ご依頼ありがとうございました。
シオンさん腹責め&足フェチ要素多めに、という内容で制作させていただきました。
冒頭部分の公開許可をいただきましたので、こちらに掲載させていただきます。

ご相談等ありましたらメールにてお願いいたします。
→roomnumber55.japan@gmail.com


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1
「大久保さん、お待たせです」と言いながら部下の下田は港湾倉庫の一角で車を停めると、運転席に座ったまま断りもなしにタバコに火をつけた。
 下田は三十歳を過ぎても敬語もろくに使えないうえに、運転席から降りてドアも開けに来ない。だが、与えられた仕事はきっちりする男だ。
 個人的に付き合いたい人間と、一緒に仕事をしたい人間は分けて考えるべきだと大久保は考えているので、大久保は下田の態度に対しても取り立てて腹を立てたりはしなかった。
 大久保が自らドアを開けて降り立つと、海風が吹いて倉庫の錆び付いたトタンの壁と屋根を震わせた。ようやく下田も降りてきて、咥えタバコのまま大久保の横に並んで倉庫を見上げた。タバコに混じって香水の匂いも漂ってくる。
「タレコミはホンマでしたわ。ワシらのシマ荒らしてた奴らで間違いなかったんで、とりあえずワシと井上でボコしてパイプ椅子に縛り付けてます。例のNPO法人に偽装して、家出少女に売春斡旋しよった三人ですよ。男が二人と女が一人。売れそうなら船の手配しますけど、歳取りすぎてるから良い値は付かんと思いますわ。クスリで内臓ボロボロの可能性もあるんで、まぁ使い道は無いと思います。殺すなら馴染みの漁師に頼んで沖に捨てさせますんで。ジジイの一人漁師なんで足は付かんですよ」
「お前そんな人脈までいるのか?」
「今は漁もハイテク化ってやつでね、ボロ船と古い頭しか持っていない漁師はみんな青色吐息なんですわ。ソナーやエンジンですら着いていけんかったのに、今やAIと人工衛星でしょ。実入は減る一方だから、『副業』でもして金蓄えとかんと不安でたまらん……と考える老人は多いんですよ。まぁ漁師に限らんですけどね。そういう奴らに声を掛けて、上手いこと使うことが自分の手を汚さないコツなんですわ」
 下田は一気に捲し立てると、タバコを足元に落としてギラギラと光る革靴で踏んだ。
 あらためて見ると、なるほど自分とは違って確かに女にモテそうだと大久保は思う。大久保はスキンヘッドに髭を蓄え、筋肉も脂肪も分厚いプロレスラーのような体型のため下田や井上からはマフィアのようだと揶揄(からか)われる。対して下田は複数の女に貢がせている、いわゆる「ヒモ」が本業だ。野生味と危なっかしさがない混ぜになった雰囲気。サイドを刈り上げ、ジェルで固めた剣山のような髪。日焼けサロンで真っ黒に焼いた肌に異様に白い歯。本気でプロのキックボクサーを目指していた名残の盛り上がった筋肉。
「わかった、その時は連絡する。捕まえるのには苦労したのか?」と、大久保が言った。
「いやいや、所詮素人の火遊びですわ。大人しく詫び入れて消えりゃあ金だけで見逃してもよかったんやけど、威勢だけは良くてナメた態度とってきやがったんでね。ほんま手間ばかり掛かって金にならん仕事ですわ。せめて大久保さんが『能力』使って遊んでやってくださいよ」
「そうか……。ご苦労だったな、今日はもう上がってくれ。女が待っているんだろ?」
「助かりますわ。あいつら均等に相手しないと拗ねるんでね。ワシの身体はひとつしかないのに困ったもんですわ。んじゃ、お先っす」

