Яoom ИumbeR_55

Яoom ИumbeR_55は「男性→女性への腹パンチ」を主に扱う小説同人サークルです。

2012年07月

nnSさんリクエスト、「n×И」を書き直しました。

お時間がある時にどうぞ。

※文字数オーバーのため、お手数ですが後半と後日談は「続きを読む」からお読み下さい。



n×И -party pills-


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 二週間前に納車されたばかりのカマロは低いエンジン音を立てながら冷たい風を車内に吐き出していた。車内は外の熱気や湿度と隔離されてとても快適であり、厳つい外見とは対照的に青いダウンライトとブラックレザーで演出された落ち着いた雰囲気だ。出来る事ならすぐにでも高速に乗って、法外なスピードを出しながら首都高を抜け、東名を西へ西へと走って行きたかった。
 男が待ちはじめてから既に一時間以上が経過している。四本の下り電車が到着したが、ターゲットはまだ現れなかった。苛ついて、舌を貫通しているピアスの先を何回も前歯の裏側にぶつけて、カチカチと一定の間隔で音を鳴らす。センタータンを開けてからはこの仕草が舌打の代わりになった。
 手持ち無沙汰にルームランプを点けて、もう何度と無く見返したターゲットの調査書を見る。
 名前は小早川小春。
 家族構成、家庭環境、健康状態はいたって普通。兄弟は弟が一人。成績は中の上から上の下程度で悪くない。本格的に空手を習っており、レベルは全国クラス。学校の空手部ではキャプテンを務め、女子部員はおろか男子部員でもまともに小春の相手を出来る者は少ない。鍛えた足腰と強力なバネを使った足技が得意。小柄な身体を生かして相手の死角に入り込み、跳躍して相手の頭部を攻撃する技は脅威。
 一日の流れは朝六時から一時間ジョギングをした後学校へ向かい、授業を受けた後は部活動に参加。学校併設のジムで筋力トレーニングを終え、シャワーを浴びてから帰宅する。自宅近くの駅に着くのは夜九時頃。
 添えられた数枚の写真に目を移す。薄桃色の髪に同系色のセーラー服を着た本人が友人達と写っていた。なるほど、確かに小柄だ。同年代の女子に比べると、小春がその中の誰かの妹に見える。中学生と言っても通るだろう。弟と写っている写真では既に身長を抜かされている。印象的だった事は、一人の時や友人といる時の小春の表情は自信に満ちた強気な印象を受けるものが多かったが、弟と買い物をしている写真だけはニコニコとだらけきった顔をしていた。
 書類と写真を封筒に仕舞っているとコンコンと窓を叩かれ、視線を車の外へ向ける。
 側頭部にわずかに残った髪の毛を必死に伸ばして頭頂部に貼り付けた、脂ぎった顔をしたタクシーの運転手が怪訝そうな顔をして車内を覗き込んでいた。人差し指の第二関節でノックされたドアウインドウには、手の油が丸い形で白く残っている。
 男は頭に血が登るのを感じながらドアウインドウを開けた。雨上がり特有の粘ついた湿気と熱気が車内になだれ込む。
「あのー、ここはタクシー専用の駐車場なんですが……申し訳ないんですが近くのコインパーキングに移動してもらえませんか?」
 前歯の裏でピアスがかちりと鳴る。
「…………」
「あの……」
「誰が決めたんだ?」
「え?」
「ここがタクシー専用の駐車場って誰が決めたんだ? お? お前ナメてるのか? お前らが勝手にそう呼んでるだけだろうが。しかも今はガラガラじゃねぇか。お前誰の指示で俺に指図してんだ?」
