鷺沢が本部の放棄を決定した。
人妖に場所が知られた以上、長く留まっているわけにはいかない。当面は郊外に設置している支部を臨時本部とし、データと人員の速やかな移行を指示した。一般戦闘員とオペレーターが慌ただしく走り回る。
朝比奈の救出には綾と美樹の他、数名の一般戦闘員が指名された。支度が整い次第、エントランスに準備している戦闘員用の護送車で出発する手筈になっている。
美樹が上級戦闘員用のロッカールームで装備を整えていると、スノウが入ってきて「お姉様のロッカーはどこ?」と聞いた。
「聞いてどうする気だ?」と美樹が言った。折りたたんだ樹脂製のトンファーを、ベルトで太腿に留めている。
「私も戦う。この格好じゃうまく動けないから、あんた達みたいな戦闘服に着替えたいの。お姉様のがあればそれを借りるわ」
「馬鹿を言うな。一般人を巻き込む訳にはいかない」
「さっきは止めなかったじゃない」
「今回は間違いなく戦闘になるんだぞ?」
「だから戦闘服に着替えるのよ」
「そういう問題じゃない」と言いながら、美樹は立ち上がってスノウを見下ろした。「相手は人妖だぞ。確かに会議室での身のこなしは見事だったが、人間相手の護身術が通じる相手ではないんだ。あの豚野郎の言っていた通り、単純な身体能力で言えば人妖の方が格段に上だ。生兵法で飛び込むと、あいつらの餌になりに行くようなものだぞ」
「ここまで来て引き返せるわけないでしょ? あいつはノイズが新しい指導者だって言った。人妖達の背後にはノイズがいて、お姉様だってそこにいる。私はお姉様を取り戻すためにここまで来たのよ。お姉様を取り戻すためには、ノイズを倒すか、お姉様に目を覚ましてもらうしかないわ」
「ノイズを倒すのなら、それこそ私達にまかせておけ」
「倒せると思っているの? あんた達、会議室では一歩も動けなかったじゃない。肉親の私が呼び掛ければ、お姉様は目を覚ますかもしれない。ノイズを倒すよりは確実な方法よ。だから戦闘服を……」
美樹は黙って首を振った。「いずれにせよ、シオンのロッカーは開けられない。本人の指紋認証でしか開かない仕組みだ。開けたくても開けられないんだ」
私なら開けられる、と言う声がして、美樹とスノウが入り口を振り返った。
ドアが開いて、鷺沢がロッカールームに入ってきた。通路では何人もの職員が慌ただしく走っている。鷺沢はあらかた指示を出し終え、様子を見に来たようだ。
「スノウさん……。ノイズの対処について、本当に同行していただけるんですか?」と、鷺沢がスノウを見て聞いた。
鷺沢さん、と抗議するような口調の美樹を手で制した。
スノウが力強く頷いた。
「もちろんよ。お姉様に目を覚ましてもらうわ」
鷺沢が暗い顔をして頷いた。「鷹宮上級戦闘員。やはり如月上級戦闘員との戦闘は極力避けるべきだと思う。今まで多くの戦闘員を見てきたが、如月上級戦闘員は規格外だ……。あの並外れた頭脳と、その頭脳の命令を遂行する身体能力を併せ持っている。今までは如月上級戦闘員の生まれ持った優しい性格で無意識にリミッターをかけていたが、もはやそれも外れている可能性が高い。制御できるうちは便利だが、暴走したら手がつけられなくなる原子炉みたいなものだ。戦闘にならずに抑え込むことができれば、それに越したことはない」
美樹がため息を吐いて首を振った。
「……もしもの話だ」と言いながら、美樹が誰とも視線を合わせないように床に視線を落とした。「もしも、シオンが消えていたらどうする? ノイズの中に、シオンがもういなかったら……? そういう可能性だって無いとは言えないだろう。その時は、倒せるか倒せないかに関わらず、戦うしか選択肢が無くなるんだぞ」
