カテゴリ: 短編

短いですが、りょなけっと新刊サンプルのラストです。
この後延々腹責めパートが続きますので、興味がありましたらよろしくお願い致します。
金額や詳細などは印刷所さんから入稿OKが出ましたら紹介させていただきます。





「被害者がいないわけないでしょ! 養分を吸収したり、そんな怪しい薬を使ったりなんかしたら影響があるに決まってるじゃない!」と、綾が叫ぶ。アリスは鼻で笑いながら、バカにしたように首を振る。
「だからそれも了承済みだって言ってんの。もちろん私が養分を吸収したらこいつらの活力や生命力は無くなっていく。薬だって必要以上の男性機能を無理やり引き出しているんだから、反動も副作用もある。でもそれも含めて私は説明したし、全部こいつらは理解しているってわけ」
「その通りさ」と、りっぴーが笑顔を貼り付けた顔で言った。「さっきも言ったけど、僕達は全てを了承している。月に一度のこのオフ会の後は一週間はベッドから起き上がれないし、それが過ぎた後もやる気や活力は戻らない。肌は荒れて髪は抜けて、一日の大半は寝て、起きていても頭がぼーっとして何も考えられなくなる。ようやく体調が戻ってきた頃にはまたこのオフ会だ。そんな状態だから僕は大学を退学になったし、一匹蛙さんは教師の、紅の探求者さんは大手企業で研究の職を失った。でも、それの何が問題だっていうんだい? こんなに素晴らしい体験が月に一度約束されていることに比べれば、仕事や家族を失ったり家を追い出されたりすることなんて些細な問題じゃないか。そうですよね?」
 りっぴーが振り返りながら聞くと、他の男二人が頷いた。狂っている、と綾は思った。一時の欲望や快楽を満足させるために一生を台無しにするなんて考えられない。この男達に他の選択肢は無かったのだろうか。
「ま、そう言うわけだから。これ以上痛い目を見ないうちに帰った方が身のためだと思うけど?」
「アリス! それは無いだろう」一匹蛙がアリスの話を遮った。「帰すわけないじゃないか。女子高生はストライクゾーンだ。それにこんな上玉なかなかおらんぞ。心配せんでも、アリスは真っ先に犯してやる。だがこの娘ともやらせてほしい。薬を二本三本と打てば、一日と言わず、二日でも三日でも動けるだろう? その後に死んだって儂は満足だ」
 他の二人から賛同の声が上がる。
「……別にいいけど、これ以上は無理だから。上限は二本。三本以上の量を吸収したら効果が切れなくなって、何が起こるかわからないわよ」と、アリスは呆れた顔をしながら三本の注射器を取り出して手渡した。
 綾が反射的に飛び出す。背後の入り口から逃げる手もあったが、人妖を前にして逃亡することは自分自身が許さなかった。せめて注射器を破壊してから組織に通報して応援を呼びたい。飛び出した綾に対して、りっぴーと紅の探求者が覆いかぶさるように襲いかかる。多勢に無勢とは言うが、綾はなんとか二人の腕をかいくぐり、りっぴーと紅の探求者の注射器を奪って壁に叩きつけて破壊した。まだ筋弛緩剤の効果が残っているが、即効性なだけあって抜けも早いらしく、先ほどに比べて身体はかなり動くようになった。男達へのダメージも通るようになり、りっぴーと紅の探求者の顎先を狙って殴り倒す。
「ぶっふ!?」と、綾に鳩尾を突かれた一匹蛙が呻いて、膝を折って崩れた。その隙に最後の注射器を奪って床に叩きつけた。
 綾はふらふらと襲いかかってきた紅の探求者を後ろ蹴りで蹴り飛ばし、立ち上がろうとしたりっぴーの顎にフックを放った。アリスをどうしようか迷ったが、感情のない表情で睨んでいるだけで襲ってくる様子は無い。綾はうずくまる男達に背中を向けて入り口まで走り、気合いと共にドアノブを殴ってひしゃげさせた。これでドアは壊さなければ開かない。自分も一緒に閉じ込められることになるが、今の状態であれば救援が来るまでもつだろう。綾がリビングに戻る。男達は殴られた苦痛からか、呻きながらのたうっている。りっぴーと紅の探求者は殴られた箇所を押さえながら部屋の中心あたりで仰向きに、一匹蛙は自分の腹を抱えて土下座をする様に壁際に倒れていた。アリスは相変わらずベッドルームの中に立ったまま綾を睨みつけている。
「こちら綾、人妖と戦闘中──」と、綾がイヤホンを耳にはめて話す。相手からの返事を待たずに用件を言う。「ちょっと複雑な状況で、人妖が一体と、一般人の協力者が三人。応援を要請し……」
 綾が目を見開き、言葉が詰まった。
 壁際にうずくまっていた一匹蛙の身体が、更に膨らんだのだ。
「……え?」
 綾が呟くと同時に、一匹蛙が体を起こす。
 手と口の周りが血で汚れている。
 ぶふっ、と一匹蛙が咳をすると、鮮血が壁に散った。ぱらぱらと音がして、ガラス片が床に落ちる。
 綾の顔が青くなった。一匹蛙が何をしたのか気がついたのだ。床と壁に血の跡がある。
 飲んだのだ。
 おそらく舐め啜る様にして。
 あの薬液を。
 破壊された注射器ごと。
 三人分も──。
 ズンッ! と、自動車と衝突した様な衝撃が綾の体に走った。
「──えっ?」
 何が起きたかわからなかった。
 目の前が暗い。視界を一匹蛙の膨れ上がった巨体が塞いでいた。一瞬のうちに距離を詰められ、綾の鼻が一匹蛙の胸に付くくらいまで接近を許していた。綾は目だけを動かして、衝撃のあった自分の腹部を見下ろした。
 一匹蛙の太い腕が、自分の剥き出しの腹に手首まで埋まっていた。
「──え? あ……ぐぷッ……ゔッ……ぶぐッ?! ぐぇあぁぁぁぁああッ!!」
 自分の体に何が起きたのかを理解した瞬間、凄まじい苦痛が綾の脳の中で弾けた。内臓を吐き出してしまいそうな苦痛に綾は濁った悲鳴をあげながらえずく。
「ぶふふふふ……か、帰さんと言っただろう?」
 崩れ落ちる綾の身体を、一匹蛙がセーラー服の奥襟を掴んで支える。がくんと綾の頭が振れた衝撃で、イヤホンが耳から外れて落ちた。イヤホンの中からオペレーターが何かを言った気がしたが、今の綾にはそれを理解するほどの余裕が無い。一匹蛙が目ざとくそれを見つけて踏み潰した。
「ゔぁッ……がはっ……」
 ガクガクと痙攣する綾の身体を満足そうに見下ろしながら、一匹蛙が綾の腹を露出させるようにセーラー服の裾を掴んでまくり上げた。綾は強引に身体を起こされ、頭ががくんと後ろに倒れる。綾はくの字から一気に仰け反る様な姿勢にされ、腹部から胸までが大きく露出して滑らかな肌色が一匹蛙に曝された。
「ほほぅ……やはり美味そうな身体をしているな。年増女が君みたいな身体をしていても下品なだけだが、若い娘のそれはギャップがあって堪らん。そんないやらしい身体で大人を誑かしおって実にけしからん。先生がたっぷりと個人指導をしてやらんといかんな……」
 顔や身体の大部分に血管が浮き出た一匹蛙が歯を見せて笑う様はまさに怪物だった。
 ぼぢゅん! と湿った音が部屋に響いた。

サンプルは以上となります。
こちらで全体の半分ちょいでしょうか。
この後も結構腹責めが続くので、興味のある方はイベントでお買い求めください。
※推敲前なので製本版とは内容が異なる場合があります。

詳細は入稿後にあらためて発表させていただきます。




 男達は路地の奥にあるラブホテルに入って行った。
 入口のそばの小さな看板には周囲の同種のホテルに比べ三割ほど高い料金の他に「予約可」「撮影OK」「パーティールームあり」と書いてあった。綾はどうしたものかと思い、オペレーターを呼び出した。
「こちら綾。男達は『プレジデント』というホテルに入って行ったわ」
「はい、確認しました。その辺りでは高級なホテルみたいですね」
「どうしよう……この手のホテルって、一般のホテルに比べてセキュリティが厳しいって聞いたことがあるんだけど」
「そうですね、事件や事故が起きないように監視カメラは一般のホテルに比べて多いです。特に入室と退室はモニターでしっかり監視されています」
「何か方法はありそう?」
「……ホテルのパソコンに侵入して確認したら、男達はパーティールームに入ったみたいですね。フロントには追加で呼び出されたと伝えて下さい。そこはアダルトビデオの撮影でもよく使用されているので、綾さんが出演する女性のフリをすれば入れると思います」
「全く自信無いけど頑張る……」
「そうして下さい。合鍵がもらえればいいのですが、ダメな場合は一度出て下さい。他に方法を考えます」
「了解、フロントと話した後にまた連絡するから」

 フロントには仕切りがあり直接顔が見えないことが幸いしたのか(監視カメラでは見られているのかもしれないが)、それともこの様なケースが多いのか、フロントの男は綾が撮影の都合で急遽追加で呼び出されたと言うと、ほとんど疑わずにホテル内に綾を入れてくれた。最初はノックして中から鍵を開けてもらうようにと言われたが、もう撮影が始まっているからと咄嗟に嘘をつくと、あっさりと合鍵を渡された。
 綾はオペレーターに侵入成功の報告をし、通信を切った。
 これからおそらく戦闘になる。
 相手は三人だが、見た目や発言からして賎妖……人妖よりも劣る部類だろう。人妖であればわざわざ群れる必要もなく、餌が取れないなどど発言することも無いからだ。力や戦闘能力も文字通り怪物並みの人妖と比べ低く、一般戦闘員でも倒すことは十分に可能だ。ましてや上級戦闘員になれた自分なら三体でも倒すことは出来るだろうと、綾は自分を鼓舞した。
 エレベーターを上がり、一番奥の部屋に向かう。
 徐々に心拍数が上がる。
 防音が行き届いているのか、各部屋に人の気配はするのものの、声や音は全く聞こえなかった。
 おそらく廊下にも設置されているであろう監視カメラを気にしながら、綾は不自然にならない様に静かに部屋の鍵を開ける。
 男の調子外れな歌声と、やたらと明るい音楽が廊下に流れ出た。靴を脱ぐための入口と部屋は引き戸で仕切られている。ドアを開けたらいきなり部屋で男達と鉢合わせすることも考えていたので、綾は溜めていた息を吐き出した。脱ぎ散らかされた汚いコンバースやノーブランドのワークブーツの中に、小さいサイズのエナメルの靴があった。靴を踏まないようにして、綾は素早く部屋の中に入ると、引き戸の側で身を隠しながら部屋の様子をうかがった。
 部屋は思ったよりもかなり広い。
 手前の部屋はリビングになっており、その奥はベッドルームになっている。リビングの中央にガラス製の大きなテーブル。それを扇状に囲む真っ赤なソファ。そこに三人の男達が座っている。ソファーの正面に設えたモニターにはアニメの映像が流れ、りっぴーと呼ばれる男がカラオケに興じていた。癇癪を起こして叫んでいる子供の様な酷い歌声だが、綾の立てる音が消えるので好都合だ。他の二人は携帯電話をいじりながらビールを飲んでいた。三人で飲み直したのか、空き缶が乾き物と一緒にテーブルの上に雑然と並んでいる。アリスはどこに行ったのだろう。
 歌が終わり、ぱらぱらと取って付けた様な拍手が起こった。
「いやぁ、いつ聞いてもすごい声量だな」と、一匹蛙が半ば呆れる様に言ったが、りっぴーは満足げだ。
「ははは、やはり身体がスッキリすると、声の出も良くなりますよ」
「そりゃあスッキリしただろう。入るや否やアリスに玄関で即尺なんてさせれば」と、一匹蛙が汚い歯を見せて笑った。
「ものすごい征服感だったでしょう? 三人の真ん中に跪かせて、洗っていないチンポで取り囲む……。思い出しただけでまた勃起してきましたよ」
 綾は急激に気分が悪くなった。自分が今いる場所で既に行為に及んだらしい。
「それにしても……」と一匹蛙がゲップをしながら言った。「あの女子高生は惜しかったなぁ……生意気そうだが美人だったし。もう少しで胸が揉めるところだったのに、意外と力が強くて抵抗されてしまったが……」
「本当に一匹蛙さんがダッシュした時はマジかよって思いましたよ。酔っ払うと見境が無くなるの、少しは自覚してくださいよ。あれ絶対あの娘にワザとだってバレてますからね」
 三人が笑い合う。一匹蛙は美味そうにビールを飲みながら続けた。
「ちんちくりんな割に胸は結構デカかったし──もう一度会ったら絶対にどこかに連れ込んで、チンポ突っ込んでヒィヒィ言わせて、あの強気そうな顔にたっぷりと精子ぶっかけてやる……」
「わ、私もしたいですよ……。じじ、実はさっきアリスとしてる時に、あ、あの女子高生のことを思い出しながら、だだ、出したんですよ。む、むしゃぶりつきたくなる様な、ふふ、太ももしやがって……くそッ……」
 綾は自分のことまで話題になるとは思わず、本当ならすぐにでも飛び出して男達のにやけた横っ面をぶん殴りたかった。男達は聞くに耐えない下衆な内容の会話を続けているが、アリスの姿を確認するまでは我慢しようと思い耐えた。
 ふと、男達が色めき立つ。
 部屋の奥のバスルームからアリスが姿を表した。男達の視線がそれに集まる。綾もそれにつられて部屋の奥を見て、目を疑った。
 アリスはほとんど紐と言える様な水着を着ていた。
 凹凸の乏しい薄い身体に、かろうじて胸の先端と局部を隠す黒い布。同じ素材でできた二の腕までを覆う長手袋と編み込みの入ったニーソックスが卑猥さに拍車をかけている。男達は興奮した様子でソファを立ち、アリスの元に向かった。
「いやぁ眼に毒だねこれは!」と、一匹蛙がわざとらしく目頭を抑えながら言った。「まったく、そんなけしからん格好をして大人を誘うとは! アリスには徹底的な教育的指導が必要みたいだな!」
「一匹蛙先生の言う通りだよ。アリスみたいないやらしい子供には、正しい大人が矯正してあげないとね」
「わわ、悪い子だなあり、アリスは! みみみみ、見てごらん? ぼぼ、僕のおちんちんが、こ、こんなになっちゃったじゃないか!」
 男達の声は興奮のために震えている。紅の探求者は早くも下半身を露出していた。
 アリスは虚ろな目で男達を見上げている。
 一匹蛙が膝立ちになって醜く唇を突き出し、アリスにキスをしようとしたところで、綾が猛然としたスピードで飛び出した。
 突然床を蹴る大きな音が聞こえ、男達とアリスが入り口の方を見る。次の瞬間、一匹蛙がリビングの奥のベッドルームにまで吹っ飛んだ。綾はアリスを巻き込まないように一匹蛙の左頬を殴り飛ばしていた。一匹蛙の巨体がベッドに落ちる。綾は床と摩擦音を響かせながら止まり、男達と対峙するようにベッドルームに背中を向けて片膝と片手を床に着くようにして構えた。
「な……なんだ?」
 突然のことにりっぴーが綾とアリスを交互に見る。ふッ、と綾が鋭く息を吐きながら床を蹴り、呆気にとられている紅の探求者との距離を一気に縮めて腹に拳を埋めた。紅の探求者はまったく動けず、「おぶッ?!」と濁った悲鳴をあげながらその場にうずくまる。
「……え? ち、ちょっと待って! ちょっと待ってよ!」と、りっぴーが手の平を見せながら叫んだ。突然侵入してきたセーラー服の女子高生に仲間が殴り倒されるという事態に思考が追いついていないのだろう、その顔は今にも泣き崩れそうだった。「一体なんなんだよ! ぼ、僕達が君に何をしたんだ?! け、警察を呼ぶぞ!」
「呼べるもんなら呼んでみなさいよ! さっきの会話全部聞いてたから。わざと人に抱きついてきた挙句、こんな小さな女の子を集団で襲っておいて、よくそんなことが言えるわね!」
 綾がありすを背後に隠すように庇いながら叫んだ。りっぴーは一瞬身体から力が抜けたような表情になり、すぐに激しくかぶりを振った。
「き、君はさっきの……? ち、違う! 誤解だ! その子は──」
「何が誤解なのよ! 詳しくは連行してから組織で聞かせてもらうから」
 綾が胸の前で自分の指の関節を鳴らしながら距離を詰める。りっぴーは壁際まで追い詰められ、どすんと尻餅をついた。綾は反撃を警戒しながら、男の顎先に正確に狙いをつける。賤妖とはいえなるべく最小のダメージで捕獲したい。綾は息を吸いながら腰を捻って拳を引き絞った。
 どん、と背中に軽い衝撃があった。同時に、チクリと腰のあたりに痛みが走る。
「んッ?! な、何?」
 綾が振り返る。
 アリスの整った顔が見えた。
 体当たりをしたらしい。
 そっとアリスの身体が離れる。
 手に光るもの……注射器だ。
「……てめぇ、余計なことしてんじゃねぇぞ」
 小さいがドスの効いた声が、アリスの薄く開かれた唇から溢れた。
 次の瞬間、ありすの左手が残像が残るほどのスピードでうねった。
「ぐぅッ?!」
 衝撃が綾の脇腹を貫いた。綾の歯の隙間から鋭い悲鳴が漏れる。それはアリスの小さい身体と細い腕からは想像できないほど重い衝撃だった。綾は思わず膝を着いてうずくまる。
「補給の邪魔しないでよ……こっちは命かかってんだからさ」
 アリスが空になった注射器を背後に放り投げながら言った。膝立ちになったため、アリスの顔と綾の顔が同じ高さになる。正面から見たアリスの顔は表情がほとんど無く、唇もほとんど動かない。まるで人形が体の中に埋め込んだスピーカーから話しているみたいだ。
「ほらぁ……だから誤解だって言ったじゃないか」
 りっぴーが立ち上がり、うずくまっている綾を見下ろしながら言った。綾は体に力が入らず、視界がわずかに歪むのを感じる。脇腹を殴られた衝撃と、打ち込まれた薬液のせいだろう。吐き気やめまいは無いが、身体が酷くだるい。即効性の筋弛緩剤的なものだろうか。
 りっぴーが綾のセーラー服の裾を掴み、強引に綾を立ち上がらせた。
「んー? ブラしてないの? なんだ、もしかして期待してたのかな? 心配しなくてもたっぷり可愛がってあげるから安心していい……よっ!」
 ぐずり、と綾の腹部に衝撃が走った。
「ゔぶぅッ?!」
 りっぴーのごつい拳が、綾の脱力した腹部にめり込んだ。ごつい拳が剥き出しの腹に埋まり、綾の滑らかな皮膚を巻き込んで痛々しく陥没する。
「ほらほら、なに倒れようとしてるの? あんな大立ち回りしたんだから、反撃されても文句言えないよね?」
 どずん……どずん……とりっぴーは全く手加減せずに容赦無く綾の腹部に拳を打ち込んだ。りっぴーは体格が大きいため筋力もあり、小柄な綾は腹部を突き上げられるたび身体が浮き上がる。
「あ……んぶッ?! ごぶッ?! ゔッ! ゔぐッ! ぐあッ!?」
 無抵抗な綾を散々嬲り、りっぴーが満足そうに溜息を吐いてセーラー服から手を離す。綾はたまらず糸の切られた操り人形の様に床に崩れ落ちた。通常であればこんな雑な攻撃などまったく問題ではないのだが、体が思う様に動かないため全てまともに食らってしまう。
 綾は膝立ちになり、呼吸がままならずに腹部を押さえたまま、苦しさと悔しさが混じった表情でりっぴーとありすを見上げる。
「そうだ。アリスちゃん、ちょっと予定と違うけれど、今日はもうアレちょうだい」と、りっぴーが綾を見下しながら言った。
 アリスはふんと鼻を鳴らすと注射器を取り出し、りっぴーに投げてよこす。りっぴーは慣れた手つきでそれを腕に刺した。血液が注射器内に逆流し、薬液と混ざり合ってどす黒く変色する。りっぴーは「ほーっ」と間抜けな声を出しながら、薬液と混じった血液を自分の体内に注入した。
「あ……ああぁ……あはぁ……」りっぴーが虚空を見上げながら口を開け、不明瞭なことをもごもごと言い出した。「お……おおぉ……きたきたきた……」
 綾は背筋が寒くなるのを感じ、思わず身体を後ろに引きながら「な……何を打ったの……?」と独り言の様に言った。
「あぁ……男性ホルモンを超強化するやつ……みたい」と言いながら、りっぴーは片手で口を押さえ、呻いた。両方の鼻の穴から血が吹き出している。額の血管も浮き立ち、吐き気に耐えている様に見えた。
 ふん、と、りっぴーが吠える様に唸った。身体が一回りほど膨らんだ様に見える。いや、事実膨らんだのだろう。汚いフリースの袖や胸、ジーンズの太腿部分がパンパンに張っている。りっぴーは毟り取る様に身につけている衣服を全て脱いで、下着のみになった。異様に筋肉が膨れ上がった身体の中心に、勃起した男性器が下着の布を押し上げて天井に向かって脈を打っている。
 あまりの光景に、綾は自分の背中にムカデが這い上がっている様な悪寒を感じ、「ひっ」と小さい悲鳴を上げる。だが、それも一瞬だった。綾は頭を振り、気持ちを奮い立たせる様に地面を蹴った。身体の動きが鈍くても、これ以上状況を悪化させるわけにはいかない。
 右手に出来る限り渾身の力を込めてりっぴーの鳩尾を撃ち抜く。だが、りっぴーはほとんど効いていないらしい。
「ダメダメ、女子高生がこんな乱暴なことしちゃあ……」りっぴーが自分に打ち込まれている綾の右手を掴む。「不良JKには、大人がお仕置きをしなきゃね」
 どぎゅる……というすさまじい音と共に、りっぴーの鈍器の様な拳が綾の鳩尾に突き込まれた。
「ゔぶッ! ん……んぐおぉぉぉぉぉおお!!?」
 悪夢の様な衝撃に、綾は限界まで目を見開き、口から唾液を吹きながら地獄の様な悲鳴を上げた。あまりの威力に綾の身体は背中が天井に付くくらいまで跳ね上げられ、全く受け身が取れない状態で床にうつ伏せに落下した。りっぴーがしゃがみ込み、綾の髪の毛を掴んで無理やり顔を上げさせる。
「わかったかい? 殴られる方はこんなに痛いんだよ? ま、僕はあまり痛くなかったけれど」
「ゔぁッ……がふっ……くっは……」
 鳩尾を強かに射抜かれたため、綾はまともに呼吸ができず、涙と涎を垂れ流しながらりっぴーの顔を焦点の合わない瞳で見つめた。その顔を見たりっぴーは興奮度を益々高めたらしい。
「ぐっ……ふぅッ!」綾は力を振り絞り、りっぴーの顔を平手打ちにした。乾いた破裂音が響き、りっぴーの身体が僅かにぐらつく。その隙に転がる様にしてりっぴーから離れ、リビングへ移動して体制を立て直す。「くはッ! はぁ……はぁ……」
 ベッドルームの暗がりの奥から男二人がのっそりと歩いてきた。一匹蛙と紅の探求者だ。二人ともりっぴーと同じ薬を打ったのだろう。すでに服を脱ぎ捨て、垂直に勃起させた男根を見せつけるようにしている。二人とも筋肉が一回りほど膨れ、血走った目で綾を睨みつけていた。
「おお! これは驚いた!」一匹蛙が大げさに両手を広げて言った。だらしなく垂れ下がった腹に薬液で筋肉が膨らんだ手足のその姿は本当に蛙のように見えた。「すわ警察が殴り込んできたのかと思ったら、君はさっきの女子高生じゃないか。こんなに早く再会できるとは思わなかったよ。わざわざ儂にブチ犯されに来たのか? 今なら明日の朝まで抜かずに腰を振り続けてやるぞ! ぐははははは!」
「な……なんなの……?」と、綾が腹を押さえながら言った。男達三人の背後からありすが姿を表す。「どういうこと……? あんた達、人妖じゃないの?」
「ジンヨウ……? 何だいそれは?」と、りっぴーが不思議そうに言った。
「なんだ……お前あの組織の戦闘員か」と、アリスが言った。男達と綾の視線がアリスに集まる。「本当にムカつく組織だな。こっちはこっちで好きにやってんだから放っておいてくれない?」
「じじじ、ジンヨウって言うんだ。に、人間じゃないってことは前に聞いたけれど」と、紅の探求者が言った。「ア、アリスがまだ『アイス』って名乗っていた頃……じ、冗談だと思っていたよ」
「おお、そういえば言っていたな。なんでも寿命が縮むとか、英気が失われるとかいうやつだろ?」
 一匹蛙の言葉に、りっぴーが手を叩いて「思い出した」と言った。
「『アイス』時代の頃か。そう言えばそんなこと言ってたな。セックスして養分を得るだとかなんとか……あまり気にしていなかったからすっかり忘れてた」
 綾が信じられないという様子で首を横に振る。人妖と知りながら、この男達は関係していたというのだろうか。
「僕達、あるアングラサイトでね……いわゆるロリコン掲示板で知り合ったんだよ」と、綾の引きつった表情に気が付いたりっぴーが手を広げながら語り出した。「最初は持っている写真や動画をその掲示板にアップして仲間内で見せ合うのが主な活動でね。だいたいは規制がそんなに厳しくなかった頃の写真集やビデオの一部だったり、海外のものだったりするんだけど、そういうのって既にみんな持っていたり見飽きたりしているものばかりでね。供給が極端に少ないから仕方がないんだけど、みんな新ネタに飢えていたんだよ。だからそのうち、ネタを自分でこしらえる奴が出てきた。学校の運動会を盗撮したり、更衣室にカメラを仕掛けたりしてね。生々しい新ネタに興奮したし、悔しかったよ。リアルでもパッとしないし、ロリコン掲示板でも乞食みたいな存在だなんて我慢できなかった。だから僕も色々やった。バイト代をはたいて中学生と援助交際してハメ撮りをアップした時は、神だ、なんて呼ばれて崇められたよ。あれは気持ちいいもんさ。自分が特別な存在になったみたいだ。普段の生活では後ろ暗い思いをしているロリコン野郎が、勇者だの神様だのってね……。一度やると止められないし、他の神と競うようになる。その当時競い合っていた神々が、一匹蛙さんと紅の探求者さんさ」
「そ、そんな時に管理人からメールが来たんだよ。いいい、良い話があるから直接会わないか? お、オフ会しようってね」と、紅の探求者がどもりながら言った。一匹蛙が話に割って入る。
「少し遅れて待ち合わせ場所に行ったら、いやぁ驚いたね。この御二方の他に、天使みたいな女の子がいるじゃないか。高校生や中学生までなら金か脅しでどうにかなるが、小学生となるとさすがに難しくてな。誰かどうやって調達したのかと思ったら、管理人の『アイス』だって名乗られてひっくり返ったわ! まさかロリコン掲示板の管理人がロリだったなんて夢にも思わんだろう。しかも自分を抱いてくれる男を探すために掲示板を立ち上げたって言うじゃないか。まさに願ったり叶ったりだ。その後はこの男性機能を強化するとかいう薬を打ってもらって、朝までぶっ続けでやりまくりよ。いやぁ、儂の人生はこの為にあったと言っても過言ではないな。アリスとの出会い以外のことは、人生のオマケみたいなもんだ」
「そういうこと」と、アリスが面倒臭そうに言った。「つまり、ここには被害者はいないってわけ。私はこの男達から養分を得られて、こいつらは私とセックスできて満足してる。誰も困っていないの。だから邪魔しないでくれる?」

2月25日(日)のりょなけっとに参加させていただきます。 新刊はまだ制作途中ですが、下記のような雰囲気で綾が上級戦闘員になりたての頃の話を書きたいなと思いますので、興味がありましたらよろしくお願いいたします。

サークルカット



 ガソリンと排気ガスの混ざった匂いがした。
 その匂いは歩道を歩いている神崎綾のすぐ脇に連っている、渋滞した車から吐き出されている。
 車は酷い渋滞で歩行者が悠々と追い越せるほどの速度でしか進んでおらず、乗っている人達は皆険しい顔をしていた。
 綾はそれらを横目に見ながら、厚手のダッフルコートのポケットに手を入れて歩道を歩いている。さっきから何回も肩がぶつかり、小柄な綾はその度に身体がよろけた。
 二月の夜の冷たい空気に綾の吐く息が白く溶けていく。
 イヤホンからはオペレーターの定期的な指示が飛んでくる。現場は近いらしい。
「その横断歩道を渡ったら右手に見える路地に入ってください。綾さんから見て二時の方向の、薬局とアイスクリーム屋の間の路地です」
「なんだか……ものすごく暗いんだけど……」眉をハの字に下げながら綾が言った。その路地は綾が言う通り人工的な光に包まれたメイン通りとは対照的に闇が深く、奥には青や赤の毒々しい光がうっすらと浮かんでいた。「これ、任務以前に私補導されないかな? あきらかに未成年が入っちゃいけないところだよね……?」
「まぁ……綾さんみたいな人は、普通はあまり入らないですね」と、イヤホンからオペレーターの少し困った声が響く。
「いや、わかってるよ。ここまで来て引き返すつもりなんて全く無いし。上級戦闘員になって初めての任務だから絶対成功させたいし。ただ、今日ばかりは他の服にした方が良かったかなぁって……」
 と言いながら、綾は路地と自分の服装を交互に見た。ダッフルコートの裾からは茶色いプリーツスカートが覗いている。明らかに学校の制服のそれで、綾は誰が見ても部活か塾を終えた下校中の生徒に見えた。実際、綾はダッフルコートの下に白と茶色を基調としたセーラー服を着ている。それも半袖の夏用だ。これは制服ではなく自分の所属する組織の戦闘服なのだ、と言っても誰も信じないだろうし、そもそも戦闘服とは何かと聞かれたら返答に困る。仮に本当のこと……自分は人間を糧にする怪物、人妖(ジンヨウ)と戦う組織の戦闘員であり、これから人妖退治を遂行しに行くのだ。この格好は動きやすさとモチベーションを上げるために自分の好みで選んだものであり、決して自分の学校の制服ではない。そもそも自分の母校はブレザーなのだと言ったところで状況は悪化するばかりだ。そして目の前の暗い路地の奥にはラブホテルや性風俗店のネオンが怪しく光っている。セーラー服を着た女子生徒が夜中に通る道ではない。
「援助交際している不良女子高生みたいな雰囲気出していけばいいのかなぁ。誰か適当な男の人捕まえて……」
「綾さん、そんなことできるんですか?」
「……たぶん無理。逆ナンなんてしたこと無い」
「そもそも彼氏居たことも無いですもんね。モテそうなのに」
「それは余計なこと。まぁ、思い切って行くしかないか。いざとなったら走って逃げ……あっ」
 突然、綾にスーツを着たサラリーマン風の男がぶつかってきた。不意のことで、綾は小さな悲鳴を上げてよろけた。
「おーっと、ごめんよ!」
 男はわざとらしくふらつきながら、よろける綾を追いかけて覆いかぶさるように抱きついた。近距離で吐かれた男の息は、酒と生臭い食物が混ざり合った堪え難い臭いがした。
「ちょッ?! 何すんのよ!」
 身体を駆け上がってきた不快感から、綾は反射的に男を突き飛ばした。男は酷く酔っ払っているらしく、バランスが取れずに壊れた玩具の様に足をばたつかせながら後方に下がり、尻餅をつく直前に仲間らしき男二人に支えられた。
 もともと強気な顔つきの綾が歯を食いしばって噛みつきそうな表情をするとそれなりに凄みがある。突き飛ばされた男と仲間にさっと緊張が走った。
「まぁまぁまぁ! 本当にごめんなさい。この人ちょっと酔っ払っちゃって」と、汚い眼鏡と汚いフリースを身につけた学生風の男が駆けてきた。体格はラグビー選手のように大きかったが、表情は怯え切っており、両方の手の平を綾に向けながら必死に謝罪や言い訳の言葉を早口でまくしたてている。ぶつかってきたサラリーマン風の男は濁った目で綾をじっと見続けている。サラリーマン風の男の中年太りと言う言葉では片付けられないほど病的に突き出た腹が、スラックスからだらしなくはみ出たワイシャツを押し広げている。よく見るとそのスーツは季節に合っていない春夏用の薄い生地のもので、ところどころ擦り切れていた。その男を、頭の側部と後方以外の髪の毛が無くなった中年の男が支えている。目をぎょろりと見開き、血色が悪い焦げ茶色の唇が醜く窄まっていた。思わぬ反撃に遭い驚愕しているのかもしれないし、最初からこんな顔なのかもしれない。
「本当にすみません! この通り謝りますから、酔った出来事として勘弁して頂ければ……。さ、もうすぐ待ち合わせ時間ですから行きましょう。『紅の探求者』さん、『一匹蛙』さんを起こしてあげて下さい」
 紅の探求者と呼ばれたハゲ頭が、一匹蛙と呼ばれたサラリーマン風の男を抱える様に立ち上がり、綾が向かう予定の路地に向かって歩き出した。一匹蛙は濁った目で綾を睨む様に見続けている。学生風の男はその背中をさする様にしながら、綾を振り返って何度か頭を下げた。
「何あれ……」綾は眉を寄せたまま、誰に言うでもなく呟いた。ぶつかった衝撃か、イヤホンからは小さなノイズが流れている。やがて霧が晴れる様にノイズが消え、「大丈夫ですか?」とオペレーターが心配そうに言った。
「あ、うん、ちょっとトラブル。少し絡まれただけだから。ただ、変な男達が先に路地に入って行っちゃった。この後私が行くと後をつけてるいみたいでやだなぁ……」
「変な男達?」
「三人組で、若い男が一人と、オジサンが二人。ハンドルネームみたいな名前で呼んでいたから何かのオフ会の帰りかも……」
 お世辞にも華やかとは言えないし、そもそも繋がりが全く見えない連中だった。相当酒も飲んでいる様子であったし、路地の奥に消えて行ったことからこの後の行動が容易に想像できる。酒を飲みながらどの様な会話をしていたのか、あまり内容を想像したくない。
 綾は一呼吸置くと、気持ちを入れ替えて路地に向かった。
 わかっていたとはいえ、客引きや通行人が不思議そうな顔で綾を見る。綾はなるべく通りの端を、家に帰るための近道なのだという風を装って歩いた。思いの外帰宅が遅くなったので、普段は通らないこの道を仕方なく歩いているのだという様に。幸い、声をかけられることは無く、警察の姿も見えなかった。
 ふと、自動販売機の前にたむろしている先ほどの三人の姿が見えた。三人は飲み物も買わず、輪になって談笑している。てっきりどこかの店に入ったとばかり思っていた綾は心の中で舌打ちをして、携帯電話を弄るふりをして電柱の陰に隠れた。適当に電話帳を開き、早くどこかへ行けと念じながら男達を見る。三人は笑みを貼り付けたまま、身振り手振りで大げさに話している。何をそんなに嬉しそうに話しているのか。
 綾はオペレーターに断ってから通信を切ると、男達の近くの塀に向かって集音マイクを投げた。それはビー玉程度の大きさで、スポンジの様な素材に包まれているので何かにぶつかっても音がしない。そして衝撃が加わると粘着質のゲルが出て壁や地面に貼り付く。集音マイクは無事に男達の近くの塀に貼り付き、周波数を合わせた綾のイヤホンから声が聞こえてきた。
「いやぁ……それにしても今だに信じられないですよ。一匹蛙さんや紅の探求者さんと出会うまでは、ずっと独りで苦しんでいましたから」
「そ、それはこちらも同じですよ『りっぴー』さん。ここ、この出会いはまさに奇跡です。同じ苦しみを抱えるもの同士、そ、相互補助の精神は欠かせない。た、ただ、残念ながら我々の様な存在の母数は少ない……。大っぴらに正体を明かすことは、ままま、まず出来ないですからね」
「失礼、吐いてスッキリしました。再会が嬉しくてつい飲みすぎまして……。へへ、紅の探求者さんが言った通り、同じ問題を共有するこの同志達の結束は何よりも強いものです。エリートどもは難なく欲望を満たし、餌を採れるというのに、我々はその『おこぼれ』にあずかることも出来やしない。持って生まれた者と、何も持たずに生まれた者の差のなんと悲しく残酷なことか……」
「まぁまぁ、暗い話をしても始まりません。とにかく今は相互補助できる幸運に感謝しましょう。これから仲良く『餌』を分け合うんですから……」
 何の話をしているのだろうと綾は思った。
 話し振りから何か後ろ暗い内容であることは理解できたが、どうにも回りくどい言い方で気持ちが悪い。ただ、「餌」という単語に嫌な予感が湧き上がった。人妖は人類の異性との粘膜接触によって養分を得る。そして人妖の中には人類を「餌」と呼称する個体が少なくない。
「おっと、噂をすれば餌が来ましたよ……」と、りっぴーと呼ばれた学生風の男が小声で言った。
 他の二人の男と綾がその視線の先を追う。
 暗い路地から女の子……おそらく十代前半と思しき少女が男達に向かって歩いてきた。
 少女は肩に着くくらいの長さの綺麗な黒髪で、黒づくめのロリータファッションを見に纏っている。顔つきは整っているが、怯える様な表情で俯いたまま歩いていた。唇をキュッと結び、どこか悲壮感を漂わせている。
「やあやあ『ありす』ちゃん! また会ったね」
 りっぴーが走ってくる我が子を受け止める時の父親の様に腕を広げたが、「ありす」と呼ばれた少女はそれを無視して、俯いたまま男達の輪の中に入り「あまり見られると……」と消えるような声で言った。綾の表情に不安の色が浮かぶ。
「あああ、相変わらずせっかちだなぁ。ま、わわ、私達もこんな所で、きき、君みたいな女の子連れ回していたら、い、いつ職質されるかわからないから別にいいんだけどどど……」
「最終的にはどうせ”する”んだから早めに行きますか。本当はありすちゃんとの再会を祝して二次会でも行きたいところですが、コンビニで酒を買って部屋で飲んだ方が何かと楽そうだ」
 男達が「ありす」を囲む様にして路地の奥へ移動し始めた。綾はイヤホンの周波数を切り替えると、気がつかれない様に男達を尾行しながらオペレーターに簡潔に状況を伝えた。

※二次創作としてシオンさんの死闘とその後の祝勝会を書いていただいたのですが、元記事が削除されたため、意思を尊重してリンクを削除しました。

こちらは祝勝会の更に後の話を自分が勝手に書いたものです。
息抜きとして楽しんでいただけたら幸いです。




 目抜き通りから少し入った通りには洒落た飲食店が建ち並んでいて、その日はちょうど暑くも寒くもない土曜日だったから、日付が変わったにもかかわらず通りを歩く人の数は多かった。ほとんどの人は晴れ晴れとした顔をしていて、日頃の疲れを癒す様に友人や恋人と連れ添って歩いている。
 一軒だけ入口のカーテンが降ろされたレストランには「本日貸切」の札がかかっていた。
 その店は雑誌やテレビで何回も取り上げられ、アジアの料理店ランキングに載ったこともある有名店だ。ここを貸し切れるなんてどんな人物なのだろうと通りを歩く人々の何人かは思った。

 店の中の凄惨な状況など想像もせずに。

「あの……シオンさん……?」
 赤いチェックのスカートにライダースジャケットを羽織った綾が心配そうに声をかけるが、相手からの返事は無い。テーブルの上にはワインやウオッカの瓶が並んでいる(数本は倒れたままになっていた)。綾はオロオロとうろたえ、黒いスーツを着た美樹は諦めたように天井を見ていた。
「あの……」
 再び声を掛けようとした綾の肩に、美樹が手を置いて諦めたように首を振る。
「もう無理だ。私が残るからお前も帰れ」
「でも……」
「掃除も片付けも済んでいるから、あとはこいつが目を覚ますのを待つだけだ。二人もいらんさ」
 屍累々となったシオンの祝勝会が開かれたイタリアンレストランには綾と美樹、そしてシオンだけが残っていた。綾と美樹の視線が、髪をストレートに下ろしてクラシカルなロングスカートのメイド服を着たままテーブルに突っ伏しているシオンに注がれる。
 おそらく高価なものあろうメイド服のエプロンをマダラに染めたまま、シオンは満面の笑みで恐るべき料理を運んできた。そしてそれを食べたアンチレジストの面々は、ある者は椅子ごと後ろに倒れ、ある者はテーブルに額を打ち、ある者は口を押さえたまま固まった。シオンはその様子を見て悲鳴を上げ、すわ敵の襲撃かと能天気にも原因が自分にあるとは露ほども思わずに泣きながら介抱した。
 まずかったのは唯一の男性である鑑を介抱した時に「この馬鹿!」と罵られたことだ。「味見くらいしろ! 冗談は痴女しか着ないような戦闘用メイド服だけにしておけ!」
 無論、鑑は本心から言ったわけではない。普段の彼は心の底からシオンの人柄や仕事ぶりを尊敬しており、彼女の右腕として生徒会の運営やアンチレジストの任務において陰から日向からシオンをサポートしている。今回彼が発した暴言は、いわば生存本能が発した心にも無い暴言だった。自分の命を脅かす敵がとどめを刺そうと近づいてきた時に威嚇する動物的行為。問題だったのは、その防御反応の対象が自分が憧れるシオンであったこと、そして、その威力は彼女にとって効果抜群だったことだ。普段の彼からは想像もつかない暴言にシオンの心は砕け、ギャグ漫画の様に白眼になり、ピシッという音と共にガラスのように固まった。
 数刻が経った後、正気に戻った鑑は固まっているシオンを見て困惑し、続々と目を覚ました組織のメンバーに的確に片付けの指示を与え、最後まで残ると言った綾と美樹を除いた他のメンバーを率いて帰路に着いた。

「Ужас!!!!」
 突然シオンがテーブルに突っ伏したまま叫んだ。綾の肩がビクッと跳ねる。
「え……なに……? ウジャ……?」
「ウージャス……ロシア語で最悪だとか畜生めとかいう意味だな」
「……つまり、結構汚い言葉ってこと?」
「まぁ、そうだな……」
 ガバリとシオンが顔を上げる。白い肌が赤くなって目が据わっていた。
「なんですか……?」シオンが頬を膨らませながら言った。「私の料理がそんなに汚いって言うんですか?」
「え……誰もそんなこと……」綾がオロオロしながらフォローを入れる。
「いいんですよ……どうせ私は料理下手で、痴女みたいなメイド服を喜んで着ている露出狂ですから。露出狂のロシア人って語呂が良くてなんだか素敵じゃないですか……はは……は……笑ってくださいよ」シオンが床に視線を泳がせたまま、半笑いで器用にグラスにワインを入れる。「いいんですよ別に……アンチレジストや学院の皆さんから、自分がなんて言われているかくらいちゃんと知っているんですから。いやらしい身体をしているから遊びまくっているはずだとか、完璧に振舞っているけれど根はエロいとか、ドスケベメイドとか……ドスケベメイドとか……」
「お、おい……」と言いながら美樹は嗜めるが、シオンはグラスに注いだワインをひと息で空けた。
「こんないやらしい格好をして誘ってるんだろとか……僕のがこんなになっちゃんだから責任とってよねとか……なんでいつもいつもエッチな目で見られなきゃいけないんですか! わ、私は男性とはお付き合いをしたことも無いんですよ!」
 シオンが両手で作った握りこぶしで机を叩いた衝撃で、ワインの瓶が数本床に倒れた。もう何本空けたのだろうかと綾は思った。
 鑑の暴言でフリーズから溶けたシオンは虚ろな目をしたままフラフラと勝手に店のワインセラーを開け、棚からウオッカの瓶を取り出し、無言のまま飲み始めた。美樹の付き合いでグラスひとつくらい付き合うことはあったが、ここまでしっかりと飲酒しているシオンを見たのはこれが初めてだった。
「なんで自分が可愛いと思う服を着ただけで笑われなきゃいけないんですかぁ……それにこの身体だって好きでこうなったわけじゃないのに……私だってスレンダーな身体に憧れてもいるんですからぁ……」
「重傷だな」美樹が頭を掻きながら言った。「いいかシオン、片付けはもう済ませたから、あとは何も心配せずに家に帰って寝るんだ。タクシーの手配をしよう。そして朝起きたら熱いシャワーを浴びて、いつもみたいに紅茶を淹れて飲め。心配するな、これくらいで誰もお前を嫌いになんかならないさ」
 殺されかけたことは「これくらい」とは言えないんじゃないかなぁと綾は思ったが、黙っていることにした。
「まだ飲みたいです……」
「ダメだ、もう帰るんだ。一応入口のカーテンは閉めてあるが、巡回に来た警察に見つかったら補導だぞ。アナスタシア聖書学院の生徒会長が未成年飲酒で補導なんてシャレにならん」
「ロシアでは十八歳から飲酒が認められていますからセーフです……」
「アウトに決まっているだろう。ここは日本だぞ。郷に入れば郷に従え」
「うぅ……わかりました……」と、シオンは残念そうに頷いた。
「タクシーは一時間後に来てもらうように手配するからな」美樹がタバコを咥え、スマートフォンを耳に当てながら店を出て行った。
 美樹がいなくなり、店内は水を打ったように静かになった。はぁ……とシオンが深いため息を吐く。
「ねぇ……綾ちゃん……」とシオンがグラスの縁を指先でなぞりながら言った。「私って……そんなに変なのかなぁ」
「へ、変じゃないよ。私は好きだよ……シオンさんのこと」と綾は本心からそう言った。
「ありがとうございます……私も綾ちゃんのことが好きですよ」
 とろんとした目をしたままシオンが言った。上気した顔で上目遣いで見つめられ、綾は同性ながらどきりとした。ビスクドールが動き出した様な見た目は怖いくらい美しかった。その顔はずっと眺めていられるほど整っている。まるで吸い込まれるようにシオンの顔を近くに感じた。今ではシオンの吐息まで感じられる。
「好きですよ……」
 目の前でシオンが言った。
 目の前?
 綾がはっと気付いた時にはもう遅かった。
 シオンはいつの間にか綾とゼロ距離の間合いに移動していた。しまった、と綾は思った。そうだ、この人は私以上に戦闘に長けて……。
 ふにゅっと唇にマシュマロの様な柔らかいものが触れた。
「んぅッ?! ゔぅッ?!」
 キスされた! と思った瞬間に綾は負けていた。シオンは一瞬のうちに綾の腰に片手を回し、同時にもう片方の手で綾の後頭部をがっしりと固定していた。身長差もあり、綾は上から押さえつかられるように押さえ込まれていた。
「んぅッ?! んんー! んふぅッ?!」
 一瞬のうちにシオンの舌が綾の口内に侵入し、綾の上唇や舌の裏側をなぞった。ぞわりという刺激が綾の背骨を駆け上がり、腰から力が抜けるのを感じる。軽いアルコールに花とミルクを混ぜ合わせた様な甘く蠱惑的な香りが綾の鼻をくすぐった。その間にもシオンの舌は綾の口内の弱いところを的確にさぐり当て、容赦のない暴力的な愛撫を続けていた。
「ん……んふぁ……んぅっ……」
 全身の骨を抜かれてしまった綾が蕩けきった表情でシオンの腰に手を回したと同時に、美樹が店に戻ってきた。そしてそのまま何も見なかった様に店から出て行った。

いさあき(http://isaaki.web.fc2.com)さんの描かれたイラスト、「端境さん」で二次創作させていただきました。

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こちらの絵はいさあきさんが描かれるイラストの中でも特に好きなものです。
「和服とマスク」「彼岸花と向日葵」「和傘と傷跡」など、どこかアンバランスで不穏な空気感。「端境さん」自体の美しいけれど虚ろでどこを見ているのかわからない表情。どのようにでも解釈ができるとても懐の深い絵なので、書いていてとても楽しかったです……。

今回は初めて文庫本サイズで書いてみたのですが、やはりイラストが無ければこちらの方が読みやすい気がしますね。
後半にいつも通りテキストを載せますが、文庫本サイズのPDFもダウンロードできるようにしてありますので、お好きな方でお読みください。
いさあきさん、ありがとうございました!


