薄暗い蓮斗の部屋。テーブルを挟んだ対面のソファに座った冷子の目の前。蓮斗は小さなビニールパックから微かにピンクがかった細かい結晶を取り出してスプーンの上に載せた。滅菌袋を破って注射器を取り出し、テーブルの上の生理食塩水を慎重に吸い上げる。スプーンの上の結晶に垂らすと、結晶は一瞬の討ちに溶けた。
蓮斗の喉がごくりと音を立てる。
一滴も残らない様にスプーンの中の液体を吸いあげ、注射器の針の根元を爪で弾いて中の空気を抜くと、左腕の静脈に慎重に突き刺した。部屋中に病的なまでに設置された多数のキャンドルに照らされ、蓮斗の彫の深い顔には濃い陰影が浮かんでいる。腕を圧迫していないため、注射器内に血液が勢いよく逆流した。蓮斗は落ち着いて自分の血液と混ざり合いどす黒く変色した液体を静脈へ押し込んだ。
蓮斗が止めていた息を一気に吐き出すと、冷子が溜息まじりに呆れた様に声をかけた。
「何度見ても分からないわ。そんなモノのどこがいいのか」
「こんなモノでしか手に入らない快楽もあるんですよ……」と言いながら蓮斗はソファの背もたれに身体を預けながら天井を見上げた。
「快楽ねぇ……ねぇ、あなた達って何でそんなに快楽を求めるの? 快楽なんて脳内物質の一時的な増減に過ぎないのに。あなたみたいに薬に頼ってまで快楽を求める人間を見ると、真性のマゾヒストじゃないかって本気で疑うわ」
「僕たち人間はコンプレックスの塊なんですよ。人間は生物学的に見れば、おそらくこの地球上で最も弱い部類に入ります。生身で本気でやり合ったとしたら、自分の飼っているペットの犬にすら勝てないんじゃないかな。そのコンプレックスを埋めるためには、必要以上に『持たなければ』ならないんです。服とか、金とか……毛皮や牙の替わりに……」
「ふぅん」
興味が無さそうに冷子が立ち上がる。いや、事実全く興味がないのだろう。蓮斗は終点の定まらない目で天井に向けてなにかを呟いていた。
「ところで、 鷹宮美樹は本当に来るんでしょうね? あなたの面倒くさい作戦に乗ってやってるんだから、ヘマは許さないわよ。こっちは早急に事を運んで、邪魔なアンチレジストを潰したいんだから。鷹宮美樹を捕まえて、拷問でも何でもしてアジトの場所を吐かせて乗り込む。トップの正体を突き止めて処分する。涼の仇を取る為にね……。トップさえいなくなれば、後は烏合の衆よ。残った戦闘員や職員は一人ずつ殺せばいい」
蓮斗は開いた口から垂れている涎を手の甲で拭うと、テーブルの上のコーラを一息に飲んだ。
「その点は……抜かりなく……。今朝、鷹宮神社に手紙を置いておきました。美樹ちゃんが律義な人間であれば、あと数時間で乗り込んでくるはずですよ。そのためにこんなクソッタレな薬まで使って体力を絞り出しているんです。いつだって、例えば今日死んでも悔いが無いように生きたいですからね」
冷子は鼻を鳴らすと、胸ポケットから栄養ドリンクの様な茶色い瓶を取り出し、蓮斗に投げて寄越した。中にはとろりとした液体が入っている様だ。
「今日新でも悔いが無いのなら、これをあげるわ。あなたが欲しがっていた経口摂取タイプの薬剤。飲めば数秒で特定の神経のみを壊死させる事が出来る」
蓮斗は礼を言うと、瓶をカーゴパンツのポケットに仕舞った。
冷子はソファから立ち上がり、クローゼットを開けて自分の着ているジャケットを丁寧に掛けた。スカートとシャツも脱いで別のハンガーに掛け、蓮斗の頭を正面から抱く様に跨がった
冷子との情事が終わると、蓮斗は地下へと降りて行った。湿った空気が鼻につく。黴と、微かに混じった汗の匂い。通路にはくぐもった悲鳴が響いていた。蓮斗は虚ろな表情を浮かべて悲鳴の聞こえるドアを開けた。