スノウが凍えるようにして深く息を吸った。「その時は私も戦う。ノイズに殺されたっていいわ……お姉様のいない世界なんて……」
「……わかった」と言って美樹が頷き、スノウの肩を数回叩いた。「死ぬ必要は無い。私が守る。それに、私にとってもシオンは友人だ。穏便に済ませられるものなら済ませたい。シオンを叩き起こしてやってくれ」
スノウが唇を噛んだまま頷いた。うっすらと目に涙が浮かんでいる。
鷺沢はシオンのロッカーの前に移動して、タッチパネルに親指を当てた。
「私の指紋がマスターキーになっているんです。何か物がなくなったら、真っ先に私が疑われますが」
短い電子音がして、ロックが外れる。鷺沢がシオンのロッカーを開けた。メイド服を模した新品の戦闘服が三着、ハンガーに掛かっていた。パッキングされた新品のストッキングや下着類、ガーターベルトの他、赤い宝石があしらわれたレースの付け襟も綺麗に並べられている。
「えっ……なにこのエッチな服……?」
スノウが明らかに引いている。ロッカーの中身を指差しながら、油の切れた機械のようにぎこちなく美樹と鷺沢を見た。
「お姉様、まさかこんな格好で戦っていたの……? 嘘よね?」
「あ、いや、その……それは」と、美樹がどぎまぎしながら言った。
スノウの眉が吊り上がった。「あんた達、まさかお姉様に無理やりこんなの着せてたの? いくらお姉様のスタイルが良いからって……!」
「上級戦闘員の戦闘服は着用者の身体特性と、なによりデザイン的な嗜好を考慮して特別に製作されています。好みの衣類を着用することによる戦闘員の士気向上も、成果に直結する重要な要素ですから。故にその戦闘服も、如月上級戦闘員の趣味が多分に反映されているデザインです」
鷺沢が真顔で答え、スノウの視線は二人の顔とロッカーの中を何回も往復した。やがて恐々と戦闘服を手に取り、「うわ……」などと言いながら自分の身体に合わせている。
「そもそもサイズが合わないだろう」と、美樹が言った。特に胸の部分が致命的に合っていなかったが、美樹は黙っていた。スノウもさすがに察したらしく、何よりデザインがスノウにとっては奇抜過ぎたため、黙って戦闘服を元に戻した。代わりにシオンがツインテールにまとめる際に使用していた黒いリボンと、レースの付け襟を手に取った。
「これだけ借りるわ。お姉様、力を貸して……」
スノウはリボンと付け襟を壊れ物のように胸に抱いて目を閉じた。鷺沢が別のロッカーを開け、白いレオタードのような戦闘服をスノウに渡した。
「こちらなら、サイズが合うと思います。一般戦闘員用ですが、動きやすさと防御性能のバランスが一番良い戦闘服です。また、先ほどのスノウさんの動きを見て、足技が得意と見受けましたので、レオタード型をお勧めします。手袋やソックスもこちらで用意します」
「……これも結構際どいわね」と言いながら、スノウが戦闘服を目の前に広げた。サイズはぴったり合うようだ。スノウは戦闘服を持ってシェードの中に入り、戦闘服に着替えて出てきた。ツーサイドアップの髪はシオンの黒いリボンで留め直し、元の赤いリボンのうちの一本は左の太腿に結んでいる。もうひとつは形見のようにシオンのロッカーにしまった。そういえば、あの赤いリボンはシオンからの初めてのプレゼントだったなと美樹は思った。スノウは首に巻いたシオンの付け襟を愛おしそうに撫でている。
「似合うじゃないか」と、美樹は言った。
「うん。ものすごく軽いし、確かに動きやすいわ」と、スノウはその場で軽くジャンプしながら言った。
豚を乗せたセンチュリーと後続のクラウンは、市街地を抜けて、人気の無い港湾倉庫のひとつに入った。
