Яoom ИumbeR_55

Яoom ИumbeR_55は「男性→女性への腹パンチ」を主に扱う小説同人サークルです。

2013年11月

 肉に指したフォークの櫛に添って、ギザギザの付いていないナイフを這わせる。すっ、と音が聞こえてきそうなほど簡単に肉の繊維が剥がれた。
 暖炉の火がぱりちと弾ける。
 六人が一度に食事ができる長方形のテーブル。短辺には久留美と、向かい合う様に蓮斗が座り、片側の長辺には双子の女の子(由里と由羅と名乗った)が仲良く並んで座っていた。冷子と名乗った女性は食事を摂らないらしい。
 久留美が蓮斗に誘拐されて四日目。ここの住人達と夕食を共にするのも四回目だ。
 食事は誘拐されたその日から誘われた。
 最初は警戒して口を付けなかったが、時間と共に薄れる警戒心や強くなる空腹感で口を付けると、想像以上に美味しかった。 
 食事は蓮斗と由里が担当していた。ダイニングに入ると人数分が既に用意されていた。「変なモノは何も入っていないから。不安なら、好きな場所に座ってもいいよ」という蓮斗の言葉も、久留美の警戒心を解した。
 正面に座る蓮斗と目が合った。蓮斗は脚の付いたグラスに入った水を飲んだ後、グラスを突き出しながら「美味い?」と聞いた。
「宮崎牛の五等級の赤身肉だよ。やっとドライエイジングが終わったんだ。肉の旨味が半端ないだろう? 霜降りなんてありがたがって食べていても、あれは所詮脂の塊だから……」
「焼き方もいけてるじゃない?」
 蓮斗の言葉を遮る様に、由羅が口を開いた。
「片面焼きのブルー。こっちの由里の作ったポトフには負けるけど、なかなかの線だと思うよ。なんたってあんたの奢りだし」
「私はあまり高級食材ばかりを使うのは……」
 由里がおずおずと口を開く。皿の上の肉は既に無くなっている。
「俺は酒も煙草もダメだからさ、食べ物くらい拘ったって罰は当たらないさ。で、久留美ちゃんはどう?」
 三人の視線が久留美に集中する。
 久留美は一瞬下を向いて目を逸らした後、「美味しい……です」と呟いた。
 なぜ、この人達は、自分に普通に接するのだろうか……と久留美は思った。
 誘拐されてから、久留美は毎日のように腹を嬲られた。固い拳を鳩尾に突き込まれ、膝で胃を突き上げられ、手のひらで腹部全体を潰す様に圧迫され、蓮斗の作った様々な拷問器具で責め立てられた。
 何度も泣き、嘔吐し、失神した。
 何故自分がこんな目に……と絶望の深い穴の縁を独りで歩いている様な気分になった。もうすぐ、この穴に落ちてしまう……。
 しかし、今思えば、久留美は腹を責められる以外は歓迎とも思える扱いを受けていた。
 初日の責め苦から目を覚ますと、蓮斗は氷と水の入ったビニール袋で失神した久留美の腹部を冷やしていた。精液の付いた顔は綺麗に拭かれ、痛みが落ち着くと、シャワー室へ案内された。
 双子の姉妹から一週間分の新品の下着とシャツを手渡された。使い捨てにしろと言うことらしい。汚れた下着は迷ったが、トイレの汚物入れに棄てた。
 シャワー室とトイレは清潔で、あてがわれた寝室も掃除が行き届いていた。食事も最初は警戒したが、温かくて美味しいものだった。
 蓮斗は腹を責める意外は紳士的で、それ以外の久留美の身体には関心を示さなかった。暗い覚悟をしていた唇や性器は、まだ一度も触れられていなかった。
 三日目の夜。食事の後に双子と三人きりになり、流れで双子の生い立ちを聞くことになった。凄惨な話だった。双子は両親から酷い虐待を受け、ふとしたきっかけで両親を殺害し、かつてこの場所で運営されていた施設に入居した。双子にとって両親との思い出は暴力しか無かった。そのため、双子は暴力でしか愛情を感じられなくなってしまったらしい。いまでも毎晩、姉妹で身体を傷つけ合いながら、お互いを認識しているとのことだ。
 久留美はその話を聞いて、涙が止まらなくなった。
「久留美ちゃん?」
「えっ……? あ……?」
 切り分けた肉をフォークに突き刺した状態で惚けていたらしい。少し心配した様に目を細めた蓮斗と目が合った。
「大丈夫? まだお腹痛む?」
「いえ……大丈夫です」
 目を逸らし、切り分けた肉を口に入れる。少し冷めてしまったが、奥歯で噛むとほろほろと崩れ、軽い塩胡椒の風味と肉汁が溢れた。
 不意に、久留美の目からは涙が溢れてきた。
「は? ちょっと、どうしたの?」
 ジーンズにパーカーというラフな格好の由羅が席を立って、久留美に駆け寄る。ヒップポケットからハンカチを取り出して久留美に手渡した。
 なぜ、この人達は優しくしてくれるのだろう。
 なぜ、美樹先輩は助けに来てくれないのだろう。
 美樹先輩やシオン会長が何らかの組織に属しており、自分が知る由もない何かと戦っていることは、こっそり忍び込んだ病院での会話で察しが付いた。もしかしたら、自分は一般人が知ってはならない大いなる秘密に巻き込まれてしまったのではないか。もしかしたら、自分は口封じの為に美樹先輩やシオン会長に見捨てられたのではないのか。
 そんな訳は無いと何度も思ったが、誘拐された当初は蓮斗達に向けられていた久留美の黒い感情の矛先は、いつの間にか美樹へと向けられていた。
「あの……蓮斗……さん?」
 久留美が上目遣いで蓮斗を見る。「ん?」と蓮斗は肉を口に運びながら返事をした。
「今日も……殴ってくれるんですか……?」

