肉に指したフォークの櫛に添って、ギザギザの付いていないナイフを這わせる。すっ、と音が聞こえてきそうなほど簡単に肉の繊維が剥がれた。
暖炉の火がぱりちと弾ける。
六人が一度に食事ができる長方形のテーブル。短辺には久留美と、向かい合う様に蓮斗が座り、片側の長辺には双子の女の子(由里と由羅と名乗った)が仲良く並んで座っていた。冷子と名乗った女性は食事を摂らないらしい。
久留美が蓮斗に誘拐されて四日目。ここの住人達と夕食を共にするのも四回目だ。
食事は誘拐されたその日から誘われた。
最初は警戒して口を付けなかったが、時間と共に薄れる警戒心や強くなる空腹感で口を付けると、想像以上に美味しかった。
食事は蓮斗と由里が担当していた。ダイニングに入ると人数分が既に用意されていた。「変なモノは何も入っていないから。不安なら、好きな場所に座ってもいいよ」という蓮斗の言葉も、久留美の警戒心を解した。
正面に座る蓮斗と目が合った。蓮斗は脚の付いたグラスに入った水を飲んだ後、グラスを突き出しながら「美味い?」と聞いた。
「宮崎牛の五等級の赤身肉だよ。やっとドライエイジングが終わったんだ。肉の旨味が半端ないだろう? 霜降りなんてありがたがって食べていても、あれは所詮脂の塊だから……」
「焼き方もいけてるじゃない?」
蓮斗の言葉を遮る様に、由羅が口を開いた。
「片面焼きのブルー。こっちの由里の作ったポトフには負けるけど、なかなかの線だと思うよ。なんたってあんたの奢りだし」
「私はあまり高級食材ばかりを使うのは……」
由里がおずおずと口を開く。皿の上の肉は既に無くなっている。
「俺は酒も煙草もダメだからさ、食べ物くらい拘ったって罰は当たらないさ。で、久留美ちゃんはどう?」
三人の視線が久留美に集中する。
久留美は一瞬下を向いて目を逸らした後、「美味しい……です」と呟いた。
なぜ、この人達は、自分に普通に接するのだろうか……と久留美は思った。
誘拐されてから、久留美は毎日のように腹を嬲られた。固い拳を鳩尾に突き込まれ、膝で胃を突き上げられ、手のひらで腹部全体を潰す様に圧迫され、蓮斗の作った様々な拷問器具で責め立てられた。
何度も泣き、嘔吐し、失神した。
何故自分がこんな目に……と絶望の深い穴の縁を独りで歩いている様な気分になった。もうすぐ、この穴に落ちてしまう……。
しかし、今思えば、久留美は腹を責められる以外は歓迎とも思える扱いを受けていた。
初日の責め苦から目を覚ますと、蓮斗は氷と水の入ったビニール袋で失神した久留美の腹部を冷やしていた。精液の付いた顔は綺麗に拭かれ、痛みが落ち着くと、シャワー室へ案内された。
双子の姉妹から一週間分の新品の下着とシャツを手渡された。使い捨てにしろと言うことらしい。汚れた下着は迷ったが、トイレの汚物入れに棄てた。
シャワー室とトイレは清潔で、あてがわれた寝室も掃除が行き届いていた。食事も最初は警戒したが、温かくて美味しいものだった。
蓮斗は腹を責める意外は紳士的で、それ以外の久留美の身体には関心を示さなかった。暗い覚悟をしていた唇や性器は、まだ一度も触れられていなかった。
三日目の夜。食事の後に双子と三人きりになり、流れで双子の生い立ちを聞くことになった。凄惨な話だった。双子は両親から酷い虐待を受け、ふとしたきっかけで両親を殺害し、かつてこの場所で運営されていた施設に入居した。双子にとって両親との思い出は暴力しか無かった。そのため、双子は暴力でしか愛情を感じられなくなってしまったらしい。いまでも毎晩、姉妹で身体を傷つけ合いながら、お互いを認識しているとのことだ。
久留美はその話を聞いて、涙が止まらなくなった。
「久留美ちゃん?」
「えっ……? あ……?」
切り分けた肉をフォークに突き刺した状態で惚けていたらしい。少し心配した様に目を細めた蓮斗と目が合った。
「大丈夫? まだお腹痛む?」