 下田を帰すと、大久保は一人で倉庫に入った。がらんとした空間にパイプ椅子だけが並べられ、それに縛り付けられている三人の視線が一斉に大久保を捉える。全員サラリーマン風のスーツ姿だ。男は三十代半ば、女は二十代後半あたりか。男二人は下田と井上に殴られたらしく、唇が切れて目にも青アザができている。女は売る時のことを考えて殴らなかったのだろうが、顔や身体は悪くはないが大久保の顧客にとっては歳をとりすぎている。確かに三人とも下田の言う通り売り物にはなりそうもない。
「おいてめぇ!」と、小柄な男が巻き舌で吠えた。とても未成年保護をしているNPOの職員には見えない相貌だ。「とっとと縄をほどきやがれクソハゲ! 俺たちのバックに誰がついてるのか知ってんのかよ?!」
 この後に及んでまだ虚勢を張れるのかと感心したが、サイズの合っていない安物のスーツが迫力を削いでいる。
 大久保は男を無視して女の足を凝視した。
 ジャケットに合わせたグレーのタイトスカートから、透け感の無い黒タイツに包まれた足が伸びている。肉付きは大久保好みの足だが、タイツの色が気に入らない。
 大久保はため息を吐くとジャケットとシャツを脱ぎ、上半身裸になった。
 分厚い筋肉の上に分厚い脂肪が乗った身体はウェイトリフティングの選手を思わせる。明らかに常人とは違う体型に三人の顔に緊張が走ったが、先ほどの男がまた吠えた。
「おい何ストリップしてんだよ! 汚ねぇ身体晒してんじゃねぇぞデブ!」
 大久保はゆっくりと吠えている男に近づき、その頭をポンポンと叩いた。
「……大したもんだ。君がもう少し頭が良ければ、私の部下にしてもよかったんだがな」
 赤ん坊をあやしているようなしぐさに、男の顔が真っ赤になった。
「おいナメてんのかよハゲ! ふざけてると──」
 ズブリ。
 次の瞬間、まるで泥水に手を突っ込んだように、大久保の手が男の頭に「沈んだ」。
 それを見た隣の女が限界まで目を見開いた。頭の内部に手を突っ込まれた小柄な男はビデオの一時停止のように硬直し、無言でただ一点を無表情で見つめている。
 大久保は難手術を行う外科医のような顔でしばらく男の頭の中をまさぐると、男の頭蓋骨の中で手のひらを思いきり握った。
「ブッ!」
 内部で空気が破裂したような音が男から発せられると、鼻と耳から大量の血を噴き出して白目をむいた。直後に身体が海から打ち上げられた魚のように激しく跳ね始める。女が大きな悲鳴を上げた。男の激しい痙攣は止まらず、椅子ごと背後にひっくり返ったまましばらくバタバタと暴れた。
「……脳味噌の硬さは豆腐に近いなどと創作には書いてあるが、あれは実際に潰したことのない奴の妄想だ。実際はもう少し硬い。そうだな……生焼けのハンバーグに近いかな。外側が少し硬くて、中はボロボロの筋張ったミンチが詰まっているような……」
 その言葉を聞いた別の男が嘔吐した。大久保はその男の背後に近づき、男のシャツを捲り上げて左右の脇腹から両手を突っ込んだ。先ほどと同様に泥の中に突っ込むように大久保の手が埋まる。
「ぐぎゃあああああああ!!」
 大久保が手を動かすと、凄まじい悲鳴と共に男が血泡を吹き始めた。瞬く間に顔面が蒼白になり、肺が血で満たされたのかゴボゴボという音が喉から鳴ると、大量に吐血して椅子ごと倒れ込んだ。
 女は歯をガチガチと鳴らしながら涙を流している。大久保が何をしたのかよくわからないが、一瞬で仲間の男二人がおぞましい方法で殺された。次は明らかに自分の番だ。
 大久保が女の正面に回り込んで、スラックスのジッパーを下ろして太い男性器を露出させた。男性器にはグロテスクな突起がいくつも埋め込まれている。
「あ……あの……」と、女が無理やり笑顔を作りながら震える声で言った。
