「_4」のラスト部分↓を書き忘れましたので、お時間があれば前回のラストを読んでいただ後にこちらを読んでいただけると、話が繋がりやすいと思います。
お手数をおかけしますが、もう少しお付き合い下さい。




[Plastic_Cell] _4 ラスト

「人間に……まさか……」
 綾が美樹の話に目を丸くする。
 相手に対し、入院させるほどのダメージを与えることは容易ではない。社会的、心理的な要因(たとえば逮捕を恐れる。良心が無意識のうちにストップをかける等)から、精神にブレーキがかかるからだ。ましてや美樹は組織でも数少ない上級戦闘員の一人。隙を突かれたとはいえ、よほど戦闘慣れしていなければ出来ない芸当だ。
 また、加害者の口からアンチレジストの名前が発せられたことも気がかりだ。組織の名前を知っているからには、当然人妖のことも知っているのだろう。
 蓮斗と人妖はどのようなつながりがあるのか、相互に何らかの利益が無ければ、人妖は一方的に人間を栄養源にするだけだ。前回のアナスタシアの研究棟で双子が人妖に手を貸した事実もまだ真意が掴めておらず、多くの謎が残ったままだった。
「久留美には心配をかけたが、シオンのフォローのお陰で精神的には何とか大丈夫そうだ。あいつは身体は小さいが正義感と芯が強いからな……。こんな事にあいつを巻き込みたくはない」
「そうですね。久留美ちゃんに限らず、一般生徒に心配をかける前に、早急に解決できればいいのですが……」
「あの、久留美ちゃんて、あの先に帰った背の小ちゃい子ですか? 私と同い年くらいで、髪に白いカチューシャを付けてる……。さっきお医者さんの後に付いて歩いて行きましたけど……」
 綾が人差し指と親指で、カチューシャの形を描く様に自分の左耳から右耳へ頭をなぞる。
 美樹が怪訝そうな顔でシオンを見ると、シオンが小さく首を振った。二人の表情が緊張したものに変わって行く。
「嘘……久留美ちゃん……来てたの……?」
「医者の後にだと……? 綾、この階は一般病棟とは違って、医師や看護師はこちらから呼ばなければ絶対に来ない。この階に重病人は一人も居ないんだ。うろついてる医者なんていない。どんな奴だった?」
「えと……顔はマスクで分からなかったんですけど、髪の毛を金髪にした背の高い男の人で……」
 三人の視線がベッドの上に置かれた写真に集中する。
 一瞬の間。綾は鞄からオープンフィンガーグローブを取り出して両手に嵌め、まだ近くに居るかもしれない蓮斗を探して病室を飛び出した。シオンは鑑の携帯に電話をかけ、美樹はナースコールを押す。数秒の間を置いて、落ち着いた女性の声が天井のスピーカーから響く。
「鷹宮様、どうなされましたか?」
「退院する」
「はい……?」
「タクシーを呼んでくれ。今すぐにだ」




[Plastic_Cell] _5

 蓮斗は年季の入ったバルセロナチェアに座り、ウォルナットで出来たセンターテーブルの上にブーツを履いたまま両足を乗せていた。丸のままのリンゴに齧りつく。しゃりっという清涼感のある音が心地よかった。
 薄暗い部屋。天井から釣り下がった小さなシャンデリア。棚や床の上に無造作に、そして多数置かれた蝋燭が弱々しい火を放ち、壁に飾られた水牛の頭骨や年代物の柱時計、ガラス細工の動物の置物の影を、白いペンキが塗られたコンクリートの壁に曖昧な形で映していた。白い壁は所々オイルの様な汚れが垂れ下がり、タールを塗った光沢のある黒い床に吸い込まれて行った。
 バルセロナチェアは、一九二四年にドイツの建築家、ミース・ファン・デル・ローエがデザインした美しい椅子だ。その美しさはもうすぐ誕生から百年の時を迎えようとしていても、全く色褪せることはなく、常に新鮮みを帯びている様に思えた。蓮斗は物に固執する性格ではあったが、時の洗礼を受けていない物にはあまり興味が湧かなかった。なんとなく壁を見る。デンマークで買ったミルク色のガラス製の馬の置物と目が合った。蓮斗はその馬の目を見ながら、百年後はどのような世界になり、どのような物で溢れているのかを頭の片隅で想像してみた。
