カテゴリ: WISH

unui x RNR


この作品はウニコーンさんに有償依頼をいただき、二次創作として製作したものです。
ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、ストーリーをお任せいただいたので、かなりの部分を好き勝手に書くことができました。
今後作品としてウニコーンさんが挿絵を付けて完全版として発売する予定ですが、今回私が書いた文章と制作中のイラストの掲載許可をいただきましたので、予告編としてぜひお楽しみください。


第1話

第2話


 ドアの外は通路になっていて、左右のドアには倉庫や食堂、ロッカールームといったプレートが貼ってあった。一般企業の工場となんら変わらない。このようなクリーンな環境で恐ろしい薬物が作られているのかと思うとゾッとした。途中、木製の大きな左右開きの自動ドアがあった。自動ドア横の端末は小林が持っていたカードと同じ赤色の端末が嵌め込まれている。瀬奈がカードを端末にかざして自動ドアを開けると、中はエレベーターホールになっていた。壁や床が工場エリアのような白い樹脂ではなく、濃いブラウンの板張りと赤黒い絨毯になっており、雰囲気がかなり違っている。ここから幹部エリアになるのだろう。
 エレベーターに乗りながら、はたして勝機はあるのだろうかと瀬奈は考えた。仲間の多くが倒れ、もはや瀬奈しか残っていない可能性が高い。正規警察もこちらに向かっているだろうが、様々な利権が絡み合って腰が重く、到着はいつになるのかわからない。確かな方法としては、グールーと呼ばれているボスを人質にとることだ。自分一人で多数の敵を全滅させるのは荷が重すぎるし、アスカと戦闘した男達を見るに、敵の戦力もかなり高い。男の子の話だと、グールーは未だにこの場所に留まっているらしい。よほどの自信家か、下手に逃げ回るよりは自ら雇った警護隊に守られていたほうが安全という考えなのだろう。トップを人質にとることができれば、敵も迂闊に手を出せないはずだ。その間に正規警察の到着を待つ。悪くない作戦というよりかは、これしかないという状況だが、闇雲に動くよりはマシだ。
 エレベーターを出て廊下を進むと、狭いロビーに出た。天井は高く、応接のための小部屋も複数見える。簡単な打ち合わせのためのスペースのようだ。床には埃一つ落ちていない。観葉植物が倒れている以外は清潔で、不気味なほど臭いも音も無い。奥の扉にも赤いカードリーダーが付いていたので、瀬奈はカードキーをかざした。高い電子音と共にドアが解錠される。
 ドアの先は広い空間だった。フットサルコートを半分にしたような広さで、床は長いこと磨き続けられた船のデッキのように黒光りしたフローリング。壁は鏡面磨きされた鉱物のようで、険しい顔をして立っている瀬奈の顔を鏡のように反射していた。壁と同じ黒い鉱物で作られた受付カウンターがあって、奥には椅子が二脚置かれている。
 瀬奈はロビーの中央に立って周囲を見渡した。壁の間から暖かい光の間接照明が効果的に使われ、安心感と、ある種の威圧感を与えるようなインテリアにまとめられている。受付カウンターの奥の壁には「I give you all that you want(あなたが欲しがるものは全て与える)」と彫られていた。ロビーの奥には数台のエレベーターがあって、地上のどこかから、このエリアに直通で来られるようだ。外部からMOTPと接触を図るときの正規のルートなのだろう。誰にも顔を合わせず、入口を知っている顧客のみがこのエリアに来ることができる。まるで一流企業の受付だ。本当にここは麻薬組織なのか、と瀬奈は思った。先ほどの工場といい、整い過ぎた空間に瀬奈は戸惑った。
 そうだ、このMOTPは全てが整い過ぎている。この掃除が行き届いたロビーで、昨日までWISHの取引が行われていたのだろうか。それは一般的な麻薬取引のイメージとは違ったのだろう。たとえば雨の降る路地裏で、虚ろな目をした売人同士が咥えタバコのまま、刺青の入った手でくしゃくしゃの紙幣とパッキングされた麻薬を交換するのとは対極の、極めてビジネスライクな取引だったのかもしれない。上等なスーツを着た顧客がエレベーターを降りて受付に歩いてくる。受付担当は名乗らずともその顔を覚えているから、顧客が名前を告げる前に担当者に連絡を入れる。部屋の奥からMOTPの担当者が現れ(おそらく担当も上等なスーツを着ている)、顧客を促して個室に招く。二人は二流のビジネスマンのように無駄な世間話をすることも、ブラフのために言葉に感情を込めることもなく、極めて事務的に取引額と物量を決め、手配を済ませる。次回の約束を取り付けて、握手をしてロビーで別れる。
 整い過ぎているのだ。
