Яoom ИumbeR_55

Яoom ИumbeR_55は「男性→女性への腹パンチ」を主に扱う小説同人サークルです。

2020年07月

heder


 本日2020年7月21日をもって、Яoom ИumbeR_55は活動10周年を迎えることとなりました。
 ここまで続けられたのも、読者の皆様の応援と、協力していただけるイラストレーターさんのお力があってこそです。
 本当にありがとうございました。
 長いようで、本当にあっという間の10年間でした。ブログを作って初めて小説を公開した時のこと、同人誌の作り方がわからず色々と調べたこと、今でも大好きなイラストレーターさんであるsisyamo2%さんに、嫌われるのを覚悟で「すみませんが、僕のキャラクターが腹パンチされている絵を描いていただけませんか……?」とメールを送り、快諾していただいた時のこと、初めて同人イベントに参加した時のことなどが、昨日のことのように思い出されます。

design
scene1

↑当時sisyamo2%さんに描いていただいたラフ

 始めは綾ちゃん一人だけだったキャラクターも、話が進むにつれ徐々に増え、今ではそこそこの所帯となりました。特にシオンさんの登場は読者の方にもかなり受け入れていただいたようで、ブログのアクセスも一気に増え、自分自身も驚いた記憶があります。
 シオンさんは他のキャラクター以上に、「気がついたらそこにいた」というキャラクターでした。今でも覚えていますが、その頃も仕事とプライベートでかなり参っていました。大分県のある山道を車で走っていた時のことです。そこは開けた草原のような風光明媚な場所で、山の間を吊り橋がかかり、民家や商店は無く、空は雲ひとつない青空でした。真夏なのに気温は涼しく、山々の緑がとても綺麗だなと思った瞬間、まるで昔からずっとそこにいたかのように完璧な姿で頭の中にいました。まるでとこかの世界から気まぐれに自分の頭の中に遊びに来てくれたみたいに、姿形はもちろん、話し方や好み、性格から生い立ちまで完璧に完成されていました。
 当時の自分は「ここまで完成されているのなら、この人の話を書かなければ死ねないな」と思いました。

キャラのみ 2


さて、「ここまで続くとは思わなかった」とはこういう場面でよく使われる月並みなフレーズですが、自分の場合は本当に、長くて1年、早くて数ヶ月くらいで活動を終えるものだと思っておりました。
 何回か書いたり話したりしたことがあるので、既にご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、自分が活動を始めたきっかけはまさに「酔った勢い」です。このあたりの話は、現在DL販売しているリョナ作家インタビュー本[UIGEADAIL]のあとがきに書いておりますので、引用させていただきます。


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 自分には「男性から女性への腹パンチに興奮する」という変な性癖があります。
 いつ頃からこのような変な性癖に目覚めたのかは覚えていませんが、物心ついた頃、幼稚園に通う前にはすでにこの性癖は自分の中に確かに存在していました。その頃は腹パンチはもちろんのこと、戦隊モノやアニメでキャラクターが痛めつけられるのを見て、変な気持ちになっていたのを覚えています。腕が飛んだり、吐血したりという血が出るシーンは苦手でしたが、戦隊ヒーローが敵に攻撃されて火花が散ったり、アニメで女性キャラクターが捕まって苦しめられたりというシーンは大好きでした。6歳くらいの頃から、対象が女性で、攻撃方法が腹パンチに集約されていったと思います。その頃は自分の性癖が「特殊である」といことが具体的には理解できなかったとはいえ「自分はなにかが人と違っている」ということはおぼろげには理解していました。
 また、一般的な性についてもマイナスな出来事がありました。小学校の頃の保健体育の授業での出来事です。当時の担任(問題のある女性教師で、最後には解雇になりました)がとても嫌そうに、男女の身体の違いや、子供ができる仕組みを説明している中、自分はどうやって男性の作った精子が女性の身体の中に入るのか理解ができませんでした。授業はかなり端折られており、肝心なとことは「大人になればわかる」の一点張りでしたので全くわかりません。興味がある男子ならある程度は自分で調べて理解していたとは思いますが、わからなかった自分は手をあげて「男の作った精子をどうやって女の身体の中に入れるのか?」と質問をしたところ、その担任はひどく怒り「ふざけているのか? はしゃぎたいのなら出て行け」と言われ、教室を追い出されてしまいました。その時から自分にとって性は「よくわからないが、不気味で後ろ暗くて恐ろしいもので、決して人に話してはいけないタブー」というイメージがつきました。
 それからすぐに一般的な性の知識も得たのですが、それは自分の性嗜好が、人と違う特殊なものも同時に持ち合わせているという烙印も同時にもたらしました。一般的な性嗜好も持ち合わせてはいましたが、もうひとつの腹パンチという興味の対象が、少なからず人に危害を加える可能性があることも、自分を酷く苦悩させました。よくある特殊性癖(コスプレや汚物など)ならよかったのですが……。

