Яoom ИumbeR_55

Яoom ИumbeR_55は「男性→女性への腹パンチ」を主に扱う小説同人サークルです。

カテゴリ: case:ZION

「あぐっ……ぐぶぅっ! うぐっ……ごぶぅっ! うぐっ!?」
「ほらほら、早く吐かないと、胃が破裂しますよ?」
 涼は綾の首を解放すると、渾身の力を込めて綾の胃を抉った。小さい胃は壁同士が触れ合うほど潰れ、押し出された粘液が開放された喉元を一気に駆け上がった。
「おゔっ!? ごぼっ……うげぇぁぁぁぁぁぁぁ!」
 綾の口から大量の白濁が滝のようにこぼれ落ちた。長時間にわたる嘔吐はびちゃびちゃ汚い音を立てながら足下に濁った水たまりを作る。
 涼が掴んでいた綾のセーラー服を放すと、綾は糸の切れた人形の様にうつ伏せに崩れ落ちた。目は完全に白目を剥き、口からはひゅうひゅうとふいごの様な異常な呼吸音が漏れる。シオンが涼の脚から這う様に綾に近づき、呼吸を楽にするために仰向け身体の向きを変えた。
「あ……綾ちゃん……嘘……しっかりして……」
 綾は反応こそしないものの、呼吸はいくらか楽になったようだ。シオンがその様子をみて微かに安堵する。足音も無く背後から涼が近づき、シオンの頭を掴んで無理矢理肉棒を口にねじ込んだ。
「あ……ああっ……!? むぐぅっ!?」
「次は君だ……。綾を見て我慢が出来なくなったでしょう? 綾の後にすぐに犯してやろう。その挑発的な身体を一回も使わずに殺すのはさすがに勿体ない……」
「ぐっ……んむぅ……ガリッ!」
「ぐっ?! ぐぉぉ!?」
 突然自分の急所を襲った苦痛に涼がくぐもった声を上げ、シオンの口から男根を引き抜く。涼の男根にはうっすらとシオンの歯形が残っていた。
「はぁっ……はぁっ……うぐっ……」
 シオンは座り込みながらも、輝きを失っていない目で涼を睨みつけていた。涼は痛みと剣幕にわずかに後ずさる。シオンが「くっ」と声を漏らしながら立ち上がった。
「……もうこれ以上、貴方の好きにはさせません」
「馬鹿な……あれだけチャームを飲まされておいて……。多少吐き出したくらいでは効果が薄れることは無いはずだ」
 シオンは確かに綾と共に涼に奉仕している最中は身体の火照りを抑えられなかったし、綾に対してもある種同性愛的な感情すら抱いていた。しかし、今は倦怠感や脱力感は残るものの、ゆっくりと霧が晴れるように身体の火照りや甘く熱っぽい思考が薄れてゆくのを感じていた。
「……早めに始末した方がよさそうだ」
 涼がシオンに近づき、短いモーションで拳を振るう。シオンは転がるようにしてそれを避ける。身体には相変わらず力が入らず、攻撃は出来ない。
「ちょこまかと……」
 時間が経つにつれ徐々にシオンの動きも鈍くなる。いつの間にか端末の置かれたデスクの近くに追いつめられた。隙を突かれて胸の辺りの布を掴まれると一気に引き寄せられ、拳が鳩尾に埋まった。
「ゔぅっ?!」
「捕まえましたよ。せいぜい頑張って耐えなさい」
 嵐の様な拳が、シオンの下腹部、臍、鳩尾とランダムに責め立てる。いずれもピンポイントで急所を突き、拳が埋まるたびにシオンの身体が大きく跳ねた。徐々にシオンの意識が遠のいて行く。
「あぐっ!? うぐぅっ! ゔっ! ぐふぅぅっ!」
「くくく……限界ですか? ではそろそろ内臓を破裂させて……。ぐっ?! な……何だ!?」
 突然、涼の首に誰かの腕が巻き付き、ギリギリと締め上げた。 不意をつかれ涼の顔が歪み、攻撃が止まる。シオンは何が起きたか分からなかったが、考えるよりも先に身体が動いた。普段は足の甲を対象物に当てる様に蹴るが、今回は爪先を相手の顎にひっかける様に振り抜いた。小さな威力でも、てこの原理で涼の頭が九十度傾き、頭蓋の中で脳が揺さぶられる。さらに前屈みに倒れかかった涼の顎を膝で蹴り上げた。
 シオンにしては本能的なえげつない攻撃だった。顎を跳ね上げられた涼の首は自分の体重に逆らって後頭部と背中が付くのではないかというほど反り返った。無呼吸で攻撃を放ったシオンは体力のほとんどを使い果たし、ガクリと膝をつく。
「ぷはっ……はぁ……はぁ……」
 うつ伏せに倒れた涼の背後に立っているシルエットが徐々に鮮明になる。先ほどまで身体を乗っ取られていた鑑が、倒れた涼の身体を見下ろしていた。
「けほっ……か……鑑君? だ……大丈夫なの?」
「……やっと自由に身体が動かせるようになりました。こいつに乗っ取られている間も、僕の意識はずっと覚醒していました……。すみません、会長に酷いことを……」
「鑑君……よかった……」
 シオンは両手を口元に当てて言葉を失った。驚愕と安堵が混じり合い、瞳には涙が浮かんでいる。
「感傷に浸るのは後です、今はこいつを倒さなければ……。生憎、武器と呼べそうなものはこれくらいしか無いですが」
 鑑はブレザーの内ポケットから涼が叩き割った瓶の破片を取り出した。破片はナイフの様に鋭く尖がっている。鑑もかなり体力を消耗しているようだったが、気合いと共に涼の背中……友香の刺し傷の残る箇所に破片を突き刺した。ビクリと涼の身体が跳ね、鑑を跳ね飛ばす様な勢いで立ち上がる。
「があぁぁ……! き……貴様ぁ……!?」
 涼は自分の背中を伝う血を指で拭い、信じられないという表情で鑑を見つめる。瓶の口を掴んで抜こうと試みるが、思った以上に深く突き刺さっており抜くことが出来ない。
「馬鹿な……私に乗っ取られたんだぞ……? 脳が耐えられず自我が崩壊してもおかしくはないはずだ……」
「おそらく乗っ取られている間に簿記自身が意識を失ったら、目を覚ますことは無かったでしょう。まるで出口の無い暗い部屋に閉じ込められたまま、自分の身体を使った貴方の行為を画面を通して見ている様でした。何人も知っている顔が目の前で犯されて……。ですが、おかげで色んなことも分かりましたよ。篠崎先生のこととか、チャームのこととかね。アンチレジストのオペレーターとして、初めて戦闘で役に立てました」
 そう言うと鑑はあまり見せない笑顔をシオンに向けた。
「オペレーター……? ま……まさか鑑君……?」
「無事にこの任務が終わったら、会長専属に立候補させてもらいますよ。如月なんていう珍しい名前の人が上級戦闘員にいることは知っていましたが、まさか会長だったなんて。普段のおっとりしているイメージからは想像がつきませんからね。まぁ、その戦闘服は少々やり過ぎだと思いますが……。上級戦闘員は戦闘服をオーダーメイド出来ると聞いていますが、その服は会長の趣味ということでよろしいですか?」
「あっ……これはその……いや……趣味ではあるんですけど……」
 二人が会話している最中、涼はじりじりと後ずさりながら距離を取る。背中の傷はかなりの深手だった。綾の連れて来たオペレーターもいつここに来るかわからない。深手を追う前であれば非戦闘員など目を瞑ってても始末出来ただろうが、ここは一旦退いた方が得策だ。
「運のいい奴らだ……。いずれ……むっ!?」
 足下を見ると、綾の手が涼の足首を掴んでいた。汗で前髪が貼り付いた顔を上げながら、苦しそうにウインクしている。
「続き……するんでしょ? でもね……さっきあんたに言った言葉は取り消し。そう簡単に初めてはあげられないわ」
「なっ……綾……。 うぉぉ!?」
 綾は掴んだ足首を強引に捻った。涼がバランスを崩してたたらを踏む。床一面に広がった自ら放出したのチャームの水たまりに足を滑らせ、背中から倒れ込む。背中に突き刺さったままの瓶の破片が自らの体重と床に挟まれ、涼の体内に更に深く刺さった。
 涼の身体はビクリと身体を跳ねさせると、細かい痙攣が続いた。ごぼっという音と共に口からは血の泡が吹き上がる。内蔵のどこかにダメージを負ったらしい。
「シオンさん!」
「会長!」
 綾と鑑が同時に叫ぶ。シオンは頷くと、手近の机を足がかりに三角飛びの要領で跳び上った。勢いを殺さず、全体重をかけて涼の胸に両膝から落ちる。ぶちぶちと繊維の切れる音とともに、シオンは膝の先に硬い感触を感じた。瓶の破片が皮一枚隔ててシオンの膝に触れる。破片が完全に涼の心臓を貫通していた。
「がああああっ!? ごぶっ……く……ごぽっ!」
 涼の口中に大量の血液が溢れ、自らの血液に溺れるようにごぼごぼと咽せた。目を覆いたくなる様な光景だったが、シオンは目を逸らさずに一部始終を見届けた。涼は目を見開き、ばたばたと痙攣しながら自分の爪で喉を掻き毟ると、唐突に全ての動きが止まった。涼の紅い目は倒れたままの綾を凝視していたが、もはやその画像が涼の脳に映像として届けられることは無かった。

 最後の救急車を見送り、シオンはようやく肺に溜まった息を深く吐き出した。冷子の手にかかった男子生徒は驚くほど手際の良い作業で数台の救急車に乗せられ、アナスタシア総合病院へと搬送された。付近住民は「毒ガスが発生した」「細菌が漏れた」などと口々に噂し一時騒然となったが、救急車が行ってしまうと次第に落ち着きを取り戻し、散り散りに解散して行った。その後はアナスタシアとアンチレジストの手によって情報規制がなされ、当時現場に居合わせた野次馬以外にこのことが知られることは無かった。
 鑑は落ち着いてオペレーターのリーダーに今回の件を報告しており、その背後では綾が専属のオペレーター、紬をはじめとした数人のオペレーターからこっぴどく叱られている。
 深夜になり僅かに気温の下がった八月の風がシオンの髪をなびかせる。右のツインテールを押さえた時、背後から綾が声をかけた。
「はぁ……やっとお説教終わった……。なんだか戦闘よりもどっと疲れたわ……」
「あら? 意外と早かったですね?」
「いろいろ報告があるから、続きは後でゆっくりだって……。それと、当分は勝手な行動は慎むようにだってさ……はぁ……」
「ふふ……それだけ心配されるほど大切に思われているんですから、感謝しないとダメですよ?」
「まぁそうね。今回ここに乗り込めたのも皆のおかげだし。なんだかんだで振り回しちゃったからね」
 綾が背後のオペレーターを振り返りながら呟く。先ほどまで綾を叱っていた仲間達は携帯電話であちこちと連絡を取っている。
「……危なかったね。本当に」
「そうですね……。今回は自分の未熟さを思い知らされました。綾ちゃんが来てくれなかったら、私は今頃どうなっていたか……」
「まぁそれは私も同じことだしさ。シオンさんが頑張って精神を保ってられたから共闘できたんだし……。それにしても、あいつら一体なんだったんだろう? 涼の身体を持って行った奴ら」
 シオンが涼にトドメを刺し、その場にいた全員が完全に力つきている時、突如三人の人間が部屋に入ってきた。 パニック映画の中に出てきそうな冗談みたいな格好の奴らだった。それぞれ真っ黒い服を着て、フルフェイスになったガスマスクの様なものをすっぽりと被っていたので、正体は全く分からない。三人は迷うこと無く涼の動かなくなった身体を運び出し、何事も無かったかの様に消えて行った。わずか十五秒ほどの出来事。その場にいたシオン、綾、鑑の三人はあまりの手際の良さに声も発することが出来ず、ただ呆然と成り行きを見守るしか無かった。
「おそらく、私達の知らない所で何か大きな動きがあるのはほぼ間違いないでしょう。正直、アンチレジストという存在自体、見方を変えた方がいいかもしれません」
「アンチレジストを?」
「はい。自分で所属しておきながら、この組織はあまりにも謎が多過ぎます。マスメディアや警察を押さえ込む影響力や、あそこまで充実した施設や人員の維持。個人や企業が取り仕切るには並大抵のことではありません。私なりに、少し調べてみます」
「確かにそれが組織の方針だと勝手に思い込んできたけど……。私にも手伝わせて! もちろん人妖討伐も続けながらね!」
「もちろんです。よろしくお願いしますね、綾ちゃん!」
 シオンと綾は満面の笑みが浮かべながら、互いの手を握り合った。タイプは全く違うが、この人となら上手くやれそうな気がする。二人の心の中に温かいものが広がっていった。
「あー……盛り上がっているところ申し訳ないですが」
 突然声をかけられ、二人がびっくりして振り返ると、報告を終えた鑑が眼鏡を直しながら立っていた。
「ご、ごめんなさい鑑君。報告はもう終わったの?」
「いえ、まだ途中ですが、概要だけ話してひとまず病院へ向かうみたいです。念のため僕を含め三人とも病院で検査入院する様にと」
 綾がひときわ大きなため息をついた。やれやれ、また入院か。退屈な上に訓練が出来ない病院は、綾にとって牢獄とほとんど変わらない施設だった。
「移動する前に一度シャワーを浴びたいですね……。結構汗をかきましたし、他にも色々浴びましたし……」
 シオンが何の気なしに呟くと鑑が顔を赤くして下を向いた。自分もシオンに「色々」浴びせた一人だ。その時のシオンの見せた表情や仕草は今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
「会長室にあるシャワーならすぐに浴びれますし……。綾ちゃんも一緒にどうですか? よかったら鑑君も」
「浴びたい! というか、シオンさんって学校に自分の部屋があるんですか……?」
「ぼ、僕は遠慮しておきます……。それと神崎さん、入院中はくれぐれも大人しくしておいて下さいね。双子の捜索も含めて後処理はオペレーターがやりますから。神崎さんと会長は早く体力を回復させて現場に復帰できるように調整して下さい」
「あ……双子ってあの……」
「由里ちゃんと由羅ちゃんでしたっけ……。会議で見た廃工場での映像はでは一方的にやられていましたけど、一体どのような経緯で人妖の仲間になってしまったんでしょうか……」
「現段階ではわかりません。危惧すべきは、こちらの内部情報が双子を通じて人妖側に流れる危険性……いえ、既に流れていると考えた方が自然でしょう。どちらにせよ、近いうちに双子には何らかの処分を下さなければなりません」
 鑑が話し終わると、三人は誰とも無く口をつぐんだ。正門から入って来た黒塗りの車が一台、三人に向かって石畳を踏みしめながら走ってきた。

 カフェの奥の席で、金髪と茶髪の美少女二人と、眼鏡をかけた整った顔立ちの男子がテーブルを囲んでいた。テレビや雑誌に出てきそうな美男美女が揃い、何かの撮影かと時折視線を送る客もいたが、時間が経つと次第に自分たちの世界に戻って行った。シオンと綾、鑑は久しぶりの再開に楽しげに談笑していた。店内は静かな音楽が流れ、中に居る客は全員思い思いの時間を楽しんでいた。

「わぁ……シオンさん髪下ろしたんだ。すごい綺麗……触ってもいい?」 
「ええ、いいですよー」
 綾が指をわきわきと動かしながら問いかけ、シオンがいつも通りのんびりと答える。綾がシオンの髪に触れ、感嘆の声を上げているのを見て、鑑がため息をつきながら眼鏡を直した。
 精密検査として入院したものの、それは半ば取り調べに近いものだった。厳重に顔を隠したアンチレジストの上層部と名乗る人間が長い時間病室を訪れ、様々な質問をしては帰って行った。しかも三人の口裏合わせを防ぐかの様に入院中は別々の個室に移され、病室の出入りも常に看護師が付き添い、退院までお互いの顔を見ることは全く無かった。退院後はそれぞれ雑務の処理で普段の生活のペースに戻るのに半月ほどかかり、ようやく落ち着いて三人が顔を合わせることとなった。
「すごい綺麗……。これだけ長いのに枝毛が一本も無いし……」
「ありがとうございますー。任務や訓練の時は邪魔にならない様に纏めているんですけど、普段は下ろしてるんですよ。鑑君もこの方が威厳が出るとか落ち着いて見えるとかよく褒めてくれますし」
「えっ!? ま……まさか二人って付き合ってるんですか?」
「ぶっ! 違いますよ!」
 鑑が飲んでいたブラックコーヒーを吐き出し、珍しく大きな声を出した。普段は落ち着いているが、色恋の話は苦手らしい。
「だって、普通女の子の髪型に意見するのってそういう関係になってからじゃない? しかも鑑さんに褒められてシオンさんも喜んでるし」
「会長とはそう言う関係ではありません! 人間としては尊敬できますが……」
「女性としては尊敬できないの……? はうぅ……」
「い……いえ、そう言う訳では……。と、とにかく会長、休んでいた間に溜まった業務はまだ片付いてないんですから、当面は組織のことは置いといて学院のことに専念して下さいよ。間違ってもこの前の戦闘服で登校しないで下さいね」
「わ、わかってますよ! あれはあくまでも個人的な趣味であって、学校には持ち込みませんから!」
「あーあ、とうとうコスプレ好きを認めちゃったよこのお姉さんは……」
「だって好きなんだから、仕方ないじゃないですかぁ……」
シオンが下を向きながら真っ赤になって呟くと。綾と鑑が同時に笑い出し、つられてシオンも笑った。三人の笑い声を、ひとときの平和とコーヒーの香りが包んでいた。

