「何…ここ…?」

 

 

エレベーターを出ると、空調が効いているのか、ひやりとした空気がシオンを包み、火照った体が一気に冷めるのを感じた。がらんとした空間は所々防犯用の薄暗い蛍光灯に照らされ決して明るくはなかったが、それでも部屋全体を把握するのには困らなかった。

部屋には床も壁もコンクリート打ちっぱなしの殺風景な部屋には、様々な大きさのケージや檻があり、それぞれ何らかの動物が入れられていた。犬や猫のほか、猿やゴリラのような大型の霊長類までいる。ある一角には小さめのケージが天井近くまで積まれ、そのひとつひとつにネズミのような生き物が入れられていた。つい最近まで多くの動物達がいたのか、コンクリートの床はうっすらと汚れており、所々に引きずったような傷がついていた。

異様だったのは、様々な動物達がいるはずなのに物音が一切しなかった。眠っているのかと思いシオンが一番近くにあった4つほど積み重なった猿の檻に近づくと、 檻の中の猿は濁った目を開けたままシオンを見つめ返した。事態が飲み込めずにしばらくその場を動かずに檻の中を凝視すると、猿は両腕と足の一部を欠損していた。シオンの背中に冷たいものが流れた。よろよろと隣にあったゴリラや犬、ネズミのケージを覗くも、既に事切れている動物ばかりだった。しかもその殆どが身体の一部を欠損し、生前に想像するに耐えない行為を受けたことが伺えた。

 

「ううっ…」

 

シオンは思わず口を抑える。多くの死に囲まれた言いようの無い気味の悪さと、何も出来ない自分への無念さ。

 

「な…なんですかこれは…なんて酷い…。どうして…」

 

シオンはコンクリートの床に、文字通り両手で頭を抱えて膝をついた。長い金髪がはらはらと肩から流れて床に垂れる。このような場所が自分の学校にあったという受け入れがたい事実。シオンは頭を抱えていた手を自分の顎の下で組み直し、静かに動物達の冥福を祈った。

5分ほどそうしていただろうかシオンが隣の部屋から聞こえてくるかすかな物音に気付いた。

 

「足音…?それも複数いる…。関係者でしょうか…?」

 

ネズミの檻の壁をすり抜け、コンクリートの壁と同色に塗られたドアをそっと音を立てずにわずかに開け、その隙間に鏡を差し込んで中を見る。その光景を見た瞬間にシオンは息を飲んだ。

 

「!!?な、何ですかこれは!?」

 

部屋全体の作りはあちら方が広いが、壁際には複数のコンピューターやワークステーション、もう一方の壁には中は暗くて見えないが、試験管を逆さまにしたような形の、人間が1人くらい軽く入れるようなガラス製かアクリル製の大型の入れ物が4つ設置され、コンピューターと大小様々なケーブルで繋がっていた。その横には同じような大きさの檻が2つ置かれ、今は空になっていた。様々な機材のため、実際に歩けそうなスペースはそんなに広くはないだろう。

しかし何よりも異常だったことは、部屋の中には、全裸の男性が5~6人がうつろな表情でうろうろと歩き回っていた。中には知っている顔もあり、おそらく全員がアナスタシアの生徒であろう。一番シオンの近くにいるのは長髪を茶髪に染めた男子テニス部の部長だ。3月に行われた生徒会部費予算会議に彼が出席していたことを覚えている。その当時、はつらつとインターハイ出場の夢を語っていた彼だが、今ではそのぼさぼさの髪と落ちくぼんだ目からまるで麻薬のジャンキーのような風貌になっている。少し奥には相撲部の部長もいた。

 

「な…え…?これは…?なぜ彼らがここに?この部屋は一体…?」

 

「おやおや…やっとメインゲストのお出ましですか。さぁ、こちらですよ」

 

「え…?きゃああ!」

 

事態が飲み込めず、震える手で鏡を使い部屋の様子を観察していたシオンの手を、突然何者かが掴んで強引に部屋に引きずり込んだ。鏡が派手な音を立てて割れ、シオンも強引に引っ張られた反動でコンクリートの床に前屈みに倒れる。シオンがゆっくり振り向くと、部屋中の男達が血走った目でシオンを凝視していた。

 

「はぁ…はぁ…マジで会長じゃん…」

 

「本物!?本物の如月さん!?本当に本物!?」

 

「すっげぇ、マジで可愛いな…」

 

「ふひひひひ…綺麗な髪だなぁ…これが夢にまで見た…」

 

「シオンちゃん、すごい格好してるな…何のコスプレだよこれ…?誘ってんのか…?」

 

ぎらついた目でシオンとその身体を舐めるように見つめる男達。先ほど冷子と一緒にいた野球部員とは様子が違うが、全員普通の状態ではないことは確かだった。全員が全裸で、男性器を隆々と勃起させている。

 

「あ…あぁ…。 み…皆さん…な…何してるんですか…?」

 

