nnSさんリクエスト、「n×И」を書き直しました。

お時間がある時にどうぞ。

※文字数オーバーのため、お手数ですが後半と後日談は「続きを読む」からお読み下さい。



n×И -party pills-


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 二週間前に納車されたばかりのカマロは低いエンジン音を立てながら冷たい風を車内に吐き出していた。車内は外の熱気や湿度と隔離されてとても快適であり、厳つい外見とは対照的に青いダウンライトとブラックレザーで演出された落ち着いた雰囲気だ。出来る事ならすぐにでも高速に乗って、法外なスピードを出しながら首都高を抜け、東名を西へ西へと走って行きたかった。
 男が待ちはじめてから既に一時間以上が経過している。四本の下り電車が到着したが、ターゲットはまだ現れなかった。苛ついて、舌を貫通しているピアスの先を何回も前歯の裏側にぶつけて、カチカチと一定の間隔で音を鳴らす。センタータンを開けてからはこの仕草が舌打の代わりになった。
 手持ち無沙汰にルームランプを点けて、もう何度と無く見返したターゲットの調査書を見る。
 名前は小早川小春。
 家族構成、家庭環境、健康状態はいたって普通。兄弟は弟が一人。成績は中の上から上の下程度で悪くない。本格的に空手を習っており、レベルは全国クラス。学校の空手部ではキャプテンを務め、女子部員はおろか男子部員でもまともに小春の相手を出来る者は少ない。鍛えた足腰と強力なバネを使った足技が得意。小柄な身体を生かして相手の死角に入り込み、跳躍して相手の頭部を攻撃する技は脅威。
 一日の流れは朝六時から一時間ジョギングをした後学校へ向かい、授業を受けた後は部活動に参加。学校併設のジムで筋力トレーニングを終え、シャワーを浴びてから帰宅する。自宅近くの駅に着くのは夜九時頃。
 添えられた数枚の写真に目を移す。薄桃色の髪に同系色のセーラー服を着た本人が友人達と写っていた。なるほど、確かに小柄だ。同年代の女子に比べると、小春がその中の誰かの妹に見える。中学生と言っても通るだろう。弟と写っている写真では既に身長を抜かされている。印象的だった事は、一人の時や友人といる時の小春の表情は自信に満ちた強気な印象を受けるものが多かったが、弟と買い物をしている写真だけはニコニコとだらけきった顔をしていた。
 書類と写真を封筒に仕舞っているとコンコンと窓を叩かれ、視線を車の外へ向ける。
 側頭部にわずかに残った髪の毛を必死に伸ばして頭頂部に貼り付けた、脂ぎった顔をしたタクシーの運転手が怪訝そうな顔をして車内を覗き込んでいた。人差し指の第二関節でノックされたドアウインドウには、手の油が丸い形で白く残っている。
 男は頭に血が登るのを感じながらドアウインドウを開けた。雨上がり特有の粘ついた湿気と熱気が車内になだれ込む。
「あのー、ここはタクシー専用の駐車場なんですが……申し訳ないんですが近くのコインパーキングに移動してもらえませんか?」
 前歯の裏でピアスがかちりと鳴る。
「…………」
「あの……」
「誰が決めたんだ?」
「え?」
「ここがタクシー専用の駐車場って誰が決めたんだ? お? お前ナメてるのか? お前らが勝手にそう呼んでるだけだろうが。しかも今はガラガラじゃねぇか。お前誰の指示で俺に指図してんだ?」
 ドスを利かせた声で言うと、運転手は若干怯んだようだ。すぐに自分の立場の方が上である事を理解する。この世界で生きて行くには、自分より下の立場の奴としか喧嘩をしないに限る。相手の名札も確認した。一気に畳み掛ければ大丈夫だ。
「いや、誰がと言いますか、あそこの看板にもそう書いてありますし……ラッシュ時はここが埋まる事も……」
「その看板お前が立てたのか? え? どうなんだ? 新垣さんよぉ? 個人タクシーなんて俺の事務所の奴ら使えばすぐに営業停止にしてやれるんだぜ? あ? どうするんだ?」
 基本中の基本。相手に喋らせる暇を与えずにまくしたてる。同時に窓からスキンヘッドにした頭と、鍛えた二の腕から手首にかけて彫ったタトゥーを見せる様に上半身を乗り出し、相手のネクタイを掴む。
「どうなんだ? え? どうなんだよ?」
「…………すみません」