「わ……私……なんでもします……。風俗店のナンバーツーをやっていたこともあって、技術には自信があるんです。それに、あ、あなたみたいな逞しい人、好みなんです……。好きなだけ使ってください……だ、だから──」
「靴を脱げ」
 有無を言わさぬ大久保の言葉に、女は弾かれるように靴を脱いだ。
「そのまま足でしごけ。わかるだろ?」
 女は激しく何回も頷くと、足の裏で大久保の男性器をしごいた。緊張のため汗で蒸れた足裏と、シャリシャリとした化学繊維の感触が悪くない。しごき方も手慣れていて、的確にポイントを攻めてくる。だが、如何せんタイツのチョイスが悪すぎる。化学繊維の肌触りはシルクに劣るし、色も白ではない。大久保は歯痒さに徐々に腹が立ってきた。
「ど、どうですか? 足でするのを頼まれるお客さんも多かったので、結構練習したんです。こんな風に先っぽを親指で擦られると気持ちいいんですよね?」
 女は恐る恐ると言う感じで足の親指と人差し指で大久保のカリ首を挟みながら、もう片方の足の親指の腹で鈴口を擦った。強い刺激に大久保の背中に電気が走る。
 実に惜しい。
 肉付きや技は悪くはないが、なぜこの女は化学繊維の黒いタイツを履いているのか。自分で履き替えさせてもいいが、やはり天然物の興奮には敵わない。
 大久保が発射すると、女は大袈裟に喘いだ。白い粘液が女の黒いタイツとスカートにシミを作る。大久保が粘液に濡れた男性器をぐいと女の顔の前に突き出すと、女は自ら前屈みになって咥え込み、頬を凹ませて尿道に残ったものを啜った。
「悪くなかったぞ。いや、かなり良かった」と言いながら、大久保は女の頭を撫でた。女は頭に触れられた途端ビクッと震えたが、安堵の表情を浮かべる。「君が最初からガーターベルトの付いた白いシルクのタイツを履いていれば、飼ってやってもよかったんだがな。あいにく私は本物にしか興味がなくてね」
 大久保が女の頭を引きつけると、何の抵抗も無く男性器が女の口蓋を貫き、脳に達した。

 大久保が下田との電話を切った直後、もう一人の部下の井上から電話がかかってきた。
「どうした?」
「遅くにすみません。ちょっと困ったことになりまして」と、井上が言った。感情の起伏に乏しい井上にしては、珍しく焦ったような声色だった。「氷川さんが、アンチレジストにやられました」
「……なに?」
 やはり只事ではなかった。
 氷川は大久保の太客だ。人妖だが表向きは社会的成功をおさめており、表立って動きにくくなったため大久保から十代の少女を月に数人買っている。
「間違いないのか? 氷川さんは今まで何人も戦闘員を返り討ちにしてきただろ?」
「現場にいた氷川さんの部下から聞いたので、確かです。それも一人で乗り込んできた女一人に……」
「女?」
「白人の女だったそうです。金髪に緑眼。そして、とんでもなくエロい格好をしていたとか」
「待て待て待て、情報が渋滞しているぞ」と言いながら大久保は目頭を押さえた。「あの氷川さんが色仕掛けに負けたとでも言うのか? そんな人じゃないだろう」
「わかってますよ。ただその女、格好はともかく、めちゃくちゃに強かったらしいです。逃げ切れたボディーガードはそいつ一人。肝心の氷川さんは他の部下と一緒に、あっという間にやられたらしいです」と言いながら、井上は一息つくために水を飲んだ。「その白人女、モデルみたいなスタイルに爆乳な上、露出度がえらい高いメイド服みたいなのを着てたらしいです。アホみたいに短いミニスカートにちっこいエプロン付けて、上は水着のビキニみたいな格好で腹や谷間も丸見え。しかもガーターベルトが付いた白いタイツまで履いていたらしいです。今時AVの撮影でもそんな際どい格好してる女なんていないですよ」
「……その情報、間違い無いんだな?」