部屋の中の二人が蓮斗の立っているドアに視線を向ける。蓮斗は気にせず部屋の真ん中に座った。
目の前には破れかかったブラジャーとショーツのみを身に着け、ほとんど全裸になった木附由羅が壁に張り付けられていた。口からだらしなく舌を垂らして荒い息を吐いている。身体は大の字に開かれ、手首と足首はそれぞれ鎖でXの形をした鉄製の器具に固定されていた。
由里の拳が唸りを上げて由羅の腹部を貫通する様にめり込むと、ぐちゅりという嫌な音が蓮斗の耳にも届いた。
「ゔうっ?! ぐあぁぁっ! あ……ぁ……由里ぃ……」
「由羅……好きだよ……もっと苦しくしてあげるから……」
双子はお互いの唇を吸い合うと、由里は由羅の下腹部を狙って拳を埋めた。
「うぐぅっ! が……そご……弱いぃ……」
「知ってるよ……由羅はここが一番苦しいものね……。そして次はここ……」
ごぎりという音と共に、由里の拳が由羅の子宮から抜け、鳩尾に埋まる。由羅は目を限界まで見開いて悲鳴を上げる。息が継げなくなったのか、口からはひゅうひゅうというふいごの様な音が漏れた。
蓮斗喉がごくりと蠢く。由里が気配を察して、ゴミを見る様な目で蓮斗を振り返った。
「……楽しいですか?」
「最高だよ……」
「まぁ、人の趣味にとやかくは言いませんが、そんなに食い入る様に見られると居心地悪いというか……」
「げぷっ……くふぁ……。アンタ、廃工場にアンチレジストが仕掛けた防犯カメラの映像も……ぐぷっ! こ……こっそり見てるでしょ? どうやって入に手れたか知らないけれど、女の子がいたぶられる姿を見て興奮するなんて、救い様の無い変態よね」
「……君達に言われたくないなぁ。由里ちゃんは加虐、由羅ちゃんは被虐でお互いの愛情を感じ合うなんて、普通じゃないと思うけど」
由里と由羅はきょとんと蓮斗を見つめた。まるで宇宙人に話しかけられたような表情だ。
「うぐっ……くぁ……何言ってるの? 普通の愛情表現じゃない」
「パパとママも、私達を愛してるって言いながらたくさん殴ったり蹴ったりしてくれたんだよ? 臭いからって言って、熱いお風呂にずっと入れられたり……」
「くっ……はぁ……私も学校の友達と遊んだりすると、階段から突き落とされたりしたっけ。他人を家の中に入れる子は悪い子だって言われて……。だから由里としか遊べなかったものね」
「愛情だから仕方ないよね……」
「でも由里、パパはママが何日か帰って来ない時に、知らない女の人をを家の中に入れてたじゃない?」
「うん……。だから私達が愛情を与えないと、パパは悪い子になっちゃうから……」
「パパと知らない女の人が布団でぐっすり寝てる時に……ね」
「だんだんパパが臭くなってきたから、熱いお風呂に入れてあげたんだよね。何日か後にママが帰ってきて……」
「もの凄く騒いだから二人掛かりでパパの入ってるお風呂に頭を浸けてあげたっけ。いつも私達にママがしてくれたみたいに」
蓮斗は肩をすぼめると部屋を出て行った。部屋の中からはまた由羅の悲鳴が聞こえ始めた。
蓮斗は左右のポケットに両手を突っ込んだ。冷たいアンプル瓶の感触。右手には冷子に作ってもらった人間の腹部を性感帯に変える作用をプラスした合成チャームだ。効果は久留美で実証済み。久留美は今ではすっかり快楽に溺れ、人工チャームを使わなくても自分から蓮斗に腹部を痛めつけるようねだってくる。そして左手には数時間前に冷子から貰った「新作」が入っている。
「さて、もうすぐ時間か……。お姫様を助けにきた美樹ちゃんをお迎えに上がりますかね」