「舐められたものですね。私に対して一人で挑むとは。面倒なので二人同時にお相手していただけませんか? 病み上がりの私相手に強気になるのも分かりますが、時間も少ないもので」
「その必要は無いわ。それと、とりあえず私が勝ったらすぐにでも服を着てくれない? 見たくもないものが目に入るのって結構不快なのよ」
「見たくもないものですか……以前、もう少してこれをしゃぶりそうになっていた人のセリフとは思えませんね」
「……少し黙りなさいよ!」
 綾が涼に向かって駆ける。それを合図に涼も綾に向かって突進し、お互いの射程圏内で拳が機関銃のように飛び交った。
 お互い多少の攻撃は受けていたが、僅かに綾の方が優勢だった。綾はこの日に備え、一層の修練を積んでいた。手堅く涼の攻撃をガードすると確実にカウンターを当て、相手の反撃が来る前に距離を取る。一撃一撃が重い人妖に対しては最も有効な戦法だ。
 涼は身体がなかなか言うことを聞かないのか、攻撃は以前に比べてかなり大振りだった。
 綾の右フックが涼の左脇腹に当たり、肋骨からめきりと嫌な音が響いた。相手が脇腹を押さえたところで、すかさず左膝を腹に撃ち込む。涼の濁った叫び声が綾とシオンの鼓膜を揺さぶった。
 涼は片膝を着き、脇腹と腹を押さえて脂汗を流しながら荒い息を吐いている。普段の人を食った様な表情からは一変して、獣の様な顔になっていた。
「間抜けな格好ね。身体能力の高さに思い上がって防御を疎かにするからこんなことになるのよ。もう勝負は見えたんじゃない?」
 綾はゆっくりと片膝を付いている涼に近づくと、両方の拳を腰に当て、仁王立ちで涼を見下ろした。
 涼はしばらく肩で息をしていたが、微かに口元を釣り上げながら綾の胸の辺りを見る。綾が視線に気付いて下を向く。
 室内の湿気と自分の汗で、ショート丈のセーラー服が捲れ上がった状態で肌に貼り付き、正面から見ると綾の胸の下半分が露になっていた。綾は戦闘時、締め付けられる感覚が嫌で下着を外している。涼の位置からは綾の素肌が完全に覗けるはずだ。
 綾は真っ赤になり、あわててセーラー服の裾を両手で掴んで下げる。その隙をついて涼は立ち上がって壁際に向かって走り出した。涼の進む先にはシオンが待機している。
「あっ? ひ……卑怯者!」
 綾もすぐに走り出すが間に合わない。涼はシオンに対して拳を突き出した。しかし、拳がシオンの顔面に当たる直前、涼の視界からシオンの姿が消える。シオンは運足を使い、一瞬で涼の右側の死角へと移動した。無音で鮮やかな移動は端から見たら瞬間移動の様に見える。
「綾ちゃんのおかげで十分休めました。私だってアンチレジストの戦闘員なんですよ……。鑑君の仇くらい自分で取れます!」
 シオンの放った右膝が、涼の腹部に吸い込まれて行った。予想外の展開に涼は腹筋を固めることもままならず、ずぶりという音と共に涼の胃がシオンの膝の形にひしゃげた。
「シオンさんナイス! これで終わりよ!」
 涼の胴体越しにシオンの膝を殴る様に、綾が渾身のパンチを放つ。涼の胃は完全に潰れ、その場に崩れ落ちる様に両膝を着くと、両手で口元を押さえて踞った。
「ごっ……ごぶっ……うぶぉぉぉぉ……」
 シオンと綾はお互い顔を見合わせ、軽くハイタッチと交わすと涼に視線を戻した。綾が涼に近づき、嘔吐く様を見下ろしている。
「もう終わりにしない? これ以上やっても苦痛が増えるだけよ? 生憎あんたみたいに相手を痛めつけて喜ぶ趣味は無いから。おとなしく捕まるのならこれ以上攻撃はしないわ」
「ぐぅぅぅぅっ……げろぉっ!」
 涼は綾をちらりと見上げた後、口から黒い塊を吐き出した。一瞬血かと思い、綾はうっ声を出して顔をしかめ、目を逸らした。
「そ、それを床に置いて下さい!」
 綾の背後でシオンが叫ぶ。涼の手には栄養ドリンクの様な大きさの茶色い薬瓶が握られていた。涼は厳重に封をされた薬瓶を握りしめて立ち上がると、それを力任せに地面に叩き付けた。瓶が砕け、甘い匂いが周囲に漂い始める。
「はぁ……はぁ……まさかこれを使うとはな。私としたことが何という屈辱だ。だが、これで私の勝ちだ。たっぷりと時間をかけて嬲ってから、じわじわと殺してやる……」
 表情は笑っている様に見えるが、眉間には怒りを表す深い皺が刻まれ、今にも折れそうなほどの力で歯を食いしばっていた。
「な……何をしたの……? 何なのこの甘い匂いは……?」
「綾ちゃん気をつけて……絶対に何かある」
 二人は咄嗟に涼に対して身構える。涼は一歩ずつ確かめる様に歩き出すと、突進を開始した。
 標的は、シオンだった。
 涼は咆哮を上げながら大振りな右ストレートを放つ。スピードは速いが、真正面からの攻撃にシオンはチャンスと思い、再び涼の死角へ潜り込もうとステップを取った。しかし、突如脚がゼリーに包まれた様な重苦しさを感じた。
 脚が一瞬もつれたと思ったと同時に、涼の拳はシオンの鼻先に迫っていた。身体を無理矢理捻ってかがみ込み、何とかそれを避ける。拳が自分の頭上をかすめたかと思うと、数本の金髪がはらはらと目の前に落ちてきた。
「シ、シオンさん!?」
「くっ……やあっ!」
 しゃがんだままの体勢で涼に脚払いを放つ。涼は転びはしなかったものの呻きながらよろめく。綾がすかさず追い討ちをかけた。
 体勢を崩した所へレバーブローがしたたかにヒットし、涼の口からくぐもった声が漏れた。その声が途切れないうちに、シオンの滑らかな脚線が鞭のようにしなりながら、涼の顔面に見事な回し蹴りを叩き付ける。
 レバーブローを撃たれ、憎々しげに綾をにらんでいた涼の顔が、シオンのエナメルのシューズの裏に隠れた。
「がぶっ!? ぶぐぅっ!」
「おお……やるぅシオンさん! 私達結構良いコンビかもね!」
「ふふ、光栄ですね」
 涼は声にならない咆哮を上げ、暴れる様に二人から離れる。鼻からは血が大量に滴り、上唇も裂けていた。手の甲で口元を拭い、そこに付いた大量の血を見て微かに表情を曇らせる。
「くっ……まだこれほど動けるとはな……だが、もう少しだ……」
「もう少し? どういうことよ?」
 綾が拳を握りしめながら、ゆっくりと涼に近づく。
「ハッタリもいいけど、こっちはあまり殴りたくないってさっき言ったでしょう? そろそろ終わりにしてあげるわ!」
 綾が涼の顎を目掛けへ拳を放つ。しかし次の瞬間、綾の腕は強烈な脱力感に襲われた。先ほどレバーブローを放ったときにもわずかに感じた感覚だったが、今回は腕全体に無数の穴が開いて、そこから水の様に力が流れ出る様な感覚だった。
 それはとてもパンチとは言えず、ただ惰性で腕が涼に向かって伸ばされただけだった。一瞬の軽いめまいの後、右手首に痛みが走る。涼が骨が折れるほどの力で綾の手首を掴み、もう片方の手を綾の腹部に伸ばした。ぐじゅっという何かが潰れた様な音が三人の耳にはっきりと届いた。
「あ……綾……ちゃん……?」
「……え?」
 綾が自分の腹部を見下ろす。涼の拳が手首が隠れるほど深く、自分の華奢な腹部に突き刺さっていた。
「あ……う……ぐぷっ!? うぶあぁぁぁぁ!」
「う……嘘……綾ちゃん!?」
 すさまじい衝撃のためか、綾が状況を把握してから苦痛を感じるまで数秒のタイムラグがあった。その後に襲ってきた苦痛は想像を絶するもので、涼が拳を抜き取った後も綾の腹部は拳の跡がくっきりと残っていた。
「ぐぷっ……! げぼっ!? な……なに……今の……?」
 綾は両手で腹を抱えながら身体をくの字に曲げ、口の端から唾液を垂らしながらかすむ目で涼を見上げた。涼はこれ以上無いほど嬉しそうな顔をして、再び拳を握りしめた。
「やっと効きましたか……。もう一発あげますから、自分で確かめたらどうですか?」
 涼は綾のセーラー服の奥襟を掴んで上体を起こすと、拳を綾の腹目掛けて突き込んだ。綾は避けられないと判断し咄嗟に腹筋に力を入れるが、先ほどと同様腹筋から力が抜け落ち、完全に弛緩したところへ涼の重い拳が柔らかい肌を巻き込んで痛々しくめり込んだ。
「げぶぅぅぅっ!? うぐっ……ごぼぉ……ッ!」
 ぐじゅっと湿った音を放ちながら涼の拳は何の抵抗も無く綾のくびれた腹に吸い込まれ、内蔵をかき回した。両足が地面から浮くほどの衝撃に綾の瞳孔が一気に収縮し、黒目の半分がまぶたの裏に隠れる。
「ははは……いい顔ですね。さっきまでの勢いはどうしました?」
 涼は失神寸前の綾の顔を覗き込みながら、冷酷な笑みを浮かべる。そして口の端から垂れている唾液を舌で掬い取る様に舐め上げると、強引に綾の口の中へ舌をねじ込ませた。
「うむっ…!? んむっ……んんぅ!?」
 綾は混濁した意識の中、突然出現した口の中を這い回る粘液にまみれた軟体動物の感触に鳥肌が立った。
「んんぅ……ちゅばぁっ……。美味しい唾液だ……もっと出してもらおうか」
 綾の腹に痛々しいほど深く突き刺さった拳を、さらに身体の奥へとねじ込む。
「ああああああっ?! かはっ……ッ! う……うぷっ……」
 綾はもはや溢れる唾液を飲み込むことも出来ずに、ただ白目を剥きながらだらしなく舌を垂らして喘ぐしか無かった。涼は綾の伸び切った舌を引き抜くほどの勢いで吸う。
「ん……んむっ……ぷはっ! あ……そ……そんな……こんな……ことって……」
 綾は深々と自分の腹部にめり込んでいる涼の拳見ると、ふるふると首を振った。一瞬で窮地に立たされ、涼の嬉々とした表情とは対照的に、綾の表情には絶望の影が色濃く浮かんでいる。
 「あ……綾ちゃんを離して!」
 あまりの事態に呆気にとられていたシオンが我に帰り、二人の元へ駆け出す。涼はすぐに綾の身体を投げ捨てる様に解放すると、飛んできたシオンの回し蹴りを片手で受け止めた。
「くっ……」
「くくく、 綺麗な蹴りですね。今は蚊が止まりそうなほど遅いですが……。突き技が得意な綾と、蹴り技が得意な貴女、確かに良いコンビだ」
「な……何で? 力が……入らない」
「私の使役する部下に特殊能力を持つ者がいましてね。頭も容姿も最悪の全く役に立たない下賎な屑ですが、そいつの汗に含まれる成分は相手の筋肉を弛緩させる能力がありました……。その成分を冷子さんに分析してもらい、合成したのがあの瓶の中身です。あの屑もやっと役に立ちましたか……」
「筋肉を……弛緩……?」
「そうです……濃縮して一瞬で効き目が出るようにしてあります。もはや立っているだけで精一杯でしょう? 綾の得意なパンチも、貴女の得意な蹴りも、しなやかに鍛えられた筋肉が働いていてばこそ……もちろん防御力も」
 涼は掴んだシオンの足首を引っ張り、シオンの身体を強引に自分の身体に引き寄せると、剥き出しになった腹部目掛けて丸太のような膝を埋めた。
 「ゔぅっ!? あ……うぐぅっ!?」
「ははは、どうですか? 自分の得意技の蹴りで攻められる気分は? 休む暇も無いですよ」
「……うぐっ……!? う……ぐぶぅっ……ゔあぁっ!」
 悲鳴も上げられないほどの短い間隔で、涼の膝が連続してシオンの腹に突き刺さった。シオンの身体ががくがくと痙攣を始めると、涼はほとんど無抵抗になったシオンの背中に衝撃が逃げないように左手を添える。そのままシオンを抱きかかえるようにして渾身のボデイブローを突き込んだ。シオンの背骨が軋むほど奥深くに涼の拳が埋まる。
「ぶふぅぅッ!?」
 胃を完全に潰され、シオンの口から大量に飲まされた男子学生の精液や涼のチャームが逆流し、床に白い水溜まりを作る。顔からは血の気が引き、顎が震えて歯がかちかちと音を立てた。
「くくく……背骨が掴めそうなほど深く入りましたね。あのガスの中には濃縮したチャームの成分も入っている。殺す前に楽しませてもらいますよ」
「あぐっ……うぐえぇぇぇ……。あ……そ……そんな……」
 涼が抱きかかえる様に押さえていたシオンの身体を解放すると、シオンは頭から倒れ込んだ。開いた口からは絶えず胃液や精液が逆流している。涼は倒れている綾に近づくと髪を掴んで無理矢理膝立ちにさせ、勃起した男根を突き出した。
「しゃぶりなさい。綾、まずは君からだ」
 涼が跪いている綾に向けて腰を突き出す。綾は青ざめた顔で涼の顔と男根を交互にに見ながら、震える声で抗議した。
「な、何言ってるのよ……。そんなこと……で……出来る訳ないでしょ? す……好きでもない人の……こんなものを」
 綾が青ざめた顔で首を振って抗議するが、涼は全く意に介さずにその大きな手で綾の頭を掴むと、無理矢理顔を引きつけた。
「ああっ……ッ!?  むぐっ!? んぐぅぅぅぅ!? う……うむっ……んむぅぅぅぅっ!?」
 涼が綾の頭を強引に引き寄せて、その小さい口に収まりきらないほどの極太を突き入れた。綾の口が限界にまで開かれ、反射的に目からは自然と涙がこぼれる。
「どうですか? 初めての男の味は……? くぅぅっ……きついな……」
「むぐっ!? んむぅぅっ! ぷはっ! はぁ……はぁ……う……むぐぅっ!?」
 綾はたまらず涼のペニスを吐き出すが、涼は逃がすまいと綾の髪の毛を掴むと、再び口内を犯した。
 涼が足元を見ると、身体を引きずる様にしてシオンが涼の太腿を叩いて抗議している。度重なる攻撃と嘔吐した直後でほとんど声が出ないのだろう。掠れた声を発しながら、泣きそうな眼差しを涼に向けて必死に訴えている。
 涼はシオンの頭を掴み、まるで自分の性器越しに綾に口づけをさせるように二人の唇を合わせた。
「!? うぁつ……んむぅぅぅっ……!? ん……ちゅっ……あ……綾……ちゃん……」
「んむぅぅぅっ……!? シ……シオンさ……ちゅぶっ……んむっ……あふぅっ……」
 綾とシオンが同時に自分の性器に奉仕している。夢の様な光景が眼下に広がり、涼の背中にぞわぞわと快感の波が駆け上がった。二人はチャームの影響もあるのか、上気した顔でまるでお互いの舌を絡め合うように涼の性器にしゃぶり付いている。 
「ちゅぶっ……はぁ……ん……んむっ……シオンさん……」
「綾ちゃ……ふぅっ……あ……はぁ……ちゅっ……れろぉっ……」
 二人の痴態に涼の身体はぞくぞくと反応し、身体の奥底からせり上がってくる熱い塊を感じると、二つの唇に挟まれて限界まで膨れ上がったペニスを綾の口内に押し込み、乱暴に腰を振った。
「んぐぅっ!? んっ……んっ……んっ……んふぅぅっ…」
「くぅぅっ……! 限界だ。窒息するほど出すぞ……ッ! 舌全体で味わった後、一滴残らず飲み込みなさい」
「むぐうっ!? んぐっ……んふぅぅぅぅぅぅっ!?」
 涼は一旦亀頭を綾の唇まで引き抜くと、大量の体液を躊躇無く綾の口内に噴出した。綾の頬は一瞬で風船のように膨らみ、濁流は口内から食道を通り胃を満たした。
「ぐふっ!? んんっ! ごくっ……う……うぐ……」
「はははは……いい眺めだ。まだ止まらんぞ……。ほら、私を見ながら飲み込むんだ。音を立てて……。貴女が私の性器にいやらしくしゃぶりついて、その奉仕が私を満足させたという証ですよ……ありがたく飲みなさい」
「んぶっ……ごくっ……ごきゅ……ごくっ……んふぅぅぅ……。ぷはっ! あ……はぁ……あぁっ……か……顔に……」
 綾は涙を浮かべながら上目遣いで喉を鳴らして涼の体液を飲み込んでいたが、その量の多さにたまらず放出し切る直前にペニスを吐き出した。残った残滓が綾の顔に振り注ぎ、あどけなさの残る顔をいやらしく染め上げてった。
「あっ……あぁ……こ、こんなにたくさん……すごい……」
 綾は顔中に白濁をぶちまけられながらも恍惚とした表情を浮かべ、粘液の溜まった舌を突き出したままうっとりと涼を見上げていた。涼は綾の胸ぐらを掴んで無理矢理立たせると顔を覗き込み、この上ない征服感に満足げな笑みを浮かべた。
「とうとう堕ちましたか。さて……どうしてほしいんだ?」
 涼は綾のスカートの中に手を入れると、薄い布地越しに太腿の付け根をなぞった。くちゅっという淫靡な音と共に、涼の中指が綾の固くなった突起に触れ、綾の身体がビクリと跳ねる。 
「あうっ?! ふぁっ!? や……そこおっ!?」
「ほぉ……なんだこの水っぽい音は? それにこんなにクリトリスを腫らせて……。私のチンポをしゃぶって興奮したのか?」
 涼は笑みを浮かべながら綾の顔を覗き込む。チャームで快感神経を過敏にされ、初めて男性に触れられる自分の敏感な箇所から送られる快楽を必死に否定しながらも、崩れ落ちそうな身体を涼の腕を掴んで必死に支える。
「くくくく……敵だろうが何だろうが、チンポなら誰のでもいいんですね? 正義感ぶっていても、正体はとんだ淫乱娘だ。何なら、このままぶち込んであげましょうか?」
「あ……ふあっ……うっ……くうっ……」
 綾は涙を浮かべ、必死に歯を食いしばって身体の中から沸き上がる粘ついた快感に耐える。強烈すぎるチャームの効果は、たとえ綾であろうとその身体と精神を蝕んで行った。
「どうしました? 普段なら『冗談じゃない』とか言うでしょう? まさか本当に俺に犯されたいのですか?」
「うぅっ……し……したいなら……好きにしなさいよ……」
 綾は顔を真っ赤にしながら、消え入る様な声で呟いた。その言葉に肯定の意味が含まれていることは誰が聞いても明らかだった。しかし、涼はニヤリと笑うと掴んでいたセーラー服の襟元を捻って綾の首を絞めた。
「ぐっ!? あ……けほっ……く……くる……し………」
  一瞬で綾の表情が変わる。涼は大量のチャームを飲まされ、少しだけ普段より膨らんでいる綾の下腹に拳を突き込んだ。
 どぽん……と水風船を殴った様な音が響き、綾の目が見開かれて白い喉が蠢く。
「ぐぶっ!? うぐあぁぁぁ!」
 膨らんだ胃を押しつぶしている拳を柔らかい肉が包んだ。涼はすぐさま拳を引き抜くと、二発目、三発目と追撃を加え綾を責め立てる。綾の胃は撃ち込まれた拳で何回も無惨に変形させられ、大量のチャームが胃の中で暴れながらすぐに喉元までせり上がったが、首を制服で締め上げられているため吐き出すことが出来ない。
「ぐぶっ!? ごぶぅっ! ぐぅぅっ!? うぶぅっ……!」
「はははっ! もっと苦しめ! 苦しむ表情を私に見せろ! 散々嬲った後で続きをしてやる。ぼろぼろになるまで犯してやるぞ」
「や……やめ……止めて下さい!」
 シオンが涼の足にすがりつくが、鉄塊の様な拳は綾の腹部に突き刺さり続け、その度にむき出しの柔肌は痛々しく陥没した。綾の顔からは血の気が失せ、目は空ろに泳ぎ、悲鳴も徐々に小さくなって行った。

「止まって下さい綾さん! 一人で乗り込むのは危険です! 貴女にまで何かあったら……!」
 背後からオペレーターの必死な叫び声が聞こえるが、綾は聞こえない振りをして研究棟を目指し、疾風のように駆けて行った。シオンの行動が追えなくなってから三時間が経過していた。任務終了予定時刻よりも大幅に過れている。当初、音声通信が途絶えた後もシオンの動きのみは追えたものの、駐車場から広場まで移動し、研究棟に入ったと同時に解析不能に陥った。おそらく研究棟全体が何らかの傍受対策を施されているのだろう。
 綾の勘と今までの経験が警鐘を鳴らしていた。とても嫌な予感がする。居ても立ってもいられずにアンチレジストのロッカールームで学校の制服から戦闘服に着替え、アジトを飛び出そうとした時に綾専属のオペレーター、衣笠紬(きぬがさ つむぎ)と出くわした。訳を聞いた紬の呼びかけで五人が自主的にシオン救出に名乗りを上げた。
「待っててシオンさん……。すぐに助けに行くから……ッ!?」
 研究棟付近の噴水広場に、野球部のユニフォームを着た生徒が三人倒れていた。眼鏡をかけた学生は耳から血を流している。
「ちょ……ちょっと大丈夫!?」
  慌てて綾が眼鏡をかけた学生の元に駆け寄る。失神こそしているものの、呼吸や心音は正常だった。全員命に別状は無いらしい。ほっとして通信機のスイッチを入れる。
「こちら綾、救じ……」
「なにしてるんですか綾さん! 勝手に行ってしまって……いくら強いからって、もしものことがあったらどうするんです!?」
 綾の言葉を遮り、耳がキーンと鳴るほどの紬の怒声がイヤホンを付けている右耳から左耳へ抜ける。綾は目の前がチカチカして倒れている眼鏡の足につまずき、べしゃりと見事に転んだ。
「わわっ……ちょっ! 痛った!?」 
「えっ? だ……大丈夫ですか!?」
「もう! 急に大声出すからびっくりしたじゃない! 踏み台にしたことは謝るわ。事件が解決したらお説教も聞くから。研究棟前の広場で怪我人三人を発見。救助を要請します」
「怪我人? 容態は大丈夫ですか?」
「失神しているけど、呼吸や心音は大丈夫みたい。本当に、ここで一体何があったのよ……。とにかく私は研究棟に向かうから、救助の方は任せたわよ。研究棟は何があるか分からないから、貴女達は下で待機していて欲しいの。もし二時間して私が戻らなかったら、ファーザーに連絡して……」 
「あ……ちょっと綾さ……」
 綾は一方的に通信を切った後、改めて研究棟を見上げる。厳しい選考基準をパスした者のみが入学を許されるアナスタシア聖書学院。建物から地面の石畳に至るまで中性ヨーロッパ調に統一された広大な敷地において、現代的な造りの研究棟は周囲の景観から明らかに浮いていた。月の光を浴びて不気味に光る様は、まるで悪魔の根城のようにも見える。
 研究棟はドアが開いており、綾はすんなり中に入ることが出来た。注意して一歩一歩進むが、人の気配は無い。廊下を曲がると、まるで中に招き入れる様にエレベーターが待機していた。中の姿見には、赤い塗料のようなものを急いで拭った跡がある。
 ごくりと綾が固唾を飲む音が廊下全体に響いた気がした。綾は意を決してエレベーターに入る。扉がまるで獲物を体内に取り込む食虫植物の様にゆっくりと締まった。
  
「うわ、酷い臭い。涼、アンタ張り切り過ぎ。ねぇ冷子、またシャワー入れてあげた方がいいんじゃない?」
「やぁよ、面倒くさい。それより早くここを離れるわよ」
「あなたが如月シオンさんですか……モニターで見るよりもずっと綺麗ですね……」
「貴女達は……木附由里さんと……由羅さん……? 何故ここに……?」
 彼女達のことはアンチレジストの会議で報告を受けた。数ヶ月前、廃工場での任務に失敗し、肥満体の人妖に散々責め立てられる映像を見たことがある。その双子が、目の前で人妖と親しげに話をしている。シオンは事態が飲み込めなかった。
「シオンさんに良いニュースですよ。神崎綾さんがもうすぐこちらに来てくれます。エレベーターに乗ると自動的にこの階に着くようにセットしておきましたから……」
「ちょっ、由里!? あんたいつの間にそんなことしたの!? ヤバいじゃん!?」
「大丈夫だよ由羅……その前にここを出ればいいだけから。隠し通路は知っている人にしか分からないしね……」
 由里はのんびりした様子で持っていたタオルでシオンの身体を拭く。その後ろでパタパタと慌てながら由羅が端末を操作すると、遠くで重い物が動く音がした。どこかの扉が開いたらしい。
 対照的な二人に半ば呆れながら、冷子が涼に声をかける。
「さぁ涼、すぐ出発するから服を来て頂戴」
「綾か……」
「え……?」
「……私はしばらくここに残りましょう。綾には仮死体験などという貴重な体験をさせていただいたお礼がしたいですからね」
 涼の目は興奮のためか、人妖特有の縦に切れた瞳孔が赤い光を放って爛々と輝いている。表面的にはいつもの落ち着いた柔らかい笑みを浮かべていたが、長い付き合いの冷子にはその奥にどす黒いマグマの様な怒りが沸き立っていることが理解できた。
「ちょっと! 気持ちは分かるけど、今はここを離れるのが先決でしょう!? 今は綾って娘一人かもしれないけど、数が増えたら厄介になるわよ。それに、あの娘を殺すならいつだって……」
「いえ、私ももう我慢が出来ないのですよ。後で新しいアジトの場所を連絡して下さい。出来れば時間をかけて嬲りたいのですが……明日の朝までにはそちらに向かいますよ」
 冷子は説得を諦めて双子と共に部屋を出る。冷子が出て数分後、綾が扉を壊す勢いで部屋に飛び込んできた。

