腹責め合同誌「H!」のサンプルを掲載します。
全体の雰囲気だけでも知っていただければ。



合同誌タイトル:「H!」
配布イベント :コミックマーケット86
配布日時   :8月17日(日)
配布場所   : 東ナ 54b M.M.U.様スペースにて委託販売



number_55参加タイトル
「鶇(ツグミ)」



鶇(つぐみ)
鳥綱スズメ目ツグミ科ツグミ属に分類される鳥類。命名には諸説あるが、「(日本では)鳴かない鳥=口をつぐむ鳥」「つぐむ」が変化して「つぐみ」と命名されたとの説が有力。

(中略)

「人に興味が無い事は、悪い事じゃない」真里亞が悪戯っぽく笑いながら言った。「私も同じだから」
「……同じ?」
「そう。さっきも言ったけれど、私が興味があるのはお金だけ。他のことはどうだっていい。確かに飲食業は人に興味を持ち、人が求めるモノを提供することが成功への近道だよ。あくまでも教科書の中ではね。でも私はそんなことは端から信じていない。貧乏臭い大衆居酒屋のトイレに貼ってある、人の満足や笑顔がどうのこうのなんて薄気味悪い台詞は大嫌いだ。私の目的は人からいかに金を巻き上げるか……その一番の近道で、なおかつ法に触れない手段がたまたま飲食業だっただけ。今の店だってそうさ。ある程度顔が良くて胸の大きい女の子を集めて、安酒を運ぶ時にちらっと谷間でも見せておけば、馬鹿な男共が金を落としていく」
 真里亞はツグミに祈る様に手のひらを合わせた。人差し指に唇を付けて、下から見上げる様にツグミから目を離さずに言った。
「でも、このまま本店の猿真似をしていても何も始まらない。ただの色モノチェーン店の雇われオーナーで終わってしまう。それじゃあ稼げない。だから、ちょっとした悪巧みをしようと思うんだ」
「悪巧み?」ツグミが首を傾げながら聞いた。
「そう、悪巧み。今まで以上に客単価を上げて、なおかつ固定客ができるサービスを提案する。そのためには多少の汚いことをしても構わない。でも、ただの優秀な人間の出す企画ほどつまらないものはない。そんなものはとっくにどこかの店でやっている。私が求めているのはもっと『振り切れた』アイデアなんだ。馬鹿な男から増々金を搾り取れるようなギリギリのライン……バレなければ犯罪じゃあないからね。でもその為には、冷徹で口が堅く、聡明だけれどある程度頭のネジの外れた人間が必要なんだ。そう、例えば胸を触られただけでアイスピックを相手の目に突き立てようとするクールビューティーなバーテンとか……」
 ツグミは話を聞きながら、身体の底で微かに沸き上がる熱を感じた。学校から退学処分を受け、家から手切金代わりにマンションの部屋を与えられて縁を切られて以来、身体の芯はずっと冷めたままだった。死ぬことも考えたが、死ぬエネルギーすらもツグミからは消え去っていた。この二年間、ツグミは「生命を維持せよ」とプログラムされた機械の様に生きていた。機械的に呼吸をし、機械的に食事をし、機械的に眠った。あらゆることに対する欲や興味は全く無くなり、仕事に必要な身だしなみや衣類は定期的に整えたが、そこに自分の意志は全く介在しなかった。
「面白そうね……」ツグミは言った。面白そうという感情はずいぶん久しぶりだった。
 目の前に座る少女の様に見える真里亞。真里亞も「金以外は」という注釈がある以外は、概ね私と同じような人種なのだろう。身体の芯が冷めているため、外面までも冷めてしまったツグミと、身体の芯が冷めているからこそ、それ以上に外面が熱くなった真里亞。私ももしかしたらこういう風になっていたのだろうかとツグミは思った。根は同じでも、水と油。陰陽の太極図みたいなものかもしれない。私と真里亞は。
「じゃあ決まりだね……待遇はとりあえず今の給料の百五十パーセントと考えてもらっていいよ。もちろん貢献度によっては昇給するし、そうなると期待しているから。あと、最後に条件がひとつだけ……」真里亞はツグミのグラスに瓶に残ったワインを注ぎ、目の高さにグラスを上げた。ツグミもそれに合わせた。「私に敬語は禁止。上下関係ってやつが嫌いなんだ」
「……わかったわ」ツグミが言った。
 二人はワインを一息に飲み干すと、グラスを床に叩き付けて割った。

(中略)