倉庫の中はドラム缶が山積みになっている。センチュリーの運転手が降り、豚が乗っている後部座席のドアを開けた。豚が難儀そうに車から降りる瞬間、朝比奈が豚の腕を振り解いて飛び出した。朝比奈は距離を取って、表情を強張らせたまま身構えた。
「おっと、まだそんなに動けたとは」と、豚が笑いながら言った。
豚は顎に手を添え、朝比奈の身体を品定めするように見ている。
朝比奈は豚の視線から隠すように、体の向きを変えた。どうやら豚は自分のような年齢の若い女性が好きなようだ。いわゆる、ロリコンというものだろう。身体の底から嫌悪感が湧き上がってくると同時に、どのようにこの場を切り抜けるか頭を回転させた。
「うんうん、スノウちゃんも可愛いが、君も負けじと劣らず可愛いねぇ」
豚は手をすり合わせながら、満面の笑みを浮かべた。「やはり君くらいの年齢が一番だ。下手に歳を取ると身体のあちこちに老廃物が溜まってくる。さっきの女達も、スノウちゃん以外は見た目は綺麗でも中身はドロドロのはずだ。早く君の綺麗な養分を吸わせておくれ」
朝比奈の背中にゾワッとした寒気が駆け上がった。賎妖は能力も容姿も人妖に劣るが、ここまで気持ちの悪い賎妖も珍しい。友人もこんな奴に手籠にとられたかもしれないと思うと、怒りと悲しみがふつふつと湧き上がってきた。
「近寄るな! 変態!」
殴られた腹がまだ痛むのか、片手で腹を押さえながら朝比奈が叫んだ。豚の背後では車から降りた人妖達が遠巻きしている。
「変態とはまた手厳しい」と、豚が大袈裟に驚いたように両手をあげた。「可愛い子が好きなことが変態なものか。人の好きなものを否定してはいけないよ?」
朝比奈は豚を無視し、素早く周囲を見回した。ドラム缶が山のように積まれ、窓は天井付近にしかなく、唯一の出入り口は車が塞いでいる。逃げられそうもない。だが、相手は賎妖だ。人妖に比べて戦闘能力は劣る。朝比奈はチームを組めば人妖ですら倒した実績があり、賎妖であれば一対一でも倒してきた。ここは戦うしかない。
朝比奈が前後に足を開き、拳を上げて構えた。
「やめたほうがいい。悪いことは言わない」
豚が両手を突き出し、わざとらしく心配そうな顔をして言った。
朝比奈がふっと鋭く息を吐いて、豚との距離を詰めた。先ほどを頭に血が上って不覚をとったが、今回は自分の体格を生かして、相手の身体に潜り込むいつもの戦術を駆使すれば勝てるはずだ。なんといっても、相手は人妖に劣る賎妖なのだ。
朝比奈は身体を左右に振りながら、豚の死角に入って拳を繰り出した。捕まえられずに攻撃を当て続ければ、いずれはダメージが蓄積する。豚の腹を何発も殴った。脂肪が厚い。豚は涼しい顔をしている。朝比奈は一旦距離を取り、再び殴った。豚の身体に潜り込み、膝や背中にも攻撃を加えるが、豚はダメージを感じるどころか怯む様子すらない。
「な……んで……?」
朝比奈が戸惑いながら後ずさった。身体能力が段違いに高い人妖ならともかく、相手は賎妖だ。身体能力は人間とそう変わらないはずだ。いくら肥満体とは言え、ここまでダメージが通らないのはおかしい。
「まったく、朝比奈ちゃんは本当にしつけがなっていないみたいだねぇ……」
豚が拳を鳴らしながら朝比奈に近づく。朝比奈の小さい身体が、豚の影にすっぽりと覆われた。
ふん、と豚が気合を入れ、朝比奈の腹に拳を突き込んだ。拳が全く見えない速さの攻撃だった。朝比奈は棒立ちのまま動けず、ぼぢゅん、と音を立てて岩のような拳が朝比奈の細い腹部にめり込んだ。
「ゔぶぇッ?!」
朝比奈の身体が浮いた。
