Яoom ИumbeR_55

Яoom ИumbeR_55は「男性→女性への腹パンチ」を主に扱う小説同人サークルです。

カテゴリ: WISH

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この作品はウニコーンさんに有償依頼をいただき、二次創作として製作したものです。
ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、ストーリーの大部分をお任せいただきました。
今後作品としてウニコーンさんが挿絵を付けて完全版として発売する予定ですが、今回私が書いた文章と制作中のイラストの掲載許可をいただきましたので、サンプルとしてお楽しみください。

第1話

第2話

第3話

第4話

第5話



今回珍しく本番シーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
また、挿絵を追加した完全版は後ほどウニコーンさんがDL販売される予定となります。


 グールーは瀬奈の回復を待つと、瀬奈をベッドに座らせて自分も背後に座った。瀬奈は身体に力が入らず、背後のグールーにしなだれかかるような姿勢になった。瀬奈の甘い汗の匂いがグールーの鼻腔をくすぐり、再び股間に血液が集まってくる。グールーは瀬奈の大きな胸を背後から揉みしだき始めた。
「さっきは酷いことをしてすまなかったね。今まで実に多くの者に拒まれてきたせいか、最近は拒まれたり逆らわれたりすると、つい昔を思い出して頭に血が上ってしまうんだ。悪い癖だとは思うのだが……」
 グールーが瀬奈の耳を舐め、ジュルジュルとわざとらしく音を立てて首筋を舐め回す。瀬奈は目を瞑って下唇を噛んだ。グールーの技術は大見得を切った通りかなり熟達しており、瀬奈の胸の敏感な場所を、まるで水源を探っている熟練した井戸掘り人の様に的確に探り当てて執拗に責めてくる。瀬奈は歯を食いしばって呼吸が荒くなるのを耐え、下腹部がじんわりと温かくなってくるのを小刻みに身体を震えさせながら堪えた。
「こっちを向け」と、グールーが瀬奈の耳元で囁くように低い声で言った。瀬奈が睨みつけようと顔を上げたところを、強引に唇を奪う。口内を弄られながら、瀬奈の腰に焼けた鉄パイプの様なグールーの分身が押し付けられる。グールーは舌を絡めたまま、ジリジリとじれったく瀬奈の黒いビキニをたくし上げ、ぷるんと大きくも形の良い乳房を露出させる。二つの突起をねちっこくしごきながら、必死に快楽に耐える瀬奈の表情を楽しんだ。
「さてと、私のも気持ちよくしてもらおうか? このスケベな乳でな」
 グールーは瀬奈を仰向けに押し倒すと、馬乗りになって胸の間に男根を挟み込んだ。瀬奈の胸を押し潰すように中央に寄せ、乳圧を楽しみながら乳首をしごき続ける。
「おふっ! おおぉ……なんて凶悪な乳だ。精子を搾り取ろうとチンポに吸い付いてくるわ……。この淫乱め、そんなに私の精液が欲しいのか?」
 うわごとのように呟いながら、グールーは一心不乱に腰を振り始めた。瀬奈の滑らかな肌は滑らかにグールーの男根を包み込み、ローションなど無くともグールーに極めて的確な摩擦を与えている。
「い……いやっ! いやぁッ!」
 シャンデリアの明かりを背負ってシルエットになっているグールーは、まるで盛りのついた豚の化物のように見えた。瀬奈は与えられる快感とおぞましさのカオスに必死に首を振った。パイズリという行為は知識としてはあり、いつか自分に恋人ができたら、相手にしてあげることもあるのだろうかと想像したこともあった。しかし、こんな風に自由を奪われた状態で、好きでもない男に馬乗りになられ、一方的に胸を犯されることになるなんて想像すらしていなかった。恐る恐る目を開けると、胸の間をゴリゴリとした剛直が上下し、谷間から赤黒い亀頭が自分の顎を貫こうとするかのごとく出し入れされている。あまりの現実に瀬奈の目からは自然と涙が溢れた。
 グールーは不意に馬乗りを止め、瀬奈に覆いかぶさるようにして左の乳首に吸い付いた。「ぢゅるっ、ぢゅるるっ」と、わざとらしく音を立てて吸い付きながら、右手で瀬奈の左胸を転がすように揉む。
「ひッ!? ひぃぃッ! ひぃぃぃぃぃッ!」
「んむふぅ……ぢゅるるるッ! ぢゅるッ! んー、美味い乳だな。私のためにここまで育ったことを褒めてやろう」
 別の生き物のようなグールーの舌に容赦無く弱点を責め立てられ、瀬奈は背中を仰け反らせたまま腹の下からゾクゾクと痺れるような感覚が湧き上がるのを感じた。その感覚は自分の子宮のあたりに集まり、太ももの付け根や胸のあたりにも発生し、やがて脳にまで達した。
「あっ……がッ……な……なに……? あぁッ!」
「んん? なんだ、もうイクのか? 随分と感度が良いな。まだチンポも突っ込まれていない状態で、これくらいでイッていたらこの先耐えられんぞ? まぁ仕方ない、軽くイッておけ」
 グールーは乳を責めながら、右手を素早く瀬奈の下半身を覆っているビキニの中に差し込んだ。慣れた手つきで割れ目の中にある硬い突起を摘み、電気刺激のような小刻みな刺激を与える。「ひあッ?!」と瀬奈は自分でも聞いたことがないような声を出し、身体を弓なりに反らして絶叫した。
「がッ?! あがッ?! あがあぁぁぁ!!」
 ガクガクと瀬奈の腰が痙攣し、ぷしゅっと股間から潮を噴いてグールーの右手を濡らした。白目を剥いたまま舌を出して絶叫する瀬奈をグールーは満足げに見下ろし、再び馬乗りになって瀬奈の胸に男根を挟む。
「ふははは! 下品なイキ顔晒しおって、君の親が見たら失神するぞ」
「はへっ……あふ……あへぁ……」
「おまけに潮まで吹いて派手にイキ狂いおって……。処女の分際でそんなに気持ちよかったかね? さて、次は私の番だ」
 汗ばんだ瀬奈の胸の間を、ぐちゅぐちゅと男根が上下する。グールーは自分の快楽を優先し、瀬奈を見下ろしながら夢中で腰を振った。徐々に呼吸に獣の匂いが混じりはじめ、射精が近いことを瀬奈も悟る。
「あ……やだ……やだぁ……」
「おおおおおっ……チンポが擦れて……出る……出るぞ……こっちを見ながら舌を出せ……」
「やっ……いやぁッ! 顔はいやぁッ!」
「ほほ……嫌がる顔もそそるな……! 嫌がってもこのまま顔に出すぞ……ぐっ……出るッ!!」
「あっ……んぶッ?! ぷぁッ?! いやあぁぁぁ!」
 グールーの男根が脈打ち、大量の粘液が放出される。射精は二回目とは思えないほど大量なもので、どくどくとポンプを押し出すような勢いで濃度も臭いも強烈さを保ったままの精液が瀬奈の顔に降り注いだ。瀬奈は必死に顔を逸らせようとするが、身体の重心をグールーの重い体重で押さえ込まれているため逃げることができず、熱い白濁した粘液を顔で受け止めることしかできなかった。
「何を惚けておる? ほれ、しゃぶって綺麗にしろ。中に残っている精子も全部吸い出すんだぞ」
 グールーは精液がまとわりついた亀頭を、瀬奈の顔の前にぐいと突き出した。瀬奈は当然拒否を訴えるが、グールーが強引に頭を掴んで無知やり男根を口に含ませる。
「むぐッ!? んぐぅッ!?」
「おおぉ……いいぞ。舌が当たって……そのまま吸い出せ……」
 瀬奈は意を決して、ストローを吸う感覚でグールーの男根を吸った。濃厚な精液が尿道から口内に溢れ、猛烈な吐き気が込み上げる。瀬奈は目に涙を浮かべて堪えたままグールーの鈴口を舌で擦り上げると、グールーの身体が電気ショックを受けたように跳ねた。
「ぐッ?! おおおッ!? やるではないか……ようやく乗り気になったかね?」
 グールーが泣き笑いのような表情で瀬奈を見下ろす。その隙を瀬奈は見逃さなかった。瀬奈が渾身の力でブリッジをする。グールーが体勢を崩すと同時に、瀬奈はグールーの身体から脱した。すぐさま立ち上がってシーツの上に口内のものを吐き出す。グールーが振り返ると同時に、その横っ面を強烈な回し蹴りで薙いだ。「ぐげあ!」と、グールーが悲鳴を上げてベッドに倒れる。ベッドは柔らかくて足が取られたが、瀬奈は注意深く跳躍し、倒れたグールーの顔面に膝を落とした。
 汚い悲鳴を上げながらグールーが動かなくなったことを確認すると、瀬奈は出入り口のドアに向かって走った。まだ手錠が嵌ったままで、ショーツしか身につけておらず、全身痣と体液にまみれた状態だが、構ってはいられない。グールーが気を失っているうちにここから抜け出して、少なくとも施設のどこかに隠れなければ。アスカは無事に外に出られたのだろうか? 仮に捕まっていたとしても、いずれ自分たちの帰還が遅いことを理由に組織が動いてくれるはずだ。それまで身を隠して応援を待つしかない。
 ひゅん……を風邪を切る音が聞こえた。
 透明な巨大な壁が目の前にあるかのように、瀬奈の身体が急停止する。まるで巨大な突っかい棒が腹に刺さったような感覚があった。
 苦痛はまだ無い。今のうちは……。
「……え?」
 瀬奈が恐る恐る自分の腹部を見る。太い血管が浮いた丸太のような腕が腹にめり込み、肉を巻き込んで陥没していた。
「あ……え……? う、ゔぐぇッ?!」
 時間差で腹部を襲った恐ろしい衝撃に、瀬奈は膝から一気に崩れ落ちた。両手が後ろに回っているため顎をしたたかに床に打ち、溢れる唾液を飲み込むこともできずに悶絶する。
「がッ?! ぐあぁッ!? おえぇぇッ!?」
 瀬奈は限界まで舌を伸ばしてもがき苦しんだ。すぐさま髪の毛を掴まれて強引に身体を起こされると、にやけ顔のサジと目が合った。
「見せつけやがって……随分楽しんでたみてぇじゃねぇか? え? こら?」
 ぼぢゅん! という音が部屋に響き、弛緩しきった瀬奈の土手っ腹にサジの拳がえぐりこむ。「ゔぼぉッ!?」と、瀬奈が汚い悲鳴を発し、再び床に崩れ落ちた。
「おら、寝てんじゃねぇぞ」
 サジは強引に瀬奈を起こし、鳩尾に拳をめり込ませる。瀬奈が身体を折って苦痛に喘いでいる最中、休む暇も無く二撃、三撃が下腹部とヘソのあたりに打ち込まれる。サジの太い腕に腹を撃ち抜かれ、瀬奈は後方に吹っ飛んで背中から落下すると、ダンゴムシの様に身体を曲げて苦痛にのたうった。
「がっ……げぁっ……ぐあぁッ……!」
「いい格好だなぁ、瀬奈ちゃんよ? スケべな身体しやがって……もう少しでマス掻いちまうところだったぞ?」
「ゔぶッ……な……なんで……あんたが……?」
「サエグサさんに隠れて見張っとけって言われたんだよ。万が一お前が変な気起こして逃げちまわないようにな……もちろんグールーには内緒でだが」と、言いながらサジは横目でベッドの上を見た。天蓋の下で、グールーはまだ大の字で伸びている。しばらく目を覚ましそうもないことを確認すると、瀬奈に視線を戻した。「おい、俺のもしゃぶれや。お前とグールーのやつ見てたから、ずっと勃ちっぱなしなんだ。歯立てたらぶっ殺すからな」
 サジはビキニパンツを脱いで男性気を露出させた。瀬奈の目の前で反り返ったサジの男性器は長さは一般的だが、異様に太い。よく見ると、幹には人工的な丸い突起が等間隔にいくつも並んでおり、まるでイボの付いた芋虫の様な醜悪な見た目をしていた。あまりの禍々しさに瀬奈の顔が真っ青になり、無意識に歯の間から「ひぃぃ」という声が漏れる。
「な……なに……? なんなの、これ……?」
「あぁ、コレか? シリコンボールっつってな、手術でチンポに玉埋め込んでんだ。このイボイボが女のイイトコにゴリゴリ当たって、ションベン漏らすくらいイキ狂わせちまうんだよ。試してみるか? 二度と普通のチンポじゃイケなくなっちまうぜ?」
 瀬奈が震えながら首を振る。サジはサディスティックな笑みを浮かべながら瀬奈を見下ろすと、両手で瀬奈の髪の毛を後ろにまとめ、頭をがっしりと固定した。
「へへへ……グールーがこのまま起きなかったら、俺が先にブチ込んでやるよ。早く口開けろ。それともいきなりマンコがいいのか? 俺はどっちでも構わないんだぜ?」
 瀬奈は怯えた顔でサジを見上げ、震えながら小さく口を開けた。サジはその隙間に強引に腰を突き出して男根をねじ込み、一気に喉奥まで突き込んだ。瀬奈が「おごッ?!」と悲鳴を上げる。今まで味わったことのない、異形な突起が口内を擦り上げる不気味な感触に、瀬奈の全身が粟立った。
「おぉ……いいじゃねえか。グールーが起きる前に手早く済ますぜ」
 サジはオナホールの様に瀬奈の頭を前後に揺すり、自分の男根を擦り上げた。ぐっぽぐっぽと口をモノの様に扱われ、瀬奈は涙を浮かべながらサジを見上げる。
「ぐぷッ! ぐぷッ! ぐぷッ! ぐぷッ! ごぇッ! ぐぶぇぇッ!」
「おおおッ! いい顔するじゃねぇか? お前みてぇな生意気な女を征服するのはたまんねぇな……。おぉ……出る……出るぞ。このまま口の中に出してやるよ。グールーのとどっちが美味いか試してみろや」
「んぐっ! ぐぷッ! んぶぅッ! ぐむぅっ! ん……ぶぐぅッ?! んぶぅぅぅぅッ?!」
 サジは瀬奈の喉奥を犯していた男根を口元まで引き抜くと、精液を舌の上に流し込むように放出した。瀬奈の頬は一瞬で風船のように膨らみ、口内がサジの精液で一杯になる。
「あぁ、いくいくいく……お……おおっ! まだ出る……。全部飲めよ……?」
「んぶっ……ん……ごきゅ……ごきゅ………ぐむっ……ぷはッ! はぁ……はぁ……」
 瀬奈はなんとかサジの精液を全て嚥下し、口の周りを白濁液の残滓で汚しながら、放心した状態でサジを見上げた。許しを請うような視線に、サジの背中を征服感と嗜虐心がゾクゾクと駆け上がる。
 サジは屈んで瀬奈の口を強引に吸った。瀬奈は数秒間なにが起こったのかわからなかったが、自分の舌を吸われる感覚に気がつき慌ててサジから離れようとする。サジは瀬奈の頭を両手で押さえ込み、口内のさらに奥に舌をねじ込んだ。乱暴で獣のようなキスに、瀬奈の目に涙が浮かぶ。舌が抜かれるかと思うほど強引に吸われ、口内のあらゆる場所を蹂躙されてから、ようやく瀬奈の唇は解放された。
「……ったく、エロい顔しやがって。もう我慢ならねぇ……ブチ込んでやるから股開けや」
 サジが瀬奈の脚の間に腰を落とし、割って入るように脚を開かせた。瀬奈の顔から血の気が一気に引く。
「ひッ?! やっ! やだぁッ!」
「大人しくしろ! 安心しろ……さっき言った通り俺のブツはめちゃくちゃ気持ちいいぞ? 女なんて何人もレイプしてきたし、処女も何人も食ってきた。お前もそいつらみたいに、最後には泣きながら抱いてくれって言うようになるぜ?」
 サジは瀬奈のビキニ越しに男性器を押し付け、のしかかるように上半身を密着させた。サジの厚い胸板に瀬奈の胸が潰され、そのまま瀬奈の唇を吸い、首筋に舌を這わせる。瀬奈は必死に抵抗したが、サジは慣れた手つきで瀬奈のビキニをずらすと、男性器を瀬奈の入り口に当てがった。瀬奈の顔から血の気が引く。サジは瀬奈の肩を下から抱えるようにして、瀬奈の身体を引き付けるようにしてジリジリと挿入を始めた。
「やだッ! やだぁッ! やめてぇぇぇ!!」
 サジが徐々に自分の中に入ってくる感触に、瀬奈は必死に首を振る。しかし、泣き叫ぶ瀬奈の声はさらにサジを昂ぶらせる効果があった。
「へへへ……処女は毎回泣き叫ぶから面白くてたまらねぇな……。おら! 一気にいくぜ!」
 サジが力任せに腰を打ち付ける。瀬奈の身体はわずかな抵抗を見せるも、圧倒的なサジの暴力には歯が立つはずもなく、男根を最深部まで受け入れるしかなかった。
「おぅッ?! お……おぐッ……?! あ……あああああァァッ?!」
「へへへ……流石にキツイな……こりゃ犯し甲斐があるぜ……」
 サジがゆっくりと腰を引き、複数の人工的な突起と大きく張ったカリで瀬奈の中身を擦り上げながら入り口付近まで後退し、次の瞬間一気に奥まで突き込む。ゴリゴリとした極太に強烈に突き上げられ、瀬奈の口から「ごひゅッ!?」と強制的に空気が吐き出された。サジの腰と瀬奈の尻が何回もぶつかり、乾いた音が広い室内に響く。瀬奈は不思議と痛みはあまり感じず、それ以上に全身を駆け巡る快感に耐える方が必死だった。子宮を豪柱で突き上げられ、敏感な内部を的確に配置された突起で擦られ、庇(ひさし)のようにエラの張ったカリ首で掻き分けられる快感が洪水のように瀬奈の頭に流れ込んでくる。
「あっ! いッ!? ああぁッ! や、やだッ! ああああああッ!」
 瀬奈は限界まで仰け反って矯正を上げた。サジは腰を打ち付けるスピードを速め、パンパンと乾いた音を立てながら瀬奈の中を擦り上げる。
「おらッ! おらッ! チンポ気持ちいいか? え? 俺のチンポが気持ちいいんだろ? おら! どうなんだ!?」
 瀬奈は必死に首を振って快楽の洪水に耐えるが、当然耐えられるはずもなく、嬌声は自分の意思に反して勝手に漏れ、尻のあたりから電気ショックのような強い快感が絶え間なく背骨を通って脳髄に駆け上がる。サジが泣き叫んでいる瀬奈の唇を乱暴に吸うと、瀬奈は本能的にサジの男根を締め付けた。
「おおぉ……締まる……! よし、おらトドメだ! いっちまえ!」と、サジは言いながら覆いかぶさっていた上体を起こすと、瀬奈の太ももを抱え上げ、今まで以上のスピードで機械のように高速で腰を打ち付けた。
「いぎッ……あ……う……ゔあぁッ!? や、やああぁぁぁッ!? む、無理ぃッ! い……いくッ……! こ、ごんなの無理ぃぃッ!!」
「おらおらおらッ! 死ね! イキ死ね!」
「い……いぐぅッ! い、いぎいイィィィィィ!!」
 瀬奈は絶叫し、全身に電気ショックを浴びたように痙攣しながら絶頂した。顔は涙と鼻水と涎まみれになり、白目を剥いて舌を出したまま意識が半分飛んでいる。
「あ……あひぇ……あひゅぁ……」
「へへへ……汚ねぇ声で派手にいきやがって……。ま、アスカちゃんよりは締まりが良かったぞ」と、言いながらサジは再び瀬奈に覆いかぶさった。「俺はまだイッてねぇからな。この後は泣き叫ぼうが失神しようが好きなように楽しませてもらうぜ」
 瀬奈が余韻に浸る間もなく、密着した状態で高速ピストンが再開される。瀬奈は朦朧とした意識の中でさらに強い快楽が流し込まれ、自分の魂が抜け出すような感覚を覚えた。自分の身体で別の誰かが必死に矯正を上げている。すぐさま瀬奈が二回目の絶頂に達してもサジは腰を振るのを止めず、瀬奈が失神する寸前にようやく瀬奈の顔に大量に射精した。しかし、全く萎えない男根はすぐさま瀬奈の中に突き戻され、その後は対面座位や後背位をはじめ様々な体位で犯され、瀬奈は何十回も強制的に絶頂し、その途中で何回も失神し、いつしか現実か夢かわからなくなった。どこか遠くでドアが破られるような音を聞いた気がしたが、それすらも現実かどうかはわからなくなっていた。