「は……初めまして……楠瀬……は、はすみと言います……」
 楠瀬はすみは、事務所の四人掛けのテーブルに座りながら言った。声が震えている。ツグミは斜向いの椅子に座って、履歴書の写真と目の前に座っている少女の顔を確認した。同一人物であるという事務的な確認。学歴や職歴、特技や趣味の欄は読んでいない。そもそも字が汚いうえに、震えていて読み辛い。典型的な「読む気を失くさせる文字」だ。目の前で小さくなっているこの子は、履歴書を書いている時ですら緊張していたのかもしれないとツグミは思った。
 ツグミははすみの頭から胸まで視線を数回往復させた。顔立ちは中学生と言っても通りそうなほど幼いが、可愛らしく整っている。黒髪で、耳を隠す様にサイドの髪が長い。いわゆる触覚ヘアーも、おとなしそうな雰囲気によく似合っている。胸は……ギリギリ合格点と言った所か。それほど大きくはないが、綺麗な形をしている。真里亞の指示通に従えば、このまま会話をせずに出勤日だけ決めて帰宅させてもいい。
「煙草……」とツグミは言った。「吸っていいかしら?」
「……え? は、はい。大丈夫……です」
 慣れた手つきで短い煙草に火をつける。はすみはまるで興味深い化学の実験を見ている様に、ツグミの煙草に火をつける様子を食い入る様に見ていた。
 ツグミがちらりとはすみを見るとと、はすみは慌てて下を向いた。ここまで気の弱い女の子がなぜルーターズで働こうと思ったのか、ツグミは微かな興味を抱いた。ルーターズはどちらかといえば派手でセクシー系の店だ。はすみが仮に頭が悪い子だとしても、事前に店のホームページくらいは確認してから応募するだろう。そして何故、あえて自分のイメージとは対極にあるルーターズに応募したのか。
「……はすみちゃんだっけ?」ツグミが天井に向けて煙を吐きながら言った。
「は、はい! はすみです」
「……なんでルーターズで働こうと思ったの?」
「あ、えと……」はすみは母親に悪戯が見つかった子供の様に下を向いた。「お金が……必要で……」
「お金?」ツグミが言った。
「はい……恋人に……誕生日プレゼントを買ってあげたくて……」
「恋人?」ツグミ思わず聞き返した。なるほど。おとなしそうに見えて、やることはやっているらしい。
「大切な……人なんです……」はすみが下を向いた。
 ツグミは煙草を灰皿で揉み消しながら言った。「確かにウチのバイト代は他の飲食店に比べて高めに設定されているわ。でもそれは、それなりに大変だからよ。あなたもウチのホームページくらいは見たでしょう? あの衣装を着て、客に給仕するのよ? セクハラや下品な誘いは日常茶飯事。それを笑って受け流せるくらいじゃないと務まらないわ」
「は、はい……い、い……一生懸命頑張りますっ」
 はすみは肩の前で両方の拳を握ってみせた。「ん?」とツグミははすみのある一点を見て目を細めた。はすみの拳。人差し指と中指の付け根の関節。いわゆる拳骨の部分の皮膚が若干厚くなっている。
「……あなた、何かやっているの?」
「え……?」はすみが狼狽える。ツグミは落ち着く様に手のひらをはすみに向けた。
「変な意味じゃないわ。手の甲にタコみたいなものが出来ていたから……なにかの病気ならごめんなさい」
「あ……これは……」はすみは慌てて両手をテーブルの下に隠した。「空手をやっていて……拳ダコが出来てしまって……」
「空手?」ツグミが言った。恋人といい空手といい、はすみという少女はつくづくイメージから外れた答えをさらりと持って来る。「失礼だけど、あまりイメージ出来ないというか、少し意外だったわ」
「よ、よく言われます……」はすみは両手をテーブルの下に下ろした。

(中略)