「あ? 新垣さん謝って済むの? そっちからいちゃもん付けてくれたのによぉ? 新垣さん俺の事務所での立場知ってるの? 窓に指紋まで付けてさぁ……どうすんのこれ? あ? どうすんの?」
「……いくらですか?」
 男は笑いを堪えるのに必死だった。また自分の思い通りになった。誰かが勝手に決めたルールなんてものは少しばかりゴネて脅せば、どうとでも自分に都合のいい様に曲げられる。そうして今まで生きてきたし、これからも変えるつもりは無い。
「おいおいナメてんのかよ? まるで俺が脅して金取ってるみたいじゃねーかよ? いいよいいよ、後は俺の事務所の奴らに任せるからさぁ」
「……洗車代……払わせて下さい……あと、事務所の人たちには……」
 新垣が胸ポケットから薄い財布を取り出して数枚の万札を渡してくる。あとは余計な事は何も言わないのが定石だ。俺は脅して金を取ったんじゃない。車を相手の過失で汚されて、申し訳ないから洗車代を受け取ってくれとお願いされているだけだ。ネクタイを離して金を受け取ると、背中を丸めて自分のタクシーへ帰ろうとする新垣を呼び止める。怪訝そうにしている新垣にちり紙に適当に書いた領収書を渡してやる。これで全て終わりだ。新垣は正真正銘、自分から洗車代を払った事になった。
 タクシーに戻ってすぐに車を発進させた新垣を尻目に男が駅の出入り口に視線を移すと、下り電車が到着して駅前が俄に活気づいていた。目を凝らすと、目当ての薄桃色の髪を見つけ出す事が出来た。
 小早川小春が顔をややしかめながら駅から出てきた。
 写真で見た通りの小柄な体型だが、実際の目で見た小春は身体の起伏こそ乏しいものの、なかなかそそるものがあった。薄手の白いニーソックスに締め上げられたしなやかな筋肉を纏った太腿や、歩く度にチラチラと見える小さなヘソは女性特有の柔らかい雰囲気を醸し出していたし、何よりその強気な表情が征服した後にどの様に変化するのかを想像しただけで、嗜虐的な昂りが男の身体の中で沸き上がり、口角が自然とつり上がった。
 小春はしかめっ面を崩さないまま手を団扇の様にしてあおぎ、足早に住宅地の中へと消えて行った。
 男はダッシュボードからピルケースを取り出すと、ピンク色の錠剤を二粒噛んで飲み込んだ。これで通常よりも効き目が早く現れるはずだ。喉の粘膜に引っ付いた錠剤の粉を残らず飲み込むと、カマロのエンジンを切ってドアを開けた。粘つく湿気をたっぷりと湛えた熱気が、二枚貝を捕食する時の蛸の様に男に絡み付く。なるほど、これは顔もしかめたくなるなと思いながら、男は小春の後をつけた。

 小春のローファーが立てる硬質な靴音に重ねる様に、男も一定の間隔でドクターマーチンのエアソールで地面を踏み鳴らした。グズグズといった重い音は小春の耳にも届いているだろう。事実、先ほど小春は不意に方向を変えて狭い路地裏へと入って行った。用がなければ決して入らない道だ。男を不審者かどうか判断するつもりらしいが、男は構わずに小春の後を付ける。
「…………あのさぁ」
 道幅がやや広くなり、周囲を空き地に囲まれた場所まで来ると、小春が後ろを振り向いて声を上げた。湿気で重くなったショートヘアを右手で掻き上げた時に、セーラー服の上着がまくれ上がって適度に絞られた腹部が露になる。
「いい加減にやめてくれない? 私に個人的に用があるなら聞いてあげてもいいけど、変なことが目的だったら相手が悪かったわね。すぐに消えるなら見逃してあげるけど、このままコソコソし続けるなら引っ張り出して蹴り入れるわよ」
 強気だが幼さの残る声が路地裏に響く。嗜虐心を煽る声だ。男は笑みを浮かべながら小春の前に歩み出る。
「へぇ、やっぱり気付いてたんだ?」
「そんなデカイ身体で付いて来られたら誰でも気付くわよこのハゲ! なにそのポロシャツ? サイズ合ってないわよ。ぴちぴちで見苦しいからすぐに脱ぎなさいよ!」
「……俺はハゲてねぇよ、剃ってるだけだ。それに、上着はワンサイズ下げた方が筋肉が目立っていいだろ?」
「あーそう、私からすればゲイにモテそうな格好にしか見えないけど? あ、もしかしてその趣味の人? 私は人の趣味にとやかく言うつもりは無いけど、目障りだから視界から消えてくれる?」
 男の眉間に血管が浮かぶ。強気な表情通りの口の悪さだ。写真で見た弟といる時の表情が別人に思える。