 自分は人と違って頭がおかしいのだ。
 自分はなにか取り返しのつかないような病気なのだ。
 自分はいつか傷害事件を起こして逮捕されるのだ。
 自分は生きているだけで人に迷惑をかけている。

 小中学校の頃から毎日毎日そんなことを考え、こんな自分が表向きは普通の人間を装って生きていて大丈夫なのだろうか、いつかバレるのではないかと思い続けているうちに、自分の自己肯定感はとても低いものになってしまいました。今でも人と話すときは、いつも心のどこかで「こんな頭がおかしい奴の話を聞いて、この人は不愉快に感じていないのだろうか?」と不安に感じています。
 自分の中で転機が訪れたのは、小説……と呼んでいいのかわかりませんが、とにかく文章を書き始めてインターネットで公開した時でした。忘れもしない2010年7月のある夜、当時自分は仕事の関係であちこちを転々としており、縁もゆかりも無い遠い土地に独りで住んでいました。仕事はあまり上手くいっておらず、プライベートでも落ち込むことが重なり、部屋で独りで頭を抱えながらウイスキーを飲んでいました(たしかストラスアイラの12年だったと思います)。
 日付はとっくに変わっていました。
 仕事は、報酬は悪くはなかったのですが、多忙なうえ精神的に辛く、慣れない土地で友人もおらず、相変わらず性癖の悩みも抱え続けており、いっそのこと今から全てを投げ出してどこか知らない土地へでも行って、野垂れ死んでもいいのではないかと思っていたときです。なんの前触れも無く、なぜか突然「そうだ、小説を書こう」と思いました。
 いったい何の脈絡があって「そうだ」と思ったのか意味がわかりませんし、そもそもそれまで小説を書こうなんて思ったことも、ただの一度もありませんでした。文章といえば学校の宿題で出された読書感想文を嫌々書いたことくらいしかなかったのですが、その思いつきは自分の中では不思議と納得ができるものでした。また、その思いつきと同時に「神崎綾」というキャラクターや、敵を含めたその他のキャラクターも、まるで空から降りてきたかの様に頭の中にふわりと出てきて、勝手に動き出しました。数秒前に小説を書く決心を固めた自分は、とつぜん頭の中で勝手に紡がれ始めたストーリーを此(こ)れ幸いと、慌ててウイスキーのグラスをテーブルの隅に退けてキーボードを取り出して、箱庭の中の人形劇を観ているような感覚で必死にメモソフトに書き写し始めました。自分が名刺などで作家ではなくタイピスト(入力者)を名乗っているのは、このような製作過程があったからです。

 ともかくこうして、自分の最初の小説(らしきもの)は完成しました。
 小説を書こうと思った割には、やったことといえば頭の中で勝手に動くキャラクターを書き起こしただけなのですが、とにかく一定量の文章はできました。さて、書いたはいいものの、これをどうしようかと僕は思いました。出来上がった文章は、今読むと恥ずかしくなるほどメチャクチャなのですが、なぜか不思議な勢いがあるものでした。しかも女の子が腹パンチされるシーンが多く入った、過去の自分が読んだら大喜びするであろう内容です。そこで、さすがにこのまま削除するのはもったいないし、とりあえずブログを作って公開してみようと思いました。当時、自分はファッションと音楽のブログを運営していたので、ブログという媒体に馴染みはありました。しかし、それ以外のインターネットの知識はほとんど無く、「腹パンチ」と検索すると「国のすごい技術で犯罪者予備軍リストに載ってしまうかもしれない」と思い遠ざけ、匿名掲示板はアクセスするだけで個人情報が抜かれると思っていたほど、ネットに疎い生活をしていました。
 ブログで小説を公開してすると、ありがたいことに反応があり、また、自分と同じ性癖を持つ人からコメントや感想をいただくことができました。自分以外に同じ性癖を持つ人がいたのかととても驚き、そのあたりからインターネットも積極的に使うようになり、調べていくにつれ、自分が独りで悩んでいた頃から腹パンチをはじめとした特殊性癖は既に一定のコミュニティを形成していたこと、匿名という環境下も相まってかなりオープンな発言が多く、なかには自分でも驚くような特殊な性癖も存在することもわかりました。また、各種イベントに参加することで面と向かって特殊性癖の人達と話をする機会もあり、自分自身が感じていた疎外感も「生きづらいことは生きづらいが、世界に1人だけしか存在しないという特殊なものでない」という風に割り切れるようになりました。

