Яoom ИumbeR_55

Яoom ИumbeR_55は「男性→女性への腹パンチ」を主に扱う小説同人サークルです。

2012年02月

リクエスト第一段
初の東方Project二次創作
テーマ:先代巫女
完成しました。

独自解釈、独自設定てんこ盛りです。
技名は博麗霊夢の技に多い北○の拳からのパロディを参考にしました。

今回は文字数オーバーしてしまいましたので、エンディングは「続きを読む」をクリックしてご覧下さい。

ではどうぞ↓





昔話をしようか




「そうだな……昔話をしようか……?」
 重厚で、それでいて透き通った声で囁くと、彼女は後ろ手に縛られている僕の前で跪いて、人差し指と親指で、くい、と僕の顎を持ち上げた。白いドレスを着た、一見すると十歳にも満たない姿の少女の背中からは、その小さな身体からは不釣り合いなほどの巨大な蝙蝠の様な羽根が生えていた。
「今の私はとても気分が良い……。あと数刻でうちの優秀なメイドが、貴重な貴重な臨月の妊婦を連れてくる。妊婦の、特に臨月を迎えた女の血はとろけるほど美味い。体温の高い濃厚な母体を堪能した後は、子宮の中のまだ産声すら上げていない瑞々しい命を取り出して啜る……。その味は私の舌を包み込んでとろけさせるだろう……想像しただけで口の中に唾液が溢れてくる……。最も、私の胃は小さいから半分も食べられないだろう。それではせっかくの最高級の食材に対して失礼だ……。だが、幸い私の妹は大食家だ。肉から臓腑から目玉から臍の緒まで、うちの優秀なメイドが最高級のコースに仕立て上げるだろうし、妹はそれを決して残さないだろう……」
 山の中で山菜を採っている最中に捕まり、この館へ連れて来られた。地下牢へ幽閉され、始めに目の前の幼い少女を見た時は正直言って「上手くいけば力づくで逃げられる」と安心したものだ。だが、今は確信を持って言える。目の前の少女は、紛れも無く「悪魔」だ。僕たち人間を、意思の疎通の出来る存在を「食材」としか見ていない。
 だが、人間のものではない深紅の瞳からは不思議な魅力が溢れ、このような状況ながらも僕は「美しい」と感じた。
「その妊婦のお陰でお前の命は一日延びた。今日の夕食から明日の夕食へと。お前もそれまで退屈だろうし、妊婦と聞いて思い出したことがあるから、冥土の土産として聞いておけ……聞きたくなくても、夕食までの私の暇つぶしに付き合え」
 そう言うと、幼い少女はまるで子供が人形に話しかける様に、実に楽し気にゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。

 今から少し前だ。幻想郷が今よりももう少し殺伐としていた頃。
 その頃の幻想郷には、怖い怖い巫女が居た。今の巫女とはまた違った怖さだ。今の巫女の様に妖怪共と「なあなあ」にならず、「ごっこ」なんかで茶を濁さず、自らの拳だけを武器に、どちらかが地面に伏せるまで力と力をぶつけ合う、清々しいほどの怖い巫女だ。
 その巫女は奇妙な格好をしていた。腰まである長い黒髪は結わずにそのまま流れるにまかせ、身体にぴったりと貼り付く様な黒いボディスーツは筋肉質な肩口や腹部、豊満な胸のシルエットを浮かび上がらせていた。巫女らしいものと言えば真紅の袴と、簡略化された襦袢。そして二の腕に括り付けられた朱色の飾り縫いの入った白い袖くらいだ。まぁ、今の巫女の格好もなかなかだがな。
 もちろんその巫女は酔狂な趣味でその様な格好をしているのではない。
 格闘を主にするために動きやすさを考慮して白衣を羽織らずに肩口を露出し、袖の長さも袴の長さも寸足らずだ。だがそもそも人間と妖怪とでは身体能力に雲泥の差がある。真っ当にやり合えばすぐに手足を捥(も)がれて頭から喰われるのがオチだ。
 その致しがたい差をを補うのが、博麗の家系に代々伝わる特殊な紅い蚕(かいこ)だ。
 その紅い蚕から紡がれる真紅の絹糸は人間の潜在能力を飛躍的に高める効果があり、それで織られた衣を纏えば、妖怪と素手で渡り合えるほどの身体能力と、護符の効果を爆発的に高める霊力が備わる。代々博麗の巫女が人間でありながら幻想郷の秩序を守って来られたのはその紅い蚕のお陰だ。その巫女は袴と袖の飾り縫いにその紅い絹糸を使い、自分の身体能力を高めている。
 もちろん今の博麗の巫女も、その蚕の繭から紡がれた絹糸で出来た服を身に付けている。
 
