本編で動きが無いのも寂しいので、冒頭部分のラフを期間限定で公開します。
現在連載中のWISHの更新の時に削除します。

※ラフのため、今後内容が変わる可能性があります。




「──つまり私の作るウイスキーは、常に新しい味や香りを追求し、皆様に驚きと、ある意味ではショックを与えたいと考えております。ただ美味い、香りが良い、飲みやすいといった一般的な価値観に、私は興味はありません。そのために、まだ日本では未発売か、とてもマイナーな蒸留所の原酒を積極的に買い付け、レイズモルトの貯蔵庫で更に熟成させています。一部は自前の樽に移し替えますし、熟成中はウイスキーにとって、ある種の冒涜的な行為を行うこともあります。樽が破壊しないギリギリの高さからあえて落下させたり、様々な木材の破片を漬け込んでみたり、樽の周りで香を炊いてみたり、ヘヴィメタルの音楽を大音量で鳴らしたり……」
 三神冷而(みかみ れいじ)はカメラマンのフラッシュを浴びながら、ふんだんに嘘を交えて自分の作るウイスキーを魅力的に、そしてミステリアスに語った。ウイスキーなど、所詮は誰も中身を知らないブラックボックスだ。多くの人々がウイスキーに求めるものは味や香りではなく、ドラマ性と、それがいかに希少で良い物かどうかという情報だけだ。そして冷而は自分自身の見た目も、ウイスキーの魅力を高める道具のひとつだと考えていた。サイドを短く刈り上げてトップをオールバックにしたスリックバックの髪型、整えられた口髭、ネクタイのディンプルの形、シワひとつ無い明るい色の高級スーツと、男にも女にも好印象を与える見た目を意識した。「こんな格好良い男が、なにやら革新的なことをして作ったらしい酒を飲んでみたい」と、大衆に思わせることができれば成功だ。そして彼を取り囲む多くの記者やテレビカメラが、彼の目論見が成功したことを表していた。あのテレビカメラの先には、数多の一般大衆が自分の一言一言を注意深く聞き、次に発売するウイスキーに想いを馳せているはずだ。今や自身の名を冠した「レイズモルト」は飛ぶ鳥を落とす勢いで知名度が加速しており、アジアを中心にボトルの奪い合いが起こるほどの大人気になっている。ワインの五大シャトーよりも投機的価値があるとメディアがこぞって煽り、新作を発売すれば即完売。すぐに転売され、末端価格は売価の十倍以上になることも珍しくない。
 そして今日の発表は、世間をさらに沸き立たせることになるだろう。ようやくここまで来たか、と冷而はこみ上げてくる快感を押し殺しながら思った。
「では、会見の本題に入らせていただきます」と、司会の男がよく通る声で言った。「このたび、弊社三神が代表を務める『レイズ』は、製薬会社『アスクレピオス』様と提携に向けた協議に入っております」
 記者達がどよめいた。アスクレピオスと言えば百年以上の歴史を持つ、ロシアに本社を置く世界的な大手製薬会社だ。規模こそファイザーやノバルティスには及ばないが、バイオ医薬品の部類ではかなりの存在感を放っている。規模に反して株式は公開されておらず、製薬会社としては珍しい家族経営を貫いてきた。しかし、なぜ世界的製薬会社と、人気とはいえ日本のウイスキーメーカーが提携するのかと記者達は思った。人気や知名度はさておき、酒造メーカーは大手を除いていずれも中小企業どころか零細企業の規模である。レイズですら例外ではなく、資本力も雲泥どころの差ではない。その空気を察したのか、司会は軽く咳払いをしてから次の言葉に繋いだ。
「本日は、アスクレピオス様から代表として一名、この場にお越しいただいております。本社のあるロシアから来日いただき、我々と協議をしている、スノウ・ラスプーチナ様です。一言、ご挨拶をいただきます」
 紹介された人物が袖から入ってきたので、記者達はさらに度肝を抜かれた。
 真っ黒いゴシックアンドロリータの服に身を包んだ十代前半と思しき女の子が、胸を張って会場に入ってきて、冷而の横に並んだ。「子供?」と、カメラマンの誰かが言った。女の子は背も小さく、身体の凹凸も乏しい。綺麗な金髪を赤いリボンでツーサイドアップに結んだ髪型も、幼さをより印象付けている。秘書らしき男が入ってきて、スノウの身長に合わせたマイクスタンドをセットした。その間、スノウは自信ありげな笑みを浮かべながら、というより少し小馬鹿にしたような表情で、記者とカメラマンをゆっくりと見回している。
「スノウ・ラスプーチナです。アスクレピオスの本社でCFO(最高財務責任者)の元、財務を担当しています。なにか質問はありますか?」
 スノウはマイクがセットされるや否や、流暢な日本語で言った。わずかに首を横に傾げ、口元だけで笑っている表情はやはり小馬鹿にしているように見える。記者達は呆気に取られていた。日本法人のスーツを着た男性が入ってくるのかと思いきや、フリルの付いた真っ黒い服を着た、生意気そうな外国人の女の子が入ってきたのだ。
「なにも無いですか?」と、スノウは言った。顔からは笑みが消え、やや不機嫌そうな表情になっている。年齢相応に気持ちが顔に出やすいのかもしれない。
「あの……」と、男性記者がおずおずと手を挙げた。スノウがどうぞと言って手を向けた。「その格好は……ゴスロリですか?」
 スノウはますます不機嫌そうな表情になった。これ? と言いながら服の胸元を摘み、質問した記者を睨む。
「そうですけど、これがなにか? 仕事をするのに服装は関係ないと思いますが」
「お若く見えますが、年齢はおいくつですか?」と、すかさず別の記者が言った。あからさまにスノウの眉間にシワが寄ったので、司会者が質問を遮り、業務提携に関する質問をするように促した。後方の記者が手を挙げた。
「失礼ですが、なぜ財務担当の方が来られたのでしょうか? 業務提携は、本来はマーケティングや経営企画の担当では?」
 スノウは質問を聞いて一息ついた。ようやく期待していた質問が来たという様子だった。
「日本企業の財務とは少し役割が違うのかもしれませんが、組織内の資産の動きだけではなく、将来に向けた資産配分や投資案件を社内外で検討し、経営陣へ提言するのも財務の重要な役割です。そもそもレイズ社との提携を提案したのも私ですし、そのために私が責任者として日本に来ました。また、我々アスクレピオスは職務や職責に関係なく、有益な情報は誰でも提案できるシステムを以前から敷いています。私がこの場にいても、なんら不思議なことではありません」
 記者達はスノウの回答に顔を見合わせた。どこか小馬鹿にしたような表情は変わらないものの、堂々とした口調で経営について滑らかに話をするスノウは見た目とのギャップもあり、ある種特別なオーラを放っているように見えた。記者達は興味を引かれ、数人が同時に手を上げた。
「なぜ、ウイスキーメーカーと提携をされるのでしょうか? 製薬とウイスキーは畑違いでは?」
「まず、ウイスキーは皆さんもご存知の通り、今後も市場の伸びが期待できる有益な分野です。そこに有益な市場があるのに、指をくわえて見ているだけでは、なにも得られません。また、異業種と思われるかもしれませんが、私はそうは思いません。香りや味わいが人間の感覚器官への刺激である以上、我々製薬会社としての知見を生かせると考えています。我々は創業から百年を超える知見の積み重ねにより、人間の受ける官能をある程度数値化することが可能です。ウイスキーは今までは良くも悪くもブレが大きく、完成するまで品質がわからない、ある種偶然の産物でした。今後はレイズ社の作るウイスキーをアスクレピオスの技術でコントロールし、狙い通りの香味を実現できるようにします。そして、全く新しい香味も、我々であればいとも簡単に作り出せます。おそらく、今まで皆さんが経験したことのないウイスキーを、近い将来お届けできることでしょう」
 そのような話もあります、と冷而が割り込むように言った。スノウが視線の端で冷而を睨む。
「お聞きの通り、アスクレピオスさんは弊社が逆立ちしても敵わない技術をお持ちです。私自身も冒頭説明させていただいた通り、新しい香味のウイスキーをお届けし、人々にショックを与えたいという考えでは、アスクレピオスさんと意見が一致しています。しかし、まだ業務提携について、打ち合わせは始まったばかりです。今後、良い進展を皆様にお伝えできると信じております」
 冷而が会見を切ろうとした時、女性記者が声をあげた。
「すみません。スノウさんのお名前についてですが、失礼ですが創業家とのご関係は?」
「ええ、前々社長のイワン・ラスプーチンは私の父です」と、スノウは興味なさげに言った。「十年前に亡くなりましたけどね」

