リクエスト第一段
初の東方Project二次創作
テーマ:先代巫女
完成しました。

独自解釈、独自設定てんこ盛りです。
技名は博麗霊夢の技に多い北○の拳からのパロディを参考にしました。

今回は文字数オーバーしてしまいましたので、エンディングは「続きを読む」をクリックしてご覧下さい。

ではどうぞ↓





昔話をしようか




「そうだな……昔話をしようか……?」
 重厚で、それでいて透き通った声で囁くと、彼女は後ろ手に縛られている僕の前で跪いて、人差し指と親指で、くい、と僕の顎を持ち上げた。白いドレスを着た、一見すると十歳にも満たない姿の少女の背中からは、その小さな身体からは不釣り合いなほどの巨大な蝙蝠の様な羽根が生えていた。
「今の私はとても気分が良い……。あと数刻でうちの優秀なメイドが、貴重な貴重な臨月の妊婦を連れてくる。妊婦の、特に臨月を迎えた女の血はとろけるほど美味い。体温の高い濃厚な母体を堪能した後は、子宮の中のまだ産声すら上げていない瑞々しい命を取り出して啜る……。その味は私の舌を包み込んでとろけさせるだろう……想像しただけで口の中に唾液が溢れてくる……。最も、私の胃は小さいから半分も食べられないだろう。それではせっかくの最高級の食材に対して失礼だ……。だが、幸い私の妹は大食家だ。肉から臓腑から目玉から臍の緒まで、うちの優秀なメイドが最高級のコースに仕立て上げるだろうし、妹はそれを決して残さないだろう……」
 山の中で山菜を採っている最中に捕まり、この館へ連れて来られた。地下牢へ幽閉され、始めに目の前の幼い少女を見た時は正直言って「上手くいけば力づくで逃げられる」と安心したものだ。だが、今は確信を持って言える。目の前の少女は、紛れも無く「悪魔」だ。僕たち人間を、意思の疎通の出来る存在を「食材」としか見ていない。
 だが、人間のものではない深紅の瞳からは不思議な魅力が溢れ、このような状況ながらも僕は「美しい」と感じた。
「その妊婦のお陰でお前の命は一日延びた。今日の夕食から明日の夕食へと。お前もそれまで退屈だろうし、妊婦と聞いて思い出したことがあるから、冥土の土産として聞いておけ……聞きたくなくても、夕食までの私の暇つぶしに付き合え」
 そう言うと、幼い少女はまるで子供が人形に話しかける様に、実に楽し気にゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。

 今から少し前だ。幻想郷が今よりももう少し殺伐としていた頃。
 その頃の幻想郷には、怖い怖い巫女が居た。今の巫女とはまた違った怖さだ。今の巫女の様に妖怪共と「なあなあ」にならず、「ごっこ」なんかで茶を濁さず、自らの拳だけを武器に、どちらかが地面に伏せるまで力と力をぶつけ合う、清々しいほどの怖い巫女だ。
 その巫女は奇妙な格好をしていた。腰まである長い黒髪は結わずにそのまま流れるにまかせ、身体にぴったりと貼り付く様な黒いボディスーツは筋肉質な肩口や腹部、豊満な胸のシルエットを浮かび上がらせていた。巫女らしいものと言えば真紅の袴と、簡略化された襦袢。そして二の腕に括り付けられた朱色の飾り縫いの入った白い袖くらいだ。まぁ、今の巫女の格好もなかなかだがな。
 もちろんその巫女は酔狂な趣味でその様な格好をしているのではない。
 格闘を主にするために動きやすさを考慮して白衣を羽織らずに肩口を露出し、袖の長さも袴の長さも寸足らずだ。だがそもそも人間と妖怪とでは身体能力に雲泥の差がある。真っ当にやり合えばすぐに手足を捥(も)がれて頭から喰われるのがオチだ。
 その致しがたい差をを補うのが、博麗の家系に代々伝わる特殊な紅い蚕(かいこ)だ。
 その紅い蚕から紡がれる真紅の絹糸は人間の潜在能力を飛躍的に高める効果があり、それで織られた衣を纏えば、妖怪と素手で渡り合えるほどの身体能力と、護符の効果を爆発的に高める霊力が備わる。代々博麗の巫女が人間でありながら幻想郷の秩序を守って来られたのはその紅い蚕のお陰だ。その巫女は袴と袖の飾り縫いにその紅い絹糸を使い、自分の身体能力を高めている。
 もちろん今の博麗の巫女も、その蚕の繭から紡がれた絹糸で出来た服を身に付けている。
 
