「げふっ……あ…ああ……」

 

腹部に定期的に波打つ鈍痛。身体の奥からこみ上げてくる不快感。シオンは腹を両手でかばうように押さえながら人妖、冷子を見つめた。月の光を後方から浴びて青白いシルエットの中に、赤く光る目だけが異様な存在感を放っていた。

 

(何なのあれ?私、何で攻撃されたの?)

 

「あらあら、まあまあ…口から涎垂らしちゃって、すごくエッチな顔になってるわよ?そんなに痛かったかしら?これでも加減したつもりだったんだけれど…。まぁいいわ。少し眠って頂戴」

 

再び空気を切り裂く音が聞こえてくる。シオンは咄嗟に右方向へ転がるように離脱する。

 

「あははは!ほらほら、逃げてるだけじゃどうにもならないわよ?」

 

冷子の攻撃方法が分からない以上、不用意に近づくのは危険だ。連続して襲い来る攻撃を右へ左へと何とかかわすが、このままでは無駄に体力を奪われるだけである。シオンが噴水を背にした所を攻撃され、必死によけると噴水の水が勢いよくはじけた。

 

「あら、惜しかったわねぇ。もう一回あなたが嘔吐く所が見たかったのに…」

 

「くっ…まずい…このままじゃいずれ当てられる…。ん…あ、あれは…?」

 

シオンは意を決し、空気を切り裂く何かをサイドステップで紙一重でかわすと、重りの付いた鞭のような物体が一瞬目の前で静止した。シオンは機敏な動きでそれを掴む。

 

「えっ…う…な…何これ!?」

 

「あら…凄い反射神経ねぇ…」

 

それは、腕だった。形状こそ腕だったが、それはまるで軟体動物のような気味の悪い固さになり2mほど伸びており、先端にはしっかりと拳が握られていた。反射的にシオンが手を離すと、冷子の「腕」はまるで伸びたゴムが縮むように一瞬で元の形状に戻った。

 

「もうバレちゃったわね。さすがは上級戦闘員ってとこかしら?戦力が未知数の相手に不用意に近づかずに攻撃できるように、ちょっと骨やら筋肉やらを弄ってみたんだけど、攻撃力がガタ落ちなのよね。やっぱり直接攻撃するに限るわ」

 

どこをどう弄ればこういう風になるのかわからないが、人妖の強靭な身体と冷子の医師としての才能がこのような腕を作ったのか。

 

「攻撃で噴水の水がはじけた後、篠崎先生の腕が濡れていたのでまさかと思いましたが…こんなことって…」

 

シオンは改めて目の前に存在するものが化物であることを認識する。今まで幾分なりとも世話になった先生が人妖であることを心のどこかで否定していたが、その人外そのものの腕を見た瞬間に心は決まっていた。

 

「篠崎先生…いえ、篠崎冷子!対人妖組織アンチレジストの戦闘員として、あなたを退治します!」

 

「うふふふ…勇ましいわねぇ…。美しい…とても気高くて美しいわぁ…。でもね如月さん。こちらとしても簡単に退治されるわけにはいかないのよ………あなた達!いつまで寝ているの!?」

 

その声にびくりと反応し、先ほど倒したはずの野球部員達がヨロヨロと起きだした。帽子にいたってはまだ気を失っていたが、ゾンビのようにフラフラとシオンに近づいてくる。

 

「なっ?こ…これは一体…?」

 

「凄いでしょう?意思の力は時々肉体を凌駕するのよ。この子達に施したチャームの力は絶対。何があっても私の命令通りに動くわぁ」

 

「チ、チャーム?チャームって、男性型の人妖の…た、体液のことじゃ…?」

 

うっすら赤くなりながらシオンは冷子に言う。男性型人妖の唾液や精液には人を魅了する力があるというが…。

 

「あらあら、如月さんはそんな挑発的な身体しておきながら結構ウブなのねぇ…。女性型でもチャームは使えるのよ。それも男性型より強力な…ね。粘膜を触れ合わせて相手に直接送り込むからかしら?まぁ、この子達みたいに童貞君の相手は結構疲れるけど」

 

「なっ…そ、そんなことを……」

 

シオンは耳まで赤くなりながら冷子の話を聞く。綾の話ではチャームはせいぜい「相手を魅了する」程度のものだ。安定的にエネルギーを補給するためだろう。しかし、冷子の行っているそれは洗脳や傀儡に近い。

シオンと冷子が会話している間に、野球部員達はのろのろとした動きで冷子の後ろに跪く。冷子は満足げに3人を見下ろすと、3人にそれぞれディープキスをしたり、手で股間をまさぐったりした。

 

「うふふふ。素直でいい子よ…。あらあら…こんなにしちゃって。まぁ目の前に憧れの如月さんがあんな格好でいるのだから無理も無いわねぇ。さぁみんな…お注射の時間よ」

 

冷子は足で部員達の勃起した股間を小突きながら、胸ポケットから白いケースを取り出し、中の注射器を3人の部員達の首筋に突き刺した。

 

「な、何してるんですか!?もうこれ以上その人たちに危害は…」

 

「うふふ…大丈夫よ。もう終わったわ。さぁ、如月さんを取り押さえなさい。手は出しちゃダメよ」

 

目の前の痴態に思わず固まってしまったシオンだったが、はっと我に帰り冷子に向かって叫ぶ。注射を打たれた3人は再びシオンに向かって歩き出していた。

 

「なっ…こ、来ないで!来ないで下さい!」

 

「だめよぉ…この子達はあなたを捕まえるまでは止まらないわ。どうしても止めたかったら殺すか、さっきみたいに気絶させるしかないわよ?」

 

冷子は喜劇舞台でも見ているような様子で首を傾げ胸の下で腕を組みながら呟く。その間にもシオンと3人の距離は徐々に詰まっていく。

 

「くっ……し、仕方がありません…。なるべく傷つけずに…」

 

眼鏡が抱きつくようにシオンに両手を広げて迫る。相変わらず隙だらけだ。シオンは相手が迫る勢いを利用し、右手を眼鏡の腹部に突き出す。

 

ドギュウッ!