 まるで何かを隠すかのように。
 突然、ロビーの奥で女性の悲鳴が聞こえた。瀬奈からは死角になっている通路の奥だ。瀬奈は声のする方に走り、慎重に通路を覗き込んだ。通路の左右にはいくつかのドアがあり、右手奥のドアがひとつだけ開いていた。廊下には微かな臭気が漂っている。汗とアルコールの臭いだ。
 突然、奥の開いたドアから放り出されるように人が出てきた。瀬奈がとっさに身構える。飛び出した人は全裸の女性で、ドアの向かいにある壁に激突して動かなくなった。瀬奈の背筋にゾッとした冷たいものが流れた。見覚えがある。女性は全身に酷く殴られた痕があり、だらしなく開いた股間からは血の混じった白い液体がドロリと垂れていた。想像したくないほど酷い目に遭ったのだろう。嫌な予感がして、瀬奈は喉の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。目を凝らす。間違いない。瀬奈を庇うために男達に戦いを挑んだ、アスカだった。
 言葉を失っていると、開いたドアの中から男がヌッと出てきた。瀬奈の身体が硬直する。男は盛りあがった筋肉ではち切れそうになった白いTシャツに、黒いボクサーブリーフしか身につけていなかった。栽培室で会った二人組の片割れでサジと呼ばれていた男だ。サジは薄ら笑いを浮かべながら、薬物中毒者特有のドロリとした視線を瀬奈に向けている。少し前に何かの薬物を摂取したのだろう。サジはまるで数年来の友人に会った時のように「よぉ」と瀬奈に言った。缶ビールの缶を片手に持ち、咥えていたタバコを絨毯の上に捨てて足で揉み消す。
「モニターでずっと見てたけどよ、来るの遅すぎだろお前? え? 下っ端のガキと呑気に話してる暇があるならコイツ助けに来てやれよ。おかげでアスカちゃんにだいぶ無理させちまったぜ」
 サジは缶ビールの中身をアスカの身体にかけながら続けた。「それにしてもコイツ、お人好しもいいとこだな。お前逃がすために格好つけたらしいが、足くじいててまともに戦える状態じゃなかったぜ。ぬるいパンチばかり出すからムカついて、腹パン一発で失神させてやった。暇だったから、縛りつけて腹殴りまくって胃の中身空にしてやった後、マンコ使い物にならなくなるまで犯しちまったぜ。しかも俺が初めてのお客さんだったらしくてな、ブチ込む前に俺の極太にビビりまくって、真っ青になった顔は傑作だったぜ。ま、ビビってたのは最初だけで、すぐにヒイヒイ喘がせてアヘ顔晒させてやったけどな。全部お前のせいだぞ?」
「ふ、ふざけないで! よくもこんな……!」
「テメェが尻尾巻いてコイツ放って逃げたからだろうが? え? 違うのかよ? あのままお前も一緒に残ればコイツも少しはマシに闘えたかもしれねぇだろ? まぁ安心しな、お前もすぐにアスカちゃんと横並べにして、仲良くお友達レイプしてやるよ」
 サジは缶ビールを口に含む。その隙に瀬奈は重心を低くしてサジに向かって走った。瀬奈はサジから視線を外さないまま、太もものポケットに忍ばせていた試験管の中身を一息に吸った。戦闘に備えて組織から支給されている、アドレナリンの分泌を促進する即効性のガスだ。出し惜しみすることなく、最初の戦闘でも使っておくべきだったのだ。サジの手の内は見えている。ショッキングな言葉と光景を並べて動揺を誘っているだけだ。一瞬流されそうになったが、冷静さを失ってはこちらの負けだ。
 サジは瀬奈のタックルを受けてよろけた。サジは「テメェ!」と叫び、体勢を崩したまま瀬奈に殴りかかる。瀬奈は体勢を低く保ったまま躱し、金属プレートの付いた手袋をはめた拳でサジの顎を薙ぐ。サジの体勢がさらに崩れ、缶ビールが床に落ちた。サジは倒れず、無理やりの体勢で瀬奈の肩に手刀を落とす。瀬奈は呻き、肩を押さえたまま一旦距離を取った。耐衝撃性のボディスーツの上からでもこの威力とは、まともに食らったら骨折は免れないだろう。
 サジの顔からは余裕そうな雰囲気は無くなっていた。憎々しげな表情で倒れているアスカを蹴って傍にどけると、足を前後に開き、拳を目の高さにして構えた。綺麗なボクシングのファイトスタンスだ。
「遊んでやるかと思えばいい気になりやがって……。俺はプロのリングに上がっていたんだぞ?」
「だから何なの? 落ちぶれてこんな所でチンピラやってるんだから、大した成績残せなかったんでしょ?」
「ああそうだな。だが弱かったわけじゃねぇぜ。これでもデビューしてから、格上相手に何回もKO勝ちして、結構期待されていたんだ。リング外で相手を病院送りにして追放されちまったがな。ナメやがって……ホンモノのパンチを喰らいやがれ!」