_PDFはこちらから
※リンクが開けない場合は下記URLをそのままコピーしてブラウザでお読みください
http://roomnumber55.com/端境.pdf







_テキストは「続きを読む」からご覧ください。


続きを読む

現在二次創作をして下さっているこちらの前日譚的なものを書いてみましたので、お時間があればご覧ください。
※腹パンやリョナはありません







 レイズ・バーは東京駅に直結している会員制の店で、その好立地に反して客の入りはまばらだった。人気が無いのかと思いきやどうやら完全予約制で、他の客との距離にゆとりを持たせるために一日の客数を制限しているらしい。
 サンローランの黒いタイトスーツを着た鷹宮美樹はソルティードッグのグラスを傾けながら店内を見回した。
 豪奢なテーブル席がメインで、一面ガラス張りの眼下には急いでいる人々が小さく見える。
 一人客は自分しかいないようだ。
 ほとんどが二人連れか四人連れで、年齢層は高め。男性も女性もかなり身なりが良い。騒いでいる客は皆無で、客たちは静かに話をしたり、静かに笑ったりしている。
 どうにも居心地が悪い、と美樹は思った。
 任務とはいえ、年齢を偽ってバーで酒を飲むなど今までしたことがない(酒を飲めとは言われていないのだが)。店の雰囲気を見るに、紹介さえあれば誰でも入れる名ばかりの会員制ではなく、料金でもふるいをかけているのだろう。若い勤め人や学生は一人もいなかった。
 空になったソルティドッグのグラスをコースターの上に置きながら、美樹は任務を頭の中で思い返した。
 ある男が人妖ではないかとの疑いをかけられている。
 人妖とは人間を栄養源とする怪物だ。恒久的に栄養源を得るため、目立った行動を嫌う性質がある。しかしその男は他の人妖とは違い、日本のウイスキーメーカーの代表を務めている。当然おいそれと会える人物ではなく、疑う材料はあるものの決定的な証拠に欠けるため、最終手段として囮としてターゲットに近づき、人妖の特徴である「獲物を見つけた時に縦に裂ける瞳孔」を直接目視することになった。人妖でなければそれでよし。だが仮に人妖であった場合、当然至近距離で対峙することになるため、今回の任務では美樹に白羽の矢が立った。
「失礼致します。例のものをお持ちしました」
 店の中央で丁寧にアドリブを弾いていたピアニストが交代すると同時に、疲れた表情のバーテンダーはうやうやしく一本のウィスキーボトルをカウンターの上に置いた。ラベルにはタロットカードの「皇帝」の絵柄が描かれている。バーテンダーは愛おしそうにそのボトルを撫でると、慣れた手つきで栓を抜き、足つきのショットグラスに慎重に注いでコースターの上に置いた。そして投げ込んだ石が作った池の波紋が落ち着くのを待つようにじっとウイスキーを見つめてから、隣のコースターに置かれたグラスに水を注いだ。「こちらがレイズモルトのタロットシリーズ、『皇帝』になります。当店にいらっしゃるお客様の中でも、オーナーからのご指示がなければお出しすることはありません。特に貴女の様な若い方でこれを口にできるのはかなり幸運なことかと思います。正規のルートではない、いわゆるプレミア価格では数十万円に達することもあります。それでも、飲みたいという方が多いのです」
 バーテンはそう言うと、カウンター越しに座っている美樹を見た。綺麗に梳かれた艶のある長い黒髪が凛とした顔つきと見事に調和している。ソルティードックを二杯ほど飲んだ後のせいか、その顔はわずかに赤みを帯びていた。美樹はアメジストの様な瞳で少量注がれた琥珀色の液体をじっと見つめる。
「なるほど……」と、美樹はグラスをそっと持ち上げて、チューリップの様に口の窄まった縁に鼻を近づけた。「素晴らしい香りだ。すまないが、一人でゆっくりと楽しみたい。申し訳ないが……」
「もちろんです。私もできることなら味わってみたいものです。では、ごゆっくり……」
 バーテンが静かに美樹の前から離れると、音楽が少し大きくなった様に感じられた。美樹は少し迷ったが、ウィスキーを少量口に含んだ。飲まない方がいいと言われてはいたが、そこまで絶賛されるほどのものであれば味わってみたい。舐めるような量だったが、プレミア価格で何十万というそのワインはアルコールの刺激が舌を刺す荒々しいもので、香りや甘みは影に隠れてしまっている。美樹はかすかに眉間に皺を寄せ、チェイサーを流し込んだ。
 なんだこれは。
 バーテンを追い払うために香りが良いと世辞を言ったものの、香りも味も好みでは無い。美樹はどちらかといえば下戸な方で、ウイスキー自体に明るくはないが(そもそも未成年なのだが)、これなら数千円で売っているスコッチの方が好みだと思った。こんなものを有難がって数十万の金を払って手に入れる物好きがいるとは信じ難い。
 美樹は自分にしか聞こえない大きさで溜息を吐くと、軽くグラスを押しやった。バッグからショートホープを取り出す。一瞬スーツにタバコの匂いをつけるのもどうかと思ったが、そうせずにはいられなかったのだ。スーツは今日の任務のために組織から支給されたものだし(任務が終われば美樹のものになる)、バーのカウンターに座って目の前の酒に手をつけずにぼうっとしているわけにはいかない。何よりさっきのバーテンに飲まないのかと言われるのも面倒臭かった。
 ターゲットが現れる様子は無いうえに、本当に居心地が悪い。
 任務でなければすぐにでも帰りたかった。
 無愛想な自分一人では到底上手くこなせるとは思えない。頼みの綱の助っ人の到着も遅れている。美樹は短くなったタバコを灰皿に押し付けると、続けざまに二本目を取り出した。

「すみません、遅くなりました」
 美樹が四本目のショートホープを灰にした頃、助っ人がようやく現れた。
 軽く息を弾ませながら、ようやくシオンがバーの中に入ってきた。肩を出したディオールの黒いワンピースドレスに、真っ白い肌と腰まである流れるような長い金髪が映えていた。バーの入口に立ってる店員がずっとシオンを目で追っている。シオンも普段とは違うやや濃いめのメイクをしているため、二十代前半には見えた。
「遅かったじゃないか」と、美樹が灰皿にタバコを押し付けながら言った。
「無茶を言わないでください。許可を取るのが大変だったんですから」
 美樹の隣に座りながら、シオンが軽く頬を膨らませた。「そもそも今回の任務は美樹さんが受けたものじゃないですか。複数の上級戦闘員が同一箇所の任務を遂行するのは基本的に禁じられているのはご存知ですよね?」
「ああ、確かターゲットが思わぬ強敵だった場合や、なんらかの事故があった場合に犠牲を最小限にするためだろう。任務以外でも、移動や宿泊は全て個別に行うことが原則だったな」
「そこまでわかっているのなら、今回の許可を取り付けるのがどんなに大変だったかわかりますよね?」
 シオンがぐいと顔を近づけ、美樹の鼻の頭を人差し指で軽く押しながら言った。どうやら本当に大変だったらしい。美樹がわかるさ、と言いながら鼻を押しているシオンの人差し指を握ってテーブルの上に下ろした。
「悪かった。だが、来てくれて助かった。今回の任務はどう考えても私は適任じゃない。どうせ見た目や雰囲気だけで選ばれたんだろう」
「任務の振り分けはコンピューターも関与していますから、適性が無いということは無いはずですが……」
「だがどう考えてもお前の方が適任だ。支配系の人妖の調査にはオペレーターではなく戦闘員が行うことは珍しくない。私も何回か駆り出されたことがある。だが、今日の様に接触や交渉が伴う調査は苦手だ。お前みたいに愛想を振りまいたり、誰とでも話を合わせられる豊富な話題を持ち合わせていたりしたのなら、バーテンひとりあしらうのに気を揉む必要もなかった。そしてそもそも私は酒に強くはない。お前は国柄的におそらくザルだろう。たぶん」
「それは人種的偏見というものです。ウオッカを飲めば誰でも酔っ払います」
 再びシオンが唇と尖らせながら美樹の鼻を押した。
「すまない、酒が入っているんだ。少し口が軽くなっている。私が下戸なのは知っているだう?」
「えっ? 飲んだんですか? もう、任務中だというのに……あら?」
 シオンがカウンターの奥に目をやった。バーテンがおしぼりを持ったまま会話が途切れるタイミングを待っている。シオンがにこりと笑って会釈をすると、バーテンはようやくゼンマイを巻かれた人形のように動き出した。やたらと動きが硬い。
「……失礼致します。先ほどおっしゃっていた御連れ様ですね。メニューはこちらになりますので、お決まりになりましたら……」
「ありがとうございます。すみません騒いでしまって……まぁ、これは」と、シオンがおしぼりを受け取りながらカウンターの上のボトルに目をやった。ふっ、と一瞬シオンの目が細くなる。それは美樹がなんとか気付くくらいの僅かな変化であり、それがシオンの仕事の顔であることを美樹は知っていた。「レイズモルトのタロットシリーズ! 実物を見たのは初めてです!」
 シオンが満面の笑みを浮かべながら、胸の前で手を合わせた。
「ご存知ですか。おっしゃる通り、レイズモルトのタロットシリーズの一本。世界で二百本ほどしかありません。天才醸造家、薊冷士(あざみ れいじ)氏の産み出した傑作モルトです。卓越した類稀なる技術により、一度飲んだだけではその魅力に気がつくことは難しいですが、まるで麻薬のように虜になる人も多く、数少ないボトルは世界中で奪い合いになっております」
 まるで自分の手柄のようにバーテンが言った。シオンの見た目と仕草を見て、心なしか得意げになっているようだ。シオンも自分の口の前で手の平を合わせながら、ウイスキーの製法とレイズモルトの受賞歴について話をしている。本当にこいつを呼んで良かったと美樹は思った。おそらくバーテンの目にシオンは、日本語が上手で酒に詳しく、美人で若くて愛想の良い外国人に映っているのだろう。
 シオンが未成年で普段は全く酒を飲まず、レイズモルトの存在を知ったのも美樹が調査同行を頼んだ数日前で、ウイスキーの知識もおそらくそのタイミングで調べたものだと知ったらどんな顔をするだろうか。
「では、レイズモルトの製法はほとんど秘密なのですか?」と、シオンが驚いたような表情で言った。
「そうです。糖化や発酵、蒸留、樽詰めまでは社員が行いますが、瓶詰め直前の段階において薊氏は醸造所から自分以外の社員全員を締め出して、一人で醸造所に篭ることがあるとか。一般的な製法であれば熟成から瓶詰めの段階で何らかの手を加えることは本来無いのですが、このステップが薊氏の作るレイズモルトがレイズモルトたる所以であると言われております。いやはや、醸造所の中で一体何が行われ、どのような魔法が使われているのか……」
「魔法だなんて、なんてロマンチックなのでしょう……」
 シオンの目が輝いている。バーテンの得意顔を見て、美樹は何か強い酒が飲みたくなった。できればウイスキー以外で。
「そろそろ召し上がってはいかがですか? せっかくの機会です。魔法を味わってみては……」
「……ええ、いただきます」
 シオンが宝物を抱くようにグラスに口をつけた。少量を口に含み、上品な仕草でハンカチで口元を押さえながら舌の上で転がしている。「はぁ……なんて個性的で素晴らしいのかしら。男性的で逞しく芯の通った力強さがありながら、魔女の悪戯の様なスパイスも感じられる……こんなウイスキーが存在したなんて」
「一口ではその癖の強さから全てを理解するのが難しいですが、そのグラスを飲み終えることにはきっと虜になっていると思います」
「魔法にかかってしまうわけですね……薊冷士さんの。一体どんな方なのかしら。出来ることならお会いしたいものですね。きっと素敵な方なんでしょうね……」
 シオンが手を組みながらうっとりと言うと、バーテンが思わせぶりに咳払いをした。
「……もしかしたら、お会いできるかもしれません」
「まぁ、本当ですか?」
「ええ、このバーの名前の通りと言いますか……オーナーが薊冷士氏その人なのです。本日も奥のプライベートルームにいらっしゃいます。内密にしていただけるとお約束していただけるのなら、お時間があるか聞いてみますので……」
「なんて素敵な……ぜひよろしくお願いします」
 バーテンが店の奥に引っ込むと、シオンはグラスの水を飲んだ。
「どうだった? 魔法にはかかったか?」と、美樹が聞いた。
「お酒のことはよくわかりませんが、好みではないですね……。ただ、味のバランスが崩れているような気がします。絶賛されるほどのものでは……」
「だろうな」
「美樹さんも?」
「ああ、良くはない。他の一般的なウイスキーの方が好みだ。バーテンも言っていただろう? 癖はあるが、なぜか虜になる……と。美味くはないと言っているようなものだ」
「……とんだ魔法使いもいたものですね。予想が当たっていないことを祈っていたのですが」
 シオンが先ほど口元を押さえていたハンカチを取り出す。中心が薄い青色に染まっていた。「おぞましいことを考えるものですね」
「それは?」
「開発途中のチャームの検査薬です。正確さは不安定ですが、黒ですね……」
 シオンは飲んだふりをして口の中のウィスキーをハンカチに染み込ませていた。そこにあらかじめ塗られていた試作品のチャーム検査薬は、ウィスキーにチャームの成分が含まれていることを表していた。
「……似たような都市伝説があったな。出所した元犯罪者がラーメン屋を始めて、客をとるために、ラーメンに麻薬を入れて通い詰めさせるという」
「やめて下さい。チャーム入りのウイスキーに比べたら、麻薬入りのラーメンの方がマシかもしれません」
「違いないな。今更だがチャームっていうのは人妖の体液のことだろう? それがウイスキーの中に混ぜ込まれている……全く、社員を全て追い出した蒸留所の中で一人でナニをやっているのか、あまり想像したくないな。悲しい映画を見ておいおい泣いて涙をウィスキーにでも入れているのなら多少は絵になるんだろうが……。おっと、魔法使いのお出ましだ
 美樹の視線の先をシオンが追う。上等なスーツに身を包んだ男が足音も無くこちらに歩いてきた。両手で大事そうに一本のボトルを持っている。
「失礼。私のウイスキーを気に入っていただけたようで、ありがとうございます」と、男が恭しく頭を下げた。「薊冷士と申します。あなた方のような若く、そして美しい方々に気に入っていただけるとは光栄です。この『逆位置ラベル』はいわゆるプライベートストックで、私が個人的に親しい関係の方にしかお譲りしていません。本日の素晴らしい出会いを記念して、貴女達に一本差し上げましょう」
 薊は目つきが鋭く、常に笑みを浮かべ、自他共に自分の能力を認めているという雰囲気の男だった。上品な香水の香りと共に差し出したボトルには、逆位置になったタロットカードの法王の絵柄が描かれている。
「まぁ、そんな貴重なものいただけません……」
 シオンが立ち上がり、軽くスカートの裾をつまんで頭を下げた。
「気にしないで下さい。特にと思った方には必ず差し上げるようにしているのです。よろしければ奥に自室がありますので、この出会いに乾杯しませんか?」
「いえ、ありがたい申し出ですが、パートナーと部屋を取っていますのでこれで失礼します。あいにく二人とも下戸なものですから、かなり酔いが回ってしまった……これからゆっくりと休みたいもので」
 美樹がシオンの肩を抱きながら言った。美樹に身体をぐいと引き寄せられ、シオンがダンスを踊る様に美樹に抱かれる。シオンは少し目を大きく開いて美樹を見た。
「おっと、これは失礼。お二方の関係を邪魔するつもりはありません。では、このボトルはお持ちください。このボトルを飲んで、また私を思い出していただけたら、いつでもお越し下さい」
「ええ、おそらく近いうちに……」
 美樹の言葉に薊は笑みを浮かべると、カウンターの上にボトルを置いて踵を返した。カウンター横の扉を開けて、バーの奥のプライベートルームに戻る。
 プライベートルームの中は豪奢な調度品の他に、クイーンサイズのベッドやバーカウンターまで備えられている。室内には上品な葉巻の香りが漂い、間接照明が効果的に使われた趣味のいい部屋だ。薊は新しい葉巻に火をつけると、携帯電話を取り出した。
「ああ、私だ。次のターゲットだが……いい獲物を二匹見つけた」

現在二次創作をして下さっているこちらの前日譚的なものを書いてみましたので、お時間があればご覧ください。
※腹パンやリョナはありません







 レイズ・バーは東京駅に直結している会員制の店で、その好立地に反して客の入りはまばらだった。人気が無いのかと思いきやどうやら完全予約制で、他の客との距離にゆとりを持たせるために一日の客数を制限しているらしい。
 サンローランの黒いタイトスーツを着た鷹宮美樹はソルティードッグのグラスを傾けながら店内を見回した。
 豪奢なテーブル席がメインで、一面ガラス張りの眼下には東京駅が見える。
 一人客は自分しかいないようだ。
 ほとんどが二人連れか四人連れで、年齢層は高め。男性も女性もかなり身なりが良い。騒いでいる客は皆無で、客たちは静かに話をしたり、静かに笑ったりしている。
 どうにも居心地が悪い、と美樹は思った。
 任務とはいえ、年齢を偽ってバーで酒を飲むなど今までしたことがない(酒を飲めとは言われていないのだが)。店の雰囲気を見るに、紹介さえあれば誰でも入れる名ばかりの会員制ではなく、料金でもふるいをかけているのだろう。若い勤め人や学生は一人もいなかった。
 空になったソルティドッグのグラスをコースターの上に置きながら、美樹は任務を頭の中で思い返した。
 ある男が人妖ではないかとの疑いをかけられている。
 人妖とは人間を栄養源とする怪物だ。恒久的に栄養源を得るため、目立った行動を嫌う性質がある。しかしその男は他の人妖とは違い、日本のウイスキーメーカーの代表を務めている。当然おいそれと会える人物ではなく、疑う材料はあるものの決定的な証拠に欠けるため、最終手段として囮としてターゲットに近づき、人妖の特徴である「獲物を見つけた時に縦に裂ける瞳孔」を直接目視することになった。人妖でなければそれでよし。だが仮に人妖であった場合、当然至近距離で対峙することになるため、今回の任務では美樹に白羽の矢が立った。
「失礼致します。例のものをお持ちしました」
 店の中央で丁寧にアドリブを弾いていたピアニストが交代すると同時に、疲れた表情のバーテンダーはうやうやしく一本のウィスキーボトルをカウンターの上に置いた。ラベルにはタロットカードの「皇帝」の絵柄が描かれている。バーテンダーは愛おしそうにそのボトルを撫でると、慣れた手つきで栓を抜き、足つきのショットグラスに慎重に注いでコースターの上に置いた。そして投げ込んだ石が作った池の波紋が落ち着くのを待つようにじっとウイスキーを見つめてから、隣のコースターに置かれたグラスに水を注いだ。「こちらがレイズモルトのタロットシリーズ、『皇帝』になります。当店にいらっしゃるお客様の中でも、オーナーからのご指示がなければお出しすることはありません。特に貴女の様な若い方でこれを口にできるのはかなり幸運なことかと思います。正規のルートではない、いわゆるプレミア価格では数十万円に達することもあります。それでも、飲みたいという方が多いのです」
 バーテンはそう言うと、カウンター越しに座っている美樹を見た。綺麗に梳かれた艶のある長い黒髪が凛とした顔つきと見事に調和している。ソルティードックを二杯ほど飲んだ後のせいか、その顔はわずかに赤みを帯びていた。美樹はアメジストの様な瞳で少量注がれた琥珀色の液体をじっと見つめる。
「なるほど……」と、美樹はグラスをそっと持ち上げて、チューリップの様に口の窄まった縁に鼻を近づけた。「素晴らしい香りだ。すまないが、一人でゆっくりと楽しみたい。申し訳ないが……」
「もちろんです。私もできることなら味わってみたいものです。では、ごゆっくり……」
 バーテンが静かに美樹の前から離れると、音楽が少し大きくなった様に感じられた。美樹は少し迷ったが、ウィスキーを少量口に含んだ。飲まない方がいいと言われてはいたが、そこまで絶賛されるほどのものであれば味わってみたい。舐めるような量だったが、プレミア価格で何十万というそのワインはアルコールの刺激が舌を刺す荒々しいもので、香りや甘みは影に隠れてしまっている。美樹はかすかに眉間に皺を寄せ、チェイサーを流し込んだ。
 なんだこれは。
 バーテンを追い払うために香りが良いと世辞を言ったものの、香りも味も好みでは無い。美樹はどちらかといえば下戸な方で、ウイスキー自体に明るくはないが(そもそも未成年なのだが)、これなら数千円で売っているスコッチの方が好みだと思った。こんなものを有難がって数十万の金を払って手に入れる物好きがいるとは信じ難い。
 美樹は自分にしか聞こえない大きさで溜息を吐くと、軽くグラスを押しやった。バッグからショートホープを取り出す。一瞬スーツにタバコの匂いをつけるのもどうかと思ったが、そうせずにはいられなかったのだ。スーツは今日の任務のために組織から支給されたものだし(任務が終われば美樹のものになる)、バーのカウンターに座って目の前の酒に手をつけずにぼうっとしているわけにはいかない。何よりさっきのバーテンに飲まないのかと言われるのも面倒臭かった。
 ターゲットが現れる様子は無いうえに、本当に居心地が悪い。
 任務でなければすぐにでも帰りたかった。
 無愛想な自分一人では到底上手くこなせるとは思えない。頼みの綱の助っ人の到着も遅れている。美樹は短くなったタバコを灰皿に押し付けると、続けざまに二本目を取り出した。

「すみません、遅くなりました」
 美樹が四本目のショートホープを灰にした頃、助っ人がようやく現れた。
 軽く息を弾ませながら、ようやくシオンがバーの中に入ってきた。肩を出したディオールの黒いワンピースドレスに、真っ白い肌と腰まである流れるような長い金髪が映えていた。バーの入口に立ってる店員がずっとシオンを目で追っている。シオンも普段とは違うやや濃いめのメイクをしているため、二十代前半には見えた。
「遅かったじゃないか」と、美樹が灰皿にタバコを押し付けながら言った。
「無茶を言わないでください。許可を取るのが大変だったんですから」
 美樹の隣に座りながら、シオンが軽く頬を膨らませた。「そもそも今回の任務は美樹さんが受けたものじゃないですか。複数の上級戦闘員が同一箇所の任務を遂行するのは基本的に禁じられているのはご存知ですよね?」
「ああ、確かターゲットが思わぬ強敵だった場合や、なんらかの事故があった場合に犠牲を最小限にするためだろう。任務以外でも、移動や宿泊は全て個別に行うことが原則だったな」
「そこまでわかっているのなら、今回の許可を取り付けるのがどんなに大変だったかわかりますよね?」
 シオンがぐいと顔を近づけ、美樹の鼻の頭を人差し指で軽く押しながら言った。どうやら本当に大変だったらしい。美樹がわかるさ、と言いながら鼻を押しているシオンの人差し指を握ってテーブルの上に下ろした。
「悪かった。だが、来てくれて助かった。今回の任務はどう考えても私は適任じゃない。どうせ見た目や雰囲気だけで選ばれたんだろう」
「任務の振り分けはコンピューターも関与していますから、適性が無いということは無いはずですが……」
「だがどう考えてもお前の方が適任だ。支配系の人妖の調査にはオペレーターではなく戦闘員が行うことは珍しくない。私も何回か駆り出されたことがある。だが、今日の様に接触や交渉が伴う調査は苦手だ。お前みたいに愛想を振りまいたり、誰とでも話を合わせられる豊富な話題を持ち合わせていたりしたのなら、バーテンひとりあしらうのに気を揉む必要もなかった。そしてそもそも私は酒に強くはない。お前は国柄的におそらくザルだろう。たぶん」
「それは人種的偏見というものです。ウオッカを飲めば誰でも酔っ払います」
 再びシオンが唇と尖らせながら美樹の鼻を押した。
「すまない、酒が入っているんだ。少し口が軽くなっている。私が下戸なのは知っているだう?」
「えっ? 飲んだんですか? もう、任務中だというのに……あら?」
 シオンがカウンターの奥に目をやった。バーテンがおしぼりを持ったまま会話が途切れるタイミングを待っている。シオンがにこりと笑って会釈をすると、バーテンはようやくゼンマイを巻かれた人形のように動き出した。やたらと動きが硬い。
「……失礼致します。先ほどおっしゃっていた御連れ様ですね。メニューはこちらになりますので、お決まりになりましたら……」
「ありがとうございます。すみません騒いでしまって……まぁ、これは」と、シオンがおしぼりを受け取りながらカウンターの上のボトルに目をやった。ふっ、と一瞬シオンの目が細くなる。それは美樹がなんとか気付くくらいの僅かな変化であり、それがシオンの仕事の顔であることを美樹は知っていた。「レイズモルトのタロットシリーズ! 実物を見たのは初めてです!」
 シオンが満面の笑みを浮かべながら、胸の前で手を合わせた。
「ご存知ですか。おっしゃる通り、レイズモルトのタロットシリーズの一本。世界で二百本ほどしかありません。天才醸造家、薊冷士(あざみ れいじ)氏の産み出した傑作モルトです。卓越した類稀なる技術により、一度飲んだだけではその魅力に気がつくことは難しいですが、まるで麻薬のように虜になる人も多く、数少ないボトルは世界中で奪い合いになっております」
 まるで自分の手柄のようにバーテンが言った。シオンの見た目と仕草を見て、心なしか得意げになっているようだ。シオンも自分の口の前で手の平を合わせながら、ウイスキーの製法とレイズモルトの受賞歴について話をしている。本当にこいつを呼んで良かったと美樹は思った。おそらくバーテンの目にシオンは、日本語が上手で酒に詳しく、美人で若くて愛想の良い外国人に映っているのだろう。
 シオンが未成年で普段は全く酒を飲まず、レイズモルトの存在を知ったのも美樹が調査同行を頼んだ数日前で、ウイスキーの知識もおそらくそのタイミングで調べたものだと知ったらどんな顔をするだろうか。
「では、レイズモルトの製法はほとんど秘密なのですか?」と、シオンが驚いたような表情で言った。
「そうです。糖化や発酵、蒸留、樽詰めまでは社員が行いますが、瓶詰め直前の段階において薊氏は醸造所から自分以外の社員全員を締め出して、一人で醸造所に篭ることがあるとか。一般的な製法であれば熟成から瓶詰めの段階で何らかの手を加えることは本来無いのですが、このステップが薊氏の作るレイズモルトがレイズモルトたる所以であると言われております。いやはや、醸造所の中で一体何が行われ、どのような魔法が使われているのか……」
「魔法だなんて、なんてロマンチックなのでしょう……」
 シオンの目が輝いている。バーテンの得意顔を見て、美樹は何か強い酒が飲みたくなった。できればウイスキー以外で。
「そろそろ召し上がってはいかがですか? せっかくの機会です。魔法を味わってみては……」
「……ええ、いただきます」
 シオンが宝物を抱くようにグラスに口をつけた。少量を口に含み、上品な仕草でハンカチで口元を押さえながら舌の上で転がしている。「はぁ……なんて個性的で素晴らしいのかしら。男性的で逞しく芯の通った力強さがありながら、魔女の悪戯の様なスパイスも感じられる……こんなウイスキーが存在したなんて」
「一口ではその癖の強さから全てを理解するのが難しいですが、そのグラスを飲み終えることにはきっと虜になっていると思います」
「魔法にかかってしまうわけですね……薊冷士さんの。一体どんな方なのかしら。出来ることならお会いしたいものですね。きっと素敵な方なんでしょうね……」
 シオンが手を組みながらうっとりと言うと、バーテンが思わせぶりに咳払いをした。
「……もしかしたら、お会いできるかもしれません」
「まぁ、本当ですか?」
「ええ、このバーの名前の通りと言いますか……オーナーが薊冷士氏その人なのです。本日も奥のプライベートルームにいらっしゃいます。内密にしていただけるとお約束していただけるのなら、お時間があるか聞いてみますので……」
「なんて素敵な……ぜひよろしくお願いします」
 バーテンが店の奥に引っ込むと、シオンはグラスの水を飲んだ。
「どうだった? 魔法にはかかったか?」と、美樹が聞いた。
「お酒のことはよくわかりませんが、好みではないですね……。ただ、味のバランスが崩れているような気がします。絶賛されるほどのものでは……」
「だろうな」
「美樹さんも?」
「ああ、良くはない。他の一般的なウイスキーの方が好みだ。バーテンも言っていただろう? 癖はあるが、なぜか虜になる……と。美味くはないと言っているようなものだ」
「……とんだ魔法使いもいたものですね。予想が当たっていないことを祈っていたのですが」
 シオンが先ほど口元を押さえていたハンカチを取り出す。中心が薄い青色に染まっていた。「おぞましいことを考えるものですね」
「それは?」
「開発途中のチャームの検査薬です。正確さは不安定ですが、黒ですね……」
 シオンは飲んだふりをして口の中のウィスキーをハンカチに染み込ませていた。そこにあらかじめ塗られていた試作品のチャーム検査薬は、ウィスキーにチャームの成分が含まれていることを表していた。
「……似たような都市伝説があったな。出所した元犯罪者がラーメン屋を始めて、客をとるために、ラーメンに麻薬を入れて通い詰めさせるという」
「やめて下さい。チャーム入りのウイスキーに比べたら、麻薬入りのラーメンの方がマシかもしれません」
「違いないな。今更だがチャームっていうのは人妖の体液のことだろう? それがウイスキーの中に混ぜ込まれている……全く、社員を全て追い出した蒸留所の中で一人でナニをやっているのか、あまり想像したくないな。悲しい映画を見ておいおい泣いて涙をウィスキーにでも入れているのなら多少は絵になるんだろうが……。おっと、魔法使いのお出ましだ
 美樹の視線の先をシオンが追う。上等なスーツに身を包んだ男が足音も無くこちらに歩いてきた。両手で大事そうに一本のボトルを持っている。
「失礼。私のウイスキーを気に入っていただけたようで、ありがとうございます」と、男が恭しく頭を下げた。「薊冷士と申します。あなた方のような若く、そして美しい方々に気に入っていただけるとは光栄です。この『逆位置ラベル』はいわゆるプライベートストックで、私が個人的に親しい関係の方にしかお譲りしていません。本日の素晴らしい出会いを記念して、貴女達に一本差し上げましょう」
 薊は目つきが鋭く、常に笑みを浮かべ、自他共に自分の能力を認めているという雰囲気の男だった。上品な香水の香りと共に差し出したボトルには、逆位置になったタロットカードの法王の絵柄が描かれている。
「まぁ、そんな貴重なものいただけません……」
 シオンが立ち上がり、軽くスカートの裾をつまんで頭を下げた。
「気にしないで下さい。特にと思った方には必ず差し上げるようにしているのです。よろしければ奥に自室がありますので、この出会いに乾杯しませんか?」
「いえ、ありがたい申し出ですが、パートナーと部屋を取っていますのでこれで失礼します。あいにく二人とも下戸なものですから、かなり酔いが回ってしまった……これからゆっくりと休みたいもので」
 美樹がシオンの肩を抱きながら言った。美樹に身体をぐいと引き寄せられ、シオンがダンスを踊る様に美樹に抱かれる。シオンは少し目を大きく開いて美樹を見た。
「おっと、これは失礼。お二方の関係を邪魔するつもりはありません。では、このボトルはお持ちください。このボトルを飲んで、また私を思い出していただけたら、いつでもお越し下さい」
「ええ、おそらく近いうちに……」
 美樹の言葉に薊は笑みを浮かべると、カウンターの上にボトルを置いて踵を返した。カウンター横の扉を開けて、バーの奥のプライベートルームに戻る。
 プライベートルームの中は豪奢な調度品の他に、クイーンサイズのベッドやバーカウンターまで備えられている。室内には上品な葉巻の香りが漂い、間接照明が効果的に使われた趣味のいい部屋だ。薊は新しい葉巻に火をつけると、携帯電話を取り出した。
「ああ、私だ。次のターゲットだが……いい獲物を二匹見つけた」

こんばんは。
今回はリクエスト消化になりますので、本編との時系列などは考えずにお楽しみいただければと思います。

リクエスト:シオンと子助(一撃さんのオリジナルキャラクター)のバトル


「厳しいね……これは」ハーフ丈のカーゴパンツに野球帽を目深に被った男の子が、数枚の写真とコピー用紙をテーブルの上に投げながら言った。その声は年相応にやや高く、薄暗いバーのボックス席にはとても不釣り合いに響いた。「軽く調べたけどさ、住んでいるマンションや通ってる学校のセキュリティがものすごく厳重。移動はほぼ送迎かタクシーで公共の交通機関はほとんど使っていないし、家にいる時以外は常に周りに人がいるし、おまけに何日かおきに数時間くらい忽然と消える。かなり難しいと思うよ?」
「そこをなんとか頼みますよ……子助(ねすけ)さん」対面に座る肥満体の男が手を擦り合わせながら言った。緊張しているのか、寒いくらいの室温にも関わらず大量の汗をかいている。黒縁メガネのレンズが曇り、ブランド物らしいブルーのシャツの襟の色が変わっていた。「こっちとしても、もう後には引けないんですよ……時間も限られているし……。なぁ、そうだろ?」
 黒縁メガネが、隣に座るスキンヘッドの男の顔を助けを請うように覗き込んだ。
「我々は期待されているんだ……」スキンヘッドが腕組みをしながら言った。「我々のクライアントは、氷河期の真っ只中に不幸にも足を骨折してしまったライオンの様に飢えた連中さ。みんな目を血走らせて、我々が獲物が持って来るのを待っているんだ。今更獲物を捕まえることが出来ませんでした、そのまま飢えて死んで下さいとは言えないんだよ」
「だったら自分達でやればいいじゃないか?」
 子助が両手を広げながら言うと、黒縁メガネが身を乗り出した。
「自分達で出来ないからこうして頼んでいるんですよ!」汗の飛沫が飛び、子助は本能的に体を引く。「この筋じゃあ有名な『何でも屋』でしょう!? 噂だと、特殊な訓練を積んでいるらしいじゃないですか? 自分に出来ないことを、出来る人に頼むことは何ら悪いことじゃない! むしろそれがビジネスの基本であり根本だ。もちろんそれなりの対価は支払う。あなた以外に頼める人がいないんだ。どうかお願いしますよ……」
「我々のような稼業にとって、技術や経験よりも大切なものは信頼だ。あなたもよく知っているように、依頼を受けてからの失敗は絶対に許されない。一度でも失敗したら、たちまち路頭に迷ってしまう。恥を忍んで外注に出したとしても、失敗するよりはマシだ」
「そうねぇ……」
 子助が写真とコピー用紙を手に取って眺めた。口の端を歪めて笑う。男達からは書類の陰に隠れて、子助の表情は見えない。男達の必死な様相を見るに、まだ依頼料を上乗せできそうだ。
「攫(さら)い屋」だと、目の前の男達は自己紹介した。
 恨みを買いすぎたり、莫大な借金をこさえて失踪したりした人間を見つけ出し、攫い、す巻にしてクライアントに届ける。依頼の動機や攫った人間がその後どうなるかは興味がないと男達は言った。そんなくだらない仕事をわざわざ専門に扱うなど、とんだ小物もいたものだと子助は思う。それに、一度の失敗ごときで失う信頼など、初めから無いに等しい。後処理が無く、依頼主に受け渡すだけの誘拐はむしろ手間がかからず楽な部類だ。それを専門に扱うと吹聴することは、自分たちは無能ですと宣伝して回っているようなものだ。
 子助は視線をコピー用紙と写真に戻した。
 コピー用紙にはターゲットの簡単なプロフィールが書かれていた。ロシア連邦サンクトペテルブルク出身。十八歳。近しい家族はロシアで暮らす母親と妹が一人。父親とは幼少の頃に死別。実家は有数の資産家。単身来日した後、現在は都内の名門校、アナスタシア聖書学院に首席、特待生として在籍中。
 写真には長いブロンドの髪に緑の目をした女が写っていた。どこかの病院の入り口で、タクシーから降りているところを遠目から望遠レンズを使って盗撮したものらしい。連続写真のため、コマ送りのように女の挙動が切り取られている。女は作り物のような見た目に反して愛想が良いらしく、運転手に対して笑顔で精算を済ませ、車から降りるとわざわざ振り向いて手まで振っている。ぽかんとした運転手の顔が間抜けで面白い。そして病院の入り口に向かって数歩歩いた後、女は突然足を止めて真っ直ぐにカメラを覗き込んだ。自分が撮影されていることに気がついたのかもしれない。カメラマンもファインダー越しに目が合ったのだろう。驚いて退散したのか、その後の写真は無い。
 簡単な仕事だと、子助は思った。
 いくらセキュリティが厳重とはいえ、人間が作ったものである限り壊すことは可能だ。裸にしてしまえば、残るのは箱入りのお嬢様一人。必ず一人になる時間があるはずだから、そこを突けばあとは目を瞑っていてもできるだろう。
「ま、やってみるよ」
 子助が紙ナプキンに数字を書いて男達に渡した。男達はそれを見ると顔を見合わせる。スキンヘッドが肩を落とした。
「……わかった。この金額でいい」
「まいどあり」
「……とんだ赤字だ」黒縁メガネが歯を食いしばりながら、小切手にナプキンに書かれた数字を書き移す。「……本当に大丈夫なんでしょうな?」
「まぁね。幸いこの『なり』だから怪しまれることは少ないんだ。『変な小学生がいる』って少し噂になるかもしれないけど」

 カチリと時計の音が鳴り、彼女はハッとして顔を上げた。
 部屋の照明は点いておらず、マッキントッシュのディスプレイだけが部屋に青白い光を放っていた。机の上にはコピー用紙に印刷されたドイツ語の論文と独英辞書、カップに残った冷え切った紅茶と、皿に盛られたイチジクのジャムあった。青白い光に照らされると、彼女の長い金髪はほとんど真っ白に見える。
 窓の外は真っ暗だ。反対側の建物の窓越しに、非常ベルの赤いランプがぽつりぽつりと灯っていた。
 はぁ……と溜息を吐いて、シオンは椅子の背もたれに体重を預けた。
 目頭を揉みながら、薄く横目を開けて壁にかかった時計を見る。二十一時。作業に集中しすぎて、いつの間にか眠ってしまったのだろう。最後に時間を認識していた時は、時刻は夕方だったはずだ。
「やだ……電気も点けずに……」
 シオンは身体を伸ばすと、立ち上がって部屋の照明を点けた。
 同時に、部屋のドアが遠慮がちにノックされた。返事をする。桃色の髪をショートカットにした女子生徒が緊張した面持ちで入ってきた。
「あ、あのっ! 私……水橋久留美って言います……今日はその……ご報告したいことがありまして……。あ、遅くにすみません!」
「いえいえ、大丈夫ですよ。すぐにお茶を淹れますので、少し座って待っていただけますか?」
 もしかしたら冷たく退室を促されるのではないかと考えていた久留美に対し、シオンはにっこりと笑いながら入り口から遠いソファを勧めた。予想外のふんわりした対応に給湯室に入っていくシオンの背中を見送りながら、久留美は「……あれ?」とつぶやいた。
 久留美が言われた通りモケット生地のソファに座ると、部屋の奥からマスカットの様な爽やかな香りが漂ってくる。今まで嗅いだことが無いような紅茶の香りだ。シオンが銀のトレーを持って部屋に戻ると、青い花の描かれた品の良いカップと紅茶の入ったポット、イチジクのジャムをテーブルの上に並べた。
「すみません……お仕事中に……」
「とんでもないです。この書類は趣味みたいなものですし、実は居眠りをしていたんですよ。ふふ……起こしていただいて、逆に助かりました」
「趣味ってその、コピー用紙の山がですか?」
「ええ、論文や小説の翻訳を引き受けているんです。半分趣味とはいえお給料もいただいているので、ちゃんと学校に許可ももらっているんですよ。本当は帰宅してから作業しなければいけないのですが、家だとつい他のことに気が向いてしまうので……内緒にして下さいね」
 シオンが唇に人差し指を当てて片目を閉じる。
 久留美は「はぁ……」と言いながらぼうっとシオンを眺めた。見とれた、という方が近いかもしれない。シオンの学院内での評判は、決して良いものばかりではない。外国の良家のお嬢様で、語学や勉学が堪能。仕事もそつなくこなし、全く隙が無いというのが一般的な評判だが、中には完璧過ぎて気持ち悪い。人形の様で現実感が無く、何を考えているのかわからないという印象を抱く者もいる。こうして近くで見ると、確かに怖いくらい整っている。だが、意外なほど柔らかい態度は演技らしいところは無く、むしろもっと会話をしたいという親しみさえ覚える。悪く言う生徒は、おそらく彼女と一度も会話をしたことが無いのだろう。
「仕上がりはいかがですか? タイムが順調に縮まっているとうかがっているのですが」
「……え? 私ですか?」
「はい。遅くまでお疲れさまです」
 シオンが自分の膝を覗き込むように丁寧に頭を下げた。つられて久留美も軽く頭を下げる。
「あの……私が水泳部だって言いましたっけ?」
「いいえ。美樹さんがいつも楽しそうに話をしているものですから。記憶違いでなければいいのですが……」
 シオンは少し申し訳なさそうな顔をしながらカップに口を付けた。久留美は間違っていない旨を伝えると、溜め息をつきながら教えられた通りジャムを口に含み、紅茶を飲んだ。生徒全員の顔を記憶しているのだろうか。
「それで……今日はどうなさったのですか?」シオンがカップを持ったまま視線を合わせると、久留美は本能的に目を伏せた。「何かお困りごとでも?」
「いえ、それが……変な小学生がいるって噂になっていまして……」
「声をかけたら忽然と消えるという噂の……ですか?」
「そ、そうです! やっぱり、噂になっているんですね」
「私の所へ『変な小学生』の件で相談に来たのは、久留美さんで四人目です。先生方と警備会社へ報告をして対応を協議していただいておりますが、警察への通報はまだだそうです。久留美さんで何か気がついたことはありますか?」
「いえ、特には……。身長は私よりも少し低いくらいなんですけど、顔は帽子に隠れてよくわからなくて……」
「ふぅん……」シオンが顎に指を添えて宙を見上げた。「美樹さんには相談されたのでしょうか? 何かおっしゃっていましたか?」
「今日の練習中に相談したのですが、気をつけてと……。あと、如月会長にも後日相談すると言っていました」
「なるほど……お茶のおかわりをお持ちしますね」
 シオンはしばらく目を閉じて考えるとゆっくりとソファから立ち上がり、久留美の脇を抜けて給湯室に入っていった。三分ほど経過すると、久留美の鼻腔にふわりと柔らかく甘い香りが流れ込んだ。

 紅茶の香りではなかった。

「久留美さん……なぜ嘘を吐くんです?」
 不意に耳元でシオンの柔らかい声がした。
 ソファの背もたれ越しに、久留美の右肩に手を置く。
 シオンは久留美の左の首筋を舐めるように顔を近付けると、すうっと長く息を吸い込んでから耳元で囁いた。
「塩素の香りがしませんね……今日はプールに入っていないのでしょう?」
 ぞくり。
 久留美の背中に冷たい汗が流れた。
「なぜ練習してきたなどと、嘘を吐かれたのですか?」
 久留美が油の切れたゼンマイの様にゆっくりと振り返る。人形の様に整った顔がすぐ近くにあった。
 優しく笑うように細くなった瞼には、長い金色の睫毛が揺れている。
「なんですか……その格好……?」
 久留美が聞いた。
「仕立てていただきました……。動きやすくて可愛いので、とても気に入っているんですよ」
 シオンはいつの間にか、制服から黒地に白いフリルが控えめにあしらわれたゴシック調の衣装に着替えていた。肩や胸元や腹部が大胆に露出している。短いスカートにはフリルのついたエプロンが付いており、ストレートだった長い金髪もツインテールにまとめている。シオンの表情は穏やかだが、緑色の瞳は一ミリたりとも久留美の目から逸れない。
「失礼ですが、あなたは水橋久留美さんではありませんね? どのような仕掛けかはわかりませんが……お名前を伺ってもよろしいですか?」
 久留美の身体が、どろりと溶ける様にソファに沈んだ。
 ソファの上には深紅のブレザーと深緑スカートの抜け殻が、まるで子供がろくろで作った歪な花瓶の様に崩れていた。
 とん、という軽い着地音。
「なるほど……変な小学生、ですか」
 シオンが首をかしげる。十代前半に見える男の子が執務机の上に片膝をついていた。活発そうな子供だ。Tシャツにショートパンツという格好に野球帽を目深にかぶり、いたずらっぽく片目を閉じている。
「すごいね。いつから気付いていたの?」
「ほぼ最初から……でしょうか。生徒の皆さんが私に抱いている第一印象は知っていますが、それでも必要以上に目を合わせてくれませんでしたし……その割には緊張している様な喋り方が妙に演技じみていましたし。決め手は塩素の香りと、美樹さんがこの時間に久留美さんを独りで帰すはずがありませんので……」
「なるほどね……。久留美って子は俺と背格好が似ているから目をつけていたんだけど、なかなか一人にならなくてね。今日ももう少しで襲えそうだったんだけど、美樹って子がバイクに乗せて一緒に帰っちゃったよ」
「こうして見事に変装できているのですから、なにも久留美さんを襲うことはなかったのでは?」
「オリジナルが別行動していると、とても面倒臭いんだ。罪をかぶせることが出来なくなっちゃうからね。計画通りなら久留美って子を襲って、あんたを誘拐したら、久留美って子は死体が出ないように処理するつもりだった。あんたの失踪事件は犯人も失踪したまま迷宮入りさ」
「……最低ですね」
「よく言われるよ」
 風を切る音がして、少年の身体が消える。
「ばぁ!」
 目の前。
 鼻と鼻が触れ合いそうな距離に、舌を出した少年の顔が飛び出してきた。
 長い八重歯。
 鳩尾に向かう少年の膝。
 ゴツリ。
「へぇ……やるじゃん?」
 シオンはとっさに両腕を構えて膝蹴りを防ぐ。
 少年は頭をがくんと下げると、口から霧状のものを吐き出した。
 紅茶だ。いつの間に口に含んだのだろう。
「なっ?! んぐッ!」予想外の攻撃にシオンが一瞬怯む。少年は隙を逃さず拳を突き上げた。ずぷん……とシオンの鳩尾に埋まる。その拳は小さいが石の様に硬い。少年はどうすれば相手が苦しむのか熟知しているのか、鳩尾に深くめり込んだままの拳を九十度捻った。「えっ……?! うぐッ?! ぐあぁぁッ!?」
 自分自身を抱くようにシオンの身体が折れる。そしてそのままぐるりと少年に背中を向けるように反転した。
 シオンは歯を食いしばった必死の形相で、少年に対して後ろ蹴りを放つ。
「は? おごぉッ?!」
「くはッ……! はぁ……はぁ……」
 少年は背中を壁に強打し、シオンは止めていた息を吐き出した。腹部に手を当てたまま、ソファの背もたれに手をついて身体を支える。
「痛ってぇ……なんだよその動き? ただのお嬢様じゃないのかよ?」
「うくっ……貴方こそ……何者なんですか……? その身のこなしは?」
「……似たようなもんだろ? 俺もあんたも、仕事が少し特殊なだけさ」子助は足元に落ちた帽子を拾い上げて、目深に被り直した。「名乗り忘れたけど、俺は子助っていうんだ。子供を助けるって書いて子助。いい名前だろ?」
「ええ……とても。漢字を説明する際の言い方は再考の余地があると思いますが」
「あんたが勝ったら、一緒に考えてくれよ」
 子助が地を這うようにしてシオンと一気に距離を詰める。低い。そして速い。顎が床に着きそうな姿勢で、なぜあのような速さが出るのか。子助がシオンの足の間から上目遣いで見上げる。
「おっ……白だ」
「……くッ」
 バックステップで距離を取るが、子助はすぐさま距離を詰める。子助が飛び、独楽のように回転。そのままシオンの右頬を狙った後ろ回し蹴りを放つ。シオンが足を開いて上体を落とし、蹴りを躱す。子助の身体は空中で止まったままだ。
「やべ……」
 子助の口がかすかに動く。
 伏せた体勢のシオンがバネのように起き上がり、空中の子助の背中に右手を回り込ませる。子助の身体を引き寄せると同時に起き上がる勢いを利用して、子助の鳩尾を左膝で正確に射抜いた──つもりだった。
「……え?」
 シオンの瞳が大きく見開かれる。
 自分の右手が感じたのは、自分の左膝の感触。それと、子助が着ていたTシャツだけ。久留美の変装を解いた時と同じ、変わり身……。
「変わり身を実戦で使うなんて……」シオンが視線を下に落とすと、上半身裸の子助がゴムの様に腰を捻りながら、ギリギリと拳を引き絞っていた。「何年振りだろうなッ!」
 捩れたゴムが戻る様に、残像を残しながら子助の身体が回る。同時に、拳が、前に。
 ずぐん……!
「ゔぐッ?! んぐあぁぁッ!?」
 鳩尾に小さな拳を深く突き込まれ、シオンの身体が感電した様に跳ねる。
 拳骨の先で、子助はシオンの心臓の鼓動を感じた。
 子助が力任せに奥深くめり込んだままの拳を捻ると、シオンは白目を剥いたまま声にならない悲鳴をあげながら大きく仰け反った。
「…………ッッ?!」
「……しぶてぇなッ!」
 どんッ……という、まるで交通事故の様な音が室内に響いた。
 子助は歯を食いしばりながら、渾身の一撃をシオンの臍の位置にぶち込む。横隔膜を揺さぶるため一瞬で拳を抜くと、腹部の中央は子助の拳の形そそのまま残したクレーターが出来た。
「おゔぅッ!? くッ……! ぐ……ぅ……」
 膝から崩れ落ちるように、シオンの身体が前のめりに倒れた。失神する瞬間まで、シオンの目は子助を見続けていた。もしかしたら失神したことにすら気付いていないのかもしれない。
「……ぷはッ! はぁ……はぁ……何者だよこいつ? この俺が一撃で仕留められないなんて」
 子助は膝に手を着きながら息を整えるが、ふらついて厚手の絨毯に尻餅をついた。落ちていた自分のTシャツで汗を拭う。喉がひゅうひゅうと鳴り、咳き込む。気道の粘膜が貼り着きそうだ。何か水分は……。探すと、テーブルの上に飲み残しの紅茶を見つけた。ポットの蓋を開け、口の端から零しながらもそのまま飲む。冷え切っていたが、鼻を抜ける香りが清々しく、涙が出そうなほど美味い。
「はぁ……はぁ……あいつらには、もったいないな」子助がうつぶせに倒れているシオンを見ながら言った。携帯電話を取り出し、電話をかける。「もしもし? ああ、例の依頼の件、失敗しちゃった。小切手は返すよ…………え? 知らないよ。あとはそっちでどうにかしてよ。とにかくもう諦めて欲しいな…………あのさぁ、もう少し考えて喋ったほうがいいよ。ターゲットを君達二人に変えてもいいんだから……うん。そうそう。じゃあ、もう会うこともないと思うけど」
 シオンはまだ動かないが、一定のリズムで背中が上下している。手加減はほとんどできなかったが、無事のようだ。子助は倒れているシオンを見ながら、窓の桟に腰をかける。背後の景色は真っ暗だ。
「そういや白鬼衆にくノ一は居なかったな。いつかスカウトしてみるか。メイドでくノ一ってのもなかなか……」
 ぐらり……と子助の身体が後方に倒れた。
 建物の五階の窓から、子助の身体は闇に溶けるように消えた。

 あわよくば学生服か体操服の一着でも手に入れられるのではないかと思い、俺は都内の誠心学院に忍び込んだ。
 大量に湿気をはらんだ夏の生ぬるい空気は夜十一時を回っても体にまとわりつくようにぬめっており、俺は時折ハンドタオルで額の汗を拭きながら暗い廊下を音を立てないように進んだ。不法侵入も慣れたものだと、自嘲気味に思う。女子学生が身につけている物への執着を自覚してから、もう何十年経つだろうか。今まで学舎に忍び込んだ回数は三桁を超えているだろう。自分でも病気の域に達しているとは思うが、人間の欲望を止めることは難しい。ましてやそれが三大欲求の一つであるで性欲であれば尚更だ。
 今、俺が忍び込んでいる誠心学院は、都内でも人気の私立学校だ。ガチガチの進学校というわけではないが、それなりに入試難易度や有名大学への進学率も高く、校風も自由で明るい。制服も私立らしく凝ったものであり、俺のような制服マニアの間での評判もかなり良い。そして何より、通っている女子生徒の容姿レベルがかなり高いのだ。マニア達が集まるインターネット上の掲示板に、時折隠し取りされた誠心学院の女子生徒の写真が貼り出される。投稿者は「神」として崇められ、俺達閲覧者は貼り出された女子生徒のレベルの高さに驚き、生唾を飲むのだ。
 だから、忍び込んだ。
 居ても立ってもいられなかったのだ。
 正面玄関の鍵が開いていたのは僥倖だった。守衛か、当番の教員が閉め忘れたのかはわからないが、運が良い。きっと今日は大物が得られるに違いないと思い、自然に口角が上がるのがわかった。
 だが、甘かった。教室や特別教室のドアは全てが施錠されていた。一応ピッキングの道具も持ってきたが、公立学校とは違い特殊な鍵を使っているため役に立たなかった。ドアを壊すわけにもいかない俺は数メートル先の教室内、ロッカーの中にしまってあるジャージや体操服を歯噛みしながら睨んだ。あきらめた俺はせめて体育倉庫で自慰でもしようかと思い、仕方なく体育館へと向かうことにした。体育館で着替える生徒などいるはずがないから、獲物が落ちている確率は限りなくゼロに近い。広い校舎内を迷いながら進み、なんとか体育館までたどり着いた俺は入口の前で足を止めた。
 体育館の一角の灯りが点いているのだ。
 一瞬、心が躍った。あわよくばカップルの生徒が一戦交えているかもと期待したからだ。俺は息を弾ませたまま、はやる気持ちを抑えてゆっくりと入口から中を覗き込んだ。そして、その信じられない光景を目にした。

 体育館の壁に設置してある肋木(ろくぼく)に、女子生徒が縛り付けられていた。その周囲には男が二、三人、女子生徒を取り囲む様にして立っている。一人はスーツを着ていて、残る二人は何も着ていないように見えた。女子生徒は悔しそうに歯を食いしばりながら、体をよじって両手足に巻かれた布を外そうとしている。その布は女子生徒の左右の手首と足首を肋木に固定し、女子生徒を直立させた状態で拘束していた。
「くくく……いい顔ですね……綾?」とスーツを着た男が言った。男の言葉に、綾と呼ばれた女子生徒を取り囲んでいる裸の男たちも低く笑っている。
 俺は目の前の光景が理解できず、しばし思考が止まっていた。
 綾と呼ばれた女子生徒は誠心学院の制服によく似たセーラー服を身につけていたが、上着の裾が大胆にカットされており、下腹部からヘソの上あたりまでが大きく露出していた。両手には革製のグローブのようなものを嵌めているし、ローファーもよく見れば底が厚く、ブーツとの中間の様な靴を履いていた。
 一瞬、アダルトビデオの撮影か集団レイプの現場に居合わせてしまったのだろうかと考えた。だが、綾と呼ばれた生徒は大げさに泣き叫んだり喚いたりすることなく、怯えと悔しさが入り混じった様な表情でスーツの男を睨み付けている。そこには何か使命感の様なものを感じ取ることができた。
「素直になった方が、身のためだとは思いますが」スーツの男はそう言うと、綾の露出した腹部を手のひらで撫でた。「の」の字を描く様にゆっくりと焦らす様に撫でさすっている。
「くっ……この、変態……!」
 芯のしっかりした声で、綾が抗議した。見ると、横に立っていた裸の男も綾の太ももの辺りを揉みしだいている。短めのスカートが僅かに捲れ上がり、白い下着がちらりと見えた。肉付きの良さそうな綾の太ももに男が指を立てると、弾力のある肌が男の指を押し返した。スーツの男が、綾の腹を撫で回している手をゆっくりと上へと移動させた。その手はセーラー服の上着の中に入り、綾の大きめな右胸を鷲掴みにする様にこね回している。綾は「んっ」と軽く声を発した後、下唇を噛んでスーツの男を睨んだ。男の手の動きはセーラー服の布地越しでもはっきりとわかった。やや乱暴に胸をこね回していたと思ったら、親指と人差し指の腹で乳首をしごきあげる様な動きに変わる。
「んっ……ふッ……こ……この……ッ!」
 綾は羞恥のためか頬を染め、目に涙を溜めながら身体をくねらせてわずかな抵抗を続けている。だが、手足の拘束は解ける気配を見せなかった。俺はあまりの状況に驚きながらも、ドアの陰に隠れながら硬くなった逸物を取り出してしごいていた。この状況がどのようなものなのか……例えばある種のプレイなのか、本当にレイプされかけているのかはどうでもよかった。なぜなら目の前にいる綾と呼ばれた女子生徒は、髪は茶髪で顔つきも活発そうに見えるが遊んでいる雰囲気ではないし、体つきはむちむちした胸や太ももにきゅっと締まった腰周りなど、同年代の女子生徒に比べかなりそそるものがある。要するに、とびきりの上モノだ。その上モノが、器具に拘束された状態で男達に囲まれ、身体を好き勝手に弄ばれている。俺はカメラを持ってきていないことを心底後悔しながら、次の展開を固唾を飲んで見守った……。

 男達は二十分ほど挑発するように綾の胸や太ももを撫で回した。スーツの男は顎をしゃくり、裸の男二人をやや遠巻きに下がらせる。スーツの男がどうやらリーダー格らしい。裸の男達の顔は暗くてよく見えないが、体つきは三人とも同じように見えた。
「さて……どうしたものか……?」スーツの男が綾の顎を撫でながら言った。「あまり手荒な真似はしたくないんですよ……効率の悪いことは嫌いでして……素直になっていただけるのなら、すぐにでも解放するのですが」
「ふ……ふざけないでよ。何をされたって、私は絶対に言いなりになんてならないから……」
「ほぉ……何をされても……ですか?」
「あ、当たり前でしょ? 女の子一人相手に複数で……それも拘束しないと強気に出られないなんて、そんな情けない弱虫に屈するわけないじゃない!」
「……なるほど」スーツの男は綾の顎ををさすっていた手をゆっくりと降ろし、指先で綾のむき出しの腹部を撫でた。「ではその情けない弱虫としては、貴女の身体にお願いしてみるしかなさそうですね……顔に傷が付くと後々楽しめなくなりますから……このお腹に……」
 俺はよく目を凝らして綾の表情を見た。強気に振舞っているが、よく見れば目にはうっすらと涙が溜まっており、歯は小刻みに震えているように見える。
 これはガチだな……と俺は思った。
 経緯は分からないが、これは何かの撮影やプレイなんかじゃなく、本当に綾という女子生徒が男達に尋問か、それに近いことをされているのだろう。綾の怯え方からも、それが演技ではないことが理解できた。
「……す、好きにすればいいでしょ! 何をしても無駄だってこと、わからせてあげるか……ぐあぁッ?!」
 どぎゅっ……という音が俺の耳に届いた。見ると、スーツの男の拳が、綾の腹部に埋まっている。
「んぐッ……ゲホッ! ケホッ……」綾は咳き込みながらスーツの男を睨み付けた。口の端から唾液が一筋、胸に向かって垂れている。

「ゔあっ! うぐッ! ぐぶッ! んあぁッ!」
 ずぐん……ずぐん……という肉を打つ音が体育館に反響している。男が綾の腹に拳を打ち込むたびに、綾の身体は大きく跳ねた。
「……どうでしょう? かなり手加減していますが、少しは協力していただける気持ちになりましたか?」
「うぐ……ッ……ゲホッ……あ……はぁ……な、何言ってるの? こんなことしても無駄だって言ったでしょ…………ゔあぁッ?!」
 ずぶり……と嫌な音がした。今までヘソのあたりを殴っていた男の拳が、綾の鳩尾に深々とめり込んでいる。俺は喉の奥が締まってくるような息苦しさを感じた。鳩尾は自分で軽く押しただけでも心臓を掴まれる様な感覚がするというのに、あそこまで深く拳を打ち込まれたらどれだけの苦痛だろうか……。
「ぐあッ!? んぎぃッ!? あああッ!!」
「少しは自分の立場を理解したほうがいい……。無防備に女性の弱点である腹を晒した状態で、防御もできない体勢で拘束されているという事実を」
 男は容赦なく綾の鳩尾に連続して拳を埋めた。綾の悲鳴の質も苦しげなものから、断末魔の様な危機感のあるものへ変化している。綾に余裕がなくなってきているのが手に取るようにわかった。綾の着ているセーラー服は腹部や脚が大きく露出しているから、綾の身体つきは初めて見た俺にもよくわかった。綾は出ているところは出ているが、身体自体は決して大きくはない。腰回りや脚はそれなりに鍛えているらしいが、それでも平均を超えてはおらず、まだまだスポーツ少女という範疇だ。要するに、年相応の女の子なのだ。男の酷い殴打に耐えられるようには出来ていない。
「んぐあぁッ! おゔッ!? ゔうぅッ! があぁッ!」
 男は鳩尾一点への攻撃を止め、鳩尾やヘソの周辺、そして子宮のある下腹部のあたりと、一発ごとに位置を変えながら綾の細い腹を責めた。そのたびに綾の身体は電気で打たれたように跳ね上がったり、身体を丸めるように縮こまったりと様々な反応を見せる。むき出しの腹を執拗に責められ、その肌にはうっすらと痣が浮かんでいた。
 綾の上体が力が抜けて前かがみになるたびに、横に控えている裸の男がセーラー服の襟を掴んで上体を起こした。無防備な綾の白い腹部がスーツの男に晒される。
 ずぷり……と低い音がした。男は綾の下腹部に拳を埋めたまま、抜かずにぐりぐりと掻き回している。
「おゔッ!? あ……だ……だめ…………そこ……は……」
「子宮だ……女性のみの急所なので、私にはその痛みがどの程度か想像ができませんが、かなり効いているみたいですね」
 綾は苦しそうな金魚のように口をぱくぱくと動かしながら、自分に突きこまれている拳を見つめた。男はまるで女性器を愛撫するかのように、綾の腹に埋めた拳を抜き差ししたり前後にピストンのように動かしたりして綾の反応を楽しんでいた。拳が奥に付き込まれるたびに綾は悲鳴を上げ、身体を仰け反らせて苦痛に耐えている。
 男はひとしきり綾の子宮を責めると、思い切り拳を脇に引き絞り、今まで以上の強さで綾の腹部を殴った。どずん……という、重い砂袋が地面に落ちたような音がした。綾の腹部は男の拳が手首まで隠れてしまうほど深く陥没している。
「ひゅぐぅッ!?」綾は舌を限界まで突き出し、瞳孔が収縮した目を泳がせながら小刻みに痙攣している。苦痛が限界を超えたのか、膝が笑ってまともに立つこともできない様子だが、手首を固定されているため倒れこむこともできない。「あ……うぶッ……ぅぁ……」
「おっと……かなり効いてしまったみたいですね」男は拳を綾の腹にめり込ませたまま、綾の耳元で囁くように言った。綾は……おそらく聞こえてはいないだろう。「これと同じ力で鳩尾を抉られたら、どうなってしまうのか……」
 綾の身体がぴくりと反応した。小さい動作で首を振る。綾が初めて見せた、完全に怯えた表情だった。男がギリギリと音がしそうなほど拳を引き絞る。綾は歯を食いしばって顔を逸らすように恐怖に耐えているようだった。
 どぼぉっ……という、とても人体が発した音とは思えない音が響いた。
 綾の鳩尾は、目を逸らしたくなるほど悲劇的な深さで、男の拳が痛々しく埋まっていた。
 綾はほんのコンマ数秒、自分に突き込まれた男の拳を信じられないという表情で見つめた後、電気椅子にかけられた死刑囚の様に身体を跳ねさせた。
「ふぅッ?! う……うぐあぁぁぁッ!!」耳を塞ぎたくなる様な悲鳴が体育館内に反響する。綾はしばらくびくびくと断続的に身体を痙攣させた後、糸の切れた人形の様に完全に脱力した。男は綾の髪の毛を掴んで顔を持ち上げる。軽く目が閉じられ、涙や汗や唾液が体育館の灯りに反射してテラテラと光っていた。
 俺はかつてないほどの量を射精していた。俺はてっきりあのまま綾が輪姦されるものと期待していたが、まさか執拗に腹を殴る拷問が始まるとは……完全に予想外だった。しかも、その様子はかなり股間にきた。殴られるたびに跳ねる身体や、苦痛に耐えたり舌を出して弛緩している表情は、俺に激しく絶頂する女を思い起こさせた。もっと殴ってくれ……と念じながら、俺は次の展開を待った。
「さて、これからどうするか……朝まで犯し続けるのもいいが」スーツの男は失神した綾の右胸の柔らかさを堪能しながら、考えを巡らせている。「まずは、邪魔者の始末からですね……」
 かすかに、背後から物音がした。振り返る。先ほどまでスーツの男のそばに立っていた裸の男が、俺の背後に立っていた。

