アナスタシア聖書学院都市駅を降りると、そこは学校というよりひとつの街と表現した方が正しいような、中世ヨーロッパ調の空間が広がっていた。 広大な敷地には様々な施設。巨大な本校を中心に、各種研究施設や専門教室棟。売店や美容院、レストランやブティックまである。夜も11時も回れば門限の厳しい生徒達はすぐに男子寮、女子寮へと帰った後で、石畳や噴水が、昼間の多くの生徒達の喧騒とは対照的な静寂を吐き出していた。

 

「んふふ~♪ふんふん~♪」

 

暗闇にひらひらと足取り軽く進む影、ツインテールに纏められた長く美しい金髪に月の光が反射し、髪がなびくたびにキラキラと幻想的な光を放っていた。静寂の中にシオンの上機嫌な鼻歌が響く。

 

「んふふ。メイドさん♪メイドさん~♪」

 

シオンはメイド服を基調としたセパレートタイプのゴスロリ服を身に纏っていた。試供品として渡された戦闘服はかなり際どいもので、シオンの豊満な胸を白いフリルの装飾の付いた黒いブラジャーのようなトップが辛うじて隠し、同じく白いフリルエプロンの付いた黒いミニスカートからすらりと伸びた健康的な足を同じデザインの黒いニーソックスが締め上げていた。余分な贅肉が一切無いくびれた白い腹部は惜しげも無く露出され、手には二の腕まである長い白手袋がはまり、頭にはご丁寧にヘッドドレスまで装着してある。

 

先日行われた会議の後、戦闘服に着替えたシオンを見た他の戦闘員やオペレータは開いた口が塞がらず、思わず綾も

 

「あの…ファーザー…いくら何でもこれは戦闘向きでは…」

 

と、進言したほどだったが、肝心のシオンは鏡の前で目をキラキラさせながら

 

「うわぁーかわいいー!本物のメイドさんだぁ…。こっ、これ、本当に次の戦闘で着ていいんですか!?」

 

と、早くも1人で色んなポーズを取り出し、周りはそれ以上何も言えなくなった。確かに日本人離れしたシオンの容姿とプロポーションにはその際どいメイド服がかなり似合っており、逆にシオンの魅力を引き立てていた。なにより本人が至極ご満悦で今更違う戦闘服を渡せる雰囲気でもなかったので、綾も仕方なく

 

「頑張ってね…」

 

と声をかけるだけであった。

 

シオンは学園都市内の店舗のガラスに自分の姿が写るたびに、思わず顔がにやけそうになった。幼い頃から名門家としての教養、作法、立ち居振る舞いの他、人の上に立つものとしての教育を叩き込まれて来たシオンは、なぜ自分が人の上に立たなければならないのか、みんな平等で仲良く出来ればいいのではないかと常に疑問を感じていた。

そのような中、ある時観たフランス映画の中に出てくるメイドの姿に釘付けになった。「この人はだれか他の人のために仕事をしている」

人を使うことのみを教えてこられたシオンにとって、メイドは憧れと理想の存在になった。当然そのようなことは両親は許すはずも無いが、いつかは自分の夢として「誰かの上に立つのではなく、誰かの役に立ちたい」という気持ちを打ち明けようと考えている。

生徒会長に立候補したのも、両親が長期海外赴任中に届いたアンチレジストへのスカウト状に飛びついたのも純粋に人の役に立ちたいと思ったからであった。

 

 

「オペレーターさん!聞こえますか?」

 

明るい声でシオンがイヤホン型のインカムに向かって喋る。

 

「はい、聞こえます。良好です」

 

「今アナスタシアの中に入れました。改めて見ると広いですね~」

 

「そうですね。こちらでも確認していますが、敷地はかなり広大で人妖の反応を探るのに苦労しています。シオンさんが到着する数時間前までは研究棟の中から反応があったのですが、今は反応が消えています」

 

「研究棟ですか?あそこは理科室や実験室もありますが、上層の研究室へは学校の関係者でも一部の人しか入れなくて、生徒はもちろん一般の教師でも入れないんですよ。今のような夜間なら特別なパスが必要なはずですが、なぜ人妖がそんなところに…」

 

「わかりませんが、前回の綾さんのケースから考えると、今回の人妖もそれなりの立場の人である場合が考えられます」

 

人妖の反応が出たら連絡すると言い残し、オペレーターは通信を切った。

 

「理科室にでもいたのでしょうか…?でもこんな時間に?研究室なんかは私でも入れてもらったこと無いですし…」

 

アナスタシア聖書学院の研究棟は下層が生徒が使う特別室、上層は学校側が表向きは社会貢献の名目で最新の設備を有償で企業や大学に貸し出してる。当然企業のトップシークレットの研究も行われている所であり、入室は特別に発行されたIDカードと暗証番号が必要だった。

 

「ふーむ…デタラメに歩き回っても体力を消耗するだけですね~。本校なんかに入ったら全部の教室を見て回る前に朝になっちゃいますし、ここはオペレーターさんからの連絡を待ちますか」

 

左手を胸の下に回し、右手で軽く顎をさすりながら考えを巡らすシオン。その一挙手一投足が絵になり、全く嫌味にならない。美術品のような容姿と抜群のプロポーションもさることながら、名門家の令嬢で生徒会長という立場でありながら誰とも分け隔てなく接する態度と、温和でのんびりした性格は男子生徒は元より女性とからも憧れの的だった。

近くの自動販売機でミネラルウォーターを買い、アナスタシアの敷地の中央にある噴水に腰をかける。美味しそうに水を飲むシオンに近づく影に、まだ彼女は気付いていなかった。