びちゃびちゃという粘ついた水音が体育館に響いた。
悪夢の様な責め苦を数十分受けた後、ようやく涼は綾の身体を解放した。その場で崩れ落ち、急激に体勢を変えた衝撃で胃液が逆流したのだろう。両手で腹を抱えたまま、床に両膝を着いて胃液を吐き出している。
「げぷっ……はっ……はぁ……」
「よく頑張りましたね。これだけ痛めつけられても降参しなかったアンチレジストは初めてですよ。普通ならものの数分で泣きながら命乞いをするものですが」
綾は苦しげな表情をしながらも顔を上げ、強さを失っていない瞳でにらみ返した。
「当たり前でしょ……げほっ……。あんたみたいな最低な奴に……屈するわけないじゃない……」
「くくくく……いいですね。そういう女性ほど、屈服させる甲斐があるというものです……。あなたと同じクラスの友香さんは、すぐに折れてしまって歯ごたえがありませんでしたからね」
「やっぱり友香は……けほっ……あんたの仕業だったのね……。デタラメ言わないでよ……友香は簡単に降参なんてする訳無い」
綾が片膝立ちになり、歯を食いしばって涼を睨みつける。
綾と友香は同じタイミングで組織に入隊した同期だった。
お互い同じ学校、同じ一人暮らしという似通った境遇で意気投合し、互いに切磋琢磨したが、すぐさま才能を開花させて上級戦闘員に昇格した綾とは違い、友香は具体的な欠点は無いがあまり目立たない一般戦闘員のひとりになっていた。しかし立場こそ変わっても二人の仲は変わらず、しばしば買い物や旅行に出かけて行った。
友香の未帰投の知らせが入ったのは一週間前だ。
クラスメイト達は騒然となったが、ファーザーの手引きで情報操作が行われ、急病のため入院したことになっている。綾と同じく友香も家族とは疎遠になっており、ことが大きくならずに済んでいる。
「ちょうど今日のような晴れた夜でした。綾さんと同じ様に私を捜していたので、自分から名乗り出たらいきなり攻撃されましてね。すこし痛い目に遭ってもらいました。もっとと、綾さんとは違い、すぐに降参しましたが……」
「嘘言わないで。友香は……友香はそう簡単に屈服しない!」
「友人を信じたい気持ちはわかりますが、事実ですよ。心が折れたと同時にチャームを使ったので、今ではすっかり素直になりましたが」
「……チャーム?」
「あなた達も少しは知っているでしょう? 私達の分泌する体液には人間を魅了する力があるのですよ。例えば唾液とか……。まぁ麻薬みたいなものです。精神に作用し、我々のチャームが欲しくてたまらないように精神依存を発症させる」
「どこまで下衆なのあなた達は!? そんな卑怯な手を使っ友香を……」
「卑怯とは人聞きの悪い。私は友香さんにキスをしただけですよ。今では自分から望んで私の性器をねだってきますが……」
「黙りなさいよ!」
綾は怒りに我を忘れ、正面から涼に突進した。
顔面に向けて殴打を放つ。
単純な攻撃は涼に軽く躱され、腕を掴まれたまま抱きかかえられる体勢になった。
「くっ……この……離せ……んむッ!?」
涼は強引に綾に唇を重ねた。唾液を流し込もうとするが、綾が咄嗟に口を閉じ、歯を食いしばってそれを拒む。初めての、しかも敵対する相手に唇を奪われ、嫌悪感から全身に鳥肌が立った。
「んぅ……なかなか強情ですね。おとなしく口を開けなさい」
「んぶッ! んむッ!? んうぅ!」
涼は抱き合ったまま、綾の下腹部に拳を突き込んだ。衝撃で開いた綾の口内に強引に舌を侵入させる。舌は意志を持った生き物の様に的確に綾の舌に絡み付いた。綾はドアをノックする様に涼の胸板を拳で叩いたが、その程度の抵抗で涼が口を話す訳も無い。綾の顔は完全に天井を向き、絡み付いた涼の舌を伝って、綾の口内に唾液が流し込まれる。
「んむッ?!」
涼の唾液は糖蜜の様に甘かった。抵抗空しく唾液の注入は続き、徐々に綾の頭はぴりぴりと微かに痺れるような感覚を覚えた。微かに体温が上がった気がする。瞼がぼうっと熱くなり、目がとろんと蕩けてきた。
「ん……んぅ……んあうっ!?」
不意に涼は綾の胸を鷲掴みにした。左胸をこね回され、唇を吸われ、舌を嬲られ続ける。初めて体験する感覚の連続に、綾の思考は徐々に温かい泥の中に沈んで行く様に曖昧になっていった。
「んふぅっ……あ……んぅ……んむっ……んん……ぷはっ……はぁ……はぁ……」