 ドスを利かせた声で言うと、運転手は若干怯んだようだ。すぐに自分の立場の方が上である事を理解する。この世界で生きて行くには、自分より下の立場の奴としか喧嘩をしないに限る。相手の名札も確認した。一気に畳み掛ければ大丈夫だ。
「いや、誰がと言いますか、あそこの看板にもそう書いてありますし……ラッシュ時はここが埋まる事も……」
「その看板お前が立てたのか? え? どうなんだ? 新垣さんよぉ? 個人タクシーなんて俺の事務所の奴ら使えばすぐに営業停止にしてやれるんだぜ? あ? どうするんだ?」
 基本中の基本。相手に喋らせる暇を与えずにまくしたてる。同時に窓からスキンヘッドにした頭と、鍛えた二の腕から手首にかけて彫ったタトゥーを見せる様に上半身を乗り出し、相手のネクタイを掴む。
「どうなんだ? え? どうなんだよ?」
「…………すみません」
「あ? 新垣さん謝って済むの? そっちからいちゃもん付けてくれたのによぉ? 新垣さん俺の事務所での立場知ってるの? 窓に指紋まで付けてさぁ……どうすんのこれ? あ? どうすんの?」
「……いくらですか?」
 男は笑いを堪えるのに必死だった。また自分の思い通りになった。誰かが勝手に決めたルールなんてものは少しばかりゴネて脅せば、どうとでも自分に都合のいい様に曲げられる。そうして今まで生きてきたし、これからも変えるつもりは無い。
「おいおいナメてんのかよ? まるで俺が脅して金取ってるみたいじゃねーかよ? いいよいいよ、後は俺の事務所の奴らに任せるからさぁ」
「……洗車代……払わせて下さい……あと、事務所の人たちには……」
 新垣が胸ポケットから薄い財布を取り出して数枚の万札を渡してくる。あとは余計な事は何も言わないのが定石だ。俺は脅して金を取ったんじゃない。車を相手の過失で汚されて、申し訳ないから洗車代を受け取ってくれとお願いされているだけだ。ネクタイを離して金を受け取ると、背中を丸めて自分のタクシーへ帰ろうとする新垣を呼び止める。怪訝そうにしている新垣にちり紙に適当に書いた領収書を渡してやる。これで全て終わりだ。新垣は正真正銘、自分から洗車代を払った事になった。
 タクシーに戻ってすぐに車を発進させた新垣を尻目に男が駅の出入り口に視線を移すと、下り電車が到着して駅前が俄に活気づいていた。目を凝らすと、目当ての薄桃色の髪を見つけ出す事が出来た。
 小早川小春が顔をややしかめながら駅から出てきた。
 写真で見た通りの小柄な体型だが、実際の目で見た小春は身体の起伏こそ乏しいものの、なかなかそそるものがあった。薄手の白いニーソックスに締め上げられたしなやかな筋肉を纏った太腿や、歩く度にチラチラと見える小さなヘソは女性特有の柔らかい雰囲気を醸し出していたし、何よりその強気な表情が征服した後にどの様に変化するのかを想像しただけで、嗜虐的な昂りが男の身体の中で沸き上がり、口角が自然とつり上がった。
 小春はしかめっ面を崩さないまま手を団扇の様にしてあおぎ、足早に住宅地の中へと消えて行った。
 男はダッシュボードからピルケースを取り出すと、ピンク色の錠剤を二粒噛んで飲み込んだ。これで通常よりも効き目が早く現れるはずだ。喉の粘膜に引っ付いた錠剤の粉を残らず飲み込むと、カマロのエンジンを切ってドアを開けた。粘つく湿気をたっぷりと湛えた熱気が、二枚貝を捕食する時の蛸の様に男に絡み付く。なるほど、これは顔もしかめたくなるなと思いながら、男は小春の後をつけた。