「お嬢ちゃん。人の身体の悪口言うなって学校で習わなかったか? 俺だってお前にチビとかペッタンコとか言ってねぇだろ?」
「う、うるさいっ! これから大きくなる……かもしれないんだから別にいいでしょ!」
「それに俺はゲイじゃねぇ……なんならここで、お嬢ちゃんのこと犯してやってもいいぜ? 小早川小春ちゃん?」
「え? な、何で私の名前……? と、というか、やっぱりソレが目的だったのね! アンタみたいな下衆に犯される前にぶちのめしてやるわよ!」
 男の位置からでも小春の耳が真っ赤に染まっている事がわかる。凄んでいるが、こういう事には免疫が無いらしい。まぁ空手一辺倒だったから仕方がないかと男は思った。
「まぁ落ち着けよ。俺のお願いを聞いてくれたら、俺に対する暴言も含めて許してやる。次の全国大会を辞退しろ。断れば痛い目に遭ってもらう」
「はぁ?! 嫌に決まってるでしょ! 頑張ってせっかく県の大会で優勝したんだから。誰に頼まれたか知らないけど、大人しく帰って『死んだ方がいいんじゃない?』って伝言伝えてくれる?」
 小春は左手を腰に当てて前屈みになりながら、唇を尖らせてシッシッと相手を追い返すジェスチャーをする。小動物っぽくてなかなか可愛い仕草だ。手の動きに合わせて頭の上からアンテナの様に生えているアホ毛もピョコピョコと動く。
「ふぅん、断るのか? なら力づくで納得してもらうしか無いなぁ?」
 小春の細い眉毛がぴくっと動いた。昔から身体が小さく、今のように努力にして結果を残す前は、自信も体力も人一倍無かった小春にとって「力づく」という言葉は弱者に対する何よりの侮辱であり、最も嫌悪感を催すものだった。
「アンタさぁ……確かに私は身体が小さくて弱そうに見えるかもしれないけど、相手見てから喧嘩吹っ掛けるのは最高にダサイと思わない?」
「負ける勝負はしないことが生き残る鉄則だぜ? 逆に勝てなそうな相手にはいい気持ちにさせて取り入ればいいしな。小春ちゃんも大人になればわかるぜ?」
「そう……じゃあ私もアンタに勝てそうだから、その喧嘩買わせてもらうわ」
 小春が地面を蹴ると一瞬で男との距離が縮まる。鍛え抜いた足腰は軽量な身体を高速で運び、移動の勢いを乗せたままの前蹴りが男の腹に吸い込まれる。
「おうっ?!」
 男の顔が苦悶に歪むが、小春は戸惑った表情を浮かべながら摺り足で距離を取った。インパクトの瞬間小春はローファーのゴム底を通して、足指の付け根に筋肉とは違う硬い感触を感じた。
「アンタ……何か仕込んでるでしょ?」
「うっぷ……サポーター巻いててもこの威力かよ……。まともに喰らったらヤベェな……」
 男がフレッドペリーのポロシャツを捲り上げると、黒いサポーターが腹部全体に巻かれていた。
「打撃が得意って聞いたからな。出来るだけ用心はさせてもらったぜ。対衝撃性と機動性に優れた硬質ウレタン製のウェストサポーターさ」
「そう……生身じゃ怖くて女の子一人襲えない弱虫だったのね。それならむき出しの顔に一発決めてやるわよ!」
 小春の身体が一瞬跳ねると、男の視界から小春が消えた。一瞬のことで男は周囲を見回すと、男の頭上から小春の「こっちよ!」という声が聞こえた。
 強靭なバネと小柄な身体を生かして小春は壁を蹴って男の頭上にまで跳び上ると、全体重を載せた踵を男の頭に落とした。男の後頭部に重い衝撃が響き、脳が頭蓋の中でシェイクされる。男の視界を眩しいほどの白い光と真っ黒な闇が交互に支配する。
 男は辛うじて視界の隅に写った小春の身体を目掛けて左腕を伸ばすと、小春の足首を掴むことに成功した。重力に任せて落下していた小春の身体が足首を支点に反転し、逆さ吊りの体勢で固定される。
「え?! 嘘……ちょ……ヤバ……」
 小春が慌ててスカートを押さえる。ショーツが露になる事は阻止できたものの、セーラー服がスポーツブラジャーが見えるほど捲れ上がり、白く引き締まった腹部が男の前に晒される。男は迷う事無くむき出しになった腹部に拳を深く突き込んだ。
「ふぐぅぅぅッ?!」
 不意打ちを喰らい、小春の瞳孔が一気に収縮する。体内の空気が強制的に吐き出され、息を吸おうにも身体の奥に撃ち込まれたままのゴツい拳が邪魔をして、肺が思う様に膨らまない。
「やるねぇ……キメめてなかったら危なかった……」