 サジは身体を左右に振りながら瀬名との距離を詰める。瀬奈が後ずさると、少し遅れて目に見えないようなジャブが飛んできた。当たりはしなかったが、凄まじい風圧が瀬奈の顔を通過する。廊下は狭い。瀬奈はバックステップで受付のあるロビーまで戻った。サジが追う。瀬奈は一定の距離を保ってチャンスを待ったが、サジのフットワークは大きな身体にわりに軽快で、一瞬の油断ですぐに距離を詰められそうだった。サジの高速ジャブが何回も放たれ、瀬奈の髪を揺らす。一発でも喰らったら昏倒して、たちまちサンドバッグにされてしまうだろう。しばらく付かず離れずの攻防が続いた後、瀬奈はサジの張り詰めた雰囲気が一瞬緩むのを感じた。その隙に瀬奈はサジの足元に飛び込んだ。サジは反応しきれず、瀬奈に両足を取られて床に背中を打った。サジが呻く。瀬奈はすぐさまサジに馬乗りになり、渾身の力でサジの顎を殴った。サジの顔が跳ね上がる。瀬奈は腕を交差させてサジの首からTシャツの奥襟を掴み、身体を密着させるように体重をかけて頚動脈を圧迫した。
「ボクシングには、タックルも絞め技も無いでしょ!」と瀬奈が叫んだ。
 瀬奈の顔の近くで、サジの顔が目を見開いたまま瞬く間に紅潮する。あと三十秒もすれば意識が飛ぶはずだ。サジは身を捩りながら密着した瀬奈の身体を引き剥がそうと、瀬奈の両肩を力づくで押す。瀬奈も必死にしがみ付こうと歯を食いしばって腕に力を込める。瀬奈の小さな頭がサジの眼下で震え、髪の毛からは甘い匂いが漂ってきた。サジは咄嗟に肩から手を離し、僅かにできた隙間に手を入れて、瀬奈の胸を鷲掴みにした。サジの指が柔肉に埋まり、そのままグニグニと指を動かす。瀬奈の身体は突然の刺激にビクッと跳ね、込めていた力が一瞬緩んだ。その隙にサジは瀬奈の身体を引き離し、なおかつ瀬奈が逃げないように両手首を掴んだ。
「クソが……もう少しでイっちまう所だったぜ」
 サジが激しく噎(む)せながら言った。瀬奈は暴れてサジの手を振りほどこうとするが、力では勝てるはずがない。サジは瀬奈の両手首を引っ張って自分に倒れこませると同時に、その土手っ腹に手加減の全く無い右ストレートをぶち込んだ。倒れこむ途中だった瀬奈の身体が、突っかい棒を打ち込まれたように急停止する。
「ひゅぐぅッ?! ぐ……ぇ……?」と、瀬奈は身体の中の空気を吐き出した。一瞬自分に何が起きたのかわからなかった。恐る恐る視線を下に移すと、サジの拳が耐衝撃性のスーツを巻き込んで、自分のヘソ周辺の肉を巻き込んだまま手首まで陥没していた。「あ……う……うッぶ?! ぶッぐあぁぁぁ!」
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 溜まったマグマが噴出するかの様に、この世のものとは思えない苦痛が瀬奈を襲った。サジに跨ったまま瀬奈の上体がくの字に折れる。
「オラオラ、次は俺がイかせてやるよ。良い声で喘げよクソアマ!」
 サジが連続で右の拳を瀬奈の腹に埋めた。ぼちゅん、ぼちゅん、ぼちゅんと水っぽい音を立てて拳が突き込まれるたびに、瀬奈の身体は電気ショックを受けたように跳ね、吐き出された唾液が仰向けに寝ているサジの身体に降り注ぐ。サジはガード出来ないように瀬奈の手首を押さえたまま、へそや下腹のあたりを執拗に殴り続け、最後に硬い音を立てて瀬奈の鳩尾を貫いた。「おごッ?!」と瀬奈が鋭い悲鳴を上げ、全身の力が抜けてたまらずにサジに倒れこむ。
「へへ……騎乗位でガン突きしてるみてぇだな」とサジは言いながら瀬奈の腰を掴み、布越しに勃起した男性器を瀬奈の股間に押し当てた。ゴリっとした硬いものを感じ、瀬奈の身体が強張る。「すぐにコイツをブチ込んでやるよ。アスカちゃんよりもエロい身体しやがって……俺の女になれば悪いようにはしねぇぜ? その代わり、毎日俺のチンポの相手をしてもらうけどな」
「げほッ……ほんと……? 許して……くれるの?」と、瀬奈が肩で息をしながら力の無い声で言った。重いダメージで涙を浮かべたまま、上目遣いでサジと視線を合わせる。「もう……殴らないでくれる……?」
「あぁ……俺は殴るよりも、普通のセックスの方が好きだからな。お前、可愛い顔も出来んじゃねぇか……名前はなんて言うんだよ?」
「瀬奈……あなたは……?」と言いながら瀬奈はゆっくりと上体を移動させて、仰向けになったサジの顔を真上から見下ろす。
「俺か? この後ベッドの中で教えてやるよ……」
「……いじわる」
 少しの沈黙の後、瀬奈がサジに顔を近づける。サジが僅かに唇を突き出した。
 ぐしゃりと音がして、瀬奈の頭がサジの顔に埋まった。瀬奈の額がサジの鼻を押し潰し、鮮血が散る。サジは悲鳴をあげて瀬奈の身体を突き飛ばす。その隙に瀬奈は後方に飛び退いた。
 瀬奈は腹をおさえ、肩で息をしながら言った。「耐衝撃スーツ着ていてもこの威力なんて……プロだったというのは本当みたいね。三分で集中力が切れることも含めてだけど……」