「蓮斗、ちょっといいかしら?」
 神経質そうな女性の声が、ノックの音と共にドアの外から聞こえた。蓮斗は小さく舌打ちをすると、半分ほどかじったリンゴを無造作にテーブルの上に置く。部屋を横切り、姿見の前で作り笑いの練習をする。病的とまでは言えないが、まだかなり痩せている。しかし、幾分血色が良い。美樹や久留美と出会ったからだろうなと蓮斗は思った。人間楽しみが増えると生きようとするものだ。
 ドアを開けると、少し苛立った表情の冷子が立っていた。
「どうしました冷子さん? 何か問題でも?」
「……相変わらず酷い部屋ね。好きに使っていいとは言ったけれど、何でわざわざ貧乏臭い内装にするのか理解出来ないわ」
 蓮斗の質問には答えず、冷子は溜息混じりに嫌味を言った。蓮斗はまた小さく舌打ちした。
 冷子は相変わらずブランド物のかっちりしたダークトーンのスーツを着ていた。ディオールかそこらだろう。冷子はTPOの感覚が薄く、大抵は常にフォーマルな格好をしている。もっとも冷子が羽目を外して遊びに行ったり、スポーツで汗を流したりするシーンを蓮斗は想像することが出来なかった。
 冷子は若干呼吸が早く、顔にはうっすらと赤味が差している。
 『栄養補給』をして来たばかりなのだろう。内装について文句を言うのは機嫌がいい証拠だ。普段は他人に対しては徹底的に無関心なのだから。
「貧乏臭いとはずいぶんだなぁ、退廃的と言って下さいよ。デカタンスですよデカタンス。病的でけだるくて虚飾に満ちてセックスばかりしてる部屋ですよ」
 蓮斗は両手を広げておどけて見せながら、心の中で「あんた達みたいにな」と続けた。
「ところで、『お食事』はもう済んだんですか?」
「まぁ、ね。最近の若い子は揃いも揃って淡白だから、数人相手しないと満足に補給出来ないのよ。使い物にならなくなってきた子もいるから、また狩らないといけないし。それより、今日連れて来たあの娘をどうするつもり?」
「水橋久留美のことです? どうするも何も、皆さんに不利益なことはしませんし、取って喰いもしませんよ。まぁ、これからは僕の趣味の時間ですから、楽しませてもらいますけれど……。あと一、二時間で目を覚ますでしょうね」
 冷子はふんと鼻を鳴らすと、蓮斗を押しのけて部屋の中に入った。テーブルの上に置かれている食べかけのリンゴを見て顔をしかめた。やむを得ない理由があって、しかたなく汚物を触る時の様にリンゴのヘタを人差し指と親指でつまみ、ゴミ箱に捨てるとすぐさま手をハンカチで指を拭った。
「勘違いしないでくれる? 人間のあなたを側に置いてあげているのは、あくまでも私達のために働いてもらうため。いわば家畜よ。あなたの特殊な趣味を満足させるためじゃない。それが違うというのなら、すぐに以前の様に『食材』に戻ってもらうけれど?」
 冷子の右腕が一瞬ビクリと痙攣すると、ナメクジの様にずるりと床まで伸びた。皮膚が気味の悪い灰色に変色し、湧き出た粘液でぬめぬめと光っている。蓮斗は両方の手のひらを冷子に向けて口を開いた。
「まぁまぁ落ち着いて下さい。確かに僕は自分の趣味の為に行動していますし、あなた達に味方していることは手段であって、それが目的ではない。ですが、ターゲットのターゲットはパートナーである事は事実です。僕は如月シオンを連れて来いという貴女の命令はちゃんと守りますよ。それも、出来るだけ貴女に有利な状況でね。今回拉致してきた水橋久留美は鷹宮美樹や如月シオンの後輩です。彼女を餌にすれば面倒見のいい美樹ちゃんは頭に血を上らせたまま、真っ先に飛んで来るでしょう。それに、あなたが涼さんの仇を討ちたがっているシオンもきっと来る。ターゲットが自らこちらのテリトリーに来てくれるのですから、これほど有利な戦闘はありません。戦闘はいかに自分に有利な条件で進めるかで勝負が決まりますから、シチュエーションは純粋なパワー以上に重要です。それに、負ける勝負はしないに限るし、負けるのであれば敵前逃亡は大いに結構……。久留美ちゃんは我々の聖域に、数少ないアンチレジストの上級戦闘員を召還する為の生贄です。冷子さんは美樹ちゃんの後を追ってきたシオンを殺すなり、四肢切断するなりして再起不能にすればいい。僕は僕で美樹ちゃんで楽しませていただければ、その後の処理はお任せします。勿体無いですがね」
