佳奈が教室を開けると、充満したアルコールの臭いでむせそうになった。
教卓にどっかりと座った男と目が合う。男はコンビニで買った安物のウイスキーを煽ると、げふっと下品な音を立てて息を吐いた。酒の臭いがさらに強くなる。男は顎ひげに付いたウイスキーの水滴を拭うと、汚く染めた短い金髪をばりばりと掻いた。鉄板で焼いた様な黒い肌に、筋肉を誇示するかの様に黒いタンクトップと切り込みの深いビキニパンツを身につけている。
場違いな臭いと、場違いな男。
時刻は夜八時。教室のカーテンは全て閉まっている。佳奈は学校に誰もいないことはわかっていたが、なるべく音を立てないように教室の引き戸を閉めた。
「遅せぇよ、もう少しで時間切れだぜ。時間は守れって学校で教えてくれなかったのか? あ?」
男の乱暴な口調に佳奈の肩が震えた。
男は舐めあげるような視線で佳奈を見る。グレーのスカートに濃紺のブレザー。肩に着く程度の長さの髪。遊んでいる風でも、生真面目すぎる感じでもなく、綺麗に整っている今風の生徒。
「す、すみません……」
「次は気をつけろ。ところで、ちゃんと着てきたんだろうな? 見せてみろ」
「……はい」
佳奈は下唇を噛みながらブレザーを脱いだ。震える指で苦労しながらシャツのボタンを外し、スカートのホックを外して近くの机の上に置いく。しゅるり、しゅるりと布の擦れる音が教室内に響き終わると、佳奈は学校指定の体操服姿になった。男の視線を感じ、佳奈は手を組んで下を向く。
「ひひひひ……いいぜ。俺の言った通りちゃんと体操着で来やがって。イヤイヤ言いながら、やる気満々じゃねぇかよ?」
「……あ、あの」
「あ?」
「これで本当に……あのことは黙っていてくれるんですよね?」
「なんだよはっきり言ゃあいいだろうが? お前と彼氏が放課後の教室でサカってたことだろ。お互い猿みたいにヘコヘコ腰振り合いやがって、傑作だったぜ」
「……ッ」
佳奈が耳を赤くしながら唇を噛む。
迂闊だった。
お互い初めての恋人同士で、先日初体験を済ませたばかりだった。放課後の教室で時間を忘れて話し込んでいるうちに、辺りはすっかり暗くなっていた。話題も自然と先日の出来事になり、お互い照れながら当時のことを遠慮がちに話しているうちに、自然と体同士が密着し始め、それから先は夢中だった。
その翌日、教室内での一部始終を収めた写真が靴箱に入れられてた。
佳奈は、渓谷に架かる吊橋を渡っている最中に足元の板が外れたような気持ちになった。
写真の裏には、その日の夜に今日と同じ教室に来るように書かれていた。行かなければどうなるかわかったものではない。佳奈はその日を抜け殻の様な気持ちで過ごし、指示された通りの時間に教室に行った。
教室にはテレビでしか見たことのないような、色黒で筋肉質の男が座っていた。夜の渋谷や新宿を徘徊していそうな雰囲気で、できれば一生関わりたくないタイプの人間だ。男は数十枚の写真をちらつかせ、学校中に知られたくなかったら身体を差し出せと要求してきた。
断ることなどできるわけが無い。
なぜ夜の学校にこの場違いな男がいたのかはわからないが、世間に知られたら自分や彼氏が生きていけなくなるようなものを、この男は握っているのだ。
まだ二回しか経験の無い佳奈を男は床に押し倒し、長い時間をかけて佳奈を愛撫した。
男の性技は凄まじかった。
初めは嫌悪感で泣いていた佳奈だったが、身体中のあらゆるところを的確に嬲られ、十五分も経たぬうちに佳奈は学校中に響き渡るような声をあげて絶叫し、腰を痙攣させながら何回も絶頂した。男は上着すら脱いでいなかったというのに。彼氏と長い時間をかけて分け合った快感など、男の指がもたらす暴力的な絶頂の津波にすぐに上塗りされ、ゴミの様に押し流されてしまった。
佳奈は前戯だけで何回も失神させられ、虫の息の中で彼氏よりもふた回り以上大きな男根を挿入された。
彼氏のものでは届かなかった場所を簡単に抉られ、押しつぶす様なピストンに頭の中が真っ白になり、佳奈は今までしたことがない様な表情を男に晒しながら狂い果てた。日付が変わる頃にようやく男は佳奈を解放したが、佳奈は身体中を様々な分泌物や男の放出した白濁にぐちゃぐちゃになりながら朝日が昇るまで起き上がることができなかった。
「……あ」
男は教卓を降り、床を踏み鳴らすように佳奈の元に近づくと、佳奈の履いているブルマーを掴むように下腹部を撫でた。ぐじゅっ……という音を立てて男の指が沈み込む。
「……ひうッ?!」
「なんだこりゃあ? もうぐちゃぐちゃじゃねぇか。どうせこの前のことを思い出してたんだろ? 勝手に濡らしてんじゃねぇぞボケが!」
「ひっ……ふ……す、すみませ……んむっ!?」
震える佳奈の唇を男が強引に吸うと、近くの机に佳奈を押し倒した。
東京を出発してから一時間も経っていないというのに、窓の外に見える灯りの数はかなり少なくなった。
おそらく田園地帯に入ったのだろう。
真冬に比べて日が延びたとはいえ、夜に見る田んぼは光を吸収する黒い沼の様で、その中にまばらに浮かぶ家の灯りはさながら沼に浮かぶ船を思わせた。その船の間をくぐり抜けるように、マイクロバスほどの大きさの車両が静かな音を立てて走っている。
組織の所有する戦闘員専用の輸送車だ。
大きさに反して、輸送する戦闘員は車両一台につき基本的に一人。なぜならそれは移動できる控え室だからだ。運転席と戦闘員用の後部は完全に仕切られ、中は小さめのプライベートジムの様に改造されている。床は柔らかい樹脂張りで、エアロバイクやロッカーの他に各種計測器具もある。
その中で上代友香は入念に身体をほぐしていた。
床に尻をついた状態で足を限界まで広げ、ふうっ……と長く息を吐きながらゆっくりと上体を倒す。胸が押し潰され、顎が床に着くか着かないかというところで、運転席と繋がっているスピーカーから若い男の声が響いた。
「到着しました。現在、二十一時十三分。周囲に人影はありません。問題が無ければ任務開始願います」
「了解……ですっ」
友香は開脚前屈の体勢から勢いをつけて上体を起こすと、そのまま後方にごろんと転がってから跳ね起きた。とんとんとその場で軽く跳び、身体の状態を確認する。異常はない。身体は軽く汗ばむ程度に温まっているし、関節の可動も良い。脳の出す指令を筋肉が忠実に遂行する準備は万全だ。
友香は体操服の様な上着の裾や、レーシングショーツに似たショートパンツを直すと、オープンフィンガーグローブを嵌めて自分の頬を両手で叩いた。
「ウォーミングアップ終了しました。上代友香、すぐにでも任務開始可能です」
「わかりました。現在他のチームも予定通り現場に到着、順次作戦開始しています。今作戦の確認ですが、この近辺に複数生息していると思われる人妖の調査と、発見した場合は掃討。こちらのターゲットは下位タイプ……賎妖と思われますが、油断は禁物です。下位タイプは上位タイプと違い、チャームに加えてなんらかの特殊能力を持つ場合が多いので……」
人妖……人類を栄養源とする未知の生命体。
見た目は人間と区別できず、男性型と女性型がおり、特殊能力や驚異的な力を持つ。詳しいことはわかっていないが、食事は必要なく、それぞれ異性の粘膜から養分を吸収して活動する。また、捕食を効率的にするために分泌液……通称チャームには人間の異性を魅了する特殊な効果があるという。
「チャームに加えて特殊能力……そんなに抗えないのかしら。チャームって……」
「人間は弱い生き物ですからね。普通に市販されているタバコやアルコールですら、一度依存症を発症してしまうと解脱することは恐ろしく難しい。それが麻薬や覚醒剤をはじめとした薬物依存になるとさらに悲惨です。チャームにそれを上回る依存効果があるとすれば」
「考えたくもないわね……人妖の被害者からの通報は極端に少ないって聞くし、できれば一生味わいたくないものね」友香は双眼鏡を覗きながら言った。輸送車の窓からターゲットが棲むと言われる高校を見る。三階の教室の一つ。厚いカーテンの隙間から光が漏れている。「調査は必要無さそう……学校に棲むなんて、物好きな人妖もいたものね」