 後日、警察組織のトップの会見を、瀬奈は病院のベッドの上で聞いていた。「かつてないほど恐ろしい効果を持つ新型麻薬、WISHの製造元への突入は、半年以上前から準備をしておりました」と、還暦前後の痩せ型の男が多数のマイクに向かって喋っている。瀬奈の組織の名前が発せられることはないだろう。手柄が大々的に発表されない代わりに、矛先が向かないようにするための配慮だ。「当該組織はMOTPと名乗り、WISHを開発したグールーと呼ばれるリーダーを中心に、宗教団体的な要素を持ちながら、一部の狂信的な組員が中心的となって活動を広めておりました。また、組織には多数の行方不明になっている児童も軟禁されており、全員無事に保護されました。この度、任務遂行において命を落とされた我々の同僚、関係者の方々には、深くお悔やみ申し上げます」
 長官が頭を下げ、多数のフラッシュが焚かれる。
 それにしても、よく助かったものだと瀬奈は思った。あの日のことはよく覚えておらず、気がついたら病院に搬送される救急車の中だった。サジに犯され、失神と覚醒を繰り返したことは覚えているが、どのように自分が助かったのか覚えていない。その後、救急車の中で麻酔をかけられ、丸二日間眠った。重度の打撲だが、内臓や脳に異常は無く、あとは回復を待つばかりだと医者は言った。念のための避妊処置なども、眠っている間に済ませたらしい。同じ病院に入院していたアスカも一命を取り留め、先に退院して行った。
「なお、当麻薬組織のリーダーであり、通称グールーと呼ばれていた『佐治 誠一郎(さじ せいいちろう)』に関しましては、突入時に激しく抵抗し、突入部隊に対して数発発砲したため、止むを得ずその場で射殺いたしました。本来であれば無事に確保し、動機やWISH開発の経緯を捜査するところではありますが、隊員の生命の安全を第一優先とし、やむを得ない場合は私の責任で発砲の許可を事前に出しており──」
「え……?」と言ったまま、瀬奈は言葉を失った。サジ……? 佐治誠一郎とは、あの元ボクサーのサジのことだろうか。サジはグールーではない。本物のグールーはあの時ベッドで失神していたはずだ。それ以降の姿は見ていない。そもそも正規警察は愚かではないから、サジがグールーではないことくらいすぐにわかるはずだ。なぜ事実を発表しない。本物のグールーは確保されたのか? サエグサはどうなった? サジに一人で部屋の警備を命じた後、サエグサはどこに行ったのだ? 
「教えてあげようか……?」と、頭の後ろで声が聞こえた。振り向いても誰もいない。佳奈の声に似ている気がして、瀬奈はため息をついて頭を抱えた。ふと、もし今ここにWISHがあったら、使わずにいられるのだろうかと考えた。WISHの中の佳奈は、きっと変わらずに優しく微笑んでくれるのだろう。それが瀬奈の望みなのだから。

この作品はウニコーンさんに有償依頼をいただき、二次創作として製作したものです。
ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、ストーリーの大部分をお任せいただきました。
今後作品としてウニコーンさんが挿絵を付けて完全版として発売する予定ですが、今回私が書いた文章と制作中のイラストの掲載許可をいただきましたので、サンプルとしてお楽しみください。

第1話

第2話

第3話

第4話


「ああ、申し遅れてすまないね。君のいう通り、ここではグールーと呼ばれている。サンスクリット語で導師という意味だ。本名はあまり良い思い出が無いので、名乗るのは控えさせてもらうよ。あなたは瀬奈さんだったね。サエグサから優秀な人だと聞いている。このクズと違ってな」と言いながら、グールーはサジの背中に唾を吐いた。「こいつは腕力しか取り柄がない分際で、君に負けたらしいじゃないか。まったく、とんだ買いかぶりだったとはな……私は存在価値の無い人間が一番嫌いなんだ。こいつから腕力を取ったら、残るのはバカな頭と猿みたいな性欲だけだ。このゴミめ……生きていて恥ずかしくないのか?」
 瀬奈の視線の隅で、サエグサが目を伏せる。サジは震えているように見えたが、それが怒りなのか悔しさなのかはわからなかった。
 グールーが瀬奈を見て言った。「ところで使い古された表現だが、君は覚めない夢は現実と区別がつくと思うかね? 例えば植物状態の人間が延々と夢を見ているとしたら、その人間は自分が植物状態だと認識するだろうか? そして仮に君がその立場になったとしたら、夢と現実どちらの世界に幸福を感じると思うかね?」 
「夢の世界……」と、瀬奈は静かに言った。
「そうだろう。言うまでもないことだ。だがこれは健常者にも言える。下世話な話で申し訳ないが、憧れの相手との淫夢が中途半端に目覚めてしまった時の悔しさは、誰でも経験しているはずだ。君にもあるだろう?」
「なにが言いたいの……? こんな立派な施設作って、小さい子供達まで働かせて、やっていることはみんなでジャンキーになって変な夢見ましょうって言うの? 情けなくて涙が出そうね」
 瀬奈の言葉に、グールーは目を伏せて笑った。そしてリードを乱暴に引きながらサジに向かって顎をしゃくり「おい、やれ」と短く言った。サジが弾かれたように立ち上がり、瀬奈の正面に仁王立ちになった。瀬奈の顔に緊張が走る。サジは自分の今の扱いを逆恨みしているのか、憤怒の表情を浮かべて瀬奈を睨みつけている。サジはそのまま、瀬奈の腹部に鈍器のような拳を埋めた。素肌を打つ「ぼぢゅん」という水っぽい音が広い室内に響き渡る。
「げぶぅッ?!」
 瀬奈は電気ショックを受けたように身体を跳ねさせた。強引に直立させられた状態のため腹筋が伸びきり、サジの拳の威力がそのまま瀬奈の内臓を襲う。
「テメェのせいでな……!」と、サジは小声で言いながら連続して瀬奈の腹部を打った。拘束されて防御ができない状態に、元プロボクサーのパンチは背骨に届きそうなほどの威力で瀬奈の生腹をえぐり、成人男性でも一発で失神しそうなショックを瀬奈に与え続けた。
WISH_pic_08