 ズブリと蓮斗の拳が久留美の腹部を抉る。細く華奢な久留美の腹は痛々しく陥没した。
「ごぷっ?!」
 両手足を固定された久留美は瞼を限界まで見開き、目尻に涙を溜めながら苦痛に耐えた。口内には二時間ほど前に飲み込んだ肉の味がこみ上げてくる。拘束されると同時に茶色いアンプルの中身を顔に浴びせられていたため、久留美のショーツはぐっしょりと濡れていた。別にいい。替えは何枚もあるのだ。
 はっ、はっ、と短い呼吸をしながら蓮斗の表情を見る。興奮のためか、口が半開きになり、何かを堪える様に眉間に皺を寄せていた。
 なぜか、愛おしく感じた。
 ぐぼんっ……と膝が鳩尾に突き込まれ、久留美は嘔吐いた。
「ぐえっ……ッ! あ……うぶぅッ!」
 耐えきれず、久留美の喉が膨らみ、ほとんど消化された茶色い液体が口から溢れた。嘔吐の途中でも蓮斗は間髪入れず、久留美の胃を突き上げた。痙攣している真っ只中の胃をひしゃげられ、久留美はこの世のものとは思えない苦痛を感じた。
「ぐっ……うぇっ……はッ……はぁ……」
 頭が支えられず、首を傾げたまま下を向く様にガクリと頭部が落ちる。そのまま上目遣いで蓮斗を見上げた。泣きそうな顔をしていた。
「は……蓮斗……さ……ん……」
 蓮斗は目で「何だ?」と聞いた。
「う……ぁ……口で…………して……あげます…………」
 言い終わった後、久留美ははっとした。なぜこの様なことを口走ったのか。久留美はキスすらもしたことが無く、性的な知識も本で読んだ程度だった。ただ、なぜか、そうしたかった。
 蓮斗は久留美の手足の拘束を解くと、久留美を膝立ちにして頭を掴んで固定した。黒いカーゴパンツのファスナーを下ろすと、限界までそそり立った性器を取り出した。久留美の鼻に、微かに汗と男性の匂いが刺る。
 久留美はうっとりと蓮斗の性器を見つめた。
 徐々に近づき、口内に入る。
「んっ……んむっ……んぅ……」
 どうしていいのかわからず、反応をうかがう様に蓮斗の顔を見上げながら、舌先を這わす。気持ち悪さは無く、不思議な満足感が久留美を満たしていた。腹部からこみ上げて来る苦痛は子宮の辺りからこみ上げる熱と混ざり合って、下半身全体が溶け落ちた様な感覚を覚えた。
 蓮斗は歯を食いしばる様に堪え、久留美は哺乳瓶を咥えた赤ん坊の様に蓮斗の性器を吸った。本能的に中身を吸い出す様に、そのまま何回か頭を前後に動かすと、蓮斗の性器が震えて熱い液体が久留美の口内に注がれた。
 突然の射精に驚いて、慌てて性器を口から離す。
 そらした顔を目掛けて、まだ粘液の飛沫が降り掛かった。
 久留美は白いペンキの塗られたコンクリートを見ながら、美樹のことを考えた。
 もう、このまま助けられなくてもいいのかもしれない。