 今回の「リョナ作家インタビュー本」は数年間ずっと自分の中で温めていた企画です。
 先に書いた通り、自分の性癖を恨んだことは数知れず、「どうしてこんな性癖になってしまったのか」「なにかきっかけがあるのではないか」と自分自身ずっと考え続けていた中、「そうだ、直接聞けばいいではないか」と思ったことがきっかけです。また、自分はたまたま小説を書いたことで、自分と同じような性癖を持つ人と会うことができ、少しだけ救われた感覚がありました。おそらく自分のように孤独感に苛まれながら、独りで悩んでいる人も他にもいると思います。そういう方々の孤独感を少しでも減らしてあげられることができればと思ったことが、企画を考えた理由のひとつです。また、偶然にも自分は創作者側の端くれとして存在しているので、純粋に他の創作者の方々が活動を始めたきっかけや、リョナを題材にした理由、産まれてからどのような時間を過ごして現在に至るのかとても興味がありました。
 また、先日LGBTの方に話を聞く機会がありました。その方はレズビアンなのですが、LGBTの方の多くが自己肯定感が低く、アウティング(自らの意思で行うカミングアウトではなく、他者から望まない暴露をされること)の被害を受け、性癖をファッションだと揶揄された経験があるとのことでした。自己肯定感の低さも、アウティングも、性癖をファッションだと揶揄されたことも、全て自分にも経験があり、酷く傷ついたことを覚えています。また、その方は次のようなことを話してくれました。

「産まれた時から私の性認識は女性であり、性の対象も女性だった。私はしばしば『なぜ女性なのに女性が好きなのか』と聞かれることがある。私にとっては産まれた時からこれが当たり前だったから『なぜ』と聞かれてもわからない。逆に、『なぜあなたは異性が好きなのか』と聞かれて、明確な理由を答えられる人がいるのだろうか」

 自分はその話を聞いてハッとしました。
 自分はLGBTではないが、特殊性癖としてはカテゴリとしては同じなのかもしれないと。
 もしかしたら、「どうしてこんな性癖になってしまったのか」「なにかきっかけがあるのではないか」という疑問は考えるだけ無駄で、答えなんて無いのではないか。
 帰宅してからすぐに、「リョナ作家インタビュー本」の募集要項を考え始めました。
 ありがたいことに今回20名を超える方に応募いただき、なるべくジャンルが分散されるように考えながらインタビューをさせていただきました。インタビューも書き起こしも、小説以外の本作りも初めてであり、至らぬ点も多く、結果として11名の作家様しかお話を聞くことができませんでしたが、皆様とても真剣に話をしていただき、ありがたいことに多くの方から「話ができてよかった」「楽しかった」「ここまで真剣に自分の悩みについて考えたことがなかった」と言っていただけました。インタビューに答えていただいた作家様、本当にありがとうございました。インタビュー本については、ぜひ第2弾を企画させていただきたいと思います。
 最後になりますが、この本を手に取っていただきありがとうございました。読んでいただいた方の琴線に少しでも触れることができていれば幸いです。

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 きっかけはともかく、小説を書いて創作活動を始めたことで、このようにある程度前向きな考えになったことは、自分の人生において本当にプラスになりました。また、活動を通じて多くの読者の方や作家さんと交流する機会に恵まれたことも、創作活動をしていて本当によかったと思えることです。
 本当にありがとうございました。
 これからもよろしくお願いいたします。

この作品はウニコーンさんに有償依頼をいただき、二次創作として製作したものです。
ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、基本となるストーリーをお任せいただいたので、かなりの部分を好き勝手に書くことができました。
今後作品としてウニコーンさんが発売する予定ですが、今回私が書いた文章と制作中のイラストの掲載許可をいただきましたので、予告編としてぜひお楽しみください。