「ごぇッ!? がッ!! ぐぼッ?! ゔっぶ!! ぶぇッ?! げぉッ!!」
 地獄のような責め苦を受ける瀬奈を、グールーは笑みを浮かべながら、サエグサは直立したまま無表情で見ている。途中、サジの黒いビキニパンツが山のように盛り上がりっているのをグールーが見て、「猿め」と吐き捨てた。瀬奈はあまりの威力にすぐさま意識が飛び始め、思考が鈍って視界も狭まりはじめた。腹責めはものの数十秒だったが、瀬奈には永遠のように感じられ、失神寸前でようやくグールーが「やめろ」と言った。
「ぶげぇッ! ごぶッ……おぐ……うぇ……」
 拷問が終わった後も、瀬奈はしばらく身体をよじってもがき苦しんだ。サジが二人の後方に下がり、再び四つん這いになる。
「少しは口を慎んだ方がいい……。グールーの崇高な使命を愚弄することは許されん」と、サエグサが言った。
「まぁいい。新しいものは、誰でも最初は受け入れられぬものだ。それがどんなに素晴らしいものであってもな。瀬奈さん、君も私の考えを理解すれば、きっと協力したくなるはずだ。いや、ぜひ協力してほしい。これから私の使命を君に話そう」
 グールーがサエグサに目配せをすると、サエグサはサジを連れて部屋から出て行った。広い部屋にはグールーと瀬奈だけが残され、わずかな沈黙が流れた。見えないように部屋の中に設置された空調が稼働し、瀬奈への拷問によって生じた湿度が徐々に下がっていく。グールーは一旦瀬奈から離れると、壁に設置されたバーカウンターの棚から高級そうなブランデーを取り出し、大きめなグラスに注いて演技っぽく飲んだ。瀬奈は一連の動作を見守っている。グールーは何かの儀式のようにブランデーを半分ほど飲むと、さて、と言いながら瀬奈に近づいた。
「あまり言いたくはないのだがね、少し私の話をしよう。私は生まれてから最近まで、ずっと不当な扱いを受けていた。グールーになったのもここ五年ほど前からで、それまではただの会社員だった。会社員と言っても大したものではなく、地方のキノコ製造会社の契約社員だ。毎日毎日汚い作業着を着て、カビ臭くて蒸し暑い栽培場を歩き回り、生育状況を記録したり、腐ったキノコを取り除いたり、温度や湿度の管理したりしていた。少し覚えれば誰にでも出来る仕事だ。待遇も悪く、同僚にもろくな奴はおらず、毎日辛い思いをしながら、狭く汚い家とカビ臭い職場を往復していた。いつ死のうかと、いつも考えていたよ」
 そこまで言うと、グールーは残ったブランデーを一息に空け、新しくグラスに注いだ。
「……子供の頃から、私はいつか大きいことを成し遂げる人間だと信じていた。この酷い状況は何かの途中で、いつか事態が好転して周囲がうらやむ状況になるのだと……。しかし四十歳を過ぎる頃になってようやく、どうやら私は大した人間ではないのかもしれないと薄々思うようになってきた。一般家庭の生まれで、昔から勉強は出来たが気が弱かった。世の中で気が弱いということは致命的だ。頭の中に知識はあっても、それを発信する勇気がないのだからな。誰も助けてはくれない。子供の頃からずっといじめられ、社会に出ても爪弾きにされた。ダラダラと月日が流れた。そして五十歳の誕生日の前日に、私はいよいよ自殺しようと決心した。何者にもなれないまま、四十代を終えたくはなかったんだ。そして、どうせ死ぬのなら会社も道連れにしようと思い、栽培場の地下に潜ってガソリンを撒いて火をつけようと考えた。建物の基礎が燃えれば、うまくいけば社屋は倒壊するだろうし、倒壊しないにしても心臓部である栽培場に壊滅的な被害は与えられるはずだと考えた。深夜に私はガソリンの入ったポリタンクを抱えて地下に潜ったのだが、そこで予想外のものを見つけた……」
「……オリジン」と、瀬奈が言った。
「そうだ……。栽培場の地下には、薄く発光する緑色の不気味なキノコが足の踏み場もないほど群生していた。とても気持ち悪かったよ。まるで蛆虫の化け物のように見えた。おそらく直上の栽培場から降ってきた様々なキノコの菌糸や胞子が混ざり合って、突然変異したんだろう。ヤコウタケの一種かと思ったが、そのキノコは幹が太くて、傘の形が明らかに違っていた。そして、自暴自棄になっていた私は、無性にそれを食べてみたくなった。どうせあと一時間と経たぬうちに自分は死ぬのだし、誰にも知られず、誰にも見られない場所で光っている名前も付いていないキノコに親近感を覚えたのかもしれん。キノコはカビと泥の混ざったような酷い味がした。そして猛烈な吐き気に襲われた。私はたまらずポリタンクを放り投げて嘔吐したよ。緑色に光るゲロが出た。それが可笑しくてね、笑いながら吐き続けたよ。情けないやら訳がわからないやら……自分に似合いの最期だと思ったらとても可笑しくてね。そして、世界が一変した。自分の笑い声が何重にもなったエコーの様に頭の中で鳴り響き続け、視界がぐにゃりと歪んだかと思ったら、私は上等なスーツを着て会社の社長室の椅子に座っていた。私がなにが起こったのかわからず戸惑っていると、足元で何かがもぞもぞと動いている。机の下を見ると、職場で一番の美人が私のモノにしゃぶりついていた。訳がわからなかったが、それはとてもリアルな感触と快感だった。しかも気がつくと、周りには子供の頃から今まで生きてきた中で気に入っていた女達が私を取り囲んで、奪い合う様に私にキスをしたり、抱きついたりしてきた。彼女達の舌の感触はおろか、一人ひとり違う肌の匂いまではっきりと感じることができたよ。私は射精し続け、いつの間にか失神した。何時間か経った後、気がついたら最初にいた地下で、不気味に光るキノコに囲まれながら自分の出した精液の中に浸かっていた」
 グールーが三杯目のブランデーを飲み始めた。酒に強いのか、顔色には全く変化がない。瀬奈は黙って話の続きを待った。
「私はそのキノコを持ち帰り、家でも食べてみた。大体似たような効果が出て、数時間後にゲロと精液に塗れた状態で目が覚めた。そして私は自分を実験台にして、そのキノコの最も効果的な摂取方法を見つけ出した。乾燥させて粉末にした状態で鼻粘膜から吸収すると、激しい吐き気が起こらずに効果が出ることがわかった。そして摂取前に念じることで、まるでこれから遊ぶゲームを選ぶかのように、ある程度夢の内容を内容を具体的に決めることができることもわかった。願いを具現化する奇跡の物質……私はWISHと名付けた。くだらない宗教や薬物で得られる”ちゃち”な幸福感を超える、まさに新たな神の誕生だ」
「ずいぶん大袈裟な話になったわね……。そんな幻覚剤で何が解決するっていうの?」
「解決するさ。私はダークウェブを使って、狭い部屋で作ったWISHを少しずつ売り始めた。WISHはたちまち評判になり、転売が相次いで末端価格はとんでもない額になった。私の作ったもので私以外の人間が儲けることは我慢ができんので、私はすぐに購入者の会員制度と売人の公認制度を作り、強固な偽造防止技術を使って直販システムを作り上げた。会社員での経験が役に立ったよ。そのうち水道の蛇口をひねるように金が流れ込んでくるようになって、程なくして私はこの施設を作り上げて、今に至るわけだ。一番WISHを使っている人間は誰だと思うかね? 金のある政治家や財界人でも、ましてやゴロツキ共でもないぞ。むしろその逆で、気が弱くて日の目を見ない人間達の間で評判になった。彼らが少ない給料を切り詰めて、高価なWISHを買ってくれているのだ。しかもWISHによって願いが叶ったことで、現実世界でも前向きになり、またWISHを買うために頑張る気持ちになることができたという感謝の言葉も何件も届いている。私はハッとしたよ。私もそうだったと。そして、これこそが私の使命だと気がついた。私は間違っていたんだ。私は『大きいことを成し遂げる人間』などという小さな存在ではない。私こそがキリストのように不当な受難を乗り越え、WISHという奇跡をこの世界にもたらすために地上に降り立った、救われない者達を救う神だったのだと……気がついたのだ」
 グールーは大仰に手を広げ、天井を見上げた。自分の言葉に酔っているのか、瞳を閉じて、口元には笑みが浮かんでいる。
「さて……」と、グールーが言った。「ここからが本題だ。君に協力してほしいと言ったね? なに、簡単なことだ。サエグサのように前線に立つ危険な仕事をさせるつもりはない。君にしかできないことをしてほしい。具体的に言うと、私の子供を産んでもらいたい」
「なっ……!?」
「WISHを創ってから女に困ったことはない。いや、抱いてほしいと群がる女達を選別するのには少し困っているがな……。毎日違う女を抱いたが、私の子供を産むに相応しい女性は一人もいなかった。当然だ、神の子供を産むわけだから、並大抵の女では務まる訳が無い。だが、君にはどうやらその資格がありそうだ……あの筋肉猿を倒す強さ、その容姿の美しさ、そしてなによりWISHで淫欲な効果を出さない清楚さ。君こそ、私の子を産む資格がある女性だ」
「ふざけないで! 誰があなたの子供なんか!」と言いながら瀬奈が身をよじった。鎖が擦れる硬い音が部屋に響く。
「なにを言う? これ以上無い名誉だぞ。君のことは無理やり犯すこともできるが、子供に影響が出たら台無しだ。君は私を愛し、私の子供を産めることを涙を流して喜ばねばならん。その魅力的な身体で私に奉仕して、私に快感を与え、私が褒美として与える精液を喜んで受け入れるのだ。まぁ、最初は反抗的でも面白いかも知れんな。どうせ肌を重ねるうちに私の虜になるのだから……」
 ゴリッ……という感触が、瀬奈の体内に広がった。グールーの拳が、正確に瀬奈の鳩尾に食い込んだのだ。
「ゔッぶ?!」と、瀬奈の口から聞いたことがないような悲鳴が漏れた。
 グールーのパンチは威力こそ強くはないものの、肥満体の身体を生かした体重を乗せた一撃は重いものだった。グールーは無防備に身体を開いた状態の瀬奈の鳩尾を正確に何発もえぐり込み、瀬奈の意識を途切れさせる寸前まで痛ぶる。息をつかせないようなタイミングで嬲り、効率的に瀬奈の意識を体外に弾き飛ばしていく。瀬奈がグロッキーになると、グールーは瀬奈の手足の拘束を解いた。崩れ落ちる瀬奈の身体を抱きかかえ、慣れた手つきで後ろ手に手錠を嵌めると、そのまま瀬奈の身体を肩に担ぎ上げてベッドの中央に放り投げる。滑らかな黒いシルクのシーツはまるで粘液に濡れているようにシャンデリアの淡い光を反射していて、瀬奈の身体をほとんど摩擦なくふわりと受け止めた。瀬奈は呻きながら、ぐらつく視界の隅でグールーが近づいて来るのをなす術なく見るしかなかった。
「さて……たっぷり可愛がってやろう」と言いながらグールーが瀬奈の近くに屈み込み、顔を覗き込んだ。「期待していいぞ。毎日違う女を抱いているうちに性技とスタミナが付いてきてな、今では一晩で最低六回は出来るようになったわ。ま、私が六回射精する間に女は何十回とイカされることになるから、最後の方になると全員泣き叫んで失神してしまう。人形を抱いているみたいでつまらんもんだ。それに私は一度抱いた女をもう一度抱くことはほとんど無い。可哀相に、私に抱かれた女はもう他の男では満足できなくなるから、いつもWISHで慰めることになる。君は幸せだぞ? 孕むまで何回でも私に抱いてもらえるんだからな」
「……一回だって、絶対に嫌」と、瀬奈は歯を食いしばってグールーを睨みつけた。
「ほっほ……まぁそう言うな。君が白眼を剥いてヨガリ狂うのが楽しみだよ」
「絶対にそんなこと……んむぅッ?!」
 グールーが獲物を襲う蛇のような素早さで瀬奈の唇を奪った。驚いている暇もなく、瀬奈の口内にグールーの粘ついた舌が侵入し、瀬奈の舌や口内を捕食する別の生き物のように蹂躙し始める。ブランデーの香りと生臭い唾液の味が頭蓋骨の中に充満し、頭がおかしくなりそうだった。
「んぶぅッ……! んむっ……んんんんん!!」
 瀬奈は必死に目を見開いて首を振って抵抗したが、グールーにがっしりと頭を押さえられて動けず、吸われるままに舌を吸われ、唇や唾液を味わわれた。
「んんむ……んふふふふ……ほれ……飲ませてやろう」
 グールーは口内で瀬奈と自分の唾液を混ぜ合わせると、舌で一気に瀬奈の口内に押し込んだ。ごぷッ……と瀬奈の口の端から唾液が溢れる。さらに唾液を押し込まれ、無理やりそれを嚥下するしかなかった。グールーは瀬奈の喉が鳴るのを満足げに聞くと、糸を引きながらようやく瀬奈の唇を解放した。
「んぶはぁぁぁ……ふぅ……なかなか美味かったぞ。どうだ? 愛し合う恋人同士のキスは? 他の男よりも濃厚だったろう?」
「あ……ぁ……私……こんな……」
「んん? なんだ、まさか初めてだったのか? そうかそうか! 私で女になれるとは、それは良かったな! はははは! 初物とは、ますます気に入ったぞ」
 グールーが放心して震えている瀬奈の唇を再び奪い、そのままベッドに押し倒した。瀬奈を押しつぶすようにのしかかり、必死に逃げる瀬奈の顔を両手で挟むように固定しながら、一回目よりも念入りに瀬奈の口を愛撫する。瀬奈はたまらずに涙を流しながら必死に口を閉じようとするが、グールーの太いナマコのようなおぞましい舌は、白魚の様な瀬奈の舌を逃さずに絡みついて締め上げた。瀬奈の舌は喉から抜かれるのではと思うほど強く吸引され、再び大量の唾液を流し込まれる。瀬奈はおぞましさに背中を泡立たせながら耐え、グールーが口を離すと同時にシーツの上に唾液を吐き出した。
「なんだその態度は……? まだ私を受け入れんと言うのか!?」
 さっきまでの余裕のあるグールーの顔つきが一気に険しくなり、仰向けになっている瀬奈の土手っ腹に力任せに拳を突き込んだ。
「ゔッぶぇぇ!? ごぶッ! ごぇッ! ゔッ?! ゔぇッ!!」
「誰に! 抱いて! もらえると! 思っとるんだ! えぇ?! クソが! クソアマが! 調子に! 乗るな! 私を! 拒否! するな!」
「がぶッ!? ぐぇッ! ゔぐッ! ごぇッ!」
 大きなベッドがギシギシと音を立てて軋み、ヒステリックに叫ぶグールーの声と瀬奈の悲鳴を後押しした。グールーは散々殴り終えると、肩で息をしながら瀬奈の上半身を起こしてベッドの上に座らせる。瀬奈は後ろ手に手錠を嵌められ、ダメージで膝が笑って立ち上がることができず、涙と唾液で濡れた顔で憎々しげにグールーを睨みつけことしかできない。
「ほぉ……まだそんな顔ができるのか。コイツを見ても同じ態度でいられるか見ものだな……」
 グールーがゆっくりと白いローブを脱ぐと、女性向けの黒いレースの下着が瀬奈の目の前に現れた。腹の肉が乗った小さい面積の下着は生地が破れそうなほど持ち上がり、かろうじて亀頭を隠しているだけで男性器の大部分が露出している。あまりのおぞましさに瀬奈の身体が強張った。グールーはもったいぶるように腰紐に手をかけると、ジリジリと瀬奈の顔の前で下着を下ろした。ある瞬間、ぶるんと弾かれるように勃起しきった男根が跳ね上がり、グールーの突き出た腹にバチンと音を立てて当たった。
「ひ、ひぃッ?!」と、瀬奈が悲鳴をあげた。傘がせり出した赤黒い男根はまるで凶悪な毒キノコのように見えた。瀬奈の想像よりも何割も増して太く長いそれは、強さを誇るように天井を向いて瀬奈を見下ろしている。
「ふふふふ……気に入ったかね?」と言いながら、グールーは自分の男根を瀬奈に見せつけるようにしごきあげた。男根はますますボリュームを増し、発する熱が瀬奈の顔にも届いている。「さて、この極太で君のをほじくりまくって、子宮の中まで精液漬けにしてやろう。まずは挨拶がわりにコイツをしゃぶってもらおう。フェラチオくらい知っているだろう? これから自分を失神するまで気持ちよくしてくれる魔羅だ。愛情を持って奉仕するんだぞ」
「で……できるわけないでしょ……こ、こんなの、無理……」と、瀬奈はカチカチと歯を鳴らしながら震える声で答えた。
「何が無理だ。最初は私が手伝ってやろう」
 グールーは瀬奈の頭を掴むと、強引に亀頭を瀬奈の唇に押し当てた。「いやぁッ!」と言いながら瀬奈が必死に顔を逸らす。
「大人しくせんか!」
「いやッ! やだぁッ!」
 グールーが右手を振り上げ、瀬奈の頬を張る。パァンと言う破裂音が響き、瀬奈は顔を横に向けたまま、虚を突かれたように動きが止まった。その隙にグールーは、半開きになった瀬奈の口に、強引に極限まで勃起した男根を突っ込んだ。
「ぶぐッ?! んむぅッ!? んぐうぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「歯を立てるな! また殴られたいのか?!」
 まるで肉の巻かれた熱した鉄棒を口の中にねじ込まれた感覚だった。瀬奈は今まで味わったことのない強烈な嫌悪感に全身に鳥肌が立ち、限界まで目を見開きながら首を振る。その度に瀬奈の歯が男根を擦り、グールーの眉が吊り上がった。
「んぶぅぅぅッ?! んぶッ! おぐぇぇッ!」
「えぇぃ、歯を立てるなと言っているだろうが!」
 グールーは瀬奈の口から男根を引き抜くと、激しくむせる瀬奈の髪を掴んで力任せに横顔を張った。両手を後ろ手に拘束されている瀬奈は当然ガードすることは出来ず、頬を貼られた衝撃で頭からベッドに倒れこんだ。グールーはすぐさま瀬奈の髪の毛を掴み、口に無理やり男根をねじ込むと、瀬奈の喉を突き破らん勢いで腰を打ち付けた。瀬奈が呼吸困難で白目を剥き始めると、一方的に男根を引き抜き、力任せに数発頬を張る。そしてまだ男根をねじ込む。何回も。何回も。
「むぐぅッ!? ごっ……ゔぐッ……ごえぇぇぇッ! ぷはぁッ! あ……ぎゃんッ! 痛ッ! やぶッ! やだッ! あ……んぐぅッ!?」
「誰に逆らっとるんだ?! ガキを孕むだけの穴袋の分際でフェラチオもまともに出来んとは、今ここで歯を全部ブチ抜いてやってもいいんだぞ!?」
「おえぇぇッ!? ぎゃあッ! あがッ!?」
 首がもげる程の勢いで何発も頬を張られ、瀬奈が勢いよくベッドに倒れた。グールーも肩で息をしながら、瀬奈の髪を掴んで引き起こした。瀬奈は涙と汗で顔をグシャグシャにしながらも、気丈な顔でグールーを睨む。
「まだ自分の立場がわからんのか? 私は拒まれるのが一番嫌いなんだ。おとなしく私を愛したほうが身のためだぞ?」
 瀬奈はグールーの男根に唾を吐いた。
 グールーの顔色が一気に変わり、張り手のように瀬奈の顔を正面から平手で打った。瀬奈はそのまま仰向けに倒れこむ。グールーは自ら腕立て伏せの体勢になると、脳震盪を起こしている瀬奈の口に杭を打ち込むように男根を突き入れた。何をされるか察した瀬奈は瞬時に顔色が真っ青になる。
「まったく、素直になっておればいいものを……。自分がただのチンポを擦るだけの穴だということ教えやろう」
 グールーが体重をかけて腰を瀬奈の顔に打ち付けると、ゴリュッ……という音とともに男根が喉奥まで一気に突き込まれた。「ゔぶぇッ!?」と、瀬奈の喉から蛙が潰れたような汚い音が漏れる。そのままズルズルと男根が引き抜かれると、再び杭を打ち込まれるように喉が犯された。男根の根元と隠毛が瀬奈の鼻に触れるたび、瀬奈の喉がボコボコと膨らむ。グールーは何の躊躇いもなく、通常の性交を行うように瀬奈の口にピストンを繰り返した。
「ぎゅぶぇッ!? えごろおぉぉぉぉぉっ?! ぼぎゅぇッ! ごげぶッ!!」
「吐くなよぉ……そのまま喉を締めてチンポを擦りあげろ」と、言いながらグールーが腰の動きを早めた。轢かれた猫のような悲鳴を上げる瀬奈のことなど何もかまわず、瀬奈の口と喉をモノのように扱って快楽を貪る。
「ぶぇぼごぇええ?! うぐげぁぁ!! ごろぇげぉおぐぇ!! ぎょぐゔぇぇぇえぇ?!!」
「おっほ! 痙攣してるのか? 良い締め付け具合だな……その調子だぞ」
 グールーは瀬奈の味わっている地獄のような苦痛など全く意に介さず、自らの快感だけを優先して瀬奈の喉壁を擦り上げていく。瀬奈は猛烈な吐き気と呼吸困難を同時に味わい、普段の彼女を知っている人間でも瀬奈だと判別がつかないほどの汚い声を漏らしながら、白目を剥いて全身を痙攣させた。そして、皮肉にもその痙攣は絶妙な快感をグールーに与えることになった。グールーの足がピンと伸びたまま浮き、全体重が瀬奈の顔にかかる。
「お……おぉ……いいぞ……おほッ! 出すぞ……精子出すぞ……一滴残らずありがたく飲むんだ……おほぉッ……おぉッ!」
「ごぶげっ……! ぐむぐぶぇッ……! ごッ……ぎょぼッ!? ごぶえぇぇぇぇ!!」
「おぉ……出る出る……止まらん……まだ出る……」
 グールーは瀬奈の喉の一番奥まで男根を突き込むと、まるで蛇口を捻ったかのように精液を一気に放出した。
 失神寸前だった瀬奈は喉奥という危険領域で大量の粘液をぶちまけられ、不幸にも瀬奈の脳は死ぬまいと身体中に覚醒を命じた。意識は一気に現実に引き戻され、瀬奈はクリアな状態で自分の喉奥で男根が脈打ちながら大量の生臭い粘液を放出している感覚を味わった。凄まじい嫌悪感に、瀬奈は今まで感じたことのない猛烈な嘔吐感に支配される。
「う……ゔぶ……ぶぎゅッ!? ぶべぇろろろろろろろろ……! おうげぇ……! げぼッ……!」
 グールーの男根が逆流してきた精液に押し返され、瀬奈の口から抜ける。瀬奈は痙攣して身悶えながら、白目を剥いて大量の精液を黒いシーツの上に吐き出した。グールーは嘔吐している瀬奈を蹴り飛ばし、瀬奈は悲鳴をあげながらベッドの上を転がった。
 瀬奈は仰向けに身体を開いた状態でひゅうひゅうと喉を鳴らして喘いでいる。視線は定まらず、身体は弛緩しきって小刻みに震えていた。グールーは瀬奈の緩みきった腹部を、体重をかけた足全体で容赦無く踏みつける。
「ぶッぎゅえッ!? うぶぇろろろろろ……」
「一滴残らず飲めと言っただろうが! 私の高貴な精液を汚い胃液まみれで吐き出しおって! そんなに吐きたいのなら好きなだけ吐かせてやる!」
 ごぢゅ、ごぢゅ、ごぢゅ……とグールーは気が触れたように瀬奈の腹を踏みつけた。その度に瀬奈の腹は痛々しく潰れ、ベットに沈没する様に身体がくの字に折れ曲がる。
「ぼぎょッ?! ごぶぇッ! べぐぉッ!」
 踏まれるたびに瀬奈の口から精液が噴水の様に吹き上がり、黒いシーツにシミを作った。
 部屋の温度と湿度が上がったため、自動調整された空調はフル稼働している。グールーは肩で息をしながらベッドから降り、バーカウンターから瓶に入った水を持って再びベッドに上がった。仁王立ちであおるように自分が水を飲み、そのまま口に含んだ水を瀬奈の口に押し込む。敵に口移しで水を飲まされるという屈辱は本来の瀬奈なら意地でも回避するはずだが、朦朧とする意識の中で噎(む)せながらも押し込まれた水をなんとか飲み込んだ。グールーはゴミの様に瓶をベッドの外に放った。