「その蚕の存在は幻想郷の中ではトップシークレットだ。つまり、その蚕が存在しなければ博麗の巫女はただの人間……。天才とか呼ばれている今の巫女にしても、服を脱いだら空を飛べるかどうかすら怪しい。そして、そんな気持ちの悪い芋虫をいつ、誰が博麗に与えたのか……? おおかた想像はつくが、まぁ知らない振りをしておこう。話を続けようか……」

 とある新月の夜。人里から少し離れた森の入り口で、地面が割れる様な低い地鳴りと、大木が切り倒された時の様な地響きが轟いた。
「言ったはずだ。一度目は半殺しで済ませよう。だが、二度目は殺すとな……」
 巫女は口の端から垂れる血を白地の袖で拭いながら、哀れみを含んだ視線を地面に伏せるものに送った。さっと風が吹いて、水に濡れた烏の羽根の様な艶のある黒髪が揺れる。脇腹や鎖骨の辺りの黒い布が破れ、白く透き通る様な肌には血が滲んでいた。
「博麗様!」
 歳は六十程度だろうとおぼしき男女が、その巫女の足下にひれ伏した。
「ありがとう御座います! 娘を人外から守っていただいて……何とお礼を申し上げたらよいか……」
 老夫婦の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。それもそうだ。ついこの前、嫁ぎ先が決まった大切な大切な一人娘を妖怪に取って喰われかけたんだ。巫女は地面に頭を擦り付けている夫の肩にそっと手を置いて、優しく微笑みながら語りかけた。
「どうか顔を上げて下さい。私はただ博麗の巫女として、人間側に立って行動しただけのこと。お礼を言われる様なことは何もしていません」
「し、しかし……」
「ここは人里から距離があって危険です。すぐにでも人里へ帰った方がいいでしょう。本当は私が送って差し上げたいのですが、妖怪はすぐに後処理をしないと仲間が集まってきますので……どうかお気をつけて……」
 老夫婦は何度も振り返りお辞儀をしながら、気絶している娘を背負って人里の方へ去っていった。巫女は老夫婦の姿が見えなくなるのを確認すると、地面に横たわったいる亡骸を見下ろした。
 体躯は三メートルはあるだろうか。身体は鍛え上げた人間の男性の様な身体つきだが、頭部は角の生えた牛の頭そのものだ。
「すまないな……。共に幻想郷に生きるものとして、出来ればお前も救いたかった。祓うことしか出来ない私を許してくれ……。せめて、来世では幸福になれる様に手厚く葬らせてもらう」
 巫女はどこからともなく大幣(おおぬさ)を取り出すと、人外に対して丁寧に祝詞をあげはじめた。
 おかしな話だ。
 絶対的な人間の味方である博麗の巫女が、妖怪に祝詞なんてあげて見ろ。信頼が地に落ちるどころか、妖怪と結託したなんて噂が立ってしまう。人間というのは面倒くさいことに、全てを悪い方向に考える生き物だからな。
 巫女は祝詞をあげ終えると、明け方までかかって妖怪を手厚く埋葬した。簡単に塚を作り、大幣を近くの小川に流すと、文字通り飛んで山のふもとにある神社へと帰って行った。
 その怖い巫女は、人間だけではなく、幻想郷に存在する全ての命を愛していた。
 だが妖怪達は博麗の巫女というだけで鼻をつまむ。当然だ。自分たちの敵以外の何者でもないからだ。今では想像もつかないだろうが、機会さえあれば全ての妖怪が……たとえ山の河童や天狗でさえ巫女の首を捥(も)ごうと月夜を徘徊していたものだ。

「想像出来るか?」

 少女の姿をした吸血鬼はさも愉快そうにワインを傾けながら聞いてきたので、僕は首を横に振った。今の巫女……博麗霊夢と妖怪との関係はとても友好的だ。時たま妖怪達が起こす異変も、その霊夢との関係を崩すまいと気遣っているのか、あえてお遊びの様な異変を起こしたり、異変自体が妖怪のお遊びだったりする。また、既に「妖怪が人間を襲う」「人間が妖怪を退治する」こと自体が既に形骸化し、すべてが「ごっこ遊び」に成り果てている。僕自身、人里では普通に妖怪と酒を飲み交わしたこともあるし、その席で気の合った妖怪に連れられて迷いの竹林の入り口にある夜雀の経営する屋台へ連れて行ってもらったこともある。
「では、何故その巫女が、今この幻想郷に居ないのか分かるか?」
 吸血鬼の問いかけに僕は再び首を横に振った。
「簡単なことだ。妖怪に負けたからだ……」

