RESISTANCE-case:ZION-の推敲作業を少しずつ進めています。
お時間がある時にどうぞ。

前回の内容を忘れた! という方はこちらからどうぞ。

※文字数オーバーのため、続きは「続きよ読む」からご覧下さい。





 シオンは大きく肩を上下させながら、壁に手をついて鉛の様に重くなった身体を支える。顎の先から滴る汗を何となく目で追いながら息を整えると、倒れそうになるのを必死に堪えながら、右足、左足と確かめる様に、廊下の奥の暗がりへと進んだ。
 入口の死角へと移動すると、両肩を壁に付けたままずるずると尻餅を着く。背中に当たる冷たいコンクリートが火照った身体に心地よかった。
 入り口の気配を探る。特に動きは無い。数分が経過。暗さにようやく目が慣れ、周囲の様子がおぼろげに掴めてきた。
 機材をスムーズに運搬出来るように広めに設計された廊下。天井に等間隔で埋め込まれたオレンジ色の非常灯。緑色の非常口を示すライト。赤い非常ベルのランプ。悲しいほど控えめな自己主張が暗闇の中に仄かに浮かび上がっていた。
 ここは本当に普段生徒達が利用している研究棟と同じ建物なのだろうか。シオン自身も特別授業のほかに部活動の視察のために生徒会役員を引き連れて何度も訪れたことがあったが、昼間の活気のある様子とは違い建物全体が死に絶えたように静かで無機質だった。
「はぁ……はぁ……強い。態勢を立て直さないと……」
 いまだに疼痛が続く腹部をさすりながら、汗で額に貼り付いた前髪をかき上げる。
 シオンは冷子との戦闘を思い出した。一般生徒を盾にしながら、冷子自身は離れた場所から、文字通り人間離れしたリーチとスピードのある「伸びる腕」で攻撃してきた。飛び道具相手に丸腰で挑む様なものだ。格闘スタイルが長い脚を生かした蹴り技主体のシオンでも、リーチの差は歴然。研究棟が開いていなかったら今頃……と考えると、背中に当たるコンクリートの温度が一段と下がった気がした。
 研究棟が開いている?
「おかしいですね……。ここのカードキーはマスターキーとも連携しておらず、常時開閉機能を持つカードキーは学院長と外部委託の警備会社の二枚しか無いはずです。オートロックなので締め忘れも起こり得ないですし、誰かが故意に解錠したとしか……」
 アナスタシア聖書学院の研究棟は、有償で一般企業にも貸し出されている。その売りは最新鋭の研究設備と万全のセキュリティだ。高額な料金を支払えば、企業側がリクエストした設備(もちろん設備の内容によって賃貸料金は増額される)をアナスタシアがコネクションを活用して揃え、研究内容が万が一外部に漏洩した場合の賠償も契約事項に含まれている。借り主の企業へは専用のカードキーと運転手付きの送迎車が与えられた。カードキーはあらかじめ予約した日時しか解錠できず、人の出入りもアナスタシア側が完璧に管理し、他企業と廊下でバッティングすることも無く、他にどの企業がアナスタシアの研究棟を使用しているのかお互いに知ることができない。制限は付くが、それでも機密保持の観点から利用する企業は多かった。
 不意に、廊下の奥からポーンと間の抜けた電子音が響いた。
 シオンは反射的立ち上がると音のした方へ身構える。すぐに蹴りを放てる様に利き足を後ろに下げ、両足の踵を紙一枚分地面から浮かせた。小さなモーター音が響き、薄暗い廊下を四角く切り取る様に無人のエレベーターがゆっくりと口を開ける。
 シオンは誰も出て来ないことを確認すると、注意深くエレベーターに近づいた。エレベーターの中は無機質な廊下とは対照的にダークブラウンのカーペットが敷かれ、壁面はローズウッドの化粧板で装飾されている。正面に立つと、奥の壁に嵌め込まれた姿見に、際どいコスチュームに身を包んだまま戸惑った表情を浮かべている自分が映った。
