※過去作を読んでいなくても楽しめます。
※ラフの状態ですので、製本時には内容が変わっている可能性があります。
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壁際に設置された大型のマルチトレーニングマシンや懸垂台が無ければ、そこはジムというよりは高級ホテルのラウンジのように見えた。
ダウンライトが埋め込まれた天井と床はマットな黒。四方の壁はダークブラウンの木目調で、一面のみ全面が鏡になっている。
室内には二人の男がいた。
一人は凍矢。黒い無地のハーフパンツとノースリーブのシャツを着て、まさにトレーナーという出立ちだ。もう一人はスーツを着込んだ中年男性。生地は高級そうだが、異様に突き出た腹の肉がシルエットを台無しにしている。
「たまには中野さんもいかがですか? ほとんど俺しか使っていないんで、マシンが泣いてるんですよ」
凍矢が親指でマシンを指しながら冗談っぽく言うと、中野は苦笑しながら顔の前で手を振った。
「冗談言わないでくれよ凍矢くん。君に言うのもなんだが、私は運動する人間の心理が全く理解できないんだ。筋トレだったりマラソンだったり、自分から進んで辛い思いをする人間は全員マゾだと思っている。人生は短い。探究すべきは苦痛ではなく快楽だ。そうだろう? そのために高い金を払ってここの会員になっているんだからね。それにしても、この前の子は最高だったよ……。やはり十代の子は肌のハリが違うし、あらゆる部分がフレッシュだ。いくらプロにコスプレをさせたところで、こればかりは再現できんからな」
凍矢は右手の人差し指と中指にはめているゴツいデザインの指輪をいじりながら頷いた。
「おっしゃる通りですよ。本物を知らなければ比較すら不可能だというのに、最初から類似品や紛い物で満足する人間は所詮その程度だと言うことです。もちろん中野さんをはじめ、ここの会員様にはそのような方は一人もおりませんがね。多少法に触れるリスクを取ってでも、本物を知ろうとする方ばかりです」
「ははは、当然だよ。我々のようないわゆる高額所得者は、共通言語として本物を知っておく必要があるからね。食事に酒、車にアート、もちろん女もな。それに、これは社会貢献も兼ねているんだろう? 家出した未成年たちの支援になっているのなら私も嬉しいよ。で、そろそろ今日支援させてもらえる子を紹介してもらいたいのだが──」
その時、蹴破るような音を立ててジムのドアが開いた。
凍矢と中野が同時に入口を見る。
「お取り込み中どうもー」と言って、白いバトルスーツを着た瑠奈がヘッドパーツを角のように立てて入ってきた。
「おお! こりゃまた今回はとびきり上玉だな。しかも白人にバニーガールの衣装とは、さすがは凍矢くんのチョイスだ」
「……なんだお前?」と、凍矢が低い声で言った。
剣呑な雰囲気に中野の顔から笑みが消え、瑠奈と凍矢を交互に見る。
「お、おい……凍矢くんどういうことだ? この子が今日の相手じゃないのか? ちょっと待て、この子を見せられた後に他の子なんてあり得ないぞ。なぁ君、手違いだったら個人的に契約しよう。いくら欲しいんだ?」
興奮した様子で近づいてきた中野の顎先を、瑠奈のつま先が弾いた。中野は屠殺された豚のようにその場に崩れ落ちた。
「……おい、いきなり出てきて人の客を蹴飛ばすなよ。まずは自己紹介くらいしたらどうだ?」
「アンチレジスト、真白瑠奈。沙織の友達って言った方がわかる?」
「……面倒くせぇな」と言って、凍矢は舌打ちをしながらため息をついた。
「は? なにそれ? 私さ、友達を傷つける奴がマジで許せないから手加減できないかもよ?」
「それはこっちのセリフだよ。大切な取引を潰されたんだからな。俺をそこら辺の人妖と同じだと思わない方がいいぞ。使役系って知ってるだろ? 今までアンチレジストの戦闘員は何人も返り討ちにして、廃人になるまで犯してきた。まぁこのバカの言う通り、お前はなかなか楽しめそうな身体してるけどな」
凍矢は失神している中野を壁際に蹴り飛ばすと、拳を鳴らしながら瑠奈に向き合った。
瑠奈の渾身の膝蹴りが凍矢の腹部にめり込むと、ようやく凍矢は亀のようにうずくまった。
「はっ……はぁ……はぁ……! なによこいつ……めちゃくちゃ強いじゃない……」