 男がぐぽっと音を立てながら小春の身体から拳を引き抜くと、ジーンズのポケットから黒い携帯電話の様なものを取り出して小春の脇腹に押し当てた。バチッという耳を塞ぎたくなる様な音が響くと、小春の身体がビクリと跳ね上がる。
「うあああああッ!」
「スタンガン喰らうのは初めてか? 気絶しないにしても、しばらくの間身体の自由が効かないと思うぜ……たっぶりお礼はしてやるよ……」
 男が掴んでいる小春の足首を離すと、小春の身体は背中から地面へと落下した。すぐに立ち上がろうとするが、男の言う通り膝が笑ってなかなか地面を踏みしめられず、よたよたよ後ずさることしか出来ない。すぐに男に距離を詰められると、どぽんッ! という湿っぽい音が細い身体に響いた。重くなった腹部の感触に、おそるおそる視線を下に移す。若干前屈みにの体勢なった小春の華奢な腹部に、男の拳が手首まで埋まっていた。
「ぅぁ……ぁ……」
 えげつないほど容赦なく腹を抉られている。この後襲ってくる苦痛も、おそらく自分の想像を超えるものなのだろう。
「うぶぅっ?! ごッ……おごおッ!?」
 一瞬の間隔を置いて、腹部からぞわぞわと不快感がせり上がり、徐々にそれが鈍痛から苦痛に変わると、今まで経験したことの無いほどの苦痛が体中を駆け巡った。小さな身体がまるで電気ショックを受けたように跳ね、全身が痙攣して膝から下が無くなったような錯覚に襲われる。普通なら崩れ落ちているはずの身体を、腹に刺さったままの男の拳が辛じて支えていた。
「ゔぐっ……かふぅっ……ぬ……抜いて……」
「へへ……いいねぇ、その苦痛に歪んだ顔……」
 男は小春の髪の毛を掴んで無理矢理顔を上げさせると、身体をくの字に折りながら口の端から唾液を溢れさせている小春を満足そうに覗き込んだ。瞬間、一瞬腹圧が軽くなる。拳を三分の二ほど抜かれ、小春が安堵して息を吸おうとしたところ、小春の細い腰に手を回しながら更に深く拳が埋められた。
「うぶぅぅぅっ?!」
「おら、休んでんじゃねぇよ」
「ひぐっ……うあっ……あぁ……」
 小春の小柄な身体ががくがくと震え、倒れ込まないように必死に内股を摺り合わせて耐える。男はその様子を満足げに見下ろしながら小春の温かい腹部の感触を楽しむと、下腹部に丸太の様な膝を埋めた。内臓が正常な位置から隅に押しやられ、出鱈目な信号を脳に送る。
「おぐッ?! ぅぁ……」
 ヘソ周辺の胃や子宮を潰され、身体の底から沸き上がる鈍痛や嘔吐感を押さえる為に両手で口を押さえる。目からは涙がこぼれ、顔色は徐々に青くなっていった。加虐性癖を持つ男は自分の下半身が痛いほど膨れ上がっている事を感じる。小春の身体から一旦膝を引き抜くと、更に勢いを付けて腹部を突き上げた。
「うぐぅっ! ごぽっ……ごえぇぇぇぇ……」
 男の膝は容赦なく小春の小さな胃を内壁同士がくっつくほど潰し、その内容物を食道へ逆流させた。両足が地面を離れる程の威力で突き上げられ、空っぽの胃からは透明な粘液が逆流して吐き出される。
「くくく……さっきまでの勢いはどうした? それに、なかなかいい反応じゃないか? 責められると弱いタイプなのか? 腹の中がびくびく痙攣してるのがわかるぜ」
「うえぇ……ごぷっ……ちょ、調子に乗るな……スタンガンなんて使って、この卑怯者……。アンタなんて…………ぐぼぉっ?!」
 男が小春の鳩尾をピンポイントに突き上げる。拳骨と胸骨がぶつかるミシミシという音が、骨伝導ではっきりと小春の鼓膜に届いた。
「かはッ……あ……ゔあぁ……ぁ……」
 心臓をシェイクされた衝撃で呼吸が出来なくなる。小春は必死に空気を求めるようにぱくぱくと口を動かした後、瞳がぐりんと瞼の裏に隠れ、支えを失ったようにガクリと全身を弛緩させた。男の腕に抱きつくように倒れたため、ピンク色の髪が男の二の腕をくすぐる。
「へへ……これだけで終わると思うなよ? 俺はナメられるのが一番頭にくるんだ。楽しませてもらうぜ……っと、もう聞こえないか」
 男は全身を弛緩させた小春を軽々と肩へ抱え上げると、住宅地の奥へ向かって歩き出した。

 住宅地から少し離れた公園の多目的トイレの中に入ると、マジックやスプレーで書き殴られた怪しい個人情報や卑猥な絵が目に飛び込んできた。蓋が無くなった汚物入れからは変色したティッシュペーパーやナプキンが溢れている。便器周辺の床には使用済みのコンドームが口を縛ることもせずにそのまま捨てられており、中身がこぼれて乾燥した痰の様にタイルの上で干涸びていた。