ようやく涼は綾の唇を解放した。二人の唇からは粘度の高まった唾液の橋が架かり、月の光を反射しながら崩落した。
「かなり効いてきたみたいですね……。それにしても、本当に良い反応だ……このまま堕とすのが惜しい。もう少し楽しませてもらいましょうか」
ずぐん……ぐじっ……。
「ぐぶっ?! ゔあぁっ! あ……あぁ……」
涼は綾の緩み切った腹部に拳を埋め、そのまま鳩尾まで捩じり上げた。意識が飛びかけていた綾は突然の苦痛に悲鳴を上げる。しばらく空気を求める様に口をぱくぱくと開閉した後、失神して涼の身体に倒れ込んだ。涼は綾を軽く肩に担ぎ上げると、体育倉庫に向かって歩き出した。
「ん……んん……、んぁ……」
綾が目を覚ます。裸電球に照らされた黒くザラザラした地面が目に入った。顔を上げる。かごに入った様々な球技のボール。バスケットの得点板。その他、所狭しと押し込められた様々な用具。
「やっとお目覚めですか? 待ちくたびれましたよ」
涼が積み上げられた白いマットの上に座っていた。綾が目を覚ましたのを確認すると、ゆっくりとした動作でマットから降りる。
「くっ……え? な、何これ?」
ぼうっとした意識を頭を振って回復させる。思考が回復して来ると同時に、綾は自分の置かれている状態に気がついた。綾の身体は体育倉庫の壁に背中をつけられ、両腕は頭の上で交差させた体勢で、手首を縄跳びで壁の金具に固定されていた。足首にもそれぞれ縄跳びが剥き出しの鉄骨と結ばれ、僅かに身じろぎするくらいしか身体の自由が効かなかった。強制的に無防備に身体を開いた状態になり、ショート丈のセーラー服はもう少しで胸が見えそうなくらいまくれ上がっていた。
「な……なっ……?」
「ふふふ……いい格好ですよ」
「嘘……くっ! この……ッ!」
必死に身体を揺さぶるが、縄跳びの拘束は緩みそうも無い。涼は笑みを浮かべながら綾に近づく。
「あなたの苦しむ顔があまりにもそそるものでしたから、もう少し堪能しようと思いましてね。さっきまではまだ自由に抵抗できましたが、これからはどうでしょう……避けることも、防御することも出来ない……」
綾の表情から血の気が引いてゆく。
「さて……どうしたものか……。痛めつけるだけでは芸が無いので……そうですね。尋問でもしましょうか。アンチレジストの本部の場所と、この学校に他にもアンチレジストの構成員がいるのか教えていただけますか?」
「な……そんなこと……い……言う訳ないでしょ! こんなことしても無駄……ゔぐぅッ!?」
綾が言い終わらないうちに、涼の拳がむき出しの綾の腹部にめり込み、滑らかな肌を巻き込んで手首まで痛々しく陥没した。
「ふふ……そう、口を割らない方がこちらも楽しめますよ。頑張って耐えて下さいね」
ずぶ……ずぶ……ずぶ……と一定の感覚で、涼の拳が綾の腹部に突き刺さる。攻撃を受けるたび、綾の身体が跳ね上がった。
「がッ!? ごぶッ! うぐッ! ぐぶッ!」
「どうですか? 背中を壁に着けていると、威力が逃げずにそのまま受け止めるしか無いでしょう? もっと苦しんで下さい」
壁と拳に挟まれ、綾の腹は痛々しくひしゃげた。上着が捲れ上がり、微かに赤く染まった肌が痛々しい。綾は目に涙を浮かべながらも歯を食いしばって耐え、涼の拳を受け入れ続けた。
「おぐぅッ! ゔあッ! ぐぶっ!? ぐッ……けほっ……こ……こんなの……効かない……から…………」
歯を食いしばりながら、必死に涼を睨みつける。
「はっ……はぁ……どうしたの……もう……終わり?」
綾は必死に強がって見せるが、膝は力が入らずガクガクと笑っている。苦痛の連続で下あごが震え、歯が僅かにカチカチと音を立てていた。綾の様子に涼は満足そうな笑みを浮かべ、綾の肩に手をかける。
「これは大変失礼を致しました。お詫びに、死にたくなるほどの苦痛を味わわせて差し上げます。どうぞご勘弁を……」
「くっ……あぅ……」
涼の手に、綾の肩が小刻みに震えている感触が伝わる。涼は綾の下腹に拳を埋めると、柔らかな胃の感触を確かめる様にゆっくりと埋めていった。
「あ……ぐぷっ!?」
ぐりっ……という嫌な音が狭い空間に木霊する。
涼は綾の胃を正確に探り当てると、それを潰す様にさらに拳を突き込んだ。
「げぽっ?! うぶ……おぉぉぉ……」