「……ッ!?」
 シオンはビクリと肩を震わせ、両手で顔を押さえた。
 自分の顔がザクロの様にぱっくりと割れていた。
 反射的に目を逸らしたため一瞬しか見えなかったが、右のこめかみから鼻筋を通り、喉まで達する大きな赤い切り傷が見えた。皮膚がめくり上がり、真っ赤な肉が見えている。
 痛みは無い。
 恐る恐る手の平を見る。白いコットンシルクの生地は僅かに砂と埃で汚れてはいたが、どこにも血は付いていなかった。
 改めて姿見を見る。
 口紅の様なもので大きく「HELLO! ZION」と書かれていた。強い筆圧で殴り書きされた「Z」の斜線部分が、ちょうど自分の顔を斜めに横切っていた。潰れた口紅の跡が土手の様に盛り上がり、シオンの色白の肌に鮮やかな傷を作っている。
 シオンはふっと鋭く長い息を吐くと頭を軽く振り、ツインテールを結び直すと、手のひらで気合いを入れるように頬を叩いた。
 冷子との戦闘で少し臆病になっていたらしい。だが、逃げては何も解決しない。自分はアンチレジストの上級戦闘員である以前に、アナスタシア聖書学院の生徒会長だ。自分がここにいる理由は失踪した生徒達を救出する為。自分が動かないで、一体誰が動くというのだ。
 シオンは何かが吹っ切れた様に笑みを浮かべると、エレベーターの中に足を踏み入れた。


「乗った?」
「乗ったよ……指定した階に自動で止まるようにしてる。どう考えても罠なのに、この人頭良いのか悪いのかわからないね……」
「仮にもアンチレジストの上級戦闘員なんだし、流石にあのメッセージ見てビビって逃げる様なチキンじゃないでしょ?」
 学院全体を監視する警備員室は、まるで宇宙船のコックピットの様だ。広い部屋の照明は落とされていたが、多数のモニターが放つ青白い光で十分に周囲が把握できる。
 モニターの前には二人の少女がいた。
 ネイビーの瞳がディスプレイの光を反射して輝いている。一人は腰まである長い髪を二つに纏め、もう一人はボリュームを持たせたショートヘア。髪色はお揃いのダークブラウンだった。
 アンチレジストの一般戦闘員、木附由里と木附由羅が、顔を寄せ合ってエレベーター内部の監視カメラの映像を覗き込んでいた。
「じゃあ由羅……私は冷子さんに連絡しとくね。予定通り進行中だって……」
「はいよー、よろしく」
 由里が部屋から出て行くのを見送ると、由羅は頭の後ろで手を組んで椅子の背もたれに身体を預けた。
「はぁ……頭や顔だけじゃなく、性格やスタイルも良い完璧超人かぁ。羨ましいなぁ……」
「おや、珍しい。由羅さんはあまり外見に気を使わない人だと思っていましたが」
 由羅の隣に座っている小柄な男性が眼鏡の位置を直しながら話しかける。大人しそうな端正な顔立ちに柔らかい声。一見線の細い優男に見えるが、よく見るとしなやかな筋肉がえんじ色のアナスタシア聖書学院指定のブレザーを押し返していた。
「失礼ね。これでも結構頑張ってるんだから。外見に気を使うのは人間として最低限のマナーでしょ?」
「いやいや、外見に気を使わなくても、そのままでも十分綺麗だという意味ですよ」
「……その眼鏡を上げる癖、やっぱり抜けないんだね」
「今日限りですよ。上物な餌も来たことですし……」
 男がエレベーター内部の映像を食い入る様に見る。ディスプレイ
の中のシオンは胸の下で腕を組んだまま、壁に背中を着けてエレベーターが止まるのを待っている。
「まぁ、この人の場合は完璧過ぎて、付き合いが薄い人達からは逆に怖がられてるみたいだけどね。成績はほとんどトップだし、何カ国語もマスターしてるし、生徒会の仕事もミスは全く無いし……。ロボットみたいとか、人間味が無いとか言われてるみたいよ」