「水道や電気が通っていますし、使おうと思えばガスもあります。浮浪者の様な生活をしている賎妖に比べれば、ある意味快適なのかもしれません」
「おまけに栄養源である人間は向こうから集まってくる……か。昼間さえやり過ごせれば確かに潜伏場所としては悪くないのかもしれないわね」
友香が輸送車を降りると、冷たい夜風が頬を撫でた。
振り返って運転手に合図を送ると、輸送車は来た時と同様に静かな音を立てて走り去った。こちらから連絡するまで近くの目立たない場所で待機する手はずになっている。
グラウンドを囲っているフェンスを軽々と越え、そのまま身を隠すようにフェンスに沿ってゆっくりと歩く。プールの脇を抜け、昇降口の近くまで来る。予想通り警備会社のロゴが入ったのセキュリティのランプが緑色になっている。通常、最後に帰宅する職員が操作して、ランプを赤色の警備中に切り替えるはずだ。おそらく栄養源である人間を招き入れるために、人妖内部から切ったのだろう。ということは、ターゲットは今まさに「食事中」か……。
扉の大きさに反して簡易的な鍵をキーピックで開け、わずかに開いた隙間に身体を潜り込ませるように中に入る。人妖は一体とは限らない。ドミノの様に置かれている靴箱の間を足音を立てないように抜けると、廊下はしんと静まり返っていた。非常口を示す緑色のランプと、火災報知器の赤い光が床や壁を照らしている。普段は活気あふれる場所であるだけに、死に絶えたような今の様子は不気味さに拍車をかけた。
友香は目を閉じ、耳を澄ます。
──音。
遠くから──くぐもった声のようなものが聞こえる。
おそらく輸送車から見た三階の教室からだろう。友香はグローブの装着具合を確認すると、緊張した表情で正面の階段を上った。しゃがんだ状態で、階段の内側の壁に沿うようにして一段一段登る。とっさの回避には不向きだが、この方が上階からは死角になりやすい。
二階を過ぎたあたりから、音は次第にはっきりと聞こえるようになった。
女性の──嬌声だ。
むしろ叫び声に近い。
校舎内が静まり返っている上に、コンクリート製の壁は音をよく響かせる。
三階に到着すると、廊下の左奥の教室から明かりが漏れていた。
今や嬌声ははっきりと聞こえ、男の唸るような息遣いや声も聞こえてくる。
友香はできる限り急いで廊下を進んだ。
途中、左側に渡り廊下があった。渡り廊下の先は体育館だ。
教室まで近づくと、友香はスライド式のドアにはめ込まれたガラス窓から中を覗いた。
「ああああッ! も、もうダメッ! もう、い……イッで……イッでるがらぁッ! じぬっ! 死んじゃうッ!」
「オラッ! オラッ! 俺が出すまで止めねえって言ったろうが! 勝手に死んでろクソアマ!」
友香は反射的にドアに背中を着けた。
教室の向かいは女子トイレだ。
緊張と衝撃で早くなった自分の息遣いが聞こえる。
教室から漏れる光を背負い、トイレの奥の暗がりがやけに濃く感じる。何かが這い出てきそうで不気味だった。
友香は息を整えると、振り返ってガラス窓から中を覗いた。窓は湿気で曇っていたが、かろうじて中の様子がうかがえる。
教室の中央あたりで、黒く日焼けした肌の男が腰を振っていた。男はタンクトップだけを身につけ、友香に背を向けている。丸太のような太腿や引き締まった尻が見えた。男の正面の机には学校の体操服を着た女性──おそらくこの学校の女子生徒が半裸で仰向けに寝かされ、男が激しく腰を打ち付けられている。皮膚同士がぶつかる破裂音を立てて男が腰を振るたびに、机と床ががたがたと大きな音を立てた。そしてそれ以上に大きな声で、女子生徒は自分の髪の毛を掻きむしりながら白目を剥いて嬌声をあげている。普通にしていればおそらく美人なのだろうが、涙や涎で顔をぐちゃぐちゃに汚しながら半狂乱に叫ぶその姿は、男に力で屈服させられた一匹の無様な雌にしか見えなかった。
「おがじくなるッ! おがじぐなるぅッ! も……許じ……んぶぁぁッ!」
「おらっ……! 出すぞッ!」
「んあぁぁぁッ! あ……うぶッ!? あぎっ──」
男は肩を震わせて痙攣すると、それと同時に女子生徒の身体もびくんと跳ねた。
──あ……射精……したのかな?
友香はハッと我に返った。
獣の様な激しい行為に思わず息を飲んで、時間も忘れて一部始終を見てしまった。結合部こそ見えなかったが、実際の性交を見たのは初めてだった。事が終わった女子生徒は大きく胸を上下させている。頭が机の縁から落ちて、仰け反るように顎を天井に向けたまま失神していた。男が移動すると、女性器から白く濁った液体がゴボリと溢れて床に落ちた。男は捲れ上がった女子生徒の上着を雑巾のように引っ張り、自分の股間の辺りを雑に拭っているらしい。
男は突然振り返って友香のいるドアの方に向かって歩き出した。色黒の肌に短い金髪、自信と欲望に満ち溢れたような眼光が友香の目に映る。
咄嗟に友香はドアから離れ、背後の女子トイレに身を隠した。
呼吸が乱れている。
手洗い場の鏡には両手で口を押さえる自分の姿が映っていた。
──ガラリ。
ドアが開いた。
息を止める。
ライターを擦る音。
タバコの匂い。
「シャワー浴びたらもう一発するからな。まだ伸びてんじゃねぇぞ」
男の籠った声が聞こえる。廊下から教室内に向けて言い放ったのだろう。
友香は男が十分に遠ざかると、そっとトイレから顔を出す。男は体育館の方へ行くらしく、渡り廊下を曲がって消えていった。友香はタイミングを見て足音を立てずに教室に入ると、うっと呻いた。汗と脂が混ざったような甘酸っぱい匂いと、窓が曇るほどの湿気に少し目眩がした。女子生徒は机に仰向けに寝そべったまま、脱力したようにだらしなく脚を開いている。衣服が汗を吸って身体に張り付き、女性器からは白く濁った液体が溢れて机に溜まり、糸を引いて床に垂れている。
「大丈夫? しっかりして」
友香が女子生徒の肩を軽く叩く。
「あ……きゃあっ!」
「落ち着いて。私は上代友香。あなたを助けにきたの」
「……え?」
「名前……聞いてもいい?」
「……佳奈。木村佳奈……です」
「佳奈ちゃんか……同い年くらいだよね?」
ゆっくりと話す友香に、女子生徒は徐々に落ち着きを取り戻してきた。友香は手近にあったタオルで佳奈の身体を拭きながら、男のことを聞く。佳奈は涙ぐみながら、男に脅され身体を求められていることを告白した。男は昼間は街中をぶらついたり人を脅して金品を巻き上げたりしており、夜に職員を含めて全員が学校から帰宅すると、戻ってきて空き教室や保健室などで寝ているという。また、弱みを握られ身体を提供している女性は複数おり、毎晩のように行為に及んでいるらしい。
「酷い……」
「私も嫌なの……でも、逆らって写真をネットに上げられでもしたら私も彼氏も生きていけない……。でも、それ以上に許せないのは──」佳奈は目を伏せながら言った。「最近は……自分でも少し期待てて……」
「……期待?」
「き、今日は呼ばれるのかなって……時々。あの人、本当に凄くて……ごめんなさい、こんな自分が許せないの……彼氏がいるのに、最低だよね……」
「大丈夫、佳奈ちゃんは悪くない。それはあいつの持っている能力みたいなものだから」
「……能力?」
「詳しくは言えないけれど、あいつには人を魅了する力があるの。そして、私はあいつを倒す訓練を受けているから、もう安心して。あとは私に任せて。絶対に助けてあげるから……」
友香と佳奈は渡り廊下で別れた。
佳奈は汚れた格好のまま、制服とタオルを持って階段へと向かった。友香の一刻も早くこの場所を離れたほうがいいという提案で、着替えはグラウンドの隅で行うことにした。プールのそばであれば背の高い茂みや水道もある。
途中、佳奈は何度も振り返って友香に頭を下げた。
友香は片手を振って返すと、グローブを締め直して渡り廊下の中央に立った。おそらくもうすぐ男が帰ってくるだろう。佳奈をもう一度犯すために。実戦を前に、友香は足の底から熱のようなものが這い上がってくるのを感じた。