 小春のローファーが立てる硬質な靴音に重ねる様に、男も一定の間隔でドクターマーチンのエアソールで地面を踏み鳴らした。グズグズといった重い音は小春の耳にも届いているだろう。事実、先ほど小春は不意に方向を変えて狭い路地裏へと入って行った。用がなければ決して入らない道だ。男を不審者かどうか判断するつもりらしいが、男は構わずに小春の後を付ける。
「…………あのさぁ」
 道幅がやや広くなり、周囲を空き地に囲まれた場所まで来ると、小春が後ろを振り向いて声を上げた。湿気で重くなったショートヘアを右手で掻き上げた時に、セーラー服の上着がまくれ上がって適度に絞られた腹部が露になる。
「いい加減にやめてくれない? 私に個人的に用があるなら聞いてあげてもいいけど、変なことが目的だったら相手が悪かったわね。すぐに消えるなら見逃してあげるけど、このままコソコソし続けるなら引っ張り出して蹴り入れるわよ」
 強気だが幼さの残る声が路地裏に響く。嗜虐心を煽る声だ。男は笑みを浮かべながら小春の前に歩み出る。
「へぇ、やっぱり気付いてたんだ?」
「そんなデカイ身体で付いて来られたら誰でも気付くわよこのハゲ! なにそのポロシャツ? サイズ合ってないわよ。ぴちぴちで見苦しいからすぐに脱ぎなさいよ!」
「……俺はハゲてねぇよ、剃ってるだけだ。それに、上着はワンサイズ下げた方が筋肉が目立っていいだろ?」
「あーそう、私からすればゲイにモテそうな格好にしか見えないけど? あ、もしかしてその趣味の人? 私は人の趣味にとやかく言うつもりは無いけど、目障りだから視界から消えてくれる?」
 男の眉間に血管が浮かぶ。強気な表情通りの口の悪さだ。写真で見た弟といる時の表情が別人に思える。
「お嬢ちゃん。人の身体の悪口言うなって学校で習わなかったか? 俺だってお前にチビとかペッタンコとか言ってねぇだろ?」
「う、うるさいっ! これから大きくなる……かもしれないんだから別にいいでしょ!」
「それに俺はゲイじゃねぇ……なんならここで、お嬢ちゃんのこと犯してやってもいいぜ? 小早川小春ちゃん?」
「え? な、何で私の名前……? と、というか、やっぱりソレが目的だったのね! アンタみたいな下衆に犯される前にぶちのめしてやるわよ!」
 男の位置からでも小春の耳が真っ赤に染まっている事がわかる。凄んでいるが、こういう事には免疫が無いらしい。まぁ空手一辺倒だったから仕方がないかと男は思った。
「まぁ落ち着けよ。俺のお願いを聞いてくれたら、俺に対する暴言も含めて許してやる。次の全国大会を辞退しろ。断れば痛い目に遭ってもらう」
「はぁ?! 嫌に決まってるでしょ! 頑張ってせっかく県の大会で優勝したんだから。誰に頼まれたか知らないけど、大人しく帰って『死んだ方がいいんじゃない?』って伝言伝えてくれる?」
 小春は左手を腰に当てて前屈みになりながら、唇を尖らせてシッシッと相手を追い返すジェスチャーをする。小動物っぽくてなかなか可愛い仕草だ。手の動きに合わせて頭の上からアンテナの様に生えているアホ毛もピョコピョコと動く。
「ふぅん、断るのか? なら力づくで納得してもらうしか無いなぁ?」
 小春の細い眉毛がぴくっと動いた。昔から身体が小さく、今のように努力にして結果を残す前は、自信も体力も人一倍無かった小春にとって「力づく」という言葉は弱者に対する何よりの侮辱であり、最も嫌悪感を催すものだった。
「アンタさぁ……確かに私は身体が小さくて弱そうに見えるかもしれないけど、相手見てから喧嘩吹っ掛けるのは最高にダサイと思わない?」
「負ける勝負はしないことが生き残る鉄則だぜ? 逆に勝てなそうな相手にはいい気持ちにさせて取り入ればいいしな。小春ちゃんも大人になればわかるぜ?」
「そう……じゃあ私もアンタに勝てそうだから、その喧嘩買わせてもらうわ」
 小春が地面を蹴ると一瞬で男との距離が縮まる。鍛え抜いた足腰は軽量な身体を高速で運び、移動の勢いを乗せたままの前蹴りが男の腹に吸い込まれる。
「おうっ?!」
 男の顔が苦悶に歪むが、小春は戸惑った表情を浮かべながら摺り足で距離を取った。インパクトの瞬間小春はローファーのゴム底を通して、足指の付け根に筋肉とは違う硬い感触を感じた。
「アンタ……何か仕込んでるでしょ?」
「うっぷ……サポーター巻いててもこの威力かよ……。まともに喰らったらヤベェな……」
 男がフレッドペリーのポロシャツを捲り上げると、黒いサポーターが腹部全体に巻かれていた。
「打撃が得意って聞いたからな。出来るだけ用心はさせてもらったぜ。対衝撃性と機動性に優れた硬質ウレタン製のウェストサポーターさ」
「そう……生身じゃ怖くて女の子一人襲えない弱虫だったのね。それならむき出しの顔に一発決めてやるわよ!」
 小春の身体が一瞬跳ねると、男の視界から小春が消えた。一瞬のことで男は周囲を見回すと、男の頭上から小春の「こっちよ!」という声が聞こえた。