【"りょなけっと"開催のおしらせ】


・イベント名
 りょなけっと

・日時
 2014年02月23日(日)

・当日スケジュール
 即売会 11:00〜15:00(終了後アフターイベント有り)

・会場
 東京卸商センター3F展示場

・その他
 一般参加カタログ購入制
 入場時年齢確認あり

・主催
 りょなけっと実行委員会(代表:ヤンデレない様)

・お問い合わせ先
 イベントHPはこちら
 twitter: yanderenai
 mail: yanderenai★gmail.com


リョナ作品オンリー同人即売会"りょなけっと"の開催が決定したそうです。
主催は腹パンオンリーでも活躍され、個人的にも仲良くしていただいているヤンデレない様。
合同イベントとは一線を介す純度100%のリョナイベント。
果たして無事に終了するのか?
五体満足で生還できるのか?
逮捕者は出るのか?

様々な憶測が飛び交う中、私は「参加申し込み」のボタンを押しました……。



【弊サークル同人誌DL販売終了のおしらせ】

遠方のためイベントに来られない方には大変申し訳ないのですが、この度事情により同人誌のダウンロード販売を終了させていただくこととなりました。
再開は現在予定しておりませんが、再開するとしても、少なくとも2014年4月以降になると思います。
今までご愛顧いただき、ありがとうございました。


・ダウンロード販売終了時期
 2013年12月下旬(12月20日前後を予定)

・ダウンロード販売終了作品
 COLLECTION_001: RESISTANCE CASE: AYA
 COLLECTION_003: RESISTANCE CASE: TWINS
 COLLECTION_005: RESISTANCE CASE: ZION -THE FIRST REPORT-
 COLLECTION_006: ERROR CODE: AYA -ASPHYXIA-
 COLLECTION_007: [PARTY_PILLS]

 鷹宮神社はアナスタシア聖書学院からほど近い小高い丘の上に鎮座している。
 参拝客はさほど多くはないが、清廉な佇まいと、時期が来ると境内を埋め尽す様に咲く見事な梅の木で、近隣の住民から親しまれていた。
 真冬の午前六時。
 空の色がようやく黒から群青に移り変わりはじめた。
 濡れた氷柱の様な透明で静謐な空気が、静かに神社の境内を流れている。
 境内に染み入る竹箒の乾いた音。
 鷹宮美樹は薄紫色の質素な着物に、藍染めの上着を羽織り、黙々と境内を掃除していた。広い境内に和服を着た女性が一人、もの鬱気な表情で佇んでいる姿は、遠目から見ればうっすらとした光に包まれた様な神聖で美しい光景だった。
 しかし美樹本人は心ここにあらずの状態だった。視線は石畳のさらに下の土中を見ている様で、竹箒を動かす手も何処か機械的だった。
 久留美が失踪してから、既に五日が経過していた。
 手がかりは全く言っていいほど無く、美樹の所属している人妖討伐機関、アンチレジストからの報告もほとんど無い。
 美樹は小さくため息をついた。
 吐いた息は一瞬だけ白くその存在を誇示し、すぐに霧散した。
 その白い息がまるで今の頼りない自分自身を表しているようで、美樹はやり場の無い怒りが込み上げ、竹箒を握る手に力が入る。
「くそっ……情けない。もう五日も経つのに何の手がかりも……。あの男の事だ……久留美に何をしてるか……」
 歯を食いしばり、悔しさで込み上げてくる涙に耐えた。しかし、泣いた所で何も解決しない事は十分に理解している。昨日、学院へは一週間の休学届を提出した。しばらくは久留美の捜索に専念出来る。
 美樹が境内の入り口、鷹宮神社の長い階段の上に位置する鳥居まで来ると、奇妙な物が置いてあることに気付いた。
「……手紙?」
 何の変哲も無い白い封筒の上に、飛ばない様に石が置かれている。封筒の表には丁寧な文字で「鷹宮美樹様」と青インクで書かれていた。
 嫌な予感がした。
 美樹はゆっくりと封筒を裏返し、差出人の欄を見る。小さな文字で「蓮斗」と書かれていた。
「こいつ……ッ! いつの間にこんな物を!?」
 美樹が震える手で封を開け中身を取り出す。


