。
 わずか数秒。体に染み付いた全く無駄のない動きで、一瞬のうちに冷子は蹴り飛ばされ、帽子とひげ面は失神して地面に伸びていた。
 シオンは冷子の全力の一撃を受け、石畳の上でビクビクと痙攣している眼鏡に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!? な……なぜこんなことを…!?」
「あ……ああ……」
 拳が離れた瞬間から、眼鏡の鼻や耳から大量の血が吹き出していた。シオンは無理に抱き起こさずに、小刻みに痙攣している眼鏡のズボンのベルトを緩め、横向きに寝かせてやる。
「そんな……大変……すぐ病院へ……」
「し……幸せだぁ……会長に…触れられて………会長も……幸せに……なってく……れ……」
 眼鏡は糸の切れた人形のように全身の力が抜け、ぴくりとも動かなくなる。シオンは目に涙を浮かべ、何度も首を横に振る。
「あ……ああ……嘘……嘘ですよね……?」
「失神しているだけよ」
 背後から冷子の声が聞こえ、シオンは素早く振り向く。冷子はまるで汚いものに触れたかのようにハンカチで拳を拭いながら近づいてくる。
「まったく、最後の最後まで使えないゴミ虫共だわ。利用価値のない奴らは全員死ねばいいのに……。残念ながら頭蓋骨も折れてないし、あなたの取った行動は応急処置としては完璧ね。その姿勢なら血や吐瀉物が喉に詰まることも無い。医者の私が言うから間違いないわ」
「篠崎先生……!」
 今まで抱いたことの無いほどの黒い感情が、シオンの中を駆け巡る。全身の細胞がこいつは敵だと伝えてくる。絶対に倒さなければならない。気付いた時にはシオンは冷子に向かって突進していた。
「はぁぁぁぁ!」
「らしくないわね……」
ゴギュッ!!
「うぶぅっ!? し……しまっ……」
 冷子の「伸びる腕」が、我を忘れて突進していたシオンの腹に突き刺さる。一瞬で勢いを止められ体がぐらついた所を、冷子がじりじりと距離をつめながら攻撃する。
ヒュヒュン!! ドギュッ! ズムッ! グジュッ!!
「あ……がぶっ! うぐうっ! ごぶっ!! あ…ああ……」
「うふふふ……つかまえたぁ……」
 気がつくと、冷子はシオンの目の前まで迫り、がっしりと髪を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられる。
「あうっ…! 痛……」
「んふふ……さっきのお返しよ……」
 伸びる腕の何倍もの破壊力のある直接の攻撃。小振りだが石の様に固い拳がシオンの滑らかな腹部に吸い込まれた。布地の一切無いむき出しの生腹に手首まで拳が埋まり、背骨がメキリと音を立てる。
ズギュウウッ!!
「ぐああぁぁぁ!!!」
 二つに纏められた長い金髪をなびかせながら、シオンは数メートル後ろへ跳ね飛ばされ研究棟の外壁へ背中を痛打し、腹を両手でかばうようにしながら地面に両膝をつく。
「ああぐっ……げぶっ!? うぁぁ……」
 腹部と背中への衝撃から、たまらずこみ上げたものを地面へ吐き出す。その間もまるで苦しむシオンを楽しげに観察するように、ゆっくりと冷子が近づく。
「ま……まずい……離れないと……」
 力の差は歴然であった。
 このままでは劣勢になる一方と悟ったシオンは一度体勢を立て直すために何とかこの場を離れようと、よろよろと立ち上がる。
 冷子の近づく速度は変わらない。
 壁に手をつきながら建物に沿って移動すると、鉄製の、装飾の施された研究棟の入り口があった。
「あははは! 如月さん、今度は鬼ごっこかしら? そんなに遅いとすぐ捕まえられちゃうわよ?」
 まるで傷ついた獲物をじわじわと追いつめる残酷なハンターのように、背後から冷子の声が近づく。追いつかれるのもこのままでは時間の問題である。シオンは祈るような気持ちで研究棟の扉に手をかけると、意外なことに軽く扉が開いた。
「えっ!? な……なんで? 開いてるわけが……?     で、でも……チャンス……なの?」
 この研究棟は下層階はともかく、上層階には民間企業や外部研究所のトップシークレットの研究が数多く行われている。
 仮に夜中に不心得者が侵入しデータなどを奪われでもしたら、アナスタシアの信用はガタ落ちになるため、この研究所のセキュリティは特に厳重との話だった。鍵を閉め忘れるなんてことはあり得ない。
 シオンの頭に様々な考えが浮かんだが、このまま闇雲に逃げ回っているよりはいくらかは事態が好転するはずである。
 シオンは意を決して研究棟の中に入った。
「うふふ……やっぱり入ったわね。如月さん、罠というのはね、奥に行けば行くほど脱出が難しくなるのよ?」
 冷子は満足げにシオンを見送ると、携帯電話でどこかに電話をし始めた。


 心臓が早鐘のように打ち、 全身の血液がはげしく身体を巡る。もう少しで職員用駐車場が見えるが、冷子の悲鳴は断続的に続いていた。
「お願い……間に合って……」
 シオンが駐車場に到着する。
 肩で息をしながら辺りを見回すと、奥の方にもつれ合うような人影が数人見えた。駆け寄ると、冷子の赤いアルファ・ロメオの前で、三人の男子生徒に詰め寄られている冷子の姿があった。
「ちょっと……何なのあなた達は? やめ……やめなさい!」
「篠崎先生! 大丈夫ですか!?」
「き、如月さん!? あなた、なんでここに?」
「説明は後です! それより……」
 シオンが冷子を背に庇いながら振り返る。
 三人の男子生徒はアナスタシアの野球部のユニフォームを着ており、二人は坊主頭で一人は帽子をかぶっていた。