「ええ。氷川さんは間違いなくその女に──」
「違う。女の格好のことだ。ガーターベルトが付いた白いタイツを履いていたのか?」
「ボディーガードは一度見たら忘れないって言ってたんで、間違いないでしょう」
「……その女なら高く売れそうだな」と言うと、大久保は床に転がっている三人を一瞥した。「下田に漁船をキャンセルするように連絡してくれ」


2
 鷺沢は関係者用の地下駐車場に車を停めると、運転手を待たせたまま警視庁に入った。
 カツカツと軽快な靴音を響かせて歩く姿はキャリアウーマンを思わせるが、実はアンチレジストの上級戦闘員から叩き上げて副司令官にまで昇り詰めた人物だ。鷺沢が警視庁に呼び出されるということは、また普通ではない事件が起こったことを意味している。そして、決まって指定される場所は遺体安置所だ。慣れたとはいえ、やはり気が重い。
 遺体安置所の扉を開けると、アンチレジストとのパイプ役を務める顔見知りの老刑事が出迎えた。
 背後には布をかけられたステンレス製の解剖台が見える。布の膨らみから察するに、遺体は三人分ありそうだ。
「すみませんね、お忙しいところ」と、老刑事は眉をハの字にしながら頭を下げた。こう見えても現役の頃は大規模な反社会的勢力と渡り合ってきたというのだから、人は見かけによらないものだ。
「とんでもありません。これも仕事ですから」と言いながら、鷺沢は口角だけを上げて笑顔を見せた。思えば自分も戦闘員の頃は笑顔を見せたことなどなかった。
 老刑事が遺体に被せられたシートを取ると、三十代と思しき男女の遺体が現れた。男性が二人と女性が一人。外傷は見当たらない。凄惨な遺体を覚悟していた鷺沢にとって、拍子抜けするほど綺麗な遺体だった。しかしよく見ると、その表情はいずれも地獄を見たような苦悶に満ちている。
「見ての通り綺麗なものです。ただ中身は本当に酷い」と、老刑事が言った。「男性の一人と女性は脳を激しく損傷しています。もう一人はほとんど全ての内臓がズタズタです。しかも、どうやら被害者達は生きたまま中身だけを損傷させたれたらしい……。私はこの歳まで刑事一筋ですがね、こんな凄惨な遺体は初めてですよ」
「……生きたまま中身だけを?」
「ええ。私も解剖に立ち会いましたし、レントゲンやMRLも見ましたがね、中身はほとんど原型を留めていません。それなのに外傷は死亡推定時刻の数時間前についたであろう擦り傷や殴られたような跡がある程度。超音波や衝撃波を使った形跡も無い。一体どのようにやったのか……。あと、これは大変言いにくいんですが……」
 老刑事は申し訳なさそうに鷺沢から目を逸らした。
「女性の被害者はどうも、勃起した男性器のようなもので脳を掻き回された形跡があるんですよ……。もちろんそんなはずがないことは理解しているんですが、特徴的な形状がどうもそうらしいと……。また、引きちぎられた内臓の一部には指の跡のようなものも見つかりました。もしこれらのことが事実だとしたら人間では不可能です。鷺沢さんをお呼びしたのも、これらのことを相談したかったからなんですよ」
 鷺沢はハンカチで口元を押さえた。
「すみませんね。これも仕事なもので……」
「大丈夫です」と言いながら、鷺沢は気分を落ち着かせるようにハンカチを丁寧に畳んだ。「被害者が特殊な能力で殺害されたことについては理解しました。ですが人妖にこのような能力はありません。賎妖という、特殊能力を持った人妖の亜種によるものだと思います。もっとも、外傷を負わせずに内部を破壊するなどという能力は聞いたことがありませんが……」
「では、申し訳ありませんがこの件は……」
「ええ、我々アンチレジストが預かります」
「どうかお気をつけて……。それと、被害女性の口の中にこんなものが押し込められていました……」