前回のイベントで配布した本の文章部分になります。
イラストの添え物として書きましたので、表現などかなりラフになっています。




 切れかかった薄暗い蛍光灯。それに照らされたコンクリート打ちっ放しの床は所々ひび割れていて、歩くたびにじゃりじゃりと音がする。廃墟好きが高じて忍び込んだこの建物は、電気は通ってはいるが、どうやら長い間稼働していないらしい。あきらかに壊れているような機械以外は全て運び出されているらしく、がらんとした大きな部屋がいくつもある。床にはかつてベルトコンベアのようなラインがあったのか、何本も直線的なレールが敷かれていた。
 悪くない雰囲気だ。
 古い物置の様な、カビ臭い空気も心地が良い。
 欲を言えば、もっと古い機械とか脱ぎ捨てた作業着とかがそのまま残されていた方が雰囲気があるが、このご時世、おそらく工場閉鎖の時に金目のものは全て引き揚げたのだろう。
 無音カメラで写真を撮りながら奥に進むと、警備員室を見つけた。窓が曇って中が見えない。ドアノブを回して、念のため音を立てないようにゆっくりとドアを開ける。灰色に汚れた布団が目に飛び込んできた。触れるとかすかに湿り気を帯びている。しまった、と思った。ここは既に誰かの根城になっている。廃墟にホームレスが棲み付くのはよくある話で、交流サイトでは「住人」を刺激してしまい、随分と危ない目に遭った話をよく聞いている。
 長居は無用だ。
 決して魅力のある廃墟ではないし、面倒なトラブルに巻き込まれる前に引き上げようと思った。
 ふと、空気の揺れを感じた。
 呼吸を止めて周囲の感覚を探ると、遠くの方から複数の人間が動く音が聞こえた。耳を澄ます。走ったり、跳んだり、かなり激しく動いているようだ。
 複数のホームレスが酒盛りでもやっているのだろうか。いや、それにしては動きが激し過ぎる。
 迷った挙句、音のする方に行ってみた。
 建物の奥はがらんとした広間になっているようだ。
 そして、目に飛び込んできた光景に、僕は息を飲んだ。

「やあぁッ!」
「えぇぃ!」
 年端も行かない女の子二人が、アニメに出てくるようなコスチュームに身を包んで、やけに太った男に向かって突進している。女の子二人は肩に羽を思わせる飾りがついた競泳水着の様な光沢のあるスーツに、膝上まであるぴったりとしたロングブーツの様なものを履いていた。ツインテールの女の子はピンク、ショートカットの女の子はオレンジのコスチュームだが、デザインは全く一緒らしい。二人とも鋭角に切り込まれたハイレグカットの足の付け根から、健康的な太ももを覗かせていた。
 男の体格は上にも横にも大きく、大柄でかなりの肥満体だ。薄汚いジーンズに、もともとは白だったと思われる黄ばんだTシャツを着ている。普通に考えればここで暮しているホームレスだろう。しかし、あの二人の少女は一体……。
「ぐひひひ……ふ、二人とも……だいぶ効いてきたみたいだねぇ……」
 男が早口で言った。二人の少女は男に対して殴打や蹴りといった攻撃を繰り出しているが、男には全く効いていないらしい。二人の表情に、焦りの色が浮かんでいた。
 自主制作の映画か何かの撮影かと思い、僕は周囲をうかがった。しかし、カメラやスタッフと思しき人は見当たらない。それに三人の動きは、演技にとは思えない鬼気迫るものがあった。
「くっ……由里! 同時に行くよ!」
「由羅……うんッ!」
 二人が同時に飛び出した。由里と呼ばれたピンクのコスチュームの女の子と、由羅と呼ばれたオレンジのコスチュームの女の子が同時に飛び出す。二人は鏡写しの様にシンクロした動きで男に対して拳を突き出した。
「ぶふふ……い、痛くもかゆくもないねぇ……。じ、じゃあ……そろそろ反撃するよぉ……!」
 ずぐん……ずぷん……という二つの重い音が空気を伝って僕の耳に届いたと同時に、二人の女の子の身体がくの字に折れながら跳ねた。
「ゔぅぅッ?!」
「ぐぅッ?!」
 男は二人の女の子の腹部に、丸太の様な腕を繰り出していた。二人に同時に突き込まれた拳は光沢のあるコスチュームの生地を巻き込んで、痛々しく陥没している。

「…………あぐッ!」
 由里と呼ばれた女の子は腹を殴られた衝撃で背中から壁に叩きつけられ、由羅と呼ばれた女の子は自分の腹を抱える様にしてその場にうずくまった。男は由羅をまたぎ越して由里に近づく。由羅は男を止めようとしたのか、歯を食いしばりながら男の足を掴もうと手を伸ばそうとしたが、届くことはなかった。
「けほっ……けほっ…………あ……」
 腹と背中に受けた衝撃で咳き込んでいる由里の前に、男が立ちはだかった。
「んふぅ、や、やっぱり僕は由里ちゃんの方が、弱々しくて好みだなぁ……た、たっぷり可愛がってあげるからねぇ……?」
 男の声はドブ川の底に堆積した粘ついたヘドロを思わせた。由里は戦意が削がれたのか、怯えた様な表情で男を見上げている。男は由里から見えない様に自分の背後で拳を握りこむと、脂肪で膨らんだ拳骨を由里の下腹部に埋めた。ずぷん……という湿った音が響く。
「ぐふぅッ?! あ…………」
 不意打ちであった。背後の壁と男の拳に挟まれ、由里の下腹部は痛々しく陥没していた。由里はその衝撃が大きすぎたのか、焦点の定まらない目で自分の腹に突きこまれた拳をぼうっと見たまま、この後足元から駆け上がってくるであろう衝撃に怯えているように見えた……。

「ん、んん〜、ゆ、由里ちゃんには、ちょっと刺激が強すぎたかなぁ……? つ、次はこっちだよ……すごく苦しいだろうから、いい声を聞かせてねぇ……」
 男は由里の下腹部につきこんだ右の拳を引き抜くと、間をおかずに鳩尾に拳を深々と突き刺した。ずぷんと湿った音がしたかと思うと、由里の身体が電気を浴びた様に大きく跳ねた。
「ひゅぐッ!? んぐああッ!!」
 痛々しい悲鳴が響き、由里の大きく開いた口から唾液が飛び散った。それはあまりにも痛々しい光景だった。由里は身を包んだ奇妙なコスチュームに目を瞑れば、いたって普通の女の子に見える。身体のラインが出る服を着ているから、由里の華奢な体型がよくわかった。例えば由里が女子プロレスラーの様な骨格や筋肉を持ち合わせていたとしたら、ここまで悲痛な光景にはならなかっただろう。しかし僕の目の前では、小さい身体の弱々しい女の子が大男の鈍器のような拳で鳩尾を抉られ、痛々しい悲鳴を上げているのだ。これが悲痛と言わずに何と言えばいいのだろう。
「ゆ、由里ちゃんは、確か三十八発殴ってくれたよねぇ……? お、お礼に……これからその倍の七十六発……な、殴ってあげるからねぇ……ぐふふふ……」
 男は喋りながらも、由里の鳩尾にめり込んだ拳をぐずぐずと動かしながら、苦しむポイントを探すように嬲っている。
 僕は状況が飲み込めないまま、ただ目の前に繰り広げられる非日常的光景に釘付けになった。理由はわからないが、どうやら男と女の子二人は敵対関係にあるらしい。戦う女の子が出てくる漫画やアニメは数え切れないほどあると思うが、大抵は最後に女の子が勝利して終わるのだろう。しかし、この展開からどのように二人が勝利するのか、僕には全く想像が出来なかった。

「ぐっ……っく…………かふっ……」
 あれから何発殴られたのか。男は執拗に由里の腹だけを殴り続け、その度に由里は痛々しい悲鳴を上げ続けた。由里の腹には痛々しい拳の跡が何個も付いている。男は宣言通り七十六発殴り終わったのか、それとも単に殴り飽きただけなのか、不意に朦朧とした由里の背後にまわると丸太のような太い腕で由里の首をギリギリと締め上げた。由里は必死に男の腕に手をかけようとするが、わずかな抵抗は全く意味をなしていないように見えた。
「やっ……あ……ぐむッ?! が……がふっ……」
 遠目に見ても、華奢な由里の身体に男の膨れあがった腕は途方もなく暴力的に見えた。
 由里の顔色が赤から、徐々に紫色へと変色してゆく……。

「ぐっ……由里!」
 由羅と呼ばれた女の子が苦しそうに立ち上がり、男に向かって突進した。男はそれに気付くと、由里の身体をゴミのように放り出して身構える。
「あああっ!」
 由羅は気合いと共に男のでっぷりと太った腹に回し蹴りを放つ。男は少し顔をしかめた程度でほとんど効いていないらしい。由羅は歯をくいしばると、左右の拳を突き出したが、ほとんど効果は無いように見えた。
「ぐひひひ……ゆ、由羅ちゃんは本当に落ち着きが無いなぁ……す、少し大人しくしてもらうよぉ!」
 男は自分の鳩尾に向けて繰り出された由羅の右手首を掴むと、無知やり身体を引き寄せた。同時に、どずん……という重い音が響いた。
「んぶぅッ?!」
 男はカウンター気味に由羅の腹に拳を突き込んだ。全くの不意打ちだったのだろう。由羅は大きく目を見開くと、ろくに悲鳴すら上げられずに、残酷な衝撃をその小さな身体で受け止めていた。
 由里に比べると発育が良く活発な印象を受けるが、由羅も体つきはまだまだ華奢で、遠目からでもすぐに壊れてしまいそうな印象を抱く。普通であれば制服を着て学校に行っている年齢だろうし、暴力とは正反対の場所にいることがふさわしいだろう。しかし男はそんなことは全く意に介さず、由羅の腹が拳の形に陥没するほどの全く容赦と手加減のない一撃を加えた。目を覆いたくなるような光景だが、僕はなぜか目をそらすことが出来なかった。

 一定のリズムで、水の入った厚手の袋を打つような音が響いた。
 男は由羅の身体に覆いかぶさるようにして由羅の身体を押さえつけると、右手で由羅の腹に拳を突き込み続けた。
「えぐっ! うぐえッ! おぶッ! ゔあッ! あああッ!」
 由羅の華奢な身体に、自分の暴力的な体重を乗せて、腹に杭を打ち込む。由羅は目の前の光景が信じられないかの様に、ただ陥没する自分の腹を見ながら身体を跳ねさせていた。
「あぶっ……ゔぁ……ぐぶっ……あぁ……」
「ゆ、由羅ちゃん……だ、大丈夫かい? ま、まさかもう……しし、死んじゃうのかなぁ?」
 ずぶ……ずぶ……という音が断続的に響いている。
 由羅の瞳はほとんどがまぶたの裏に隠れ、力なく開いた口からは弛緩した舌と唾液が垂れ下がっていた。
 男は由羅が虫の息になっても、飽きることなく拳を腹に埋め続けた。

 あれからどれくらい時間が経っただろうか。
 男は新しいオモチャを与えられた子供の様に、二人の女の子を代わる代わる嬲り続けた。
 執拗に腹を責め続け、破れた衣服から覗く肌には痛々しい痣が浮かんでいる。
 二人は現在、工場の柱に背中合わせにされた状態で拘束され、そのまま放置されていた。
 また男が戻ってきたら責め苦が始まるのだろうか。
 危険な場所だと分かりながらも、僕は相変わらずこの場を動けずにいた。年端もいかない女の子が、醜悪な男から責め苦を受けるという目の前で繰り広げられる非日常。僕は体の昂りが治らず、下着の中はぬらぬらとして気持ち悪い状態になっていた。
 由羅の顔が、かすかに笑っているように見えた。いや、どことなく官能的な表情に見えなくもない。もっと男に責めてほしい。もしかしたら、僕と由羅の気持ちは同じなのだろうか。
 ふと、背後から物音が聞こえた。足音? 僕は振りか

お題:JKサンドバッグ、大量の水を飲ませて吐かせる、マグロになってからも続く水袋打ち


リクエストをいただいて書いてみましたが、薄めな内容になってしまいました。
文中、意図的に空欄を設けておりますが、仕様です。
皆さんの憧れの人の名前を入れてみてください。

では、どうぞ。


追記:nnSさんのイラストを追加しました


「嫌な男な厭な話」



 僕は就職と同時に故郷を離れたから、ごく僅かながら存在した地元の知人との縁は、それで全て切れてしまった。もともと根暗で人付き合いが苦手だから、新天地では新しい友人が一人も出来なかった。当然、恋人などいた事は無い。時々、昔好きになった女性を思い出して、ありもしない妄想を繰り広げては暗く汚い部屋でのたうつことが唯一の楽しみだ。特に高校の頃に好きになった  さんとの妄想は格別だ。一目惚れの初恋。都内から転校してきた彼女は、田んぼの真ん中にある田舎の学校の、芋臭い生徒達の中でひときわ輝いて見えた。
   さんが転校してきたのは忘れもしない九月一日。夏休みが開けたばかりのまだ暑い頃だ。親の都合で時期外れの転校をしてきた  さんは、夏服の白いセーラー服を着て(僕の母校は制服の評判だけは良かった)、教壇の上で自己紹介をした。大人しそうな雰囲気だったが、体つきは都会の人らしく大人びていた。
 その日から、僕の妄想は始まった。
 妄想の中では、クラスで孤立している僕と  さんは秘密のうちに付き合っており、学校では目を合わせることも無いが、毎日下校後に秘密の場所で合流し、僕か  さんどちらかの家に行く……というストーリーが多かった。妄想の中で  さんは僕だけに微笑み、僕の話題に相槌を打ち、僕に抱かれた。  さんには実に様々なことをした。普通の性交、変態度が強いもの、奉仕、野外、殴る蹴る、殴られ蹴られ、時には暴漢に  さんが犯されている様子を僕が成す術もなく見守るという内容もあった。
 現実では結局卒業まで挨拶すらろくにしなかったというのに、  さんとの妄想は十年以上経った今でも日課になっており、いまだに強く興奮する。
 だから、高校を卒業して  さんと会うことが出来なくなってからは、単調な日々だった。
 そこそこの大学に入り、そこそこの会社に就職したが、  さんのいない生活は全く張りが無い。
 僕だけが淡々と歳を取っていく中で、妄想の中の  さんは永遠に高校生のままだった。
 平日は仕事に行き、家に帰り、妄想をしてから眠る。休日は妄想をしながら一日寝ている。
 仕事には全く身が入らず、人付き合いもせず、日々が川の流れの様にゆるゆると過ぎていった。
 そしてある時、僕は発作的に勤めていた会社を辞めた。
 年末に最後の賞与を貰い、手続きを全て終え、僅かな荷物と全盛期が過ぎた身体を引きずって数年ぶりに故郷に戻った。


「ねぇ?」
 呼びかけられて、僕は我に返った。
 アスファルトとタイヤの擦れる音。
 十人乗りのハイエースは運転席と助手席以外の全ての座席が取り外され、大人の男三人が楽に横になれるほど広い後部座席のあった部分には、ブルーシートが被せられた薄いマットレスが床一面に敷かれている。車の振動で体が動くたびに背中にむき出しの鉄板が当たり、がさがさとビニールシートが擦れる音が尻の下から聞こえた。車は曲がりくねった傾斜のある道を登っている。どうやら山に入ったらしい。ささやかな市街地の灯りはだいぶ前に無くなり、古めかしい街灯が時折窓の外に映った。
 芳香剤の匂いがやけに強い。
「ねぇ?」返事をしなかった僕に、僕の対面に胡座をかいて座っている男が少し大きな声で言った。豊かな白髪を七三に分け、型の古い四角い眼鏡をかけている。中肉中背で、大学教授だと言われればそうかなと思う風貌だ。「このヒトと、どういう関係なの?」
 男の指が、男と僕の間に横たわる女の子を指した。男の声は穏やかだが、有無を言わさない凄みを感じて僕は押し黙ってしまった。
「……さっきから聞いてるんだけど?」
「は……いえ……全く知らない人です……」
 女の子は気を失っている。夏服のセーラー服を着て、足首と、後手に回された手首にはガムテープが巻かれていた。口にもガムテープが当てられ、目はきつく閉じられている。汗で額に貼り付いた前髪や、短めのスカートから覗く脚が嫌でも目に入った。そしてこの名前も知らない女の子は、見れば見るほど  さんとしか思えなかった。顔や髪型、身体つきも全く同じだし、着ているセーラー服も僕の母校のものだ。
 十年以上前の、僕の初恋の人が今、僕の目の前にいるのだ……。
「知らない? 名前知ってるのに、知らない訳ないよね?」
「ほ、本当に知らないんです……ただ……昔の知り合いに似ていて……」
 男は不審そうな目で僕を見ながら眼鏡を直した。
「嘘言っちゃあいけないよ。僕逹がこの子を拉致した時、『  さん!』って大声で叫んで飛び出してきたじゃない」
「ストーカーなんじゃないですか?」運転席の男がバックミラー越しに僕たちを見ながら言った。ハンドルを握っている腕が太い。バックミラーに映った目はやけに大きく、爬虫類の様にぎょろぎょろしている。この男は、目の前の教授風の男よりもひと回り程度は若いようだ。「今思い出したんですが、こいつ女の子が店を出た時に後をつける様にこそこそと出てきたんですよ。彼氏って訳でもなさそうだし、もしかしたら同業かもしれないっすよ」
「ち、違います……僕はやましいことは……」
「いいから知ってることを言いなさいよ。コトが終わったらなるべくわからないようにして棄てたいんだ。そのためには、この娘の個人情報は多ければ多いほどいい。協力しないと、屍体が増えることになるよ」
 教授風の男が静かに凄んだ。
「ほ、本当に知らないんです! たまたま店で見かけただけで、その……昔好きだった人に、あまりにもそっくりだったから、思わず後をつけてしまって……」
「……昔? 結構歳が離れているように思うけどね」
「は、初恋の人です。高校の頃の転校生に一目惚れして……以来ずっと好きなんです。だから、思わず本人が目の前に現れたのかと……」
「苦しい言い訳だね……」教授風の男は笑みを消し、腕組みしながら僕を睨んだ。あまりセンスの良くない柄のシャツの裾がぱんぱんに張っている。歳は五、六十代に見えるが、爬虫類の様な男と同様にかなり鍛えているらしい。「君がいくつだか知らないけれど、高校生の頃なら十年……もしくはそれ以上前の話だよね? どう考えてもおかしいでしょ。タイムスリップを本気で信じているのならともかく、普通はそこまで思いが続かないか、間違えるにしてもせいぜい君と同い年くらいに成長した彼女を想像するでしょ? 目の前に高校生の頃好きだった人が制服のままそっくりそのまま現れたから、思わず後をつけて、危険な目に遭いそうになったから名前を叫んで飛び出した? 僕たちをあまり馬鹿にしちゃあいけないよ」
「本当なんです……ずっと……ずっと妄想していて……」
「妄想?」
 教授風の男が腕組みをしたまま話の続きを促した。
「高校の頃から……ずっと彼女で妄想しているんです。忘れたことなんか一日もありません。僕たちが付き合っている設定で、いろんな妄想をしていました。本人は今どこで何をやっているのか全くわかりませんが、僕の頭の中では、まさに目の前のこの娘と……いやこの娘で!」
 僕が言い終わると同時に、運転手の男が笑い出した。
「つまりズリネタにしてたってこと? 十年以上も一人の女を? ふはははは! すごいよあんた、本当だったら完璧に変態だ」
 教授風の男の腕が唸りを上げて、拳骨が僕の顔に飛んできた。僕は一瞬で吹っ飛ばされ、スライドドアの内壁に頭をしたたかに打ち付けた。痛みは感じないが、視界が船酔いした様にぐらぐらしている。口の中が鉄っぽくなり、吐き出すと血にまみれた歯が二本出てきた。
「あまりふざけていると、僕も怒るよ」
 教授風の男が女の子をまたいで僕の髪の毛を掴む。腰が抜けて立てない僕の頭を、そのまま力任せに壁に叩きつけた。殺される、と僕は思った。無意識に小便を漏らしていたらしく、太ももの内側に嫌な生暖かさが広がって行く。遠くでくぐもった声が聞こえた。教授風の男が僕の頭を叩きつけるのを止める。ほとんど見えなくなった視界の隅に、頭だけ起こして目を見開いている女の子の姿が見えた。
「んー! んんー!」
 女の子は必死に首を振っている。口元は隠れれいるが、表情は恐怖に引きつっていた。教授風の男は僕の顔を女の子の前に突き出すと。女の子の口元を覆っていたガムテープを外して、「この人……知り合い?」と聞いた。女の子は僕の顔と男の顔を何回も交互に見ながら、震える声で「……いいえ」と言った。
 その声はまさに  さんの声だった。

 男二人は雑木林の中に車を駐めると、  さんの足首を縛っていたロープを外して、僕と一緒に車の外に出した。両手足を縛られた僕は土の上に転がされ、夏の湿った土の匂いが強烈に鼻を突いた。
「全部話すとだね……」教授風の男が黒い手袋を嵌めながら言った。「僕たちはいわゆる強姦魔なんだ。それも、少し特殊な……ね。女性がいたぶられ、苦しむ様子に異様に興奮を覚える……。普段は同好同士がネット上のコミュニテイ内で同意の元に擬似的なプレイを楽しんでいるんだけど、たまには本物を味わいたくなるのが人間だ。今日は、いわゆるオフ会だね」
 教授風の男は爬虫類似の男に聞こえないように僕に耳打ちした。爬虫類似の男は  さんの手首を縛っていたロープを解くと、  さんの背中を自分の胸に押し付けるようにして羽交い締めにしている。白目と、剥き出しになった歯が、暗闇で異様に光っていた。
「さて……始めようか?」
 教授風の男が  さんに歩み寄る。爬虫類似の男の口角がつり上がり、  さんの歯がカチカチと鳴った。
「な……何をするんで––––」
   さんが言い終わらないうちに、教授風の男の拳がずぶりと  さんの腹部を抉った。
「––––うぶぅッ?!」
 僕は目を見開いてその光景を見ていた。背中を逸らされ、スカートとめくれ上がったセーラー服の上着の間には白くしまった生腹が見えていた。そこに男の黒い拳が一切の容赦無くつき込まれたのだ。  さんは一瞬で目を倍以上見開いたかと思うと、自分の腹部を覗き込むように首を下に折った。
「……うぇっ。『管理人』さん、ちょっと手加減してくださいよ。俺にまで衝撃が来たじゃないですか……」
 爬虫類似の男が顔をしかめながら管理人(男のハンドルネームか?)に言った。  さんは顔を下に向けたまま、びくびくと痙攣している。たった一撃で失神したのだろう。あの爬虫類似の男の身体から考えて、腹筋もかなり鍛えているはずだ。その男が華奢な  さんの身体越しに受けた衝撃に顔をしかめている。では、その衝撃をまともに受けた  さんのダメージは、どれほどだったのだろうか……。
「『ヒスイ』さん、顔を上げさせて……」管理人がヒスイに命じた。興奮しているのか、声が少し上ずっている。
「あ……ぁ……」
 ヒスイに顎を掴まれ、無理やり上を向かせられた  さんの顔は正視に耐えなかった。口は喘ぐように大きく開き、両目は大粒の涙を流しながらどこを見ているのかわからないほど虚ろになっている。口の周りは泡立った唾液でべとべとになって、ナメクジの背のように光っていた。
 どぶん……と砂袋を地面に落としたような音が響いた。
「ゔぅッ?!」
 幼さが残る  さんの悲痛な声が絞り出される。管理人がまた  さんの華奢な腹に拳をめり込ませたのだ。今回は先程に比べて大分手加減したようだが、それでも  さんは身体を仰け反らせて苦痛に身体を震わせていた。
「うッ……ッ…………うぐッ……あぁ…………」管理人は  さんの生腹から拳を引き抜かずに、嬲るような苦痛を与え続けていた。ヒスイも今回は身体への衝撃が無かったのか、  さんの反応を楽しむように覗き込んでいる。
「おッ……うぐッ…………おぶぅッ!?」
 管理人は突き込んでいた拳を、力任せに  さんの腹の奥に押し込んだ。  さんはびくりと身体を跳ねさせると、一際大きな悲鳴をあげた。だが、管理人の責め苦はそれで終わらなかった。教授が奥に突き込まれた拳を引き抜くのとほぼ同時に、  さんの鳩尾を突き上げたのだ。
「んごぉッ?!」
 先程までとは質の違う悲鳴が  さんの口から発せられたかと思うと、  さんの全身から力が抜けた。再び失神したようだ。  さんはヒスイの羽交い締めによって、皮肉にも顔から倒れ込むのを防がれている。
「うーん……かなり良いね。ちょっと交代だ。やっぱり歳だねぇ」
「何言ってるんですか。ものすごい衝撃で、俺ごとやられてるのかと思いましたよ。というか、今回はかなり良いんですか?」
「良いなんてもんじゃない。たいていは泣くわ喚くわで大騒ぎだし、酷いといろいろ垂れ流しで大変なんだ。向こうも必死だから、下手するとこっちも怪我するしね。今日みたいに綺麗なプレイは滅多に無いよ」
「そ、そうなんすか……かなり迷ったんすけど、思い切って申し込んで良かったぁ……」
 管理人がタオルで汗を拭き終わると、ヒスイと同様に女の子を羽交い締めにした。
   さんの制服は上着やスカートが汗で肌に張り付き、胸や太ももの付け根の身体のラインがしっかりと出ている。そしてその顔は、やられていることは暴力なのだが、まるで激しい性交の直後に絶頂に打ち震えている様にも見えた。
 憧れの  さんが、目の前で全身汗だくになりながら、快楽に身悶えている……。
 両手足を縛られていた僕は無意識のうちに、股間を地面に擦り付けていた。
 ヒスイの攻撃の最中、僕のその様子を目ざとく見つけた管理人は「そろそろ第一ラウンド終了だから、一発だけやらせてあげるよ」と僕に言った。
 ヒスイが満足した後、管理人の言葉通り僕は縄を解かれて  さんの前に立たされた。ヒスイに羽交い締めにされ、虚ろな目で喘いでいる  さん……。おそらくヒスイが拘束を解いたら倒れ込んでしまうだろう。その  さんの腹に、僕は恐る恐る拳を埋めた。蚊の止まる様な一撃だったと思うが、力なく弛緩した  さんの腹部に僕の拳はずぷりと吸い込まれていった。それはなんとも言え無い感触だった。他の何にも例えようの無い感触。僕の拳が湿って熱を持った腹部の皮膚にめり込み、筋繊維をかき分けて内臓に僅かながらに触れる。  さんの”中身”に、僕は一瞬触れたのだ。
 ヒスイが手を離し、  さんを乱暴に仰向けに寝かせた。失神した  さんは目を閉じ、乱れた髪を直すことも出来ずに体を投げ出している。めくれ上がったセーラー服の上着からは、痛々しく赤く腫れあがった腹部が見えていた。僕は強烈な快感を感じて、無意識のうちに  さんを殴った手で男性器をしごいていた。見ると、教授やヒスイも同じように自らの男性器をしごいている。僕たち三人はほぼ同時に達し、  さんの制服に染みを作った。

 いくら広いハイエースの後部座席とはいえ、四人も入ればかなり狭い。隅には未開封のミネラルウォーターのペットボトルが五本置かれている。その脇には漏斗と、大量のタオル。そして中央には、失神した  さんが寝かされていた。  さんは仰向けの状態で丸めた布団を腰の下に入れられている。自然と背中を反らされてた格好になる。そして両手は丸めた布団の中に入れられ、手首には手錠を嵌められていた。
 その手錠は、僕が嵌めたものだ……。
「水ってのは不思議だね……」管理人がボルヴィックを飲みながら言った。「無くなっちゃうと動物も植物も生きてはいけないけれど、大量にありすぎると洪水やら長雨やらでみんなダメにしてしまう。命を育んだり奪ったり……気まぐれなやつなんだよ、水ってやつは」
「僕は……」僕は異様に喉が渇き、渡された水を一気に飲み干していた。股の間がぬるぬるして気持ち悪い。「僕は……どうなるんですか?」
「どうもしないさ。ここまで来たら僕たちはもはや同類だ。仲良くしよう。君はあの娘が苦しむ様を見て興奮しただろう?」
「それは……」
「恥ずかしがるなよ。わかるさ。自分が異常だって認めるのは辛いよな」ヒスイが携帯をいじりながら言った。「でも、同じように異常なやつらが百人もいれば、それは異常じゃあない。俺も管理人さんが運営してるコミュニテイサイトに出会うまでは独りで悶々としてたもんさ。それからは、人生が随分と楽になったよ。今までは生きているのか死んでいるのかわからないような人生だったけれど、仕事にも精が出るし、半年かけて 今回のオフ会の参加費を稼ぐこともできた。管理人さんは俺の命の恩人さ」
 管理人は満足そうに頷いた。
 狂っている……と僕は思った。
 なにが命の恩人だ。
 やっていることは拉致監禁暴行の立派な犯罪じゃないか。確かに僕はあの時強い興奮を覚えたが、今では強く後悔している。なんでこいつらは薄ら笑いを浮かべているんだ。
「逃げたければ逃げればいいさ」管理人が言った。「それで通報でもなんでもすればいい。でも、よく覚えておくことだ。君はあの娘の制服に大量に射精している。鑑識が調べれば、僕達以外に君の体液も間違いなく検出される。言い逃れはできないよ。よく考えることだ。さっきも言った通り、君が望むにしろ望まないにしろ、君は僕達と同類だ」
 空が白み始めていた。
 管理人が目配せをすると、ヒスイがペットボトルの水を  さんの顔にかけた。  さんはむせながら目をさますと、仰向けに拘束された自分の姿に驚いていた。管理人が  さんの口に蛇のような速さでプラスチック製の漏斗を押し込む。それと同時にヒスイが水を一気に漏斗に流し込んだ。
「んぐッ……?! んんんんんん?! がぼッ?!」
 水責め。
 強制飲水。
 水と、簡単に拘束できる道具があれば、相手に死の恐怖を感じさせるほど猛烈な苦痛を与えることが出来る凄惨な拷問だ。
 ごぼごぼと音を立てながら、何度も  さんの喉が蠢いた。意思に関係無く、無理やり水が飲まされている。  さんは目を大きく見開いて足をばたつかせながら、必死に漏斗を外そうとしている。
 二リットルの水が数十秒で空になった。  さんの胃のあたりがわずかに膨らんでいる。
「げほっ! げほっ! は……うえっ……あ……ああぁ……」  さんは漏斗を外されると、焦点の定まらない目で虚空を見回した。
 ぼじゅん……という水袋を殴るような音が、ハイエースの車内に響いた。
 管理人がハンマーで杭を叩くように、  さんのわずかに膨らんだ腹部に拳を叩き込んだのだ。
「ひゅぐッ?! うぶえぇぇぇぇぇ!!」
   さんは殴られた瞬間、かっと目を見開くと、喉を蠢かせたまま噴水のように水を吐き出した。管理人は何度も何度も、最後の一滴まで絞り出すように  さんの腹に杭打ちを続けている。その度に  さんは痙攣しながら吹き出させた。呼吸ができていないのだろう。目を覚ましたばかりの  さんの瞳はすでに裏返っている。
「がっ……あっ……あぁ……ああぁ…………」
   さんは全身を濡らしたまま、声にならない声を発している。ばちゅん……ばちゅん……と湿った袋を打つような音が一定の間隔で響いた。  さんは空っぽになった胃を責められ続け、虚ろな顔を晒している。


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 反応が完全に無くなった頃、ヒスイが漏斗を  さんの口に押し込んだ。されるがままだった  さんの顔が恐怖に引きつる。先ほど受けた苦痛がトラウマになっていたらしい。必死の抵抗も虚しく、ふたたび二リットルのペットボトルは空になり、水袋打ちが始まった。ペットボトルは、あと三本あった……。

 管理人とヒスイが交代で仮眠を取った後、僕たち四人は車の外に出た。  さんは呼吸はしているものの自分の力では動くことも出来ず、管理人に抱えられるようにして車内に出ると地面に寝かされた。顔色は、そこまで悪くないようだ。
 管理人とヒスイはコンビニで買ったらしいパンを齧っている。
 二人は僕にも一つくれようとしたが、断った。物を食べられる心境ではなかったし、こいつらの僕に対して馴れ合うような気持ちを受け入れることが出来なかったからだ。
 じわじわと気温が上がっている。
 木々を見上げると、昨日の夜から今までのことが幻のように感じられた。だが、視線を下に戻すと、現実の  さんが倒れていた。
 絶対に通報してやる。
   さんをこんな目に遭わせたた男どもに制裁してやる。
 もう捕まろうがどうだっていい。
 おそらくどこかの場所で、僕と  さんは解放されるだろう。そしたら二人で警察に行くんだ。全て正直に話をして、さらなる被害者が出ないようにしなければ。
 ヒスイがどうしても眠いと言い、その場に座り込んでしまった。
 管理人は  さんを起こしている。
 ふらふらだが、なんとか立つことが出来るまでには回復したらしい。
   さんは管理人に腰と手首を持たれて、僕に背中を向けて抱えられるようにして立っていた。
 頭をはっきりさせようとしているのか、嫌々をするように首を振っている。
 嫌ぁ! という声がはっきりと僕の耳に届いたと同時に、ぱんと破裂音が木々の間に響いた。
 ヒスイの身体がビクリと跳ね、ガクガクと痙攣した後に動かなくなった。
 なんだ……何が起きているんだ……?
 管理人と  さんが僕の方を振り向いた。
 背後にはヒスイが頭から血を流して、身体を地面に投げ出している。
   さんは歯を食いしばり、両目からは大量の涙を流していた。
 その右手には……管理人が掴んでいる手首の先には、ピストルが握らされていた。
「通報するならすればいい……この人殺しが……」管理人が言った。引き金に乗っている  さんの人差し指に、管理人の指が重なる。「次はあの男だ……」

こんばんは。
今回はシャーさんのキャラクターをお借りして短編を書いてみました。
現在、病気で三十分程度しか机に座ることができない状態なので、かなりの突貫作業となっております。設定や描写などグダグダになっていますが、暇潰しに読んでいただけると幸いです。

では、どうぞ↓













「本物みたいね……」カスミ・F・ミカーニャがスチールラックから抜き取ったファイルをパラパラとめくりながら言った。明るい紫の瞳は細かく書かれた化学式や、人名のリストを素早く追っている。「『ヴェノム』に関する資料……合成方法や流通経路が書かれている……でも妙ね……化学式が既存の『ヴェノム』と少し違う……」
 薄汚れた小さな部屋だ。
 生活感は無い。
 三人掛けのソファに、広い作業机。天井から吊るされた裸電球がオレンジ色の光を放っている。外界と繋がるものは、ドアと開け放たれた窓だけだ。そこから隣接した工場が発する騒音と、不快な湿気が部屋の中に流れ込んでいる。
「やっぱり! じゃあ情報は正しかったんですね!」ミリィが両手を胸の前で握りしめながら言った。黄色い目が輝いている。初めての任務が成功しそうなので、興奮しているのだろう。ミリィのショートカットに切りそろえられた癖の強い金髪の一部が跳ね上がり、まるで猫の耳のように見えた。
「そうね……」カスミがファイルを作業机に置くと、顎に指を当てて足元を見た。紫色の長い髪が頬の横からさらさらと垂れる。
「早く報告しに帰りましょうよ! 証拠は十分ですよ」
「待って……おかしいと思わない?」
 カスミはミリィに背を向けて壁際に移動すると、破れた壁紙を人差し指でなぞった。
「『ヴェノム』は今、世間で大きな問題になっている合成麻薬よ。人間の脳のリミッターを解除して、人を怪物に変えてしまう恐ろしい薬物……。『ヴェノム』があれば、人は武器無しでも殺人や犯罪がたやすく行えるし、たとえ逮捕したとしても、専用の檻でなければ簡単に破壊されてしまう。人間の肉体が武器なのだから、もちろん探知機にもかからない……」
「先日起きたハイジャック事件も、『ヴェノム』を服用した上での犯行でしたね……」
「そう……そんな大問題を起こしている合成麻薬が、こんな小さな場所で作られていると思う? 工場とまでは言わないけれど、ここには試験管一本無いのよ」
 カスミがいつもの静かな口調で言うと、身につけているレオタードのような『ヴェノム特捜班』の制服の肩口から指を入れて、たるみを直した。つられてミリィも腰からお尻にかけての布を引っ張った。
「嫌な予感がする……」カスミがぽつりと言った。「今回のタレコミは誰が……?」
「それが……よくわからないんです」
「……よくわからない?」
「はい……私が午前のパトロールを終えて帰ると、机の上に指令書の入った封筒が置かれていて……装備を整えて、カスミさんと一緒に今夜ここへ出動するようにと……。極秘任務と書かれていて、カスミさん以外の人への口外を禁ずるとも書いてあって……」
 瞬間、金属質な音が部屋に響いた。
 開け放たれた窓が鉄板で塞がれている。
 窓と壁の間に仕掛けがあったのだろう。
 部屋を満たしていた工場の稼動音が極端に小さくなった。
 がちゃり。
 ドアが開く。
 見上げるような男が部屋の中に入ってきた。
 国籍がわからない異様な男だ。ジーンズにタンクトップというラフな格好だが、筋肉が盛り上がり、白目が見えないほど充血している。典型的な『ヴェノム』中毒者の症状だ。
「シシシシ……」と男は笑うと、ドアノブを手で引きちぎった。部屋は、完全に外界から遮断された。
「あ……う……うあぁぁぁぁ!」
 ミリィが男に向かって突進した。
「ミリィ、待って!」
 カスミが慌てて止める。しかしミリィは天性の瞬発力で男との距離をぐんぐんと縮めた。
「にゃあッ!」
 ミリィがジャンプしながら男に拳を放った。
 肉のぶつかる音。
 ミリィの拳は男のグローブのような手で受け止められた。
「あぅ?!」ミリィが驚愕の表情を浮かべる。次の瞬間、ミリィの拳から枯れ枝が折れるような音が響いた。
「あああああぁッ?!」
 ミリィが右手を抑えてうずくまる。男に握りつぶされた拳が、ありえない形に変形していた。
「あぁぁ…………ん…………んぎぃッ!」
 ミリィが大粒の涙を浮かべながらも、立ち上がって左手で男の顔面めがけて拳を放った。男の丸太のような腕がそれを止める。ミリィの表情が絶望に変わったと同時に、巨大な噴石が地面に落ちる様な思い音が響いた。
「んぶうぅぅッ?!」
 男は、一瞬のうちにミリィの鳩尾と下腹部に、ほぼ同時に拳を埋めた。それは恐るべき速さと重さだった。ミリィのレオタードは殴られた部分がそのままクレーターの様に陥没し、男の指の形がくっきりと分かるほどその形状を維持していた。
「ごぶッ?! ふッ……んぐ……ぉ……」
 ミリィは自分の腹を抱く様に両膝を着くと、しばらく焦点の合わない目で地面を見て、そのまま顔から床に崩れ落ちた。ごん……とミリィの額と床がぶつかる大きな音が、しんと静まり返った部屋に響く。ミリィは尻をカスミに向けて突き上げたまま、ピクリとも動かなくなった。
「ミ……リィ……?」
 カスミは理解不能な手品を見せられた様な表情で、男とミリィを交互に見た。ミリィは経験こそ浅かったが、その優れた運動神経で格闘術は常に優秀な評価を受けていた。そのミリィが、たかだか三十秒ほどで無様に失神させられたのだ。男に傷一つ付けることなく。
「くっ……!」
 カスミが身構える。
 男が薄笑いを浮かべたまま、ゆっくりとカスミに近づいた。
「ふっ……ふっ……ふうっ……」カスミの呼吸が速くなる。やれる……と自分に言い聞かせた。『ヴェノム』は筋肉のリミットを麻痺させるが、身体の痛みや反射までは麻痺させることはで出来ない。急所を突けば効果はあるはずだ。そのための訓練も受けてきた。いけるはずだ……と。
 男がカスミの目の前に迫った。カスミが見上げるほどの体格差だ。男は明らかに挑発している。ノーガードで薄笑いを浮かべていた。
 カスミは歯を食いしばり、ふッ! と短く強い息を吐くと、男に攻撃を繰り出した。狙いは鳩尾。カスミの小さな拳は正確に男の鳩尾を突き刺した。いける……と思った。男が油断しているうちに、一発でも多くの攻撃を当てる。腰をひねり、威力を乗せた一撃を何発も……。
無呼吸で十数発放ったカスミの突きは、すべて男の鳩尾に突き刺さった。それは常人であれば、一撃で失神させるに十分な威力を持っていた。
 男は、変わることなく薄笑いを浮かべていた。
 カスミは荒い息を吐きながら、みるみる表情が青ざめていった。
「くはッ……! はぁ……はぁ……」
「シシシ……」男は笑いながら、カスミの身体を血走った目で舐める様に見回した。「ココ……殴ラレると……苦しイよなァ……鳩尾……シシ……ナァ?」
 ぐずん……という不気味な音が部屋に響いた。男が言い終わると同時に、男の右腕が空気を切るような音を放った。次の瞬間、丸太の様な男の腕の先にある、暴力的に角張った鉄塊の様な拳。それが半分ほど、カスミの鳩尾にめり込んでいた。
「ふぅッ?!」
 カスミのすぼめられた口から、肺の中の空気が全て、強制的に吐き出された。

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「う……ぅ……あ……?」
 鳩尾を突き込まれた衝撃で、カスミの長い紫色の髪が跳ね上がり、はらはらと背中に降り注いた。一瞬の出来事だった。カスミは何が起こったかわからず、収縮した瞳で男の拳が埋まっている自分の鳩尾を成す術なく見ていた。
「苦しイよなァ? 鳩尾……殴られルと……?」
「う…………んぐぅッ!?」
 男に自分がされたことを言われた瞬間、猛烈な苦痛がぞわぞわと足元から脳天に駆け上がった。カスミは腰から下が無くなった様な感覚を覚え、糸の切れたマリオネットの様に両膝を地面に着いた。
「がふッ……ふっ……んぐあぁぁッ……」
 ずるずると力なくお尻を着いて座り込みながら、ボールを抱える様にしてうずくまる。普段は冷静で物静かなカスミがここまで濁った悲鳴を上げるのは初めてだった。
 男はカスミのレオタードの胸元を掴むと、強引にカスミを立ち上がらせた。わずかに背中を反らされ、小さな臍と、うっすらと割れた腹筋がレオタードに浮かんでいる。
 男は口の端を釣り上げると、その臍を目掛けて拳を突き込んだ。どん……という大砲を撃った様な重い音が響き、カスミの身体が電気ショックを受けた様に跳ねた。
「ゔッ?! う……うぐぅあぁッ?!」
 カスミは全くガードすることが出来ず、男の慈悲の無い一撃を腹部に受け入れざるを得なかった。男は拳のモーションが全く見えない速さでカスミの腹をえぐり、すぐに引き抜く。カスミのレオタードには男の骨ばった拳の跡が隕石が落ちた跡の様にくっきりと残り、痛々しく陥没していた。
「が……かふッ……ッは……あぁ……」
「手カゲン……タらなかったか……?」
 男は痙攣するカスミを見下ろす。カスミは男に抱きかかえられる様に背中を支えられ、半分以上瞳がまぶたの裏に隠れている。口元からはだらしなく舌が飛び出し、唾液が糸を引いて地面に落ちていた。
 ずぶり……という水っぽい音が嫌に長く響いた。
「んぐうぅぅぅッ?!」
 男はカスミの腹にスタンプを押す様に、ゆっくりと拳を埋めた。ずぶ……ずぶ……と一定の速さでカスミの鳩尾、臍、下腹部、子宮へと拳が突き込まれる。そのスピードは決して早くはなかったが、想像を絶する圧力だった。プレス機の様な力で何度も何度もカスミの腹にピストンが打ち込まれ、その度にカスミの腹は痛々しく陥没した。
「ゔあぁっ! ぐぶぅッ! ゔえぇ……んぐぅぅッ!」 
 既にカスミのレオタードは胸から下がボロボロに破れ、素肌が露出している。もともと色白な肌には痛々しく痣が浮かび、汗や唾液が裸電球の光を反射していた。
 男は満足したのか、カスミを支えていた腕を離すと、空を切る音と共に見えない速度でカスミの鳩尾をえぐった。ずどん……という炸裂音を、カスミは遠のく意識の淵で聞いた。
「ふぐぅッ?!」カスミの目が限界まで見開かれる。すぼまった口が、そのまま何かを伝えるように何回か開いたが、ついに声は発せられずに床へ崩れ堕ちた。既に意識が飛んでいたのか、受け身を取ることなく頭蓋骨と床がぶつかる音が部屋に大きく響いた……。



 
「先輩! 大変です! これ見てください!」
 ぱたぱたと駆けてくる足音に、呼ばれた捜査員が振り返った。
「どうしたの? そんなに慌てて?」
「ご……極秘の指令書が、私の机の上に置かれていて」
「極秘……?」
「はい、行方不明になったカスミ捜査官とミリィ捜査官が、工業地帯の民家に捕らえられているとの情報があるそうです。情報漏えいを防ぐために、先輩と二人だけで捜査せよとのことで…………」

 窓際に置かれた観葉植物には、うっすらと埃が積もっていた。冬の弱い朝日中で、それはまるで薄く積もった雪のように見える。
 壁に掛けられた時計は丁寧に時を刻んでいた。 一秒一秒、確実に現在を過去へと押しやっている。
 出窓から外を覗くと、灰色の雲が強い風に押されて北へと流されてゆくのが見えた。枯れた芝生と高い塀。
 僕はメガネを外してTシャツの裾でレンズを拭くと、部屋の中央に目をやった。ピッ……ピッ……という定期的な電子音は、この小さく白い部屋には不釣り合いに思えた。姉を乗せたベッドのシーツは、今朝取り替えた時と同じく皺ひとつ付いていない。それは、姉が身動き一つしていないことの証拠だった。部屋は独特の匂いがした。漂白剤のような匂いに、かすかに排泄物の匂いが混ざっている。中央のベッドには、異様なほど小柄な姉が寝ていた。
 小柄?
 首から下のブランケットは正方形に膨らんでいる。
 姉はどちらかといえば、女性にしては大柄だった。身長は百七十センチを超えている。その姉が小柄だと?
 姉は無表情で目を瞑り、少しだけ開いた唇からわずかに白い前歯が覗いている。
 その首から下は正方形。
 姉には、四肢が無かった。
 あの日、僕が発見した時、姉の四肢は失われていた。あのすらりと伸びた脚や、優しいぬくもりを感じる腕が無くなっていた。失われてしまっていた。傷口からは生暖かい血が未開の地の水源の様に流れていた。僕はそれを必死に押さえ、目を閉じた姉の名を呼び続けた。
 その表情は一ヶ月たった今でも変わらなかった。身体中を管まみれにして、姉は静かに眠っていた。鼻から通されたチューブにつながる人工呼吸器からは、定期的に空気の漏れる音が聞こえた。

「延命治療?」と僕が聞いた。医者は神妙な顔をして頷いた。
「お姉さんはもはや自力で生命維持活動を行うことはできません。私達にできることは、その命を伸ばす手段を提供するだけです。残念ながら……」医者は目を逸らしながら僕に言った。「身体的な損傷に加え、精神的なショックも相まって、お姉さんの容態は深刻です。原因はわかりませんが、身体が生き続けることを諦めているような……」
「……詩的な表現ですね」
「そうとしか思えません。手の施せるところは施しました。あとは……お姉さんの生きるための意志にかけるだけです」医者は壁にかかっているレントゲンを見た。「両手足の欠損以外は、目立った外傷はありません。壊死や感染症は見受けられず、栄養状態も良好です。しかし、自発呼吸は止まっており、心臓もペースメーカー無しではすぐに細動を起こしてしまう」
「生きるのではなく……生かされていると?」
「……そうです。緊急で人工呼吸器を取り付けた時に説明しましたが、あれは本人の意思に関係なく、強制的に肺に空気を送り込むものです」
「……つまり?」
「意識のある人間なら、そのすさまじい苦痛からすぐに外してしまいます」
「そんなもの……」僕は言った。視線の先には力なく握られた僕の手があった。「機械と同じじゃないですか」
 医師は何も言わず、軽く咳払いをするとシャウカステンの電源を切った。僕の嗚咽を遮るように部屋から出て行くと、代わりに看護婦が僕の肩に手を置いた。見事な役割分担だ。おそらくこの様な状況は過去に何千、何万と繰り返されてきたのだろう。僕はその中の不特定多数のひとつに過ぎないのかもしれない。

 僕は迷った末、医師に延命治療の延長を依頼した。少しでも姉が回復するのであれば、その望みに賭けたかったからだ。施設で育った僕と姉は、お互いたった一人の肉親だ。離れられるわけがない。そんなこと……想像すらできない。まだ僕と姉が物心つく前、雪が降りしきる真冬に僕たちは施設の入り口に棄てられた。僕たちを産んだ人間は、安物のベビーカーに僕たちを折り重ねるように押し込み、申し訳程度の毛布をかぶせて何処かへと消えた。職員が見つけた時は、僕たちは瀕死だったらしい。僕はともかく、僕に覆いかぶさっていた姉は凍傷で右足の小指と薬指を切断した。もっとも、その足ももう無いのだけれど。
 姉は、完璧だったはずだった。
 指さえ失わなければ、姉は完璧に美しいままでいられたはずなのに。
「いいのよ」と姉が言った。僕ははっとして姉を見る。姉の口は閉じられたままだ。「いいのよ。好きにしても」
「出来ないよ」
 姉は相変わらず口を閉じたまま僕に語りかけた。その声は人工呼吸器の音に混じって消え入りそうなほど小さかった。
「我慢が出来ないのでしょう? 私が美しくないことが。何を迷っているの? 私たちはずっと一緒だったじゃない。また元のようにひとつになるだけよ」
「でも、そしたら姉さんが……」
「私は構わないわ。だって、本当ならあの冬の日に死んでいたんですもの」
「でも……」
「なら言い方を変えるわ。返してちょうだい。私の美しい身体を。見て。今ではこんなに不完全になってしまった」姉は相変わらず身体のどの部分も動かさず、美しい屍体の様にベッドに横たわっている。人工呼吸器の音が嫌にはっきりと僕の耳に届いた。「もう一度綺麗になりたいのよ。それが目的だったのでしょう? あなたもそれを望んでいるのなら、こんな中途半端なことはやめなさいよ」
「…………わかったよ」
 僕は自分にしか聞こえない声で呟くと、仰向けで姉のベッドの下に潜り込んだ。そこには、あの日姉の四肢を切断したノコギリがガムテープで貼り付けてある。ベリベリと音を立ててそれを外す。ベッドの下から這い出て、あらためてそれを見た。丁寧に姉の血を洗い流していたため、錆などは浮いていない。
「本当にいいの?」僕は聞いた。姉の目と口は閉じられたままだ。
「いいと言っているでしょう?」
 僕は姉の首にノコギリの刃を当てると、首に押し付けるように力を入れて引いた。ぶち……ぶち……という繊維の切れる音。姉は美しく痩せていたが、それでも女性特有の皮下脂肪がある。僕は何度かTシャツで刃を拭きながら、ごりごりと姉の首の骨を削った。
「がんばって、もう少しよ。ほら、また切れなくなってきたわ」
 姉が応援してくれる。
 僕は三十分以上かけてようやく姉の首を切断した。人工呼吸器は相変わらず強制的に姉の口から空気を送り込んでいる。赤い喉元からぶくぶくと気持ちの悪い血泡が溢れていた。姉は血塗れの顔で目を見開き、口元に管を通されたまま行き場のない空気を送り込まれている。まるで破れたボールに一生懸命空気を送り込んでいるような滑稽さを感じて、僕はそれが姉の頭部でなければ笑い転げていたかもしれない。
 死んだ瞬間から、姉からは、美しさの名残すら失われていた。
 美しさの名残……。
 凍傷で右足の小指と薬指を失った姉には、まだ美しさの名残があった。
「だからバランスをとったのよ」僕が言った。その声は不思議と姉と同じ声だった「指がなければ、足が無ければいい。でも、右足を切断すると、左足が邪魔になった。左足を切断すると、今度は腕が邪魔になった。シンメトリーにならなかったのよ」
 僕は姉の声で姉に話し続けた。姉は「その通りだわ」と言った。
「でもやっぱりダメだったじゃない! 首を切断しても、やっぱり美しくないわ! もう……最後の手段しかないじゃない! 姉さん一人でシンメトリーになれないのなら、僕が手伝ってあげるわ。最初に戻るだけよ。初めから、僕たちはひとつだったのだから……」
 僕はベッドに登り、姉の横に座った。ベッドは姉から流れ出た液体で暖かかった。僕はノコギリの刃を自分の左腕に当て、力を込めて引いた。
 ごり……ごり……ごり……とすん。
 左腕がベッドの上に力無く落ちた。次は左脚に取り掛かる。姉は相変わらず「がんばって、がんばって」と声をかけてくれた。僕は次第に朦朧としてきた意識を頭を振ってごまかし、なんとか左脚を切断した。
 ごり……ごり……ごり……ごり……。
 それはとても、文字通り骨の折れる作業だったが、なんとかやり遂げることができた。姉の応援のおかげだ。僕は準備していた針と糸を取り出すと、震える手で姉の左肩と左の股関節に僕の左腕と左脚を縫い付ける。僕の右手は氷のように冷たくなっていた。それは僕に棄てられた日の寒さを思い出させた。霞む頭と震える手で姉に僕の手足を縫い付ける作業は過酷を極めたが、大好きな姉のために気持ちを奮い立たせた。
 僕は短く速い呼吸をしながら、姉の右隣に仰向けで横になった。姉の失った右手脚に僕の左側の傷口をくっつける。傷口を通して姉の血液と僕の血液が混ざり合い、ようやく本当にひとつになれた気がした。今の僕たちの姿を想像する。お互いが失った部分同士を補い、その姿はとても美しく完璧に見えるはずだ。僕は安堵からか、とても眠くなった。
「まだよ」と姉が言った。「わかってるよ」と僕が言った。
 僕は最後の力を売り絞って、僕の喉にノコギリの刃を当てた。

 卯木 紗絵(うつぎ さえ)について

 卯木紗絵の最も新しい写真は、失踪から半年前に撮られた大学の研究室の集合写真である。暗いブラウンに染めたショートヘアに切れ長の目。体つきは定期的にジムに通っているためスレンダーに引き締まっており、整った顔立ちと相まって中性的な印象だ。あまり写真が好きではないらしく、不満そうな表情でカメラのレンズから目を背けている。
 以下は、発見された卯木絵理の日記、テープレコーダーに録音された音声、およびフィールドワークの報告書から要点を時系列順に抜粋したものである。
 後半に行くにつれ、不明確、不可解な表現、音声が散見されるが、原文ママ記載する。また、音声については携帯式のテープレコーダーを使用している。一部相手の許可を得ないで録音したもの、沢井絵理が意図せずボタンを押して録音された音声も含まれている。




・昭和五十九年十二月十八日
 明日のプレゼンテーションで私の将来が決まると思うと、準備はいくらしてもし足りない。まだまだ新しい学問である民俗学。民俗学はオカルト趣味の延長であり、学問ではないと揶揄されたことは何度もある。家族からは一般企業に勤めて、早々に結婚して子供でも作って……とプレッシャーをかけられている。
 冗談じゃない!
 民俗学は自分達のルーツを知るための重要な学問だ。
 私は、私達がどこから来て、どこへ行くのかを知りたい。そしてその答えにつながるヒントは、日本中の歴史や伝承にある。私は生涯をかけて、この永遠のテーマを追求していきたい……。
 そのためには、何としても鷺沢教授の助手にならなければならない。鷺沢教授は最も将来を期待されている民俗学者だ。スポンサーも多く、教授自身も裕福だ。多くの民俗学者達のように、研究の時間を割いて資金集めのためにスポンサー集めに奔走し、頭を下げてまわる必要はないのだ。
 現在、鷺沢教授のゼミには十八人が所属している。
 明日のプレゼンテーションは卒業試験も兼ねているが、それ以上に上位五人に入れば、鷺沢教授の大学院のゼミに入ることができる(大学院に進めばの話だが、当然ゼミ生は全員それを望んでいる)。
 そして鷺沢教授の元で、必ず成果を出し、ゆくゆくは独立する。
 私は自分のしたいことをして生きたい。絶対に。

・昭和五十九年十二月十九日
 最悪な一日だった。
 私はもうダメかもしれない。

・昭和五十九年十二月二十日
 何もする気が起きない。
 撞舞(つくまい)。
 関東地方に伝わる雨乞いや無病息災を祈る神事が現代にも残っている。今では祭りの一部になっているが、以前は飢饉の折、神に捧げられた人柱の名残だったという説がある。その説を裏付ける……まぁ、仕方がない。却下されてしまったという結果は変わらないのだから。