 冷子の瞼が少しだけ大きく開いた。仇を討つという言葉が彼女の感情を僅かに揺らしたらしい。
「ひとつ教えて。なぜ昨日、鷹宮美樹を拉致して来なかったの? あえて回りくどいことをしなくてもよかったんじゃない?」
「結論から言うと、シオンを呼ぶ為です。美樹ちゃんはクールに見えて、実は結構な激情家なんですよ。自分のことや、能力の高い人間に対しては冷静なのですが、危なっかしい子や後輩に対しては、いささか面倒見が良すぎる所がある。逆にシオンはおっとりした様に見えて感情の揺らぎがあまり無い。何が原因かわかりませんが、他人に対しても自分に対しても、常に一歩引いた目線で見ている節がある。もし昨日美樹ちゃんを拉致したとしても、結果はどうあれ美樹ちゃんは冷静に対処するでしょう。シオンは心配こそするでしょうが、美樹ちゃんの実力を信頼して助けには来ない。それに志願して戦闘員になった以上、美樹ちゃんもシオンもそれなりに自分の身に対してはある程度の覚悟はしているでしょう。しかし、大切な後輩の久留美が拉致されたとしたら、美樹ちゃんは頭に血が登ったまま、馬鹿正直に最短ルートの正面から殴り込んで来る。こちらに準備があれば、最悪死体が二つ。しかも一人は一般人。最悪の事態を避ける為にも、おそらくシオンは加勢に来る」
 冷子が顎をさすりながら、数回小さく頷く。
「まぁいいわ。こんな辛気くさいアジトももう飽きてきたし、さっさと始末して別の場所へ移動しましょう。鷹宮美樹と水橋久留美はあなたが好きにしていいわ。私は別に興味が無いし」
「ありがとうございます。で、その手に持っている袋の中身は、例のアレですか……?」
 冷子がふんと鼻を鳴らしながらショートカットの髪を掻き揚げ、茶色の紙袋を蓮斗に渡した。蓮斗が袋を開ける。茶色いガラスで出来た、数本のアンプルが入っていた。
「人工チャーム入りの筋弛緩剤。あなたに魅入らせる様に調合してあるし、リクエスト通りの『一味』も加えてある。吸入式だから効果は三十分ほどだけど、まともに吸い込めば普段の三分の一の力も出せなくなるわ。足りなくなったらまた作ってあげる」
 蓮斗は何のラベルも貼っていない茶色いアンプルを見て、口元をつり上げた。今後の事を考えると興奮して自然に呼吸が荒くなる。「もう興奮してるの? 本当にあなた変態ね。興奮ついでにデザートになってくれないかしら? あなたのリクエストに答えるわけにはいかないけど、ノーマルで興奮しないほど真性じゃないはずでしょう?」
「人並みには出来ますよ。若干僕自身が物足りないだけで。お礼もかねてお相手しますよ」
 冷子がジャケットを脱いで錆び付いた簡素なフレームベッドに腰を下ろすと、その隣に蓮斗も座った。


 蛍光灯が点くと同時に久留美は目を覚ました。視界はまだぼやけていたが、腹部に残る疼痛だけははっきりと感じた。
「んぁ…………え……?」
 最初に見えたのは、金属製のドアだった。窓は無く、部屋全体が白い。床や壁は白いペンキを塗ったコンクリートで出来ており、蛍光灯の光を反射して、目が覚めたばかりの久留美には痛いほど光っていた。白い床には所々に小さな銀色の排水口が口を開けている。
 部屋は冬の冷気を溜め込んでとても寒かった。部屋をぐるりと見回す。窓の替わりに天井には大型の換気扇が設置されていた。
 壁際には大小さまざまな古めかしい器具が、まるで博物館の様に整然と並べられている。無数の小さな刺の付いた鉄製の鞭。三角形に鋭く削られた木馬。金属で出来た大きな牛の像。人が直立した形そのままに作られた檻。一際大きくて目を惹く釣鐘型の女性の鉄の像。