「その蚕の存在は幻想郷の中ではトップシークレットだ。つまり、その蚕が存在しなければ博麗の巫女はただの人間……。天才とか呼ばれている今の巫女にしても、服を脱いだら空を飛べるかどうかすら怪しい。そして、そんな気持ちの悪い芋虫をいつ、誰が博麗に与えたのか……? おおかた想像はつくが、まぁ知らない振りをしておこう。話を続けようか……」

 とある新月の夜。人里から少し離れた森の入り口で、地面が割れる様な低い地鳴りと、大木が切り倒された時の様な地響きが轟いた。
「言ったはずだ。一度目は半殺しで済ませよう。だが、二度目は殺すとな……」
 巫女は口の端から垂れる血を白地の袖で拭いながら、哀れみを含んだ視線を地面に伏せるものに送った。さっと風が吹いて、水に濡れた烏の羽根の様な艶のある黒髪が揺れる。脇腹や鎖骨の辺りの黒い布が破れ、白く透き通る様な肌には血が滲んでいた。
「博麗様!」
 歳は六十程度だろうとおぼしき男女が、その巫女の足下にひれ伏した。
「ありがとう御座います! 娘を人外から守っていただいて……何とお礼を申し上げたらよいか……」
 老夫婦の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。それもそうだ。ついこの前、嫁ぎ先が決まった大切な大切な一人娘を妖怪に取って喰われかけたんだ。巫女は地面に頭を擦り付けている夫の肩にそっと手を置いて、優しく微笑みながら語りかけた。
「どうか顔を上げて下さい。私はただ博麗の巫女として、人間側に立って行動しただけのこと。お礼を言われる様なことは何もしていません」
「し、しかし……」
「ここは人里から距離があって危険です。すぐにでも人里へ帰った方がいいでしょう。本当は私が送って差し上げたいのですが、妖怪はすぐに後処理をしないと仲間が集まってきますので……どうかお気をつけて……」
 老夫婦は何度も振り返りお辞儀をしながら、気絶している娘を背負って人里の方へ去っていった。巫女は老夫婦の姿が見えなくなるのを確認すると、地面に横たわったいる亡骸を見下ろした。
 体躯は三メートルはあるだろうか。身体は鍛え上げた人間の男性の様な身体つきだが、頭部は角の生えた牛の頭そのものだ。
「すまないな……。共に幻想郷に生きるものとして、出来ればお前も救いたかった。祓うことしか出来ない私を許してくれ……。せめて、来世では幸福になれる様に手厚く葬らせてもらう」
 巫女はどこからともなく大幣(おおぬさ)を取り出すと、人外に対して丁寧に祝詞をあげはじめた。
 おかしな話だ。
 絶対的な人間の味方である博麗の巫女が、妖怪に祝詞なんてあげて見ろ。信頼が地に落ちるどころか、妖怪と結託したなんて噂が立ってしまう。人間というのは面倒くさいことに、全てを悪い方向に考える生き物だからな。
 巫女は祝詞をあげ終えると、明け方までかかって妖怪を手厚く埋葬した。簡単に塚を作り、大幣を近くの小川に流すと、文字通り飛んで山のふもとにある神社へと帰って行った。
 その怖い巫女は、人間だけではなく、幻想郷に存在する全ての命を愛していた。
 だが妖怪達は博麗の巫女というだけで鼻をつまむ。当然だ。自分たちの敵以外の何者でもないからだ。今では想像もつかないだろうが、機会さえあれば全ての妖怪が……たとえ山の河童や天狗でさえ巫女の首を捥(も)ごうと月夜を徘徊していたものだ。

「想像出来るか?」

 少女の姿をした吸血鬼はさも愉快そうにワインを傾けながら聞いてきたので、僕は首を横に振った。今の巫女……博麗霊夢と妖怪との関係はとても友好的だ。時たま妖怪達が起こす異変も、その霊夢との関係を崩すまいと気遣っているのか、あえてお遊びの様な異変を起こしたり、異変自体が妖怪のお遊びだったりする。また、既に「妖怪が人間を襲う」「人間が妖怪を退治する」こと自体が既に形骸化し、すべてが「ごっこ遊び」に成り果てている。僕自身、人里では普通に妖怪と酒を飲み交わしたこともあるし、その席で気の合った妖怪に連れられて迷いの竹林の入り口にある夜雀の経営する屋台へ連れて行ってもらったこともある。
「では、何故その巫女が、今この幻想郷に居ないのか分かるか?」
 吸血鬼の問いかけに僕は再び首を横に振った。
「簡単なことだ。妖怪に負けたからだ……」