・昭和五十九年十二月二十二日
 昨日は日記をサボってしまった。
 午後五時半。鷺沢教授から電話があった。食事の誘いだった。
 研究室に行くと、呼ばれたのは私だけだとわかり少し狼狽えた。他愛もない話をしてから二人でタクシーに乗り、普段なら入るのを躊躇うほどの高級なレストランに着いた。

「問題なくテープが回っているな。これを持って行きなさい。会話の録音は基本的に相手の許可を取ってからするように。旅費や調査費はこの封筒に入っている。十分な額だとは思うが、足りなくなった場合は連絡をしなさい」
「……本当に、私でよろしいんですか?」
「何がだね?」
「……私は、試験で上位に入れませんでした。これ以上研究室にいられないものだとばかり」
「正直言って、迷っている。確かに研究室には定員があり、君の『撞舞』に関する研究は上位の生徒に比べてやや稚拙ではあった。しかし、フィールドワークは良く出来ていた。将来的に伸びしろがあるとも感じてる」
「……実技試験という訳ですか?」
「そういうことだ」
「でも……一体どのような儀式なのでしょうか? その……『りよなのかね』という奇祭は……?」
「それを確かめるのが君の役目だ。『離れた世の為に撞く鐘』と書いて、『離世為の鐘』。その儀式が今でも行われていたことは間違いないが、実態は全くわからない。奇祭が行われている十二月三十一日、その村は完全に閉鎖される。部外者は村に入れず、村人は村から出ることが出来ない。どのような儀式で、どのような意味があるのかは誰もわからないのだ。もちろん、撮影や取材は全て断られている。しかし、今回は村の内通者と接触が取れた。それなりの金も払った。君はその人の孫という名目で、儀式中の村に入ることになる」
「……責任重大ですね」

 今回の調査は明らかに非公式なものだろう。
 鷺沢教授からは、録音は「基本的に」許可を取ってから行えと言われた。つまり、例外があるということだ。プロ用の超小型カメラを貸してくれたことからも、今回の調査は盗撮、盗聴をしてでも調査を成功させろという指示と受け取っていい。よくある話だ。取材NGの儀式や遺跡などは全国にごまんとある。そして一人に許可が出された場合、他の研究者がこぞって「うちにも許可を出せ」と詰め寄る。あとはスピード勝負だ。少しでも有利になるために、事前に調査を進めておくことは珍しく無い。
 そして……今日は正直言って、教授に抱かれるのではと思った。
 ある種の特別待遇を受けるためには、それなりの代償がいるのは理解している。私自身経験は無かったが、「離世為の鐘」話を聞いた時、覚悟は決めていた。
 しかし、教授にそれとなく話を振った時、教授にその気がないことがわかった。教授は、自分は不能者だと言った。


・昭和五十九年十二月三十日
 東京から仙台駅まで行き、仙台駅から更に電車を乗り継いで二時間半。お尻の痛みが限界になる頃、ようやく目的地の駅に着いた。
 何も無い所だった。目的地の村には、ここからバスでまた長時間揺られることになる。
 鷺沢教授の指示通り駅前の喫茶店に入ると、店の奥に厚手のウールのジャケットを羽織った身なりの良い七十代と思われる男性が座っていた。他の客は五十代と思しき作業着を着た男性。作業着の男性は、私が入っても視線を新聞に落としたままだった。ウールジャケットの男性が、「卯木さんですか?」と聞いてきた。この男性が、鷺沢教授から教えられた「案内役」の鳥巣(とす)氏だった。目的地のバスを待つ間、目的地の村のことを大まかに聞くことができた。

(中略)

「録音ボタンを押しました。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。鳥の巣と書いて、鳥巣と申します。鷺沢さんから話は聞いています。卯木紗絵さんでしたね」
「はい」
「こんな遠くまで、よく来られましたね。お疲れでしょう?」
「ええ、まぁ……。鳥巣さんは、今日私が行く『けうど村』のご出身だと聞いているのですが……」
「そうです。何もない村ですよ。働き口も無ければ、これといった産業も無い。昔は各家が炭を焼いたり、牛を飼ったり、畑を耕したりしてなんとか家族の食う分くらいは賄っておりましたが、私の子供の頃……もう六十年も前ですが、その頃からは若い衆のほとんどが街に出稼ぎに行くようになりました。私も十六歳の頃に親戚のツテを頼って、仙台の工場で働くようになりました。二年前に妻を亡くして……子供も授からなかったので、死ぬなら生まれた村でと戻ったのです。何もなくても、故郷は故郷ですからね」
「わかるような気がします。いかがでしたか? 村に戻られて」
「相変わらず何もなかった……。いや、更に何も無くなってしまっていた。まるで人が過去の記憶を徐々に忘れて行くように……。村の中心にある寺や、古くからの家は残っていましたが、細々としながらも主要産業だった炭を作る炭焼き小屋は一つも残っていませんでした。牛も各家に一頭か二頭いるだけで、以前のように街に売る分まで飼っている家は一軒もありませんでした。今でも、村が残っているのが不思議なくらいです。もしかしたら、あの祭りのご利益かもしれません……」
「離世為の鐘」
「ええ、そうです。離世為の鐘の儀式……あなたが調べたがっている祭りです。鷺沢さんからお話は聞かれていますか?」
「教授も詳細は知りません。それを調べる為に、私が来ました」
「結構……では……おっと、バスが来たみたいですね。詳しくは村に行ってから、住職から話があると思います。宿も住職にお願いして、離れの一室を借りております。あいにく私の家には客間が無いものですから……。あくまでも私の孫ということになっておりますので、ひとつよろしくお願いします」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」

 村には街灯がほとんど無く、道路も舗装されていなかった。薄暗がりの中に浮かぶ家は土壁で、屋根は茅葺き。まるでタイムスリップしてしまった様な錯覚を覚える。村は現在では三十数世帯しか住んでおらず、また、そのほとんどが六十歳以上の高齢者だという。もはや過疎という言葉が生易しいほどの、消滅寸前の集落だった。
 バスを降りると、運転手は「また来年」と言った。明日の大晦日から元旦にかけて、離世為の鐘のために村が閉鎖される。当然、バスの運行もストップになる。
 鳥巣さんに案内された寺は、その粗末な村に不釣り合いなほど大きく、そして、奇妙だった。
 門をくぐると、本堂を隠すように大きな梵鐘が目に入った。奇妙な配置だ。参拝する人々はこの梵鐘を迂回しなければ本堂にたどり着けない。また、撞木は本堂に背中を向けて撞く様な配置になっていた。つまり鐘を撞くためには、本堂に尻を向けなければならない。私は何回もポケットから小型カメラを取り出して、鳥巣さんに気付かれないように写真を撮った。
 本堂は村人全員が入れるのではないかと思うほど広かった。そして仏像の代わりに、高さ二メートル、横三メートル程の長方形のガラス板の様なものが安置されていた。
 ここは、寺院なんかではない。
 便宜上「寺」と呼んでいるだけで、全く独自の宗教が信仰されているのだと私は確信した。
 鳥巣さんが本堂で住職の名前を呼ぶと、神経質そうな初老の住職が顔を出した。事情を手短に話すと、鳥巣さんは祭りの準備があるからと言って自転車で帰宅してしまった。
 私は離れに案内され、荷物を置くと例のガラス板が安置されている本堂に来るように指示された。私はあらかじめ準備しておいた予備のカセットレコーダーの録音スイッチを押してから、本堂へと向かった。

「鳥巣さんのお孫さんでしたかな? 名前は何と?」
「鳥巣……紗絵と申します。本日はお泊めいただき、ありがとうございます」
「構いません。このように広い寺ですし、離れは元々客間として造られたものです。昔はあなたの様な村人の家族や親戚が訪ねて来られた際に、離れを使っていただくことは珍しくありませんでした。最近はすっかり減ってしまいましたがね」
「ご自分の家には泊まらずに?」
「ここは貧しい村です。広い家を建てる余裕のある家は一軒もありません。この寺は、村の守り神を祀る為の施設であると同時に、昔の村人達が集会場や共用の宿泊場も兼ねて、金銭を出し合って建立されたと聞いております」
「守り神? その……仏像ではなく?」
「見ての通りです。この透明な板……これが御本尊です。まぁ、とても透明とは言い難いですがね。まるで何年も海の底に沈んでいた難破船の窓ガラスの様に燻んでいますが、大切なものです」
「あ、その……突然で申しわけありませんが、お話を録音させていただいてもよろしいでしょうか?」
「録音ですか?」
「ええ。実は東京の大学で民俗学を学んでおりまして、このような神社仏閣に興味があるんです。このように貴重なお話を聞ける機会がいつあるかわからないので、常にテープレコーダーを持ち歩くようにしています」
「民俗学と言いますと?」
「各地方に残っている伝統や伝承、祭りや儀式等から、現在の生活文化のルーツを考察しようという比較的新しい学問です。祖父からこの村の話を聞いて、ぜひ儀式を観てみたいと思い、伺いました」
「……離世為の鐘を?」
「そうです」
「…………申し訳ありませんが、録音は遠慮していただきたい。儀式のことをあなたに個人的にお話しすることは構いませんが、たとえば録音をされて、それが何らかの方法で不特定多数に広まることは、私はあまり好ましいとは思っていません」
「……わかりました。では、これはスイッチを押さずに置いておきます」
「ありがとうございます。儀式は神聖なものなのです。村人の中にはこのまま村が無くなるなら離世為の鐘で町興しならぬ村興しを……という意見もありますが、私は反対です。不特定多数の者に晒し者にしていいことはあまりありません。儀式は村人と『離世様』の為に粛々と行われれば良いと考えています」
「離世様……ですか」
「御本尊……その板のことです。離世為の鐘は、文字通り離れた世に住まう神様や御仏……我々はまとめて離世様と呼んでいますが……その為に撞く鐘のことです。もっと正確に言えば、離世様に我々の存在を忘れさせないために撞く鐘です」
「忘れさせないため……」
「そうです。今では平仮名表記になっておりますが、元々この村は穢れた人の村と書いて穢人村(けうどむら)と呼ばれていました。穢人村は昔、様々な理由で世間から疎まれ、島流しのような形で各地方から流れてきた人々が集まって作った集落です。今でこそ、わずかな畑や家畜がありますが、昔の穢人村は極貧を極め、毎年のように餓死者が出ていました。当然の話です。穢人村の村人達は何も持っていなかった。祈るべき神や仏も……。あるのは荒れ放題の土地と厳しい気候だけです。しかし村人達には帰る場所がない。穢人村の村人達は雑草を食みながら必死に農地を開拓し、壮絶な苦労をしながら何とか生き残ってきました。その中で自然発生的に生まれたのが、離世様です。神も仏も自分たちを忘れ、見放した。ならばせめて離世様にだけは、自分達の存在を忘れずに覚えておいてほしい。自分達を見捨てないでほしい。だから毎年、年末に鐘を撞いて、離世様に自分達の存在を示すのです。自分達はここにいるぞと……」
「それで……あんな場所に鐘が置かれているのですね」
「そうです。離世様はあの板を通してこちらの世界を見ると言われています。こちらに背中を向けて鐘を撞く奇妙な配置ですが、ちょうど離世様が正面から見られる様に、あの様な配置になっています。正直言って、私には離世様が居るのかどうかなんてわかりません。ですが、離世様の存在が今でも村人達の精神的主柱であることは変わりない。私はそれを……見世物にしたくないのです」

 住職の言う通り、この寺は確かに村人から大切に扱われている。境内の掃除や建物の手入れは隅々まで行き届いている。各村人が当番制で、毎日掃除に来るそうだ。また、住職自身も世襲制ではなく、毎年村の中から選ばれるらしい。次代の住職も決まってはいるが、まだ街へ出稼ぎに行っており当分帰れないだろうと話していた。
 私は、この話を鷺沢教授にどのように伝えようか迷っている。
 現在では貴重な土着信仰が、今でも村人の中心として脈々と受け継がれている。学会でこの話題が知られれば、間違いなく民俗学者はおろか考古学の関係者まで調査に乗り出すだろう。それを歓迎する村人はいると思うが、住職の話す様に信仰を持つ者だけで、静かに信仰を深められればと考える村人も多いはずだ。
 私にその均衡を破るこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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「今…………………………森の中に隠れてる……。    ふふふふ………………。  ふー…………ふー……………。     ひ」


「ふっ……ふっ……ふっ……。嘘でしょ?何であんなにいるの?今までどこに隠れていたの?はっ…はっ…はっはっ…………。怖い……怖い……」
「いたぞ!」
「ひっ!?」


 少しおちついた。かきとめる。もしものことがあるかもしれないから。昭わ5九ねん十二月三目。はなれでかいてた。日記。とびらあいて人人ってきた。たいまつ。ながいぼう。(解読不能)。若い入いっぱいいた。どこかにかくれてたんだ。わたしをみこだと言った。りよなのみこ。かこまれた。にげた。いような(解読不能。雰囲気?)だった。みんな目が光ってた。ギラギラしてた。おそらく、つかまったら、ぎしきに何らかの形で使われるはずだ。りよなのかねのぎしきがどんなものかわからない。たぶんじょ夜のかねと同じだと思っていたけど、ちがうみたい。私はどうなるんだろう。もしつかまったら。(解読不能)。ーーーーーー。(解読不能)。(解読不能)。おちついて。ゆっくりかくの。あたりはまっ暗だし、夜明けもあと何じかんあるかわからない。朝にさえなれば、森にかくれながら逃げられるかな。バスで何時間もかかったけど、二日、三日も歩けば町に出られるかも。けいさつに行かないと。その前に、きょじゅに電語しないと。何かかかないと。おちつかないと。
(以下、同様の内容が繰り返されたため省略)


「……すこし明るくなってきた。まだ村の方が騒がしい……。今のうちに逃げないと……。少しずつ……足音を立てないように……。テープはスイッチを入れっぱなしにして…………(以下、森を進む音がしばらく続く)。大丈夫みたい。だいぶ村から離れた。ひっ!? …………車? ワゴン車? 鳥栖さんが乗っていたみたい……。え? 止まって……? え? え? なんで? なんで一斉にこっちに来るの!?」
「いたぞ! 巫女だ!」
「ひッ!? やっ!? ひッ!?」
「大人しくしろ!」
「やめて! お願い! ゔッ!?」
「気絶させろ。村まで運ぶぞ」
「うぶッ……やめ……ゔぅッ!? お……うぐッ! ごぶッ! ゔッ! んぶッ!? んぐ……ごぶぅッ! あ……ぁ……」
「…………手こずらせやがって」
「まさか逃げられちまうとはな……。しかしまぁ、今年のは特に別嬪さんですね? 鷺沢さん」
「まぁ、私も迷ったがね……。全く将来性の無い学生なら躊躇なく送るんだが、この子は優秀で手放すのが惜しかった。ただ、離世様への捧げ物だ。中途半端な供物は送れんよ……念のためにテープレコーダーに発信機を仕掛けたのは正解だったな」
「流石は、次期住職ですね」
「いつ戻って来られるかわからんがね……。一応薬品を嗅がせておけ。夜まで眠らせておくんだ。また逃げられたら、それこそ取り返しがつかないぞ」



・昭和五十九年十二月三十一日
 私の生徒、卯木紗絵は少しトラブルもあったが、無事に離世の巫女としての責務を果たしてくれた。鐘に縛り付けられ、冷水を浴びせられた彼女は覚醒と同時に悲鳴をあげた。私はテープレコーダーの録音ボタンを押して、その様子を眺めていた。住職が
「これより、離世為の鐘を執り行う。撞き手、前へ」
 と宣言すると、若者が鐘撞堂に上がり、手綱を握った。いつもながら、この瞬間は興奮するものだ。彼女の、普段の強気な表情が、今では恐怖に震えている。自分がこれから何をされるのか理解しているのだろう。そして、それをされるとどうなるのか。それはどの程度続けられるのか。果たして自分は生き残ることが出来るのか……。その全てが表情に表れている。
「やっ……やだっ……やだ……」
 恐怖に引きつった表情の彼女の腹目掛け、撞木が酷くめり込まれた。
「ふぶッ?! ごぉえぇぇぇ!」
 ぼぉんという、重く、くぐもった独特な鐘の音だ。そして、巫女の絶叫が響き渡る。ああ、そうだ。これこそ離世為の鐘の音だ。何度聞いても、魂を揺さぶられる音だ。
「んぶぅッ!? ぐあぁ! や……だぁ……おぼぉッ!?」
 ぼぉん、ぼぉんと撞かれるたびに、巫女の顔は苦痛に歪み、涙と涎にまみれてゆく。さぞ理不尽に思っていることだろう。撞き手が交代し、新たな撞き手が撞木を後ろに引き絞る。
「おぼぉッ?! うぶっ……おおぉぉぉ……」
 巫女の喉が微かに膨れ、胃の内容物がびちゃびちゃと粘ついた音を立てて鐘撞堂の床に落ちた。巫女はこの気温の中脂汗をかいているらしく、額に束になった髪の毛が張り付いている。寝ているうちに着替えさせられた巫女装束は前がはだけ、色白の腹には青黒い内出血の跡がいくつも付いていた。
「ゔぅッ!? ぶぐッ!? や……やめ……お腹…………壊れちゃう…………えぶッ!? おゔッ!?」
 時間にして一時間ほど。巫女の声が徐々に弱くなる。壊れた人形の様に頭を無意味に左右に揺らしながら、うわ言のようなものをつぶやいている。そろそろ限界だろう。住職が指示を出し、数人がかりで撞木を後方に引いている。巫女は朦朧とする意識でもその光景が目に入ったらしく、微かに首を振っている。住職の合図で、限界まで引き絞られた撞木が、巫女の腹にずぶりと突き刺さった。
「や……やめ…………ごぼおぉッ!?」
 鐘の音に混じり、ミシミシという音が聞こえた。巫女の背骨が砕ける音だ。巫女はしばらく天を見上げるように顔を向け、ぷつりと何かが切れたように全身を弛緩させた。住職が巫女に対して経を唱える。首に手をやって脈を確認すると、若い衆を促して巫女を鐘から降ろした。
 住職が儀式の終わりを宣言し、拍手に包まれた。
 私はようやく握りしめたテープレコーダーが汗で濡れていることに気がつき、ハンカチで拭いた、同時に、今年も自分が儀式を観て昂ぶっていることにも気がついた。下着の中が濡れている。下着を二枚重ねで履いてきたことは正解だったようだ。
 興奮が治まるのを待って、私は住職に労いの言葉をかけた。住職は首を振った。
「何度やっても慣れないものですな……見ていた時分にはよかったのですが、いざ自分が主導で執り行うとなると……」
「何を言っておりますか。今回も無事に、離世様に鐘の音を届けられた。同時に、我々の存在も示すことが出来たでしょう」
「しかし鷺沢さん。私が言うのも何ですが、他に方法は無いものですかな。何も命まで……」
「生贄とはまさにそういうものです。『人柱』をご存じでしょう? 僅かな代償を払うことにより、大きな利を得る方法です。昔から行われてきた、いわば文化です」
「ではせめて一思いに……」
「残酷な儀式を好む神々は世界中に見受けられます。何もおかしなことではない。かつて残酷な処刑や拷問が人々の娯楽の一部であった様に、神々も例外ではないのです。むしろ今回は、撞き方が甘かったくらいですよ。こう言っては何ですが、とどめを刺すのがいささか早すぎた」
「あなたは……自分自身この儀式を楽しんでいる……そうでなければそのような発言はしないはずだ」
「否定はしません」
「それで、撞き方が甘かったと……?」
「私にとっては」
「では、離世様も満足されてはいないということでしょうか?」
「それは私にもわかりません。しかし先も申し上げた通り、鐘の音は確かに届けられた」
「……鐘の音に満足されたかは、直接聞いてみないとわからないということですか」
「まぁ、そうなりますな。聞くことが出来ればの話ですが……



























いかがでしたか? 離世様?」

腹責め合同誌「H!」のサンプルを掲載します。
全体の雰囲気だけでも知っていただければ。



合同誌タイトル:「H!」
配布イベント :コミックマーケット86
配布日時   :8月17日(日)
配布場所   : 東ナ 54b M.M.U.様スペースにて委託販売



number_55参加タイトル
「鶇(ツグミ)」



鶇(つぐみ)
鳥綱スズメ目ツグミ科ツグミ属に分類される鳥類。命名には諸説あるが、「(日本では)鳴かない鳥=口をつぐむ鳥」「つぐむ」が変化して「つぐみ」と命名されたとの説が有力。

(中略)

「人に興味が無い事は、悪い事じゃない」真里亞が悪戯っぽく笑いながら言った。「私も同じだから」
「……同じ?」
「そう。さっきも言ったけれど、私が興味があるのはお金だけ。他のことはどうだっていい。確かに飲食業は人に興味を持ち、人が求めるモノを提供することが成功への近道だよ。あくまでも教科書の中ではね。でも私はそんなことは端から信じていない。貧乏臭い大衆居酒屋のトイレに貼ってある、人の満足や笑顔がどうのこうのなんて薄気味悪い台詞は大嫌いだ。私の目的は人からいかに金を巻き上げるか……その一番の近道で、なおかつ法に触れない手段がたまたま飲食業だっただけ。今の店だってそうさ。ある程度顔が良くて胸の大きい女の子を集めて、安酒を運ぶ時にちらっと谷間でも見せておけば、馬鹿な男共が金を落としていく」
 真里亞はツグミに祈る様に手のひらを合わせた。人差し指に唇を付けて、下から見上げる様にツグミから目を離さずに言った。
「でも、このまま本店の猿真似をしていても何も始まらない。ただの色モノチェーン店の雇われオーナーで終わってしまう。それじゃあ稼げない。だから、ちょっとした悪巧みをしようと思うんだ」
「悪巧み?」ツグミが首を傾げながら聞いた。
「そう、悪巧み。今まで以上に客単価を上げて、なおかつ固定客ができるサービスを提案する。そのためには多少の汚いことをしても構わない。でも、ただの優秀な人間の出す企画ほどつまらないものはない。そんなものはとっくにどこかの店でやっている。私が求めているのはもっと『振り切れた』アイデアなんだ。馬鹿な男から増々金を搾り取れるようなギリギリのライン……バレなければ犯罪じゃあないからね。でもその為には、冷徹で口が堅く、聡明だけれどある程度頭のネジの外れた人間が必要なんだ。そう、例えば胸を触られただけでアイスピックを相手の目に突き立てようとするクールビューティーなバーテンとか……」
 ツグミは話を聞きながら、身体の底で微かに沸き上がる熱を感じた。学校から退学処分を受け、家から手切金代わりにマンションの部屋を与えられて縁を切られて以来、身体の芯はずっと冷めたままだった。死ぬことも考えたが、死ぬエネルギーすらもツグミからは消え去っていた。この二年間、ツグミは「生命を維持せよ」とプログラムされた機械の様に生きていた。機械的に呼吸をし、機械的に食事をし、機械的に眠った。あらゆることに対する欲や興味は全く無くなり、仕事に必要な身だしなみや衣類は定期的に整えたが、そこに自分の意志は全く介在しなかった。
「面白そうね……」ツグミは言った。面白そうという感情はずいぶん久しぶりだった。
 目の前に座る少女の様に見える真里亞。真里亞も「金以外は」という注釈がある以外は、概ね私と同じような人種なのだろう。身体の芯が冷めているため、外面までも冷めてしまったツグミと、身体の芯が冷めているからこそ、それ以上に外面が熱くなった真里亞。私ももしかしたらこういう風になっていたのだろうかとツグミは思った。根は同じでも、水と油。陰陽の太極図みたいなものかもしれない。私と真里亞は。
「じゃあ決まりだね……待遇はとりあえず今の給料の百五十パーセントと考えてもらっていいよ。もちろん貢献度によっては昇給するし、そうなると期待しているから。あと、最後に条件がひとつだけ……」真里亞はツグミのグラスに瓶に残ったワインを注ぎ、目の高さにグラスを上げた。ツグミもそれに合わせた。「私に敬語は禁止。上下関係ってやつが嫌いなんだ」
「……わかったわ」ツグミが言った。
 二人はワインを一息に飲み干すと、グラスを床に叩き付けて割った。

(中略)

「は……初めまして……楠瀬……は、はすみと言います……」
 楠瀬はすみは、事務所の四人掛けのテーブルに座りながら言った。声が震えている。ツグミは斜向いの椅子に座って、履歴書の写真と目の前に座っている少女の顔を確認した。同一人物であるという事務的な確認。学歴や職歴、特技や趣味の欄は読んでいない。そもそも字が汚いうえに、震えていて読み辛い。典型的な「読む気を失くさせる文字」だ。目の前で小さくなっているこの子は、履歴書を書いている時ですら緊張していたのかもしれないとツグミは思った。
 ツグミははすみの頭から胸まで視線を数回往復させた。顔立ちは中学生と言っても通りそうなほど幼いが、可愛らしく整っている。黒髪で、耳を隠す様にサイドの髪が長い。いわゆる触覚ヘアーも、おとなしそうな雰囲気によく似合っている。胸は……ギリギリ合格点と言った所か。それほど大きくはないが、綺麗な形をしている。真里亞の指示通に従えば、このまま会話をせずに出勤日だけ決めて帰宅させてもいい。
「煙草……」とツグミは言った。「吸っていいかしら?」
「……え? は、はい。大丈夫……です」
 慣れた手つきで短い煙草に火をつける。はすみはまるで興味深い化学の実験を見ている様に、ツグミの煙草に火をつける様子を食い入る様に見ていた。
 ツグミがちらりとはすみを見るとと、はすみは慌てて下を向いた。ここまで気の弱い女の子がなぜルーターズで働こうと思ったのか、ツグミは微かな興味を抱いた。ルーターズはどちらかといえば派手でセクシー系の店だ。はすみが仮に頭が悪い子だとしても、事前に店のホームページくらいは確認してから応募するだろう。そして何故、あえて自分のイメージとは対極にあるルーターズに応募したのか。
「……はすみちゃんだっけ?」ツグミが天井に向けて煙を吐きながら言った。
「は、はい! はすみです」
「……なんでルーターズで働こうと思ったの?」
「あ、えと……」はすみは母親に悪戯が見つかった子供の様に下を向いた。「お金が……必要で……」
「お金?」ツグミが言った。
「はい……恋人に……誕生日プレゼントを買ってあげたくて……」
「恋人?」ツグミ思わず聞き返した。なるほど。おとなしそうに見えて、やることはやっているらしい。
「大切な……人なんです……」はすみが下を向いた。
 ツグミは煙草を灰皿で揉み消しながら言った。「確かにウチのバイト代は他の飲食店に比べて高めに設定されているわ。でもそれは、それなりに大変だからよ。あなたもウチのホームページくらいは見たでしょう? あの衣装を着て、客に給仕するのよ? セクハラや下品な誘いは日常茶飯事。それを笑って受け流せるくらいじゃないと務まらないわ」
「は、はい……い、い……一生懸命頑張りますっ」
 はすみは肩の前で両方の拳を握ってみせた。「ん?」とツグミははすみのある一点を見て目を細めた。はすみの拳。人差し指と中指の付け根の関節。いわゆる拳骨の部分の皮膚が若干厚くなっている。
「……あなた、何かやっているの?」
「え……?」はすみが狼狽える。ツグミは落ち着く様に手のひらをはすみに向けた。
「変な意味じゃないわ。手の甲にタコみたいなものが出来ていたから……なにかの病気ならごめんなさい」
「あ……これは……」はすみは慌てて両手をテーブルの下に隠した。「空手をやっていて……拳ダコが出来てしまって……」
「空手?」ツグミが言った。恋人といい空手といい、はすみという少女はつくづくイメージから外れた答えをさらりと持って来る。「失礼だけど、あまりイメージ出来ないというか、少し意外だったわ」
「よ、よく言われます……」はすみは両手をテーブルの下に下ろした。

(中略)

「ルーターズでもやるよ、キャットファイトショー。見物料をうんと高くして、変態男共から金を巻き上げる。こういう人種は金に糸目を付けないからね。多少無茶な値段設定でも食いついてくるよ」真里亞が言った。
「……ちょっと待って頂戴」ツグミがデスクに肘を着いて、こめかみを押さえた。「『やる』ってあなた……ルーターズは飲食店なのよ?」
「何を当たり前なことを言ってるの? 何も鞍替えしようってんじゃないよ。定期的にスタッフのダンスショーをやっているでしょ。あれを月イチくらいで格闘イベントにしようってわけ。そんなにお金がかかるもんじゃ無いし。ウケなかったらすぐにでも止めるし」
「でも、ウチには格闘が出来るスタッフなんて……」言いかけて、ツグミは気がついた。二週間前にルーターズに入った陽向紗楽、そして今日面接した楠瀬はすみ。この二人はいずれも空手経験者だ。はすみの実力は不明だが、紗楽は有段者と聞いている。
「ツグミも気がついた?」電話の向こうで満面の笑みを浮かべている真里亞が浮かぶ。「記念すべき第一回の大役は陽向紗楽と楠瀬はすみに務めてもらうよ。キャットファイトは女子プロレスラーや女子ボクサーみたいないわゆるプロよりも、素人同士の戦いの方がウケるらしいんだ。ましてや普段身近に接客しているスタッフ同士のキャットファイト。話題性は結構あると思うよ。諸々の準備は私がやっておく。開催は月末くらいになるかな? はすみはそれまで二人を辞めさせないように引き止めておいて。私は明後日には帰国するから」
 そこまで言うと、電話は一方的に切られた。ツグミは煙草の買い置きを家に忘れたことを心の底から後悔した。

(中略)

 事務所のドアが強めにノックされる。このノックの仕方はおそらく紗楽だろうとツグミは思った。
「……どうぞ」
「おつかれーっす」
 ツグミが返事をすると、紗楽が気怠そうにガムを噛みながらドアを開けた。よくここまで不味そうにガムを噛めるものだなとツグミは思った。
「ツグミさん、在庫表持ってきたぞ」紗楽が在庫表の書かれたクリップボードを団扇のようにひらひらと動かした。
「……そこのテーブルに置いておいて」ツグミは言った。「この書類を作り終わったらチェックするから」
 日々、店のレジから事務所のパソコンに送られて来るデータをまとめるのはツグミの日課だ。年齢、男女比、来店時間と滞在時間、そして注文の内容などの日々の細かいデータを分析する。誰かに強制された訳でもない地味な作業だか、積み上げて行くごとに見えてくるものもある。
 ツグミはデータの入力を終えると、紗楽の座っている四人掛けのテーブルの斜向いに座った。クリップボードを手に取って、内ポケトからショートホープとオイルライターを取り出す。片手で器用に一本取り出して口にくわえ、ライターで火をつけた。
「お、ツグミさん、ヴィヴィアン好きなのか?」紗楽がツグミのライターを指差して言った。土星を宝石で装飾した様なデザインが彫られたライター。紗楽は自分の指に嵌っている小さなプレートが連なった指輪をツグミに見せた。「アタシも好きなんだよな」
「……ああ、これ?」ツグミはオイルライターを眺めて目を細めた。まるで自分がそんなものを持っていることに初めて気がついたように。「私は別に、好きでも何でもないわ……」
「…………ああ、そうかい」紗楽は溜息まじりに言った。ツグミとの会話が盛り上がらないことはいつものことだ。「アタシも一本吸っていいか?」
「好きにすれば?」ツグミがクリップボードに挟まれた資料から目を離さずに言った。「未成年のあなたがタバコを吸ったところで、咎める人なんて誰もいないわよ」
「そうかい、んじゃあ吸わせてももらうよ。灰皿あるか?」
 ツグミが無言でステンレス製の灰皿をテーブルの中央に置いた。
 クリップボードに挟まれた紙には、酒や食材の在庫数が紗楽の見た目に反して丁寧な字で細かく記録されていた。ツグミはボールペンを額に当てながら数字の羅列を目で追って行く。
「……牛肉の減りが早いわね。あとジャガイモ……」
 ツグミが言った。紗楽は頭を掻きながら日々の仕事を思い出した。
「あー……ツグミさんが発案したアメリカンフェアの影響だよ。『一ポンドステーキ』と『山盛りマッシュポテトのグレイビー掛け』がとにかく出てる」
「……そう」とツグミは一週間前の天気予報を聞いたときの様に返事をした。「……牛肉はグレードの低いものに変えるわ。産地も今のアメリカ産からオーストラリア産に変えて……その代わり肉叩きで入念に叩いて、味付けを濃いめにして頂戴。味付けもそうね……香りの強いワサビ、ニンニク、赤ワインをそれぞれベースにしたソースを三種類用意して。肉の味も誤摩化せるし、『選べる三種類のソース』とでも名付ければ客はありがたがって注文するわ」
 高級料理店の顧客ならばともかく、女の子の身体と露出の高い衣装目当てで来店する客に肉の味が解るとは思えない。ツグミはショートホープを灰皿で揉み消すと、頭の中でざっと原価と利益率を計算した。悪くない数字だ。
「わかった。じゃあさっそく業者に問い合わせて、肉の産地を変えさせるように指示するよ」
「その前に、先に見積を取って頂戴」
「見積? 値段は一覧表に載ってるぜ?」
 紗楽が言った。ツグミはちらりと紗楽を見ると、溜息まじりに下を向いた。
「……あれはあくまでも見せ値でしょう? そこからいくら下げさせられるかが、仕事というものじゃないの?」
 ツグミは軽く頭を振りながら言った。そんなこともわからないのかと言いたげなツグミの仕草に紗楽は内心腹が立ったが、いつものことだと自分に言い聞かせた。

(中略)

 ステージには三人の男が上がっていた。眼鏡をかけた学生風の、短髪で小太りの男。にやついた顔の、太って頭髪の薄くなったサラリーマン風の五十代と思しき男。三十代前半に見えるスキンヘッドで無表情の男だ。
 どの男達も一癖ありそうな連中だ。学生とサラリーマンはにやついた顔で絶えず忙しなく視線を動かし、スキンヘッドは一瞬も視線を離さずにツグミを凝視している。
「じゃあ、まずはもっとも高額な値段を付けた方からー」
 真里亞がステージの下でアナウンスした。サラリーマンが歩み出る。サラリーマンはツグミの顔や首筋に鼻を近づけ、音を立てて匂いを嗅いだ。
「ああ……いい匂いだぁ……ベビーパウダーみたいだよ」
 粘液にまみれた様な声に、ツグミの背筋に鳥肌が立った。
 ずぶり……とツグミの腹部に鈍痛が走った。ベストとブラウスを貫通して、男の脂肪で膨らんだ拳がツグミの華奢な腹部にめり込んだ。
「ゔッ!?」
 今まで味わったことの無い衝撃に、ツグミは嘔吐いた。胃を潰され、先ほど飲んだハイネケンが逆流して来る。
「うごっ……ぁ……うぶっ……!」
「んふぅー……ツグミちゃんの身体の中に俺のが………」
 ずぶり……ずぶり……。
 男の攻撃は単調だが、一撃一撃は重いものだった。
 同じ位置に、同じ強さで、ツグミの腹を陥没させる。
「ふッ……ぐ! おゔっ?! ぐぶッ!」
 ツグミの表情は拳が腹に埋まる度に苦痛に歪んだ。切れ長の目は限界まで見開かれ、頬を膨らませて無理矢理体内の奥から押し出された空気を吐き出している。
「ごぶッ!?」
 ずぶん……ごりっ……と今までで一番重い一撃がツグミの胃を抉った。まるで内臓に芋虫が巻き付いている様な不快感に、ツグミは体中を震わせた。
 男の荒い息づかいが聞こえる。興奮している様だ。スラックスの股の部分が隆起しており、時折もどかしそうにそこをいじっている。
「ツグミちゃん……いつも見てたんだよ……」男が言った。まるで違法な薬を使用しているみたいに、笑顔とも泣き顔ともとれない表情をしている。「いつも氷みたいに無表情でさぁ……え……エッチの時とか、どんな風な顔するのか、いつも考えていたんだよ……」
「……最低」羽交い締めにされたツグミが男を睨みつけながら言う。脂汗で額に髪の毛が貼り付き、唇の端からは唾液が垂れてブラウスを汚している。自然と男を上目遣いで見上げる格好になり、男は増々興奮度を高めている様だ。
「ふひひひ……たまらないよ……」
 ずぷん……と今までよりも重い一撃がツグミの腹を抉った。コットンシルクの華奢なブラウスが捻れ、貝ボタンが弾け飛んだ。
「ゔぐぅッ! あ……ごぶっ?! うぐっ……ぐぶっ?!」
 空いた生腹に連撃を受け、ツグミが嘔吐く。殴られる度に、上着に包まれた大きな胸が上下に揺れた。ステージ下の男達はギラギラとした目でステージの上を凝視している。
「はいそこまでー」
 真里亞の声がアナウンスされ、男は汗だくになりながらステージを降りた。
「ツグミー? 生きてるー?」
 真里亞が言った。ツグミは嘔吐きながら真里亞を睨みつける。
「……っく……はぁ……うぷっ……」
「大丈夫そうだねー。じゃあ次の方どうぞー」
 ステージには学生風の男が登った。にやついた顔で、顔や身体が全体的に丸みを帯びているが、肥満体という訳ではない。どちらかと言えば筋肉質な方だ。
「へへ……じゃあ……」男は笑みを浮かべたまま、ツグミの正面に立った。「楽しむとしますかねぇ」
 どすん……と、地面全体が揺れた様な衝撃がツグミの身体の中心から波紋状に広がった。

PRRSONA



 八月中旬、午後七時半。窓の外はまだ明るく、遠くに山の輪郭が見える程度には明るい。
 僕を乗せた九州新幹線はゆっくりと熊本を出発し、終点の新大阪を目指して走りだした。車両が徐々に加速し、微かな重力が僕の身体を後方に引っ張ると、僕は胸痛を感じて胸を押さえた。
 やれやれ、またいつもの発作か。
 慣れている僕は、いつもと同じように鳩尾の辺りを押さえると、亀が甲羅の中に頭を引っ込める様に下を向いた。
 仕事とはいえ、頻繁に自分の苦手な行為を繰り返すことは本当に辛い。僕の場合、新幹線や飛行機等の高速で移動する乗り物がそうだ。なぜかはわからないが、それに乗っている間に、自分の中の「何か」が少しずつ、しかし確実に抜け落ちてゆくのを感じるからだ。たとえば時速三百キロの速さで後方に、たとえば上空一万メートルの彼方へと、抜け落ちた「何か」は確実に遠ざかってしまう。そして、二度と僕の元へと帰ってくることは無いのだ。
 その「何か」が、いわゆる若さや情熱や信念と言われている様なセンチメンタルで曖昧なもののひとつなのかは分からない。しかし今でも、僕の中で「何か」は刻一刻と抜け落ち、減り続けている。
 僕は気分を紛らわそうと鞄の中を弄(まさぐ)った。ゼニアのスーツ生地で装丁したスクラップ帳が指先に当たる。俯いたままスクラップ帳を取り出して広げると、今日見つけたばかりの生地のサンプルをひとつひとつ指でなぞった。ざっくりとした荒い光沢のある生地で指が止まる。熊本の小さな工房が、岡山で織られたコットンサージの生地を泥染めしたものだ。生地は緑がかったダークブラウンで、所々泥染め特有の微かなムラがある。
 女性的な綾織りの上品さと、男性的な力強い染めを兼ね備えた素晴らしい生地だった。
 やはり、綾織りが良い。必要であれば平織りの生地を探すこともあるが、僕の探す生地のほとんどは綾織りだ。綾織りは平織りに比べ強度は弱いが、その立体的な陰影や滑らかな手触りは平織りとはまた違った魅力がある。上品、女性的、儚さ、そして何より、名前の「綾」の文字そのものが美しい。
 来年の十月には美しい服に生まれ変わり、パリのランウェイを闊歩するのかもしれないと思うと、少しだけ気分が回復した。
「あの……大丈夫ですか……?」
 声をかけられて顔を上げると、瑞樹(ミズキ)が驚いた顔をこちらに向けていた。
「あれ? 悠(ユウ)さん? またいつもの発作?」
「ああ……まぁ、そんなところ。瑞樹は何でここに?」
「友達の結婚式があったので、鹿児島の実家に帰ってました。まぁ、日帰りですけどね」
 瑞樹が歯を見せずに笑う。僕が隣のシートから鞄を下ろすと、瑞樹はそこに座った。今日のグリーン車は僕達以外の乗客はいない。
 なんとなく瑞樹の全身を見る。白髪に近いほどブリーチされたプラチナアッシュのショートボブに、控えめな化粧。身長は低く、体つきもスレンダーだ。ボーイッシュで整った外見と色白の肌が、派手な色の髪に実に合っている。
 そして瑞樹はいつものように、僕達が所属するブランドの本ラインを見事に着こなしていた。今日はフリルの付いた黒いシャツに白のネクタイを締め、縮絨させた黒いポリエステル生地のライダースジャケットをワンピースドレスの様に仕立てた服を着ていた。服だけを見れば、正直近寄り難い雰囲気だろう。しかし、黒ずくめの服から唯一浮き上がったネクタイの白を、瑞樹の色素の薄い肌と髪色が見事に拾い、全体として非現実的な魅力を醸し出している。
「今日はどこまで行ってたの?」
「熊本。駅を降りてからは遠かったけど、とても良い生地を見つけたんだ。来年十月の春夏で使われるかもしれない」
「来年かぁ……ということは実際に着られるのは再来年だなぁ」
 他愛無い会話をしていると、瑞樹は車内販売員に席の変更の手続きを済ませ、ついでにビールを二本頼んだ。一本を僕に差し出しながら、片手で器用に自分のビールのタブを起こしている。僕がタブを起こすのを見計らって雑な乾杯をした。
 こういう軽快さも、瑞樹が男女共に人気のある理由のひとつなのだろう。そして瑞樹は自分がどのような美しさを持っているのかを完璧に知っている女性だった。そして、それを嫌味無く生かす術にも長けていた。性格もさっぱりしていて、よく笑い、冗談も言う。 年下だが、本当に人間として尊敬出来る人だった。
 その瑞樹と付き合いはじめて、来月で半年になる。
 僕と瑞樹は博多駅で乗り換え、繁華街で下車すると、お互い特に会話もなくホテルへと入った。僕の性器は電車を降りた頃には既に準備が整った状態であったし、瑞樹も身体の距離を近付けて、それとなく合図を送っていた。
 部屋に入り、長いキスをしながら服を脱がせ合う。瑞樹の熱っぽい息と、溶けたバターの様な舌が心地良い。そして普段は決して見せない瑞樹の蕩けた顔が、僕を更に興奮させた。
「はぁ……ねぇ、お風呂……」
 瑞樹の声を無視して控えめな胸を触ると、小さな肩が少しだけ震えた。僕はこのままでも構わなかったが、瑞樹に自然に引っ張られる形で浴室へと入った。瑞樹の髪を濡らさないように気をつけながら全身を洗ってやると、瑞樹は控えめに声を漏らした。身体を洗っているうちに、瑞樹も既に準備が出来ていることが分かった。
 僕はその瞬間、心が急激に冷えてゆくのを感じた。
 またか、と思った。そして僕は踏みとどまろうと必死だった。またか。冗談じゃない。僕は必死に頭を暴走させようと様々なことを考えたが、心の冷却は止まらず、気がついた時には南極に独りで取り残された観測隊員の様な絶望的な気持ちになっていた。
 瑞樹はそれを感じ取ったのだろう。シャワーの湯が頭にかかるのも構わずに跪いて、僕の性器を口に含んだ。唇を出来る限りすぼめて頭を上下に振る。興奮させる為に僕の腰に手を回して、上目遣いで悩ましい視線を送った。普段の凛とした瑞樹を知る者であれば、たまらない光景だろう。
 しかし僕は全く反応を返せなかった。
 瑞樹は少し諦めた様な表情で僕の性器から口を離すと、背伸びをして僕の耳元に唇を近付けた。
「今日もダメっぽい……?」
「………………うん」
 瑞樹は、気にしないでと言いながら僕の首に腕を回してくれたが、僕は絞首台を前にした死刑囚の様な心境だった。やめてくれ、優しくしないでくれと、自分の不出来を責めた。しばらくシャワーを浴びたまま瑞樹に抱かれていると、瑞樹はふっと溜息を吐いて、僕の首にキスをしながら小さな声で言った。

 「あれ……しようか」

 瑞樹は浴室の壁に背中を着けると、少しだけ怯えた顔をして僕を見た。濡れた髪が数本顔に貼り付いて、妙に艶かしかった。瑞樹に近づく。唇が少し震えていた。目が泳ぎ、僕と目が合うと慌てて逸らす。
「しようよ……好きにしていいから……」
「いいの……?」
 僕は自分の声が強い興奮で震えていることを感じた。気がつくと、僕の下半身も同様に興奮していた。瑞樹はそれを見ると微かに笑った。
「うわ、すご……効果覿面…………優しくしてよね」
「うん……」
 僕はいい加減に返事をすると、拳を固く握り、瑞樹のスレンダーに引き締まった腹部に埋めた。
「うぶっ?!」
 泣き笑いの様な表情を浮かべた瑞樹の顔が一瞬で苦痛に歪み、身体がくの字に折れる。僕は瑞樹の顎を掴んで身体を起こさせると、同じ場所を殴った。
「ふぐうっ! あ……あッ…………ゔうっ!」
 何回も拳を突き込んだ後、しばらく抜かないでおく。固い腹筋を通して、柔らかい内臓が蠢くのを感じた。瑞樹が息を吐きだすタイミングを計って、拳を更に押し込む。瑞樹の身体が電気を通された様に跳ねた。一瞬意識が飛んだのだろう。僕に倒れ込む様に、瑞樹の背中が、ふっと壁から離れかけた。僕は瑞樹を壁にめり込ませる様に、瑞樹の鳩尾を抉った。
「ぐぁッ?!」
 閉じかけていた瑞樹の目が限界まで開かれる。鳩尾を責められる苦痛は、腹部を責められる苦痛とは質が違う。直接心臓に衝撃を与えられる、命の危機を伴う苦痛。瑞樹が嘔吐くと同時に、粘度の高い唾液が吐き出されて僕の腕にかかった。瑞樹は腰から下が無くなった様に崩れ落ちるが、僕は瑞樹の脇の下に腕を回して無理矢理立たせた。壁にもたれかかる様にして辛うじて立ってはいるが、膝が笑っていて今にも倒れそうだった。
「ぐぷっ……も……無理……ごめ……」
 涙の溜まった焦点の合わない目で必死に僕に訴えかける。唇は既に紫色になり、飲み込めない唾液が白い肌の上で光っていた。
「……終わりにするよ」
 僕は鳩尾に拳を突き込むと、心臓を潰す様に拳を押し込んだ。そこは固い筋肉に包まれた身体の中で、ぽっかりと空いたクレーターの様に感じた。瑞樹は限界まで口を開いて濁った悲鳴を上げると、僕に倒れ込む様に崩れ落ちた。力が入らないのだろう。床に尻を着けたまま、僕の太腿にもたれかかる様に座り込んでいる。
「口開けて……」
 僕は破裂しそうな性器を瑞樹の顔に向けた。瑞樹も朦朧とした意識の中で舌を出す。僕はその上に放った。








続きはAwA様主催の腹責め合同誌「ぽんぽんいたいの×2」にて!
※サンプルは本文の全8ページ中、3ページまでを公開させていただきました。

さて、第1回に続き腹責め合同誌「ぽんぽんいたいの」に参加させていただきました。
今回はいつもと趣向を変えて「リアル系」「一人称」に挑戦してみましたが、これが難しいこと難しいこと……。
主人公の心理描写しか出来ないため、他の登場人物の気持ちが上手く表現出来たか不安ですが、なんとなく感じてもらえることがあればありがたいです。

では、他の参加者様の作品も楽しみにしております。

最後になりましたが、主催のAwA様、お誘いいただきましてありがとうございました!





☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
主催    AwA(電脳ちょこれーと
配布日時  8月12日(月)
配布場所  コミックマーケット84夏 
スペース  東ア60a(電脳ちょこれーと)
タイトル  腹責め合同誌「ぽんぽんいたいの×2」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

b800


詳細は↑のバナーから。。。

一撃さんのキャラクターで思いつくままに短編を書かせていただきました。
筆休めの為に書いたので、ストーリー等ありませんが、お暇な時に読んでいただければと思います。

何気に今回で一撃さんの男性キャラクターは全員来ていただきましたね。
勝手に動かしてしまったので一撃さんの真意とはズレているかと思いますが、これはこれとして楽しんでいただけると有難いです。

また、途中で一撃さんのイラストのリンクを挿絵代わりに貼っておきますので、会わせてお楽しみ下さい。







 今年は去年にも増して残暑が厳しい。
 蝉の数は九月下旬になっても一向に減らず、今でもけたたましく命を摩り減らす様に鳴いている。人間の立場からすれば、地上に出てたったの七日そこそこで寿命を迎える蝉は同情に値するだろう。なぜなら余裕があるからだ。少なくとも俺は不慮の事故でもない限りあと七十年くらいは生きると思う。日数にして、あと約二万五千五百五十日。なんならそのうちの七日くらいを蝉にくれてやってもいい。蝉は寿命が二倍になるが、俺にとっては誤差みたいなものだ。少なくとも、病床に臥せっておらず五体満足な今の俺の立場ではそう思う。
 立場と言えば、目の前の男はその蝉の寿命すらよこせと言うのかもしれない。
 見た所、男は自分の命が無くなるか無くならないかの瀬戸際のようだ。悪い方に転べば、男の寿命はあと十五分くらいだろうか。
「待ってくれ! 話せばわかる!」
 二人の男女は共に学生服を着ていた。年は十七、八くらいだろう。 男が女の動きを止める様に両手を前に出して叫んだ。男は遊び慣れていそうな雰囲気だ。胸元で趣味の悪いネックレスが叫んだ瞬間にかちりと鳴った。それに対し女は真面目そうな印象だ。だからといって決して芋っぽい印象は無く垢抜けている。シャギーの入ったショートヘアをクナイの形をしたヘアピンで留めていた。
「冷静になってくれ! 頼む!」
 ここはどこかの公園のようだ。男女はおそらく公園の中に作られた池にかかる橋の上で対峙しているのだろう。暗闇の中、橋の赤い手摺が光に照らされてやけにはっきりと浮かび上がっている。
「無理よ……もう無理……」
 女は薄笑いを浮かべながら、男に向かって一歩踏み出した。その顔は笑っているというよりは、獣が牙を剥き出しにしている様に見えた。
「冷静になんてなれるわけないじゃない……もう、こうするしか無いのよ……」
 しゃん……と乾いた音を立てて、女は腰に付けている短刀を抜いた。
 曇りの無い濡れた氷の様な切っ先には、怯える男の顔が映っている。
「やめろ! 何でもする!」
「何でも……? じゃあ死んでよ!」
「う……あ……」
「あなたはいつもそうだった……都合が悪くなると口ばっかりで上辺だけ取り繕って……少し経つと全部忘れて……。もううんざりよ……。二度と喋れないようにしてあげる……。私にも、愛してるって言ってくれたのに……結局それも嘘だったんでしょう!? いいわ……願いを叶えてあげる……すぐにあの子も送ってあげるから……好きなだけ向こうで好き合いなさいよ」
「違う……違う……」
 女が器用な手つきで短刀を弄ぶ。不気味に笑いながらジャグリングをする様にの様に刃先をくるくると回した後、逆手から順手に持ち替えた。男が一歩下がる。女が片方の手を柄に添えて男に向かって走る。速い。一気に距離を縮めると、男の左胸に冷たい刃を正確に突き刺した。
「がっ……?! あ……」
「……アノ子ヲ選ンダアナタガ悪インダカラネ……私ガコンナニ愛シテイルノニ……」











 幕が降り、周囲から歓声と拍手が沸き起こった。
 再び幕が上がる。登場人物全員が手を組んで舞台の上でお辞儀をした。観客は熱狂し、次々と立ち上がる。スタンディングオベーションだ。
 俺は立ち上がることもせずに、後方の席に座ったまま焼きそばパンを頬張った。文化祭の出し物にしては、なかなか面白かったと思う。そして今日のターゲットは舞台の上のヤンデレ——役だった——女だ。名前は一ノ紅杏。年は俺と同い年くらいだろう。普通の学生生活を送っているが、くノ一だ。 ついでに言うと胸がデカイ。
 体育館からゾロゾロと人が出て行く。人ごみに紛れて白鬼様に電話をかける。ワンコールで出た。いつものことだ。
「どうだ?」
 静かだが凄みのある声。俺の本能が生物的に白鬼様の方が優れていることを伝える。俺が俺に対し、今のお前では勝てないと言うのだ。それはいつも俺を苛つかせる。
「今、劇が終わりました。これからターゲットは自由時間になります」
「で?」
「いつもの行動パターンから、これから妹と合流するでしょう。その後、適当に出店や出し物を観た後に帰宅すると思われます」
「よし、そのまま尾行を続けろ。わかっているとは思うが、今日はあくまでもターゲットが他の忍と接触するかどうか確認するだけだ。その学校には他に忍の者が潜んでいる可能性はあるが、仮に発見しても戦闘は極力避けろ。いいな?」
「……承知しておりま」
 俺が言い終わらないうちに通話が切れた。少し乱暴に携帯をポケットにしまい、八つ当たりする様にパンを噛み砕いて嚥下した。
「なんなんだよ……俺だってすこしは楽しみたいっつーの。ここんとこ調査調査で身体がなまってるっつーのに……。俺がこれ以上太ったらどうするんだよ! ただでさえ俺は目立つんだから、隠密はそれ専門のネズ公に任せろっつーの!」
 人が居ない校舎裏まで来ると、鬱憤を晴らすように地団駄を踏んだ。最近の白鬼様の行動はまるで読めない。あれこれ指示を出してくれるのはいいが、その真意が全く見えないのだ。電話も用件のみ。会話はほとんど無い。まるで制限時間を知らされないまま耐久レースに挑むドライバーの様な気持ちだ。今日だって白鬼様は他の組織のお偉方との会合でどこかに集まっているらしい。少数精鋭で一匹狼を気取る白鬼流忍衆が聞いて呆れる。
 数年前、俺と白鬼様と子助の三人で未来を語り合った日々が懐かしい。ある日、俺が冗談で全員身体のどこかにハートのモチーフを身につけることを提案したことがある。子助はいつもの様子でこき下ろしたが、白鬼様は笑いながら了承してくれた。そして今でも全員身体のどこかにハートのモチーフを身に付けている。それが俺の支えだ。

「あぁもう本当に怖かったよ。お姉ちゃん目が本気だったもん」
 背後から声が聞こえて、俺は慌てて階段の影に隠れた。
 一ノ紅杏と妹の阿音が揃ってこちらに向かってくる。二人とも普通の学生生活を送りながら、その裏で忍びとして活躍している。妹は長めの髪を頭の後ろで縛った髪型をしている。姉よりも活発そうな印象だ。ついでに言うと妹も胸がデカイ。
「だから、あれは演技だって! 仮に振られても私はあんな行動取らないわよ」
「どうだかー。実際お姉ちゃんに彼氏が出来たらわからないよ。こればっかりは経験しないとね」
「それだったら阿音だってわからないじゃない」
「それは言わないでよ! というかあの相手役の男の人、本気で泣いてたよね? 劇が終わってもずっと震えてて、しまいには『杏さん……なんであんなにナイフ扱うの上手いんですか……?』って聞かれてたでしょ?」
「あー、あれはちょっと調子に乗っちゃって……」
「くるくる回してたもんねー。まぁ、職業病ってやつ?」
 軽口を言い合った後、二人して笑い合う。仲が良いのだろう。俺が隠れている階段に座って十分程度談笑した後、妹が用事があると去って行った。
 しばしの沈黙。蝉の声は相変わらずうるさい。

「……で、何が目的?」

 階段から声。やはりバレていたか。
「身体も大きければ気配も大きい……あの子は気付かなかったみたいだけど。せっかくのお祭りなんだから、静かに楽しむ訳にはいかないかしら?」
 ああ、だから隠密は苦手だと言ったんだ。俺は諦めて階段から姿を現す。俺の図体のデカさを見て、杏は少し目を丸くした。
「さすがだっつーの。いつからバレてた?」
「最初から」
「そうかぁ、やっぱ痩せなきゃなぁ……」
 俺はそう言いながらポケットからカロリーメイトを取り出して箱を開けた。
「もう単刀直入に聞くわ。杏ちゃんさぁ、この学校に君達以外の忍っていないの? つーかいるでしょ? 何年何組の誰?」
「……あなた本当に隠密に向いてないわね」
「面倒くさいこと嫌いなんだよ。教えてくれたら大人しく帰って寝るからさ。頼むよ」
 呆れ顔の杏に右手で拝む様に頼む。どうでもいいけど「呆」と「杏」って紙一重だよな。報告書にワザと「一ノ紅呆」って書いて提出してみるか。いや、流石に阿呆の演技も飽きてきたし、そこまですることもないな。
 馬鹿なことを考えているうちに、目の前の杏の姿が消えた。背後から殺気。振り返る。俺の肩ぐらいの高さまで軽々と跳躍していた。忍者刀を構えている。本物かこれ? たぶん模造刀だろう。
「はい正当防衛成立ね♪」
 俺はカロメの箱の中に忍ばせた煙玉の袋を破いた。箱の中で薬液が混ざり合い、一瞬で周囲に消火器をぶちまけた様な煙が充満する。杏は一瞬怯んで顔を庇う様に両手を上げる。甘い。甘いよ。腹ががら空きだ。
 俺は振り返る勢いを乗せて、杏の細い腹目掛けて拳を突き込んだ。驚きで全身の筋肉が緩んだのだろう。水を含んだ温かいスポンジの様な感触が、俺の手首と肘の中間くらいまでを包んだ。
「ぐふぅッ!!」
 杏の目がこれ以上無いくらい見開かれる。内臓が掻き分けられ、潰された空っぽの胃が悲鳴を上げているのがわかった。杏の舌は限界まで飛び出し、唾液の飛沫が俺の顔にかかる。
 ぐりっ……と拳を捻ると、杏の身体が跳ねて顔が天を仰ぎ、声にならない悲鳴を上げる。
 杏の瞳孔は焦点が合わず、しばらくふるふると泳がせた後、やがて上瞼にぐりんと裏返った。あと数秒で失神するらしい。
「だから甘いっつーの!」
 俺は意識がほとんどぶっ飛んでいる杏の腰に抱き付く様に両腕を回した。胸の割に、意外と細い腰だ。さて、力加減が難しい。下手をすると背骨まで折っちまう。情報はまだ何にも聞けてないからな。一撃
「あああああああああああああああッ!!?」
 ベアハッグだ。
 杏の背骨から厭な音が聞こえたので、少し力を緩める。
「がッ……!? ああぁ……! あああぁぁぁ!!」
 杏は完全に白目を剥いていた。おそらく本能が生命の危機を感じて、無意識に警告音として悲鳴を上げさせているのだろう。俺は顔に当たる胸や腹の柔らかさを堪能した後、両腕の力を抜いた。崩れる様に杏の身体が地面に落ちる。完全に気を失っていた。とりあえず俺が隠れていた階段の影に杏を寝かすと、頭を掻きながら携帯を取り出す。
「さぁて……どうすっかな。ついやっちまった。白鬼様になんて言い訳するか……」
 通話履歴から白鬼様にかける。ワンコールで出た。いつものことだ。
「どうだ?」
「あーそのー……一ノ紅姉妹の件なんですが……姉の方と戦闘になっちまいまして」
 無意識に声が震える。
「で?」
「いえ、『で?』と言いますか……」
「やると思ったよ。お前のことだ。どうせ向こうからけしかけさせるために、わざと気配を消さずにいたんだろ?」
「え……いや……その……はい」
「いいさ。 長い付き合いだ。お前の行動くらい読める。繰り返すが、想定の範囲内だ。処理は上手くやれよ」
「はぁ……あの……」
「まだ何かあるのか?」
「いえ、最近ほとんど事務的な連絡のみでしたので、会話をしていることに驚いてるっつーか……」
「……そんなことか。信頼しているんだから、無断に長話する仲でもないだろう」
「あ、は……ありがとうござ」
 俺が言い終わらないうちに通話が切れた。俺は携帯をしばらく見つめた後、ポケットにしまう。Tシャツにプリントされているハートのマークがすこし浮き上がって見えた。

今回も告知のみですみません。

前回お伝えした[PARTY_PILLS] DL版についてですが、サイト様より発売開始の案内をいただきました。

よろしければ上記バナー、または下記の画像リンクよりお求めください。

よろしくお願いします。



AwA様主催の腹責め合同誌「ぽんぽんいたいの」に参加させていただきました。

コミックマーケット83冬 3日目(12月31日)
東3ホール エー07b

にて配布予定ですので、よろしくお願いします。

124ページ、総勢23名によって繰り広げられる腹責めの狂宴……
皆様、除夜の鐘で煩悩を打ち消す前に、是非ゲットして下さい!