 シオンも名前こそ知らないものの、壮行会や生徒会の視察で何度か見たことのある顔だった。しかし、その顔は酷くうつろな顔をしており、三人ともぶつぶつとうわ言のようなことを呟いていた。
「皆さん、もう門限は過ぎています。早く帰宅してください」
 シオンが静かに男子学生達に呼びかけるものの、その声は全く耳に入っていない様子だった。
「あぁ………会長だぁ………」
「やべぇ…………マジで………可愛い………」
「………すげぇ……なんだ……あの格好………」
 それぞれひげ面だったり眼鏡をかけていたり帽子をかぶっていたりと特徴はあったが、三人とも同じような虚ろな表情でじりじりとシオン達に近づいて来た。
 異様な雰囲気を察し、シオンが冷子に声をかける。
「こ、これは一体……男性型の人妖って、まさかこの三人のこと…? 篠崎先生はすぐにこの場を離れてください。この場は私がなんとかしますので。あと、このことは内密にしてください」
「な、何を言っているの!? 如月さんを置いて行くなんて、そんなことできるわけ無いでしょう! 私も説得してみる!」
 二人がやり取りをしている間に、帽子をかぶった生徒がいきなり奇声を上げて二人に突進して来た。シオンが冷子を突き飛ばし、男子学生が振り下ろした右腕の手首を両手で掴んで受け止める。
「がぁぁ……がぁぁぁ……」
「くっ……凄い力………」
「き、如月さん!?」
 思わぬ事態に冷子が声をかけるが、その声に反応し、残りの眼鏡とひげ面が冷子の方向に向きを変えた。元々厳しいトレーニングを積んで鍛えている野球部員相手では、おそらく冷子が逃げたところで追いつかれてしまうだろう。
「先生……早く……車の中に入ってください! 私は……大丈夫ですから……」
 ギリギリとシオンの腕が力で圧されはじめる。白い手袋が悲鳴を上げ、ぎちぎちと嫌な音が鳴り始める。
「先生……早く!」
 その声に冷子は自分の車へ駆け出し、中に入ってドアをロックした。それを見届けるとシオンは腕の力を抜くと同時に足払いをかけて帽子を転倒させた。
「がぎゃぁぁぁ!!」
 帽子にとっては一瞬の出来事で、急に目の前からシオンの姿が消え、勢い余って前方につんのめった所に足払いをかけられて顔面をしたたかに石畳へ打ち付けた。その悲鳴を聞いて、残りの二人もシオンに方向に向きを変えた。
「よし、このままこっちに来て。可哀想だけど、しばらく眠ってもらいます」
 シオンが三人に対し身構える。
 一対三と圧倒的に不利な状況だが戦闘に関する専門的な訓練を受けているシオンと、鍛えてはいるが戦闘には素人の野球部員ではまだ自分に分があると思った。
「しぃぃぃぃぃっ!!」
「おぉぉぉぉぉぉ!!」
 眼鏡とひげ面が同時に駆け寄る。シオンに対し突きや蹴りを繰り出してくるが、やはり素人の動き。鮮やかにシオンに捌かれてしまう。
「ふっ……やあっ!」
 眼鏡がシオンの顔面に向けて拳を繰り出すが、シオンはそれを左手で受け流すと右手で顎を押しながら、右足で眼鏡の右足を後ろに払う。柔道の大外刈りのような技をかけられ、眼鏡は悲鳴を上げながら後頭部を地面に打ち付けた。
「おおおおお!!」
 ひげ面もシオンの腹をめがけ膝蹴りを繰り出すが、バックステップでそれをかわすと逆にひげ面の腹に膝蹴りを見舞った。
「はぁっ!」
「ぐげぇぇぇぇぇ!」
 一撃を見舞うとすぐに離れる。
 相手が人妖の可能性もあるが、生徒である以上深手は負わせたくない。なんとか昏倒させてアンチレジストに三人を保護してもらうのが一番だろうとシオンは考えた。
「あなた達、何があったかは知りませんけど、もうすぐ私の仲間が来てくれるはずですからおとなしくしてください。あなた達を傷つけたくはありません」
 ひげ面はわずかに苦しそうな表情を浮かべているが倒れることは無く、先に倒した二人もよろよろと立ち上がる。三人はシオンの呼びかけには反応を見せず、再び何事かを呟きながらシオンに近づき始めた。
「お願い、あなた達とは戦いたくないの! おとなしく……」
「会長ぉ……やべぇ……こんなに近くで見れるなんて……」
「やっぱ……すげぇ身体してんなぁ………ヤリてぇ……」
「ああぁ……犯してぇ……滅茶苦茶に……犯してぇ……」
 シオンが視線を下に向けると、三人の股間部分は既に大きく隆起しており、シオンは小さく悲鳴を上げた。獣のように欲望をむき出しにして近づく三人に、本能的に身の危険を感じる。
「せ……説得が通じない……? 申し訳ないけど、本気で気絶させるしか……」
 三人が同時に駆け寄り、帽子とひげ面が真っ先に襲ってくる。シオンはすぐに体勢を整える。相変わらず素人の動きだ。攻撃の先を読んで受け流そうとするが、二人が攻撃する一瞬早く、シオンの視界が真っ赤に染まった。
「!!? なっ……ああっ!? な……何……これ!?」
 一瞬のことで何が起こったか分からずシオンは慌てて両手で目を押さえるが、すぐに激しい痛みがシオンを襲い、目を開けていられなくなった。
 赤色の残像がまだまぶたの裏で明滅する。獣のような声と衝撃がシオンに届いたのはその直後だった。
「がぁぁぁぁ!!」
「おおおおおおお!!」
ズギュッ!!
ドムゥッ!!!
「ごぶっ……ぐぅっ!?」
 両手で目を押さえ、がら空きになっているシオンの腹部に左右から帽子とひげ面の膝がめり込んだ。力任せの蹴りだったが、それは正確にシオンの下腹部と鳩尾を襲い、凄まじい苦痛がシオンを襲った。
「あ……ぐううっ……」
 視界はなんとか見えるようになり始めたが、まだどちらが前後かも分からない。よろけながら向きを変え、この場を離れようとするが、シオンが向きを変えた先は眼鏡の正面だった。
「しぃぃぃぃ!!」
 ズムゥッ!!
