
豚は都内の歴史と格式のあるホテルの一室にいた。
照明が落とされた室内は薄暗く、強烈な精臭と葉巻の香り、そして重い湿気がべっとりと漂っている。
クイーンサイズベッドに、豚は全裸で足を投げ出した状態で座っている。タイヤのように巻きついた腹肉の上には玉の汗が光り、細かい葉巻の灰が所々に貼り付いていた。
豚の足の間で、同じく全裸になった年端も行かない少女が、土下座をするような格好で豚の汚れた男性器を一心不乱にしゃぶっている。少女の顔は涙と唾液と鼻水、そして豚の放出したであろう白濁した粘液でどろどろに汚れている。何回も絶頂させられ、失神しては起こされ、また犯された痕跡だった。少女は自分の無様に汚れた顔を豚に見てもらえるように上目遣いの視線を送るが、豚は一瞥もくれることなく葉巻をふかしながらタブレットを覗き込み、スノウと朝比奈の写真を交互に表示させていた。
「くそっ!」と豚は吐き捨ててタブレットをベッドの上に放り投げると、男根にしゃぶりついている少女の後頭部を掴んで思い切り自分に引きつけた。
「ぐぶぇっ?! んぶッ! んぐッ! んぶッ! んぶぇッ!」
突然喉奥を突かれ、小さい身体が震える。豚は脳内で少女を朝比奈に変換しようと試みた。だが、意識すればするほど朝比奈を取り逃した事実が、煮えたぎる真っ黒いタールのように腹の底から湧き上がってくる。豚は少女の苦痛など意に介さず強引に頭を揺すって、今日何度目かの粘液を放出した。そして少女が粘液を飲み干すと同時に少女の頬を張った。小柄な少女の身体が人形のようにベッドに転がる。
豚が壁掛け時計を見ると午後九時を回ったところだった。
ため息を吐きながら、乱暴に葉巻を灰皿で揉み消す。
この少女をはじめ、豚にはお気に入りの養分が何人もいたはずだった。今日は特にお気に入りのこの娘を昼過ぎからひっきりなしに犯したが、渇きは募る一方だ。
原因はわかっている。
女は嗜好品と同じだ。
嗜好品は一度高級品を嗜むと、それ以下の品質のもでは満足できなくなる。以前は満足していたものが楽しめなくなり、無理に満足しようとすると自分がひどく惨めに思えてくるのだ。上昇するエスカレーターと同じで下降することはできないし、無理に降りようとすると怪我をする。
スノウと朝比奈はまさにそれだ。
そのうちの朝比奈が手に入りかけたのだ。
あの時は本当に興奮した。
あどけなさが残るが生真面目で凛とした雰囲気。友人が人妖に攫われたと言っていたが、おそらくそれが朝比奈を実年齢以上に精神的に成長させたのだろう。学校ではどういう生徒なのだろうか。真面目な生徒なのだろう。友人の数は多くはないが、気の許せる親友が何人かいるタイプなのかもしれない。その親友たちは朝比奈が競泳水着のような格好で闘っているとは知らないだろう。目の前で朝比奈をレイプしてやったら、親友たちはどんな顔をするのだろうか。朝比奈はどんな絶望顔を晒すのだろうか。
豚の男性器がまた天井を向いて反り返ってきた。
豚はベッドから立ち上がると、頬をおさえたまま床で放心している少女を強引に起こした。粘液で鼻や口がドロドロに汚れ、豚が大量に放出した粘液を飲まされたことで腹が膨らんでいる。豚は少女の腹をサンドバッグのように殴った。ぼぢゅん! という水袋を殴ったような音が室内に響き、少女の目が見開かれた。
「えぼぉッ?! ぐぷッ!? おぶえろろろろぉ……」
突然腹を襲った衝撃に少女の身体は電気に撃たれたように跳ね、白濁した液体を滝のように吐き出した。
こんな風にスノウや朝比奈の腹を殴ったらさぞ興奮するだろうなと豚は思った。
できることならスノウと朝比奈を同時に縛り上げて自由を奪い、腹を交互にめった打ちにしたい。顔は殴ってはダメだ。その後レイプする時に楽しみが減ってしまう。二人とも最初は激しく抵抗するだろう。スノウは酷い言葉で罵るのかもしれない。いいことだ。抵抗が激しいほど屈服させた時に興奮する。
二ヶ月前、無能な部下どもがヘマさえしなければ、あったかもしれない未来だ。
もちろんその日のうちに全員殺した。
ついでに用済みになった三神も殺してやろうかと思ったが、奴は事件直後に姿を消してしまった。
ノイズからの連絡も途絶えた。
三神は事件の日はノイズと一緒にいたはずなので、もしかしたらノイズが直々に手を下したのかもしれない。そうでなくとも、そもそもあの無能な男が全国的な指名手配から逃れられるはずがないのだ。いずれは死ぬしかない。
事件直後、三神は連日のようにテレビやネットを賑わせた。もともと注目度の高かったベンチャー企業の社長が前代未聞の事件を起こしたということで、生い立ちから現在の派手な生活ぶりが広くメディアで紹介された。三神の旧友や元恋人を自称する何人かの人間がテレビや週刊誌のインタビューに応じ、昔から自己愛が強く誇大妄想をする癖があったと語った。耳目を集めるという意味では、三神は無能な男だがアイコンとしては優秀だったのだろう。わかりやすい成功者を演じ、中身が無いにもかかわらず、さも自分と自分に関わるものに価値があると群衆に錯覚させる能力に長けていた。
電波ジャック事件は三神のそのような特性を生かした素晴らしい手法だった。
当然のことながら社会は大きく混乱した。