自分はせっかくのコミケと言うことで、今回は東方の二次創作を書かせていただきました。
風見幽香メインの小説で8ページ、豪華作家陣に紛れてこっそりと参加していますので、よろしくお願いします。


b400





昔話をしようか〜DAHLIA〜  ※サンプルのため責めシーン無し



 二十三時を過ぎると、秋特有の涼しい夜風が、昼間の残暑を押し流す様に幻想郷を駆け抜けた。
 風になびく薄(すすき)を遠くに眺め、風見幽香は自分の庭にこしらえたガーデンチェアに座り、テーブルの上に置かれた薄造りのワイングラスに白ワインを注意深く注いだ。
 こんな日は、いつも胸が締め付けられる。
 秋風が身体を駆け抜けると同時に、無数の刃で心臓を少しずつ削り取られている様だ。
 おそらく今、自分は酷い顔をしているのだろう。
 幽香はワインを一息にあおると、長い溜息を吐いた。秋なんて早く過ぎ去って仕舞えばいい。
 先ほどから周囲の虫達がざわめいている。リグルがこちらへ向かっているのだろう。よくもまぁ自分なんかの所に好き好んで通うものだと思い、自虐的に苦笑する。
 馬鹿な氷の妖精も、ボーイッシュな蛍も、鳥頭の鰻屋も、しっかり者の大きな妖精も、みんな自分に正直だ。無理に背伸びをすること無く、自分のことをきちんと理解し、精一杯生きている。
 背伸びをすると、少しの間だけ景色が変わる。だけど、背伸びをし続けると、爪先が痛くなってくる。そのことは、充分すぎるほど理解しているはずなのに……。

 僅かに鈴蘭の香りを感じ、リグル・ナイトバグは溜息をついた。やれやれ、この高度でも香るのか。今日はいつにも増して高度を取ったつもりだったが、無駄だった様だ。
 背後を振り向くと、虫達の羽音が戦闘機の轟音の様にリグルの鼓膜を揺さぶる。既に数百匹近くが鈴蘭の芳香に誘われて地面へと吸い込まれて行ったが、まだ十分な数は残っていた。
 一週間前までは僅かに居た蝉はとうとう一匹もいなくなり、代わりに鈴虫や松虫などの秋の虫が増えている。夏はきっぱりと幻想郷に別れを告げて、どこか遠い場所で深い眠りについたのだろう。
 無名の丘を過ぎると、リグルは頭から生えた二本の触覚を小刻みに動かしながら、ゆっくりと高度を下げていった。その先の小さな渓谷を過ぎると、周囲の景色から浮き立つ様に色づいた盆地が見えてきた。夏の間は向日葵の黄色で埋め尽くされていたこの太陽の畑も、今では薄や桔梗、萩の花で落ち着いた色合いになっている。
 太陽の畑の入り口で虫達を放つと、夜露を求めて一斉に四散する。最後の一匹を見送った後、リグルは太陽の畑の更に奥を目指す。いつもの場所に、この畑の主が居るはずだ。

 太陽の畑の中心部近く、少し小高くなった丘の上に、こぢんまりとしたログハウスがあった。幻想郷に限らず、力ある者はその力に比例して大きな住居に住むことが多いが、このログハウスは主の実力からすると途方も無く小さかった。
 ログハウスの庭先のガーデンチェアで、風見幽香が小さめに切ったチーズをつまみながらワイングラスを傾けていた。テーブルの上のガラスで出来た水鉢にはカモミールの花が浮いている。
 リグルはその静かな時間を壊さない様に、そして足下の秋桜を踏まない様に、幽香の後方の少し離れた場所に注意深く着地する。いきなり正面に着地するのはスマートではない。
「ごきげんよう幽香さん。良い夜ですね」 
「本当ね。今日は満月だけど、とても静かだわ」
 幽香は背後を振り返らずに答えると、少しだけワインを口に含んだ。許可を得てからテーブルを挟んだ向かいの椅子に腰を下ろしても、幽香の視線は地平線の先まで続く桔梗の絨毯を向いたまま動かない。透き通る様な幽香の肌は、月光を浴びて白磁の様に見えた。
「ここはいつの季節も花で溢れていますね。夏の向日葵も凄かったけど、秋でもこんなにたくさんの花が咲くなんて」
「花の咲かない季節は無いのよ。注意深く見れば、たとえ冬でも咲いている花はあるの。人も動物も、越冬に必死で視界に入ってこないだけ……貴女もいかが?」
 ワインのせいか、幽香はいつもより少しだけ饒舌だった。
 リグルが頷くと、新しいグラスに淡い黄金色のワインが注がれる。白い花を思わせる芳香が、グラスに鼻を近付けなくても漂ってきた。葡萄の品種はおそらくリースリングだろう。
 リグルが軽く口に含むと、上品な酸味の中に蜂蜜に似た甘さが微かに広がり、自然に溜息が漏れる。
「美味しい……」
「そうでしょう? 今年の紅魔館のワインは本当に出来が良いわ。紅魔館をあげて作っているフルボディも良いけれど、門番が趣味で少しだけ作っているその白も、かなりの出来映えよ」
 リグルは幽香の赤い瞳に吸い込まれるような錯覚を憶える。満足そうに目を細める幽香を見て、リグルがぽつりと呟いた。
「……幽香さんはすごいですよね。余裕があるというか。八雲紫さんや西行寺幽々子さんみたいな世界を変えるほどの力がある妖怪にも全く媚びること無く接しているし、ボクみたいな妖精にも対等に口をきいてくれるし……本当に憧れますよ」
「……そんな大したものじゃないわ。別にいつも余裕綽々としている訳じゃないし。今日は良いお酒が手に入ったから、誰かに自慢したかっただけよ」
 リグルは少し驚いた表情の幽香をワインを透かして見た。薄い黄金色のスライドを通して見ても、吸い込まれそうな赤い瞳の魅力は少しも変わらなかった。
 二人はしばらく他愛も無い会話をしながらグラスを傾け、ボトルが空になる頃にリグルがお礼を言って帰って行った。幽香がグラスと空になったワインボトルを持って家に入ろうとすると、屋根の上で青白い布がはためいているのが見えた。首を傾げがら屋根に登ると、チルノが大の字で気持ち良さそうに寝ていた。青いワンピースの数カ所に小さな焦げ跡がある。幻想郷では珍しいことではない。おそらく弾幕勝負に負けてここまで吹き飛ばされてきたのだろう。
「こら、人の家の屋根で勝手に寝ないで頂戴」
「んあー……何だ幽香か……」
「人のことを何だとは失礼ね。貴女が寝ぼけて屋根の上で馬鹿でかい氷柱でも出されたら困るのよ。自分の家に帰るか、せめて私の家の中に入りなさい」
 チルノは上体を起こすと、眠そうに目を擦りながら幽香のスカートの裾を掴む。家に入れてくれということらしい。幽香は腰に手を当てて軽く溜息をついた後、チルノを小脇に抱える様にして屋根から降りて、ログハウスのドアを開けた。
 家の中は少し寒いが、まだ暖炉に火を入れるほどでもない。それに入れたら入れたで、この小さな氷の妖精が暑いと騒ぐだろう。
 寝ぼけ顔のチルノをソファに座らせた後、丁寧にカモミールをメインにブレンドしたハーブティーを淹れる。微かにリンゴの様な香りがポットから漂う。
 カップをチルノに渡すと、小さな手で大事そうに口に運んだ。
「……まずい」
「薬だと思えばいいのよ。満月の日に飲むと昂った気持ちがいくらかマシになるの。で、誰に負けたの?」
 幽香がテーブルを挟んだ向かいのソファにもたれる様に座りながら聞くと、チルノは唇を尖らせて不満そうに口を開いた。
「……また魔理沙に負けたんだよ。あいつパワーだけはあるし、すばしっこいからあたいの攻撃全然当たらないんだ」
「まぁ、天狗には遠く及ばないとはいえ、確かにあのスピードは厄介ではあるわね」
「幽香には全然厄介じゃないだろ。そんなに強いんだし。いくら魔理沙が逃げたって大砲一発じゃないか」
 幽香のティーカップが、薄桃色の唇の直前で止まる。
「……さぁ、どうかしらね」
「幽香はすごいよな。強いスペルカードいっぱい持ってるし。あたいなんて今日のために新しいスペルカード作ってきたのに全然効かなかったよ。でも、次は負けないんだ!」
「……また勝負するの? 次も負けるかもしれないのよ?」
「なら次の次で勝てばいいんだよ! あたいが勝つまでやるんだ! まだスペルカードのアイデアはたくさんあるからね!」
 チルノはカップの中身を一息にあおると、氷の妖精の名前に相応しくない太陽の様な笑顔を幽香に向けた。時折この子の無邪気さが本当に眩しく見える。
「……強いのね、貴女は」
「当たり前だよ! なんたって、あたいは最強だからな!」

(私は最強だから!)

「……ッ!」
 幽香が額を押さえて微かに呻くと、チルノが心配そうに覗き込んだ。
「ど、どうした幽香? 頭痛いのか?」
 幽香は顔を上げずに首を振る。五秒ほど頭を抑えた姿勢のまま静止した後、ゆっくりと顔を上げて、天井を見ながら溜まった息を吐き出した。
「大丈夫……少し目眩がしだけよ……。この時期になると昔のことを思い出して、つい……ね」
 声に出してから、はっとして口元を押さえる。チルノを見ると、心配そうな顔をして首を傾げていた。
 結局その日、チルノは幽香の家に泊まることになった。
 熱い、溶ける、面倒くさいと嫌がるチルノを引きずって一緒に風呂へ入り、チルノのためにソファに毛布を掛けていると不満そうな顔をしたので、一緒のベッドで寝ることにした。
 ベッドに入ってからも、チルノは時々ごそごそと動いてなかなか寝付かなかった。
「眠くないの?」
「うん! 幽香の家に泊まれてワクワクしてるんだ。朝まで起きててもへーきだよ!」
 幽香が「それは勘弁ね」と言うと、チルノが頬を膨らませながら、幽香の胸に腕を回す様に抱き着いてくる。
 柔らかい髪の毛が脇の下に当たって少しくすぐったい。
「じゃあ眠くなる様にお話。お話して。コメディでもホラーでも何でもいいよ」
「あのねぇ……これでも私、危険度極高の友好度最悪で通ってるんだけど……」
 幽香がこめかみを抑えながら、空いている左手で無意識にチルノの髪を撫でると、チルノは猫の様に身を捩らせた。
「まともに声をかけてくるのなんて紫と幽々子と鬼の連中くらいだし、ましてや家まで遊びに来るのなんて貴女とリグルくらいよ。ねぇ、今更だけど……貴女私と会ってて楽しいの?」
「んー……もちろん楽しいけど、なんか近くにいると安心するんだ。懐かし感じがするってリグルも言ってたし」
「……懐かしい?」
「うん。懐かしくて、少しだけ悲しいからまた会いたくなるって……。ねぇ幽香、お話は?」
「ん……じゃあ、少しだけお話してあげる。その代わり、お話を聞いたらちゃんと寝ること。睡眠が不足すると健康に悪いわよ」
「うん、約束する!」
 幽香は覚悟する様に深く息を吸い込むと、チルノから視線を外して天井を向き、ゆっくりと口を開いた。いつもより饒舌になっているのは、ワインと満月のせい。そして、毎年自分をたまらない気持ちにさせるこの季節のせいだ。たぶん、きっと。
「そうね…………昔話をしようかしら」



number1


number2


number3

昨日、仲良くしていただいているシャーさんが素晴らしいシオンのイラストを描いて下さいました!

イラストを見ているうちに妄想が膨らんで来たので、1本書かせていただきました。

おそらく自分だけでしょうが、どことなく中国っぽい雰囲気が感じ取れましたので舞台は日本を離れて中国。時期的にシオン編の1年前、まだ彼女が副会長だった頃のお話です。

突貫工事甚だしい文章ですが、シャーさんのイラストのお供になればと思います。

お暇な時にどうぞ。




同じ空の下で


 深い飴色に変化した槻(けやき)の壁に囲まれた茶室の中には、長い時間をかけて染み込んだ茶の香りがほんのりと漂っていた。
 シオンは円座に正座したまま合掌する様に顔の前で手を合わせ、緑色の目をキラキラさせながら老婆の流れる様な動作を息を飲んで見ていた。真っ直ぐに下ろしたプラチナブロンドの髪が背中を流れ、毛先がわずかに床に着いている。
 聞香杯になみなみと淹れられた金色の液体がシオンの前に差し出さされる。シオンはその上に茶杯をかぶせて手早く裏返し茶杯に茶を移すと、聞香杯に残った香りを聞いた。
「はぁぁ……」と、シオンの顔が溜息と共にほわっと緩む。
 壊れ物を扱う様に両手で大事そうに持った茶杯を注意深く傾けて、金色の液体を口に含む。白い喉が何度かこくこくと動く様が艶かしい。
「ふわぁ……なんて素晴らしい香り……どこまでも清々しく澄んで……まるで夏の草原に一人で佇んでいるみたい……」
 シオンが流暢な中国語で呟くと、老齢の茶師は満足げに微笑んだ。
「西洋の人なのに、ずいぶんとお茶がお好きな様子……」
「いえ、半分は東洋の血が入っていますから……。はぁ……重い香りの紅茶とは一線を介す、爽やかな初夏の新緑の香り……。そして飲み込んだ後、鼻に抜ける清々しい香りとは裏腹な、舌に残る重厚な味わい……。獅峰龍井……素晴らしいお手前です」
 シオンが三つ指をついて茶師に礼を言うと、茶師も丁寧に頭を下げる。
「お若いのによく精通していらっしゃる……。最近は大陸でもお茶をただ水代わりに飲む人が増えているのに、淹れた甲斐があったものです」
 茶師が丁寧な動作で二杯目を淹れる。お辞儀をした時にはらはらと垂れたプラチナブロンドの髪を直しながら、シオンが二杯目をいただく。
「お連れの方はどちらですか? 貴女みたいなお若くて綺麗な方が、お一人という訳ではないでしょう?」
「いえ、今日は一人で来てるんです。もっともお付き合いしてる方も居ないんですけどね……。完全なプライベートですよ」
 茶師は「あらあら」と微笑みながら、シオンの茶器に三杯目を淹れた。
 冬の日暮れは早い。シオンが満足して老舗の茶店を出ると、街全体がオレンジ色に染まっていた。両手を頭の上で組んで伸びをすると、あちこちの屋台から野菜と脂の香りが漂ってくる。シオンのお腹がくーっと鳴る。
「あらら……少し長居し過ぎましたね。何か軽く食べてからホテルに……ん?」
 男性が血相を変えてこちらに向かって走ってくる。脇目も振らずにシオンにぶつかりそうになりながら茶店の中に入っていった。客にしては様子がおかしく、シオンも気になって店の中に引き返す。
「ま……まさか……そんな……」
 老婆の茶師が手を振るわせながら男の話を聞いている。男も口角泡飛ばしながら茶師に身振り手振りでまくしたてている。
「間違いない! 間違いなくアンタの孫だ! でっぷり太った男がアンタの孫を抱えてスラム街に向かって行く所を見た奴が居る。ダメ元でも、早く警察に行った方がいい!」
「でも……でもあそこは……」
「あの……何かあったんですか……?」
 突然金髪緑眼の少女が流暢な中国語で話しかけて来て、男は若干面食らったようだ。
「あ、ああ……。この婆さんの孫が攫われたらしいんだ……。ただ、連れ去られた場所がな……」
「スラム街は警察もなかなか手出ししない無法地帯なんです……。警察に行っても力になってくれるかどうか……。自分らで何とかしないといけないけど、あそこは戸籍も無く、人を殺しても何とも思わない者が集う、鬼の巣窟なんです……」
「この婆さんは独り身だけど、中国にごまんといる孤児を引き取って育ててるんだ……自分の娘の様に可愛がってな……。確か……あの娘はまだ十歳だ……」
 老婆が涙を流しながら下唇を血が出るほど噛み締めている。男も沈痛な表情を浮かべたまま項垂れている。シオンは見ていられなくなって周囲を見回した。先ほどまで輝いていた茶室の飴色の壁が、血が混ざった様などす黒い色に見えた。
「私に……任せて下さい……」
 老婆と男が同時にシオンの顔を見上げた。狐に化かされた様な顔をしている。
「任せてって……貴女……」
「姉ちゃん……悪いことは言わねぇ……あんな所に姉ちゃんみたいな娘が行ったら、まず無事じゃ済まねぇ……。襲われるだけならマシで、最悪飽きるまで慰み物にされた挙句娼館に売られるか、下手すりゃ殺されるぞ……」
 戸惑う二人の視線を振り払う様にシオンは微笑むと言い放った。
「大丈夫ですよ。必ずお孫さんは連れ戻しますから」

 街からそう離れていないスラム街は全体的に腐臭と吐瀉物の臭いに溢れていた。道端には汚い格好をした男女が冬場にも関わらず酒瓶を抱えたまま酔い潰れており、その中の何人かは息をしているかどうかすら怪しかった。
 まったく癖の無いストレートの金髪をツインテールに結い、上質なラムレザーを贅沢に使ったプラダのトレンチ風のロングコートを羽織ったシオンは、まるで地獄に一人で迷い込んだ天使の様にその景色からは明らかに浮いていた。傾きかけた屋台でずるずると不味そうに麺を啜っている男達が好奇の視線を送っている。数人が目配せをして、シオンを取り囲むまでそう時間はかからなかった。
「へへへ……姉ちゃん花売りか? ここいらではあまり見ない別嬪さんだな? いくらだ?」
 どの地方の訛りかわからないほど濁った中国語で話しかけられる。ろくに歯も磨いていないのだろう。タバコのヤニで茶色く変色した歯は所々隙間が空いていた。
「すみません、お花は一本も持ってないんです。最近この辺に十歳くらいの女の子が来ませんでしたか?」
 丁寧な中国語でシオンが聞くと、男の顔が一瞬で歪んだ。
「おい、姉ちゃん。蒲魚(かまとと)ぶってるんじゃねぇよ。こっちはお前の都合なんて聞いてねぇんだ。その綺麗な顔が傷つかないうちに大人しくした方が身の為だぜ?」
 男が凄むのを合図に、建物の暗がりや屋台の中から、あわよくばおこぼれに預かろうと五、六人の男達がシオンを取り囲んだ。全員歪んだ笑顔をシオンに向けている。
「教えていただけないのですか? 貴方方は仲間意識が強いと聞いています。見慣れない顔が増えればすぐわかるのでは?」
「知ってても言いたくねぇなぁ。姉ちゃんが俺達全員のあれを綺麗にしゃぶってくれれば、考えなくもねぇぜ!」
 シオンを取り囲んている円が徐々に狭まる。男達の口臭は安酒と生魚を混ぜた様な不快なものだった。シオンは少しだけため息をつきながらベルトを外し、左肩から太腿まで伸びる長いファスナーをゆっくりと下ろした。コートが脱げ、黒いハイヒールに白いガーターベルト。白いフリルをあしらったエプロンの付いた黒いミニスカート。童顔に不釣り合いな豊満な胸を包んでいるブラジャー型のトップス。二の腕まである白い手袋。メイド服を基調とした挑発的なシオンの戦闘服が露になると、男達から歓声が上がる。
「なんだよ、姉ちゃんやる気じゃねぇか!」
「花売りだと思ったら痴女かよ! いいねいいねぇ!」
「へへ……俺達が満足させてやるよ」
 シオンは無表情で男達の野次を聞き流すと、コートをつまむ様に持った右手を地面と水平に伸ばしながら静かに口を開いた。
「もう一度聞きます。十歳くらいの女の子を見ませんでしたか……?」
 言い終わる前に、男達がシオンに飛びかかった。シオンはコートを指から離すと、一人の男の肩を踏み台にして一気に男達の頭上へ跳び上った。一瞬のことで男達には円の中心に居たシオンが突然消えた様に見える。呆気にとられていると、一人の男の脳天にシオンの踵が振り下ろされた。骨と皮のぶつかる鈍い音が響いた後、男が顔から地面に落ちると同時に、シオンのコートも軽い音を建てて地面に落ちた。男達が怯む間もなく、別の男の顎を足首のスナップを利かせた爪先で音も無く弾いた。てこの原理で脳がシェイクされ、白目を剥いたかと思うと膝から倒れ込んで動かなくなった。
 シオンが呆気にとられている男達にゆっくりと流し目を送ると、「うわぁぁ」と情けない声を上げながら蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。最初に声をかけてきた男は尻餅をついてがたがたと震えている。
 シオンは左腕を胸の下で自分の身体を抱く様にまわし、右手を顎の下に当てながら男を見下ろした。シルエットになったシオンのエメラルドの様な瞳だけが不気味に輝いて見えた。
「最後にもう一度聞きます……。十歳くらいの女の子を見ませんでしたか……?」
「あ…………あっちだ…………」

 教えられた部屋は、今にも崩れそうなアパートに挟まれた路地にあった。アパートは違法な増改築を繰り返し、路地にはもう何年も日が当たってないのだろう。無造作に置かれたゴミ袋は堪え難い異臭を放ち、中に虫が湧いているのかもぞもぞと動いていた。
 アパートの壁に無理矢理取り付けた様な扉には鍵がかかっていなかった。ここの住人が無防備なだけか、他人に介入しないという仲間同士の不文律でもあるのだろうか。念のため持参したキーピックは不要になった。角がボロボロに崩れた階段を下りると、裸電球の灯った広めの空間があった。床には大小様々なゴミが散乱し、工事現場から払い下げられた様なスチール製の机の上には大量のインスタント食品の食べがらが積まれていた。コンクリートがむき出しになった四方の壁にはどこから拾って来たのかわからない箱や壊れた家電が積まれ、無造作に白い遮水シートがかけられていた。
 中央が窪んだ薄汚れたベッドには、老婆から借りた写真の少女が寝ている。シオンは足早に駆け寄ると、女の子の上半身を起こした。
「しっかりして! もう大丈夫だから!」
「…………あ?」
 女の子の髪を撫でながらシオンが持って来た水を飲ませると、女の子はいくらか意識がはっきりして来たようだ。
「あれ……? 私……お婆ちゃんは? お姉ちゃん誰?」
「説明は後、ここから逃げ……!」
 階段を下りる音がシオンの耳に届く。出入り口は一つしか無い。ひとまず女の子をベッドの下に隠すと、シオンは入ってくる部屋の主を待ち構えた。
 大きく腹の出ている筋肉質の男がタバコを吸いながら入って来た。シオンを見ると目を丸くする。
「何だお前ぇは……娼婦を頼んだ覚えはねぇぜ」
「…………」
「ん……? お前……そこに女の子がいなかったか?」
 男の雰囲気が変わる。部屋の入り口を塞ぐ様に肩をいからせながらシオンに近づく。
「誰だか知らねぇが、人の情事を邪魔しちゃいけねぇよなぁ?」
「情事って……? あんな小さな子を相手に何をするつもりだったんですか? 誘拐までして、これは犯罪ですよ!」
「うるせぇな、仕方ねぇ、今日の所はお前で我慢してやるよ」
 男が一歩踏み込んでくる。
 思ったよりも速い。
 肥満体の重い身体を運足で賄っている。
 踏み込みと同時に放たれた右ストレートを数センチで躱す。一瞬遅れて鋭い風がシオンの頬を撫でる。構えやフットワークから、おそらくボクシング経験者だろう。だが、所詮は一般人だ。シオンは部屋の狭さで持ち前の脚力を十分に生かせなかったが、それでも男の大振りの攻撃を躱すことは難しくなかった。
 男の息が上がりはじめたところで、シオンの膝が男の顎を跳ね上げ、がら空になった腹に爪先を深く埋める。
 男は部屋の入り口まで数歩下がったが、何とか踏みとどまった。
「へぇ……やるじゃないか。腹がぶよぶよじゃなきゃ危なかったぜ。しかし、全然当たらねぇな。俺のは一発当たるとデカイんだが、このままじゃ埒があかねぇ……」
「打たれ強いみたいですが、時間の問題です。怪我をする前に自首して下さい」
「やなこった。へへ……いいもの見せてやるよ。そのベッドの脇のシートを捲(めく)ってみな」
 男はそういうと、ベッドの脇にある大きめの箱を指差した。シオンが男に注意しながら、所々黒く汚れたシートを捲る。
 動物用の檻の中には、まだ十歳前後とおぼしき少女が入れられていた。五、六人はいるだろうか。全員服を着ておらず、互いに抱き合う様にして震えている。
「俺のコレクションの一部だぜ。全員『中古』だけどな。わかるか? お前がさっきの娘一人助けても何にもならねぇんだよ。この国には、存在していない人間がごまんといるんだ。俺も含めてな。男も女も、ガキも老人も、生きてようと死んでようと誰も気にしねぇ。野良犬と一緒さ。お前は崩れかけた氷山の一角のほんの隅っこが欠けているのを見て騒いでいるだけだ」
 男がジーンズのポケットから、裸電球の光が当たって鈍く光る黒いキウイフルーツの様な物を取り出す。手榴弾だ。シオンが息を飲んで一瞬たじろぐ。
「最高だぜ。何人攫っても誰も気付いていないから食い放題だ。もう全部傷物だし、ここいらでリセットして新しいコレクションを作るのも悪くないよなぁ……?」
 男がシオンを見ながらニヤニヤと笑う。親指は手榴弾の信管にかかったままだ。
「ま、待ってください! こ、この子達は本当に全員生きてるんですか?」
「確認してもいいぜ?」
 シオンが檻を覗き込む。全員少し痩せている様だが、命に別状は無いらしい。怯えた様な黒い目がシオンの緑色の瞳を見つめ返した。背後から「いつまで見てんだよ?」という声をかけられ、シオンは檻を背にして立ち上がる。
「まぁ、お前が来ても来なくても、どっちにしろこのコレクションは処分するつもりだったんだけどな。飯代もかかるし……。お前がどうしてもって言うならこのまま殺さずにガキ共を解放してやってもいいが、それはお前の態度次第だなぁ?」
「うっ……ど……どうすればいいんですか?」
「まずは、そこの柱に背中を付けろ。どうするかはそれから考えてやる」
 シオンは言われた通りヒビの入った柱に背中を付ける。男は注意深く近づくと、手榴弾をちらつかせながらシオンの両手を柱の後ろにまわし、手錠で固定した。強制的に背中が反らされ、メロンの様な大きさの胸と柔らかそうな腹部が突き出される。
「くっ……ぅ……」
「へへへへ……いい恰好だな? 調子に乗って正義感なんて出すからこんなことになるんだ。さて、どうしてやるかな?」
 男が指先でシオンの臍から鳩尾へ伸びる腹筋の筋をつつ……となぞると、シオンの身体が小さく跳ねた。男は満足げに笑うと、シオンの肋骨の境目に沿って鳩尾から脇腹までを指先で撫でた。
「くはっ! ぅ……ふあぁッ?! あ……うぁ……」
「なんだ? やけに敏感だな? まさかその歳で経験が無い訳じゃ無いだろ?」
 シオンは質問には答えず、ビクリと肩を震わす。その反応に男の口が三日月の様につり上がる。
「へへへへ……こいつは楽しみだな。俺は本来お前みたいなババァには興味ないが、処女だったらまぁギリギリで許容範囲だ。ボコボコにして捨ててやろうと持ったが、適当に遊んでから売っぱらってやるよ」
 ぐじゅり、という湿った音が狭い部屋に響き渡った。シオンの柔らかい腹部が、男の豪腕から放たれた拳を受け止めて痛々しく陥没している。
「あ……え……? ぐぶッ?! おぉっ……」
 シオンの目が普段の倍ほどに見開かれ、緑色の瞳が収縮する。息を吸う暇もなく、大砲の様な拳を二発、三発と撃ち込まれ、限界まで体内の空気を吐き出させられたシオンはすぐに目の前が暗くなった。
「うぐうっ?! おごっ!! あ……ぁ……おゔぅっ!? ゔあぁぁぁっ!!」
「どうだ? ものすごく苦しいだろ? へへ……そんなに顔を歪ませてりゃあ聞くまでもないか。言ったよな。俺のは当たるとデカイってよ? まだくたばるんじゃねぇぜ?」
「はっ……はぁ……ひゅぅ……はあぁぁぁ……」
 男はシオンの後頭部を柱に押し付けて、頭が落ちない様に支える。目からは涙があふれ、だらりと垂れ下がった舌からは唾液が糸を引いて胸の上に落ちる。
「ひゅぅ……ふぅ……はぁ……ふぐぅぅぅぅぅ?!」
「おぉ、タイミングがぴったり合ったな。流石に今のは効いたみたいだなぁ?」
 男はシオンが息を吐くと同時に腹を抉った。内蔵の位置が一気に変わり、胃が痙攣している感触が男の手に伝わる。
「ゔ…………あ…………ゔううぅぅぅぅぅ………」
 シオンの喉が蛇の腹の様に蠢くと、茶色いさらさらとした液体が溢れて来た。男はその様子を満足げに見つめる。
「何だお前? ここに来る前に茶でも飲んで来たのか? 全部出した方がスッキリするぜ?」
 グリッという音を立てて、漬物石の様な拳でシオンの小さな胃を捻る。シオンの目が見開かれ、僅かに残った胃液が地面に落ちた。シオンの目は既に虚ろになり、焦点が定まらずに宙を泳ぐ。
「さぁて、まだまだいくぜ?」
 男の豪腕が唸りを上げて、間髪入れずにシオン腹の中心に連続して拳を埋めた。背中を柱に付けている為、力の逃げ場が無く、全てシオンの身体に吸収される。シオンは悲鳴を上げることもままならず、ごぼっと音を立てて唾液を吐き出した。
「お………………ぁ……ぁ……」
「おら、なに休んでんだよ。もっと鳴け」
 ぼぐっ、という重い音が響き、シオンの目が大きく見開かれる。
「あ……ああああああぁぁぁぁ!!」
 下腹部にある子宮をピンポイントで貫かれ、今まで聞いたことの無い声がシオンの口から漏れる。男はすぐさま拳を引き抜くと、柱がメキメキと音を立てるほどの威力でシオンの鳩尾周辺を広範囲に陥没させた。
「えゔぅっ?! うぐっ……うぁ……」
「どうした? もう限界か? じゃあ一旦トドメといくか」
 男は限界まで拳を引き絞ると、風を切る甲高い音と共にシオンの腹に拳を突き込んだ。あまりの威力に鳩尾から胃にかけて広範囲に潰れ、ぐちゅりという嫌な音が周囲に木霊する。
「ゔぇっ?! ぐぽぉっ!!」
 シオンの瞳はぐりんと瞼の裏に隠れ、頭が支えを失った様にガクリと落ちる。男はシオンが息をしているのを確認すると、満足げに笑った。
「へへへへ……なかなかタフじゃないか。まだまだ殴って楽しめそうだが、反応があるうちに一発やっとくか……」
 男がシオンの手錠を外し、倒れ込んで来た身体を抱える。肩と膝の下に腕を入れ、横抱きに抱えるとベッドの上に仰向け寝かせた。男の視線がガーターベルトで締め上げられている白い太腿と、仰向けに寝ても形の崩れない胸に釘付けになる。
「ガキもいいが、たまにはこういう女もいいな……。お前が助けられなかったガキ共の前で犯してやるよ。おいお前ら! 檻から出……ん?」
 男が不思議そうに檻を見る。檻を施錠している南京錠が地面に落ち、入り口が軋んだ音を立てて開け放たれている。
 中には誰もいない。
「な……何でだ? まさか……」
 男がシオンを見ると、辛そうな顔をしながらゆっくりと顔を上げた。
「さっき……檻の中を見せてもらった時に、特殊合金の小型ノコギリを檻の中に落としました……。あの程度の南京錠なら、子供でも難無く切れます……。うぐっ……はぁ……。後は……私が囮になっているうちに子供達が逃げ出せれば……私の目的は果たせます……」
「て……てめぇ! 痛っ?!」
 突然男のアキレス腱に鋭い痛みが走る。下を見ると、茶師の孫がベッドの下からノコギリで足を切りつけていた。膝から下が無くなった様に力が抜け、上体が落ちた瞬間を見逃さずに、シオンが力を振り絞って男の喉仏に踵を押し込む。「がひゅっ」という声と共に男の瞳が裏返り、泡を吹いて崩れる様に倒れた。

「氷山の一角のほんの隅っこの欠け……ですか……」
 膝丈まである柔らかいラムレザーのコートとロングスカート。全身を黒で纏めたシオンは実年齢よりもかなり上に見えた。手早くビジネスクラスのチェックインを済ませて荷物を預けると、珍しく暗い顔をしながら搭乗口へ向かう。ストレートに下ろした金髪をなびかせて背筋を伸ばして歩くシオンを、男女に関わらず一般客が振り返った。
エスカレーターを下りる時、「お姉ちゃん!」と叫ぶ声がシオンの耳に届いた。振り返ると、柵の向こうで茶師と孫の女の子が大きく手を振っている。女の子は走って来たのか、息を上げながら精一杯の笑顔を向けていた。シオンは気付いた瞬間手を振り返したが、すぐにエスカレーターが階下に降りてしまい、女の子と茶師の姿は見えなくなった。

nnSさんリクエスト、「n×И」を書き直しました。

お時間がある時にどうぞ。

※文字数オーバーのため、お手数ですが後半と後日談は「続きを読む」からお読み下さい。



n×И -party pills-


27421197



 二週間前に納車されたばかりのカマロは低いエンジン音を立てながら冷たい風を車内に吐き出していた。車内は外の熱気や湿度と隔離されてとても快適であり、厳つい外見とは対照的に青いダウンライトとブラックレザーで演出された落ち着いた雰囲気だ。出来る事ならすぐにでも高速に乗って、法外なスピードを出しながら首都高を抜け、東名を西へ西へと走って行きたかった。
 男が待ちはじめてから既に一時間以上が経過している。四本の下り電車が到着したが、ターゲットはまだ現れなかった。苛ついて、舌を貫通しているピアスの先を何回も前歯の裏側にぶつけて、カチカチと一定の間隔で音を鳴らす。センタータンを開けてからはこの仕草が舌打の代わりになった。
 手持ち無沙汰にルームランプを点けて、もう何度と無く見返したターゲットの調査書を見る。
 名前は小早川小春。
 家族構成、家庭環境、健康状態はいたって普通。兄弟は弟が一人。成績は中の上から上の下程度で悪くない。本格的に空手を習っており、レベルは全国クラス。学校の空手部ではキャプテンを務め、女子部員はおろか男子部員でもまともに小春の相手を出来る者は少ない。鍛えた足腰と強力なバネを使った足技が得意。小柄な身体を生かして相手の死角に入り込み、跳躍して相手の頭部を攻撃する技は脅威。
 一日の流れは朝六時から一時間ジョギングをした後学校へ向かい、授業を受けた後は部活動に参加。学校併設のジムで筋力トレーニングを終え、シャワーを浴びてから帰宅する。自宅近くの駅に着くのは夜九時頃。
 添えられた数枚の写真に目を移す。薄桃色の髪に同系色のセーラー服を着た本人が友人達と写っていた。なるほど、確かに小柄だ。同年代の女子に比べると、小春がその中の誰かの妹に見える。中学生と言っても通るだろう。弟と写っている写真では既に身長を抜かされている。印象的だった事は、一人の時や友人といる時の小春の表情は自信に満ちた強気な印象を受けるものが多かったが、弟と買い物をしている写真だけはニコニコとだらけきった顔をしていた。
 書類と写真を封筒に仕舞っているとコンコンと窓を叩かれ、視線を車の外へ向ける。
 側頭部にわずかに残った髪の毛を必死に伸ばして頭頂部に貼り付けた、脂ぎった顔をしたタクシーの運転手が怪訝そうな顔をして車内を覗き込んでいた。人差し指の第二関節でノックされたドアウインドウには、手の油が丸い形で白く残っている。
 男は頭に血が登るのを感じながらドアウインドウを開けた。雨上がり特有の粘ついた湿気と熱気が車内になだれ込む。
「あのー、ここはタクシー専用の駐車場なんですが……申し訳ないんですが近くのコインパーキングに移動してもらえませんか?」
 前歯の裏でピアスがかちりと鳴る。
「…………」
「あの……」
「誰が決めたんだ?」
「え?」
「ここがタクシー専用の駐車場って誰が決めたんだ? お? お前ナメてるのか? お前らが勝手にそう呼んでるだけだろうが。しかも今はガラガラじゃねぇか。お前誰の指示で俺に指図してんだ?」
 ドスを利かせた声で言うと、運転手は若干怯んだようだ。すぐに自分の立場の方が上である事を理解する。この世界で生きて行くには、自分より下の立場の奴としか喧嘩をしないに限る。相手の名札も確認した。一気に畳み掛ければ大丈夫だ。
「いや、誰がと言いますか、あそこの看板にもそう書いてありますし……ラッシュ時はここが埋まる事も……」
「その看板お前が立てたのか? え? どうなんだ? 新垣さんよぉ? 個人タクシーなんて俺の事務所の奴ら使えばすぐに営業停止にしてやれるんだぜ? あ? どうするんだ?」
 基本中の基本。相手に喋らせる暇を与えずにまくしたてる。同時に窓からスキンヘッドにした頭と、鍛えた二の腕から手首にかけて彫ったタトゥーを見せる様に上半身を乗り出し、相手のネクタイを掴む。
「どうなんだ? え? どうなんだよ?」
「…………すみません」
「あ? 新垣さん謝って済むの? そっちからいちゃもん付けてくれたのによぉ? 新垣さん俺の事務所での立場知ってるの? 窓に指紋まで付けてさぁ……どうすんのこれ? あ? どうすんの?」
「……いくらですか?」
 男は笑いを堪えるのに必死だった。また自分の思い通りになった。誰かが勝手に決めたルールなんてものは少しばかりゴネて脅せば、どうとでも自分に都合のいい様に曲げられる。そうして今まで生きてきたし、これからも変えるつもりは無い。
「おいおいナメてんのかよ? まるで俺が脅して金取ってるみたいじゃねーかよ? いいよいいよ、後は俺の事務所の奴らに任せるからさぁ」
「……洗車代……払わせて下さい……あと、事務所の人たちには……」
 新垣が胸ポケットから薄い財布を取り出して数枚の万札を渡してくる。あとは余計な事は何も言わないのが定石だ。俺は脅して金を取ったんじゃない。車を相手の過失で汚されて、申し訳ないから洗車代を受け取ってくれとお願いされているだけだ。ネクタイを離して金を受け取ると、背中を丸めて自分のタクシーへ帰ろうとする新垣を呼び止める。怪訝そうにしている新垣にちり紙に適当に書いた領収書を渡してやる。これで全て終わりだ。新垣は正真正銘、自分から洗車代を払った事になった。
 タクシーに戻ってすぐに車を発進させた新垣を尻目に男が駅の出入り口に視線を移すと、下り電車が到着して駅前が俄に活気づいていた。目を凝らすと、目当ての薄桃色の髪を見つけ出す事が出来た。
 小早川小春が顔をややしかめながら駅から出てきた。
 写真で見た通りの小柄な体型だが、実際の目で見た小春は身体の起伏こそ乏しいものの、なかなかそそるものがあった。薄手の白いニーソックスに締め上げられたしなやかな筋肉を纏った太腿や、歩く度にチラチラと見える小さなヘソは女性特有の柔らかい雰囲気を醸し出していたし、何よりその強気な表情が征服した後にどの様に変化するのかを想像しただけで、嗜虐的な昂りが男の身体の中で沸き上がり、口角が自然とつり上がった。
 小春はしかめっ面を崩さないまま手を団扇の様にしてあおぎ、足早に住宅地の中へと消えて行った。
 男はダッシュボードからピルケースを取り出すと、ピンク色の錠剤を二粒噛んで飲み込んだ。これで通常よりも効き目が早く現れるはずだ。喉の粘膜に引っ付いた錠剤の粉を残らず飲み込むと、カマロのエンジンを切ってドアを開けた。粘つく湿気をたっぷりと湛えた熱気が、二枚貝を捕食する時の蛸の様に男に絡み付く。なるほど、これは顔もしかめたくなるなと思いながら、男は小春の後をつけた。

 小春のローファーが立てる硬質な靴音に重ねる様に、男も一定の間隔でドクターマーチンのエアソールで地面を踏み鳴らした。グズグズといった重い音は小春の耳にも届いているだろう。事実、先ほど小春は不意に方向を変えて狭い路地裏へと入って行った。用がなければ決して入らない道だ。男を不審者かどうか判断するつもりらしいが、男は構わずに小春の後を付ける。
「…………あのさぁ」
 道幅がやや広くなり、周囲を空き地に囲まれた場所まで来ると、小春が後ろを振り向いて声を上げた。湿気で重くなったショートヘアを右手で掻き上げた時に、セーラー服の上着がまくれ上がって適度に絞られた腹部が露になる。
「いい加減にやめてくれない? 私に個人的に用があるなら聞いてあげてもいいけど、変なことが目的だったら相手が悪かったわね。すぐに消えるなら見逃してあげるけど、このままコソコソし続けるなら引っ張り出して蹴り入れるわよ」
 強気だが幼さの残る声が路地裏に響く。嗜虐心を煽る声だ。男は笑みを浮かべながら小春の前に歩み出る。
「へぇ、やっぱり気付いてたんだ?」
「そんなデカイ身体で付いて来られたら誰でも気付くわよこのハゲ! なにそのポロシャツ? サイズ合ってないわよ。ぴちぴちで見苦しいからすぐに脱ぎなさいよ!」
「……俺はハゲてねぇよ、剃ってるだけだ。それに、上着はワンサイズ下げた方が筋肉が目立っていいだろ?」
「あーそう、私からすればゲイにモテそうな格好にしか見えないけど? あ、もしかしてその趣味の人? 私は人の趣味にとやかく言うつもりは無いけど、目障りだから視界から消えてくれる?」
 男の眉間に血管が浮かぶ。強気な表情通りの口の悪さだ。写真で見た弟といる時の表情が別人に思える。
「お嬢ちゃん。人の身体の悪口言うなって学校で習わなかったか? 俺だってお前にチビとかペッタンコとか言ってねぇだろ?」
「う、うるさいっ! これから大きくなる……かもしれないんだから別にいいでしょ!」
「それに俺はゲイじゃねぇ……なんならここで、お嬢ちゃんのこと犯してやってもいいぜ? 小早川小春ちゃん?」
「え? な、何で私の名前……? と、というか、やっぱりソレが目的だったのね! アンタみたいな下衆に犯される前にぶちのめしてやるわよ!」
 男の位置からでも小春の耳が真っ赤に染まっている事がわかる。凄んでいるが、こういう事には免疫が無いらしい。まぁ空手一辺倒だったから仕方がないかと男は思った。
「まぁ落ち着けよ。俺のお願いを聞いてくれたら、俺に対する暴言も含めて許してやる。次の全国大会を辞退しろ。断れば痛い目に遭ってもらう」
「はぁ?! 嫌に決まってるでしょ! 頑張ってせっかく県の大会で優勝したんだから。誰に頼まれたか知らないけど、大人しく帰って『死んだ方がいいんじゃない?』って伝言伝えてくれる?」
 小春は左手を腰に当てて前屈みになりながら、唇を尖らせてシッシッと相手を追い返すジェスチャーをする。小動物っぽくてなかなか可愛い仕草だ。手の動きに合わせて頭の上からアンテナの様に生えているアホ毛もピョコピョコと動く。
「ふぅん、断るのか? なら力づくで納得してもらうしか無いなぁ?」
 小春の細い眉毛がぴくっと動いた。昔から身体が小さく、今のように努力にして結果を残す前は、自信も体力も人一倍無かった小春にとって「力づく」という言葉は弱者に対する何よりの侮辱であり、最も嫌悪感を催すものだった。
「アンタさぁ……確かに私は身体が小さくて弱そうに見えるかもしれないけど、相手見てから喧嘩吹っ掛けるのは最高にダサイと思わない?」
「負ける勝負はしないことが生き残る鉄則だぜ? 逆に勝てなそうな相手にはいい気持ちにさせて取り入ればいいしな。小春ちゃんも大人になればわかるぜ?」
「そう……じゃあ私もアンタに勝てそうだから、その喧嘩買わせてもらうわ」
 小春が地面を蹴ると一瞬で男との距離が縮まる。鍛え抜いた足腰は軽量な身体を高速で運び、移動の勢いを乗せたままの前蹴りが男の腹に吸い込まれる。
「おうっ?!」
 男の顔が苦悶に歪むが、小春は戸惑った表情を浮かべながら摺り足で距離を取った。インパクトの瞬間小春はローファーのゴム底を通して、足指の付け根に筋肉とは違う硬い感触を感じた。
「アンタ……何か仕込んでるでしょ?」
「うっぷ……サポーター巻いててもこの威力かよ……。まともに喰らったらヤベェな……」
 男がフレッドペリーのポロシャツを捲り上げると、黒いサポーターが腹部全体に巻かれていた。
「打撃が得意って聞いたからな。出来るだけ用心はさせてもらったぜ。対衝撃性と機動性に優れた硬質ウレタン製のウェストサポーターさ」
「そう……生身じゃ怖くて女の子一人襲えない弱虫だったのね。それならむき出しの顔に一発決めてやるわよ!」
 小春の身体が一瞬跳ねると、男の視界から小春が消えた。一瞬のことで男は周囲を見回すと、男の頭上から小春の「こっちよ!」という声が聞こえた。
 強靭なバネと小柄な身体を生かして小春は壁を蹴って男の頭上にまで跳び上ると、全体重を載せた踵を男の頭に落とした。男の後頭部に重い衝撃が響き、脳が頭蓋の中でシェイクされる。男の視界を眩しいほどの白い光と真っ黒な闇が交互に支配する。
 男は辛うじて視界の隅に写った小春の身体を目掛けて左腕を伸ばすと、小春の足首を掴むことに成功した。重力に任せて落下していた小春の身体が足首を支点に反転し、逆さ吊りの体勢で固定される。
「え?! 嘘……ちょ……ヤバ……」
 小春が慌ててスカートを押さえる。ショーツが露になる事は阻止できたものの、セーラー服がスポーツブラジャーが見えるほど捲れ上がり、白く引き締まった腹部が男の前に晒される。男は迷う事無くむき出しになった腹部に拳を深く突き込んだ。
「ふぐぅぅぅッ?!」
 不意打ちを喰らい、小春の瞳孔が一気に収縮する。体内の空気が強制的に吐き出され、息を吸おうにも身体の奥に撃ち込まれたままのゴツい拳が邪魔をして、肺が思う様に膨らまない。
「やるねぇ……キメめてなかったら危なかった……」
 男がぐぽっと音を立てながら小春の身体から拳を引き抜くと、ジーンズのポケットから黒い携帯電話の様なものを取り出して小春の脇腹に押し当てた。バチッという耳を塞ぎたくなる様な音が響くと、小春の身体がビクリと跳ね上がる。
「うあああああッ!」
「スタンガン喰らうのは初めてか? 気絶しないにしても、しばらくの間身体の自由が効かないと思うぜ……たっぶりお礼はしてやるよ……」
 男が掴んでいる小春の足首を離すと、小春の身体は背中から地面へと落下した。すぐに立ち上がろうとするが、男の言う通り膝が笑ってなかなか地面を踏みしめられず、よたよたよ後ずさることしか出来ない。すぐに男に距離を詰められると、どぽんッ! という湿っぽい音が細い身体に響いた。重くなった腹部の感触に、おそるおそる視線を下に移す。若干前屈みにの体勢なった小春の華奢な腹部に、男の拳が手首まで埋まっていた。
「ぅぁ……ぁ……」
 えげつないほど容赦なく腹を抉られている。この後襲ってくる苦痛も、おそらく自分の想像を超えるものなのだろう。
「うぶぅっ?! ごッ……おごおッ!?」
 一瞬の間隔を置いて、腹部からぞわぞわと不快感がせり上がり、徐々にそれが鈍痛から苦痛に変わると、今まで経験したことの無いほどの苦痛が体中を駆け巡った。小さな身体がまるで電気ショックを受けたように跳ね、全身が痙攣して膝から下が無くなったような錯覚に襲われる。普通なら崩れ落ちているはずの身体を、腹に刺さったままの男の拳が辛じて支えていた。
「ゔぐっ……かふぅっ……ぬ……抜いて……」
「へへ……いいねぇ、その苦痛に歪んだ顔……」
 男は小春の髪の毛を掴んで無理矢理顔を上げさせると、身体をくの字に折りながら口の端から唾液を溢れさせている小春を満足そうに覗き込んだ。瞬間、一瞬腹圧が軽くなる。拳を三分の二ほど抜かれ、小春が安堵して息を吸おうとしたところ、小春の細い腰に手を回しながら更に深く拳が埋められた。
「うぶぅぅぅっ?!」
「おら、休んでんじゃねぇよ」
「ひぐっ……うあっ……あぁ……」
 小春の小柄な身体ががくがくと震え、倒れ込まないように必死に内股を摺り合わせて耐える。男はその様子を満足げに見下ろしながら小春の温かい腹部の感触を楽しむと、下腹部に丸太の様な膝を埋めた。内臓が正常な位置から隅に押しやられ、出鱈目な信号を脳に送る。
「おぐッ?! ぅぁ……」
 ヘソ周辺の胃や子宮を潰され、身体の底から沸き上がる鈍痛や嘔吐感を押さえる為に両手で口を押さえる。目からは涙がこぼれ、顔色は徐々に青くなっていった。加虐性癖を持つ男は自分の下半身が痛いほど膨れ上がっている事を感じる。小春の身体から一旦膝を引き抜くと、更に勢いを付けて腹部を突き上げた。
「うぐぅっ! ごぽっ……ごえぇぇぇぇ……」
 男の膝は容赦なく小春の小さな胃を内壁同士がくっつくほど潰し、その内容物を食道へ逆流させた。両足が地面を離れる程の威力で突き上げられ、空っぽの胃からは透明な粘液が逆流して吐き出される。
「くくく……さっきまでの勢いはどうした? それに、なかなかいい反応じゃないか? 責められると弱いタイプなのか? 腹の中がびくびく痙攣してるのがわかるぜ」
「うえぇ……ごぷっ……ちょ、調子に乗るな……スタンガンなんて使って、この卑怯者……。アンタなんて…………ぐぼぉっ?!」
 男が小春の鳩尾をピンポイントに突き上げる。拳骨と胸骨がぶつかるミシミシという音が、骨伝導ではっきりと小春の鼓膜に届いた。
「かはッ……あ……ゔあぁ……ぁ……」
 心臓をシェイクされた衝撃で呼吸が出来なくなる。小春は必死に空気を求めるようにぱくぱくと口を動かした後、瞳がぐりんと瞼の裏に隠れ、支えを失ったようにガクリと全身を弛緩させた。男の腕に抱きつくように倒れたため、ピンク色の髪が男の二の腕をくすぐる。
「へへ……これだけで終わると思うなよ? 俺はナメられるのが一番頭にくるんだ。楽しませてもらうぜ……っと、もう聞こえないか」
 男は全身を弛緩させた小春を軽々と肩へ抱え上げると、住宅地の奥へ向かって歩き出した。

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こんばんは。
推敲の息抜きに、一撃さんのキャラクター、阿音さんと杏さんを書かせていただきました。
人様のキャラクターをどうこうすることは妙な背徳感があって楽しいですねw