それにしても……と友香は思った。自分と同い年くらいの子があそこまで乱れるほど、チャームというものは強烈なのだろうか。白目を剥き、舌を限界まで出して喘ぐ佳奈の顔が脳裏に浮かぶ。そして、恋人がいるのに心の隅では男に犯されることを期待してしまうとも言っていた。
──人間は弱い生き物ですからね。
──一度依存症を発症してしまうと解脱することは恐ろしく難しい。
オペレーターの言葉が蘇る。
もし自分がチャームに冒されたら、あのようになってしまうのだろうか。
寒くはなかったが、背中が微かに粟立つのを友香は感じた。
渡り廊下を半分ほど渡ったところで、男は足を止めた。
蛍光灯の下には体操服を着た見慣れない女が腕組みをして立っている。一瞬佳奈かと思ったが、佳奈の自信なさげな顔とは違う。少し幼さが残っているところを見ると、歳は佳奈と同じ十七、八くらいだろう。男はシャワーの後でまだ少し湿っている短く刈り上げた後頭部を掻いた。
「なんだぁ……てめぇ?」男は首をかしげながら目を細めた。男の低い声にも友香は微動だにしない。「居残り練習してた陸上部……ってわけじゃあねぇよな?」
「上代友香──あなた達人妖の敵よ」
友香は男をまっすぐに見ながら、静かに言った。腕組みを解くと、足を肩幅に開いて床の感触を確かめるようにゆっくりと構える。
「ケッ! 例の組織か……アンチレジストとか言ったな? 俺はこの通り昔のツレとは縁切って独りで楽しくやってんだ。見逃してくれよ」
「そうはいかないわ。佳奈ちゃんをはじめ、複数の女の子に暴行しているんでしょう? 弱みに付けいるなんて、随分と卑怯な手段ね」
「あつらも楽しんでるんだぜ? 俺はメシを食うよりも楽に栄養補給が出来て、女達はぶち込まれてよがりまくる。佳奈だって彼氏がどうのって口ではイヤイヤ言いながら、ちょっとばかし焦らしてやると早く入れてくれって股開きやがるぜ。ウィンウィンの関係ってやつだ……お前には関係ねぇだろうが」
「それだってあなた達人妖のチャームの効果でしょう? 佳奈ちゃんだって本心じゃないわ」
「本心だったらどうするんだ? 自分の意思で俺の元に来ているとすれば」
「そんなはずは無いわ」
「そんなはずはあるんだよ……俺にチャームの能力はねぇ」
「……えっ?」
友香が驚いた顔をする。男は一瞬天井を見ると、友香を見て笑った。
「出来損ないってやつさ……お前らの組織は賎妖って呼んでいるらしいな。まぁ、俺みたいにチャームが全くねぇ奴は珍しいみたいだがな──」
「でも、きっかけは弱みを……」
「きっかけなんて何だっていいんだよ。薬や酒に溺れている奴らは何だってあんなに被害者ヅラしてんだ? 他の人妖から爪弾きにされて以来、色々やって生きてきたぜ。ヤクの売人やってる頃、中毒者たちは最後には決まって俺を非難してきやがった。あいつから買わなければ、こんなことにはならなかったってな。泣きながら売ってくれって頼み込んできたと思ったら、最後には全員俺のせいだと手の平を返しやがる。無理やり勧められたとか騙されたとか言いながら、快感に抗えずに手ぇ出し続けてるのは紛れもねぇ自分自身の選択だろうが。ヤッってる最中の女どもの顔を見せてやりたいぜ。それとも、自分で体験してみるか? あ?」友香は一歩下がって身構えた。男がじりじりと距離を詰める。「よく見りゃあ、なかなかエロい身体つきしてんじゃねぇか。お前もヒィヒィ言わせて、明日には俺のチンポのことしか考えられないようにしてやるよ」
男が友香に突進するように飛びかかると、友香は軽い身のこなしで躱して距離をとる。男はゆっくりと友香の足元から脳天までを舐めるように見た。動きやすそうな靴に健康そうな太腿。鋭角なラインのレーシングショーツにセパレートになっている上着。肩に着かない程度のスポーティーな長さにカットされた黒髪に、整った顔つき。男は唇を舐めると、口の端に溜まった唾液を音を立てて啜った。
「……あなたの相手なんて、絶対に嫌」
友香はぎりっと歯を食いしばると、男と距離を詰めながら右足で床を蹴った。そのまま窓枠に左足をかけて飛んだ。友香の身体は床と平行になりながら錐揉み状に回転し、男の頭に打ち下ろすような回し蹴りを放った。男は対処しきれず、友香の足の甲が男の脳天をしたたかに叩くいた。男は、ぐぎっ……という悲鳴をあげる。おそらく自分でも初めて発した声なのだろう。首を押さえながら驚いたような表情を浮かべた。友香は着地と同時に、流れるように男の顎を蹴り上る。そして男が仰け反ると同時に後ろ蹴りを放った。
男は低い悲鳴をあげながら、ベルトコンベヤーで運ばれるように後方に転がっていった。友香はふっと溜めていた息を鋭く吐く。
「うぐ……ガキがぁ……ッ!」
「……さすが人妖、ずいぶんと丈夫ね」上体だけ起こして睨みつける男に対し、友香がゆっくりと歩きながら距離を詰める。「アンチレジストの戦闘員と戦うのは初めて? ちなみに一般戦闘員の私なんかよりも、上級戦闘員はもっとすごいわよ」
男は唸り声を上げながら友香に抱きつく様に飛びかかった。友香は難なく横に躱すと、男の鳩尾に膝を突き込んだ。ぐにゃり……と柔らかいゴムの様な頼り無い感触。
「なっ?!」
「ハッ! まさかこんなに早く使わせるとはな!」
友香は膝蹴りを放っている足を引き、勢いをつけて回し蹴りを放つ。男は避けようともせずにそのまま蹴りを頬に受けた。男の首はスプリングの付いた人形の様に勢い良く左右に揺れる。友香が距離を取ると、男は両手で自分の頭を挟んで振動を止めた。
「……なんなの?」
「へへへ……驚いたか? 俺は自分の身体をゴムの様に柔軟にできるのさ。漫画みてぇに伸ばしたりはできねぇが、攻撃を無力化しているうちにいずれ相手は体力の限界を迎える。攻撃が効かないんなら負けることはねぇ」
「能力をベラベラと……口も柔らかくなったみたいね」
「うるせぇよ……余裕ぶってられんのも今のうちだ!」
正面から突進して来る男を横に躱し、男の膝を真横から蹴る。通常では折れる角度で男の膝が曲がるが、跳ね返る様にすぐに元の形に戻った。男はバランスを崩したものの、ダメージはほとんど無いらしい。友香は何回も掴みかかろうとする男を躱しながら、関節を狙って攻撃を当てる。まるで蒟蒻を蹴っているような感触だった。友香が顎に伝う汗を拭うと、男は勝利を確信したような笑みを浮かべた。
「消耗してきてるなぁ……大人しくした方が身のためだぜ?」
「確かに厄介な能力ね……打撃系が全く効かないなんて」
「厄介じゃなくて無敵なんだよ。俺は一度も負けたことはねぇ」
「でも戦闘に関しては全くの素人みたいね。攻撃もさっきから掴みかかるばかりだし、本当に相手が消耗するのを待つだけ。技術の習得や努力は全くしてこなかったんでしょう?」
「当たり前だろ? 無敵は努力しても何の意味もねぇ」
「それはどうかしら? あなたの能力の特性はだいたい理解したわ」
「理解したからなんだってんだよ! 攻撃が効かなきゃ意味ねぇだろうが!」
男が友香に突進する。ワンパターンの攻撃に友香は落ち着いた表情でそれを躱し、男が伸ばした腕を取って肘を膝で蹴り上げた。通常であれば肘が粉々に砕けているだろうが、肘はありえない方向にぐにゃりと曲がっただけだ。男のニヤついた表情。友香は男の腕を取ったまま、裏拳で男の後頭部を叩いた。男の首がぐにゃりと前に折れ、バネ仕掛けのおもちゃの様に後頭部と背中が着く。その瞬間に友香は男の背後に回り、首に腕をまわして一気に締め上げた。
「ぐッ?!」
「やっぱり呼吸は必要なのね……」
「がッ……がァッ!」
男は手を振り回しながら背後の友香を掴もうとするが、完全に男の死角に入り込んでいるため届かず、その手はでたらめに空を切るだけだった。
「色々わかったわ。軟体化は確かに厄介な能力ではあるけれど、軟体化させている最中は身動きが取れないんでしょう? あなたは私の攻撃を察すると人形の様に動くのを止めて、全くガードをしなかった。もっとも、ガードする必要も今までは無かったのでしょうけれど……」友香が男の首を絞める腕に力を込める。「だから攻撃し続けて軟体化させていれば、あなたは動けずに私は簡単にバックを取れる。あなたがしっかりと防御や攻撃の手段を身につけて、軟体化はあくまでもいざという時の補助にしていれば、私も苦戦したかもしれない」