 強靭なバネと小柄な身体を生かして小春は壁を蹴って男の頭上にまで跳び上ると、全体重を載せた踵を男の頭に落とした。男の後頭部に重い衝撃が響き、脳が頭蓋の中でシェイクされる。男の視界を眩しいほどの白い光と真っ黒な闇が交互に支配する。
 男は辛うじて視界の隅に写った小春の身体を目掛けて左腕を伸ばすと、小春の足首を掴むことに成功した。重力に任せて落下していた小春の身体が足首を支点に反転し、逆さ吊りの体勢で固定される。
「え?! 嘘……ちょ……ヤバ……」
 小春が慌ててスカートを押さえる。ショーツが露になる事は阻止できたものの、セーラー服がスポーツブラジャーが見えるほど捲れ上がり、白く引き締まった腹部が男の前に晒される。男は迷う事無くむき出しになった腹部に拳を深く突き込んだ。
「ふぐぅぅぅッ?!」
 不意打ちを喰らい、小春の瞳孔が一気に収縮する。体内の空気が強制的に吐き出され、息を吸おうにも身体の奥に撃ち込まれたままのゴツい拳が邪魔をして、肺が思う様に膨らまない。
「やるねぇ……キメめてなかったら危なかった……」
 男がぐぽっと音を立てながら小春の身体から拳を引き抜くと、ジーンズのポケットから黒い携帯電話の様なものを取り出して小春の脇腹に押し当てた。バチッという耳を塞ぎたくなる様な音が響くと、小春の身体がビクリと跳ね上がる。
「うあああああッ!」
「スタンガン喰らうのは初めてか? 気絶しないにしても、しばらくの間身体の自由が効かないと思うぜ……たっぶりお礼はしてやるよ……」
 男が掴んでいる小春の足首を離すと、小春の身体は背中から地面へと落下した。すぐに立ち上がろうとするが、男の言う通り膝が笑ってなかなか地面を踏みしめられず、よたよたよ後ずさることしか出来ない。すぐに男に距離を詰められると、どぽんッ! という湿っぽい音が細い身体に響いた。重くなった腹部の感触に、おそるおそる視線を下に移す。若干前屈みにの体勢なった小春の華奢な腹部に、男の拳が手首まで埋まっていた。
「ぅぁ……ぁ……」
 えげつないほど容赦なく腹を抉られている。この後襲ってくる苦痛も、おそらく自分の想像を超えるものなのだろう。
「うぶぅっ?! ごッ……おごおッ!?」
 一瞬の間隔を置いて、腹部からぞわぞわと不快感がせり上がり、徐々にそれが鈍痛から苦痛に変わると、今まで経験したことの無いほどの苦痛が体中を駆け巡った。小さな身体がまるで電気ショックを受けたように跳ね、全身が痙攣して膝から下が無くなったような錯覚に襲われる。普通なら崩れ落ちているはずの身体を、腹に刺さったままの男の拳が辛じて支えていた。
「ゔぐっ……かふぅっ……ぬ……抜いて……」
「へへ……いいねぇ、その苦痛に歪んだ顔……」
 男は小春の髪の毛を掴んで無理矢理顔を上げさせると、身体をくの字に折りながら口の端から唾液を溢れさせている小春を満足そうに覗き込んだ。瞬間、一瞬腹圧が軽くなる。拳を三分の二ほど抜かれ、小春が安堵して息を吸おうとしたところ、小春の細い腰に手を回しながら更に深く拳が埋められた。
「うぶぅぅぅっ?!」
「おら、休んでんじゃねぇよ」
「ひぐっ……うあっ……あぁ……」
 小春の小柄な身体ががくがくと震え、倒れ込まないように必死に内股を摺り合わせて耐える。男はその様子を満足げに見下ろしながら小春の温かい腹部の感触を楽しむと、下腹部に丸太の様な膝を埋めた。内臓が正常な位置から隅に押しやられ、出鱈目な信号を脳に送る。
「おぐッ?! ぅぁ……」
 ヘソ周辺の胃や子宮を潰され、身体の底から沸き上がる鈍痛や嘔吐感を押さえる為に両手で口を押さえる。目からは涙がこぼれ、顔色は徐々に青くなっていった。加虐性癖を持つ男は自分の下半身が痛いほど膨れ上がっている事を感じる。小春の身体から一旦膝を引き抜くと、更に勢いを付けて腹部を突き上げた。
「うぐぅっ! ごぽっ……ごえぇぇぇぇ……」
 男の膝は容赦なく小春の小さな胃を内壁同士がくっつくほど潰し、その内容物を食道へ逆流させた。両足が地面を離れる程の威力で突き上げられ、空っぽの胃からは透明な粘液が逆流して吐き出される。
「くくく……さっきまでの勢いはどうした? それに、なかなかいい反応じゃないか? 責められると弱いタイプなのか? 腹の中がびくびく痙攣してるのがわかるぜ」
「うえぇ……ごぷっ……ちょ、調子に乗るな……スタンガンなんて使って、この卑怯者……。アンタなんて…………ぐぼぉっ?!」
 男が小春の鳩尾をピンポイントに突き上げる。拳骨と胸骨がぶつかるミシミシという音が、骨伝導ではっきりと小春の鼓膜に届いた。
「かはッ……あ……ゔあぁ……ぁ……」
 心臓をシェイクされた衝撃で呼吸が出来なくなる。小春は必死に空気を求めるようにぱくぱくと口を動かした後、瞳がぐりんと瞼の裏に隠れ、支えを失ったようにガクリと全身を弛緩させた。男の腕に抱きつくように倒れたため、ピンク色の髪が男の二の腕をくすぐる。
「へへ……これだけで終わると思うなよ? 俺はナメられるのが一番頭にくるんだ。楽しませてもらうぜ……っと、もう聞こえないか」
 男は全身を弛緩させた小春を軽々と肩へ抱え上げると、住宅地の奥へ向かって歩き出した。