「だが、実際は自分の身を顧みずに他者の為に動く人間。素晴らしい……。その人間の持つ徳が高ければ高いほど、我々が吸収出来るエネルギーも大きくなる」
「今夜はご馳走ってわけね。私はそのままでもいいと思うけど?」
「冗談ではありませんよ、人間の身体など……。ところで、彼らの様子はどうですか?」
「見てみようか。今はベッドに拘束してるから身動き出来ないはずだけど」
 由羅がパネルを操作すると、モニターに薄暗い大部屋が映された。部屋の中にはベッドが複数置かれ、その上に若い男性が何も身に付けずに革のベルトで拘束されている。各々が力任せにベルトを引き千切ろうと身体を動かしたり、絶叫する様に大きく口を開けたりしていた。
「よく効いてる……もう我慢の限界って感じだね。あの薬、知性を残したまま大脳新皮質の働きを鈍らせるんだっけ? そろそろエレベーターが到着するから拘束解いておこうか。その人……シオンだっけ? 下手したら殺されちゃうんじゃない?」
「そこまで柔ではないでしょう。では、そろそろ私も向かいましょう。楽しみだ……」


 扉が閉まると、エレベーターは静かに上昇を開始した。停止階を表すランプはどこも点灯していない。上昇スピードはかなり遅く、わずかに身体に感じる重力が無ければ本当に上昇しているのかわからなくなりそうだ。
 五分ほど経過したあたりで、エレベーターは僅かな振動と共に停止した。扉が開く。目の前に明るい空間が広がった。シオンは入口付近に誰もいないことを確かめると、エレベーターから出る。
「何……ここ……?」 
 エレベーターを出ると、蛍光灯の無機質な光と冷たい空気がシオンを包んだ。空調が低めに設定されているらしい。
 窓の無い、壁も床もコンクリート打ちっぱなしの殺風景な部屋には、通路を形作るかの様に様々な大きさのケージや檻が置かれていた。コンクリートの床はうっすらと汚れており、所々に引きずったような傷がついている。
 シオンがケージに近づく。中にはそれぞれ何らかの動物が入れられていた。ケージの中は暗く、シルエットしか把握出来ないが、犬や猫のほか、猿やゴリラのような大型の霊長類までいるようだ。ある一角には片手て持てそうな小さめのケージが天井近くまで積まれ、そのひとつひとつにネズミのような生き物が入れられていた。
 異様だったのは、これだけの数の動物達がいるにもかかわらず、物音が一切しないことだ。眠っているのかと思い、シオンが二段積みの猿の檻に近づく。檻の中の猿は胡座をかいている様な姿勢のまま、濁った目でシオンを見つめ返していた。
 ……死んでいる?
 檻の中を凝視する。よく見るとその猿は胡座などかいていなかった。両腕と両足が無く、胴体と首だけの異様な姿のまま、ケージの奥の壁に「立てかけて」あった。
 シオンの背中に冷たいものが流れた。うっと小さく呻き、思わず口を押さえる。眉間に皺よ寄せたまま近くのゴリラや犬、ネズミのケージを覗く。既に事切れている動物ばかりだ。ゴリラは猿と同様に両手足を失っていた。犬は鼻の付け根から下顎までを切り落とされ、給餌のためだろうか、本来口があった場所にゴムホースのようなものがテープで固定されていた。ネズミは皮を全て剥がされ、体全体が痛々しい瘡蓋で覆われたまま、乾燥しきった黒い目を見開いている。
「ううっ……」
 シオンは多くの死に囲まれた言いようの無い気味の悪さと、動物達が生前味わったであろう壮絶な苦痛を想像し、めまいを憶えてその場に両膝を着いてしゃがみ込んだ。長い金髪がはらはらと肩から流れて床に落ちる。
「な……なんですかこれは……なんて酷い……どうして……」