「シオンさん! 大丈夫!?」
 綾は目の前に広がっている光景に言葉を失った。
 床一面に、まるで白いペンキをぶちまけた様に白濁の粘液が水たまりを作っており、その中心にはどろどろになりながら呆然と座り込むシオンと、その正面で仁王立ちになり、顔だけをこちらに向けている涼の姿があった。
 シオンは綾が視界に入るとゆっくりと顔を向け、安堵のためか緑色の瞳からは一筋の涙が流れた。
「綾ちゃん……。私……汚れちゃった……」
「…………ッ!」
 綾はわなわなと震えながら涼に刺す様な視線を向ける。涼はにやりと笑うとシオンの頭を掴んで男根を口内にねじ込んだ。
「んぐっ!? うむぅぅぅっ!?」 
「なっ!? やめろっ!」
 綾が涼に突進すると、涼はあっさりとシオンの口から男根を引き抜き後ろに下がる。挑発のための行為だったらしいが、綾は完全に頭に血が登っている。今にも飛びかかりそうになる気持ちを堪えながら、シオンの肩に手を置く。
「シオンさん、もう大丈夫……。待ってて、すぐにあいつをぶちのめすから!」
 綾のはめている革製のグローブがぎりぎりと軋む。
 シオンは下を向いたままぽろぽろと涙を零すと、自分の肩に置かれている綾の手をそっと外した。
「シオンさん……?」
「ご、ごめんんなさい……。私……汚れちゃったから……綾ちゃんに会わせる顔が無いの……」 
「何言ってるのシオンさん……。『汚された』の間違いでしょ!? あんな下衆にやられたことなんて気にしないで!」
「違うの……。さ……されてるうちに私……だんだん気持ちよくなって……。自分がこんなにエッチだったなんて知らなくて……」 
 シオンは細い肩を振るわせながら泣いていた。綾は自分の服にチャームや精液が付くこともかまわずに正面からシオンをしっかりと抱きしめた。一瞬ビクリとしたシオンだったが、抱きしめられているうちに安心したのか、遠慮がちに綾の背中に手を回した。
「大丈夫……大丈夫だから。シオンさんは絶対に汚れてなんか無い……。もしそうだったら、こういう風に抱きしめられる訳無いでしょう? 絶対に大丈夫……」
 綾も目に涙を浮かべながら立ち上がり、手の甲で涙を拭うと、涼に向き合った。
「許さない……絶対に許さないから……。もう謝っても、絶対に許さないから!」
「許さないのはこちらも同じですよ」
 涼が脇腹の刺し傷を撫でながら呟く。
「私は貴女のおかげで大変な目に遭いましてね。行き倒れて、使役している賤妖に助けられるなどという無様な醜態を晒し、挙句の果てに蘇生までの間胸くそ悪い人間の身体を借りていたのです。生き恥を晒すとはこういうことを言うのでしょうね」 
「自分で撒いた種でしょう? なに人のせいにしてるのよ。こっちだって色々されたんだから……お互い様よ」
「何を馬鹿な。下賎な人間が高貴な存在の人妖に支配されるのは自然の摂理でしょう?」
 涼がゆっくりと二人に歩み寄る。綾は身体をシオンの前に移動させて、庇うように涼に対峙する。
「どこまで思い上がっているの? 生物に優劣なんて無いわよ!」
「ふふ……貴女方はいつもそうだ。自分のしていることは棚に上げて、他の人が同じことをすれば我慢が出来ない。生物に優劣が無い? では例えば人里に熊が出た場合、観光地に猿が出た場合、人間はどのような手段を取っているのですか? 猟銃を持って追いかけ回して嬲り殺すのが常でしょう?」 
「そ……それは……」
「違います」
 静かだがよく通る声が室内に響く。綾の足下に座り込んでいたシオンが、よろよろと立ち上がり涼に向き合う。
「……確かに私達は時々自分勝手な行動を取るかもしれませんが、それでも様々な生き物と共存しようと努力もしています。浜辺に打ち上げられたイルカやクジラを助けたり、さっき貴方がおっしゃった人里に出てきた動物だって、麻酔で眠らせて山に帰したりもしています。全てが最悪の選択ではないんです」
 シオンは隣の部屋のケージに入れられた動物達の死体を思い出し、涙がこみ上げてきた。振り払うかのように強く頭を振る。金髪のツインテールが揺れ、弱々しい蛍光灯の光を浴びてキラキラと輝いた。
「……まぁいいでしょう。こちらの計画も順調に進んでいます。今は神崎綾……貴女にお礼をすることに集中しましょうか?」
 涼の目がギラリと光を放つと、綾に向かって突進した。一瞬で距離が縮まり、綾の顔面を目掛け拳を放つ。
「あ、綾ちゃん!? 危ない!」
「うわっ!?」
 綾は反射的に身体を反らし、涼の重い拳を紙一重で避ける。風圧で綾の右頬がヒリヒリと痛んだ。まともに食らっていれば鼻骨どころか頬骨や眼底骨にまで深刻なダメージを負っていただろう。
「くっ……はぁっ!」
 涼の腹部を狙って裏拳を放つ。固い音がして、オープンフィンガーグローブを付けた綾の拳が埋まる。
「ぐぶっ!」
「やああっ!」
 裏拳が入ると同時に、下がった涼の顎を目掛けてアッパーを放つ。綾の身体は頭で考えるより先に行動し、最善の選択をして相手を攻撃する。その選択が間違うことはほぼ無い。綾をアンチレジストの上級戦闘員たらしめる持って産まれた素質だ。
 しかし、涼も文字通り人間離れした生物だ。基礎的な筋力はもちろん、反射神経や動体視力も人間のそれを上回っている。涼は掌で綾の拳を受けると、そのまま手首を掴んだ。
「くっ……!」 
「ふうぅ……なかなか効きましたよ……。やはりまだ私の身体は本調子では無いらしい」
 涼の拳が、綾のショート丈のセーラー服から覗く腹部目掛けて放たれる。綾は咄嗟に腹筋を固めてダメージを堪えるが、全くのノーダメージという訳ではない。固い皮を打つ音が周囲に響く。
「うぐっ!? くぅっ……」
「綾ちゃん!?」
「ほぅ……強くなりましたね。威力が落ちているとはいえ、私の一撃を耐えるとは」
「うくっ……あ……当たり前でしょ? アンタと違って……寝ていた訳じゃないんだから……」
 涼は綾の手首を解放し、一旦距離を取って構える。
「いくら鍛えても私の身体と人間の身体とではスペックが違います。先ほどシオンさんのお相手をした時、私は鑑という人間の身体を借りていたのですが、愚鈍で筋力も瞬発力も劣る人間の身体には歯がゆい思いをしましたよ。用済みになりましたので、捨て置いてありますがね」
 鑑の名を聞いてシオンがピクリと反応する。背後でシオンが拳を握る気配が綾にも伝わった。
「シオンさん。悪いけど、ここは私に任せてくれる?」
「綾ちゃん……?」
「こいつとの決着は私自身で着けたいの。それに残念だけどシオンさんは今までの戦闘で疲労がかなり溜まってる。無理しても結果は見えてるわ。詳しくは知らないけど、鑑さんの分もあいつには身体で払ってもらう。もちろんシオンさんの分もね!」
 そう言うと綾はシオンに歯を見せて笑い、拳で掌を叩く様にぱんと合わせた。
「あり得ないけど、もし私がピンチになったら助けにきて。でもそれまでは休んで私に任せて欲しいの。気持ちを無視するようだけど、どうかお願い……」
「綾ちゃん……分かったわ。その代わり、危なくなったらすぐに助けに入るから」
 綾は力強く頷くと、表情を引き締めて涼に向き合う。足元を確かめる様にローファーで地面を擦り、グローブを深く嵌め直した。

「ん…………うぅ……」
 どれくらい時間が経っただろうか。
 先ほどと同じ部屋。シオンは固い床の上で目を覚ました。
 視界にはまだ薄靄がかかり明確ではないが、本能的に身体を点検する。幸い、腹部に疼痛が残る以外は、腱や骨、関節や首に大きなダメージは無い。誰かわからないが、いつの間にか汚された身体はある程度綺麗に清拭されている。衣服に白くこびり付いた残滓と口の中に残る後味がわずかに不快なだけだった。
「くっ……」
 横座りのまま上体を起こす。異様に身体が重い。それに加え、なぜか身体の中がじんわりと熱を持っている。
「お目覚めかしら?」
 突然の声にびくりと振り向くと、冷子がモデルのような姿勢で椅子に座りながらシオンを見下ろしていた。握りこぶしの上に鋭い顎を乗せ、すらりと伸びた足を妖艶に組んでいる。 
「ずいぶんと派手に汚されたわねぇ。愛されててうらやましいわ。一応身体は拭いておいてあげたけど、それでも落ちなかった所は我慢してね……」
「篠崎先生……」
 ハッキリしない意識の中で数秒間ぼうっ冷子を見つめていたシオンだったが、頭の中に生徒達の映像がよぎると慌てて声を上げた。 
「あ、あのっ! み、皆さんは? 皆さんはどこへ行かれたのですか!?」
「はぁ? 皆さんってあの男子部員達のこと? あっきれた……。貴女あいつらに何されたか憶えてないの? 今更、生きてようが死んでようが関係ないでしょう?」
 冷子は吐き捨てるように言うと、軽蔑の視線をシオンに送る。しかし、シオンは必死に縋り付いた。
「か……彼らは薬で一時的に前後不明になっていただけです! 無事なんですか? 後遺症とかは無いんですか?」
「貴女馬鹿じゃないの? 馬鹿じゃなかったら吐き気がするほどのお人好しね。本当にむかつくわ。安物のチョコレートじゃあるまいし、ゲロ甘なのも大概にしなさいよ? 虫酸が走るのよ。貴女みたいなお人好しを見てるとね……」
 薄暗い部屋の中、冷子の声は氷で出来たナイフのように冷たく響いた。椅子から立ち上がると、硬質な靴音を立ててシオンに近づき、髪の毛を掴み無理矢理立たせる。
「あうっ!? 痛ぃ!」
「なんで貴女はそんなに他人を信用出来るのよ? 性善説なんて地動説と同じくらい馬鹿げた理論だって誰でも知ってるでしょう? 人間なんて立場が変われば他人を平気で裏切るし、すぐに殺し合いを始める屑以下の存在じゃない。同族同士で共食いする生き物なんて、蜘蛛やカマキリみたいな虫ケラと人間だけよ……。もっとも、同族同士で憎み合うだけならまだしも、他の生き物にまで迷惑をかけている分、人間の方がタチが悪いわよねぇ……?」
「な……何でそんなに……人間を憎むんですか……?」
 シオンは冷子の手首を掴み、これ以上髪の毛を引っ張られないように押さえる。しかし冷子の握力は凄まじく、シオンの力ではとても解けそうも無かった。冷子は一瞬真剣な表情になり何かを言いかけたが、すぐに元のあざ笑う様な表情に戻った。
「…………さてねぇ」
「な……何か訳があるなら聞かせて下さい……! 私達も……話せば分かり合え……うぐうっ!?」
 シオンが言葉をすべて発する前に、冷子の貫手がシオンの下腹部に鋭くめり込んだ。女性の急所である子宮をピンポイントで突かれ、シオンの顔がみるみる青ざめていく。
「あまり舐めたこと言ってると本気で殺すわよ? 他人の心配より自分の心配でもしたら? 貴女の若さで子供が出来ない身体になるのも辛いでしょう?」
「あ……あぐっ……!? あ……ああぁ……」
「ふふ……せめてもの情けよ。しばらく黙っていなさい」
  冷子はシオンの下腹部から指を引き抜くと、拳を握ってシオンの鳩尾を突いた。
「ぎゅぶぅっ!? うぐあぁぁぁ!」
 シオンの口から今まで聞いたことの無いような悲鳴が吐き出される。あれほど重かったボクシング部のパンチの威力を軽く凌駕する冷子の一撃が鳩尾に捻り込むように突き刺さった。冷子の言葉通り、この一撃がシオンの子宮に向けられていたら確実に後遺症が残っていただろう。
 冷子がシオンの髪を解放すると同時に、シオンは膝を折って崩れ落ちた。失神こそしなかったものの、日本人より白いシオンの肌は、もはや青いと言っていいほど血の気が引いていた。。
「いつかその善人面した仮面が剥がれて醜い素顔が出てくると思ったけど、ここまで分厚い仮面もなかなか無いわね。人間なんて所詮は上辺だけで、最後には自分さえ良ければそれで良いのよ。あなただってその気になればあいつらを皆殺しにして逃げることだって出来たでしょうに、無抵抗にされるがまま……。ふん……まぁいいわ。無事よ。能無し共は別の部屋でぐっすり眠ってるわ」
 シオンの表情がわずかに緩んだ。冷子の言葉に嘘は感じられなかったし、彼らも厳しい練習を積んでそれなりに鍛えている。怪我を負っていないのであれば、逃げ出すチャンスもあるはずだ。
 シオンが鳩尾を両手でかばいながらほっとため息をつくと、部屋の奥から甲高いアラームが響いた。
 カプセルが開き、中から人影がゆっくりと現れる。高身長で引き締まった筋肉質の身体。脇腹に残るナイフの刺し傷。衣服の類いを何も身に付けていない桂木涼が、こめかみを押さえながら二人に近づいた。
「あらあら……こちらもお目醒めね。気分はどう?」
「まだ少しぼんやりしている……軽い二日酔いの様な感じですが、なかなか良好です。やはり自分の身体はいい……」 
「そう、よかった。ところで、補給はどうするの?」
「補給もしたいですが、まずは仮死状態だった頃の老廃物を出したいですね。出来るだけ多くを吸収したいので」
 涼は全裸のまま、一切前を隠そうともせずにうずくまるシオンに近づく。
「早くすっきりするといいわ。この娘には貴方のチャームの配列に似せて合成した疑似チャームを注射しておいたんだけど、まずかったかしら?」
「いやいや、助かりましたよ。まだ本調子ではない中、アンチレジストの相手はいささか疲れますからね」
(合成したチャームを注射……? 私に……?)
 シオンが顔を上げると仁王立ちの涼と目が合った。鼻先に涼の股間があった。シオンは涼の男性器を見た瞬間、身体の中に泡が立つ様な感覚がゾクゾクと沸き上がった。目を逸らそうとしても、不思議と心臓の鼓動が早くなり、視線はそれに釘付けになる。
(な……何……? 何で私……こんなにドキドキしてるの? 身体が……熱い……)
「うふふ……効いているみたいね。そんなに熱い視線で涼のを見つめちゃって……」
「あ……あぁ……あ……」
 目を逸らしたいが身体が言うことを聞かず、様々な感情がシオンの頭の中に浮かんでは消えた。チャームの効果だとわかってはいたが、触りたい欲求は増々強くなる。シオンが生唾を飲み込む音が大きく部屋に響いた。
「そんなに見つめられると興奮しますね。それにしても本当に可愛い娘だ。しかもこんなはしたない格好をして……」
 涼は自分の男性器をしごき始める。まるでシオンに見せつけるようにゆっくりとした動きだったが、性器はすぐに硬度を増し、自分の臍に付きそうなほど反り返っていた。
「あっ……ああっ……す……すごい……もう……こんなに……」
「ふふ……ほら、見て下さい。ガチガチになっているでしょう? 私の頭の中で貴女は今、滅茶苦茶に犯されているのですよ?」
「お、犯されてる……? わ、私が……犯されてるんですか……? あ……ダメ……そんなに太いので……犯さないで下さい……」
 シオンがぼうっとした様子でうわ言のように呟く。涼の自慰を見て興奮しているのは誰が見ても明らかだった。涼の手の動きはどんどん速くなる。先端は既に透明な粘液で濡れ、シオンの鼻先に突きつけられた性器からは強烈な臭いが放たれ始めた。
「すごい……また太く……あぁ……」
「……いい顔になってきましたね……私もそろそろ……」
 シオンの熱っぽい溜息が涼の性器にかかり、興奮が更に高まる。びくびくと痙攣がはじまり、男根の先端をシオンの顔目掛けて構えた。涼の限界が近いことをシオンも悟る。
「お……犯しちゃ……やあっ……やめ……こんなに太くて……逞しいので……あ……ああっ……ビクビクしてる……」
 言葉とは裏腹に、シオンは熱い視線で涼の性器を見つめる。そのまましゃぶりつきそうなほど自らも身を乗り出し、緑色の瞳で切なそうに先走りが出てくる様子を凝視している。
「もうすぐ、たっぷり出してあげますからね。その可愛くていやらしい顔にぶちまけてあげますよ……」
「はぁぁ……あの白くて熱いの出しちゃうんですか……? すごく濃いの……いっぱい出るんですか……? やぁ……か……かけちゃだめ……し……白いの……いっぱい出しちゃだめぇっ……。こ……これ以上かけられたら……私……私……えあぁ……」
 首を振り、口では拒絶の言葉を呟きながらも、 まるでここに出してくれと言っている様に舌を覗かせる。
 涼はすぐに限界を迎えた。涼は微かに声を上げると、性器から白い粘液が崩壊したダムの様にシオンの顔に降り注いだ。量も濃さも常人の数倍はあり、シオンの顔はすぐさま粘液まみれになる。
「あ……で……出る……もうすぐ……出るぅ……。あっ……うぶっ!? ああぁっ!? あ……すごっ……あふぅっ! ま……まだ出て……こ……濃い……」
 あまりの勢いに一瞬目を細めたものの、シオンは顔を背けようともせず、出した舌を引っ込めることもせずに素直に涼の放出を受け止めた。両手はまるで泉の水を掬う聖女の様に胸の前で受け皿のようにかまえ、口からこぼれた粘液を受け止める。
 涼は歯を食いしばりながら放出を続け、溜まりに溜まった粘液をシオンに放出し続けた。

「あーあ、自己満で終了かぁ。つまんないの」
 多数のモニターが放つ青白い光に、あどけなさの残る由里と由羅の顔が照らされている。二人はシオンの居る部屋のあちこちに仕掛けられた隠しカメラの映像を食い入る様に見ていた。 
「仕方ないよ。長いこと仮死状態だったし……。あ……終了じゃないみたい……」
「お、本当だ。オナニーなんかしないでさっさと引ん剝いちゃえばいいのに……。そう言えばさ、人間って何時間犯し続ければ死ぬと思う?」
「んー、分かんないけど興味あるかな……。あのシオンって娘で試してみる?」
「涼が本調子になったら試してみようか? 何ならアンチレジストの他の戦闘員でもいいし」
 「そうね……。あ、ちょっと待って。裏門に……へぇ……思ったより早かったね……」
 隅の方のモニターに動きがあったことを由里は見逃さなかった。
 学院の複数存在する小さな裏門を映したモニターに、身体にぴったりとした黒いウェットスーツの様なものに身を包んだ人影が五人ほど映っている。アンチレジストのオペレーターの装備だ。五人は裏門を開けようと、鍵穴の前で作業をしていた。
 裏門といえどもアナスタシア聖書学院の警備は強固だ。五人は入れ替わりながら作業をしているが、かなり苦戦をしているらしい。
 四苦八苦しているオペレーターの動きが急に慌ただしくなる。オペレーター達が背後の暗がりに向かって、何かを制止する様に手を突き出している。直後、セーラー服を身に付けた少女が一人のオペレーターの肩を踏み台にして跳躍した。二メートル以上はあろうかという裏門を驚くほどの身の軽さで飛び越える。
 茶色を基調としたセーラー服に、指出しのミリタリーグローブ。
 アンチレジストの上級戦闘員、神崎綾だ。
 綾は裏門を飛び越えて敷地内に着地すると振り返り、尻餅をついたオペレーターに拝む様に片手を上げながら頭を下げた。
 周囲で見ていたオペレーターが留まるように指示しているらしいが、綾はそれにかまわず一目散に研究棟の方向に走り出した。
「へぇ……今回の任務に関係無いオペレーターまで来るとはね。命令は出てるの?」
「……出てない。多分自発的に動いてるんじゃないかな……? あの娘の呼びかけだと思う……」
「綾ねぇ……。ま、どっちにしろ今日中にここは離れる予定だったしね。少しくらい早まってもいいか。じゃあ行こうか、由里」
「……そうだね、由羅」
 二人はお互い微嗤み合うと、同時に椅子から立ち上がった。