 その運命の日は、丁度今日の様に薄雲がかかって朧になった満月が浮かんでいる夜。普段は静かな人里に悲鳴が響き渡った。
 鷲鼻で、顔全体に火傷を負った様な爛れた皮膚。毛むくじゃらで筋肉質の体躯。私の国ではトロルと呼んでいた。
 そいつは人里の中で大いに暴れ、殺し、喰った。ぱりぱりと小気味のいい音を立てて赤子を咀嚼し、泣き叫んでトロルに縋り付く母親の臓腑を毟って吸った。
「貴様ぁぁぁぁぁ!!」
 満月で気が立っていたのだろう。普段は温厚で寺子屋の教師をしている半妖、上白沢慧音が文字通り頭から角を生やして叫んだ。
「何故人里で人間を襲う!? どのような事情があろうと、貴様は絶対に許さん!」
 完全に頭に血が登っている。まぁもっともな話だ。人里の中で、目の前で人間を喰っている妖怪がいたら、私ですら一応止める。面倒に巻き込まれたくないからな。
 残念ながら慧音にトロルは止められなかったが、一時間ほどして例の怖い巫女が現れた。
「それくらいにしておけ……」
 トロルの背後から静かな声と共に、草履が砂利を踏むざくざくという音が響いた。
「無知は罪だ、罪は裁かれなければいけない……違うか? 幻想郷(ここ)では人里で人間を襲ってはならないという不文律がある……。お前が人里以外で人間を襲ったり、私の目の届かない竹林の中で事を起こしただけであれば、このまま森へでも山へでも返しただろう。しかし、ここは人里で、その上お前は喰い過ぎた。大方最近ここへ流れ着いて来たばかりであろうが、郷に入れば郷に従えというものだ……悪いが、生かしてはおけん……」
 絹糸独特の光沢を放つ真紅の袴と、アンダーウェアでは押さえきれないほどボリュームのある胸に押し上げられた簡略化された襦袢が、月の光を浴びて炎が燃える様に輝いていた。白い袖の裾を風になびかせ、背筋をすっと伸ばして歩く凛とした姿は、逃げ遅れ、家屋の中でなす術も無く身を震わせていた人間達にとっては、まさに神の化身に見えただろうな。
 トロールは巫女の姿を見ると、その瘤だらけの唇を歪んだ三日月の様にして嗤った。分厚い唇はまだ乾いていない生血でぬらぬらと光っている。ぐるるると愉快とはほど遠い音が黒い毛で覆われた喉から響く。
「やっと来たなぁ……博麗の巫女」
「? 私を知っているのか?」
「知っているも何も……俺は幻想郷に流れ着いてから結構長い。人里の掟も、もちろん知っている。普段は竹林の奥で鹿や猪を喰っている。まぁ、たまたま迷い込んだ人間を頂く事もあるが、それも半年に一度あるかないかの馳走だ……こう見えても、真面目な方でね……」
「……そうか……知ってて事を起こしたのか……」
 声は静かだが、巫女の腹の底からは押さえきれない怒りが地獄の釜の様にぐつぐつと沸き立っているのをトロルは感じた。その怒気に呼応するかの様に、巫女の濡れ烏の黒髪が海中に揺らめく海藻の様に、ゆらゆらと逆立つ。
「まぁ待て。俺は天狗や河童と違って馬鹿な方だが、理由もなしに事を起こしたりはしない」
 巫女が訝ると、トロルは続けた。
「先日、お前が殺した牛頭鬼な……。あれは俺の親友だった……。あいつは人里の外で事を起こした。掟を破ってはいない。人間は、人里にいる限り決して襲われないという高待遇を受けているにも関わらず、何故人里の外でも守られなければいけないのか? 何故お前に殺されなければならなかった!? 俺達はどこで人間を襲えばいい!? 俺達の存在意義は何だ!?」
「……それについては済まなかった……。言い訳にしか聞こえんかもしれんが、出来る事なら私も殺めたくはなかった……。しかし、私にも役割がある。あの牛頭鬼には過去に一度警告をした」
 博麗の巫女が妖怪を退治した事に対し「済まなかった」と発言した事で、家々からどよめくような雰囲気が漂った。博麗の巫女は人間の絶対的な味方ではなかったのか?
「しかし、私に会うだけであれば、神社まで出向いて名を呼べばよかろう……? わざわざ禁を破る事も無い……」
「大切な者を失う思いをお前にも味わわせたかったのでな……それに、久しぶりに馳走を味わいたかった……」
「そうか……」
 空間には、巫女の言葉だけが置き去りになった。言葉が空中に溶けるのと同時に、風を切る音がトロルの尖った耳に届いた。ずしんという衝撃がトロルの身体に響く。
「おぉ?」
 一瞬の内に巫女の姿が消えたかと思うと、次の瞬間に自分の懐に入り込まれ、強烈な肘鉄が自分の鳩尾に突き刺さっていた。
 左足を前にした、絵に描いた様な完璧な前屈立ちの構え。加速の勢いを殺さない様に左膝をほぼ九十度近い角度で曲げて踏み込み、草履が地面の土を抉っていた。
「があぁっ!」
 何とか体勢を立て直そうと、トロルはよろめきながら後ずさる。
「夢想天生・瞬……」
 背後から巫女の静かな声が聞こえた。まるで瞬間移動したかの様に背後を取られる。