「ぐふぅぅっ!? あ……あぐ……」
 眼鏡の放った渾身のボディブローがシオンのむき出しの腹にクリーンヒットし、シオンの美しい金髪が揺れる。一瞬目の前が暗くなるが、直後に背中に蹴りを受け前のめりに地面に倒れる。
「あ……きゃあぁぁぁ!」
 アスファルトの上に倒れ込み、肘まである白手袋の数カ所が破れる。やっと視界が戻り、倒れたままの姿勢で振り返ると三人はすぐ後ろまで近づいて来ていた。
「はぁ……はぁ…………犯してぇ……」
「ああぁ……や……やっちまうかぁ……」
「鎮めてくれよぉ……会長ぉ……」
「くっ……!」
 このままではまずい。
 シオンはようやく痛みと明滅の治まった目で辺りを見回し、鈍痛が残る腹を押さえながらひとまず駐車場を離れようとする。
 足下がアスファルトから石畳へ変わり、研究棟の方向へ移動する。幸い野球部員三人はターゲットをシオンに定めたらしく、冷子には目もくれずに無表情でシオンを追いかけてきた。
「よかった、三人とも私を追って来てる。このままこっちへ来て」
 鍛えられた野球部員三人は俊足を生かし、シオンとの差をぐんぐん縮める。研究棟前の広場の前には中央広場に比べると小振りではあるが同じようなデザインの噴水があり、シオンは噴水を背にして三人と対峙する。
「はは……日本の諺で言う背水の陣ってやつですね……。でも、先ほどは不意をつかれましたけど、今度は本当におとなしくしてもらいます!」
 シオンの声は相変わらず三人には届いていないようだった。しきりにぶつぶつとうわ言を呟きながら、シオンに攻撃をしようとじりじりと近づいてくる。
「この三人、明らかに様子がおかしいですね……。人妖だったら何らかのコンタクトをとってくるはずですが、私の声も聞こえてないみたいですし……。もしかして、誰かに操られてる?」
 シオンが考えを巡らせていると、三人はそれぞれ雄叫びをあげながらシオンに襲いかかってきた。しかし、三人同時の攻撃とはいえ、単調でストレートな攻撃はシオンに軽々と捌かれてしまう。
「さっきのようには……いきません!」
「ぐがぁぁぁぁ!」
 シオンのすらりと伸びた足から放たれた回し蹴りはそのまま眼鏡の脇腹にヒットし、よろめいた所へ膝蹴りを追撃する。眼鏡はうめき声を上げて倒れ、同時に後ろから羽交い締めにしようと近づいたひげ面の腹へ後ろ蹴りを放った。
「ぐぼぉおおおっ!!」
 シオンの履いている靴のヒールが根元までひげ面の鳩尾に吸い込まれ、前方に倒れ込む勢いを殺さずに空気投げを放つ。ひげ面はゆっくりしたモーションで前方に一回転し、背中から石畳へ落下した。
「はぁ……はぁ……残るは、あなただけですよ。無駄な抵抗はせずに、おとなしくしていただければ、危害は加えません」
 さすがのシオンも全力疾走後の三人同時の相手にかなり息が上がっているが、それでも残りの一人を倒すことくらいは雑作も無いことだった。極力生徒に危害を加えたくないシオンは説得を試みるものの、やはりその声は届くことは無かった。
「ああああぁ……会長ぉ……俺……こんなに……会長が好きなのに……なんで分かってくれないんだぁ………俺のものにしてぇ……してぇよぉ……」
「くっ……だ、ダメですか……仕方ないけどここは……」
 シオンが意を決して構えるが、同時にシオンの真後ろ、噴水の影から柔らかい声が響いた。
「あらあら……まったく……情けないったらないわねぇ……」
 シオンがビクリとして振り返ると、車に隠れてるはずの篠崎冷子がゆっくりとした動作で噴水を半周周り、シオンに数メートルの距離まで近づいてきた。
「え……? な、何で先生がここに……?」
「まったく……鍛えてるからあなた一人くらいどうにでもなると思ったんだけど、てんで使えないのね。それともあなたが強すぎるのかしら?」
「うそ……本当に篠崎先生? こ、この人たちに何をしたんですか……?」
「簡単よ。脳の大脳新皮質の働きを鈍くする薬を作って注射しただけ。この子達があまりにもあなたのことが好きみたいだったから、邪魔な理性を無くして素直にしてあげただけよ」
 目の前に居る冷子の信じられない言葉に、シオンは酷く混乱した。薬? 注射? 理性を無くす? 何を言ってるのか分からない。なぜ篠崎先生がこんな真似を? 中央広場で言われた「悪ふざけ」にしては度が過ぎている。
「あまりにも使えないからこんな玩具まで使って手助けしてあげたのに、結局逃げられるしね」
 冷子はそういうとポケットからレーザーポインターを取り出し、噴水の中へ投げ入れた。プレゼンテーションの時に指し棒の変わりに使うものだが、その光線は強力で人体の網膜に重大なダメージを負わせることも可能で、一時期社会問題になったほどだ。
「……篠崎先生……嘘……誰なんですか? 本当の篠崎先生はどこに行ったんですか!?」
 信じたくないという気持ちがシオンの唇を震わせる。しかし、冷子の口から出た言葉はシオンに残酷な現実を突きつけつものだった。
「嫌だわ、ちゃあんとここにいるじゃない。私が篠崎冷子よ。冷たい子供で冷子。人妖は冷たさを感じる名前を付けることが決まりなの」
 シオンの顔が絶望に染まる。
 疑惑が確信へ。一般市民が人妖の存在を知るわけが無い。冷子が人妖であることはこれで確定した。
 しかし、オペレーターは確かに男性型の人妖と言っていなかったか? それに中央公園でシオンと冷子が会話しているときも、オペレーターからは何の連絡も無かった。
「うふふ……こんなにのんびり会話をしていていいのかしら? そこの男の子があなたに告白したいらしいわよ?」
「えっ? なっ!?」