 本日二十三時
 S区、『CELLA』に一人でお越し下さい。 
 

 美樹は無意識にぐしゃりと手紙を握りつぶした。怒りのために拳がぶるぶると震えている。
「あの……下衆め!」
 美樹は数回深呼吸して気持ちを落ち着かる。本殿へ帰ろうとした所、神社の階段の中腹のあたりからパタパタと走る音と声が聞こえた。こんな早くに何事かと階段を覗き込む。階段の下からアナスタシア聖書学院の制服を来た女性が全速力で駆け上がって来ていた。登りはじめた朝日に照らされ、長い金髪がきらきらと輝いている。
「あっ! 美樹さーん! よ……よかった……。は、早起きなんですね……」
「シオン……?」
 シオンは息を弾ませながらも見る見るうちに階段を駆け上がっている。美樹は慌てて蓮斗からの手紙を袖の下へ隠す。
 鷹宮神社の階段は途中に休憩用のベンチを用意してあるほど段数が多く、傾斜が急だ。そのため、多くの参拝客は、参拝時間のみ解放している裏門の側にある駐車場まで車で上がっている。あと三十分したら駐車場を解放するまでが、美樹の朝の仕事だった。
 シオンは最後の数段をジャンプして飛び上がる様に境内に着地すると、しばらく膝に手をついて呼吸を整えた。
「はぁ……はぁ……。お、おはよう……ございます……。あ……朝から……この……広い……境内の……はぁ……お掃除なんて……た、大変ですね……」
「いや……朝からこの階段を一気に駆け上がったお前に言われたくは……と言うより一体どうした? こんなに急ぐなんて、ただ事じゃないんだろう?」
 シオンは肩で息をしながらようやく上体を起こし、前屈みになった際に垂れた長い金髪を掻き上げた。額の汗が髪に絡み、一瞬オールバックの様な髪型になる。いつも澄ました顔をしているこいつが、汗だくになって口を半開きにして喘いでいる表情はなかなか珍しいなと美樹は思った。
 よく見ると、目の下にうっすらと隈ができている。
 シオンもここ数日は殆ど学院に泊まり込みで防犯カメラの分析や、組織を通した警察との秘匿交渉に追われながら蓮斗の行方を追っていた。しかし、その甲斐空しく美樹と同様、依然として行方は分からなかった。
「……はぁ……。んくっ……じ、実は、蓮斗に関する情報が手に入りました。はぁ……も……もうすぐ裏門まで車が来ますので、よかったら一緒に学院ま……」
「何だと。すぐに準備をする!」
 シオンが全て言い終わる前に、美樹は竹箒をシオンに押し付けると、着替える為に一目散に本殿の中へと駆けて行った。
 境内に一人ぽつんと残されたシオンはしばし呆然としていたが、とりあえず美樹が押し付けた竹箒で境内の掃除の続きを始めた。