この作品はウニコーンさんに有償依頼をいただき、二次創作として製作したものです。
ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、ストーリーの大部分をお任せいただきました。
今後作品としてウニコーンさんが挿絵を付けて完全版として発売する予定ですが、今回私が書いた文章と制作中のイラストの掲載許可をいただきましたので、サンプルとしてお楽しみください。

第1話

第2話

第3話



 瀬奈がドアを潜ると、雰囲気が一変した。
 高価な伽羅香が焚かれているらしく、空気の重量が増したように感じた。天井の中心部分からは大型のシャンデリアが吊り下げられ、その周囲に埋め込まれたダウンライトが光の筋を床に落としている。壁には草食動物の頭骨が等間隔に飾られ、その下に埋め込まれた燭台がそれらを不気味に照らしていた。正面には簡素な祭壇のようなものが設えてあり、そこから出入り口に向かって木製の長机が伸びている。その長机の左右には向き合うように椅子が並んでいて、まるで広い会議室のようなレイアウトになっていた。
 雰囲気はアスカが言った通り教会のようだが、おそらく幹部達がグールーを交えて打ち合わせをする場所なのだろう。西洋式で調度品は高価なものを使っているようだが、ちぐはぐな印象が拭えず、雰囲気づくり以上の意味を汲み取れなかった。そもそも西洋系の教会が主に使う香は伽羅ではなく乳香である。
 瀬奈は祭壇に近づいてみた。
 杢の出たマホガニーの一枚板の小さなテーブル。その上には十字架も仏像も無く、二本の燭台の間に、キログラム原器のようなドーム型のガラス容器が置かれているだけだ。中には一握りの土と、干からびたエノキタケのようなものが入っていた。
「それには触れないほうがいい」と、瀬奈の背後で低い声がした。
 瀬奈が驚いて振り返ると、黒いローブを着た男が立っていた。元ボクサーの男と一緒にいた警備隊の男だ。入り口にはずっと注意を払っていたのに、どこから入ってきたのだろう。
「瀬奈さん……だったかな。私はサエグサという者だ。ここの警備隊長をしている。君が先ほど倒した男の上司みたいなものだ」と、男は落ち着いたよく通る声で言った。「それと、祭壇の上のそれはとても神聖なものでね。グールー以外、触れることを許されていないんだ」
「……これは何? それにグールーって……」と、瀬奈が言った。
「グールーは我々の指導者であり、この地上にWISHをもたらされた聖人だ。今でもその祭壇の奥の部屋で休まれている。ここはグールーのお言葉を聞き、その聖櫃の中に入っている『オリジン』を崇めるための聖域だ。オリジンは偉大なるグールーが発見されたWISHの原種でね、我々人類を未来永劫の救済に導く、奇跡の証なのだ」
「笑わせないで……この干からびた小さなキノコが救済だって言うの?」
「そうだ。WISHはその名の通り、人々の願いを具現化する効果があることは知っているだろう? 君が先ほど戦った元ボクサーの男……サジも、WISHに出会うまでは、それはそれは酷い状態だった。彼は確かに粗野な男だが、ボクシングにかける情熱に嘘は無かった。それまでは好きなように暴れて、人からは感謝されることよりも恨まれることの方が圧倒的に多かった人生が、ボクシングと出会ったことで目標が見つかったのだから。しかし、大切な試合前の厳しく辛い減量をこなす最中、彼に恨みを持っている人間にハメられた。試合前というタイミングを狙い、金で雇われた人間に理不尽な喧嘩を吹っ掛けられたんだ。まぁ、彼のそれまでの行いを鑑みれば、自業自得と言えなくもないが……。最初も彼は我慢していたようだが、もともと沸点が低い性格に減量中の鬱憤が重なり、絡んできた人間を返り討ちにしてしまった。もちろん試合は白紙になり、挙句プロ資格も剥奪され、彼は元の荒れた生活へと戻っていった。あちこちのヤクザや犯罪組織の用心棒をしながら、自らも犯罪まがいの行為を繰り返すようになってしまった。我々の組織に入るまではな」
「今と大して変わらないじゃない」と、瀬奈は身構えながら言った。
「断じて違う。我々『March Of The Pigs』は反社会的勢力ではなく、人々の救済を目的としている。サジも間接的とはいえ、MOTPを守ることで人類の救済の手助けをしているのだ。私も偉大なるグールーと出会い、このMOTPに入るまでは、彼と似たような生活をしていたから、よくわかる。もともと私は正規警察の機動隊だったが、その時の警察内部は腐敗しきっていた。今も大して変わらないだろうがな。当時から我々の部隊は、犯罪組織から金や女をあてがわれ、捜査の情報を外部に流す者が多かった……。そして、朱に染まれば赤くなると言う通り、私も似たようなことをして稼ぐようになった。世の中のためにと警察官になったはずなのに、常に心には矛盾を抱えていたよ。そのような中、MOTPに情報を横流しした際に、少しだけWISHを使わせてもらったんだ。WISHの奇跡は、それはそれは素晴らしい経験だったよ。そして、偉大なるグールーに謁見させていただき、人類救済というその崇高なお考えを知り、私はMOTPに協力するために、すぐに警察の職を辞した。私は警備隊を統べる幹部として迎えられ、そのすぐ後にサジが入ってきた。彼もWISHで、世界チャンピオンになる瞬間を何回でも味わっている。彼もまた、WISHに出会って救われたのだ。もちろん君の仲間のヤタベという男も、君が指切りをした工員の少年もな……」
「ふざけないで! 妄想の世界に逃げ込んで、なにが救いなのよ! 目が覚めたら虚しさしか残らない行為が救いだなんて間違ってる……。WISHのせいで幻覚と現実の区別がつかなくなって、錯乱して現実でも犯罪を犯してしまう人が後を絶たないのを知っているでしょう?! あんな小さな子供まで使って……あなた達は救済どころか、不幸な人を増やしているだけじゃない!」
「WISHの救済を受けていない者は、最初は皆そう言うのだ。怪しい薬物だ、所詮は麻薬だ、とね。少しは考えてもみたまえ……全ての人間に効く薬は存在しないし、ごく一部の副作用のせいで多大な効能を手放すのは愚かなことだ。そして、ここで働く子供達は全員虐待やいじめを経験し、居場所の無かった子供達だ。不登校や引きこもり、自殺未遂をした子だってたくさんいる。むしろ我々は彼らに場所と存在価値を提供しているのだ。君もWISHを使えばわかるはずだ」
 サエグサはローブのポケットから、透明なビニール袋に入った緑色の粉──WISHを取り出した。「特別に君にあげよう。一度WISHの救済を受けてみるといい。そして、我々に協力してほしい。君の戦闘力と耐久力は見せてもらった。まだ荒削りだが伸び代がある。警備隊の一員として、私の下で働く気はないかね?」
「全く無いわ」と、瀬奈はきっぱりと言った。
「……残念だな」とサエグサがゆっくりと身構えながら言った。
 室内の空気が更にずっしりと重くなるのを瀬奈は感じた。背中の皮膚ににピリピリとした感覚が駆け上がり、緊張を沈めるために瀬奈は大きく息を吐いた。サエグサはゆったりとしたローブを羽織っているが、それでも肩や腕が大きく発達していることがわかる。ナイフのような視線は、確かに危険な任務にあたる軍人や機動隊のそれだった。
 サエグサは長机の端を掴むと、まるで手についた汚れを振り払うように横に凪いだ。何十キロあるのかわからない長机はいとも簡単に横倒しになり、壁際まで滑っていく。瀬奈とサエグサの間にぽっかりと空間が広がった。瀬奈は素早く室内を見回す。机に巻き込まれなかった椅子が四脚。まだ障害物は多い。サエグサに力では敵うとは思わないし、正規警察が来るまでの時間稼ぎとして戦闘を長引かせることも必要になるから、遮蔽物が多いこの状況は瀬奈にとって有利だ。瀬奈は手近な椅子をサエグサに投げつけた。同時にポケットから取り出した試験管からアドレナリンを増やすガスを吸う。サエグサが椅子をガードすると同時に、瀬奈は側面に回り込んで脇腹を蹴った。ヒットアンドアウェイの戦法ですぐさま距離を取る。サエグサとの距離が……離れない。え? なんで、と瀬奈が思った瞬間。目の前が暗転した。柔らかい布の感触。サエグサの脱いだローブが、瀬奈の頭から被せられていた。
「動きは悪くないが、やはりまだまだ荒削りだ」
 ぐずん……という衝撃と圧迫感が、瀬奈の腹部から全身に広がった。
「ぐっぷ?!」と、瀬奈の口から濁った音が漏れる。ローブがはらりと瀬奈の頭から落ちると、瞳の焦点が定まらず、ブロワを止められた水槽の中にいる金魚のように口を開けている瀬奈の顔が現れた。
「え……げぼっ……」
「ほう、耐衝撃繊維か。しかもかなり質が良いな。圧迫以外の感覚があまり無いだろう」
 サエグサは瀬奈の背中に手を回すと、力任せに拳を瀬奈の腹に押し込んだ。ものすごい力で瀬奈の柔らかい腹部を掻き分け、拳の先が背骨に触れる。
「ぎゅぶぇッ?!」と、瀬奈が身体を跳ねさせた瞬間、サエグサは拳を上に捻じ上げた。鳩尾を内部から押しつぶさえれ、喉の奥に石を詰め込まれた様な感覚に陥る。「えぶッ?! ぐ……ごぇあぁぁぁぁ!」
 べしゃりと瀬奈の身体が床に崩れる。汚い音を立てながら嘔吐き、身体が震えてコントロール不能に陥った。
「ふむ、ここまで力を入れてもこの程度しか押し込めないとは。本当に良いスーツだ」と、サエグサは無様な声を上げて苦しむ瀬奈を見下しながら、顎に手を当てて努めて冷静に分析している。「どうだろう、気は変わったかね? 不必要な暴力を振るうのは趣味ではないんだ。できれば降参してもらえれば、私としてもありがたいのだが」
 うずくまりながら、レベルが違い過ぎると瀬奈は思った。今まで何回も突入任務をこなし、それなりの敵とも対峙してきた。危ない目には何回も遭ったが、厳しい鍛錬の成果や仲間のサポートでいずれもくぐり抜けてきたのに……。だが、今回は逃げるわけにはいかなかった。アスカが身を呈して自分を守ってくれた。今度は自分がアスカを守る番だ。
 瀬奈は笑っている膝を抑えながら、よろよろと立ち上がった。肩で息をしながら、格闘の構えをとる。時間だけでも稼がなけ──。
 どぶり……という衝撃が瀬奈の鳩尾に響いた。
 瀬奈が思考している最中、サエグサが瞬間移動のように瀬奈の正面に移動し、瀬奈の鳩尾を奥深くまで正確に貫いたのだ。
「ひゅごッ?!」
 突然襲って来た衝撃に、瀬奈の身体が糸が切れた人形のように崩れ落ちる。サエグサは土下座をしているような格好の瀬奈の奥襟を掴み、そのまま軽々と瀬奈の身体を持ち上げた。瀬奈の足が地面から浮く。
「うっ……ぐ……ああぁッ!」
「グールーに会わせよう。その前に、粗相をしないように教育をしなければいかんな……」
 サエグサは瀬奈の首元のジッパーを掴むと、一気に下半身まで引き下ろした。スーツの前部分がはだけ、弾けるように瀬奈の大きな胸と、適度に筋肉がついた腹部が露わになる。サエグサは瀬奈のスーツを大きく広げ、上半身を自分に向かって無防備に開かせた。瀬奈の汗ばんだ滑らかな肌が現れ、サエグサは目を細める。
「う……嘘でしょ……?」
 瀬奈は歯をカチカチと鳴らしながら、力無く首を振った。これから自分が何をされるのか想像し、顔から血の気が引く。身体はまだまともに動かない。
 次の瞬間、ぐずり……という音とともに瀬奈の土手っ腹は潰された。耐衝撃性スーツに守られていない滑らかな肌を巻き込んで、サエグサの鈍器の様な拳は瀬奈のはらわたを掻き分け、奥深くまでめり込んだ。
「ごびゅぅッ?! ぐぷッ……ぐ……ぐぶえぇぇえぁぁ!!」
 まるで大型トラックがぶつかった様な衝撃だった。今まで格闘訓練で腹を殴られたことは何回もあったが、ここまでの衝撃は受けたことがない。たった一撃で瀬奈の胃は無残に潰れ、意識は脳外にはじき出された。
「げぉッ?! げッ……ぐげぁっ……」と、瀬奈は限界まで舌を出し、白目を剥いたまま唾液を撒き散らかして喘いだ。普段の明るく綺麗な顔は無残に崩れ、瀬奈と親しい者が見たら失神しそうなほどの醜態をサエグサに晒している。
「おっと……少し強かったか?」と、サエグサは何ともなしに瀬奈に聞いたが、それに答える余裕はもちろん瀬奈には無い。「これくらいなら耐えられるか?」
 ぱん、ぱん、ぱん、ぱん……と、乾いた音が室内に響く。瀬奈の何にも守られていない下腹部、胃、みぞおちに、まるで一定のリズムを刻むように連続で拳が突き込まれ、その場所が深く痛々しく陥没した。
「ゔッ?! ゔぶッ! げゔッ! ごッ!? ぶふッ! がッ?! ごぶッ?! ぐッ! あぐッ! あッ! あぁッ! ゔああぁぁぁぁぁッ!」
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 呼吸をする暇もないほどの連打に、瀬奈は身体を反らせて悶えた。サエグサは的確に殴る場所を変え、最もダメージがあるように瀬奈の腹を嬲る。瀬奈は胃液と涎と涙を撒き散らしながら、吊るされたサンドバッグのように力なく揺れた。
 死ぬ。
 殺される。
 明確な死の恐怖が瀬奈の脳内を駆け巡る。
 どぶぅッ! という音と共に、瀬奈の身体が海老の様にくの字に折れた。
 サエグサのは瀬奈の奥襟を放して、正確に瀬奈のヘソのあたりを貫いた。意識が朦朧としていた瀬奈は腹筋を固めることも出来ず、その衝撃の全てを受け入れるしかなかった。瀬奈の身体は後方にロケットの様に吹っ飛び、背中を壁に激突させて、派手な音を立てて床に倒れた。壁にかかっている頭骨が衝撃で瀬奈の近くに砕け落ち、瀬奈の身体に降り注ぐ。
「がッ……?! おッ……?! がぶッ……!」
 瀬奈は両手で潰れた腹を押さえて、白目を剥きながら芋虫の様に身体を捩った。意識はすでに途切れかけていて、暗幕が降りる様に視界が狭くなる。音が遠くなり、失神する瞬間、微かにキノコの様な匂いを感じた。

