心臓が早鐘のように打ち、 全身の血液がはげしく身体を巡る。もう少しで職員用駐車場が見えるが、冷子の悲鳴は断続的に続いていた。
「お願い…間に合って…」
シオンが駐車場に到着する。肩で息をしながら辺りを見回すと、奥の方にもつれ合うような人影が数人見えた。駆け寄ると、冷子の赤いアルファ・ロメオの前で、3人の男子生徒に詰め寄られている冷子の姿があった。
「ちょっと…何なのあなな達は?やめ…やめなさい!」
「篠崎先生!大丈夫ですか!?」
「き、如月さん!?あなた、なんでここに?」
「説明は後です!それより…」
3人の男子生徒はアナスタシアの野球部のユニフォームを着ており、2人は坊主頭で1人は帽子をかぶっていた。シオンも名前こそ知らないものの、壮行会や生徒会の視察で何度か見たことのある顔だった。しかし、その顔は酷くうつろな顔をしており、3人ともぶつぶつとうわ言のようなことを呟いていた。
「あなた達、何やってるんですか?もうとっくに部活も終わっているでしょう?早く帰宅してください」
シオンが静かに男子学生達に呼びかけるものの、その声は全く耳に入っていない様子だった。
「あぁ………会長だぁ………」
「やべぇ…………マジで………可愛い………」
「………すげぇ……なんだ……あの格好………」
それぞれひげ面だったり眼鏡をかけていたり帽子をかぶっていたりと特徴はあったが、3人とも同じような表情でじりじりとシオン達に近づいて来た。異様な雰囲気を察し、シオンが冷子に声をかける。
「こ、これは一体…男性型の人妖って、まさかこの3人のこと…?篠崎先生はすぐにこの場を離れてください。この場は私がなんとかしますので。あと、このことは内密にしてください」
「な、何を言っているの!?如月さんを置いて行くなんて、そんなことできるわけ無いでしょう!私も説得してみる!」
2人がやり取りをしている間に、帽子をかぶった生徒がいきなり奇声を上げて2人に突進して来た。シオンが冷子を突き飛ばし、男子学生が振り下ろした右腕の手首を両手で掴んで受け止める。
「がぁぁ……がぁぁぁ……」
「くっ……凄い力……一体…何があったんですか…?」
「き、如月さん!?」
思わぬ事態に冷子が声をかけるが、その声に反応し、残りの眼鏡とひげ面が冷子の方向に向きを変えた。元々厳しいトレーニングを積んで鍛えている野球部員相手では、おそらく冷子が逃げたところで追いつかれて襲われてしまうだろう。
「先生…早く…車の中に入ってください!私は…大丈夫ですから…」
ギリギリとシオンの腕が力で圧されはじめる。白い手袋が悲鳴を上げ、ぎちぎちと嫌な音が鳴り始める。
「先生…早く!」
その声に冷子は自分の車へ駆け出し、中に入ってドアをロックした。それを見届けるとシオンは腕の力を抜くと同時に足払いをかけて帽子を転倒させた。
「がぎゃあぁぁぁ!!」
帽子にとっては一瞬の出来事で、急に目の前からシオンの姿が消え、勢い余って前方につんのめった所に足払いをかけられて顔面をしたたかに地面に打ち付けた。その悲鳴を聞いて、残りの2人もシオンに方向に向きを変えた。
「よし、このままこっちに来て。可哀想だけど、しばらく眠ってもらいます」
シオンが白手袋をはめた拳をパシッと合わせ、身構える。1対3と圧倒的に不利な状況だが、専門的な訓練を受けているシオンと、鍛えてはいるが戦闘には素人の野球部員ではまだ自分に分があると思った。
「しぃぃぃぃぃっ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