内容は以前書いた一撃失神SSを引き継いでいるため、お時間があればそちらもお読みください。


ではどうぞ




一撃失神SS 二撃目


「ほんとに……いくつになっても無茶するんだから……昔から全然変わってない……」
 阿音の膝に消毒液が滴るほど染み込んだ脱脂綿を若干乱暴に押し付けながら、杏が溜息まじりに言った。
「あひぃぃぃっ?! らめぇぇぇぇぇ!!」
「ちょっと、変な声出さないでよ?」
「も、もっと優しく塗ってよ! そんなに乱暴に塗ったら染みるってば!」
 保健室の狭い空間に阿音の声が響く。杏はベッドに腰掛けたままばたばたと手を振りながら抗議する阿音の様子など意に介さず、慣れた手つきで阿音の膝に包帯を巻いていった。
「女の子なのに欠員が出たラグビー部の助っ人として試合に出場して、ウチの学校の勝利に貢献したのは良いとして、こんなに生傷作るなんて……。女の子なんだから少しは身体を大切にしなさいよね」
 擦り傷のあった場所に包帯を巻き終えると、杏は包帯の上から傷口をぽんと軽く叩いた。阿音の身体が小さく跳ねる。
「で、どうするの? 今夜の任務は。何なら私が付き添ってもいいけど……。軽い怪我だけど、何かあったら大変でしょ? 結構手こずりそうな相手なの?」
「いや、それなんだけど。多分大丈夫だと思うんだ。相手は子供だし」
「……子供?」
「うん、逆にこっちが手加減しないとマズいんじゃないかって思うくらい。この子なんだけど、お姉ちゃんどう思う?」
 季節が夏になり、ノースリーブになったシャツの胸ポケットから阿音は一枚の写真を取り出して杏に差し出す。スクランブル交差点を行き交う人ごみに隠れてしまい身体の一部と顔半分しかわからないが、阿音の言う通り小学校高学年くらいの年代の男の子が、両方の手をハーフ丈のカーゴパンツに突っ込みながらこちらを振り向いている。表情はキャップのツバが作る影に隠れてはっきりとはわからないが、悪戯好きそうな笑みを浮かべながらこちらを向いて、舌をぺろりと出していることがわかった。
「この子がターゲット?」
 杏が写真から目を離して、阿音の顔を覗き込む。阿音も若干戸惑っているらしく、目を逸らす様にゆっくりと天井を見上げた。
「そうみたい。その写真を撮った人が今行方不明になってて、数日後にカメラだけが里の入り口の門に架けられてたんだって。で、メモリーに入ってた一番最後の写真が、お姉ちゃんが今持ってるやつ。写真を撮った人は最近新しく興った隠密流派を追っててね、最後の写真に写ってるその子が何か関係があるかもしれないから、素性調査をしろってこと。まぁその流派自体が異質だから、隠密とは言えないって里長(さとおさ)は言ってたけど」
「隠密とは言えない?」
「ほら、私達って基本的に戦闘は避けるじゃない? 隠密って名前通り、『隠れて密かに』適地に忍び込んで『相手に気付かれずに』任務を成功させることが目的だから、派手に戦闘なんかしたらその時点で半分任務を失敗した様なものでしょ? でもその流派はもの凄く好戦的で、隠れも密かに行動もせずに積極的に敵地に乗り込んで相手側を壊滅させちゃう超武闘派なんだってさ」
 阿音がベッドに胡座を書いて頭をぽりぽりと掻いた。
「しかもその流派のターゲットは私達、隠密なんだって……。伊賀や甲賀系統の分派の里に影みたいに乗り込んで殺戮するみたい……。小さい流派の中には既に壊滅させられた所もあるって言ってた」
「ターゲットが隠密……? 何でそんなことを……。隠密は今も昔も主君を陰ながらサポートすることが仕事だから、敵方の主君をターゲットにするならまだしも、隠密自体に直接攻撃をすることはあまり意味をなさないし、何よりリスクが高過ぎる……里長は何と?」
「さぁ……何か知ってそうな感じだったけど、今はその男の子を追えとしか言われてないんだ。しばらく調査してシロかクロか見極めて欲しいって……」
「…………」
 杏は伏し目がちに顎の先を親指と人差し指でつまむ様にしながら思考を巡らせる。杏が持てる知識や洞察力を総動員して深い考察をする時の癖だ。阿音はそれを十分に理解しているから、杏がその仕草をしている時は決して声をかけなかった。
「……レゾンデートル」
 三分ほど杏が考えを巡らせた後、ぽつりと呟いた。
「え? レゾ……?」
「レゾンデートル。存在理由という意味なんだけど……。んー、少し極端なたとえになっちゃうけど、たとえば私や阿音が所属する流派よりも優れた能力を持ち、しかも世の中の依頼者全員を一気に引き受けられるほどの大規模な隠密集団がいたとしたら、私達はどうなると思う?」
「えーと……小規模だからきめ細かい活動で……」
「それも向こうの方が上。あらゆる面で向こうが優れているとしたら?」
「…………私達がいる意味無いんじゃないかな?」
「そう、それがレゾンデートルが無くなった状態。かなり極端なたとえだけどね」
「今回の任務はどう関係があるの?」
「……この前阿音が失敗した任務のターゲットって、私達の里の抜け忍だったでしょ? その人はずっと、いつまでも何かに依存する体質に異議を唱えいたらしいし……。同じ考えを持っている人は私達の里にも外にも少なからず居るんじゃないかしら?」
 阿音は腹部に重石を詰め込んだ様な違和感を感じた。以前、抜け忍を追って返り討ちに合い、手ひどく暴行を受けた場所だ。両手足を壁に拘束され、男数人がかわるがわる腹部を殴打した。目からは涙がこぼれ、口からは絶えず唾液と胃液が溢れて制服を汚した。 失神するとすかさず冷水を浴びせられ、再び腹部を責められた。永遠にも感じた拷問の後、何度目かの失神をした阿音は里の入り口にゴミの様に放置されていたらしい。自分が目を覚ました時に飛び込んできた杏の泣き顔は、今でも脳裏に焼き付いている。
「仮に、そういう考えの人たちが集まって、里長の言っている新しい流派を興したと仮定するとして、その小さな集団が現段階で何を目的に動くのかは想像がつくわ。まだ小さい新興勢力が目指す所は、レゾンデートルの確立。他者と共存したいのであれば他の流派が出来ないことをして差別化を図ればいい。出来ないのであれば消滅するか、あるいは……」
「あるいは……?」
「競争相手を潰す。後ろ向きなレゾンデートルの確立ね」
 沈黙が狭い保健室の中を、足音を立てずに歩く老婆の様に這い回る。何か大きな力が自分たちを取り囲んでいる様な気がして、阿音は背筋が寒くなった。杏も神妙な顔をして顔を伏せる。
「私にはお姉ちゃんの言ってる事が真実だと思う……。じゃあ、この男の子も?」
「そこまではわからないわ。ただ、仮にこの子がその流派のメンバーだとしたら、当然調査中に攻撃を仕掛けてくるでしょうね。ターゲットの方から近づいてくるまたとないチャンスでしょうし……」
「……お姉ちゃん……一緒に付いてきてくれる?」
 阿音が不安そうな顔で杏の顔を覗き込む。こういう甘え上手で、いざという時は頼ってくれる所も昔から変わってない。心配して後を追う様にくノ一になった甲斐があるというものだ。それに阿音に頼られることは杏も嫌いではなかった。
「もちろんよ」と笑顔を作りながら、杏が手の中の写真を阿音に返した。返す途中で写真をちらりと見ると、写真の中で笑っている男の子と目が合った気がした。

 街路樹にとまったアブラゼミは、その短い一生を全世界に誇示するかの様にけたたましく鳴いていた。杏と阿音は手のひらを団扇の様にして顔に風を送っていたが、それでも暑さは少しもマシにはならなかった。
「どう? お姉ちゃん?」
「うーん……普通……」
 テーゲットの男の子はコンビニの駐車場の車止めに四、五人の仲間達と座っていた。立ち居振る舞いからターゲットの男の子がグループのリーダーである事は想像できたが、ランドセルを肩掛けにして、友人達とアイスを舐めながら談笑している姿はどう見ても年相応の男の子で、とても隠密組織の一員には見えなかった。
「今日で四日目だけど、普通に学校と家と友達の家の往復しかしてないわね。友達もごく普通のクラスメイトだし……いっそ家の中に忍び込んで調べてみるしか」
「あ、待ってお姉ちゃん。移動するみたい」
 ターゲットと四、五人の友人達は歓声を上げながら公園の方向へ移動している。ターゲットは写真と同じカーゴショーツのポケットに両手を突っ込み、他の少年達を率いる様に肩で風を切って歩いて行った。杏と阿音もその後をつける。少年達は公園に着くとボール遊びをするでも無く全員公衆トイレに入って行った。杏と阿音はジュースでも飲み過ぎたのかなと思ったが、少年達は十五分以上経っても出て来なかった。蝉は相変わらず二人の頭上でけたたましく鳴いている。
「お姉ちゃん……」
「うん……おかしいよね……」
 二人は文字通り忍び足で公衆トイレに近づく。入り口には「清掃中」の看板が置かれており、杏と阿音はお互いの顔を見合わせた。裏へまわり、忍刀を踏み台代わりにして通気窓から中を覗いく。学校の制服を着た一人の女子生徒が少年達に取り囲まれ、一心不乱に奉仕をしている姿が飛び込んできた。女子生徒はうっとりとした表情を浮かべながら、手で二人の少年達の性器をしごきつつ、口を使ってターゲットの性器を吸っている。
「ぷぁっ! すご……太い……。身体は小さくても、もう立派な男の子なんだね……」
 女子生徒がターゲットの性器を口から離すと、勢いよく跳ね上がってターゲットの腹に当たりパチンと音を立てた。杏と阿音は同時に息を飲んだ。二人は今まで男性器をまともに見た事が無かったが、少年達の男性器は十分に成熟している様だった。
「うぁ……お姉ちゃん……気持ちいいよ……も……もう……」
「ま……また出ちゃうよ……。また白いネバネバしたの、たくさん出ちゃうよ……」
「んふぁぁ……いいよ……お姉さんにたくさん出して……いっぱいかけて……」
 しごかれていた少年二人が同時に射精すると、女子生徒はうっとりした様子で精液を受け止めた。背後にいる少年達も我慢できない様子で自分の股間に手を当てながら、もじもじと順番を待っているようだ。杏と阿音はその異様な光景に釘付けになった。
「ちょっとお姉ちゃん達、なに覗いてるのさ?」
 不意に声をかけられ、杏と阿音が同時に振り向くと、グループの少年のひとりが背後に立っていた。ターゲットの少年ではなかったが、二人は反射的に忍刀から降りて身構える。
「窓の外見たらお姉ちゃん達が覗いてるんだもん。ビックリしたよ。友達と遊んでる最中なんだから邪魔しないでよ?」
「き、君達こそなにやってるのよ?! あんなことして……君いくつなの!?」
「あんな事って?」
「あ……その……皆で女の子囲んで、変な事してたでしょ!?」
 阿音が顔を真っ赤にしながら少年に近づく。こういう事に免疫が無いのだろう。少年は首を傾げながらぽかんとしている。杏はそんな二人を交互に見た。ターゲットはまだトイレの中にいるのだろうか? どちらにしろ、早めにここを離れた方がよさそうだ。
「あんな事って、エッチごっこのこと? あれはお姉ちゃんからしようって言われただけだし、僕たちも気持いいからしてるだけなんだけど……」
「ああいうのはダメなの! ああいう事は好きな人同士でするものなんだから!」
「で……でも……」
「でもじゃない! とにかくああいう事はダメなの!」
「そんな……僕たち悪い事してないよ……お姉ちゃん達ひどいよ……」
 少年が顔を伏せて目の辺りを拭う。阿音の剣幕に押されて泣いてしまったようだ。阿音が「あっ」という顔をして無意識に口に手を当てる。杏が少年と阿音の間に入る。
「ちょっと、阿音。もうそのくらいで……この子に謝りなさい」
「ひっく……ひっく……」
「ご、ごめんね。お姉ちゃんあんまりビックリしたものだから、つい大声出しちゃって……はい、ハンカチ」
「うう……ありがとう……」
 阿音が少年の目線に合わせて中腰になりながらハンカチを渡した。少年はそれを受け取って涙を拭くと、大きな音を立てて鼻をかんだ。杏は小さく溜息をつきながら「とりあえず、一旦ここを離れましょう」と耳打ちした。阿音は杏を振り向いて頷くと。視線を少年に戻した。
 少年が消えていた。
 自分のクナイの刺繍が入ったハンカチだけが、くしゃくしゃに丸まって地面に落ちている。
「……!!」
 背後から湿った砂袋を殴った様な音と共に、杏の声にならない悲鳴が聞こえた。
「? お姉ちゃん……?」
 少年が泣き顔のまま、杏の鳩尾をピンポイントに突いていた。その小さな拳は胸骨の間をくぐり抜け、杏の心臓を直接揺さぶったようだ。杏は今まで見た事も無いほど目を見開き、声にならない悲鳴を上げながら、混乱と苦痛が混ざった様な複雑な表情を浮かべていた。
「え……? お姉ちゃん?」
 事態が飲み込めずに阿音は再び杏に問いかけるが、杏は返事を返す事無く口をぱくぱくと動かした後、前屈みに倒れ込んだ。
 次の瞬間、自分の腹部にも衝撃が走った。胃を潰された衝撃で体中の空気が全て押し出され、声が出ない。
「……ふぅッ!?」
「……お姉ちゃんさっき僕に幾つなのか聞いたよね? 僕はこの歳で身体の成長を止められてるんだけど、お姉ちゃんの倍は生きてると思うよ。それにこの身体は、『なり』はこんなだけど、筋力や精力は年相応に成長するし、諜報に便利だから気に入ってるんだよね」
「……っは……ぅぁ……ぁ……」
 阿音の瞳がぐりんと瞼の裏に隠れ、全身から力が抜ける様にがくりと地面に倒れ込んだ。公衆トイレからはターゲットの少年が写真と同じ悪戯っぽい笑みを浮かべながら、仲間を引き連れて出て来た。
「終わったか……早かったな」
「無防備過ぎて逆に罠なんじゃないかって不安になったよ。油断させるのが僕達の専売特許とはいえ、ここまで簡単に騙されるなんて。本当に隠密なのかな?」
「間違いは無いだろう。そこの一人は前回捕えて拷問した娘だ。さて、どうしたものか……。我々の里に連れて行く前に少し楽しむか? 今のオモチャ達は貧相な身体ばかりだから、この二人はそれなりに楽しめると思うぞ。特にその胸なんか……」
 少年達の視線が失神している阿音と杏の身体に注がれると、どこからか生唾を飲む音が聞こえた。少年達は目配せをすると、協力して二人を公衆トイレに運び込んだ。
 公園にはクナイの刺繍の入ったハンカチだけが残されたまま、そして誰もいなくなった。


ありがとうございました。
今回は一撃さんの描かれたこちらのイラストを元に妄想させていただきました。
直前で当て身をするキャラが本人でなくなってしまいましたが、こちらの方が話が膨らみやすかったのでご勘弁を。

ではまた次回

情景描写&リハビリのための習作です。
ストーリー、腹パンチ分はほとんど無いため、暇つぶし程度に読んでいただければ有難いです。



Maison-amnesiacs_edited-1




 門をくぐると、そこは、静かな庭だった。
 町中では耳を塞いでも聞こえてくる車のタイヤがアスファルトを削る音も、人々がけたたましく話す声も、信号が青に変わっても発信しない車に腹を立ててクラクションを鳴らす音も、酔っぱらった学生やサラリーマンが必要以上に大きな声で話す声も、電車が線路を引っ掻く音も、横断歩道が青になったことを知らせるアラームも、携帯電話の着信音も聞こえず、ただ、庭の隅に植えられている楡の木の葉擦れの音だけが、微かに僕の耳に届いた。
 空はどこまでも高く透き通った雲ひとつない青で、足下には所々隙間の空いた赤茶色のレンガ道が、奥の白い建物まで続いていた。そのレンガ道を浸食するように、春の陽光に背の伸びはじめた緑色の芝生が、朝方降った霧雨に濡れた身体を反射させて、まるで小さな鏡の破片をばらまいた様にきらきらと光っていた。
 しばらくぼうっとその光の粒を眺めた後、僕は思い出したようにシャツの胸ポケットから小豆色のアメリカンスピリットを取り出して、傷だらけの真鍮のジッポーで火をつけた。赤ん坊の安らかな寝息の様にゆっくりと煙を吸い込むと、煙草の甘い香りが口内に広がった。
 煙草をくわえたまま庭を見渡す。広い庭だ。楡の樹の側にある丸太で出来たブランコや、鉄パイプで作られたジャングルジムを見ていると、ここが小さめの幼稚園のように感じる。
 煙草はまだ半分も減っていない。僕はゆっくりとレンガ道を進み、白い二階建ての建物を目指して歩き出す。外壁を漆喰で塗られた少しくたびれた感じのアパートメントだ。決して新しくはないが、ただ居住という機能のみに特化したありふれた物ではなく、そこそこに洒落た外観をしている。大きめのテラスには六人掛けの無垢材のダイニングテーブルが置かれ、テラスへ通じる窓は全て開け放たれている。僕はこのアパートメントの細部にいたるまで、はっきりと思い出すことが出来る。一階は全員が集まって食事のとれるダイニングキッチンと業務用の共同冷蔵庫、グリーンのソファが置かれた広いリビングルーム。五人が同時に使えるシャワールームがある。二階は十二畳ほどの個室が八部屋。
「おかえり……」
 テラスの床を見ながらぼうっとしていた僕は、不意にかけられた声に必要以上に驚いて顔を上げた。長身の女性がテラスからレンガ道に降りてくる所だった。ネイビーのフレッドペリーのポロシャツにクロップド丈のデニムといったラフな格好。大人びた雰囲気だが、表情に若干あどけなさが残っている。歳は十代後半といったところか。彼女がテラスから庭に降りると、長く艶のある黒髪の毛先が小さく踊った。
「悪いけど、ここは禁煙なんだ。中に入るのはそれを吸い終わってからにしてくれ」
 彼女は僕の目の前まで来ると、僕の胸ポケットから勝手に煙草を取り出して咥えた。僕が火をつけてやると、長く煙を吐き出しながら「ありがと」と小さな声で言った。
 僕は若干混乱していた。僕は以前ここに住んでいたことは間違いない。だからこの建物は細部まで克明に思い出すことが出来る。しかし、ここの住人については、まるで磨りガラス越しに飾られた写真を見ている様に、おぼろげなイメージしか浮かんで来なかった。
「身体に悪い。未成年だろ?」
「固いこと言うな。それに、毎日は吸わない。それより久しぶりじゃないか? お前が出て行ってから、もう一年くらいになるか?」
 僕は周りを見回した。さっと風が吹いて、楡の樹の葉が大きな音を立てる。
「ごめん……ちょっと混乱してるんだ。上手く思い出せなくて」
「まぁ、無理も無いか……。せっかく帰ってきたんだから、ゆっくり休めばいい。それに、急にふらっと出ていったものから、みんなかなり心配したんだぞ。食事の支度も最初はお前の分まで作っちゃって……」
 煙草の火種を僕に向けながら彼女は言った。表情は凛としたままあまり変化は無いが、彼女の声にはやさしさが宿っていることは十分に理解出来た。僕は上手く声が出せなかった。言うべきことはたくさんあった気がしたが、それらは壁同士が引っ付いた喉の粘膜につっかえて身体の中に留まり、行き場無くふわふわと漂っていた。
 僕はぼうっとしながらなにか喋ろうとしたものだから、咥えていた煙草を足下に落としてしまった。「あ、ごめん」と僕が言うと、「いや、いい」と言いながら黒髪の彼女が僕の落とした煙草を拾ってくれた。彼女は火種を指で弾いて消すと、吸い殻をまるで宝石の様に色々な角度から観察しなが、僕を見ずに言った。
「早くみんなに顔を見せてやれ。シオンにも綾にも……。もうすぐ昼だから、部屋には行かずにダイニングかリビングでくつろいでいた方がいいぞ」
 開け放たれた窓を抜け、マットで靴底に付いた汚れを落とすと、磨き上げられたフローリングへ足を踏み入れた。ダイニングテーブルには日本人離れした容姿の少女が、テーブルの上に新聞を広げながら座っていた。小さいドレープの入った薄緑色のワンピースが彼女の長い金髪を映えさせている。
「あら? 美樹さんの言ってた通り……戻って来られたんですね。本当に久しぶりですねー。おかえりなさい」
 読んでいた新聞を丁寧にたたみながら、彼女は柔らかい声で言った。僕は「ああ……」と曖昧に返事をしながら大型の冷蔵庫を開けて瓶に入ったコーラを取り出した。彼女が炭酸飲料を飲まないことはなんとなく知っていたが、一応勧めてみた。予想通り「大丈夫です」と言って軽く首を振った。僕は小気味良い破裂音を奏でながら栓を開け、コーラを一気に半分ほど飲んだ。冷蔵庫の近くの壁には一匹の蠅がとまっていた。蠅は何かを探すように少しうろうろしてから、近くの窓枠から飛び去って行った。
「およ? 本当に帰ってきたんだ。おかえり。ついでに冷蔵庫の中からトマトケチャップ取ってくれる? あ、シオンさん、お皿出してくれます?」
 キッチンの中から明るい茶色の髪の少女が、パスタ用のトングを片手に顔を出した。黒いパーカーに、赤と黒のチェックのスカートを履いている。シオンは「はいはーい」と言いながらキッチンに入っていった。
 冷蔵庫の中からハインツのトマトケチャップを持ってキッチンに入る。本格的なシステムキッチンだ。中には香ばしいニンニクの香りと、甘いグレープシードオイルの香りが充満し、自然と口の中に唾液が溢れてくる。大鍋にはぐつぐつとスパゲッティが茹でられており、茶髪の少女が慣れた手つきで一本掬って固さを確かめていた。
「綾ちゃん、これ、もう持ってく?」
「あ、ちょっと待って。粉チーズ忘れてた」
 シオンが抱えているサラダボウルには色とりどりの野菜や豆類、カリッと揚がったベーコンが溢れんばかりに入っていた。綾がおろし金でチーズを削って野菜にかける。「シーザーサラダ?」と僕が聞くと「ううん、コブサラダ」と綾が言った。
「ごめん、ソース作ってくれる? 後はその手に持ってるケチャップ入れて混ぜるだけだから」
 フライパンの中には大きめのムール貝やエビ、綺麗に輪切りになったイカが白ワインとホールトマトで煮詰められていた。綾に言われた通りケチャップを入れる。量がわからないから目分量。適当にフライパンの中身を混ぜていると、綾が隣に立って鍋からフライパンの中にスパゲッティを入れはじめた。
「本当に久しぶりじゃない……? 半年ぶりくらいかな?」
 綾は鍋の中に視線を落としながらも、僅かに微笑んでいるように見えた。
「向こうはどうだった? 結構大変だったんじゃない?」
「いや……どこも大して変わらないよ。ただ淡々と日々を過ごしているだけだったし。ただ、どう過ごすかは違いがあったかもしれないな。穏やかに過ごすか、乗り越えるか、それともやり過ごすかの違いはあったと思う。向こうは鳥のさえずりで目が覚めて、ロッキングチェアを揺らしながら読書をして一日が終わるわけではないんだ。生きて行くためには色々とやりたくないことや、ろくでもないことをしなければいけないし……」
「ふぅん……。でもここには優しい人しか居ないから、向こうよりは過ごしやすいでしょ?」
「まぁ……ね。でもここの空気は甘過ぎるから、長居すると出られなくなると思うんだ」
 綾はゆっくりと鍋から視線を外し、僕の目を見つめてくる。髪の色と同じように薄い茶色の瞳だった。綾は何か秘密を打ち明ける時の子供の様に、何回か短く息を吸いながら口を動かした。
「……無理にここを出る必要は無いんじゃない? ここでみんなで、ゆっくり暮らして行けばいいんじゃないかな。部屋はたくさんあるし、アンタの部屋もそのままにしてあるしさ……」
 綾は心配そうな顔を僕に向けた。その表情からは何かの祈りの様なものを僕は感じ取ることが出来たが、僕は何も言わなかった。
 それは幸福な食事だった。綾の作ったペスカトーレは絶品だったし、美樹が地下のカーヴから選んだシャブリも料理とよく合った。僕と美樹はシャブリを、綾とシオンはアイスハーブティーを飲んでいた。程よく酔いが回り、僕は煙草を吹いたくなってテラスへ出た。ガーデンチェアに座って煙草を吸っていると、シオンがコーヒーを淹れてくれた。こんな幸せが永遠に続けばいいと、僕は安らかな気持ちで目を閉じた。

 僕が目を覚ますと、周囲はつけっぱなしにした午前三時のテレビの様な耳障りなノイズに包まれていた。飲み過ぎてテレビをつけたまま寝てしまったのかと思い、僕は咄嗟にリモコンを探した。手のひらにざらざらとした感触が伝わり、時々柔らかい袋の様な物が触れる。アスファルトと、生ゴミを詰めたゴミ袋だった。ゴミ袋からは何かの腐った様な甘酸っぱい匂いが漂い、僕は吐気を催してそのまま胃の中の物を吐いた。わずかに形を残したスパゲッティの破片がアスファルトに広がった。
 テレビの砂嵐に似たノイズの正体は雨だった
 冷たく濁った雨を顔に受け続けているうちに、砂の舞い上がった海底の様な意識が徐々にはっきりしてきた。僕はどこかの路地裏のゴミ捨て場で寝ていた。起き上がる時に訳の分からない大声を発したため、路地裏に面している大通りを行き交う人がチラチラとこちらを見た。口の周りを汚している吐瀉物を、袖口や襟がぼろぼろになり、元の色が緑だったか茶色だったかわからなくなったトレンチコートの袖で拭うと、布越しに頬にまばらに生えた髭の感触が伝わってくる。
 僕はよろけながら路地裏を出た。明日の食事を調達して来なければいけない。他の人間に先を越される前に、めぼしいレストランやコンビニエンスストアへ行かなければ。
「あの……大丈夫ですか……?」
 一人の女の子が僕に話しかけてきた。少し怯える様な表情の女の子だ。まだ高校生くらいだろうか。明るめの茶髪の少女は、僕に夢で見た少女を思い起こさせた。
「すごい悲鳴が聞こえて……。もし、体調が悪いんでしたら病院に……」
 僕は無意識にその少女の腹に拳を埋めた。少女は「こひゅっ」という悲鳴とも吐息とも取れない声をあげて、身体をくの字に折り曲げた。柔らかい腹筋の感触を楽しみたくて、立て続けに少女の腹部に拳を埋めた。周囲からは悲鳴が上がり、サラリーマン風の男が怒号をあげながら僕の腕を掴んだ。僕は空いている方の手でサラリーマンの顔を殴った。マッチ棒を折る様な鼻骨が砕ける感触が僕の手に伝わり、ぬらぬらとした鼻血が僕の手を汚した。
 うずくまるサラリーマンや少女を介抱する声や、僕を非難する声を無視して、僕は近くの雑居ビルの非常階段を上った。もう街の喧騒を聞くのはうんざりしていた。雨に濡れた非常階段はとても滑りやすく、おぼつかない足取りの僕は何度か転んで顔からスチール製の階段に落ちた。右の前歯が欠けたが痛みは感じなかったし、もともと歯はボロボロだったから気にしなかった。途中、踊り場で煙草を吸っていた休憩中の風俗嬢に挨拶をしたが、幽霊を見る様な目で見られただけだった。
 屋上に付くと、僕は柵を乗り越えて煙草を取り出した、夢の中で見たものと同じ小豆色のアメリカンスピリットだ。取り出した側から雨に濡れて火が消えるので、僕は諦めて煙草の箱とライターを足下に捨てた。
 足下には車のテールランプや、色とりどりの傘が見えた。小さく動く様々な色がとても哀しく思えて、僕は両手を広げてそこへ飛び込んで行った。
 浮遊感、一瞬の自由。僕は今、世界で最も自由を与えられた一人なのだ。
 彼女達はまた「おかえり」と言ってくれるだろうか。
 地面が近づく様子がとても長い時間に思えて、僕はゆっくりと目を瞑った。この身体が地面と触れ合うと同時に、あの庭に帰って来られることを祈りながら。

お久しぶりです。
リハビリ代わりにnnSさんリクエストの短編を書いてみましたので、よろしければ読んでみて下さい。
まだ調子が完全ではないため読み辛い所や変な表現等あるかと思いますが。。。

では、どうぞ。


お題:「セーラー服の女子校生がねちっこく腹責めされてるSSを導入部分は短めで」




「n×И」




 小早川小春は電車を降りてからずっとイライラしていた。
 理由のひとつは夕方まで激しく降っていた雨のせいだ。十九時を過ぎる頃にはすっかり上がっていたが、汚い川の澱みに浮かぶ油膜のように肌にまとわりつく湿気は、小春のえんじ色を基調としたセーラー服や膝上まであるニーソックスを重く湿らせ、不快感と共にべっとりと素肌に貼り付かせた。
 もうひとつは、どんなに早足で歩いていても、あえて自分が普段は歩かないこの狭い路地に入っても、同じ様な間隔を保って付いてくる足音のせいだ。
 雨のせいで、猫の額ほどの庭に競うように植えられた植え込みからは濃密な緑の匂いが漂ってくる。それをかき分けるように、閑静な住宅地の裏路地に響く小春のローファーの固いゴム底がアスファルトを叩く音が途切れると、ワンテンポ遅れて背後から聞こえるブーツ特有の重い足音も止まった。
「あのさぁ……」
 小春がピンク色のショートヘアを掻き上げながら振り返る。さっと風が吹いて、スカートやセーラー服の襟がわずかにはためいた。
「いい加減にやめてくれない? 私に個人的に用があるなら聞いてあげてもいいけど、変なことが目的だったら相手が悪かったわね。すぐに立ち去るなら見逃してあげるけど、このままコソコソし続けるなら引っ張り出して蹴り入れるわよ」
 強気で張りのある声が湿った空気に溶けると、電柱の影から肥満体の男がのっそりと姿を現した。金色になるまでブリーチした坊主頭に、ティンバーランドのイエローブーツ。大きくSTUSSYとロゴの描かれたオーバーサイズのTシャツを着ている。一昔前のヒップホップファッションだ。
「あれ? バレちゃった? こっそりつけてきたつもりだったんだけど……」
 顔中を歪ませてひひひと下品な笑みを浮かべながら、体格に似合わず甲高い声を発する男に、小春の不快感は増々募っていった。
「その体型でこっそりも何も無いでしょこの短足デブ! 何その格好? 自虐のつもり? その欲に負け続けた体型を誇示したいなら一応成功してるんじゃないの?」
小春は手も早いが口も早い。流れる様な悪口を聞いて、男はまるで太陽を直視してしまったかの様な歪んだ笑みを浮かべる。背格好からは似合わない白く綺麗な歯を見せながら、ゴツゴツとブーツを鳴らして、歩き難そうに小春に近づいてくる。
「噂通り口が悪いなぁ……僕、傷ついて泣いちゃうよ? それに、体型にコンプレックスがあるのは君も同じだろ? 見様によっては中学生に見えるよね?」
 男はそう言うと、小春の身体を舐め回すように見た。同年代よりもかなり小柄な体型や、女性らしい凹凸に乏しい胸や腰。それらに比べると若干肉付きのいい太腿を締め上げているニーソックスとスカートの隙間を見られていることに気付くと、小春は僅かに後ずさった。
「う、うるさいっ! これから大きくなる……かもしれないんだから別にいいでしょ!」
「どうだかね……ひひ……いやでも、大したものだよ。その体型なのに空手の全国大会出場決めちゃうくらい強いんだから……本当に大したものだよ、小早川小春ちゃん?」
「は……? な、なんで私のこと……? あんた、ただの変態じゃないの?」
 女性を無差別に狙った暴行犯だと思った小春は、大きめの目を更に見開いて男を見上げた。男はゆっくりと近づきながら話を続ける。
「ひひ……まぁ……『それ』目的も少しはあるけどね。実は君に大会に出られると困る人がいるんだ。次の全国大会、辞退してくれないかな? ついでにこのまま空手部も辞めてくれれば、穏便に済ませたいんだけど?」
「はぁ?! 嫌に決まってるでしょ! 地道に努力してせっかく地区の大会で優勝したんだから。誰に頼まれたか知らないけど、大人しく返って『死んだ方がいいんじゃない?』って伝言伝えてくれる?」
 小春は左手を腰に当てて無い胸を張りながら、唇を尖らせてシッシッと相手を追い返すジェスチャーをする。手の動きに合わせて頭の上からアンテナの様に生えているアホ毛もピョコピョコと動いた。
「むりだよぉ、そんなことしたら依頼主に怒られちゃうよ」
「知ったこっちゃ無いわよ! アンタ見てるだけで暑苦しいんだから、早く目の前から消えなさいよ!」
「そんなこと言わないでよ……お願い聞いてくれないと、力づくで参加出来ないようにするしかなくなっちゃうよぉ……」
 男が泣きそうな声でそう言うと、小春の細い眉毛がぴくっと動いた。昔から身体が小さく、今のように努力する前は自信も体力も人一倍無かった小春にとって、「力づく」という言葉は何よりも嫌悪感を催した。
「アンタさぁ……私のことどう見てるか知らないけど、相手見て喧嘩吹っ掛けるのは最高にダサイと思わない?」
「ん〜? 負ける勝負はしないことも大事だと思うよ?」
「そう……じゃあこっちもそうさせてもらうから」
 小春が地面を蹴ると、一瞬で男との距離が縮まる。鍛え抜いた足腰は軽量な身体を難無く運び、その勢いを乗せたままの前蹴りが男の腹に吸い込まれる。ずぶりと言う不思議な感触が小春の爪先からくるぶしまでを包んだ。柔らかくて抵抗が極端に少なく、生物特有の繊維を束ねた様な固さが無い。
「……? な、何?」
 不審に思いながらも突き技を交えながら小春は得意な蹴り技を主体に男の胴体や太腿を責め立てるが、男はガードする訳でもなく涼しい顔をしている。数発顔面に放った蹴りだけはしっかりとガードされた。
「アンタ……何か巻いてるしょ……? それも胴体や手足全部に」
「お、よく気付いたね……。実はウレタンで出来たガードスーツを着込んでるんだよ。動き難くて太って見えるのが欠点だけど、プロ野球のピッチャーが投げるボールに当たっても平気なんだ……。君と普通にやり合っても勝てるわけないけど、頭だけなら何とか守れるからね」
「そこまでして……ならそのまん丸な顔に一発決めてあげるわ」
「だから……僕はそれほどほど太ってないよ?」
「興味無いっ!」
 小春が三角飛びの要領で男の膝を蹴ると、目線が男と同じ位置になるほどふわりと飛び上がった。そのまま顎を跳ね上げるように膝を繰り出すと、男が辛うじてガードする。
「もらったぁ!」
 小春は受け止められた膝を支点に身体をくるりと反転させると、後ろ回し蹴りを男のこめかみにヒットさせた。小柄な体躯と強靭なバネを持つ小春にしか出来ない技だった。死角から飛んできたローファーの踵に対処しきれず、男の身体がぐらりと傾く。
 小春が重力に任せて落下の体制に入ると、男の手が蛇のように動いて小春の足を抱き抱えた。逆さ吊りの様な体勢になり、小春は慌ててスカートを押さえる。
「え?! ちょ……ヤバ……」
 小春が体勢を立て直そうとしている隙に、男はカーゴパンツのポケットから黒い携帯電話の様なものを取り出して小春の太腿に押当てた。バチッという耳を塞ぎたくなる様な音が周囲に響いくと、小春の身体がビクリと跳ね上がる。
「あ゙あ゙あ゙あ゙ あ゙ッ!!」
「くあぁ……一瞬トんでたよ……あぶなかったなぁ……。どうだい? スタンガンは初めてかな? 気絶はしないだろうけど、身体が言うことを聞かないだろう?」
 背中から落下した小春はすぐに立ち上がるが、男の言う通り膝が笑ってなかなか地面を踏みしめられず、よたよたよ後ずさることしか出来ない。すぐに男に距離を詰められると、どぽんッ! という湿っぽい音が細い身体を駆け抜けた。急に重くなった腹部の感触に、おそるおそる視線を下に移す。若干前屈みにの体勢なった小春の華奢な腹部に、男の拳が手首まで埋まっていた。
「ぅぁ……ぁ……」
 この感触はよく知っている……。最近は少なくなったが、空手を始めたばかりの頃は師範や先輩によく殴られたものだ。ただ、みんなある程度の手加減をしてくれたから、ここまでえげつなく腹を抉られることは無かった。この後襲ってくる苦痛も、おそらく過去最大のものなのだろう。
「うぶぅっ?! ごッ……おごおッ!?」
 一瞬の間を置いて、腹部からぞわぞわと不快感がせり上がり、徐々にそれが鈍痛から苦痛に変わると、一気に今まで経験したことの無いほどの苦痛に変貌した。その小さな身体がまるで電気ショックを受けたように跳ね、全身が痙攣して膝から下が無くなったような錯覚に襲われる。普通なら崩れ落ちるはずの身体を、腹に埋められてる男の拳が辛じて支えていた。
「ゔぐっ……かふぅっ……ぬ……抜いて……」
「ひひひひ……綺麗に決まっちゃったねぇ……苦しいかい?」
 身体をくの字に折りながら、口の端から唾液を溢れさせている小春を満足そうに男が見下ろす。必死の思いで小春が見上げると一瞬腹圧が軽くなる。拳を三分の二ほど抜かれ、安堵して息を吸おうとしたところ、小春の細い腰に手を回しながら更に深く拳が埋められた。
「うぶぅぅぅっ?!」
「せっかく息が吸えたのに、全部出ちゃったねぇ……?」
「ひぐっ……ゔあ゙っ……ああぁ……」
 小春の小柄な身体ががくがくと震え、倒れ込まないように必死に内股を摺り合わせて耐える。男はその様子を満足げに見下ろしながら小春の温かい腹部の感触を楽しむと、下腹部に丸太の様な膝を埋めた。内臓が正常な位置から隅に押しやられ、激しい嘔吐感が身体の中からせり上がってくる。
「お゙お゙ッ?! ごぽっ……ごえぇぇぇぇ……」
 ウレタンを巻いて質量を増した男の膝は、容赦なく小春の小さな胃を内壁同士がくっつくほど潰して、その内容物を食道へ逆流させた。両足が地面を離れる程の威力で突き上げられ、空っぽの胃からは透明な粘液が逆流して吐き出される。
「ひひひ……思った通りだ。小春ちゃんは相手の攻撃を避けるのが上手いから、いざ責められると本当に打たれ弱いんだねぇ? お腹の中がびっくりして、びくびく痙攣してるのがわかるよ? ……あんまり大声出すとそのうち人が来ちゃうから、二人きりになれるところへ行こうか?」
「ちょ……調子……乗るな……このデブ…………ぐぼぉっ?!」
 男が小春の鳩尾をピンポイントに突き上げる。拳骨と胸骨がぶつかるミシミシという音が、骨伝導ではっきりと鼓膜に届いた。心臓をシェイクされた衝撃で呼吸が出来なくなる。
「かはッ……あ゙……ゔあぁ……ぁ……」
 小春は必死に空気を求めるようにぱくぱくと口を動かした後、支えを失ったようにガクリと全身を弛緩させた。男の腕に抱きつくように倒れたため、ピンク色の髪が男の二の腕をくすぐる。
「デブじゃないって言ってるだろ……あんまり度が過ぎると、殺しちゃうよ? っと、もう聞こえないか……」
 男は弛緩した小春を軽々と肩へ抱え上げると、住宅地の奥へ向かって歩き出した。

 住宅地を離れた人気の無い公園の多目的トイレ。中の壁は所々落書きが散乱し、怪しい個人情報や卑猥な絵がマジックやスプレーで書き殴られていた。蓋が無くなった汚物入れやその周辺の床には、使用済みのコンドームが紙に包むどころかその口を縛ることもせずにそのまま捨てられている。中身がこぼれ、乾燥した痰の様にタイルの上で干涸びていた。
 便器の脇には、明らかに後から備え付けられたであろうTの字を横にした様なステンレス製の簡素な手すりがある。滑り止めが付いておらず、実際に使用した場合は転倒する可能性もあるだろう。
 だが、不必要に床から天井まで伸びたステンレスパイプは、実際の使用においてはさておき、人間を拘束するにはなかなかに好都合だった。
「ぐぅッ!? あがッッ!! お゙ぅッ!! ごぶっ……お゙……お゙ぇぇ……」
 所々割れたり剥がれたりしているタイルで囲まれた多目的トイレの中に、小春の痛々しい悲鳴が響き渡った。手首と足首をそれぞれ手錠でステンレスのポールに拘束され、手は後ろに廻っているため攻撃のガードどころか汗を拭うことすら出来ない。
 小春の幼さの残る声が発する苦痛のサインは常人には堪え難いほどの残酷さを演出していたが、男は嬉々としてその悲鳴を絞り出すように、小春の華奢な胴体へと拳を埋めていた。
「ほらほら、もっと鳴いていいんだよ? ここは周りに家も少ないし、灯りが点いている時には誰も入っちゃいけないって言う暗黙のルールもあるから、どんなに騒いでも大丈夫なんだよ?」
 男は体中に巻いていたウレタンを外して体格が一回り小さくなっていたが、それでも肥満体には変わりなかった。しかし動きはいささか軽快さを増し、連打を終えた後ゆっくりと拳を脇まで引き絞ると、その脂肪で膨らんでいる拳骨をぐちゅりと小春の子宮に埋めた。
「おごおおおっ?! ゔッ?! そ、そこ……ゔあ゙ッ?! ああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッッ!!」
「へぇ……子宮も小ちゃいんだねぇ……ものすごく『おさまり』がいいよ」
 男は手の指で子宮をぐちゅぐちゅとこね回すと、少し上にある胃に親指をねじ込み力の限り圧迫した。悲鳴とともに飲み込めなくなった唾液が小春の口から床に落ちて染みを作る。
「がッ……ああぁ……うぁぁ…………」
「さ、そろそろお願い聞いてくれる? 次の全国大会を辞退して、空手部を辞めてくれるだけでいいんだ。簡単だろう? そうすればすぐに解放してあげるよ?」
「…………ふッ……く……う……うるさい……デブ……」
 喉から竹笛を吹いている様なひゅーひゅーと言う音を立てながら、小春は必死歯を食いしばり男を睨み上げる。普段はふわふわとボリュームのある小春のピンク色の髪の毛も、脂汗でべっとりと額に貼り付いていた。
「んんー、まだ僕の誠意が伝わってないみたいだねぇ。もう少し一生懸命お願いしないといけないかなぁ……?」
 男は腕に対して掌を九十度の角度で開くと、勢いを付けて手首の部分を、小春の腹全体を押し潰すように突き込んだ。拳とは違う重い音が響き、小春の黒目がぐりんと瞼の裏に隠れる。
「ごっ?! ……ッッ……お゙ッッ」
「掌底だよ……衝撃が皮膚や筋肉に吸収されずに、直接内部を攻撃する技……。小春ちゃん小柄だから下腹部全体を押し潰しちちゃったよ……もの凄い痛みが来るかもねぇ……?」
「あ゙…………ぐぷっ?!」
 内臓全体が沸騰した様な感覚の後、全てを吐き出したいほどの衝撃が駆け巡る。それぞれの臓器がバラバラに脳に向かってエマージェンシーを発している様だ。
「おぼぉぉぉぉッ?! ごうえぇぇぇぇッ!!」
 びちゃびちゃと汚い音を立てて床に粘液が広がってゆく。どこかの内蔵を損傷したのだろうか、僅かにどす黒い血が透明な液体の中にぽつぽつと混じっていた。ひとしきり吐き終わると小春は小刻みに肩を上下させながら短い呼吸を繰り返すが、今度は掌底で鳩尾を突き上げられた。
 空気の塊を身体の中にねじ込まれた感触。
 本能がそれを吐き出そうと、必死に嘔吐かせる。
「ごひゅぅッ?! ……っご……があっ…………」
 小春の髪の毛を掴んで無理矢理顔を上げさせると、その顔を覗き込んだ。小春の顔は既に涙と脂汗と涎でぐちゃぐちゃになり、半分白目を剥きながら舌を出して喘いでいる表情は男の征服欲と加虐性欲を刺激した。
「……そうだなぁ、試合に出られなくしろって言われてるんだから、殺しちゃっても一応約束は守ってるよね?」
 男は小春のセーラー服を捲って素肌を露出させると、中指を立てて小さな臍に突き込んだ。ブチュッという小さな破裂音と共に男の中指が根元まで埋まる。
「………………あ゙」
 小春の身体がビクリと跳ねた。ただならぬ感触に視線を恐る恐る下げると、男の脂肪で膨れた指が自分の臍の中に埋まり、女性器を愛撫するようにぐちゅぐちゅと蠢いていた。
「あ゙……あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! あ゙あ゙あ゙あ゙ああぁぁ…………」
「すごいなぁ……温かくて柔らかくて、色んなものが絡み付いてくるよ……。犯したくなってきたなぁ……」
 小春は自分の腹の中を醜悪な模様の芋虫が這い回っている様な不気味な感触に全身の毛穴が粟立った。不思議と痛みは無かったが、下腹部が臍から垂れた血で生暖かくなってくると、猛烈な吐気がこみ上げると同時に気が遠くなってくる。
 男は小春の体内の柔らかさと温かさを堪能すると、ズボンのファスナーを下ろした。
 その金属質な音が耳に届くと、小春は目を見開いた。処女を散らされるよりも恐ろしいことが起ころうとしているからだ。
「ま、待って……お願い……それは……」
「だーめ。それじゃあ……入れるよぉ……」
 ブヂブヂという音が臍から耳に届くと、小春の頭は真っ白になった。さっきよりも太い肉の塊が、自分の腹膜や脂肪を押し避けて内臓をかき回している。
「あ゙っ……ゔあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ?! あああああ!!」
「ほら……小春ちゃんの一番奥に、僕のが届いてるよ……」
 何故痛みが無いのか? 痛みがあれば、発狂することも出来たかもしれないのに。今はただ内臓をかき回される気持ち悪さと、さっきまでの蒸し暑さが嘘の様な寒さしか感じることが出来ない。かき分けられた内臓が元の位置に戻ろうと小刻みな痙攣と蠕動を繰り返す。男の肉棒が臍を突き破って出入りする度、ぬめった血液が潤滑油となって、わらわらと内部をかき回す。
「ほら……もっと腹筋締めて……もう……出るよ……」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ……………えゔっ…………ごぽっ……」
 小春の口元から赤黒い血の塊が噴き出すと同時に腹筋が収縮すると、男は絶妙な刺激を感じて一気に爆ぜた。大きく広がった臍の穴から男性器を抜くと、ごぼりと血液と精液の混ざり合ったピンク糸の泡が止めどなく溢れて床に落ちる。
「あー気持ちよかったぁ……。おーい小春ちゃん、起きてる?」
 ピクリとも反応しなくなった小春を見て男は小さく溜息をつくと、多目的トイレの鍵を開けた。僅かに空の色が明るくなりはじめている。街ももうすぐ起きだす頃だろう。
「聞こえてないかもしれないけど、一応教えてあげるよ。あの全国大会は学校にとって大きなアピールの場であると共に、賭博場でもあるんだ。それぞれの地区の教育委員や学校の偉いさんが出場選手を対象に賭けをするんだけど、中には無茶をして賭けに勝たなければ首を吊るしか無い人もいるんだ。大穴の選手に張って、小春ちゃんみたいな本命が負けてくれないと困る人がね……。世の中努力だけじゃどうにもならないこともあるんだよ。それじゃ、機会があったらまたね」
 男はひらひらと手を振ると、多目的トイレのドアを全開にしたまま夜明け前の街に消えていった。
 数時間後、公園付近は救急車や警察、マスコミが集まって一時騒然となったが、不思議とどのテレビ局にも報道されず、新聞にも載ることは無かった。




5月25日追記

nnSさんがn×Иのキャラクター、小早川小春を描いて下さいました!



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強気な表情や体型、服装等、あの拙い文章から自分のイメージ以上に魅力的にキャラクターを描いていただけるとは、流石としか言いようがありません。


これだけですと寂しいので、文章を書く前に作ったキャラ設定を載せておきます。
お暇でしたら読んでみて下さい。





・小早川 小春(こばやかわ こはる)
 ピンク色のショートヘアに、赤みがかった茶色のつり目。
 家庭環境はいたって普通で二人兄弟。弟がいる。
 体格は小柄で同年代の生徒よりもかなり小さい。中学生の頃から身長をはじめ、胸や腰もあまり成長せず、本人も気にしている。
 子供の頃は病弱で体力も無く、虐められ、性格も大人しかった。
 いじめっ子の生徒を避けようと遅くまで図書館に残り、万が一のことを考えて遠回りして帰宅している最中、偶然空手道場の前を通りがかる。自分より年下の子供が一生懸命稽古に励み、組手で大人に立ち向かって行く姿に感銘を受け、道場の師範に促されて見学し、後日入会する。
 入会後は練習に打ち込み、稽古の無い日も自主的に体力作りに励んだ。元々運動神経も良かったらしく、基礎体力が付いた頃から目に見えて実力を発揮しはじめる。この頃から髪型をショートにする。
 鍛えた足腰と強力なバネを使った足技が得意。小柄な身体を生かして素早く動き、跳躍して相手の死角に入り込んで頭部を攻撃する技は脅威。相手からは目の前にいた小春が消えたように見え、次の瞬間頭頂部に踵落としが降ってくる。
 空手を始めてからは自分に自信がつき、性格も明るく活発になる。高校入学と同時に空手部に所属し、友人も増える。
 弟には甘い。というかブラコン。弟は君付けで呼ぶ。一緒に遊んだり出かけようとするが、最近弟が恥ずかしがってあまり付き合ってくれず寂しい。
 好きな食べ物:スパイスの利いた料理(近所の本格カレー屋がお気に入り)
 嫌いな食べ物:ジャンクフード(背が伸びなくなるらしい)
 好きなブランド:特に無し(ラフで動きやすい格好が好き)
 香水:PINK PANTHER「STEAL YOU」(稽古、運動後につける)

リクエスト第一段
初の東方Project二次創作
テーマ:先代巫女
完成しました。

独自解釈、独自設定てんこ盛りです。
技名は博麗霊夢の技に多い北○の拳からのパロディを参考にしました。

今回は文字数オーバーしてしまいましたので、エンディングは「続きを読む」をクリックしてご覧下さい。

ではどうぞ↓





昔話をしようか




「そうだな……昔話をしようか……?」
 重厚で、それでいて透き通った声で囁くと、彼女は後ろ手に縛られている僕の前で跪いて、人差し指と親指で、くい、と僕の顎を持ち上げた。白いドレスを着た、一見すると十歳にも満たない姿の少女の背中からは、その小さな身体からは不釣り合いなほどの巨大な蝙蝠の様な羽根が生えていた。
「今の私はとても気分が良い……。あと数刻でうちの優秀なメイドが、貴重な貴重な臨月の妊婦を連れてくる。妊婦の、特に臨月を迎えた女の血はとろけるほど美味い。体温の高い濃厚な母体を堪能した後は、子宮の中のまだ産声すら上げていない瑞々しい命を取り出して啜る……。その味は私の舌を包み込んでとろけさせるだろう……想像しただけで口の中に唾液が溢れてくる……。最も、私の胃は小さいから半分も食べられないだろう。それではせっかくの最高級の食材に対して失礼だ……。だが、幸い私の妹は大食家だ。肉から臓腑から目玉から臍の緒まで、うちの優秀なメイドが最高級のコースに仕立て上げるだろうし、妹はそれを決して残さないだろう……」
 山の中で山菜を採っている最中に捕まり、この館へ連れて来られた。地下牢へ幽閉され、始めに目の前の幼い少女を見た時は正直言って「上手くいけば力づくで逃げられる」と安心したものだ。だが、今は確信を持って言える。目の前の少女は、紛れも無く「悪魔」だ。僕たち人間を、意思の疎通の出来る存在を「食材」としか見ていない。
 だが、人間のものではない深紅の瞳からは不思議な魅力が溢れ、このような状況ながらも僕は「美しい」と感じた。
「その妊婦のお陰でお前の命は一日延びた。今日の夕食から明日の夕食へと。お前もそれまで退屈だろうし、妊婦と聞いて思い出したことがあるから、冥土の土産として聞いておけ……聞きたくなくても、夕食までの私の暇つぶしに付き合え」
 そう言うと、幼い少女はまるで子供が人形に話しかける様に、実に楽し気にゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。

 今から少し前だ。幻想郷が今よりももう少し殺伐としていた頃。
 その頃の幻想郷には、怖い怖い巫女が居た。今の巫女とはまた違った怖さだ。今の巫女の様に妖怪共と「なあなあ」にならず、「ごっこ」なんかで茶を濁さず、自らの拳だけを武器に、どちらかが地面に伏せるまで力と力をぶつけ合う、清々しいほどの怖い巫女だ。
 その巫女は奇妙な格好をしていた。腰まである長い黒髪は結わずにそのまま流れるにまかせ、身体にぴったりと貼り付く様な黒いボディスーツは筋肉質な肩口や腹部、豊満な胸のシルエットを浮かび上がらせていた。巫女らしいものと言えば真紅の袴と、簡略化された襦袢。そして二の腕に括り付けられた朱色の飾り縫いの入った白い袖くらいだ。まぁ、今の巫女の格好もなかなかだがな。
 もちろんその巫女は酔狂な趣味でその様な格好をしているのではない。
 格闘を主にするために動きやすさを考慮して白衣を羽織らずに肩口を露出し、袖の長さも袴の長さも寸足らずだ。だがそもそも人間と妖怪とでは身体能力に雲泥の差がある。真っ当にやり合えばすぐに手足を捥(も)がれて頭から喰われるのがオチだ。
 その致しがたい差をを補うのが、博麗の家系に代々伝わる特殊な紅い蚕(かいこ)だ。
 その紅い蚕から紡がれる真紅の絹糸は人間の潜在能力を飛躍的に高める効果があり、それで織られた衣を纏えば、妖怪と素手で渡り合えるほどの身体能力と、護符の効果を爆発的に高める霊力が備わる。代々博麗の巫女が人間でありながら幻想郷の秩序を守って来られたのはその紅い蚕のお陰だ。その巫女は袴と袖の飾り縫いにその紅い絹糸を使い、自分の身体能力を高めている。
 もちろん今の博麗の巫女も、その蚕の繭から紡がれた絹糸で出来た服を身に付けている。
 
「その蚕の存在は幻想郷の中ではトップシークレットだ。つまり、その蚕が存在しなければ博麗の巫女はただの人間……。天才とか呼ばれている今の巫女にしても、服を脱いだら空を飛べるかどうかすら怪しい。そして、そんな気持ちの悪い芋虫をいつ、誰が博麗に与えたのか……? おおかた想像はつくが、まぁ知らない振りをしておこう。話を続けようか……」

 とある新月の夜。人里から少し離れた森の入り口で、地面が割れる様な低い地鳴りと、大木が切り倒された時の様な地響きが轟いた。
「言ったはずだ。一度目は半殺しで済ませよう。だが、二度目は殺すとな……」
 巫女は口の端から垂れる血を白地の袖で拭いながら、哀れみを含んだ視線を地面に伏せるものに送った。さっと風が吹いて、水に濡れた烏の羽根の様な艶のある黒髪が揺れる。脇腹や鎖骨の辺りの黒い布が破れ、白く透き通る様な肌には血が滲んでいた。
「博麗様!」
 歳は六十程度だろうとおぼしき男女が、その巫女の足下にひれ伏した。
「ありがとう御座います! 娘を人外から守っていただいて……何とお礼を申し上げたらよいか……」
 老夫婦の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。それもそうだ。ついこの前、嫁ぎ先が決まった大切な大切な一人娘を妖怪に取って喰われかけたんだ。巫女は地面に頭を擦り付けている夫の肩にそっと手を置いて、優しく微笑みながら語りかけた。
「どうか顔を上げて下さい。私はただ博麗の巫女として、人間側に立って行動しただけのこと。お礼を言われる様なことは何もしていません」
「し、しかし……」
「ここは人里から距離があって危険です。すぐにでも人里へ帰った方がいいでしょう。本当は私が送って差し上げたいのですが、妖怪はすぐに後処理をしないと仲間が集まってきますので……どうかお気をつけて……」
 老夫婦は何度も振り返りお辞儀をしながら、気絶している娘を背負って人里の方へ去っていった。巫女は老夫婦の姿が見えなくなるのを確認すると、地面に横たわったいる亡骸を見下ろした。
 体躯は三メートルはあるだろうか。身体は鍛え上げた人間の男性の様な身体つきだが、頭部は角の生えた牛の頭そのものだ。
「すまないな……。共に幻想郷に生きるものとして、出来ればお前も救いたかった。祓うことしか出来ない私を許してくれ……。せめて、来世では幸福になれる様に手厚く葬らせてもらう」
 巫女はどこからともなく大幣(おおぬさ)を取り出すと、人外に対して丁寧に祝詞をあげはじめた。
 おかしな話だ。
 絶対的な人間の味方である博麗の巫女が、妖怪に祝詞なんてあげて見ろ。信頼が地に落ちるどころか、妖怪と結託したなんて噂が立ってしまう。人間というのは面倒くさいことに、全てを悪い方向に考える生き物だからな。
 巫女は祝詞をあげ終えると、明け方までかかって妖怪を手厚く埋葬した。簡単に塚を作り、大幣を近くの小川に流すと、文字通り飛んで山のふもとにある神社へと帰って行った。
 その怖い巫女は、人間だけではなく、幻想郷に存在する全ての命を愛していた。
 だが妖怪達は博麗の巫女というだけで鼻をつまむ。当然だ。自分たちの敵以外の何者でもないからだ。今では想像もつかないだろうが、機会さえあれば全ての妖怪が……たとえ山の河童や天狗でさえ巫女の首を捥(も)ごうと月夜を徘徊していたものだ。