 シオンが振り向く一瞬前に、帽子はシオンを羽交い締めにしていた。一瞬だけ顔が見えたが、焦点の合っていない目と、はぁはぁと荒い息を吐き続ける口からは絶えず涎が垂れていた。
「あああああ……会長ぉぉぉぉぉ……好きだぁぁぁ……」
「いやっ……! ちょ……離して下さ……んはぁっ!!」
 帽子がシオンの豊満な胸をデタラメに揉みし抱く。必死に身体をよじって抵抗するが、不利な体勢で力任せに抱きつかれていることと、基礎的な筋力の差でなかなか振りほどくことができない。
 その間も帽子はシオンをがっしりと抱きすくめながらも、乱暴に胸をこね回すのをやめず、さらには髪の毛の香りを嗅いだり首筋を舐め回したりと欲望の限りを尽くした。
「やらぁっ…! ほ、ほんとうにやめ…;あうぅっ……離して…」
「あらあら、若いっていいわねぇ;…ずいぶん積極的でストレートな愛情表現だこと。でもあなた、全然美しくないわ。愛の表現はもっと美しくしなきゃダメよ」
 一瞬、ナイフが空気を切り裂く様な音が聞こえ、シオンの右頬を何かがかすめたかと思うと、無我夢中でシオンの首筋を舐め回していた帽子の身体が猛スピードで後方に吹っ飛んでいた。
「え……? あっ……何、今の……?」
「うふふ、見えなかったかしら? あまりにも見るに耐えないものだから消えてもらったの」
 シオンが後方を振り返ると、帽子は鼻から血を流しながらビクビクと小刻みに痙攣していた。
 目にも留まらない何かが冷子から放たれ、一瞬で帽子の顔面にヒットしたのだろう。しかし次の瞬間、再び風を切る音とともにシオンの腹部を中心に激痛が走った。
ヒュッ……ズギュウッ!!
「あっ……ぐぅっ!? げぶうぅぅぅ!!」
「こんな風にね……少し強すぎたかしら?」
 冷子の両手は腰に当てられたまま微動だにしていない。しかもシオンとの距離は二メートルほどあるので手の届くはずが無いのだが、シオンの下腹部のあたりにははっきりと拳の形が残り、その奥にあるシオンの小さい胃は無惨に潰されていた。
「ぐむっ!! ううぅ……」
 必死に両手で口を押さえ身体の中から逆流してくるものを堪えるが、再び独特の空気音を聞いたときには既に攻撃が終わっていた。
ヒュヒュッ……ズギュッ! グチュウッ!!
「!!? ぐふっ!? ぐぇあぁぁぁ!!!」
 鳩尾と臍、人体急所である正中線への同時攻撃。あまりの攻撃にシオンはたまらず堪えていた逆流を吐き出し、透明な胃液が勢い良く飛び出した。
「がふっ!? あ……あうぅ……」
「あらあら……あなたみたいな可愛いコでも嘔吐したりするのねぇ……。でも素敵よ。その苦しんでる顔は何物にも代え難く美しいわ……」
 冷子は両方の手のひらを自分の頬に当てながら、シオンをうっとりした表情で見つめる。表情こそ穏やかなものの、その目は既に瞳孔が縦に裂け、冷酷な赤い光を放つ人妖のものに変わっていた。
「げふっ……あ……あぁ……」
 腹部に定期的に波打つ鈍痛。身体の奥からこみ上げてくる不快感。
 シオンは両手で腹をかばうように押さえながら、地面に両膝を着いて冷子を見上げる。月の光を後方から浴びて青白いシルエットの中に、赤く光る目だけが異様な存在感を放っていた。
(何なのあれ? 私、何で攻撃されたの?)
「あらあら、まあまあ……上目遣いで口から涎垂らしちゃって、すごくエッチな顔になってるわよ? そんなに痛かったかしら? これでも加減したつもりだったんだけれど……。まぁいいわ。楽しみましょう?」
 再び空気を切り裂く音が聞こえてくる。シオンは咄嗟に右方向へ転がるように離脱する。
「あははは! ほらほら、逃げてるだけじゃどうにもならないわよ?」
 冷子の攻撃方法が分からない以上、不用意に近づくのは危険だ。連続して襲い来る攻撃を右へ左へと何とかかわすが、このままでは無駄に体力を奪われるだけである。
 シオンが噴水を背にした所を攻撃され、必死によけると噴水の水が勢いよくはじけた。
「あら、惜しかったわねぇ。もう一回あなたが嘔吐く所が見たかったのに……」
「くっ……このままじゃいずれ……。あ、あれは……?」
 シオンは意を決し、空気を切り裂く何かをサイドステップで紙一重でかわすと、重りの付いた鞭のような物体が一瞬目の前で静止した。
 シオンは機敏な動きでそれを掴む。
「えっ……う……な……何これ!?」
「あら……流石。凄い反射神経ねぇ……」
 それは、冷子の腕だった。
 形状こそ腕だったが、それはまるで軟体動物のように二メートルほどぐにゃりと伸びており、先端にはしっかりと拳が握られていた。
 嫌悪感から反射的にシオンが手を離すと、冷子の「腕」はまるで伸びたゴムが縮むように一瞬で元の形状に戻った。
「もうバレちゃったわね。さすがは上級戦闘員ってとこかしら?戦力が未知数の相手に不用意に近づかずに攻撃できるように、ちょっと骨やら筋肉やらを弄ってみたんだけど、攻撃力がガタ落ちなのよね。やっぱり直接攻撃するに限るわ」
 どこをどう弄ればこういう風になるのかわからないが、人妖の強靭な身体と冷子の医師としての才能がこのような腕を作ったのだろうか。
 冷子は拳を握ったり開いたりしながら、サディスティックな視線をシオンに向けてくる。
「攻撃で噴水の水がはじけた後、篠崎先生の腕が濡れていたのでまさかと思いましたが……こんなことって……」
 シオンは改めて目の前に存在するものが化物であることを認識する。
 今まで幾分なりとも世話になった先生が人妖であることを心のどこかで否定していたが、その人外そのものの腕を見た瞬間に心は決まっていた。
「篠崎先生……いえ、篠崎冷子! 対人妖組織アンチレジストの戦闘員として、あなたを退治します!」