瑠奈は失神した凍矢を見下ろしながら、顎を伝う汗を拭った。呼吸を整えながらしばらく観察していたが、起きる気配がないことを確認すると、背を向けてマルチトレーニングマシンに寄りかかった。体力が回復次第、早急に凛に連絡しなければならない。そもそも凛は自分がここにいることすら知らないのだ。
突然、ヘッドパーツからビリッとした信号が脳に流れた。
緊急警告だ。
風を切る音。
瑠奈は咄嗟に身を屈めた。
今まで頭があった場所を、何かが高速で横切った。
パキン……という乾いた音が頭上から響き、つま先から徐々に泥の中に埋まっていくような感覚があった。
瑠奈の背中を冷たい汗が流れた。
この感覚はよく知っている。
任務を終えてヘッドパーツを外した時にいつも感じる感覚。
身体強化機能が解除された反動で、自分の身体が泥のように重く感じるのだ。まるで地球に帰還したばかりの宇宙飛行士が、重力に耐えられず歩けなくなるように。
「……よく避けられたな。完全に不意打ちを狙ったのによ」
必死の形相の凍矢がバーベルを握りしめながら、折れたヘッドパーツの破片を踏み潰した。瑠奈はなんとか平静を装うように努めるが、凍矢の優れた嗅覚は瑠奈の動揺を機敏に察した。
「ん? どうした? 耳が折れただけなのに随分と動揺してるな」
図星を突かれ、瑠奈は反射的に凍矢の顎を狙って蹴りを放った。凍矢は難なく躱す。その後も何発か蹴りを放つが、結果は同じだった。
「へぇ……」と言って、凍矢は嗜虐的な笑みを浮かべながらバーベルを捨てた。「よくわからんが、マジでそのウサギ耳が強さの秘密だったんだな」
拳を鳴らしながら瑠奈と距離を詰める。
瑠奈は後退りするものの、やがて背中が冷たいものに触れた。
鏡張りの壁だった。
ズブンッ……! という重い音が部屋に響いた。
凍矢の鉄塊のような拳が、瑠奈の腹に手首まで埋まっていた。
「んぶぅッ?!」
瑠奈はすぼめた唇から勢いよく唾液を吐き出すと、腹を抱えるようにして両膝を床に着いた。
「あ゙っ……?! おぇッ……! ゔぁッ……!」
「おいおい、まだ腹パン一発しか食らわせてねぇぞ。マジでただの女の子に戻っちまったのか?」
凍矢が瑠奈の付け襟を掴んで強引に立たせると、すぐさま拳で腹を突き上げた。一般男性とは比べ物にならない威力の攻撃に瑠奈の内臓は掻き分けられ、床から両足が浮く。
「ゔぐぇッ?!」
「さっきまでの威勢はどうした? え? 手加減できないんだろ?」
ゴリュッ……という嫌な音が響き、凍矢の拳が瑠奈の鳩尾を突き上げた。
「ひゅッ……!」
一瞬、瑠奈は何をされたのか理解ができず真顔になった。
恐る恐る自分の胴体に視線を落とすと、人体急所の鳩尾に、ありえない深さで拳がめり込んでいた。そして脳がその事実を認識すると、猛烈な苦痛が脳内で爆発する。
「あ……ごぷッ?! んお゙お゙お゙おッ!?」
「まだ寝るんじゃねぇぞ? 俺をここまで蹴り飛ばしてくれた女はお前が初めてだからな。たっぷりお礼をしてやるよ」
凍矢は瑠奈を壁に磔にするように、重い拳を何発も瑠奈の腹に埋めた。
「ゔッ?! おぐッ! んぶぇッ?! ぐあッ! ゔぶッ!? お゙ッ?! ゔぐぇッ!?」
乱打を撃ち込まれ、瑠奈は倒れ込むこともできずに悶えた。ようやく攻撃が止み、瑠奈が壁から崩れ落ちるように倒れかかると、凍矢は真下から腹を突き上げた。
「お゙ごッ?!」
瑠奈の身体は紙のように宙に浮き、受け身も取れずにに床に落下した。弾みでヘッドパーツの本体が頭から外れ、床を滑って入り口近くの壁に当たって止まった。
「がはッ……! あ……ゔぁ……」
瑠奈は仰向けに倒れながら、両手で腹を抱えながら悶えた。青い瞳は半分以上が瞼に隠れ、だらりと舌を垂らしながら喘いでいる。
凍矢はあらためて瑠奈の全身を見回すと、下半身に血液が集まってくる気配を感じた。男の欲望を具現化したような女が際どいバニースーツを着て悶えている。中野に同意することは癪だが、確かにこれほどのレベルの女はそうそういないだろう。
凍矢は瑠奈の腰を跨ぐように立つと、グロッキーになっている瑠奈の腹に容赦無く拳を突き下ろした。
完全に弛緩した瑠奈の腹に大砲のような拳が撃ち込まれ、衝撃で部屋全体が揺れる。
「ゔああああああああああッ?!」
途切れかけた意識を無理やり引き戻され、瑠奈は目を見開いて絶叫した。
