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さてさて、一撃さんの所の看板娘、くノ一、阿音さんの使用許可をいただき、一撃失神モノのストーリーを考えてみました。
今まで私の書く腹パンチはあくまでも「苦痛を与える行為」であったため、「失神させる行為」として書いたことは初めてだったかもしれません。

設定等かなり勝手に突っ走っているので、これはこれとして読んで頂ければ幸いです。

では、どうぞー。







(ダメだ……レベルが違いすぎる!)
 網の目の様な都内の裏路地を、阿音は必至に駆け抜けていた。息は上がり、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。時折後ろを振り返るが、相手が追いかけてくる姿は見えない。
 だからこそ、不気味だった。
 逃げても逃げても、後ろから襲いかかって来る恐怖という名の重圧はどこまでも阿音を追いかけて来た。
(全く歯が立たない……このままじゃ……)
 何度か躓き、積み上げてあった段ボールを倒しながらも、必至に阿音は走った……。

 今回の任務は、抜け忍への制裁。
 先月里から姿を消した20代前半の男がターゲットだ。まだ若いが、その腕前は里の長(おさ)ですら一目置き、数人の直属の部下を与えられて任務に赴く等、将来を有望視されていた男だ。
 その男が、直属の部下数人と共に姿を消した。
 くノ一見習いの阿音に与えられた任務としては大変危険なものであったが、相手が相手だけに不用意に顔の知れた手練を送り込めば、先にダーゲットに気付かれる恐れがある。まだまだ顔の知られていない見習いあれば、殺気を消して近づき、不意を突けば勝機があると長は踏んだ。
 そこで白羽の矢が経ったのが阿音だ。
 当然阿音も期待に応えて周囲に自分の存在をアピールしたい。阿音の中の小さな野心が燃え、2つ返事で任務に志願した。

 任務決行の日、若者の中に溶け込んでいるターゲットは拍子抜けするほどあっさり見つかった。後は普通の女子高生として脇を通り過ぎる際に、髪留めに忍ばせた毒針をターゲットに撃ち込めばいい。
 即、実行。ターゲットはビルとビルの間、路地裏の入り口で仲間数人と普通に会話を楽しんでいる。都合のいいことに、道行く人々の視線からも死角になっている。
 チャンスだ。
 阿音はワザとあくびをしながらターゲットの横を通り過ぎる瞬間、髪を掻き揚げる振りをして……。
(え? 毒針が……無い……?)
 何度髪を探っても、毒針が無い。阿音の背中に冷たいものが流れる。落とした? どちらにしろ失敗だ。ここは普通に通り過ぎて次のチャンスを……。
「素人だな……」
 後ろからターゲットに声を描けられ、阿音はビクリと肩を振るわせた。恐る恐る振り返ると、ターゲットが毒針を指でくるくると弄んでいる。
「あっ……い、いつの間に? ああっ!?」
 ターゲットは毒針を地面に捨てると、阿音の腕を掴んで引き寄せ、精確に鳩尾を突き上げた。

 ボグッ!!

「!!? かっ……は……っ……」
 人体急所をピンポイントで責められ、肺の空気が一瞬で体外に吐き出されると同時に、視界が一気に狭まる。
 やられる!
 阿音は遠くなる意識を必至につなぎ止め、煙玉を地面に叩き付けると、何とか路地裏に駆け込んだ。

(態勢を立て直すしか無い……あの角を曲がれば大通りに出る。人ごみに紛れることができれば……)
 心臓の鼓動は早鐘の様に打ち続け、自然と歯がカチカチと鳴る。しかし、大通りの灯りはもう目の前だ。
 もう一度振り返ると、遥か後方にターゲットの姿が見えた。阿音の顔に安堵の表情が広がる。ここまで離れれば、相手が達人であろうと追いつかれる前に大通りに出られる。任務は失敗したが、命が助かっ……。
 
ズグッ!

「……………………えっ?」
 全力疾走して来た勢いが一瞬でゼロになる。
 そして突然襲って来た違和感。阿音は恐る恐る自分の感じてい違和感の発生源、腹部に視線を落とす。砲丸の様に握り固められた拳が、自分の鳩尾にほとんど全て埋まっていた。
「え……嘘……? うぶぅっ!? うぅ……ぁ……」
 心臓が破裂したのではないかという強烈な苦痛が阿音の身体を駆け向け、一瞬で意識が霧散した。阿音は男に全てをあずける様に倒れ込み、男はただの物になった阿音の身体を軽々と肩に抱え上げると、路地の奥からゆっくりと歩いて来るターゲットと、その数人の仲間と合流した。
「やったか?」
「ええ、この通りで……」
 ターゲットは髪の毛を掴み、ガクリと項垂れている阿音の顔を持ち上げて覗き込む。
「たしかこいつは……阿音か。全く、こんな見え見えの囮戦法にも気付かない見習いを送り込まれるとは、俺もナメられたものだな……。見せしめだ。お前達、阿音を拷問した後ジジイの所に届けろ。あの耄碌の石頭も、少しは柔らかくなるだろう」
 ターゲットの周りに集まっていた男達の視線が一斉に阿音に集まる。表情こそ変わらないものの、わずかに男達の息が荒くなった。
「拷問と言うと、皮剥ぎですか? 半日いただければ四肢切断もできますが?」
「まぁそこまですることもあるまい。そうだな……縛り付けて腹を滅多打ちにしろ。顔や脚等見える所は手を出すな。一瞬ジジイも無事だと思って安心するだろうが、身体に残った痣を見てさぞ驚くだろう。丁度いい宣戦布告にもなる」
「仰せの通りに……忍の新たな道が開かれるまで……」
 男がターゲットに対し片膝を着いて畏敬の意を示す。
「そうだ。今まで影で生きて来た我々が、表舞台へ出て堂々と世界を動かす。数百年惨めに待ち続けた歴史を、我々が変えるのだ!」

 鎌倉の時代より国政に少なからず影響を及ぼして来た忍は、あくまでも映画や漫画の中に存在する「フィクション」でなければならない。自分たちが本当に存在することが世に知れれば、自分たちが傀儡している政府の重役や、隠匿してきた事件などが明るみに出る危険性があるからだ。
 しかし、21世紀を迎えてから10年以上経った今、それを根本から覆す新勢力が勃興しようとしていた。
 男の肩に担がれ、糸の切れたマリオネットの様になった阿音は、後にこの日が旧勢力と新勢力の抗争の幕開けとなることを、まだ知らない。