unui x RNR


Sena_Standing


 ようやく蛍光灯の光が届かない一角を見つけたので、樹村瀬奈は転がるように身を隠した。
 肩で息をしながら背中を壁につけると、力が抜けたようにズルズルと尻餅をつく。なめらかなコンクリートの感触と冷たさが、ピッタリとしたボディスーツ越しに背中に伝わってきた。両手で口を押さえながら、全力疾走した後の呼吸を抑えると、怯えきった金色の瞳で周囲をうかがった。天井に設置された大型のファンが、大型輸送機の様な重い音を立てている。それ以外の音は聞こえなかったため、瀬奈はわずかに安堵した。
 市民体育館ほどの広さの室内は、湿度維持のためのスチームが充満していて蒸し暑い。顔を上げるとミスト状の霧が蛍光灯の光を鈍く反射して、汚れたクリームの様に見えた。
 周囲はステンレス製のラックが、人がすれ違えるギリギリの幅を残して部屋全体を埋め尽くしている。瀬奈は逃げる途中に視界に入ったラックの中身を思い出した。ラックの中はエイリアンの卵の様な、乳白色のプラスチックの壺が隙間無く敷き詰められていた。そして壺の中には不気味な細長い緑色のキノコが、イソギンチャクの触手のように群生していた。
「これが……WISH……?」
 ラックを見上げながら、瀬奈が震える声で呟いた。
 二週間ほど前のミーテイングの様子が瀬奈の脳内に蘇る。

「『WISH』という名前は、君達も聞いたことがあるだろう?」
 国家認定の民間自警組織「ACPU」の会議室に集まった十五人ほどの男女は、ホワイトボードの前に立つ司令官の声に黙ったまま頷いた。
「では樹村、簡単に説明できるか?」と、司令官が言った。名指しされた瀬奈は、はいと返事をして立ち上がる。
「数年前から爆発的な広まりを見せている、新型麻薬の名称です。製造方法をはじめ、製造元や販売ルートはいまだに判明していません」
「そうだ。WISHはヘロインや大麻、コカインなどの既存の違法薬物とは全く違う。その特異な薬効で、短期間で麻薬市場のシェアを塗り替えたバケモノだ。これはサンプルだが……」と、言いながら司令官は封筒から粉薬のような袋を取り出して、全員に見せた。袋の中にはモスグリーンの粉末が入っている。「WISHの見た目はこの通り乾燥した緑色の粉末で、鼻粘膜から吸引すると『まるでオーダーメイドしたSF映画のバーチャルリアリティのように、自分の欲望を具現化した幻覚をリアルに体験することができる』という恐ろしい効果を持ち、多くのジャンキーや廃人を今でも生み出し続けている。あまりにも魅力的な効果のため、巷では『サキュバス』や『デビル』、『D』なんて隠語でも呼ばれている。化学式は複雑かつ不安定で再現は不可能。流通も組織的なものではなく、実際に販売をしている半グレや一般人を捕まえても、いずれも転売で、そもそも誰がどこから流通させているのか不明。樹村の言う通り、モノは確かにあるのだが、それ以外が一切不明の訳の分からないシロモノだ……昨日まではな」
 会議室の全員が、わずかに前に乗り出した。瀬奈もペンを握る手に力が入る。
「昨日、正規警察からWISHを製造している組織が『March Of The Pigs(MOTP)』と名乗っている団体であるとの情報が入った。実態は不明だが、表向きは小規模な新興宗教団体のようなものらしい。二週間後、我々は正規警察の先駆けとしてMOTPのアジトに突入する──」