 振り返る間もなく後頭部に衝撃。それが拳なのか肘なのか膝なのかどうでもよくなるほどの威力で、二メートルを越える巨体が前方に弾き飛ばされる。
 トロルの視界が衝撃で明滅するが、持ち前のタフネスで一秒にも満たない時間で回復する。しかし、弾き飛ばされながら視界に飛び込んで来たものは、見覚えのある真紅の巫女装束だった。
 顎に衝撃。
 一瞬前の後頭部への攻撃で前方に飛ばされている身体を、カウンターのアッパーカットで跳ね上げる。あの小さな拳のどこにこれほどの力があるのか。紙風船の様に巨体がふわりと浮く。
 巫女は両拳を脇腹の横に付けて引き絞る。霊力の高まりで髪が足下から突風で煽られた様に逆立つ。
「百麗拳……」
 巫女の腕が何本も増えて見えるほどの、高速の拳の乱打。あまりの早さのために衝撃音が一つの大きな塊になり、地表で勺玉が爆発したかの様な轟音が民家の壁を揺らした。
 トロルは悲鳴を上げる暇すら無く後方に吹き飛ぶと、砂煙を上げて人里の大通りを二、三回バウンドし、突き当たりにある家屋に大きな音を立てて突っ込んだ。
 圧倒的戦力差。
 これほど有無を言わさぬ圧倒的な力の差を、今までに見た事があるだろうか。あの怪物相手では、一つ間違えば博麗様も……と、固唾を飲んで民家の隙間から覗いていた住人達は水を打った様に静まり返り、誰一人声を発する者は居なかった。
「あそこは確か……直るまでは神社を使ってもらうか……。修繕費を聞くのが怖いな」
 霊気を解いた巫女は大通りの突き当たり、トロルが突っ込んだ建物へ向かって歩き出した。まだ土埃が舞い上がり、辺りからはがらがらと瓦礫が崩れる音が聞こえるが、どうやら門の一部と玄関を破壊した程度で中身は無事らしい。
 大きめの杉板には几帳面な楷書体で「寺子屋」と筆で書かれており、その文字の周囲にはまだ拙い文字で十数人の名前が書かれている。ここの主が毎年この看板をこしらえ、生徒の入学時と卒業時にそれぞれの名前を書かせている。主は「生徒達に自分自身が成長した実感を感じてもらうため」と言っているが、実は主が生徒達との思い出の品にしている事を巫女は知っている。現に主は数十年分、何十枚となった看板を一枚も欠かす事無く蔵の奥に大切に保管し、同窓が集まる席の際はその時の看板を必ず持参しているらしい。
「壊れないでよかった」
 巫女は看板を撫でながら無意識に呟くと周囲を見回す。土埃が晴れて視界が良好になると、巫女はすぐに異変に気付いた。
 トロルが、いない……。
「がぁーッ……はぁー……はぁー……」
 生徒達を遊ばせるために広めに作られた庭から足音と、苦し気な息遣い。そして、何かを引きずる様な音が聞こえた。
「危ない所だった……攻撃力は落ちるが、身体を硬化させておいてよかった……。もっとも、正面から行っても勝てる見込みの無い事は分かっていたから、俺にとっては作戦通りという訳だ……」
 体中から血を流しながあらも、トロルは致命傷を負ってはいなかった。建物の影から満月の光が当たる所まで来ると、ようやく巫女はトロルが引きずっていたものの正体に気付いた。
 紅いリボンを付けた角を掴まれ、もう片方の角は中程から折れていた。顔色から命に別状は無さそうだが、薄緑色の衣服の所々が破れ、気を失うまで凄惨な責め苦を受けていた事がうかがえる。
「け、慧音?!」
 この寺子屋の主、上白沢慧音だった。
 里の襲撃に立ち向かったのだろう。満月だったため、白沢化して戦ったのだろうが、その姿は悲惨なものだった。しかし、慧音も並の妖怪よりは遥かに強い。白沢化しているのなら尚更だ。
「ぐふふふ……血相を変えて生意気にも俺に歯向かって来たからな……なかなか強かったが、手近にいたガキを一人、人質に取ったらすぐに抵抗をやめて大人しくなったぞ。『私の事は好きにしろ、だからその子を離せ』とか言ってな……。人里に住んでいる妖怪か……なかなか重要な存在みたいじゃないか? 俺は今こいつの首をへし折る事等容易い……そうされたくなければ……わかるな?」
「くっ……」
 巫女が下唇を噛んで悔しさに耐えながら、構えを解いて両腕を降ろす。
「そうだ……物わかりがいいな……」
 トロルが抵抗出来ない悔しさを煽る様に、あえてゆっくりと巫女に近づき、品定めをする様に巫女の身体に舐め回す様な視線を向ける。
「ぐふふふ……神に遣えるにしては、なかなか挑発的な身体じゃないか?」
 巫女の顔を覗き込み、人間の臓腑の匂いの混じった生臭い息を顔に吐きかけながら、トロルは下品な笑みを浮かべる。相手を射抜く様な視線で巫女もトロルを睨み返す。
「…………」
「おお恐い恐い。生意気な女は嫌いではない……堕とし甲斐があるから、なぁ!」
「ぐぼぉっ!? うえぇぇぇっ……」
 ぐじゅりという音を立てて、梵鐘を衝く撞木の様な大きさの骨張った拳が巫女の腹に埋まると、一瞬でその整った顔が歪んだ。