「ここを離れるまではまだ時間があるし、少しは楽しんでもいいんじゃない? どうせ補給した後は殺しちゃうんだから。そういえば、この娘の胸すごく気持ち良いらしいわよ? 感度も良いし、挟むには十分すぎる大きさでしょ? さっきの男の子なんて射精と同時に失神してたわ」
「もちろん時間一杯まで楽しませていただきますよ。勿体無いですが、引っ越しは荷物が少ないに越したことは無いですから」
 涼は放心したシオンの背後に回り込むと、布越しに胸を鷲掴みにした。「の」の字を描くように乱暴に捏ね回す。愛撫などと呼べるものではなく、ただ自分を満足させるためだけの行為。滑らかな生地越しの胸に指が猛禽類の爪の様に食い込み、ごつごつした指の間からシオンの柔肉がはみ出す。
「あうッ!? い……痛っ……痛い……!」
「おっと、申し訳ありません。あまりにも素晴らしい感触でしたので……。シオンさんは優しくされる方が好きなんですね?」
 涼はシオンのトップスを捲り上げて胸を露出させると、反応を確かめる様に指の先と爪を使って滑る様にシオンの胸を撫でた。まるで一本一本の指が独立し、意志を持った生物のようになめらかな肌の上を這い回る。 
「あ……ふぁっ!? な……あふっ!? はうぅっ!」
 シオンは絶妙な刺激にたまらず声を上げる。産毛を逆撫でされている様なゾクゾクする快感に悶えながら、指を噛んで必死に声を噛み殺した。ソフトタッチで焦らされた後は胸全体をほぐす様に揉みしだき、再びソフトタッチで焦らすが、涼は決して乳首には触れようとしなかった。
 それは時間にすれば三十分ほどであったが、シオンにとっては数時間にも感じられた。シオンは一番触って欲しい場所を触れられずに気が狂うほど焦らされ続け、脱力しきって舌を覗かせたまま、ぐったりと荒い息を吐いていた。意識が飛びそうになった瞬間、突如シオンの胸を這い回る生き物は意図的に避けていた両方の乳首に向かって一斉に集合し、親指と人差し指の腹を使ってしこりをほぐすようにしごきはじめた。
「ふぁ……うぅ……も……もう……無理……。あ……? え……? ふあっ?! うああぁっ!?」
「ふふ……こんなに痙攣して、待ちかねた刺激はいかがですか? もう限界でしょう?」
 涼は右手でシオンの乳首を転がしながら、肩越しに左胸にしゃぶりついた。唇で強引に胸を吸いながら、舌先で乳首を転がすように刺激する。散々焦らされたシオンの脳内に、沸騰しそうなほどの衝撃が走った。
「あああっ! す……吸われて……ッ! 吸っちゃだめぇッ!」
「あらあら……涎垂らしたままそんなによがっちゃって……。うふふ……すごぉい……」
 冷子の笑う声もシオンの耳には届いておらず、ただ大きく身体を仰け反し絶叫しながら目を閉じて快感に身を任せた。
「あっ!? ああっ?! な、何……? ゾクゾクして……うあっ?! や……やあぁぁっ! ああぁぁぁぁッ!」
 元々敏感な身体をした上、合成チャームで感度を更に高められたシオンは玉の汗を浮かべ、その意味も分からないままビクビクと身体を痙攣させた後、背後の涼に身体を預ける様に倒れ込んだ。
「はぁっ……はぁっ……はぁ……な……なに……これ……? 身体が……。んむぅっ!? ん……んぅ……」
 涼がシオンに唇を重ねると、シオンもぼうっとした意識の中で舌を絡める。
「満足してもらえましたか? 今度は私の方を気持ちよくしてもらいますよ」
 涼はシオンの上着を元に戻すと、下から男根を突き込んだ。柔らかい肌はじっとりと汗ばみ、むっちりした弾力が男根を包む。まるで暖めたゼリーに挟まれている様だ。
「お、おおおおおっ! こ、これは確かに凶悪だ。男根がすべて隠れる大きさに……肌触りや弾力も……」
 涼は最初からフルストロークでシオンの柔肉に鋼の様な肉棒を激しく突き込んだ。肌ぶつかる小気味いい破裂音が響き、涼に極上の快楽を送る。
「あっ……あぁ……わ……私……またエッチなことしてる……」
 チャームの効果とはいえ、上気した顔で自分の胸に突き込まれている男根を凝視しながら無意識に呟く言葉は、男性の本能をこの上なく刺激した。天性のものがあるなと涼は思い、射精感は早くも限界まで登り詰める。
「ああっ……ビ、ビクッてなった……。で……出るんですか……? ま……また……白いの……いっぱい出しちゃうんですか……? ふああっ! ま……まだ大きくなるの? す……すごい……」
 悩ましげな上目遣いで熱っぽく呟くシオンに、涼は瞬く間に限界まで追い込まれていった。
「ぐううっ……も、物欲しそうな顔をして……。くおぉっ!」
「あっ! あっ! あっ! ああっ! す、すごいぃ……あ……あああっ!?」
 涼は男根を引き抜くと、顔を目掛けて躊躇うこと無く一気に放出した。シオンの顔を染め上げても放出は止まらず、シオンの半開きの口に男根を突き込む。
「あ……熱いッ……! あ……こんなに……どろどろに……。む……むぐぅっ!? ん……んぅ……んぐぅっ!?」
 シオンは突然口内に男根を押し込まれ、慌てて手と舌で男根を押し出そうとするが、それは更に男根を刺激する行為でしかなかった。激しい涼の放出でシオンの頬は風船のように膨らみ、口内から喉にかけてドクドクと熱い樹液が流し込まれた。シオンは軽い絶頂を味わい、わずかに痙攣しながら焦点の合わない目で涼を見上げる。
 離れた場所で一部始終を見ていた冷子は一通り成り行きを見守った後、シオンにゴミ溜めに群がる蠅を見る様な視線を送る。
「なぁにあの顔? 完全に発情した雌の顔じゃない。なにがアナスタシア創立以来最高の生徒会長よ……。清楚で物静かなお嬢様が聞いてあきれるわね。実際は男のチンポにしゃぶりついて尻尾振ってるただの淫乱だったわ。気持ち悪い……。涼、もう遊びは十分でじょう? その娘に早くぶち込んで粘膜から養分を補給した後、さっさと始末しちゃいなさいよ。私は先に行ってるから」
 冷子はシオンに再び一瞥をくれると、足早に部屋を出て行こうと歩き出した。冷子がドアを開けようとした瞬間に向こうからドアが開き、部屋の中に二人の少女が入って来た。珍しく涼が驚いた顔をしている。シオンもそのは知っていた。アンチレジストの一般戦闘員、由里と由羅だった。

「ははははっ! お前マジで変態だな! こりゃあすげぇ!」
「普通こんなの思い浮かばねぇぜ!」
 準備をしている相撲部の背後で男達が口々にはやし立てる。シオンは気絶している間に、壁に寄せられた丸椅子に背中を壁に付ける様に座らされた。冷房で冷えきった壁がシオンの背中に触れ、身体が僅かに反応する。相撲部はシオンの足を開かせると、その間に入る様に立った。相撲部はシオンの細い指を、恋人同士が指を絡め合う様に握った。
「お、起こしてもらっていいかな?」
「ああ……しかしお前、本当に大丈夫なのかよ? 海綿体骨折なんてシャレになんねーぜ?」
「だ、大丈夫だよ……。は、早くッ……!」
 ボクシング部がシオンの肋骨の下に指押し込むと、シオンの身体がビクリと跳ね上がった。
「くはあっ!? あ……あぅ……あ…………?」
 シオンは自分の目の前に突き出された相撲部の性器をまじまじと見つめた直後、顔を真っ赤にして首を振った。
「や……やぁっ! そ……それ……しまって下さい!」
「だ……ダメだよ……。も、もう……止まらないからね」 
「あ……あぁ……」
 シオンの顔から血の気が引く。頭の中には最悪の事態がリアルな映像として浮かんだ。
 シオンには現在まで特定の恋人はおろか、特別な存在として好意を抱いている相手もいなかった。当然男性経験など無い。
 シオン自身恋愛に興味が無い訳では無かったが、普段の学生生活を終えた後も、生徒会の仕事にアルバイトの論文や小説の翻訳、アンチレジストの訓練や調査報告と忙殺されそうな毎日の中、自分自身のことは常に後回しになっていた。また、基本的にクリスチャンではあったがそこまで熱心ではなく、もし特定の恋人が出来れば結婚の前にそれなりの関係になってもという気持ちもあった。
 組織に入った時、もしかしたらこの様な状況も起こり得ると覚悟はしていたが、いざ目の前に現実が突きつけられると自然と涙が溢れた。
「や……嫌……それだけは……お願いですから……」
 シオンが震える様に首を振ると、相撲部も慌てて口を開く。
「あ……か……勘違いしないでよ? も、もちろん僕だって会長と、その……したいけど……僕も経験無いし……。だ、だから僕は別の方法で会長の中に入るよ……」
 シオンには相撲部の話す内容が理解出来なかった。シオンが混乱していると、突然臍のあたりに熱い塊が押し付けられた。慌てて自分の身体を見ると、相撲部がシオンの腹に自らの男根を押し付けていた。
「えっ……? なっ……何……?」
「あっ……あぁ……すごいスベスベして……い……いくよ」
 恍惚とした表情で相撲部が呟くと、ゆっくりと自らの腰を突き出した。ズブリと亀頭の先端がシオンの臍に飲み込まれる。
「う……嘘……? うっ……ぁ……うああッ!?」
 常人離れした硬度と太さの相撲部の性器は窪んだ臍に突き刺さり、徐々に奥へと侵入して行った。あたたかく滑らかなシオンの肌が男根を包み、えも言われぬ快感を相撲部に与える。
「あっ……ああぁ……すごい……。これが会長の中なんだ……」
 一旦相撲部が男根を引き抜くと、シオンの臍と相撲部の性器が糸で繋がる。すぐさま相撲部は腰を押し付け、ゆっくりと男根をシオンの体内に侵入させた。
「はっ……はぁ……うぐっ!? くはっ……うあっ! う……うぐ……ぐふぅっ!?」
 断続的に突き込まれる槍はリズミカルに加速し、微妙に突く場所を変えながらシオンを責め立てる。息も継げない程連続で臍を責め立てた後、今度は鳩尾を目掛けて男根を押し込んだ。柔らかい感触に相撲部は夢中で腰を振る。シオンは目を白黒させながら男根を受け入れ、胸から下は相撲部の粘液でぬめぬめと光っていた。
「あうっ! あぐっ! ぐふっ! うっ! ぐぶっ! うぐっ!」
 まるで本物の性交のようにピストンを繰り返し、シオンは息継ぎをすることも出来ず責め立てられ、飲み込む暇のない唾液はだらしなく口から下がった舌を伝い胸の谷間に溜まっていった。
 酷い苦痛のためシオンは本能的に何かに掴まろうと相撲部に絡められた指を強く握る。それは相撲部の興奮を更に高まらせ、見ていた男達をも興奮させた。
「す……すげぇ……。本当にやってるみてぇだ」
「見ろよ会長の顔。めちゃくちゃアヘってるぜ……」
 最初は相撲部の変態的な行為を冷笑していた男達も、予想外に淫靡な光景に自然と手が自分の性器に伸びていた。玉の汗を浮かべながらシオンを突きまくっていた相撲部も限界直前まで昂っている。
「あっ! あっ! あっ! ああっ! で、出る! 出るよ!」
 相撲部が一旦大きく腰を引き、一気にシオンの鳩尾の中に男根を突き込んだ。半ば意識が飛びかけていたシオンはその衝撃で覚醒し、次の瞬間身体の奥で熱いものが吐き出されるのを感じた。
「ゔあぁっ! も……もう……。 ッ?! あ……熱いぃっ!?」
 男根はドクドクと脈打ち、突き込んだ肌の隙間から粘液がだらりと溢れた。相撲部はガクガクと膝を振るわせながら長い射精をし、精液は滑らかな腹筋の筋を伝ってスカートに溜まっていった。
「あ……お……お腹の中で……で……出てる……。ま……まだ……すごい量……。あ……熱いのが垂れて……」
 シオンはうわ言のように呟きながら、無意識に相撲部を上目遣いで見上げた。未だに止まらない放出を続けながら生涯味わったことの無い最上級の快感に浸っている相撲部を男達が押しのける。
「ど……どけ! 俺もやべぇんだ!」
「はぁ、はぁ……こ、こんなの見せられたら……またどろどろにしてあげるよ……」
 恍惚としていた相撲部はろくに受け身も取れずに床の上を転がった。男達は放心しているシオンの手を力任せに引いて椅子から引きづり下ろす。シオンはその場に崩れる様に女の子座りになった。
 男達は破裂寸前の怒張を突き出してシオンを取り囲む。サッカー部がシオンの長いツインテールを手で掬い上げると、乾いた砂の様にさらさらと手からこぼれ落ちた。
「い、いつか触ってみたいと思ってたけど……すげぇ。これ本当に人の髪の毛かよ……? キラキラして、すごく細くて……」
 おもむろにサッカー部はシオンの髪の毛を自分の性器に巻き付けながらしごき始めた。シャリシャリと言う小気味いい音と共に、極上の快感がサッカー部に送られる。
「あっ? やぁっ!? か……髪の毛で……」
 女性の命とも言える髪の毛で男根をしごく背徳感と快感。その感触は永遠に味わっていたいものであったが、既に身体が許容できる快感を超えており、わずか十回ほどしごいた後に限界に達した。
「くそっ! 勿体ねぇ……もうダメだ! 気持ちよすぎて…………くっ……出るっ!」
「あっ……と……透明なのが……出て……あっ? き……きゃああぁ! うぷっ……ぷぁっ……けほっ……ああぁ……」
 サッカー部はシオンの横顔に狙いを定めると、堪えきれずに放出した。透き通る様な白い肌が、更に白い情欲で汚されていく。悲鳴を上げたと同時に勢いよく白濁が口の中に入り、シオンは驚いて咽せた。
 サッカー部の放出が終わると、口の端を釣り上げたボクシング部とテニス部が同時にシオンを取り囲む。
「へへへ……また汚されちまったなぁ? 俺も楽しませてもらうぜ? 一度この胸で……してみたかったんだよなぁ……」
 ボクシング部はそう言うと、シオンの胸を隠しているトップスをわずかに持ち上げ、下から自らの男根を挟み込んだ。ぬちゃっと粘液質の卑猥な音が響き、シオンの胸がボクシング部の男根をすべて飲み込む。トップスがバンド代わりになり、手を使わなくても男根を挟んだまま締め付ける。谷間に溜まったシオンの唾液や男達の粘液が潤滑油となり、ボクシング部がピストンを開始すると、いやらしい音を立てながら極上の快楽を送り続けた。
「おぉっ!? おおぉ! すげぇ……! そこいらの女と生でするよりも気持ちいいぜ……。おら……会長……こっち見てくれよ……エロい顔でさぁ……」
「あ……ああっ!? やらぁっ……む……胸でこんな……。な……中で……暴れてる……」
 ボクシング部がシオンの顎を持ち上げる。想像もしなかった行為に涙目になったシオンと目が合った。頬を染めたまま口を半開きに開け、目が泳いで焦点が定まらない。見ようによっては快楽に悶えている様にも見え、ボクシング部の背中を興奮が駆け上がった。
「やらしい顔しやがって……そのエロ顔にまたぶっかけてやる」 
「やっ……だめぇっ……。だ……出さないで……。も……もう……白いの……かけないでぇ……」
 シオンの必死の訴えも、男の射精感を煽るスパイスにしかならなかった。胸の谷間からは赤黒い亀頭の先がぽこぽこと見え隠れし、シオンは嫌悪感で顔を背ける。
「会長……これ見て……」
 シオンの肩越しにテニス部が猫なで声で囁く。シオンが振り返ると、自分に突きつけられた男性器が真っ先に目に入った。あわてて視線を逸らすと、困った様な表情のテニス部と目が合う。
「会長がすごくエッチだからこんなになっちゃったんだよ? 責任取ってよね……」
「なっ……ど……どうすれば……?」
 夢中でパイズリを味わっているボクシング部を尻目に、 テニス部は亀頭の先がシオンの唇に触れるほどの距離まで腰を突き出す。
「……舐めて?」
「え……? こ……こんなの……な……舐められません……」
「酷いなぁ、こんなのだなんて。俺は会長がもっとエッチになるところが見たいのに」 
「なぁ……舐めてやれよ……。アンタのせいで苦しんでるんだぜ? 可愛そうだろ?」
 ボクシング部がピストンを続けながら、シオンの服の上から突起を探り、指で転がす。敏感な乳首を弄られ、シオンの身体が電気が走った様に跳ねた。
「んはぁっ!? あ……だめ……そ……そこはぁ……」
「なんだよこれ? コリコリじゃねぇか? チンポ挟んでて興奮したのか?」
「会長も気持ちよかったんだね……じゃあ……みんなで一緒に気持ちよくなろうか?」
 目を瞑って快感にビクビクと身悶えるシオンの口を目掛け、テニス部の性器がぐいと突き込まれる。突然口内に侵入してきた熱いゴムの様な異物の感触に、シオンは涙を浮かべながら目を大きく見開いた。

「むぐっ……んくっ……んんんぅ……。ぷはっ! はぁ……う……あぁん?! や……さ……先は……弱いから……んむぅっ!? んぐっ……ちゅうぅっ……」
 際どいメイド服を着て、全身精液まみれになりながらパイズリし、胸をいじり回される快感に身体を震わせながらもうひとつの男根にフェラチオをしている巨乳の金髪美少女の姿。男性なら誰しもが夢見る光景が目の前に広がっている。 
 シオンは喉奥まで男根を突き込まれないように右手で根元を押さえる。細い指が男根を軽く締め付け、その刺激がテニス部の頭を真っ白にした。男達の呼吸に徐々に獣の気配が漂い始める。シオンもその気配を察知し、焦点の定まらない目で交互にボクシング部とテニス部を見上げながら、何かを訴えるように首を振る。
 シオンの許しを請う様な様子を見た二人は一気に昂り、テニス部は失神しそうな快感から勢いよく男根を引き抜いた。粘ついた唾液がぬらぬらと光り、亀頭とシオンの口との間に橋を架ける。 
「むぅっ……ん……んぐっ……んぅっ……ぷはぁっ! はぁ……はぁ……はあぁっ……」
「くそ……もう限界だ! おらッ……口開けろ! たっぷり飲ませてやるぜ!」
「ああっ! で……出るよ! 会長がエロすぎるのがいけないんだからね! その可愛い舌に出すよ……出る出る出る出るッ!」
 男根を引き抜かれたまま開きっぱなしになっている口を目掛け、ボクシング部が最後のピストンを突き込んだ。ぱちゅんと肉同士がぶつかる音がした後、胸の谷間からわずかに顔を出した亀頭の先端から、激しい勢いで精液が飛び出し、シオンの顔中に粘液が降り注いだ。ほぼ同時にテニス部も達し、勢いは無いもののドクドクと音が聞こえそうなほど大量の白濁をシオンの口内へピンポイントに落とした。
「あぅ……こ、こんな……。あ……ああっ!? ぷあぁっ!? あぶっ……ああぁ……。え……? こ……こっちも……? お……おおおぉっ! あふっ……げふっ! 息が……お……溺れ……」
 ボクシング部は逃げようとするシオンの髪を掴んで押さえる。シオンはあまりに大量の精液を口内に注がれ呼吸がままならない。男達がようやく放出を終え、シオンが溺死しかけた所でやっと解放した。シオンが地面に倒れ込むと、口から溢れた精液が床に広がる。
 むっとする臭気と湿気が充満する部屋の中、冷子の拍手する音だけがいやに乾いて響いた。