「げぶッ……」
男の身体が痙攣し始める。友香は男が落ちてからの対応を考えていた。まずは待機させているオペレーターに連絡を入れ、回収班の到着前に手近なもので拘束を……。
「ま、待って!」
渡り廊下に声が反響する。
友香が怪訝そうな表情で男の影から覗くと、佳奈が思いつめた表情で渡り廊下の先に立っていた。
「佳奈……ちゃん?」
「お、お願い……その人を連れて行かないで……」佳奈が小走りで近付いてくる。そばまで来ると男と友香の様子をどぎまぎとしながら交互に見つめた。男が薄く目を開けて呻く。「ご、ごめんなさい……。い、一度は帰ろうとしたんだけど……私もう……その人がいないとダメで……」
「佳奈ちゃん……なんで……?」
「彼氏じゃ……もうダメなの……。満足できないの……何回かしたんだけど……その人と比べると全然ダメで……。さっき帰りながら、もうその人に抱かれることがないって考えたら……頭がおかしくなりそうで……」
「でも、佳奈ちゃんは弱みを……」
「わかってる! でも、もう弱みなんて関係無いの……身体が……きゃあッ!」
男が力を振り絞って佳奈に手を伸ばす。佳奈を背後から抱き込むようにして細い喉に腕を回し、ギリギリと締め上げる。
「ごいづ……ごろずぞ……」
男の絞り出すような声。
友香はくっと息を漏らしながら、男の首を締め上げる力を緩めた。
「ゲボッ! ゲホッ! ウェッ! はぁ……はぁ……てめぇ……」男は佳奈を抱きかかえたまま倒れ込み、激しく嘔吐きながら友香を睨み上げた。佳奈は戦慄した表情で震えている。「許さねぇぞ……俺をここまでコケにしやがって……犯すだけじゃ足りねぇ……ボロボロになるまでいたぶってから、死ぬまでイかせ続けてやるよ」
男は鬼のような形相で涎を垂らしながら立ち上がる。佳奈を引きずるようにして友香の前に立ち、歯の隙間から肉食獣のような呼吸をしながら友香を見下ろす。友香も悔しそうに男を睨み上げるが、佳奈を救出しない限り迂闊な行動はできない。
「おい、わかってんな。少しでも変な気起こしたらこいつの首の骨をへし折るぞ」
「……卑怯者」
「はっ! こいつに言えよ。おい、まずは棒立ちになれ。両腕も垂らすんだ。防御したり避けたりしたらわかってんだろうな?」男が見せつけるように右手の拳に力を込める。友香は悔しそうな表情のまま、肩の高さで構えていた両拳をゆっくりと下ろした。「──腹にも力入れんじゃねぇぞ!」
ずぷんッ……! という水っぽい音が渡り廊下に響く。
「ゔぐぅッ?!」
上着とショーツの隙間、ちょうどヘソのあたりを殴られ友香は呻いた。佳奈はひぃっ……と引き攣った様な悲鳴をあげる。友香は男の指示通りにノーガードで腹筋も固めないでいたため、男の鈍器の様な拳は友香の腹部に深々と埋まり、内臓にダイレクトに衝撃を伝えた。
「へへへ……やはり女の身体だな。随分と華奢じゃねぇか」
ぐぼっ……と音を立てて男は友香の腹から拳を抜くと、すぐさま二撃目、三撃目を同じ箇所に突き込んだ。ずぷん……ずぷん……と腹を殴られるたびに、友香の身体は男の拳を支点にくの字に折れる。
「ゔぅッ! ぐぶッ!? くっ……は……はぁ……ゔぶッ!」
「ひひ……いい顔するじゃねぇか。さっきまでの余裕はどうした? 抵抗するならしてもいいんだぜ? こいつがどうなってもいいならな!」
「うぅ……くッ……」
友香が無言で男を睨みつける。明確な侮蔑の視線に男の顔から笑みが消えた。
「なんだその目は? 自分の立場わかってんのかよ!?」
ぐりゅッ……という音と共に、友香の鳩尾の男の拳が付き込まれた。友香の体は電気が走ったようにビクッと跳ね、今までとは異質の苦痛が足元から駆け上がった。
「がぁッ?!」
「おらおら! ナメてんじゃねぇぞコラ!」
「ゔぅッ! がふッ! うぐッ! あぐッ! げぼッ! おぅッ!」
友香は腹と鳩尾を交互に連続で殴られ、その度に友香の身体は跳ね上がったり折れたりを繰り返した。膝はすでにガクガクと痙攣し、最後に鳩尾を突き上げられた瞬間一気に力が抜けて崩れ落ちた。尻を床に着けた状態でしゃがみ込み、そのまま両手で腹を抱える様にして前かがみにうずくまる。
「へへへへ……ちょっとばかしキレちまったぜ」
「うぐっ……はぁ……せ、正々堂々と……したらどうなの?」
「うるせぇ、どんな手使っても勝ちゃあいいんだよ。おら、いつまでミノムシみてぇにへばってんだ? まだ俺の気は済んでねぇぞ」
「あぐっ……くっ……あ……?」
男が友香の髪を掴んで強引に引き起こす。友香が膝立ちの姿勢になると、ちょうど目線の位置に男のビキニパンツがあった。前部が槍の様に隆起している。知識として男の反応を理解している友香は息を飲んだ。
「あ? なんだ、こいつが気になるのか? へへ……スケベめ。仕方ねぇな、見せてやるよ」
男がパンツを下にずり下げると、赤黒い男根が勢いよく跳ね上がって男の腹を打った。それは何本もの太い血管に覆われた上に何かを埋め込んだような不自然な凹凸があり、まるで男に寄生したグロテスクな芋虫のように見えた。
「ひ……ひぅっ!?」
初めて見た臨戦態勢の男性器はあまりにも暴力的で、たまらず友香は悲鳴をあげた。同時に、佳奈がうっとりとしたようなため息を漏らす。
「お? なんだチンポ見るの初めてかよ? 俺のは特別スゲェからな。満足するまでいたぶったらたっぷりとコイツの凄さを味わわせてやるよ。処女にはキツイかもしれねぇがな」
男は友香の奥襟を掴んで無理矢理立たせると友香が力が入らないうちに鳩尾を突き上げた。
「うあ゙ッ?!」
「へへへ……ここが特に効くみてぇだな?」
ドブン……ドブンと悪夢のような音を立てて男は友香の鳩尾を責め立てた。息も継げないような責め苦に友香は徐々に目の焦点が合わなくなり、舌を出したまま瞳がまぶたの裏に隠れ始める。佳奈は友香の惨たらしい悲鳴が聞こえないように耳を塞ぎながら、目を瞑って震えていた。
「がぁッ?! ごぷっ! んぐッ!」
「おら、そろそろイかせてやるよ!」
男は倒れかかる友香の身体を、奥襟を掴んで無理矢理立たせる。友香はすでに意識が半分飛びかけ、両腕がだらりと垂れていた。男はまったく容赦をせず、前かがみになった友香の鳩尾を突き上げるように拳を突き上げた。ずぷんッ……という水っぽい音が響き、友香の鳩尾に拳が深々とめり込む。
「があぁぁッ?!」
友香の身体は反射的にびくんと跳ねた。男がすぐさま拳を引き抜いても、鳩尾を守る上着にはクレーターの様に陥没した跡が残り、その威力の凄まじさを表している。友香は凄まじい攻撃をまともに喰らい、しばらく焦点の合わない目をしながら身体をガクガクと震わせた。男が友香の奥襟を離すと、床に前かがみに倒れ込んだ。
「ったく、手間かけさせやがって。これで終わりじゃねぇぞ。俺に逆らったことをとことん後悔させてやる……」
「あ……あの……」ぐったりとしている友香と男を交互に見ながら佳奈が言った。誰に向けた言葉でもないし、その後の言葉が出てこなかった。どうしたらいいのかわからないという様子だ。友香がここまで酷い目に遭ったのは自分のせいだろう。しかし、友香があのまま男を倒してしまえば自分は一生消えない熱を抱えながら生きていくしかなかったかもしれない。「私は……どうすれば……?」
ふっ、と視界が暗くなる。
見上げると、男が目の前に立っていた。蛍光灯を背負い、逆光で影になった顔の中で血走った目が自分を見下ろしている。そして自分の顔の位置には、今まで見たこともないほど強く勃起している男の性器が脈打っていた。
「知るかよ。こいつ殴って興奮しちまった。とりあえずしゃぶれ」
「え……? そん……な……」
「いいから口開けろ便所が! 手加減しねぇからな!」
「え……ゃ……やっ……嫌ッ! むぐぅッ!? ゔぇッ! ごッ!? げぇッ!?」
男は佳奈の頭を両手で掴むと、力任せに佳奈の喉奥まで男根を突き込んだ。佳奈の後頭部を突き破りそうなほどの勢いで男は腰を振り、渡り廊下には佳奈の内臓を吐き出すような悲鳴が響き渡った。