「まだ寝るなって言っただろ? お礼がまだ終わってねぇんだよ」
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壁際に設置された大型のマルチトレーニングマシンや懸垂台が無ければ、そこはジムというよりは高級ホテルのラウンジのように見えた。
ダウンライトが埋め込まれた天井と床はマットな黒。四方の壁はダークブラウンの木目調で、一面のみ全面が鏡になっている。
室内には二人の男がいた。
一人は凍矢。黒い無地のハーフパンツとノースリーブのシャツを着て、まさにトレーナーという出立ちだ。もう一人はスーツを着込んだ中年男性。生地は高級そうだが、異様に突き出た腹の肉がシルエットを台無しにしている。
「たまには中野さんもいかがですか? ほとんど俺しか使っていないんで、マシンが泣いてるんですよ」
凍矢が親指でマシンを指しながら冗談っぽく言うと、中野は苦笑しながら顔の前で手を振った。
「冗談言わないでくれよ凍矢くん。君に言うのもなんだが、私は運動する人間の心理が全く理解できないんだ。筋トレだったりマラソンだったり、自分から進んで辛い思いをする人間は全員マゾだと思っている。人生は短い。探究すべきは苦痛ではなく快楽だ。そうだろう? そのために高い金を払ってここの会員になっているんだからね。それにしても、この前の子は最高だったよ……。やはり十代の子は肌のハリが違うし、あらゆる部分がフレッシュだ。いくらプロにコスプレをさせたところで、こればかりは再現できんからな」
凍矢は右手の人差し指と中指にはめているゴツいデザインの指輪をいじりながら頷いた。
「おっしゃる通りですよ。本物を知らなければ比較すら不可能だというのに、最初から類似品や紛い物で満足する人間は所詮その程度だと言うことです。もちろん中野さんをはじめ、ここの会員様にはそのような方は一人もおりませんがね。多少法に触れるリスクを取ってでも、本物を知ろうとする方ばかりです」
「ははは、当然だよ。我々のようないわゆる高額所得者は、共通言語として本物を知っておく必要があるからね。食事に酒、車にアート、もちろん女もな。それに、これは社会貢献も兼ねているんだろう? 家出した未成年たちの支援になっているのなら私も嬉しいよ。で、そろそろ今日支援させてもらえる子を紹介してもらいたいのだが──」
その時、蹴破るような音を立ててジムのドアが開いた。
凍矢と中野が同時に入口を見る。
「お取り込み中どうもー」と言って、白いバトルスーツを着た瑠奈がヘッドパーツを角のように立てて入ってきた。
「おお! こりゃまた今回はとびきり上玉だな。しかも白人にバニーガールの衣装とは、さすがは凍矢くんのチョイスだ」
「……なんだお前?」と、凍矢が低い声で言った。
剣呑な雰囲気に中野の顔から笑みが消え、瑠奈と凍矢を交互に見る。
「お、おい……凍矢くんどういうことだ? この子が今日の相手じゃないのか? ちょっと待て、この子を見せられた後に他の子なんてあり得ないぞ。なぁ君、手違いだったら個人的に契約しよう。いくら欲しいんだ?」
興奮した様子で近づいてきた中野の顎先を、瑠奈のつま先が弾いた。中野は屠殺された豚のようにその場に崩れ落ちた。
「……おい、いきなり出てきて人の客を蹴飛ばすなよ。まずは自己紹介くらいしたらどうだ?」
「アンチレジスト、真白瑠奈。沙織の友達って言った方がわかる?」
「……面倒くせぇな」と言って、凍矢は舌打ちをしながらため息をついた。
「は? なにそれ? 私さ、友達を傷つける奴がマジで許せないから手加減できないかもよ?」
「それはこっちのセリフだよ。大切な取引を潰されたんだからな。俺をそこら辺の人妖と同じだと思わない方がいいぞ。使役系って知ってるだろ? 今までアンチレジストの戦闘員は何人も返り討ちにして、廃人になるまで犯してきた。まぁこのバカの言う通り、お前はなかなか楽しめそうな身体してるけどな」
凍矢は失神している中野を壁際に蹴り飛ばすと、拳を鳴らしながら瑠奈に向き合った。
瑠奈の渾身の膝蹴りが凍矢の腹部にめり込むと、ようやく凍矢は亀のようにうずくまった。
「はっ……はぁ……はぁ……! なによこいつ……めちゃくちゃ強いじゃない……」