「は……うぅ……こ、こんな……ひどい……」
 シオンは初めて体験する味と臭いに呆然としていた。
 高嶺の花のシオンが、挑発的な格好で精液にまみれている。学院中の男子生徒、果ては教員までもが夢にまで見た光景が眼前に広がり、取り囲んだ男達の心を黒い劣情の炎が包んだ。
「お、おい……どうする……?」
「ど、どうするって……や、やっちまうか?」
「ええっ!? ぼ……僕……経験無いよ……」
「関係ねぇよ。それに、この様子だと会長も経験無いだろ? こんなチャンス滅多にねぇんだ。やらねぇなら俺からやるぜ」
「いや……さすがにレイプは……」
 薄ぼんやりとした明るさの室内に、男達のくぐもった声が響く。お互いに顔を見合わせ、互いに合意を求め合うが、わずかに残った理性が一線を踏みとどまらせている。
 部屋のドアが音を立てて開く。
 空気が流れ、部屋中にべっとりと溜まった重い体液の臭いが僅かに動いた。
「あらあら、女の子を泣かした悪い子は誰かしら?」
 その空間に不釣り合いな柔らかい声が響いた。
 篠崎冷子が、まるで喜劇舞台を観ているような微笑みを浮かべながら、部屋の中央に歩み寄って来た。鑑を含め、部屋の男達が一斉に振り返る。
「どうかしら? この子達の様子は?」
「ええ、攻撃的な言動や行動、射精量などは増加していますが、理性の打ち消しが弱いみたいですね」
「そうみたいね。てっきり今頃如月さんが滅茶苦茶に犯されてる頃だと思って来たけれど……。誰も動こうとしないの?」
「あと一歩といったところでしょうか。やはり人間を人間たらしめる理性を無くすのは容易では無さそうですね」
「あまり無くしすぎるとあの野球部員みたいに馬鹿になっちゃうし。何事もバランスを取ることが一番難しいわ。ところで、身体の方はそろそろいいみたいよ?」 
「ほぉ……それはありがたい」
 鑑の口角がつり上がる。
 冷子と鑑が生徒達の間をすり抜けてパソコンの前まで移動する。冷子が操作をはじめると、試験管を逆さにした様なカプセルの中が青白い光で満たされた。カプセルの中にはかつて綾と対峙した涼の身体が液体に浮かんでいる。脇腹にはうっすらと刺傷が見えた。
「すばらしい……。傷もほとんど消えている……」
「このままでよければすぐに使えるわよ? 器さえ元に戻れば、後は魂を元に戻すだけだもの」
「すぐにお願いします。この身体は能力が低すぎて堪え難い」
「了解。三十分もかからずに終わるわ」
「自分の身体か……エネルギーもかなり減っているでしょうから、すぐに補給しないといけませんね。幸運にも、いい補給元が近くにあることですし……」
 鑑はそう言うと、シオンに一瞥をくれて空いているカプセルに入った。冷子が端末を操作すると、再びカプセルが暗転して中の様子が分からなくなる。
 呆然と二人のやり取りを見ていた男子生徒は、視線を目の前のシオンへと戻した。シオンも少しずつ目に光が戻り、表情も落ち着きを取り戻している。
「み……皆さん。どうか、間違ったことは止めて、すぐに寮に戻って下さい。このことは誰にも話しませんから、皆さんに不都合や処罰が及ぶことはありません。人間は誰でも間違えます……。今日のことは反省していただければ、それで十分ですから……」
 最高級の絹糸のような長い金髪がかすかに震え、同じく金色の長い睫毛にはうっすらと涙が浮かんでいる。服や肌にはまだ生乾きの精液がゼリー状になって残っていたが、それでもシオンは男子生徒達を責めること無く、健気に間違いを正し、諭そうとしている。
 誰も言葉を発すること無く、下唇を噛んでシオンを見つめていた。遠くの方で冷子の操作するキーボードの音だけが微かに響いている。
「ぼぼ……僕……会長のこと本当に憧れてて……。ああ、何てことを……ご、ごめんなさいぃ……」 
 相撲部員の男子生徒が泣き崩れた。他の男子生徒も全員神妙な顔をしている。テニス部も口を開いた。
「いや、その、何というか……。俺達、とんでもないことし」
 言葉が途中で途切れる。
 不審に思った他の生徒もテニス部を見るが、次々に全員が怪訝そうな顔から無表情に変わって行く。シオンの顔にさっと不安な表情がよぎる。無表情になった相撲部員の体の影から冷子が姿を現した。両手には人数分の注射器が握られている。
「皆ダメじゃない。お薬を飲み忘れたら……」
 冷子は理性を取り戻しそうになった男子生徒全員に薬剤を注射し終えると、注射器を背後に放った。乾いた音を立てて地面の上で注射器が爆ぜる。
「あなた本当にすごいわぁ……。こんな仕打ちを受けてもまだ相手を信頼して説得しようとするんだもの。危うく薬の効き目が予定より早く切れそうになったじゃない。夜は長いんだから、もっと楽しまなきゃダメよ」
 冷子が指を鳴らすと、生徒達が操り人形のようにぐりんと首だけをシオンに向け、取り囲む様にシオンに歩み寄った。
「あ……皆さん……?」
 視線が泳ぎ、声がうわずる。再びテニス部が座り込んでいるシオンの背後に回り、興奮した様子で口を開く。
「変かもしれないけど俺さ……。さっき腹を殴られてる時の会長の顔、すごくエロく見えたんだけど……」
「ぼ、僕もそう思う! 普段は見れない切羽詰まった感じが……」
「じ、実は俺も……やべ……思い出したら勃っちまった……」
「何言ってんだよ? 最初からガチガチじゃねぇか。なぁ……俺らも殴ってみないか? レイプがやべぇっつっても、これくらいはさせてもらわねぇと納まらねぇぜ」
 ボクシング部が周囲を見回す。全員が頷いた。
「じゃあ……決まりだな……」
 テニス部が背後からシオンの腕を掴んで立たせると、シオン両肘の間に自分の腕を通し、閂を通したように固定する。
「あ……あぐっ……い、痛い……! や……止めて下さい。目を覚まして」
 シオンの胸が上半身を反らされた反動で上下に波打つ。清楚な印象の整った顔に、際どいコスチュームに包まれた挑発的な身体。男達の生唾を飲み込む音がはっきりとシオンの耳に届いた。
 サッカー部の部長が興奮した様子でシオンの前に立つと、引き締まった槍のような膝をシオンの下腹部に突き刺した。
「んぐうっ?!」
 シオンの身体が電気ショックを受けた様に跳ね、喉から濁った悲鳴が絞り出される。滑らかで日本人よりも白い柔肌に、浅黒い男の膝が痛々しくめり込んでいた。
「へへ……やわらかいな……。サッカーボールよりこっち蹴ってる方が楽しいかもなぁ……」
「あ……あぅ……ぐぷっ! あ……うぁ………」
 シオンは荒い息を吐きながら、視線だけで「馬鹿な真似は止めてほしい」とサッカー部に訴えた。しかし彼にはまるでシオンが責め苦を受けながら許し請いている様な表情に見え、その加虐的な欲望が更に燃え上がった。
「やべぇ……。女がフェラしてる時の表情にそっくりだ。お前もやってみろよ。ボクシング部だから殴り慣れてるだろ?」
 サッカー部に促され、全身を攻撃に特化する様に鍛え上げた丸刈りの男が、興奮した様子でシオンの正面に立つ。
「言われなくてもやるに決まってんだろが! へへへ……実は普段から女を殴りたいと思っていたんだが、まさか会長で叶うとは思ってもいなかった……ぜっ!」
 ぐじゅっ……という湿り気を帯びた音が轟き、ボクシング部の拳がシオン腹に飲み込まれた。ミシリと生木を擦り合わせた様な嫌な音が背骨を伝わってシオンの鼓膜を震わせ、全身の皮膚が粟立つ。
「うぐぅッ!? う……ぐぷっ?! う……うえぇぇぇ……」
 正確無比に洗礼されたパンチは無慈悲にシオンの鳩尾を貫き、立て続けに胃袋を押し潰した。強制的に舌と透明な胃液が口から飛び出し、シオンの緑色の瞳孔が小さな点になる。身体を痙攣させながら粘つく胃液を吐いた後、瞳がまぶたの裏に隠れて全身の筋肉が弛緩した。
「お……おい!? 俺まだ殴ってないぞ?」
「そ……そうだよ! ぼ……僕だって!」
 自分の番を待ちかねていた男達から不満の声が上がり、非難の視線がボクシング部に向けられる。しかし、当の本人は手をひらひらさせながらシオンの肋骨と鳩尾の境目あたりに親指を添えた。
「まぁ慌てんなって。落ちた相手の気付けをするくらい簡単なんだよ。ボクシングでも上手く入るとよく飛ぶからな。気ぃ失ってもこうすれば……」
 ボクシング部が親指を強く押し付けると、シオンの身体はビクリと電気ショックを受けたように跳ね上がる。
「ぷはぁっ!? はぁ……はぁ……はぁ……え……?」
 気絶していたことにも気付かなかったのか、軽いパニック状態になり、状況が飲み込めずに辺りを見回した。シオンの視線に入ったのはニヤニヤと笑う男の顔ばかりだった。
「こいつはいいや……」
「だろ? 遠慮はいらねぇぜ? 気絶してもまた起こしてやるよ。さて、続きだ。長い夜になりそうだなぁ、会長?」 
 シオンの唇が動き「や……やめ……」とかすかに声を発した瞬間、ずぶりという音と共にボクシング部の骨張った拳がシオンの腹部に侵入した。
「か……かふっ……!」
 体中の空気がすべて吐き出された様な感覚の後。津波の様に苦痛が身体の底からせり上がってきた。苦痛と同時に、押し潰されて居場所の無くなった内臓が出口を求めて口から飛び出そうとせり上がってくる様な錯覚を憶える。
「おぶっ?! ぐえぇぇぇ!」
 シオンの身体が殴られた反動でくの字に折れるが、後ろからテニス部に閂を決められているため、倒れ込むことも出来ない。
「おら、もう少し頑張れよ。気絶しない様に手加減してやってんだから……よっ!」
 肉のぶつかる音というよりは、鉄の塊と水袋が衝突した様な音だ。普段人を殴り慣れているボクシング部の拳は攻撃に特化し、長年の殴打の蓄積で石の様に固いタコが出来ていた。その上、人体急所をピンポイントで突く技術、当たった瞬間に拳を捻り込み、更なる苦痛を与える技術は、シオンの脳内を苦痛一色に染め上げるのに十分だった。
「うぐっ! あうっ! ゔっ! ぐぶっ!? ごぽぉっ!」
 臍の辺りに打ち込まれた拳が周囲の柔肌を巻き込んでねじ込まれると、恐ろしい悲鳴がシオンの口から漏れた。口内に溜まった唾液が衝撃で糸を引いて飛び散り、苦痛により目は大きく見開かれ、緑色の瞳の半分が上まぶたに隠れた。舌が限界まで露出し、いわゆるアヘ顔に近い状態だ。普段の穏やかで凛としたシオンからは想像出来ない声と表情に、男達の興奮は昂って行った。
「あ……あぅ……うぁ……」
「おい……そろそろ代われよ……」
 シオンを後ろ手にロックしていたテニス部がボクシング部を睨む。至近距離でシオンの苦悶する様子を見せられ、生殺し状態にあった彼の目は血走り、呼吸は極度の興奮のためか不規則に荒く、唇はわずかに震えていた。
「わりぃわりぃ、興奮してつい……な。おい、お前が押さえてろ」
 ボクシング部に促され、サッカー部とテニス部が入れ替わる。
 テニス部はシオンの正面に回り込むと、シオンの顔に自分の鼻先が付きそうなほど顔を近付け、シオンの顔を仔細に観察した。目の形や鼻筋から眉に至まで見事にシンメトリーに整い、「怖いぐらい」という表現が誇張ではないほどの容姿だった。 
「へへ……まさに反則的だな……」
「この顔が苦痛で崩れるんだぜ? まぁ、崩れてもすげぇ綺麗だけどな。綺麗なものを汚す快感ってやつか?」
「それに腹を殴ったあの感覚、すごく良かったな。セックスみたいに相手の身体の深い所で繋がっている気がしてさ」
 ボクシング部とサッカー部が口々に感想を言い合い、テニス部の興奮を煽る。シオンは繰り返される責め苦に意識が混濁し、僅かに首を振って精一杯の抵抗をするが、男達には何も伝わらなかった。
「はぁ……はぁ……じ……じゃあ……いくぜ!」
 テニス部は恐る恐るという感じでシオンの剥き出しの腹部を殴った。肌がぶつかる乾いた音が響く。シオンの腹部が僅かに赤く染まって行くが、ダメージはほとんど無さそうだ。
 見かねたボクシング部がテニス部に殴り方の指導をし、徐々に威力を増して行く。
「こふっ! うあっ! あ……んむつ!」
 徐々にシオンの口から悲鳴が漏れる様になり、表情に余裕が無くなってくる。テニス部もようやくコツを掴んだのか、一撃、一撃と繰り返すうちに徐々に威力が上がり、殴られた時の音も肌と肌がぶつかる音から、水っぽさが増した重いものに変わって行った。
 ぐじゅんと一際大きな音が響くと、シオンの瞳からは大粒の涙がこぼれた。顔は興奮した様に上気し、口を開けたまま苦しそうに喘いでいる。
 「すごいな……会長の顔がこんなに崩れて……」
 テニス部はアンダーサーブの要領で腕をしならせながら、シオンのくびれた脇腹を抉った。ピンポイントで肝臓を貫かれ、周囲の臓器を巻き込んで体内の至る所が悲鳴を上げる。
 呼吸困難に陥いっていたシオンを、横で見ていたボクシング部の非情なボディーブローが突き上げた。胃が押し潰された衝撃で、反射的に胃の内容物がせり上がつ。 
「うぶぅぅぅっ! うぇっ……!」
 ボクシング部は、顔中を苦痛に歪ませ、もはや悲鳴すら上げることの出来ないシオンの顔を覗き込んでサディスティックな笑みを浮かべる。シオンの胃を突き上げた拳はそのまま抜かず、長い苦痛を与え続けた後、捻るように更に体内に突き込んで胃を押しつぶした。
「ぐむっ?! むぐぅっ!?」
「へへ……捕まえたぜ」
 ボクシング部の手が、握りこぶしほどの大きさの柔らかい袋に触れる。強引に手を開いてシオンの胃を掴むと、そのまま握り潰す様に手を閉じた。
「ごぷっ!? ぐぶっ……ゔぇぇぇっ!」
 シオンが白目を剥き、喉からごぼりと水音が響いたと思うと、透明な胃液が強制的に吐き出された。身体はビクビクと痙攣し、一瞬顔を上げようとした後、糸の切れた人形の様に失神した。
「へへ……またやっちまった。さぁて…そろそろおっきする時間ですよっと」
「あ……あの……そろそろ僕もやっていいかな?」
 ボクシング部が再びシオンを覚醒させようとすると、背後から終止男達の行為を見ているだけだった相撲部が声をかけた。眼前で繰り広げられる光景に彼の股間は破裂せんばかりだったが、驚いたのはその大きさだった。周囲の男子生徒達の二周りほど大きい。
「おお、もちろんだ。はは……それにしてもお前でけぇなぁ。それで使ったこと無いなんて宝の持ち腐れだぜ? じゃあ、また眠り姫を起こしてやっか」
「腕も太いな……。力み過ぎて俺まで吹っ飛ばさないでくれよ?」
 背後でシオンを押さえていたサッカー部が茶化す。
「い、いや、あの……僕……やってみたいことがあるんだ……」
 一同が不思議そうな顔で相撲部を見る。相撲部は顔を赤くしながら、まるで花瓶を割ってしまったことを母親に報告する子供の様な声で話しはじめた。

RESISTANCE-case:ZION-の推敲作業を少しずつ進めています。
お時間がある時にどうぞ。

前回の内容を忘れた! という方はこちらからどうぞ。

※文字数オーバーのため、続きは「続きよ読む」からご覧下さい。





 シオンは大きく肩を上下させながら、壁に手をついて鉛の様に重くなった身体を支える。顎の先から滴る汗を何となく目で追いながら息を整えると、倒れそうになるのを必死に堪えながら、右足、左足と確かめる様に、廊下の奥の暗がりへと進んだ。
 入口の死角へと移動すると、両肩を壁に付けたままずるずると尻餅を着く。背中に当たる冷たいコンクリートが火照った身体に心地よかった。
 入り口の気配を探る。特に動きは無い。数分が経過。暗さにようやく目が慣れ、周囲の様子がおぼろげに掴めてきた。
 機材をスムーズに運搬出来るように広めに設計された廊下。天井に等間隔で埋め込まれたオレンジ色の非常灯。緑色の非常口を示すライト。赤い非常ベルのランプ。悲しいほど控えめな自己主張が暗闇の中に仄かに浮かび上がっていた。
 ここは本当に普段生徒達が利用している研究棟と同じ建物なのだろうか。シオン自身も特別授業のほかに部活動の視察のために生徒会役員を引き連れて何度も訪れたことがあったが、昼間の活気のある様子とは違い建物全体が死に絶えたように静かで無機質だった。
「はぁ……はぁ……強い。態勢を立て直さないと……」
 いまだに疼痛が続く腹部をさすりながら、汗で額に貼り付いた前髪をかき上げる。
 シオンは冷子との戦闘を思い出した。一般生徒を盾にしながら、冷子自身は離れた場所から、文字通り人間離れしたリーチとスピードのある「伸びる腕」で攻撃してきた。飛び道具相手に丸腰で挑む様なものだ。格闘スタイルが長い脚を生かした蹴り技主体のシオンでも、リーチの差は歴然。研究棟が開いていなかったら今頃……と考えると、背中に当たるコンクリートの温度が一段と下がった気がした。
 研究棟が開いている?
「おかしいですね……。ここのカードキーはマスターキーとも連携しておらず、常時開閉機能を持つカードキーは学院長と外部委託の警備会社の二枚しか無いはずです。オートロックなので締め忘れも起こり得ないですし、誰かが故意に解錠したとしか……」
 アナスタシア聖書学院の研究棟は、有償で一般企業にも貸し出されている。その売りは最新鋭の研究設備と万全のセキュリティだ。高額な料金を支払えば、企業側がリクエストした設備(もちろん設備の内容によって賃貸料金は増額される)をアナスタシアがコネクションを活用して揃え、研究内容が万が一外部に漏洩した場合の賠償も契約事項に含まれている。借り主の企業へは専用のカードキーと運転手付きの送迎車が与えられた。カードキーはあらかじめ予約した日時しか解錠できず、人の出入りもアナスタシア側が完璧に管理し、他企業と廊下でバッティングすることも無く、他にどの企業がアナスタシアの研究棟を使用しているのかお互いに知ることができない。制限は付くが、それでも機密保持の観点から利用する企業は多かった。
 不意に、廊下の奥からポーンと間の抜けた電子音が響いた。
 シオンは反射的立ち上がると音のした方へ身構える。すぐに蹴りを放てる様に利き足を後ろに下げ、両足の踵を紙一枚分地面から浮かせた。小さなモーター音が響き、薄暗い廊下を四角く切り取る様に無人のエレベーターがゆっくりと口を開ける。
 シオンは誰も出て来ないことを確認すると、注意深くエレベーターに近づいた。エレベーターの中は無機質な廊下とは対照的にダークブラウンのカーペットが敷かれ、壁面はローズウッドの化粧板で装飾されている。正面に立つと、奥の壁に嵌め込まれた姿見に、際どいコスチュームに身を包んだまま戸惑った表情を浮かべている自分が映った。
「……ッ!?」
 シオンはビクリと肩を震わせ、両手で顔を押さえた。
 自分の顔がザクロの様にぱっくりと割れていた。
 反射的に目を逸らしたため一瞬しか見えなかったが、右のこめかみから鼻筋を通り、喉まで達する大きな赤い切り傷が見えた。皮膚がめくり上がり、真っ赤な肉が見えている。
 痛みは無い。
 恐る恐る手の平を見る。白いコットンシルクの生地は僅かに砂と埃で汚れてはいたが、どこにも血は付いていなかった。
 改めて姿見を見る。
 口紅の様なもので大きく「HELLO! ZION」と書かれていた。強い筆圧で殴り書きされた「Z」の斜線部分が、ちょうど自分の顔を斜めに横切っていた。潰れた口紅の跡が土手の様に盛り上がり、シオンの色白の肌に鮮やかな傷を作っている。
 シオンはふっと鋭く長い息を吐くと頭を軽く振り、ツインテールを結び直すと、手のひらで気合いを入れるように頬を叩いた。
 冷子との戦闘で少し臆病になっていたらしい。だが、逃げては何も解決しない。自分はアンチレジストの上級戦闘員である以前に、アナスタシア聖書学院の生徒会長だ。自分がここにいる理由は失踪した生徒達を救出する為。自分が動かないで、一体誰が動くというのだ。
 シオンは何かが吹っ切れた様に笑みを浮かべると、エレベーターの中に足を踏み入れた。


「乗った?」
「乗ったよ……指定した階に自動で止まるようにしてる。どう考えても罠なのに、この人頭良いのか悪いのかわからないね……」
「仮にもアンチレジストの上級戦闘員なんだし、流石にあのメッセージ見てビビって逃げる様なチキンじゃないでしょ?」
 学院全体を監視する警備員室は、まるで宇宙船のコックピットの様だ。広い部屋の照明は落とされていたが、多数のモニターが放つ青白い光で十分に周囲が把握できる。
 モニターの前には二人の少女がいた。
 ネイビーの瞳がディスプレイの光を反射して輝いている。一人は腰まである長い髪を二つに纏め、もう一人はボリュームを持たせたショートヘア。髪色はお揃いのダークブラウンだった。
 アンチレジストの一般戦闘員、木附由里と木附由羅が、顔を寄せ合ってエレベーター内部の監視カメラの映像を覗き込んでいた。
「じゃあ由羅……私は冷子さんに連絡しとくね。予定通り進行中だって……」
「はいよー、よろしく」
 由里が部屋から出て行くのを見送ると、由羅は頭の後ろで手を組んで椅子の背もたれに身体を預けた。
「はぁ……頭や顔だけじゃなく、性格やスタイルも良い完璧超人かぁ。羨ましいなぁ……」
「おや、珍しい。由羅さんはあまり外見に気を使わない人だと思っていましたが」
 由羅の隣に座っている小柄な男性が眼鏡の位置を直しながら話しかける。大人しそうな端正な顔立ちに柔らかい声。一見線の細い優男に見えるが、よく見るとしなやかな筋肉がえんじ色のアナスタシア聖書学院指定のブレザーを押し返していた。
「失礼ね。これでも結構頑張ってるんだから。外見に気を使うのは人間として最低限のマナーでしょ?」
「いやいや、外見に気を使わなくても、そのままでも十分綺麗だという意味ですよ」
「……その眼鏡を上げる癖、やっぱり抜けないんだね」
「今日限りですよ。上物な餌も来たことですし……」
 男がエレベーター内部の映像を食い入る様に見る。ディスプレイ
の中のシオンは胸の下で腕を組んだまま、壁に背中を着けてエレベーターが止まるのを待っている。
「まぁ、この人の場合は完璧過ぎて、付き合いが薄い人達からは逆に怖がられてるみたいだけどね。成績はほとんどトップだし、何カ国語もマスターしてるし、生徒会の仕事もミスは全く無いし……。ロボットみたいとか、人間味が無いとか言われてるみたいよ」
「だが、実際は自分の身を顧みずに他者の為に動く人間。素晴らしい……。その人間の持つ徳が高ければ高いほど、我々が吸収出来るエネルギーも大きくなる」
「今夜はご馳走ってわけね。私はそのままでもいいと思うけど?」
「冗談ではありませんよ、人間の身体など……。ところで、彼らの様子はどうですか?」
「見てみようか。今はベッドに拘束してるから身動き出来ないはずだけど」
 由羅がパネルを操作すると、モニターに薄暗い大部屋が映された。部屋の中にはベッドが複数置かれ、その上に若い男性が何も身に付けずに革のベルトで拘束されている。各々が力任せにベルトを引き千切ろうと身体を動かしたり、絶叫する様に大きく口を開けたりしていた。
「よく効いてる……もう我慢の限界って感じだね。あの薬、知性を残したまま大脳新皮質の働きを鈍らせるんだっけ? そろそろエレベーターが到着するから拘束解いておこうか。その人……シオンだっけ? 下手したら殺されちゃうんじゃない?」
「そこまで柔ではないでしょう。では、そろそろ私も向かいましょう。楽しみだ……」