「いえ……大丈夫です」
目を逸らし、切り分けた肉を口に入れる。少し冷めてしまったが、奥歯で噛むとほろほろと崩れ、軽い塩胡椒の風味と肉汁が溢れた。
不意に、久留美の目からは涙が溢れてきた。
「は? ちょっと、どうしたの?」
ジーンズにパーカーというラフな格好の由羅が席を立って、久留美に駆け寄る。ヒップポケットからハンカチを取り出して久留美に手渡した。
なぜ、この人達は優しくしてくれるのだろう。
なぜ、美樹先輩は助けに来てくれないのだろう。
美樹先輩やシオン会長が何らかの組織に属しており、自分が知る由もない何かと戦っていることは、こっそり忍び込んだ病院での会話で察しが付いた。もしかしたら、自分は一般人が知ってはならない大いなる秘密に巻き込まれてしまったのではないか。もしかしたら、自分は口封じの為に美樹先輩やシオン会長に見捨てられたのではないのか。
そんな訳は無いと何度も思ったが、誘拐された当初は蓮斗達に向けられていた久留美の黒い感情の矛先は、いつの間にか美樹へと向けられていた。
「あの……蓮斗……さん?」
久留美が上目遣いで蓮斗を見る。「ん?」と蓮斗は肉を口に運びながら返事をした。
「今日も……殴ってくれるんですか……?」
ズブリと蓮斗の拳が久留美の腹部を抉る。細く華奢な久留美の腹は痛々しく陥没した。
「ごぷっ?!」
両手足を固定された久留美は瞼を限界まで見開き、目尻に涙を溜めながら苦痛に耐えた。口内には二時間ほど前に飲み込んだ肉の味がこみ上げてくる。拘束されると同時に茶色いアンプルの中身を顔に浴びせられていたため、久留美のショーツはぐっしょりと濡れていた。別にいい。替えは何枚もあるのだ。
はっ、はっ、と短い呼吸をしながら蓮斗の表情を見る。興奮のためか、口が半開きになり、何かを堪える様に眉間に皺を寄せていた。
なぜか、愛おしく感じた。
ぐぼんっ……と膝が鳩尾に突き込まれ、久留美は嘔吐いた。
「ぐえっ……ッ! あ……うぶぅッ!」
耐えきれず、久留美の喉が膨らみ、ほとんど消化された茶色い液体が口から溢れた。嘔吐の途中でも蓮斗は間髪入れず、久留美の胃を突き上げた。痙攣している真っ只中の胃をひしゃげられ、久留美はこの世のものとは思えない苦痛を感じた。
「ぐっ……うぇっ……はッ……はぁ……」
頭が支えられず、首を傾げたまま下を向く様にガクリと頭部が落ちる。そのまま上目遣いで蓮斗を見上げた。泣きそうな顔をしていた。
「は……蓮斗……さ……ん……」
蓮斗は目で「何だ?」と聞いた。
「う……ぁ……口で…………して……あげます…………」
言い終わった後、久留美ははっとした。なぜこの様なことを口走ったのか。久留美はキスすらもしたことが無く、性的な知識も本で読んだ程度だった。ただ、なぜか、そうしたかった。
蓮斗は久留美の手足の拘束を解くと、久留美を膝立ちにして頭を掴んで固定した。黒いカーゴパンツのファスナーを下ろすと、限界までそそり立った性器を取り出した。久留美の鼻に、微かに汗と男性の匂いが刺る。
久留美はうっとりと蓮斗の性器を見つめた。
徐々に近づき、口内に入る。
「んっ……んむっ……んぅ……」
どうしていいのかわからず、反応をうかがう様に蓮斗の顔を見上げながら、舌先を這わす。気持ち悪さは無く、不思議な満足感が久留美を満たしていた。腹部からこみ上げて来る苦痛は子宮の辺りからこみ上げる熱と混ざり合って、下半身全体が溶け落ちた様な感覚を覚えた。
蓮斗は歯を食いしばる様に堪え、久留美は哺乳瓶を咥えた赤ん坊の様に蓮斗の性器を吸った。本能的に中身を吸い出す様に、そのまま何回か頭を前後に動かすと、蓮斗の性器が震えて熱い液体が久留美の口内に注がれた。
突然の射精に驚いて、慌てて性器を口から離す。
そらした顔を目掛けて、まだ粘液の飛沫が降り掛かった。
久留美は白いペンキの塗られたコンクリートを見ながら、美樹のことを考えた。
