様々なものが雑然と放置されている廃工場の中は、まるで機械で出来た動物の胃袋を思わせる。電気が通っているのか、ぽつぽつと等間隔に吊るされた裸電球が弱々しい光を落としながら、鉄骨とコンクリートの影を浮かび上がらせていた。

 

「明かりが付いてる…やっぱりこの中に居るんだ…」

 

「中に入ったきり出て来て無いって言ってたから、キモオタさんもきっと居るよ…」

 

「由里、そのキモオタさんって呼び方、もしかして気に入ってる?」

 

「…」

 

2人の足音だけが響くがらんと広い空間。所々横部屋はあるものの、でたらめにモノが放り込まれておりとても生活できるようなところは無かった。しかし、しばらく進むと「仮眠室」と書かれたプレートが貼り付いた扉があり、薄く開いたドアを覗き込むとそこには万年床の布団や服などが散らかすように置かれており、生活の気配を感じられた。

 

「由羅…これって…」

 

「人妖…の…?ホームレスとかが住み着いてるだけじゃない?奥まで見えないけど…」

 

「でも、これだけ布団や服があるのに、食べ物はひとつも落ちてないよ…」

 

「ちょっと待って、懐中電灯出すから」

 

由羅は胸に刺していたペンライトを捻り、明かをつけると部屋の奥の方を向かって照らした。2人が同時に息をのむ。

 

「!!!」

 

「酷い…」

 

「間違いなさそう…。でも、こんなこと…」

 

部屋の奥には、5~6人ほどの女性がほとんど全裸で、天井から吊るされた紐で手首を固定された状態で座っていた。頼りない光からでも、全身につけられた痣が見える。全員生気の無い瞳で暗い地面を見つめていた。慌てて由里が駆け寄る。

 

「だ、大丈夫ですか?なんて酷い…今助けますから!」

 

「…も……くだ………な……」

 

「え?何ですか?どこか痛いところがあったら?」

 

「もっと…もっと体液を下さいぃ……いっぱい……奉仕……しますから……濃いの……出して…くださいぃ……」

 

縛られた女性は、由里が肩を揺すっても全く反応を示さず、ただ地面を見たままうわごとのようにつぶやくだけであった。

 

「え?……な、何言って……」

 

「由里、もうダメだよ。完全に人妖に魅せられてる…。オペレーターから聞いたけど、人妖は人を魅了する力があるみたい…多分それでこの人達も…」

 

不意に、ガタンという音と共に入り口のドアから人が去る気配があった。

 

「由羅…」

 

「うん!間違いない!追うよ、由里!」

 

2人は急いでドアから出ると、音のした方へ向けて駆け出した。しばらくすると、荒い息づかいとともに男が必死に走っている後ろ姿が見えた、その男はちらりと後ろを振り返ると、ひぃっという小さな悲鳴を漏らして近くの部屋に逃げ込んでしまった。

 

「由羅、ここに入ったよ!」

 

「うん、ボイラー室か…。由里、気をつけて。私から入るから…」

 

すっかり油の乾いた蝶番がぎぃぃという音を立てて、立て付けの悪いアルミ製のドアが開かれる。中には数個の裸電球が吊るされていたが、それでもこの部屋を照らすのには十分だった。部屋の奥の大きなボイラーに手をついて、男が苦しそうに荒い息を吐いていた。

 

「ひぃー、ひぃー、ひぃー」

 

「ちょっとアンタ!こっちを見なさいよ!」

 

「はっ!はぁ、はぁ、ち、違う…ぼぼぼぼ、僕じゃないよ」

 

「まだ何も言ってないでしょ!人妖討伐機関アンチレジストの戦闘員、木附(きづき)由羅よ!アンタがあの部屋の女性達を監禁していたことの調べは付いてるんだから。おとなしく降伏しなさい!」

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃ…。ちちちち、ちがっ、ち、ちがぅう。ぼぼぼ、ぼく、ぼく、ぼくはぁ」

 

男は全身に汗をびっしょりかきながら、どもりの強い口調で必死に弁明していた。その姿は写真で見た通り大変醜いもので、でっぷりと太った体躯に無精髭が目立つ二重顎。眼鏡のレンズも曇って白くなっていた。肩までのびたぼさぼさの長髪はやたら量が多く、汗のために顔のあちこちには貼り付いていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…落ち着いて来た落ち着いて来た落ち着いて来た。も、もう、いきなり酷いじゃないか!ななな、なんで僕の家に、かかか勝手に、は、入ってくるんだよ!」

 

「キモオタさん!あなた何で女性を攫ったりしたの!?それにあんなに傷つけて」

 