 扉が閉まると、エレベーターは静かに上昇を開始した。停止階を表すランプはどこも点灯していない。上昇スピードはかなり遅く、わずかに身体に感じる重力が無ければ本当に上昇しているのかわからなくなりそうだ。
 五分ほど経過したあたりで、エレベーターは僅かな振動と共に停止した。扉が開く。目の前に明るい空間が広がった。シオンは入口付近に誰もいないことを確かめると、エレベーターから出る。
「何……ここ……?」 
 エレベーターを出ると、蛍光灯の無機質な光と冷たい空気がシオンを包んだ。空調が低めに設定されているらしい。
 窓の無い、壁も床もコンクリート打ちっぱなしの殺風景な部屋には、通路を形作るかの様に様々な大きさのケージや檻が置かれていた。コンクリートの床はうっすらと汚れており、所々に引きずったような傷がついている。
 シオンがケージに近づく。中にはそれぞれ何らかの動物が入れられていた。ケージの中は暗く、シルエットしか把握出来ないが、犬や猫のほか、猿やゴリラのような大型の霊長類までいるようだ。ある一角には片手て持てそうな小さめのケージが天井近くまで積まれ、そのひとつひとつにネズミのような生き物が入れられていた。
 異様だったのは、これだけの数の動物達がいるにもかかわらず、物音が一切しないことだ。眠っているのかと思い、シオンが二段積みの猿の檻に近づく。檻の中の猿は胡座をかいている様な姿勢のまま、濁った目でシオンを見つめ返していた。
 ……死んでいる?
 檻の中を凝視する。よく見るとその猿は胡座などかいていなかった。両腕と両足が無く、胴体と首だけの異様な姿のまま、ケージの奥の壁に「立てかけて」あった。
 シオンの背中に冷たいものが流れた。うっと小さく呻き、思わず口を押さえる。眉間に皺よ寄せたまま近くのゴリラや犬、ネズミのケージを覗く。既に事切れている動物ばかりだ。ゴリラは猿と同様に両手足を失っていた。犬は鼻の付け根から下顎までを切り落とされ、給餌のためだろうか、本来口があった場所にゴムホースのようなものがテープで固定されていた。ネズミは皮を全て剥がされ、体全体が痛々しい瘡蓋で覆われたまま、乾燥しきった黒い目を見開いている。
「ううっ……」
 シオンは多くの死に囲まれた言いようの無い気味の悪さと、動物達が生前味わったであろう壮絶な苦痛を想像し、めまいを憶えてその場に両膝を着いてしゃがみ込んだ。長い金髪がはらはらと肩から流れて床に落ちる。
「な……なんですかこれは……なんて酷い……どうして……」
 このような場所が自分の学校にあるという受け入れがたい事実。シオンは口を押さえていた両手を額に押し当てるように組み直し、静かに動物達の冥福を祈った。
 シオンが静かな祈りを捧げはじめて数分後、微かな物音に気付きはっと顔を上げた。何かがぶつかる重い音だった。
「何の音? 隣の部屋から……?」
 檻の隙間を縫う様に進み、隣の部屋に通じる分厚いスチールのドアまで歩く。音は徐々にはっきりしてきた。人が壁を殴ってい音だ。よほど力任せに殴っているのだろう。重い音は止むこと無く、一定の間隔を置いてシオンの耳に届いた。シオンがドアをわずかに開け、その隙間に鏡を差し込んで部屋の様子をうかがう。
 そこはかなり広い部屋だったが、こちらとは違い薄暗かった。中には複数のコンピューターやワークステーションが置かれている。壁際には人間一人が軽く入れるほどの大きさの、試験管を逆さまにしたような形の入れ物が四つ設置され、コンピューターと様々なケーブルで繋がれていた。
 部屋の中を全裸の男性数人が虚ろな表情で歩き回っている。
 その様子は先ほど敷地内で対峙した、冷子に操られている野球部員達の様子と同じだった。シオンのいるドアの近くを、茶色くブリーチした長髪の男が横切った。男子テニス部の部長だ。シオンは二月に行われた部費予算会議に彼が出席していたことを覚えていた。会議の場では溌剌(はつらつ)とインターハイ出場のプランと自信を語っていたが、目の前にいる彼は髪はぼさぼさになり、落ちくぼんだ目だけをギラギラさせ、まるで麻薬常習者の様な風貌になっている。壁際では坊主頭で鍛え抜かれた身体の男が一心不乱に壁を殴っていた。ボクシング部のエースで、地区大会で優勝し、全国大会を控えている選手だ。ぶっきらぼうで一匹狼だが、誰よりも厳しいトレーニングを自分に課していることで有名だ。
 全員、生徒失踪事件の被害者だった。
「なっ……これは……? なぜ生徒がここに?」
「やっとメインゲストのお出ましですか。さぁ、中へどうぞ」
「え……? きゃあっ!」
 シオンは何者かに腕を掴まると、部屋の中へ強引に引きづり込まれた。勢い余ってコンクリートの床に前屈みに倒れる。宙を舞った鏡が床の上で割れ、派手な音を立てた。
「あうっ! うぁ……え……?」
 突っ伏したままのシオンがゆっくりと振り向くと、部屋中の男達の血走った視線が一斉にシオンに集まった。
「あれ? 会長? 何でここにいるんだ……?」
「すげ……こんな近くで見るの初めてだよ。マジで可愛いな……」 
「ふひひ……き……綺麗な髪だなぁ……これが夢にまで見た……」
「すげぇ格好してるな……何のコスプレだよこれ? 誘ってんのか……?」
 全裸の男達がぶつぶつと呟きながら距離を詰める。シオンは反射的に立ち上がって構えを取るが、生徒を傷つける訳にもいかず、じりじりと後方に下がる。
「み……皆さん……何をしているんですか……?」
 複数の全裸の男性に取り囲まれるという異常事態に、震える声で男子生徒達に声をかけるが、生徒達はにやついた視線を送るだけで返答はなかった。
「私が変わりに話しましょうか?」
 シオンを部屋に引きずり込んだ男が前に出る。暗がりから微かな灯りの下へ来ると、男の姿が鮮明になった。
「あなた……鑑(かがみ)君……? なぜこんな所に……? それに、この人たちは……?」
 鑑は学院の副生徒会長の一人だ。シオンとは当然普段から面識があり、生徒会室でほぼ毎日顔を合わせている。シオンは自分の淹れた紅茶の感想を彼から聞くのが楽しみだった。
 鑑が眼鏡の位置を直した後、大げさな身振りで両手を広げた。
「貴女の知る鑑さんは、現在眠っています。私の名は桂木涼。以前、貴女方の組織の神崎綾さんに大変お世話になりましてね……。この身体は私の身体の修復が終わるまでお借りしているだけです。なかなか便利に使わせていただいてますよ」
 鑑はシオンより学年はひとつ下だ。もの静かで温和な性格だが、冷静沈着で何が起きても常に物事に対し最善の判断を下すことのできる人物であり、シオンもかなりの信頼を置いていた。家の伝統で幼少の頃より様々な武道を学んでおり、一見華奢だが身体はしなやかな筋肉に包まれ、運動の成績も常に上位だった。
 その鑑の身体を借ている? そんなことが現在の医学で可能なのだろうか? 可能なはずが無い。だが、アンチレジストの関係者以外が誠心学園の事件を知ることは無いはずだ。ましてや犯人である桂木涼の名前はトップシークレットだ。信じ難いが、信じられる材料はあるとシオンは考えた。
 鑑の背後には、男子生徒が目をぎらつかせながら、今にもシオンに飛びかからん勢いで荒い息を吐いていた。前に出ようとする生徒を鑑が手で制すと、一瞬不服そうな顔をした後素直に従った。
「気になりますか? 彼らは先ほど貴女が対峙した野球部員達と同じく、私の友人が作った少しばかり本能に対して素直になる薬を打っています。もっとも、今回のは改良型で知能低下をほとんど起こしません。良心や自制といった感情を抑制し、身体能力の強化も行いながらも、命令理解や意思の疎通は可能です」
「友人……篠崎先生のことですね。私は逃げずに正々堂々と戦いますから、生徒達を無理矢理操るのは止めて下さい!」
「ほぉ……無理矢理か……。それはどうでしょうかね?」
 鑑はシオンの身体を爪先から頭まで舐め上げる様に見回した。視線は足首から太ももを伝い、白いガーターベルトとエプロンドレスの巻かれた黒いミニスカート、しなやかにくびれた素肌の露出している腹部、それに不釣り合いなほど豊満な胸と、それ引き立てる黒地に白いフリルの付いたブラジャータイプのトップスを凝視した。
「この身体も……なかなか素直だ……」
「素直? どういう意味ですか?」
 鑑の視線に不穏なものを感じ、シオンが一歩後ずさる。割れた鏡の破片を踏み、乾いた音が響いた。シオンの注意が一瞬正面の鑑から足元に逸れた瞬間、鑑が瞬間移動したかの様に距離を詰めた。
「あっ……」とシオンが小さな声を上げた瞬間、腹部に異様な圧迫感を感じた。どぷっ……という重い感触が体内に反響する。せり上がった内臓が肺を潰して、強制的に空気を押し出す。
「ふぅっ?!」
「性善説を説くのもいいですが、もう少し人を疑った方がいい。その証拠に、私を含めここにいる全員、貴女のその挑発的な身体を滅茶苦茶に犯し尽くしてやりたいと思っているのに」
 シオンは恐る恐る自分の下腹部を見る。鑑の小さめの拳が自分の腹部に半分以上めり込んでいた。視界が徐々にぼやけ、自分の緑色の瞳孔が少しずつ収縮してくるのがわかる。
「あ……ぁ……」
「ほぅ……適度に鍛えられたいい身体ですね。これは虐め甲斐がありそうだ」
 鏡はシオンの腹部に埋まっていた拳を素早く引き抜くと、陥没の治まっていない同じ箇所に再び深く撃ち込んだ。衝撃でシオンの身体が後方に吹っ飛び、壁に背中をしたたかに打ち付けた。膝の力が抜け、ずるりと下がったシオンの身体を支える様に、臍を目掛けて拳が打ち込まれた。
 どぷん……と音が響き、コンクリートの壁と鑑の拳骨に挟まれ、シオンの背骨がみしりと音を立てる。
「ぐぶうっ!?」
 胃を潰され、身体の底から猛烈な嘔吐感がせり上がる。多量に分泌された唾液が強引に吐き出され、鑑の腕に飛沫が飛んだ。鑑は数歩下がってハンカチでそれを拭き取ると、赤く光る縦長の瞳孔でシオンを見つめた。
「う……うぐっ……はぅぅ……はっ……はぁ……」
 シオンは肩で息をしながら片手で腹部を押さえる。口元には唾液の飛沫が僅かに付着していた。続きを読む

 目の前の痴態に思わず固まってしまったシオンだったが、はっと我に帰り冷子に向かって叫ぶ。注射を打たれた三人は再びシオンに向かって歩き出していた。
「うふふ……大丈夫よ。肉体的には何も問題ないもの。さぁ、如月さんを取り押さえなさい。手は出しちゃダメよ」
「なっ……こ、来ないで! 来ないで下さい!」
「だめよぉ……この子達はあなたを捕まえるまでは止まらないわ。どうしても止めたかったら殺すか、さっきみたいに気絶させるしかないわよ?」
 冷子は喜劇舞台でも見ているような様子で首を傾げ胸の下で腕を組みながら呟く。その間にもシオンと三人の距離は徐々に詰まっていく。
「くっ……し、仕方がありません……。なるべく傷つけずに……」
 眼鏡が抱きつくようにシオンに両手を広げて迫る。相変わらず隙だらけだ。シオンは相手が迫る勢いを利用し、右手を眼鏡の腹部に突き出す。
ドギュウッ!
「が……が………」
「ごめんなさい……どうか眠って……」
「が……が……へへ………へへへへへ………」
「!? な、なに……?」
「会長ぉ……会長がこんな近くにぃ……」
 シオンの攻撃は確かにクリーンヒットした。しかし、相手は怯むどころかまるで攻撃など無かったかのように抱きつこうとするのを止めない。
 残りの二人もシオンのすぐ側まで迫っていた。
「な…なんですかこれは……どうして……?」
「ちょうどあなたの裏に建っている研究棟。そこには最新鋭の設備があることはあなたも知っているでしょう? 私はそこで様々な薬を開発したの。チャームの効果を爆発的に上昇させたり、ここにいる子達みたいに大脳新皮質の働きを弱めたり。痛覚神経と脳を遮断したり……ね。身体能力も少しだけ強化してあるわ」
「そ……そんな……そんなこと……。あっ、や……やめ……くっ……」
 冷子が話をしている間も、三人の野球部員はシオンを押さえ込もうとその身体にまとわりついてくる。シオンも必死に抵抗するが、顎を跳ね上げようが脇腹に膝を入れようが相手は全く怯まず、ついには両足をひげ面と眼鏡に、両腕を後ろから帽子に羽交い締めにされ、全く身動きが取れない状態になる。
 三人はそれぞれ荒い息を吐きながら、眼鏡とひげ面は抱きすくめたシオンの太ももに頬擦りしたり、帽子はシオンの胸をこね回したりと思い思いの行動をとる。
「やめ……んあぁっ! や……やめて下さい! あうっ……! う……動けな……い」
「あらあら、愛されているわねぇ……顔が真っ赤よ。うふふふ……そういう顔はとても好き……。でもね、私は美しい女性が苦しんでる顔の方が、もっと好きなの……」
 気がつくと、冷子はシオンの目の前まで来ていた。男子部員は冷子の命令通り手は出してこないが、がっしりと体を押さえ込まれ振りほどくことができない。
「うふふふ……今度は直接だからもっと苦しいわよ? 頑張って耐えて、私を楽しませてねぇ……?」
「な……何を……うぐうっ!!」
 シオンの腹部には、手首まで冷子の拳が埋まっていた。
 先ほどの腕を鞭のようにした攻撃でも十分な威力であったが、今回のは桁が違いすぎる。シオンのなめらかな腹部は無惨につぶれ、内蔵が悲鳴を上げていた。
「げぶっ……!? あ……あぁ……うぐっ……」
「あらあら……まだ一発しか殴ってないのに瞳孔が収縮しちゃって……あはぁ……とっても素敵。美しい顔が苦痛に歪むのはね……。でも、まだまだいくわよ?」
ズギュウッ!! ドギュッ!!
「ごぶっ!? ぐふあぁぁ !! あ……す……すごい…力……」
「うふふ……私も身体強化の薬を使っているの。なかなかの威力でしょう? それにしても如月さん、綺麗な足してるわねぇ……汚い虫が二匹付いてるのが気になるけど……私の足も見てくれる?
グギィィィッ!!
「うぐうっ!!? は……はうぅ……」
 冷子の膝が、シオンの華奢な鳩尾へ吸い込まれるように突き刺さった。肺の中の空気が強制的に排出され、一瞬窒息状態に陥る。
「が……かはっ……! あ……はぁっ……!!」
「どうかしら? 私のもなかなかでしょう? ほらぁ……もっとよく見て……」
グギュッ! グギュウッ!! ドギュウッ!!
「ごふうっ!? あぐうっ!! うぶあぁぁっ!! え……えぅ……」
「うふふ……いい……いいわぁ……凄く感じちゃう……」
 冷子はうっとりとした表情でシオンを責め立てる。 
 シオンは何とか反撃の隙を探るものの、度重なる重い攻撃に一瞬で意識が飛ばれされ、小さな失神と覚醒を繰り返す。
「あらあら、顔色が悪いわよ? 悪いものが溜まっているときは、一度全部出すとスッキリするわよ」
スブウッ!!
「ごぶうっ!! ああぁ……そ……そこはぁ……」
「あらぁ……如月さん、ずいぶん胃が小さいのねぇ……? それじゃあ………治療してあげるわぁ!」
グギュウゥッ!!
「うぶぅっ!? う……うう……うぐぇぇぇぇぇぁぁ!!!」
 冷子が力任せにシオンの胃を握りつぶすと、シオンの口から強制的に逆流させられた胃液が勢いよく飛び出し、地面にびしゃりと落ちた。あまりのサディスティックな猛攻にシオンはビクビクと痙攣し、慎ましげな口からは舌が垂れ下がり、瞳は半分が上まぶたに隠れ白目を向いている。
「あははははは! 最高よぉ、あなた! 凄くいい顔してるわぁ! 私ももう感じすぎて……。死なないように頑張るのよ!」
 冷子が、もう何度目分からないが拳を脇に引き絞り、シオンの華奢な腹部に狙いを定める。シオンは薄れ行く意識の中で、諦めに近い感情を抱いていた。
「ほらほらぁ……いくわよぉ……スゴいのがいくわよぉ……」
 冷子はギリギリと拳を引き絞り、シオンの引き締まった腹部に狙いを定める。冷子のサディスティックな満面の笑みとは正反対に、シオンの顔は青ざめていた。
「あ…ああ……や……やめ………」
 胃を握りつぶされ、鳩尾を膝で突き上げられ、未だに痙攣の収まらない腹部に更なる打撃を加えられれば、一体自分はどうなってしまうのか。
 不妊、内臓破裂、最悪……死亡。まだまだ若いシオンにとっては残酷すぎる現実が、目の前の冷子の拳から自分の身体に突き入れられようとしていると思うと、恐怖と絶望でいっぱいになった。
「ほらぁ……どこを狙ってほしいの? 鳩尾? お臍? それとも子宮のあたりかしら? あはぁ……どこを攻撃しても、もしかしたらイっちゃうかもぉ……」
「わ………私は………」
「んぅ? なぁにぃ?」
 度重なる衝撃によって、口内には唾液が通常よりも多くあふれるが、シオンはそれを飲み込むことが出来ず、唇の端を伝って地面や豊満な胸に落ちる。
 ただ喋るだけでも内蔵が悲鳴を上げるが、シオンは力を振り絞って冷子に語った。
「私は……げふっ……こ……この学校が好き……学校の…皆も……先生も。も……けほっ……もちろん……篠崎先生だって……」
「ふぅん……それで?」
「せ……先生と……この人たちを……す……救えなかったことが……心残りです……。絶対に……綾ちゃんや……他のみんなが……来てくれるはずですから……げほっ……先生も……酷いことはやめて……改心して下さい……」
「ふふ……ふふふ……あははははは! それがあなたの最期の言葉!? 私を救いたいって? 人妖の私を!? どこまでお人好しなのかしらぁ!?」
「お……お人好しでもいい……それでも……私は……皆に……幸せになってほしい……から……」
 絞り出すようなシオンの言葉。
 もはや声は途切れ途切れの弱々しいものになっていたが、その目には意思の光が宿っていた。
「ふぅん……。おめでたい人ね。そんな考えではこの先利用されるだけされて、捨てられるだけよ? まぁ、ここで死んじゃえば関係ないけど……。それじゃあ……さようなら」
 唸りを上げて冷子の拳がシオンの下腹に向けて放たれる。
 シオンは無表情で自分の腹部に吸い込まれて行く拳を見つめた。 骨同士がぶつかり、軋む音が石畳の上に響く。
メギィィィィ!!

「が……が……」
「!? お……お前!?」
 シオンの太ももに頬擦りしていた眼鏡が、瞬間的に頭を持ち上げ、冷子の拳をその頭で受け止めていた。ミシミシという音が眼鏡の頭からシオンの耳に届く。
「くっ……はぁっ!」
「あうっ!?」
 脳が考えるよりも先に、瞬間的にシオンの体が反応した。自由になった右足で冷子の顎を蹴り上げ、振り上げた足が戻るのを利用し、背後から羽交い締めにしている帽子の金的を蹴り上げた。自由になった手で手刀を作り、未だに左足に頬擦りをしているひげ面の首に振り下ろし、悶絶している帽子の鳩尾を突き上げた。
 わずか数秒。体に染み付いた全く無駄のない動きで、一瞬のうちに冷子は蹴り飛ばされ、帽子とひげ面は失神して地面に伸びていた。
 シオンは冷子の全力の一撃を受け、石畳の上でビクビクと痙攣している眼鏡に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!? な……なぜこんなことを…!?」
「あ……ああ……」
 拳が離れた瞬間から、眼鏡の鼻や耳から大量の血が吹き出していた。シオンは無理に抱き起こさずに、小刻みに痙攣している眼鏡のズボンのベルトを緩め、横向きに寝かせてやる。
「そんな……大変……すぐ病院へ……」
「し……幸せだぁ……会長に…触れられて………会長も……幸せに……なってく……れ……」
 眼鏡は糸の切れた人形のように全身の力が抜け、ぴくりとも動かなくなる。シオンは目に涙を浮かべ、何度も首を横に振る。
「あ……ああ……嘘……嘘ですよね……?」
「失神しているだけよ」
 背後から冷子の声が聞こえ、シオンは素早く振り向く。冷子はまるで汚いものに触れたかのようにハンカチで拳を拭いながら近づいてくる。
「まったく、最後の最後まで使えないゴミ虫共だわ。利用価値のない奴らは全員死ねばいいのに……。残念ながら頭蓋骨も折れてないし、あなたの取った行動は応急処置としては完璧ね。その姿勢なら血や吐瀉物が喉に詰まることも無い。医者の私が言うから間違いないわ」
「篠崎先生……!」
 今まで抱いたことの無いほどの黒い感情が、シオンの中を駆け巡る。全身の細胞がこいつは敵だと伝えてくる。絶対に倒さなければならない。気付いた時にはシオンは冷子に向かって突進していた。
「はぁぁぁぁ!」
「らしくないわね……」
ゴギュッ!!
「うぶぅっ!? し……しまっ……」
 冷子の「伸びる腕」が、我を忘れて突進していたシオンの腹に突き刺さる。一瞬で勢いを止められ体がぐらついた所を、冷子がじりじりと距離をつめながら攻撃する。
ヒュヒュン!! ドギュッ! ズムッ! グジュッ!!
「あ……がぶっ! うぐうっ! ごぶっ!! あ…ああ……」
「うふふふ……つかまえたぁ……」
 気がつくと、冷子はシオンの目の前まで迫り、がっしりと髪を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられる。
「あうっ…! 痛……」
「んふふ……さっきのお返しよ……」
 伸びる腕の何倍もの破壊力のある直接の攻撃。小振りだが石の様に固い拳がシオンの滑らかな腹部に吸い込まれた。布地の一切無いむき出しの生腹に手首まで拳が埋まり、背骨がメキリと音を立てる。
ズギュウウッ!!
「ぐああぁぁぁ!!!」
 二つに纏められた長い金髪をなびかせながら、シオンは数メートル後ろへ跳ね飛ばされ研究棟の外壁へ背中を痛打し、腹を両手でかばうようにしながら地面に両膝をつく。
「ああぐっ……げぶっ!? うぁぁ……」
 腹部と背中への衝撃から、たまらずこみ上げたものを地面へ吐き出す。その間もまるで苦しむシオンを楽しげに観察するように、ゆっくりと冷子が近づく。
「ま……まずい……離れないと……」
 力の差は歴然であった。
 このままでは劣勢になる一方と悟ったシオンは一度体勢を立て直すために何とかこの場を離れようと、よろよろと立ち上がる。
 冷子の近づく速度は変わらない。
 壁に手をつきながら建物に沿って移動すると、鉄製の、装飾の施された研究棟の入り口があった。
「あははは! 如月さん、今度は鬼ごっこかしら? そんなに遅いとすぐ捕まえられちゃうわよ?」
 まるで傷ついた獲物をじわじわと追いつめる残酷なハンターのように、背後から冷子の声が近づく。追いつかれるのもこのままでは時間の問題である。シオンは祈るような気持ちで研究棟の扉に手をかけると、意外なことに軽く扉が開いた。
「えっ!? な……なんで? 開いてるわけが……?     で、でも……チャンス……なの?」
 この研究棟は下層階はともかく、上層階には民間企業や外部研究所のトップシークレットの研究が数多く行われている。
 仮に夜中に不心得者が侵入しデータなどを奪われでもしたら、アナスタシアの信用はガタ落ちになるため、この研究所のセキュリティは特に厳重との話だった。鍵を閉め忘れるなんてことはあり得ない。
 シオンの頭に様々な考えが浮かんだが、このまま闇雲に逃げ回っているよりはいくらかは事態が好転するはずである。
 シオンは意を決して研究棟の中に入った。
「うふふ……やっぱり入ったわね。如月さん、罠というのはね、奥に行けば行くほど脱出が難しくなるのよ?」
 冷子は満足げにシオンを見送ると、携帯電話でどこかに電話をし始めた。