 便器の脇には明らかに後から備え付けられたであろうTの字を横にした様なステンレス製の簡素な手すりがある。ハンディキャップを持った人用だろうが、手すりには滑り止めが付いておらず実際に使用した場合は転倒する可能性もあるだろう。
 しかし、本来の用途としての機能はさておき、不必要に床から天井まで伸びたステンレスパイプは人間を拘束するにはなかなか好都合だった。
「ぐぅッ!? あうッッ!! おぅッ!! ごぶっ………お……おぇぇぇぇ……」
 所々割れたり剥がれたりしているタイルで囲まれた多目的トイレの中に、小春の痛々しい悲鳴が響き渡った。手首と足首をそれぞれ手錠でステンレスのポールに拘束されて、相手の攻撃をガードするどころか、汗を拭うことすら出来ない。
 小春の幼さの残る声が発する苦痛のサインは、常人には耳を塞ぎたくなるほど残酷なものだったが、男は嬉々としてその悲鳴を絞り出かのように小春の華奢な胴体へと拳を埋めていた。
「ほらほら、もっと鳴けよ。このトイレは灯りが点いている時には誰も入らねーって暗黙のルールがあるから、叫んでも誰も来ないぜ。それに、どんなに騒いでも壁に反響してセックスの時の喘ぎ声にしか聞こえねーよ」
 男は右手に嵌めたメリケンサックを撫でると、再び小春のヘソあたりに拳を埋めた。小春の背骨がメリケンサックとステンレスのポールに挟まれ、ゴリッという音が響く。
「うぐうっ?! あっ……うあぁ……こ……この……」
 目に涙を浮かべ、口の端から涎を垂らしながらも男を睨みつける。小春のセーラー服は度重なる打撃で捲れ上がり、拳の痕が痛々しく浮かんだ腹部が露になっている。
 男はメリケンサックを外すとゆっくりと拳を脇まで引き絞るり、骨張った拳骨をぐちゅりと小春の子宮に埋めた。
「おごおおおっ?! ゔッ?! そ、そこ……ゔあッ?! ああああぁぁぁッッ!!」
「へぇ……身体と同じく子宮も小さいんだな……このまま握り潰せそうだ……」
 男は指で子宮をぐちゅぐちゅとこね回すと、少し上に位置する胃に親指をねじ込み力の限り圧迫した。小春の口が大きく開かれ、悲鳴とともに飲み込めなくなった唾液の飛沫が口から床に落ちて染みを作る。
「がッ……ああぁ……うぁぁ…………」
「さ、そろそろいいだろ? 次の全国大会を辞退して、空手部も辞めろ。そうすれば、このまま帰してやる」
「…………ふッ……く……う……うるさい……この卑怯者……アンタみたいな小物、普通に勝負したら絶対負けないから……」
 普段はふわふわとボリュームのある小春のピンク色の髪は、脂汗で濡れてべっとりと額に貼り付いていた。喉から竹笛を吹いている様なひゅーひゅーと言う音を立てながら、小春は必死歯を食いしばり男を睨み上げる。
「へぇ……まだ頑張れるのか。なら俺も、遠慮しないで楽しませてもらうぞ……」
 男は手を限界まで外側に開くと、掌底を小春の腹全体を押し潰すように突き込んだ。拳とは違う重い音が響き、小春の黒目がぐりんと瞼の裏に隠れる。
「ごっ?! ……ッッ……ゔっ……」
「どうだ? 衝撃が皮膚や筋肉に吸収されないから、内蔵にモロに響くだろ? この後もの凄い痛みが来るぜ」
「あ…………ぐぷっ?!」
 内臓全体が沸騰した様な感覚の後、全てを吐き出したいほどの衝撃が駆け巡る。それぞれの臓器が脳に対してバラバラにエマージェンシーを訴える。
「ごぼぉぉぉぉッ?! おうえぇぇぇぇッ!!」
 びちゃびちゃと汚い音を立てて床に粘液が広がってゆく。どこかの内蔵を損傷したのだろうか、僅かにどす黒い血が透明な液体の中にぽつぽつと混じっていた。ひとしきり吐き終わると小春は小刻みに肩を上下させながら短い呼吸を繰り返すが、乱れた呼吸が収まる前に掌底を鳩尾に撃ち込まれた。
 空気の塊を身体の中にねじ込まれた感触。
 本能がそれを吐き出そうと、必死に嘔吐かせる。
「ごひゅぅッ?! ……っご……がっ…………」
 男は苦痛に喘ぐ小春の髪の毛を掴んで無理矢理顔を上げさせる。小春の顔は既に涙と脂汗と涎でぐちゃぐちゃになり、半分白目を剥きながら舌を出して喘いでいる。その表情は男の征服欲と加虐性欲をしたたかに刺激した。
「いい表情するじゃねぇか……。エロいぜ? 俺のもこんなになっちまったよ」