 余分な贅肉の付いていないしなやかな巫女の腹に丸太の様な腕をねじ込み、その腕一本で軽々と巫女の身体を持ち上げる。両足が宙に浮き、自分の体重で胃を潰され、喉奥から透明な胃液が逆流してトロルの腕にかかる。
「おいおい、俺の腕を汚すんじゃねぇよ!」
 慧音を地面に放ると、空いた方の手で巫女の頬を張る。トロルにとっては手加減をした平手打ちのつもりだったが、櫂で顔を打たれた様な衝撃が巫女を襲い、弾き飛ばされて寺子屋の雨戸に激突した。背中を強打し、ずるずると腰から地面に落ちる。
「う……うぅ……」
「ぐふふふ……」
 巫女はこめかみと口の端から血を垂らせながら呻く。あの強い巫女を嬲る快感から、トロルの顔に自然と歪んだ笑みが溢れる。
「どうした……立て……そして背中を壁に付けろ。あの妖怪を殺されたくなければな」
「ぐっ……くぁ……」
 よろよろと立ち上がり、言われた通り壁に背中を付ける。
「さぁて……」
 トロルは巫女の襦袢の中にごつごつとした手を入れ、アンダーウェアを跳ね返すほどの弾力を持った胸を乱暴に弄った。温めた柔らかいゼリーの様な感触にトロルの顔が満足気に歪む。巫女はまるで意志を持った何本もの枯れた太い木の枝で胸を捏ねられている様な感覚に教われ、身の毛がよだった。
 神社に遊びに来た子供達に戯れに触られた事は何度かあったが、明らかな劣情の意を持って胸を揉まれた事はこれが初めてだった。悔しさに眉間に皺を寄せるが、トロルの乱暴な指使いから次第に胸の内側がじんわりと熱を持つのを感じる。
「くっ……ッあ……そろそろ……いい加減に……」
「そうだな……親友の敵討ちだ。お前を気持ちよくさせても仕方が無い……」
 トロルは巫女の服の中から手を抜くと、そのまま大きな手のひらで巫女の口を塞いだ。鼻と口を塞がれ、呼吸がまともに出来なくなる。
「この状態で攻撃されれば、さぞ苦しいだろうなぁ?」
「んッ?! んんっ……ヴぶっ?! ヴッ!! ヴぅぅッ!!」
 トロルは空いている右腕を唸らせ、何度も巫女の腹に拳を突き立てた。顔を押さえられ、無理矢理上半身を反らされ、袴と襦袢の境目を狙ってごつ、ごつ、と拳で抉られる。
「ごうッ?! げぶっ! ヴっ?! ヴうっ!!」
 まともに呼吸が出来ない中で内蔵を撹拌され、無理矢理身体の中の空気が絞り出される。しかし、新たな空気を得る事は叶わない。すぐさま脳が酸素欠乏状態になり視界に霧がかかりはじめ、徐々に黒目が上瞼に隠れはじめる。
「おおっと! まだ死ぬなよ!」
 トロルが巫女の顔を覆っていた手を離すと、粘度の高い唾液が巫女の口とトロルの手のひらに糸を引く。その左手を引いた反動を利用して、強烈な右のボディブローが巫女の鳩尾を抉った。
「ひゅぐッ?! おぐうぅ!」
 反らされていた巫女の身体がトロルの腕を挟む様にくの字に折れる。雨戸とがめきめきと音を立てて砕け、耐えきれなくなったガラス窓を破り巫女の身体は屋内へと弾き飛ばされ、柱に背中を打ち付けた。
「がッ……ヴうっ……あがッ……」
 海老の様に身体を折りながら腹を抱えて激痛に耐える。内蔵全体が痙攣し、全てを吐き出してしまいたい衝動に駆られる。
 攻撃を受けた腹部を中心に襦袢やアンダーウェアが大きく破れ、袴のすぐ上から胸の下辺りにかけて大きく素肌が露出し、所々が内出血のために青痣が浮かんでいる。
 ガラスを踏む乾いた音を立てて、トロルが巫女に近づく。右腕にはご丁寧に慧音を抱えている。このような状態でもまだ反撃を恐れているらしい。
「様ぁ無いな、博麗の巫女……さぁて、そろそろ殺すか……」
「ぐっ……あぁ……」
 身体が鉛の様に重く、言うことを聞かない。トロルが頭を掴んで上体を起こすと、額から後頭部全体を力を込めて掴んだ。このまま首を捻るつもりらしい。
「………………男の味を知らないで死ぬもの不憫だよなぁ」
 トロルは整った巫女の顔をまじまじと覗き込むと、自分に言い訳をする様に呟いた。巫女はハッとして視線を下に移すと、毛で覆われた陰茎はトロルの腹に付くほど反り返り、どす黒く鬱血した亀頭がびくびくと震えていた。
「なっ……お前……まさか……」
「時間もねぇしな、口で我慢してやるか……。こいつを殺されたくなければ、口で俺のをしごけ」
 トロルは慧音を畳に放り投げると、その頭に右足を乗せた。首の骨を折るか、頭を押し潰す気だ。
「くっ……この下衆が! 下衆に似合いな、下らない要求だな」
「その下衆にこれから奉仕するのはどこの誰だ? まぁ、無理にとは言わんが……」
 トロルが慧音の頭に乗せている足に力を込める。巫女の頭によく神社に遊びにくる寺子屋の子供達の顔が浮かぶ。子供達の話題は、ほとんどが慧音との楽しい思い出だ。
「わ、わかった……。するから……慧音を離せ……」
「それでいいんだよ……ぐふふふ……」