「私が倒した人妖の写真が、被害女性の口の中に?」と、如月シオンは眉根を寄せながら言った。
 呼び出しを受けて学院から制服姿でアンチレジスト本部に直行したシオンは、到着すると真っ直ぐに鷺沢の待つ会議室に向かった。完璧な東欧系外国人の容姿の割に、シオンの日本語の発音は極めて滑らかだった。
「そうです。しかも裏に日時と場所が書かれた状態で」
 鷺沢の説明を聞き終えると、シオンはふむ、と言いながら顎に指を当てて天井を見上げた。
「随分と大胆なものですね。警視庁の中で宣戦布告するなんて」と、シオンが言った。
「事前に包囲されるリスクを全く考慮していません。対策があるのか秘密の抜け道でもあるのか、それとも賎妖としての能力によほど自信があるのか」
「おそらく後者でしょう。その……聞いた話では、被害者は恐ろしい亡くなり方をしていたとか……」
 鷺沢がチラリとシオンの顔を見た。作り物のように均整の取れた顔がわずかに引き攣っている。鷺沢はシオンが人の死にトラウマのようなものを抱えていることを知っているので、あえて遺体の詳細を伏せて話していたのだが、おそらく本部に向かっている途中になんらかの情報網を使って調べたのだろう。それもかなり正確に。
 鷺沢は隠しても無駄だと理解し、ありのままをシオンに伝えた。説明の途中、何回かシオンの喉が小さくキュッと鳴った。
「……二次被害を防ぐために単独で行かせてください。警察の介入も断った方がいいでしょう」と、ハンカチで口元を押さえながらシオンが言った。
「申し訳ありません。本来、賎妖討伐の任務は上級戦闘員の役割ではないのですが……」
「目的は明らかに私です。倒された人妖の復讐なのか、それとも別の目的があるのか……ともかく、私が行かないと見せしめとして更に被害が広がる可能性があります。現場に私を降ろした後は、輸送班もすぐに現場から離れてください」
 鷺沢は青い顔をしているシオンに礼を言うと、オペレーターを呼んで作戦立案に入った。


3
 波の音が静かに響く港湾倉庫に、アンチレジストの輸送車が音もなく停車した。
 電動式のスライドドアが開き、中から黒いロングコートを羽織ったシオンが姿を現した。長い金髪をツインテールにまとめ、エメラルドのような瞳で倉庫を見上げる。写真の裏に記載されていた番号の倉庫は、シオンを招き入れるように扉が開いていた。
「如月上級戦闘員、降車確認しました。ではシオンさん、どうかお気をつけて……。皆あなたの帰りを待っています」
 同乗していた女性のオペレーターがスマートフォンに向かって報告すると、シオンに心配そうな視線を向ける。
「ええ、皆さんもお気をつけて。なるべく早くここから離れてください」
 シオンは笑顔で返すと、一人で倉庫に向かって歩き始めた。背後で輸送車が来た時と同じように無音で走り去り、周囲は再び波の音に包まれる。
 倉庫に入ると、見計らったかのように明かりが点いた。同時に入口の扉が自動で閉まる。予想していた展開のため、シオンは落ち着いていた。倉庫はパレットが雑多に積まれている以外は荷物らしいものは無く、奥のパレットに三人の男が座っている。柄の悪いチンピラ風の男と、筋肉質で巨体な坊主頭。それに上半身裸で帽子を目深に被った相撲取りのような巨体の男もいる。
「おーおー、ホンマに一人で来たんか?」と、チンピラ風の男が立ち上がって言った。片眉を上げて挑発するような表情をしている。「ホンマにガイジンさんやな。日本語わかる? キャンユースピークジャパニーズ?」
「……ええ、問題ありません」と、シオンが滑らかな発音で返すと、チンピラ風の男はヒュウと口笛を吹いた。坊主頭の男も立ち上がる。