「なに……これ……?」
 思わずごくりと喉を鳴らす。この中のいくつかは本やテレビで見た事がある。
 拷問器具だ。
 用途の分からない器具の方が多かったが、それぞれが何らかの目的や方法で人に苦痛を与えるために考案された物だろう。器具一つ一つが不気味な、鬼気迫る様な威圧感があった。
「……ッ!」
 一瞬野間を置いて、久留美の背中がぞわりと粟立った。本能が身の危険を察し、久留美は慌てて逃げようと試みる。固い金属の音。手首と足首に走る痛み。身体が動かない。軽いパニックになりながら、久留美は痛みの走った箇所を見る。手首と足首には、革ベルトの様な拘束具が嵌められており、壁に埋め込まれた把手の様な器具と鎖で繋がっている。軽く揺すってみるが、把手と鎖の金属が擦れる嫌な音が響いただけだった。
「嘘……いや……いやぁ……!」
 久留美はドアから見て正面の壁に、自分の身体がXの字で固定されているのを理解した。これから何をされるのかはわからないが、碌なことではないことは容易に想像ができる。
「やだ……やだ……先輩……美樹先輩……!」
 恐怖からか、目尻には涙が浮かんでいた。久留美はその小さな身体を揺すって必死に拘束を解こうとするが、無機質な拘束具は弛みもしなかった。金属の擦れ合う音が「諦めろ」と行っている様に感じる。
 しばらくもがいていると、ドアノブが軋んだ音を立てて回転した。裾全体にダメージの入ったブラックデニムに、黒いロングジャケットを着た長身で金髪の男が部屋に入って来た。久留美は「ひっ」と悲鳴を上げて首を振る。
「あれ? もう起きたの? 意外と丈夫なんだね? お腹は大丈夫?」
 久留美は歯をカチカチと鳴らしながら、久留美に覆い被さる様に立つ蓮斗を見上げた。蛍光灯を背負った蓮斗は顔の陰影が色濃く出て、とても恐ろしく見える。
「病院では少ししか楽しめなかったかけど、今日は時間もたっぷりあるし……」
 蓮斗は久留美の怯えた表情を舐める様に覗き込んだ。興奮しているのか、呼吸が荒くなっている。
「あ……あなたはあの時の先生……? この部屋はいったい……」
 久留美が蓮斗に問いかけた瞬間、廊下の奥からくぐもった悲鳴が響いた。自分と同じか、それよりも若い女性の悲鳴だ。しかしその悲鳴からは悲痛さはあまり感じられず、どこか艶を帯びた様に感じる。
「毎日お盛んだねぇ……。さて、あいつらも始めた事だし、俺たちも楽しもうか? この部屋の素敵なインテリアは見てくれた? どれも歴史的な価値があるし、何より実用性がある。すごい才能だと思わないかい? 人を痛めつけるためだけに、これだけのアイデアと金がつぎ込まれたんだ」
 蓮斗が落ち窪んだ目で部屋を見回す。久留美もその視線を追った。拷問器具が蛍光灯の光を反射し、鈍く光っている。
「人間がここまで残酷な道具を開発出来たのは、その開発した誰もが自分自身には使われないと思っていたからさ。対岸の火事ほど見ていて面白い物は無いからね……。そこにある牛の像はファラリスの雄牛と言ってね、真鍮の像の中に人間を閉じ込めて、下から火で炙って、閉じ込めた人間を少しずつ焼き殺すんだ。焼かれている人間の断末魔の悲鳴が像の中を反響して、本当に牛が鳴いている様に聞こえたらしいよ。開発したペロリスは自分の発明品がいかに残酷に人を殺すかを王様に語った後、自分自身がその中に入れられたんだけどね。はははは」
 久留美が恐る恐るファラリスの雄牛を見つめる。もの言わぬその牛の像は、まるで意志を持つかの様にじっと久留美を見つめていた。
「な、何をする気ですか……? まさか……これで……?」
「ああ、大丈夫だよ。ここにある物はあくまでも俺のコレクションで、使った事は何回かしか無いんだ。それにさ……?」
 蓮斗が久留美に額が触れ合うほど顔を近付ける。久留美は息を飲んだ。蓮斗の微かに興奮した吐息が頬にかかる。