「ちょっとお姉ちゃん! いつまで寝てるの?!」
 突然身体の上に重石を乗せられたような感覚があり、瀬奈は「ぐぇっ」と呻きがなら目を覚ました。羽布団をはねのけて体を起こすと、漬物石がゴトンと床に落ちる。どうやら本当に重石を身体の上に乗せられたらしい。寝ぼけた目で正面を見ると、黒髪をセミロングに伸ばした女の子が腰に手を当てて瀬奈を睨んでいる。
「佳奈?!」と、瀬奈が驚いて声をかけた。
「なに言ってんの? お姉ちゃんまだ寝ぼけてるでしょ? もう、片付かないから早く顔洗って朝ごはん食べちゃってよ」
 それだけ言うと、佳奈はパタパタとスリッパの音を立ててダイニングに引っ込んでいった。太陽はすっかり登っていて、ベッドサイドの時計は九時三十分を指している。少し開いた窓からは爽やかな風が部屋の中に流れ込み、瀬奈の頬を優しく撫でていた。
 瀬奈は洗面所に移動して、うがいと洗顔を済ませてから鏡で自分の顔を見た。血色もよく、肌も荒れていない。なぜ佳奈がここにいるのだろう。佳奈は瀬奈のたった一人の妹で、二年ほど前に行方不明になってから、手がかりが全く無かったはずだ。ここは自分が一人暮らしをしているマンションだが、なぜ行方不明になった佳奈がエプロンを着けて自分を起こしに来たのだろう。確かMOTPのアジトに潜入して、サエグサと交戦して……どうなったんだっけ……? 
 瀬奈がダイニングに入ると、佳奈がペーパードリップでコーヒーを淹れながら、背中越しに「なんで私がここにいるのか……って思ってるんでしょ?」と言った。瀬奈はそれには答えず、ダイニングの椅子に腰を下ろした。佳奈はテーブルに自分と瀬奈の分のコーヒーカップを置くと、瀬奈の前にだけトーストとサラダ、焼いたベーコンとオムレツが乗った皿を置いた。よく磨かれたナイフとフォークも用意されている。理想的な朝食だ。瀬奈の胃が、早くよこせと脳に指令を出している。
 佳奈は瀬奈の正面に座ると、コーヒーを飲みながら瀬奈の胸元を指差した。瀬奈の着ているライトブルーのパジャマが、首から胸にかけて水に濡れて色が変わっている。
「お姉ちゃん、相変わらず顔洗うの下手だよね。子供の頃から全然変わってない」と、佳奈が言った。
「あの……」
「早く食べちゃって」
「……はい」
 完全に主導権を握られている、と瀬奈はサラダを口に入れながら思った。佳奈は申し訳なさそうに食べている瀬奈をジト目で見ながら、椅子に横向きに座り、足を組んでコーヒーを飲んでいる。
「さっきの話だけど」と、佳奈が言った。「お姉ちゃん、なにも気にしなくていいからね。ちょっと混乱してるだけで、もう全部解決してるから」
「……解決?」と、瀬奈がトーストを齧る手を止めて言った。
「そう。一時的なショック状態なんだって。この前の任務が結構大変だったみたいで、ちょっとだけ記憶が混乱しているみたいなの。なんで私がここにいるのかってもう十回くらい聞かれてるから。たぶん今日も聞く気でしょ?」
 瀬奈は黙って頷いた。記憶が混乱?
「今は無理に思い出さないほうがいいよ……」と佳奈が言った。
「でも私は任務で、ある組織に潜入していて……。佳奈だって、ずっと行方不明だったはず……」
「だーかーら、それもお姉ちゃんの記憶がごちゃまぜになってるだけなの。私は見ての通り無事で、この通り元気だから」
「そう……なんだ。でも、任務はどうなったの?」
「それも全部終わったの。お姉ちゃんが気にすることなんてなにも無いんだから。全部元どおりで、誰も不幸になんてなっていないの。ねぇ、そんなことよりも、朝ごはんを食べ終わったら散歩にでも行かない?」
「……うん。行く」と言いながら、瀬奈はベーコンを口に運んだ。良い感じの生焼け具合だ。
「じゃあ決まりね」と言いながら、佳奈は瀬奈の背後に回って両肩に手を置いた。ふわりと柔らかく、懐かしい香りがした。「ねぇ、ゆっくりでいいからね。お姉ちゃんは昔から頑張りすぎちゃうから、たまには息抜きしたって誰もなにも言わないから……。これからは自由に生きていいんだよ? 今までよく頑張ったよね。お姉ちゃん本当はすごく優しいのに、無理して頑張って、危険な任務をしてさ……。私がいなくて寂しい思いもさせちゃったし、本当にごめんね。今はゆっくり休んで、一緒に楽しいことをいっぱいしよ?」
 じわりと、瀬奈の目に涙がせり上がってきた。胸が締め付けられ、喉の奥が締まり、瀬奈は無言で椅子から立ち上がって佳奈をきつく抱きしめた。
 ずっと、瀬奈が望んでいたこと。
 佳奈……と瀬奈が言うと、佳奈は瀬奈の背中に手を回した。
「お姉ちゃん……この流れも五回目くらいだからね」と、笑う佳奈の目にも涙が浮かんでいる。
「ごめんね……佳奈……ごめん……」と言いながら、瀬奈がきつく目を瞑る。閉じた瞼の間から涙が頬を伝った。
「いいんだよ……これからはずっと一緒にいようね。お姉ちゃ……」
 瀬奈がハッと気がつくと、赤黒い絨毯が目に入った。戸惑いながら周囲を見回すと、そこは高級ホテルのスイートルームのような部屋だった。漆喰で塗り固められた高い天井からはバカラのシャンデリアが下がり、壁は上質なマホガニーが贅沢に使われている。部屋には礼拝堂と同じく伽羅が焚かれ、中央には四人が寝てもまだ余るような大きさの豪奢なベッドが置かれていた。枕やシーツは全て光沢のある黒いシーツで、シワひとつ無く完璧にベッドメイクされている。当然だが自分のマンションでもなく、佳奈の姿も無い。
「えっ……え……?」と、瀬奈が周囲を見回しながら戸惑う。身体に違和感があり、ほとんど自由に動かない。見ると、瀬奈は壁にはめ殺しになったX型の拘束具に両手両足を固定されていた。ボディスーツは脱がされ、下着のみを身につけた状態で磔になっていた。
「なに……これ……?」
「お試し期間は終了だ」
 サエグサが瀬名の近くに置かれたソファに座ったまま、無機質な声で言った。サエグサは瀬奈を見ず、膝の上で組んだ自分の手を珍しい部品を点検するように角度を変えて見ている。
 サエグサは言った。「どうかな? 君のWISH(願い)は叶ったかな? 叶ったのだろう? 何を見て、何を体験したのかは私にはわからない。だが、おそらく君が望み、真実であってほしいと常日頃願っているものが具現化したはずだ。そうだろう?」
「……佳奈? 佳奈は……どこ?」と、瀬奈は首を振りながら、呆けたようにサエグサに言った。手にはまだ佳奈の髪の感触が残っている。
「佳奈? ああ、失踪している君の妹の名前だったな。残念ながら、我々はなにも知らん。WISHが君の願いを叶えただけだ」
「なに……それ……? 幻だったの……?」
「幻ではない。現実だ。君にとってのな……。使ったWISHの量は通常の三分の一程度。正規の量を使えば、最後まで幸せな『現実』に浸ることが出来るぞ」
 部屋の奥から低い笑い声が聞こえた。瀬奈が視線を向ける。部屋の奥に蝋燭の灯がともり、玉座の様な椅子に座った男の姿が浮かび上がった。サエグサが訓練された軍人のようにソファから立ち上がり、定規で測ったように玉座に向かって頭を下げる。玉座の男はでっぷりとした肥満体で背が低く、髪を剃り上げていて顔色も悪い。年齢は五十歳を過ぎているだろうか。男の着ている光沢のある白いローブが、血色の悪い顔と突き出た腹を悪い意味で目立たせていた。玉座は床から一段高い位置にあり、足元には踏み台の代わりに、がっしりとした男が四つん這いになっていた。屈辱的な姿の男はビキニのような黒い下着を履き、首輪から伸びるリードの先を玉座の男が握っている。瀬奈がよく見ると、その四つん這いの男はサジだった。玉座の男が難儀そうに立ち上がって、サジの背中を踏みつけて床に降りる。踏まれた時、サジは「ぐっ」と苦しげな声を漏らした。
 瀬奈は理解が追いつかず、黙って首を横に振った。男が床に降りて瀬奈に近づくと、リードを引かれたサジが悪さをした犬の様に四つん這のまま着いてくる。
「説明も無しにすまなかったね。見ての通り、ここは私の寝室だ。自分の部屋だと思ってくつろいでもらって構わないよ。ま、その格好じゃ難しいとは思うがね」
 男は下着姿で拘束されている瀬奈を見ながら低い声で笑った。「初めてのWISHはどうだったかな? WISHの正しい効果を知ってもらうためには体験してもらうことが一番早いと思って、サエグサに命じて使ってもらった。WISHは刺激が強すぎるから、初めて体験した時は、最初はみんな君のように戸惑う。あとは素晴らしい現実として受け入れるか、くだらない幻だと否定するかの二択しかない」
 男は鷹揚に両手を広げて見せた。口元は笑みを浮かべているが、目は全く笑っていなかった。
「あなたが……グールー?」と、瀬奈が言った。目の前の男は、お世辞にも高尚な人物だとは思えなかった。怠惰な生活が体型に出ていて、顔つきにも精悍さが無く、駄々っ子がそのまま大きくなったような、どことなく子供っぽい印象があった。

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この作品はウニコーンさんに有償依頼をいただき、二次創作として製作したものです。
ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、ストーリーをお任せいただいたので、かなりの部分を好き勝手に書くことができました。
今後作品としてウニコーンさんが挿絵を付けて完全版として発売する予定ですが、今回私が書いた文章と制作中のイラストの掲載許可をいただきましたので、予告編としてぜひお楽しみください。