 このような場所が自分の学校にあるという受け入れがたい事実。シオンは口を押さえていた両手を額に押し当てるように組み直し、静かに動物達の冥福を祈った。
 シオンが静かな祈りを捧げはじめて数分後、微かな物音に気付きはっと顔を上げた。何かがぶつかる重い音だった。
「何の音? 隣の部屋から……?」
 檻の隙間を縫う様に進み、隣の部屋に通じる分厚いスチールのドアまで歩く。音は徐々にはっきりしてきた。人が壁を殴ってい音だ。よほど力任せに殴っているのだろう。重い音は止むこと無く、一定の間隔を置いてシオンの耳に届いた。シオンがドアをわずかに開け、その隙間に鏡を差し込んで部屋の様子をうかがう。
 そこはかなり広い部屋だったが、こちらとは違い薄暗かった。中には複数のコンピューターやワークステーションが置かれている。壁際には人間一人が軽く入れるほどの大きさの、試験管を逆さまにしたような形の入れ物が四つ設置され、コンピューターと様々なケーブルで繋がれていた。
 部屋の中を全裸の男性数人が虚ろな表情で歩き回っている。
 その様子は先ほど敷地内で対峙した、冷子に操られている野球部員達の様子と同じだった。シオンのいるドアの近くを、茶色くブリーチした長髪の男が横切った。男子テニス部の部長だ。シオンは二月に行われた部費予算会議に彼が出席していたことを覚えていた。会議の場では溌剌(はつらつ)とインターハイ出場のプランと自信を語っていたが、目の前にいる彼は髪はぼさぼさになり、落ちくぼんだ目だけをギラギラさせ、まるで麻薬常習者の様な風貌になっている。壁際では坊主頭で鍛え抜かれた身体の男が一心不乱に壁を殴っていた。ボクシング部のエースで、地区大会で優勝し、全国大会を控えている選手だ。ぶっきらぼうで一匹狼だが、誰よりも厳しいトレーニングを自分に課していることで有名だ。
 全員、生徒失踪事件の被害者だった。
「なっ……これは……? なぜ生徒がここに?」
「やっとメインゲストのお出ましですか。さぁ、中へどうぞ」
「え……? きゃあっ!」
 シオンは何者かに腕を掴まると、部屋の中へ強引に引きづり込まれた。勢い余ってコンクリートの床に前屈みに倒れる。宙を舞った鏡が床の上で割れ、派手な音を立てた。
「あうっ! うぁ……え……?」
 突っ伏したままのシオンがゆっくりと振り向くと、部屋中の男達の血走った視線が一斉にシオンに集まった。
「あれ? 会長? 何でここにいるんだ……?」
「すげ……こんな近くで見るの初めてだよ。マジで可愛いな……」 
「ふひひ……き……綺麗な髪だなぁ……これが夢にまで見た……」
「すげぇ格好してるな……何のコスプレだよこれ? 誘ってんのか……?」
 全裸の男達がぶつぶつと呟きながら距離を詰める。シオンは反射的に立ち上がって構えを取るが、生徒を傷つける訳にもいかず、じりじりと後方に下がる。
「み……皆さん……何をしているんですか……?」
 複数の全裸の男性に取り囲まれるという異常事態に、震える声で男子生徒達に声をかけるが、生徒達はにやついた視線を送るだけで返答はなかった。
「私が変わりに話しましょうか?」
 シオンを部屋に引きずり込んだ男が前に出る。暗がりから微かな灯りの下へ来ると、男の姿が鮮明になった。
「あなた……鑑(かがみ)君……? なぜこんな所に……? それに、この人たちは……?」
 鑑は学院の副生徒会長の一人だ。シオンとは当然普段から面識があり、生徒会室でほぼ毎日顔を合わせている。シオンは自分の淹れた紅茶の感想を彼から聞くのが楽しみだった。
 鑑が眼鏡の位置を直した後、大げさな身振りで両手を広げた。
「貴女の知る鑑さんは、現在眠っています。私の名は桂木涼。以前、貴女方の組織の神崎綾さんに大変お世話になりましてね……。この身体は私の身体の修復が終わるまでお借りしているだけです。なかなか便利に使わせていただいてますよ」
