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この作品はウニコーンさんに有償依頼をいただき、二次創作として製作したものです。
ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、ストーリーをお任せいただいたので、かなりの部分を好き勝手に書くことができました。
今後作品としてウニコーンさんが挿絵を付けて完全版として発売する予定ですが、今回私が書いた文章と制作中のイラストの掲載許可をいただきましたので、予告編としてぜひお楽しみください。


第1話

第2話


 ドアの外は通路になっていて、左右のドアには倉庫や食堂、ロッカールームといったプレートが貼ってあった。一般企業の工場となんら変わらない。このようなクリーンな環境で恐ろしい薬物が作られているのかと思うとゾッとした。途中、木製の大きな左右開きの自動ドアがあった。自動ドア横の端末は小林が持っていたカードと同じ赤色の端末が嵌め込まれている。瀬奈がカードを端末にかざして自動ドアを開けると、中はエレベーターホールになっていた。壁や床が工場エリアのような白い樹脂ではなく、濃いブラウンの板張りと赤黒い絨毯になっており、雰囲気がかなり違っている。ここから幹部エリアになるのだろう。
 エレベーターに乗りながら、はたして勝機はあるのだろうかと瀬奈は考えた。仲間の多くが倒れ、もはや瀬奈しか残っていない可能性が高い。正規警察もこちらに向かっているだろうが、様々な利権が絡み合って腰が重く、到着はいつになるのかわからない。確かな方法としては、グールーと呼ばれているボスを人質にとることだ。自分一人で多数の敵を全滅させるのは荷が重すぎるし、アスカと戦闘した男達を見るに、敵の戦力もかなり高い。男の子の話だと、グールーは未だにこの場所に留まっているらしい。よほどの自信家か、下手に逃げ回るよりは自ら雇った警護隊に守られていたほうが安全という考えなのだろう。トップを人質にとることができれば、敵も迂闊に手を出せないはずだ。その間に正規警察の到着を待つ。悪くない作戦というよりかは、これしかないという状況だが、闇雲に動くよりはマシだ。
 エレベーターを出て廊下を進むと、狭いロビーに出た。天井は高く、応接のための小部屋も複数見える。簡単な打ち合わせのためのスペースのようだ。床には埃一つ落ちていない。観葉植物が倒れている以外は清潔で、不気味なほど臭いも音も無い。奥の扉にも赤いカードリーダーが付いていたので、瀬奈はカードキーをかざした。高い電子音と共にドアが解錠される。
 ドアの先は広い空間だった。フットサルコートを半分にしたような広さで、床は長いこと磨き続けられた船のデッキのように黒光りしたフローリング。壁は鏡面磨きされた鉱物のようで、険しい顔をして立っている瀬奈の顔を鏡のように反射していた。壁と同じ黒い鉱物で作られた受付カウンターがあって、奥には椅子が二脚置かれている。
 瀬奈はロビーの中央に立って周囲を見渡した。壁の間から暖かい光の間接照明が効果的に使われ、安心感と、ある種の威圧感を与えるようなインテリアにまとめられている。受付カウンターの奥の壁には「I give you all that you want(あなたが欲しがるものは全て与える)」と彫られていた。ロビーの奥には数台のエレベーターがあって、地上のどこかから、このエリアに直通で来られるようだ。外部からMOTPと接触を図るときの正規のルートなのだろう。誰にも顔を合わせず、入口を知っている顧客のみがこのエリアに来ることができる。まるで一流企業の受付だ。本当にここは麻薬組織なのか、と瀬奈は思った。先ほどの工場といい、整い過ぎた空間に瀬奈は戸惑った。