突然複数の全裸の男性に取り囲まれるという異常事態に、震える声で男子生徒達に声をかけるが、当然返答はなかった。

 

「私が変わりに話しましょうか?」

 

ドアのそばから先ほどシオンを引っ張った男がこちらへ歩いてくる。ドアの影の暗がりから蛍光灯の下へ出るとシルエットだった男の像が鮮明に浮かび上がる。先ほど引っ張られたときの声にも聞き覚えがあったが、その姿を見て確信した。

 

「あ…あなた…副生徒会長の鑑君!?な…なぜこんな所に…?」

 

全く事態が飲み込めず、困惑した声を向ける。シオンを引っ張った男は、3人いるアナスタシアの副生徒会長のうちの1人だった。眼鏡をかけた知的な生徒だったが、今ではどこか野性的な、というよりも別人のような雰囲気を全身から漂わせている。

 

「ふふふ…まぁまぁ慌てずに…」

 

鑑が大げさな身振りで両手を広げる。

 

「まず、彼らを責めないで下さい。私の同僚が作った薬で少しばかり欲望に忠実になっているだけです。以前の薬はやや知能が低下してしまいますが、今回のはその改良型ですから意思の疎通は出来るはずです」

 

鑑が今にも飛びかからん勢いの男子生徒を手で制すと、生徒は一瞬不服そうな顔をした後、素直に従った。他の男達も同様に男の一歩後ろに下がるが、荒い息を吐きながら粘つくような視線をシオンに向けている。

 

「同僚…?まさか、篠崎先生のこと…?か…鑑君が…どういうこと…?」

 

「ふふふふ…驚かれているようですね。まぁ無理もありませんか。今はこの身体を借りているだけですからね…。私の名は桂木涼。以前あなた方の組織の神崎綾さんに大変お世話になりましてね。お陰様で今は本来の身体が思うように使えないので修復中なんですよ。変わりにこの学園の副生徒会長の鑑君の身体が、私の元の身体に近いことが分かりましてね、拝借しているわけです」

 

シオンはあまりの事態に次に出てくるべき言葉がいくつも頭の中に渦巻いて、何も喋ることが出来なくなっていた。目の前にいる副生徒会長の鑑は、自分よりひとつ年下の男子学生だ。普段はもの静かだが、冷静沈着で何が起きても常に物事に対し最善の判断を下すことのできる数少ない人物で、シオンもかなりの信頼を置いていた。それに加え家系の伝統らしく幼少の頃から様々な武道を学んでおり、華奢そうに見えるが身体はかなり鍛え上げられ体力測定でも常に好成績をキープしていた。

その鑑を、以前綾と対峙した人妖が乗っ取ったと言うのだ。身体を借りる?そんなことが現在の医学で可能なのか?そもそも綾が涼と対決したのは1ヶ月ほど前ではなかったか。ではその頃から既に涼は鑑と入れ替わっていたのか?

 

「それにしても…ここにいる男達が夢中になるのもうなずけますね…」

 

不意に涼に乗っ取られた鑑が声をかけて来た。鑑はシオンの身体を先ほどの男子生徒同様つま先から頭まで舐めるように見回している。視線は足首からむちむちの太ももを伝い、挑発的な黒いミニスカートとそれに合わせたエプロンドレスの巻かれた腰を舐め回した後、キュウッとくびれた素肌の露出している腹部を凝視し、そのくびれた腹部に不釣り合いなほど豊満な胸と、それ引き立てる黒地に白いフリルの付いたブラジャータイプのトップスを視姦した。

 

「なっ……ど…どういう意味ですか…?」

 

「くくくく…どうやら噂通りの天然娘のようですね。なら教えて差し上げましょうか?」

 

油断したとシオンは瞬間的に思った。無理も無い。つい最近まで一緒に生徒会の仕事をしていた姿が、自分の身体をいやらしい目つきで見回しているのだ。その混乱に乗じて鑑は素早くシオンの目の前に移動し、耳元で囁いた。

 

「私を含め全員、可愛くてエッチな身体をしたあなたを、滅茶苦茶に虐め犯し尽くして、精液まみれにしてやりたいと思っているんですよ…」

 

「なっ…そ…そんな…うぐぅっ!!」

 

耳元で囁かれた悪魔のような言葉に困惑した瞬間、シオンのくびれた腹部には鑑の小さめの拳が手首にまでめり込んでいた。

 

「ほぅ…綾より華奢なお腹ですね。これは虐め甲斐がありそうだ…」

 

鑑はシオンの腹部に埋まったままの拳を強引に開きながら、さらに奥へ腕を沈めた。内蔵がかき分けられ、身体の内側から来るダメージがシオンを襲い、後方へ弾かれるように吹っ飛ぶ。

 

「がっ…あぁぁ……ぐぶうっ!?ごぶあぁぁ!!」

 

飲み込みきれない唾液が強引に吐き出され、鑑の腕に飛沫が飛ぶ。鑑はハンカチを取り出してそれを拭き取ると、赤く光る縦長の瞳孔でシオンを見つめた。