 巫女はおずおずと口を開いて、グロテスクに膨張した亀頭に唇を付ける。まさか初めての口づけの相手が、こんな禍々しいモノになるとはと考えると、自然と涙があふれてくる。
 ちゅ……ちゅぶっ……ちゅうっ……。
 おずおずと先っぽを唇でくすぐる。当然やり方など分かるはずがない。困惑しながら陰茎に口を付けていると、頭を押さえていたトロルの手に力がこもり、喉奥まで陰茎を突き込まれた。
「うぐっ?! ヴえぇぇぇぇッ?!」
「下手糞にも程があんだよ! 時間がねぇから勝手にするぜ」
 乱暴に頭を前後に揺すられ、包皮まで固い毛に覆われたブラシの様な陰茎が食道を何度も擦りながら往復する。想像を超えた吐き気にすぐに胃液が逆流して口から溢れるが、トロルは構わずに快楽を貪った。
「うえぇッ!! ヴえぇぇぇッ!! おえぇぇっ!」
 巫女の顔は苦痛に歪み、涙と涎でぐしゃぐしゃになっていた。征服感からか、その顔を満足気に覗き込みながらトロルは静かに言葉を発した。
「この慧音とかいう妖怪と戦った時に人質にとったガキな……こいつが動けなくなるまでいたぶってから、目の前で喰ってやったよ……。ものすげぇ悲鳴上げてたぜ。お前を殺した後で、こいつも犯してから殺してやるよ……」
「!? ごっ?! ぐうっ!」
 巫女の顔にこれまでに無いほどの怒りの色が浮かぶ。トロルの腹を押して陰茎を抜こうとするが、一瞬早くトロルが両手で巫女の頭を抱えると、大量の粘液を放出した。
「ぐあああっ! 出すぞぉ……直接胃に注いでやるぞぉ!」
「ヴっ?! ぐっ、んんんんんんんッ?!」
 どくどくと早いペースで脈打ちながら、人間の物より遥かに粘度の高いドロドロの精液が巫女の喉を駆け下りる。トロルは時折声を漏らしながら快楽に耐えているようだった。
「くあぁぁ……」
 長い放出が終わり、ズルリと陰茎が糸を引きながら巫女の喉から抜ける。今まで限界まで口を開いてトロルに奉仕していたせいか、巫女の口はしばらく閉じる事が出来ずに、黄ばんだ粘液を口から垂らしていた。
「あ……あぁ……」
「ふぅぅぅぅ……気の強い女を征服するのはたまらんなぁ……。はぁぁ……さぁて、それじゃあお別れだ……」
 ぞぶ、と言う音が室内に響いた。
 なんだ? とトロルは周囲を見回す。巫女はまだ項垂れている。自分の身体を見てみる。陰茎はまだ快楽の余韻で熱を持っている。脚も、腹も、腕も何も異変は無い。畳には慧音という妖怪が転がっている。陰茎はようやく快楽の余韻が去ったが、熱はまだ持っている。いや、熱い。火の様に熱い。体毛をかき分けてその場所を探ってみる。
 ………………無い。
「な……え……?」
 トロルには全てがスローモーションに見えた。巫女が立ち上がる。自分の腹に巫女の両拳が突き刺さる。文字撮り、皮膚と筋肉を突き破って刺さっている。
「……天将奔麗」
 巫女が呟くと、腹の中に入った巫女の両拳が紅い光に包まれ、霊気が内部で爆発する。先ほど巫女が突き破った所をそのまま通り、トロルが寺子屋の庭に転がる。
「ごぼっ……ごっ?! ごぉぉ……」
 巫女が幽鬼の様にゆらゆらと庭に降りてくると、自分の指を喉に突っ込んだ。
「おうえぇぇぇぇ……っ!!」
 黄ばんだ練乳の様な物が巫女の喉から逆流し、地面に勢いよく吐き出された。唾液と一緒に「ぶっ」残りの一滴を吐き出すと、手首で口元を拭いながら、地面でのたうち回っているトロルを見下す。
「聞く所によると、精を落とした直後に男や雄は最も無防備な状態になるそうだが、妖怪も同じ様だな……」
 巫女が気合いの咆哮と共にトロルの厚い胸板に肘まで拳を埋める。どす黒く濁った返り血が白地の袖と顔を汚す。生木がへし折れる様な音の後に、ぐずぐず、ぶちぶちという肉をかき分ける厭な音が響いたかと思うと、トロルの身体が電気ショックを受けた様にビクリと跳ね上がると、すぐに小刻みに痙攣が始まった。
「流石に私の手でも余るくらいの大きさだな……。今、お前の心臓に繋がっている大動脈を握りつぶして血の巡りを止めている……。この方法が、この幻想の大地を血で汚さず、お前にとっても苦しみの少ない屠り方だ。後は閻魔に裁いてもらえ……」
 圧縮機のバルブを開いた時の様な甲高い音を立てて、トロルが肺の中の空気を一気に吐き出すと。宙に浮いていた大きな手は地面にめり込む様に落ちた。
「お前の行動は許されるものではないが、私にも原因の一端はある……次の生では、違った形で会いたいものだ……」
 巫女は肩で息をしながら、肘までトロルの身体に埋まっていた腕を引き抜くと、亡骸に対してゆっくりと目を閉じ、黙礼する。その後、自分にしか聞こえないほどの声量で祝詞を唱えた。 十分ほど経っただろうか。
 何かがおかしい。
 祝詞の声が止む。
 自分の下腹部、臍の下辺りに何か蠢く様な感触を憶え、アンダーウェアの中に手を入れてその部分をさする。