電波ジャック直後、過去にレイズモルトを口にした者の何割かがパニックになった。いきなり聞き覚えのない「人妖」などという怪物に変異させられる可能性があると聞かされたのだから無理もない。パニックによる発狂で暴れる者や、恋人や配偶者に襲いかかる者が少なからずいて、しばらくの間は昼夜問わず救急車や警察車両のサイレンが鳴り響き、外出を控えるように政府から通達が出された。数日が経つと、ネットを中心にデマが広がり始めた。夫の全身に熊のような体毛が生えてきた、狼のように犬歯が発達した人間に襲われたなどという突拍子もないものを中心に、さまざまな噂が飛び交った。しかし、結局誰が人妖に変化したのか、人妖に変化するとどのようになるのかは誰もわからず、専門家を名乗る何人かの人間の懐が温まっただけだった。
二週間もすると、各地で強姦事件が相次いで発生するようになった。社会の混乱に乗じた卑劣な犯行と報道されたが、豚には養分が尽きそうになった人妖の犯行であることが直感的にわかった。人妖は食事でもある程度活動することが可能だが、根本的には異性の人間との粘膜接触なしには十分な養分補給ができず、やがて活動できなくなる。電波ジャックで人妖になった人間が本能に基づいて人間の異性を襲ったのだろう。
そしてレイズモルトを飲んだと周囲に吹聴していた学生が殺害された事件を皮切りに、全国で「人妖狩り」と称する傷害事件、殺人事件が散発した。ある家の者がレイズモルトを飲んだと噂が広がれば、翌日には不審火で家が全焼した。社会全体が疑心暗鬼に包まれていき、この年の離婚率は記録的な数値を叩き出した。
政府は人妖の存在について頑として認めなかったが、レイズモルトは違法薬物に指定されて所持と使用が禁止された。
レイズモルトの価格はすぐさま暴騰し、ダークウェブでの複数人で購入して回し飲みする非合法なイベントが各地で開かれた。
通称「人間卒業オフ」と言うらしい。
豚が初めてそのイベントの話を聞いた時、もう少しまともなネーミングを誰も思いつかなかったのかと本気で思った。いや、そんな知能の連中だからこそ、こんな馬鹿なイベントを思いつくのだろう。何の努力もせずに手軽に自分以外の何者かになりたい欲求がある連中にとって、レイズモルトは金と多少のコネがあれば欲求を満たすことができる便利な道具になった。道具が便利になることに反比例して、群衆はどんどん馬鹿になっているのではないかと豚は思う。ある時テレビカメラが「人間卒業オフ」に潜入したこともあった。厚いモザイクの向こうで下品なスーツやドレスに着飾った男女がプラカップに入ったレイズモルトをひと舐めし、三神の電波ジャックの映像が流れると熱狂した。目が痛くなるような青いスーツを着た男がマイクに向かって「生まれ変わった気分だ」と興奮した様子で言い、直後に背後から別の男に殴られて昏倒した。それをきっかけに会場内は乱闘騒ぎになり、結局カメラが壊されて映像が終わった。酷い内容だった。「人間卒業オフ」はドラッグパーティーというよりは、新興宗教団体の集団トランスのように豚には見えた。
やがて自衛隊が投入され、時間の経過と共に世の中の混乱は表面上は収まったように見えた。
しかし電波ジャック事件の前と後では社会は大きく変わってしまった。
人間と姿形が変わらない怪物がいるのかもしれない、もしかしたら自分も怪物になっているのかもしれないという不安の棘は、錆びた釘のように人々の心に突き刺さったまま抜けることはなかった。
ノイズの思い通りになったな……と豚は思った。
目的は「混沌」だとノイズは言っていた。人妖を利用し、人々に”ほどよく”疑心暗鬼を植え付ければ、簡単にそのような状態になると。「混沌」をもたらした後にノイズが何をしようとしているのか豚は知らないが、人妖の──自分達の存在を明るみにすることは豚の望みでもある。その頂点に自分が立つことができれば尚のこと良い。当面の間の利害関係は一致している。ノイズは何を考えているのかわからず正直に言って不気味だが、異様に頭が良く、財力や技術も十二分に持ち合わせていることは確かだ。三神のアイコンとしての才能を見いだし、レイズモルトもあっという間にブームにさせ、人妖への変異薬もいつの間にか開発してレイズモルトに混ぜ込んでいた。ノイズは豚の好みで言えばババアと呼んでいる年齢だが、取り入っていて損は無い。ノイズに気がつかれないように増えた人妖を配下に置けば、これからも甘い汁が啜れるはずだ。
不意に豚の携帯電話が鳴った。
知らない番号が表示されている。
直感的にノイズからだと豚は察した。
「はい、豚でございます」
豚は腹を殴られ続けてガクガクと痙攣が始まった少女を投げ捨て、目の前にノイズがいるかのように平身低頭して通話ボタンを押した。
「お久しぶりです。お食事は楽しめましたか?」
通話口からノイズの柔らかい声が聞こえた。
豚は頭を床と水平に下げたまま、反射的に周囲に視線を送った。
──どこから見ているんだ?
四方からノイズの視線を感じるような気がして、豚は背中に虫が這うのを感じた。
次回は約2週間後に更新予定です。
※こちらの文章はラフ書きになりますので、製本時には大きく内容が変わる可能性があります。