教卓にどっかりと座った男と目が合う。男はコンビニで買った安物のウイスキーを煽ると、げふっと下品な音を立てて息を吐いた。酒の臭いがさらに強くなる。男は顎ひげに付いたウイスキーの水滴を拭うと、汚く染めた短い金髪をばりばりと掻いた。鉄板で焼いた様な黒い肌に、筋肉を誇示するかの様に黒いタンクトップと切り込みの深いビキニパンツを身につけている。
場違いな臭いと、場違いな男。
時刻は夜八時。教室のカーテンは全て閉まっている。佳奈は学校に誰もいないことはわかっていたが、なるべく音を立てないように教室の引き戸を閉めた。
「遅せぇよ、もう少しで時間切れだぜ。時間は守れって学校で教えてくれなかったのか? あ?」
男の乱暴な口調に佳奈の肩が震えた。
男は舐めあげるような視線で佳奈を見る。グレーのスカートに濃紺のブレザー。肩に着く程度の長さの髪。遊んでいる風でも、生真面目すぎる感じでもなく、綺麗に整っている今風の生徒。
「す、すみません……」
「次は気をつけろ。ところで、ちゃんと着てきたんだろうな? 見せてみろ」
「……はい」
佳奈は下唇を噛みながらブレザーを脱いだ。震える指で苦労しながらシャツのボタンを外し、スカートのホックを外して近くの机の上に置いく。しゅるり、しゅるりと布の擦れる音が教室内に響き終わると、佳奈は学校指定の体操服姿になった。男の視線を感じ、佳奈は手を組んで下を向く。
「ひひひひ……いいぜ。俺の言った通りちゃんと体操着で来やがって。イヤイヤ言いながら、やる気満々じゃねぇかよ?」
「……あ、あの」
「あ?」
「これで本当に……あのことは黙っていてくれるんですよね?」
「なんだよはっきり言ゃあいいだろうが? お前と彼氏が放課後の教室でサカってたことだろ。お互い猿みたいにヘコヘコ腰振り合いやがって、傑作だったぜ」
「……ッ」
佳奈が耳を赤くしながら唇を噛む。
迂闊だった。
お互い初めての恋人同士で、先日初体験を済ませたばかりだった。放課後の教室で時間を忘れて話し込んでいるうちに、辺りはすっかり暗くなっていた。話題も自然と先日の出来事になり、お互い照れながら当時のことを遠慮がちに話しているうちに、自然と体同士が密着し始め、それから先は夢中だった。
その翌日、教室内での一部始終を収めた写真が靴箱に入れられてた。
佳奈は、渓谷に架かる吊橋を渡っている最中に足元の板が外れたような気持ちになった。
写真の裏には、その日の夜に今日と同じ教室に来るように書かれていた。行かなければどうなるかわかったものではない。佳奈はその日を抜け殻の様な気持ちで過ごし、指示された通りの時間に教室に行った。
教室にはテレビでしか見たことのないような、色黒で筋肉質の男が座っていた。夜の渋谷や新宿を徘徊していそうな雰囲気で、できれば一生関わりたくないタイプの人間だ。男は数十枚の写真をちらつかせ、学校中に知られたくなかったら身体を差し出せと要求してきた。
断ることなどできるわけが無い。
なぜ夜の学校にこの場違いな男がいたのかはわからないが、世間に知られたら自分や彼氏が生きていけなくなるようなものを、この男は握っているのだ。
まだ二回しか経験の無い佳奈を男は床に押し倒し、長い時間をかけて佳奈を愛撫した。
男の性技は凄まじかった。
初めは嫌悪感で泣いていた佳奈だったが、身体中のあらゆるところを的確に嬲られ、十五分も経たぬうちに佳奈は学校中に響き渡るような声をあげて絶叫し、腰を痙攣させながら何回も絶頂した。男は上着すら脱いでいなかったというのに。彼氏と長い時間をかけて分け合った快感など、男の指がもたらす暴力的な絶頂の津波にすぐに上塗りされ、ゴミの様に押し流されてしまった。
佳奈は前戯だけで何回も失神させられ、虫の息の中で彼氏よりもふた回り以上大きな男根を挿入された。
彼氏のものでは届かなかった場所を簡単に抉られ、押しつぶす様なピストンに頭の中が真っ白になり、佳奈は今までしたことがない様な表情を男に晒しながら狂い果てた。日付が変わる頃にようやく男は佳奈を解放したが、佳奈は身体中を様々な分泌物や男の放出した白濁にぐちゃぐちゃになりながら朝日が昇るまで起き上がることができなかった。
「……あ」
男は教卓を降り、床を踏み鳴らすように佳奈の元に近づくと、佳奈の履いているブルマーを掴むように下腹部を撫でた。ぐじゅっ……という音を立てて男の指が沈み込む。
「……ひうッ?!」
「なんだこりゃあ? もうぐちゃぐちゃじゃねぇか。どうせこの前のことを思い出してたんだろ? 勝手に濡らしてんじゃねぇぞボケが!」
「ひっ……ふ……す、すみませ……んむっ!?」
震える佳奈の唇を男が強引に吸うと、近くの机に佳奈を押し倒した。
東京を出発してから一時間も経っていないというのに、窓の外に見える灯りの数はかなり少なくなった。
おそらく田園地帯に入ったのだろう。
真冬に比べて日が延びたとはいえ、夜に見る田んぼは光を吸収する黒い沼の様で、その中にまばらに浮かぶ家の灯りはさながら沼に浮かぶ船を思わせた。その船の間をくぐり抜けるように、マイクロバスほどの大きさの車両が静かな音を立てて走っている。
組織の所有する戦闘員専用の輸送車だ。
大きさに反して、輸送する戦闘員は車両一台につき基本的に一人。なぜならそれは移動できる控え室だからだ。運転席と戦闘員用の後部は完全に仕切られ、中は小さめのプライベートジムの様に改造されている。床は柔らかい樹脂張りで、エアロバイクやロッカーの他に各種計測器具もある。
その中で上代友香は入念に身体をほぐしていた。
床に尻をついた状態で足を限界まで広げ、ふうっ……と長く息を吐きながらゆっくりと上体を倒す。胸が押し潰され、顎が床に着くか着かないかというところで、運転席と繋がっているスピーカーから若い男の声が響いた。
「到着しました。現在、二十一時十三分。周囲に人影はありません。問題が無ければ任務開始願います」
「了解……ですっ」
友香は開脚前屈の体勢から勢いをつけて上体を起こすと、そのまま後方にごろんと転がってから跳ね起きた。とんとんとその場で軽く跳び、身体の状態を確認する。異常はない。身体は軽く汗ばむ程度に温まっているし、関節の可動も良い。脳の出す指令を筋肉が忠実に遂行する準備は万全だ。
友香は体操服の様な上着の裾や、レーシングショーツに似たショートパンツを直すと、オープンフィンガーグローブを嵌めて自分の頬を両手で叩いた。
「ウォーミングアップ終了しました。上代友香、すぐにでも任務開始可能です」
「わかりました。現在他のチームも予定通り現場に到着、順次作戦開始しています。今作戦の確認ですが、この近辺に複数生息していると思われる人妖の調査と、発見した場合は掃討。こちらのターゲットは下位タイプ……賎妖と思われますが、油断は禁物です。下位タイプは上位タイプと違い、チャームに加えてなんらかの特殊能力を持つ場合が多いので……」
人妖……人類を栄養源とする未知の生命体。
見た目は人間と区別できず、男性型と女性型がおり、特殊能力や驚異的な力を持つ。詳しいことはわかっていないが、食事は必要なく、それぞれ異性の粘膜から養分を吸収して活動する。また、捕食を効率的にするために分泌液……通称チャームには人間の異性を魅了する特殊な効果があるという。
「チャームに加えて特殊能力……そんなに抗えないのかしら。チャームって……」
「人間は弱い生き物ですからね。普通に市販されているタバコやアルコールですら、一度依存症を発症してしまうと解脱することは恐ろしく難しい。それが麻薬や覚醒剤をはじめとした薬物依存になるとさらに悲惨です。チャームにそれを上回る依存効果があるとすれば」
「考えたくもないわね……人妖の被害者からの通報は極端に少ないって聞くし、できれば一生味わいたくないものね」友香は双眼鏡を覗きながら言った。輸送車の窓からターゲットが棲むと言われる高校を見る。三階の教室の一つ。厚いカーテンの隙間から光が漏れている。「調査は必要無さそう……学校に棲むなんて、物好きな人妖もいたものね」