 その運命の日は、丁度今日の様に薄雲がかかって朧になった満月が浮かんでいる夜。普段は静かな人里に悲鳴が響き渡った。
 鷲鼻で、顔全体に火傷を負った様な爛れた皮膚。毛むくじゃらで筋肉質の体躯。私の国ではトロルと呼んでいた。
 そいつは人里の中で大いに暴れ、殺し、喰った。ぱりぱりと小気味のいい音を立てて赤子を咀嚼し、泣き叫んでトロルに縋り付く母親の臓腑を毟って吸った。
「貴様ぁぁぁぁぁ!!」
 満月で気が立っていたのだろう。普段は温厚で寺子屋の教師をしている半妖、上白沢慧音が文字通り頭から角を生やして叫んだ。
「何故人里で人間を襲う!? どのような事情があろうと、貴様は絶対に許さん!」
 完全に頭に血が登っている。まぁもっともな話だ。人里の中で、目の前で人間を喰っている妖怪がいたら、私ですら一応止める。面倒に巻き込まれたくないからな。
 残念ながら慧音にトロルは止められなかったが、一時間ほどして例の怖い巫女が現れた。
「それくらいにしておけ……」
 トロルの背後から静かな声と共に、草履が砂利を踏むざくざくという音が響いた。
「無知は罪だ、罪は裁かれなければいけない……違うか? 幻想郷(ここ)では人里で人間を襲ってはならないという不文律がある……。お前が人里以外で人間を襲ったり、私の目の届かない竹林の中で事を起こしただけであれば、このまま森へでも山へでも返しただろう。しかし、ここは人里で、その上お前は喰い過ぎた。大方最近ここへ流れ着いて来たばかりであろうが、郷に入れば郷に従えというものだ……悪いが、生かしてはおけん……」
 絹糸独特の光沢を放つ真紅の袴と、アンダーウェアでは押さえきれないほどボリュームのある胸に押し上げられた簡略化された襦袢が、月の光を浴びて炎が燃える様に輝いていた。白い袖の裾を風になびかせ、背筋をすっと伸ばして歩く凛とした姿は、逃げ遅れ、家屋の中でなす術も無く身を震わせていた人間達にとっては、まさに神の化身に見えただろうな。
 トロールは巫女の姿を見ると、その瘤だらけの唇を歪んだ三日月の様にして嗤った。分厚い唇はまだ乾いていない生血でぬらぬらと光っている。ぐるるると愉快とはほど遠い音が黒い毛で覆われた喉から響く。
「やっと来たなぁ……博麗の巫女」
「? 私を知っているのか?」
「知っているも何も……俺は幻想郷に流れ着いてから結構長い。人里の掟も、もちろん知っている。普段は竹林の奥で鹿や猪を喰っている。まぁ、たまたま迷い込んだ人間を頂く事もあるが、それも半年に一度あるかないかの馳走だ……こう見えても、真面目な方でね……」
「……そうか……知ってて事を起こしたのか……」
 声は静かだが、巫女の腹の底からは押さえきれない怒りが地獄の釜の様にぐつぐつと沸き立っているのをトロルは感じた。その怒気に呼応するかの様に、巫女の濡れ烏の黒髪が海中に揺らめく海藻の様に、ゆらゆらと逆立つ。
「まぁ待て。俺は天狗や河童と違って馬鹿な方だが、理由もなしに事を起こしたりはしない」
 巫女が訝ると、トロルは続けた。
「先日、お前が殺した牛頭鬼な……。あれは俺の親友だった……。あいつは人里の外で事を起こした。掟を破ってはいない。人間は、人里にいる限り決して襲われないという高待遇を受けているにも関わらず、何故人里の外でも守られなければいけないのか? 何故お前に殺されなければならなかった!? 俺達はどこで人間を襲えばいい!? 俺達の存在意義は何だ!?」
「……それについては済まなかった……。言い訳にしか聞こえんかもしれんが、出来る事なら私も殺めたくはなかった……。しかし、私にも役割がある。あの牛頭鬼には過去に一度警告をした」