 熱い……?

「博麗……」
 背後から自分を呼ぶ声が聞こえて振り返る。所々に白い装飾を施された紫陽花色のドレス。長くウェーブのかかった金髪を多数のリボンで結い、頭に変わった帽子を乗せた少女の姿が目に入る。
「紫……」
「…………」
「こ……これ……何かが……お腹の中で……」
 八雲紫は巫女の顔とトロルの死骸を交互に見ると、深いため息をついた。
「……トロルの種を保存しようとする本能は、他の妖怪に例を見ないほど強いわ。本来ならあり得ない、異種間でも平気で受精させてしまう程に強い……」
「受精? でも……私は口で……」
「生存本能は精子の段階から宿っているわ……。他の生物の体内に入れば、手段を選ばずに受精しようとする。たとえば『胃を食い破って血管の中を泳ぎ、子宮に穴をあけて、卵子の殻を破って中に侵入』したりするのよ……」
 巫女の背中を冷たいものが流れた。自分の身体の中で起こったであろう現象を想像すると、悪寒が、足下から数万の蟻が這い上がって来る様に脳天へ駆け上がった。それと比例して自分の下腹部の熱はみるみる上昇し、今では身体がじっとりと汗ばんでくるほどになっている。
「……私は……どうなる……?」
「……一時間としないうちに、貴女とトロルの混血児が身体を食い破って出てくるでしょうね……」
 巫女は「そうか……」と呟いて下を向いた。その表情は全くの無表情で、何の感情も読み取れなかった。
「紫……私はどうなってもいいが、この……子供……と言っていいのかわからないが……、出来れば竹林辺りへ放してやってほしい……。もちろん最終的な判断は任せるが、悪い命でなければ、できれば幻想郷の一員にしてやってくれないか……頼む……」
 沈黙が辺りを包んだ。最強の巫女と最強の妖怪。張りつめた沈黙が、その間を忍び足で歩いている。
「わかったわ……申し訳ないけど、貴女を救う方法は無い……」
 八雲紫は沈痛な表情で言葉を続ける。
「知っての通り、子供は一人では出来ない。貴女の胎内の子は今はトロルの血が濃過ぎるから、このまま放っておいたらそこで死んでいる様な、ただのトロルになってしまう。でも人間……貴女の血を濃くし過ぎると、自分の中の妖怪の血とバランスが取れずにすぐに弱って死んでしまうの。どちらも濃過ぎても薄過ぎてもダメ……。力を残しつつ、それでもなるべく人間寄りな境界を見つけて調整するわ……」
「ああ……頼む」
 巫女は残された時間を使い、今回の件を出来るだけ詳しく紫に報告した。中でも、今回の一件は自分が暴力でもって解決した先の事件への報復であった事。それによって罪の無い人間が巻き込まれ、命を落とした事を強調した。
「出来れば『退治』ではなく、何か他の方法を考えた方がいいと思う。暴力で暴力は解決出来ない。例えばお互いの力を、相手を傷つけない様に見せ合って解決する様なルールを……んぐっ?!」
 突然巫女が腹を押さえて膝をついた。身体ががくがくと痙攣し、地面を掻き毟る様に爪を立てる。
「始まったわね……胎内の子が貴女を食べ始まっている。子宮から小腸、胃腸、肝臓を食べ、文字通り『食い破って』出て来ようとしているわ……」
 巫女の喉から泡の立つ様な音がしたかと思うと、真っ赤な鮮血が滝の様に口から地面に落ちた。
「……っぎ! ヴあっ?! あああっ……ぅ!」
「……今、楽にしてあげる…………今までお疲れさま……貴女は最高の、博麗の巫女だった……」
 紫が日傘を取り出し、うずくまる巫女に構える。うなじのあたりに向けてすっと伸ばされた傘の先がぼんやりと光りはじめる。
「ヴぶっ……ごぇ……あぁ……げ……幻想……郷と……そこに住む……皆を……頼む…………………………」