第1話

第2話


 ドアの外は通路になっていて、左右のドアには倉庫や食堂、ロッカールームといったプレートが貼ってあった。一般企業の工場となんら変わらない。このようなクリーンな環境で恐ろしい薬物が作られているのかと思うとゾッとした。途中、木製の大きな左右開きの自動ドアがあった。自動ドア横の端末は小林が持っていたカードと同じ赤色の端末が嵌め込まれている。瀬奈がカードを端末にかざして自動ドアを開けると、中はエレベーターホールになっていた。壁や床が工場エリアのような白い樹脂ではなく、濃いブラウンの板張りと赤黒い絨毯になっており、雰囲気がかなり違っている。ここから幹部エリアになるのだろう。
 エレベーターに乗りながら、はたして勝機はあるのだろうかと瀬奈は考えた。仲間の多くが倒れ、もはや瀬奈しか残っていない可能性が高い。正規警察もこちらに向かっているだろうが、様々な利権が絡み合って腰が重く、到着はいつになるのかわからない。確かな方法としては、グールーと呼ばれているボスを人質にとることだ。自分一人で多数の敵を全滅させるのは荷が重すぎるし、アスカと戦闘した男達を見るに、敵の戦力もかなり高い。男の子の話だと、グールーは未だにこの場所に留まっているらしい。よほどの自信家か、下手に逃げ回るよりは自ら雇った警護隊に守られていたほうが安全という考えなのだろう。トップを人質にとることができれば、敵も迂闊に手を出せないはずだ。その間に正規警察の到着を待つ。悪くない作戦というよりかは、これしかないという状況だが、闇雲に動くよりはマシだ。
 エレベーターを出て廊下を進むと、狭いロビーに出た。天井は高く、応接のための小部屋も複数見える。簡単な打ち合わせのためのスペースのようだ。床には埃一つ落ちていない。観葉植物が倒れている以外は清潔で、不気味なほど臭いも音も無い。奥の扉にも赤いカードリーダーが付いていたので、瀬奈はカードキーをかざした。高い電子音と共にドアが解錠される。
 ドアの先は広い空間だった。フットサルコートを半分にしたような広さで、床は長いこと磨き続けられた船のデッキのように黒光りしたフローリング。壁は鏡面磨きされた鉱物のようで、険しい顔をして立っている瀬奈の顔を鏡のように反射していた。壁と同じ黒い鉱物で作られた受付カウンターがあって、奥には椅子が二脚置かれている。
 瀬奈はロビーの中央に立って周囲を見渡した。壁の間から暖かい光の間接照明が効果的に使われ、安心感と、ある種の威圧感を与えるようなインテリアにまとめられている。受付カウンターの奥の壁には「I give you all that you want(あなたが欲しがるものは全て与える)」と彫られていた。ロビーの奥には数台のエレベーターがあって、地上のどこかから、このエリアに直通で来られるようだ。外部からMOTPと接触を図るときの正規のルートなのだろう。誰にも顔を合わせず、入口を知っている顧客のみがこのエリアに来ることができる。まるで一流企業の受付だ。本当にここは麻薬組織なのか、と瀬奈は思った。先ほどの工場といい、整い過ぎた空間に瀬奈は戸惑った。
 そうだ、このMOTPは全てが整い過ぎている。この掃除が行き届いたロビーで、昨日までWISHの取引が行われていたのだろうか。それは一般的な麻薬取引のイメージとは違ったのだろう。たとえば雨の降る路地裏で、虚ろな目をした売人同士が咥えタバコのまま、刺青の入った手でくしゃくしゃの紙幣とパッキングされた麻薬を交換するのとは対極の、極めてビジネスライクな取引だったのかもしれない。上等なスーツを着た顧客がエレベーターを降りて受付に歩いてくる。受付担当は名乗らずともその顔を覚えているから、顧客が名前を告げる前に担当者に連絡を入れる。部屋の奥からMOTPの担当者が現れ(おそらく担当も上等なスーツを着ている)、顧客を促して個室に招く。二人は二流のビジネスマンのように無駄な世間話をすることも、ブラフのために言葉に感情を込めることもなく、極めて事務的に取引額と物量を決め、手配を済ませる。次回の約束を取り付けて、握手をしてロビーで別れる。
 整い過ぎているのだ。
 まるで何かを隠すかのように。
 突然、ロビーの奥で女性の悲鳴が聞こえた。瀬奈からは死角になっている通路の奥だ。瀬奈は声のする方に走り、慎重に通路を覗き込んだ。通路の左右にはいくつかのドアがあり、右手奥のドアがひとつだけ開いていた。廊下には微かな臭気が漂っている。汗とアルコールの臭いだ。
 突然、奥の開いたドアから放り出されるように人が出てきた。瀬奈がとっさに身構える。飛び出した人は全裸の女性で、ドアの向かいにある壁に激突して動かなくなった。瀬奈の背筋にゾッとした冷たいものが流れた。見覚えがある。女性は全身に酷く殴られた痕があり、だらしなく開いた股間からは血の混じった白い液体がドロリと垂れていた。想像したくないほど酷い目に遭ったのだろう。嫌な予感がして、瀬奈は喉の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。目を凝らす。間違いない。瀬奈を庇うために男達に戦いを挑んだ、アスカだった。
 言葉を失っていると、開いたドアの中から男がヌッと出てきた。瀬奈の身体が硬直する。男は盛りあがった筋肉ではち切れそうになった白いTシャツに、黒いボクサーブリーフしか身につけていなかった。栽培室で会った二人組の片割れでサジと呼ばれていた男だ。サジは薄ら笑いを浮かべながら、薬物中毒者特有のドロリとした視線を瀬奈に向けている。少し前に何かの薬物を摂取したのだろう。サジはまるで数年来の友人に会った時のように「よぉ」と瀬奈に言った。缶ビールの缶を片手に持ち、咥えていたタバコを絨毯の上に捨てて足で揉み消す。
「モニターでずっと見てたけどよ、来るの遅すぎだろお前? え? 下っ端のガキと呑気に話してる暇があるならコイツ助けに来てやれよ。おかげでアスカちゃんにだいぶ無理させちまったぜ」
 サジは缶ビールの中身をアスカの身体にかけながら続けた。「それにしてもコイツ、お人好しもいいとこだな。お前逃がすために格好つけたらしいが、足くじいててまともに戦える状態じゃなかったぜ。ぬるいパンチばかり出すからムカついて、腹パン一発で失神させてやった。暇だったから、縛りつけて腹殴りまくって胃の中身空にしてやった後、マンコ使い物にならなくなるまで犯しちまったぜ。しかも俺が初めてのお客さんだったらしくてな、ブチ込む前に俺の極太にビビりまくって、真っ青になった顔は傑作だったぜ。ま、ビビってたのは最初だけで、すぐにヒイヒイ喘がせてアヘ顔晒させてやったけどな。全部お前のせいだぞ?」
「ふ、ふざけないで! よくもこんな……!」
「テメェが尻尾巻いてコイツ放って逃げたからだろうが? え? 違うのかよ? あのままお前も一緒に残ればコイツも少しはマシに闘えたかもしれねぇだろ? まぁ安心しな、お前もすぐにアスカちゃんと横並べにして、仲良くお友達レイプしてやるよ」
 サジは缶ビールを口に含む。その隙に瀬奈は重心を低くしてサジに向かって走った。瀬奈はサジから視線を外さないまま、太もものポケットに忍ばせていた試験管の中身を一息に吸った。戦闘に備えて組織から支給されている、アドレナリンの分泌を促進する即効性のガスだ。出し惜しみすることなく、最初の戦闘でも使っておくべきだったのだ。サジの手の内は見えている。ショッキングな言葉と光景を並べて動揺を誘っているだけだ。一瞬流されそうになったが、冷静さを失ってはこちらの負けだ。
 サジは瀬奈のタックルを受けてよろけた。サジは「テメェ!」と叫び、体勢を崩したまま瀬奈に殴りかかる。瀬奈は体勢を低く保ったまま躱し、金属プレートの付いた手袋をはめた拳でサジの顎を薙ぐ。サジの体勢がさらに崩れ、缶ビールが床に落ちた。サジは倒れず、無理やりの体勢で瀬奈の肩に手刀を落とす。瀬奈は呻き、肩を押さえたまま一旦距離を取った。耐衝撃性のボディスーツの上からでもこの威力とは、まともに食らったら骨折は免れないだろう。
 サジの顔からは余裕そうな雰囲気は無くなっていた。憎々しげな表情で倒れているアスカを蹴って傍にどけると、足を前後に開き、拳を目の高さにして構えた。綺麗なボクシングのファイトスタンスだ。
「遊んでやるかと思えばいい気になりやがって……。俺はプロのリングに上がっていたんだぞ?」
「だから何なの? 落ちぶれてこんな所でチンピラやってるんだから、大した成績残せなかったんでしょ?」
「ああそうだな。だが弱かったわけじゃねぇぜ。これでもデビューしてから、格上相手に何回もKO勝ちして、結構期待されていたんだ。リング外で相手を病院送りにして追放されちまったがな。ナメやがって……ホンモノのパンチを喰らいやがれ!」
 サジは身体を左右に振りながら瀬名との距離を詰める。瀬奈が後ずさると、少し遅れて目に見えないようなジャブが飛んできた。当たりはしなかったが、凄まじい風圧が瀬奈の顔を通過する。廊下は狭い。瀬奈はバックステップで受付のあるロビーまで戻った。サジが追う。瀬奈は一定の距離を保ってチャンスを待ったが、サジのフットワークは大きな身体にわりに軽快で、一瞬の油断ですぐに距離を詰められそうだった。サジの高速ジャブが何回も放たれ、瀬奈の髪を揺らす。一発でも喰らったら昏倒して、たちまちサンドバッグにされてしまうだろう。しばらく付かず離れずの攻防が続いた後、瀬奈はサジの張り詰めた雰囲気が一瞬緩むのを感じた。その隙に瀬奈はサジの足元に飛び込んだ。サジは反応しきれず、瀬奈に両足を取られて床に背中を打った。サジが呻く。瀬奈はすぐさまサジに馬乗りになり、渾身の力でサジの顎を殴った。サジの顔が跳ね上がる。瀬奈は腕を交差させてサジの首からTシャツの奥襟を掴み、身体を密着させるように体重をかけて頚動脈を圧迫した。
「ボクシングには、タックルも絞め技も無いでしょ!」と瀬奈が叫んだ。
 瀬奈の顔の近くで、サジの顔が目を見開いたまま瞬く間に紅潮する。あと三十秒もすれば意識が飛ぶはずだ。サジは身を捩りながら密着した瀬奈の身体を引き剥がそうと、瀬奈の両肩を力づくで押す。瀬奈も必死にしがみ付こうと歯を食いしばって腕に力を込める。瀬奈の小さな頭がサジの眼下で震え、髪の毛からは甘い匂いが漂ってきた。サジは咄嗟に肩から手を離し、僅かにできた隙間に手を入れて、瀬奈の胸を鷲掴みにした。サジの指が柔肉に埋まり、そのままグニグニと指を動かす。瀬奈の身体は突然の刺激にビクッと跳ね、込めていた力が一瞬緩んだ。その隙にサジは瀬奈の身体を引き離し、なおかつ瀬奈が逃げないように両手首を掴んだ。
「クソが……もう少しでイっちまう所だったぜ」
 サジが激しく噎(む)せながら言った。瀬奈は暴れてサジの手を振りほどこうとするが、力では勝てるはずがない。サジは瀬奈の両手首を引っ張って自分に倒れこませると同時に、その土手っ腹に手加減の全く無い右ストレートをぶち込んだ。倒れこむ途中だった瀬奈の身体が、突っかい棒を打ち込まれたように急停止する。
「ひゅぐぅッ?! ぐ……ぇ……?」と、瀬奈は身体の中の空気を吐き出した。一瞬自分に何が起きたのかわからなかった。恐る恐る視線を下に移すと、サジの拳が耐衝撃性のスーツを巻き込んで、自分のヘソ周辺の肉を巻き込んだまま手首まで陥没していた。「あ……う……うッぶ?! ぶッぐあぁぁぁ!」
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 溜まったマグマが噴出するかの様に、この世のものとは思えない苦痛が瀬奈を襲った。サジに跨ったまま瀬奈の上体がくの字に折れる。
「オラオラ、次は俺がイかせてやるよ。良い声で喘げよクソアマ!」
 サジが連続で右の拳を瀬奈の腹に埋めた。ぼちゅん、ぼちゅん、ぼちゅんと水っぽい音を立てて拳が突き込まれるたびに、瀬奈の身体は電気ショックを受けたように跳ね、吐き出された唾液が仰向けに寝ているサジの身体に降り注ぐ。サジはガード出来ないように瀬奈の手首を押さえたまま、へそや下腹のあたりを執拗に殴り続け、最後に硬い音を立てて瀬奈の鳩尾を貫いた。「おごッ?!」と瀬奈が鋭い悲鳴を上げ、全身の力が抜けてたまらずにサジに倒れこむ。
「へへ……騎乗位でガン突きしてるみてぇだな」とサジは言いながら瀬奈の腰を掴み、布越しに勃起した男性器を瀬奈の股間に押し当てた。ゴリっとした硬いものを感じ、瀬奈の身体が強張る。「すぐにコイツをブチ込んでやるよ。アスカちゃんよりもエロい身体しやがって……俺の女になれば悪いようにはしねぇぜ? その代わり、毎日俺のチンポの相手をしてもらうけどな」
「げほッ……ほんと……? 許して……くれるの?」と、瀬奈が肩で息をしながら力の無い声で言った。重いダメージで涙を浮かべたまま、上目遣いでサジと視線を合わせる。「もう……殴らないでくれる……?」
「あぁ……俺は殴るよりも、普通のセックスの方が好きだからな。お前、可愛い顔も出来んじゃねぇか……名前はなんて言うんだよ?」
「瀬奈……あなたは……?」と言いながら瀬奈はゆっくりと上体を移動させて、仰向けになったサジの顔を真上から見下ろす。
「俺か? この後ベッドの中で教えてやるよ……」
「……いじわる」
 少しの沈黙の後、瀬奈がサジに顔を近づける。サジが僅かに唇を突き出した。
 ぐしゃりと音がして、瀬奈の頭がサジの顔に埋まった。瀬奈の額がサジの鼻を押し潰し、鮮血が散る。サジは悲鳴をあげて瀬奈の身体を突き飛ばす。その隙に瀬奈は後方に飛び退いた。
 瀬奈は腹をおさえ、肩で息をしながら言った。「耐衝撃スーツ着ていてもこの威力なんて……プロだったというのは本当みたいね。三分で集中力が切れることも含めてだけど……」
「テメェ……」と、サジが鼻を押さえながら言った。「ハニートラップなんか仕掛けやがって……優しくしてやろうと思ったが、もう容赦しねぇからな」
「口を開くたびに脅しと恫喝……そうやっていつも自分よりも弱い人間をねじ伏せてきたんでしょ?」
「だから何だ?」
「別に……哀れだと思っただけよ」
 瀬奈はサジの周囲を距離をとったままゆっくりと回りはじめた。サジもファイティングポーズをとったままステップを踏む。
 サジはゆらゆらと身体を揺すりながら瀬奈との距離を縮める。瀬奈は距離を取りながらタイミングを待っている。サジがイライラして、焦れば焦るほど良い。三分間という時間の区切りは、ボクサーにとっては本能のように身体に染み付く。サジのそれも、それほど真面目にボクシングの練習をしていた証拠だ。ルールの中で窮屈な思いをしながらも、目指すものがあったのだろう。こんな暗い地下の底で用心棒などしておらず、リングの上で喝采を浴びた未来もあったのかもしれない。
 ふっ、とサジの身体から緊張の糸が切れた。今だ。瀬奈は太ももの隠しポケットからウズラの卵のような形をした礫(つぶて)を取り出して、サジの足元に放った。それが足元で割れると、中から大量のワイヤーが飛び出してサジの足に絡みついた。
「うおッ?! 何だこりゃあ!」とサジが叫びながら倒れる。瀬奈はサジに向かって走った。サジは膝立ちのまま憎々しげに歯を食いしばり、ファイティングポーズを取る。一か八かの賭けだった。サジのカウンターが決まったら、瀬奈はひとたまりもない。
 サジの背後に動くものが見えた。
 瀬奈は走りながら目を凝らした。
 何かがサジの背後に近づき、そのまま抱きついた。
 サジが驚愕する。
 アスカだ。
 アスカが背後から羽交い締めにしている。
 てめぇ! とサジが叫んだ。
 サジの腕が開き、ガードが解かれる。
 瀬奈はさらに加速して、ベストなタイミングで地面を蹴った。
「あああああああああッ!!」
 瀬奈は気合いとともにサジの髪の毛を掴むと、サジの顔面に渾身の力で膝をぶつけた。
 鈍い音と共にサジの顔が後方に折れる。瀬奈は勢い余って、受け身も取れずに前方に転がった。
 振り向くと、サジは大の字に倒れたまま失神していた。傍らには怯えた様子のアスカが座り込んでいる。瀬奈は反射的に立ち上がってアスカに駆け寄った。
「だ……大丈夫……」と、アスカは虚ろな視線を床に向けながら、震える声で言った。「大丈夫よ……私は大丈夫。これくらい……想定内だから……」
「なに言ってるんですか……。ごめんなさい……私が……私が弱いばっかりに……」と、言いながら瀬奈はアスカを抱きしめた。アスカの身体がビクリと跳ねる。想像を絶するほど酷い目にあったはずなのに、逃げずに瀬奈を助けるために加勢するなんて、どれほど怖かったのだろう。胸が締め付けられ、ただ抱きしめることしかできない自分が歯がゆかった。
「あの扉の先……」と、アスカが廊下の奥を震える指で差しながら言った。「あの先で……ここのリーダーらしき人を見たの。突入した時に少しだけ中を見たんだけど、中はまるで教会の様になっていて……」
「……教会?」と瀬奈は眉をひそめながら言った。
「そう。よくわからないけれど……私達が突入した時に、複数の幹部たちが礼拝みたいなことをやっていたの。祭壇の上で、白いローブを着た男が幹部達に話をしていて、突入した私達と大混戦になって。その時隊員の一人が、白いローブの男が祭壇の奥に逃げていくのを見たって……」
「グールーかも……」
「グールー? 瀬奈、何か知っているの?」
 瀬奈はアスカに少年から聞いた話を伝えた。
「WISHと共に降臨した神様……?」と、アスカは神妙な顔で言った。「二人で協力すれば、なんとか捕えられるかもしれない……」
「いえ……アスカ先輩はこのまま撤退してください。あとは私が行きます」と、瀬奈が通路の奥を見ながら言った。
「なに言ってるの……? この状況で一人で何が出来るって言うの。私も行く」
「ダメです……考えがあります。アスカ先輩はあのエレベーターで地上に向かってください」と、言いながら瀬奈はロビーの奥を指差した。「ここはおそらく重要な顧客を迎えるために作られた、VIP専用のロビーです。そのような顧客を、工場内の通路を歩かせることはありません。おそらくあのエレベーターが、地上と直通になっているはずです」
「でも……瀬奈はどうするの……?」
「グールーを人質に取ります。無理な場合でも、なるべく時間を稼ぎます。アスカ先輩は地上に出たら、警察に応援と救助を要請してください。内部構造や状況がわかれば警察も早く動くはずです」

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この作品はウニコーンさんに有償依頼をいただき、二次創作として製作したものです。
ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、ストーリーをお任せいただいたので、かなりの部分を好き勝手に書くことができました。
今後作品としてウニコーンさんが挿絵を付けて完全版として発売する予定ですが、今回私が書いた文章と制作中のイラストの掲載許可をいただきましたので、予告編としてぜひお楽しみください。


