暗闇の中のコンクリート打ちっぱなしの壁は、外の蒸し暑さを忘れ、すべての熱と音を吸収するように冷たく静まり返っていた。ポツポツと付いた頼りないオレンジ色の非常灯と、緑色の非常口を表すライトに赤い非常ベル。昼間の生徒達で活気あふれる空間とは対照的に静寂の空間が広がっていた。

シオンは入り口から最初の角を曲がった所で尻餅をついたまま壁にもたれかかり、呼吸と体調が回復するのを待った。幸い、冷子が入ってくる気配はない。

 

「はぁ…はぁ…。なんで追ってこないんですか?それにしても強い…。私で勝てるの…?はぁ…はぁ…」

 

汗で額に貼り付いた金髪をかき上げながらシオンが呟く。シミュレーション訓練では最高難易度も軽くクリアするシオンだが、冷子との戦闘では野球部員が3人いたとはいえ、ほぼ一方的な展開であった。未だに攻撃された腹部から鈍い痛みが響いてくるが、いつまでもこうして休んでいるわけにはいかない。冷子を倒す方法を見つけるか、アンチレジストのオペレーターに連絡を取って応援を要請するか…。

 

「そもそも…何で研究棟が施錠されてないんですか。おかしいです。こんなことがバレたらアナスタシアの信用はガタ落ちのはず…誰かが故意に開けた?でもなぜ…?」

 

シオンが考えを巡らせていると、不意に甲高い、ポーンと間の抜けたような電子音が響いた。シオンが咄嗟に身構えるが、何も無い。辺りを見回すと、廊下の遥か奥の方に、先ほどまで無かった非常灯とは違う蛍光灯の明かりが漏れている部屋があることに気付いた。

シオンが近づくと、それはエレベーターだった。さっきの電子音はエレベーターの扉が開く音だったのだ。エレベーターの上にある停止階のランプを見ると、2階から5階まではすべて「・」で表されてあり、その上には赤地に白抜きで「生徒使用厳禁」と書かれたプレートが貼付けられていた。

 

「民間企業用のエレベーターがひとりでに…?そんなわけない…誰かが操作しているはず…」

 

シオンは考えを巡らす。どう考えても罠に違いない。そもそもこの時間に研究棟に自分が入れたこと自体がおかしいのだ。その上このエレベーター。明らかに敵の手中に追い込まれて行ってることは明白である。しかし、シオンは一度深呼吸すると、ためらい無くエレベーターに乗り込んで行った。

 

「日本のことわざに、虎穴に入らんずばってのがあります。このまま逃げていても、皆を…アナスタシアを救うことは出来ません。私の好きな場所は、私が取り戻します!」

 

 

 

 

モニターの中では、シオンがエレベーターに乗り込む姿を廊下から映した映像と、エレベーターにシオンが入ってくる姿をエレベーター内部から写した映像が別角度で映っていた。人影がボタンを操作すると、エレベーターの扉が閉まり、指定した階に向かって上昇を始める。

 

「入っちゃったね」

 

「罠と知りながら乗ってくるとは…」

 

「さすがは責任感が強いな。学校と生徒を守るためには自分の身も犠牲にするか。この娘が生徒会長になってから問題が激減したのもうなずける」

 

「それ以上にファンがすごく多いんでしょ?ここまで顔もスタイルも良い上に性格も良い人なんて最近いないよ。告白も何十回されたか分からないらしいよ。まぁ本人にその気は全く無いというか、天然入ってるから告白しても気付かないんだって」

 

「会長に迷惑はかけられない…って感じで学校がまとまってるのかな?」

 

「それにしても良い人材を見つけてくるものだな、アンチレジストは。その人間の持つ人徳が高ければ高いほど、我々が得るエネルギーも大きい」

 

「そのためにはたっぷりと苦痛と屈辱を与えないとね」

 

「そうだな…あいつらの様子は?」

 

「もう大変。冷子の作った薬のおかげで暴走寸前だよ。拘束して抑えてるけど、この娘…シオンだっけ?見たらどうなるか分からないよ?」

 

「そうか…楽しみだな…」

 

楽しみだと言った1人が席を外し、部屋から出て行った。部屋の中の1人が別のボタンを操作すると、モニターには病院の大部屋のような部屋に5~6人の男性がベッドに寝かされている映像が映った。全員運動部の学生か、鍛え上げられた体をしていたが、その全員がベッドに両手両足を拘束され、衣服も毛布類も身につけていなかった。それだけでも異様な光景だが、全員酷くうつろな表情をしている反面、股間が大きく隆起していることとがその異様さに拍車をかけていた。

 

 

 

シオンがエレベーターに入ると、自動的に扉が閉まり、軽い衝撃とともに速いスピードで上昇を始めた。エレベーター内部の停止階ランプはどこも点灯していない。とうに生徒の使用する特別教室の階層は過ぎ、民間企業用の研究施設の階層に入ったが、まだ上昇は止まらなかった。かなり上の階に行くようである。

ポーンと再び間抜けな電子音が聞こえ、エレベーターは停止した。扉が開くと、薄暗い蛍光灯に照らされた広い空間に出る。シオンは意を決してエレベーターから一歩進み出た。