 博麗の巫女が妖怪を退治した事に対し「済まなかった」と発言した事で、家々からどよめくような雰囲気が漂った。博麗の巫女は人間の絶対的な味方ではなかったのか?
「しかし、私に会うだけであれば、神社まで出向いて名を呼べばよかろう……? わざわざ禁を破る事も無い……」
「大切な者を失う思いをお前にも味わわせたかったのでな……それに、久しぶりに馳走を味わいたかった……」
「そうか……」
 空間には、巫女の言葉だけが置き去りになった。言葉が空中に溶けるのと同時に、風を切る音がトロルの尖った耳に届いた。ずしんという衝撃がトロルの身体に響く。
「おぉ?」
 一瞬の内に巫女の姿が消えたかと思うと、次の瞬間に自分の懐に入り込まれ、強烈な肘鉄が自分の鳩尾に突き刺さっていた。
 左足を前にした、絵に描いた様な完璧な前屈立ちの構え。加速の勢いを殺さない様に左膝をほぼ九十度近い角度で曲げて踏み込み、草履が地面の土を抉っていた。
「があぁっ!」
 何とか体勢を立て直そうと、トロルはよろめきながら後ずさる。
「夢想天生・瞬……」
 背後から巫女の静かな声が聞こえた。まるで瞬間移動したかの様に背後を取られる。
 振り返る間もなく後頭部に衝撃。それが拳なのか肘なのか膝なのかどうでもよくなるほどの威力で、二メートルを越える巨体が前方に弾き飛ばされる。
 トロルの視界が衝撃で明滅するが、持ち前のタフネスで一秒にも満たない時間で回復する。しかし、弾き飛ばされながら視界に飛び込んで来たものは、見覚えのある真紅の巫女装束だった。
 顎に衝撃。
 一瞬前の後頭部への攻撃で前方に飛ばされている身体を、カウンターのアッパーカットで跳ね上げる。あの小さな拳のどこにこれほどの力があるのか。紙風船の様に巨体がふわりと浮く。
 巫女は両拳を脇腹の横に付けて引き絞る。霊力の高まりで髪が足下から突風で煽られた様に逆立つ。
「百麗拳……」
 巫女の腕が何本も増えて見えるほどの、高速の拳の乱打。あまりの早さのために衝撃音が一つの大きな塊になり、地表で勺玉が爆発したかの様な轟音が民家の壁を揺らした。
 トロルは悲鳴を上げる暇すら無く後方に吹き飛ぶと、砂煙を上げて人里の大通りを二、三回バウンドし、突き当たりにある家屋に大きな音を立てて突っ込んだ。
 圧倒的戦力差。
 これほど有無を言わさぬ圧倒的な力の差を、今までに見た事があるだろうか。あの怪物相手では、一つ間違えば博麗様も……と、固唾を飲んで民家の隙間から覗いていた住人達は水を打った様に静まり返り、誰一人声を発する者は居なかった。
「あそこは確か……直るまでは神社を使ってもらうか……。修繕費を聞くのが怖いな」
 霊気を解いた巫女は大通りの突き当たり、トロルが突っ込んだ建物へ向かって歩き出した。まだ土埃が舞い上がり、辺りからはがらがらと瓦礫が崩れる音が聞こえるが、どうやら門の一部と玄関を破壊した程度で中身は無事らしい。
 大きめの杉板には几帳面な楷書体で「寺子屋」と筆で書かれており、その文字の周囲にはまだ拙い文字で十数人の名前が書かれている。ここの主が毎年この看板をこしらえ、生徒の入学時と卒業時にそれぞれの名前を書かせている。主は「生徒達に自分自身が成長した実感を感じてもらうため」と言っているが、実は主が生徒達との思い出の品にしている事を巫女は知っている。現に主は数十年分、何十枚となった看板を一枚も欠かす事無く蔵の奥に大切に保管し、同窓が集まる席の際はその時の看板を必ず持参しているらしい。
「壊れないでよかった」
 巫女は看板を撫でながら無意識に呟くと周囲を見回す。土埃が晴れて視界が良好になると、巫女はすぐに異変に気付いた。
 トロルが、いない……。続きを読む