 鑑はシオンより学年はひとつ下だ。もの静かで温和な性格だが、冷静沈着で何が起きても常に物事に対し最善の判断を下すことのできる人物であり、シオンもかなりの信頼を置いていた。家の伝統で幼少の頃より様々な武道を学んでおり、一見華奢だが身体はしなやかな筋肉に包まれ、運動の成績も常に上位だった。
 その鑑の身体を借ている? そんなことが現在の医学で可能なのだろうか? 可能なはずが無い。だが、アンチレジストの関係者以外が誠心学園の事件を知ることは無いはずだ。ましてや犯人である桂木涼の名前はトップシークレットだ。信じ難いが、信じられる材料はあるとシオンは考えた。
 鑑の背後には、男子生徒が目をぎらつかせながら、今にもシオンに飛びかからん勢いで荒い息を吐いていた。前に出ようとする生徒を鑑が手で制すと、一瞬不服そうな顔をした後素直に従った。
「気になりますか? 彼らは先ほど貴女が対峙した野球部員達と同じく、私の友人が作った少しばかり本能に対して素直になる薬を打っています。もっとも、今回のは改良型で知能低下をほとんど起こしません。良心や自制といった感情を抑制し、身体能力の強化も行いながらも、命令理解や意思の疎通は可能です」
「友人……篠崎先生のことですね。私は逃げずに正々堂々と戦いますから、生徒達を無理矢理操るのは止めて下さい!」
「ほぉ……無理矢理か……。それはどうでしょうかね?」
 鑑はシオンの身体を爪先から頭まで舐め上げる様に見回した。視線は足首から太ももを伝い、白いガーターベルトとエプロンドレスの巻かれた黒いミニスカート、しなやかにくびれた素肌の露出している腹部、それに不釣り合いなほど豊満な胸と、それ引き立てる黒地に白いフリルの付いたブラジャータイプのトップスを凝視した。
「この身体も……なかなか素直だ……」
「素直? どういう意味ですか?」
 鑑の視線に不穏なものを感じ、シオンが一歩後ずさる。割れた鏡の破片を踏み、乾いた音が響いた。シオンの注意が一瞬正面の鑑から足元に逸れた瞬間、鑑が瞬間移動したかの様に距離を詰めた。
「あっ……」とシオンが小さな声を上げた瞬間、腹部に異様な圧迫感を感じた。どぷっ……という重い感触が体内に反響する。せり上がった内臓が肺を潰して、強制的に空気を押し出す。
「ふぅっ?!」
「性善説を説くのもいいですが、もう少し人を疑った方がいい。その証拠に、私を含めここにいる全員、貴女のその挑発的な身体を滅茶苦茶に犯し尽くしてやりたいと思っているのに」
 シオンは恐る恐る自分の下腹部を見る。鑑の小さめの拳が自分の腹部に半分以上めり込んでいた。視界が徐々にぼやけ、自分の緑色の瞳孔が少しずつ収縮してくるのがわかる。
「あ……ぁ……」
「ほぅ……適度に鍛えられたいい身体ですね。これは虐め甲斐がありそうだ」
 鏡はシオンの腹部に埋まっていた拳を素早く引き抜くと、陥没の治まっていない同じ箇所に再び深く撃ち込んだ。衝撃でシオンの身体が後方に吹っ飛び、壁に背中をしたたかに打ち付けた。膝の力が抜け、ずるりと下がったシオンの身体を支える様に、臍を目掛けて拳が打ち込まれた。
 どぷん……と音が響き、コンクリートの壁と鑑の拳骨に挟まれ、シオンの背骨がみしりと音を立てる。
「ぐぶうっ!?」
 胃を潰され、身体の底から猛烈な嘔吐感がせり上がる。多量に分泌された唾液が強引に吐き出され、鑑の腕に飛沫が飛んだ。鑑は数歩下がってハンカチでそれを拭き取ると、赤く光る縦長の瞳孔でシオンを見つめた。
「う……うぐっ……はぅぅ……はっ……はぁ……」
 シオンは肩で息をしながら片手で腹部を押さえる。口元には唾液の飛沫が僅かに付着していた。