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こんばんは。
推敲の息抜きに、一撃さんのキャラクター、阿音さんと杏さんを書かせていただきました。
人様のキャラクターをどうこうすることは妙な背徳感があって楽しいですねw


内容は以前書いた一撃失神SSを引き継いでいるため、お時間があればそちらもお読みください。


ではどうぞ




一撃失神SS 二撃目


「ほんとに……いくつになっても無茶するんだから……昔から全然変わってない……」
 阿音の膝に消毒液が滴るほど染み込んだ脱脂綿を若干乱暴に押し付けながら、杏が溜息まじりに言った。
「あひぃぃぃっ?! らめぇぇぇぇぇ!!」
「ちょっと、変な声出さないでよ?」
「も、もっと優しく塗ってよ! そんなに乱暴に塗ったら染みるってば!」
 保健室の狭い空間に阿音の声が響く。杏はベッドに腰掛けたままばたばたと手を振りながら抗議する阿音の様子など意に介さず、慣れた手つきで阿音の膝に包帯を巻いていった。
「女の子なのに欠員が出たラグビー部の助っ人として試合に出場して、ウチの学校の勝利に貢献したのは良いとして、こんなに生傷作るなんて……。女の子なんだから少しは身体を大切にしなさいよね」
 擦り傷のあった場所に包帯を巻き終えると、杏は包帯の上から傷口をぽんと軽く叩いた。阿音の身体が小さく跳ねる。
「で、どうするの? 今夜の任務は。何なら私が付き添ってもいいけど……。軽い怪我だけど、何かあったら大変でしょ? 結構手こずりそうな相手なの?」
「いや、それなんだけど。多分大丈夫だと思うんだ。相手は子供だし」
「……子供?」
「うん、逆にこっちが手加減しないとマズいんじゃないかって思うくらい。この子なんだけど、お姉ちゃんどう思う?」
 季節が夏になり、ノースリーブになったシャツの胸ポケットから阿音は一枚の写真を取り出して杏に差し出す。スクランブル交差点を行き交う人ごみに隠れてしまい身体の一部と顔半分しかわからないが、阿音の言う通り小学校高学年くらいの年代の男の子が、両方の手をハーフ丈のカーゴパンツに突っ込みながらこちらを振り向いている。表情はキャップのツバが作る影に隠れてはっきりとはわからないが、悪戯好きそうな笑みを浮かべながらこちらを向いて、舌をぺろりと出していることがわかった。
「この子がターゲット?」
 杏が写真から目を離して、阿音の顔を覗き込む。阿音も若干戸惑っているらしく、目を逸らす様にゆっくりと天井を見上げた。
「そうみたい。その写真を撮った人が今行方不明になってて、数日後にカメラだけが里の入り口の門に架けられてたんだって。で、メモリーに入ってた一番最後の写真が、お姉ちゃんが今持ってるやつ。写真を撮った人は最近新しく興った隠密流派を追っててね、最後の写真に写ってるその子が何か関係があるかもしれないから、素性調査をしろってこと。まぁその流派自体が異質だから、隠密とは言えないって里長(さとおさ)は言ってたけど」
「隠密とは言えない?」
「ほら、私達って基本的に戦闘は避けるじゃない? 隠密って名前通り、『隠れて密かに』適地に忍び込んで『相手に気付かれずに』任務を成功させることが目的だから、派手に戦闘なんかしたらその時点で半分任務を失敗した様なものでしょ? でもその流派はもの凄く好戦的で、隠れも密かに行動もせずに積極的に敵地に乗り込んで相手側を壊滅させちゃう超武闘派なんだってさ」
 阿音がベッドに胡座を書いて頭をぽりぽりと掻いた。
「しかもその流派のターゲットは私達、隠密なんだって……。伊賀や甲賀系統の分派の里に影みたいに乗り込んで殺戮するみたい……。小さい流派の中には既に壊滅させられた所もあるって言ってた」