「テメェ……」と、サジが鼻を押さえながら言った。「ハニートラップなんか仕掛けやがって……優しくしてやろうと思ったが、もう容赦しねぇからな」
「口を開くたびに脅しと恫喝……そうやっていつも自分よりも弱い人間をねじ伏せてきたんでしょ?」
「だから何だ?」
「別に……哀れだと思っただけよ」
 瀬奈はサジの周囲を距離をとったままゆっくりと回りはじめた。サジもファイティングポーズをとったままステップを踏む。
 サジはゆらゆらと身体を揺すりながら瀬奈との距離を縮める。瀬奈は距離を取りながらタイミングを待っている。サジがイライラして、焦れば焦るほど良い。三分間という時間の区切りは、ボクサーにとっては本能のように身体に染み付く。サジのそれも、それほど真面目にボクシングの練習をしていた証拠だ。ルールの中で窮屈な思いをしながらも、目指すものがあったのだろう。こんな暗い地下の底で用心棒などしておらず、リングの上で喝采を浴びた未来もあったのかもしれない。
 ふっ、とサジの身体から緊張の糸が切れた。今だ。瀬奈は太ももの隠しポケットからウズラの卵のような形をした礫(つぶて)を取り出して、サジの足元に放った。それが足元で割れると、中から大量のワイヤーが飛び出してサジの足に絡みついた。
「うおッ?! 何だこりゃあ!」とサジが叫びながら倒れる。瀬奈はサジに向かって走った。サジは膝立ちのまま憎々しげに歯を食いしばり、ファイティングポーズを取る。一か八かの賭けだった。サジのカウンターが決まったら、瀬奈はひとたまりもない。
 サジの背後に動くものが見えた。
 瀬奈は走りながら目を凝らした。
 何かがサジの背後に近づき、そのまま抱きついた。
 サジが驚愕する。
 アスカだ。
 アスカが背後から羽交い締めにしている。
 てめぇ! とサジが叫んだ。
 サジの腕が開き、ガードが解かれる。
 瀬奈はさらに加速して、ベストなタイミングで地面を蹴った。
「あああああああああッ!!」
 瀬奈は気合いとともにサジの髪の毛を掴むと、サジの顔面に渾身の力で膝をぶつけた。
 鈍い音と共にサジの顔が後方に折れる。瀬奈は勢い余って、受け身も取れずに前方に転がった。
 振り向くと、サジは大の字に倒れたまま失神していた。傍らには怯えた様子のアスカが座り込んでいる。瀬奈は反射的に立ち上がってアスカに駆け寄った。
「だ……大丈夫……」と、アスカは虚ろな視線を床に向けながら、震える声で言った。「大丈夫よ……私は大丈夫。これくらい……想定内だから……」
「なに言ってるんですか……。ごめんなさい……私が……私が弱いばっかりに……」と、言いながら瀬奈はアスカを抱きしめた。アスカの身体がビクリと跳ねる。想像を絶するほど酷い目にあったはずなのに、逃げずに瀬奈を助けるために加勢するなんて、どれほど怖かったのだろう。胸が締め付けられ、ただ抱きしめることしかできない自分が歯がゆかった。
「あの扉の先……」と、アスカが廊下の奥を震える指で差しながら言った。「あの先で……ここのリーダーらしき人を見たの。突入した時に少しだけ中を見たんだけど、中はまるで教会の様になっていて……」
「……教会?」と瀬奈は眉をひそめながら言った。
「そう。よくわからないけれど……私達が突入した時に、複数の幹部たちが礼拝みたいなことをやっていたの。祭壇の上で、白いローブを着た男が幹部達に話をしていて、突入した私達と大混戦になって。その時隊員の一人が、白いローブの男が祭壇の奥に逃げていくのを見たって……」
「グールーかも……」
「グールー? 瀬奈、何か知っているの?」
 瀬奈はアスカに少年から聞いた話を伝えた。
「WISHと共に降臨した神様……?」と、アスカは神妙な顔で言った。「二人で協力すれば、なんとか捕えられるかもしれない……」
「いえ……アスカ先輩はこのまま撤退してください。あとは私が行きます」と、瀬奈が通路の奥を見ながら言った。
「なに言ってるの……? この状況で一人で何が出来るって言うの。私も行く」
「ダメです……考えがあります。アスカ先輩はあのエレベーターで地上に向かってください」と、言いながら瀬奈はロビーの奥を指差した。「ここはおそらく重要な顧客を迎えるために作られた、VIP専用のロビーです。そのような顧客を、工場内の通路を歩かせることはありません。おそらくあのエレベーターが、地上と直通になっているはずです」
「でも……瀬奈はどうするの……?」
「グールーを人質に取ります。無理な場合でも、なるべく時間を稼ぎます。アスカ先輩は地上に出たら、警察に応援と救助を要請してください。内部構造や状況がわかれば警察も早く動くはずです」