「うふふふ……勇ましいわねぇ……。美しい……とても気高くて美しいわぁ……。でもね如月さん。こちらとしても簡単に退治されるわけにはいかないのよ………あなた達! いつまで寝ているの!?」
 その声にびくりと反応し、先ほど倒したはずの野球部員達がヨロヨロと起きだした。帽子にいたってはまだ気を失っていたが、ゾンビのようにフラフラとシオンに近づいてくる。
「なっ? こ……これは一体……?」
「凄いでしょう? 意思の力は肉体を凌駕するのよ。この子達に施したチャームの力は絶対。何があっても私の命令通りに動くわ……」
「チ、チャーム? チャームって、男性型の人妖しか……」
「女性型でもチャームは使えるのよ。それも男性型より強力な……ね。粘膜を触れ合わせて相手に直接送り込むからかしら?まぁ、この子達みたいに童貞君の相手は結構かったるいし、面倒くさいけど……」
「なっ……そ、そんなことを……」
 シオンは耳まで赤くなりながら冷子の話を聞く。
 綾の話ではチャームはせいぜい「相手を魅了する」程度のものだ。安定的にエネルギーを補給するためだろう。しかし、冷子の行っているそれは洗脳や傀儡に近い。
「あらあら、真っ赤になっちゃって。如月さんてそんなに挑発的な身体してる割にはウブなのねぇ? こんなこと、したことなぁい?」
 冷子は跪いている野球部員達を満足げに三人を見下ろすと、それぞれディープキスをしたり、股間をまさぐったりした。
「うふふふ。素直でいい子よ……。あらあら……こんなにしちゃって。まぁ目の前に憧れの如月さんがあんな格好でいるのだから無理も無いわねぇ。さぁみんな……お注射の時間よ」
 冷子は足で部員達の勃起した股間を小突きながら、胸ポケットから白いケースを取り出し、中の注射器を三人の部員達の首筋に突き刺した。
「な、何してるんですか!? もうこれ以上その人たちに危害は……」

 ミリタリーブーツの分厚いゴム底がリノリウムの床を踏みしめる音が、静かに廊下に反響している。
 無駄な装飾を一切省いた無機質な廊下には少女の足音のみが響き、等間隔に配置された蛍光灯が、簡潔な文書が書かれた何の変哲も無いコピー用紙を切ないほど白く光らせていた。
「上級戦闘員って私の他に何人いるのか知らなかったけど、意外と少ないんだなぁ……」
 

◆◇◆

アンチレジスト上級戦闘員召集会議の件

以下の者、アンチレジスト上級戦闘員会議への出席を命ずる。

・神崎 綾
・シオン イワーノブナ 如月
・鷹宮 美樹
・……
・……
・……
日時 二○一一年八月二四日 二十一時より
場所 アンチレジスト地下訓練場 第九会議室

◆◇◆

 用紙に書かれたな文書を読みながら、街を歩けば誰もが振り返るであろう美少女が呟く。明るめの茶髪にショート丈のセーラー服。ミニスカートから伸びた健康的な足。手のひらには革製の指だしグローブをはめた少女。
 神崎綾。
 人妖討伐機関アンチレジストの上級戦闘員。戦闘員の中でも特に戦闘能力が高いと評価される数少ないエリートの一人である。
 これまでも綾の所属する組織、アンチレジストは数回にわたって人妖討伐に戦闘員を派遣したが、そのほとんどは行方不明となり、何とか帰還できた戦闘員もその多くが精神を蝕まれ、ほとんど廃人寸前になり失踪してしまうケースも多かった。
 その死刑宣告とも取れる派遣命令が先月綾に下った。
 戦闘の後、辛くも帰還に成功した綾と友香は、幸い肉体にも精神にも重篤なダメージはなく、退院した綾は次の任務に向けてすぐにトレーニングを再開していた。
 戦闘能力とは単純な強さだけでなく、周囲の状況を一瞬で理解する空間把握能力。先を読む洞察力や推測力。咄嗟の状況変化においてパニックにならず、瞬時に対応出来る適応能力やメンタルの強さなども求められる。
 この切り替えの早さと揺るぎない責任感が、彼女を上級戦闘員足らしめている所以なのかもしれない。
「秘密主義の組織が急に会議を開くなんてただ事じゃないわ。もしかして、先月の件について何か進展が……。だったらすぐにでも!」
 招集の紙をくしゃっと丸めると、そのまま胸の前で拳と掌をバシッと合わせる。意気込みは十分だった。
 すぐにでも涼と戦い、決着を着けたい。
 綾は会議中にファーザーに次の戦闘も自分に任せてもらうように進言するつもりだった。
 綾が第九会議室のドアに手をかけようとした時、廊下の向こう側から綾と同じ様に歩いて来る人影が見えた。
「あ……うわぁ……」
 徐々にシルエットがはっきりして来ると、女性の綾ですら息をのむほどの美少女がこちらに向かって歩いて来た。
 すらりと伸びた手足。一本一本が絡まることの無い絹糸のような金髪のロングヘアをツインテールで纏め、透き通った緑色の瞳からは知性が感じられた。
 綾の隣の区の名門校の制服を来ていたので、歳はおそらく自分とそう変わらないだろう。しかし、うつむき加減で自分の足下を見て歩く彼女の表情はやや暗く、何か作り物のような雰囲気を醸し出していた。
 しかしその女性は呆然と立っている綾に気付くと、すこしだけけ歩を速めて綾に近づいて、にこりと笑って話しかけて来た。
「こんにちは。あの、もしかして会議に参加される方ですか?」
「えっ? あっ? は、はい! そうですけど……」
「ああ! 私もなんですよー! はぅー、よかったー。組織の会議なんて初めてなので、一人で入るの心細かったんですよー」
 その雰囲気からは想像がつかない喋り方と、コロコロと表情を変え、親しみやすい笑顔を向けてくる女性に綾はすぐに好感を持った。
「あの、私、神崎綾って言います。一応上級戦闘員ってことになってまして……」
「ええっ? あなたが綾さん!? はわー。噂は聞いてます。訓練の成績は殆ど一位ですよね? しかも一ヶ月前に人妖と戦闘して生還したとか。あの、お怪我はもう?」
