お待たせして申し訳ありません。
短いですが、こちらの続きとなります。




 蓮斗の背中から伸びた触手が数多の蛇のように縦横無尽にうねり、美樹に向かって振り下ろされた。速くはない。美樹は攻撃をジグザグに躱しながら、徐々に距離を詰める。横に薙ぐような触手の攻撃を跳躍で回避し、蓮斗の顔に回転で勢いをつけたトンファーを叩き込んだ。トンファーはぐにゃりと蓮斗の肉に埋まるが、ダメージは無い。ならばと美樹はトンファーを握り直し、本体の短い部分で蓮斗の目を突いた。途端に蓮斗から、油が切れた機械のような悲鳴が上がる。すかさずもう一方の目も突き、さらに眉間だった場所に一撃を打ち込んだ。ぶよぶよとした軟体動物のような肉の奥に、硬い骨の感触があった。
「肉の増殖に対して、骨が追いついていないようだな」と、美樹は距離を取りながら言った。トンファーを勢いよく振り、まとわりついた粘液を振り切る。「頭蓋骨の大きさや厚さは元のままか? それ以外もおそらくは……無茶なことを。その重量では脚の骨は今頃粉々だろう」
 蓮斗は触手を槍のようにして美樹に放った。美樹は最小限の動きで躱し、蓮斗の様子をうかがう。蓮斗のへの字に垂れた口から、苦しそうな喘ぎにも似た声が漏れている。蓮斗は何度か美樹に触手を飛ばしたが、いずれも力が無く、躱すのに苦労はしなかった。美樹が妙に感じていると、美樹から逸れた触手は奇妙な動きを見せた。美樹の後方の壁を探るように動き、火の消えた蝋燭を毟るように取ると、ビニールシャッターの様になった唇を押し上げるように蝋燭を口に運んだ。
「なるほど……」
 美樹は蓮斗に向かって突進した。美樹は巫女装束の袖を翻しながら、勢いを殺さないまま重い音を立ててトンファーの柄を蓮斗の喉元に抉りこむ。まるで美樹自身が一本の槍になったような一撃に、蓮斗は悲鳴をあげて飲み込んだ蝋燭を吐き出した。
「ここまで増殖し、動き回るには膨大なカロリーが必要だ。腹が減って仕方がないんだろう? 貴様ら人妖は異性との粘膜接触で養分を得るらしいが、もはや動けないその身体ではな。放っておけば勝手に餓死する運命だ」
 触手が力の無い動きで美樹の足に絡まろうとし、それを美樹がブーツの底で踏みつけた。
「そして生憎、私は貴様に養分をやるつもりはない。せめてこの場で殺してやる」
 美樹はトンファーを持ち替え、柄の長い部分で蓮斗の目を突くと、渾身の力で押し込んだ。耳を塞ぎたくなるような甲高い悲鳴が蓮斗の口から放たれる。
「最期に教えてやる……もう聞こえていないかも知れんがな」と、美樹は歯を食いしばってトンファーを押し込みながら言った。トンファーが蓮斗の脳に達するまでは、まだ距離がある。「蓮斗……お前はさっき私やシオンのことを、生まれや育ちが恵まれていたから博愛主義でいられて、アンチレジストのような人助けが出来ると言ったな? 違うぞ。私もシオンも家が少し複雑でな。私はだいぶ小さい頃から施設に入っていたし、産みの親の顔もよく覚えていない。同じ頃にシオンも事情があって故郷のロシアに居られなくなり、たった独りで日本に来た。貴様も色々と気の毒だったとは思うがな……何でもかんでも人や環境のせいにして、中身を磨かずに見た目だけを整えたり、薬物に頼ったりしていても何も解決はしないぞ。もっとも私も、シオンのようにいつもニコニコしていられるには、まだ時間がかかりそうだがな……!」
 ぐちゅり……と音がして、蓮斗の腹のあたりから太い触手が生え、獲物を狙うように鎌首をもたげた。美樹が気がつくと同時に、まるで蛙が獲物を捕らえるような速さで美樹の腹に埋まる。ぼぐんッ……という音とともに、美樹の黒いインナー部分が陥没した。
「ゔッ?! ぶぐぇッ……?!」
 美樹は後方に吹っ飛び、仰向けに倒れた。不意打ちを喰らいった美樹の霞む目には天井のシャンデリアがぼやけて映っている。それを隠すように極太の触手が美樹の身体の真上に伸びてきて、そのまま先端が垂直に落ちて美樹の腹を潰した。
「ごぎゅうッ!? ゔぁッ……! げろぉぉっ……」
 美樹は身体をよじり、背中を丸めて胃液を吐き出した。弱り切った数分前とは明らかに動きが違う。再び振り下ろされた触手を転がりながら避け、肩で息をしながら立ち上がった。蓮斗は目に刺さったままのトンファーを触手で引き抜き、フローリングの床に捨てた。
「なんだ……なにをした?」と、美樹が肩で息をしながら言った。すぐさま先ほどとは比べ物にならないスピードで触手が飛んできて、美樹は身体を落として避ける。別の触手が美樹の足首に絡まり、蓮斗本体に向かって引きずられた。美樹は歯を食いしばり、触手を解こうとするが、粘液で滑って指を立てることすらできない。やがて美樹の身体に何本もの触手が絡まって、太い柱に縛り付けられるように蓮斗の身体に絡め取られた。
(この匂い……)
 蓮斗の身体に背中をつけたまま美樹は思った。バイクが趣味の美樹にとっては、親しみのある好きな匂いだ。
「……ガソリンか?」
 見ると、蓮斗の背中から伸びたミミズの様な細い触手が、板張りの床の隙間に入り込んでいる。おそらく、地下にある非常用発電機か何かの燃料を吸い取っているのだろう。ガソリンや石油を分解し、養分にする微生物がいると美樹は過去に聞いたことはあったが、いくら飢餓状態とはいえガソリンさえも養分にするとは。
 触手が伸び、美樹の顔の前に来た。先端が皮の剥けた男性器の様な形をしている。次の瞬間、触手が伸びて美樹の半開きになった口から侵入し、喉奥まで押し込まれた。
「んぐぅッ?!」
 触手は素早く前後運動を繰り返し、美樹の口内と喉を嬲った。触手からは生臭い匂いとガソリンの匂いが染み出し、美樹は猛烈な吐き気に襲われる。美樹は失神しないように全身を硬直させて耐えた。やがて触手の先端が膨らみ、重油の様な粘液が美樹の口内に大量に放出された。美樹の頬が膨らみ、涙が溢れる。蓮斗の口から溜息に似た音が聞こえた。一瞬拘束が緩み、美樹はスカートの中に忍ばせている小ぶりなナイフを取り出して触手を切りつけた。拘束が解け、美樹は転がるようにして距離を取ると、口内の粘液を憎々しげに吐き出す。
「もっと長い得物を持ってくるべきだったな……さて、どうしたものか」