Cessさんからリクエストを頂きましたので書いてみます。
二次創作はシャーさんや一撃さんのキャラクターで書かせていただきましたが、東方などのメジャー所を書くのはこれが初めてです。

※独自解釈です
※キャラクターを勉強しながら書いたので、一般的なイメージと違うかもしれません。
※今回はバイオレンスシーン無しです


今回は「こんな雰囲気で書いてます」と言う紹介の様なもので、雰囲気だけでも伝わったら幸いです。
完成したらあらためて公開します。

では、よろしくお願いします。






昔話をしようか



「そうだな……昔話をしようか……?」
 重厚で、それでいて透き通った声で囁くと、彼女は後ろ手に縛られている僕の前で跪いて、人差し指と親指で、くい、と僕の顎を持ち上げた。白いドレスを着た、一見すると十歳にも満たない姿の少女の背中からは、その小さな身体からは不釣り合いなほどの巨大な蝙蝠の様な羽根が生えていた。
「今の私はとても気分が良い……。あと数刻でうちの優秀なメイドが、貴重な貴重な臨月の妊婦を連れてくる。妊婦の、特に臨月を迎えた女の血はとろけるほど美味い。体温の高い濃厚な母体を堪能した後は、子宮の中のまだ産声すら上げていない瑞々しい命を取り出して啜る……。その味は私の舌を包み込んでとろけさせるだろう……想像しただけで口の中に唾液が溢れてくる……。最も、私の胃は小さいから半分も食べられないだろう。それではせっかくの最高級の食材に対して失礼だ……。だが、幸い私の妹は大食家だ。肉から臓腑から目玉から臍の緒まで、うちの優秀なメイドが最高級のコースに仕立て上げるだろうし、妹はそれを決して残さないだろう……」
 山の中で山菜を採っている最中に捕まり、この館へ連れて来られた。地下牢へ幽閉され、始めに目の前の幼い少女を見た時は正直言って「上手くいけば力づくで逃げられる」と安心したものだ。だが、今は確信を持って言える。目の前の少女は、紛れも無く「悪魔」だ。僕たち人間を、意思の疎通の出来る存在を「食材」としか見ていない。
 だが、人間のものではない深紅の瞳からは不思議な魅力が溢れ、このような状況ながらも僕は「美しい」と感じた。
「その妊婦のお陰でお前の命は一日延びた。今日の夕食から明日の夕食へと。お前もそれまで退屈だろうし、妊婦と聞いて思い出したことがあるから、冥土の土産として聞いておけ……聞きたくなくても、夕食までの私の暇つぶしに付き合え」
 そう言うと、幼い少女はまるで子供が人形に話しかける様に、実に楽し気にゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。

 今から少し前だ。幻想郷が今よりももう少し殺伐としていた頃。
 その頃の幻想郷には、怖い怖い巫女が居た。今の巫女とはまた違った怖さだ。今の巫女の様に妖怪共と「なあなあ」にならず、「ごっこ」なんかで茶を濁さず、自らの拳だけを武器に、どちらかが地面に伏せるまで力と力をぶつけ合う、清々しいほどの怖い巫女だ。
 その巫女は奇妙な格好をしていた。腰まである長い黒髪は結わずにそのまま流れるにまかせ、身体にぴったりと貼り付く様な黒いボディスーツは筋肉質な肩口や腹部、豊満な胸のシルエットを浮かび上がらせていた。巫女らしいものと言えば緋色の袴と、二の腕に括り付けられた朱色の飾り縫いの入った白い袖くらいで、上半身を覆っているものはボディスーツのみだ。
 もちろんその巫女は酔狂な趣味でその様な格好をしているのではない。
 格闘を主にするために動きやすさを考慮して白衣や襦袢を羽織らずに肩口を露出し、袖の長さも袴の長さも寸足らずだ。だがそもそも人間と妖怪とでは身体能力に雲泥の差がある。真っ当にやり合えばすぐに手足を捥(も)がれて頭から喰われるのがオチだ。
 その致しがたい差をを補うのが、博麗の家系に代々伝わる特殊な紅い蚕(かいこ)だ。
 その紅い蚕から紡がれる真紅の絹糸は人間の潜在能力を飛躍的に高める効果があり、それで織られた衣を纏えば、妖怪と素手で渡り合えるほどの身体能力と、護符の効果を爆発的に高める霊力が備わる。代々博麗の巫女が人間でありながら幻想郷の秩序を守って来られたのはその紅い蚕のお陰だ。その巫女は袴と袖の飾り縫いにその紅い絹糸を使い、自分の身体能力を高めている。
 もちろん今の博麗の巫女も、その蚕の繭から紡がれた絹糸で出来た服を身に付けている。
 