 心臓が早鐘のように打ち、 全身の血液がはげしく身体を巡る。もう少しで職員用駐車場が見えるが、冷子の悲鳴は断続的に続いていた。
「お願い……間に合って……」
 シオンが駐車場に到着する。
 肩で息をしながら辺りを見回すと、奥の方にもつれ合うような人影が数人見えた。駆け寄ると、冷子の赤いアルファ・ロメオの前で、三人の男子生徒に詰め寄られている冷子の姿があった。
「ちょっと……何なのあなた達は? やめ……やめなさい!」
「篠崎先生! 大丈夫ですか!?」
「き、如月さん!? あなた、なんでここに?」
「説明は後です! それより……」
 シオンが冷子を背に庇いながら振り返る。
 三人の男子生徒はアナスタシアの野球部のユニフォームを着ており、二人は坊主頭で一人は帽子をかぶっていた。
 シオンも名前こそ知らないものの、壮行会や生徒会の視察で何度か見たことのある顔だった。しかし、その顔は酷くうつろな顔をしており、三人ともぶつぶつとうわ言のようなことを呟いていた。
「皆さん、もう門限は過ぎています。早く帰宅してください」
 シオンが静かに男子学生達に呼びかけるものの、その声は全く耳に入っていない様子だった。
「あぁ………会長だぁ………」
「やべぇ…………マジで………可愛い………」
「………すげぇ……なんだ……あの格好………」
 それぞれひげ面だったり眼鏡をかけていたり帽子をかぶっていたりと特徴はあったが、三人とも同じような虚ろな表情でじりじりとシオン達に近づいて来た。
 異様な雰囲気を察し、シオンが冷子に声をかける。
「こ、これは一体……男性型の人妖って、まさかこの三人のこと…? 篠崎先生はすぐにこの場を離れてください。この場は私がなんとかしますので。あと、このことは内密にしてください」
「な、何を言っているの!? 如月さんを置いて行くなんて、そんなことできるわけ無いでしょう! 私も説得してみる!」
 二人がやり取りをしている間に、帽子をかぶった生徒がいきなり奇声を上げて二人に突進して来た。シオンが冷子を突き飛ばし、男子学生が振り下ろした右腕の手首を両手で掴んで受け止める。
「がぁぁ……がぁぁぁ……」
「くっ……凄い力………」
「き、如月さん!?」
 思わぬ事態に冷子が声をかけるが、その声に反応し、残りの眼鏡とひげ面が冷子の方向に向きを変えた。元々厳しいトレーニングを積んで鍛えている野球部員相手では、おそらく冷子が逃げたところで追いつかれてしまうだろう。
「先生……早く……車の中に入ってください! 私は……大丈夫ですから……」
 ギリギリとシオンの腕が力で圧されはじめる。白い手袋が悲鳴を上げ、ぎちぎちと嫌な音が鳴り始める。
「先生……早く!」
 その声に冷子は自分の車へ駆け出し、中に入ってドアをロックした。それを見届けるとシオンは腕の力を抜くと同時に足払いをかけて帽子を転倒させた。
「がぎゃぁぁぁ!!」
 帽子にとっては一瞬の出来事で、急に目の前からシオンの姿が消え、勢い余って前方につんのめった所に足払いをかけられて顔面をしたたかに石畳へ打ち付けた。その悲鳴を聞いて、残りの二人もシオンに方向に向きを変えた。
「よし、このままこっちに来て。可哀想だけど、しばらく眠ってもらいます」
 シオンが三人に対し身構える。
 一対三と圧倒的に不利な状況だが戦闘に関する専門的な訓練を受けているシオンと、鍛えてはいるが戦闘には素人の野球部員ではまだ自分に分があると思った。
「しぃぃぃぃぃっ!!」
「おぉぉぉぉぉぉ!!」
 眼鏡とひげ面が同時に駆け寄る。シオンに対し突きや蹴りを繰り出してくるが、やはり素人の動き。鮮やかにシオンに捌かれてしまう。
「ふっ……やあっ!」
 眼鏡がシオンの顔面に向けて拳を繰り出すが、シオンはそれを左手で受け流すと右手で顎を押しながら、右足で眼鏡の右足を後ろに払う。柔道の大外刈りのような技をかけられ、眼鏡は悲鳴を上げながら後頭部を地面に打ち付けた。
「おおおおお!!」
 ひげ面もシオンの腹をめがけ膝蹴りを繰り出すが、バックステップでそれをかわすと逆にひげ面の腹に膝蹴りを見舞った。
「はぁっ!」
「ぐげぇぇぇぇぇ!」
 一撃を見舞うとすぐに離れる。
 相手が人妖の可能性もあるが、生徒である以上深手は負わせたくない。なんとか昏倒させてアンチレジストに三人を保護してもらうのが一番だろうとシオンは考えた。
「あなた達、何があったかは知りませんけど、もうすぐ私の仲間が来てくれるはずですからおとなしくしてください。あなた達を傷つけたくはありません」
 ひげ面はわずかに苦しそうな表情を浮かべているが倒れることは無く、先に倒した二人もよろよろと立ち上がる。三人はシオンの呼びかけには反応を見せず、再び何事かを呟きながらシオンに近づき始めた。
「お願い、あなた達とは戦いたくないの! おとなしく……」
「会長ぉ……やべぇ……こんなに近くで見れるなんて……」
「やっぱ……すげぇ身体してんなぁ………ヤリてぇ……」
「ああぁ……犯してぇ……滅茶苦茶に……犯してぇ……」
 シオンが視線を下に向けると、三人の股間部分は既に大きく隆起しており、シオンは小さく悲鳴を上げた。獣のように欲望をむき出しにして近づく三人に、本能的に身の危険を感じる。
「せ……説得が通じない……? 申し訳ないけど、本気で気絶させるしか……」
 三人が同時に駆け寄り、帽子とひげ面が真っ先に襲ってくる。シオンはすぐに体勢を整える。相変わらず素人の動きだ。攻撃の先を読んで受け流そうとするが、二人が攻撃する一瞬早く、シオンの視界が真っ赤に染まった。
「!!? なっ……ああっ!? な……何……これ!?」
 一瞬のことで何が起こったか分からずシオンは慌てて両手で目を押さえるが、すぐに激しい痛みがシオンを襲い、目を開けていられなくなった。
 赤色の残像がまだまぶたの裏で明滅する。獣のような声と衝撃がシオンに届いたのはその直後だった。
「がぁぁぁぁ!!」
「おおおおおおお!!」
ズギュッ!!
ドムゥッ!!!
「ごぶっ……ぐぅっ!?」
 両手で目を押さえ、がら空きになっているシオンの腹部に左右から帽子とひげ面の膝がめり込んだ。力任せの蹴りだったが、それは正確にシオンの下腹部と鳩尾を襲い、凄まじい苦痛がシオンを襲った。
「あ……ぐううっ……」
 視界はなんとか見えるようになり始めたが、まだどちらが前後かも分からない。よろけながら向きを変え、この場を離れようとするが、シオンが向きを変えた先は眼鏡の正面だった。
「しぃぃぃぃ!!」
 ズムゥッ!!
「ぐふぅぅっ!? あ……あぐ……」
 眼鏡の放った渾身のボディブローがシオンのむき出しの腹にクリーンヒットし、シオンの美しい金髪が揺れる。一瞬目の前が暗くなるが、直後に背中に蹴りを受け前のめりに地面に倒れる。
「あ……きゃあぁぁぁ!」
 アスファルトの上に倒れ込み、肘まである白手袋の数カ所が破れる。やっと視界が戻り、倒れたままの姿勢で振り返ると三人はすぐ後ろまで近づいて来ていた。
「はぁ……はぁ…………犯してぇ……」
「ああぁ……や……やっちまうかぁ……」
「鎮めてくれよぉ……会長ぉ……」
「くっ……!」
 このままではまずい。
 シオンはようやく痛みと明滅の治まった目で辺りを見回し、鈍痛が残る腹を押さえながらひとまず駐車場を離れようとする。
 足下がアスファルトから石畳へ変わり、研究棟の方向へ移動する。幸い野球部員三人はターゲットをシオンに定めたらしく、冷子には目もくれずに無表情でシオンを追いかけてきた。
「よかった、三人とも私を追って来てる。このままこっちへ来て」
 鍛えられた野球部員三人は俊足を生かし、シオンとの差をぐんぐん縮める。研究棟前の広場の前には中央広場に比べると小振りではあるが同じようなデザインの噴水があり、シオンは噴水を背にして三人と対峙する。
「はは……日本の諺で言う背水の陣ってやつですね……。でも、先ほどは不意をつかれましたけど、今度は本当におとなしくしてもらいます!」
 シオンの声は相変わらず三人には届いていないようだった。しきりにぶつぶつとうわ言を呟きながら、シオンに攻撃をしようとじりじりと近づいてくる。
「この三人、明らかに様子がおかしいですね……。人妖だったら何らかのコンタクトをとってくるはずですが、私の声も聞こえてないみたいですし……。もしかして、誰かに操られてる?」
 シオンが考えを巡らせていると、三人はそれぞれ雄叫びをあげながらシオンに襲いかかってきた。しかし、三人同時の攻撃とはいえ、単調でストレートな攻撃はシオンに軽々と捌かれてしまう。
「さっきのようには……いきません!」
「ぐがぁぁぁぁ!」
 シオンのすらりと伸びた足から放たれた回し蹴りはそのまま眼鏡の脇腹にヒットし、よろめいた所へ膝蹴りを追撃する。眼鏡はうめき声を上げて倒れ、同時に後ろから羽交い締めにしようと近づいたひげ面の腹へ後ろ蹴りを放った。
「ぐぼぉおおおっ!!」
 シオンの履いている靴のヒールが根元までひげ面の鳩尾に吸い込まれ、前方に倒れ込む勢いを殺さずに空気投げを放つ。ひげ面はゆっくりしたモーションで前方に一回転し、背中から石畳へ落下した。
「はぁ……はぁ……残るは、あなただけですよ。無駄な抵抗はせずに、おとなしくしていただければ、危害は加えません」
 さすがのシオンも全力疾走後の三人同時の相手にかなり息が上がっているが、それでも残りの一人を倒すことくらいは雑作も無いことだった。極力生徒に危害を加えたくないシオンは説得を試みるものの、やはりその声は届くことは無かった。
「ああああぁ……会長ぉ……俺……こんなに……会長が好きなのに……なんで分かってくれないんだぁ………俺のものにしてぇ……してぇよぉ……」
「くっ……だ、ダメですか……仕方ないけどここは……」
 シオンが意を決して構えるが、同時にシオンの真後ろ、噴水の影から柔らかい声が響いた。
「あらあら……まったく……情けないったらないわねぇ……」
 シオンがビクリとして振り返ると、車に隠れてるはずの篠崎冷子がゆっくりとした動作で噴水を半周周り、シオンに数メートルの距離まで近づいてきた。
「え……? な、何で先生がここに……?」
「まったく……鍛えてるからあなた一人くらいどうにでもなると思ったんだけど、てんで使えないのね。それともあなたが強すぎるのかしら?」
「うそ……本当に篠崎先生? こ、この人たちに何をしたんですか……?」
「簡単よ。脳の大脳新皮質の働きを鈍くする薬を作って注射しただけ。この子達があまりにもあなたのことが好きみたいだったから、邪魔な理性を無くして素直にしてあげただけよ」
 目の前に居る冷子の信じられない言葉に、シオンは酷く混乱した。薬? 注射? 理性を無くす? 何を言ってるのか分からない。なぜ篠崎先生がこんな真似を? 中央広場で言われた「悪ふざけ」にしては度が過ぎている。
「あまりにも使えないからこんな玩具まで使って手助けしてあげたのに、結局逃げられるしね」
 冷子はそういうとポケットからレーザーポインターを取り出し、噴水の中へ投げ入れた。プレゼンテーションの時に指し棒の変わりに使うものだが、その光線は強力で人体の網膜に重大なダメージを負わせることも可能で、一時期社会問題になったほどだ。
「……篠崎先生……嘘……誰なんですか? 本当の篠崎先生はどこに行ったんですか!?」
 信じたくないという気持ちがシオンの唇を震わせる。しかし、冷子の口から出た言葉はシオンに残酷な現実を突きつけつものだった。
「嫌だわ、ちゃあんとここにいるじゃない。私が篠崎冷子よ。冷たい子供で冷子。人妖は冷たさを感じる名前を付けることが決まりなの」
 シオンの顔が絶望に染まる。
 疑惑が確信へ。一般市民が人妖の存在を知るわけが無い。冷子が人妖であることはこれで確定した。
 しかし、オペレーターは確かに男性型の人妖と言っていなかったか? それに中央公園でシオンと冷子が会話しているときも、オペレーターからは何の連絡も無かった。
「うふふ……こんなにのんびり会話をしていていいのかしら? そこの男の子があなたに告白したいらしいわよ?」
「えっ? なっ!?」
 シオンが振り向く一瞬前に、帽子はシオンを羽交い締めにしていた。一瞬だけ顔が見えたが、焦点の合っていない目と、はぁはぁと荒い息を吐き続ける口からは絶えず涎が垂れていた。
「あああああ……会長ぉぉぉぉぉ……好きだぁぁぁ……」
「いやっ……! ちょ……離して下さ……んはぁっ!!」
 帽子がシオンの豊満な胸をデタラメに揉みし抱く。必死に身体をよじって抵抗するが、不利な体勢で力任せに抱きつかれていることと、基礎的な筋力の差でなかなか振りほどくことができない。
 その間も帽子はシオンをがっしりと抱きすくめながらも、乱暴に胸をこね回すのをやめず、さらには髪の毛の香りを嗅いだり首筋を舐め回したりと欲望の限りを尽くした。
「やらぁっ…! ほ、ほんとうにやめ…;あうぅっ……離して…」
「あらあら、若いっていいわねぇ;…ずいぶん積極的でストレートな愛情表現だこと。でもあなた、全然美しくないわ。愛の表現はもっと美しくしなきゃダメよ」
 一瞬、ナイフが空気を切り裂く様な音が聞こえ、シオンの右頬を何かがかすめたかと思うと、無我夢中でシオンの首筋を舐め回していた帽子の身体が猛スピードで後方に吹っ飛んでいた。
「え……? あっ……何、今の……?」
「うふふ、見えなかったかしら? あまりにも見るに耐えないものだから消えてもらったの」
 シオンが後方を振り返ると、帽子は鼻から血を流しながらビクビクと小刻みに痙攣していた。
 目にも留まらない何かが冷子から放たれ、一瞬で帽子の顔面にヒットしたのだろう。しかし次の瞬間、再び風を切る音とともにシオンの腹部を中心に激痛が走った。
ヒュッ……ズギュウッ!!
「あっ……ぐぅっ!? げぶうぅぅぅ!!」
「こんな風にね……少し強すぎたかしら?」
 冷子の両手は腰に当てられたまま微動だにしていない。しかもシオンとの距離は二メートルほどあるので手の届くはずが無いのだが、シオンの下腹部のあたりにははっきりと拳の形が残り、その奥にあるシオンの小さい胃は無惨に潰されていた。
「ぐむっ!! ううぅ……」
 必死に両手で口を押さえ身体の中から逆流してくるものを堪えるが、再び独特の空気音を聞いたときには既に攻撃が終わっていた。
ヒュヒュッ……ズギュッ! グチュウッ!!
「!!? ぐふっ!? ぐぇあぁぁぁ!!!」
 鳩尾と臍、人体急所である正中線への同時攻撃。あまりの攻撃にシオンはたまらず堪えていた逆流を吐き出し、透明な胃液が勢い良く飛び出した。
「がふっ!? あ……あうぅ……」
「あらあら……あなたみたいな可愛いコでも嘔吐したりするのねぇ……。でも素敵よ。その苦しんでる顔は何物にも代え難く美しいわ……」
 冷子は両方の手のひらを自分の頬に当てながら、シオンをうっとりした表情で見つめる。表情こそ穏やかなものの、その目は既に瞳孔が縦に裂け、冷酷な赤い光を放つ人妖のものに変わっていた。
「げふっ……あ……あぁ……」
 腹部に定期的に波打つ鈍痛。身体の奥からこみ上げてくる不快感。
 シオンは両手で腹をかばうように押さえながら、地面に両膝を着いて冷子を見上げる。月の光を後方から浴びて青白いシルエットの中に、赤く光る目だけが異様な存在感を放っていた。
(何なのあれ? 私、何で攻撃されたの?)
「あらあら、まあまあ……上目遣いで口から涎垂らしちゃって、すごくエッチな顔になってるわよ? そんなに痛かったかしら? これでも加減したつもりだったんだけれど……。まぁいいわ。楽しみましょう?」
 再び空気を切り裂く音が聞こえてくる。シオンは咄嗟に右方向へ転がるように離脱する。
「あははは! ほらほら、逃げてるだけじゃどうにもならないわよ?」
 冷子の攻撃方法が分からない以上、不用意に近づくのは危険だ。連続して襲い来る攻撃を右へ左へと何とかかわすが、このままでは無駄に体力を奪われるだけである。
 シオンが噴水を背にした所を攻撃され、必死によけると噴水の水が勢いよくはじけた。
「あら、惜しかったわねぇ。もう一回あなたが嘔吐く所が見たかったのに……」
「くっ……このままじゃいずれ……。あ、あれは……?」
 シオンは意を決し、空気を切り裂く何かをサイドステップで紙一重でかわすと、重りの付いた鞭のような物体が一瞬目の前で静止した。
 シオンは機敏な動きでそれを掴む。
「えっ……う……な……何これ!?」
「あら……流石。凄い反射神経ねぇ……」
 それは、冷子の腕だった。
 形状こそ腕だったが、それはまるで軟体動物のように二メートルほどぐにゃりと伸びており、先端にはしっかりと拳が握られていた。
 嫌悪感から反射的にシオンが手を離すと、冷子の「腕」はまるで伸びたゴムが縮むように一瞬で元の形状に戻った。
「もうバレちゃったわね。さすがは上級戦闘員ってとこかしら?戦力が未知数の相手に不用意に近づかずに攻撃できるように、ちょっと骨やら筋肉やらを弄ってみたんだけど、攻撃力がガタ落ちなのよね。やっぱり直接攻撃するに限るわ」
 どこをどう弄ればこういう風になるのかわからないが、人妖の強靭な身体と冷子の医師としての才能がこのような腕を作ったのだろうか。
 冷子は拳を握ったり開いたりしながら、サディスティックな視線をシオンに向けてくる。
「攻撃で噴水の水がはじけた後、篠崎先生の腕が濡れていたのでまさかと思いましたが……こんなことって……」
 シオンは改めて目の前に存在するものが化物であることを認識する。
 今まで幾分なりとも世話になった先生が人妖であることを心のどこかで否定していたが、その人外そのものの腕を見た瞬間に心は決まっていた。
「篠崎先生……いえ、篠崎冷子! 対人妖組織アンチレジストの戦闘員として、あなたを退治します!」
「うふふふ……勇ましいわねぇ……。美しい……とても気高くて美しいわぁ……。でもね如月さん。こちらとしても簡単に退治されるわけにはいかないのよ………あなた達! いつまで寝ているの!?」
 その声にびくりと反応し、先ほど倒したはずの野球部員達がヨロヨロと起きだした。帽子にいたってはまだ気を失っていたが、ゾンビのようにフラフラとシオンに近づいてくる。
「なっ? こ……これは一体……?」
「凄いでしょう? 意思の力は肉体を凌駕するのよ。この子達に施したチャームの力は絶対。何があっても私の命令通りに動くわ……」
「チ、チャーム? チャームって、男性型の人妖しか……」
「女性型でもチャームは使えるのよ。それも男性型より強力な……ね。粘膜を触れ合わせて相手に直接送り込むからかしら?まぁ、この子達みたいに童貞君の相手は結構かったるいし、面倒くさいけど……」
「なっ……そ、そんなことを……」
 シオンは耳まで赤くなりながら冷子の話を聞く。
 綾の話ではチャームはせいぜい「相手を魅了する」程度のものだ。安定的にエネルギーを補給するためだろう。しかし、冷子の行っているそれは洗脳や傀儡に近い。
「あらあら、真っ赤になっちゃって。如月さんてそんなに挑発的な身体してる割にはウブなのねぇ? こんなこと、したことなぁい?」
 冷子は跪いている野球部員達を満足げに三人を見下ろすと、それぞれディープキスをしたり、股間をまさぐったりした。
「うふふふ。素直でいい子よ……。あらあら……こんなにしちゃって。まぁ目の前に憧れの如月さんがあんな格好でいるのだから無理も無いわねぇ。さぁみんな……お注射の時間よ」
 冷子は足で部員達の勃起した股間を小突きながら、胸ポケットから白いケースを取り出し、中の注射器を三人の部員達の首筋に突き刺した。
「な、何してるんですか!? もうこれ以上その人たちに危害は……」