 男はジーンズのボタンを外すと、硬くなった男性器を露出させた。小春の顔を下げさせ、無理矢理それを見せつけると、小春の顔がみるみる青くなる。
「あ……だめ……私……まだ……」
「心配すんな。もっといい事考えたからよ……」
 男は小春のセーラー服を捲って素肌を露出させると、中指を立てて小さなヘソに突き込んだ。ブチュッという小さな破裂音と共に男の中指が根元まで埋まる。
「…………………あ?」
 小春の身体がビクリと跳ねた。ただならぬ感触に視線を恐る恐る下げると、男の節くれ立った指が自分のヘソの中に埋まり、女性器を愛撫するようにぐちゅぐちゅと蠢いていた。
「あ……うああああぁ!! ああああああぁぁ…………」
「すげぇ……温かくて柔らかくて、色んなものが絡み付いてくる……アレよりも具合がいいんじゃねぇか……?」
 小春は自分の腹の中を醜悪な模様の丸々と太った芋虫が這い回っている様な不気味な感触に襲われ、全身の毛穴が粟立った。不思議と痛みは無かったが、下腹部がヘソから垂れた血で生暖かくなってくると、猛烈な吐気がこみ上げてくる。
 指は上下左右に動き小春の腹の中で暴れ回り、腹膜や皮下脂肪をかき回した。小春の顔からは徐々に血の気が失せ、目を瞑ってそのおぞましい行為に耐える。
「あっ……うあぁ……」
「へへへ………」
 数分に渡り、男はぐちゅぐちゅと音を立てながら小春の体内の柔らかさと温かさを十分堪能すると指を引き抜き、自分の男性器を小春のヘソにあてがった。
「あ……うぁ……ま、まさか……嘘……でしょ……?」
「そのまさかだぜ? ほら、いくぜ……」
 ブヂブヂという音がヘソから耳に届くと、小春の頭は真っ白になった。さっきよりも太い肉の塊が、自分の腹膜や脂肪をかき分けて侵入し、内臓をかき回している。
「ふぅッ?! ゔぁ……うあぁぁぁぁ?!」
「へへ……根元まで入ったなぁ……」
 何故痛みが無いのか? 痛みがあれば、発狂することも出来たかもしれないのに。今はただ内臓をかき回される気持ち悪さと、さっきまでの蒸し暑さが嘘の様な寒さしか感じることが出来ない。かき分けられた内臓が元の位置に戻ろうと小刻みな痙攣と蠕動を繰り返す。男性器が小春の腹を出入りするたびに、ぬめった血液が潤滑油となってわらわらと内部をかき回し、ヘソ周辺の皮膚が男性器を擦り上げる。
「あぁ……あぁぁ……ゔぅっ……あぁぁぁ……」
 男性器の先端が直接小春の胃の外壁を圧迫する。小春の脳裏には真っ黒の大きな鳥が鶴の様に長い嘴を自分のヘソに突き入れて、胃を少しずつ啄んでいるイメージが浮かんでいた。シナプスを伝って脳内を縦横無尽に流れている危険信号が飽和に達し、目がどこを見るともなく泳ぎまくって呼吸が酷く乱れる。「ふっ」と男が息を吐くと同時に深く胃を突くと、小春の喉からごぽっという音が漏れる。
「あ……あぁ……あっ……うぶっ?! ごぽッ……」
 小春の口から溢れた赤黒い血がセーラー服の上着を汚す。男は満足そうに男性器の角度を若干下向きに変えた。つるつるとした滑らかな感触が亀頭を包むと、小春の身体がビクリと跳ねる。
「うあっ?! あ……あぁぁ……」
 亀頭で直接子宮を責め立てられる。ヌメヌメと粘液で濡れた様な滑らかな感触に、男は夢中で腰を振った。
「へへ……このまま突き破って中で出してやろうか? 文字通りの中出しだ……子宮に直接な……」
「うあぁ……おえぇぇぇ…………うぁ…………」
 決して外界と触れる事の無い柔らかい組織に包まれ、男はえも言われぬ快感を味わう。小春の身体は既にガクガクと痙攣を始め、瞳が半分近く上瞼に隠れたまま、血で汚れた舌をだらしなく出して喘いでいた。
「ほら……もっと腹筋締めろよ……温かくて柔らかくてたまんねぇ……もう……出るぞ……」
「うあぁっ……………えゔっ…………ごぽっ……」
 小春の口元から赤黒い血の塊が噴き出すと同時に腹筋が収縮すると、男は絶妙な刺激を感じて子宮に亀頭を押し付けたまま一気に爆ぜた。生涯で一番長い射精を終えて大きく広がったヘソの穴から男性器を抜くと、血液と精液の混ざり合ったピンク色の泡が溢れて床に落ちる。
「くぉぉ……あー、出た出た。久しぶりだな、こんなに出したのは……おい、生きてるか?」
 小春はヘソから血を滴らせたまま、光を失った目で男を見つめていた。人形の様に動かなくなった小春を見て男は小さく溜息をつくと、多目的トイレの鍵を開けて外に出る。空の色がわずかに明るくなり、空気は夜中よりも若干冷えていたが、それでも不快な気温には変わりない。