「困りますな……勝手に話を進められては」
 記者達が引き上げた会見場で、冷而が顔を歪めながらスノウに言った。苛立っているのだろう。顎髭をしきりに捻っている。
「話が早くていいじゃないですか。そもそも、私がさっき話したことが目的で、そちらは提携の話に乗ったのでは?」
「それはそうですが、発表には然るべきタイミングと方法いうものがある。あれではまるで、そちらの指示通りにウチがウイスキーを作ると言っているようなものだ。下請けになるみたいに聞こえたら変な誤解を生んでしまう。確かに会社規模は比ぶべくもないが、お話はあくまでも対等な提携で、吸収ではないはずだ。今日は提携について協議を開始するという内容発表にとどめるべきだった」
「もったいつけて何の利があるんです? ウイスキーなんて、所詮は多少の香気成分の入ったエタノールと水の混合物に過ぎないじゃないですか。そんな物に、なにをそんなに必死になっているんです?」
 なんだと、と冷而が声を荒げた。スノウは涼しい顔をして、不敵に微笑んでいる。
「今のは聞き捨てなりませんな……。この業務提携に価値が無いと言っているんですか?」
「そうは言っていません。大切なのは利益です。この提携はお互いの利益を最大限にすることが第一の目的であり、私にはそれが出来る。美味しいウイスキーとやらを世間に届ける目的は二の次です。それに、私は見ての通り未成年なので、提携後のウイスキーが完成しても飲む機会はとうぶん先です。成果物にありつけない以上、利益重視で動かざるを得ないことを、ひとつ理解いただければ……」
 スノウが秘書を従えて去った後、冷而は演台を蹴飛ばした。派手な音を立ててマイクや水差しが床に散乱する。
「なめやがって……あのクソガキが!」
 冷而が倒れている演台をさらに蹴った。司会の男が狼狽しながら、なす術なく遠くから見守っている。
「おい、豚!」
 冷而が怒鳴ると、袖から無精髭を生やした太った男が現れた。スキンヘッドに無精髭を生やし、着ているスーツは今にもはち切れそうだ。身体つきは、脂肪は多いが筋肉質でもあり、眼光が鋭いため、見ようによっては海外のマフィアのボスのように見えた。
「はい、なんでしょう?」と、豚と呼ばれた男が言った。
「あのクソガキのことを調べろ!」
「クソガキ?」
「スノウ・ラスプーチナだ!」
 冷而はまた演壇を蹴った。
「冗談ですよ。あんなに可愛い子、僕が見落とすわけないじゃないですか」
 冷而は豚を睨むと、豚の顔を指差しながら言った。
「何か弱みを握るんだ。場合によっては、あのクソガキをお前の好きにさせてやる」
 豚は破顔し、すぐに会見室を出て行った。