 そうだ、このMOTPは全てが整い過ぎている。この掃除が行き届いたロビーで、昨日までWISHの取引が行われていたのだろうか。それは一般的な麻薬取引のイメージとは違ったのだろう。たとえば雨の降る路地裏で、虚ろな目をした売人同士が咥えタバコのまま、刺青の入った手でくしゃくしゃの紙幣とパッキングされた麻薬を交換するのとは対極の、極めてビジネスライクな取引だったのかもしれない。上等なスーツを着た顧客がエレベーターを降りて受付に歩いてくる。受付担当は名乗らずともその顔を覚えているから、顧客が名前を告げる前に担当者に連絡を入れる。部屋の奥からMOTPの担当者が現れ(おそらく担当も上等なスーツを着ている)、顧客を促して個室に招く。二人は二流のビジネスマンのように無駄な世間話をすることも、ブラフのために言葉に感情を込めることもなく、極めて事務的に取引額と物量を決め、手配を済ませる。次回の約束を取り付けて、握手をしてロビーで別れる。
 整い過ぎているのだ。
 まるで何かを隠すかのように。
 突然、ロビーの奥で女性の悲鳴が聞こえた。瀬奈からは死角になっている通路の奥だ。瀬奈は声のする方に走り、慎重に通路を覗き込んだ。通路の左右にはいくつかのドアがあり、右手奥のドアがひとつだけ開いていた。廊下には微かな臭気が漂っている。汗とアルコールの臭いだ。
 突然、奥の開いたドアから放り出されるように人が出てきた。瀬奈がとっさに身構える。飛び出した人は全裸の女性で、ドアの向かいにある壁に激突して動かなくなった。瀬奈の背筋にゾッとした冷たいものが流れた。見覚えがある。女性は全身に酷く殴られた痕があり、だらしなく開いた股間からは血の混じった白い液体がドロリと垂れていた。想像したくないほど酷い目に遭ったのだろう。嫌な予感がして、瀬奈は喉の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。目を凝らす。間違いない。瀬奈を庇うために男達に戦いを挑んだ、アスカだった。
 言葉を失っていると、開いたドアの中から男がヌッと出てきた。瀬奈の身体が硬直する。男は盛りあがった筋肉ではち切れそうになった白いTシャツに、黒いボクサーブリーフしか身につけていなかった。栽培室で会った二人組の片割れでサジと呼ばれていた男だ。サジは薄ら笑いを浮かべながら、薬物中毒者特有のドロリとした視線を瀬奈に向けている。少し前に何かの薬物を摂取したのだろう。サジはまるで数年来の友人に会った時のように「よぉ」と瀬奈に言った。缶ビールの缶を片手に持ち、咥えていたタバコを絨毯の上に捨てて足で揉み消す。
「モニターでずっと見てたけどよ、来るの遅すぎだろお前? え? 下っ端のガキと呑気に話してる暇があるならコイツ助けに来てやれよ。おかげでアスカちゃんにだいぶ無理させちまったぜ」
 サジは缶ビールの中身をアスカの身体にかけながら続けた。「それにしてもコイツ、お人好しもいいとこだな。お前逃がすために格好つけたらしいが、足くじいててまともに戦える状態じゃなかったぜ。ぬるいパンチばかり出すからムカついて、腹パン一発で失神させてやった。暇だったから、縛りつけて腹殴りまくって胃の中身空にしてやった後、マンコ使い物にならなくなるまで犯しちまったぜ。しかも俺が初めてのお客さんだったらしくてな、ブチ込む前に俺の極太にビビりまくって、真っ青になった顔は傑作だったぜ。ま、ビビってたのは最初だけで、すぐにヒイヒイ喘がせてアヘ顔晒させてやったけどな。全部お前のせいだぞ?」
「ふ、ふざけないで! よくもこんな……!」
「テメェが尻尾巻いてコイツ放って逃げたからだろうが? え? 違うのかよ? あのままお前も一緒に残ればコイツも少しはマシに闘えたかもしれねぇだろ? まぁ安心しな、お前もすぐにアスカちゃんと横並べにして、仲良くお友達レイプしてやるよ」