 最初の印象と比べ、彼女の身長が十センチくらい縮んだ気がした。綾が「なんだか可愛い人だな」と思って見とれていると、彼女ははっとして付け加えた。
「す、すみません。私自己紹介してなかったですね。私は如月シオンと言います。父がロシア人で、母が日本人なんです」
 シオンの名前は綾も耳にしたことがあった。シミュレーション訓練では綾に迫る成績を叩き出し、戦略訓練では綾より上位になることもしばしばあった。
 あまりの第一印象とのギャップに綾もつられて笑い、綾自身も人懐っこい性格をしているため、二人はすぐに打ち解けることができた。

 会議は綾とシオンを含む上級戦闘員五人とそれぞれ専属のオペレーターが円卓に座り、ファーザーは音声のみでの参加となった。全員、正面のスクリーンとスピーカーから聞こえてくるファーザーの声に耳を傾ける。
『今日集まってもらったのは他でもない。今後の人妖討伐作戦についてだ。正直に言って、作戦において戦闘員が帰還できる確率は低い。だが、ここにいる神崎綾が一ヶ月前の任務からの帰還に成功した。今日はその体験を全員に話してほしい」
「あ、は、はい!」
 いきなり話を振られ、若干戸惑ったものの、綾は思い出せるだけのことを全員に話した。
 今まで普通に接していた母校の校長先生が人妖であったこと。人妖が分泌する体液、通称チャームには人間を魅了させる力があること。友香や綾自身もかなり危なかったこと。
『綾、ご苦労だった。人妖の生態についてはかなり貴重な情報だ。次は悪いニュースだが、先日廃工場での任務に向かった由里と由羅の二人は、三日経った今でも連絡がつかない……。おそらく、奴らの手に落ちたものと思われる。だが、彼女らの作戦の前にオペレーターが工場内の数カ所にカメラを付けることに成功している。ボイラー室のカメラに映っていた映像なんだが……まずは見てもらおう……』
 その映像に会議室にいた全員が息をのんだ。
 醜い肥満体の男性型人妖に対して最初こそ優勢だった由里と由羅だが、次第に技のキレやスピードが無くなり、徐々に劣勢に追い込まれて行った。後半はほぼ一方的に二人が交互にいたぶられるのみとなり、人妖の拳がボイラーに縛り付けられた二人の腹部にめり込むたび、オペレーターから小さな悲鳴が上がった。最終的に由里と由羅の二人が人妖の性器に奉仕を開始したところで映像が終わった。
『綾の証言から、人妖は人を魅了するチャームと呼ばれる体液……人間で言えば唾液や精液のようなものだが、それで人間の精神を操ることが分かった。しかし、この映像では人妖の動きや特徴、二人の急激な戦力低下から、おそらく汗にも何らかの効果があると考えられる。気化した汗や体臭に、人間の筋力を低下させる効果があってもおかしくない』
「ひどい……こんなことって……」
 シオンが沈痛な表情を浮かべながら、祈るように机の上で手を組む。綾も複雑な心境だった。自分も友香がいなければ、あの二人のように人妖の手に堕ちていたことは自分が一番良く知っているからだ。
『二人には気の毒だが、我々は先に進まなねばならない』
 重い空気が充満する会議室に、ファーザー声が響いた。
『次の場所でも人妖の生態反応があった。アナスタシア聖書学院。反応からして、支配型の人妖だろう』
 ファーザーの声にシオンはビクリと反応すると、ゆっくりと顔を上げた。
「アナスタシア……やっぱり……やっぱりそうだったの……」
 会議室是認の視線がシオンに集中した。

 アナスタシア聖書学院。
 入学するためには家柄や性格判断、基礎学力や身体能力まで多岐にわたる試験や検査をパスし、五回以上の面接を通過した選ばれた人材だけが入学できる屈指のミッション系エリート進学校である。アナスタシア卒というだけで箔が付き、一流企業や大学も入学時からある程度優秀な生徒に目星をつけいるという。
 特に選挙で選ばれた生徒会役員や各部の部長、優秀選手は卒業と同時に各方面から声がかかり、即戦力として団体に所属したり、企業が卒業後に入社することを条件に、入学金や授業料を全額補助して一流大学へ進学させるケースもある。
 また、ミッション系とは言っても規律はそこまで厳格ではなく、全寮制と日に数回の礼拝、最低限の服装規則以外は男女交際も「結婚を前提としていれば可」とかなり自由な校風になっている。もっとも、入学までの厳しい審査項目を見れば「問題のある学生は一人もいない」という学校側の自信の現れとも取れる。
「ちょ、ちょっと待ってください! アナスタシア聖書学院って言ったらシオンさんの……」
「はい……私の母校です……。綾ちゃんにはさっき少し話ししたよね。実は三ヶ月ほど前から生徒が五人ほど失踪しているんです。もっとも全寮制なので稀に共同生活に馴染めずに逃げ出す人もいるのですが、それでも数年に一人いるかいないか……三ヶ月で五人というのは異常な数なんです」
「でも、そんなに失踪者がいたら学園でも騒ぎになるんじゃ?」
「今は生徒会の力で情報の漏洩は抑えています。生徒達には一時的な帰省や急病と伝えてあって……。私ももしかしたらと思っていたので、役員の皆には私の指示で情報操作をお願いしています」
「役員に指示って……シオンさんってまさか?」
「ええ、アナスタシア聖書学院の生徒会長です。今回の件は、私に行かせてください。学校内の地理も把握していますし、何よりも学校の皆を守りたいんです!」
 シオンの強い意志に圧され、会議室は水を打った様に静かになった。
 当初は次の任務に志願しようとしていた綾も、自分の母校を人妖に好き勝手に荒らされる気持ちは痛いほど分かるため、手を挙げようとはしなかった。