 アジトの中は入り組んだ巨大なキノコ工場の様で、過去に何回か麻薬組織を壊滅させた実績のあるACPUの隊員達は面食らい、しかも潜入を事前に知っていたかのように即座に入口が閉ざされ、屈強な用心棒達が現れて仲間は散り散りになってしまった。
 ヘアゴムとヘアピンを取り外して、瀬奈は全力疾走で乱れた髪を直した。汗で張り付いた前髪を撫で付け、両サイドの髪と一緒に側頭部に留め直す。骨折や怪我はしていない。組織から支給されたコンバットスーツは少し破れてはいたが、この高湿度の中でも市販品ではありえないスピードで汗を体外に放出させ続けており、快適な着心地を保っている。
「とっとと入れ!」
 背後から低い男の声と、人間を引き摺る音が聞こえて、瀬奈は身体を縮こませた。それに続いて「ひ、ひッ!」という怯えきった男の声。一緒に潜入した仲間の一人だ。
「悪く思うな……」
 別の男の声。落ち着いていて、子供に言い聞かせているようなトーンだ。敵は二人か。
 ごつ、ごつと骨同士がぶつかる音と、仲間の悲鳴が聞こえる。拳骨が何回も仲間の身体に打ち込まれる音……。
「ひぎっ! がっ! ぎゃあぁ! あぁ……! あが……」
 仲間の男の悲鳴が激しくなり、それから徐々に小さくなっていった。瀬奈は涙を浮かべながら嗚咽が漏れないように両手で口を塞いだ。身体が自分のものではないみたいに、全く動かない。グシャリ、という嫌な音が聞こえ、仲間の悲鳴がくぐもったものに変わる。おそらく、鼻を砕かれたのだろう。怒声と悲鳴が混じった悪夢のような時間がしばらく続いた。不意に仲間の男が、壊れた水槽のポンプの様な声にならない声をあげた。首を絞められているのだ。もうやめてくれ、と瀬奈が思った直後、ごきん……という何かが外れた音がした。
 沈黙。
 仲間の悲鳴が途絶えた。
 殺されたのだ。
 力任せに、頭蓋骨と身体を繋ぐ頸椎を無理やり外されて……。
 瀬奈はガタガタと身体を震わせながら、口を押さえたまま流れる涙を拭うこともできずに必死に嗚咽を堪えた。
「あーあ、男は殺すくらいしか楽しみがねぇから、マジでクソだな」
 肉を蹴る音が聞こえる。仲間の死体が蹴られている。「この栽培室もカビ臭ぇし、ジメジメして蒸し暑いしよ……。最悪だぜ。女だったらブチ犯せるからいいんだがな。サエグサさん、どうなんですかい? もうあらかた捕まえたんでしょう?」
「ああ、残っていても、あと一人か二人くらいだろう。侵入者は全員で二十人くらい。女は六、七人はいたと思うが」と、サエグサと呼ばれた男が言った。相変わらず落ち着いた声だ。
「残ってるのが女だったらいいんだけどよ……」と、荒っぽい男がまた仲間の死体を蹴りながら言った。「しかしACPUの女どもの格好、どう思います? 動きやすいのかどうか知らんけど、身体のライン出まくりのあんなヤラシイ格好でノコノコ来やがって、レイプしてくださいって言ってるようなもんでしょ。クソッ! 先に捕まえた女どもは今頃、幹部連中がお楽しみだ。こんな残飯処理みてぇな仕事押し付けやがって……チンピラ連中にでも任しときゃいいのによ」
「そう言うな。サジ、残飯処理も我々の大切な仕事だ。売人のチンピラ達は見かけは威勢がいいが、実際は鍛えている女相手にも負けるようなひ弱な奴らばかりだ。ましてや今回みたいな特殊部隊が相手なら、歯が立たんだろう。だが、彼らはWISHの啓蒙活動という仕事を着々と遂行している。我々が現場の仕事をしなくて済むのは、彼らのおかげだ。適材適所、与えられた仕事を全うすることは素晴らしいぞ。こういう時のために、我々警備部はグールーに雇われているんだ」
「わかっていますよ……。というかサエグサさんだって幹部なんだから、現場は俺たちに任せて、捕まえた女とよろしくやってきた方がいいんじゃないですか?」
「警備部長が離れるわけにもいかんだろう。それに、女を無理やり犯すのは趣味ではない」
「相変わらず真面目っすね……。ねぇサエグサさん。隠れている奴がもし女だったら、俺がいただいちゃっていいですかい? 抵抗されたことにして殺しちまえばバレねぇし、一人くらい上に回さなくたって大丈夫でしょ?」
 瀬奈の震えが大きくなる。
 ほぼ全員捕まった……?
 残っているのは自分だけなのか……と瀬奈は絶望的な気分になった。
 身体の震えが止まらない。
 瀬奈の震えにラックが振動して、壺のひとつが床に落ちた。
 がしゃん……と、室内に音が響く。
 びくっ、と瀬奈の身体が跳ねた。
「おっとぉ……」と、サジと呼ばれた男がわざとらしく言った。「女だったらいいなぁ……」
 サジの声には、手負いの獲物を追い込むライオンの様な響きがあった。足音が近づいて来る。腰が抜けて動けない。殺される……。
 ふっ……と蛍光灯の光が遮られ、男達が姿を現した。背の高い屈強な男が二人、瀬奈を見下ろしている。一人は白い無地のタンクトップにジーンズという姿で、もう一人は濃いグレーのTシャツにオリーブ色のカーゴパンツを履いていた。二人とも腕や胸がはち切れそうなほど張っており、ウエストもそこそこ太い。明らかに、本格的に格闘技をやっている人間の身体つきだ。

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「へへへ……こりゃ参ったな。残り物には何とやらってやつか? 上が輪姦(まわ)してる奴らよりよっぽど上玉だぜ」と、タンクトップを着ている男が言った。先ほどサジと呼ばれてた男だ。目が嗜虐の色に光っている。「なんだこの胸……エロい身体しやがって。大人しくしてりゃあ気持ち良くしてやるぜ?」
 瀬奈の歯がガチガチと音を立てた。