この作品はウニコーンさんに有償依頼をいただき、二次創作として製作したものです。
ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、基本となるストーリーをお任せいただいたので、かなりの部分を好き勝手に書くことができました。
今後作品としてウニコーンさんが発売する予定ですが、今回私が書いた文章と制作中のイラストの掲載許可をいただきましたので、予告編としてぜひお楽しみください。


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 ようやく蛍光灯の光が届かない一角を見つけたので、樹村瀬奈は転がるように身を隠した。
 肩で息をしながら背中を壁につけると、力が抜けたようにズルズルと尻餅をつく。なめらかなコンクリートの感触と冷たさが、ピッタリとしたボディスーツ越しに背中に伝わってきた。両手で口を押さえながら、全力疾走した後の呼吸を抑えると、怯えきった金色の瞳で周囲をうかがった。天井に設置された大型のファンが、大型輸送機の様な重い音を立てている。それ以外の音は聞こえなかったため、瀬奈はわずかに安堵した。
 市民体育館ほどの広さの室内は、湿度維持のためのスチームが充満していて蒸し暑い。顔を上げるとミスト状の霧が蛍光灯の光を鈍く反射して、汚れたクリームの様に見えた。
 周囲はステンレス製のラックが、人がすれ違えるギリギリの幅を残して部屋全体を埋め尽くしている。瀬奈は逃げる途中に視界に入ったラックの中身を思い出した。ラックの中はエイリアンの卵の様な、乳白色のプラスチックの壺が隙間無く敷き詰められていた。そして壺の中には不気味な細長い緑色のキノコが、イソギンチャクの触手のように群生していた。
「これが……WISH……?」
 ラックを見上げながら、瀬奈が震える声で呟いた。
 二週間ほど前のミーテイングの様子が瀬奈の脳内に蘇る。