 夜露で湿った石畳に弱々しい朝日が降り注ぎ、霧がうっすらと漂っている。
 黒塗りのレクサスがアナスタシア聖書学院の正門を、滑らかに障害物を避けながら泳ぐ魚の様にくぐった。
 運転手が慣れた手つきで後部座席のドアを開けて、制服に着替えた美樹とシオンを降ろす。
「朝早くからすみません、ありがとうございました」 
「とんでもございません。では、御用件が済みましたらいつでもお呼び下さい。鷹宮様も是非ご一緒に」
 運転手は二人に対して定規で測った様な一礼をすると、影の様に来た道を戻って行った。
「組織のか?」
 美樹が走り去るレクサスを指差して言った。
「いえ、自前です」
「……乗せてもらって何だが、ハイヤーは組織のを使えばよかったんじゃないか? 慌ててウチの階段を登って来たくらいだ。レンタルでもないんだろう。お前は組織に入っていることを家族に秘密にしていると言っていたな。わざわざ自前のを用意するなんてリスクが高すぎる」
 シオンは困った様な笑みを少し浮かべただけで、美樹の疑問には答えずに会長室に向かって歩き出した。
 夏のアナスタシアでの一件以来、シオンが意図的に組織と距離を置いていることは何となく感じていた。どのような事情があったのかはあえて聞かなかったが、シオンが考え無しに動く様な人間でないことを美樹は理解している。彼女なりに何か事情や思う所があるのだろう。今回の件にしても、シオンが何か手がかりを見つけたのであれば、まずはアンチレジストへ報告してから会議という形で美樹を呼ぶことが常識だ。直接美樹の家に出向き、自前のハイヤーでアナスタシアへ連れて来た辺り、今回は組織を介さないシオンの単独行動であることは間違いない。
 会長室の中。入り口の側に設置されているモケットグリーンのスリーシーターソファには仮眠を取るためか、毛足の長い厚めの毛布が綺麗に畳んで置かれていた。もう何日も家に帰っていないのだろう。クリーニング店から配達されたシャツやタオルの入ったガーメントバッグが、シオンの執務机の横に置かれている。
「お茶を淹れますね。紅茶でいいですか?」
「ああ」と短く答える。
 美樹は元々紅茶が苦手だった。
 コーヒーや緑茶は好んで飲むが、ティーバックで淹れた紅茶独特の甘ったるい香りや、香りに反して舌に絡み付く渋みが何とも好きにはなれなかった。以前、シオンに紅茶を薦められた際も美樹は香りと味を誤摩化す為にレモンを入れて欲しいと頼んだことがあったが、すかさずシオンに「レモンはダメです!」と珍しく大きな声を出された。レモンを入れると紅茶の命である香りと風味とが消えるらしい。それを消したかったのだが。
 美樹は素直に紅茶が苦手であることをシオンに話した。シオンは頷きながら濃いめに紅茶を淹れ、ミルクと少しの砂糖を入れた後、「一口でいいですから」と美樹に薦めた。美樹が渋々口に含むと、今まで味わったことの無いほど豊かな香味が口の中に広がったことに驚いた。紅茶はまだ苦手だが、厳選した茶葉と確かな技量で淹れた「シオンの紅茶」は好きだ。
 シオンが毛布を片付けながら、奥の給湯室へ入った。美樹は入口側のソファに腰を下ろす。
 部屋の奥の執務机の上には、大量のコピー用紙の束が置かれている。所々に付箋が貼られた資料の山を見ながら、美樹は手紙の件をシオンに話すべきか考えていた。
 手紙の件を話せば、シオンは手を貸すと言うだろう。蓮斗からは一人で来いという指示だが、シオンの実力なら気付かれない様に同行することも可能だと思う。しかし今回の件は、元はと言えば自分の不甲斐無さが招いたことだと美樹は思っていた。敵に不覚を取られ、久留美を誘拐され、ろくな情報も得られていない。
 出来れば誰にも迷惑をかけず、自分一人の力で解決したかった。美樹がブレザーの内ポケットから手紙を取り出して、小さく折り畳んでスカートのポケットに移した時、シオンがトレーを持って部屋に入ってきた。
 美樹はミルクと砂糖を入れて、シオンは小皿に取り分けたイチジクのジャムを少しずつスプーンで口に運びながらストレートで、お互いに紅茶をゆっくりと飲む。特に会話は無いが、張りつめていた神経が、少しずつ解れる様な気がした。
 一息ついた後、シオンが執務机から資料を持って来た。
「まず、蓮斗には前科がありません。そのため警察の前科者リストを検索してもヒットしませんでした。次に内部資料になるのですが、一般人のリストの中にも蓮斗の登録はありませんせでした。次に取った手段がこれです」
 シオンが一枚の写真を美樹の前に置く。
「これが防犯カメラの映像を元に、蓮斗の幼少期の顔をシミュレートした写真です。これを元に、再度警察の内部資料を漁ってみました」
 美樹は警察の内部資料をシオンがどの様にして手に入れたのかは突っ込まないことにした。
「シミュレートの写真を元に照合をかけたところ、ある施設の名簿がヒットしました。施設に入る前の写真も数枚だけ……」