もう、このまま助けられなくてもいいのかもしれない。
暖炉の火がぱりちと弾ける。
六人が一度に食事ができる長方形のテーブル。短辺には久留美と、向かい合う様に蓮斗が座り、片側の長辺には双子の女の子(由里と由羅と名乗った)が仲良く並んで座っていた。冷子と名乗った女性は食事を摂らないらしい。
久留美が蓮斗に誘拐されて四日目。ここの住人達と夕食を共にするのも四回目だ。
食事は誘拐されたその日から誘われた。
最初は警戒して口を付けなかったが、時間と共に薄れる警戒心や強くなる空腹感で口を付けると、想像以上に美味しかった。
食事は蓮斗と由里が担当していた。ダイニングに入ると人数分が既に用意されていた。「変なモノは何も入っていないから。不安なら、好きな場所に座ってもいいよ」という蓮斗の言葉も、久留美の警戒心を解した。
正面に座る蓮斗と目が合った。蓮斗は脚の付いたグラスに入った水を飲んだ後、グラスを突き出しながら「美味い?」と聞いた。
「宮崎牛の五等級の赤身肉だよ。やっとドライエイジングが終わったんだ。肉の旨味が半端ないだろう? 霜降りなんてありがたがって食べていても、あれは所詮脂の塊だから……」
「焼き方もいけてるじゃない?」
蓮斗の言葉を遮る様に、由羅が口を開いた。
「片面焼きのブルー。こっちの由里の作ったポトフには負けるけど、なかなかの線だと思うよ。なんたってあんたの奢りだし」
「私はあまり高級食材ばかりを使うのは……」
由里がおずおずと口を開く。皿の上の肉は既に無くなっている。
「俺は酒も煙草もダメだからさ、食べ物くらい拘ったって罰は当たらないさ。で、久留美ちゃんはどう?」
三人の視線が久留美に集中する。
久留美は一瞬下を向いて目を逸らした後、「美味しい……です」と呟いた。
なぜ、この人達は、自分に普通に接するのだろうか……と久留美は思った。
誘拐されてから、久留美は毎日のように腹を嬲られた。固い拳を鳩尾に突き込まれ、膝で胃を突き上げられ、手のひらで腹部全体を潰す様に圧迫され、蓮斗の作った様々な拷問器具で責め立てられた。
何度も泣き、嘔吐し、失神した。
何故自分がこんな目に……と絶望の深い穴の縁を独りで歩いている様な気分になった。もうすぐ、この穴に落ちてしまう……。
しかし、今思えば、久留美は腹を責められる以外は歓迎とも思える扱いを受けていた。
初日の責め苦から目を覚ますと、蓮斗は氷と水の入ったビニール袋で失神した久留美の腹部を冷やしていた。精液の付いた顔は綺麗に拭かれ、痛みが落ち着くと、シャワー室へ案内された。
双子の姉妹から一週間分の新品の下着とシャツを手渡された。使い捨てにしろと言うことらしい。汚れた下着は迷ったが、トイレの汚物入れに棄てた。
シャワー室とトイレは清潔で、あてがわれた寝室も掃除が行き届いていた。食事も最初は警戒したが、温かくて美味しいものだった。
蓮斗は腹を責める意外は紳士的で、それ以外の久留美の身体には関心を示さなかった。暗い覚悟をしていた唇や性器は、まだ一度も触れられていなかった。
三日目の夜。食事の後に双子と三人きりになり、流れで双子の生い立ちを聞くことになった。凄惨な話だった。双子は両親から酷い虐待を受け、ふとしたきっかけで両親を殺害し、かつてこの場所で運営されていた施設に入居した。双子にとって両親との思い出は暴力しか無かった。そのため、双子は暴力でしか愛情を感じられなくなってしまったらしい。いまでも毎晩、姉妹で身体を傷つけ合いながら、お互いを認識しているとのことだ。
久留美はその話を聞いて、涙が止まらなくなった。
「久留美ちゃん?」
「えっ……? あ……?」
切り分けた肉をフォークに突き刺した状態で惚けていたらしい。少し心配した様に目を細めた蓮斗と目が合った。
「大丈夫? まだお腹痛む?」
「いえ……大丈夫です」