「ルーターズでもやるよ、キャットファイトショー。見物料をうんと高くして、変態男共から金を巻き上げる。こういう人種は金に糸目を付けないからね。多少無茶な値段設定でも食いついてくるよ」真里亞が言った。
「……ちょっと待って頂戴」ツグミがデスクに肘を着いて、こめかみを押さえた。「『やる』ってあなた……ルーターズは飲食店なのよ?」
「何を当たり前なことを言ってるの? 何も鞍替えしようってんじゃないよ。定期的にスタッフのダンスショーをやっているでしょ。あれを月イチくらいで格闘イベントにしようってわけ。そんなにお金がかかるもんじゃ無いし。ウケなかったらすぐにでも止めるし」
「でも、ウチには格闘が出来るスタッフなんて……」言いかけて、ツグミは気がついた。二週間前にルーターズに入った陽向紗楽、そして今日面接した楠瀬はすみ。この二人はいずれも空手経験者だ。はすみの実力は不明だが、紗楽は有段者と聞いている。
「ツグミも気がついた?」電話の向こうで満面の笑みを浮かべている真里亞が浮かぶ。「記念すべき第一回の大役は陽向紗楽と楠瀬はすみに務めてもらうよ。キャットファイトは女子プロレスラーや女子ボクサーみたいないわゆるプロよりも、素人同士の戦いの方がウケるらしいんだ。ましてや普段身近に接客しているスタッフ同士のキャットファイト。話題性は結構あると思うよ。諸々の準備は私がやっておく。開催は月末くらいになるかな? はすみはそれまで二人を辞めさせないように引き止めておいて。私は明後日には帰国するから」
 そこまで言うと、電話は一方的に切られた。ツグミは煙草の買い置きを家に忘れたことを心の底から後悔した。

(中略)

 事務所のドアが強めにノックされる。このノックの仕方はおそらく紗楽だろうとツグミは思った。
「……どうぞ」
「おつかれーっす」
 ツグミが返事をすると、紗楽が気怠そうにガムを噛みながらドアを開けた。よくここまで不味そうにガムを噛めるものだなとツグミは思った。
「ツグミさん、在庫表持ってきたぞ」紗楽が在庫表の書かれたクリップボードを団扇のようにひらひらと動かした。
「……そこのテーブルに置いておいて」ツグミは言った。「この書類を作り終わったらチェックするから」
 日々、店のレジから事務所のパソコンに送られて来るデータをまとめるのはツグミの日課だ。年齢、男女比、来店時間と滞在時間、そして注文の内容などの日々の細かいデータを分析する。誰かに強制された訳でもない地味な作業だか、積み上げて行くごとに見えてくるものもある。
 ツグミはデータの入力を終えると、紗楽の座っている四人掛けのテーブルの斜向いに座った。クリップボードを手に取って、内ポケトからショートホープとオイルライターを取り出す。片手で器用に一本取り出して口にくわえ、ライターで火をつけた。
「お、ツグミさん、ヴィヴィアン好きなのか?」紗楽がツグミのライターを指差して言った。土星を宝石で装飾した様なデザインが彫られたライター。紗楽は自分の指に嵌っている小さなプレートが連なった指輪をツグミに見せた。「アタシも好きなんだよな」
「……ああ、これ?」ツグミはオイルライターを眺めて目を細めた。まるで自分がそんなものを持っていることに初めて気がついたように。「私は別に、好きでも何でもないわ……」
「…………ああ、そうかい」紗楽は溜息まじりに言った。ツグミとの会話が盛り上がらないことはいつものことだ。「アタシも一本吸っていいか?」
「好きにすれば?」ツグミがクリップボードに挟まれた資料から目を離さずに言った。「未成年のあなたがタバコを吸ったところで、咎める人なんて誰もいないわよ」
「そうかい、んじゃあ吸わせてももらうよ。灰皿あるか?」
 ツグミが無言でステンレス製の灰皿をテーブルの中央に置いた。
 クリップボードに挟まれた紙には、酒や食材の在庫数が紗楽の見た目に反して丁寧な字で細かく記録されていた。ツグミはボールペンを額に当てながら数字の羅列を目で追って行く。
「……牛肉の減りが早いわね。あとジャガイモ……」
 ツグミが言った。紗楽は頭を掻きながら日々の仕事を思い出した。
「あー……ツグミさんが発案したアメリカンフェアの影響だよ。『一ポンドステーキ』と『山盛りマッシュポテトのグレイビー掛け』がとにかく出てる」
「……そう」とツグミは一週間前の天気予報を聞いたときの様に返事をした。「……牛肉はグレードの低いものに変えるわ。産地も今のアメリカ産からオーストラリア産に変えて……その代わり肉叩きで入念に叩いて、味付けを濃いめにして頂戴。味付けもそうね……香りの強いワサビ、ニンニク、赤ワインをそれぞれベースにしたソースを三種類用意して。肉の味も誤摩化せるし、『選べる三種類のソース』とでも名付ければ客はありがたがって注文するわ」
 高級料理店の顧客ならばともかく、女の子の身体と露出の高い衣装目当てで来店する客に肉の味が解るとは思えない。ツグミはショートホープを灰皿で揉み消すと、頭の中でざっと原価と利益率を計算した。悪くない数字だ。
「わかった。じゃあさっそく業者に問い合わせて、肉の産地を変えさせるように指示するよ」
「その前に、先に見積を取って頂戴」
「見積? 値段は一覧表に載ってるぜ?」
 紗楽が言った。ツグミはちらりと紗楽を見ると、溜息まじりに下を向いた。
「……あれはあくまでも見せ値でしょう? そこからいくら下げさせられるかが、仕事というものじゃないの?」
 ツグミは軽く頭を振りながら言った。そんなこともわからないのかと言いたげなツグミの仕草に紗楽は内心腹が立ったが、いつものことだと自分に言い聞かせた。