 風を切る音。
 衝撃音と共にサジの体が横に吹っ飛んだ。
 突如現れた人影がミサイルの様なドロップキックを見舞い、もう一人の男──サエグサと呼ばれていた──を巻き込んで倒すと、そのまま蛍光灯の下に着地する。
「……あんまりウチの若いのをいじめないでくれる?」
 鼻にかかった気怠そうな声が瀬奈の頭上に降ってきた。声の主は長い髪の毛を手櫛で梳きながら、瀬奈の手を引いて立ち上がらせる。
「あ……アスカ先輩……?」と、瀬奈が言った。
 アスカは瀬奈の目を見て頷く。ここに来るまで激しい戦闘をかいくぐってきたのだろう。蹴り技主体のアスカ用に仕立てられた、競泳水着の様なコンバットスーツは所々が破れていた。
「厄介ね。入り口近くにいた奴らはチンピラみたいなのばかりで楽だったけれど、こいつらは違うみたい……」と、アスカは溜息混じりに言った。「私と瀬奈以外は、全員捕まったかもしれない……」
「そんな……」
「行って。私がこいつらを食い止めているうちにどこかに身を隠して、後援や正規警察の部隊が到着したら状況を伝るの。出来るわよね?」
「い、嫌です! 私も戦います!」
「あなたまで捕まったら、それこそ全滅かもしれない。大丈夫、私の実力は知っているでしょう?」
「でも、相手は二人です。いくらアスカ先輩でも、疲労した状態で二人を相手にするのは荷が重すぎます。私も戦えば、少なくとも一対一にはできるはずです!」
 アスカは瀬奈の目をじっと見た。瀬奈もアスカの目をまっすぐに見つめている。迷った後、アスカは静かに頷いた。
「わかった。そのかわり、絶対に無理はしないで。最悪の事態は避けなきゃいけないから」
 アスカの背後で男二人が立ち上がった。サジが首を鳴らし、こちらに近づいてくる。
「私は、あのカーゴパンツの男をやる。多分あいつの方が……」と、アスカが言った。「危なくなったらすぐに逃げて」
 アスカがラックに足をかけ、三角飛びを繰り返す要領で男達の頭上に飛び上がる。サジの頭を飛び越え、サエグサに向かって蹴りを放った。サエグサは腕を十字に重ねてガードし、そのまま後ずさる。アスカは追撃として連続で蹴りを放ち、サジとサエグサの距離を離していく。
「分断作戦か……チンケな真似しやがって」と、サジが瀬奈を睨みながら言った。「ま、俺はお前の方が好みだから構わねぇがな」
「残念ね、私は全然好みじゃないから」
 瀬奈は距離を取り、サジの出方を見た。サジは余裕そうにノーガードで直立している。女相手に負けることはないと信じて疑っていない。
 ふッ……と瀬奈は鋭く息を吐き、サジの懐に飛び込んだ。ずぶり……とサジの腹に瀬奈の拳が埋まる。「うぶっ!」とサジは息を吐き、驚愕の表情に変わった。そのままサジの顎を跳ね上げ、ガラ空きになった腹部に鋭い蹴りを打ち込む。
 サジは勢いよくラックにぶつかり、いくつかの容器が頭上から落下して割れた。
「舐め腐っているからよ!」と、言いながら瀬奈は跳躍し、サジの頭上をめがけて蹴りを放った。アスカと共闘していることが心強い。姿は見えないが、向こうも善戦していることだろう。瀬奈の足裏がサジの頭を蹴った瞬間、突然瀬奈の目に鋭い痛みが走った。目を開けていられず、涙が溢れて視界がゼロになる。サジが瀬奈の顔を目掛けて、床に落ちた苗床の砂を投げたのだ。
「痛てェなこのクソアマが!」とサジが憎々しげに叫ぶ。
 ごしゃッ……という鈍い音。
 瀬奈の頭に硬いものが叩きつけられた。キノコの苗床になっていた乳白色の瓶だ。目の前に星が飛び、身体から力が抜けるのを感じた。直後、顎に鈍器のような拳が打ち付けられた。世界が回転し、どちらが上か下かもわからなくなり、瀬奈は崩れ落ちるように尻餅をついた。すぐさまサジに身体を強引に引き上げられ、ラックに背中を叩き付けられる。
「俺は女にナメられるのが一番嫌いなんだよ!」
 サジが叫びながら、瀬奈の腹に容赦の無い拳を打ち込んだ。瀬奈のスーツの布地が大きく凹み、ラックが激しい音を立てて揺れる。
「ゔっぶぇッ?! ぐぷッ……!!」
 目が見えない中、ほとんど不意打ちのようなボディブローを受け、瀬奈の身体がくの字に折れる。はらわたを掴まれたような不快な感覚が瀬奈を襲い、内部から自分の意思に反して胃液がこみ上げてきた。サジはよろめく瀬奈の腕を掴んで強引に引き起こし、そのガラ空きの腹部を突き上げた。瀬奈の胴体が床と水平になり、落下するのと同時にさらに突き上げる。
「ぐぼッ! ごぇッ! げぶぉッ! げぇぇッ!」
 胃の中がさらにシェイクされ、押し潰された中身が食道を逆流する。
「おぶっ……ご……ごぶぇっ?! おぶろろろろろろえぇぇ………」
 瀬奈はたまらず胃液を吐き散らしながら悶絶した。透明な胃液が逆流し、瀬奈は痙攣しながら床でのたうつ。
「汚ねぇんだよボケが! 雑魚がイキってんじゃねぇぞ!」
 脇腹を蹴られ、瀬奈は虐待された人形のように床に転がり、身体を折り曲げて悶絶している。
「がッ?! あがッ……! げぁッ……」
 内臓が危険信号を発し、瀬奈の全身を猛烈な苦痛が駆け抜ける。サジはダンゴムシのように身体を折りたたんで苦しんでいる瀬奈を足で蹴って仰向けにすると、その腹を体重をかけて踏みつけた。ぐちゅりという音と共に瀬奈の腹が潰れる。
「ぶげぇッ?! ぎぇっ……ぎゃあぁぁぁぁ!」