「ターゲットが隠密……? 何でそんなことを……。隠密は今も昔も主君を陰ながらサポートすることが仕事だから、敵方の主君をターゲットにするならまだしも、隠密自体に直接攻撃をすることはあまり意味をなさないし、何よりリスクが高過ぎる……里長は何と?」
「さぁ……何か知ってそうな感じだったけど、今はその男の子を追えとしか言われてないんだ。しばらく調査してシロかクロか見極めて欲しいって……」
「…………」
 杏は伏し目がちに顎の先を親指と人差し指でつまむ様にしながら思考を巡らせる。杏が持てる知識や洞察力を総動員して深い考察をする時の癖だ。阿音はそれを十分に理解しているから、杏がその仕草をしている時は決して声をかけなかった。
「……レゾンデートル」
 三分ほど杏が考えを巡らせた後、ぽつりと呟いた。
「え? レゾ……?」
「レゾンデートル。存在理由という意味なんだけど……。んー、少し極端なたとえになっちゃうけど、たとえば私や阿音が所属する流派よりも優れた能力を持ち、しかも世の中の依頼者全員を一気に引き受けられるほどの大規模な隠密集団がいたとしたら、私達はどうなると思う?」
「えーと……小規模だからきめ細かい活動で……」
「それも向こうの方が上。あらゆる面で向こうが優れているとしたら?」
「…………私達がいる意味無いんじゃないかな?」
「そう、それがレゾンデートルが無くなった状態。かなり極端なたとえだけどね」
「今回の任務はどう関係があるの?」
「……この前阿音が失敗した任務のターゲットって、私達の里の抜け忍だったでしょ? その人はずっと、いつまでも何かに依存する体質に異議を唱えいたらしいし……。同じ考えを持っている人は私達の里にも外にも少なからず居るんじゃないかしら?」
 阿音は腹部に重石を詰め込んだ様な違和感を感じた。以前、抜け忍を追って返り討ちに合い、手ひどく暴行を受けた場所だ。両手足を壁に拘束され、男数人がかわるがわる腹部を殴打した。目からは涙がこぼれ、口からは絶えず唾液と胃液が溢れて制服を汚した。 失神するとすかさず冷水を浴びせられ、再び腹部を責められた。永遠にも感じた拷問の後、何度目かの失神をした阿音は里の入り口にゴミの様に放置されていたらしい。自分が目を覚ました時に飛び込んできた杏の泣き顔は、今でも脳裏に焼き付いている。
「仮に、そういう考えの人たちが集まって、里長の言っている新しい流派を興したと仮定するとして、その小さな集団が現段階で何を目的に動くのかは想像がつくわ。まだ小さい新興勢力が目指す所は、レゾンデートルの確立。他者と共存したいのであれば他の流派が出来ないことをして差別化を図ればいい。出来ないのであれば消滅するか、あるいは……」
「あるいは……?」
「競争相手を潰す。後ろ向きなレゾンデートルの確立ね」
 沈黙が狭い保健室の中を、足音を立てずに歩く老婆の様に這い回る。何か大きな力が自分たちを取り囲んでいる様な気がして、阿音は背筋が寒くなった。杏も神妙な顔をして顔を伏せる。
「私にはお姉ちゃんの言ってる事が真実だと思う……。じゃあ、この男の子も?」
「そこまではわからないわ。ただ、仮にこの子がその流派のメンバーだとしたら、当然調査中に攻撃を仕掛けてくるでしょうね。ターゲットの方から近づいてくるまたとないチャンスでしょうし……」
「……お姉ちゃん……一緒に付いてきてくれる?」
 阿音が不安そうな顔で杏の顔を覗き込む。こういう甘え上手で、いざという時は頼ってくれる所も昔から変わってない。心配して後を追う様にくノ一になった甲斐があるというものだ。それに阿音に頼られることは杏も嫌いではなかった。
「もちろんよ」と笑顔を作りながら、杏が手の中の写真を阿音に返した。返す途中で写真をちらりと見ると、写真の中で笑っている男の子と目が合った気がした。