 サジは缶ビールを口に含む。その隙に瀬奈は重心を低くしてサジに向かって走った。瀬奈はサジから視線を外さないまま、太もものポケットに忍ばせていた試験管の中身を一息に吸った。戦闘に備えて組織から支給されている、アドレナリンの分泌を促進する即効性のガスだ。出し惜しみすることなく、最初の戦闘でも使っておくべきだったのだ。サジの手の内は見えている。ショッキングな言葉と光景を並べて動揺を誘っているだけだ。一瞬流されそうになったが、冷静さを失ってはこちらの負けだ。
 サジは瀬奈のタックルを受けてよろけた。サジは「テメェ!」と叫び、体勢を崩したまま瀬奈に殴りかかる。瀬奈は体勢を低く保ったまま躱し、金属プレートの付いた手袋をはめた拳でサジの顎を薙ぐ。サジの体勢がさらに崩れ、缶ビールが床に落ちた。サジは倒れず、無理やりの体勢で瀬奈の肩に手刀を落とす。瀬奈は呻き、肩を押さえたまま一旦距離を取った。耐衝撃性のボディスーツの上からでもこの威力とは、まともに食らったら骨折は免れないだろう。
 サジの顔からは余裕そうな雰囲気は無くなっていた。憎々しげな表情で倒れているアスカを蹴って傍にどけると、足を前後に開き、拳を目の高さにして構えた。綺麗なボクシングのファイトスタンスだ。
「遊んでやるかと思えばいい気になりやがって……。俺はプロのリングに上がっていたんだぞ?」
「だから何なの? 落ちぶれてこんな所でチンピラやってるんだから、大した成績残せなかったんでしょ?」
「ああそうだな。だが弱かったわけじゃねぇぜ。これでもデビューしてから、格上相手に何回もKO勝ちして、結構期待されていたんだ。リング外で相手を病院送りにして追放されちまったがな。ナメやがって……ホンモノのパンチを喰らいやがれ!」
 サジは身体を左右に振りながら瀬名との距離を詰める。瀬奈が後ずさると、少し遅れて目に見えないようなジャブが飛んできた。当たりはしなかったが、凄まじい風圧が瀬奈の顔を通過する。廊下は狭い。瀬奈はバックステップで受付のあるロビーまで戻った。サジが追う。瀬奈は一定の距離を保ってチャンスを待ったが、サジのフットワークは大きな身体にわりに軽快で、一瞬の油断ですぐに距離を詰められそうだった。サジの高速ジャブが何回も放たれ、瀬奈の髪を揺らす。一発でも喰らったら昏倒して、たちまちサンドバッグにされてしまうだろう。しばらく付かず離れずの攻防が続いた後、瀬奈はサジの張り詰めた雰囲気が一瞬緩むのを感じた。その隙に瀬奈はサジの足元に飛び込んだ。サジは反応しきれず、瀬奈に両足を取られて床に背中を打った。サジが呻く。瀬奈はすぐさまサジに馬乗りになり、渾身の力でサジの顎を殴った。サジの顔が跳ね上がる。瀬奈は腕を交差させてサジの首からTシャツの奥襟を掴み、身体を密着させるように体重をかけて頚動脈を圧迫した。
「ボクシングには、タックルも絞め技も無いでしょ!」と瀬奈が叫んだ。
 瀬奈の顔の近くで、サジの顔が目を見開いたまま瞬く間に紅潮する。あと三十秒もすれば意識が飛ぶはずだ。サジは身を捩りながら密着した瀬奈の身体を引き剥がそうと、瀬奈の両肩を力づくで押す。瀬奈も必死にしがみ付こうと歯を食いしばって腕に力を込める。瀬奈の小さな頭がサジの眼下で震え、髪の毛からは甘い匂いが漂ってきた。サジは咄嗟に肩から手を離し、僅かにできた隙間に手を入れて、瀬奈の胸を鷲掴みにした。サジの指が柔肉に埋まり、そのままグニグニと指を動かす。瀬奈の身体は突然の刺激にビクッと跳ね、込めていた力が一瞬緩んだ。その隙にサジは瀬奈の身体を引き離し、なおかつ瀬奈が逃げないように両手首を掴んだ。
「クソが……もう少しでイっちまう所だったぜ」