「水道や電気が通っていますし、使おうと思えばガスもあります。浮浪者の様な生活をしている賎妖に比べれば、ある意味快適なのかもしれません」
「おまけに栄養源である人間は向こうから集まってくる……か。昼間さえやり過ごせれば確かに潜伏場所としては悪くないのかもしれないわね」
友香が輸送車を降りると、冷たい夜風が頬を撫でた。
振り返って運転手に合図を送ると、輸送車は来た時と同様に静かな音を立てて走り去った。こちらから連絡するまで近くの目立たない場所で待機する手はずになっている。
グラウンドを囲っているフェンスを軽々と越え、そのまま身を隠すようにフェンスに沿ってゆっくりと歩く。プールの脇を抜け、昇降口の近くまで来る。予想通り警備会社のロゴが入ったのセキュリティのランプが緑色になっている。通常、最後に帰宅する職員が操作して、ランプを赤色の警備中に切り替えるはずだ。おそらく栄養源である人間を招き入れるために、人妖内部から切ったのだろう。ということは、ターゲットは今まさに「食事中」か……。
扉の大きさに反して簡易的な鍵をキーピックで開け、わずかに開いた隙間に身体を潜り込ませるように中に入る。人妖は一体とは限らない。ドミノの様に置かれている靴箱の間を足音を立てないように抜けると、廊下はしんと静まり返っていた。非常口を示す緑色のランプと、火災報知器の赤い光が床や壁を照らしている。普段は活気あふれる場所であるだけに、死に絶えたような今の様子は不気味さに拍車をかけた。
友香は目を閉じ、耳を澄ます。
──音。
遠くから──くぐもった声のようなものが聞こえる。
おそらく輸送車から見た三階の教室からだろう。友香はグローブの装着具合を確認すると、緊張した表情で正面の階段を上った。しゃがんだ状態で、階段の内側の壁に沿うようにして一段一段登る。とっさの回避には不向きだが、この方が上階からは死角になりやすい。
二階を過ぎたあたりから、音は次第にはっきりと聞こえるようになった。
女性の──嬌声だ。
むしろ叫び声に近い。
校舎内が静まり返っている上に、コンクリート製の壁は音をよく響かせる。
三階に到着すると、廊下の左奥の教室から明かりが漏れていた。
今や嬌声ははっきりと聞こえ、男の唸るような息遣いや声も聞こえてくる。
友香はできる限り急いで廊下を進んだ。
途中、左側に渡り廊下があった。渡り廊下の先は体育館だ。
教室まで近づくと、友香はスライド式のドアにはめ込まれたガラス窓から中を覗いた。
「ああああッ! も、もうダメッ! もう、い……イッで……イッでるがらぁッ! じぬっ! 死んじゃうッ!」
「オラッ! オラッ! 俺が出すまで止めねえって言ったろうが! 勝手に死んでろクソアマ!」
友香は反射的にドアに背中を着けた。
教室の向かいは女子トイレだ。
緊張と衝撃で早くなった自分の息遣いが聞こえる。
教室から漏れる光を背負い、トイレの奥の暗がりがやけに濃く感じる。何かが這い出てきそうで不気味だった。
友香は息を整えると、振り返ってガラス窓から中を覗いた。窓は湿気で曇っていたが、かろうじて中の様子がうかがえる。
教室の中央あたりで、黒く日焼けした肌の男が腰を振っていた。男はタンクトップだけを身につけ、友香に背を向けている。丸太のような太腿や引き締まった尻が見えた。男の正面の机には学校の体操服を着た女性──おそらくこの学校の女子生徒が半裸で仰向けに寝かされ、男が激しく腰を打ち付けられている。皮膚同士がぶつかる破裂音を立てて男が腰を振るたびに、机と床ががたがたと大きな音を立てた。そしてそれ以上に大きな声で、女子生徒は自分の髪の毛を掻きむしりながら白目を剥いて嬌声をあげている。普通にしていればおそらく美人なのだろうが、涙や涎で顔をぐちゃぐちゃに汚しながら半狂乱に叫ぶその姿は、男に力で屈服させられた一匹の無様な雌にしか見えなかった。
「おがじくなるッ! おがじぐなるぅッ! も……許じ……んぶぁぁッ!」
「おらっ……! 出すぞッ!」
「んあぁぁぁッ! あ……うぶッ!? あぎっ──」
男は肩を震わせて痙攣すると、それと同時に女子生徒の身体もびくんと跳ねた。
──あ……射精……したのかな?
友香はハッと我に返った。
獣の様な激しい行為に思わず息を飲んで、時間も忘れて一部始終を見てしまった。結合部こそ見えなかったが、実際の性交を見たのは初めてだった。事が終わった女子生徒は大きく胸を上下させている。頭が机の縁から落ちて、仰け反るように顎を天井に向けたまま失神していた。男が移動すると、女性器から白く濁った液体がゴボリと溢れて床に落ちた。男は捲れ上がった女子生徒の上着を雑巾のように引っ張り、自分の股間の辺りを雑に拭っているらしい。
男は突然振り返って友香のいるドアの方に向かって歩き出した。色黒の肌に短い金髪、自信と欲望に満ち溢れたような眼光が友香の目に映る。
咄嗟に友香はドアから離れ、背後の女子トイレに身を隠した。
呼吸が乱れている。
手洗い場の鏡には両手で口を押さえる自分の姿が映っていた。
──ガラリ。
ドアが開いた。
息を止める。
ライターを擦る音。
タバコの匂い。
「シャワー浴びたらもう一発するからな。まだ伸びてんじゃねぇぞ」
男の籠った声が聞こえる。廊下から教室内に向けて言い放ったのだろう。
友香は男が十分に遠ざかると、そっとトイレから顔を出す。男は体育館の方へ行くらしく、渡り廊下を曲がって消えていった。友香はタイミングを見て足音を立てずに教室に入ると、うっと呻いた。汗と脂が混ざったような甘酸っぱい匂いと、窓が曇るほどの湿気に少し目眩がした。女子生徒は机に仰向けに寝そべったまま、脱力したようにだらしなく脚を開いている。衣服が汗を吸って身体に張り付き、女性器からは白く濁った液体が溢れて机に溜まり、糸を引いて床に垂れている。
「大丈夫? しっかりして」
友香が女子生徒の肩を軽く叩く。
「あ……きゃあっ!」
「落ち着いて。私は上代友香。あなたを助けにきたの」
「……え?」
「名前……聞いてもいい?」
「……佳奈。木村佳奈……です」
「佳奈ちゃんか……同い年くらいだよね?」
ゆっくりと話す友香に、女子生徒は徐々に落ち着きを取り戻してきた。友香は手近にあったタオルで佳奈の身体を拭きながら、男のことを聞く。佳奈は涙ぐみながら、男に脅され身体を求められていることを告白した。男は昼間は街中をぶらついたり人を脅して金品を巻き上げたりしており、夜に職員を含めて全員が学校から帰宅すると、戻ってきて空き教室や保健室などで寝ているという。また、弱みを握られ身体を提供している女性は複数おり、毎晩のように行為に及んでいるらしい。
「酷い……」
「私も嫌なの……でも、逆らって写真をネットに上げられでもしたら私も彼氏も生きていけない……。でも、それ以上に許せないのは──」佳奈は目を伏せながら言った。「最近は……自分でも少し期待てて……」
「……期待?」
「き、今日は呼ばれるのかなって……時々。あの人、本当に凄くて……ごめんなさい、こんな自分が許せないの……彼氏がいるのに、最低だよね……」
「大丈夫、佳奈ちゃんは悪くない。それはあいつの持っている能力みたいなものだから」
「……能力?」
「詳しくは言えないけれど、あいつには人を魅了する力があるの。そして、私はあいつを倒す訓練を受けているから、もう安心して。あとは私に任せて。絶対に助けてあげるから……」
友香と佳奈は渡り廊下で別れた。
佳奈は汚れた格好のまま、制服とタオルを持って階段へと向かった。友香の一刻も早くこの場所を離れたほうがいいという提案で、着替えはグラウンドの隅で行うことにした。プールのそばであれば背の高い茂みや水道もある。
途中、佳奈は何度も振り返って友香に頭を下げた。
友香は片手を振って返すと、グローブを締め直して渡り廊下の中央に立った。おそらくもうすぐ男が帰ってくるだろう。佳奈をもう一度犯すために。実戦を前に、友香は足の底から熱のようなものが這い上がってくるのを感じた。