「聞こえてないかもしれないけど、一応教えてやるよ。今回の依頼者な、お前の学校の校長だよ。部活動の全国大会は学校にとって大きなアピールの場であると共に賭博場なんだ。そしてお前は次の大会の大本命。偉いさんのほとんどがお前に賭けてる。そしてお前の学校の校長はギャンブル狂で借金がかさみ、学校の経費にまで手を付けて八方ふさがり。校長とすれば何とかして大穴を当てて借金を返したい。どうしてもお前に負けてもらって、自分の賭けた生徒が優勝しなきゃ困るってわけだ。本命が強ければ強いほど、他のオッズは上がるからな。世の中努力ほど馬鹿馬鹿しいものはなねぇんだよ。それじゃ、またな」
 男はひらひらと手を振ると、多目的トイレのドアを全開にしたまま街に消えていった。
 数時間後、公園付近は救急車や警察、マスコミが集まって一時騒然となったが、不思議とどのテレビ局にも報道されず、新聞に載ることも無かった。







 電話が鳴る。依頼者からだった。溜息をつきながら通話ボタンをタッチすると、電話越しに唾が飛んできそうなほどの勢いで依頼者がまくしたてた。
「おい! あんなに見つかりやすい所に小早川を放置して、揉み消すのにどれだけ金がかかったかわかってるのか!?」
 男の前歯の裏でピアスがかちりと鳴る。
「どっちにしろアンタは次の大会で大金が入るからいいじゃねぇか。それより、小春ちゃんは無事だったのか?」
「……病院で治療を受けているが、一命は取り留めたそうだ」
「それはよかった。じゃあ、なるべく早く依頼料の振込を頼むぜ」
「もう振り込んだ……。それより私の事は絶対に漏れないだろうな?」
 男がパソコンを操作して自分の口座情報を見る。そこそこの車が買えそうな額が振り込まれていた。
「それはこれからのアンタ次第だ。この依頼書をどうしようか迷ってる……もしかしたら新聞社の入り口で落としちまうかもしれねぇ……」
「な……私の依頼書は手付金の支払いと同時に目の前でシュレッダーにかけただろ!」
「コピーくらい取ってるよ。バックアップは仕事の基本だろ。おっと、俺が言ってるのは依頼書の管理費のことだぜ。別に脅してる訳じゃない。ただ、管理費が貰えねぇと、書類の扱いが少しばかり雑になっちまうかもしれねぇってことだ」
「調子に乗るなよこのチンピラが! ゴロツキめ……いつか痛い目に遭うぞ……」
「アンタも似た様なものだろ? まぁ近いうちに飯でも食いましょうや。管理費の話はそこで……ちなみに俺はどっちでもいいけどな」
 無言で電話は切れた。今頃依頼主の校長は顔を真っ赤にしながら自分の携帯電話を絨毯の上に叩き付けて、安酒でもあおっているのかもしれない。また金づるが出来たと思うと、男は声を上げて笑わずにはいられなかった。気分がいい。久しぶりにいい女と一発きめたかった。
 男は金を掴むとエレベーターを降り、入居者専用の地下駐車場へ向かった。地下特有のひんやりした空気が男の身体を包む。男は鼻歌まじりにカマロに乗り込もうとした瞬間、後頭部に衝撃を受けて昏倒した。

 目を覚ますと、自分のカマロの後部座席に寝かされていた。身体が動かない。口も動かない。口はガムテープか何かで厳重に塞がれていた。全身もテープでぐるぐる巻きにされ、寝袋の様なものに入れられている。必死に視線を移すと、量販店で売ってそうな特徴の無い服を来た男が二人、運転席と助手席に座っていた。
「目的の場所にはもうすぐ着きます。どうしますか?」
 助手席の男が携帯電話に向かって話しかけている。イントネーションがおかしい。アジア系の顔だが、おそらく日本人ではないだろう。
「はい……はい……わかりました。では歯を全部抜いて指を切り落とした後、顔を潰して身体はそのまま放置します。落とした指と抜いた歯はどうしますか? ……わかりました。では歯は数カ所に分けて捨てて、指はそちらにお持ちします。はい……はい……ええ、大丈夫です。では、済みましたらまた連絡します……」
 男の顔から血の気が失せる。必死に顔を動かして外を見ると、部屋を出た時は昼過ぎのはずだったが、既に日が傾きはじめていた。民家は見えない。何度も大きくハンドルを切りながら走行している。どこかの山道を登っているようだ。