「くくく……この男の身体だと思って反撃は無しですか? いつまで保ちますかね?」
 後ろの生徒達からごくりと生唾を飲む音が聞こえた。今この場から鑑がいなくなれば、すぐにでもシオンに襲いかかるだろう。
 シオンは丹田を意識しながら深く呼吸をし、少しでも多く脳に酸素を供給しながら考えを巡らせた。鑑の言うことが本当だと仮定する。人妖の何らかの力で鑑の身体を乗っ取ったということは、人妖本来の人間離れした力や身体能力は発揮出来ない可能性が高い。事実、不意打ちを食らった先ほどの攻撃も、今までシオンが対峙した人妖のそれに比べるとスピードや威力は低い。後方にいる生徒達も数は多いが、自分のように実戦格闘の訓練は受けていないはずだ。いざとなれば鑑を含め全員傷つけずに失神させることも出来るだろう。
 シオンは足元を確かめる様に地面を靴底で擦ると、両脇を締めて蹴りを放ちやすい様にやや高めにガードを取って構えた。
「行きます……」
「くくく……お手柔らかに」
 シオンは地面の上を滑る様に移動し、鑑との距離を詰める。その動きに合わせて、金髪のツインテールが流星の尾のように美しくなびいた。
 シオンの攻撃はコンパクトで無駄が無く、流れる様な連携技は相手の防御をかいくぐってヒットした。小さなモーションで繰り出される前蹴りや下段蹴りを相手に受けさせ、一瞬開いたガードの隙を的確に突いて上段を狙う。
 鑑の顔からも、徐々に最初の余裕ある表情が消えてゆく。
「くっ……これだから人間の身体というのは……ごうっ!」
 シオンの膝蹴りが鑑の鳩尾にヒットし、下がった顎を掌底で跳ね上げた。鑑の身体がふわりと浮き、背中から地面に落下する。すぐに起き上がって構えをとろうとするが、追撃できる姿勢でシオンに立ち塞がれ、中腰の姿勢のまま硬直した。
「くぅぅ……いいのですか? この身体を攻撃して……」
「私もこんなことはしたくありません。ですが、鑑君の身体はこの程度の攻撃では何ともないでしょう。降伏しないのでしたら、さらに攻撃します」
 シオンは毅然とした態度で鑑に言い放つ。しかし、鑑は不敵に笑いながら上目遣いでシオンを見つめた。
「これは怖い……。あなたは確かに強いですし、私もこの身体のままでは思う様に動けず戦い辛い。ならばいっそのこと、貴女に攻撃されたらこの身体に致命傷を与えましょう。私が操っている間は致命傷を負っても活動出来るでしょうが、私が離れた瞬間に、この身体は絶命する……」
「なっ!?」
「それが嫌なら……わかっていますね?」
 鑑はゆっくりと立ち上がりながらシオンに近づく。
「どうしました? 私は降伏しませんよ? 早く攻撃しなさい」
「あぅ……くっ……!」
 鑑は大げさに両手を広げてシオンに身体を開く。鑑の身体を人質に取られているため、シオンは悔しさに歯を食いしばる以外は全く動けなかった。
「くくくく……こんな男のことなど気にせずに攻撃すればいいものを……どこまでお人好しなのですか?」
 鑑は加虐的な笑みを浮かべると、ゆっくりしたモーションで拳を引き絞り、シオンのくびれた腹に狙いを定めた。
「ほら……行きますよ。ガードしたければご自由に?」
 鑑の拳がシオンの腹部に向かって放たれる。シオンは咄嗟に腹筋を固めて鑑の拳を受け止めた。ごつっと鈍い音が響く。固い。湿った生木の様だ。一見華奢そうに見えるが、シオンの鍛えられた腹筋はコルセットとなって柔らかい内臓を守っていた。
「ぐっ! うぅ……」
「ほう……流石はアンチレジストの上級戦闘員だ」
 鑑は感心した声を上げると、テニス部の部長に向かって目配せをする。テニス部はいぶかし気に茶髪を掻きあげると、二人に近づいた。股間は破裂しそうなほど腫れ上がり、血走った目で隠すこと無くシオンの身体を凝視している。