眼鏡とひげ面が同時に駆け寄る。シオンに対し突きや蹴りを繰り出してくるが、やはり素人の動き。鮮やかにシオンに捌かれてしまう。
「くっ…やあっ!」
眼鏡がシオンの顔面に向けて拳を繰り出すが、シオンはそれを左手で受け流すと右手で顎を押しながら、右足で眼鏡の右足を後ろに払う。柔道の大外刈りのような技をかけられ、眼鏡は悲鳴を上げながら後頭部を地面に打ち付けた。
「おおおおお!!」
ひげ面もシオンの腹をめがけ膝蹴りを繰り出すが、バックステップでそれをかわすと逆にひげ面の腹に膝蹴りを見舞った。
「はぁっ!」
「ぐぶげぇぇぇぇぇ!!」
一撃を見舞うとすぐに離れる。相手が人妖の可能性もあるが、生徒である以上深手は負わせたくない。なんとか昏倒させてアンチレジストに3人を保護してもらうのが一番だろうとシオンは考えた。
「あなた達、何があったかは知りませんけど、もうすぐ私の仲間が来てくれるはずですからおとなしくしてください。あなた達を傷つけたくはありません」
ひげ面はわずかに苦しそうな表情を浮かべているが倒れることは無く、先に倒した2人もよろよろと立ち上がる。3人はシオンの呼びかけには反応を見せず、再び何事かを呟きながらシオンに近づき始めた。
「お願い、あなた達とは戦いたくないの!おとなしく…」
「会長ぉ…やべぇ……こんなに近くで見れるなんて……」
「やっぱ……すげぇ身体してんなぁ………ヤリてぇ……」
「あああ……犯してぇ……」
見れば、3人の股間部分は既に大きく隆起しており、うつろな視線はシオンの身体を舐めるように見ていた。何があったかは知らないが、獣のように欲望をむき出しにしてシオンに近づく3人に改めて身の危険を感じた。
「な…何言ってるんですか…?申し訳ないけど、本気で気絶させて…」
3人が同時に駆け寄る。帽子とひげ面が真っ先に襲ってくる。シオンはすぐに身構え、攻撃を受け流そうとするが、2人が攻撃する一瞬早く、シオンの視界が真っ赤に染まった。
「!!??…やっ……ああっ!?何…これ!?」
一瞬のことで何が起こったか分からずシオンは慌てて両手で目を押さえるが、すぐに激しい痛みがシオンを遅い、目を開けていられなくなった。赤色の残像がまだまぶたの裏で明滅する。獣のような声と衝撃がシオンに届いたのはその直後だった。
「がぁぁぁぁ!!」
「おおおおおおお!!」
ズギュッ!!
ドムゥッ!!!
「あ……かはっ……うぅあぁぁぁ!!」
両手で目を押さえ、がら空きになっているシオンの腹部に左右から帽子とひげ面の膝がめり込んだ。力任せの蹴りだったが、それは正確にシオンの下腹部と鳩尾を襲い、凄まじい苦痛がシオンを襲った。
「あ…ぐううっ…」
視界はなんとか見えるようになり始めたが、まだどちらが前後かも分からない。よろけながら向きを変え、この場を離れようとするが、シオンが向きを変えた先は眼鏡の正面だった。
「しぃぃぃぃ!!」
ズムゥッ!!
「ぐふぅぅっ!?あ…あぐ……」
眼鏡のボディブローがシオンのむき出しの腹にクリーンヒットし、シオンの美しい金髪が揺れる。一瞬目の前が暗くなるが、直後に背中に蹴りを受け前のめりに地面に倒れる。
「あ…きゃあぁぁぁ!」
アスファルトの上に倒れ込み、肘まである白手袋の数カ所が破れる。やっと視界が戻り、倒れたままの姿勢で振り返ると3人はすぐ後ろまで近づいて来ていた。
「はぁ…はぁ……やべぇ……犯してぇ……」
「ああぁ……や……やっちまうかぁ……」
「鎮めてくれよぉ……会長ぉ……」
シオンの顔に初めて恐怖の色が浮かんだ。