「『WISH』という名前は、君達も聞いたことがあるだろう?」
 国家認定の民間自警組織「ACPU」の会議室に集まった十五人ほどの男女は、ホワイトボードの前に立つ司令官の声に黙ったまま頷いた。
「では樹村、簡単に説明できるか?」と、司令官が言った。名指しされた瀬奈は、はいと返事をして立ち上がる。
「数年前から爆発的な広まりを見せている、新型麻薬の名称です。製造方法をはじめ、製造元や販売ルートはいまだに判明していません」
「そうだ。WISHはヘロインや大麻、コカインなどの既存の違法薬物とは全く違う。その特異な薬効で、短期間で麻薬市場のシェアを塗り替えたバケモノだ。これはサンプルだが……」と、言いながら司令官は封筒から粉薬のような袋を取り出して、全員に見せた。袋の中にはモスグリーンの粉末が入っている。「WISHの見た目はこの通り乾燥した緑色の粉末で、鼻粘膜から吸引すると『まるでオーダーメイドしたSF映画のバーチャルリアリティのように、自分の欲望を具現化した幻覚をリアルに体験することができる』という恐ろしい効果を持ち、多くのジャンキーや廃人を今でも生み出し続けている。あまりにも魅力的な効果のため、巷では『サキュバス』や『デビル』、『D』なんて隠語でも呼ばれている。化学式は複雑かつ不安定で再現は不可能。流通も組織的なものではなく、実際に販売をしている半グレや一般人を捕まえても、いずれも転売で、そもそも誰がどこから流通させているのか不明。樹村の言う通り、モノは確かにあるのだが、それ以外が一切不明の訳の分からないシロモノだ……昨日まではな」
 会議室の全員が、わずかに前に乗り出した。瀬奈もペンを握る手に力が入る。
「昨日、正規警察からWISHを製造している組織が『March Of The Pigs(MOTP)』と名乗っている団体であるとの情報が入った。実態は不明だが、表向きは小規模な新興宗教団体のようなものらしい。二週間後、我々は正規警察の先駆けとしてMOTPのアジトに突入する──」

 アジトの中は入り組んだ巨大なキノコ工場の様で、過去に何回か麻薬組織を壊滅させた実績のあるACPUの隊員達は面食らい、しかも潜入を事前に知っていたかのように即座に入口が閉ざされ、屈強な用心棒達が現れて仲間は散り散りになってしまった。
 ヘアゴムとヘアピンを取り外して、瀬奈は全力疾走で乱れた髪を直した。汗で張り付いた前髪を撫で付け、両サイドの髪と一緒に側頭部に留め直す。骨折や怪我はしていない。組織から支給されたコンバットスーツは少し破れてはいたが、この高湿度の中でも市販品ではありえないスピードで汗を体外に放出させ続けており、快適な着心地を保っている。
「とっとと入れ!」
 背後から低い男の声と、人間を引き摺る音が聞こえて、瀬奈は身体を縮こませた。それに続いて「ひ、ひッ!」という怯えきった男の声。一緒に潜入した仲間の一人だ。
「悪く思うな……」
 別の男の声。落ち着いていて、子供に言い聞かせているようなトーンだ。敵は二人か。
 ごつ、ごつと骨同士がぶつかる音と、仲間の悲鳴が聞こえる。拳骨が何回も仲間の身体に打ち込まれる音……。
「ひぎっ! がっ! ぎゃあぁ! あぁ……! あが……」
 仲間の男の悲鳴が激しくなり、それから徐々に小さくなっていった。瀬奈は涙を浮かべながら嗚咽が漏れないように両手で口を塞いだ。身体が自分のものではないみたいに、全く動かない。グシャリ、という嫌な音が聞こえ、仲間の悲鳴がくぐもったものに変わる。おそらく、鼻を砕かれたのだろう。怒声と悲鳴が混じった悪夢のような時間がしばらく続いた。不意に仲間の男が、壊れた水槽のポンプの様な声にならない声をあげた。首を絞められているのだ。もうやめてくれ、と瀬奈が思った直後、ごきん……という何かが外れた音がした。
 沈黙。
 仲間の悲鳴が途絶えた。
 殺されたのだ。
 力任せに、頭蓋骨と身体を繋ぐ頸椎を無理やり外されて……。
 瀬奈はガタガタと身体を震わせながら、口を押さえたまま流れる涙を拭うこともできずに必死に嗚咽を堪えた。
「あーあ、男は殺すくらいしか楽しみがねぇから、マジでクソだな」
 肉を蹴る音が聞こえる。仲間の死体が蹴られている。「この栽培室もカビ臭ぇし、ジメジメして蒸し暑いしよ……。最悪だぜ。女だったらブチ犯せるからいいんだがな。サエグサさん、どうなんですかい? もうあらかた捕まえたんでしょう?」
「ああ、残っていても、あと一人か二人くらいだろう。侵入者は全員で二十人くらい。女は六、七人はいたと思うが」と、サエグサと呼ばれた男が言った。相変わらず落ち着いた声だ。
「残ってるのが女だったらいいんだけどよ……」と、荒っぽい男がまた仲間の死体を蹴りながら言った。「しかしACPUの女どもの格好、どう思います? 動きやすいのかどうか知らんけど、身体のライン出まくりのあんなヤラシイ格好でノコノコ来やがって、レイプしてくださいって言ってるようなもんでしょ。クソッ! 先に捕まえた女どもは今頃、幹部連中がお楽しみだ。こんな残飯処理みてぇな仕事押し付けやがって……チンピラ連中にでも任しときゃいいのによ」
「そう言うな。サジ、残飯処理も我々の大切な仕事だ。売人のチンピラ達は見かけは威勢がいいが、実際は鍛えている女相手にも負けるようなひ弱な奴らばかりだ。ましてや今回みたいな特殊部隊が相手なら、歯が立たんだろう。だが、彼らはWISHの啓蒙活動という仕事を着々と遂行している。我々が現場の仕事をしなくて済むのは、彼らのおかげだ。適材適所、与えられた仕事を全うすることは素晴らしいぞ。こういう時のために、我々警備部はグールーに雇われているんだ」
「わかっていますよ……。というかサエグサさんだって幹部なんだから、現場は俺たちに任せて、捕まえた女とよろしくやってきた方がいいんじゃないですか?」
「警備部長が離れるわけにもいかんだろう。それに、女を無理やり犯すのは趣味ではない」
「相変わらず真面目っすね……。ねぇサエグサさん。隠れている奴がもし女だったら、俺がいただいちゃっていいですかい? 抵抗されたことにして殺しちまえばバレねぇし、一人くらい上に回さなくたって大丈夫でしょ?」
 瀬奈の震えが大きくなる。
 ほぼ全員捕まった……?
 残っているのは自分だけなのか……と瀬奈は絶望的な気分になった。
 身体の震えが止まらない。
 瀬奈の震えにラックが振動して、壺のひとつが床に落ちた。
 がしゃん……と、室内に音が響く。
 びくっ、と瀬奈の身体が跳ねた。
「おっとぉ……」と、サジと呼ばれた男がわざとらしく言った。「女だったらいいなぁ……」
 サジの声には、手負いの獲物を追い込むライオンの様な響きがあった。足音が近づいて来る。腰が抜けて動けない。殺される……。
 ふっ……と蛍光灯の光が遮られ、男達が姿を現した。背の高い屈強な男が二人、瀬奈を見下ろしている。一人は白い無地のタンクトップにジーンズという姿で、もう一人は濃いグレーのTシャツにオリーブ色のカーゴパンツを履いていた。二人とも腕や胸がはち切れそうなほど張っており、ウエストもそこそこ太い。明らかに、本格的に格闘技をやっている人間の身体つきだ。