 ミリタリーブーツの分厚いゴム底がリノリウムの床を踏みしめる音が、静かに廊下に反響している。
 無駄な装飾を一切省いた無機質な廊下には少女の足音のみが響き、等間隔に配置された蛍光灯が、簡潔な文書が書かれた何の変哲も無いコピー用紙を切ないほど白く光らせていた。
「上級戦闘員って私の他に何人いるのか知らなかったけど、意外と少ないんだなぁ……」
 

◆◇◆

アンチレジスト上級戦闘員召集会議の件

以下の者、アンチレジスト上級戦闘員会議への出席を命ずる。

・神崎 綾
・シオン イワーノブナ 如月
・鷹宮 美樹
・……
・……
・……
日時 二○一一年八月二四日 二十一時より
場所 アンチレジスト地下訓練場 第九会議室

◆◇◆

 用紙に書かれたな文書を読みながら、街を歩けば誰もが振り返るであろう美少女が呟く。明るめの茶髪にショート丈のセーラー服。ミニスカートから伸びた健康的な足。手のひらには革製の指だしグローブをはめた少女。
 神崎綾。
 人妖討伐機関アンチレジストの上級戦闘員。戦闘員の中でも特に戦闘能力が高いと評価される数少ないエリートの一人である。
 これまでも綾の所属する組織、アンチレジストは数回にわたって人妖討伐に戦闘員を派遣したが、そのほとんどは行方不明となり、何とか帰還できた戦闘員もその多くが精神を蝕まれ、ほとんど廃人寸前になり失踪してしまうケースも多かった。
 その死刑宣告とも取れる派遣命令が先月綾に下った。
 戦闘の後、辛くも帰還に成功した綾と友香は、幸い肉体にも精神にも重篤なダメージはなく、退院した綾は次の任務に向けてすぐにトレーニングを再開していた。
 戦闘能力とは単純な強さだけでなく、周囲の状況を一瞬で理解する空間把握能力。先を読む洞察力や推測力。咄嗟の状況変化においてパニックにならず、瞬時に対応出来る適応能力やメンタルの強さなども求められる。
 この切り替えの早さと揺るぎない責任感が、彼女を上級戦闘員足らしめている所以なのかもしれない。
「秘密主義の組織が急に会議を開くなんてただ事じゃないわ。もしかして、先月の件について何か進展が……。だったらすぐにでも!」
 招集の紙をくしゃっと丸めると、そのまま胸の前で拳と掌をバシッと合わせる。意気込みは十分だった。
 すぐにでも涼と戦い、決着を着けたい。
 綾は会議中にファーザーに次の戦闘も自分に任せてもらうように進言するつもりだった。
 綾が第九会議室のドアに手をかけようとした時、廊下の向こう側から綾と同じ様に歩いて来る人影が見えた。
「あ……うわぁ……」
 徐々にシルエットがはっきりして来ると、女性の綾ですら息をのむほどの美少女がこちらに向かって歩いて来た。
 すらりと伸びた手足。一本一本が絡まることの無い絹糸のような金髪のロングヘアをツインテールで纏め、透き通った緑色の瞳からは知性が感じられた。
 綾の隣の区の名門校の制服を来ていたので、歳はおそらく自分とそう変わらないだろう。しかし、うつむき加減で自分の足下を見て歩く彼女の表情はやや暗く、何か作り物のような雰囲気を醸し出していた。
 しかしその女性は呆然と立っている綾に気付くと、すこしだけけ歩を速めて綾に近づいて、にこりと笑って話しかけて来た。
「こんにちは。あの、もしかして会議に参加される方ですか?」
「えっ? あっ? は、はい! そうですけど……」
「ああ! 私もなんですよー! はぅー、よかったー。組織の会議なんて初めてなので、一人で入るの心細かったんですよー」
 その雰囲気からは想像がつかない喋り方と、コロコロと表情を変え、親しみやすい笑顔を向けてくる女性に綾はすぐに好感を持った。
「あの、私、神崎綾って言います。一応上級戦闘員ってことになってまして……」
「ええっ? あなたが綾さん!? はわー。噂は聞いてます。訓練の成績は殆ど一位ですよね? しかも一ヶ月前に人妖と戦闘して生還したとか。あの、お怪我はもう?」
 最初の印象と比べ、彼女の身長が十センチくらい縮んだ気がした。綾が「なんだか可愛い人だな」と思って見とれていると、彼女ははっとして付け加えた。
「す、すみません。私自己紹介してなかったですね。私は如月シオンと言います。父がロシア人で、母が日本人なんです」
 シオンの名前は綾も耳にしたことがあった。シミュレーション訓練では綾に迫る成績を叩き出し、戦略訓練では綾より上位になることもしばしばあった。
 あまりの第一印象とのギャップに綾もつられて笑い、綾自身も人懐っこい性格をしているため、二人はすぐに打ち解けることができた。

 会議は綾とシオンを含む上級戦闘員五人とそれぞれ専属のオペレーターが円卓に座り、ファーザーは音声のみでの参加となった。全員、正面のスクリーンとスピーカーから聞こえてくるファーザーの声に耳を傾ける。
『今日集まってもらったのは他でもない。今後の人妖討伐作戦についてだ。正直に言って、作戦において戦闘員が帰還できる確率は低い。だが、ここにいる神崎綾が一ヶ月前の任務からの帰還に成功した。今日はその体験を全員に話してほしい」
「あ、は、はい!」
 いきなり話を振られ、若干戸惑ったものの、綾は思い出せるだけのことを全員に話した。
 今まで普通に接していた母校の校長先生が人妖であったこと。人妖が分泌する体液、通称チャームには人間を魅了させる力があること。友香や綾自身もかなり危なかったこと。
『綾、ご苦労だった。人妖の生態についてはかなり貴重な情報だ。次は悪いニュースだが、先日廃工場での任務に向かった由里と由羅の二人は、三日経った今でも連絡がつかない……。おそらく、奴らの手に落ちたものと思われる。だが、彼女らの作戦の前にオペレーターが工場内の数カ所にカメラを付けることに成功している。ボイラー室のカメラに映っていた映像なんだが……まずは見てもらおう……』
 その映像に会議室にいた全員が息をのんだ。
 醜い肥満体の男性型人妖に対して最初こそ優勢だった由里と由羅だが、次第に技のキレやスピードが無くなり、徐々に劣勢に追い込まれて行った。後半はほぼ一方的に二人が交互にいたぶられるのみとなり、人妖の拳がボイラーに縛り付けられた二人の腹部にめり込むたび、オペレーターから小さな悲鳴が上がった。最終的に由里と由羅の二人が人妖の性器に奉仕を開始したところで映像が終わった。
『綾の証言から、人妖は人を魅了するチャームと呼ばれる体液……人間で言えば唾液や精液のようなものだが、それで人間の精神を操ることが分かった。しかし、この映像では人妖の動きや特徴、二人の急激な戦力低下から、おそらく汗にも何らかの効果があると考えられる。気化した汗や体臭に、人間の筋力を低下させる効果があってもおかしくない』
「ひどい……こんなことって……」
 シオンが沈痛な表情を浮かべながら、祈るように机の上で手を組む。綾も複雑な心境だった。自分も友香がいなければ、あの二人のように人妖の手に堕ちていたことは自分が一番良く知っているからだ。
『二人には気の毒だが、我々は先に進まなねばならない』
 重い空気が充満する会議室に、ファーザー声が響いた。
『次の場所でも人妖の生態反応があった。アナスタシア聖書学院。反応からして、支配型の人妖だろう』
 ファーザーの声にシオンはビクリと反応すると、ゆっくりと顔を上げた。
「アナスタシア……やっぱり……やっぱりそうだったの……」
 会議室是認の視線がシオンに集中した。

 アナスタシア聖書学院。
 入学するためには家柄や性格判断、基礎学力や身体能力まで多岐にわたる試験や検査をパスし、五回以上の面接を通過した選ばれた人材だけが入学できる屈指のミッション系エリート進学校である。アナスタシア卒というだけで箔が付き、一流企業や大学も入学時からある程度優秀な生徒に目星をつけいるという。
 特に選挙で選ばれた生徒会役員や各部の部長、優秀選手は卒業と同時に各方面から声がかかり、即戦力として団体に所属したり、企業が卒業後に入社することを条件に、入学金や授業料を全額補助して一流大学へ進学させるケースもある。
 また、ミッション系とは言っても規律はそこまで厳格ではなく、全寮制と日に数回の礼拝、最低限の服装規則以外は男女交際も「結婚を前提としていれば可」とかなり自由な校風になっている。もっとも、入学までの厳しい審査項目を見れば「問題のある学生は一人もいない」という学校側の自信の現れとも取れる。
「ちょ、ちょっと待ってください! アナスタシア聖書学院って言ったらシオンさんの……」
「はい……私の母校です……。綾ちゃんにはさっき少し話ししたよね。実は三ヶ月ほど前から生徒が五人ほど失踪しているんです。もっとも全寮制なので稀に共同生活に馴染めずに逃げ出す人もいるのですが、それでも数年に一人いるかいないか……三ヶ月で五人というのは異常な数なんです」
「でも、そんなに失踪者がいたら学園でも騒ぎになるんじゃ?」
「今は生徒会の力で情報の漏洩は抑えています。生徒達には一時的な帰省や急病と伝えてあって……。私ももしかしたらと思っていたので、役員の皆には私の指示で情報操作をお願いしています」
「役員に指示って……シオンさんってまさか?」
「ええ、アナスタシア聖書学院の生徒会長です。今回の件は、私に行かせてください。学校内の地理も把握していますし、何よりも学校の皆を守りたいんです!」
 シオンの強い意志に圧され、会議室は水を打った様に静かになった。
 当初は次の任務に志願しようとしていた綾も、自分の母校を人妖に好き勝手に荒らされる気持ちは痛いほど分かるため、手を挙げようとはしなかった。
『わかった。今回の件はシオンに一任しよう。いざという時は自身の身の安全を最優先するように。戦闘服の用意はできている。では作戦は………」

 アナスタシア聖書学院都市駅を降りると、そこは学校というよりひとつの街と表現した方が正しいような、中世ヨーロッパ調の空間が広がっていた。
 広大な敷地には様々な施設が緻密な都市計画の元に整然と立ち並んでいた。レンガ造りの巨大な本校を中心に、各種研究施設や専門教室棟、各種のショップや美容院、レストランやブティックまでがシンメトリーに配置されている。
 時刻は二十三時。門限の厳しい生徒達はすでに男子寮、女子寮へと帰った後で、石畳や噴水が、昼間の多くの生徒達の喧騒とは対照的な静寂を吐き出していた。
「んふふ~♪ ふんふん~♪」
 暗闇にひらひらと足取り軽く進む影。ツインテールに纏められた長く美しい金髪に月の光が反射し、髪がなびくたびにキラキラと幻想的な光を放っていた。静寂の中にシオンの上機嫌な鼻歌が響く。
「んふふー。メイドさん♪ メイドさん~♪」
 シオンはメイド服を基調としたセパレートタイプのゴスロリ服を身に纏っていた。ファーザーから渡された戦闘服はかなり際どいもので、シオンの豊満な胸を白いフリルの装飾の付いた黒いブラジャーのようなトップスが辛うじて隠し、同じく白いフリルエプロンの付いた黒いミニスカートからすらりと伸びた足を、同じテイストのデザインの黒いニーソックスが締め上げていた。余分な贅肉が一切無いくびれた白い腹部は惜しげも無く露出され、手には二の腕まである長い白手袋がはまり、頭にはご丁寧にヘッドドレスまで装着してある。
 先日行われた会議の後、戦闘服に着替えたシオンを見た他の戦闘員やオペレータは開いた口が塞がらず、思わず綾も
「あの…ファーザー……いくら何でもこれは戦闘向きでは……」
 と、進言したほどだったが、肝心のシオンは鏡の前で目をキラキラさせながら
「うわぁーかわいいー! 本物のメイドさんだぁ……。こっ、これ、本当に次の戦闘で着ていいんですか!?」
 と、早くも一人で色んなポーズを取り出し、周りはそれ以上何も言えなくなった。
 確かに日本人離れしたシオンの容姿とプロポーションにはその際どいメイド服がかなり似合っており、逆にシオンの魅力を引き立てていた。なにより本人が至極ご満悦で、今更違う戦闘服を渡せる雰囲気でもなかったので、綾も仕方なく
「頑張ってね……」
と声をかけるだけであった。
 シオンは学園都市内の店舗のガラスに自分の姿が写るたびに、思わず顔がにやけそうになった。幼い頃から名門家としての教養、作法、立ち居振る舞いの他、人の上に立つ者としての教育を叩き込まれて来た。シオンは家族を心から愛してはいたが、自分の意志が確立してくる頃にはなぜ自分が人の上に立たなければならないのか、みんな平等で仲良く出来ればいいのではないかと常に疑問を感じるようになっていた。
 そのような中、ある時観たフランス映画の中に出てくるメイドの姿に釘付けになった。「この人はだれか他の人のために仕事をしている」
 人を使うことのみを教えてこられたシオンにとって、メイドは憧れと理想の存在になった。当然そのようなことは両親は許すはずも無いが、いつかは自分の夢として「誰かの上に立つのではなく、誰かの役に立ちたい」という気持ちを打ち明けようと考えている。
 生徒会長に立候補したのも、両親が長期海外赴任中に突如届いたアンチレジストへのスカウト状に飛びついたのも、純粋に人の役に立ちたいと思ったからであった。
「オペレーターさん!聞こえますか?」
明るい声でシオンがイヤホン型のインカムに向かって喋る。
「はい、聞こえます。良好です」
「今アナスタシアの中に入れました。昼間は結構人がいるのであまり意識しなかったですけど、こうしてあらためて見ると広いですね~」
「そうですね。こちらでも確認していますが、敷地はかなり広大で人妖の反応を探るのに苦労しています。シオンさんが到着する数時間前までは研究棟の中から反応があったのですが、今は反応が消えています」
「研究棟ですか? あそこは一般生徒が使用する科学室や実験室もありますけど、上層の研究室へは学校の関係者でも一部の人しか入れなくて、生徒はもちろん一般の教師でも入れないんですよ。今のような夜間なら学院が発行した特別なパスが必要なはずですが、なぜ人妖がそんなところに……」
「断言はできませんが、前回の綾さんのケースから考えると、今回の人妖もそれなりの地位の人として、人間社会に適応している可能性が高いのではないでしょうか?」
 人妖の反応が出たらまた連絡すると言い残し、オペレーターは通信を切った。
「実験室にでもいたのでしょうか……? でもこんな時間に? 研究室なんかは私でも入れてもらったこと無いですし……」
 アナスタシア聖書学院の研究棟は下層が生徒が使う特別室、上層は学校側が表向きは社会貢献の名目で最新の設備を有償で企業や大学に貸し出してる。当然企業のトップシークレットの研究も行われている所であり、あわよくば共同研究して利益を得ようと言う思惑もある。当然セキュリティはかなり厳重で、昼間の上層部への入室はもちろん、夜間であれば研究棟内部へは特別に発行されたカードと暗証番号が必要だった。
「ふーむ……デタラメに歩き回っても体力と時間を消耗するだけですね。本校に入ったら全部の教室を見て廻る前に朝になっちゃいますし、ここはオペレーターさんからの連絡を待ちますか」
 左手を胸の下に回し、右手で軽く顎をさすりながら考えを巡らすシオン。その一挙手一投足が絵になり、全く嫌味にならない。
 近くの自動販売機でミネラルウォーターを買い、アナスタシアの敷地の中央にある噴水に腰をかける。
 美味しそうに水を飲むシオンに近づく影に、まだ彼女は気付いていなかった。

「そこにいるのは誰かしら!?」
 いきなり背後から声をかけられ、シオンが三十センチほど飛び上がった。
「は、はひっ!? あ、あの……私は……あ……篠崎先生?」
「あら? あなた如月さん? あなた、こんな時間に何をしているの?」
 声をかけて来たのは、アナスタシアの保健室勤務の教師、篠崎冷子だった。端正で知的な顔立ちとスレンダーな身体をフォーマルスーツに包み、コツコツとハイヒールを鳴らして近づいてくる。
 保健室と言ってもアナスタシアのそれは小さめの病院と言っても過言ではない設備と広さを持ち、勤務している彼女は医師免許も取得している。その気になれば手術すらもこなせる正真正銘の医師であった。
「門限はとっくに過ぎてるわよ。それに……あなた……ハロウィンはまだ先よ……?」
 冷子はあきれたようにシオンの格好を見る。
 いくら夏とはいえ、門限の過ぎた深夜に学校の敷地内で露出度の高いメイド服に身を包み、噴水に腰をかけていたシオンの状況は説明のしようがない。
「最近女生徒の失踪が続いているのは生徒会長のあなたの耳にも入っているでしょう? 私が言うのもはばかられるけど、おそらく性的な暴行目的の犯行だと思うの。そんな格好は襲ってくれと言っているようなものじゃないかしら?」
 冷子は眼鏡の奥から知的な視線をシオンに向けている。僅かな隙もなく背筋をピンと伸ばした姿勢からは、自信と気品があふれていた。それに加え、まだ三十歳を過ぎたばかりの年齢にも関わらず冷子は大人の魅力にあふれ、男子生徒のファンもかなり多かった。
 しかし、その生真面目で近寄りがたい雰囲気から直接行動に移す男性はわずかだった。また、冷子自身はそういう色恋沙汰には全く興味が無く、仮に行動に移したとしても適当にはぐらかされてしまい、いつしか冷子に男女関係に関する話題は御法度という噂が出たほどだった。
「同じ女性として忠告しておくわ。あなた、自分では知らないかもしれないけど、学校中に凄い数のファンがいるのよ? あなたがそんな格好でうろついていたら理性を保てなくなる男子生徒や教師がいてもおかしくないわ。それとも、見せびらかしたいのかしら?」
「い、いえ。そんなつもりは……」
 なんだろう。今日の篠崎先生はいたくフランクだなとシオンは思った。
「 男子生徒は元より、教師ですらあなたで自分を慰めていることを知っているかしら? 私だってそれなりに自分に自信はあるけれど、如月さんの前では情けなくなってくるわね。如月さんの盗撮写真が結構高値で取引されてるみたいよ。撮影者は色々みたいだけど、この前保健室に来た男子生徒が持っていたあなたのプールの時の写真は、明らかに体育教官室からしか撮れないものだったわ」
 まるで面白い映画の感想を話す様に、冷子は饒舌に語った。
 いつもと違う冷子の様子に、シオンは少なからず動揺していた。おかしい、絶対におかしい。こんなことを言う先生ではないのに。まさか……人妖? でも、オペレーターは間違いなく今回の人妖は男性だって言ってた。
「あなたは……」
 シオン意を決して訪ねる。
「あなたは……誰ですか……?」
 二人の距離はほんの数十センチ。しかし、シオンはいつでも戦闘態勢に入れるように身構えていた。冷子はゆっくりと射るような視線をシオンに向ける。
 数秒の沈黙の後、ぷっと冷子が吹き出してケラケラと笑い出した。
「あははは! ごめんなさい、冗談でも悪趣味が過ぎたわね。如月さんがあんまり可愛い格好しているものだから、少しからかってみただけよ。普段はあまり気が抜けないから、時々こうして生徒をからかってるのよ」
 一通り笑った後、冷子は呆気にとられているシオンに背を向けて教師の車が停めてある駐車場に向かって歩き出した。
「それじゃあ気をつけてね。あなたの趣味に意見するつもりは無いけど、寮長に気付かれる前に帰るのよ」
「あ、ちょ、ちょっと待って下さい! この格好は私の趣味と言うか……いえ、趣味なんですけど……別に露出が趣味とかそういう訳では……」
 必死に取り繕うとするシオンにを尻目に、冷子は手をヒラヒラと振って去ってしまった。後には片手で「待って」の体勢のまま固まったシオンが取り残されていた。
「はぅぅ……な、なんか変な誤解されちゃった……。どうしよう……」
『シオンさん! 聞こえますか!?』
「は、はひっ!? オ、オペレーターさん?」
 突然シオンのイヤホンにオペレーターから通話が入った。
 緊急時しか使用しない、受信側が許可ボタンを押さない強制通話での通信だった。
『今、人妖の反応をキャッチしました! アナスタシアの職員用駐車場の付近です!』
「ほ、本当ですか!? 今そこには篠崎先生が向かっているんですよ!?」
『民間人が付近にいるのですか? 危険です! シオンさ………す………現場………急こ………』
「オ、オペレーターさん? よく聞こえないんですが? オペレーターさん!?」
『シ………綾さ…の時……………妨が………………………………気を……………………………』
 その後、シオンの呼びかけにも関わらず、イヤホンからオペレーターの声が聞こえてくることは無かった。
 シオンは通話している最中から駐車場に向かって歩き出していたが、通信が不可能となるとあきらめてイヤホンを仕舞い、走り出していた。シオンの耳に冷子の悲鳴が届いたのは、駐車場への最後の角を曲がったときだった。

↑このページのトップヘ