前回のイベントで配布した本の文章部分になります。
イラストの添え物として書きましたので、表現などかなりラフになっています。




 切れかかった薄暗い蛍光灯。それに照らされたコンクリート打ちっ放しの床は所々ひび割れていて、歩くたびにじゃりじゃりと音がする。廃墟好きが高じて忍び込んだこの建物は、電気は通ってはいるが、どうやら長い間稼働していないらしい。あきらかに壊れているような機械以外は全て運び出されているらしく、がらんとした大きな部屋がいくつもある。床にはかつてベルトコンベアのようなラインがあったのか、何本も直線的なレールが敷かれていた。
 悪くない雰囲気だ。
 古い物置の様な、カビ臭い空気も心地が良い。
 欲を言えば、もっと古い機械とか脱ぎ捨てた作業着とかがそのまま残されていた方が雰囲気があるが、このご時世、おそらく工場閉鎖の時に金目のものは全て引き揚げたのだろう。
 無音カメラで写真を撮りながら奥に進むと、警備員室を見つけた。窓が曇って中が見えない。ドアノブを回して、念のため音を立てないようにゆっくりとドアを開ける。灰色に汚れた布団が目に飛び込んできた。触れるとかすかに湿り気を帯びている。しまった、と思った。ここは既に誰かの根城になっている。廃墟にホームレスが棲み付くのはよくある話で、交流サイトでは「住人」を刺激してしまい、随分と危ない目に遭った話をよく聞いている。
 長居は無用だ。
 決して魅力のある廃墟ではないし、面倒なトラブルに巻き込まれる前に引き上げようと思った。
 ふと、空気の揺れを感じた。
 呼吸を止めて周囲の感覚を探ると、遠くの方から複数の人間が動く音が聞こえた。耳を澄ます。走ったり、跳んだり、かなり激しく動いているようだ。
 複数のホームレスが酒盛りでもやっているのだろうか。いや、それにしては動きが激し過ぎる。
 迷った挙句、音のする方に行ってみた。
 建物の奥はがらんとした広間になっているようだ。
 そして、目に飛び込んできた光景に、僕は息を飲んだ。

「やあぁッ!」
「えぇぃ!」
 年端も行かない女の子二人が、アニメに出てくるようなコスチュームに身を包んで、やけに太った男に向かって突進している。女の子二人は肩に羽を思わせる飾りがついた競泳水着の様な光沢のあるスーツに、膝上まであるぴったりとしたロングブーツの様なものを履いていた。ツインテールの女の子はピンク、ショートカットの女の子はオレンジのコスチュームだが、デザインは全く一緒らしい。二人とも鋭角に切り込まれたハイレグカットの足の付け根から、健康的な太ももを覗かせていた。
 男の体格は上にも横にも大きく、大柄でかなりの肥満体だ。薄汚いジーンズに、もともとは白だったと思われる黄ばんだTシャツを着ている。普通に考えればここで暮しているホームレスだろう。しかし、あの二人の少女は一体……。
「ぐひひひ……ふ、二人とも……だいぶ効いてきたみたいだねぇ……」
 男が早口で言った。二人の少女は男に対して殴打や蹴りといった攻撃を繰り出しているが、男には全く効いていないらしい。二人の表情に、焦りの色が浮かんでいた。
 自主制作の映画か何かの撮影かと思い、僕は周囲をうかがった。しかし、カメラやスタッフと思しき人は見当たらない。それに三人の動きは、演技にとは思えない鬼気迫るものがあった。
「くっ……由里! 同時に行くよ!」
「由羅……うんッ!」
 二人が同時に飛び出した。由里と呼ばれたピンクのコスチュームの女の子と、由羅と呼ばれたオレンジのコスチュームの女の子が同時に飛び出す。二人は鏡写しの様にシンクロした動きで男に対して拳を突き出した。
「ぶふふ……い、痛くもかゆくもないねぇ……。じ、じゃあ……そろそろ反撃するよぉ……!」
 ずぐん……ずぷん……という二つの重い音が空気を伝って僕の耳に届いたと同時に、二人の女の子の身体がくの字に折れながら跳ねた。
「ゔぅぅッ?!」
「ぐぅッ?!」
 男は二人の女の子の腹部に、丸太の様な腕を繰り出していた。二人に同時に突き込まれた拳は光沢のあるコスチュームの生地を巻き込んで、痛々しく陥没している。