胃を完全に潰され、綾の口から透明な胃液がこぼれ落ちる。今までの苦痛とは明らかに違う内蔵へのダメージに、綾の瞳孔は一気に収縮した。涼は拳を抜かず、嬲る様にぐぢぐぢと拳で掻き回す。
「ふふ……壁との間に胃を挟まれて、さぞ苦しいでしょうね」
「あ……うっ……ぬ……抜い……て……」
「これはどうでしょう?」
涼は膝を引き絞って綾の両肩を掴むと、背骨の感触が分かるほど深く綾の腹に突き込んだ。臍から鳩尾の下までの広い面積が一気に陥没し、とてつもない苦痛が綾を襲った。
「ぐ!? ぐあぁぁぁぁぁ!」
「いかがですか? 拳とは比にならない威力だと思いますが」
「げぼッ……う……ぐぷッ……や……やめ……赤ちゃん……出来なくなっちゃう……」
この世のものとは思えないほどの苦痛に、綾は口を大きく開いて喘いだ。心が折れそうになるが、強い使命感と友香を助けたいという気持ちが、ぎりぎりで屈服しそうな心を支えてい。
「……いい顔だ。たまらない……一回……出すぞ……」
涼は文字通り人間離れした力で綾の腕を拘束していた縄跳びを引き千切った。崩れる様に綾が地面に両膝を着く。涼は綾の頭を押さえて仰向けに倒れるのを防ぐと、おもむろにスラックスのファスナーを下した。一般男性の二周りほど大きい性器を取り出し、綾の顔の前でしごきたてる。体勢的に真正面からそれを直視してしまった綾は、一瞬で自分が何をされようとしているのかを理解した。
「あ……えっ……? うそ……まさか……嫌、嫌ぁ!」
「くっ……出る……くおぉッ!」
「うあッ?! ああああっ!」
涼は何の躊躇いも無く綾の顔を目掛け、信じられないほど大量の粘液を浴びせかけた。綾は本能的に顔を逸らそうとするが、涼に頭を掴まれて逃げることが出来ず、どくどくと溢れでる粘液を浴びるしかなかなかった。
「くあぁ……まだ……止まらないですよ。ちゃんと舌を出してたっぷりと受け止めなさい」
「あ……あうっ……ぅぁ……えぅ……まら……れてる……」
ダメージで意識が朦朧としているのか、涼が命じると綾は素直に舌を出して放出を受け止めた。あどけなさの残る顔でうっとりと上目遣いで見上げ、舌全体で濁った粘液を受け止める様子はこの上なく背徳的で、涼の興奮は最高量に達し、放出は数十秒続いた。
「えぅ……あぁ……はっ……はぁ……」
「くふぅ……かなり出ましたね……。どうですか? 一番強力なチャームの味は? もう身体の制御が効かないはずですが」
「あ……あ……あぁ……」
綾はバケツをひっくり返された様な量の粘液を浴びせられ、真っ白にコーティングされた舌を出しながら恍惚とした表情で涼を見上げた。胸の前に差し出した両手にもなみなみと白濁が溜まり、口からこぼれて来る白濁を受け止めている。
「さぁ……口に溜まったものを飲みなさい」
「うぅん……ごくっ……ん……んふぅ」
「くく……素直で良いですよ。さぁ、これを舐めて綺麗にしなさい」
「はぁ……はぁ、う……あ……」
涼は一歩前に進むと、放出したばかりだというのに硬度を保ったままの性器を綾の前に突き出した。綾は吸い寄せられるように差し出された性器を咥えようと小さく口を開ける。しかし、性器の先と綾の唇が触れようと舌直前、微かに綾の目に光が戻った。
「だめ……友香……友香を……助けるまで……負けられない……」
「……何だと? 私の最も強力なチャームを飲んだはず……。既に精神が侵され、チャームを求めるだけの存在になってもおかしくはないというのに……まぁいい、なら死ぬ寸前まで痛めつけてやる」
涼は倉庫の壁から新しい縄跳びを取ると、綾を再び壁に拘束した。綾の目からは、恐怖と苦痛と悔しさで自然と涙が溢れた。このままでは殺されるかもしれない。友香の救出を断念し、組織のことを話して助かろうかという考えが浮かんだ。なぜ自分が顔も知らないファーザーや、見ず知らずの他人の為にこんな目に遭わなければならないのかと。しかし、その考えはすぐに消えた。家族とは疎遠になっている綾にとって、友香は境遇の似ている、何でも打ち明けられるかけがえの無い親友だ。その友香が、この男に弄ばれたのだ。絶対に敵を討ちたい。たとえ討てなくても、屈服だけは絶対したくない。
「殺すなら……殺しなさいよ。絶対に……絶対に! お前なんかに屈しないから!」
「……なら、望み通りにしてあげましょう。殺すのは惜しいですが、替わりは探せばいくらでもいますからね……」