「その蚕の存在は幻想郷の中ではトップシークレットだ。つまり、その蚕が存在しなければ博麗の巫女はただの人間……。天才とか呼ばれている今の巫女にしても、服を脱いだら空を飛べるかどうかすら怪しいな。そして、そんな気持ちの悪い芋虫をいつ、誰が博麗に与えたのか……? おおかた想像はつくが、まぁ知らない振りをしておこう。話を続けようか……」

 とある新月の夜。人里から少し離れた森の入り口で、地面が割れる様な低い地鳴りと、大木が切り倒された時の様な地響きが轟いた。
「言ったはずだ。一度目は半殺しで済ませよう。だが、二度目は殺すとな……」
 巫女は口の端から垂れる血を白地の袖で拭いながら、哀れみを含んだ視線を地面に伏せるものに送った。さっと風が吹いて、水に濡れた烏の羽根の様な艶のある黒髪が揺れる。脇腹や鎖骨の辺りの黒い布が破れ、白く透き通る様な肌には血が滲んでいた。
「博麗様!」
 歳は六十程度だろうとおぼしき男女が、その巫女の足下にひれ伏した。
「ありがとう御座います! 娘を人外から守っていただいて……何とお礼を申し上げたらよいか……」
 老夫婦の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。それもそうだ。ついこの前、嫁ぎ先が決まった大切な大切な一人娘を妖怪に取って喰われかけたんだ。巫女は地面に頭を擦り付けている夫の肩にそっと手を置いて、優しく微笑みながら語りかけた。
「どうか顔を上げて下さい。私はただ博麗の巫女として、人間側に立って行動しただけのこと。お礼を言われる様なことは何もしていません」
「し、しかし……」
「ここは人里から距離があって危険です。すぐにでも人里へ帰った方がいいでしょう。本当は私が送って差し上げたいのですが、妖怪はすぐに後処理をしないと仲間が集まってきますので……どうかお気をつけて……」
 老夫婦は何度も振り返りお辞儀をしながら、気絶している娘を背負って人里の方へ去っていった。巫女は老夫婦の姿が見えなくなるのを確認すると、地面に横たわったいる亡骸を見下ろした。
 体躯は三メートルはあるだろうか。身体は鍛え上げた人間の男性の様な身体つきだが、頭部は角の生えた牛の頭そのものだ。
「すまないな……。共に幻想郷に生きるものとして、出来ればお前も救いたかった。祓うことしか出来ない私を許してくれ……。せめて、来世では幸福になれる様に手厚く葬らせてもらう」
 巫女はどこからともなく大幣(おおぬさ)を取り出すと、人外に対して丁寧に祝詞をあげはじめた。
 おかしな話だ。
 絶対的な人間の味方である博麗の巫女が、妖怪に祝詞なんてあげて見ろ。信頼が地に落ちるどころか、妖怪と結託したなんて噂が立ってしまう。人間というのは面倒くさいことに、全てを悪い方向に考える生き物だからな。
 巫女は祝詞をあげ終えると、明け方までかかって妖怪を手厚く埋葬した。簡単に塚を作り、大幣を近くの小川に流すと、文字通り飛んで山のふもとにある神社へと帰って行った。
 その怖い巫女は、人間だけではなく、幻想郷に存在する全ての命を愛していた。
 だが妖怪達は博麗の巫女というだけで鼻をつまむ。当然だ。自分たちの敵以外の何者でもないからだ。今では想像もつかないだろうが、機会さえあれば全ての妖怪が……たとえ山の河童や天狗でさえ巫女の首を捥(も)ごうと月夜を徘徊していたものだ。

「想像出来るか?」

 少女の姿をした吸血鬼はさも愉快そうにワインを傾けながら聞いてきたので、僕は首を横に振った。今の巫女……博麗霊夢と妖怪との関係はとても友好的だ。時たま妖怪達が起こす異変も、その霊夢との関係を崩すまいと気遣っているのか、あえてお遊びの様な異変を起こしたり、異変自体が妖怪のお遊びだったりする。また、既に「妖怪が人間を襲う」「人間が妖怪を退治する」こと自体が既に形骸化し、すべてが「ごっこ遊び」に成り果てている。僕自身、人里では普通に妖怪と酒を飲み交わしたこともあるし、その席で気の合った妖怪に連れられて迷いの竹林の入り口にある夜雀の経営する屋台へ連れて行ってもらったこともある。
「では、何故その巫女が、今この幻想郷に居ないのか分かるか?」
 吸血鬼の問いかけに僕は再び首を横に振った。
「簡単なことだ。妖怪に負けたからだ……」

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