「想像出来るか?」

 少女の姿をした吸血鬼はさも愉快そうにワインを傾けながら聞いてきたので、僕は首を横に振った。今の巫女……博麗霊夢と妖怪との関係はとても友好的だ。時たま妖怪達が起こす異変も、その霊夢との関係を崩すまいと気遣っているのか、あえてお遊びの様な異変を起こしたり、異変自体が妖怪のお遊びだったりする。また、既に「妖怪が人間を襲う」「人間が妖怪を退治する」こと自体が既に形骸化し、すべてが「ごっこ遊び」に成り果てている。僕自身、人里では普通に妖怪と酒を飲み交わしたこともあるし、その席で気の合った妖怪に連れられて迷いの竹林の入り口にある夜雀の経営する屋台へ連れて行ってもらったこともある。
「では、何故その巫女が、今この幻想郷に居ないのか分かるか?」
 吸血鬼の問いかけに僕は再び首を横に振った。
「簡単なことだ。妖怪に負けたからだ……」

 その運命の日は、丁度今日の様に薄雲がかかって朧になった満月が浮かんでいる夜。普段は静かな人里に悲鳴が響き渡った。
 鷲鼻で、顔全体に火傷を負った様な爛れた皮膚。毛むくじゃらで筋肉質の体躯。私の国ではトロルと呼んでいた。
 そいつは人里の中で大いに暴れ、殺し、喰った。ぱりぱりと小気味のいい音を立てて赤子を咀嚼し、泣き叫んでトロルに縋り付く母親の臓腑を毟って吸った。
「貴様ぁぁぁぁぁ!!」
 満月で気が立っていたのだろう。普段は温厚で寺子屋の教師をしている半妖、上白沢慧音が文字通り頭から角を生やして叫んだ。
「何故人里で人間を襲う!? どのような事情があろうと、貴様は絶対に許さん!」
 完全に頭に血が登っている。まぁもっともな話だ。人里の中で、目の前で人間を喰っている妖怪がいたら、私ですら一応止める。面倒に巻き込まれたくないからな。
 残念ながら慧音にトロルは止められなかったが、一時間ほどして例の怖い巫女が現れた。
「それくらいにしておけ……」
 トロルの背後から静かな声と共に、草履が砂利を踏むざくざくという音が響いた。
「無知は罪だ、罪は裁かれなければいけない……違うか? 幻想郷(ここ)では人里で人間を襲ってはならないという不文律がある……。お前が人里以外で人間を襲ったり、私の目の届かない竹林の中で事を起こしただけであれば、このまま森へでも山へでも返しただろう。しかし、ここは人里で、その上お前は喰い過ぎた。大方最近ここへ流れ着いて来たばかりであろうが、郷に入れば郷に従えというものだ……悪いが、生かしてはおけん……」
 絹糸独特の光沢を放つ真紅の袴と、アンダーウェアでは押さえきれないほどボリュームのある胸に押し上げられた簡略化された襦袢が、月の光を浴びて炎が燃える様に輝いていた。白い袖の裾を風になびかせ、背筋をすっと伸ばして歩く凛とした姿は、逃げ遅れ、家屋の中でなす術も無く身を震わせていた人間達にとっては、まさに神の化身に見えただろうな。
 トロールは巫女の姿を見ると、その瘤だらけの唇を歪んだ三日月の様にして嗤った。分厚い唇はまだ乾いていない生血でぬらぬらと光っている。ぐるるると愉快とはほど遠い音が黒い毛で覆われた喉から響く。
「やっと来たなぁ……博麗の巫女」
「? 私を知っているのか?」
「知っているも何も……俺は幻想郷に流れ着いてから結構長い。人里の掟も、もちろん知っている。普段は竹林の奥で鹿や猪を喰っている。まぁ、たまたま迷い込んだ人間を頂く事もあるが、それも半年に一度あるかないかの馳走だ……こう見えても、真面目な方でね……」
「……そうか……知ってて事を起こしたのか……」
 声は静かだが、巫女の腹の底からは押さえきれない怒りが地獄の釜の様にぐつぐつと沸き立っているのをトロルは感じた。その怒気に呼応するかの様に、巫女の濡れ烏の黒髪が海中に揺らめく海藻の様に、ゆらゆらと逆立つ。
「まぁ待て。俺は天狗や河童と違って馬鹿な方だが、理由もなしに事を起こしたりはしない」
 巫女が訝ると、トロルは続けた。
「先日、お前が殺した牛頭鬼な……。あれは俺の親友だった……。あいつは人里の外で事を起こした。掟を破ってはいない。人間は、人里にいる限り決して襲われないという高待遇を受けているにも関わらず、何故人里の外でも守られなければいけないのか? 何故お前に殺されなければならなかった!? 俺達はどこで人間を襲えばいい!? 俺達の存在意義は何だ!?」
「……それについては済まなかった……。言い訳にしか聞こえんかもしれんが、出来る事なら私も殺めたくはなかった……。しかし、私にも役割がある。あの牛頭鬼には過去に一度警告をした」
 博麗の巫女が妖怪を退治した事に対し「済まなかった」と発言した事で、家々からどよめくような雰囲気が漂った。博麗の巫女は人間の絶対的な味方ではなかったのか?
「しかし、私に会うだけであれば、神社まで出向いて名を呼べばよかろう……? わざわざ禁を破る事も無い……」
「大切な者を失う思いをお前にも味わわせたかったのでな……それに、久しぶりに馳走を味わいたかった……」
「そうか……」
 空間には、巫女の言葉だけが置き去りになった。言葉が空中に溶けるのと同時に、風を切る音がトロルの尖った耳に届いた。ずしんという衝撃がトロルの身体に響く。
「おぉ?」
 一瞬の内に巫女の姿が消えたかと思うと、次の瞬間に自分の懐に入り込まれ、強烈な肘鉄が自分の鳩尾に突き刺さっていた。
 左足を前にした、絵に描いた様な完璧な前屈立ちの構え。加速の勢いを殺さない様に左膝をほぼ九十度近い角度で曲げて踏み込み、草履が地面の土を抉っていた。
「があぁっ!」
 何とか体勢を立て直そうと、トロルはよろめきながら後ずさる。
「夢想天生・瞬……」
 背後から巫女の静かな声が聞こえた。まるで瞬間移動したかの様に背後を取られる。
 振り返る間もなく後頭部に衝撃。それが拳なのか肘なのか膝なのかどうでもよくなるほどの威力で、二メートルを越える巨体が前方に弾き飛ばされる。
 トロルの視界が衝撃で明滅するが、持ち前のタフネスで一秒にも満たない時間で回復する。しかし、弾き飛ばされながら視界に飛び込んで来たものは、見覚えのある真紅の巫女装束だった。
 顎に衝撃。
 一瞬前の後頭部への攻撃で前方に飛ばされている身体を、カウンターのアッパーカットで跳ね上げる。あの小さな拳のどこにこれほどの力があるのか。紙風船の様に巨体がふわりと浮く。
 巫女は両拳を脇腹の横に付けて引き絞る。霊力の高まりで髪が足下から突風で煽られた様に逆立つ。
「百麗拳……」
 巫女の腕が何本も増えて見えるほどの、高速の拳の乱打。あまりの早さのために衝撃音が一つの大きな塊になり、地表で勺玉が爆発したかの様な轟音が民家の壁を揺らした。
 トロルは悲鳴を上げる暇すら無く後方に吹き飛ぶと、砂煙を上げて人里の大通りを二、三回バウンドし、突き当たりにある家屋に大きな音を立てて突っ込んだ。
 圧倒的戦力差。
 これほど有無を言わさぬ圧倒的な力の差を、今までに見た事があるだろうか。あの怪物相手では、一つ間違えば博麗様も……と、固唾を飲んで民家の隙間から覗いていた住人達は水を打った様に静まり返り、誰一人声を発する者は居なかった。
「あそこは確か……直るまでは神社を使ってもらうか……。修繕費を聞くのが怖いな」
 霊気を解いた巫女は大通りの突き当たり、トロルが突っ込んだ建物へ向かって歩き出した。まだ土埃が舞い上がり、辺りからはがらがらと瓦礫が崩れる音が聞こえるが、どうやら門の一部と玄関を破壊した程度で中身は無事らしい。
 大きめの杉板には几帳面な楷書体で「寺子屋」と筆で書かれており、その文字の周囲にはまだ拙い文字で十数人の名前が書かれている。ここの主が毎年この看板をこしらえ、生徒の入学時と卒業時にそれぞれの名前を書かせている。主は「生徒達に自分自身が成長した実感を感じてもらうため」と言っているが、実は主が生徒達との思い出の品にしている事を巫女は知っている。現に主は数十年分、何十枚となった看板を一枚も欠かす事無く蔵の奥に大切に保管し、同窓が集まる席の際はその時の看板を必ず持参しているらしい。
「壊れないでよかった」
 巫女は看板を撫でながら無意識に呟くと周囲を見回す。土埃が晴れて視界が良好になると、巫女はすぐに異変に気付いた。
 トロルが、いない……。続きを読む

Cessさんからリクエストを頂きましたので書いてみます。
二次創作はシャーさんや一撃さんのキャラクターで書かせていただきましたが、東方などのメジャー所を書くのはこれが初めてです。

※独自解釈です
※キャラクターを勉強しながら書いたので、一般的なイメージと違うかもしれません。
※今回はバイオレンスシーン無しです


今回は「こんな雰囲気で書いてます」と言う紹介の様なもので、雰囲気だけでも伝わったら幸いです。
完成したらあらためて公開します。

では、よろしくお願いします。






昔話をしようか



「そうだな……昔話をしようか……?」
 重厚で、それでいて透き通った声で囁くと、彼女は後ろ手に縛られている僕の前で跪いて、人差し指と親指で、くい、と僕の顎を持ち上げた。白いドレスを着た、一見すると十歳にも満たない姿の少女の背中からは、その小さな身体からは不釣り合いなほどの巨大な蝙蝠の様な羽根が生えていた。
「今の私はとても気分が良い……。あと数刻でうちの優秀なメイドが、貴重な貴重な臨月の妊婦を連れてくる。妊婦の、特に臨月を迎えた女の血はとろけるほど美味い。体温の高い濃厚な母体を堪能した後は、子宮の中のまだ産声すら上げていない瑞々しい命を取り出して啜る……。その味は私の舌を包み込んでとろけさせるだろう……想像しただけで口の中に唾液が溢れてくる……。最も、私の胃は小さいから半分も食べられないだろう。それではせっかくの最高級の食材に対して失礼だ……。だが、幸い私の妹は大食家だ。肉から臓腑から目玉から臍の緒まで、うちの優秀なメイドが最高級のコースに仕立て上げるだろうし、妹はそれを決して残さないだろう……」
 山の中で山菜を採っている最中に捕まり、この館へ連れて来られた。地下牢へ幽閉され、始めに目の前の幼い少女を見た時は正直言って「上手くいけば力づくで逃げられる」と安心したものだ。だが、今は確信を持って言える。目の前の少女は、紛れも無く「悪魔」だ。僕たち人間を、意思の疎通の出来る存在を「食材」としか見ていない。
 だが、人間のものではない深紅の瞳からは不思議な魅力が溢れ、このような状況ながらも僕は「美しい」と感じた。
「その妊婦のお陰でお前の命は一日延びた。今日の夕食から明日の夕食へと。お前もそれまで退屈だろうし、妊婦と聞いて思い出したことがあるから、冥土の土産として聞いておけ……聞きたくなくても、夕食までの私の暇つぶしに付き合え」
 そう言うと、幼い少女はまるで子供が人形に話しかける様に、実に楽し気にゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。

 今から少し前だ。幻想郷が今よりももう少し殺伐としていた頃。
 その頃の幻想郷には、怖い怖い巫女が居た。今の巫女とはまた違った怖さだ。今の巫女の様に妖怪共と「なあなあ」にならず、「ごっこ」なんかで茶を濁さず、自らの拳だけを武器に、どちらかが地面に伏せるまで力と力をぶつけ合う、清々しいほどの怖い巫女だ。
 その巫女は奇妙な格好をしていた。腰まである長い黒髪は結わずにそのまま流れるにまかせ、身体にぴったりと貼り付く様な黒いボディスーツは筋肉質な肩口や腹部、豊満な胸のシルエットを浮かび上がらせていた。巫女らしいものと言えば緋色の袴と、二の腕に括り付けられた朱色の飾り縫いの入った白い袖くらいで、上半身を覆っているものはボディスーツのみだ。
 もちろんその巫女は酔狂な趣味でその様な格好をしているのではない。
 格闘を主にするために動きやすさを考慮して白衣や襦袢を羽織らずに肩口を露出し、袖の長さも袴の長さも寸足らずだ。だがそもそも人間と妖怪とでは身体能力に雲泥の差がある。真っ当にやり合えばすぐに手足を捥(も)がれて頭から喰われるのがオチだ。
 その致しがたい差をを補うのが、博麗の家系に代々伝わる特殊な紅い蚕(かいこ)だ。
 その紅い蚕から紡がれる真紅の絹糸は人間の潜在能力を飛躍的に高める効果があり、それで織られた衣を纏えば、妖怪と素手で渡り合えるほどの身体能力と、護符の効果を爆発的に高める霊力が備わる。代々博麗の巫女が人間でありながら幻想郷の秩序を守って来られたのはその紅い蚕のお陰だ。その巫女は袴と袖の飾り縫いにその紅い絹糸を使い、自分の身体能力を高めている。
 もちろん今の博麗の巫女も、その蚕の繭から紡がれた絹糸で出来た服を身に付けている。
 
「その蚕の存在は幻想郷の中ではトップシークレットだ。つまり、その蚕が存在しなければ博麗の巫女はただの人間……。天才とか呼ばれている今の巫女にしても、服を脱いだら空を飛べるかどうかすら怪しいな。そして、そんな気持ちの悪い芋虫をいつ、誰が博麗に与えたのか……? おおかた想像はつくが、まぁ知らない振りをしておこう。話を続けようか……」

 とある新月の夜。人里から少し離れた森の入り口で、地面が割れる様な低い地鳴りと、大木が切り倒された時の様な地響きが轟いた。
「言ったはずだ。一度目は半殺しで済ませよう。だが、二度目は殺すとな……」
 巫女は口の端から垂れる血を白地の袖で拭いながら、哀れみを含んだ視線を地面に伏せるものに送った。さっと風が吹いて、水に濡れた烏の羽根の様な艶のある黒髪が揺れる。脇腹や鎖骨の辺りの黒い布が破れ、白く透き通る様な肌には血が滲んでいた。
「博麗様!」
 歳は六十程度だろうとおぼしき男女が、その巫女の足下にひれ伏した。
「ありがとう御座います! 娘を人外から守っていただいて……何とお礼を申し上げたらよいか……」
 老夫婦の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。それもそうだ。ついこの前、嫁ぎ先が決まった大切な大切な一人娘を妖怪に取って喰われかけたんだ。巫女は地面に頭を擦り付けている夫の肩にそっと手を置いて、優しく微笑みながら語りかけた。
「どうか顔を上げて下さい。私はただ博麗の巫女として、人間側に立って行動しただけのこと。お礼を言われる様なことは何もしていません」
「し、しかし……」
「ここは人里から距離があって危険です。すぐにでも人里へ帰った方がいいでしょう。本当は私が送って差し上げたいのですが、妖怪はすぐに後処理をしないと仲間が集まってきますので……どうかお気をつけて……」
 老夫婦は何度も振り返りお辞儀をしながら、気絶している娘を背負って人里の方へ去っていった。巫女は老夫婦の姿が見えなくなるのを確認すると、地面に横たわったいる亡骸を見下ろした。
 体躯は三メートルはあるだろうか。身体は鍛え上げた人間の男性の様な身体つきだが、頭部は角の生えた牛の頭そのものだ。
「すまないな……。共に幻想郷に生きるものとして、出来ればお前も救いたかった。祓うことしか出来ない私を許してくれ……。せめて、来世では幸福になれる様に手厚く葬らせてもらう」
 巫女はどこからともなく大幣(おおぬさ)を取り出すと、人外に対して丁寧に祝詞をあげはじめた。
 おかしな話だ。
 絶対的な人間の味方である博麗の巫女が、妖怪に祝詞なんてあげて見ろ。信頼が地に落ちるどころか、妖怪と結託したなんて噂が立ってしまう。人間というのは面倒くさいことに、全てを悪い方向に考える生き物だからな。
 巫女は祝詞をあげ終えると、明け方までかかって妖怪を手厚く埋葬した。簡単に塚を作り、大幣を近くの小川に流すと、文字通り飛んで山のふもとにある神社へと帰って行った。
 その怖い巫女は、人間だけではなく、幻想郷に存在する全ての命を愛していた。
 だが妖怪達は博麗の巫女というだけで鼻をつまむ。当然だ。自分たちの敵以外の何者でもないからだ。今では想像もつかないだろうが、機会さえあれば全ての妖怪が……たとえ山の河童や天狗でさえ巫女の首を捥(も)ごうと月夜を徘徊していたものだ。

「想像出来るか?」

 少女の姿をした吸血鬼はさも愉快そうにワインを傾けながら聞いてきたので、僕は首を横に振った。今の巫女……博麗霊夢と妖怪との関係はとても友好的だ。時たま妖怪達が起こす異変も、その霊夢との関係を崩すまいと気遣っているのか、あえてお遊びの様な異変を起こしたり、異変自体が妖怪のお遊びだったりする。また、既に「妖怪が人間を襲う」「人間が妖怪を退治する」こと自体が既に形骸化し、すべてが「ごっこ遊び」に成り果てている。僕自身、人里では普通に妖怪と酒を飲み交わしたこともあるし、その席で気の合った妖怪に連れられて迷いの竹林の入り口にある夜雀の経営する屋台へ連れて行ってもらったこともある。
「では、何故その巫女が、今この幻想郷に居ないのか分かるか?」
 吸血鬼の問いかけに僕は再び首を横に振った。
「簡単なことだ。妖怪に負けたからだ……」

短編が書けましたので公開します。
サクッと書き上げるはずだったのですが、結構な難産になりました。
エンディングについてはハッピーエンド、バッドエンド含めて数パターン書いたのですが、色々考えてこのような形に。。。どうでしょうか?


ではどうぞ↓





「CANON ークリスマスの四日くらい前ー」




 美沙とは去年のクリスマスイヴの前日、十二月二十三日に付き合いはじめたので、もうすぐ一年が経とうとしていた。
 美沙とは、大学で募集していた図書館の臨時アルバイトで知り合った。
 仕事自体は楽なもので、まずは適当に二人組になり、一方が発注リストと実際の蔵書の照らし合わせ、もう一方が照らし合わせの終わった本にバーコードを貼るというものだった。
 アルバイトに応募してきた学生は十人程度で、その学生のほとんどは示し合わせたかの様に地味なタイプの生徒ばかりだった。髪型も、服装も全く特徴が無く、名前と顔を一致させるのに苦労した。本人達も、特に覚えてほしいとは思っていなかったのだろう。こちらから話しかけても生返事が帰ってくればいい方で、ほとんどは聞こえない振りをされた。僕も次第に必要最低限のこと以外は喋らなくなっていった。
 その中で美沙はどちらかと言えば派手な印象だった。派手と言っても下品な派手さではなく、明るくて話し上手な誰からも好かれるタイプの人間だった。その美沙をしてもこのアルバイトの学生には男女問わず参っていた様だった。
「黒が好きなの?」
「え?」
「いや、服装のこと。ここんとこ毎日見てるけど黒い服装多いじゃない? 好きなのかなぁって思って」
「いや……まぁ、別に……いや……好き、かな。というか楽なんだよね。黒だと合わせられる色も多いから」
「差し色は赤が多いよね。いや、別にジロジロ見てる訳じゃないよ! 最初見た時に、あぁ、服好きなのかなって思ってたけど、毎日色んな格好して来るから面白くてつい見ちゃって」
「ああ、なんか……ありがとう。ええと……」
「倉田 美沙(くらた みさ)。あ、でも『倉田さん』って呼ばないでね。美沙でいいよ。みんな名前で呼んでるから『倉田さん』って呼ばれても気が付かないかも」
「あ、その、倉……美沙さんはガーリーな感じだよね。赤いチェックのスカートにブラウンのカーディガンとか、カントリーっぽいカジュアルな感じかな」
「あぁ、好きだねぇそういうの。あとスクール系もかなり好きかな。ロペピクニックとかよく行くし」
「あの駅ビルにある? よく女友達から『お手頃だけど使いやすくてオシャレだ』って聞くよ」
「そうそう! そこによく行ってる」
 この会話をきっかけに僕たちは意図的に同じ組になるようになった。どちらかと言えば内気で口下手な僕を彼女は上手にリードしてくれて、彼女と話しているとまるで自分が彼女と同じ様に明るく、話し上手な人間であると勘違いしてしまいそうになった。
 僕が彼女に惹かれるのに、あまり時間はかからなかった。
 仕事も中盤を過ぎた頃、彼女から「飲みに行こう」と言われて、学校から少し離れた居酒屋へ行った。あのアルバイトから飲みの誘いに乗る人などいるのだろうかと思ったが、案の定二人きりだった。内心かなりワクワクしていた。お互い酔いが回ってきた頃、美沙はぽつりと、後輩の男からストーカーまがいの行為を受けていると言った。
 彼は一つ下の学年で、ガリ勉を絵に描いた様な男だった。いつ見ても同じジーンズに同じパーカを着ていた。僕は何度か彼と組になったが、僕が話しかけてもほとんど無反応だった。
 美沙と彼は一ヶ月ほど前に一度だけ組になったが、その時しつこいくらい美沙の情報を根掘り葉掘り聞き出そうとし、また、自分のことを身振り手振りを交えて大声で話したという。作業をしながらも図書館は開館していたので、普段は物静かな司書(僕たちの上司にあたる)から再三にわたって注意を受けていたとのことだった。
「その……なんて言うか……ちょっと怖いんだよね……。夜中の二時や三時に電話鳴る時もあるし、正直バイトもやめようか悩んでるんだ……」
 美沙はテーブルの上に乗せた自分の左腕にあごを乗せると、その状態で器用にカシスオレンジを飲んだ。ほとんど氷しか残っていない。僕は内心かなり腹が立っていた。
「正直ショックだし、結構腹が立ってきたよ。早めになんとかした方がいい」
「どうすればいいのさ? 携帯変えてバイトやめても同じ大学にいるんだから効果無いよ……」
「いや、無くはないと思うよ。携帯変えるのは面倒だけど、ある意味最後通告だし」
「彼……私の取ってる講義に来たんだよ……。私の三列くらい後ろの席に独りで座ってた……三年限定の講義だから、いっこ下の彼が取れるはず無いよね。友達と一緒だったから気付かない振りして教室出たけど、ずっとこっち見てた……」
「それはもうストーカーだよ……学生課に相談するとか……」
「下手に恨み買いたくないよ……何されるかわからないし……」
「恨みの矛先を変えればいい」
 美沙はアルコールが回ったのか、閉じ気味になった瞳で僕を見た。少し涙目になっていた。美沙の瞳をまじまじと見つめたことは無かったが、本能的にこの人を守らなければと思った。
「僕と付き合っていることにすればいいんだ。今度メールが来たら、さりげなく僕と付き合っていることを向こうに伝えるんだ。上手く行けば矛先は僕に向くし、美沙を逆恨みしてきたら、僕から彼に話すよ」

 事態はあっさり過ぎるほど簡単に解決した。美沙は次の日彼から着たメールにさりげなく僕と付き合っている意味合いのメールを返信したところ、毎日の様に続いていた彼からのメールはぴたりと止んだ。彼は相手がいる異性には興味が無いのか、アルバイトでは僕にも美沙にも会話はおろか、目を合わせることもなくなった。
 一ヶ月様子を見て、お互いにもう大丈夫だろうと確認し合うと、僕たちは相談し合った居酒屋で祝杯をあげた。前回の様に湿っぽい雰囲気は無く、美沙も心から喜んでいた。
「ほんっっとよかったぁ〜。内心刺されるんじゃないかってすごく心配だったんだよ〜」
「いや、僕も安心してるよ。正直言って結構ビビってたんだ。常に友達といる様にしてたし、駅のホームでも電車来るまでは並ばない様にしたりね、ははは」
「でもすごい効果だったね。『すみません私彼氏いるんで作戦』」
「いつの間にそんな名前付けてたの?」
「ついさっき、あはは」
「でさ、その……さ……」
「ん?」
「フリじゃなくても……いいかなと思ってるんだ……」
 僕は心臓が口から出てきそうなほど緊張していた。十代の頃にも女性と付き合ったことはあったが、美沙は特別に好きだった。告白して、今までの関係が壊れるのが怖かったが、告白しないで自然消滅することはもっと怖かった。
「…………」
「美沙さえよければでいいんだけどさ……付き合ってほしいんだ。フリじゃなく、本当に……」
「………」
 美沙はあの時と同じカシスオレンジのグラスを口に運び、飲む直前の姿勢のまま固まっていた。下唇とグラスの先が触れている。しばらくした後(僕には数時間に感じたが)、美沙は困り笑いの様な顔をして、ふぅっと吹き出したとも溜息とも取れない息を吐いた。
「もう……なんで私が言おうとしてたこと先に言っちゃうのさ……また助けられちゃったね……。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
 と言って、グラスを置いて両手を膝の上に揃えると、テーブルすれすれまで頭を下げた。彼の問題と同じ位あっさりと解決したが、僕は気絶しそうなほど嬉しかった。

 彼女とは実家が近いこともあり、毎週の様に会っては映画や食事に行った。学校で二人きりで会うことはほとんど無かったが、充実していたと思う。
 正式に恋人になってからも、僕は美沙に会う度に新しい発見をした。そして、美沙のほんの些細な仕草や行動を見ているうちに、僕は増々美沙に惹かれていった。
 コンビニでお釣りを貰う時にお礼を言うこと。人ごみで肩がぶつかるたびに「ごめんなさい」ということ。レストランで料理が遅くでものんびり待っていられること。服を選ぶ際にはっきりと的確で明確なアドバイスをくれること(僕が気に入った服を「似合わない」と言われることも多かったが)。話し上手である以上に聞き上手であること……。
 そのひとつひとつの全てが、美沙の魅力だった。
 美沙と一緒にいると、何とも言えない満たされた気持ちになった。今まで僕を悩ませていたことが、すべて些細なことの様に思えてきた。
 あの頃、僕は、確かに幸せを手にしていた。

 だが、三ヶ月、半年と経つごとに、僕の中で徐々に不満というか、はがゆさが募って行った。彼女とは一度も身体の関係にはなっていなかった。
「私ね、キスはすごくしたいと思うんだけど、その先はしたいと思わないんだ」
 彼女と付き合って一回目のデートでそう言われた。最初は特に深くは考えなかったが、月日が流れるにつれて、僕が拒まれているのではないかという思いが募っていった。それとなく誘ったり、一緒に二泊三日の旅行に行ったりもしたが、僕たちの関係は決まってキスまでで終わり、その先に進もうとすると、美沙はとても上手に回避した。
 我慢の限界を迎えた僕は、とうとう誰もいない講堂で美沙に言った。
「ねぇ、この際はっきりさせておいた方がいいと思うんだ。正直、僕は美沙とセックスがしたい。それに、気が早いかもしれないけど、この先僕と美沙が結婚したとして、当然子供が欲しくなると思うんだ。だから……」
「ごめん……言いたいこと分かるよ。痛いくらい分かる……。でも、本当に私にはそういうことが分からないの……。愛してる人と結ばれたいって気持ちはあるんだけど、それに『行為』が伴うのはすごく嫌なの……」
 美沙は僕の話を遮ってそう言うと、申し訳無さそうに目を伏せた。
「でも、実際僕は辛いんだ。もちろん無理にとは言わないけど、この先美沙と付き合って行くことを考えると、不安なんだ。自分が拒まれている様な気がしてるし」
「そんなこと無いよ! 本当に好きだよ。でも、ごめんなさい……」
「いや、もうはっきりさせよう。もうすぐ付き合って一年経つし、もし僕が嫌いだったり、何か美沙の負担になっているのなら、そう言ってくれた方がお互いのためだと思うんだ」
「だから違うって! 本当に、違う……」
 僕は何も言えず下を向いた。黙っていると、美沙がまた「ごめんなさい……」と呟いた。

 冬の日没は早い。十九時を過ぎるとあたりはすっかり暗くなり、大学構内にほとんど人はいなくなった。
 僕は大学の中央広場で独り、半ば放心しながら美沙と一緒に選んだトレンチコートのボタンをしっかり留めて、凍えながらアメリカンスピリットを吸っていた。三時間前に自動販売機で買った紙コップに入ったコーヒーは一口も飲まれること無く、ずいぶんと前に湯気が立たなくなっていた。足下の芝生はすっかり茶色く枯れて、白いプラスチック製のガーデニングチェアとセットのテーブルは所々に黒い汚れや擦り傷が付いていた。
 僕は短くなったタバコをテーブルに押し付けると、黒い焦げ跡が新しく出来た。美沙が見たら怒るだろうなと思った。
 美沙と気まずく別れた後、僕は何となく帰る気が起きず、かといってどこかに行く気も起きず、ずっとここに座っていた。これからどのような顔をして美沙と会えばいいのか。あんなことを言わなければよかった。もう少し待てば自然に……とずっと同じ考えが頭の中を巡っていた。
 僕は新しいタバコに火をつけると、軽く頭を振って立ち上がった。このまま独りでいても混乱するばかりだし、何より寒さが限界だった。今日は友人の家に転がり込むことにしよう。幸い、大学の近くには一人暮らしをしている友人が数名いた。コンビニでビールとポテトチップスを大量に買って行けば朝まで付き合ってくれるはずだ。その後始発で帰って泥の様に夜まで眠ればいい。時間が経てばこのモヤモヤした気持ちが少しは和らぐかもしれないし、あわよくば美沙から連絡が来るかもしれない。気持ちの整理が出来れば僕から連絡すればいい。
 中央広場はロの字になっている校舎に囲まれているため、中央広場を出るには一度校舎内に入る必要がある。僕が校舎に向かって歩いていると、校舎内から中央広場に向けて出て来る人影を見つけた。
 こんな時間に? と思って見ると、美沙だった。向こうからは逆光になってこちらは見えないらしい。僕は反射的に掲示板の陰に隠れた。
 美沙は僕には全く気づかずに携帯電話で誰かに電話をしながら、無表情で中央広場に向けて歩いて行った。
 僕は不審に思い、美沙の後をつけた。人のことは言えないが、こんな時間に中央広場に用がある人間なんてそう多いとは思えない。それに、用と言えばかなり限定されてくる。美沙に限ってまさかとは思ったが、悪い予感は当たるもので、中央広場とグラウンドを隔てた垣根の先にある木の下には、三十歳前半くらいのスーツを着た男が立っていた。
「かのんちゃんかな……? ピペットですけど……」
「あ、はじめまして。かのんです。今日はよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ……」
 かのん? 一瞬混乱したが、おそらくネットで使われるハンドルネームか何かだろう。会話から察するに、美沙と男は初対面のようだ。
 何だこれは?
 何故美沙は見ず知らずの男と人気の無い大学で会う必要があるのだ?
「いやー、かのんちゃん、思ってたよりもずっと可愛くて驚いてるよ。ここの学生さん?」
「まぁ……そうですね」
「俺もここのOBなんだ。懐かしいなぁ……それより、時間ずらしてもらってごめんね。そこの椅子にずっと男が座ってて全然帰らなくてさ。やっと帰ったから来てもらったんだよ。寒くない?」
「いえ、大丈夫です。それより、早く始めませんか……?」
 僕はツツジの茂みに身を隠しながら二人の様子を見ていた。寒さは既に感じなくなっていた。
「えっ? あ……どうしようか? 寒いし、ホテルとか行く? 何なら俺、車で来てるし」
「いえ、すみません。彼氏がいるんで、そう言う状況は遠慮したいです。出来ればここでしていただけると……」
「あ、ああ……。じゃあ……」
 そう言うと男は美沙の肩を抱いて、木を背にして立たせた。
 男性は数メートル離れたこちらにまで呼吸音が聞こえるほど興奮していたし、美沙は蛍光灯の冷たい灯りに照らされても分かるほど艶かしい表情をして男を見上げていた。美沙のそのような表情を見たのは、これが初めてだった。
「ほ……本当にいいんだね……?」
 男の声が震えている。美沙はまるで挑発する様にゆっくりとコートを脱ぐと、セーターを胸のすぐ下辺りまで捲った。蛍光灯と月の光に照らされて、凍てつく様な夜の空気に晒された美沙の腹部は、まるで白魚の用に透き通っている様に見えた。
 縦に一本すっと腹筋の線が入った美沙の腹部を見て、男が生唾を飲む音が僕の耳にも届いた。
 僕は半狂乱になって思わず垣根を越えようとした所、ぐちっという音が耳に届いた。男が美沙の腹を殴る音だ。
「がっ……ごぷっ!」
 美沙が嘔吐くと、男は小さく声を漏らしながら二発、三発と美沙の腹部に拳を埋めていった。生々しい、肉で肉を打つ音が澄んだ空気を伝わって僕の耳にはっきりと届く。
「あぁっ……ぐんっ! うぶっ!? あはぁ……はぁ……がぶっ?!」
 ぐちゅりという湿っぽい音に混じって、短い美沙の悲鳴が聞こえる。僕は中腰の姿勢のまま、目の前で起こっている理解しがたい事態に釘付けになった。男はスーツ越しでも分かるほどに股間を隆起させていた。目は血走り、何度も瞬きをしている。美沙は何の抵抗も無く男の攻撃を受け入れ、男の身体に身を任せる様にもたれかかっている。
「だ……大丈夫?」
「んうっ……大丈夫……ですから……もっと……して……」
「あぁ……じゃあ……」
 男は美沙の鳩尾を突いた後、引き抜かずに捻った。「ゔあっ?!」と美沙の目が見開かれ、膝から下が無くなったかの様に崩れ落ちる。男はすぐに美沙のセーターを掴んで立ち上がらせると、膝を下腹目掛けて突き込んだ。
「げぽっ!? ご……ゔえぇぇぇ……」
 美沙の足元に透明な胃液が吐き出されたが、すぐに地面に吸収されて見えなくなった。男は美沙の顎を掴んで上を向かせる。美沙はまるで許しを請う様に男を見上げていた。目は潤み、頬はこの気温の中でも熱を帯びているのか、少し赤くなっていた。下唇から垂れている唾液が、たまらなく淫靡だった。
「あっ……うぁ……おぶうっ?!」
 再び男の攻撃が始まった。美沙は抵抗するでも無く、ただ男に拳を突き込まれる自分の腹部を見ていた。 男の赤い拳の跡が美沙の白い肌に何カ所もくっきりと刻まれている。
「き、気持ちいい?」
「うん……もっと……強く……ても……ぐぶっ!!」
 ぐぢっ……という音と共に、男が美沙の脇腹を抉った。
 男の攻撃は容赦がなかった。普通に見ればただの傷害事件に見えるが、男の攻撃が美沙の引き締まった腹部に埋まるたび、美沙の顔は快感を感じている様に蕩けていった。だらしなく伸びた舌からは唾液が糸を引いて垂れ、男のスラックスや美沙のスカートを汚した。
 拳を腹に埋められたまま舌を出し、力なく喘ぎながら男を見上げる美沙の仕草や表情は形容しがたい位僕を興奮させた。あの美沙の整った顔がここまで乱れるなんて……。僕は無意識のうちにズボンのファスナーを下ろすと、自分のものをしごきはじめた。美沙で自慰をしたことは何度かあったが、その表情は今までの僕の想像以上にいやらしい顔をしていた。
「ゔぇっ?! ん……す……すごぃ……きもぢ……あぐぅっ?! ぁ……ゔぐぅっ!!」
「はぁ……はぁ……本当に腹パンチで興奮するんだね……。まだいくよ……」
「ぐはっ!! ゔゔっ!! あ……あはぁっ?! うぐ……」
 膝で鳩尾を突き上げられると、美沙はまた膝から崩れ落ちる。攻撃の度に内蔵をぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、意識は既に朦朧としていることだろう。僕は助けにいくことも忘れ、ただ美沙の顔を見ながら限界を迎えようとしていた。頭の中は真っ白になっていた。ただ、美沙のあの表情をもっと見ていたいという思いだけが頭の片隅にずっと残っていた。
 男は無理矢理美沙を立たせると、左手で美沙の首を掴んで木に押当て、何度も右の拳を埋めた。下腹部、臍、鳩尾と突かれる度に美沙の身体はびくんと跳ね上がり、がくがくと痙攣を始めた。
「ぐぶっ! ゔあっ?! ごぼっ!! げぷっ……も……もう……らめ……。次……さ……最後……」
「ああ……俺も……だ!」
 男は美沙を押さえつけていた左手を離すと、倒れてくる勢いを利用して美沙の胃を膝で突き上げた。「ぐじょっ」という水風船が潰れる様な音が僕の耳に届き、美沙の目がぐりんと反転した。
「うげぇぇぇっ?! あぁぁぁ……ごぽっ……あぇ……はぁぁ……」
「おおおっ……うっ……」
 美沙は白目を剥いたまま笑みを浮かべた様な表情になり、しばらくビクビクと痙攣した後、ガクリと項垂れた。男は美沙を仰向けに地面に寝かせると、自らの一物を取り出して弄りはじめ、ものの数秒で美沙の胃液で出来た水溜りに射精した。僕は自分の前に出来た白い水溜りを見つめたまま、石像になった様にそのままの姿勢で動かなかった。

 気がつくと僕は、家へと向かう早い時間の電車に乗っていた。辺りは明るくなりはじめていたが、乗客はほとんどいなかった。
 電車に乗るまでの記憶は無い。僕はとても哀しくなり、寝た振りをしたまま涙が止まるのを待った。駅に着いても涙は止まってくれなかったので、左手で顔を隠す様にして何とか家まで帰った。部屋に入ると、大声を上げて泣いた。美沙に振られた訳でも、死別した訳でもないのに、何かとても大きなものを失った様な気がした。
 たぶんあれは美沙が、恋人である僕にも言えずに必死になって隠したかった美沙自身の姿の一部なのだろう。美沙が性行為を厭がった理由も、美沙が腹を殴られながら見せた表情の理由も、僕が知ってはいけなかったことなのだ。
 二人の間に秘密は無いとか、恋人同士なら隠し事はいけないという言葉もあるが、誰でも自分自身が見せたくないと思っている部分はある。そして、それを無理矢理見せる様に迫ったり、隠し通していることを責めることがどうして出来るのだろうか。
 日が暮れて部屋の中が真っ暗になっても、僕はベッドに潜り、枕に顔を埋めたまま微睡んでいた。
 電話の音が遠くから聞こえた。
 視界の端で白く小さく光るディスプレイには「倉田 美沙」と表示されていたが、それが現実なのか、夢の中なのかは、わからなかった。

シャーさんのキャラクター、望月星華さんに来ていただきました。

勢いで一気に書き上げたので、乱文や粗等は目を瞑って下さい。
シャーさんの最初に書かれた同人誌「a drastic violence」の後日談的な設定で書きましたので、そちらを最初に読んでいただくとすんなり入れるかと思います。

では、よろしくお願いします。




「望月星華の”連”獄」




 差出人や消印の無い茶封筒の中身を取り出した瞬間、望月星華はまるで手の平の上に毒々しい色をした芋虫を乗せられた様に、反射的にそれを床に叩き付けた。ポップな内装やぬいぐるみに囲まれたガーリッシュな部屋に、不釣り合いな破裂音が響く。
 フローリングの床に叩き付けられた黒い樹脂製のケースにはヒビが入り、中から虹色に光るDVDのディスクが転がり出て、カラカラと嘲笑うかの様な音を立てて、壁に当たって倒れた。ディスクには殴り書きした血文字の様な文体で「a drastic violence」と書かれている。
「何……これ……? 何なのよこれ!?」
 星華はDVDに向かって叫んだが、当然DVDからは何の返答も無い。
 ふらふらと大きなヒビが入ったケースに近づき、それを取り上げる。パッケージに写っているのは、紛れも無い自分自身。それも、満身創痍で目の焦点が合っておらず、意識があるかどうかも分からないほどぼろぼろに打ちのめされている。
 あの日だ。と、星華は思った。
 あの数ヶ月前の、忌々し出来事……。
 忘れたくても忘れられない悪夢の様な現実……。
 裏側を見ると「無慈悲なロボットによる執拗な責め苦!」「女子校生人気格闘家、満身創痍!」「リアルを超えた演出!」などのうたい文句を挟む様に、ロボットに執拗に腹部を攻撃され、苦悶の表情を浮かべる自分自身の写真が数枚掲載されている。その下には数万円という高額な値段と、聞き覚えの無い製作メーカーの名前。
 星華は血がにじむほど唇を噛んだ。
 ロボットが相手とは聞いていなかったが、高額なファイトマネーと勝利した時の莫大な報酬に釣られ、あのファイトを了承したのは自分自身だ。それに、負けたのは自分自身が未熟で弱かったからだと納得はしていた。自分が強ければあのロボットを完膚なきまでに破壊し、報酬を得ていたはずだ。
 だが、こんな話は聞いていない。
 自分がロボットに蹂躙される姿が映像化され、売買されるなんてことは聞いていない。警察に駆け込むことも一瞬頭をよぎったが、情けないと思いすぐに掻き消えた。思えば「勝っても負けても百万円」という金額は口止め料込みの値段だったのかもしれない。
 パソコンを起動し、検索サイトを開く。やるせなさと怒りで震える指を押さえながらDVDのタイトルを入力する。

「もう何回抜いたかわかんねぇーww」
「マジ星華ちゃん可愛いよな……宝物だわ」
「オクで三十万で買っちまったけど、後悔してないぜ! 嫁には言えないけど」
「それ格安じゃね? おれは五十で買ったわ。てかリア充自重」
「公式サイト復活希望!」
「これ本物じゃね? リアルを超えた演出って書いてあるけど、どう見ても本当に殴られてるよな?」
「さて、明日も早いけどもう一回星華ちゃんにお世話になるか」

 ヒット数こそ少ないものの、ごく一部の場所ではかなり話題に上がっているようだ。書いてあることはよく分からなかったが、自分の敗北した映像が不特定多数の人間に観られ、慰み物にされていることだけは何となく理解出来、背筋に冷たいものが流れた。
「な……何で私のあんな姿で……べ、別に、変なことしてるわけじゃないのに……」
 星華は思わず口元を手で覆った。理解出来なかった。男性との行為やそれを連想するシーンがあるわけではない。だが、顔の見えない画面の向こうの相手達は間違いなく性的に興奮していた。星華を薄ら寒く感じさせたのはその理解出来ない思考回路だけでなく、普通ならトップに来るはずのDVDメーカーのサイトは既に閉鎖し、情報は匿名掲示板やオークションサイトでしか得ることが出来なかったことだ。
 そしてそれ以上に、たびたび話題に上がっている「オーナーズパーティー抽選券」という不可解な記述だった。
 オークションでは抽選券の有無でDVDの値段の桁が一つ変わっていたし、匿名掲示板でもその内容について様々な憶測が語り合われていた。中には抽選券目当てでDVDを数枚購入した物もいるらしい。当選したという者もいたが、法外な参加費を請求されているらしく、詐欺ではないかとの憶測も飛び交っている。
 星華はパソコンを閉じると、あらためてパッケージの裏面を見た。「purgatory」というメーカー名しか記載が無く、住所はおろか電話番号の記載も無い。何か手がかりは無いかとケースからジャケットを取り出そうとすると、間に挟まっていた紙切れが床に落ちた。
「オーナーズパーティー及び前夜祭招待券」と描かれた紙には、簡潔に日時と場所が指定されていた。一週間後の、二十二時。
「そう……そういうこと……また私に用があるって訳ね……こっちにも聞きたいことは山ほどあるから、たっぷりと身体に聞かせてもらおうじゃない!」

 夜でも明るい雑居ビルの立ち並ぶ街中を抜け、人ごみを綺麗な空気を求める様にかき分けて進むと、目当ての地下へと降りる階段が目に入った。湿った空気を吸いながら一段々々段階を降りると、重々しい鉄製の扉と、蛇苺の様な毒々しい赤色をしたネオン管が星華の目に飛び込んできた。

LIVE HOUSE PERSONAL REAL
-members only-

「なにこれ? 格好付けちゃって、くっだらない。ちょっと! 用があるんだけど! 誰かいるんでしょー!」
 ライオンの顔を模したドアノッカーを無視し、まるで親の仇を殴る様に扉を拳でどんどんと叩いていると、軋んだ音を立てて扉が開き、中から一人の黒服が出てきた。
「こんなの貰ったんだけど、一体どういう……ってあれ?」
 星華が例の招待券をヒラヒラさせながら詰め寄る。男の顔には見覚えがあった。あの時、自分をファイトに誘ったあの男。星華は考える前に男の締めていたネクタイを掴み上げていた。
「ちょっと、あんた! どういうつもりよ!? ファイトに負けたのはいいとして、DVDが出回るなんて聞いてないわよ! あんたの顔の形が変わる前に、納得のいく説明をした方が身のためだけど!?」
 星華が拳を握りしめながら凄むが、黒服は表情一つ変えずそのままネクタイを掴んでいる星華の手首を掴むと、軽く外側に向けて捻った。星華の膝ががくんと落ちる。
「あっ……なっ!? なに!? 痛いっ!! ちょ……痛いって!」
 ほんの少しだけ手首を逆に捻られているだけなのだが、星華は片膝を着いたまま、立ち上がれない程の激痛に襲われている。両肩にはまるで巨大な岩が乗っている様な錯覚に陥り、まともに姿勢を保つことも出来ない。
 合気道? いや、柔術? 独学とはいえ、ある程度広く格闘技の知識はある。どのような流派かは特定出来ないが、この黒服、相当「出来る」ことは間違いない。
「ようこそお越し下さいました星華様。これよりあなた様を『 a drastic violence オーナーズパーティー』のメインゲストとしてお招き致します。皆様お待ちかねですので、今宵は存分にお楽しみ下さい」
「お楽しみ下さいって、この状況でどう楽しめっていうのよ!? あまり調子に乗ってるとぶっ飛ばすわよ!」
「それはここではなく、ステージの上でお願いしますよ。ささ、まずは控え室へ……」
 男は星華の手首を掴んだまま、背筋を伸ばして歩き出す。歩いている間も手首を極められているため、星華は操られる様に男の後に従うしかない。
「少しくらい説明したらどうなの!? 勝手に人の映像を販売して、肖像権って知らないの!?」
「『私が負ける訳無い』と言いながら契約書を全く読まずにサインをしたのは星華様ですよ? こちらはしっかりと契約項目に『当試合の全ての音声、画像、映像の使用方法は全て主催者に一任する』という項目を記載しましたし、それに貴女はサインをした。法律上何も問題はありません」
「だからって……あんな……」
「世の中にはどのような物でさえ、たとえ犬の死骸や河原の流木でさえ需要があり、そしてそれを供給する者で成り立っているのです。星華様とあの映像には少なからず需要があり、それを供給する我々も、かなり稼がせていただきました。今日は貴女へのお礼もかねているのです。出来ることならやりたいでしょう? あのロボットとのリベンジマッチを……」
 男は星華に向けて、まるで挑発するような意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「まぁ、またあの様な胃液をぶちまけながらのたうち回るなんて無様な醜態を晒したくないのであれば、無理にとは言いません。準備もしてなかったでしょうしね。このままお引き取りいただいても……」
「ロボットの修理費の用意はできてるんでしょうね……? それと、今回の報酬は?」
 男が星華の手首を離すと、上着の内ポケットから封筒とペンを取り出して星華に手渡す。
「では、契約成立ということで…………」





 望月星華様と書かれた控え室に入ると、 星華はまず部屋中をくまなくチェックした。マジックミラーや盗撮用のカメラが無いことを確認すると、バッグに詰めて持ってきた戦闘用のコスチュームに着替えた。白いノースリーブのトップスに、化繊で出来たロングのスパッツ。軽量化や体温調節を重視して、無駄な装飾や、腹部や袖の布は省いている。
(では、二十三時丁度に控え室を出て右に行った先のステージへお上がり下さい。皆様お待ちかねですので、鮮やかな勝利を期待していますよ)
 本来試合前には一時間くらいかけて入念にストレッチして身体をほぐすのだが、二十三時まではあと三十分も無い。他の所は簡略化しても、格闘において要となる首、腰、手首、膝、足首だけは入念にほぐす。ウォーミングアップといえども本格的に行えばすぐに全身が汗ばんでくる。こうでなければ意味が無いのだ。身体を動かし、汗ばんでくるほど、身体と精神が昂揚し、自分の中で戦闘本能がじわじわと胎動を始めるのを感じる。
 日常から異常へ。
 平穏から轟音へ。
 そして戦争へ。
 大丈夫、いつも通りだ。
 時計をみると、僅かに二十三時を過ぎていた。少し慌てて扉を開け、所々にヒビの入ったコンクリート造りの湿った廊下を抜け、分厚いステージ袖の暗幕を潜ると、強烈なスポットライトの光と割れんばかりの歓声と拍手が星華の眼と耳を刺した。
「皆様、大変長らくお待たせ致しました! 本日のメインゲスト、ストリートファイターの望月星華さんです!」
 先ほどの男がマイクで叫ぶと、歓声と拍手が更に大きくなり、まるで津波の様にステージに押し寄せる。
 星華はしばらく呆気にとられていたが、徐々に周囲の状況が把握出来てきた。
 数十人で満員になりそうな狭い客席には椅子が用意され、ほとんど空席がないほど人で埋め尽くされていた。奇妙なことに、ほとんどの観客はサングラスやマスクで顔を隠している。そして自分とは反対方向のステージの袖には、あの時のロボット……。
「本日はオーナーズパーティー及び前夜祭にお集まりいただき、ありがとうございます。皆様、是非ともこの瞬間の非日常をお楽しみ下さい。それではこれより前夜祭、望月星華リベンジマッチを始めさせていただきます!」
 男の声に反応する様に、ステージ袖からゆっくりとロボットが向かって来る。
「はっ! 悪いけど前みたいにはいかないわよ。アンタは所詮ただの機械なんだから!」
 遠くの方でゴングが聞こえた。
 星華はロボットの顔面を目掛けて拳を放つが、軽く受け流される。続いて左膝をボディーへ。ロボットは掌でガードする。ロボットの放った左のボディーブローを回転しながらかわし、その勢いを殺さずに星華は左手でバックナックルを放つ。ロボットは星華の左手を掴んで引き寄せると、脇腹に膝を撃ち込んだ。
 鋼鉄の膝が、星華の肝臓をひしゃげさせるほどの勢いで埋まる。
「んぶっ!? げうっ!!」
 一瞬呼吸が止まり、鈍い痛みが足下から脳天へ駆け上がる。ここまでは予想通りだ。
「じ……実力で勝てない場合は……作戦よ!」
 星華は自分の手袋を外すと、ロボットの眼の位置にあるレンズに叩き付けた。
 ズルリとそれが落ちると、透明なロボットのレンズは真っ赤に染まっていた。
「眼が一つしかなくて残念だったわね。あらかじめ手を傷つけてグローブに私の血を染み込ませといたのよ! 流石のアンタも眼が見えなかったらガード出来ないでしょ!!」
 嵐の様な連撃がロボットを襲う。星華は確実にロボットの首や肘などの関節部分、おそらく急所と思われる箇所を狙い、全ての攻撃をロボットにヒットさせた。
「おりゃあああああー!!」
 渾身の右ハイキックがロボットの首に決まり、人間であれば頸椎骨折しているであろう角度でロボットの首が曲がる。ロボットはよろよろと後退すると、どすんと尻餅をついて、そのまま動かなくなった。
 星華は誇らし気に右手を高々と掲げるが、その耳に届いたのは祝福する歓声ではなく、大きなブーイングだった。
「は……? か、勝ったのはアタシでしょ? 何でブーイングなんか起こるのよ!?」
「困るんですよ、貴女に勝たれるとこの後のプランが全て崩れますので」
 星華は声の聞こえた方向を見る。鉄くずの様に座り込んでいるロボットから声が聞こえて来るが、声は明らかにあの入り口にいた黒服のものだった。
「ちょ……どういうことよ!?」
「貴女には負けてもらわなければ困るんです。この後のメインイベントも控えていることですし、手っ取り早く終わらせますよ。これからは私が直接操作しますから、たとえレンズを破壊しても無駄です」
 ブーイングにかき消されて、黒服と星華の会話は開場の誰一人聞こえている者はいないだろう。ロボットは小さい起動音とともに立ち上がると、開場はブーイングから歓声へと包まれた。星華の耳に届くのは、星華の負けを望んだり、ロボットを応援する声だけだ。
 星華の頭に徐々に血が登って来始めた時に、ステージ裏のスクリーンに例のDVDの映像が映し出された。ほぼ意識をなくしかけた自分が執拗にいたぶられ、蹂躙される様子が大画面に映る。開場の声から一際大きな歓声が上がった。
 星華は自分の頭の中で、何かの糸が切れるのを感じた。
「この……人のことをおちょくるのもいい加減にしなさいよ!! この変態共ー!!」
 星華は真っ直ぐにロボットに突進するが、ロボットは最小の動きでかわすと星華に脚払いを掛ける。天を仰いでバランスを崩した所に、強烈な肘が星華の鳩尾をピンポイントで貫いた。
「ごぶっ!? がっ………うげっ……」
 過呼吸になり嘔吐いている星華の背中を蹴り上げ、無理矢理直立させると、人間の数倍も固い拳が星華の胃を潰した。 ぐじゅりという湿った音が、自分の身体の中から鼓膜に届いた。甘酸っぱい胃液が潰れた胃から強制的に食道を逆流し、星華の口内にあふれる。
「おごおおおおっ!! ごぽっ……げぇああああ!!」
「こんな安い挑発に乗って、すぐに頭に血が登るのも貴女が未熟な証拠です。メインイベントまで時間もないので、すぐに終わらせますよ」
 ロボットは更なる追撃を星華の腹に加えた。鳩尾、下腹部、臍と正中線を精確に貫き、時折左右の脇腹を抉る。何度も何度も拳をめり込むたびに星華の腹部は醜く潰れ、星華の内蔵をしたたかにシェイクした。
「ごぼぉっ!? ゔぁっ! おごっ! がぶうっ……も、もう……あぐああっ!! や……やめ……うぐうっ!! あ……あぁ……」
 観客の歓声が徐々に遠くなり、聞こえなくなった。地面の感覚が無くなり、もう自分が立っているのか寝ているのか、または宙に浮いているのかも分からない。意識が完全に暗転する前、もの凄いスピードで自分の腹に飛び込んで来るロボットの拳が見えた気がした。