車に跳ね飛ばされたような衝撃で朝比奈は人形のように弾き飛ばされ、倉庫の壁に強かに背中を打ち付けた。そのまま膝から崩れ落ち、前のめりに倒れこむ。次の攻撃に備えるために必死に立ち上がろうとするが、足に全く力が入らず、尻を浮かせたままの無様な格好で苦しそうに喘いだ。遠巻きに見ていた人妖達が静かに笑う声が聞こえる。
「ぐ……が……ッ……?! ゔっ……ごぇッ……!」
まともに呼吸ができずに悶絶している朝比奈に、豚がゆっくりと近づいた。
「また殴られちゃったねぇ。女の子の大事なトコロ。あまり聞き分けがないと、朝比奈ちゃんと私との赤ちゃんができなくなってしまうよ?」
豚は朝比奈の戦闘服を掴み、強引に引っ張り上げた。朝比奈の足が地面から浮く。朝比奈は涙と唾液で顔をぐちゃぐちゃにしながら、短い呼吸を繰り返していた。
「私が賎妖だと思って油断したんだろう? 人を見かけで判断するなと、学校やご両親から習わなかったのかい? 朝比奈ちゃんは子供だからわからないだろうけれど、大人の世界では下手に格好をつけているよりも、相手にナメられているくらいの方が、なにかと便利なことが多いんだ。たとえば豚のように醜い身体にしわくちゃな服を着て、やけに慇懃な喋り方をする奴を見ると、たいていの相手は『こいつは大したことないな』と思って油断する。他の使役系の人妖みたいにお高く止まっていると、君たちに真っ先に狙われたり、仲間から足元を掬われたりすることが多い。この見た目は整形手術と定期的な脂肪注入の手間はかかるが、得るものの方が多いんだよ。たとえば朝比奈ちゃんみたいな何も知らない可愛い子が、こいつなら勝てそうだと勘違いして自らレイプされに飛び込んでくるとかね」
ずぷん……と音を立てて、朝比奈の細い腹部が再び陥没した。
「ぎゅぶぇッ?!」と、朝比奈が目を見開いて悲鳴を上げる。豚はすぐさま拳を抜き、サンドバッグのように朝比奈の鳩尾や腹を何回も殴った。殴られるたびに、豚に片手で吊り下げられた朝比奈の身体はおもちゃのように揺れた。豚は執拗に朝比奈の腹だけを殴り、意識の大部分が途切れたところでようやく朝比奈を開放した。全身の力が抜けたように、朝比奈は地面に崩れ落ちる。
「おい、ここに着いてから何分経った?」
豚が運転手に言った。二十二分ですと運転手は答えた。
「なら、まだ時間はあるな」
豚はおもむろにスラックスのジッパーを下ろし、臨戦態勢になった男根をずるりと解放した。極太のそれは豚の出っ張った腹に先端が触れるほど反り返っている。豚は意識の途切れかけた朝比奈の髪の毛を掴んで引き起こすと、頭を掴んでその小さな口に男根をねじ込んだ。
「ごぼっ?! むぐぅッ!?」
突然ねじ込まれた異物に、朝比奈は一気に覚醒して目を見開く。
「おほぉっ! 予想以上に小さい口だ。たまらんな」
豚は朝比奈の頭を両手で掴み、乱暴に前後に揺すった。喉奥を無理やり抉られ、朝比奈は内臓を吐き出すような嗚咽をあげた。
「ごぇッ!? ゔ……うぐえぉぉぉ! ごえぇぇぇッ!!」
「ほぉっ! ほおぉッ! 喉がよく締まって……気持ちいいよ朝比奈ちゃん……」
朝比奈の味わっている地獄など意に介さず、豚は虚空を見上げながら恍惚の声をあげた。朝比奈の鼻が豚の腹に何回も当たり、細い喉は豚の男根の形をくっきりと浮かび上がらた。朝比奈はもはや悲鳴すら上げることが出来ず、ただ白目を剥いて頭を揺すられるに任せた。
「ああぁ……出るよ……出るよ出るよ、出るよ朝比奈ちゃん!」
豚は胃まで到達するほどの勢いで、一層深く男根を朝比奈の喉にねじ込んだ。同時に、とんでもない量の粘液が朝比奈の喉奥に放たれた。朝比奈の意識はすでに飛んでおり、白目を剥いたまま無抵抗に粘液を流し込まれるに任せた。
※こちらの文章はラフ書きになります。製本時には大きく内容が変わる可能性があります。