蓮斗が地下室から玄関ホールへと通じる階段を上ると、遠くから唸りを上げるバイクのエンジン音が微かに耳に響いた。
蓮斗の喉がごくりと音を立てる。
一滴も残らない様にスプーンの中の液体を吸いあげ、注射器の針の根元を爪で弾いて中の空気を抜くと、左腕の静脈に慎重に突き刺した。部屋中に病的なまでに設置された多数のキャンドルに照らされ、蓮斗の彫の深い顔には濃い陰影が浮かんでいる。腕を圧迫していないため、注射器内に血液が勢いよく逆流した。蓮斗は落ち着いて自分の血液と混ざり合いどす黒く変色した液体を静脈へ押し込んだ。
蓮斗が止めていた息を一気に吐き出すと、冷子が溜息まじりに呆れた様に声をかけた。
「何度見ても分からないわ。そんなモノのどこがいいのか」
「こんなモノでしか手に入らない快楽もあるんですよ……」と言いながら蓮斗はソファの背もたれに身体を預けながら天井を見上げた。
「快楽ねぇ……ねぇ、あなた達って何でそんなに快楽を求めるの? 快楽なんて脳内物質の一時的な増減に過ぎないのに。あなたみたいに薬に頼ってまで快楽を求める人間を見ると、真性のマゾヒストじゃないかって本気で疑うわ」
「僕たち人間はコンプレックスの塊なんですよ。人間は生物学的に見れば、おそらくこの地球上で最も弱い部類に入ります。生身で本気でやり合ったとしたら、自分の飼っているペットの犬にすら勝てないんじゃないかな。そのコンプレックスを埋めるためには、必要以上に『持たなければ』ならないんです。服とか、金とか……毛皮や牙の替わりに……」
「ふぅん」
興味が無さそうに冷子が立ち上がる。いや、事実全く興味がないのだろう。蓮斗は終点の定まらない目で天井に向けてなにかを呟いていた。
「ところで、 鷹宮美樹は本当に来るんでしょうね? あなたの面倒くさい作戦に乗ってやってるんだから、ヘマは許さないわよ。こっちは早急に事を運んで、邪魔なアンチレジストを潰したいんだから。鷹宮美樹を捕まえて、拷問でも何でもしてアジトの場所を吐かせて乗り込む。トップの正体を突き止めて処分する。涼の仇を取る為にね……。トップさえいなくなれば、後は烏合の衆よ。残った戦闘員や職員は一人ずつ殺せばいい」
蓮斗は開いた口から垂れている涎を手の甲で拭うと、テーブルの上のコーラを一息に飲んだ。
「その点は……抜かりなく……。今朝、鷹宮神社に手紙を置いておきました。美樹ちゃんが律義な人間であれば、あと数時間で乗り込んでくるはずですよ。そのためにこんなクソッタレな薬まで使って体力を絞り出しているんです。いつだって、例えば今日死んでも悔いが無いように生きたいですからね」
冷子は鼻を鳴らすと、胸ポケットから栄養ドリンクの様な茶色い瓶を取り出し、蓮斗に投げて寄越した。中にはとろりとした液体が入っている様だ。
「今日新でも悔いが無いのなら、これをあげるわ。あなたが欲しがっていた経口摂取タイプの薬剤。飲めば数秒で特定の神経のみを壊死させる事が出来る」
蓮斗は礼を言うと、瓶をカーゴパンツのポケットに仕舞った。
冷子はソファから立ち上がり、クローゼットを開けて自分の着ているジャケットを丁寧に掛けた。スカートとシャツも脱いで別のハンガーに掛け、蓮斗の頭を正面から抱く様に跨がった
冷子との情事が終わると、蓮斗は地下へと降りて行った。湿った空気が鼻につく。黴と、微かに混じった汗の匂い。通路にはくぐもった悲鳴が響いていた。蓮斗は虚ろな表情を浮かべて悲鳴の聞こえるドアを開けた。
部屋の中の二人が蓮斗の立っているドアに視線を向ける。蓮斗は気にせず部屋の真ん中に座った。