「俺は下田。こっちの坊主頭は井上や。あっちのデカいのは大久保さん。で、あんたが氷川さんブチのめしてくれたってのはホンマかい?」
 シオンは黙って頷いた。下田はまた口笛を吹いた。
「めっちゃ可愛い女の子なのにやるのぉ。こっちが名乗ったんやから、名前くらいは聞かしてくれんか?」
 シオンは表情を変えずに、黒いロングコートを脱ぎ始めた。ゆっくりとボタンを外すシオンの動作に三人の男の視線が釘付けになる。ぱさりとコートが床に落ちると、下田は額に手を当てながら「おいおいおい」とわざとらしい声を上げた。
 コートの中はビキニのようなメイド服姿だった。小さなエプロンの付いたミニスカートからガーターベルトのついた白いロングタイツが伸び、上半身は大胆に腹部が露出して胸だけをメイド服の意匠を取り入れたトップスが隠している。豊満な胸や太腿を舐めるように凝視する三人の視線を気にすることなく、シオンは落ち着いた動作でフリルのあしらわれたヘッドドレスをツインテールの根元に結んだ。
「アンチレジスト上級戦闘員、如月シオンと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
 片足を引き、両手でスカートの裾を軽くつまみながらお辞儀をするシオンに下田は手を叩いた。
「こりゃ丁寧にどうも。しかしネェちゃん、話には聞いていたけれどすごい格好やなぁ。そのまま洋物のエロビデオに出られるんちゃう? よかったら知り合いに監督おるから紹介しよか?」
「遠慮させていただきます……。それよりも、ご用件をうかがってもよろしいですか?」
 シオンは軽口をいなすと、お辞儀をした姿勢のまま視線だけを三人に向けた。
「損害賠償請求ってやつだ」と、帽子を目深に被った大久保がようやく立ち上がった。「氷川さんは我々の太客でね。君が余計なことをしてくれたおかげで、このままでは今年の売り上げと利益は大幅な下方修正が必要なんだ。穴埋めをしてもらわないと困るんだよ」
「人身売買は反社会的行為です。こちらに補償の義務はありません。あなた方も拘束させていただきます」
「この状況でずいぶんと自信があるじゃないか。その服は組織の支給かね? そんな下品な格好で色仕掛けのつもりだろうが、下田や井上にはともかく私には効かんぞ?」
「この服は私の趣味です。誰に強制されたものでもありません」
「ならばただの痴女か。ちょうど良い。日本語がペラペラで露出が趣味の金髪巨乳の若い白人女なんて、人妖以外にも高く売れる。損害は君の身体で補填してもらうことにしよう」
 大久保が顎をしゃくると、下田と井上がシオンに飛びかかった。
 二人は予想以上に俊敏な動きをしていたが、シオンはお辞儀の姿勢のまま上体を沈めると、床を蹴ってそれ以上のスピードで二人に向かって距離を詰めた。まさか向かってくるとは思わず虚を突かれた二人の間をすり抜けると、シオンは激しい摩擦音を立てながら急停止し、フィギュアスケートのスピンのように回転しながら、振り返った下田の顔面に回し蹴りを放った。
「がッ?!」
 下田が顎を押さえて後ずさると、前に出てきた井上が拳をシオンに向かって振り下ろした。
 しっかりとした型ができているボクサーのパンチだったが、シオンはパンチを躱すと井上の腕を掴み、その腕に身体を巻きつけるように跳躍してこめかみに踵を当てた。井上の意識が半分飛ぶ。シオンはハンドスプリングの要領で回転し、グラついた井上の脳天にとどめの踵落としを浴びせた。井上の巨体が倒れると同時に、後退りしていた下田に距離を詰める。
「ま、待て待て待て! 待たんかい!」
 下田が両手を前に出して静止を試みるが、シオンは地を滑るように距離を詰めて下田の腹に膝を突き込んだ。