『わかった。今回の件はシオンに一任しよう。いざという時は自身の身の安全を最優先するように。戦闘服の用意はできている。では作戦は………」

 アナスタシア聖書学院都市駅を降りると、そこは学校というよりひとつの街と表現した方が正しいような、中世ヨーロッパ調の空間が広がっていた。
 広大な敷地には様々な施設が緻密な都市計画の元に整然と立ち並んでいた。レンガ造りの巨大な本校を中心に、各種研究施設や専門教室棟、各種のショップや美容院、レストランやブティックまでがシンメトリーに配置されている。
 時刻は二十三時。門限の厳しい生徒達はすでに男子寮、女子寮へと帰った後で、石畳や噴水が、昼間の多くの生徒達の喧騒とは対照的な静寂を吐き出していた。
「んふふ~♪ ふんふん~♪」
 暗闇にひらひらと足取り軽く進む影。ツインテールに纏められた長く美しい金髪に月の光が反射し、髪がなびくたびにキラキラと幻想的な光を放っていた。静寂の中にシオンの上機嫌な鼻歌が響く。
「んふふー。メイドさん♪ メイドさん~♪」
 シオンはメイド服を基調としたセパレートタイプのゴスロリ服を身に纏っていた。ファーザーから渡された戦闘服はかなり際どいもので、シオンの豊満な胸を白いフリルの装飾の付いた黒いブラジャーのようなトップスが辛うじて隠し、同じく白いフリルエプロンの付いた黒いミニスカートからすらりと伸びた足を、同じテイストのデザインの黒いニーソックスが締め上げていた。余分な贅肉が一切無いくびれた白い腹部は惜しげも無く露出され、手には二の腕まである長い白手袋がはまり、頭にはご丁寧にヘッドドレスまで装着してある。
 先日行われた会議の後、戦闘服に着替えたシオンを見た他の戦闘員やオペレータは開いた口が塞がらず、思わず綾も
「あの…ファーザー……いくら何でもこれは戦闘向きでは……」
 と、進言したほどだったが、肝心のシオンは鏡の前で目をキラキラさせながら
「うわぁーかわいいー! 本物のメイドさんだぁ……。こっ、これ、本当に次の戦闘で着ていいんですか!?」
 と、早くも一人で色んなポーズを取り出し、周りはそれ以上何も言えなくなった。
 確かに日本人離れしたシオンの容姿とプロポーションにはその際どいメイド服がかなり似合っており、逆にシオンの魅力を引き立てていた。なにより本人が至極ご満悦で、今更違う戦闘服を渡せる雰囲気でもなかったので、綾も仕方なく
「頑張ってね……」
と声をかけるだけであった。
 シオンは学園都市内の店舗のガラスに自分の姿が写るたびに、思わず顔がにやけそうになった。幼い頃から名門家としての教養、作法、立ち居振る舞いの他、人の上に立つ者としての教育を叩き込まれて来た。シオンは家族を心から愛してはいたが、自分の意志が確立してくる頃にはなぜ自分が人の上に立たなければならないのか、みんな平等で仲良く出来ればいいのではないかと常に疑問を感じるようになっていた。
 そのような中、ある時観たフランス映画の中に出てくるメイドの姿に釘付けになった。「この人はだれか他の人のために仕事をしている」
 人を使うことのみを教えてこられたシオンにとって、メイドは憧れと理想の存在になった。当然そのようなことは両親は許すはずも無いが、いつかは自分の夢として「誰かの上に立つのではなく、誰かの役に立ちたい」という気持ちを打ち明けようと考えている。
 生徒会長に立候補したのも、両親が長期海外赴任中に突如届いたアンチレジストへのスカウト状に飛びついたのも、純粋に人の役に立ちたいと思ったからであった。
「オペレーターさん!聞こえますか?」
明るい声でシオンがイヤホン型のインカムに向かって喋る。
「はい、聞こえます。良好です」
「今アナスタシアの中に入れました。昼間は結構人がいるのであまり意識しなかったですけど、こうしてあらためて見ると広いですね~」
「そうですね。こちらでも確認していますが、敷地はかなり広大で人妖の反応を探るのに苦労しています。シオンさんが到着する数時間前までは研究棟の中から反応があったのですが、今は反応が消えています」
「研究棟ですか? あそこは一般生徒が使用する科学室や実験室もありますけど、上層の研究室へは学校の関係者でも一部の人しか入れなくて、生徒はもちろん一般の教師でも入れないんですよ。今のような夜間なら学院が発行した特別なパスが必要なはずですが、なぜ人妖がそんなところに……」
「断言はできませんが、前回の綾さんのケースから考えると、今回の人妖もそれなりの地位の人として、人間社会に適応している可能性が高いのではないでしょうか?」
 人妖の反応が出たらまた連絡すると言い残し、オペレーターは通信を切った。
「実験室にでもいたのでしょうか……? でもこんな時間に? 研究室なんかは私でも入れてもらったこと無いですし……」
 アナスタシア聖書学院の研究棟は下層が生徒が使う特別室、上層は学校側が表向きは社会貢献の名目で最新の設備を有償で企業や大学に貸し出してる。当然企業のトップシークレットの研究も行われている所であり、あわよくば共同研究して利益を得ようと言う思惑もある。当然セキュリティはかなり厳重で、昼間の上層部への入室はもちろん、夜間であれば研究棟内部へは特別に発行されたカードと暗証番号が必要だった。
「ふーむ……デタラメに歩き回っても体力と時間を消耗するだけですね。本校に入ったら全部の教室を見て廻る前に朝になっちゃいますし、ここはオペレーターさんからの連絡を待ちますか」
 左手を胸の下に回し、右手で軽く顎をさすりながら考えを巡らすシオン。その一挙手一投足が絵になり、全く嫌味にならない。