 サジが激しく噎(む)せながら言った。瀬奈は暴れてサジの手を振りほどこうとするが、力では勝てるはずがない。サジは瀬奈の両手首を引っ張って自分に倒れこませると同時に、その土手っ腹に手加減の全く無い右ストレートをぶち込んだ。倒れこむ途中だった瀬奈の身体が、突っかい棒を打ち込まれたように急停止する。
「ひゅぐぅッ?! ぐ……ぇ……?」と、瀬奈は身体の中の空気を吐き出した。一瞬自分に何が起きたのかわからなかった。恐る恐る視線を下に移すと、サジの拳が耐衝撃性のスーツを巻き込んで、自分のヘソ周辺の肉を巻き込んだまま手首まで陥没していた。「あ……う……うッぶ?! ぶッぐあぁぁぁ!」
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 溜まったマグマが噴出するかの様に、この世のものとは思えない苦痛が瀬奈を襲った。サジに跨ったまま瀬奈の上体がくの字に折れる。
「オラオラ、次は俺がイかせてやるよ。良い声で喘げよクソアマ!」
 サジが連続で右の拳を瀬奈の腹に埋めた。ぼちゅん、ぼちゅん、ぼちゅんと水っぽい音を立てて拳が突き込まれるたびに、瀬奈の身体は電気ショックを受けたように跳ね、吐き出された唾液が仰向けに寝ているサジの身体に降り注ぐ。サジはガード出来ないように瀬奈の手首を押さえたまま、へそや下腹のあたりを執拗に殴り続け、最後に硬い音を立てて瀬奈の鳩尾を貫いた。「おごッ?!」と瀬奈が鋭い悲鳴を上げ、全身の力が抜けてたまらずにサジに倒れこむ。
「へへ……騎乗位でガン突きしてるみてぇだな」とサジは言いながら瀬奈の腰を掴み、布越しに勃起した男性器を瀬奈の股間に押し当てた。ゴリっとした硬いものを感じ、瀬奈の身体が強張る。「すぐにコイツをブチ込んでやるよ。アスカちゃんよりもエロい身体しやがって……俺の女になれば悪いようにはしねぇぜ? その代わり、毎日俺のチンポの相手をしてもらうけどな」
「げほッ……ほんと……? 許して……くれるの?」と、瀬奈が肩で息をしながら力の無い声で言った。重いダメージで涙を浮かべたまま、上目遣いでサジと視線を合わせる。「もう……殴らないでくれる……?」
「あぁ……俺は殴るよりも、普通のセックスの方が好きだからな。お前、可愛い顔も出来んじゃねぇか……名前はなんて言うんだよ?」
「瀬奈……あなたは……?」と言いながら瀬奈はゆっくりと上体を移動させて、仰向けになったサジの顔を真上から見下ろす。
「俺か? この後ベッドの中で教えてやるよ……」
「……いじわる」
 少しの沈黙の後、瀬奈がサジに顔を近づける。サジが僅かに唇を突き出した。
 ぐしゃりと音がして、瀬奈の頭がサジの顔に埋まった。瀬奈の額がサジの鼻を押し潰し、鮮血が散る。サジは悲鳴をあげて瀬奈の身体を突き飛ばす。その隙に瀬奈は後方に飛び退いた。
 瀬奈は腹をおさえ、肩で息をしながら言った。「耐衝撃スーツ着ていてもこの威力なんて……プロだったというのは本当みたいね。三分で集中力が切れることも含めてだけど……」
「テメェ……」と、サジが鼻を押さえながら言った。「ハニートラップなんか仕掛けやがって……優しくしてやろうと思ったが、もう容赦しねぇからな」
「口を開くたびに脅しと恫喝……そうやっていつも自分よりも弱い人間をねじ伏せてきたんでしょ?」
「だから何だ?」
「別に……哀れだと思っただけよ」
 瀬奈はサジの周囲を距離をとったままゆっくりと回りはじめた。サジもファイティングポーズをとったままステップを踏む。
 サジはゆらゆらと身体を揺すりながら瀬奈との距離を縮める。瀬奈は距離を取りながらタイミングを待っている。サジがイライラして、焦れば焦るほど良い。三分間という時間の区切りは、ボクサーにとっては本能のように身体に染み付く。サジのそれも、それほど真面目にボクシングの練習をしていた証拠だ。ルールの中で窮屈な思いをしながらも、目指すものがあったのだろう。こんな暗い地下の底で用心棒などしておらず、リングの上で喝采を浴びた未来もあったのかもしれない。