 水を打ったような沈黙が倉庫内に染み渡る。
 シオンは顔から地面に崩れ落ちた下田から、ゆっくりと視線を大久保に移す。大久保は「ひぃ」と喉を鳴らすと床に両手を着けた。
「ま、待ってくれ! 私の負けだ!」
 大久保は額を床に擦り付けた。
「そ、そんなに強いとは思わなかった! 大人しく捕まる! 手荒な真似はしないでくれ!」
「……そのまま両手を背中で組み、床に伏せてください」
 大久保はシオンに言われるがまま、うつ伏せの状態で床に身体を投げ出した。シオンが警戒しながら近づき、折りたたみ式の手錠を取り出す。だが次の瞬間、大久保は弾かれたように起き上がるとシオンの太ももにタックルを仕掛けた。掴んだ部分のタイツが破れ、肉付きの良い太ももが覗く。
 シオンは歯を食いしばってバランスをとるが、大久保はなかなか太ももを離さない。それどころかシオンの太ももに頬擦りまでしてくる。シオンは背中に寒気を感じ、大久保の帽子を叩いて落とすと髪の毛を掴んだ。なおも太ももに頬擦りをしてくる大久保の顔を無理やり剥がし、顎を膝で蹴り上げる。常人であれば脳が揺さぶられて失神しているはずだが、大久保はなおもシオンの太ももに縋りついた。
 シオンは体勢を変え、正面から大久保の髪の毛を両手で掴んだ。そのまま鼻に膝を突き込めば戦意喪失させられるが、相手へのダメージも大きい。迷いの後、シオンは大久保の髪の毛を掴んだまま身体を引き起こすと、鳩尾に膝を突き込んだ。大久保の身体から力が抜け落ちる気配を感じる。
「ゔッ!?」
 倉庫に響いたのは、シオンの悲鳴だった。
 シオンが恐る恐る視線を落とすと、大久保の胸のあたりから別の男が「生える」ように飛び出しており、シオンの鳩尾に丸太のような拳を突き込んでいた。
「な……え……? んぶぅッ?!」
 心臓を直接殴られたような猛烈な苦痛を感じ、シオンが大久保の髪の毛から手を離して、口と腹を抱えたまま後ずさる。何が起こったのかわからない。シオンが視線を向けると、筋肉も脂肪も多そうながっしりとした体型の全裸の男が、まるで大久保の身体から脱皮するかのように中から這い出てきた。
「いやぁ焦ったよ。氷川さんを倒したというからどれほど強いのかと思ったが、まさかこれほどとはな。高額ではあったが、ある人妖から筋弛緩効果のある薬剤を買っておいてよかった。香水のように身体に振っておいたんだよ。薬が効くまでの時間稼ぎと不意打ちが上手くいったから良かったようなものの、紙一重というところだな」と言いながら、大久保は今まで”着ていた”男を蹴った。「こいつは適当に買ってきただけの、ただの死体だ。名前も知らん」
 目の前の現象に驚愕しているシオンの背後で音もなく井上が立ち上がり、シオンの脇の下から手を入れて羽交締めにした。
 すぐさま大久保が近づき、シオンの剥き出しの腹に鈍器のような拳を突き入れる。
 倉庫全体が震えるような重い音が響き、大久保の拳が手首までシオンの腹に埋まった。
「ゔぐぇぁッ?!」
 大久保の攻撃の威力は凄まじく、まるでプレス機に押しつぶされたようにシオンの腹が陥没した。背後からシオンの身体に密着している井上にも衝撃が伝わっているのか、くぐもった声を漏らしながら顔を顰める。
「さて、しばらく眠ってもらおうか。君にいくらくらいの値が付くのか楽しみだよ」
 ずぎゅる、という嫌な音が倉庫内に木霊した。
 大久保は指を伸ばし、ナイフのようにシオンの鳩尾に突き入れた。貫手を突き込まれた瞬間、シオンの身体が電気に撃たれたように跳ねる。
「あがあああッ!」
 急所をピンポイントで突かれ、シオンは大口を開けて唾液と共に悲鳴を吐き出した。やがて緑色の瞳が瞼の裏に隠れ、がっくりと全身の力が抜けた。