それにしても……と友香は思った。自分と同い年くらいの子があそこまで乱れるほど、チャームというものは強烈なのだろうか。白目を剥き、舌を限界まで出して喘ぐ佳奈の顔が脳裏に浮かぶ。そして、恋人がいるのに心の隅では男に犯されることを期待してしまうとも言っていた。
──人間は弱い生き物ですからね。
──一度依存症を発症してしまうと解脱することは恐ろしく難しい。
オペレーターの言葉が蘇る。
もし自分がチャームに冒されたら、あのようになってしまうのだろうか。
寒くはなかったが、背中が微かに粟立つのを友香は感じた。
渡り廊下を半分ほど渡ったところで、男は足を止めた。
蛍光灯の下には体操服を着た見慣れない女が腕組みをして立っている。一瞬佳奈かと思ったが、佳奈の自信なさげな顔とは違う。少し幼さが残っているところを見ると、歳は佳奈と同じ十七、八くらいだろう。男はシャワーの後でまだ少し湿っている短く刈り上げた後頭部を掻いた。
「なんだぁ……てめぇ?」男は首をかしげながら目を細めた。男の低い声にも友香は微動だにしない。「居残り練習してた陸上部……ってわけじゃあねぇよな?」
「上代友香──あなた達人妖の敵よ」
友香は男をまっすぐに見ながら、静かに言った。腕組みを解くと、足を肩幅に開いて床の感触を確かめるようにゆっくりと構える。
「ケッ! 例の組織か……アンチレジストとか言ったな? 俺はこの通り昔のツレとは縁切って独りで楽しくやってんだ。見逃してくれよ」
「そうはいかないわ。佳奈ちゃんをはじめ、複数の女の子に暴行しているんでしょう? 弱みに付けいるなんて、随分と卑怯な手段ね」
「あつらも楽しんでるんだぜ? 俺はメシを食うよりも楽に栄養補給が出来て、女達はぶち込まれてよがりまくる。佳奈だって彼氏がどうのって口ではイヤイヤ言いながら、ちょっとばかし焦らしてやると早く入れてくれって股開きやがるぜ。ウィンウィンの関係ってやつだ……お前には関係ねぇだろうが」
「それだってあなた達人妖のチャームの効果でしょう? 佳奈ちゃんだって本心じゃないわ」
「本心だったらどうするんだ? 自分の意思で俺の元に来ているとすれば」
「そんなはずは無いわ」
「そんなはずはあるんだよ……俺にチャームの能力はねぇ」
「……えっ?」
友香が驚いた顔をする。男は一瞬天井を見ると、友香を見て笑った。
「出来損ないってやつさ……お前らの組織は賎妖って呼んでいるらしいな。まぁ、俺みたいにチャームが全くねぇ奴は珍しいみたいだがな──」
「でも、きっかけは弱みを……」
「きっかけなんて何だっていいんだよ。薬や酒に溺れている奴らは何だってあんなに被害者ヅラしてんだ? 他の人妖から爪弾きにされて以来、色々やって生きてきたぜ。ヤクの売人やってる頃、中毒者たちは最後には決まって俺を非難してきやがった。あいつから買わなければ、こんなことにはならなかったってな。泣きながら売ってくれって頼み込んできたと思ったら、最後には全員俺のせいだと手の平を返しやがる。無理やり勧められたとか騙されたとか言いながら、快感に抗えずに手ぇ出し続けてるのは紛れもねぇ自分自身の選択だろうが。ヤッってる最中の女どもの顔を見せてやりたいぜ。それとも、自分で体験してみるか? あ?」友香は一歩下がって身構えた。男がじりじりと距離を詰める。「よく見りゃあ、なかなかエロい身体つきしてんじゃねぇか。お前もヒィヒィ言わせて、明日には俺のチンポのことしか考えられないようにしてやるよ」
男が友香に突進するように飛びかかると、友香は軽い身のこなしで躱して距離をとる。男はゆっくりと友香の足元から脳天までを舐めるように見た。動きやすそうな靴に健康そうな太腿。鋭角なラインのレーシングショーツにセパレートになっている上着。肩に着かない程度のスポーティーな長さにカットされた黒髪に、整った顔つき。男は唇を舐めると、口の端に溜まった唾液を音を立てて啜った。
「……あなたの相手なんて、絶対に嫌」
友香はぎりっと歯を食いしばると、男と距離を詰めながら右足で床を蹴った。そのまま窓枠に左足をかけて飛んだ。友香の身体は床と平行になりながら錐揉み状に回転し、男の頭に打ち下ろすような回し蹴りを放った。男は対処しきれず、友香の足の甲が男の脳天をしたたかに叩くいた。男は、ぐぎっ……という悲鳴をあげる。おそらく自分でも初めて発した声なのだろう。首を押さえながら驚いたような表情を浮かべた。友香は着地と同時に、流れるように男の顎を蹴り上る。そして男が仰け反ると同時に後ろ蹴りを放った。
男は低い悲鳴をあげながら、ベルトコンベヤーで運ばれるように後方に転がっていった。友香はふっと溜めていた息を鋭く吐く。
「うぐ……ガキがぁ……ッ!」
「……さすが人妖、ずいぶんと丈夫ね」上体だけ起こして睨みつける男に対し、友香がゆっくりと歩きながら距離を詰める。「アンチレジストの戦闘員と戦うのは初めて? ちなみに一般戦闘員の私なんかよりも、上級戦闘員はもっとすごいわよ」
男は唸り声を上げながら友香に抱きつく様に飛びかかった。友香は難なく横に躱すと、男の鳩尾に膝を突き込んだ。ぐにゃり……と柔らかいゴムの様な頼り無い感触。
「なっ?!」
「ハッ! まさかこんなに早く使わせるとはな!」
友香は膝蹴りを放っている足を引き、勢いをつけて回し蹴りを放つ。男は避けようともせずにそのまま蹴りを頬に受けた。男の首はスプリングの付いた人形の様に勢い良く左右に揺れる。友香が距離を取ると、男は両手で自分の頭を挟んで振動を止めた。
「……なんなの?」
「へへへ……驚いたか? 俺は自分の身体をゴムの様に柔軟にできるのさ。漫画みてぇに伸ばしたりはできねぇが、攻撃を無力化しているうちにいずれ相手は体力の限界を迎える。攻撃が効かないんなら負けることはねぇ」
「能力をベラベラと……口も柔らかくなったみたいね」
「うるせぇよ……余裕ぶってられんのも今のうちだ!」
正面から突進して来る男を横に躱し、男の膝を真横から蹴る。通常では折れる角度で男の膝が曲がるが、跳ね返る様にすぐに元の形に戻った。男はバランスを崩したものの、ダメージはほとんど無いらしい。友香は何回も掴みかかろうとする男を躱しながら、関節を狙って攻撃を当てる。まるで蒟蒻を蹴っているような感触だった。友香が顎に伝う汗を拭うと、男は勝利を確信したような笑みを浮かべた。
「消耗してきてるなぁ……大人しくした方が身のためだぜ?」
「確かに厄介な能力ね……打撃系が全く効かないなんて」
「厄介じゃなくて無敵なんだよ。俺は一度も負けたことはねぇ」
「でも戦闘に関しては全くの素人みたいね。攻撃もさっきから掴みかかるばかりだし、本当に相手が消耗するのを待つだけ。技術の習得や努力は全くしてこなかったんでしょう?」
「当たり前だろ? 無敵は努力しても何の意味もねぇ」
「それはどうかしら? あなたの能力の特性はだいたい理解したわ」
「理解したからなんだってんだよ! 攻撃が効かなきゃ意味ねぇだろうが!」
男が友香に突進する。ワンパターンの攻撃に友香は落ち着いた表情でそれを躱し、男が伸ばした腕を取って肘を膝で蹴り上げた。通常であれば肘が粉々に砕けているだろうが、肘はありえない方向にぐにゃりと曲がっただけだ。男のニヤついた表情。友香は男の腕を取ったまま、裏拳で男の後頭部を叩いた。男の首がぐにゃりと前に折れ、バネ仕掛けのおもちゃの様に後頭部と背中が着く。その瞬間に友香は男の背後に回り、首に腕をまわして一気に締め上げた。
「ぐッ?!」
「やっぱり呼吸は必要なのね……」
「がッ……がァッ!」
男は手を振り回しながら背後の友香を掴もうとするが、完全に男の死角に入り込んでいるため届かず、その手はでたらめに空を切るだけだった。
「色々わかったわ。軟体化は確かに厄介な能力ではあるけれど、軟体化させている最中は身動きが取れないんでしょう? あなたは私の攻撃を察すると人形の様に動くのを止めて、全くガードをしなかった。もっとも、ガードする必要も今までは無かったのでしょうけれど……」友香が男の首を絞める腕に力を込める。「だから攻撃し続けて軟体化させていれば、あなたは動けずに私は簡単にバックを取れる。あなたがしっかりと防御や攻撃の手段を身につけて、軟体化はあくまでもいざという時の補助にしていれば、私も苦戦したかもしれない」