瑠奈は失神した凍矢を見下ろしながら、顎を伝う汗を拭った。呼吸を整えながらしばらく観察していたが、起きる気配がないことを確認すると、背を向けてマルチトレーニングマシンに寄りかかった。体力が回復次第、早急に凛に連絡しなければならない。そもそも凛は自分がここにいることすら知らないのだ。
突然、ヘッドパーツからビリッとした信号が脳に流れた。
緊急警告だ。
風を切る音。
瑠奈は咄嗟に身を屈めた。
今まで頭があった場所を、何かが高速で横切った。
パキン……という乾いた音が頭上から響き、つま先から徐々に泥の中に埋まっていくような感覚があった。
瑠奈の背中を冷たい汗が流れた。
この感覚はよく知っている。
任務を終えてヘッドパーツを外した時にいつも感じる感覚。
身体強化機能が解除された反動で、自分の身体が泥のように重く感じるのだ。まるで地球に帰還したばかりの宇宙飛行士が、重力に耐えられず歩けなくなるように。
「……よく避けられたな。完全に不意打ちを狙ったのによ」
必死の形相の凍矢がバーベルを握りしめながら、折れたヘッドパーツの破片を踏み潰した。瑠奈はなんとか平静を装うように努めるが、凍矢の優れた嗅覚は瑠奈の動揺を機敏に察した。
「ん? どうした? 耳が折れただけなのに随分と動揺してるな」
図星を突かれ、瑠奈は反射的に凍矢の顎を狙って蹴りを放った。凍矢は難なく躱す。その後も何発か蹴りを放つが、結果は同じだった。
「へぇ……」と言って、凍矢は嗜虐的な笑みを浮かべながらバーベルを捨てた。「よくわからんが、マジでそのウサギ耳が強さの秘密だったんだな」
拳を鳴らしながら瑠奈と距離を詰める。
瑠奈は後退りするものの、やがて背中が冷たいものに触れた。
鏡張りの壁だった。
ズブンッ……! という重い音が部屋に響いた。
凍矢の鉄塊のような拳が、瑠奈の腹に手首まで埋まっていた。
「んぶぅッ?!」
瑠奈はすぼめた唇から勢いよく唾液を吐き出すと、腹を抱えるようにして両膝を床に着いた。
「あ゙っ……?! おぇッ……! ゔぁッ……!」
「おいおい、まだ腹パン一発しか食らわせてねぇぞ。マジでただの女の子に戻っちまったのか?」
凍矢が瑠奈の付け襟を掴んで強引に立たせると、すぐさま拳で腹を突き上げた。一般男性とは比べ物にならない威力の攻撃に瑠奈の内臓は掻き分けられ、床から両足が浮く。
「ゔぐぇッ?!」
「さっきまでの威勢はどうした? え? 手加減できないんだろ?」
ゴリュッ……という嫌な音が響き、凍矢の拳が瑠奈の鳩尾を突き上げた。
「ひゅッ……!」
一瞬、瑠奈は何をされたのか理解ができず真顔になった。
恐る恐る自分の胴体に視線を落とすと、人体急所の鳩尾に、ありえない深さで拳がめり込んでいた。そして脳がその事実を認識すると、猛烈な苦痛が脳内で爆発する。
「あ……ごぷッ?! んお゙お゙お゙おッ!?」
「まだ寝るんじゃねぇぞ? 俺をここまで蹴り飛ばしてくれた女はお前が初めてだからな。たっぷりお礼をしてやるよ」
凍矢は瑠奈を壁に磔にするように、重い拳を何発も瑠奈の腹に埋めた。
「ゔッ?! おぐッ! んぶぇッ?! ぐあッ! ゔぶッ!? お゙ッ?! ゔぐぇッ!?」
乱打を撃ち込まれ、瑠奈は倒れ込むこともできずに悶えた。ようやく攻撃が止み、瑠奈が壁から崩れ落ちるように倒れかかると、凍矢は真下から腹を突き上げた。
「お゙ごッ?!」
瑠奈の身体は紙のように宙に浮き、受け身も取れずにに床に落下した。弾みでヘッドパーツの本体が頭から外れ、床を滑って入り口近くの壁に当たって止まった。
「がはッ……! あ……ゔぁ……」
瑠奈は仰向けに倒れながら、両手で腹を抱えながら悶えた。青い瞳は半分以上が瞼に隠れ、だらりと舌を垂らしながら喘いでいる。
凍矢はあらためて瑠奈の全身を見回すと、下半身に血液が集まってくる気配を感じた。男の欲望を具現化したような女が際どいバニースーツを着て悶えている。中野に同意することは癪だが、確かにこれほどのレベルの女はそうそういないだろう。
凍矢は瑠奈の腰を跨ぐように立つと、グロッキーになっている瑠奈の腹に容赦無く拳を突き下ろした。
完全に弛緩した瑠奈の腹に大砲のような拳が撃ち込まれ、衝撃で部屋全体が揺れる。
「ゔああああああああああッ?!」
途切れかけた意識を無理やり引き戻され、瑠奈は目を見開いて絶叫した。
「まだ寝るなって言っただろ? お礼がまだ終わってねぇんだよ」