WISH_pic_02


 瀬奈は苦痛に顔を歪ませながら、サジの足首を掴んで必死に自分の腹を押しつぶしているものを抜こうとする。その様子に、サジの加虐心はさらに燃え上がった。グリグリと体重をかける場所を微妙に変え、的確な苦痛を瀬奈に与える。
 突如、サジの後頭部に衝撃が加わった。バランスが崩れ、瀬奈の腹がようやく拷問から解放される。ラックの上からサジに飛び膝蹴りを放ったアスカが瀬奈のそばに着地した。着地した瞬間、アスカの顔が苦痛に歪む。
 アスカは瀬奈を抱き起しながら「瀬奈!」と叫んだ。
「ゲホッ! ゲホッ! あ……アスカ……先輩?」
 アスカの顔と身体には、再会した時よりもさらに多くの格闘の跡が残っていた。
「心配して来てみれば……もう満身創痍じゃない」と、アスカが言った。「……私が戦っている相手もかなりの手練れで、完全に遊ばれている感じなの。このままでは二人とも負けるだけよ……。最初に言った通り、瀬奈はどこかに身を隠して応援を待って。私はできるだけ時間を稼ぐから」
「そ……んな……」
「大丈夫……あなたの回復力は隊でも随一だから、しばらく大人しくしていれば動けるようになるはず。絶対に生き延びて」
「でも……」
 瀬奈が言いかける前に、アスカの背後でサジが立ち上がった。いつの間にかサエグサも合流しており、サジの背後から瀬奈とアスカを無表情のまま見下ろしている。アスカは立ち上がり、瀬奈を庇うように二人の前に立ちふさがった。
「早く!」とアスカが瀬奈を振り返らずに言った。瀬奈は振り切るようにアスカに背中を向け、腹を押さえながら出口に向かってよろよろと走った。背後でサジが「待てこら!」と叫ぶ。続いてアスカの鋭い声と、ラックが崩れる音。瀬奈が振り返る。アスカがラックの脚を破壊して倒し、瓦礫がバリケードのように床に重なっていた。瀬奈を逃がすために、素手で人を殺すような男達を自らと共に閉じ込めたのだ。瀬奈は涙を拭うこともせずにふらつきながら全力で走り、栽培室から出でドアを閉めた。