 車は舗装された道から獣道の様な側道へ入る。舗装されていない道は所々陥没しており、男はシートに頭をぶつけて呻き声を上げた。その声を聞いて助手席の男が振り返る。
「おはようございます」
 一切の感情が感じられない、ゾッとする様な目をしていた。
「私達はこれからあなたを殺します。依頼の内容を言います。まず、あなたの歯を全て抜いた後に、全ての手と足の指を切り落とします。あなたが誰かわからなくするためだそうです。その後、顔をハンマーで粉々にします。屍体は野犬が片付けてくれます。誰も来ません。もの凄く痛いです。我慢して下さい」
 男の股間がじんわりと温かくなった。小便を漏らすなんてガキの頃以来だ。男は必死に口のテープを取ってくれと目で訴える。外国人達は男の訴えが通じたのか、それとももはや何も邪魔が入らない所まで来たからなのか、すぐにテープを剥がしてくれた。
「た、頼む! 見逃してくれ! 金は依頼料の倍払う……い、いや……三倍だ! 頼むよ!」
「お金は十分貰ってます。それに、あなたの口座のお金も全部依頼者がくれると言ってます。倍払うなんて不可能です。諦めて下さい」
「お願いだ! お……お願いします! 俺には、寝たきりの母親もいるんだ! た、頼む!」
 男は力の限り叫んだが、外国人は「お母さんの事、嘘言うのよくない」と言ったきり正面を向いたまま、目的地に着くまで男がどんなに叫んでも一言も喋る事は無かった。
 外国人は震えて歩けない男を後部座席から引きづり下ろすと、ブルーシートの上に寝かせた。首を振って抵抗する男の顔を何度も殴って大人しくさせると、口の中に無理矢理開口機を突っ込んでペンチで一本一本歯を抜きはじめた。歯が顎の骨から毟り取られるメリメリといった不快な音が鼓膜に伝わると同時に、堪え難い激痛が男を襲った。溢れ出た血が喉に溜まって何度も咽せるが、外国人は事務的に男の歯を抜き続けた。ペンチを持ってない男は手持ち無沙汰なのか、抜き終わった男の歯を数本手で弄んだ後、地面に小さな穴を掘って埋めていた。
 森の中に響き渡る男の絶叫は木々にぶつかって反響し、狼の遠吠えの様に聞こえた。その声が小さくなる頃、ようやく全ての歯を抜き終わった。ペンチを持っていた外国人は汗を拭いながらカマロに帰り、スポーツドリンクを一気に半分近く飲んだ。
 もう一人の男が鋸を持って男に近づく。男は腕が自由になる時に力の限り暴れて逃げ出そうと考えたが、外国人は男の身体に巻き付いているテープの左手首のあたりを注意深く切り取ると、まずは手首の腱を切断した。肉が切れるブチリという音が男の耳にはっきりと届く。手首から先が全く動かなくなった事を確認すると、外国人は親指から順番に指を切り落としはじめた。
 指が動かなくなっても神経は繋がったままのため痛みが消える事は無く、鋸が骨をごりごりと削り取るたびに激痛が走った。皮下脂肪と血で滑ってなかなか切れないらしく、数回ひいてはタオルで鋸を拭いているので、一本落とすのにずいぶんと時間がかかった。男は血泡と吐瀉物をまき散らしながら叫んだが、既に全身が痛みに支配されてどこが痛いのかわからなくなっていた。何度か失神したが、その度に作業していない外国人が笑いながら男の顔を殴りつけて覚醒させられた。
 右の足の指を全て落とし終わり、二人で指の数がきちんと二十本あるかどうか何度も確認し合うと、トランクから道路工事用のハンマーが出て来た。男はこれでやっと死ねると安堵していたが、不幸な事にハンマーは何度も男の胴体に振り下ろされ、その度にどこかの骨が粉々に砕けた。外国人達は交互にハンマーを振り下ろしながら意味のわからない言葉を言い合い、ゲラゲラと笑っている。
 ようやくグチャリと音がして男の頭蓋骨が砕かれ、耳から脳漿と血が吹き出ると、外国人は興味無さそうに男を縛っていたテープを解いて、服を全て脱がせた。茂みの中からは野犬の群れが外国人達が去るのを今か今かと待ち構えていた。
 数週間後、外国人達が出稼ぎで得られる収入の数十年分の報酬を受け取り、手続きを済ませて祖国に帰る飛行機に乗り込んだ頃、男のマンション近くのアパートで寝たきり状態の女性が一人死亡した。女性はそのままの状態で数ヶ月感放置され、酷い状態で発見された後、共同墓地に埋葬された。
 小春を暴行した犯人は、未だに捕まっていない。