「苦しんでいる顔が見えないのは、つまらないだろ?」
 ずぷんっ……という水っぽい音が響き、久留美の華奢な腹部に蓮斗の拳が埋まる。
「ふぐぅっ?!」
 怯えていた久留美の表情が一瞬で戸惑いと苦痛に塗り潰された。「う」と突き出された口から唾液の飛沫が飛ぶ。
「ッぁ……! かふっ……ッ!」
「いいねぇ久留美ちゃん……。本当に俺が大好きな表情をしてくれるよ。弱々しくて、許しを請う様な……」
 蓮斗が久留美の耳元で囁く様に言う。腕を脇の下まで引き絞り、久留美の臍の位置に拳を埋める。ずんっ……と重い衝撃が身体の奥から脳に伝わり、久留美の小さな身体が跳ねた。
「はうぅッ!? かふっ……ッぁ……」
 身体がくの字に折れようとするが、手首に繋がっている拘束具と鎖がそれを許さず、派手な音を立てた。
 ろくに鍛えられていない久留美の薄い腹筋は蓮斗の拳に容易く打ち破られ、蓮斗の骨張った拳を包み込む様に陥没している。ゆっくりと拳を抜くと、久留美の頭が支えが外れた様にがくりと落ちた。
 蓮斗が人差し指と親指で久留美の顎を挟む様に顔を持ち上げる。
 久留美は息が深く吸えないのだろう。短い呼吸を繰り返している。ぼんやりと蓮斗を見ているが、視点は蓮斗の背後のどこか遠くを見ている様だった。
 蓮斗は久留美のブレザーのボタンを外すと、スカートの中に入っているシャツの裾を出し、ボタンを胸元の辺りまで外した。興奮の為に手が震え、蓮斗は何度かボタンを外し損なった。ようやく久留美の腹が露になる。色白で、縦長の臍からうっすらと腹筋の筋が見える。鍛えているという訳ではなく、単に脂肪が少ないのだろう。
 久留美は男性経験は無かったが、蓮斗が一般的な男性が興味を持つ女性の部位に全く関心を払わなかったことが不思議だった。
「不思議そうな顔してるね? そうなんだよな。俺もなんで……」
 蓮斗は少し自嘲的な表情を作ると、はだけた久留美の腹部に右の拳を置いた。久留美の顔が青ざめる。蓮斗は久留美の腰に左手を回すと、久留美の身体を自分に引き寄せる。瞬間、ずぶっ……と音が聞こえそうなほどの勢いで、久留美の腹に拳を埋めた。
「んうぅぅぅッ?!」
 久留美の腹は、蓮斗の拳に柔らかい内臓を掻き分けられ、背骨に触れるほど陥没した。肺の中の空気が一気に吐き出させられる。新たな空気を求めるが、蓮斗の拳は非常にも抜かれず、いくら口を開けても息が吸えなかった。
「なんで女の子のお腹にしか興奮しないんだろうね? 普通のセックスも出来るけど、かなり苦労するよ。頭の中では別のことを考えてばかりさ」
 蓮斗は突き込んだままの拳を、久留美が微かに息を吐くタイミングに合わせて更に奥へと押し込んだ。
「……おゔぅっ!?」
 久留美からは想像ができない、今まで聞いたことが無い様な濁った悲鳴だった。蓮斗は一度タイミングを掴むと、リズミカルに久留美の腹にピストン運動の様に拳を埋め続けた。一度も拳を抜かれること無く内臓を嬲られる。悪夢の様な苦痛に襲われ、久留美は途切れかけた意識の中で自分の腹に埋まる骨張った拳を見つめた。責め苦は久留美が失神する寸前でようやく止まった。
 蓮斗は興奮した様子で久留美に背を向けると、ぶつぶつと何かを言いながら拷問器具が並べられた部屋の奥に進んだ。四本の枝の生えたポール状のコートハンガーの様な器具を掴むと、部屋の中央にそれを立てた。
 高さは一メートルと少しだろうか。材質はステンレスか何かで、蛍光灯の光を反射して鈍く光っている。
 ポールには三脚状の脚が生えており、反対側の先端はソフトボールほどの大きさの球体になっていた。そして五十センチくらいの高さから四本の短い枝が、真上から見て十字になる様に伸びており、枝の先は板状になっていた。
 蓮斗はポールを部屋の中央に立てると、再び部屋の奥へ進み、把手の付いたコンクリートのキューブを四つ持ってきて、枝の上にそれぞれひとつずつ置いた。