「げぶッ……」
男の身体が痙攣し始める。友香は男が落ちてからの対応を考えていた。まずは待機させているオペレーターに連絡を入れ、回収班の到着前に手近なもので拘束を……。
「ま、待って!」
渡り廊下に声が反響する。
友香が怪訝そうな表情で男の影から覗くと、佳奈が思いつめた表情で渡り廊下の先に立っていた。
「佳奈……ちゃん?」
「お、お願い……その人を連れて行かないで……」佳奈が小走りで近付いてくる。そばまで来ると男と友香の様子をどぎまぎとしながら交互に見つめた。男が薄く目を開けて呻く。「ご、ごめんなさい……。い、一度は帰ろうとしたんだけど……私もう……その人がいないとダメで……」
「佳奈ちゃん……なんで……?」
「彼氏じゃ……もうダメなの……。満足できないの……何回かしたんだけど……その人と比べると全然ダメで……。さっき帰りながら、もうその人に抱かれることがないって考えたら……頭がおかしくなりそうで……」
「でも、佳奈ちゃんは弱みを……」
「わかってる! でも、もう弱みなんて関係無いの……身体が……きゃあッ!」
男が力を振り絞って佳奈に手を伸ばす。佳奈を背後から抱き込むようにして細い喉に腕を回し、ギリギリと締め上げる。
「ごいづ……ごろずぞ……」
男の絞り出すような声。
友香はくっと息を漏らしながら、男の首を締め上げる力を緩めた。
「ゲボッ! ゲホッ! ウェッ! はぁ……はぁ……てめぇ……」男は佳奈を抱きかかえたまま倒れ込み、激しく嘔吐きながら友香を睨み上げた。佳奈は戦慄した表情で震えている。「許さねぇぞ……俺をここまでコケにしやがって……犯すだけじゃ足りねぇ……ボロボロになるまでいたぶってから、死ぬまでイかせ続けてやるよ」
男は鬼のような形相で涎を垂らしながら立ち上がる。佳奈を引きずるようにして友香の前に立ち、歯の隙間から肉食獣のような呼吸をしながら友香を見下ろす。友香も悔しそうに男を睨み上げるが、佳奈を救出しない限り迂闊な行動はできない。
「おい、わかってんな。少しでも変な気起こしたらこいつの首の骨をへし折るぞ」
「……卑怯者」
「はっ! こいつに言えよ。おい、まずは棒立ちになれ。両腕も垂らすんだ。防御したり避けたりしたらわかってんだろうな?」男が見せつけるように右手の拳に力を込める。友香は悔しそうな表情のまま、肩の高さで構えていた両拳をゆっくりと下ろした。「──腹にも力入れんじゃねぇぞ!」
ずぷんッ……! という水っぽい音が渡り廊下に響く。
「ゔぐぅッ?!」
上着とショーツの隙間、ちょうどヘソのあたりを殴られ友香は呻いた。佳奈はひぃっ……と引き攣った様な悲鳴をあげる。友香は男の指示通りにノーガードで腹筋も固めないでいたため、男の鈍器の様な拳は友香の腹部に深々と埋まり、内臓にダイレクトに衝撃を伝えた。
「へへへ……やはり女の身体だな。随分と華奢じゃねぇか」
ぐぼっ……と音を立てて男は友香の腹から拳を抜くと、すぐさま二撃目、三撃目を同じ箇所に突き込んだ。ずぷん……ずぷん……と腹を殴られるたびに、友香の身体は男の拳を支点にくの字に折れる。
「ゔぅッ! ぐぶッ!? くっ……は……はぁ……ゔぶッ!」
「ひひ……いい顔するじゃねぇか。さっきまでの余裕はどうした? 抵抗するならしてもいいんだぜ? こいつがどうなってもいいならな!」
「うぅ……くッ……」
友香が無言で男を睨みつける。明確な侮蔑の視線に男の顔から笑みが消えた。
「なんだその目は? 自分の立場わかってんのかよ!?」
ぐりゅッ……という音と共に、友香の鳩尾の男の拳が付き込まれた。友香の体は電気が走ったようにビクッと跳ね、今までとは異質の苦痛が足元から駆け上がった。
「がぁッ?!」
「おらおら! ナメてんじゃねぇぞコラ!」
「ゔぅッ! がふッ! うぐッ! あぐッ! げぼッ! おぅッ!」
友香は腹と鳩尾を交互に連続で殴られ、その度に友香の身体は跳ね上がったり折れたりを繰り返した。膝はすでにガクガクと痙攣し、最後に鳩尾を突き上げられた瞬間一気に力が抜けて崩れ落ちた。尻を床に着けた状態でしゃがみ込み、そのまま両手で腹を抱える様にして前かがみにうずくまる。
「へへへへ……ちょっとばかしキレちまったぜ」
「うぐっ……はぁ……せ、正々堂々と……したらどうなの?」
「うるせぇ、どんな手使っても勝ちゃあいいんだよ。おら、いつまでミノムシみてぇにへばってんだ? まだ俺の気は済んでねぇぞ」
「あぐっ……くっ……あ……?」
男が友香の髪を掴んで強引に引き起こす。友香が膝立ちの姿勢になると、ちょうど目線の位置に男のビキニパンツがあった。前部が槍の様に隆起している。知識として男の反応を理解している友香は息を飲んだ。
「あ? なんだ、こいつが気になるのか? へへ……スケベめ。仕方ねぇな、見せてやるよ」
男がパンツを下にずり下げると、赤黒い男根が勢いよく跳ね上がって男の腹を打った。それは何本もの太い血管に覆われた上に何かを埋め込んだような不自然な凹凸があり、まるで男に寄生したグロテスクな芋虫のように見えた。
「ひ……ひぅっ!?」
初めて見た臨戦態勢の男性器はあまりにも暴力的で、たまらず友香は悲鳴をあげた。同時に、佳奈がうっとりとしたようなため息を漏らす。
「お? なんだチンポ見るの初めてかよ? 俺のは特別スゲェからな。満足するまでいたぶったらたっぷりとコイツの凄さを味わわせてやるよ。処女にはキツイかもしれねぇがな」
男は友香の奥襟を掴んで無理矢理立たせると友香が力が入らないうちに鳩尾を突き上げた。
「うあ゙ッ?!」
「へへへ……ここが特に効くみてぇだな?」
ドブン……ドブンと悪夢のような音を立てて男は友香の鳩尾を責め立てた。息も継げないような責め苦に友香は徐々に目の焦点が合わなくなり、舌を出したまま瞳がまぶたの裏に隠れ始める。佳奈は友香の惨たらしい悲鳴が聞こえないように耳を塞ぎながら、目を瞑って震えていた。
「がぁッ?! ごぷっ! んぐッ!」
「おら、そろそろイかせてやるよ!」
男は倒れかかる友香の身体を、奥襟を掴んで無理矢理立たせる。友香はすでに意識が半分飛びかけ、両腕がだらりと垂れていた。男はまったく容赦をせず、前かがみになった友香の鳩尾を突き上げるように拳を突き上げた。ずぷんッ……という水っぽい音が響き、友香の鳩尾に拳が深々とめり込む。
「があぁぁッ?!」
友香の身体は反射的にびくんと跳ねた。男がすぐさま拳を引き抜いても、鳩尾を守る上着にはクレーターの様に陥没した跡が残り、その威力の凄まじさを表している。友香は凄まじい攻撃をまともに喰らい、しばらく焦点の合わない目をしながら身体をガクガクと震わせた。男が友香の奥襟を離すと、床に前かがみに倒れ込んだ。
「ったく、手間かけさせやがって。これで終わりじゃねぇぞ。俺に逆らったことをとことん後悔させてやる……」
「あ……あの……」ぐったりとしている友香と男を交互に見ながら佳奈が言った。誰に向けた言葉でもないし、その後の言葉が出てこなかった。どうしたらいいのかわからないという様子だ。友香がここまで酷い目に遭ったのは自分のせいだろう。しかし、友香があのまま男を倒してしまえば自分は一生消えない熱を抱えながら生きていくしかなかったかもしれない。「私は……どうすれば……?」
ふっ、と視界が暗くなる。
見上げると、男が目の前に立っていた。蛍光灯を背負い、逆光で影になった顔の中で血走った目が自分を見下ろしている。そして自分の顔の位置には、今まで見たこともないほど強く勃起している男の性器が脈打っていた。
「知るかよ。こいつ殴って興奮しちまった。とりあえずしゃぶれ」
「え……? そん……な……」
「いいから口開けろ便所が! 手加減しねぇからな!」
「え……ゃ……やっ……嫌ッ! むぐぅッ!? ゔぇッ! ごッ!? げぇッ!?」
男は佳奈の頭を両手で掴むと、力任せに佳奈の喉奥まで男根を突き込んだ。佳奈の後頭部を突き破りそうなほどの勢いで男は腰を振り、渡り廊下には佳奈の内臓を吐き出すような悲鳴が響き渡った。