1話目はこちらです


 瀬奈は入り組んだ廊下を走った。
 アスカのことは考えずに任務に集中しろと自分に言い聞かせた。そうでもしないと、涙が溢れそうだった。
 しばらく奥に進むと、左側の壁が全てガラス張りになった。ガラスの向こうには新型のベルトコンベアが数台並んでいる。入り口には「梱包室」と書かれたプレートが貼ってあった。瀬奈は呼吸を整えてから慎重に扉を開けて、素早く中に入ってドアを閉めた。
 木くずとカビが混ざったような匂いが漂っている。
 部屋の奥にはステンレスの大きなタンクがあり、そこから機械を通して、透明なビニール袋にパッキングされた、緑色の粉薬のようなものがベルトコンベアの上を流れていた。袋の中身は栽培室で見たキノコを乾燥粉末にしたもの……WISHだろう。瀬奈は身を隠しながら袋のひとつを手に取った。未開封を示すためのセキュリティシールと、MOTPのロゴがホログラムで印刷された偽装防止シールが貼られている。一般的なドラッグは、生産時はキロ単位の大容量でパッキングされ、流通を経由するうちに徐々に小分けされるのが常だが、WISHは最初から一回分を小分けにして生産されているようだ。また、一般のドラッグは製造環境や質も粗悪で、不安定な流通経路を辿って人の手に渡るたびに混ぜ物が加えられたり、中には全く別の薬と偽って販売されたりするケースが後を絶たない。これほどまでに清潔な環境で生産され、品質管理や偽造防止が施されているドラッグを瀬奈は見た事が無かった。
 瀬奈が注意を払いながら室内を点検していると、奥のドアが開いて人が入ってくる気配があった。瀬奈は身を隠し、部屋の奥に注意を払う。
「こんなにもらっていいんですか?!」
「重要な情報だったからな。礼も兼ねて三倍の量を入れるようにとグールーに言われている。いつも助かっているよ」
「いやぁ、お互い様ですよ。最近のWISHの値段は天井知らずですし、富裕層や権力者に買い占められてモノ自体が手に入らない時も多いですからね。こんな風に直接分けてもらいでもしないと、手に入れることは本当に難しい。グールーにもよろしく言っておいてください」
 グールー? なんのことだろう。宗教上の指導者をそう呼ぶこともあるが……。
 瀬奈は機械の陰からそっと顔を出して様子をうかがった。男が二人いる。作業着を着た中年の男と、瀬奈と同じエナメルのコンバットスーツを着た男。瀬奈の所属するACPUの男性隊員だ。隊員は太めの体系で、瀬奈は見覚えがあった。男性隊員が話を続ける。
「しかし、WISHは一回使ったら最後……これはもうやめられないですね。初めて使った時、幻覚に何が出てきたと思います?」
「さぁ? 初恋の女か?」
「ウチの女性隊員ですよ。ははは。その中に好きな娘がいるんですよね。ほら、ウチの隊員って結構美人が多いし、このピッタリしたスーツ着てるでしょ? 訓練中はいつも目のやり場に困るんですよ。身体のライン強調させたこの格好で飛んだり跳ねたり……堪らないですよ。こっちは勃起したらすぐバレるっていうのに」
「ははは、そりゃあ大変だな」
「気の合う男の隊員同士で飲むと、そんな話ばかりですよ。あいつの胸がデカいとか、尻のラインが綺麗だとか。あと、勃起がバレない下着とかね……。初めてWISHを吸った時のことは、強烈すぎて今でも覚えていますよ。幻覚で出てきた娘は瀬奈ちゃんって言うんですけどね。たぶんもう捕まって、上の方々にレイプされてると思うんでが……。これがめっちゃくちゃエロい身体してて、一眼見た時からずっと大好きだったんですよ。WISHを吸った瞬間に暗転して、幻覚がすぐに現れました。どこかの廃墟みたいな場所で、瀬奈ちゃんと背中合わせの状態で潜伏していたんですよ。周りはドンパチやってる中で瀬奈ちゃんの体温や息遣い、柔らかい肌の感触がリアルに伝わってきて、一瞬本当に任務中かと焦ったんですが、すぐに『ああ、これはこれはWISHの効果だな』って、明晰夢を見たような感じになって、迷いなく瀬奈ちゃんを押し倒しました。効果は三時間くらい続きましたかね。自分、任務中に瀬奈ちゃんとエッチするネタで毎回オナニーしてたんで……本当にWISHのおかげで夢が叶いましたよ。口から胸からアソコまで何回も……。幻覚から覚めた後、オナニーじゃ絶対出ない量の精液の掃除が毎回大変なことが、唯一の困りごとですけどね」
「はははは。有効活用できているみたいでなによりだ。こっちもここまでの大規模な突入となると、事前に準備していない限り流石にヤバいからな。ま、これからもウィンウィンでいこう」
 男達は握手をし、男性隊員が大事そうにアルミのアタッシュケースを抱えたまま作業服の男に背を向けた。
 顔にはまだ笑みが貼り付いている。
 やはり、瀬奈が知っている顔だ。
 先輩隊員のヤタベ。 
 何回か一緒に出撃したことがあるが、格闘能力は低く、太った体型のために隠密行動にも向かない。後方支援も事務処理も要領が悪く、素行についてもあまりいい噂を聞かない人物だ。
 この人が、裏切り者……?
 この人のせいで、仲間が殺され、アスカ先輩が危険な目に……?
 なんでこの人はこの状況で、笑いながら下衆な話なんかできるのだろう?
 ヤタベは醜く口角を釣り上げたまま、こちらに歩いてくる。おそらくこれから帰宅して、WISHを使う時のことを考えているのだろう。
 瀬奈は無意識に立ち上がり、ヤタベの前に立ち塞がった。「え?」とヤタベが驚いた表情で言った。瀬奈は飛び出し、ヤタベの頬に拳を打ち込んだ。ヤタベが悲鳴をあげて転がる。アタッシュケースが床に落ちて派手な音を立てた。作業服の男が振り返り、驚いた顔をする。瀬奈は滑るように床を移動し、作業服の男の鳩尾を貫き、失神させた。
「ひ、ひぃ……!」と、ヤタベが尻餅をついたまま言った。
「あなた……」と、瀬奈がヤタベを見下ろしながら言った。自分でも驚くほどの冷たい声だった。「自分が何をしたのか……わかっているんですか?」
 瀬奈の表情が、わなわなと震える。ヤタベは強張った表情のまま視線を逸らし、転がっているアタッシュケースと、失神した作業員の男をチラリと見た。
「……わ、わかっているに決まってるだろ」と、ヤタベが声を震わせながら、吐き捨てるように言った。
「人が死んでいるんですよ! それも仲間が! もちろん危険な任務だし、皆それなりの覚悟を持って挑んでいるとは思いますが、あなたがした行為は最悪の裏切りどころか……意図的な殺人なんですよ!?」
「そ、そんなこと言うな! 僕だって仕方がなかったんだよ……」
「仕方がないって──」
「わかるだろ!?」と、ヤタベが瀬奈の言葉を遮った。「僕がこの組織で、皆にどんなふうに思われているのか、瀬奈ちゃんだって知っているだろ!? ずっとそうさ……どの集団にいても、ちやほやされたことなんて一回も無かったよ。それどころか、使えない奴だとレッテルを貼られて、いつも邪魔者扱いだ。ACPUに入ったのだって、どこにも就職できなかったから、親にコネで無理やり入れられただけさ。後方支援だけやっていればいいって聞いていたのに、まさか前線に出させられるなんて思ってもいなかったけどね……。家族からもお払い箱にされて、クスリにでも頼らないと生きていけるわけないだろ! ましてやこのWISHは、もはや僕みたいな一般庶民では手が出せないほどの高嶺の花になっているんだ。手に入れるためなら、愛着の無い組織なんていくらでも売るさ!」
「そんな理由で……なんでこんな事態になる前に、組織を辞めなかったんですか……?」
 瀬奈が絞り出すように言った。ヤタベは目を伏せながら、失神している作業服の男を見る。
「……あいつと僕の会話を聞いていたんだろう? 君がいたからだよ……瀬奈ちゃん。前線部隊に配属になると聞いて、その日のうちに辞表を書いたさ。つらい訓練も、危険な任務もまっぴらだ。でも、辞表を出そうと前線部隊のオフィスに行ったら、君がいた。一目惚れっていうのかな……今まで好きになった娘は何人もいたけれど、君ほど惹かれたのは初めてだったよ。だから、頑張ってみようと思った。この通りダメだったけどね……。最初は近くで君を見ていられるだけで幸せだった。でも、だんだん辛くなってきた。君はいつか僕以外の誰かを好きになって、身も心もそいつのモノになってしまうと考えると、気が狂いそうだったよ。正直に言うと、帰り道に後をつけたことも何回もある……。君は誰かと付き合っている様子は無かったけれど、ならいっそ今のうちに押し倒して無理やりとも考えたが、君は僕よりも強いから、返り討ちに遭うのは目に見えている……。そんな生活の中で、こいつの噂を聞いた」
 ヤタベは太腿のポケットからビニール袋を取り出した。くしゃくしゃになっているが、未開封のWISHだ。
「まるでプロメテウスの火だと思ったよ……。WISHは僕みたいに毎日劣等感に押しつぶされながら、惨めに地べたを這い回るしかない人間を救ってくれる、神様からのギフトだ。WISHを使っているうちは、辛く惨めな現実を全て忘れさせてくれる……。幻覚の中で何回も何回も、君や他の女性隊員を犯したり、嫌な上司や隊員をぶっ殺したりしたよ。WISHは僕の暗い心を、明るく照らしてくれた火だ。WISHのおかげで、僕は心の平穏を得ることができたんだよ」
「そんなのただの幻覚じゃないですか。まやかしに何の救いがあるんですか!?」
「これが救いじゃなかったら何だ! まやかしにでも縋(すが)らないと、僕みたいな人間は人生という名の地獄から永久に救われないんだ! 現実で救われないのなら、WISHでも麻薬でも何でも使ってやるさ! 瀬奈ちゃんはいいよな……強くて可愛くてスタイルもいいんだから、こんなもの使わなくても全然平気だろう。僕みたいな出来損ないの気持ちなんて、一生わからないだろうさ。そして出来損ないの人間が一度WISHを知ってしまったら、もうWISH無しの生活なんて考えられないよ。人間がもはや、プロメテウスから貰った火を使わずに生活出来ないようにね……。僕はWISHを手に入れるためなら、なんだってやるさ。なんだってね」と、言いながら、ヤタベは瀬奈の顔を見た。その顔はうっすら笑っているように見えた。「せっかく君と初めてまともに話ができたのに、こんな内容だなんて散々だよ……。でも、これだけは信じてくれ。確かに僕は組織を裏切ったが、罪悪感もなにもなく、平気で見知った顔を裏切れるほど、僕の心はまだ壊れていない……。今でも手が震えて、叫び出したいのを必死に抑えているんだ。だから、ここを出た瞬間に使うつもりだったさ!」
 ヤタベは震える手でWISHの封を切り、瀬奈が止めるのも間に合わずに一気に口に入れた。ヤタベはむせながらもWISHを嚥下する。その後、激しい吐き気を堪えるように悶えた。瀬奈は四つん這いになってげぇげぇと苦しむヤタベに駆け寄るが、ヤタベはその手を振り切る。
「あぁあぁぁ!! あ…………あはは」
 虚を見ているような、どろりとした目になったヤタベと目が合った。WISHの効果の発現はこんなにも早いのかと瀬奈は思った。吐かせようかと考えたが、既に手遅れだろう。
「瀬ぇ奈ちゃん……ん~むっ! んむむむむむむむんむんむ!」と、言いながらヤタベは自分の手の平を舐めまわしはじめた。幻覚の中で瀬奈と抱き合って、キスをしているのだろう。その後、血走った目を見開き、呆けたように口から涎を垂らしながら、腰をゆさゆさと前後に振り始めた。あまりのおぞましさに瀬奈が目を逸らす。ヤタベはすぐに「うんッ!」と鋭い声をあげると、ゆっくりと立ち上がった。コンバットスーツの股間のあたりが盛り上がり、小便を漏らした様なシミができている。ヤタベは効果発現から三分も経っていないのに射精したのだ。
 なんの前触れもなく、ヤタベは両手を広げて瀬奈に向かって突進した。瀬奈は不意を突かれて咄嗟に判断ができず、ヤタベに抱きつかれてしまう。脂っぽい汗と、生臭い臭いが瀬奈の鼻を突いた。ヤタベは呻き声のような声をあげながら腰を瀬奈に押し付けようとするが、瀬奈は身を捩ってヤタベの腕を解いた。ヤタベとの距離が更に広がったところで、ヤタベの顎を裏拳で薙ぐ。テコの原理でヤタベの脳が揺れているはずだが、倒れる気配はない。ヤタベはデタラメに手を振り回しながら瀬奈に抱きつこうとする。ヤタベは瀬奈の手首を掴んで強引に身体を引きつけると、瀬奈の下腹部に拳を突き込んだ。
「うっぶ?!」
 胃液がこみ上げ、瀬奈はうめき声をあげた。腹を抱えるようにして身体をくの字に折る。瀬奈は体勢を立て直してヤタベに攻撃を加えるが、効果的なダメージを与えられずにいた。ヤタベの動きは予測不能のデタラメなもので、再び抱きつかれる。普通であれば瀬奈が苦戦する相手ではないが、WISHによって脳のリミットが外れているのか、力はかなり強かった。ヤタベは瀬奈に抱きついたまま、ごちゅ、ごちゅ、と瀬奈の腹や下腹部を殴った。
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「ゔッ?! ぶぐッ! ゔぇッ!」
 肥満体のためパンチには重さがあり、無理な体勢に崩されているため腹筋を固めることもままならない。ヤタベは瀬奈の腹に突き込んだ拳をさらに深く押し込み、そのままピストンの様に圧迫した。
「ゔあッ?! がっ……ぐぷっ……! ごぇッ?!」
 ヤタベは男性器を抽送する様に瀬奈の腹をぐぽぐぽと責めた。瀬奈の腹は杵で突かれている様に陥没し、はらわたが掻き回されたことでデタラメな信号が脳に送られる。瀬奈は目と口を大きく開けて苦しみ、出した舌から唾液が伝って床に落ちた。
「んぎ……いッ!」
 瀬奈は意識が途切れる前に歯を食いしばり、ヤタベの顔面に頭突きを見舞った。ヤタベは痛みを感じているのかわからないが、一瞬ひるんで腕の力が抜ける。瀬奈はヤタベの顎をアッパーで突き上げ、背後に回り込んでチョークスリーパーをかけた。歯を食いしばり、呼吸を止めて腕に力を込める。ヤタベはしばらくバタバタと暴れたが、やがて動かなくなった。
 瀬奈は肩で息をしながら、仰向けに倒れたヤタベを見た。呼吸はしているようだ。失神しているとはいえ、まだWISHの幻覚の中にいるのだろう。その顔にはいまだに不気味な笑みが張り付いていた。
 突如、けたたましい警報が鳴り響いた。
 瀬奈はビクリと反応し、呼吸が落ち着く間も無くベルトコンベアに身を隠す。
 部屋の奥のアルミ扉が開き、小柄な男が入ってきた。男は倒れている作業員を見て「うわっ」と驚いた声をあげた。瀬奈が覗き見る。小柄な男は倒れている男と同じ作業着を着ており、首からカードホルダーを下げていた。
 小柄な男が、倒れている作業員の名前を叫びながら揺り動かす。作業員の部下だろうか。声のトーンが高く、未成年かもしれない。小柄な男は倒れているヤタベにも気がつき、助けを呼ぶために扉に向かって背を向けた。瀬奈が飛び出す。背後から左腕を男の首に回し、カードホルダーを握った手を掴んだ。
「ぐあッ!」
「この音は?」と、瀬奈が低い声で聞く。
「警報です……WISHの製造数と、箱詰めされた数が合わなくなった時に鳴る……。ライン工がWISHを盗むのを防ぐために付いているんです……」
 苦しそうな声で男が答える。近くで見ると、男は瀬奈の想像よりもずっと年齢が低かった。まだ十代前半から半ばくらいだろう。真面目そうな雰囲気の顔が苦痛と恐怖に染まっている。瀬奈は力を込めている腕を少し緩めた。
「あなたもWISHを? WISH欲しさにこんなことをしているの?」
 男の子は目を閉じて苦しそうに歯を食いしばりながら、二、三回頷いた。
「先生から貰ったんです……イジメの相談をしたら、夢の中でイジメた奴に復讐ができるって……。でも、ある時先生から、もっとWISHが欲しいならここで働けと言われて……僕みたいなライン工はたくさんいます……」
「なんてことを……」と、瀬奈は頭を振りながら言った。こんな子供まで使って量産されている薬物など、潰さなければいけない。「幹部やボスはどこにいるの? そのカードを使えば行ける?」
 男の子は首を振った。
「扉のロックはレベルがあって……僕のカードは最低レベルで、この工場エリアしか入れないんです。でも、課長の持っているカードなら、偉い人達のエリアにも行けます……グールーもそこにいます」
「グールー?」と瀬奈が言うと、男の子はかすかに頷いた。
「グールーです。WISHを初めて創った人で、ここで一番偉い人です。グールーは僕達みたいなダメな人間を救うために、WISHと共にこの世に降臨した神様だと、大人達は話しています……」
 瀬奈は男の子を解放した。男の子は四つん這いになって激しく咳をしている。瀬奈は倒れている男のカードホルダーから赤いカードを抜き取った。顔写真付きのしっかりとしたカードで、名前の上には「製造部 在庫管理課 課長」と印字されている。まるで会社の社員証だ。
 瀬奈はしゃがみ込んで、四つん這いになっている男の子と目の高さを合わせた。
「ねぇ、ここを出たら、麻薬更生プログラムを絶対に受けるって約束できる?」と、瀬奈は男の子に向かって言った。男の子はキョトンとしながらも、しっかりと頷いた。「じゃあ、お姉ちゃんとの約束」と言って、瀬奈は小指を差し出した。男の子も恐る恐るという様子で、その小指に自分の小指を絡める。
「私にも、君と同じくらいの妹がいるの。もし、お姉ちゃんとの約束を忘れそうになったら、これを見て思い出して」
 瀬奈は金色の髪留めを一本外し、男の子に渡した。男の子は扉から出て行く瀬奈を見送ると、それを大事そうにポケットにしまった。

この作品はウニコーンさんに有償依頼をいただき、二次創作として製作したものです。
ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、基本となるストーリーをお任せいただいたので、かなりの部分を好き勝手に書くことができました。
今後作品としてウニコーンさんが発売する予定ですが、今回私が書いた文章と制作中のイラストの掲載許可をいただきましたので、予告編としてぜひお楽しみください。


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 ようやく蛍光灯の光が届かない一角を見つけたので、樹村瀬奈は転がるように身を隠した。
 肩で息をしながら背中を壁につけると、力が抜けたようにズルズルと尻餅をつく。なめらかなコンクリートの感触と冷たさが、ピッタリとしたボディスーツ越しに背中に伝わってきた。両手で口を押さえながら、全力疾走した後の呼吸を抑えると、怯えきった金色の瞳で周囲をうかがった。天井に設置された大型のファンが、大型輸送機の様な重い音を立てている。それ以外の音は聞こえなかったため、瀬奈はわずかに安堵した。
 市民体育館ほどの広さの室内は、湿度維持のためのスチームが充満していて蒸し暑い。顔を上げるとミスト状の霧が蛍光灯の光を鈍く反射して、汚れたクリームの様に見えた。
 周囲はステンレス製のラックが、人がすれ違えるギリギリの幅を残して部屋全体を埋め尽くしている。瀬奈は逃げる途中に視界に入ったラックの中身を思い出した。ラックの中はエイリアンの卵の様な、乳白色のプラスチックの壺が隙間無く敷き詰められていた。そして壺の中には不気味な細長い緑色のキノコが、イソギンチャクの触手のように群生していた。
「これが……WISH……?」
 ラックを見上げながら、瀬奈が震える声で呟いた。
 二週間ほど前のミーテイングの様子が瀬奈の脳内に蘇る。

「『WISH』という名前は、君達も聞いたことがあるだろう?」
 国家認定の民間自警組織「ACPU」の会議室に集まった十五人ほどの男女は、ホワイトボードの前に立つ司令官の声に黙ったまま頷いた。
「では樹村、簡単に説明できるか?」と、司令官が言った。名指しされた瀬奈は、はいと返事をして立ち上がる。
「数年前から爆発的な広まりを見せている、新型麻薬の名称です。製造方法をはじめ、製造元や販売ルートはいまだに判明していません」
「そうだ。WISHはヘロインや大麻、コカインなどの既存の違法薬物とは全く違う。その特異な薬効で、短期間で麻薬市場のシェアを塗り替えたバケモノだ。これはサンプルだが……」と、言いながら司令官は封筒から粉薬のような袋を取り出して、全員に見せた。袋の中にはモスグリーンの粉末が入っている。「WISHの見た目はこの通り乾燥した緑色の粉末で、鼻粘膜から吸引すると『まるでオーダーメイドしたSF映画のバーチャルリアリティのように、自分の欲望を具現化した幻覚をリアルに体験することができる』という恐ろしい効果を持ち、多くのジャンキーや廃人を今でも生み出し続けている。あまりにも魅力的な効果のため、巷では『サキュバス』や『デビル』、『D』なんて隠語でも呼ばれている。化学式は複雑かつ不安定で再現は不可能。流通も組織的なものではなく、実際に販売をしている半グレや一般人を捕まえても、いずれも転売で、そもそも誰がどこから流通させているのか不明。樹村の言う通り、モノは確かにあるのだが、それ以外が一切不明の訳の分からないシロモノだ……昨日まではな」
 会議室の全員が、わずかに前に乗り出した。瀬奈もペンを握る手に力が入る。
「昨日、正規警察からWISHを製造している組織が『March Of The Pigs(MOTP)』と名乗っている団体であるとの情報が入った。実態は不明だが、表向きは小規模な新興宗教団体のようなものらしい。二週間後、我々は正規警察の先駆けとしてMOTPのアジトに突入する──」