 街路樹にとまったアブラゼミは、その短い一生を全世界に誇示するかの様にけたたましく鳴いていた。杏と阿音は手のひらを団扇の様にして顔に風を送っていたが、それでも暑さは少しもマシにはならなかった。
「どう? お姉ちゃん?」
「うーん……普通……」
 テーゲットの男の子はコンビニの駐車場の車止めに四、五人の仲間達と座っていた。立ち居振る舞いからターゲットの男の子がグループのリーダーである事は想像できたが、ランドセルを肩掛けにして、友人達とアイスを舐めながら談笑している姿はどう見ても年相応の男の子で、とても隠密組織の一員には見えなかった。
「今日で四日目だけど、普通に学校と家と友達の家の往復しかしてないわね。友達もごく普通のクラスメイトだし……いっそ家の中に忍び込んで調べてみるしか」
「あ、待ってお姉ちゃん。移動するみたい」
 ターゲットと四、五人の友人達は歓声を上げながら公園の方向へ移動している。ターゲットは写真と同じカーゴショーツのポケットに両手を突っ込み、他の少年達を率いる様に肩で風を切って歩いて行った。杏と阿音もその後をつける。少年達は公園に着くとボール遊びをするでも無く全員公衆トイレに入って行った。杏と阿音はジュースでも飲み過ぎたのかなと思ったが、少年達は十五分以上経っても出て来なかった。蝉は相変わらず二人の頭上でけたたましく鳴いている。
「お姉ちゃん……」
「うん……おかしいよね……」
 二人は文字通り忍び足で公衆トイレに近づく。入り口には「清掃中」の看板が置かれており、杏と阿音はお互いの顔を見合わせた。裏へまわり、忍刀を踏み台代わりにして通気窓から中を覗いく。学校の制服を着た一人の女子生徒が少年達に取り囲まれ、一心不乱に奉仕をしている姿が飛び込んできた。女子生徒はうっとりとした表情を浮かべながら、手で二人の少年達の性器をしごきつつ、口を使ってターゲットの性器を吸っている。
「ぷぁっ! すご……太い……。身体は小さくても、もう立派な男の子なんだね……」
 女子生徒がターゲットの性器を口から離すと、勢いよく跳ね上がってターゲットの腹に当たりパチンと音を立てた。杏と阿音は同時に息を飲んだ。二人は今まで男性器をまともに見た事が無かったが、少年達の男性器は十分に成熟している様だった。
「うぁ……お姉ちゃん……気持ちいいよ……も……もう……」
「ま……また出ちゃうよ……。また白いネバネバしたの、たくさん出ちゃうよ……」
「んふぁぁ……いいよ……お姉さんにたくさん出して……いっぱいかけて……」
 しごかれていた少年二人が同時に射精すると、女子生徒はうっとりした様子で精液を受け止めた。背後にいる少年達も我慢できない様子で自分の股間に手を当てながら、もじもじと順番を待っているようだ。杏と阿音はその異様な光景に釘付けになった。
「ちょっとお姉ちゃん達、なに覗いてるのさ?」
 不意に声をかけられ、杏と阿音が同時に振り向くと、グループの少年のひとりが背後に立っていた。ターゲットの少年ではなかったが、二人は反射的に忍刀から降りて身構える。
「窓の外見たらお姉ちゃん達が覗いてるんだもん。ビックリしたよ。友達と遊んでる最中なんだから邪魔しないでよ?」
「き、君達こそなにやってるのよ?! あんなことして……君いくつなの!?」
「あんな事って?」
「あ……その……皆で女の子囲んで、変な事してたでしょ!?」
 阿音が顔を真っ赤にしながら少年に近づく。こういう事に免疫が無いのだろう。少年は首を傾げながらぽかんとしている。杏はそんな二人を交互に見た。ターゲットはまだトイレの中にいるのだろうか? どちらにしろ、早めにここを離れた方がよさそうだ。