珍しく由里が大きな声を出す。さっき見た光景がよほどショックだったのか、目に涙を浮かべ、握りしめられた拳は怒りに震えている。

 

「ぼぼぼ、僕だって、い、い、生きるためには仕方が、ななな、無いんだ。ききききき、君たち、アンチレジストだろ?ってことは、もう僕が賤妖だって、し、し、知ってるんだろ?」

 

「せん…?」

 

「よう…?」

 

2人の頭の上に、同時に?マークが浮かぶ。初めて耳にした言葉に、2人は顔を見合わせた。

 

「げ、下賎の賤に、妖怪の、よ、よ、妖だよ。ぼ、僕たちは、人妖の、お、お、落ちこぼれなんだ。人妖は、あ、あ、あいつらみたいに、全員が格好良くなんか、ないぞ!中には、ぼぼぼ、僕みたいに醜くて名前も無い出来損ないだっているんだ。あいつらは僕らを、め、め、召使いみたいに扱うか、それでもダメなら、すすすす、捨てられる。ぼ、僕がそうさ。僕は、り、り、涼っていう人妖に使われてたけど、す、捨てられたんだ」

 

「涼…確か以前隣の市の学校で校長先生をしていた人妖がそんな名前だったわね。レポートで読んだわ。悪いけど、アンタの生い立ちなんて興味無い。おとなしく捕まりなさい!」

 

由羅が前に出て男に近づく、しかし、男はバタバタと走ってもうひとつのボイラーまで逃げる。

 

「い、いやだ!ぼぼ、僕だって生きたいんだ!それに…そ、それに…」

 

「それに…なに…?」

 

由里も男に一歩歩み寄る。由羅とは違い、その目にはかすかに同情の色が見えるが、次の男の言葉で打ち砕かれることとなる。

 

「せ、せっかくこんなに可愛い、ししし、食料が、ふ、ふ、2人も来てくれたんだ。ぐふふふ…こ、このままおとなしく捕まるなんて……し、死んでも嫌だね!」

 

「キモオタさん…」

 

「お前……。由里、かまわないわ。こいつ少し痛めつけてやろうよ。捕まえるならその後でも出来るし」

 

「そそ、そんなに簡単に、い、い、いくかな。ぐふふ…み、見てよ…こ、これを」

 

男が正面を向くと、腰をぐいと前に突き出した。スラックスの上からでも分かるほど股間が大きく勃起している。

 

「さ、さっきから、ずずず、ずっとこのままなんだ。ぐふふ。な、なんて、いやらしい格好をしてるんだい?しかも、ふふ、2人とも凄く可愛いし…似てるから、ふ、双子かな?まとめて、まとめて、色々してあげるからねぇ」

 

にたぁと男がこれ以上無いくらいの下品な笑みを浮かべた。さすがの由里も顔がこわばるが、それより先に由羅の方から「ブチッ!」と音が聞こえ、男に突進して行った。

 

「お前ぇぇぇぇ!!!」

 

バキッ!ドガッ!ガッ!ガキィィィ!

 

「ぐびぃぃぃ!ぶふっ!!ぶっ!?ぼぎゅぅぅぅぅ!!」

 

頭への左回し蹴りから腹部へ右の前蹴り、下がった顎を膝で跳ね上げ、がら空きの腹へ後ろ蹴りを流れるように食らわせていった。ごろごろと男が地面を転がる。

 

「おぶっ!おぶぅぅ!、つ、強いぃ…」

 

「ふーん、報告通りちゃんとダメージあるじゃん?どう?今なら謝れば許してあげるけど?」

 

由羅はの目の前に近づき、腕を組んだ仁王立ちで見下しながら聞いた。男は由羅の顔と膝上まであるロングタイツに包まれたむっちりした太もも、レオタードとタイツの合間の肌を交互に見ながらにたぁと再び笑った。

 

「な、何よ?」

 

「も…もっと蹴ってくださぃぃぃ…」

 

男が言い終わると同時に再び由羅から「ブチィッ!」という音が聞こえ、男に見事なまでの右回し蹴りを食らわせてた。

 

「ひぎっ!!ひぎぃぃぃ!ぶぐぅ!」

 

「ほらほらほらぁ!!これで満足なの!!?」

 

ぶぎゃぁ!という大きな悲鳴を残し、男が吹っ飛ばされてボイラーにしたたかに背中を打ち付けた。そのままずるずると尻餅をつく。

 

「ほら…もっと蹴ってあげるからこっち来なさいよ!」

 

「ひ、ひぃぃぃ…」

 

男は這うようにして逃げ出すが、そこには由里の姿があった。

 

「キモオタさん…少し頭冷やした方がいいみたいですね」

 

ボイラー室の中に男の悲鳴がこだました。