 アジトの中は入り組んだ巨大なキノコ工場の様で、過去に何回か麻薬組織を壊滅させた実績のあるACPUの隊員達は面食らい、しかも潜入を事前に知っていたかのように即座に入口が閉ざされ、屈強な用心棒達が現れて仲間は散り散りになってしまった。
 ヘアゴムとヘアピンを取り外して、瀬奈は全力疾走で乱れた髪を直した。汗で張り付いた前髪を撫で付け、両サイドの髪と一緒に側頭部に留め直す。骨折や怪我はしていない。組織から支給されたコンバットスーツは少し破れてはいたが、この高湿度の中でも市販品ではありえないスピードで汗を体外に放出させ続けており、快適な着心地を保っている。
「とっとと入れ!」
 背後から低い男の声と、人間を引き摺る音が聞こえて、瀬奈は身体を縮こませた。それに続いて「ひ、ひッ!」という怯えきった男の声。一緒に潜入した仲間の一人だ。
「悪く思うな……」
 別の男の声。落ち着いていて、子供に言い聞かせているようなトーンだ。敵は二人か。
 ごつ、ごつと骨同士がぶつかる音と、仲間の悲鳴が聞こえる。拳骨が何回も仲間の身体に打ち込まれる音……。
「ひぎっ! がっ! ぎゃあぁ! あぁ……! あが……」
 仲間の男の悲鳴が激しくなり、それから徐々に小さくなっていった。瀬奈は涙を浮かべながら嗚咽が漏れないように両手で口を塞いだ。身体が自分のものではないみたいに、全く動かない。グシャリ、という嫌な音が聞こえ、仲間の悲鳴がくぐもったものに変わる。おそらく、鼻を砕かれたのだろう。怒声と悲鳴が混じった悪夢のような時間がしばらく続いた。不意に仲間の男が、壊れた水槽のポンプの様な声にならない声をあげた。首を絞められているのだ。もうやめてくれ、と瀬奈が思った直後、ごきん……という何かが外れた音がした。
 沈黙。
 仲間の悲鳴が途絶えた。
 殺されたのだ。
 力任せに、頭蓋骨と身体を繋ぐ頸椎を無理やり外されて……。
 瀬奈はガタガタと身体を震わせながら、口を押さえたまま流れる涙を拭うこともできずに必死に嗚咽を堪えた。
「あーあ、男は殺すくらいしか楽しみがねぇから、マジでクソだな」
 肉を蹴る音が聞こえる。仲間の死体が蹴られている。「この栽培室もカビ臭ぇし、ジメジメして蒸し暑いしよ……。最悪だぜ。女だったらブチ犯せるからいいんだがな。サエグサさん、どうなんですかい? もうあらかた捕まえたんでしょう?」
「ああ、残っていても、あと一人か二人くらいだろう。侵入者は全員で二十人くらい。女は六、七人はいたと思うが」と、サエグサと呼ばれた男が言った。相変わらず落ち着いた声だ。
「残ってるのが女だったらいいんだけどよ……」と、荒っぽい男がまた仲間の死体を蹴りながら言った。「しかしACPUの女どもの格好、どう思います? 動きやすいのかどうか知らんけど、身体のライン出まくりのあんなヤラシイ格好でノコノコ来やがって、レイプしてくださいって言ってるようなもんでしょ。クソッ! 先に捕まえた女どもは今頃、幹部連中がお楽しみだ。こんな残飯処理みてぇな仕事押し付けやがって……チンピラ連中にでも任しときゃいいのによ」
「そう言うな。サジ、残飯処理も我々の大切な仕事だ。売人のチンピラ達は見かけは威勢がいいが、実際は鍛えている女相手にも負けるようなひ弱な奴らばかりだ。ましてや今回みたいな特殊部隊が相手なら、歯が立たんだろう。だが、彼らはWISHの啓蒙活動という仕事を着々と遂行している。我々が現場の仕事をしなくて済むのは、彼らのおかげだ。適材適所、与えられた仕事を全うすることは素晴らしいぞ。こういう時のために、我々警備部はグールーに雇われているんだ」
「わかっていますよ……。というかサエグサさんだって幹部なんだから、現場は俺たちに任せて、捕まえた女とよろしくやってきた方がいいんじゃないですか?」
「警備部長が離れるわけにもいかんだろう。それに、女を無理やり犯すのは趣味ではない」
「相変わらず真面目っすね……。ねぇサエグサさん。隠れている奴がもし女だったら、俺がいただいちゃっていいですかい? 抵抗されたことにして殺しちまえばバレねぇし、一人くらい上に回さなくたって大丈夫でしょ?」
 瀬奈の震えが大きくなる。
 ほぼ全員捕まった……?
 残っているのは自分だけなのか……と瀬奈は絶望的な気分になった。
 身体の震えが止まらない。
 瀬奈の震えにラックが振動して、壺のひとつが床に落ちた。
 がしゃん……と、室内に音が響く。
 びくっ、と瀬奈の身体が跳ねた。
「おっとぉ……」と、サジと呼ばれた男がわざとらしく言った。「女だったらいいなぁ……」
 サジの声には、手負いの獲物を追い込むライオンの様な響きがあった。足音が近づいて来る。腰が抜けて動けない。殺される……。
 ふっ……と蛍光灯の光が遮られ、男達が姿を現した。背の高い屈強な男が二人、瀬奈を見下ろしている。一人は白い無地のタンクトップにジーンズという姿で、もう一人は濃いグレーのTシャツにオリーブ色のカーゴパンツを履いていた。二人とも腕や胸がはち切れそうなほど張っており、ウエストもそこそこ太い。明らかに、本格的に格闘技をやっている人間の身体つきだ。

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「へへへ……こりゃ参ったな。残り物には何とやらってやつか? 上が輪姦(まわ)してる奴らよりよっぽど上玉だぜ」と、タンクトップを着ている男が言った。先ほどサジと呼ばれてた男だ。目が嗜虐の色に光っている。「なんだこの胸……エロい身体しやがって。大人しくしてりゃあ気持ち良くしてやるぜ?」
 瀬奈の歯がガチガチと音を立てた。

 風を切る音。
 衝撃音と共にサジの体が横に吹っ飛んだ。
 突如現れた人影がミサイルの様なドロップキックを見舞い、もう一人の男──サエグサと呼ばれていた──を巻き込んで倒すと、そのまま蛍光灯の下に着地する。
「……あんまりウチの若いのをいじめないでくれる?」
 鼻にかかった気怠そうな声が瀬奈の頭上に降ってきた。声の主は長い髪の毛を手櫛で梳きながら、瀬奈の手を引いて立ち上がらせる。
「あ……アスカ先輩……?」と、瀬奈が言った。
 アスカは瀬奈の目を見て頷く。ここに来るまで激しい戦闘をかいくぐってきたのだろう。蹴り技主体のアスカ用に仕立てられた、競泳水着の様なコンバットスーツは所々が破れていた。
「厄介ね。入り口近くにいた奴らはチンピラみたいなのばかりで楽だったけれど、こいつらは違うみたい……」と、アスカは溜息混じりに言った。「私と瀬奈以外は、全員捕まったかもしれない……」
「そんな……」
「行って。私がこいつらを食い止めているうちにどこかに身を隠して、後援や正規警察の部隊が到着したら状況を伝るの。出来るわよね?」
「い、嫌です! 私も戦います!」
「あなたまで捕まったら、それこそ全滅かもしれない。大丈夫、私の実力は知っているでしょう?」
「でも、相手は二人です。いくらアスカ先輩でも、疲労した状態で二人を相手にするのは荷が重すぎます。私も戦えば、少なくとも一対一にはできるはずです!」
 アスカは瀬奈の目をじっと見た。瀬奈もアスカの目をまっすぐに見つめている。迷った後、アスカは静かに頷いた。
「わかった。そのかわり、絶対に無理はしないで。最悪の事態は避けなきゃいけないから」
 アスカの背後で男二人が立ち上がった。サジが首を鳴らし、こちらに近づいてくる。
「私は、あのカーゴパンツの男をやる。多分あいつの方が……」と、アスカが言った。「危なくなったらすぐに逃げて」
 アスカがラックに足をかけ、三角飛びを繰り返す要領で男達の頭上に飛び上がる。サジの頭を飛び越え、サエグサに向かって蹴りを放った。サエグサは腕を十字に重ねてガードし、そのまま後ずさる。アスカは追撃として連続で蹴りを放ち、サジとサエグサの距離を離していく。
「分断作戦か……チンケな真似しやがって」と、サジが瀬奈を睨みながら言った。「ま、俺はお前の方が好みだから構わねぇがな」
「残念ね、私は全然好みじゃないから」
 瀬奈は距離を取り、サジの出方を見た。サジは余裕そうにノーガードで直立している。女相手に負けることはないと信じて疑っていない。
 ふッ……と瀬奈は鋭く息を吐き、サジの懐に飛び込んだ。ずぶり……とサジの腹に瀬奈の拳が埋まる。「うぶっ!」とサジは息を吐き、驚愕の表情に変わった。そのままサジの顎を跳ね上げ、ガラ空きになった腹部に鋭い蹴りを打ち込む。
 サジは勢いよくラックにぶつかり、いくつかの容器が頭上から落下して割れた。
「舐め腐っているからよ!」と、言いながら瀬奈は跳躍し、サジの頭上をめがけて蹴りを放った。アスカと共闘していることが心強い。姿は見えないが、向こうも善戦していることだろう。瀬奈の足裏がサジの頭を蹴った瞬間、突然瀬奈の目に鋭い痛みが走った。目を開けていられず、涙が溢れて視界がゼロになる。サジが瀬奈の顔を目掛けて、床に落ちた苗床の砂を投げたのだ。
「痛てェなこのクソアマが!」とサジが憎々しげに叫ぶ。
 ごしゃッ……という鈍い音。
 瀬奈の頭に硬いものが叩きつけられた。キノコの苗床になっていた乳白色の瓶だ。目の前に星が飛び、身体から力が抜けるのを感じた。直後、顎に鈍器のような拳が打ち付けられた。世界が回転し、どちらが上か下かもわからなくなり、瀬奈は崩れ落ちるように尻餅をついた。すぐさまサジに身体を強引に引き上げられ、ラックに背中を叩き付けられる。
「俺は女にナメられるのが一番嫌いなんだよ!」
 サジが叫びながら、瀬奈の腹に容赦の無い拳を打ち込んだ。瀬奈のスーツの布地が大きく凹み、ラックが激しい音を立てて揺れる。
「ゔっぶぇッ?! ぐぷッ……!!」
 目が見えない中、ほとんど不意打ちのようなボディブローを受け、瀬奈の身体がくの字に折れる。はらわたを掴まれたような不快な感覚が瀬奈を襲い、内部から自分の意思に反して胃液がこみ上げてきた。サジはよろめく瀬奈の腕を掴んで強引に引き起こし、そのガラ空きの腹部を突き上げた。瀬奈の胴体が床と水平になり、落下するのと同時にさらに突き上げる。
「ぐぼッ! ごぇッ! げぶぉッ! げぇぇッ!」
 胃の中がさらにシェイクされ、押し潰された中身が食道を逆流する。
「おぶっ……ご……ごぶぇっ?! おぶろろろろろろえぇぇ………」
 瀬奈はたまらず胃液を吐き散らしながら悶絶した。透明な胃液が逆流し、瀬奈は痙攣しながら床でのたうつ。
「汚ねぇんだよボケが! 雑魚がイキってんじゃねぇぞ!」
 脇腹を蹴られ、瀬奈は虐待された人形のように床に転がり、身体を折り曲げて悶絶している。
「がッ?! あがッ……! げぁッ……」
 内臓が危険信号を発し、瀬奈の全身を猛烈な苦痛が駆け抜ける。サジはダンゴムシのように身体を折りたたんで苦しんでいる瀬奈を足で蹴って仰向けにすると、その腹を体重をかけて踏みつけた。ぐちゅりという音と共に瀬奈の腹が潰れる。
「ぶげぇッ?! ぎぇっ……ぎゃあぁぁぁぁ!」

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 瀬奈は苦痛に顔を歪ませながら、サジの足首を掴んで必死に自分の腹を押しつぶしているものを抜こうとする。その様子に、サジの加虐心はさらに燃え上がった。グリグリと体重をかける場所を微妙に変え、的確な苦痛を瀬奈に与える。
 突如、サジの後頭部に衝撃が加わった。バランスが崩れ、瀬奈の腹がようやく拷問から解放される。ラックの上からサジに飛び膝蹴りを放ったアスカが瀬奈のそばに着地した。着地した瞬間、アスカの顔が苦痛に歪む。
 アスカは瀬奈を抱き起しながら「瀬奈!」と叫んだ。
「ゲホッ! ゲホッ! あ……アスカ……先輩?」
 アスカの顔と身体には、再会した時よりもさらに多くの格闘の跡が残っていた。
「心配して来てみれば……もう満身創痍じゃない」と、アスカが言った。「……私が戦っている相手もかなりの手練れで、完全に遊ばれている感じなの。このままでは二人とも負けるだけよ……。最初に言った通り、瀬奈はどこかに身を隠して応援を待って。私はできるだけ時間を稼ぐから」
「そ……んな……」
「大丈夫……あなたの回復力は隊でも随一だから、しばらく大人しくしていれば動けるようになるはず。絶対に生き延びて」
「でも……」
 瀬奈が言いかける前に、アスカの背後でサジが立ち上がった。いつの間にかサエグサも合流しており、サジの背後から瀬奈とアスカを無表情のまま見下ろしている。アスカは立ち上がり、瀬奈を庇うように二人の前に立ちふさがった。
「早く!」とアスカが瀬奈を振り返らずに言った。瀬奈は振り切るようにアスカに背中を向け、腹を押さえながら出口に向かってよろよろと走った。背後でサジが「待てこら!」と叫ぶ。続いてアスカの鋭い声と、ラックが崩れる音。瀬奈が振り返る。アスカがラックの脚を破壊して倒し、瓦礫がバリケードのように床に重なっていた。瀬奈を逃がすために、素手で人を殺すような男達を自らと共に閉じ込めたのだ。瀬奈は涙を拭うこともせずにふらつきながら全力で走り、栽培室から出でドアを閉めた。


「やっ! はッ! はぁッ!!」
 アスカが流れるように連続でサジの身体に蹴りを見舞う。しかし、サジは全く動じずに蹴られた場所をさすっている。
「へへへ、可哀想に。漫画の世界だったらお前みたいなヒロインぶった奴は、なんだかんだで最後は助かるんだろうけどな」と、サジが言った。サエグサは無表情で腕を組んでいる。
 アスカが一方的に攻撃をしているはずなのに、サジはじりじりと距離を詰めていく。サジはノーガードでアスカの攻撃を受け入れてるが、全く効いている様子は無い。「くっ……」と、アスカは食いしばった歯の隙間から、嗚咽に似た声を漏らして後ずさった。直後、アスカの背中がラックに当たる。もう後が無い。アスカは意を決して、サジに拳を繰り出した。正確にサジの腹と鳩尾に連続して拳を突き刺す。そして足を蛇のようにしならせながらサジの顎先を蹴った。しかし、サジは僅かに顔をしかめた程度で全く動じていない。
「なんだそれ? 俺にパンチで勝負を挑むなんて、いい度胸してるじゃねぇか? パンチってのはこう打つんだよ!」
 どぎゅるッ! という聞いたことが無いような音がアスカの耳に届いた。

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「ゔぶッ?! ひゅぐぇッ!?」
 サジは一切の躊躇も手加減も無く、アスカの鳩尾に大砲の様な拳を埋めた。殴られた衝撃でアスカの両足が地面から三十センチほど浮き上がる。アスカの心臓は一瞬で潰され、男達に土下座をする様に顔から地面に崩れ落ちた。まともに呼吸ができないのだろう。「がっあッ!? ごッ……? ごぇッ……!」と死にかけの蛙の様に呻きながらガクガクと痙攣している。
「……少しは手加減してやったらどうだ?」と、サエグサが呆れたように言った。「鳩尾に元プロボクサーの全力パンチなんて食らったら、男でも意識が飛ぶ。ましてや女だったら……」
「そこが良いんでしょう? 暴力でもセックスでも、女はとことんまで追い詰めてヒィヒィ言わせて、徹底的に征服すんのがたまんねぇ。最近はこいつみてぇに勘違いした女が多いっすからね。女は男に奉仕して、快楽を与えるための道具だって立場を徹底的に分からせてやらないとダメなんすよ」
「……まぁいい、好きにしろ。我々に歯向かう者は人間ではないからな」
 サジがアスカのスーツの首の後ろあたりを掴んで、無理やり体を引き起こした。失神したのだろう、動かなくなったアスカの両足が地面から浮き、ダラリと下がっている。
「それよりもサエグサさん、さっきの約束、大丈夫っすよね? こいつは俺がもらいますよ。犯す前に、もうちっと殴ってもいいですかい? 女のサンドバッグなんて久しくやってねぇもんで」
「かまわんが、ほどほどにしておけよ。逃げた女を追うことも忘れるな」
 サジはアスカの身体を荷物の様に肩に担ぐと、緑色のキノコが蠢く栽培室から出て行った。誰もいなくなった室内には、天井のファンの音だけが変わらずに響いていた。

ウニコーンさんからご依頼いただき、作品作りに協力させていただきました。

ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、基本となるストーリーの殆どをお任せいただいたので、ある程度好きに書くことができました。
既に文章の納品は済んでおり、ウニコーンさんの挿絵が完成次第発表となります。
文章の公開許可もいただいておりますので、こちらにも数回に分けて掲載していきます。
最後になりましたが、このような機会をいただき本当にありがとうございました。




[ WISH ]

 ようやく蛍光灯の光が届かない一角を見つけたので、樹村瀬奈は転がるように身を隠した。
 肩で息をしながら背中を壁につけると、力が抜けたようにズルズルと尻餅をつく。なめらかなコンクリートの感触と冷たさが、ピッタリとしたボディスーツ越しに背中に伝わってきた。両手で口を押さえながら、全力疾走した後の呼吸を抑えると、怯えきった金色の瞳で周囲をうかがった。天井に設置された大型のファンが、大型輸送機の様な重い音を立てている。それ以外の音は聞こえなかったため、瀬奈はわずかに安堵した。
 市民体育館ほどの広さの室内は、湿度維持のためのスチームが充満していて蒸し暑い。顔を上げるとミスト状の霧が蛍光灯の光を鈍く反射して、汚れたクリームの様に見えた。
 周囲はステンレス製のラックが、人がすれ違えるギリギリの幅を残して部屋全体を埋め尽くしている。瀬奈は逃げる途中に視界に入ったラックの中身を思い出した。ラックの中はエイリアンの卵の様な、乳白色のプラスチックの壺が隙間無く敷き詰められていた。そして壺の中には不気味な細長い緑色のキノコが、イソギンチャクの触手のように群生していた。
「これが……WISH……?」
 ラックを見上げながら、瀬奈が震える声で呟いた。

unui x RNR


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