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「へへへ……こりゃ参ったな。残り物には何とやらってやつか? 上が輪姦(まわ)してる奴らよりよっぽど上玉だぜ」と、タンクトップを着ている男が言った。先ほどサジと呼ばれてた男だ。目が嗜虐の色に光っている。「なんだこの胸……エロい身体しやがって。大人しくしてりゃあ気持ち良くしてやるぜ?」
 瀬奈の歯がガチガチと音を立てた。

 風を切る音。
 衝撃音と共にサジの体が横に吹っ飛んだ。
 突如現れた人影がミサイルの様なドロップキックを見舞い、もう一人の男──サエグサと呼ばれていた──を巻き込んで倒すと、そのまま蛍光灯の下に着地する。
「……あんまりウチの若いのをいじめないでくれる?」
 鼻にかかった気怠そうな声が瀬奈の頭上に降ってきた。声の主は長い髪の毛を手櫛で梳きながら、瀬奈の手を引いて立ち上がらせる。
「あ……アスカ先輩……?」と、瀬奈が言った。
 アスカは瀬奈の目を見て頷く。ここに来るまで激しい戦闘をかいくぐってきたのだろう。蹴り技主体のアスカ用に仕立てられた、競泳水着の様なコンバットスーツは所々が破れていた。
「厄介ね。入り口近くにいた奴らはチンピラみたいなのばかりで楽だったけれど、こいつらは違うみたい……」と、アスカは溜息混じりに言った。「私と瀬奈以外は、全員捕まったかもしれない……」
「そんな……」
「行って。私がこいつらを食い止めているうちにどこかに身を隠して、後援や正規警察の部隊が到着したら状況を伝るの。出来るわよね?」
「い、嫌です! 私も戦います!」
「あなたまで捕まったら、それこそ全滅かもしれない。大丈夫、私の実力は知っているでしょう?」
「でも、相手は二人です。いくらアスカ先輩でも、疲労した状態で二人を相手にするのは荷が重すぎます。私も戦えば、少なくとも一対一にはできるはずです!」
 アスカは瀬奈の目をじっと見た。瀬奈もアスカの目をまっすぐに見つめている。迷った後、アスカは静かに頷いた。
「わかった。そのかわり、絶対に無理はしないで。最悪の事態は避けなきゃいけないから」
 アスカの背後で男二人が立ち上がった。サジが首を鳴らし、こちらに近づいてくる。
「私は、あのカーゴパンツの男をやる。多分あいつの方が……」と、アスカが言った。「危なくなったらすぐに逃げて」
 アスカがラックに足をかけ、三角飛びを繰り返す要領で男達の頭上に飛び上がる。サジの頭を飛び越え、サエグサに向かって蹴りを放った。サエグサは腕を十字に重ねてガードし、そのまま後ずさる。アスカは追撃として連続で蹴りを放ち、サジとサエグサの距離を離していく。
「分断作戦か……チンケな真似しやがって」と、サジが瀬奈を睨みながら言った。「ま、俺はお前の方が好みだから構わねぇがな」
「残念ね、私は全然好みじゃないから」
 瀬奈は距離を取り、サジの出方を見た。サジは余裕そうにノーガードで直立している。女相手に負けることはないと信じて疑っていない。
 ふッ……と瀬奈は鋭く息を吐き、サジの懐に飛び込んだ。ずぶり……とサジの腹に瀬奈の拳が埋まる。「うぶっ!」とサジは息を吐き、驚愕の表情に変わった。そのままサジの顎を跳ね上げ、ガラ空きになった腹部に鋭い蹴りを打ち込む。
 サジは勢いよくラックにぶつかり、いくつかの容器が頭上から落下して割れた。
「舐め腐っているからよ!」と、言いながら瀬奈は跳躍し、サジの頭上をめがけて蹴りを放った。アスカと共闘していることが心強い。姿は見えないが、向こうも善戦していることだろう。瀬奈の足裏がサジの頭を蹴った瞬間、突然瀬奈の目に鋭い痛みが走った。目を開けていられず、涙が溢れて視界がゼロになる。サジが瀬奈の顔を目掛けて、床に落ちた苗床の砂を投げたのだ。
「痛てェなこのクソアマが!」とサジが憎々しげに叫ぶ。
 ごしゃッ……という鈍い音。
 瀬奈の頭に硬いものが叩きつけられた。キノコの苗床になっていた乳白色の瓶だ。目の前に星が飛び、身体から力が抜けるのを感じた。直後、顎に鈍器のような拳が打ち付けられた。世界が回転し、どちらが上か下かもわからなくなり、瀬奈は崩れ落ちるように尻餅をついた。すぐさまサジに身体を強引に引き上げられ、ラックに背中を叩き付けられる。
「俺は女にナメられるのが一番嫌いなんだよ!」
 サジが叫びながら、瀬奈の腹に容赦の無い拳を打ち込んだ。瀬奈のスーツの布地が大きく凹み、ラックが激しい音を立てて揺れる。
「ゔっぶぇッ?! ぐぷッ……!!」
 目が見えない中、ほとんど不意打ちのようなボディブローを受け、瀬奈の身体がくの字に折れる。はらわたを掴まれたような不快な感覚が瀬奈を襲い、内部から自分の意思に反して胃液がこみ上げてきた。サジはよろめく瀬奈の腕を掴んで強引に引き起こし、そのガラ空きの腹部を突き上げた。瀬奈の胴体が床と水平になり、落下するのと同時にさらに突き上げる。
「ぐぼッ! ごぇッ! げぶぉッ! げぇぇッ!」
 胃の中がさらにシェイクされ、押し潰された中身が食道を逆流する。
「おぶっ……ご……ごぶぇっ?! おぶろろろろろろえぇぇ………」
 瀬奈はたまらず胃液を吐き散らしながら悶絶した。透明な胃液が逆流し、瀬奈は痙攣しながら床でのたうつ。
「汚ねぇんだよボケが! 雑魚がイキってんじゃねぇぞ!」
 脇腹を蹴られ、瀬奈は虐待された人形のように床に転がり、身体を折り曲げて悶絶している。
「がッ?! あがッ……! げぁッ……」
 内臓が危険信号を発し、瀬奈の全身を猛烈な苦痛が駆け抜ける。サジはダンゴムシのように身体を折りたたんで苦しんでいる瀬奈を足で蹴って仰向けにすると、その腹を体重をかけて踏みつけた。ぐちゅりという音と共に瀬奈の腹が潰れる。
「ぶげぇッ?! ぎぇっ……ぎゃあぁぁぁぁ!」

WISH_pic_02


 瀬奈は苦痛に顔を歪ませながら、サジの足首を掴んで必死に自分の腹を押しつぶしているものを抜こうとする。その様子に、サジの加虐心はさらに燃え上がった。グリグリと体重をかける場所を微妙に変え、的確な苦痛を瀬奈に与える。
 突如、サジの後頭部に衝撃が加わった。バランスが崩れ、瀬奈の腹がようやく拷問から解放される。ラックの上からサジに飛び膝蹴りを放ったアスカが瀬奈のそばに着地した。着地した瞬間、アスカの顔が苦痛に歪む。
 アスカは瀬奈を抱き起しながら「瀬奈!」と叫んだ。
「ゲホッ! ゲホッ! あ……アスカ……先輩?」
 アスカの顔と身体には、再会した時よりもさらに多くの格闘の跡が残っていた。
「心配して来てみれば……もう満身創痍じゃない」と、アスカが言った。「……私が戦っている相手もかなりの手練れで、完全に遊ばれている感じなの。このままでは二人とも負けるだけよ……。最初に言った通り、瀬奈はどこかに身を隠して応援を待って。私はできるだけ時間を稼ぐから」
「そ……んな……」
「大丈夫……あなたの回復力は隊でも随一だから、しばらく大人しくしていれば動けるようになるはず。絶対に生き延びて」
「でも……」
 瀬奈が言いかける前に、アスカの背後でサジが立ち上がった。いつの間にかサエグサも合流しており、サジの背後から瀬奈とアスカを無表情のまま見下ろしている。アスカは立ち上がり、瀬奈を庇うように二人の前に立ちふさがった。
「早く!」とアスカが瀬奈を振り返らずに言った。瀬奈は振り切るようにアスカに背中を向け、腹を押さえながら出口に向かってよろよろと走った。背後でサジが「待てこら!」と叫ぶ。続いてアスカの鋭い声と、ラックが崩れる音。瀬奈が振り返る。アスカがラックの脚を破壊して倒し、瓦礫がバリケードのように床に重なっていた。瀬奈を逃がすために、素手で人を殺すような男達を自らと共に閉じ込めたのだ。瀬奈は涙を拭うこともせずにふらつきながら全力で走り、栽培室から出でドアを閉めた。