「警察の内部資料に、一般人の幼少期のデータがあるとはな……」
「私達が先進国家で生活している以上、私的公的問わず秘密なんてあって無いようなものです。顔や声紋や指紋くらい、とっくにデータベース化されています。もちろん私や美樹さんのものも」
 シオンはシミュレートの写真をしまい、新たに数枚の写真をテーブルに並べる。美樹は溜息と共に、目の前の資料に視線を落とした。
「……ん?」
 美樹が困惑した声を漏らす。
 小学校の頃とおぼしき顔写真。数枚の写真の中には、先日対峙した蓮斗とは似ても似つかない面影の少年がいた。
「ずいぶん太っているな……」
 合唱祭、体育祭、修学旅行。イベントの際に撮ったであろうクラスの集合写真。その少年は、いつも同じ場所に立っていた。クラスメイトが押し合う様にフレームの中心で固まり、思い思いのポーズをとっているのに対し、その太った少年はいつもフレームの切れるギリギリの位置に無表情で立っていた。耳が隠れる程度に中途半端に伸びた癖毛はろくにセットもされず、首元が伸びたTシャツは汗で色が変わっていた。どの写真も無表情で、固く両手の拳を握っている。
「確かなのか?」
「確かです。いくら体型が変化しても元々の骨格が変わることはありません。それに、たとえ大規模な美容成形手術を施しても、骨格照合を欺くほど、根本的な骨格改変は不可能です。この写真に写っている少年は間違いなく蓮斗と名乗る人物です」
 美樹は頭を掻きながら無意識に溜息を吐いた。あらためて写真を眺める。脂肪が貼り付いた顎や頬のラインは見る影も無いが、なるほど目元辺りは言われてみれば面影がある気がする。何かを諦めた様な、もしくは何も考えていない様な目つきだった。
「ご覧の通り、クラスにはあまり馴染めていない様子です。そして、卒業式の写真には写っていません」
「……引っ越したのか?」
 引っ越してはいないだろうという確信を持ちながら美樹は聞いた。写真の中の蓮斗は、暗い目で美樹を見つめ返していた。
「退学しています。いえ、正確には警察に保護さた後に、施設に送られています」
「何をした?」
「さ……殺人です」
 珍しくシオンが吃った。軽く咳払いをして言葉を続ける。
「蓮斗は当時、クラスメイトから日常的に暴力を受けていました。いわゆる虐めです。その内容は酷く、歩道橋から突き落とされて入院したこともあるとか……。その写真、十歳前後の頃ですが、蓮斗はある日の放課後に虐めの首謀者であるクラスメイトを凄惨な方法で……殺害。その夜、もう一人のクラスメイトの母子家庭の家に押し入り、母親を含めて……。帰宅後、自宅に火をつけようとしているところを警察に保護されました」
「おぞましいな……子供にそんなことが……」
「あまり現実的ではありませんが、事実です。警察に保護された後、ある更生施設に強制入所させられています」
 シオンは一枚の名簿をテーブルの上に置いた。
 美樹は思わず声を上げそうになった。
 蛍光ペンでラインが引かれた蓮斗の本名の、ずっと下の方に二本、別の色の蛍光ペンでラインが引かれている。『木附由里』『木附由羅』の文字がマークされていた。
「……何だこれは? あの失踪した双子が蓮斗と同じ施設に?」
「調べてみるとこの施設は、少し特殊な子供達を集めた場所でした。家庭環境や様々な事情により、精神的に深い傷を持つ子供達。その中でも反社会的行動をとる恐れのある子供と、反社会的行動をとってしまった子供達……つまりは……」
「犯罪者とその予備軍か……」
 シオンはゆっくりと頷き、紅茶のカップに手をつける。
「『CELLA(セラ)』。この施設の名前です」
 美樹の喉がごくりと音を立てたのは、紅茶を飲み込んだためだけではなかった。無意識に座り直した時に、ポケットに仕舞ってある蓮斗からの手紙が僅かに音を立てる。
「S区の外れの森の中に建っていましたが、数年前に閉鎖されて廃墟になっています。ここに何か手がかりがあることは間違いありませんが…………美樹さん」
 シオンが神妙な顔をして美樹の目を射抜く様に見る。エメラルドの様なシオンの目は恐ろしいほど透き通っていた。
「……美樹さんが私に何かを隠していることは、何となく分かります。でもそれが美樹さんが隠したいことなのであれば、私が知ってはいけないことなのでしょう。ただ、一人で悩んでも、事態が好転することはあまり無いと思います。美樹さん、何か私に出来ることがあれば言って下さい。理由は聞きませんが、全力でサポートします」
 美樹はカップをゆっくりとソーサーに戻す。今すぐに手紙の件を打ち明けたい衝動に駆られるが、寸での所で言葉をごくりと飲み込む。
「いや……大丈夫だ」
 そう、大丈夫だ。と、美樹は自分に言い聞かせた。シオンの少し悲しそうな顔を見たくなかったので、美樹は紅茶の中に映る自分の顔を見つめた。
 紅茶の水面で揺らめく自分は、泣きそうな顔をしていた。

↑このページのトップヘ