 

「が…が………」

 

「ごめんなさい…どうか眠って…」

 

「が……が……へへ………へへへへへ………」

 

「!?な、なに?」

 

「会長ぉ……会長がこんな近くにぃ……」

 

シオンの攻撃は確かにクリーンヒットした。しかし、相手は怯むどころかまるで攻撃など無かったかのように抱きつこうとするのをやめない。残りの2人もシオンのすぐそばまで迫っていた。

 

「な…なんですかこれは!?どうして…?」

 

「ちょうどあなたの裏に建っている研究棟。そこには最新鋭の設備があることはあなたも知っているでしょう?私はそこで様々な薬を開発したの。チャームの効果を爆発的に上昇させたり、ここにいる子達みたいに大脳新皮質の働きを弱めたり。痛覚神経と脳を遮断したり…ね。身体能力も少しだけ強化してあるわ」

 

「そ…そんな…そんなこと…。あっ、や…やめ…。くっ……」

 

冷子が会話している間にも、3人の野球部員はシオンを押さえ込もうと体にまとわりついてくる。シオンも必死に抵抗するが、顎を跳ね上げようが脇腹に膝を入れようが相手は全く怯まず、ついには両足をひげ面と眼鏡に、両腕を後ろから帽子に羽交い締めにされ、全く身動きが取れない状態になる。

3人はそれぞれ荒い息を吐きながら、眼鏡とひげ面は抱きすくめたシオンの太ももに頬擦りしたり、帽子はシオンのうなじを舐めたりと思い思いの行動をとる。

 

「やめ…んあぁっ!や…やめて下さい!あうっ…!う…動けな…い」

 

「あらあら、愛されているわねぇ…顔が真っ赤よ。うふふふ…そういう顔はとても好き…。でもね、私は美しい女性が苦しんでる顔の方が、もっと好きなの…」

 

気がつくと、冷子はシオンの目の前まで来ていた。男子部員は冷子の命令通り手は出してこないが、がっしりと体を押さえ込まれ振りほどくことができない。

 

「うふふふ…今度は直接だからもっと苦しいわよ?頑張って耐えてねぇ…?」

 

「な…何をする気で……ぐぼあぁぁっ!!」

 

シオンの腹部には、手首まで冷子の拳が埋まっていた。先ほどの腕を鞭のようにした攻撃でも十分な威力であったが、今回のは桁が違いすぎる。シオンのなめらかな腹部は無惨につぶれ、内蔵が悲鳴を上げていた。

 

「げぶっ…!?あ…あぁ……うぐっ……」

 

「あらあら…こんなに目を見開いちゃって…あはぁ…とっても素敵。美しい顔が苦痛に歪むのはね…。でも、まだ一撃目よ?」

 

ズギュウッ!!ドギュッ!!

 

「ごぶっ!?ぐふあぁぁ!!……あ……す……すごい…力……」

 

「うふふ……私も身体強化の薬を使っているの。なかなかの威力でしょう?…それにしても如月さん、綺麗な足してるわねぇ…汚い虫が2匹付いてるのが気になるけど…私の足も見てくれる?」

 

グギィィィッ!!

 

「うぐうっ!!?…は…はうぅ……」

 

冷子の膝が、シオンの華奢な鳩尾へ吸い込まれるように突き刺さった。肺の中の空気が強制的に排出され、一瞬窒息状態に陥る。

 

「が…かはっ…!あ……はぁっ……!!」

 

「どうかしら?私のもなかなかでしょう?ほらぁ……もっとよく見て…」

 

グギュッ!グギュウッ!!ドギュウッ!!

 

「ごふうっ!?あぐうっ!!うぶあぁぁっ!!……え……えぐ……」

 

「うふふ…いい…いいわぁ…凄く感じちゃう……」

 

冷子はうっとりとした表情でシオンを責め立てる。シオンは何とか反撃の隙を探るものの、度重なる重い攻撃に一瞬で意識が飛ばれされ失神と覚醒を繰り返すが、朦朧とした中でも何とか意識を保とうとする。

 

「あらあら、顔色が悪いわよ?悪いものが溜まっているときは、一度全部出すとスッキリするわよ」

 

スブウッ!!

 

「ごぶうっ!!ああぁ……そ……そこはぁ……」

 

「あらぁ…如月さん、ずいぶん胃が小さいのねぇ…?それじゃあ………治療してあげるわぁ!」

 

グギュウゥッ!!

 

「うぶぅっ!?…う…うう……うぐぇぇぇぇぇぁぁ!!!」

 

冷子が力任せにシオンの胃を握りつぶすと、シオンの口から強制的に逆流させられた胃液が勢いよく飛び出し、地面にびしゃりと落ちた。あまりのサディスティックな猛攻にシオンはビクビクと痙攣し、慎ましげな口からは舌が垂れ下がり、瞳は半分が上まぶたに隠れ白目を向いている。

 

「あははははは!最高よぉ、あなた!!凄くいい顔してるわぁ!!私ももう感じすぎてて…。死なないように頑張るのよ!!」

 

冷子が、もう何度目分からないが拳を脇に引き絞り、シオンの華奢な腹部に狙いを定める

。シオンは薄れ行く意識の中で、諦めに近い感情を抱いていた。