目を逸らし、切り分けた肉を口に入れる。少し冷めてしまったが、奥歯で噛むとほろほろと崩れ、軽い塩胡椒の風味と肉汁が溢れた。
不意に、久留美の目からは涙が溢れてきた。
「は? ちょっと、どうしたの?」
ジーンズにパーカーというラフな格好の由羅が席を立って、久留美に駆け寄る。ヒップポケットからハンカチを取り出して久留美に手渡した。
なぜ、この人達は優しくしてくれるのだろう。
なぜ、美樹先輩は助けに来てくれないのだろう。
美樹先輩やシオン会長が何らかの組織に属しており、自分が知る由もない何かと戦っていることは、こっそり忍び込んだ病院での会話で察しが付いた。もしかしたら、自分は一般人が知ってはならない大いなる秘密に巻き込まれてしまったのではないか。もしかしたら、自分は口封じの為に美樹先輩やシオン会長に見捨てられたのではないのか。
そんな訳は無いと何度も思ったが、誘拐された当初は蓮斗達に向けられていた久留美の黒い感情の矛先は、いつの間にか美樹へと向けられていた。
「あの……蓮斗……さん?」
久留美が上目遣いで蓮斗を見る。「ん?」と蓮斗は肉を口に運びながら返事をした。
「今日も……殴ってくれるんですか……?」
ズブリと蓮斗の拳が久留美の腹部を抉る。細く華奢な久留美の腹は痛々しく陥没した。
「ごぷっ?!」
両手足を固定された久留美は瞼を限界まで見開き、目尻に涙を溜めながら苦痛に耐えた。口内には二時間ほど前に飲み込んだ肉の味がこみ上げてくる。拘束されると同時に茶色いアンプルの中身を顔に浴びせられていたため、久留美のショーツはぐっしょりと濡れていた。別にいい。替えは何枚もあるのだ。
はっ、はっ、と短い呼吸をしながら蓮斗の表情を見る。興奮のためか、口が半開きになり、何かを堪える様に眉間に皺を寄せていた。
なぜか、愛おしく感じた。
ぐぼんっ……と膝が鳩尾に突き込まれ、久留美は嘔吐いた。
「ぐえっ……ッ! あ……うぶぅッ!」
耐えきれず、久留美の喉が膨らみ、ほとんど消化された茶色い液体が口から溢れた。嘔吐の途中でも蓮斗は間髪入れず、久留美の胃を突き上げた。痙攣している真っ只中の胃をひしゃげられ、久留美はこの世のものとは思えない苦痛を感じた。
「ぐっ……うぇっ……はッ……はぁ……」
頭が支えられず、首を傾げたまま下を向く様にガクリと頭部が落ちる。そのまま上目遣いで蓮斗を見上げた。泣きそうな顔をしていた。
「は……蓮斗……さ……ん……」
蓮斗は目で「何だ?」と聞いた。
「う……ぁ……口で…………して……あげます…………」
言い終わった後、久留美ははっとした。なぜこの様なことを口走ったのか。久留美はキスすらもしたことが無く、性的な知識も本で読んだ程度だった。ただ、なぜか、そうしたかった。
蓮斗は久留美の手足の拘束を解くと、久留美を膝立ちにして頭を掴んで固定した。黒いカーゴパンツのファスナーを下ろすと、限界までそそり立った性器を取り出した。久留美の鼻に、微かに汗と男性の匂いが刺る。
久留美はうっとりと蓮斗の性器を見つめた。
徐々に近づき、口内に入る。
「んっ……んむっ……んぅ……」
どうしていいのかわからず、反応をうかがう様に蓮斗の顔を見上げながら、舌先を這わす。気持ち悪さは無く、不思議な満足感が久留美を満たしていた。腹部からこみ上げて来る苦痛は子宮の辺りからこみ上げる熱と混ざり合って、下半身全体が溶け落ちた様な感覚を覚えた。
蓮斗は歯を食いしばる様に堪え、久留美は哺乳瓶を咥えた赤ん坊の様に蓮斗の性器を吸った。本能的に中身を吸い出す様に、そのまま何回か頭を前後に動かすと、蓮斗の性器が震えて熱い液体が久留美の口内に注がれた。
突然の射精に驚いて、慌てて性器を口から離す。
そらした顔を目掛けて、まだ粘液の飛沫が降り掛かった。
久留美は白いペンキの塗られたコンクリートを見ながら、美樹のことを考えた。
もう、このまま助けられなくてもいいのかもしれない。