「…………あぐッ!」
 由里と呼ばれた女の子は腹を殴られた衝撃で背中から壁に叩きつけられ、由羅と呼ばれた女の子は自分の腹を抱える様にしてその場にうずくまった。男は由羅をまたぎ越して由里に近づく。由羅は男を止めようとしたのか、歯を食いしばりながら男の足を掴もうと手を伸ばそうとしたが、届くことはなかった。
「けほっ……けほっ…………あ……」
 腹と背中に受けた衝撃で咳き込んでいる由里の前に、男が立ちはだかった。
「んふぅ、や、やっぱり僕は由里ちゃんの方が、弱々しくて好みだなぁ……た、たっぷり可愛がってあげるからねぇ……?」
 男の声はドブ川の底に堆積した粘ついたヘドロを思わせた。由里は戦意が削がれたのか、怯えた様な表情で男を見上げている。男は由里から見えない様に自分の背後で拳を握りこむと、脂肪で膨らんだ拳骨を由里の下腹部に埋めた。ずぷん……という湿った音が響く。
「ぐふぅッ?! あ…………」
 不意打ちであった。背後の壁と男の拳に挟まれ、由里の下腹部は痛々しく陥没していた。由里はその衝撃が大きすぎたのか、焦点の定まらない目で自分の腹に突きこまれた拳をぼうっと見たまま、この後足元から駆け上がってくるであろう衝撃に怯えているように見えた……。

「ん、んん〜、ゆ、由里ちゃんには、ちょっと刺激が強すぎたかなぁ……? つ、次はこっちだよ……すごく苦しいだろうから、いい声を聞かせてねぇ……」
 男は由里の下腹部につきこんだ右の拳を引き抜くと、間をおかずに鳩尾に拳を深々と突き刺した。ずぷんと湿った音がしたかと思うと、由里の身体が電気を浴びた様に大きく跳ねた。
「ひゅぐッ!? んぐああッ!!」
 痛々しい悲鳴が響き、由里の大きく開いた口から唾液が飛び散った。それはあまりにも痛々しい光景だった。由里は身を包んだ奇妙なコスチュームに目を瞑れば、いたって普通の女の子に見える。身体のラインが出る服を着ているから、由里の華奢な体型がよくわかった。例えば由里が女子プロレスラーの様な骨格や筋肉を持ち合わせていたとしたら、ここまで悲痛な光景にはならなかっただろう。しかし僕の目の前では、小さい身体の弱々しい女の子が大男の鈍器のような拳で鳩尾を抉られ、痛々しい悲鳴を上げているのだ。これが悲痛と言わずに何と言えばいいのだろう。
「ゆ、由里ちゃんは、確か三十八発殴ってくれたよねぇ……? お、お礼に……これからその倍の七十六発……な、殴ってあげるからねぇ……ぐふふふ……」
 男は喋りながらも、由里の鳩尾にめり込んだ拳をぐずぐずと動かしながら、苦しむポイントを探すように嬲っている。
 僕は状況が飲み込めないまま、ただ目の前に繰り広げられる非日常的光景に釘付けになった。理由はわからないが、どうやら男と女の子二人は敵対関係にあるらしい。戦う女の子が出てくる漫画やアニメは数え切れないほどあると思うが、大抵は最後に女の子が勝利して終わるのだろう。しかし、この展開からどのように二人が勝利するのか、僕には全く想像が出来なかった。