「やっ! はッ! はぁッ!!」
 アスカが流れるように連続でサジの身体に蹴りを見舞う。しかし、サジは全く動じずに蹴られた場所をさすっている。
「へへへ、可哀想に。漫画の世界だったらお前みたいなヒロインぶった奴は、なんだかんだで最後は助かるんだろうけどな」と、サジが言った。サエグサは無表情で腕を組んでいる。
 アスカが一方的に攻撃をしているはずなのに、サジはじりじりと距離を詰めていく。サジはノーガードでアスカの攻撃を受け入れてるが、全く効いている様子は無い。「くっ……」と、アスカは食いしばった歯の隙間から、嗚咽に似た声を漏らして後ずさった。直後、アスカの背中がラックに当たる。もう後が無い。アスカは意を決して、サジに拳を繰り出した。正確にサジの腹と鳩尾に連続して拳を突き刺す。そして足を蛇のようにしならせながらサジの顎先を蹴った。しかし、サジは僅かに顔をしかめた程度で全く動じていない。
「なんだそれ? 俺にパンチで勝負を挑むなんて、いい度胸してるじゃねぇか? パンチってのはこう打つんだよ!」
 どぎゅるッ! という聞いたことが無いような音がアスカの耳に届いた。

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「ゔぶッ?! ひゅぐぇッ!?」
 サジは一切の躊躇も手加減も無く、アスカの鳩尾に大砲の様な拳を埋めた。殴られた衝撃でアスカの両足が地面から三十センチほど浮き上がる。アスカの心臓は一瞬で潰され、男達に土下座をする様に顔から地面に崩れ落ちた。まともに呼吸ができないのだろう。「がっあッ!? ごッ……? ごぇッ……!」と死にかけの蛙の様に呻きながらガクガクと痙攣している。
「……少しは手加減してやったらどうだ?」と、サエグサが呆れたように言った。「鳩尾に元プロボクサーの全力パンチなんて食らったら、男でも意識が飛ぶ。ましてや女だったら……」
「そこが良いんでしょう? 暴力でもセックスでも、女はとことんまで追い詰めてヒィヒィ言わせて、徹底的に征服すんのがたまんねぇ。最近はこいつみてぇに勘違いした女が多いっすからね。女は男に奉仕して、快楽を与えるための道具だって立場を徹底的に分からせてやらないとダメなんすよ」
「……まぁいい、好きにしろ。我々に歯向かう者は人間ではないからな」
 サジがアスカのスーツの首の後ろあたりを掴んで、無理やり体を引き起こした。失神したのだろう、動かなくなったアスカの両足が地面から浮き、ダラリと下がっている。
「それよりもサエグサさん、さっきの約束、大丈夫っすよね? こいつは俺がもらいますよ。犯す前に、もうちっと殴ってもいいですかい? 女のサンドバッグなんて久しくやってねぇもんで」
「かまわんが、ほどほどにしておけよ。逃げた女を追うことも忘れるな」
 サジはアスカの身体を荷物の様に肩に担ぐと、緑色のキノコが蠢く栽培室から出て行った。誰もいなくなった室内には、天井のファンの音だけが変わらずに響いていた。

ウニコーンさんからご依頼いただき、作品作りに協力させていただきました。

ウニコーンさんのオリジナルキャラの瀬奈さんを主人公に、世界観や設定、基本となるストーリーの殆どをお任せいただいたので、ある程度好きに書くことができました。
既に文章の納品は済んでおり、ウニコーンさんの挿絵が完成次第発表となります。
文章の公開許可もいただいておりますので、こちらにも数回に分けて掲載していきます。
最後になりましたが、このような機会をいただき本当にありがとうございました。




[ WISH ]

 ようやく蛍光灯の光が届かない一角を見つけたので、樹村瀬奈は転がるように身を隠した。
 肩で息をしながら背中を壁につけると、力が抜けたようにズルズルと尻餅をつく。なめらかなコンクリートの感触と冷たさが、ピッタリとしたボディスーツ越しに背中に伝わってきた。両手で口を押さえながら、全力疾走した後の呼吸を抑えると、怯えきった金色の瞳で周囲をうかがった。天井に設置された大型のファンが、大型輸送機の様な重い音を立てている。それ以外の音は聞こえなかったため、瀬奈はわずかに安堵した。
 市民体育館ほどの広さの室内は、湿度維持のためのスチームが充満していて蒸し暑い。顔を上げるとミスト状の霧が蛍光灯の光を鈍く反射して、汚れたクリームの様に見えた。
 周囲はステンレス製のラックが、人がすれ違えるギリギリの幅を残して部屋全体を埋め尽くしている。瀬奈は逃げる途中に視界に入ったラックの中身を思い出した。ラックの中はエイリアンの卵の様な、乳白色のプラスチックの壺が隙間無く敷き詰められていた。そして壺の中には不気味な細長い緑色のキノコが、イソギンチャクの触手のように群生していた。
「これが……WISH……?」
 ラックを見上げながら、瀬奈が震える声で呟いた。

unui x RNR


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