 ふっ、とサジの身体から緊張の糸が切れた。今だ。瀬奈は太ももの隠しポケットからウズラの卵のような形をした礫(つぶて)を取り出して、サジの足元に放った。それが足元で割れると、中から大量のワイヤーが飛び出してサジの足に絡みついた。
「うおッ?! 何だこりゃあ!」とサジが叫びながら倒れる。瀬奈はサジに向かって走った。サジは膝立ちのまま憎々しげに歯を食いしばり、ファイティングポーズを取る。一か八かの賭けだった。サジのカウンターが決まったら、瀬奈はひとたまりもない。
 サジの背後に動くものが見えた。
 瀬奈は走りながら目を凝らした。
 何かがサジの背後に近づき、そのまま抱きついた。
 サジが驚愕する。
 アスカだ。
 アスカが背後から羽交い締めにしている。
 てめぇ! とサジが叫んだ。
 サジの腕が開き、ガードが解かれる。
 瀬奈はさらに加速して、ベストなタイミングで地面を蹴った。
「あああああああああッ!!」
 瀬奈は気合いとともにサジの髪の毛を掴むと、サジの顔面に渾身の力で膝をぶつけた。
 鈍い音と共にサジの顔が後方に折れる。瀬奈は勢い余って、受け身も取れずに前方に転がった。
 振り向くと、サジは大の字に倒れたまま失神していた。傍らには怯えた様子のアスカが座り込んでいる。瀬奈は反射的に立ち上がってアスカに駆け寄った。
「だ……大丈夫……」と、アスカは虚ろな視線を床に向けながら、震える声で言った。「大丈夫よ……私は大丈夫。これくらい……想定内だから……」
「なに言ってるんですか……。ごめんなさい……私が……私が弱いばっかりに……」と、言いながら瀬奈はアスカを抱きしめた。アスカの身体がビクリと跳ねる。想像を絶するほど酷い目にあったはずなのに、逃げずに瀬奈を助けるために加勢するなんて、どれほど怖かったのだろう。胸が締め付けられ、ただ抱きしめることしかできない自分が歯がゆかった。
「あの扉の先……」と、アスカが廊下の奥を震える指で差しながら言った。「あの先で……ここのリーダーらしき人を見たの。突入した時に少しだけ中を見たんだけど、中はまるで教会の様になっていて……」
「……教会?」と瀬奈は眉をひそめながら言った。
「そう。よくわからないけれど……私達が突入した時に、複数の幹部たちが礼拝みたいなことをやっていたの。祭壇の上で、白いローブを着た男が幹部達に話をしていて、突入した私達と大混戦になって。その時隊員の一人が、白いローブの男が祭壇の奥に逃げていくのを見たって……」
「グールーかも……」
「グールー? 瀬奈、何か知っているの?」
 瀬奈はアスカに少年から聞いた話を伝えた。
「WISHと共に降臨した神様……?」と、アスカは神妙な顔で言った。「二人で協力すれば、なんとか捕えられるかもしれない……」
「いえ……アスカ先輩はこのまま撤退してください。あとは私が行きます」と、瀬奈が通路の奥を見ながら言った。
「なに言ってるの……? この状況で一人で何が出来るって言うの。私も行く」
「ダメです……考えがあります。アスカ先輩はあのエレベーターで地上に向かってください」と、言いながら瀬奈はロビーの奥を指差した。「ここはおそらく重要な顧客を迎えるために作られた、VIP専用のロビーです。そのような顧客を、工場内の通路を歩かせることはありません。おそらくあのエレベーターが、地上と直通になっているはずです」
「でも……瀬奈はどうするの……?」
「グールーを人質に取ります。無理な場合でも、なるべく時間を稼ぎます。アスカ先輩は地上に出たら、警察に応援と救助を要請してください。内部構造や状況がわかれば警察も早く動くはずです」