 近くの自動販売機でミネラルウォーターを買い、アナスタシアの敷地の中央にある噴水に腰をかける。
 美味しそうに水を飲むシオンに近づく影に、まだ彼女は気付いていなかった。

「そこにいるのは誰かしら!?」
 いきなり背後から声をかけられ、シオンが三十センチほど飛び上がった。
「は、はひっ!? あ、あの……私は……あ……篠崎先生?」
「あら? あなた如月さん? あなた、こんな時間に何をしているの?」
 声をかけて来たのは、アナスタシアの保健室勤務の教師、篠崎冷子だった。端正で知的な顔立ちとスレンダーな身体をフォーマルスーツに包み、コツコツとハイヒールを鳴らして近づいてくる。
 保健室と言ってもアナスタシアのそれは小さめの病院と言っても過言ではない設備と広さを持ち、勤務している彼女は医師免許も取得している。その気になれば手術すらもこなせる正真正銘の医師であった。
「門限はとっくに過ぎてるわよ。それに……あなた……ハロウィンはまだ先よ……?」
 冷子はあきれたようにシオンの格好を見る。
 いくら夏とはいえ、門限の過ぎた深夜に学校の敷地内で露出度の高いメイド服に身を包み、噴水に腰をかけていたシオンの状況は説明のしようがない。
「最近女生徒の失踪が続いているのは生徒会長のあなたの耳にも入っているでしょう? 私が言うのもはばかられるけど、おそらく性的な暴行目的の犯行だと思うの。そんな格好は襲ってくれと言っているようなものじゃないかしら?」
 冷子は眼鏡の奥から知的な視線をシオンに向けている。僅かな隙もなく背筋をピンと伸ばした姿勢からは、自信と気品があふれていた。それに加え、まだ三十歳を過ぎたばかりの年齢にも関わらず冷子は大人の魅力にあふれ、男子生徒のファンもかなり多かった。
 しかし、その生真面目で近寄りがたい雰囲気から直接行動に移す男性はわずかだった。また、冷子自身はそういう色恋沙汰には全く興味が無く、仮に行動に移したとしても適当にはぐらかされてしまい、いつしか冷子に男女関係に関する話題は御法度という噂が出たほどだった。
「同じ女性として忠告しておくわ。あなた、自分では知らないかもしれないけど、学校中に凄い数のファンがいるのよ? あなたがそんな格好でうろついていたら理性を保てなくなる男子生徒や教師がいてもおかしくないわ。それとも、見せびらかしたいのかしら?」
「い、いえ。そんなつもりは……」
 なんだろう。今日の篠崎先生はいたくフランクだなとシオンは思った。
「 男子生徒は元より、教師ですらあなたで自分を慰めていることを知っているかしら? 私だってそれなりに自分に自信はあるけれど、如月さんの前では情けなくなってくるわね。如月さんの盗撮写真が結構高値で取引されてるみたいよ。撮影者は色々みたいだけど、この前保健室に来た男子生徒が持っていたあなたのプールの時の写真は、明らかに体育教官室からしか撮れないものだったわ」
 まるで面白い映画の感想を話す様に、冷子は饒舌に語った。
 いつもと違う冷子の様子に、シオンは少なからず動揺していた。おかしい、絶対におかしい。こんなことを言う先生ではないのに。まさか……人妖? でも、オペレーターは間違いなく今回の人妖は男性だって言ってた。
「あなたは……」
 シオン意を決して訪ねる。
「あなたは……誰ですか……?」
 二人の距離はほんの数十センチ。しかし、シオンはいつでも戦闘態勢に入れるように身構えていた。冷子はゆっくりと射るような視線をシオンに向ける。
 数秒の沈黙の後、ぷっと冷子が吹き出してケラケラと笑い出した。
「あははは! ごめんなさい、冗談でも悪趣味が過ぎたわね。如月さんがあんまり可愛い格好しているものだから、少しからかってみただけよ。普段はあまり気が抜けないから、時々こうして生徒をからかってるのよ」
 一通り笑った後、冷子は呆気にとられているシオンに背を向けて教師の車が停めてある駐車場に向かって歩き出した。
「それじゃあ気をつけてね。あなたの趣味に意見するつもりは無いけど、寮長に気付かれる前に帰るのよ」
「あ、ちょ、ちょっと待って下さい! この格好は私の趣味と言うか……いえ、趣味なんですけど……別に露出が趣味とかそういう訳では……」
 必死に取り繕うとするシオンにを尻目に、冷子は手をヒラヒラと振って去ってしまった。後には片手で「待って」の体勢のまま固まったシオンが取り残されていた。
「はぅぅ……な、なんか変な誤解されちゃった……。どうしよう……」
『シオンさん! 聞こえますか!?』
「は、はひっ!? オ、オペレーターさん?」
 突然シオンのイヤホンにオペレーターから通話が入った。
 緊急時しか使用しない、受信側が許可ボタンを押さない強制通話での通信だった。
『今、人妖の反応をキャッチしました! アナスタシアの職員用駐車場の付近です!』
「ほ、本当ですか!? 今そこには篠崎先生が向かっているんですよ!?」
『民間人が付近にいるのですか? 危険です! シオンさ………す………現場………急こ………』
「オ、オペレーターさん? よく聞こえないんですが? オペレーターさん!?」
『シ………綾さ…の時……………妨が………………………………気を……………………………』
 その後、シオンの呼びかけにも関わらず、イヤホンからオペレーターの声が聞こえてくることは無かった。
 シオンは通話している最中から駐車場に向かって歩き出していたが、通信が不可能となるとあきらめてイヤホンを仕舞い、走り出していた。シオンの耳に冷子の悲鳴が届いたのは、駐車場への最後の角を曲がったときだった。

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