「ぐっ……っく…………かふっ……」
 あれから何発殴られたのか。男は執拗に由里の腹だけを殴り続け、その度に由里は痛々しい悲鳴を上げ続けた。由里の腹には痛々しい拳の跡が何個も付いている。男は宣言通り七十六発殴り終わったのか、それとも単に殴り飽きただけなのか、不意に朦朧とした由里の背後にまわると丸太のような太い腕で由里の首をギリギリと締め上げた。由里は必死に男の腕に手をかけようとするが、わずかな抵抗は全く意味をなしていないように見えた。
「やっ……あ……ぐむッ?! が……がふっ……」
 遠目に見ても、華奢な由里の身体に男の膨れあがった腕は途方もなく暴力的に見えた。
 由里の顔色が赤から、徐々に紫色へと変色してゆく……。

「ぐっ……由里!」
 由羅と呼ばれた女の子が苦しそうに立ち上がり、男に向かって突進した。男はそれに気付くと、由里の身体をゴミのように放り出して身構える。
「あああっ!」
 由羅は気合いと共に男のでっぷりと太った腹に回し蹴りを放つ。男は少し顔をしかめた程度でほとんど効いていないらしい。由羅は歯をくいしばると、左右の拳を突き出したが、ほとんど効果は無いように見えた。
「ぐひひひ……ゆ、由羅ちゃんは本当に落ち着きが無いなぁ……す、少し大人しくしてもらうよぉ!」
 男は自分の鳩尾に向けて繰り出された由羅の右手首を掴むと、無知やり身体を引き寄せた。同時に、どずん……という重い音が響いた。
「んぶぅッ?!」
 男はカウンター気味に由羅の腹に拳を突き込んだ。全くの不意打ちだったのだろう。由羅は大きく目を見開くと、ろくに悲鳴すら上げられずに、残酷な衝撃をその小さな身体で受け止めていた。
 由里に比べると発育が良く活発な印象を受けるが、由羅も体つきはまだまだ華奢で、遠目からでもすぐに壊れてしまいそうな印象を抱く。普通であれば制服を着て学校に行っている年齢だろうし、暴力とは正反対の場所にいることがふさわしいだろう。しかし男はそんなことは全く意に介さず、由羅の腹が拳の形に陥没するほどの全く容赦と手加減のない一撃を加えた。目を覆いたくなるような光景だが、僕はなぜか目をそらすことが出来なかった。

 一定のリズムで、水の入った厚手の袋を打つような音が響いた。
 男は由羅の身体に覆いかぶさるようにして由羅の身体を押さえつけると、右手で由羅の腹に拳を突き込み続けた。
「えぐっ! うぐえッ! おぶッ! ゔあッ! あああッ!」
 由羅の華奢な身体に、自分の暴力的な体重を乗せて、腹に杭を打ち込む。由羅は目の前の光景が信じられないかの様に、ただ陥没する自分の腹を見ながら身体を跳ねさせていた。
「あぶっ……ゔぁ……ぐぶっ……あぁ……」
「ゆ、由羅ちゃん……だ、大丈夫かい? ま、まさかもう……しし、死んじゃうのかなぁ?」
 ずぶ……ずぶ……という音が断続的に響いている。
 由羅の瞳はほとんどがまぶたの裏に隠れ、力なく開いた口からは弛緩した舌と唾液が垂れ下がっていた。
 男は由羅が虫の息になっても、飽きることなく拳を腹に埋め続けた。

 あれからどれくらい時間が経っただろうか。
 男は新しいオモチャを与えられた子供の様に、二人の女の子を代わる代わる嬲り続けた。
 執拗に腹を責め続け、破れた衣服から覗く肌には痛々しい痣が浮かんでいる。
 二人は現在、工場の柱に背中合わせにされた状態で拘束され、そのまま放置されていた。
 また男が戻ってきたら責め苦が始まるのだろうか。
 危険な場所だと分かりながらも、僕は相変わらずこの場を動けずにいた。年端もいかない女の子が、醜悪な男から責め苦を受けるという目の前で繰り広げられる非日常。僕は体の昂りが治らず、下着の中はぬらぬらとして気持ち悪い状態になっていた。
 由羅の顔が、かすかに笑っているように見えた。いや、どことなく官能的な表情に見えなくもない。もっと男に責めてほしい。もしかしたら、僕と由羅の気持ちは同じなのだろうか。
 ふと、背後から物音が聞こえた。足音? 僕は振りか