 空がやや白み、妖怪の森の木々の間から鳥達が鳴き始める頃、八雲紫は両手で大事そうに赤ん坊を抱えていた。慣れた手つきであやしながら、子守唄を歌っている。
「全然泣かないのね……強い子だわ。誰に似たのかしら……って決まってるわね」
 紫は自分の背後の樹の根元にある掘り返した跡のある地面に向かって「ほら、お母さんにさようならして」と言って赤ん坊の手を振ると、一緒に隙間の中に消えていった。


「スペルカードルールが出来たのはそのすぐ後だ」
 吸血鬼の少女が空になったワイングラスをテーブルに置くと、どこからか現れたメイドが音も無くグラスにワインを注ぎ足し、「お嬢様、お食事の準備が整いました」といいながら頭を下げ、暗闇に溶ける様に消えていった。
 今の話は本当の事なのかと聞いてみた。あんまりだ、惨過ぎると。吸血鬼は両方の手の平を肩の高さに上げて首を振るだけだった。
「信じる信じないはお前の勝手さ。幻想郷は全てを受け入れる。どんな真実も偽りも……ところでお前はなかなか聞き上手だな。話していて楽しかったよ。明日でお別れなのが実に惜しい……」
 新しく注がれたワインを一息で飲み干すと、吸血鬼は上機嫌に鼻歌を歌いながら出口に向かって歩き出した。よほどこの後の食事が楽しみらしい。
 去り際に振り向いて「何だったら明日も私の昔話を聞いてみるか?」と聞いてきたので、僕は是非にと答えた。吸血鬼は満足げに頷いた。
「先代の時に比べ、霊夢の代なってから異変の発生件数や深刻度は極端に低くなった。解決までも早い。巫女としては本当に優秀だ」
 僕は黙って頷いた。
「だが、人間としてはどうだ? 先代だったら既にここまで飛んで来て、私と拳を交えている頃じゃないか? 今頃食卓に登っている妊婦も、もしかしたら助けていたかもしれん。そうならなかったのは私にとっては幸運だが……」
 今の巫女は、人間にも妖怪にもあまり関わろうとしないと告げた。吸血鬼はそうだなと言った。
「妖怪の賢者と謳われた八雲紫が、なぜ事前にあの優秀な巫女を助けなかったのか。なぜ多くの犠牲を出したトロルの傍若無人を事前に防がなかったのか……。そんなことは、博麗霊夢が先代に輪をかけて、まるで『妖怪の様に』強いのだから小さな問題じゃないか。妖怪も『人間であるはず』の霊夢にはずいぶんと懐いてあまり異変を起こさない。八雲紫も安心して寝ていられる。博麗霊夢は神社にいまし、幻想郷は全て事も無し……そういうことさ……」




昔話をしようか


EИD