目の前には破れかかったブラジャーとショーツのみを身に着け、ほとんど全裸になった木附由羅が壁に張り付けられていた。口からだらしなく舌を垂らして荒い息を吐いている。身体は大の字に開かれ、手首と足首はそれぞれ鎖でXの形をした鉄製の器具に固定されていた。
由里の拳が唸りを上げて由羅の腹部を貫通する様にめり込むと、ぐちゅりという嫌な音が蓮斗の耳にも届いた。
「ゔうっ?! ぐあぁぁっ! あ……ぁ……由里ぃ……」
「由羅……好きだよ……もっと苦しくしてあげるから……」
双子はお互いの唇を吸い合うと、由里は由羅の下腹部を狙って拳を埋めた。
「うぐぅっ! が……そご……弱いぃ……」
「知ってるよ……由羅はここが一番苦しいものね……。そして次はここ……」
ごぎりという音と共に、由里の拳が由羅の子宮から抜け、鳩尾に埋まる。由羅は目を限界まで見開いて悲鳴を上げる。息が継げなくなったのか、口からはひゅうひゅうというふいごの様な音が漏れた。
蓮斗喉がごくりと蠢く。由里が気配を察して、ゴミを見る様な目で蓮斗を振り返った。
「……楽しいですか?」
「最高だよ……」
「まぁ、人の趣味にとやかくは言いませんが、そんなに食い入る様に見られると居心地悪いというか……」
「げぷっ……くふぁ……。アンタ、廃工場にアンチレジストが仕掛けた防犯カメラの映像も……ぐぷっ! こ……こっそり見てるでしょ? どうやって入に手れたか知らないけれど、女の子がいたぶられる姿を見て興奮するなんて、救い様の無い変態よね」
「……君達に言われたくないなぁ。由里ちゃんは加虐、由羅ちゃんは被虐でお互いの愛情を感じ合うなんて、普通じゃないと思うけど」
由里と由羅はきょとんと蓮斗を見つめた。まるで宇宙人に話しかけられたような表情だ。
「うぐっ……くぁ……何言ってるの? 普通の愛情表現じゃない」
「パパとママも、私達を愛してるって言いながらたくさん殴ったり蹴ったりしてくれたんだよ? 臭いからって言って、熱いお風呂にずっと入れられたり……」
「くっ……はぁ……私も学校の友達と遊んだりすると、階段から突き落とされたりしたっけ。他人を家の中に入れる子は悪い子だって言われて……。だから由里としか遊べなかったものね」
「愛情だから仕方ないよね……」
「でも由里、パパはママが何日か帰って来ない時に、知らない女の人をを家の中に入れてたじゃない?」
「うん……。だから私達が愛情を与えないと、パパは悪い子になっちゃうから……」
「パパと知らない女の人が布団でぐっすり寝てる時に……ね」
「だんだんパパが臭くなってきたから、熱いお風呂に入れてあげたんだよね。何日か後にママが帰ってきて……」
「もの凄く騒いだから二人掛かりでパパの入ってるお風呂に頭を浸けてあげたっけ。いつも私達にママがしてくれたみたいに」
蓮斗は肩をすぼめると部屋を出て行った。部屋の中からはまた由羅の悲鳴が聞こえ始めた。
蓮斗は左右のポケットに両手を突っ込んだ。冷たいアンプル瓶の感触。右手には冷子に作ってもらった人間の腹部を性感帯に変える作用をプラスした合成チャームだ。効果は久留美で実証済み。久留美は今ではすっかり快楽に溺れ、人工チャームを使わなくても自分から蓮斗に腹部を痛めつけるようねだってくる。そして左手には数時間前に冷子から貰った「新作」が入っている。
「さて、もうすぐ時間か……。お姫様を助けにきた美樹ちゃんをお迎えに上がりますかね」
蓮斗が地下室から玄関ホールへと通じる階段を上ると、遠くから唸りを上げるバイクのエンジン音が微かに耳に響いた。