需要があるか分かりませんが、構想中のSSの冒頭部分だけ載せてみます。

訓練のために今までと違った手法で書いてみようと一人称視点で時代背景有りの短編を書くつもりでしたが、結構長くなりそうです。
そしてなかなか筆が進まず……。

まぁ綾編BAD END、_LGMと平行して進めていますので「こんな話も考えてますよー」ってことで、気長に一つお願いします。







「逢魔時乃宴」








 昭和十一年の六月。五・一五事件、二・二六事件を皮切りに日本が急速に軍国化へと舵を切り、文化や思想が徐々に熱狂しはじめた頃、私はそのような世間の流れとは無縁の東北の寒村に居た。
 いや、正確に言うと呼ばれたのだ。
 その頃私は人間の恐怖心の研究をしており、同時に幽霊やら妖怪やらの「昔からの恐怖の対象」の研究もしていた。戦争には対して何の役にも立たない私の研究は大学でも鼻をつままれ、自宅に資料を持ち込んで世間から身を隠す様にひっそりと研究を続けていた。
 私の自宅を二人の若い男が訪ねてきたのは、もう大学へ顔を出さなくなって三ヶ月近く経った頃、丁度六月も半ば頃のことだ。
「お噂はかねがね承っています。なんでも、妖怪の研究をかなり熱心に行われていらっしゃるとか」
 二人とも、同じ様な格好をしていた。良く言えば質素、悪く言えば小汚い格好だ。一応、綿で出来た背広を着ているが、一目で安物と分かる。その上、所々汚れ、虫に喰われ、中に着ているシャツの襟元は垢で黄ばんでいた。
「いや、私の研究は人間の恐怖心についてであって、妖怪や幽霊の研究はほとんどついでと言ってもいいほどのものです。変なご期待を抱かれているのであれば、おそらく落胆されるかと思いますが」
「でも世間の人よりは一段も二段もお詳しい……そうでしょう?」
「まぁ……一般の方に比べると……多少は……しかし」
「なら当然対処法も知っておられるはずだ。確かな物でなくてもいい。民間の伝承程度でも何でも、人外に対応する術をご存知のはずだ」
 私が言い終わるのを待たずに、テーブルを挟んで右側に座った男はまくしたてた。私は腹の中のわだかまりを少しでも解消するために中指を立てて眼鏡を直すと、数十分前に男達を家に上げた自分自身を恨んだ。こちらは今にも大学を追い出されて職を失う寸前の身だ。これ以上の面倒ごとは御免だった。
「すみませんが、あなた方が何を仰りたいのか検討もつきません。確かに私は妖怪や人外のモノの研究もしていますが、今の日本ではその研究資料で尻でも拭いた方がまだ有意義だと思われているほどどうでもいい題材です。あなた方が私の何を期待されてここまで来られたのか分かりませんが、お引き取りいただけると大変助かるのですが」
 男達はしばらくぽかんと口を開けていると、互いに目配せして私にあらためて向き直った。厭な雰囲気だ。
「吸血鬼を、ご存知ですか?」
「吸血鬼?」
 今まで無言で座っていた左側の男が、唐突に口を開いた。あっけにとられて阿呆の様にオウム返しをしてしまう。
「あのブラム・ストーカーの小説に出て来る怪物のことですか? 人の生き血をすする不死の存在で、銀でしか傷を付けられず、心臓に十字架を突き立てると死ぬ。ヨーロッパではその存在が根強く信じられており、実際に吸血鬼として疑われた人物を殺害したり生き埋めにした事例もあるという」
「いるんですよ、私達の村に……。『そいつ』に攫われたおかげで村の若い娘は激減して、ただでさえ過疎化が進んでいるのに……このままだと数年で村は地図から消えてしまいます。先生には是非、その吸血鬼を退治していただきたい。私達と村を助けて下さい。お願いです」
 男達はまるで合わせ鏡の様にソファから立ち上がると、私の足下で床に頭を擦り付けた。私はしばらく言葉を発することが出来なかった。

 東京から電車を何回か乗り継いで目的地の無人駅を降りる頃には、既に太陽は完全に山の斜面へと落ちていた。周囲が山に囲まれているためだろうか、季節は梅雨から初夏へ移っているのにも関わらず、この周辺の土地は東京よりも数時間日没が早いらしい。頼りない外灯の光の周りには羽虫が数匹群れをなしていた。
 半月ほど前に私の家に来た二人の男が車で迎えてくれた。二人はあらためて佐竹、佐藤と自己紹介をしたので、どちらがどちらなのか自信をなくしていた私は助かった。日に焼けてがっしりとした体格のいい方が佐竹、逆に色白でひ弱そうな男が佐藤だ。

 佐竹達の村は、駅から車で更に二時間ほど走った所にひっそりと存在していた。暗い。異様に暗い。光と言える物は電信柱の灯りと、村の奥に見える大きな屋敷の門のかがり火くらいで、田や畑を挟んでポツポツと建っている質素な作りの民家のほとんどは灯りが点いていない様に見えた。それとなく佐藤に訪ねると、「みんな吸血鬼が怖いので、光が外に漏れない様に灯りに黒い布を巻いて生活しているんです」とのことだった。
 舗装されていない道をゴトゴトと走っていると、前方に周囲の風景とは異彩を放つ大きな左右対称の門が見えて来た。
「あそこが村長で、この辺一帯を取り仕切っている由緒ある旧家、川堀(かわほり)様のお屋敷です。周囲の山を含めて、この村自体が川堀様の持ち物で、私達は川堀様から土地をお借りして生計を立てているんです」
 なるほど、つまりこの村の村人達は全て、川堀家子飼いの百姓達だ。何かあっても、たとえ娘が吸血鬼に攫われようとも、村からは逃げるに逃げられないのだろう。
 門をくぐり、車を降りると二人の女中が出迎えた。
 トランクから降ろした私の荷物を運ぼうとするが、丁重に断って自分で運ぶ。女中は困った様な顔をしていたが、ひとまず囲炉裏のある部屋へと案内してくれた。
 囲炉裏の中で木炭がぱちりと跳ねた音が、高い天井に反響した。佐竹も佐藤も口を開こうとはせず、ただじっと濃い橙色の灯りを見つめている。厭な雰囲気だ。空気が重油の様に重い。私が沈黙に堪え兼ねて口を開こうとすると、上座に当たるふすまが開いて一人の老人がゆっくりと入り、私の正面に座った。佐竹も佐藤も、老人が入ると同時に向きを変え、老人に対して三つ指をついた。私は頭だけを軽く下げた。