涼は拳が軋むほど強く握り、弓を引き絞るような動作で綾の腹部に狙いを定める。
「内臓を潰し、背骨を粉砕してあげましょう……のたうち回って死に……ぐぅっ!?」
急に涼の顔つきが変わり、握られた拳がゆっくりと開かれた。一瞬のことに、綾は何が起こったか分からなかった。涼が背を向ける。後ろには綾の親友、友香が立っていた。
「お前……なぜここに? わ……私に何をした……?」
「綾をひどい目に合わせたからよ。目を覚ましたら、先生が居なかったから、探したら声が聞こえて……。よくも綾に酷いことを!」
涼の背中に包丁が突き刺さっている。グレーのスーツがみるみる赤く染まっていく。涼は包丁をつかみ引き抜くとその先をまじまじと見つめた。
「馬鹿な……お前は完全に私のチャームに侵されていたはずだ……。正気に戻ることなど……」
涼の手から包丁が落ちる。大きな音を立てて、コンクリートの床の上で跳ねた。涼は信じられないものを見る様に、床に落ちた包丁を見つめた。
「お前みたいな出来損ないが……一番強力なチャームに打ち勝っただと? おとなしく私のチャームを求めるだけの存在になっていればいいものを……」
「……友香……本当に友香なの?」
「綾、待ってて。すぐに助けるから」
涼は先ほどまでの余裕の表情が消え、憎悪の表情でゆっくりと友香に近づく。
「出来損ないが……お前のような落ちこぼれに私が負けるはずが無い! せめてお前だけでも殺してやる!」
「たとえ出来損ないだって、ちゃんと生きて存在しているのよ! 人妖のチャームがどれだけ強力か知らないけど、綾のことを忘れる訳無いでしょ!」
涼が友香に近づく瞬間、背後で綾が叫んだ。ほんの一瞬、涼の気が削がれる。友香はその瞬間を見逃さず、もう一本の包丁を取り出すと涼に突進し、それを左胸に突き刺した。包丁は滑るように涼の身体に吸い込まれていった。
涼がくぐもった悲鳴を上げる。何かを呟きながらよろよろと友香の脇をすりぬけ、扉に向かって歩き出す。友香は綾に駆け寄り、床に落ちていた包丁を拾って綾を拘束している縄跳びを切った。綾は崩れ落ちる様に友香に倒れる。ほとんど身体に力が入らなかったが、両手は友香をしっかりと抱きしめていた。
「友香……ありがとう……怖かった……。それに、友香も無事で良かった……」
二人の瞳からは自然と涙が溢れ、友香も綾の頭をなでながらうなずいた。背後から涼の低い声が聞こえた。
「二人とも、覚えておけ……ごぶっ……今日は油断したが、私にここまで深手を負わせたことを後悔させてやる……」
涼は体育館の中央で唸る様に言うと、そのまま暗闇へと消えて行った。友香が急いで追いかけるが、既に涼の姿はどこにも無かった。
「あーあ、身体が鈍っちゃった。早く訓練したいなぁ」
綾は青空に向かって伸びをしながら病院の玄関を出た。横には友香が並んで歩いている。
「もう訓練するの? 一週間の入院で済んだことが奇跡的なのに」
友香が綾の横をお歩きながら呆れた様に呟いた。
「結局、校長……誠心学園の人妖は行方不明。その後は組織が後処理して、綾がいない間に表面上は海外の教育機関へヘッドハンティングってことで話がついてる」
「うわ、嘘くさい。この時期にそれはかなり無理があるんじゃない?」
「仕方ないわよ、緊急だったし。でもやっぱりファンが多かったのね。相当数の女子が悔しがってた。その後に派遣された校長がまた普通の太ったおじさんでね……今までのとギャップがあり過ぎてみんなヘコんでる」
「人妖の可能性は?」
「無いでしょ? 普通に結婚して子供もいるみたいだし。時々家族で買い物をしている所を見られてるって」
ふふ、と二人で笑い合い、駅に向かって歩く。
「組織に行く前に、何か食べて行く?」
友香が綾に聞いた。綾の顔が満面の笑顔になる。
「ジ……」
「ジェラート! でしょ? それも塩キャラメルのダブル」
「さっすが!」
清々しいハイタッチの音が青空に抜ける。
脅威は消えた訳ではないが、今はつかの間の平和を味わいたかった。
おそらくそう遠くないうちに、再び涼と対峙するだろう。その時は、今度こそ助からないかもしれない。今回のように運が良かったということは無く……。今生きていることが確立の高い偶然であることを二人は噛み締めていた。だからこそ、今を楽しみたい。
今、生きているということを。