「ふふ……もう我慢できないのではないですか?」
「当たり前だろ……会長のこんなエロい格好見たら我慢なんて出来ねぇよ。ちょっと……トイレで抜いて来ていいか?」
「そんな無駄なことをしなくても、もうすぐ思う存分させてあげますよ。シオンさんが強情なので、後ろからこの大きな胸を揉んで緊張をほぐしてあげて下さい。全身の筋肉が緩むくらいに念入りに頼みますよ」
「マ、マジかよ!? いいのか!?」
 テニス部が興奮した様子でシオンを見る。後ろに佇んでいる生徒達も鑑の指示にざわめき始めた。
「ええ。全身の力が抜けるくらい、丁寧にほぐしてあげて下さい。慣れているでしょう?」
「当たり前だろ……まぁ、会長レベルの女は初めてだけどな……」
 テニス部はいそいそとシオンの背後に回ると、両手でゆっくりと素肌の露出している腹部を撫で回した。同時に荒い息を吐きながらシオンの首筋に舌を這わせる。舌先が首筋に触れた瞬間にシオンの身体がビクリと跳ねる。
「ふあっ!? や……やめ……く、首は……」
「すげぇいいにおいだ……ベビーパウダーみたいに甘くて……くそっ! 我慢できねぇ……」
 臍のあたりを撫でさすっていた手が徐々に上へ上へと移動する。肋骨を撫で、トップスと素肌の境目をなぞると、一気に胸を揉みしだき始めた。布越しでもつきたての餅の様な温かくて柔らかいシオンの胸の感触を夢中で味わう。ボリュームのある胸を持ち上げ、円を描く様に揉みながら、布越しに人差し指で乳首を弾いた。
「あうっ!? や……だ……だめっ……やだっ……! くっ……ふあぁ……」
 シオンは男性に胸を触られるという初めて感じる刺激と、テニス部の技巧で徐々に全身の力が抜けて行った。頬が赤らみ、目はとろんと蕩けながらも歯を食いしばって快感に耐えている。
「ほぉ……予想以上に敏感な身体だ」
 鑑の後ろに控えている生徒達は、檻の前に餌を置かれた獣の様な視線をシオンに送る。男性器ははち切れそうなほど膨れ上がり、首やこめかみには血管が浮き立っている。
「くそっ……畜生……」
「エ……エロいな……」
「やべぇ……くそ……俺だって……」
 シオンが薄目を開けると、男子生徒のぎらついた視線と目が合った。自分の悶える姿を複数の男子生徒に見られていると思うと、羞恥心で頭の中が真っ白になる。右腕はわずかに抵抗するためか、首筋に吸い付いているテニス部の頭を抱くように回され、白い手袋の嵌った左手の人差し指の付け根あたりを噛んで快感に耐えている。
「だいぶ効いてきたみたいですね。では、そろそろ……」
 軽いパニックを起こしているシオンは鑑に対し無防備に身体を開いていた。鑑はゆっくりと狙いを定め、臍の中心を目掛け拳を突き刺す。快感により弛緩しきった腹筋に鑑の拳を受け止めることは出来ず、ズブリをいう音とともに拳が手首まで埋まると、先ほどとは比にならない衝撃がシオンの身体を駆け巡った。
「あ……やっ……見ないで……はぁ……うぐぅぅっ!?」
 シオンの唇が「う」と発音する様に突き出され、性的な刺激で大量に分泌された粘度の高い唾液が糸を引いて地面に落ちた。ふわふわと浮遊感のあった快楽から、内臓を押し潰される地獄の苦しみに叩き落とされる。
「いい表情だ……もっと苦しみなさい」
 鑑は混乱して目を白黒させているシオンを目掛けて連打を放つ。鳩尾や下腹部をまんべんなく抉り、ころころと痛みの中心が変わるシオンの腹部は痛々しく痙攣していた。
「ううっ!? はぐっ! う……ぐぷッ!」
 シオンの目が大きく見開かれ、拳が埋まる度に苦し気な悲鳴が漏れる。周囲の男達も突然の事態に目を丸くするが、シオンの苦しむ顔を見ると互いに目を見合わせた。