「あんな事って、エッチごっこのこと? あれはお姉ちゃんからしようって言われただけだし、僕たちも気持いいからしてるだけなんだけど……」
「ああいうのはダメなの! ああいう事は好きな人同士でするものなんだから!」
「で……でも……」
「でもじゃない! とにかくああいう事はダメなの!」
「そんな……僕たち悪い事してないよ……お姉ちゃん達ひどいよ……」
 少年が顔を伏せて目の辺りを拭う。阿音の剣幕に押されて泣いてしまったようだ。阿音が「あっ」という顔をして無意識に口に手を当てる。杏が少年と阿音の間に入る。
「ちょっと、阿音。もうそのくらいで……この子に謝りなさい」
「ひっく……ひっく……」
「ご、ごめんね。お姉ちゃんあんまりビックリしたものだから、つい大声出しちゃって……はい、ハンカチ」
「うう……ありがとう……」
 阿音が少年の目線に合わせて中腰になりながらハンカチを渡した。少年はそれを受け取って涙を拭くと、大きな音を立てて鼻をかんだ。杏は小さく溜息をつきながら「とりあえず、一旦ここを離れましょう」と耳打ちした。阿音は杏を振り向いて頷くと。視線を少年に戻した。
 少年が消えていた。
 自分のクナイの刺繍が入ったハンカチだけが、くしゃくしゃに丸まって地面に落ちている。
「……!!」
 背後から湿った砂袋を殴った様な音と共に、杏の声にならない悲鳴が聞こえた。
「? お姉ちゃん……?」
 少年が泣き顔のまま、杏の鳩尾をピンポイントに突いていた。その小さな拳は胸骨の間をくぐり抜け、杏の心臓を直接揺さぶったようだ。杏は今まで見た事も無いほど目を見開き、声にならない悲鳴を上げながら、混乱と苦痛が混ざった様な複雑な表情を浮かべていた。
「え……? お姉ちゃん?」
 事態が飲み込めずに阿音は再び杏に問いかけるが、杏は返事を返す事無く口をぱくぱくと動かした後、前屈みに倒れ込んだ。
 次の瞬間、自分の腹部にも衝撃が走った。胃を潰された衝撃で体中の空気が全て押し出され、声が出ない。
「……ふぅッ!?」
「……お姉ちゃんさっき僕に幾つなのか聞いたよね? 僕はこの歳で身体の成長を止められてるんだけど、お姉ちゃんの倍は生きてると思うよ。それにこの身体は、『なり』はこんなだけど、筋力や精力は年相応に成長するし、諜報に便利だから気に入ってるんだよね」
「……っは……ぅぁ……ぁ……」
 阿音の瞳がぐりんと瞼の裏に隠れ、全身から力が抜ける様にがくりと地面に倒れ込んだ。公衆トイレからはターゲットの少年が写真と同じ悪戯っぽい笑みを浮かべながら、仲間を引き連れて出て来た。
「終わったか……早かったな」
「無防備過ぎて逆に罠なんじゃないかって不安になったよ。油断させるのが僕達の専売特許とはいえ、ここまで簡単に騙されるなんて。本当に隠密なのかな?」
「間違いは無いだろう。そこの一人は前回捕えて拷問した娘だ。さて、どうしたものか……。我々の里に連れて行く前に少し楽しむか? 今のオモチャ達は貧相な身体ばかりだから、この二人はそれなりに楽しめると思うぞ。特にその胸なんか……」
 少年達の視線が失神している阿音と杏の身体に注がれると、どこからか生唾を飲む音が聞こえた。少年達は目配せをすると、協力して二人を公衆トイレに運び込んだ。
 公園にはクナイの刺繍の入ったハンカチだけが残されたまま、そして誰もいなくなった。


ありがとうございました。
今回は一撃さんの描かれたこちらのイラストを元に妄想させていただきました。
直前で当て身をするキャラが本人でなくなってしまいましたが、こちらの方が話が膨らみやすかったのでご勘弁を。

ではまた次回

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