「やっ! はッ! はぁッ!!」
 アスカが流れるように連続でサジの身体に蹴りを見舞う。しかし、サジは全く動じずに蹴られた場所をさすっている。
「へへへ、可哀想に。漫画の世界だったらお前みたいなヒロインぶった奴は、なんだかんだで最後は助かるんだろうけどな」と、サジが言った。サエグサは無表情で腕を組んでいる。
 アスカが一方的に攻撃をしているはずなのに、サジはじりじりと距離を詰めていく。サジはノーガードでアスカの攻撃を受け入れてるが、全く効いている様子は無い。「くっ……」と、アスカは食いしばった歯の隙間から、嗚咽に似た声を漏らして後ずさった。直後、アスカの背中がラックに当たる。もう後が無い。アスカは意を決して、サジに拳を繰り出した。正確にサジの腹と鳩尾に連続して拳を突き刺す。そして足を蛇のようにしならせながらサジの顎先を蹴った。しかし、サジは僅かに顔をしかめた程度で全く動じていない。
「なんだそれ? 俺にパンチで勝負を挑むなんて、いい度胸してるじゃねぇか? パンチってのはこう打つんだよ!」
 どぎゅるッ! という聞いたことが無いような音がアスカの耳に届いた。

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「ゔぶッ?! ひゅぐぇッ!?」
 サジは一切の躊躇も手加減も無く、アスカの鳩尾に大砲の様な拳を埋めた。殴られた衝撃でアスカの両足が地面から三十センチほど浮き上がる。アスカの心臓は一瞬で潰され、男達に土下座をする様に顔から地面に崩れ落ちた。まともに呼吸ができないのだろう。「がっあッ!? ごッ……? ごぇッ……!」と死にかけの蛙の様に呻きながらガクガクと痙攣している。
「……少しは手加減してやったらどうだ?」と、サエグサが呆れたように言った。「鳩尾に元プロボクサーの全力パンチなんて食らったら、男でも意識が飛ぶ。ましてや女だったら……」
「そこが良いんでしょう? 暴力でもセックスでも、女はとことんまで追い詰めてヒィヒィ言わせて、徹底的に征服すんのがたまんねぇ。最近はこいつみてぇに勘違いした女が多いっすからね。女は男に奉仕して、快楽を与えるための道具だって立場を徹底的に分からせてやらないとダメなんすよ」
「……まぁいい、好きにしろ。我々に歯向かう者は人間ではないからな」
 サジがアスカのスーツの首の後ろあたりを掴んで、無理やり体を引き起こした。失神したのだろう、動かなくなったアスカの両足が地面から浮き、ダラリと下がっている。
「それよりもサエグサさん、さっきの約束、大丈夫っすよね? こいつは俺がもらいますよ。犯す前に、もうちっと殴ってもいいですかい? 女のサンドバッグなんて久しくやってねぇもんで」
「かまわんが、ほどほどにしておけよ。逃げた女を追うことも忘れるな」
 サジはアスカの身体を荷物の様に肩に担ぐと、緑色のキノコが蠢く栽培室から出て行った。誰もいなくなった室内には、天井のファンの音だけが変わらずに響いていた。

ウニコーンさんからご依頼いただき、作品作りに協力させていただきました。

ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、基本となるストーリーの殆どをお任せいただいたので、ある程度好きに書くことができました。
既に文章の納品は済んでおり、ウニコーンさんの挿絵が完成次第発表となります。
文章の公開許可もいただいておりますので、こちらにも数回に分けて掲載していきます。
最後になりましたが、このような機会をいただき本当にありがとうございました。




[ WISH ]

 ようやく蛍光灯の光が届かない一角を見つけたので、樹村瀬奈は転がるように身を隠した。
 肩で息をしながら背中を壁につけると、力が抜けたようにズルズルと尻餅をつく。なめらかなコンクリートの感触と冷たさが、ピッタリとしたボディスーツ越しに背中に伝わってきた。両手で口を押さえながら、全力疾走した後の呼吸を抑えると、怯えきった金色の瞳で周囲をうかがった。天井に設置された大型のファンが、大型輸送機の様な重い音を立てている。それ以外の音は聞こえなかったため、瀬奈はわずかに安堵した。
 市民体育館ほどの広さの室内は、湿度維持のためのスチームが充満していて蒸し暑い。顔を上げるとミスト状の霧が蛍光灯の光を鈍く反射して、汚れたクリームの様に見えた。
 周囲はステンレス製のラックが、人がすれ違えるギリギリの幅を残して部屋全体を埋め尽くしている。瀬奈は逃げる途中に視界に入ったラックの中身を思い出した。ラックの中はエイリアンの卵の様な、乳白色のプラスチックの壺が隙間無く敷き詰められていた。そして壺の中には不気味な細長い緑色のキノコが、イソギンチャクの触手のように群生していた。
「これが……WISH……?」
 ラックを見上げながら、瀬奈が震える声で呟いた。

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