「どう、これ? 俺が考えた拷問器具。本当は美樹ちゃんで試したかったんだけど、久留美ちゃんがあまりにも可愛くてさ……。それに、冷子さんの作ってくれた薬も試しておかないとね」
 蓮斗は朦朧としている久留美の手首から鎖を外すと、ポールの先端の球体に腹部を押し付ける様にうつ伏せに身体を乗せた。
 久留美は微かに抵抗するが、身体に力が入らないのだろう。手首と足首に嵌っている革製の拘束具と、枝の先に乗せたコンクリートキューブとを鎖で繋ぎ直すことは容易だった。
 自分の体重が腹部にかかり、今までのダメージと重なって久留美は微かに呻き声を上げた。
「さて……頑張ってね」
 蓮斗がポールの幹にあるスイッチを押すと、四カ所の枝のストッパーが同時に外れ、下に向かって折り畳まれた。
「ごぶっ!? うああああああぁぁぁ!?」
 久留美の手足と繋がったコンクリートブロックが宙吊りになる。両手足が伸び切り、久留美の腹を支点に全荷重がかかった。腹部に体重以上の不可がかかり、球体が久留美の腹にめり込んだ。
「ぐぷっ! おぅッ……ぐッ……うぐあぁぁぁ!!」
 蓮斗の攻撃と違い、原始的だが、リズムも容赦も無い機械的な責めだった。久留美はあまりの苦痛に溢れて来た唾液を飲み込む事も出来ず、絶えず悲鳴を上げ続ける口から床に垂らすしか無かった。
「いい反応。どうだい? 俺の考えたこの器具は? 三角木馬をヒントに考えたんだ。すごい苦痛だろう?」
 久留美は蓮斗の言葉も耳に入らないほどの苦痛に喘いでいた。舌はだらしなく垂れ下がり、黒目は半分以上が瞼の裏に隠れている。蓮斗は明らかに興奮していた。
「はぁ……はぁ……すげぇ……よし、これを……」
 蓮斗は冷子から渡されたアンプルを折ると、中身を久留美の顔にかけた。久留美は何をされたかわからないほどパニックになっており、ただ苦痛に悲鳴を上げ続けた。しかし、一分ほど時間が経つと、その苦痛に変化が表れた。
 球体がめり込んでいる腹部から、地獄の拷問の様な苦痛と同時に、えも言われぬ快感が身体を駆け上がって来た。
「あ…あああっ……! ぐ……な、なに……ごれぇ……? おなかが…………ゔあ……ぎもち……いぃ……」
「おぉ! 効いてるのか? どうだい? あいつらのチャーム——強力な催淫剤みたいなものの成分に、腹を性感帯にする効果をプラスしてもらったのさ。気持ち良いかい?」
 蓮斗は久留美の顔を覗き込みながら興奮気味に訪ねるが、久留美は喘ぎ続けるだけだった。目は白目を剥き、興奮で粘度を増した唾液は糸を引きながら口から垂れ続けている。しかし、時折ガクガクと身体を痙攣させながら、苦痛と快楽の波に飲まれている様だ。
「んぐっ! ふあぁぁ……嘘……ぎもぢいいぃ……んあぁ!」
「……マジで感じてやがる。クソっ!」
 蓮斗はボタンを外し、性器を取り出すと一心不乱にしごきはじめた。久留美の顔の正面でしごいているが、久留美はそれに気付く余裕も無く、ただただ崩れた表情を蓮斗に晒している。
「くるじ……気持ち……いい……。もう……もう……」
 蓮斗は久留美の背中を押した。球体が久留美の腹に更に深くめり込む。より強くなった刺激に久留美の身体がビクンと大きく跳ねると、絶叫しながら絶頂を迎えた。
 久留美の身体が断続的に痙攣し、それを見た蓮斗も久留美の顔を目掛け発射した。
「ああああああっ! あぐっ……あがあぁぁぁぁ!」
「くおぉっ!」
 絶叫する久留美の顔に、蓮斗の精液が叩き付ける様な勢いで降り掛かった。蓮斗も興奮しているのだろう。精液の量や粘度はいつも以上に高まり、限界まで伸ばした久留美の舌に乗った精液は垂れずにゼリーの様に震えていた。
 久留美は粘液が顔にかかる嫌悪感をまるで感じていないらしく、自分の腹部を中心に広がる快感に身を任せ、童顔を限界まで歪ませている。蓮斗は長い放出を終え、自分の性器の処理を終えると久留美を見る。あまりの快感に気を失った久留美の身体は完全に力が抜け、捨てられたマネキンの様に項垂れていた。