(中略)

 ステージには三人の男が上がっていた。眼鏡をかけた学生風の、短髪で小太りの男。にやついた顔の、太って頭髪の薄くなったサラリーマン風の五十代と思しき男。三十代前半に見えるスキンヘッドで無表情の男だ。
 どの男達も一癖ありそうな連中だ。学生とサラリーマンはにやついた顔で絶えず忙しなく視線を動かし、スキンヘッドは一瞬も視線を離さずにツグミを凝視している。
「じゃあ、まずはもっとも高額な値段を付けた方からー」
 真里亞がステージの下でアナウンスした。サラリーマンが歩み出る。サラリーマンはツグミの顔や首筋に鼻を近づけ、音を立てて匂いを嗅いだ。
「ああ……いい匂いだぁ……ベビーパウダーみたいだよ」
 粘液にまみれた様な声に、ツグミの背筋に鳥肌が立った。
 ずぶり……とツグミの腹部に鈍痛が走った。ベストとブラウスを貫通して、男の脂肪で膨らんだ拳がツグミの華奢な腹部にめり込んだ。
「ゔッ!?」
 今まで味わったことの無い衝撃に、ツグミは嘔吐いた。胃を潰され、先ほど飲んだハイネケンが逆流して来る。
「うごっ……ぁ……うぶっ……!」
「んふぅー……ツグミちゃんの身体の中に俺のが………」
 ずぶり……ずぶり……。
 男の攻撃は単調だが、一撃一撃は重いものだった。
 同じ位置に、同じ強さで、ツグミの腹を陥没させる。
「ふッ……ぐ! おゔっ?! ぐぶッ!」
 ツグミの表情は拳が腹に埋まる度に苦痛に歪んだ。切れ長の目は限界まで見開かれ、頬を膨らませて無理矢理体内の奥から押し出された空気を吐き出している。
「ごぶッ!?」
 ずぶん……ごりっ……と今までで一番重い一撃がツグミの胃を抉った。まるで内臓に芋虫が巻き付いている様な不快感に、ツグミは体中を震わせた。
 男の荒い息づかいが聞こえる。興奮している様だ。スラックスの股の部分が隆起しており、時折もどかしそうにそこをいじっている。
「ツグミちゃん……いつも見てたんだよ……」男が言った。まるで違法な薬を使用しているみたいに、笑顔とも泣き顔ともとれない表情をしている。「いつも氷みたいに無表情でさぁ……え……エッチの時とか、どんな風な顔するのか、いつも考えていたんだよ……」
「……最低」羽交い締めにされたツグミが男を睨みつけながら言う。脂汗で額に髪の毛が貼り付き、唇の端からは唾液が垂れてブラウスを汚している。自然と男を上目遣いで見上げる格好になり、男は増々興奮度を高めている様だ。
「ふひひひ……たまらないよ……」
 ずぷん……と今までよりも重い一撃がツグミの腹を抉った。コットンシルクの華奢なブラウスが捻れ、貝ボタンが弾け飛んだ。
「ゔぐぅッ! あ……ごぶっ?! うぐっ……ぐぶっ?!」
 空いた生腹に連撃を受け、ツグミが嘔吐く。殴られる度に、上着に包まれた大きな胸が上下に揺れた。ステージ下の男達はギラギラとした目でステージの上を凝視している。
「はいそこまでー」
 真里亞の声がアナウンスされ、男は汗だくになりながらステージを降りた。
「ツグミー? 生きてるー?」
 真里亞が言った。ツグミは嘔吐きながら真里亞を睨みつける。
「……っく……はぁ……うぷっ……」
「大丈夫そうだねー。じゃあ次の方どうぞー」
 ステージには学生風の男が登った。にやついた顔で、顔や身体が全体的に丸みを帯びているが、肥満体という訳ではない。どちらかと言えば筋肉質な方だ。
「へへ……じゃあ……」男は笑みを浮かべたまま、ツグミの正面に立った。「楽しむとしますかねぇ」
 どすん……と、地面全体が揺れた様な衝撃がツグミの身体の中心から波紋状に広がった。