「そこにいるのは誰かしら!?」
いきなり背後から声をかけられ、シオンが30?ほど飛び上がる。
「は、はひっ!?あ、あの…私は…あ…篠崎先生?」
「あら?あなた如月さん?あなたこんな時間に何をしているの?」
声をかけて来たのは、アナスタシアの保健室勤務の教師、篠崎冷子だった。端正で知的な顔立ちとスレンダーな身体をフォーマルスーツに包み、コツコツとハイヒールを鳴らして近づいてくる。
保健室と言ってもアナスタシアのそれは小さめの病院と言っても過言ではない設備と広さを持ち、勤務している彼女は医師免許も取得している、その気になれば手術すらもこなせる正真正銘の医師であった。
「門限はとっくに過ぎてるわよ。それに…あなた…ハロウィンはまだ先よ…?」
冷子はあきれたようにシオンの格好を見る。いくら夏とはいえ、深夜に露出度の高いメイド服に身を包み門限を破って噴水に腰をかけていたシオンの状況は説明のしようがない。
「最近女生徒の失踪が続いているのは生徒会長のあなたの耳にも入っているでしょう?私が言うのもはばかられるけど、おそらく性的な暴行目的の犯行だと思うの。そんな格好は襲ってくれと言っているようなものじゃないかしら?」
冷子は眼鏡の奥から知的な視線をシオンに向けている。一部も隙のなく背筋をピンと伸ばした姿勢からは自信と気品があふれていた。それに加え、まだ30歳を過ぎたばかりの年齢にも関わらず冷子は大人の魅力にあふれ、男子生徒のファンもかなり多かった。しかし、その生真面目で近寄りがたい雰囲気から直接行動に移す男性は少なかったと聞いている。また、冷子自身はそういう色恋沙汰にはてんで興味が無く、仮に行動に移したとしても適当にはぐらかされてしまい、いつしか冷子に男女関係に関する話題は御法度という噂が出たほどだった。
「同じ女性として忠告しておくわ。あなた、自分では知らないかもしれないけど、学校中に凄い数のファンがいるのよ?あなたがそんな格好でうろついていたら理性を保てなくなる男子生徒や教師がいてもおかしくないわ。それとも、見せびらかしたいのかしら?」
「い、いえ。そんなつもりは…」
なんだろう。今日の篠崎先生はいたくフランクだなとシオンは思った。
「 男子生徒は元より、教師ですらあなたで自分を慰めていることを知っているかしら?私だってそれなりに自分に自信はあるけれど、如月さんの前では情けなくなってくるわね。 如月さんの盗撮写真が結構高値で取引されてるみたいよ。撮影者は色々みたいだけど、この前保健室に来た男子生徒が持っていたあなたのプールの時の写真は、明らかに体育教官室からしか撮れないものだったわ」
おかしい、絶対におかしい。こんなことを言う先生ではないのに。まさか…人妖?でも、オペレーターさんは間違いなく今回の人妖は男性だって言ってたし…。
「あなたは…」
シオン意を決して訪ねる。
「あなたは…誰ですか…?」
2人の距離はほんの数十センチ。しかし、シオンはいつでも戦闘態勢に入れるように身構えていた。冷子はゆっくりと射るような視線をシオンに向ける。
数秒の沈黙の後、ぷっと冷子が吹き出してケラケラと笑い出した。
「あははは!ごめんなさい、冗談でも悪趣味が過ぎたわね。如月さんがあんまり可愛い格好しているものだから、少しからかってみただけよ。普段はあまり気が抜けないから、時々こうして生徒をからかってるのよ」
一通り笑った後、冷子は呆気にとられているシオンに背を向けて教師の車が停めてある駐車場に向かって歩き出した。
「それじゃあ気をつけてね。あなたの趣味に意見するつもりは無いけど、寮長に気付かれる前に帰るのよ」
「あ、ちょ、ちょっと待て下さい!この格好は私の趣味と言うか…いえ、趣味でもあるんですが…別に露出が趣味とかそういうわけじゃ…」
必死に取り繕うとするシオンにを尻目に、冷子は手をヒラヒラと振って去ってしまった。後には片手で「待って」の体勢のまま固まったシオンが取り残されていた。
「はぅぅ…な、なんか変な誤解されちゃった…。どうしよう…」
『シオンさん!聞こえますか!?』
「は、はひっ!?オ、オペレーターさん?」
突然シオンのイヤホンにオペレーターから通話が入った。緊急時しか使用しない受信側が許可ボタンを押さない強制通話での通信だった。
『今、人妖の反応をキャッチしました!アナスタシアの職員用駐車場の付近です!』
「ほ、本当ですか!?今そこには篠崎先生が向かっているんですよ!?」
『民間人が付近にいるのですか?危険です!シオンさ……す………現場………急こ………』
「オ、オペレーターさん!?よく聞こえないんですが?オペレーターさん!?」
『シ………綾さ…の時……………妨が…………気をつ……………』
その後シオンの呼びかけにも関わらず、イヤホンからオペレーターの声が聞こえてくることは無かった。シオンは通話している最中から駐車場に向かって歩き出していたが、通信が不可能となるとあきらめてイヤホンを仕舞い走り出していた。駐車場に人妖が?だってそこには今篠崎先生が…。
シオンの耳に冷子の悲鳴が届いたのは、駐車場への最後の角を曲がったときだった。