「なぁ……会長が腹殴られてるときの顔、なんかエロくないか?」
「ああ、女がいった時に見せる表情に似てねぇか?」
「えぇっ!? シ……シオンさんイクとあんな顔するんだ……。す、すごい!」
「な、なんか……俺も殴りたくなってきたな……」
「やべぇ……こんなエロイ表情見せられたら俺……出そうだ……」
 口々にそう呟きながら、シオンの腹と表情を交互に見つめる。それを横目に鑑が満足そうに笑った。
「君達も限界そうですね。いいでしょう。まずは……私から……」
 男達は鑑の合図を感じ取ると、首輪が外れた犬の様に一斉にシオンを取り囲み、男根をしごき始める。シオンの胸をこね回していたテニス部も男達の側に回り、今まで味わっていた感触を思い出しながら男根をしごいた。
 鑑はシオンの肩を掴むと身体を下に向けさせ、鳩尾を容赦なく突き上げた。肺の中の空気がすべて出され、胸骨がめきりと音を立てる。
「ぐぼぉッ!? んぐっ……あ……」
 両足が地面から浮くほどの衝撃で突き上げられ、シオンは飛び出した舌から唾液を滴らせながら両膝を着いた。両腕で腹を抱える様に踞り、肩を震わせながら喘ぐ。鑑がシオンの顔を無理矢理起こすと、ジッパーを下ろして男根を取り出し、シオンに突きつけた。
「うぶっ……くはっ……はぁ……はぁ……うぁ?」
 混乱した頭では状況が瞬時に飲み込めず、シオンは目の前に突き出された男根をしげしげと見つめる。鑑はシオンの頭を両手で固定すると、半開きになった口に勃起しきった男根をねじ込んで、上下に頭を揺すった。 
「え……? か……鑑君……? あ……やっ! むぐぅ!? んむっ……ん……んむ……ッ!? んっ……んん……んぐッ!」
「くっ……おおっ! キツい唇だ……中はねっとり蕩けて。この男の精液をたっぷり味わわせてあげますよ……おおッ!」
「む……むぐっ! んっ! んっ! んうっ! んぐっ! ん……んぅ? ぐふッ!? んぅぅ!?」
「お、おおおっ! ま……まだ出るッ……!」
 シオンの口内をかき回していた鑑の男根がビクリと跳ねると、風船が破裂した様な勢いで熱い粘液がシオンの口中を舐め回した。男根はドクドクと脈打ちながら放出を続け、シオンの口内に溜まった大量の白濁は口の端から溢れ、唾液と混ざり合ってシオンの胸に落ちた。
「うぅ……う……むぅぅ……ぷはぁッ! はぁ……はぁ……うあ……はぅぅ………な、何ですかこれ? うあぁ……」 
 長い射精が終わり、ようやく鑑の男根が口から抜かれた。シオンは混乱した表情のまま口からこぼれる精液を手で受ける。鑑が離れると、男子生徒達がすぐさまシオンを取り囲んだ。全員フルスピードで男根をしごいている。シオンは今までの人生で想像すらしなかった口内射精のショックから、肩で息をしながら呆然と胸や手の平に落ちた精液を見つめている。数秒の後、シオンに向けられていた男根が一斉に発射を開始した。
「ああ……あの会長のフェラチオが見られるなんて……」
「会長エロ過ぎだぜ……もっとドロドロにしてやるよ!」
「口の周り真っ白だぜ……それに胸も……うっ! 出る!」
「会長……こっち向けよ。ほら……出るぜ!」
 シオンが呼ばれたことに反応して無意識に顔を上げると、エメラルドグリーンの瞳に赤黒い男根が何本も映った。それと同時に生徒達が一斉に精を放つ。興奮が強すぎたため、各々が数回分に相当する量の白濁をシオン一人に浴びせ、シオンの体中はたちまち真っ白染まっていった。
「え……? み、皆さん? きゃあっ!? やぁぁ……! あ……うぶっ……口に入っ……えうぅ……」
 長い射精が終わると、周囲にはむっとする精臭が漂い、その中心でシオンが呆然と佇んでいた。男達の男根は放出後も寸分も萎えていない。