 自分の身体は全て水で出来ていて、プールの底に沈んでいる。その自分の身体が徐々に浮き上がり、水面から上がって空気に触れる。少しずつ身体を満たしていた水が抜けて行き、元の自分自身の身体に戻る。
 気絶から目覚める時の感覚はいつもこんな感じだ。
 望月星華はまるで磨りガラスで覆われた様な意識をはっきりさせようと、頭を軽く振った。
「うぷっ……うぇぇ……」
 途端に強い吐き気を覚え、少しだけ足下に吐き出す。
 頭がハンマーで殴られた様に痛いが、徐々に意識は明確になってきた。
 自分はまだステージの上にいる。さっきまで戦っていたロボットはいない。変わったことと言えば、ステージの上にXの形をした器具が置かれ、それに自分の手足が拘束されていることだ。
「は……? ちょ……なにこれ? 何なのよこれ!?」
 大の字に身体を開いたまま星華が叫ぶと、再び観客席から拍手が沸き起こった。
「皆様、先ほどの前夜祭はお楽しみいただけたでしょうか? さて、ではこれよりメインイベント『望月星華の”連”獄』を始めさせていただきます。では、簡単にルールを説明させていただきます。ご覧の通り、この街屈指の強さと美しさを誇るストリートファイター、星華様は現在拘束され、全く動くことが出来ません。強く、丈夫で、美しい……。皆様の内に秘められた欲望を解放するのに、これほど適した逸材が他にあるでしょうか?  プレイ時間はお一人様十分間。プレイされる人数の制限はありませんが、星華様の身の危険を我々が察知したと同時に当イベントは閉会とさせていただきます。また、プレイへの参加費はオークション形式とさせていただきますが、上記の理由から、プレイをご希望の方は是非お早めのご参加を……」
 会場からどよめきと興奮の声が上がる。まるで猛獣の檻に閉じ込められた様な感覚に襲われ、星華は口の中がカラカラに乾いていくのを感じた。
「ちょ……欲望って……まさか……こんなの犯罪じゃない!? あんた達、ただじゃ済まないわよ!!」
 男は星華に目配せをすると、説明を続けた。最後まで聞けということらしい。
「では、続いて注意事項をお伝えします。まず、プレイ時間は厳守願います。また一部急所への攻撃も禁止です。眼、鼻を含めた顔面全体及び喉、首への攻撃。腰から下、特に性器や膝への攻撃は厳禁です。また、プレイヤー側は猥褻(わいせつ)に当たる行為は禁止です。具体的に言いますと打撃以外で星華様の身体に触れる行為、男性器の露出等です。プレイヤーも作者も辛いでしょうが、ご理解のほど、よろしくお願いいたします。では、まずは一人目の挑戦者の方を募集致します。開始価格は五万円からです。ご希望の方はお手元の札とともに金額をお伝え下さい」
 客席からはすぐに怒号が飛び交い、値段は一分もしないうちに百万を超えた。星華はひとまず想像していた最悪の事態は免れそうで胸を撫で下ろしたが、どちらにせよ無事では済まないことには変わりはない。
 ものの数分で一人目が決まり、サングラスにマスクで厳重に顔を隠した肥満型の男性がステージに上がってきた。
「うわ、だらしない身体……欲に負け続けるからそうなるのよ……」
 精一杯強がってみせるが、自然に眼が泳いでしまう。会場中の視線が自分と男に注がれているのがひしひしと伝わった。
「こ……声が震えてるぜ星華ちゃん。今日のために貯金を使い果たしたんだ……楽しませてもらうよ」
 男の脂肪で膨らんだ拳が、唸りを上げて星華のむき出しの腹を目掛けて突き進んだ。
 男の拳が自分の腹にヒットする直前、星華の顔から血の気が引いた。正直、ナメていた。素人のパンチごとき、ストリートファイトで鍛えた自分には大して効かないだろうと思っていたのだが、自分を拘束している器具は絶妙に後ろに反っており、拘束された人間が思う様に腹筋を固められない細工がされていた。
 ぐちゅりという音が臍の辺りから聞こえた。内蔵が一斉に痙攣し、脳がパニックになりデタラメな信号を送る。
「げぶっ! ごぶあぁぁぁ!!」
 予想外の威力に一瞬で黒目が上まぶたに隠れ、舌が口から飛び出る。
 会場からは割れんばかりの拍手が起こった。
 二発、三発、四発……。男は夢中で星華の腹に拳を埋め続けた。器具に背中を付けているため、ダメージの逃げ場も無い。拳が腹や鳩尾に埋まる度に星華は喘ぎ、嘔吐いた。
 あっという間に一人目が終わり二人目がステージに上がる。
 狡猾そうなその男は星華の子宮あたりに拳を叩き込むと、そのまま鳩尾まで突き上げる攻撃を時間いっぱい繰り返した。
「があああああっ!! げえぇぇぇっ!! ゔ……ゔぁ……」
 自分が絞り機にかけられた様な感覚。星華の口から粘度の高まった唾液が噴き出す度、男は興奮した声を上げた。
 三人目は痩せ形の男だったが、攻撃は一撃一撃ピンポイントに内蔵を襲った。胃を潰したと思ったら肝臓を抉り、子宮を襲っては鳩尾を突いて心臓を痙攣させた。
「ふふふふ……今日ほど外科医をやっていてよかったと思ったことは無いよ……」
 何人の男に殴られただろうか。星華は十五人を超えたあたりから数えるのをやめた。既に星華の引き締まった腹部には痛々しい痣が浮かび、内出血も相当量していた。意識は既に途切れ途切れになり、呼吸もかなり乱れている。
「あーあ、これじゃあもう殴ってもあまり反応しねーな!」
 真っ黒い服を着た小柄な男の声が、辛うじて星華の耳に届いた。言葉の内容とは裏腹に、なぜか嬉しそうな響きを持っていた。
「ちょっと趣向を変えて、こういうのはどうかなぁー?」
 びくっと星華の身体が跳ねる。男は中指を立てると、そのまま指を星華の臍に突き込んだ。
「ぎぃっ!? ああああああぁ!!!」
「お、いい反応☆」
 男はそのまま星華の臍を突き破って、内部に侵入させようとする様に指をぐりぐりと押し付けた。今まで味わったことの無い痛みに星華は身をよじらせる。
「ゔ……ゔえっ!? ゔあああああっ!! がああああああっ!!」
「ほーらほら……破れちゃうよー? 中に入っちゃうよー?」
 ごぽっという音が臍の辺りから響くと、星華の口からはドス黒い血が溢れ、白いトップスに赤い染みを作った。今まで味わったことの無い苦痛に顎が痙攣し、歯がカチカチと音を立てる。
 男は突き込んだ指をぐりぐりと動かすと、まるで別の生き物が腹の中を無理矢理這い回っている様な感覚に教われた。恐怖と苦痛で、自然と涙があふれた。
「あははは☆胃をやられちゃったかなー? まだ半分以上時間があるから、ね!」
 男は一旦指を引き抜くと、勢いを付けて中指を星華の臍に突き込んだ。じゅぶっという湿った音とともに、星華の臍から血が滴る。
「あ……あぁ……」
「うわ、あったけー☆」
 男が黒服に取り押さえられると同時に、星華の視界は暗転した。
 星華が再び目を覚まして最初に目に入ったものは、あのロボットに負けた時と同じ病室の白い天井だった。

需要があるか分かりませんが、構想中のSSの冒頭部分だけ載せてみます。

訓練のために今までと違った手法で書いてみようと一人称視点で時代背景有りの短編を書くつもりでしたが、結構長くなりそうです。
そしてなかなか筆が進まず……。

まぁ綾編BAD END、_LGMと平行して進めていますので「こんな話も考えてますよー」ってことで、気長に一つお願いします。







「逢魔時乃宴」








 昭和十一年の六月。五・一五事件、二・二六事件を皮切りに日本が急速に軍国化へと舵を切り、文化や思想が徐々に熱狂しはじめた頃、私はそのような世間の流れとは無縁の東北の寒村に居た。
 いや、正確に言うと呼ばれたのだ。
 その頃私は人間の恐怖心の研究をしており、同時に幽霊やら妖怪やらの「昔からの恐怖の対象」の研究もしていた。戦争には対して何の役にも立たない私の研究は大学でも鼻をつままれ、自宅に資料を持ち込んで世間から身を隠す様にひっそりと研究を続けていた。
 私の自宅を二人の若い男が訪ねてきたのは、もう大学へ顔を出さなくなって三ヶ月近く経った頃、丁度六月も半ば頃のことだ。
「お噂はかねがね承っています。なんでも、妖怪の研究をかなり熱心に行われていらっしゃるとか」
 二人とも、同じ様な格好をしていた。良く言えば質素、悪く言えば小汚い格好だ。一応、綿で出来た背広を着ているが、一目で安物と分かる。その上、所々汚れ、虫に喰われ、中に着ているシャツの襟元は垢で黄ばんでいた。
「いや、私の研究は人間の恐怖心についてであって、妖怪や幽霊の研究はほとんどついでと言ってもいいほどのものです。変なご期待を抱かれているのであれば、おそらく落胆されるかと思いますが」
「でも世間の人よりは一段も二段もお詳しい……そうでしょう?」
「まぁ……一般の方に比べると……多少は……しかし」
「なら当然対処法も知っておられるはずだ。確かな物でなくてもいい。民間の伝承程度でも何でも、人外に対応する術をご存知のはずだ」
 私が言い終わるのを待たずに、テーブルを挟んで右側に座った男はまくしたてた。私は腹の中のわだかまりを少しでも解消するために中指を立てて眼鏡を直すと、数十分前に男達を家に上げた自分自身を恨んだ。こちらは今にも大学を追い出されて職を失う寸前の身だ。これ以上の面倒ごとは御免だった。
「すみませんが、あなた方が何を仰りたいのか検討もつきません。確かに私は妖怪や人外のモノの研究もしていますが、今の日本ではその研究資料で尻でも拭いた方がまだ有意義だと思われているほどどうでもいい題材です。あなた方が私の何を期待されてここまで来られたのか分かりませんが、お引き取りいただけると大変助かるのですが」
 男達はしばらくぽかんと口を開けていると、互いに目配せして私にあらためて向き直った。厭な雰囲気だ。
「吸血鬼を、ご存知ですか?」
「吸血鬼?」
 今まで無言で座っていた左側の男が、唐突に口を開いた。あっけにとられて阿呆の様にオウム返しをしてしまう。
「あのブラム・ストーカーの小説に出て来る怪物のことですか? 人の生き血をすする不死の存在で、銀でしか傷を付けられず、心臓に十字架を突き立てると死ぬ。ヨーロッパではその存在が根強く信じられており、実際に吸血鬼として疑われた人物を殺害したり生き埋めにした事例もあるという」
「いるんですよ、私達の村に……。『そいつ』に攫われたおかげで村の若い娘は激減して、ただでさえ過疎化が進んでいるのに……このままだと数年で村は地図から消えてしまいます。先生には是非、その吸血鬼を退治していただきたい。私達と村を助けて下さい。お願いです」
 男達はまるで合わせ鏡の様にソファから立ち上がると、私の足下で床に頭を擦り付けた。私はしばらく言葉を発することが出来なかった。

 東京から電車を何回か乗り継いで目的地の無人駅を降りる頃には、既に太陽は完全に山の斜面へと落ちていた。周囲が山に囲まれているためだろうか、季節は梅雨から初夏へ移っているのにも関わらず、この周辺の土地は東京よりも数時間日没が早いらしい。頼りない外灯の光の周りには羽虫が数匹群れをなしていた。
 半月ほど前に私の家に来た二人の男が車で迎えてくれた。二人はあらためて佐竹、佐藤と自己紹介をしたので、どちらがどちらなのか自信をなくしていた私は助かった。日に焼けてがっしりとした体格のいい方が佐竹、逆に色白でひ弱そうな男が佐藤だ。

 佐竹達の村は、駅から車で更に二時間ほど走った所にひっそりと存在していた。暗い。異様に暗い。光と言える物は電信柱の灯りと、村の奥に見える大きな屋敷の門のかがり火くらいで、田や畑を挟んでポツポツと建っている質素な作りの民家のほとんどは灯りが点いていない様に見えた。それとなく佐藤に訪ねると、「みんな吸血鬼が怖いので、光が外に漏れない様に灯りに黒い布を巻いて生活しているんです」とのことだった。
 舗装されていない道をゴトゴトと走っていると、前方に周囲の風景とは異彩を放つ大きな左右対称の門が見えて来た。
「あそこが村長で、この辺一帯を取り仕切っている由緒ある旧家、川堀(かわほり)様のお屋敷です。周囲の山を含めて、この村自体が川堀様の持ち物で、私達は川堀様から土地をお借りして生計を立てているんです」
 なるほど、つまりこの村の村人達は全て、川堀家子飼いの百姓達だ。何かあっても、たとえ娘が吸血鬼に攫われようとも、村からは逃げるに逃げられないのだろう。
 門をくぐり、車を降りると二人の女中が出迎えた。
 トランクから降ろした私の荷物を運ぼうとするが、丁重に断って自分で運ぶ。女中は困った様な顔をしていたが、ひとまず囲炉裏のある部屋へと案内してくれた。
 囲炉裏の中で木炭がぱちりと跳ねた音が、高い天井に反響した。佐竹も佐藤も口を開こうとはせず、ただじっと濃い橙色の灯りを見つめている。厭な雰囲気だ。空気が重油の様に重い。私が沈黙に堪え兼ねて口を開こうとすると、上座に当たるふすまが開いて一人の老人がゆっくりと入り、私の正面に座った。佐竹も佐藤も、老人が入ると同時に向きを変え、老人に対して三つ指をついた。私は頭だけを軽く下げた。

突発的に思いついた短編です。

お暇な時にどうぞ。






夏に、街路樹の下で



 折笠小夜(おりかささよ)が自分に好意を抱いていたことは、数ヶ月前から感づいていた。
 女子校の男性教諭というのは若くて平均レベルの容姿さえ持っていれば不思議とモテるもので、自分を対象に、こんな時代に、やれラブレターだファンクラブだと騒ぎ立てる女子生徒を見ているのは、正直言って気分が良かった。
 実際、真剣に告白され、付き合おうかと真面目に考えたことも何度となくあったが、やはり教師と生徒、世間体という大人の事情が自分の本能にブレーキをかけていた。
 だが、折笠小夜は違った。
 いつもガツガツと騒ぎ立てる、いわゆる「肉食系」の女子とは違い、地味ではないが真面目で大人しく、何事も真剣に取り組む姿は他の生徒とは一線を介していた。
 そんな彼女がこっそりと俺のポケットに「本日18時、体育倉庫裏で待ってます。ご迷惑でしたら無視して下さい」という手紙を差し込んで来た時には、もう俺の頭のねじは数本吹っ飛んでいた。

「私……真剣に先生のことが好きなんです……。こんな自分勝手な気持ちをお伝えすることはご迷惑かと思いますけど、もう押さえられないんです……。つ、付き合って下さいとは言いません! ご迷惑ですし……な……何でもしますから……私を特別な人にして欲しいんです……」
 夕日を背に両手をもじもじと組ながら、潤んだ瞳で正面から俺を見つめて来る。あまりの可愛さに俺が呆然としていると
「あ……はは……。やっぱりご迷惑でしたよね。すみません、今のは忘れ……っ!?」
 きびすを返そうとしていた小夜の腕を掴み、無意識に抱きしめていた。ふわりと香る髪の匂いが甘く鼻腔をくすぐり、自然と呼吸が荒くなった。
「あっ……先生……?」
「いいよ……」
 俺の声も震えていたと思う。だが、この子なら俺のすべてを受け入れてくれる気がした。
 そう、俺の全て……。
「……何でもするって言ったね?」
 俺の隠し続けている性癖。女性の腹を殴る行為に興奮する、特殊性癖を。
「は……はい……」
「殴らせて……」
「……えっ?」
「小夜ちゃんのお腹……殴らせて……」


 怯えた表情を浮かべながらも小夜は素直に従い、今日の授業で使った体操服に着替えると、体育倉庫の中にある跳び箱に仰向けに寝た。俺とは目を合わせない様にしているが、顔が上気し切っており、不安そうな表情と相まってたまらなく興奮する。
「じゃあ、いくよ」
 俺も俺で既に下着は先走りでベトベトになっていたが、なるべく平静を装ってゆっくりと体操服の上着を乳首がギリギリ見えないくらいまでまくり上げる。
 眩しくきめの細かい、まるで白魚の様な滑らかな腹部が露になった。
「……ッ!」
 小夜にはあらかじめブラジャーを外させている。固く目を瞑って恥ずかしさのあまり親指の爪を噛んでるが、そいうい仕草が男を増々昂らせることを知らないようだ。
 俺は自分の欲望のままに、小夜の臍目掛けて肘鉄を打ち降ろした。
 柔らかな腹部が無惨にひしゃげ、閉じられていた小夜の目が限界まで見開かれる。
「ぐぶっ!? がっ……あああっ……」
 いつもの大人しく清楚な小夜の表情が一気に崩れ、口をぱくぱくさせながら必至に空気を求める。
「苦しい……?」
 極力穏やかな声で問いかけるが、もう自分の内部で燃え上がった火は消せない。必至にコクコクと頷く小夜の表情は、俺の加虐欲を増々煽るだけだった。
「もっと苦しくしてあげるよ……」
 一瞬小夜の表情が凍り付くが、構わず腹に拳を埋める。しばらくは拳を抜かず、跳び箱に寝ている小夜にのしかかる様に、体重をかけてゆっくりと小夜の内部に沈めて行く。
「ああっ……げぽっ……く、苦し……ぬ……抜いて……下さ……」
 小夜が全てを言い終わる前に、素早く臍の位置から拳を引き抜くと、急所である鳩尾へ容赦なく突き降ろした。
「ぐがっ!? がぶぅっ!?」
 おそらく小夜は、内蔵を吐き出すほどの苦痛と戦っているのだろう。普段は見せない切羽詰まった表情に、俺の分身も限界まで昂る。窮屈さに耐えかねてスラックスのファスナーを開け、分身を開放するとベルトに当たりそうなほど勢いよく跳ね上がった。
 初めて見るのだろうか。臨戦態勢になった男性器を小夜が驚きと戸惑いの入り交じった視線で見つめて来る。
「せ……先生……。それ……嘘……。男の人のって、そんなに大きく……」
「小夜が可愛すぎるから、こんな風になったんだよ」
「えっ……? わ、私で……?」
「そうだよ……。もっと可愛いところ、見せて……」
「あ……、んっ!? んむっ!?」
 俺は小夜の口から垂れている一筋の唾液を舌で掬い取ると、そのまま小夜の口を塞いだ。欲望のままに舌を吸い、唇の裏を舐める。小夜は最初驚いた顔をしていたが、すぐに目を閉じて身を任せて来る。
 そんな小夜がたまらなく愛おしかった。
「ぐっ!? ぐむっ?! ぐむぅっ!! ごぶっ!! ん……んんぅ……」
 唇を重ねたまま、無意識に小夜の腹部を殴る。うっすら止めを開けて小夜の苦痛に歪む表情を見ていたが、不思議なことに、徐々に小夜の表情が恍惚とした物に変化して行った。
「小夜……?」
「けふっ……せ……先生……。気持ち良いですか? せ、先生が気持ち良いと……私も……。けほっ……も、もっとお腹……殴ってください……。たくさん気持ちよくなって下さい……」
 頭の中で何かが弾けた。再び小夜に口づけをすると、無我夢中で腹を殴り続けた。
「ぐむぅぅっ!! んふっ!! うむうっ!! ん……んんぅ……」
 明らかに小夜は感じている。目はとろんと蕩け、俺に気付かれない様に内股を切なげにすりあわせている。俺自身の限界も近い。
「小夜……最後だ……。男が気持ちよくなるとどうなるか……授業で習っただろ?」
「あうぅっ……しゃ……射精……ですよね? まだ……見たことが無くて……」
「保健体育の実習だ……しっかり見ておけよ……」
「は、はい……ぐぅあああっ!! あああああっ!!」
 俺が渾身の一撃を小夜の腹部に叩き込むと、小夜の身体が大きく跳ね上がった。あまりの苦痛に瞳孔が収縮し、舌を垂らしたまま喘ぐ。
「うえぇぁ……ああっ!? ああああっ!!」
 限界を感じた俺が小夜の腹に分身を擦り付けていると、小夜の身体がビクビクと痙攣を始めた。俺の絶頂が近い所を見て、自分も興奮したのか。小夜がエクスタシーに達しようとしている。
「小夜、一緒にイッてくれるのか? もうイクぞ! くおおおっ!!」
「あああっ……あ……熱っ! あああああっ!!」
 俺が小夜の腹に大量の精液を吐き出したと同時に、小夜も身体を仰け反らせて達した。臍の位置が分からなくなるほど大量に出したのは、俺の経験の中でも初めてのことだった。
「せ、先生……気持ち……よかったですか……? お役に立ててたら……私……」
 言い終わる前に、小夜は腹を殴られたダメージとそれによる絶頂のためか、眠る様に失神した。眠っている小夜を見ながら、俺はわき上がってくる脱力感や罪悪感、そして、受け入れられたという充足感に浸っていた。


 俺は今、塀の中でこの文章を書いている。あの日から小夜とは数回、俺の性癖に任せた奇妙な逢瀬を重ねたが、いずれも一線は越えなかった。しかし、ある日たまたま部活動で居残っていた生徒に逢瀬の現場を目撃され、現場が現場だけに傷害事件として通報された。
 小夜は必至に抵抗してくれた様だが、学校も世間体を気にしてか、ことごとく証言はもみ消され、俺は暴力教師のレッテルを貼られて実刑を喰らった。
 模範囚だったためか、予定よりも早まり、今年の夏には刑期が終わる。
 小夜には、もう俺には関わるなという短い手紙を送った後、一切連絡を取っていない。つい最近も小夜から手紙が届いたようだが、看守に頼んで全て捨ててもらう様にしている。
 その方がいい。その方がいいのだ。
 でも、もしかしたら……。
 今でも毎日の様に夢に出る、ただ流れて行く日々の中で、忘れたくても忘れられないあの奇跡の様な奇妙な小夜との日々。そして、塀の外の青々とした街路樹の下で俺を出迎えてくれる小夜の姿を夢想することは、果たして罪なのであろうか。

まずはご連絡から!
コメントを再び許可制にしました。
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公開可のコメントも従来の様に即公開とはなりませんので、よろしくお願いします。



さてさて、一撃さんの所の看板娘、くノ一、阿音さんの使用許可をいただき、一撃失神モノのストーリーを考えてみました。
今まで私の書く腹パンチはあくまでも「苦痛を与える行為」であったため、「失神させる行為」として書いたことは初めてだったかもしれません。

設定等かなり勝手に突っ走っているので、これはこれとして読んで頂ければ幸いです。

では、どうぞー。







(ダメだ……レベルが違いすぎる!)
 網の目の様な都内の裏路地を、阿音は必至に駆け抜けていた。息は上がり、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。時折後ろを振り返るが、相手が追いかけてくる姿は見えない。
 だからこそ、不気味だった。
 逃げても逃げても、後ろから襲いかかって来る恐怖という名の重圧はどこまでも阿音を追いかけて来た。
(全く歯が立たない……このままじゃ……)
 何度か躓き、積み上げてあった段ボールを倒しながらも、必至に阿音は走った……。

 今回の任務は、抜け忍への制裁。
 先月里から姿を消した20代前半の男がターゲットだ。まだ若いが、その腕前は里の長(おさ)ですら一目置き、数人の直属の部下を与えられて任務に赴く等、将来を有望視されていた男だ。
 その男が、直属の部下数人と共に姿を消した。
 くノ一見習いの阿音に与えられた任務としては大変危険なものであったが、相手が相手だけに不用意に顔の知れた手練を送り込めば、先にダーゲットに気付かれる恐れがある。まだまだ顔の知られていない見習いあれば、殺気を消して近づき、不意を突けば勝機があると長は踏んだ。
 そこで白羽の矢が経ったのが阿音だ。
 当然阿音も期待に応えて周囲に自分の存在をアピールしたい。阿音の中の小さな野心が燃え、2つ返事で任務に志願した。

 任務決行の日、若者の中に溶け込んでいるターゲットは拍子抜けするほどあっさり見つかった。後は普通の女子高生として脇を通り過ぎる際に、髪留めに忍ばせた毒針をターゲットに撃ち込めばいい。
 即、実行。ターゲットはビルとビルの間、路地裏の入り口で仲間数人と普通に会話を楽しんでいる。都合のいいことに、道行く人々の視線からも死角になっている。
 チャンスだ。
 阿音はワザとあくびをしながらターゲットの横を通り過ぎる瞬間、髪を掻き揚げる振りをして……。
(え? 毒針が……無い……?)
 何度髪を探っても、毒針が無い。阿音の背中に冷たいものが流れる。落とした? どちらにしろ失敗だ。ここは普通に通り過ぎて次のチャンスを……。
「素人だな……」
 後ろからターゲットに声を描けられ、阿音はビクリと肩を振るわせた。恐る恐る振り返ると、ターゲットが毒針を指でくるくると弄んでいる。
「あっ……い、いつの間に? ああっ!?」
 ターゲットは毒針を地面に捨てると、阿音の腕を掴んで引き寄せ、精確に鳩尾を突き上げた。

 ボグッ!!

「!!? かっ……は……っ……」
 人体急所をピンポイントで責められ、肺の空気が一瞬で体外に吐き出されると同時に、視界が一気に狭まる。
 やられる!
 阿音は遠くなる意識を必至につなぎ止め、煙玉を地面に叩き付けると、何とか路地裏に駆け込んだ。

(態勢を立て直すしか無い……あの角を曲がれば大通りに出る。人ごみに紛れることができれば……)
 心臓の鼓動は早鐘の様に打ち続け、自然と歯がカチカチと鳴る。しかし、大通りの灯りはもう目の前だ。
 もう一度振り返ると、遥か後方にターゲットの姿が見えた。阿音の顔に安堵の表情が広がる。ここまで離れれば、相手が達人であろうと追いつかれる前に大通りに出られる。任務は失敗したが、命が助かっ……。
 
ズグッ!

「……………………えっ?」
 全力疾走して来た勢いが一瞬でゼロになる。
 そして突然襲って来た違和感。阿音は恐る恐る自分の感じてい違和感の発生源、腹部に視線を落とす。砲丸の様に握り固められた拳が、自分の鳩尾にほとんど全て埋まっていた。
「え……嘘……? うぶぅっ!? うぅ……ぁ……」
 心臓が破裂したのではないかという強烈な苦痛が阿音の身体を駆け向け、一瞬で意識が霧散した。阿音は男に全てをあずける様に倒れ込み、男はただの物になった阿音の身体を軽々と肩に抱え上げると、路地の奥からゆっくりと歩いて来るターゲットと、その数人の仲間と合流した。
「やったか?」
「ええ、この通りで……」
 ターゲットは髪の毛を掴み、ガクリと項垂れている阿音の顔を持ち上げて覗き込む。
「たしかこいつは……阿音か。全く、こんな見え見えの囮戦法にも気付かない見習いを送り込まれるとは、俺もナメられたものだな……。見せしめだ。お前達、阿音を拷問した後ジジイの所に届けろ。あの耄碌の石頭も、少しは柔らかくなるだろう」
 ターゲットの周りに集まっていた男達の視線が一斉に阿音に集まる。表情こそ変わらないものの、わずかに男達の息が荒くなった。
「拷問と言うと、皮剥ぎですか? 半日いただければ四肢切断もできますが?」
「まぁそこまですることもあるまい。そうだな……縛り付けて腹を滅多打ちにしろ。顔や脚等見える所は手を出すな。一瞬ジジイも無事だと思って安心するだろうが、身体に残った痣を見てさぞ驚くだろう。丁度いい宣戦布告にもなる」
「仰せの通りに……忍の新たな道が開かれるまで……」
 男がターゲットに対し片膝を着いて畏敬の意を示す。
「そうだ。今まで影で生きて来た我々が、表舞台へ出て堂々と世界を動かす。数百年惨めに待ち続けた歴史を、我々が変えるのだ!」

 鎌倉の時代より国政に少なからず影響を及ぼして来た忍は、あくまでも映画や漫画の中に存在する「フィクション」でなければならない。自分たちが本当に存在することが世に知れれば、自分たちが傀儡している政府の重役や、隠匿してきた事件などが明るみに出る危険性があるからだ。
 しかし、21世紀を迎えてから10年以上経った今、それを根本から覆す新勢力が勃興しようとしていた。
 男の肩に担がれ、糸の切れたマリオネットの様になった阿音は、後にこの日が旧勢力と新勢力の抗争の幕開けとなることを、まだ知らない。

 嗅ぎ慣れた潮の香に混じって、脂っこい豚肉の焼ける匂いと、甘ったるい下等のラム酒の香りが同時にリィナの鼻を突いた。
 大海原の真ん中で、屈強な男達が互いの入墨を自慢し合うかのように上半身裸になり、両手にラム酒や串に刺さった肉を食いながら、大声で笑い合っている。
 リィナが船の上で火を起こす光景を見たのは初めてであったが、この男達は慣れているのか、粗末な鉄板を甲板に敷いただけで延焼の可能性を全く考えずに次々に薪を放り込んでいる、その火の上で一匹の大きな豚が丸焼きになり、男達は思い思いに肉に串を突き立て、ナイフでそぎ落としては大きな音を立てて咀嚼していた。

 暗い夜にオレンジ色の日が、男達の汗ばんだ身体を生々しく浮かび上がらせている。

「へへへへっ…お前も食うか?」

 脂ぎった太った男が所々歯の欠けた口でへらへら笑いながら、自分の歯形の突いた豚の脂身をリィナに差し出してくる。
 何日風呂に入っていないのだろうか?もの凄い匂いがする。リィナは無言で顔を逸らした。

「おいおい…腹減ってんだろぉ?旨いぞぉ!貴族達の食卓に出る肉だからなぁ」

 いつの間にか周りの男達もリィナの近くに集まり、それぞれが下品な笑みを浮かべながらリィナを凝視している。 リィナは身体の奥から沸々と怒りが込み上げてくるのを必死に押さえた。今はよけいなことでエネルギーを使っても無駄だ。

「……いらないわよ。アンタ達みたいな下衆に施しを受けるくらいなら、飢え死にした方がマシだわ…」

「……プッ!ガハハハハハ!!おいおい聞いたかぁ!?こいつまだ自分の立場をわかってねぇ!」

笑い声はすぐさま伝染し、周囲の男達まで一斉に笑い出した。ヒュゥと口笛を吹く男まで居る。自分が完全に玩具にされていることを感じ、リィナは奥歯をギリリと噛み締めた。

これも、あんなことが無ければ…。

 2年前に国家は、強奪や虐殺の原因である海賊の数を少しでも減らそうと、騎士の称号を持つ家系から腕の立つ者を選抜し、各々をリーダーとして組織した騎士団を作り、海賊達から一般市民を守る命を与えた。
 リィナもその中の1人で、今年18歳という若さでありながら男勝りな性格と剣術、武術の腕前で数々の武勲を上げ、今では自ら海に出て海賊を討伐し、上陸を未然に防ぐリィナ海騎士団のリーダーになった。
 リィナとその海騎士団の活躍により、一時は周辺海域の海賊達は減少したのだが、今日近海の海賊を討伐した後、帰港中に突如として現れた見たことも無い海賊と鉢合わせになった。
 先の海戦での疲労のためか、いつもは統制の取れている海騎士団が思うようにまとまらず、次々と新手の海賊達に倒されて行った。
 最後まで孤軍奮闘していたリィナも、最後には敵船のリーダーである熊の様な大男から腹に一撃を食らい、失神した所を敵船へ運ばれ今に至っている。

(騎士団の皆は大丈夫かしら…?なんとかしてこの拘束を解いて脱出して、このことを本部に報告しないと…。浮き袋1つでも奪えれば、後は海に飛び込んで…)

「おい!何ぼんやりしてやがる!」

 考えを巡らせていた所で突然、奥の上座に座っていたこの船のリーダーが近づいてくる。
 頭のはげ上がった髭面の大男で、ゴツい指でリィナの顎をくいと持ち上げる。酒臭い息が顔にかかって酷く不快だった。

「こっちはわざわざオメェを生かしてやってるんだぜ!?本当ならすぐにでもバラして鮫の餌にしてやる所をよぉ…。何で生かされてるか…わかるだろ…?」

 リーダーがニヤリと笑う、歯茎まで露出したいやらしい笑いだ。タバコのヤニで歯は本来どのような色だったか分からない位汚れている。
 リィナの背中にぞわりと寒気が走ったが、こんな下衆な男共に弱気な所を見せるのは死んでも嫌だった。リィナはつり目気味な目をさらにつり上げ、まるで犬の死体にたかる蠅を見る様な目で男に言い放つ。

「さぁね?アンタ達の低能な頭の中なんて想像したくもないわ。そんなことより、歯磨きしてから話しかけてくれる? アンタの口からまるで生ゴミみたいな匂いが漂って気持ち悪いのよ」

「ひひひひひ…言ってくれるじゃねぇか…わからねぇなら教えてやるよ。お前は今、薄い水着ひとつしか身につけてねぇんだよ。いつも頭を守っている兜も、その華奢でくびれた腹を守っている甲冑も今頃海の底で魚の寝床になってるさ…。しかもお前は両手足をマストに縛られてて身動きが取れねぇ…。ひひひひ…この後何されるか、わかるな?」

 男の言わんとしていることはもちろん想像がつく。屈強な男達が船の上で何ヶ月も生活して女日照りが続いている中に、自分がこんな状態で佇んでいることは、飢えたライオンの檻の中に手足を縛った子鹿を放り込む様なものだ。
 自分は「殺されなかった」のではなく「楽しんでから殺される」だけなのだ。しかし、リィナは強気な態度を崩さず、男を馬鹿にした様な笑みまで浮かべて言い放った。

「だからアンタ達の下衆な考えなんてわかりたくもないって言ってるでしょ?言わせてもらうけど、下品なことしか考えてないから頭がそんな風に禿げちゃうのよ。それに食べることしか考えてないから髭ばっかり伸びちゃって…ふふっ、可笑しい…。少しは頭を使うことを考え……ぐぶぅあぁぁぁぁぁ!!?」

 グジュリという水っぽい音と共に、男の骨張った石の様な拳がリィナのむき出しの腹部に深々と突き刺さっていた。リーダーは怒りでブルブルと震えながら、リィナに向けて荒い息を吐いている。

「このクソアマがぁ…!頭のことを言いやがって、ただじゃすまさねぇ!! 普通に犯すだけにしてやろうかと思ったが、たっぷり痛ぶってからにしてやるぜ!」

「あ…ぶぐっ…!?ごふっ……」

 リィナは突如身体を駆け抜けた激痛に、一瞬目の前が暗くなった。腹に突き刺さったままのリーダーの拳が、怒りでブルブルと震えている。

「おい…あのアマ、お頭に頭のこと言っちまったぜ…」

「やべぇよな…お楽しみの前に殺さなきゃいいが…」

 いつの間にか、わらわらとリィナの周りには男達が集まっていた。不安そうな顔をしているものもるが、ほとんどはニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、リィナからでも股間が大きく隆起しているのが見えた。

「おらぁ…泣き叫ぶまで止めねぇぞ…。顔をやっちまうと後で萎えるからな…ここだ!!」

ドグッ!グジュツ!ズブッ!ボグゥッ!!

「ごぶっ!?ぐぶぅぅっ!!がふっ!!ああぐっ!!……う…うぐ……うぐえぇぁぁぁ………」

 連続して丸太の様な腕がリィナの腹に突き刺さり、やわらかな内蔵が無惨に押しつぶされる。リィナの喉からごぼっと音が鳴ると共に、黄色い胃液をびちゃびちゃと吐き出された。
 人前で嘔吐するなど、貴族としては最大限の屈辱と恥であったが、背中に当たっているマストから時折ミシッと音が聞こえるほどの拳の衝撃は、リィナの腹筋や内蔵を貫通し、背骨にまで達していた。

「へへへへ…俺としたことが、すこぉし力が入っちまった…。だらしなく舌なんか垂らしやがって、せっかくの可愛い顔が台無しだぜ…」

「ごっ…ごぶっ!うぇぇっ…!こ…こんな…下衆な男に……私が……」

「ほぉ…まだ頑張るか?ならこれはどうだ?」

 リーダーはリィナの子宮目掛けて拳を放つと、埋まった拳をそのまま強引に鳩尾まで引き上げた。内蔵全体がかき回され、リィナの身体が悲鳴を上げる。

ズブッ!!……グッ……グリィィィィッ!!!

「ぎゅぶあぁぁぁぁっ!!!あ……あがあぁぁぁぁぁぁ!!!?」

内蔵全体を一気に胸の辺りまで突き上げられた凄まじい衝撃に、リィナはたまらずこの世のものとは思えない悲鳴を上げる。白目を剥き、口から垂れ下がった舌を伝って唾液や胃液が混ざったものが垂れ流しになり、貴族として本土で生活してる家族が見たら失神しそうなほどの姿になる。
 その姿を見たリーダーは膨れ上がった自らの分身を取り出すと、それを下腹部を覆っている布越しにリィナの亀裂をめくり開くように擦り付けた。

「うぐぅぅぅぅっ……!!久しぶりの女だから興奮しちまったぜ!!おら!気持ち良いか!? 俺ももうすぐイクぜぇ…!?」

 リィナは苦痛の最高潮を漂っている最中、熱く熱せられた鈍器の様な男性器を自分の敏感な亀裂に擦り付けられ、苦痛と快楽の渦に飲み込まれて行った。

「うぐっ!?あ…あへぁぁ!?な…なにこれぇ…!?」

「おおおっ…!久しぶりだなこの感触は…」

 薄い布を隔てて、くちゅくちゅと淫らな水音が響く。それはリーダーの先走りの音だけではないことは確かだった。初めて感じる性的な快楽にリィナは混乱しながらも、凄まじい苦痛に鈍化した意識は少しでも身体の苦痛を和らげようと貪るように快楽を求め続けた。

「あっ……あぁふ……な…何この…感じ…?わ…私……へ……変になってる…」

「へへへ…感じてるみてぇだな?だんだんお前のも固くなってきたぜ…。ぐぅぅっ!? と…とりあえず1発出してやる!!」

 リーダーが限界を感じ叫ぶと同時にペニスが爆ぜ、ダークグリーンの三角の布を真っ白に染めて行った。

「あ…ああぁ…き…気持ちいぃ……あ……あ…熱っ!!?…やぁぁ!…ぬ…布に染みて……熱いのが……入ってくる…!?」

 数十秒にも渡る長い射精が終わり、リーダーが肩で息をしながらリィナから離れると、すぐさま他の子分達がリィナを取り囲んだ。全員服の上からでも分かるほど勃起している。
 苦痛と快楽の入り交じった混濁した意識の中、リィナの霞む目に映ったものは手下が放ったパンチが自分の腹に吸い込まれて行く瞬間だった。

時間の感覚が無くなっていく。私がここで目覚めてから何日、いや、何週間経過しただろうか。ほぼ毎日、様々な人妖が私を散々責め立てた挙句、濃厚なチャームを浴びせていった。人間とは不思議なもので、そんな極限状態ともいえる生活にも私の身体はすっかり順応し、逃げ出したいという気持ちは今でもあるものの、彼らが部屋に入るたびに私は自然と彼らのチャームを期待するようになっていった。

 

 

 

「おら!もっと奥までくわえ込むんだよ。喉奥でしごくんだ!」

 

「うぶぅぅぅっ!!?うぐぇっ!!ごえぇぇぇっ…!!」

 

マッチョなこの男はいつもは太った別の男と一緒に来るのだが、今日はなぜか1人だ。でも、やることは大体同じ。散々私のお腹を責め立て、胃の内容物をすっかり吐き出させた後のイマラチオ。お決まりのパターンだ。

喉が男の巨根の形に合わせて、まるでカエルのように大きく膨らむ。もの凄い吐き気と呼吸がままならない死への恐怖が私を襲うが、この行為の結果を思うと自然と身体の奥が熱くなる。

 

「ぐぅぅぅぅっ……!!メス豚へ餌を恵んでやる!こぼすんじゃねぇぞ!!」

 

どびゅぅぅぅっ!!ぶびゅっ!!ぶびゅるぅぅぅぅっ!!!

 

喉奥へ突き込んだまま、熱い樹液が直接胃へ流し込まれる。味なんて分からない。ただ、これを飲まされるたびに、私の身体は否応無しに悦びを感じる。しかし、放出が終わり男が男根を一気に引き抜く一瞬前、さらに奥にそれを突き込んだ。

 

「うぎゅう!!?うげぇぇぇぁぁぁぁ!!」

 

それが私の限界を超えさせ、たった今流し込まれた大量のチャームをびちゃびちゃと床に吐き出した。白濁した水たまりが、床に着いた私の膝の間に広がる。

 

「ちっ!!何やってんだよ!?」

 

男が私の髪を掴んで顔を上げさせ、覗き込んでくる。男の顔は無精髭が生え、髪はやや伸びすぎているが、それでも元々の顔が野性的で整った顔をしているので、不思議と魅力的に写った。

私達はしばらくそのままの姿勢で沈黙した。静寂が足下から私達の間に霧のように広がる。ふと、私の髪を握っている男の手が小刻みに震えているのに気付いた。不思議に思って顔を覗き込むと、その目が赤い。いや…泣いてる……?

 

「クソッ!!」

 

吐き捨てるようにそう言うと、男は私を突き飛ばすように髪を離した。床に倒れたまま男を振り向くと、背中を向けて小刻みに震えている。

 

「……あ…あの……いつも一緒の人は…?」

 

当然の疑問を口にすると、男の背中が小さくビクリと跳ねるのが分かった。しばらく男は何かを考えるかのようにその場に静止していると、やがでふぅっとため息をついて私に振り返った。

 

「お前…帰りたいか…?」

 

私の質問を無視した意外な一言に、私は即答することが出来なかった。

 

「家に帰りたいかって聞いてんだよ?」

 

「えっ…!?あ…は、はい。も、もちろんです。帰りたいに決まってます!」

 

男は自分の足下に視線を落とすと、小さく「だよな…」と呟いた。帰れる?私、ここから出れるの?男は相変わらず足下を見ながら、つま先で小さな図形を描いていた。やがて、意を決したように視線を上げて、私に向き直った。

 

「いいぜ、出してやるよ。俺が出た後に逆方向の扉が開くようにしておく、そのまま真っすぐ行けばやがて出口だ。見張りなんかもいねぇから安心しな。そのかわり、途中どの扉も開けるんじゃねぇ」

 

突然言い渡された解放宣言に私は事態を飲み込むことが出来ず、呆然と男を見つめた。

 

「なんだよその目は…?言っとくが、罠じゃねぇぞ。俺は乱暴だし、お前にも色々酷いことをしたが、人間みたいに嘘は言わねぇ…」

 

「な…何故急にそんなこと…」

 

「理由なんてねぇよ。俺の気が変わらないうちにとっとと消えな」

 

それだけ言うと、男は私に背を向けて自分が入ってきたドアに向かって歩き出す。私はただ呆然とするしかなかった。男の言うことが本当なら、彼がドアを開けると後ろのいつも閉まっているドアが開くはずだ。そして、おそらく彼は嘘は言ってないだろう。

 

「ああ…あのよ…」

 

男がドアノブに手をかけながら、私を振り返った。

 

「お前、アンチレジストに帰るのか?」

 

どこか諦めた様な、まるで解体工場に送られて行く家畜を見る様な表情だった。

 

「え…?あ…と、当然です!人妖を倒すのが私の使命です!たとえ上級戦闘員になれなくても、オペレーターとしてバックアップは出来るはずです!」

 

「ふぅ…やめておけ。おとなしく家に帰って、そして普通の生活をしろ。金輪際俺達やアンチレジストに関わるんじゃねぇ」

 

「な…何故ですか!?あなた方にそんなことを言われる筋合いは…!!」

 

「どこの世界も、全てを知っているのは上の一部だけで、それ以外の奴らは訳も分からず利用されてるだけなんだよ!」

 

私の言葉を遮って発せられた諭す様な男の言葉に、私は二の句が継げず黙り込んだ。

 

「お前が思っているよりも、俺たちを取り囲んでいる輪は遥かに大きい。状況が変わったんだ。今に暴走がはじまる…」

 

「暴…走…?ど、どういうこと……?」

 

「…………気になるんなら、出口の途中、右側にあるボイラー室のドアを開けてみな。後悔しない自信がありゃあな…俺が言えるのはそれだけだ。じゃあな……あと、今まで悪かったな」

 

バタンとドアが閉まった後も、私はしばらく男の出て行ったドアを見つめ続けていた。何か大きな出来事が、私の周りで起こっていると彼は言っていた。まるで大海原に放り出され、巨大な渦巻きに飲み込まれる前の静けさの中に居るような感覚だった。

しばらく呆然とした後、はっと気付いて後ろのドアを開ける。ドアは今まで固く口を閉ざしていたのが嘘のようにすんなりと開いた。

途中、いくつかのドアを通り過ぎた。更衣室や機械室の他、大きなベルトコンベアが設置された部屋もあった。いくつかの部屋を通り過ぎた後、赤いライトの下に照らされたボイラー室はあった。

 

「ここがボイラー室…。中に何があるのかしら…?」

 

震える手でドアノブを回す。想像よりも大きな音がして、ドアは開いた。開けた瞬間に、様々な臭いが私の鼻を突き刺し、思わず口と鼻を手で覆う。

 

「ううっ……ひどい…何、この臭い…?チ…チャームと…血?」

 

臭いの1つは間違いなくここに来て何度と無く嗅がされたチャームの臭いだった。それが汗や体臭の臭いと混じり合い、酷い臭いがこの部屋を塗りつぶしていた。プールの更衣室をずっと掃除せずに放置すればこのような臭いになるのだろうか?いや、プールの更衣室をいくら放置しても、錆びた鉄が腐った様な、ぬめりつく様な血の臭はするはずが無い。

私は逃げ出したい気持ちを抑えながらも、口元を覆いながら慎重に部屋の奥へと進む。奥に行けば行くほど、次第に血の臭いは濃くなっていった。そして、ボイラーに「ソレ」はあった。いや、へばりついていた。

 

「一体何がこの部屋で……ひぅっ……!!!?」

 

悲鳴はそのまま身体の中にかき消えていった。部屋の奥に設置されたボイラー。最初、ボイラーの中心にぼろぼろの黒い布がかかっているのかと思った。しかし、近づくとそれはまぎれも無く人だった。いや、よく見れば見覚えがある。あの頻繁に私を襲ってきた2人組、さっき逃がしてくれた人妖の相棒。肥満体の人妖がボイラーの中心に、まるで前衛芸術の作品のように貼り付けられていた。

 

「うぐっ…!!うげぇぇぇぇぇ…!!」

 

胃の中に吐くものなんて残ってなかったが、ともかく吐かずにはいられなかった。いくら嘔吐いても何も出て来ないが、とにかく吐いた。目の前にある「太っちょ」の変わり果てた姿は自分の想像の範疇を超えていた。身体の中の空気を全て吐き出した後、少し落ち着いて恐る恐るソレを見上げる。

身体の至る所に五寸釘かアンカーの様なものが打ち込まれ、ボイラーにまさに「貼り付け」られていた。胴体と首が分かれていた。首は胴体の右側に貼り付けられ、さらにその右隣には根元から抜き取られたのか、異様に長い舌が貼付けられていた。顔中は切り刻まれ唇は無く、むき出しの歯は笑っているように見えた。両目はくり抜かれ、黒い穴が過去そこに目が存在したことを主張していた。身体は解剖したカエルの標本の様だった。両手足は大の字にした状態で固定され、胴体まるで巨大な絨毯のように、喉仏の下からヘソの下まで大きく切り開かれた皮膚が左右対称に貼付けられ、包むものが無くなった臓腑がこぼれて床にまで垂れ下がっていた。

 

「おうぐっ!?うごぇぇぇぇ!!」

 

再び強い吐き気に教われ、嘔吐きながらボイラー室を出て一目散に出口まで走る。転がるようにドアを出ると、そこは見慣れない夜の町だった。私が閉じ込められていたのは、どうやらこの町の工場だったらしい。しかし、稼働している様子は無く、所々朽ち果てている。こういうのを廃工場と言うのだろうか。私はほとんど無意識に当ても無く歩き、駅を見つけて実家へと帰った。どのように乗り継いで帰ったかは覚えていないので、当然あの廃工場のあった場所は今でも分からない。

私はこの一件をファーザーに報告しようと思ったが、結局組織には戻らなかった。引き止める両親には悪いと思ったが、念のために色々と理由をつけて現在は遠い町で一人暮らしをしている。心配した組織との関係も、私が不要になったのか、死んだものとして扱われているのか、いずれにせよ特に接触は無かった。

今でも時々マッチョが言っていた「状況が変わった」という言葉の意味を考えるし、あの太っちょの末路が時々夢に出てきて飛び起きることがある。しかし、今の私はあの場所からずいぶん遠くまで来てしまった。私がマッチョの言っていた「取り囲んでいる輪」の外に出ることが出来たのか、それともただ輪の中心から離れただけで、未だに輪の中にいるのかは分からない。

 

 

レジスタンス「外伝:cage」

 

EИD

「げふっ…うあぁ…」

 

何度もお腹に突き刺さる、金属バットの冷たく無慈悲な感触。マッチョはサディスティックな表情を浮かべながら、まるでゲームを楽しむように私のお腹を嬲り続けた。

やがて、私がぐったりとうなだれると、お腹に向けられた金属バットを急に私の股間に当て、ぐりぐりと押し付け始めた。

 

「あ!?ああんっ!?うぁ…や、だ、ダメ…」

 

「ぶふふふふ…へぇぇ、10代にしては結構敏感なんだねぇ…?」

 

「おいおい、当たり前なこと言うなよ。こういうのは慣れてない方がいいんだぜ?」

 

金属バットの先の角の部分が、ジャージの上から私のクレヴァスを押し広げ、中心の突起を執拗に攻め続ける。先ほど感じた苦痛と、現在感じている快感がない交ぜになり、自分の身体のあちこちが熱くなってくる。

 

「くぅん…あっ…あぁん……も、もう……あああっ!?」

 

散々私の股間をイジめていた金属バットが急に胸に移動し、同世代のクラスの子に比べると大きめな私の胸を押し潰した。左の胸をぐりぐりと押しつぶした後は、先端で私の乳首を転がすようにこね回し、すぐに右の胸を同じように攻め始めた。下着を付けず、体操服の化学繊維越しに敏感な部分を擦られ、私の胸はたちまち服の上からでも分かるくらいエッチな形へと姿を変えて行った。

 

「うひひひ…乳首がコリコリに立っちゃってるよ。ほぐしてあげないとねぇ…」

 

「え…?ちょ…今…触られたら…んはぁあああ!!」

 

急に私を後ろから羽交い締めにしていた太っちょが、両手で私の胸を揉みし抱きながら乳首を親指と人差し指で転がしたり、押しつぶしたりしはじめた。マッチョの金属バットは再び私の股間へと攻める箇所を変え、私は屈辱に耐えながらも2人の執拗な攻めに屈し、だらしない声を上げ続けるしかなかった。

 

ズムッ!!

 

「ごふっ!?…うぁ…なんで……」

 

目を瞑り、官能的な快感の浮遊感に身を任せていた私を、マッチョの丸太のような拳が私の腹部を押し潰し、一気に苦痛の底へたたき落とす。

 

「うげぇっ……そ、そんな…なんでいきなり……」

 

「けっ。一人でよがってんじゃねぇよ。お前が生かされている理由を考えるんだな」

 

「い…生かされている理由…?」

 

「ぶふふふ、そうだよ。君は僕たちの餌さ。僕たち人妖に生気を提供するだけのね。君はただ僕たちに好きなように嬲られて、老廃物を浴つづけていればいいんだよ」

 

「なんで自分がここにいるかもわからねぇだろ?まぁ記憶を一部消されてるから覚えてなくても当然だがな。まぁ、要はお前は用無しだったってこった。安心しな、あっちでは捨てられても、俺たちは優しいから壊れるまで使ってやるからよ…」

 

何?何を言っているの?あっちってどこのこと?捨てられた?私が?餌?私が?用無し?私が?わからない。わからないよ。どうなってるの?ここはどこなの?私はアンチレジストの訓練所にいて、実戦シミュレーションを受けて、それから……それから?

 

ズムゥッ!!

 

「げぇぶっ!?……あぁ……」

 

思考を一瞬で真っ白にするほどの衝撃。また、何もかもがどうでもよくなてくる。2人は何か囁き合うと、太っちょが私を解放し、2人に対し正面を向かされる。

 

「さて、そろそろフィニッシュだ。イッちまいな」

 

「ぶふふ…僕たちもイクよぉ!!」

 

ズギュッ!!

 

ドギュゥッ!!

 

「がふっ!!ごぶあぁぁぁ!!」

 

マッチョは鳩尾、太っちょは胃をそれぞれ押しつぶした。そして、マッチョはさらに強引に拳を奥に埋め、太っちょは胃を握りつぶすようにえぐった。

 

「ぐぶっ!!??ごぶぇあぁぁぁぁ!!」

 

ビクビクと身体が痙攣し、胃液が逆流して床に水たまりを作る。両手で腹部を抱えてうずくまると、マッチョが私の髪を掴み顔を天井に向けさせた。裸電球が頼りない光を放っている。そして男2人は私を見ながら自分の性器を一心不乱にしごいていた。

 

「はぁ…はぁ…たまんねぇな…エロい顔しやがって……」

 

「ああああぁ…あぁ…イク…イクよぉ…いっぱい出るよぉ…」

 

左右から太い肉棒が私に向けられ、男達の呼吸に余裕がなくなってくる。出るんだ…あの白くて凄い臭いのする液が…またたくさんかられちゃうんだ…たしかチャームとか言ってたっけ…。

 

「くぅぅぅ!!限界だ!!おら!口開けて舌出しな!!」

 

「え?こ…こうですか…んぁ…」

 

「ああ!ああああ!!イク!イクよぉ!!ドロドロに濃くて洗っても落ちないくらいのをその可愛い舌にたっぷりかけてあげるからね!!」

 

どびゅっ!!ぶびゅるるるるうぅぅぅぅl!!

 

ぶびゅううううう!!どぷっ!!どぷっ!!どぷっ!!

 

「あぶうっ!んあああぁぁぁぁぁ!!!えぅぅぅ………ろ、ろまらないぃ……」

 

2人は容赦なく私の口や舌、顔をめがけ大量の体液を放出した。私だって友達とエッチなビデオ位は見たことがあるけれど、精液って言うの?こんなに大量に出る男の人はいなかった。私は溺れそうなほど大量の液体を受け止めていた。不思議な幸福感を感じながら…。

捕らわれてから、もう何日が経過したのだろうか?この光が全く差さない地下室では、徐々に時間の感覚が失われ、今はもう昼なのか夜なのかもわからない。もっとも、「捕らわれた」といっても、ここはそこそこの広さがあり、トイレやシャワー室の他、食事や着替えもいつの間にか置かれているため生活にはほとんど不自由していない。数時間前に出された食事はミネストローネと冷製のパスタ、着替えは私の高校で使うような体操服の上着と、えんじ色のジャージだった。問題は無かった。あるとすれば、ここがどこなのか?なぜ自分はここに居るのかまったくわからないということだ。

ガチャリ…と、ドアが開く音がして私はここに来てから幾度と無く味わった絶望に苛まれる。今日は…2人。1人は筋肉質のマッチョな男。もう1人は脂肪が蓄積しすぎた太っちょだ。2人は小声で何事か話し合うと、真っ直ぐに私に向かってきた。

当然、全速力で逃げる。しかし、いつもは広いこの地下室も、なぜか「相手」が入ってくると同時にあちこちの壁が閉まり、広さはたちまち10畳ほどの広さしかなくなった。

 また、はじまる…。

何度目かの抵抗を試み、訓練で習った体術を繰り出すも、太っちょの異常に厚い脂肪には私の攻撃が全く利いていなかった。

ズギュウッ!!

一瞬のうちに、私の腹部に太っちょの拳が埋まる。数瞬間をおいて、すさまじい衝撃と鈍痛が私を襲った。

「う…うぐえあああぁぁぁぁぁ!!!」

自然と口から悲鳴とも叫びともつかない声が漏れる。腹部を中心に苦痛が広がり、膝が笑い出し、口からは大量に分泌された唾液があふれる。太っちょは私の反応に満足そうな笑みを浮かべると、体操服を胸が見えるくらいまで引き上げ、むき出しの私の腹部にまた強烈な一撃を見舞った。

「あぶっ!?ぐぅえあああぁぁぁ!!」

胃液があふれ、床にビシャリと落ちる。一瞬目の前が暗くなり、男にもたれかかるように倒れたところをを狙って、鳩尾を突き上げられた。

「うぐぅっ!!あ……あああぁ……」

「ぐぶふふふふ…もうイッちゃいそうなのかい?もっと頑張ってくれないと全然満足できないよ?」

奥襟をつかまれ、地面に倒れることも許されない。私はただ口からだらしなく涎をたらしながら太っちょを見上げるしかなかった。

「おっと、俺もいることを忘れるなよ?」

ズムウッ!!

気がつくと、マッチョの丸太のような膝が私のお腹に突き刺さっていた。呼吸困難に陥り、悲鳴すら上げることもできない。

「おい、お前勝手に楽しんでるんじゃねぇよ。俺にも楽しませろ」

「へへへへ、わかってるよ」

太っちょが私を背後から羽交い絞めにすると同時に、いつの間にかマッチョは金属バットを取り出し、いたぶるように私のお腹を嬲った。

ズンッ!

「うぐうっ!」

ズンッ!

「ぐふっ!…あぁ…」

ズンッ!

「あうっ!?…や、やめ…」

ズンッ!

「うぅあぁぁ!!」

等間隔の無慈悲な攻撃。私はただそれを受け、男の望むとおりの反応を示すしかない。しばらくすると、太っちょは自分の股間を私の腰に当ててきた。大きくなってる…。見れば、マッチョの穿いているジーンズも股間部分が大きく隆起している。

…興奮してるの?

私は苦しみと同時に、自分の中の女としての悦びを感じていた。

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